■戻る■ 下へ
少女「それは儚く消える雪のように」
916 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:32:53.99 ID:+JFYchrD0


さやさやと風が吹いていた。

排気ガス臭くない、自然の風。

絆は目の前に広がる芝生に腰を下ろして、
ぼんやりとそれを見つめていた。

命と、愛(まな)がいた。

二人とも同じ白いワンピースを着て、
笑いながら芝生を駆け回っている。

まるで犬のようだ。

そう思って少しだけ笑う。

二人は、遊び疲れたのか絆の方に走ってくると、
彼の両手を引いた。


917 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:33:29.24 ID:+JFYchrD0
「きずな、こっちに川があるよ」

「一緒に行きましょう」

「はは。お前らはしゃぎすぎだろう」

「もうじき雪ちゃんもここに来ますから。嬉しくて」

命がそう言った。

絆は、そこではたと停止した。

雪が……?

え…………?

ここに来る?

立ち尽くして脱力した絆の腕から手を離し、
命と愛は不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。


918 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:34:06.19 ID:+JFYchrD0
「きずな?」

「絆さん?」

「お前らは…………」

絆は、その場に膝をついた。

さやさやと風が吹いていた。

わななく手で目を覆い、彼は小さく呟いた。

「…………死んだんだ」

随分時間が経った。

顔を上げた絆の目には、
もう命の顔も、愛の顔も見えなかった。

憔悴した目で周囲を見回し、
絆は立ち上がろうとして失敗してよろめき、
その場に転がった。


919 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:35:19.51 ID:+JFYchrD0
土まみれのスーツ姿で、地面を爪で掻く。

あの子達は死んだんだ。

俺は……。

帰らなければならない。

芝生の向こうが真っ赤に染まった。

炎が地面から吹き上がり、
乱射される機関銃の弾丸が周囲を飛び交う。

空から無数のミサイルが落ちてくる。

いくつもの銃弾に体を貫かれ、
絆はボロボロの姿になって地面をゴロゴロと転がった。

内臓のどこかが傷ついたらしく、
血を吐き出して彼は、引き絞るように立ち上がった。


920 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:36:11.33 ID:+JFYchrD0
眼下に、地獄絵図が広がっていた。

しかし、炎の中取り残されている
人間達は皆、逃げようとはしなかった。

全員ボンヤリと立ち尽くして、
迫り来る軍の戦闘機や戦車のことを見つめている。

「逃げろおお!」

喉が破れるのも構わず絶叫する。

彼の声に反応して、全員が一斉にこちらを向いた。

その目は、驚くほど感情を宿していなくて。

驚くほどそれは、人形の顔をしていて。

絆は絶叫しようと体を丸めて息を吸い込み……。


921 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:36:52.56 ID:+JFYchrD0


「マスター!」

そこで聞き知った声で呼びかけられ、
絆はハッとして飛び起きた。

途端、ズキッ、と右足と奥歯に痛みが走り、
彼は小さく叫び声を上げて硬直した。

「マスター……大丈夫ですか?」

おずおずと問いかけられ、
絆は荒く息をつきながら横を見た。

横に、綺麗な白髪を腰まで垂らしたバーリェ、
霧が座っていた。

彼女は手に持ったタオルをそっと近づけると、
絆の顔に浮いた汗を拭った。

「私のことが分かりますか? お返事をしてください……」


922 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:37:33.20 ID:+JFYchrD0
自信がないのか、段々と言葉が尻すぼみに
なって消えていく。

絆は霧からタオルを受け取ると、
広げて俯き、顔をそれで覆った。

しばらくそのまま息をつく。

過呼吸のようになってしまっていた。

酷い夢だ。

リアリティが過ぎた。

痛み、苦しみ、そして恐怖。

あの何の感情も宿さない瞳を見た時の、
恐怖が心の中をまだ渦巻いていた。

ぜぇぜぇと息をしてやっとのことで呼吸を整え、
絆は霧が差し出した手を、汗まみれの手で握った。


923 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:38:21.31 ID:+JFYchrD0
「マスター……?」

「大……丈夫だ。何でもない……」

「大丈夫じゃないです……
何があったんですか? 
マスター、様子がおかしいです……」

霧にそっと打ち消され、
しかし絆はタオルで顔を拭いて、長く息を吐き、
それには答えずに天井を見上げた。

作り物の明かりが目に飛び込んでくる。

嘘であればどれだけいいだろうか。

あのオペレーティングルームで見た悪夢が嘘であれば
……どれだけ素晴らしいことだろうか。

軍は、絃の宣戦布告を受けてスラム街への
一斉攻撃に移ったらしかった。


924 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:39:00.25 ID:+JFYchrD0
何故か?

簡単なことだ。

自分達の脅威になるからだ。

死星獣一体だけで四苦八苦しているような状況下で、
あの数の死星獣を見せられるのは、
人間の僅かに残った理性の箍を外すのに十分すぎる
理由をはらんでいた。

スラム街の人間には、基本的に人権はない。

市民権がないのだ、当然だ。

ゆえに。

エフェッサーや軍などは、スラム街に住む人間の
ことを、「人間」だとは思っていない。

少し前の絆もそうだった。


925 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:39:41.22 ID:+JFYchrD0
時折スラム街の人間が暴動を起こし、
軍に粛清されているのを見たことはあるが、
特に感慨も沸かなかった。

だが、今は違った。

何故か……あの映像を見せられて絆は激しく、
今までにないくらいに動揺した。

殺されていくスラム街の人間達が、
バーリェに重なって見えたのだった。

夢の中で、人形のように無表情で撃ち殺されていく
人々を見たことを思い出す。

バーリェを殺すのも。

スラム街の人間を殺すのも。

もしかしたら、同じことなのかもしれなくて。

そしてそれは、自分達が死ぬことと、
同じ意味を持つのかもしれなくて。


926 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:40:19.32 ID:+JFYchrD0
絆は目を閉じて頭を振り、
悪夢の幻影を無理やりに意識の外に振り飛ばした。

そして手を伸ばし、
心配そうに顔をゆがめている霧の頭を撫でる。

「霧……」

「マスター……」

そこではじめて霧が安心したようにふっ、と笑った。

「私の名前……もう一度呼んでいただけませんか?」

「……どうして?」

「もう一度お聞きしたいからです」

「霧……これでいいか?」

静かに呼びかけると、霧は嬉しそうに顔を紅潮させて俯いた。


927 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:40:53.87 ID:+JFYchrD0
「帰ろうか……雪を見に行って、
それからラボに帰ろう……」

自分に言い聞かせるように呟いて、
絆は視線を霧から離した。

霧は

「はい!」

と元気に言って、また笑った。

――今この瞬間にも。

沢山のスラム街の人達が虐殺されている。

……世界中で。

絃のたかだか二分三十秒の演説のせいで。


928 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:41:31.85 ID:+JFYchrD0
何の罪もない人達が。

特に何も考えていない人間達の手で。

自分さえ良ければいいと考えていて、
それが当たり前の社会のせいで。

殺されている。

虐殺されているのだ。

そんなの「粛清」じゃない。

そんなの……許されるべきじゃない。

絆は血が出るほど強く唇を噛み締めていた。

その感情も、恐怖も何もかも、トレーナーとしての
本能のようなものが押し殺してしまっていた。

バーリェの前で、もう狼狽はしない。


929 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:42:04.25 ID:+JFYchrD0
彼女達の前では、俺はもう二度と取り乱さない。

心に決めたことを無理やりに自分に言い聞かせ、
手の震えや嘔吐感を押し殺す。

帰りたい。

家に、ラボに帰りたい。

全員揃って。

そのかなわぬ願いが頭をグルグルと回っている。

愛(まな)も、命も死んだ。

その前にもバーリェは死んでいる。

そして絆が管理しているバーリェ以外の子達も、
死んでいっている。


930 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:42:37.33 ID:+JFYchrD0
もう戻らない日々。

もう返らない日々。

だが。

だからこそ。

だからこそ、俺は……。

この子達を笑って過ごさせてやりたい。

だから、俺の「感情」達……。

押し殺されてくれ……。

霧の手を握ろうとした手が震える。

しかし絆は無理やりに、ぎこちなく笑うと。

静かにそっと、小さなバーリェの手を握った。


931 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/16(金) 19:44:58.58 ID:+JFYchrD0
お疲れ様でした。

次回の更新に続かせていただきます。

ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みいただけますと嬉しいです。

それでは、今回は失礼します。


932 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/03/16(金) 22:58:12.24 ID:7pR9Y0sdo
絆が大分追い詰められてきたな
感情移入しすぎて苦しくなってしまう


933 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/17(土) 10:06:57.42 ID:suEw358Eo
とてもとても、切ない…


936 名前:NIPPERがお送りします [] 投稿日:2012/03/17(土) 14:44:48.95 ID:cxsLn0El0
絆の心情が上手く書かれていて、話にのめりこんでしまいました

1さんの回復をお待ちしています


937 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/17(土) 22:47:08.81 ID:zOTgBn/n0
こんばんは。

風邪はだいぶ治ってきました。

ご心配をおかけしました。
沢山メッセージをいただきました。
私は皆様の声で元気になれます。

続きを書きましたので、投稿させていただきます。

お楽しみいただければ幸いです。



次へ 戻る 上へ