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侍「言葉が通じなくとも」
294 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/28(月) 23:31:59.62 ID:pCRMJa2AO
=旅路6=

―道とは

永き時を経て動物が、人間が、生きとし生ける者達が踏み締めた足跡である

旅路とは

旅人達が脈々と辿り、拓き、朽ちていった生涯の軌跡である―




少女『こんなに簡単に見つかるなんて…』

東西を隔てる大河近くの小さな都

そこにある、これまた小さな魔術装飾屋で、少女はため息をついていた

魔術装飾は一般的に、輝石に魔術を埋め込む事で、対象に影響を及ぼす

安価な物は魔除けの御守りとして市民に親しまれているが、具体的な効力を求めると相応の値が付く

少女『はぁ…』

少女はまたため息をついた

ある品物の前に立ってから実に30回目である

【通訳魔装】

そう銘打った棚の、一番安価な首飾りの前で少女は案山子になっていた

それもその筈

この「異国語を通訳する」魔術装飾、下手をすれば家が建つ程、高価な品物なのである


296 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/28(月) 23:59:31.94 ID:pCRMJa2AO
言葉には力が宿る

魔術には陣を描いたり、自然の法則を用いて儀式を行う等、様々な方法があるが、詠唱程迅速で強力な物はない

詠唱という術式の難しいところは、「引き起こす事象に合った言葉を紡ぐ」事であり、いくら魔力があろうと語学に精通していなければ魔術は完成しない

魔術にとって、語学力は実力に直結する


故に値も張る


だがそんな事情を知らない少女は、「誰が欲しがるんだろ…」と恨めしそうに商品棚を睨む

貴族でも少し躊躇う値段、少女が死ぬまで働いても買えるか怪しい

それ程差があっても、少女には退けない理由があった


297 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/29(火) 00:11:20.09 ID:Av/7iNNAO
少女『店長さん、通訳の魔術装飾を譲ってもらえませんか!』ズイッ

婆さん『無理だね』

魔術装飾屋の店主である老婆は、少女の交渉に即答した

尤も、少女もあれだけ高価な品物がそう簡単に譲ってもらえるとは思っていない


少女『じゃあ、物々交換ならどうです?』


婆さん『……物々交換?』

老婆が訝しげな表情で少女を見る

この時、既に少女は「しめた」という顔をしていた


298 名前:NIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage] 投稿日:2011/03/29(火) 00:30:42.47 ID:O0yX9F7a0
>>293
個人的解釈だけど
女旅人だけ魂戻らなかったのって、花嵐の姫が処刑されているのに関係すんじゃないのかな
女旅人=姫の望郷の念 みたいな


300 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/29(火) 09:38:57.31 ID:/5FOYlSHo
>>298
ばっかそういうのはいつかまた読み直した時に気づくから言わなくていいんだよww


301 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:42:05.79 ID:Av/7iNNAO
老婆は、少女が何か切り札を用意している想定しつつ、交渉に乗り出した

婆さん『……で、お嬢ちゃんは何を出すんだい?』

少女『何でもいいですよ』

婆さん『!』

「なんでもいい」とは、相手の要求した物を持ってくるという、冒険家が交渉手段使う常套句である

戦前は依頼を達成して報酬を得るという流れが専らだったが、戦後になって冒険家が交渉手段として腕を貸すという、新たな流れが生まれた


婆さん『……馬鹿を言うんじゃないよ。そういうのはね、幾多の死線を潜ってきた猛者か、自殺志願者だけが口にしていいんだよ』

但し、それが成立するのは力のある冒険家に限られる


302 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 21:41:07.31 ID:IH3FvBoAO
少女『お言葉ですが店長さん、こう見えても私は数多の修羅場を潜り抜けてきた戦士!』

少女『この羽は悪魔と共に戦った天使との友情の証!』スッ

少女は羽飾りを老婆の前に差し出す

思い出の羽で人を欺くのは些か気が引けたが、少女はどうしても魔術装飾を手に入れなければならなかった

婆さん『……確かに、これは本物の天使の羽!』

少女『どうです、店長さんに損はさせませんよ』

婆さん『むう…』


303 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 22:03:45.77 ID:IH3FvBoAO
老婆は悩んでいた

といっても、少女が嘘を吐いてるのではないか、とか、少女と取引するか否か、というような事ではない

「少女が悪人か、そうでないか」をどう判断したものかと悩んでいた


天使の羽という物は、そう簡単に手に入る物ではない

それは、天使より人間に与えられし加護、聖なる力

偶然見つける事はおろか、他人から盗む事など絶対に出来ない

少女『……あのー?』

婆さん『むうう……っ』

少女が悪人でないのであれば、それは正しく天使に目を掛けられ与えられたと言う事


しかし、少女が悪人だったら

それは「人間を天使に造り替えた」という事


304 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/30(水) 22:17:53.98 ID:fyhiwHSMo
終わりが近いのか…?


305 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 22:23:41.44 ID:IH3FvBoAO
婆さん『くぅぅ……』

少女『あの……どこか具合でも悪いんですか?』

客が来ても「いらっしゃい」一つ言わない老婆が、唸り声を上げている

その急変ぶりに、少女は焦りを感じ始め、医者を呼びに行こうかと思った


その時だった


カランカラン

侍「すまぬ……この腕輪、また買い取ってもらえなかった」


306 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 22:33:23.96 ID:IH3FvBoAO
少女『お兄さん! 医者! お医者さんを読んで!』

侍『―――?』

身振り手振り、侍に状況を説明する少女

その様子から、老婆の身に異変が起きている事を侍は直ぐに察し、老婆に駆け寄る

侍「もし、どうなさった?」トントン

あくまで冷静に、侍は老婆に声を掛ける

当の老婆は、肩を叩かれてようやく現実に引き戻された

老婆『い、いやすまない。ちょっとばかし考え込んで……』

侍『―?』

顔を上げると見知らぬ男

驚いた老婆は、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた


307 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 22:39:59.28 ID:IH3FvBoAO
老婆『あッ!? イタタタタタタ……』

侍『――!?』バッ

少女『大丈夫ですか!?』

老婆『ま、魔術装飾の悪用はさせないよ!!』

少女『は、はぁ!?』

腰痛に苦しみながら、老婆が叫ぶ

少女は呆気に取られたが、言葉のわからない侍は「早く起こしてくれ」と言っていると勘違いし、老婆を抱き起こす

老婆『イタタタ… アンタ、何のつもりだい』

少女『何のつもりも、ただお婆さんが心配なだけですけど…』


308 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 22:43:04.64 ID:IH3FvBoAO
婆さんが途中から老婆になってましたね
脳内変換お願いします

>>304
本編はまだまだチマチマ続きます


309 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 22:53:12.17 ID:IH3FvBoAO


婆さん『すまない、迷惑をかけた』

少女『いえ、いきなり天使がどうこう言った私も悪かったですし』


結局、腰を強く打った老婆の為に、医者を呼びに行った少女達

なんだかんだ、ドタバタしている内にすっかり日は暮れていた

婆さん『で、通訳の魔術装飾が欲しいんだったね』

少女『いえ、今日はもう遅いですし、出直します』

婆さん『いい、取っときな』ジャラ

少女『あ、はい』ジャラ




少女『へ?』


310 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:02:36.78 ID:IH3FvBoAO
少女『え? え!?』

婆さん『やる。大事にしんさい』

少女『これ! 滅茶滅茶高価な物じゃ!?』

目が飛び出る程高い物を渡され、あたふたする少女

さっきまで、何が何でも手に入れようとしていた人間とは思えない変わりように、老婆も思わず笑う

婆さん『アタシはね、アンタ達が悪人じゃないかと疑ってたんだ。それも、人間を天使にしちまうような極悪人かも……ってね』

老婆の言葉に少女が唇をきゅっと噛む

思い出になった筈の悲劇が、少女の中で鮮明に蘇った


311 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:11:13.30 ID:IH3FvBoAO
婆さん『でも、それは杞憂だった。アンタ達は相当なお人好しだ』

少女『べ、別に普通だと…』

お人好しと言われ反論する少女を見て、老婆はまた笑った


婆さん『だってアンタ、世界を丸々手に入れる機会を棒に振ったでしょうが』

少女『!』


老婆は知っていた

侍の持っている「白宝石の指輪」が、願いを叶えるという魔神の物である事を

そして、その機会を棒に振ってくれたから、誰も代価を払わなくて済んだのだ、と


312 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:15:59.48 ID:IH3FvBoAO
婆さん『さ、早速魔術装飾を着けてみんさい』

少女『…はい!』

老婆に促され、少女が首飾りを着けようとする

婆さん『アンタじゃないよ』ペシ

少女『っえ!?』

婆さん『アンタが着けても、天使の羽で打ち消されるだろうが』

少女『…あ!』


313 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/30(水) 23:21:27.60 ID:Kb24O5P0o
天使の羽にはそんな力があったのか…


314 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:24:27.78 ID:IH3FvBoAO
少女『……よっ』

侍『……』ジャラ

少女『…できた!』

屈んだ侍に、少女が首飾りを着け終える

婆さん「どうだい、アタシの言葉が分かるかえ?」

侍「! これは面妖な……魔術か?」

婆さん「そうだ。通訳魔装でアンタは世界中の誰とでも話せるようになった」

通訳の魔術が侍に作用し、老婆との会話を可能にする

婆さん「その娘以外と、ね」

少女「――…」


315 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/30(水) 23:28:17.65 ID:fyhiwHSMo
oh...


316 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:33:38.74 ID:IH3FvBoAO
婆さん『まぁ、会話したくなったらその羽飾りを外せばいいんだけどね』

少女『…いえ、これは外しません』

婆さん『天使との友情かい?』

少女『それもあります。けど―』

婆さん『んん?』




少女『言葉が通じなくても、私とお兄さんの心は繋がってますから』




317 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/30(水) 23:41:46.00 ID:a7/BwuPDO
めっさイイ話…


318 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:48:01.95 ID:IH3FvBoAO
―不思議な客だったよ

女の子と……東国の男かね、二人組みでさ

天使の羽やら、魔神の指輪やらを隠すでもなく身に付けてるんだ

驚くの通り越して、最後は笑っちまったね


…ん? 魔術装飾?

ああ、あげたとも

何、勿体無いだって?

馬鹿言うんじゃないよ

アイツ等、また寄ってくれるって約束してくれたんだ

立派な交換条件だろうに―


319 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:54:28.56 ID:IH3FvBoAO


婆さん『アンタ等、次はどこへ行くんだい?』

少女『東へ』

婆さん『東……?』

少女『はい』

婆さん『まさか、大河を越えて…』

少女『ずっとずっと、東へ』

婆さん『そうか、それで魔術装飾を……』

少女『お世話になりました』

婆さん『気をつけて』

侍「お達者で」

婆さん「ババがボケる前に帰ってきな」



少女『お婆さんに幸あれ!』侍「では!」


320 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/03/30(水) 23:58:42.52 ID:IH3FvBoAO
旅路6終わり
ようやっとスレタイ回収しました
思い付きでやってるので回収できるか未定でしたが、上手くいって良かったです

さて、次回から大陸の東が舞台になりますご期待下さい


ご意見、ご感想等あれば遠慮なくお願いします
では、ご愛読ありがとうございました


321 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/30(水) 23:59:44.59 ID:fyhiwHSMo
今腕どうなってるの?


323 名前: [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 00:11:59.26 ID:IqIUCF6AO
>>321
花嵐→完治していないので自重していた
魂狩りへの一太刀目は気合いで振るった
霊体は腕へのダメージ無し

旅路6→完治

というつもりで書いてます
が、皆様各々の解釈でいいと思います


女旅人の件も同じで、彼女が何者だったのかは皆様の想像通りでいいと思うのです


324 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 00:15:31.81 ID:U7wMVC08o
霊体になった際に治ったってことでいいのかな?


325 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 00:28:04.46 ID:IqIUCF6AO
>>324
体は器、魂が中身
車が壁に擦っても、運転手は傷付かない

というイメージで書いてました



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