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少女「それは儚く消える雪のように」
- 51 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/02/20(月) 22:09:14.25 ID:WO2eriwB0
*
元老院。それはこの世界が統合政府により支配されてから存在している組織だった。
政府全般に渡っての強力な発言力を持つ機関。
絆たちトレーナーが所属するエフェッサーも、直轄的に元老院支配の組織だった。
死星獣を倒したら、報告をする義務がトレーナーにはある。
それは組織に雇われている身としてはいたし方のないことだし、
仕事だと割り切ってしまえば当たり前のことだ。
だが元老院に向かう廊下を歩く絆の足は重かった。
- 52 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:10:24.53 ID:WO2eriwB0
周囲は過剰すぎるほどの豪華な、白い壁面に壁画や彫像品の並んでいる所だ。
この国の中央政府別館に存在している、エフェッサーの上層元老院。
壁の脇に、所々銃で武装した兵士が警護で立っている。
なるべくそちらを見ないようにして進み、
やがて彼はオペラステージのように開けた場所に出た。
自分が立っているのは、ステージ側。
観客席にはおびただしい数の……テレビモニターが並んでいた。
絆がステージ中央に到着したのを感知したのか、
それらに、一斉に軽い電子音を立てて電源が入る。
- 53 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:11:20.50 ID:WO2eriwB0
見回しただけでも二百……三百。
気がおかしくなりそうな非現実の光景に囲まれ、絆は頭を一回、軽く下げた。
電源がついたモニターには砂画面のままのものもあったが、
半分以上に人間の顔が映し出されていた。
画像通信のようにそれらは思い思いに動いている。
そのうちの一つ、白髪を短く刈り込んだ老人が移っているモニターが赤く明滅した。
そしてそこからしわがれた声が流れ出す。
『エフェッサー第七課、ナンバー九十、絆か。遅かったではないか』
「申し訳ありません。バーリェの調整に少々時間を有しておりました」
『よい。西アンシェラン地区に出現した死星獣、
コード七十七撃破の報は既に入っておる。
我々は貴殿の働きを非常に高く評価しているが故、そのようにかしこまる必要はない』
- 54 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:12:16.77 ID:WO2eriwB0
今度は別のモニターが赤く光り、そこにうつった老人から言葉が流れ出す。
絆はこみ上げてくる不快感をなるだけ前に出さないようにそちらを見上げた。
モニターに移っている顔は、全て老人のものだった。
自分と同じくらいの歳の者は一人もいない。
次に発するべき言葉を捜していると、少し離れた場所の老女が口を開いた。
『して、今回の貴殿の働きを受け、元老院は勲三等を授与することに決定しました。
今回撃破された死星獣のランク的分析と、
貴殿の調整したアタックエンジュランデバイスの攻撃力には目を見張るものがあります。
この調子で、これからも励んでください』
- 55 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:14:23.06 ID:WO2eriwB0
それを聞いた途端、また青年の心がえもいえぬ不快感に覆われた。
理由はない。
理由はないが……思わず否定の言葉を発しようとした自分を、
手を握りこむことで無理矢理に止める。
数秒間沈黙した後、絆は頭を下げて一言だけ答えた。
「ありがとうございます」
『勲三等授与の正式な書類は後日、
エフェッサー第十四本部から通達が行くはずです。
それに伴い、貴殿のラボラトリーへの資金援助、新たなバーリェの補給も検討されています。
詳細は決まり次第、下のものを通じて連絡させましょう』
『時に絆。トレーナーとしての貴殿に新たな任務がある』
今度は別の老人が口を開き、絆は顔を上げてそちらを見た。
- 56 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:15:01.36 ID:WO2eriwB0
「はい、どのような内容でしょうか」
『アタックエンジュランデバイスのD七〇一タイプの製造が終了した。
モニターとして貴殿のバーリェを一体使用していただきたい』
それを聞いて絆の息が一瞬止まった。気づかれないように額に浮いてきた汗を拭う。
数年前の自分なら、そんなことを特に負にも思わなかっただろう。
しかし今は違った。自分はなんというのだろう
……そう、おかしくなってしまっていた。
普通ではない。
- 57 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:15:41.55 ID:WO2eriwB0
この世界は、人間と人間の間の関わりが非常に希薄だ。
現に絆もトレーナーになる前はそうだったし、
何処で誰がどうなろうと、知ったことではなかった。
自分がここに生きている。
それだけでいいと思っていた。
それ以外に何を考える必要があるだろうか。
- 58 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:16:25.62 ID:WO2eriwB0
人は、この世に生まれてから死ぬまでずっと一人だ。
育ての親もある一定時期を越えたら全く干渉してこなくなる。
それは人間は子供を育てることがただ単なる
「義務」であるという理念によるものだし、それが当たり前だ。
この世界では、それが当然のこと。
だから自分が生きていさえすればどうとでもなる。
教育を受け、社会に貢献できる技能を身につけ、淡々と静かに生を送る。
それが人間に許されている唯一絶対の自由であり、真実。
崩れない現実。
- 59 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:17:21.92 ID:WO2eriwB0
だが、今は違った。
下を向いて、手を握り締める。
『次の実戦で新型の使用をする。それまでに準備をしておいてくれ。以上だ』
先ほどの老人がそういったと同時に、数百のモニターが一斉にブツリと音を立てて切れた。
野球場のように明るかったステージは、たちまち暗がりに覆われる。
少しの間、絆は下を向いて考え込んでいた。
やがてポケットに手を突っ込んで観客席に背を向ける。
歩き出した足は、とても重かった。
- 60 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:18:56.96 ID:WO2eriwB0
*
ラボラトリー、通称『ラボ』という場所は、
トレーナー一人一人に支給される、バーリェ用の施設だ。
とは言っても施設内容にある程度トレーナー自身が口を出すことができる。
絆のそれは、都心から少し離れた山の下腹に鎮座していた。
今ではめっきり少なくなってしまった自然の緑。
絆は幼い頃からそれが好きだった。
自然は静かだ。
何も言わない。
しかしそこに存在している。
触れても押しても、何の反応もない淡白なこの世界とは違う。
- 61 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:20:00.22 ID:WO2eriwB0
だからこのラボをエフェッサー協会に製造してもらう時には、
特にバーリェの少女達のことを考えたたのではなかった。
自分のためだ。
ここが一番落ち着くからだ。
たった、それだけのことだった。
すっかり落ちてしまった日の中、山道をタクシーで運んでもらう。
協会のカードで金を払い、降りた体にひんやりとした空気が刺さってきた。
このあたりにはあまり四季による温度の変化は見られないと言っても、今は冬だ。
夜になるとやはり冷え込む。
足元の砂利を踏みしめ、絆は自分のラボを見上げた。
- 62 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:23:16.84 ID:WO2eriwB0
外見的にはただの小型なマンションに見えた。
しかし電気も水も、その他必要なものは全て地下から引いてもらっている。
ただの住居に見えるとはいえ、
政府の最重要生体兵器を隔離管理するための『研究施設』なのだ。
一つ、多きくため息をついて歩き出す。
この沈んだ気持ちはどうにもならなかった。
絃が別れ際に言った言葉が脳裏を掠める。
「……新型、か」
呟きながら彼は明るい蛍光灯が点灯している玄関に立った。
- 63 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:24:12.45 ID:WO2eriwB0
そしてドア脇の電卓のようなパネルのキーをパターンに分けて叩く。
そして口を開いた。
「ドアを開けろ」
<声紋照合完了、ドアを開きます>
壁に取り付けられているスピーカーから機械音声が流れ出し、
自動で静かにドアが開く。
外敵からバーリェを守るために、開いている時間はきっかり五秒。
体を滑り込ませると、また自動でドアが閉まった。
ちなみに内部からは、絆以外開けることは出来ない。
- 64 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:25:08.36 ID:WO2eriwB0
広い廊下を見回した彼の耳に、
休む間もなくこちらに向けて走ってくる複数の足音が聞こえてきた。
そして避けよう、と考えた途端、猛烈なタックルを喰らって玄関に尻餅をつく。
頭から飛び込んできたのは、愛だった。
「おかえり絆ー」
嬉しそうに抱きつかれて苦笑しながら立ち上がる。
「おう、皆元気にしてたか?」
そう言って周りを見回すと、愛と同じように十四、五歳ほどの外見をした少女が三人、
ニコニコしながらこっちを見ていた。
- 65 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:26:05.58 ID:WO2eriwB0
「絆さん遅いですよ。雪ちゃんはとっくに到着してるんですよ?」
その中でもひときわ背が高い、
長い黒髪を何個かの束に分けている少女が静かに口を開いた。
咎めるように見上げた彼女の頭を撫でて歩き出す。
「まぁそう言うな、命(ミコト)。協会のおっさんたちに呼び出されててな。
俺が出かけてる間、何か大変なこととかあったか?」
「あったよー。ねぇ?」
ちょこちょこと背後からついてきた残りの二人のうち、
茶色の髪をショートに切っている、ボーイッシュな少女がいたずらっぽく笑って見せた。
そして一番後ろから控えめについてきている、赤髪の、最も背が低い少女と目配せする。
- 66 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:27:41.88 ID:WO2eriwB0
反応を求められた赤髪の子は、ただニッコリと笑っただけだった。
立ち止まって二人の頭を交互に撫でて、絆は首を傾げた。
「あったって……何がだ、優(ユウ)?」
「えーとね……」
突然真正面から見つめられて、分かりやすいほど正直に、
優と呼ばれたボーイッシュな少女の顔が赤くなった。
そして言おうとしていたことを忘れたのか視線を宙に泳がせる。
そこで赤髪の子が足を踏み出して、小さな手を細かく、胸の前で動かした。
名前は、文(フミ)。
彼女は生まれつき口がきけない。
- 67 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:28:32.41 ID:WO2eriwB0
『ゲンさんのところで、マナちゃんが外に出ちゃって。
偶然通りかかった人がいい人で助かりました』
苦笑の顔で彼女が手を通して意思を伝えると、
絆はそれを難なく読み取って、
自分にコアラの子供のように抱きついている愛の頭を小さく小突いた。
「こら、出ちゃダメだって言っただろ?」
「あー……うー……文がバラした……」
頬を膨らませて赤髪の子を軽く睨む愛。
そこで命と呼ばれた大人びた少女が軽く肩をすくめて、愛を絆から引き離した。
そして手を繋ぐ。
歩き出した二人について廊下の奥へと移動を始めた所で、命は口を開いた。
- 68 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:29:20.60 ID:WO2eriwB0
「まぁまぁ。絆さんも。
本当は三日って言ってたのに一週間も留守にして。おあいこですよ」
優しく諭すように笑われて、絆も息を吐いて表情を崩した。
おそらく、愛は自分を探しに出たのだろう。
一歩間違えば大変なことになっていたかもしれない。
だが、この調子だとたっぷりと絃に怒られていたようだ。
もしかしたら自分には内緒にしようと全員で決めていたのかもしれない。
口が軽い優を横目で見て心の中で軽く苦笑する。
- 69 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:30:08.89 ID:WO2eriwB0
絆のラボには、現在雪を入れて五人のバーリェが同居していた。
普通、トレーナーは一人一体しか持たない。
それは世界で共通のことだし。
二人管理しているだけでも相当珍しい。
それはなぜかというと、
第一の理由は非常に管理に手間がかかるということだった。
外見上は年頃の子供の姿をしていても、
この世に出された彼女たちは、全く世間一般の常識を持ち合わせていない。
知識はコンピュータでプログラムされても、中身は殆ど赤ん坊と一緒だ。
- 70 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:31:00.75 ID:WO2eriwB0
その中には当然他の個体とは違い、精神的に成長が遅いものもいる。
愛は、その例だった。
思っていることを上手く口に出すことが出来ず、
自分の行動として出してしまう。
彼女のように、それぞれが別々の成長をするバーリェを複数体所持する
ということは非常に困難なことであり、トレーナーは誰もやりたがらないことだ。
だが絆は違った。
そもそもは、単体で暮らさせるよりも
複数で同居させた方が彼女たちの安定に繋がるということを発見したことが発端だった。
- 71 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:31:50.03 ID:WO2eriwB0
それに伴っての苦労も多くあるが
……今の絆はこっちの方が気に入っていた。
また、バーリェはそれぞれ、固有の生体エネルギーを持っている。
彼女たちの特性によっては死星獣に全くダメージを与えられないこともある。
その敵の特性に合わせて使い分けることができる
……というのも、協会に説明している一つの理由だった。
それは実際事実であったし、
その工夫により他のトレーナーに大きく差をつけて絆が評価されている理由でもある。
- 72 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:32:35.15 ID:WO2eriwB0
ラボの中は、まるでホテルの高級室のようになっていた。
食堂、遊戯室、寝室、客間と分かれている。
二階建てで、上階部分は絆の仕事部屋になっていた。
寝室は全員共同。
絆も彼女たちと同じ部屋で眠る。
少し歩くと、客間に当たる場所のドアを命が開け、五人はそのまま中に入った。
と、そこで絆の足は止まった。ポカンとして部屋の中を見回す。
「うっわ……」
数秒間沈黙してやっと出てきた言葉がそれだった。
- 73 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:33:25.89 ID:WO2eriwB0
まぶしくて目がチカチカするほどだ。
「あ、絆。お帰りなさい」
嬉しそうな声に顔を上げると、部屋のソファーに雪が座っていた。
手を小さく振っている。
客間は、今や金や銀の飾り物で一杯になっていた。
ところ構わず壁にピンやテープでくっつけられている。
一応は規則性があるらしく、十字架模様を描いているものもあれば、
サークル形式のものもあった。
「雪と絆が帰ってくるっていうから、皆でやったんだー」
嬉しそうに優が言う。
- 74 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:34:10.03 ID:WO2eriwB0
そこで初めて、
絆はこれが「クリスマス」のための飾り物だということに気がついてハッとした。
特に子供の頃、そういうことをしたことはなかったが、
宗教関連でそういった行事があることは知っていた。
十二月の二十五日を祝う行事だったはずだ。
今日は十二月二十三日。
明後日に備えているのだろう。
(……後でどんな行事なのか調べておかなきゃな)
心の中で考えをまとめ、困ったような嬉しいような顔を作る。
- 75 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:34:49.31 ID:WO2eriwB0
おそらく彼女たちに教えたのは絃だ。
彼はそういった宗教上の取り計らいについて詳しい。
お祝い事があると聞いて、おそらく彼女たちに色々吹聴したんだろう。
「そうか。凄いな……これ皆お前たちでやったのか」
部屋の中を埋め尽くすほどの飾り。
よく見れば手作りだ。
一週間、ずっと作っていたのだろう。
自然に笑みがこぼれる。
四人の頭を順繰りに撫でて、絆は座っている雪に近づいた。
- 76 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:35:21.17 ID:WO2eriwB0
「ただいま。気分はどうだ?」
「命ちゃんが部屋の中のこととか、
色々詳しく教えてくれたから凄くいいよ。絆こそ疲れてない?」
「俺は大丈夫。よし! 帰り道で色々お菓子買ってきたから、みんなで食うか」
ポン、と雪の頭も撫でて彼はにこやかにそう言った。
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