■戻る■ 下へ
少女「それは儚く消える雪のように」
862 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 19:55:33.13 ID:QIS4O4kK0
気がついた時、絆は病院のベッドの上にいた。

仰向けに寝かされていて、
体には毛布がかかっている。

動こうとして腕に違和感を感じる。

両腕に点滴がいくつも突き刺さっていた。

体中がだるい。

熱が出ているのか、意識が朦朧としていた。

奥歯が痛い。

何か詰め物がされているらしい。


863 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 19:56:43.65 ID:QIS4O4kK0
「目が覚めましたか? まだ麻酔が効いていると
思います。足の骨が折れています。
動かない方がいいです」

そこでそっと声を掛けられ、絆は視線を横に向けた。

椅子に、渚が腰掛けていた。

赤い目のクランベは、リンゴをナイフで
剥き始めながら、絆に言った。

「あなたは丸一日眠り続けていました。
ご安心ください。あなたのバーリェは、
生き残っている子は全てこちらできちんと保護しています」

「生き……残った……?」

繰り返して、絆はくぐもった声で問いかけた。

「命は……? 霧は、雪は…………?」


864 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 19:57:31.20 ID:QIS4O4kK0
「…………」

渚は一瞬黙ると、息を飲み込んでから口を開いた。

「霧ちゃんは無事です。雪ちゃんも、先ほどやっと
調整が完了しました。二人とも臓器の交換をしましたが、
意識がはっきりしています。
でも、雪ちゃんはあと一週間は集中治療室を
出れないと思います」

「………………」

絆は長い間沈黙していた。

そして、やっと、奥歯から湧き上がってきた血を
飲み込んで言った。

「命は……?」


865 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 19:58:09.65 ID:QIS4O4kK0
良く思い出せなかった。

死星獣を殺したと思ったら。

コアが変形して。

そして、命に突き飛ばされて。

あとは無我夢中で。

――思い出すことを、したくなかった。

「…………」

渚は、何とも言えない陰鬱とした
表情で絆を見下ろした。

そして息を吸って、小さく言う。


866 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 19:58:46.40 ID:QIS4O4kK0
「……死にました。遺体は確認されていませんが、
陽月王のデータから推測するに、死星獣の発する
ブラックホール粒子を真正面から受け止めて、
消滅したと思われます」

「消滅……?」

絆は、渚が止めようとするのも構わず上半身を、
無理やりに起こした。

「消滅……? 意味が分からない。
消滅ってどういうことだ……?」

「…………」

「死んだのか? ……跡形も残らずに?」

「……そうです」

「命が死んだ……? 俺を、庇って?」


867 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 19:59:29.80 ID:QIS4O4kK0
「無理に思い出さないほうがいいです。
落ち着いてください」

「命は! 俺を守って死んだのか!」

「…………」

掴みかかられて、渚が体を強張らせる。

点滴台が凄まじい音を立てて倒れた。

肩をつかまれて、しかし視線をそらして
渚は口を開いた。

「そうです。あなたを庇って、
命ちゃんは死にました。私は……立派だと思います」

「…………」

絶句して、絆は渚の肩から手を下ろした。


868 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:00:07.46 ID:QIS4O4kK0
床に転がった剥きかけのリンゴが、
夕陽を反射して光っていた。

「せめてあなたが弔ってあげてください。
そうじゃないと、あの子はきっと浮かばれない。
あなたがしっかりしないと、あの子に失礼です」

「…………」

渚の言葉の意味が、良く分からなかった。

分からなかったが、絆は、自分自身の心が、
何かナイフのようなものでズタズタに切り裂かれて
いることを感じていた。

胸の奥が痛い。

頭の中が痛い。

死ぬ間際の、命の泣き顔がフラッシュバックした。


869 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:00:40.67 ID:QIS4O4kK0
声にならない叫び声を上げて、両手で頭を抱える。

――命。

命が、死んだ。

分かっていたことじゃないか。

目の前で、見ていたじゃないか。

なのにどうして理解できなかった、俺は。

どうして理解してやることが出来ない?

どうして、心の底から彼女を褒めてやることが出来ない?

――出来ない。

出来ない!

そんなこと、俺には出来ない。


870 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:01:12.85 ID:QIS4O4kK0
絆はわななきながら、自分の両手を見つめた。

死星獣を絞め殺そうとした命の顔が
また脳裏をよぎる。

辛かっただろう。

苦しかっただろう。

嫌だったろう。

嫌で、嫌で仕方がなかっただろう。

虫を殺すのも躊躇う子だった。

料理が得意で、家事が得意で。

絆の代わりに全部を担当してくれていた子だった。

優しい子だった。


871 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:01:53.39 ID:QIS4O4kK0
その子に、自分は何をさせた?

目の前でただ震えているだけで、
声をかけてやることも出来ないで。

自分は……俺は、何をしたんだ?

俺は……。

――俺は。

「最低だ……俺…………」

髪の毛を両手で掴む。

「俺、最低だよ…………」

嗚咽を漏らして、小さくかすれた声で呟く。


872 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:02:37.83 ID:QIS4O4kK0
「もう俺は戦えない…………無理だ。
俺にはもう出来ない……出来ないよ……」

かすれた声を無理やりに搾り出す。

渚は床に落ちたリンゴを拾って、しばらく
それを見つめた後、流しの上にコトリと置いた。

「元老院はあなたに勲一等を授与することを発表しました。
残念ながら、あなたはもう、
戦闘から遠ざかることは出来ません」

その残酷な死刑判決に、絆は憔悴した目を上げて彼女を見た。

「勲…………一等…………?」

「はい。そうです」

「命が死んだんだぞ! 俺のバーリェが死んだんだ! 
お前らおかしいよ! 勲章なんていらない、いらない! 
命を返せ! お前ら、勲章寄越すんなら命を返せ!」


873 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:03:10.05 ID:QIS4O4kK0
「……既に死んでしまった子を蘇らせることは、
無理です。冷静になってください。
それに、良く考えてみてください。
私達が、命ちゃんを育てたんじゃありません」

「…………」

「あなたが育てたんです」

渚の端的な言葉は、深く絆の、傷だらけの心を抉った。

その通りだった。

命を育てたのは他ならぬ絆自身。

いや、他のバーリェを育てているのも、絆だ。

何故育てているか。

戦闘で使うため。

使って、殺すために育てている。


874 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:03:48.02 ID:QIS4O4kK0
それがトレーナー。

それが、俺だ。

……絆は脱力して、ぼんやりと窓の外に目をやった。

――灰色の空。灰色の雲。灰色の町並み。

光化学スモッグに覆われた空は、青空を映すことはない。

作り物の緑、作り物の町並み。

作られて整備された道路。

そこを歩く人々の波。

何一つとして、整備されていないものは存在していない。

それが自然だと考えれば、きっとそうなのだろう。

それが当たり前だと考えれば、
何もかもが当たり前になるのだろう。


875 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:04:24.77 ID:QIS4O4kK0
作られた命。

作られた存在。

そして、作られた仕事。

自分はその中の歯車の一つに過ぎず。

その「悪」の一端を担っているに過ぎず。

それでも生きてしまっているのが、自分なのだ。

作り物の世界の中で。

作られた仕事をして、作られて敷かれた
レールの上をなぞって歩いて。

勲章を授与されて。

生きていって「しまっている」のが、自分なのだ。


876 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:05:08.86 ID:QIS4O4kK0
その事実に気がついた途端、絆の体から力が抜けた。

渚は点滴台を持ち上げて元に戻し、絆の手に針を
差し込みなおしてから、
服の乱れを直して椅子に腰掛けた。

そして、新しいリンゴを剥き始める。

シャリシャリという音が聞こえる。

……どこか、遠くで。

絆は、命がよく作ってくれたように、
綺麗なウサギ型に切られたリンゴを受け取って、
ぼんやりと視線を落とした。

黙ってそれを小さくかじる。

――腐ったドブ沼のような味がした。


877 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:05:45.90 ID:QIS4O4kK0
それを飲み込んだ絆の目に、
一瞬躊躇した後、携帯型映像端末を
取り出した渚の姿が映る。

「今、とても言いにくいことなのですが、
私の責務ですのでお伝えします」

ピッ、とボタンを押すと、白い壁に映像が投影された。

そこには、どこかの記者会見のようにテーブル前の
椅子に腰掛けた一人の男が映っていた。

画像は荒いが、すぐに分かった。

隣に髪が長いバーリェが、静かに座っている。

桜と、絃だった。

「三時間前に、絃『元』執行官が、
全世界に対してこのような声明を発表しました」


878 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:06:30.50 ID:QIS4O4kK0
またボタンを押すと、静止していた映像が動き出す。

どこかノイズがかった声で、映像の中の絃は言った。

『我々「新世界連合」は、本日三○五○に、
「人間諸君」に対して宣戦布告を行う』

「…………何……だって?」

唖然とした絆を前に、絃は続けた。

『暴虐を貪り、陰惨とした世界を創り上げた人間。
この狂った世界を創り上げた人間諸君を、我々新世界連合は、
この度粛清することを決めた。
それは我らの大義のためであり、人間諸君に、
生命は平等であると知らしめるためで、正義の行動である』

「…………」


879 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:07:17.71 ID:QIS4O4kK0
『ついては、バリトンのエフェッサー本部に
対して、我々は先日、保有する「死星獣」で攻撃を行った』

絃がそう言って、手元のプロジェクターを操作する。

そこには、絆が……いや、命が殺した
ヒトガタ死星獣が映し出されていた。

格納庫のような場所が映し出されている。

一体だけではない。

数十体のヒトガタ死星獣の姿があった。


880 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:08:17.45 ID:QIS4O4kK0
『攻撃は失敗に終わったが、
引き続き諸悪の根源であるエフェッサーの本部、
支部に対する攻撃を続けていく予定だ。
この予定は、エフェッサーが全滅するまで覆ることはない。
そして同時に、エフェッサーを全滅させた後、
人間諸君の残存者たちを皆殺しにするための布石である』

絃はプロジェクターの電源を切って、静かに続けた。

『繰り返す。この死星獣は、我らの保有する「戦力」である。
そしてこの死星獣による攻撃は、我々が人間諸君に対して行う
「天誅」であることを念頭においていただきたい。
男、女、老人、子供、人間は皆同罪だ。
等しく死んでいただくことと、我らは決めた』

絃は絆が見たことがない程に暗い笑みを発して、続けた。


881 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:09:11.03 ID:QIS4O4kK0
『我々はエフェッサー諸君、人間諸君に対して
何ら要求はない。ただ一つだけあるとすれば、
「速やかに死んでいただきたい」ということだけである。
これは最後通告であり、同時に宣戦布告の言葉とする。
以上だ』

ブツリ、と音を立てて映像が切れる。

呆然としている絆に、携帯端末をポケットに
しまいながら、渚が言った。

「全国の衛星放送をジャックして、二分三十秒の間、
強制放送されました。絃元執行官と考えて間違いはないと
いう結論に、エフェッサーは達しました」

「何で……」

絆はかすれて消えそうな声で呟いた。

「絃……? 何でだ……」


882 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:09:45.40 ID:QIS4O4kK0
「敵対勢力は、新世界連合と名乗っていること以外は
何も分かっていません。
しかし、コクピットへの死星獣による正確な攻撃や、
エフェッサー本部を目指して侵攻してきたことから、
この勢力と、あのヒトガタ死星獣は無関係ではないという
可能性が高いです」

「…………」

「エフェッサーと軍は、スラム地区がその本拠地と考え、
無差別に叩くことを計画しています」

弾かれたように絆は顔を上げた。


883 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:10:20.22 ID:QIS4O4kK0
「スラムを……攻撃するっていうのか?」

「はい。あの数のヒトガタ死星獣は、
我々人類にとって究極の脅威となります。
先に破壊する必要があります」

渚は、真っ直ぐに絆を見て言った。

「あなたには、体調が回復し次第、
その攻撃に参加していただきます。
これは軍、および元老院の最終決定であり、
あなたに拒否権はありません。私からも、お願いします……」

渚は、僅かに震える唇を隠すように、頭を深く下げた。

「私達の身を……守ってください」


884 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/13(火) 20:13:53.08 ID:QIS4O4kK0
お疲れ様でした。

第三話はここまでで終了となります。
次の、第四話に続かせていただきます。

ツイッターやスレで、沢山のご感想をいただきました!

とても嬉しく、励みにさせていただいています。

引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽にいただけますと幸いです。

それでは、完結まで今しばらくお付き合いいただけますと
嬉しいです。

宜しくお願いいたします。

今回は、これで失礼します。


885 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/13(火) 20:30:27.98 ID:7OhPHj690
乙←これはポニt(ry
絃ェ…


886 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/03/13(火) 20:38:36.51 ID:j+jPzlxmo
無論、私は国籍や肌の色 老若男女貴賎を区別しない
皆平等に殺して差し上げる…


887 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/03/13(火) 20:52:42.58 ID:+zMWpOFzo
体調悪いのに頑張ったな、お疲れ
3話か・・・3話にして重いなぁ・・・


888 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/13(火) 22:42:28.28 ID:psHW8/7SO
悲しむ暇もなし、とはこの事か。混乱から立ち直れば待ってる感情は憎悪だろうことが想像に難くないのが、却って辛いな
ともかく第三話お疲れ様でした。第四話首を伸ばしながらお待ちいたします。

何卒、お身体にはお気を付けて


889 名前:NIPPERがお送りします(大阪府) [sage] 投稿日:2012/03/13(火) 23:05:22.45 ID:5srZb+SDo

体調が回復するまで休んだ方がいいと思うよ


890 名前:NIPPERがお送りします(長屋) [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 01:22:01.99 ID:oKftZJqao


891 名前:NIPPERがお送りします(神奈川県) [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 03:07:17.03 ID:sm2sn1m0o
体調が変化しやすい・・・
さてはバーリェだな!?


892 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/14(水) 07:24:04.37 ID:SI8LsaAIO
やはり>>1はバーリィなのか…


893 名前:NIPPERがお送りします [] 投稿日:2012/03/14(水) 21:30:55.27 ID:NQDNc24x0
一気読みしたw

なんか少しGUN SLlNGER GIRL 思い出したわw

1さんお大事に


894 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/15(木) 19:15:39.36 ID:tPD7sFVG0
こんばんは。

バーリェよろしく体調を思い切り崩しまして、
少し臥せっております。

ご心配をおかけします。

近日中に4話の更新を再開しますので、
お待ちいただけますと幸いです。

ツイッターでご指摘をいただきましたが、バーリェの
型番が被っている&間違っていることに気付きました。

訂正させてください。

雪=D77、桜=H36、命=G67、霧=S93
となります。

桜と命が同一人物&霧が二人いることに
なってしまっていました。申し訳ありません。

引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

これからも、宜しくお願いいたします!


895 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage] 投稿日:2012/03/16(金) 16:24:47.67 ID:VgDdNjLK0

なんかすごい展開にww


896 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:16:26.46 ID:+JFYchrD0
こんばんは。

沢山の温かいメッセージ、ありがとうございます。

急性扁桃腺炎だったようで、段々落ち着いてきました。

皆様も風邪などにはお気をつけくださいね。

続きが書けましたので、投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。



次へ 戻る 上へ