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少女「嗤うは骸か人類か」
- 82 名前:深夜にお送りします []
投稿日:2013/04/18(木) 20:42:01 ID:KcndvH0I
……
「ね、一ヶ月もここで一人で過ごしてて、気がおかしくならなかったの?」
ある日、私は素朴な疑問を彼にぶつけてみた。
自分だったら一週間で気が触れていただろう。
そうならないのは、彼のおかげだ。
でも彼は、ずっと一人だったはずだ。
「ん……」
彼はなぜだか答えずに、少し笑った。
ばつが悪そうに笑った。
いたずらが見つかった子どものような、宝物の隠し場所がばれた子どものような。
そんな笑いだった。
- 83 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 20:46:23 ID:KcndvH0I
「今日は、ちょっと遠くまで行こうか」
突然そんなことを言い出した。
私の質問には答えてくれなかった。
それとも、もう気が触れているのかしら。
そんなことを思ったが、何日も一緒に過ごしていて、そういう雰囲気は感じなかった。
それより、どういうことだろう。
遠くまで行く?
ピクニックだろうか。
お弁当はどうしようかしら。
- 84 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 20:54:51 ID:KcndvH0I
そういえばピクニックというものの存在は知っているが、家族でそんなものに出かけた記憶はない。
確か丘で弁当を食べるんだ。
シートを広げて水筒やバスケットを鞄から出して。
ん? バスケットは鞄に入るのだろうか?
バスケットって、なんだろう。
丘にはほどほどに咲いたタンポポがあって。
空には少しだけ千切れた雲が飛んで。
暑くはなく穏やかな気候で。
お父さんとお母さんと私の3人で。
気付くと私は、彼の背中を追って歩いていた。
いつの間にビルを出たのだろう。
なんだか夢の中にいるよう。
- 85 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 21:12:58 ID:KcndvH0I
「これに乗って」
そこには一台のバイクがあった。
ボロボロで薄汚い。
「動くの?」
「動くよ、少なくとも今までは爆発したことない」
彼の後ろにまたがり、しがみつく。
ヘルメットがないわ、と言いかけて、やめた。
そんなもの、必要ない。
注意するおまわりさんは、この世界にはいない。
- 86 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 21:22:56 ID:KcndvH0I
「どこまで行くの?」
「おれのお気に入りの場所」
「ふうん」
深くは聞かなかった。
そこに、彼がまともでいられた理由があるのかもしれなかったし、
詳しく知らずについていった方が面白そうだと思えた。
よく知らない場所に連れていかれることが不安じゃないなんて、私には珍しいことだった。
きっとこの非日常な環境がそうさせているのだろう。
- 87 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 21:28:56 ID:KcndvH0I
私たちを乗せたバイクは、大きなビルをたくさん通り過ぎて、大通りをずっと走った。
確かに爆発はしなかったしちゃんと動いてはいたけれど、頼りない走り方だった。
こんな世界にガソリンはあるのかな。
でも、初めて乗ったバイクはエキサイティングで、男子が乗りたがるのがわかる気がした。
「しっかり掴まってなよ」
彼が叫ぶ。
「なんて!?」
聞こえていたけれど、そう言ってみた。
どこかでそんなシーンを見た気がする。
ただそれだけで、そう言ってみようという気になったのだ。
どうでもいい話だ。
- 88 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 21:34:31 ID:KcndvH0I
大通りの外れまで来たとき、彼がバイクのスピードを緩めた。
枯れ果てた街路樹。
傾いた街灯。
看板の落ちそうな様々な店。
マネキンの倒れているショーウインドウ。
「ここだよ」
彼が示したのは、よくわからない看板の店だった。
ネオンがねじ曲がっている。
それが正しい店名なのか、歪んでおかしくなっているのかは、私には判断ができなかった。
「中に入っても、取り乱さないこと」
店に入る前、彼は不気味な忠告をしてくれた。
- 89 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 21:53:29 ID:KcndvH0I
「ぎゃあああああああ!! 骸骨!! 骸骨!!」
「ちょ、落ちつけ、落ちつけって!!」
「棒!! 棒!!」
「棒はほら、ビルに置いてきたから!!」
彼の忠告の甲斐なく、私はおおいに取り乱した。
彼の腕にしがみついて情けない叫び声をあげた。
「だっはっは、元気のいい新入りが来たもんだ」
「喋った!?」
カウンターの向こうにいた骸骨が、私を見て笑った。
- 90 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 21:58:34 ID:KcndvH0I
「こいつはその、いい骸骨っていうか、その」
「やややや!! 近付かないで!!」
「無害っていうか、襲ってこないっていうか、喋るっていうか」
「怖い怖い怖い!! 服着てるし!!」
「骸骨が服着てちゃ悪いってのかい、失礼な嬢ちゃんだ」
「喋んないで怖いから!!」
- 91 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 22:16:42 ID:KcndvH0I
「おめえ、久しぶりじゃねえか」
「ま、色々あってね」
彼は気さくに骸骨に話しかけている。
よく見ると骸骨は雑誌みたいなものを読んでいた。
しかもカウンターには湯気の立つマグカップが置いてある。
「骸骨がコーヒー飲んでる!?」
「ったく、うるせえ嬢ちゃんだねえ」
「今日は一段と大きい声を出してるみたいだな、珍しい」
「なんだ、あの日か?」
「あんたのせいだっつーの!!」
- 92 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 22:37:38 ID:KcndvH0I
この骸骨は、彼の知りあいだそうだ。
襲っても来ず、気軽に喋りかけてきたそうだ。
それ以来、人恋しくなったときにはここに来て話をするそうだ。
「人恋しくなったら骸骨と喋る!? おかしいでしょ!!」
「んだよ嬢ちゃん、そりゃあ骸骨差別ってもんだぜ」
「うるさいな!! 最初に襲われた恐怖はまだ残ってるんだからね!!」
「そりゃあおれじゃねえ、別の誰かだろ」
「そりゃそうだけどさ!! 見た目がさ!!」
「おれは棒持って殴りかかってきたこの兄ちゃんと仲良くしてるぜ?」
「あんたの都合は知らないわよ!?」
- 93 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 22:55:37 ID:KcndvH0I
ああ、叫ぶのなんていつ以来だろう。
「あんたの都合は知らないわよ!?」なんて、今までそんな台詞は口にしたことがなかったと思う。
見た目は恐ろしいけれど、気さくでオッサンな骸骨と、すぐに喋れるようになった。
彼がここによく来ていた気持ちがわかる。
誰かと喋るというのは、ストレス発散になるから。
そういえば、父と母と、あまりお喋りをした記憶はないな。
この世界から無事帰ることができたら、お喋りをするのも悪くないな。
そう考えかけて、私は思考をストップさせた。
そうだ、二人は死んだんだった。
- 94 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 23:16:56 ID:KcndvH0I
「どした、嬢ちゃん、元気ねえな」
「……ううん、別に」
「元気が出ねえなら、このCDはどうだい」
ここはCDショップのようで、彼はときどき曲の感想を言っていた。
骸骨が好きな音楽を流しているようだ。
骸骨はスムーズにCDを入れ替え、私の反応を待っている。
静かなギターが流れ出す。
私のよく知らないバラードだった。
- 95 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 23:25:43 ID:KcndvH0I
「こういうときって、やかましいくらいのポップな曲を流すんじゃないの?」
「そりゃあ素人のやることだぜ」
音楽を聞くのに玄人も素人もないもんだ、と思ったが、言うのはやめておいた。
「元気な曲ってのはな、終わった後にむなしくなるんだよ」
それは個人の感想では、と思ったが、言うのはやめておいた。
「このアルバムの作成中に、ボーカルの最愛の恋人が事故で亡くなったんだ」
「それでできたのが、この曲だ」
「……それ、元気出ないよ」
「まあ最後まで聞けや」
- 96 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 23:31:24 ID:KcndvH0I
「自暴自棄になって、この曲を書いた」
「歌詞は悲壮感たっぷりだが、ほら、歌声には生気が宿ってる」
「無理やり出した空元気じゃなく、生命力にあふれたっつうか」
「……うん」
「ライブでも毎回ラストはこの曲だったらしい」
「この曲を歌い続けて、90歳まで生きたってよ」
「……うん」
「ロックじゃねえか、そういうのもよ」
- 97 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 23:40:52 ID:KcndvH0I
「ロックはよくわからないけど……」
ロックはよくわからないけど、というか流行りの曲もよく知らないけれど。
でも、この曲にあふれている「生きる気力」は、なんとなくわかる気がした。
「この曲は素敵だと思う」
「はっは、素直でいいコメントだ」
骸骨は笑った。
その笑い方は、私を怖がらせた骸骨の笑いではなく、人間味あふれた優しい笑い方だった。
- 98 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/18(木) 23:45:08 ID:KcndvH0I
店を出るとき、またこの場所に来たいな、と思っている自分がいた。
「どう、いい場所だろ」
「うん、また来たくなるね」
私は彼の背中にしがみつき、彼は来た方向へバイクを向ける。
この場所は私にとってもお気に入りの場所になりそうだ。
バイクがゆらゆらと前進するのを感じながら、私はそっと店を振り返った。
骸骨が優しく手を振っているのを見て、私も手を振った。
- 99 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/04/18(木) 23:49:50 ID:KcndvH0I
それでは、また明日
- 102 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 21:23:02 ID:vEz3MDyg
……
人が骸骨に喰われる瞬間を見てしまったのは、彼と缶詰を運んでいるときだった。
大きな箱に缶詰を詰めて、食べるときのことを考えながら歩いていた。
私は鼻歌を歌っていた。
彼はそんな私を見てニコニコしていた。
「がぁっ」
低い男の声が響き、私の足は電流が流れたように硬直してしまった。
「が……かはっ……助け……」
遠くで骸骨の赤いランプが光る。
もぞもぞと動くその下に、人間がいた。
- 103 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 21:29:57 ID:vEz3MDyg
「あれはもう無理だ、助からない」
彼は早口でそう言ったが、棒を握り素早く骸骨に近づいていった。
「ケタケタケタケタ」
骸骨の嗤い声が聞こえる。
私は反射的に耳をふさぐ。
「ケタケタケタケタ」
見たくないのに、聞きたくないのに、私の五感は骸骨に吸い込まれていた。
「ケタケタケタケタ」
彼の振り下ろす棒が、骸骨の頭を砕いた。
グシャッ
「ケタ……」
頭の中に響いた嫌な声が、すっと遠ざかっていった。
- 104 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 21:39:31 ID:vEz3MDyg
男の人は、もう首から上が消えていた。
「……もうちょっと早く気付いてやれたら」
彼は無念そうに歯を食いしばる。
「……人が消えるって、こういう感じなのね」
「……ああ」
男の人は、頭から喰われていた。
首が、肩が、ゆっくり、ゆっくり、見えなくなっていく。
これが、死ぬことだろうか。
それとも……?
- 105 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 21:47:06 ID:vEz3MDyg
「この人、どうなるんだろう」
「さあ……」
「天国へ行くのかな? 消滅しちゃうのかな?」
「天国なんて、あんのかなあ」
男の人の身体は、もう動かなかった。
骸骨がさらさらと消えるのと、似ている。
私はこうなりたくないと、震えて、彼の服の裾を握った。
「早くビルに帰ろ」
私の声も、少し震えていた。
- 106 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 21:55:21 ID:vEz3MDyg
彼はビルに戻ると、毛布をたくさん持ってきてくれた。
「震えてるみたいだから。怖かったろ」
「……うん」
前よりも、もっと。
もっともっと怖かった。
彼がいてくれなかったら、私は最初にここに来たときにああなっていたんだろう。
そう考えると、鳥肌が立つ。
毛布にくるまり、無意味に身体を丸める。
- 107 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 22:04:16 ID:vEz3MDyg
「おれの傍にいれば、あんな風にはならないから」
彼が私の背中を撫でてくれた。
「棒持ってりゃあ大丈夫だし、あいつら足速くないし」
毛布の上から、ゆっくりと撫でてくれる。
「だから安心して」
「ありがと、お……」
お兄ちゃん、と言おうとしてやめた。
私にはお兄ちゃんはいないし、他人の私にそう呼ばれることを彼が嬉しがるとは思えなかった。
その後の言葉は、飲み込んで知らんぷりをした。
- 108 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 22:10:35 ID:vEz3MDyg
兄がほしかった。
私を守ってくれる兄が。
両親に強制されて勉強をしていても、兄がいれば楽に耐えられたかもしれない。
部活や、友だちと遊ぶことができなくても、家に兄がいれば寂しくなかったかもしれない。
「頑張ったね」と褒めてくれる兄がほしかった。
泣いていたら慰めてくれる兄がほしかった。
甘えても優しく受け入れてくれる兄が。
一緒に下校してくれる兄が。
一緒に買い物に付き合ってくれる兄が。
……ほしかったのだ。
- 109 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 22:18:29 ID:vEz3MDyg
「おれさあ、弟が死んだって言ったよな」
突然、彼が話しだした。
「……おれ、妹がほしかったんだ」
「っ」
心臓がびくんと跳ねる。
私と一緒だ。
私と……一緒だ。
「弟ももちろん可愛かったけどさ、やっぱり……」
その先は、なにも言わなかった。
私のように、言葉を飲み込んだらしい。
- 110 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 22:25:31 ID:vEz3MDyg
「ねえ、今日だけ、わがまま言っていいですか」
毛布にくるまり、背中を向けたままで彼に尋ねた。
「……いいよ、言ってみな」
とても顔を見ては言えない。
深呼吸をしながら、小さな声で言った。
「今日だけ、お兄ちゃんって、呼んでいいですか」
「……っ」
彼が驚いているのがわかる。
でもどんな顔をしているのかは見えない。
焦っているだろうか。困っているだろうか。
- 111 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 22:36:30 ID:vEz3MDyg
「……いいよ、好きに呼んで」
そっけない彼の返事。
でも、困っているとか、焦っているとか、そんな雰囲気ではなかった。
照れている。
顔を見なくても、わかる。
- 112 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 22:46:18 ID:vEz3MDyg
「じゃあ、お兄ちゃん、もう一個、わがまま言ってもいい?」
「……おう」
お兄ちゃんと呼ぶことに、ためらいも気恥ずかしさもなかった。
兄がほしかったのだ。
念願の兄が、それは偽りで嘘の存在だとしても、そこにいるのだ。
嬉しさしか、ない。
「寝るとき、ぎゅってしてほしい」
「……は?」
- 113 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 22:54:11 ID:vEz3MDyg
今度は明らかに焦っている声だ。
だめかな。
でも今日、今、この心境でなら、言えた。
「……だめかな」
「……照れる」
そう言いながら、彼はゆっくりと毛布をめくる。
背中がひやっとする。
無意識に両手を握りしめていた。
- 114 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 23:05:55 ID:vEz3MDyg
「これでいいの?」
肩をぎゅっと抱き寄せられる。
「……うん」
温かい。
気持ちいい。
誰かに抱きしめてもらえるということが、こんなにも嬉しいことだと知った。
彼の吐息が耳に当たる。
「……すげー恥ずかしいんだけど」
「……私も」
でも、彼はずっとそうしていてくれた。
- 115 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 23:11:43 ID:vEz3MDyg
「そっち向いても、いい?」
「……え」
返事を聞く前に、身体をくるりと反転させる。
彼を見上げる。
物凄く近くに、彼の顔があった。
「……っ」
さすがに恥ずかしくて、彼の胸に顔をうずめる。
「え、これで寝るの?」
「……うん」
- 116 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/04/19(金) 23:20:01 ID:vEz3MDyg
彼の匂いは、あまり感じられなかった。
こんな生活をしているのだから、汗のにおいや汚れがひどいと思ったけれど、
不思議とそういうことがなく、さわやかな感覚だった。
「……甘えん坊だな」
「今日だけ、ね、お兄ちゃん」
「はいはい」
私は幸福に包まれていた。
先ほど見た、喰われた男の人のことも、怖くなくなった。
なぜかじわっと涙が出そうになったが、堪えた。
「おやすみ、お兄ちゃん」
- 117 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/04/19(金) 23:26:29 ID:vEz3MDyg
明日はお休みかもです
では、また
- 119 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/04/20(土) 06:07:43 ID:LNQF8sbo
乙
続き超気になる
地の文でもこんなに面白く書けるんだな
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