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騎士「そうだ。俺は、勇者になりたかったんだ……」
1 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 16:46:11 ID:bi2gqXW2



「僕ね!大きくなったら父上のような立派な騎士になりたい!
 それでね、お話の勇者さまみたいになるの!なれるかなぁ?」

それが子供の頃の口癖だった
父は誰もが讃えてやまない素晴らしい騎士で、それが彼の自慢であり誇りだった


いつか自分もと、胸に秘める事数年



子供は青年となり、今まさに憧れへの一歩を踏み出そうとしていた





騎士と勇者の物語





2 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 16:47:10 ID:bi2gqXW2


青年が騎士を目指して数年。一日たりとも精進を忘れた日はなかった
幼い頃より勉学、武術双方を弛まぬ努力で学び、今日この日にために備えていたのだ


――騎士試練


それは、騎士を目指す者にとっての最初の壁であり登竜門
騎士となるのに相応しい人物かを見定め、ふるいに掛けるのだ
そうして突破したものは騎士として封ぜられる


青年はついにこの日がやってきたと感無量だった

青年(だが、これは俺にとって超えねばならないただの壁だ
   目指すものは、その先にある……足元をすくわれるなよ!)

両の頬を平手で叩き、気合を入れなおす

そして試練は始まった


3 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 16:47:56 ID:bi2gqXW2

試練は普通。そう、至って普通だった
筆記、面接、武術披露。今のところ特別なことは行われなかった

青年(んん?父上の話では、随分厄介だったと聞かされたのだが…
   脅かされただけかな)

普段の努力のせいか、そのどれもを難なく終わらせてしまった青年にとって、拍子抜けもいいところだった
ところが…


「諸君、これより最終試練を実施する。各自、指示された監督に付いていくように」


危険な任務を行うこともある騎士にとって、頭の良さや腕っ節の強さよりも重視していたものがある
それは任務達成力と生存力だった


任務を達成できなければ、場合によっては国が危機に晒されることもある
また、任務を完遂しても、生きて戻らなければ意味が無い
騎士とは兵士と違って、おいそれと補充できるものではなかった


4 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 16:49:22 ID:bi2gqXW2


「――つまり、この試練ではいかに任務を達成して帰還できるかを見ることになる」

青年の担当者が簡単に説明していった

青年「それで、その試練の内容とは…」

「お主にはここより北に向かい、マダラ蜘蛛糸を取ってきて貰いたい」

青年「マダラ……大蜘蛛からわずかに取れ、大弩などに使われる大糸、ですか?」

「うむ。よく知っているな。その通り。お主はそれをなんとか手に入れ、ここにいる私に納品してほしい」

青年「……ちなみに聞きますが、お金で買って納品、というのは…?」

青年の質問に、口角を釣り上げた形で笑みを作り、

「やっても良いが、バレたら剥奪の上に永久に騎士になることは出来ない
 そして禁錮刑だ。実はそういう輩が結構居るのだよ」

やけに楽しそうだった。彼がそういった人達の不正を暴いているのだろうか?
いやらしい笑みを貼りつけたまま告げた

「期限は今より四日後の日没までとする」


5 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 16:49:56 ID:bi2gqXW2


北の山岳地帯
この岩だらけの寂れた場所に、大蜘蛛は好んで生息している
巨大な巣を張り、巨鳥や、山頂に居着く動物などを捕食している

強靭無比な肉体を持ち、凶暴。牙に麻痺毒を持ち、それをもって獲物の動きを止める
吐き出す蜘蛛糸にも弱性の毒があり、絡めとった獲物を徐々に弱らせる働きを持つ


青年「厄介だな…」

家から持ちだした簡易図鑑を荷物へ突っ込む

青年「例の蜘蛛糸は蜘蛛から吐き出される前に取らないといけないから、どうしても対決は免れない…」

そうぼやきながらも意気は高まっている
自分だけの力を頼りに困難に挑む。まさに望むところだった


6 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 16:58:28 ID:bi2gqXW2


青年「いた…!」

青年の足元に巨大な蜘蛛の巣が見えた
そこに大蜘蛛もいた

青年「火や爆弾は使えないな…」

剣と弓矢。これが今使える武器だった

青年「矢は十五本。予想よりも大きいけど、十分だろう」

そう算段をつけると自分に優位な位置取りを探した
太陽の向かいに立ち影を悟られないようにする
そして大蜘蛛を下、自分を上に置き、準備は整った


青年(近寄られたら終わりだ……。頭だ。一発で決めろっ!)   


渾身の力で弦を引き絞る
 

ピョゥッ!


7 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 17:06:48 ID:bi2gqXW2

矢が大蜘蛛の頭部に見事命中した

青年「よし!二発目もくらえッ!」

続けて第二射も放たれた
しかしそれを、巨大で頑丈な足で防いだ
大蜘蛛が矢の方向を見定める

青年「しまった!気付かれた!」

想像以上の知能に、思わず動揺してしまった
まさか一発目で居場所を看破されるとは思っていなかったのだ

青年(姿を隠していたのに…!これほどとはっ!)

ゴツゴツとした岩肌を、巨大な足で力強く登ってくる
その勢いに気圧された


8 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 17:11:07 ID:bi2gqXW2

何度か射掛けるが、勢いは収まらなかった
諦めて腰に下げた剣を抜刀し、構える

青年(登り切った所で、無防備な腹に一撃を加えてやる!)


ガシガシッ
       ガシガシッ

   ガシッ!

青年「ここだあッ!くらえッッ!!」

風切り音をたてて剣を突き出す
しかし、剣は空を切った

青年(え……?)

青年の頭上に影がかかる
そう、大蜘蛛は登り切る直前にあろうことか飛んだのだ

度肝を抜かれた青年は青ざめた
対峙する敵は、予想をはるかに上回る知能を有し、それを的確に操っている
初めて感じる死の恐怖だった


9 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 17:18:24 ID:bi2gqXW2

大蜘蛛は、青年を飛び越え背後を取った
青年も大蜘蛛へ振り返る

様子をうかがっているのか、大蜘蛛は直ぐには動かない
青年も蜘蛛と睨み合ったまま動けないでいた

青年(………)

背後に背負った日光が、ジリジリと照りつける
叫びたくなるほどの張り詰めた空気、緊張感
剣を握る手に力がこもる



最初に動いたのは青年だった

青年「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーッッ!!」

雄叫びを上げながら、剣を突き出し突進する
狙うは頭部。一撃必殺だった


10 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 17:23:16 ID:bi2gqXW2

大蜘蛛は足を器用に使い、剣に向かって突き出した
直前でそれをかわす。本当の狙いはこれだった

かわした勢いを使って身体を回転させ、そのまま剣を突き出された足、その関節へ叩きつけた

バキッ!っと音がして、右の前足が一本切り落とされた


確かな手応えに、体の奥底から勇気が湧いてくる
大蜘蛛が痛みに悶えている間に、手頃な大岩によじ登る

そして、大蜘蛛めがけて落下攻撃をおこなった

青年「でりゃぁぁぁぁぁあああああッ!」

裂帛の気合とともに剣を頭部へ振り下ろした
全体重を利用した必殺の攻撃だった


異常を察した大蜘蛛だったが、それよりも早く、青年の剣が大蜘蛛に到達した


11 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 17:32:24 ID:bi2gqXW2

青年「く、た、ば、り、や、が、れぇぇぇぇぇぇーーーッ!!」

暴れまわる蜘蛛に負けないようにさらに力を込める
深く、より深く剣が食い込んでいく


しばらくすると、蜘蛛の動きが弱くなってきた
そして、ついに大蜘蛛が力尽きた

青年「ハァ…ハァ…」

青年はそのまま蜘蛛の骸の中に崩れ落ちた
大蜘蛛の体液でベトベトになっていても、それを拭う気力もなかった


12 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 17:43:40 ID:bi2gqXW2


しばらくそのまま息を整えた
僅かな戦闘時間だったが、疲労困憊だった
息が整うと、疲労で震える手を叱咤して、大蜘蛛の体を切り開いていく


青年「あった、これだ!」

大蜘蛛の体から、一際奇妙な糸を取り出した
それはマダラ模様をしていた

それを懐から取り出した袋へ丁寧に入れ、大切にしまった

死骸からよろよろと這い出て、適当な岩に腰を下ろした
そして大きく深呼吸をする

青年「フゥゥ〜〜……。 くせぇ……」



これで、彼に課せられた試練は終了した
後は、生きて納品するだけだ


13 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 17:47:31 ID:bi2gqXW2


……

「やあやあ息子よ!聞いておるぞ。おめでとう!」

青年「父上!」

親子は固く抱擁をかわした

青年「相変わらずお耳が早いですね。今から報告しに行くところだったのです」

「ハッハッハ!固いことを言う
 なんでも今回は、お前と後二人だけだったらしいじゃないか」

青年「そうなのですか?自分のことに必死でどうにも……」

「うむ。よろしい。が、もう少し視野を広く持て。何がどうなるか知っておくのは、何事にも有効だ」

大蜘蛛との一戦を思い出し、その言葉を肝に銘じた

「さ、母上に報告しにいくといい。首を長くして待っていたぞ」

そう言って青年を送り出した


14 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 18:48:34 ID:bi2gqXW2

優しく戸を叩き、声をかける

青年「母上、私です」

「まあ!待っていたのですよ。お入りになって」

入室すると、相変わらず顔色悪くベッドに横になる母が居た
弱り、やせ細った母の傍らに立つ

青年「母上見て下さい」

そう言ってエンブレムを見せた
それは騎士の称号、証だった

「ああ、よくやったわ!これでお父様と肩を並べられるのね」

目にうっすらと涙を浮かべる
青年の手を握る手に、熱がこもった

「もう、思い残すことはないわ……立派になったわね…」

青年「何を言うのです、母上!」

「いいのです。自分の体のことは良くわかります…
 でも、これで安心して逝くことができます」

青年「母上……」


15 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 18:50:46 ID:bi2gqXW2


五年ほど前、突如謎の病に母が襲われた
父は八方手を尽くし、高名な医師、薬、果ては怪しげなものまで
ありとあらゆる方法で、母を治そうとした

結果は言わずもがな。今の有様であった

誰よりも悲しんだのは父であり、誰よりも冷静に受け止めたのは母であった
悲しむ父を逆に慰め、元気づけたのである



青年は母の言葉を受け、名に恥じぬ騎士になろうと、
母が失望しないようにと、心に誓った




16 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 18:55:41 ID:bi2gqXW2


青年が騎士になり、数年が経った
今や青年は若手たちの憧れの的だった

模範的であり、常に努力を続ける姿勢、物腰の柔らかい姿に、人気を博した
そして実力も抜きん出ていた。家伝の剣、弓、槍、馬……
特に槍術は、他を寄せ付けないほどの冴えを見せ、師である父を上回りつつあった
年々実力が上昇していき、第一の勇士も目前と噂されていた



ある日……

青年「魔物の討伐ですか?」

「そうだ。魔物を滅ぼすのも我らの勤め。
 お前は私の指揮下に入り、魔物討伐へ向かう」

青年「場所は何処です?」

「……剣の山、麓にある廃村だ」


17 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 19:04:41 ID:bi2gqXW2

―剣の山

帝国の真北へ位置した大山脈。霧の谷も有している
とにかく険しい山々で、山越えを行うことは不可能とされ、事実その通りに越えたものは居ない
山の向こうへ行くのならば、霧の谷を抜けていかなければなない
霧の谷は年中濃霧に覆われている谷で、わずかに毒をはらんでいる

はるか昔に霧の谷を抜けた者達がおり、その者達が建国したのが霧の国と言われている
西の蛮族を鎮圧するという大業を成し遂げ、また剣の山と霧の谷に背後を守られた、要害の地とされる

また剣の山は、物語に登場するほど魔物の出現する頻度が高い
かの魔王も剣の山から現出したと言われているほどだった



青年「剣の山ですか……穏やかではないですね」

「うむ。ゆえに我らが赴くのだ。万全を期してな」

万全。魔物相手にどれほどの準備をすれば万全といえるのだろう
その言葉の重みを知っているのか、目の前の騎士には深いシワが刻まれていた


18 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 19:13:18 ID:bi2gqXW2

青年「しかし、今の私は父の代わりに母を看なければ…」

「ああ、それは承知している
 私が信頼している医師団に、母君を看させよう。君の代わりに母君の世話をさせるのだ」

青年「……ですが」

「分かってくれ。今回の遠征、君の力がどうしても必要なのだ」

青年「……」

「母君も、任務を取ることを喜ばれると思うが」

青年「分かりました。微力ながら協力いたします」

「決心してくれたか」


青年の母はまだ生きていた
しかし、それはただ「生きているだけ」という状態だった
もう話すことも、笑うことも、怒ることもない
生きる屍だった

だが、それでも諦めずに青年の父は打開策を探し続けた
今も世界各地を飛び回り、珍品名品名医をかき集めている
そして、その留守の間の母の看護を青年が行なっていたのだ


19 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 19:25:45 ID:bi2gqXW2
出立の日

青年は暫くの間家を離れることを母に報告した後、討伐隊へ加わった


騎士二十名、三人一組の弩戦車が四騎、計三十ニ名の大規模な編成だった
それほどの魔物が現れたのだろうか



廃村

今はすっかり寂れているが、僅かに賑やかだった頃の面影が残っていた

青年「このような場所にどうして魔物が…」

「わからん。おそらく山で現出し、流れ流れてここに到達したのだろう」

「情報ではたまたまここを通りがかった商人連中が、巨大な影と吼え声を聞いた。
 同じく通りがかった冒険者が、近くの森の木々をなぎ倒す何かを見た…
 ……実際の被害は出てはいないようですね」

青年「それでなぜ我々がこのような重装備で?」

「・・・可能性だ」

青年「可能性?」

青年は理解しかねて、オウム返しに聞いた


20 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 19:41:31 ID:bi2gqXW2

「竜だ。情報部の調査でその可能性が浮上してきた
 我々は討伐と同時に調査も兼ねた隊でもある。もし竜の場合、討伐から調査へ切り替え、情報を伝える」

「竜…!」



―竜
強力無比な肉体を持ち、巨大な身体で空を駆る覇者
その生態は謎に包まれており、そもそも遭遇した例が少ない
有史以来、竜を倒したという話しは帝都の魔人譚でのみ語られている
また、竜は魔界の生物ではなく、もともと地上に生息していたという学説が発表されている


青年「竜退治は騎士の誉れ。しかし、実際に退治した話は騎士ではなかった魔人のみ…か」

「だけど、そんな怖ろしい怪物がそんなちゃちい噂や情報だけだなんて、情報部はちゃんと機能しているのか?」

「万が一、だ。そのために我々が直々に調査するのだぞ。
 竜でなくとも、魔物は厄介だ。油断していると足元を救われるぞ」

「フフフ…。分かってますよ」



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