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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
786 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:19:13.24 ID:fuTWsXwH0


汀と理緒は目を開けた。

そこは、大雨が降っている高速道路の上だった。

一瞬でびしょ濡れになった二人が顔をしかめる。

『どうした? 状況を説明してくれ』

圭介の声が聞こえる。

汀と理緒がヘッドセットのスイッチを入れ、
口々に何かを言うが、雨の音でそれはかき消されてしまっていた。

『聞こえないな……汀、どうにかしろ』

圭介の命令に頷いて、
汀は足元で小さくなっている小白を抱き上げた。

そして理緒の手を掴んで、高速道路の脇に移動する。


787 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:20:18.96 ID:fuTWsXwH0
そして親指を立てて、右手をピンと上げた。

(ヒッチハイク……?)

そのつもりなのだろうか。

精神世界で、しかもこの土砂降りの逃げ場がない中で
何をしているのだろうと、理緒が目を丸くする。

そこで、凄まじい勢いで、赤い車が走り去った。

エンジン部分が大きく拡張されていて、
さながらレーシング用の車だ。

それを追って、
サイレンを鳴らしながらパトカーが三台走ってきた。

そのうちの一台が停まり、中から真っ黒い
マネキンのような人間が出てくる。


788 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:21:02.41 ID:fuTWsXwH0
黒いマネキンが、警官の制服を着ている。

二人だ。

表情はうかがい知ることは出来ないが、
彼らは腕を立てている汀の前に屈みこんで、
心配そうに口を開こうとして――。

そこで、一人が、汀に無造作に投げ飛ばされた。

もう一人が臨戦態勢を作る前に、
汀は倒れた警官の喉に一撃を加えてから、
その警官の警棒を抜いて、
まだ立っている警官のみぞおちに突き立てた。

時間にして五、六秒ほどのことだっただろうか。

警官姿のマネキンを二人とも締め落としてから、
汀は唖然としている理緒の手を引いて、
パトカーに乗り込んだ。


789 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:21:36.15 ID:fuTWsXwH0
そして扉を閉め、膝の上に小白を乗せる。

「ダイブ成功。変質心理区域だね。かなり自殺病が進行してると思う」

猫のように頭を振って水を飛ばした汀の隣で、
理緒が震えながら暖房のスイッチをつける。

そして彼女は、倒れている二人の警官を見た。

「汀ちゃん……あの人たち……」

「ただの深層心理の投影だから、気にしなくていいよ」

そう言って、汀は車のアクセルを踏んで、パトカーを急発進させた。

「きゃあ!」

理緒が悲鳴を上げて、慌ててシートベルトをつける。

「み、汀ちゃん! 運転できるの?」


790 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:22:23.70 ID:fuTWsXwH0
六十キロ、七十キロ、次第に速度が上がっていく。

汀は、明らかに小さな体でギアを操作して、
先ほど通過したパトカーに追いついてから、面白そうに笑った。

「やり方は知ってる」

「知ってるって……知ってるだけで運転したことは……」

「ないよ。当然でしょ?」

二台のパトカーを追い抜き、汀は更にスピードを上げた。

理緒がまた悲鳴を上げて、体を縮めて目を閉じる。

既に百二十キロ近く出ていた。


791 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:23:00.30 ID:fuTWsXwH0
今は土砂降りだ。

ハイドロブレーキング、と呼ばれている。

タイヤと道路の間に水が入り込み、タイヤが空回りする現象だ。

その音を聞き、
よく分かっていないまでも理緒は顔面蒼白になった。

当然だ。

自分より小さな女の子が、土砂降りの高速道路で
百三十キロもカッ飛ばしていたら、
その隣に座っていて恐怖を感じない者はいないだろう。

「止めて! 止めてぇえ!」

凄まじい勢いで流れていく周囲の景色に
ついていくことが出来ずに、理緒が絶叫する。

『どうした? 状況を説明してくれ』


792 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:23:57.58 ID:fuTWsXwH0
圭介が言う。

汀はまたギアを操作し、更に速度を上げてから言った。

「高速道路。多分防衛型の特徴だと思うけど、
この人の精神中核が車で逃走中。
この人、普通の人じゃないね。犯罪者だ」

汀の的確な指摘に、圭介が一瞬押し黙る。

「は……犯罪者?」

理緒が引きつった声を上げ、目をギュッ、と
閉じて震えながら言った。

「私達、犯罪者の人の心の中にダイブしてるんですか?」

「それも普通の犯罪者じゃないね。
警察に対して異常な警戒心を持ってる。
多分何かの逃走犯だ」


793 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:24:28.33 ID:fuTWsXwH0
『汀、仕事に集中しろ』

「分かってる」

「高畑先生! 犯罪者って本当ですか?」

理緒がヘッドセットに向けて悲鳴のような声を上げた。

「それも逃走犯だなんて……
マインドスイーパーは、犯罪幇助はしちゃいけないんですよ!」

『君達はただ、精神中核を治療すればいい。仕事をするんだ』

「高畑先生も汀ちゃんも、おかしいよ!」

理緒はあまりのスピードに腰が抜けたのか、
頭を抑えてその場にうずくまった。

百四十、百五十。まだ速度は上がっていく。


794 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:25:06.27 ID:fuTWsXwH0
前方に、赤い車が見えてきた。

もはや気を失ってもおかしくないほどの恐怖が、
彼女を襲っていた。

半狂乱になって、理緒はどこかに逃げ場はないかと
パニックになって怒鳴った。

「止めて! 止めてよ! 死んじゃうよ!
やだ、こんな速いのやだあああ!」

車の速度計から流れる警告音が彼女の精神を削り取っていく。

汀は、しかし運転に集中していて理緒の相手をする暇がないのか、
小白を彼女に投げてよこしただけだった。

「大河内先生が死にそうなのに、仕事なんてできません!
戻してください! 私、仕事できません!」

理緒が悲鳴を上げる。


795 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:25:54.95 ID:fuTWsXwH0
「え……?」

そこで初めて、汀は理緒の方を見た。

「せんせが、死にそう?」

『二人とも、仕事に集中するんだ』

「出来ないです! 私は人間です!
人間って、心があります、機械じゃないんです!
二人ともおかしいよ! おかしいよ!」

「理緒ちゃん落ち着いて。落ち着いてその話をよく聞かせて」

汀が冷静に言って、震えて固まっている理緒を横目で見る。

『やめるんだ理緒ちゃん。終わったら俺の口から……』

「圭介は黙ってて」

圭介の声を打ち消し、汀は続けた。


796 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:26:22.26 ID:fuTWsXwH0
「理緒ちゃん、すぐに怖いのは終わるから。大丈夫。私がいる」

「汀ちゃん……」

鼻水を啜り上げながら、理緒は、途切れ途切れに口を開いた。

「大河内先生が……通り魔に遭って……今、重篤な状態で……」

「圭介、本当? それ」

『…………』

「圭介!」

汀が怒鳴る。

『本当だ。犯人はまだ捕まっていない』

しばしの沈黙の後、圭介はそう答えた。


797 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:26:59.26 ID:fuTWsXwH0
「私の記憶を消したのね……何で!」

『仕事があるからだ』

「戻る。すぐに戻る!」

『…………』

「この精神中核を捕まえたら、すぐにせんせのところに行く!」

『冷静になれ! 精神中核が外壁防御もなしに
高速で逃走中なんだろう。慎重に行け!』

「知らない……知らないこんな犯罪者!」

汀は怒鳴って、更にスピードを上げた。


798 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:27:34.40 ID:fuTWsXwH0
そして理緒に

「ぶつかるよ!」

と叫んでから、前方でエンジンを高速で回転させている赤い車の後部に、
パトカーを衝突させた。

凄まじい衝撃が二人を襲う。

「きゃあああ!」

『やめろ汀! 患者を殺す気か!』

圭介が怒鳴る。

しかし汀は、それには答えずに、何度も、何度も車を衝突させた。

仕舞いには赤い車の後部タイヤがパンクしたらしく、
それはぐるぐると道路をスピンしながら、
ガードレールに激しくぶつかった。


799 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:28:10.94 ID:fuTWsXwH0
そして何度も回転しながら、崖下に車が落ちていく。

パトカーをスピンさせながら急停止させ、
汀はヘッドセットに向けて叫んだ。

「戻して! 早く!」

『…………』

圭介がマイクの向こうで歯噛みする。

ボンッ! という音がして、崖下で車が爆発した。

火柱が吹き上がる。

「圭介!」


800 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:28:38.81 ID:fuTWsXwH0
ぐんにゃりと、景色……
いや、「空間」それそのものが歪んだ。

まるでコーヒーにミルクを入れてかき混ぜるように、
汀達を包む空間がドロドロになり崩れていく。

「精神中核の崩壊を確認。戻して!」

ヘッドセットの向こうから、圭介の舌打ちが聞こえた。

そこで、彼女達の意識はブラックアウトした。


801 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:29:31.66 ID:fuTWsXwH0


「患者の死亡が確認された。死因はショック死だ」

圭介が淡々とそう言う。

「死んだ……?」

理緒が唖然として、その言葉を繰り返した。

「え……死んだ……? 死んだんですか……?」

「ああ、君達が殺したようなものだ」

端的にそう言って、圭介は表情の読めない無表情のまま、
手に持った資料を脇に投げた。

大河内を見舞ってから、赤十字の会議室で、
汀は圭介を睨んでいた。


802 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:30:11.05 ID:fuTWsXwH0
「……知ったことじゃないよ」

「それでも特A級マインドスイーパーか。
呆れてものも言えないな」

圭介は首を振り、立ち上がった。

「少しここで頭を冷やすといい。

大河内は命は助かるが、君達が見放した命は大きい。
それがたとえ、犯罪者のものだったとしてもな」

会議室の扉を閉めた圭介を目で追って、
汀は唇を強く噛んで俯いた。

「死んだって……どういうことですか……?」

理緒がかすれた声を出す。

汀はしばらく沈黙していたが、やがて、小さな声で返した。


803 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:30:39.56 ID:fuTWsXwH0
「……私が、精神の中核を、車ごと崖の下に落としたから。
精神の崩壊は、脳組織の崩壊を誘発することもあるの……」

「私が……汀ちゃんに、
大河内先生のことを話したから……ですか?」

汀は、また少し沈黙してから、首を振った。

「…………」

「汀ちゃん……?」

すがるように口を開いた彼女に、
汀は両目から涙を落として、かすれた声で答えた。

「私が……殺した。カッとして……殺しちゃった……」


804 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:31:22.02 ID:fuTWsXwH0


圭介は、日も落ちて、暗い診察室の中、
椅子に座って資料を見ていた。

理緒と汀は、隣の部屋で、泣き疲れて眠っていた。

今日起きた一連のことは、
彼女達の年齢では、処理できる理解の範疇を超えていた。

睡眠を体が選んだとしても、それは無理のないことだった。

そこで、圭介の携帯電話が鳴った。

圭介が顔を上げて、一瞬止まった後それを掴む。

そして耳にあて、彼は言った。

「誰だ?」

電話の主は、非通知だった。


805 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:32:10.37 ID:fuTWsXwH0
『久しぶりだな。高畑君』

しかしその声に、圭介は表情を変えて答えた。

「…………久しぶりですね…………」

『相変わらずクールだな。どうだ?
今回の失敗は、随分と堪えたんじゃないのか? 元老院もな』

「あなたには関係のない話だ」

『今回の失敗を、もみ消してやれると言ってもか』

電話口の向こうでタバコでも吸っているのか、
息を長く吐きながら、相手はそう言った。

圭介はしばらく考え込んだ後

「あなたには関係がない話だ」

と、先ほどの台詞を繰り返した。


806 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:32:46.56 ID:fuTWsXwH0
電話口の向こうの相手は、それに構わずに続けた。

『ナンバーWをこちらに引き渡したまえ。悪いようにはしない』

「お断りします」

圭介はせせら笑って、それに返した。

「あの子は俺のものだ。あなたのものじゃない。残念だったな」

醜悪に口の端を歪め、彼は吐き捨てた。

「つるむ相手を変えたいのは分かりますが、
相手は選んだ方がいいですよ」

プツッ、と電話を切る。

そして彼は携帯電話をテーブルに投げてから、立ち上がった。


807 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:33:33.63 ID:fuTWsXwH0
手洗いが一緒になっている洗濯室に入り、
理緒と汀の洗濯物を、洗濯機に突っ込む。

そこで、理緒の服のポケットに紙切れが入っているのを見て、
圭介はそれに目を留めた。

ゼロと一の羅列が所狭しとかかれた紙。

そして、鶴の形に折られた千円札。

圭介は鼻を鳴らし、紙を自分のポケットに移した。

そして鶴の形を整えて、洗面台の上に置く。

それを見る目は、どこか笑っていて。

どこか、悲しそうだった。


808 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:34:32.45 ID:fuTWsXwH0


お疲れ様でした。

次回の更新に続かせていただきます。

ご意見やご感想などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

それでは、今回は失礼させていただきます。


810 名前:NIPPERがお送りします(愛知県) [sage] 投稿日:2012/10/23(火) 22:48:27.19 ID:KRAi29Xdo
ほんと、理緒みたいなのみてるとイライラする
後先考えない発言っていうか発言に行動が伴ってないっていうか・・・
これだけイライラするのも書き方がうまいからなんだろうな
乙乙


811 名前:NIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage] 投稿日:2012/10/24(水) 00:19:00.75 ID:hxPVvMZAO
乙〜!

理緒は作中唯一の常識人だし(大河内も胡散臭い)、物を知らなすぎるのは情報を制限されてるからと思われる。一般的なスイーパーは、スイーパーのシステムの暗部(人体実験?利権がらみ?)を殆ど知らされてない。

高畑の発言から、昔は自殺病であることがスイーパーの条件だったのに、今は健康体でもスイーパーになれるのだろう。
確かに滑稽だ。笑うしかない。



>>791

×ハイドロブレーキング
○ハイドロプレーニング


812 名前:NIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage] 投稿日:2012/10/24(水) 07:29:05.54 ID:C42r1pqlo
理緒ちゃんはなにも悪くないな
何も知らないからうまく行動出来ないだけの普通の子だよ


813 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/10/24(水) 09:57:19.94 ID:DPX7iGUIO
年齢を考慮したら通常の反応だがな

理緒ちゃんの気持ちも分かるが、冷静さも必要だな
その弱々しい正義感が理緒ちゃんらしさな希ガス


814 名前:NIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage] 投稿日:2012/10/24(水) 18:40:52.07 ID:hxPVvMZAO
高畑医師はぞっとするほど冷たい目つきや醜悪な微笑を浮かべるのに柔和な顔って、想像が難しいな。

かけ離れたイメージだけど、アンソニー・ホプキンスとか…?



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