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侍「言葉が通じなくとも」
561 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/10(水) 23:54:30.24 ID:WSYGbqHAO
若い商人「あ、アンタら……これがどれだけ大切な物かわかってるだろ!」

険しい旅路を行く時、旅人達はしばしば隊を組む

特に、金目のものを運ぶ商人達は、「商人隊」を組んで、野盗から身を守る

野盗頭「わかってるから寄越せって言ってんだよ!」


だが、世の中には商人隊を狙った野盗団というのも存在する

何故なら、大規模な商人隊は、高価な物を輸送している可能性が高いからである

この悪漢共は、専ら商人隊を襲う野盗団であった


商人頭「お前達のような輩に、大事な塩を渡してたまるか!」

野盗頭「渡してくれなんて頼んでねえよ! 勝手に奪っていくからよォ!」


562 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 00:13:52.44 ID:Wk2+/9OAO
野盗頭「かかれッ!」バッ

「うおおおお――――ッ!!」

馬を駆り、野盗共が商人隊の荷馬車を包囲しにかかる

若い商人「きたッ!?」

商人頭「撃てぇッ!!」

ダァーンッ ダァーンッ

商人達は鉄砲を使って野盗団の騎馬隊を迎撃する

が、拡散する騎馬に狙いを定められず、弾丸はことごとく空を切った

髭の商人「だ、駄目だ!」

初老の商人「数が多すぎる!」ダァーンッ

野盗団は商人隊を優に越える人数が揃っていた

それも、数だけではなく組織として統率された動きを取る戦闘集団である

稀に弾丸が命中しても、その動きが乱れる事はなく、確実に包囲を縮めていった


563 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 00:31:08.18 ID:Wk2+/9OAO
野盗頭「そろそろだな」ニィ

野盗頭は攻撃の機会を窺っていた

遠距離射撃用の鉄砲は、装填に時間がかかる

従って、実践で使用するには何人かが一組になり、清掃・弾込め・射撃をひっきりなしに行う必要がある



ダァーン… ダァーン…


必然、作業効率は時間と共に落ちていき、銃声は徐々に疎らになってゆく

野盗頭「今だ! 二の陣!!」サッ

野盗「頭の合図だ! いくぞ野郎共!」バシッ


ヒヒーンッ

ドドドドドドドド――ッッ




564 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 00:36:18.76 ID:Wk2+/9OAO
若い商人「こ、こっちに来る!?」

髭の商人「馬鹿! 早く鉄砲よこ」


――ドスッ


若い商人「!!」

鉄砲を受け取るべく、振り返ったその背中に、野盗の放った矢が刺さる


ドサッ


若い商人「う、うわあああああッ!?」


565 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 00:57:53.59 ID:Wk2+/9OAO
商人頭「出口に盾を! 奴ら雪崩れ込んでくるぞ……」

小柄な商人「くっ……!」ガタンッ

矢を防ぐ為に出口を塞ぐ

それは最早反撃の余裕が無いと言っているに等しかった

年配の商人「くぅ……ここまでか!」

「は……ッ、ぐう……!」

若い商人「そ、そうだ! ヒゲさんの手当てを!」

頑健な商人「ひとの心配してる場合か! お前も剣を持て!」

若い商人「……ッ」


566 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 01:08:18.48 ID:Wk2+/9OAO
盗賊「奴ら盾を出したぞ!」

盗賊頭「頃合だ! 乗り込めぇ!!」


「オオオオオォ――――ッ!!」


ギィンッ ザシュッ ガキィンッ

「ぎゃあぁ!?」「ぐげぇッ!!」


盗賊頭「グッフフ、デカい馬車だから手こずるかと思ったが……見かけ倒しだったな」



「そうだな、見かけ倒しだ」



盗賊頭「……ん?」



ピィッ――
       ―――ブシャッ





567 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 01:13:03.79 ID:Wk2+/9OAO
あ、野盗が盗賊に……

野盗が正しいです


568 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 01:19:45.77 ID:Wk2+/9OAO
野盗「ァ……」プシャァァ

ドシャ……


ザッ

侍「一度だけ機会をやろう。ここから立ち去り、二度と悪事をするな」

野盗頭「奴ら用心棒を……お前ら! さっさと畳んじまえ!」






野盗頭「どうした! 早くいかねぇか!!」

野盗騎兵隊「でも、お頭……」

野盗弓兵「あいつ、無茶苦茶強ぇっすよ……!」


569 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 01:26:11.14 ID:Wk2+/9OAO
野盗頭「馬鹿野郎! 何の為に数揃えてんだ!」

剣を持った野盗「でも……」

侍「見かけだけの軍隊には信念が無い。一度崩れたが最後、統率を立て直すことはできぬ」

ザッ


侍「もう一度だけ言う…………立ち去れいッ!」カッ


野盗達「ひッ!?」ビクッ


570 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 01:52:49.94 ID:Wk2+/9OAO
肌黒商人「…………」

商人頭「妙だな……」

馬車への集中砲火が止んで尚、野盗団が突入してくる事はなかった

罠……という可能性があるが、圧倒的野盗優勢において、商人達を誘き出す必要はほとんど無い



「ッ!? 痛ぇぇ!!」



年配の商人「な、なんだ!?」

髭を生やした商人の絶叫に、商人達が振り返る

髭の商人「痛ぇ! 痛ぇよぉ……!」ガクガク

少女「――! ――――」グ…ブシャッ

商人頭「金髪!? 誰だおま」

小柄な商人「みんな! 外を見ろッ!」

商人頭「ッ……どうした」


571 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/08/11(木) 07:36:24.05 ID:yo3OzZ9SO
なんという隠密行動


572 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 07:52:50.42 ID:Wk2+/9OAO
野盗頭「あいつら……ッ!」ワナワナ

ずらした盾から見た馬車の外

そこに野盗の大群の姿は無く、野盗の死体が幾つか転がっているばかりだった


肌黒商人「どうなってんだ……?」

太った商人「わからん……が、あいつが追い払ってくれたみたいだ」




侍「忠告はした。拙者、仏ではない故、三度は待たぬ」チャキッ

野盗頭「何を訳のわからん事」


――――プシッ


野盗頭「あ――――え?」ブシャァ

侍「南無……」


ドサ……


573 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/11(木) 08:56:05.92 ID:Wk2+/9OAO
……

侍「……南無」

少女「―」ナムナム

商人頭「どこの誰かは知らないが助かったぜ、ありがとう」

死者に手を合わせている二人に、商人達が声を掛ける

商人頭「そっちの兄さんはもちろんだが、お嬢ちゃんもありがとうな。お嬢ちゃんの手当ての甲斐あってか、うちの負傷者は皆落ち着いてきたよ」

侍が野盗の相手をしている間、少女は負傷者の手当てをすべく、馬車から馬車へと走り回っていた

いきなり乗り込んできて介抱を始める少女に、初めは驚き警戒心を剥き出しにしていた商人達だったが、なぜか少女を止める事はできなかった

そして、最後には少女に倣って負傷者の手当てを始めていた


577 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 02:06:52.38 ID:TzZkvPZAO
侍「礼なら無用だ。私は、私自身の為に刀を抜いたのだ」

商人頭「……むう。よくわかんねえが、だったらさっきの言葉は前金として受け取っておいてくれないか?」

侍「前金……?」

商人頭の言い回しに、侍は首を傾げる


商人頭「そう、前金だ。アンタみたいな凄腕に、是非とも砂漠越えの用心棒を頼みたい」




578 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 02:25:19.69 ID:TzZkvPZAO
侍「砂漠……とはなんだ?」

魔術の掛かった首飾り「通訳魔装」の効果で、侍は異国の言葉を理解する事ができる

だが、時折魔術をもってしても意味が伝わらない事がある


それもその筈

通訳魔装は、異国語を侍の国「蛇島」の言葉に変換させる

故に、蛇島に存在しない言葉にはどうしても変換する事ができない


579 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 03:17:25.23 ID:TzZkvPZAO
色黒商人「なんだ、アンタ砂漠を知らないのか? ……まぁ、余所からの旅人だったら、それも仕方ないか」

そう、仕方のない事である

風土や歴史、思想……文化が異なれば、当然それらを伝える「言葉」という物も形を変える

聞き覚えのない言葉が会話に使われる事があれば、言語自体全く異なる場合もある

となれば、旅人同士の会話など、補足の為に中断されて当然だろう

侍「すまぬが、砂漠とは何なのか教えてくれぬか?」

侍が頭を下げる

商人頭「ああ、いいとも。その代わり、俺達にもアンタの言ってたカタナ、とかいうやつについて教えてくれよ!」


581 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/08/18(木) 14:41:04.41 ID:N3hXY6tLo
砂漠超えってことはその内「清」とかにつきそうだな


582 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 14:41:43.67 ID:TzZkvPZAO
……

小柄な商人「へぇぇ、片刃の剣かぁ……」チャキ

砂漠の入口にある、そこそこ栄えている街の食堂で侍達は夕食をとっていた

商人頭は、

「砂漠越え用の駱駝を調達してくるから、その間に護衛の話を検討しておいてくれ」
と言っていた。が、

年配の商人「蛇島、蛇島……聞いた事ねぇな。ちょいと兄さん、蛇島ってのはこの地図のどの辺だい?」

若い商人「これ魔術装飾じゃないですか! どうやって手に入れたんですか? やっぱり賞金稼ぎでお金を……」

肌黒商人「物持ちがいいのは悪い事じゃねぇが、流石にそれはツギハギがすぎるぜ。どうだい? この服なんか機能的で……」

侍「……」

話好きな男達のおかげで、そんな暇はなかった


583 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 15:21:23.86 ID:TzZkvPZAO
商人頭「駱駝が手に入ったぞ」ギィ

商人頭が扉から嬉しそうな顔を覗かせた

荷物を運ぶ事と人を乗せる事を考えると、結構な数の駱駝が必要になるが、彼の表情を見れば上手く頭数が揃った事が窺える

商人頭「で、護衛の話は考えてくれたかな?」ギッ

侍の向かいの席に腰掛ける商人頭

表情こそ先と変わらぬ笑顔だが、その瞳には「是が非でも首を縦に振らせる」という決意が宿っていた


584 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 19:54:07.13 ID:TzZkvPZAO
侍は隣に座る少女を見た

少女は既に食事を終え、食後のお茶を楽しんでいた

商人頭「勿論タダでとは言わねえ。無事に砂漠を越えられた暁には、銀を一袋」


「引き受けよう」


商人頭「わかった! 前金でもう一袋……って、え?」

侍「その砂漠越えの道程、私達も同行させてもらえるか」

商人頭「お、おう! そりゃ大歓迎だが、報酬は……」

侍「お主らの言い値でよい。道中、世話になる」ペコ

商人頭「い、いや……こちらこそ」ペコ


585 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 20:23:19.92 ID:TzZkvPZAO
年配の商人「言い値でいいなんてカッコイイねー!」

小柄な商人「でもいいんですか? 砂漠越えの護衛なんて、普通いくら銀を積まれても断る仕事ですよ」

侍「言ったろう、道中世話になると。拙者達はお主らを守る代わりに、食糧を提供してもらう。持ちつ持たれつであろう」

侍「加えて、拙者達には砂漠の知識がない。同行者ができるのは好都合なのだ」


そう、侍達には砂漠の知識がない

山を登るにしろ、海を渡るにしろ、旅には地形に合わせた知識が必要になる

それも、本で読んだ上辺だけの情報ではなく、その環境で生き抜く事により培われた、生きた知識が必要なのだ


586 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 21:05:30.32 ID:TzZkvPZAO
少女の住んでいた西の大陸にも、侍の故郷である蛇島にも、砂漠は存在しない

つまり、二人とも無知という事だ

山の知識がない者が雪崩を予見できないように、無知なる者は何が危険なのか、どんな事が起こり得るのか、想定する事ができない

故に、無知なる者にできる事は、知識のある者に従うか、立ち入らないかのどちらかになる


商人頭「明朝、街の北門で待ち合わせだ。それまでゆっくり休んでくれ」ガタ

侍「うむ、ではまた」


商人達が店を後にする

侍は向かいの席に移ると、少女がお茶を飲み終えるのを待った


588 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 22:20:08.80 ID:TzZkvPZAO
……

少女『……でね、そのまま飲んでも美味しいんだけど、一緒についてくる飴玉を口の中で溶かしながら……』

侍『――』

少女と侍は宿屋への道を歩いていた

夕食の間に日はすっかり暮れ、見上げれば星空が広がっている

スタッ

少女『ね、お兄さん』

少女が歩みを止め、侍に向き直る


少女『聞かせて。私をどこに連れて行ってくれるのか』


589 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 22:47:42.79 ID:TzZkvPZAO
侍「!」

少女の言葉に侍は目を見開いた

勿論、少女が「何を言っているか」はわからない

だが、少女の「伝えたいもの」を感じる事ができるようになってきた

侍「どこに連れて行くか……か」


思えば、侍が旅の行き先を決めたのは今回が初めてだった

大河を渡る前は勿論、大河を渡り、言葉が通じなくなっても、今日まで行き先は少女が決めていた


侍は、少女が旅路の先に何を見せてくれるのかが見たかった


590 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 23:00:27.84 ID:TzZkvPZAO
だが、気付けば侍は「砂漠を越える」事を決めていた

他の誰でもない、侍が行く先を決めたのだ

その事実に、言われて初めて気が付いた

侍「……ああ、そうか」

隣に座る少女を見た時、私は何を期待しただろう

砂漠を越えるか否かの決を下して欲しかったか?

違う

私は、砂漠の果てを見た時、少女がどんな顔を見せるか期待していた



―私はこの娘と、世界の全てを見たかったんだ―





591 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/18(木) 23:07:38.96 ID:TzZkvPZAO
今日はここまでです
投下間隔が広くて、終わりのタイミングが分かりづらくて申し訳ありません
イメージを文章化するのに、適切な言葉が浮かばないとどうしても時間がかかってしまって……


ご愛読いただきありがとうございます
それでは


592 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/08/18(木) 23:24:07.68 ID:APD+//JSO
いいコンビだな


595 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2011/08/23(火) 01:15:46.67 ID:OBKTsQhAO
少女「―」タッ

少女が踵を返し、再び歩き始める

侍「……かなわぬな」タタッ

侍は僅かに笑みを零しそれに続いた


先をゆく小さな歩みはゆっくりと

後を追う大きな歩みは足早に

互いの距離が縮まるように


やがて二人が隣り合うと、同じ速度で歩き出す

ゆっくり、よりゆっくりと

この一時を味わうように



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