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侍「言葉が通じなくとも」
- 747 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga]
投稿日:2011/12/13(火) 00:23:37.95 ID:FZ0RRT0AO
……
商人頭「こいつぁ……どういう事だ?」
頑健な商人「どうしました?」
商人頭「こいつを見てみろ」
商人頭が差し出した方位磁針は、北を指す事なくグルグルと回っていた
頑健な商人「磁石で直せないんですかい?」
商人頭「さっきからやってんだが……って、あれ?」
ピタリと止まった指針は、先ほどまで北だった方角と、およそ関係ない方向を差していた
商人頭「あちゃー……本格的に狂っちまったか?」
侍「……」
侍の脳裏に災厄を司る神と出会った時の記憶が蘇る
そして、針の示す先に新たな試練と、はぐれてしまった少女が待っている予感がした
- 750 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/19(月) 18:32:22.60 ID:FVmbVZ4AO
商人頭「誰か、新しい方位磁針を出してくれ」
小柄な商人「あいよ」ゴソ
商人頭の指示を受け、小柄な商人が予備の方位磁針を取り出す
小柄な商人「あれ? こいつも狂ってる……」
商人頭「何だと?」
若い商人「俺のも駄目です!」
年配の商人「こっちも駄目だ! 一度に全ての磁針が故障するとは……」
商人頭「クソ……どうなってんだ!」
侍「天啓だ」
若い商人「……天啓?」
侍「世の理を超えて我々にもたらされる選択肢の一つだ」
- 752 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/19(月) 18:43:55.40 ID:FVmbVZ4AO
頑健な商人「世の理を超え……?」
年配の商人「本来、北以外を指す筈の無い磁針が、この方角を指している事に意味を感じる……」
年配の商人「そう、言いたいんじゃな?」
侍「……」
侍は、磁針の指し示す先を向いたまま、そっと目を閉じた
肌黒商人「でも、その磁針の方角は、俺達の向かっていた方向とかなりズレてる」
肌黒商人「試しに目指してみる……って訳にはいかねぇぜ」
商人頭「だが、正常な方位磁針が無い以上、今まで通りに砂漠を渡る事は難しい」
肌黒商人「そりゃ……そうだけどよ」
- 753 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/19(月) 19:04:11.55 ID:FVmbVZ4AO
本来の目的地を目指したいのは、商人頭も同じだった
だが、時と共に姿を変える砂漠で、太陽の位置を頼りに旅をするのは、余りに心許なかった
肌黒商人「じゃあ……兄さんの言う通り、狂った磁針に賭けてみるんですかい?」
商人頭「…………」
狂った方位磁針の指し示す方向へ進む、という選択もまた危険である
目印の無い砂漠において、現在位置を割り出す事は不可能である為、出発点から目的地を一直線に進む事が重要となる
従って、途中で直線上から外れる行為は、砂漠での遭難に繋がるので避けなければならない
- 754 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/19(月) 19:34:37.04 ID:FVmbVZ4AO
若い商人「あの……」
商人隊を包んでいた重苦しい空気に、若い商人が一石を投じる
若い商人「俺は、剣士さんの言うとおり、この針の指す方へ進むのがいいと思う」
若い商人「方位磁針が北とは別の方向を指しているのは、何か……強い力に引かれての事に思えるんだ」
年配の商人「……しかし」
若い商人「確かな事が何一つ無い今、役に立たなくなった常識は捨てるべきだ」
- 755 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/19(月) 19:50:39.80 ID:FVmbVZ4AO
頑健な商人「お頭はどう思います?」
商人頭「……」
商人頭「俺の見立てだと、兄ちゃんはこういった死線を幾つもの越えてきた人間のはずだ」
商人頭「今みたいに八方塞がった時、兄ちゃんならどうする? その天啓ってやつを信じるかい?」
侍「……」
侍はまた、静かに目を開くと言った
侍「天啓もまた、選択肢の一つに過ぎぬ。何を選ぶかは、私が決める」
侍「大切なのは、己の選択を誰かの所為にせぬ事。自らの失敗を、何かの所為にせぬ事。そして、最期まで闘い抜く事だ」
――――ビッ
侍「私は選択する。この針の示す先に進むと!」
- 758 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/19(月) 21:10:54.69 ID:FVmbVZ4AO
侍の宣言に、誰もが呑まれていた
居合わせた者は勿論、空も大気も、砂漠の日差しさえも心奪われ止まっていた
―やがて、侍は刀を収めると
侍「お主、良い目をしているな」
振り返り、若い商人にそう言った
- 760 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/19(月) 23:59:30.12 ID:FVmbVZ4AO
若い商人「そ、そうですか?」
侍「うむ。まだ荒削りだが、先を見通す良い目を持っているように見える」
若い商人「ありがとうござ―」
ズズ…
――ドバァァァァァアアアアッッ
砂蚯蚓「キシャアアアアアアアアアアア!!」
飛沫を上げ、巨大な砂中から姿を表す
世界ごと獲物を呑み込まんと言わんばかりに口を開いた、砂漠の主――砂蚯蚓
若い商人「いっ!? 砂蚯蚓!?」
駱駝「ングェー!!」ドタドタ
商人頭「ちッ! みんな駱駝に―ッ!?」グラッ
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォ――
砂蚯蚓は大きな口で地表を喰らいながら、商人隊に襲いかかる
砂は崩れ、川が下流に下るかの如く、砂蚯蚓の口へと流れ込んでゆく
- 761 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/20(火) 00:13:24.18 ID:9Xvj80nAO
小柄な商人「うぁ!?」ズデッ
頑健な商人「駄目だ! 立ってらんねぇ!!」
砂蚯蚓「キシャアアアアアアアアアッッ!!」
商人頭「くッ!?」
「案ずるな。お主らは拙者が守る」
若い商人「!」
流体と化した砂
砂蚯蚓の大口の、目と鼻の先に侍は立っていた
若い商人「駄目だ! 喰われちまう!」
- 762 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/20(火) 01:03:08.46 ID:9Xvj80nAO
砂蚯蚓「シャアアアァァァア!!」ゴゴゴォ
商人頭「無茶だ! 兄ちゃん!!」
――ィンッ
砂蚯蚓の大口が喰らいつく瞬間、侍の刀が光を放ったように見えた
バクンッッ
若い商人「そんな……」
砂蚯蚓は侍の事など意に介せず、砂ごと呑み込んだ
「拙者の払いだ。存分に喰らうが良い」
砂蚯蚓「ギッ!?」ブシッ
そして、その迂闊さ故に死ぬ事になった
ブシャァァァ――――
侍「言ったろう、案ずるなと」チャキッ
- 765 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [sage] 投稿日:2011/12/20(火) 01:34:58.69 ID:PLd4m7zQo
おつ
侍と少女には早く再会して欲しいと願う一方
会えない焦れったさも読む楽しみの一つ
- 769 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/21(水) 22:29:35.12 ID:n9vytb2AO
小柄な商人「……っ」
肌黒商人「…………」
血に染まった砂の中、侍は返り血すら浴びずに立っていた
皆、言葉を失った
『あの』砂蚯蚓がほんの一瞬、まばたきの間に肉片と化す、壮絶な光景
自分の中にある常識がねじ曲がるかのような、非現実的な出来事
理解を超えた事象が、今目の前に起きたのだ
侍「……怖いか?」
振り返らず、侍は訊ねた
商人頭「……馬鹿野郎。怖いじゃねぇ、頼もしいって言うんだ」
商人の頭が言うと、皆頷いた
侍は、やはり振り返らず「ありがとう」と言った
- 770 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/21(水) 22:46:08.02 ID:n9vytb2AO
…………
少女『く……ッ、いっ…………!』ズッ
一体どれくらい降りただろう
地上から降り注ぐ光がか弱くなっても、依然として縦穴は底を見せない
少女の握力は長時間縄を握りしめていた事で弱り、縄が手の中をすり抜けていく
そのたびに擦り切れた掌に鋭い痛みが走り、反射的に手を離しそうになる
少女『く…………はぁ……』ザリッ
足下の硬い感触を慎重に確かめ、少女は岩の隙間にできた足場に体重を預ける
- 771 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/21(水) 23:02:18.22 ID:n9vytb2AO
この縦穴を降り始めてわかった事がある
それは、大地が何種類かの層に分かれている事だ
砂ばかりだと思っていた砂漠にも、地下には土の層があり、やがて岩が多く紛れた層へと到達する
そのおかげで、少女は岩場を頼りに、つかの間の休息を取る事ができるのだが……
少女『どこまで……』
どこまで続くのだろう
口からこぼれそうになった不安を、少女は無理やり飲み込んだ
- 772 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [saga] 投稿日:2011/12/21(水) 23:12:11.38 ID:n9vytb2AO
少女『……んく』
渇ききった喉を自分の唾でごまかす
もう、上を見るのは止めよう
降りる事、先に進む事だけを考えよう
そう心に決め、少女は萎えかけた心を奮い立たせる
少女『……よしッ』グッ
決意を新たに、上半身を壁から離した
その時
ブ―――――ォ―――ンッ
少女『…………え』
風を切る音と共に、天地が逆転
闇に包まれた視界が加速
奈落へ
奈落へ
- 773 名前:SS速報でコミケ本が出るよ [sage] 投稿日:2011/12/21(水) 23:15:03.06 ID:n9vytb2AO
少ないですがここまでです
私の意識も奈落へー
- 788 名前:以下、あけまして [saga] 投稿日:2012/01/03(火) 19:45:30.19 ID:FubBur8AO
……染み入ってくる
指先から、鼻腔から
髪一本一本の間から
私の中に流れ込んでくる
冷たく、それでいてやさしい―
光と共にたゆたい
身体を包むこの感覚に身を委ね
無音の中に眠る
―ああ、そうか
ここは海なんだ
- 789 名前:以下、あけまして [saga] 投稿日:2012/01/03(火) 20:00:16.52 ID:FubBur8AO
…………
少女「……」
天を仰いでいた
気がついた時には、大きく開いた縦穴の闇を見つめていた
少女「……」
少女は水面を漂っていた
少女「……水?」
ザバッ
少女「これ、全部が水……?」
- 790 名前:以下、あけまして [saga] 投稿日:2012/01/03(火) 20:26:59.22 ID:FubBur8AO
意識が浮上してすぐ、少女は違和感に気付いた
立ち泳ぎをしている訳でも、水底に足がついている訳でもないのに、少女は沈んでいかない
加えて、
少女「服も、髪も濡れてない……?」チャプ
手で器をつくり、水に浸ける
……確かに、冷たい水の感触はある
だが、少女の掌に水は一滴も残らなかった
少女「……とにかく、灯りを探そう。今、何が起きているのか見極めないと!」
- 792 名前:1 [] 投稿日:2012/01/04(水) 03:01:22.04 ID:bfxqpRmAO
また少女の括弧を間違えた…
本当に申し訳ありません
- 794 名前:以下、あけまして [sage] 投稿日:2012/01/04(水) 08:07:18.69 ID:pgjnukeSO
乙
二重括弧か
- 795 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2012/01/09(月) 18:31:26.85 ID:jx1P/c5AO
ドタドタドタ……
商人頭「兄ちゃん、そろそろ日が暮れるぜ」ドタドタ
侍「行き先は決まっているのだ。このまま進んでも差し支えないだろう」
日中に比べると夜の砂漠は気温が低い分、体力の消耗が少なく、駱駝の疲労も溜まりにくい
方角に関しては、太陽の位置から割り出さなくても、方位磁針さえ持っていれば済む
これだけ聞くと、無理に猛暑の砂漠を旅する必要はないように思えるのだが
商人頭「駄目だ。夜の砂漠の進行は認められん」
侍「何故だ。確かに夜は冷えるが、日中の進行に比べれば、幾分も楽であろう」
侍はかねてより疑問に思っていた
何故、夜に歩みを進めないのかと
商人頭「……夜の砂漠はあの世と繋がっているんだ。夜明けの先には、絶望しか待っていない」
- 796 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2012/01/09(月) 19:06:23.48 ID:jx1P/c5AO
砂漠に住む者達には、禁忌とされる行為がある
それは、夜に砂漠を渡る事である
日差しの非常に強い日中に比べ、夜の砂漠は防寒対策さえしていれば、比較的快適に旅をする事ができる
その為、禁忌を知らぬ旅人達は、夜に旅をする
そして、そういった旅人達は、例外なく行方不明となる
昔……砂漠に人々が居を構えるようになった頃から、夜の砂漠には見えざる脅威が在った
何故、『見えざる』なのか
それは、人々を襲っているのが一体何なのか確認できていなかったから
言い替えれば、その脅威と遭遇して、無事に生還した者がいなかったという事である
- 797 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2012/01/09(月) 19:32:39.83 ID:jx1P/c5AO
ある時、砂漠の住人達は意を決し、『見えざる脅威』の打倒に立ち上がった
各集落から腕利きを募り、男達は隊を組んで夜の砂漠を渡る
一日、二日、三日……
待てど暮らせど男達は帰って来ない
七日目の朝、留守を任されていた男達が捜索に出ると、血で赤黒くなった水筒を発見した
「ここは最早、この世ではない。朽ちた鷲が空を飛び、死んだ仲間が歩き回る地獄だ。夜に出歩こうなどとは考えるな」
中には、村人に宛てた最後の手紙が入っていた
- 798 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/01/09(月) 20:23:39.56 ID:i9RoP0lSO
見直したら少女夜走ってるな
- 799 名前:NIPPERがお送りします(新潟・東北) [saga] 投稿日:2012/01/10(火) 00:29:10.75 ID:MjvKEwMAO
侍「なるほど。故に夜の砂漠を渡ってはならぬ、と」
年配の商人「砂蚯蚓や大王土竜のいない頃ですら、夜の砂漠を移動するのは自殺行為だったんだ。どんな化け物が現れてもおかしくねぇ……!」
侍「では、止めるか?」
侍「失われし水源と故郷を取り戻さんと、苦難に立ち向かうと決めたのではないのか?」
年配の商人「……っ」
侍の言う通りだった
砂漠を渡るという行為自体、生きて帰れる保証の無い……身投げのようなものだ
商人隊として各地を旅するようになった後も、幾度も砂漠に挑んでいるのは、帰郷という夢が棄てられないからではないか
商人頭「…………」
手のひらの方位磁針に目を落とすと、針がまたグルグルと回っていた
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