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少女「それは儚く消える雪のように」
- 23 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/02/20(月) 21:27:08.99 ID:WO2eriwB0
*
青年は大きく息を吐いて、顔を両手で覆った。
張り詰めていた緊張が一気に抜けてしまっていた。
毎回終わったあとはこんな空虚な気分になる。
そして同時に、気の休まらない焦燥感を常に感じることになる。
いつも通り「仕事」で市街地に出現した死星獣を撃滅した後、
既に丸一日が経過していた。
物凄く疲れているはずなのに、全く眠れなかった。
それこそ彫像か何かになったかのように、
ずっとここ……手術室の前に張り付いているのだ。
- 24 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:34:47.07 ID:WO2eriwB0
誰もいない白すぎる廊下。
明るすぎる照明。
全てが嫌味なくらいに、ここは軍の医療施設だ。
そんなところにスーツ姿の自分がいるのはかなり場違いに思える。
設置されている椅子に置いている、
持ってきたハンドバッグ型の小型クーラーボックスを手で弄びながら、
絆は白い蛍光灯を見上げた。
そういえば風呂に入っていない。
事も、朝食を抜いている。
一つため息をついて手術室を見上げる。
- 25 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:35:36.67 ID:WO2eriwB0
電子掲示板は未だに手術中を示すランプが点灯していた。
もう一度蛍光灯を見上げる。
そこで、昨日の死星獣を破壊した
……自分たちが乗っていた砲台が発射したエネルギーの玉を思い出す。
それもこんな色をしていた。
何か飲み物を買ってくるか、と立ち上がりかけた所で、
こちらに近づいてくる足音を聞き、絆はまたソファーに腰を落ち着けた。
- 26 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:36:23.84 ID:WO2eriwB0
視線を向けた先にはまた、
彼と同じような黒尽くめのスーツを着た男性が歩いてくる所だった。
こちらは顎に僅かなヒゲを蓄えていて、
絆に比べれば少しばかり年上であるかのような印象を受ける。
そして彼の後ろには、十四、五歳ほどだと思われる金髪の少女がついてきていた。
質素な灰色のワンピースを着ている。
彼女は絆の姿を見るとパッ、と表情を明るく変えて駆け寄ってきた。
「絆!」
愛しそうにそう呼ばれて、胸に飛び込んできた少女を抱き、
彼は苦笑しながらその頭をくしゃくしゃと撫でた。
- 27 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:39:04.49 ID:WO2eriwB0
「愛(マナ)、どうしたんだ、こんなとこまで」
猫のようにスーツの胸に顔をうずめてくる少女を撫でながら、
絆は近づいてきた男性を見上げた。
人のよさそうな笑みを浮かべながら、彼が肩をすくめる。
「いや、お前に頼まれて預かってたまではいいんだが。
絆はどこだ、絆はどこだって五月蝿くて叶わなくてな。
どうせここにいるだろうと思って連れてきたんだ」
「よくやるよ。お前、軍じゃ俺たちエフェッサーがどう思われてるか知ってるだろ。
能天気なバーリェ連れて、はぐれたらどうすんだ。こいつらなんて慰み者にされちまうぞ」
少しだけ眉をひそめて男性を見上げる。
- 28 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:40:06.64 ID:WO2eriwB0
「大丈夫だ。こいつらはこいつらなりにちゃんと考えてるよ」
「……お前も負けず劣らず能天気だよな、絃(ゲン)。
おい愛、いつまでくっついてるんだ?」
諦めたように息を吐いて、青年は引っ付いている少女の頭をポンポンと叩いた。
しかし、強く抱きついたまま愛は軽く頭を振っただけだった。
「寂しかったんだろうよ。一週間近くお前さんと来たら連絡もよこさねぇ。
俺のラボは託児所じゃねぇぞ。愛ちゃんに限らず、
他の子も相当不安定になってる。全く俺にも仕事はあるってのに」
呆れたように言われて、黙って絆は愛の小柄な体を抱え上げて自分の膝に座らせた。
- 29 名前:NIPPERがお送りします(埼玉県) [sage] 投稿日:2012/02/20(月) 21:41:33.57 ID:SSlalQ2zo
新スレ乙!
これ丁度HPのほうで見てたやつだわwww
- 30 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:42:05.25 ID:WO2eriwB0
そこで金髪の少女の目が潤んでいることに気づき、
クーラボックスをあけて中から一つ、アイスクリームのカップとスプーンを取り出す。
「ほら泣くな。ちょっと仕事が忙しかっただけだって。
別にお前のことを忘れたわけじゃないよ。アイス食うか?」
泣くな、と指摘されたことが恥ずかしかったのか、
無言のまま少女がこくりと頷き、それを受け取る。
彼女を膝に乗せたまま青年は、絃と言った男性のほうを見た。
「悪いな。他に頼める奴がいなくてさ」
「お前さんの頼みは毎度のことだから気にしちゃいないさ。俺のバーリェも、
お前さんのやたら多いバーリェファミリーに会えるのを楽しみにしてるし。しかし……」
そこで言葉を止め、絃は手術室を見上げた。
- 31 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:42:40.95 ID:WO2eriwB0
しばらく二人の間を沈黙が包む。
その空気を読めないのか、愛だけは嬉しそうにアイスクリームを口に運んでいた。
「……長いな、今回は前よりも」
ポツリと絃が呟く。
絆は視線を膝の上の少女に落とし、そして軽く唇を噛んだ。
「……ああ」
「今回は、駄目かもしれないな」
- 32 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:46:04.87 ID:WO2eriwB0
淡々と彼は続けた。
その言葉の意味。
重すぎる言葉。
しかしそれはもう、聞き慣れて、慣れて、慣れすぎてしまったことだった。
「……ああ。そうだな」
口の周りをアイスクリームだらけにしている少女の頭を撫で、淡々と絆はそう呟いた。
- 33 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:46:55.61 ID:WO2eriwB0
*
彼女達は、バーリェと呼ばれる。
専門用語をもじったもので、元の意味は「弾丸」だ。
そう、生物的カテゴリー上彼女達は人間ではない。
軍事的に扱うと備品、
それも重要度トリプルAランクの消耗品として、記帳される存在だ。
使用目的は爆撃。
何のことはない、文字通りの意味だ。
- 34 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:47:49.64 ID:WO2eriwB0
絆や絃達が所属している組織は、
軍の中央組織の中でも相当異例なモノとして存在していた。
主に、対死星獣戦闘に関して運用されるエフェッサーという組織である。
バーリェはそこで製造され、そして使用される。
死星獣に対し、人間の使う武装は役に立たない。
どんな形であれ、結局は無効化されてしまうのだ。
数多の犠牲の上、人間は一つの発見をした。
それは残酷で、しかし彼らが生き延びるためには一番近道で、効果的な方法だった。
- 35 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:50:06.62 ID:WO2eriwB0
武器の効かない化け物に対し、たった一つだけ効果的な武装があったのだ。
それは、人間の命だった。
人の生体エネルギーに触れると、死星獣は一時的に活動を停止させる。
しかし、化け物の外殻にではない。内側にだ。
その事実を受け、人間が考え出したこと。
それは、バーリェという特殊な力を持ったクローン人間の製造だった。
工場で製造されたそれらは、人間のように自意識を持ち、成長する。
そしてそれらの持つ生体エネルギーを抽出し、
撃ち出す兵器が先日、絆が使ったものだった。
- 36 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:50:44.95 ID:WO2eriwB0
バーリェには寿命がある。
工場で製造され、出荷された弾丸たちは既に年頃の子供の外見をし、
人工プログラムによる学習を終えている。
しかし、長くて三年。それでなくても生体エネルギーを使い続ければ爆発的に寿命は減っていく。
トレーナーとは、その「弾丸」を管理し最適に保つための職業だった。
- 37 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:51:26.22 ID:WO2eriwB0
*
窓から吹き込む澄んだ風を受けて、絆は大きく息をついた。
やたらと広い病室の隅に置かれたベッド。
その上に小柄な少女が、無数の点滴台に囲まれて横たわっている。
安堵の表情を浮かべている彼に、カルテを持った看護婦が近づいてきてそれを差し出した。
「エルパー指数は安定しています。少し体組織の崩壊が見られましたが、
許容範囲でしょう。生体レベルもレベル七十五まで低下していますが、
安定値に持ち越しました。上層に報告しますので、ここにサインをお願いいたします」
スーツの胸ポケットから万年筆を出し、慣れた手つきで彼はカルテにサインを書き込んだ。
小さく頷いて看護婦が絆の顔を見つめる。
- 38 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:51:59.79 ID:WO2eriwB0
「あの子の名前、何と言いましたか?」
聞かれたことに、意外そうに青年は視線を彼女に向けた。
「型番ですか?」
「いえ、少々気になったもので……」
「雪、です」
区切るように言ってから、彼は大きく息を吸い込んで、吐いた。
「変ですか? バーリェに名前つけるなんて。
俺、こいつらは型番では呼ばないことにしてるんスよ」
自嘲気味に笑って、絆は小さく付け加えた。
「それくらいしか、してやれないんで」
- 39 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:53:02.53 ID:WO2eriwB0
「変だとは思いませんよ。
あなたみたいにバーリェに対して一生懸命なトレーナーさんは久しぶりに見るもので」
軽く微笑して、看護婦は眠っている少女の方を向いた。
「あの子、手術中に麻酔が効いているはずなのに『絆、絆……』って。
あなたの名前でしょう? よほど、トレーナーさんのことが好きなんだなって思ったんです」
カルテのサインを指されて、彼は肩をすくめて見せた。
「ただの深層意識への刷り込みです。こいつらは工場出るときに、
トレーナーへの好意感情を脳の奥にインプラントされるんですよ。
全く……クローンに人権はないって言っても……」
そこで言葉をとめて、絆は少女のベッドへと近づいた。
看護婦は僅かに表情を落としたが、少しして彼の背中に声をかけた。
- 40 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:55:29.11 ID:WO2eriwB0
「おかしな話をしてしまいましたね。
この子、検査が終わり次第連れて帰っていただいて大丈夫らしいので、
今日の午後中にはそちらのラボに送れると思います」
「色々とどうも」
「気にしないでください。仕事ですから」
端的に言葉を交わして、彼女は黙って部屋を出ていった。
扉の閉まる音でそれを確認して、絆はベッド脇の椅子に腰を下ろした。
そして眠っている少女──雪の、パサついた白髪を撫でる。
少し見ない間に、少女の肌は乾燥してささくれ立ってしまっていた。
少しだけ迷ったが、やがて青年はトン、と彼女の額を指先でつついた。
- 41 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:56:12.19 ID:WO2eriwB0
「おい、雪。起きてるか?」
静かに問いかけても答えはない。
もう一度額をつつくと、僅かに呻き声をあげて少女が目を開けた。
彼女の瞳は、白濁して焦点が合わなかった。
盲目。
そう、このバーリェには視力がない。
工場での生産過程でミスが生じた……いわゆる「不良品」だ。
それを譲り受け、自分の保護対象としたのは既に二年以上前のことだった。
見えない目を青年の方に向け、
点滴のチューブがそこかしこに刺さっている腕を上げ、彼女は絆の頬に触れた。
そしてやつれた顔をパッと嬉しそうに輝かせる。
- 42 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:58:12.67 ID:WO2eriwB0
「あ……おはよう絆」
「おはよう。どこか痛い所はあるか?」
小さく咳き込んだ後に、少女が首を振る。
「……ここは? 私、どうして寝てるの?」
覚えていない。
生体エネルギー抽出の副作用。
使用されたバーリェは、その前後数時間の記憶をなくしてしまう。
「あぁ。検査だ。俺はそろそろラボに戻るけど、
もう少ししたらお医者さんが送ってくれる」
「検査? 私、悪いところなんてどこもないよ」
- 43 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 21:58:48.13 ID:WO2eriwB0
きょとんとしながら問いかけられて、絆の心がズキンと痛んだ。
まるで誰かに握り締められているかのように、声が詰まる。
毎回のことだ。
どう声をかけたらいいのかが分からずに、ごまかしのために手を上げて彼女の髪を撫でる。
不安げだった瞳の色が、それで安心したのかとろんとしてきた。
「……一応、な。とりあえず何処も具合悪くないんならいいんだ」
慌てて立ち上がろうとして、
膝の上に乗せていた小型のクーラーボックスが床に軽い音を立てて落ちた。
それを耳ざとく聞き置いて、雪が嬉しそうに笑う。
- 44 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:00:43.53 ID:WO2eriwB0
「あ……」
「……忘れてた。アイス持ってきたんだ。食うか?」
「うん」
息をついて気を取り直し、絆は中からバニラの小カップを取り出して少女に握らせた。
そしてなるべく点滴が負担にならないようにそっと上半身を起こしてやる。
触った少女の体は不自然なほどに白く、細く、そして軽かった。
器用に蓋を取ってひと掬いする彼女。
そして雪はそれを口に運ぼうとして止めた。
「はい、絆」
- 45 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:01:30.65 ID:WO2eriwB0
囁くように呼びかけられて、アイスの欠片が乗ったスプーンを差し出される。
「口開けて」
青年は僅かに息を呑んで、数秒間だけ視線を逸らした。
だが軽く笑ってそれを口に含む。
「うん、旨い」
「じゃ、私も食べよう」
嬉しそうに笑って、少女は自分の分を掬って口に入れた。
- 46 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:02:45.46 ID:WO2eriwB0
*
結局それから病室を出たのは二時間ほど後のことだった。
取りとめのない話をして、ここまで。
正直肉体的にではなく精神的に疲れた。
待っているより、無事を確認して話をしてからが疲れるというのは、
この仕事の不思議な所だ。
担当医に雪を自分のラボまで送ってくれるように頼んで外に出たときには、
既に日は沈みかけていた所だった。
ずっと待っていてくれたらしい弦と、自分の手を引っ張っている金髪の少女、愛。
三人で軍病院の外に出たときに、絆は自分たちに突き刺さる視線を感じ、
絃と自分の間に愛を挟み込む位置に移動した。
- 47 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:03:31.93 ID:WO2eriwB0
それとなく周囲を見回してみると、軍服を着た警備の兵士が、三人。
不快そうな顔でこちらを見ている。
自分たちではない。幼い少女のことをだ。
その視線に全く気づいていないのか、
手を引きながらはしゃいでいる愛を視線から守るようにして早足で敷地内を出る。
彼女たちは人間ではない。
もっと陰惨な言葉で表現すると家畜に近い。
それか、無機的な消費物。
死星獣を破壊するための生体燃料だ。
そんな人間以下の存在に、軍は劣る。
面白いはずがない。
- 48 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:06:15.14 ID:WO2eriwB0
僅かに肩を落としながら夕日を背に公道に出る。
そこでタクシーを一台つかまえ、絆は絃に向かって口を開いた。
「悪かったな。わざわざ来てもらって」
「いやいいんだ。俺も雪ちゃんの顔をちょっと見たくなってな」
あごひげをいじりながら彼が返す。
苦笑して絆は、愛の手を彼に握らせた。
「愛、おじさんにラボまで連れてってもらえ。
俺はもう少し帰りが遅くなるから、皆にもそう伝えておいてくれよ」
「えー……絆、一緒に帰らないの?」
- 49 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:07:25.32 ID:WO2eriwB0
あからさまにガッカリした表情になった少女の頭をポンポンと撫で、
絃が豪快に笑った。
「そう膨れるな。帰りにラボの皆にも、俺とおみやげを買っていってやろう」
宥めながらタクシーに少女を乗せ、絃は一瞬だけ真面目な表情に戻り絆に耳打ちした。
「元老院は新型の実戦投入を考えているようだ。雪ちゃんを遠ざけるなら今しかないぞ」
少しだけ沈黙し、青年は静かにそれに返した。
「……お前も、相当な変わりモノだよ」
「お前さんほどじゃない」
- 50 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 22:08:10.70 ID:WO2eriwB0
小さく笑ってタクシーに乗り込むスーツの男。
自動で窓が開き、彼は軽く手を振った。
「じゃ、お前さんのファミリーはラボに全員送っとくよ。
できるだけ早く帰ってくれ」
「絆、早くだよー」
奥から愛の声が聴こえてくる。苦笑してタクシーを見送り、
絆は大きくため息をついた。
「ああ……早く帰れればいいんだがな」
空が燃える色に輝く。
軽く首を振って、彼は夕焼けの空気の中、もう一台タクシーを呼び止めた。
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