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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
570 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:25:09.77 ID:vW73a+6T0
こんばんは。



原題を考えていただけるというのは、とても嬉しいです。

私の中では、一応
「マインドスイーパー」か
「セブンスヘヴンシンドローム」と
呼んでいました。



第8話を投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。


571 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:27:04.34 ID:vW73a+6T0


動かない足。

動かない左腕。

自由にならない体。

全てが腹立たしかった。

汀は息をついて、そして目の前で折り紙を折っている理緒を見た。

「私も……折り紙やってみたいな」

右手で、グチャグチャになった紙を爪弾き、彼女は呟いた。

理緒は顔を上げ、そして微笑んで言った

「一緒にやろう?」


572 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:27:36.32 ID:vW73a+6T0
「一人でも出来るようになりたい」

時折、汀はこのように我侭を言い出すことが多くなっていた。

辟易まではしなくても、理緒も多少の気は遣う。

彼女は少し考えて、3DSを手に取った。

「じゃ、ゲームやりましょうか」

「……うん……」

元気なく返事をして、汀は扉の向こうに目をやった。

「高畑先生、遅いですね」

理緒が言う。


573 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:28:15.88 ID:vW73a+6T0
三十分ほど前、お菓子を準備するからと言って出て行ったきり、
圭介はまだ戻ってこなかった。

「多分、何か仕事してるんだと思う。出ないほうがいいと思うな……」

汀がそう呟いて、ため息をつく。

「最近ずっと、圭介ああだから」

「そうなんですか……」

圭介は、汀の世話をしても、どこか上の空、といった具合が続いていた。

いつ頃からだったのかは分からないが、
人の気持ちに鈍感な汀でも、多少の異常は察知していた。

「どうしちゃったんだろう……」

少女の小さな呟きは、ピンクパンサーのグラスに入った氷が、
カランと溶ける音にまぎれて消えた。


574 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:29:07.31 ID:vW73a+6T0


圭介は、無言で病院前の郵便ポストを見ていた。

彼の両手からは、ボタボタと血が垂れている。

指を切ったらしい。

圭介は舌打ちをして、持っていた封筒をゴミ袋の中に突っ込んだ。

封筒の四隅に、綺麗にカミソリの刃が貼り付けられていた。

指に包帯を巻き、ゴム手袋をつけて郵便ポストの中をあさる。

彼がつかみ出したもの。

それは、断末魔の表情のまま固まった、猫の首だった。

野良猫らしく、薄汚れている。


575 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:29:55.05 ID:vW73a+6T0
血が半ば固まっているところを見ると、
殺されたのはそう遠いことではなさそうだ。

圭介は黒いビニール袋を何十かにして、無表情で猫の首を放り込み、
そして縛ってからゴミ袋の中に落とした。

「クソガキが……幼稚な……」

小さく呟き、彼はゴミ袋を、脇のポリバケツに入れてふたを閉めた。

そこで彼の携帯が鳴った。

ゴム手袋を外して脇に放り、
彼は痛めた指を庇うようにして携帯を取った。

「俺だ」

低い声でそう言うと、電話口の向こうの相手
――大河内は、一瞬停止した後怪訝そうに聞いた。


576 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:30:39.39 ID:vW73a+6T0
『どうした? 汀ちゃんに何かあったのか?』

「残念ながら特筆することはないな。
『近所』の餓鬼の悪戯に手を焼いていたところだ。
お前と話す気分じゃない」

『いきなり大概だな。赤十字として、お前達に仕事を依頼したい』

「悪いが、今は……」

『あの「高杉丈一郎」が、自殺病にかかった』

大河内がそう言うと、圭介は電話を切りかけていた手を止めた。

「何?」

『お前なら、食いつくだろうと思ったんだがな』

圭介は、口の端を歪めて、いつの間にか醜悪に笑っていた。


577 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:31:19.21 ID:vW73a+6T0
しかし抑揚のない声調子で返す。

「治療はいつだ?」

『すぐにでも始めたい。
汀ちゃんのコンディションがいいなら、連れてきて欲しい』

「分かった」

圭介は端的にそう言い、電話を切った。

ポタリポタリと、
カミソリで切った傷口の包帯から血が染みて、地面に垂れている。

圭介は口の端を歪めて笑っている、
異様な顔のまま、メガネを中指でクイッと上げた。

「はは……高杉が……?」

小さな声で呟く。

「傑作だ」


578 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:32:25.55 ID:vW73a+6T0

★Karte.8 あの時計塔を探せ★

「今回の患者は、高杉丈一郎。四十一歳。
自殺病の治療薬、GMDの権威として知られている、
赤十字の物理学者です」

重々しい空気が流れている中、大河内が口を開く。

赤十字の重鎮達と、元老院の老人達、
そして医師が集まっている薄暗い会議室の中で、彼は続けた。

「GMDを投与しましたが、自殺病の進行は止まらず、
現在第四段階まで差し掛かっています。
本人はマインドスイープによる治療を頑なに拒んでいますが、
これ以上の放置は危険と判断し、
ダイブに踏み切ることにいたしました」


579 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:33:26.60 ID:vW73a+6T0
「放置……ハッ、放置ね……」

面白そうに肩を揺らしながら、隅に座っていた圭介が呟く。

「高畑医師、何がおかしいんだね?」

医師の一人が眉をひそめて口を開く。

「これがおかしくなくて何がおかしいと思うんでしょうかね」

挑発的にそう返し、圭介は目の前の資料をテーブルの上に放った。

「高杉先生は、自分の自殺病治療薬、GMDが『効果がない』ことを、
自分の体で立証してしまったわけだ。
赤十字としても、元老院としても、
これは何とも表沙汰にしたくない問題ですね」


580 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:34:11.05 ID:vW73a+6T0
「……効果がないわけではありません。
防衛型の攻撃性が強く、
投薬による解決が中々見受けられない『ケース』なだけです」

大河内が声を低くして圭介を睨む。

「成る程。では高杉先生はその稀有な『ケース』にかかってしまった、
強い悪運の持ち主だと?」

「そうなります」

圭介の言葉を受け流し、大河内は周りを見回した。

「GMDは市販されている治療薬の中で、最も使われているものです。
その開発者が自殺病にかかってしまい、
GMDによる回復が見込めないという状況、
これは先ほど高畑医師の指摘にもあったとおりに、
表沙汰にはしたくない問題ではあります」


581 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:34:56.43 ID:vW73a+6T0
沈黙している周囲から視線を資料に向け、大河内は続けた。

「それでは、資料の十四ページをご覧ください。
今回のダイブには、通常よりも更に神経を注ぐことにします。
高畑医師のマインドスイーパーと、
赤十字から二人のマインドスイーパーをダイブさせることにいたします」

僅かに部屋の中がざわつく。

「この子は……新入りかね?」

元老院の老人の一人が、写真を見ながら口を開く。

大河内は頷いて言った。

「はい。今回のダイブに必要な能力を持っています。A級能力者です」


582 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:35:49.13 ID:vW73a+6T0


赤十字病院の中庭で汀の乗った車椅子を押しながら、
理緒は息をついた。

先ほどまでああだこうだと言っていた汀が、
急に静かになったのだ。

何かと思って覗き込んでみると、
コクリコクリとまどろみの中にいるようだった。

彼女の膝の上にいる小白も、丸くなって眠っている。

病院に行く前に圭介が薬を飲ませていたので、心配はないそうだ。

(何だかお姉ちゃんみたいだなぁ)

そう思って、理緒は木の陰に車椅子をとめた。


583 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:36:31.76 ID:vW73a+6T0
そこで、彼女は黒い服とサングラスのSP二人に囲まれて、
小さな女の子が歩いてくるのを目に留めた。

背丈は汀や理緒よりも低く、
金白色の長いウェーブがかった髪の毛を、
腰の辺りまで揺らしている。

白い病院服だった。

彼女は無遠慮に二人に近づくと、きょとんとしている理緒を見て、
そして頭を垂れている汀を、値踏みするように見た。

SPの二人は、腰に手を当て、女の子の両脇に陣取る。

「あの……」

理緒が戸惑いがちに声を上げると、女の子はそれを打ち消すように、
体に似合わない大きな声で、はきはきと言った。


584 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:37:07.87 ID:vW73a+6T0
「片平理緒。十五歳。赤十字登録の純正マインドスイーパー、A級。
性格はおとなしく消極的、リーダーシップはないが、
人望を集めやすく、スタッフからの信頼も高い。
成る程、聞いていた通りね」

自分のプロフィールを大声で読み上げられ、理緒が目を白黒とさせる。

「え……」

「そっちは、高畑汀。元老院が指定した、
特A級マインドスイーパー。詳細は不明。ナンバーズの一人ね」

女の子はそう言うと、長い髪をくゆらせながら二人に近づいた。

そして、高圧的に、まどろみの中にいる汀の脇に立って見下ろし、鼻で笑う。

「何よ、障害者じゃない」


585 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:38:46.20 ID:vW73a+6T0
「あなた……何ですか、いきなり。失礼じゃないですか?」

理緒がおどおどしながら言う。

それも鼻で笑い、彼女は続けた。

「特A級スイーパーがどんな人間か、この目で見たかったら
、わざわざ全ての仕事をキャンセルして『来てあげた』っていうのに、何?
日常生活も碌に送れないような、小娘じゃないの。
それに猫? 馬鹿にするにも程があるわ」

「……馬鹿にしているのはあなたでしょう?
誰かは分かりませんけれど、汀ちゃんのことを悪く言うのは許せません」

理緒が眉をしかめて、彼女と汀の間に割って入る。

「誰ですか? ここは、関係者以外立ち入り禁止ですよ」


586 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:39:39.71 ID:vW73a+6T0
女の子はそれを聞いて、深いため息をついて、
やれやれという仕草をした。

そして肩をすくめる。

「一緒に仕事をする人間のことくらい、調べておかないの?
日本人って」

「一緒に? どういうことですか?」

逆に聞き返され、女の子は目をぱちくりとさせた後、
SPの一人に食って掛かった。

「どういうこと? 何で日本のマインドスイーパーが、
私が来ることを知らないわけ? 一人は寝てるし!」

忌々しそうに汀を指差し、彼女が喚く。

SPの一人は、腰を屈めて女の子に流暢なフランス語で答えた。


587 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:40:36.26 ID:vW73a+6T0
それを聞いて、女の子もフランス語で返し、
何度かやり取りをした後、彼女は苛立たしげにSPを突き飛ばした。

屈強な男が、それで揺らぐわけもなく、
彼はまた手を後ろに回し、先ほどと同じ姿勢をキープした。

「……どうやら、連絡の行き違いがあったようね。
私としたことが、とんだ誤算だわ」

彼女はまた深くため息をついて、頭を抑えた。

そしてSPのもう一人から薬を受け取り、
口に入れて噛み砕いてから理緒を見た。

「私の名前は、ソフィー。フランソワーズ・アンヌ=ソフィーよ。
フランスの赤十字から、今回のマインドスイープのために派遣されてきたわ」

腰に手を当て、見下すように理緒を見て、彼女は忌々しげに鼻を鳴らした。

「あなたと同じ、A級能力者よ」


588 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:41:23.18 ID:vW73a+6T0
ソフィーと名乗った女の子は、
髪を掻き上げてから、物憂げに二人を見た。

「…………先が思いやられるわね」

「どうしてそんなに喧嘩調子なのか、
私には良く分かりませんけれど……
今回のお仕事でご一緒するんですね。
宜しくお願いします。
私、理緒っていいます。あ……ご存知でしたね」

そう言って手を差し出した理緒を無視して、
ソフィーは汀の脇にしゃがみこんだ。

「起きなさいよ、特A級能力者。
日本のマインドスイーパーは、挨拶も出来ないわけ?」

「汀ちゃんは、今薬で眠っています。あまり刺激しないでください」


589 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:41:58.41 ID:vW73a+6T0
理緒が、慌てて車椅子を遠ざけようとする。

そこで小白が目を覚まし、シャーッ! と鳴いてソフィーに噛み付いた。

「痛っ!」

小さくそう言って、彼女は手を引っ込めた。

うっすらと血が出ている。

「だ、大丈夫ですか?」

理緒が駆け寄ろうとするが、SPに止められる。


590 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/21(日) 19:42:29.37 ID:vW73a+6T0
ソフィーは、涙をうっすらと目に溜めて、吐き捨てるように言った。

「ふん……精々私の足手まといにならないように気をつけることね」

きびすを返して、中庭を去っていくソフィーを、
ポカンと理緒は見つめていた。

「……ナンバーズ?」

呟いて首を傾げる。

汀は、まだコクリコクリと頭を垂れていた。



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