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少女「それは儚く消える雪のように」
660 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:34:28.63 ID:MzfytjE+0


怯えた様子の雪を何とか落ち着かせ、
椅子に座らせてから絆も腰を下ろす。

絆は、雪の言葉に衝撃を受けていた。

クローンのクローンに、
元となった個体が遭遇した時にどういう反応をするのか、
そんなことを考えたこともなかったからだ。

雪は目が見えない。

それゆえに、他の個体よりも顕著に、
生体エネルギーを五感で感じて相手を識別しているらしい。

自分の生体エネルギーと質が同じ彼女のことを、
「自分自身である」と誤認してしまったのだ。

確かに、絆も自分と全く同じ顔の人間が目の前にいたら驚く。

気味が悪いだろう。


661 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:35:01.15 ID:MzfytjE+0
――雪は置いてくるべきだった。

歯噛みするが、今更どうすることも出来ない。

自分の認識が甘かった以外なかった。

「……取り敢えず、俺は……」

口を開いた絆の言葉に被せるように、
少女はハキハキと言った。

「絆執行官ですね。理解してます!」

「…………」

「そちらは雪お姉さまですね。
D77個体。私はS93番です! 
お会いできて本当に嬉しい!」

「どうして……俺達の名前を知っているんだ?」


662 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:35:38.62 ID:MzfytjE+0
迫力に気おされて聞いてみる。

少女はきょとんとして絆に返した。

「さぁ……何ででしょう? 
生まれる前から、知っています。
それが普通じゃないんですか?」

「…………分かった。知っているならそれでいいんだ」

信じられないことだった。

クローンを生成する際、雪の脳組織を使ったと言っていた。

彼女の記憶の断片さえも、移植に成功しているらしい。

しかし、いたずらに難しいことを言って、
第一接触で混乱させてもデメリットしかない。

それより、雪との間を上手く保たなければ
……と思い、絆は努めて明るく声を出した。


663 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:36:21.61 ID:MzfytjE+0
「改めて自己紹介をしよう。
俺は絆。これから君の保護者になる」

「はい!」

「こっちは雪。君の……
お姉さんみたいなものだ。君の言うとおりに」

雪がビクッとして縮こまる。

少女はうんうんと頷いて、胸の前で指を組んだ。

「知ってます!」

「これから君のことは、『霧(きり)』
と呼ぶことにする。S93じゃ、何かと言いにくいだろう」

先ほどまで考えていた名前を口に出すと、彼女
――霧はパァッ、と顔を明るくした。


664 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:36:55.46 ID:MzfytjE+0
「お名前……! 名前!」

感動したように繰り返して、笑顔になる。

「雪。こっちは霧。お前、
久しぶりの病院だから混乱してるんだよ」

雪に小さく言うと、彼女は怯えた顔で霧の方に顔を向けて、
そして絆に見えない目を向けた。

「…………」

言葉にならないらしい。

それを肯定と取ったらしく、霧は点滴台を引きずって、
雪の前までベッドの上を移動した。

そして顔を覗き込む。

「これから一緒に頑張りましょう、お姉様!」

霧はいきなり手を伸ばすと、雪の小さな手をぎゅっ、と握った。


665 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:37:22.23 ID:MzfytjE+0
雪がそこで初めてハッとして霧に目を向ける。

自分とは違う個体だということが、やっと分かったらしい。

「あなた……私の妹なの?」

小さな声で雪が聞く。

霧は頷いて、雪の手を自分の方に引き寄せた。

「ずっと……ずっと会いたかった……」

ポツリと、雪の手に霧の目から落ちた涙が一粒垂れた。

霧は雪の手を胸につけ、そして言った。


666 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:37:50.01 ID:MzfytjE+0
「寂しかったです。
でも、これからは寂しくないんですね!」

「…………うん、最初の頃は寂しいよね」

雪は少し沈黙した後、頷いて言った。

「……頑張ろうね」

「はい!」

霧は笑顔で付け加えた。

「私達、『特別な』バーリェなんですから
、一緒に頑張りましょう!」


667 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:38:29.78 ID:MzfytjE+0


しばらく霧と話し、彼女を買ってきた服に
着替えさせてから絆は片手に雪、
もう片手に霧の手を掴んで病室を出た。

廊下では渚が書類を持って待っていた。

霧が笑顔になり、渚に手を振る。

渚も笑顔で霧の頭を撫でた。

「お名前はいただけたのかしら?」

「はい! 私はこれから霧といいます!」

元気に霧が言う。

「素敵ね。お名前もらえるって凄いことなのよ」

渚が続けて、絆を見た。


668 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:39:02.10 ID:MzfytjE+0
「それでは、こちらの書類にサインをお願いします」

「分かりました。雪、ちょっと壁に寄りかかっててくれ」

雪の手を離して、ペンを握る。

単に絆の利き腕だったのだが、手を離された雪は、
しばらくポカンとして、所在無さげに立ちつくしていた。

書類にサインし終わり、雪の手をもう一度握る。

「それじゃ」

「あ……絆執行官」

そこで渚が絆を呼び止めた。

「何ですか?」

「先日の件なのですが……」


669 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:39:32.70 ID:MzfytjE+0
渚は言いにくそうに言いよどんだ後、小声で絆に言った。

「絃執行官と、あの後連絡を取られましたか?」

何でそんなことを聞く、と声を荒げかけたがバーリェ二人の前だ。

グッ、と抑えて、絆は努めて冷静を装って言った。

「いや。それが何か?」

「……そうですか。それならいいんです」

「何がだ?」

「絃執行官のラボに、明日強制立ち入りの捜査が入ります」

雪に聞こえないようにしているのは明白だった。

絆は反射的に身を乗り出して、雪と霧から体を遠ざけて、
渚に囁いた。


670 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:40:19.80 ID:MzfytjE+0
「え……?」

「絃執行官が、バーリェと共に失踪されました。
何かご存知ではないかと思いまして
……申し訳ありません。言い出すタイミングが遅れました……」

「何だって……?」

失踪?

半死半生の桜を連れて?

――絃が……?

「何もご存じないようですね
……それならいいんです。お気になさらないでください」

「気にするなって……何だって? 絃が……?」

横目で雪達を気にしつつ、
絆は発しかけていた言葉を無理やりに飲み込んだ。


671 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:40:55.67 ID:MzfytjE+0
「……後ほど電話します。本部でいいですか?」

「いえ……こちらにお願いします」

渚が携帯電話の番号が書かれた名刺を差し出す。

それをひったくるようにして受け取り、ポケットに突っ込む。

そして不思議そうな顔をしているバーリェ達の方を向いた。

「…………さぁ、俺達の家に帰ろうか」

「はい!」

元気に霧が返事をする。

いつの間にか、絆は冷汗をかいていた。

雪が怪訝そうにこちらを見ている。

それを気付かないふりをして、絆は廊下に足を踏み出した。


672 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/06(火) 21:42:57.56 ID:MzfytjE+0
お疲れ様でした。

次回の更新に続かせていただきます。

沢山の温かいコメント、ありがとうございます!

楽しんで頂けて、とても嬉しいです。

ご意見やご感想、ご質問などありましたら、どんどんくださいね。

それでは、今回は失礼します。


673 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/07(水) 00:34:37.57 ID:o1rDWIOIO
引き込まれるなあ
人は普通他人を気にかけないみたいな下りとか、現実ではそうではないのにすんなり入ってしまった


676 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:19:05.50 ID:4sLHi8Fm0
こんばんは。

続きが書けましたので投稿させていただきます。

面白いと言っていただけて冥利に尽きます。

楽しんでいただければ幸いです。


677 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:22:06.93 ID:4sLHi8Fm0


霧と雪を連れてラボに戻った時には、太陽も落ち始めていた。

車を降りて、霧が目を輝かせながら絆のラボを見上げる。

「うわあ、立派ですねえ」

感嘆詞と共にそう呟き、霧は絆の手を握った。

「私、今とっても幸せです!」

「そうか。まぁ気楽にやってくれ」

絆は頷いて、車から雪が降りる補助をしてから、
彼女の手を引いた。

雪は、心なしか顔色が悪かった。


678 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:22:38.49 ID:4sLHi8Fm0
「大丈夫か?」

絆の問いに、雪は少し押し黙った後

「……大丈夫」

と一言だけ答えた。

どことなく様子がおかしい彼女に、
言葉を選んで声をかけようとしたところで、
霧が勝手に車庫を出て行ってしまった。

慌てて雪の手を引いて、彼女の後を追う。

霧は、夕焼けに染まるラボを囲んでいる、
バイオ技術で管理された森を見回して、目を丸くした。

近くの木に手をつけて、そっと抱きつく。

「こんな感触だったんだぁ……」

今度はしゃがみこんで、手で土をすくう。


679 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:24:01.16 ID:4sLHi8Fm0
それを何度か揉んで、口に入れようとしたところで、
慌てて絆はそれをとめた。

「やめるんだ。それは食べていいものじゃない」

「そうなんですか?」

きょとんとして霧が土がついた手を払う。

初めて見るものだ。

この辺は子供らしい反応だ。

霧の手をハンカチで拭いてやってから、
ラボの入り口に誘導する。

そして絆は、二人をラボに招きいれた。


680 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:24:38.38 ID:4sLHi8Fm0
入ってすぐ、命がまた洗濯物を持って
パタパタと廊下を歩いていた。

彼女は、帰ってきた絆を見て嬉しそうに声を上げると、
ゲームをしていたらしい優と文に何かを言った。

双子のバーリェが足音早く玄関に走ってくる。

しかし、三人とも雪に続いて入ってきた霧を見て硬直した。

「ん? どうした?」

絆が思わず口を開くほど、
彼女達は異様なものを見るかのような表情で霧を見ていた。

命が何かを言おうとして失敗し、手から洗濯物を廊下に落とす。

優が文と顔を見合わせ、そして絆に言った。

「誰……その子?」


681 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:25:18.01 ID:4sLHi8Fm0
珍しく……いや、初めて聞く優の
「何かを警戒したかのような」声だった。

霧は硬直している三人を見て首を傾げると、
彼女達を「無視」して、絆の手を引いた。

「どうしたんですか、マスター。早く中に入りましょう」

絆は片手で霧を押しとどめると、優に向かって言った。

「今日から仲間になる、霧という子だ。
仲良くしてやってくれ」

バーリェにとってキーワードとなる「仲間」という言葉を
あえて使ったのだが、三人の反応は変わらなかった。

相変わらず、当初の雪のように不思議な表情をしている。

まるで、自分たちとは違うものを見るかのような
……そんな目だった。


682 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:25:50.78 ID:4sLHi8Fm0
霧が全くそれを気にしていないのか
――いや、命達三人が視界に入っていないのか
――無邪気にはしゃいで、絆の持っていた紙袋から
新しいスリッパを取り出し、床に並べる。

「お邪魔します!」

大きな声で言って、霧がラボに足を踏み入れる。

途端、命が後ずさろうとして失敗してその場に転び、
優と文が奥の部屋に隠れてしまった。

彼女たちの予想外な反応に、絆は息をついた。

ここまで警戒するとは思ってもいなかったのだ。


683 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:26:25.57 ID:4sLHi8Fm0
そこで雪が進み出て、霧の背中を手でそっと叩いた。

「霧ちゃん。みんなに挨拶しよう……」

そう言われて、霧は逆に不思議そうに雪を見た。

「どうしてですか?」

「どうしてって
……一緒に、これから暮らすんだよ。
みんなびっくりしてる」

「劣等種と話すことなんてありません。
それより一緒に遊びましょう、お姉様!」

――何?

今何と言った?

――劣等種?

確かに今、霧は命達のことを劣等種と言った。


684 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:27:02.74 ID:4sLHi8Fm0
戸惑った顔を向けてきた雪の手を引き、
絆は困った表情で霧を見た。

「……そういうことを言うものじゃない。
みんな仲間なんだ。仲良くしよう」

先ほども言ったキーワードを連発して言ってみる。

しかし霧は、いまいちピンと来ないらしく、
首を傾げてみせた。

「はあ、マスターがそう仰るならそうします」

しばらくして自己完結したのか、頷いて口を開く。

彼女は、尻餅をついて
目を丸くして自分を見ている命に近づいた。

そして悪びれもなく彼女に手を伸ばして、言った。


685 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:27:45.42 ID:4sLHi8Fm0
「宜しく。私が来たからには
もうあなた達の出番はないと思うけど、
精々頑張って予備の役割を果たしてくださいね」

バーリェは、お互いを嫌うことは滅多にない。

そもそもは単一で管理するのが原則なので、
その必要がないからと言ってしまえはそのままなのだが、
その性質上、いがみあっていては仕事にならない。

だから、彼女たちは生産されてきてから、
他のバーリェに敵対感情を持つような調整はされてきていない。

――筈だった。

この子は、自分のことを優性種だと思っている。

それは、絆がクランベに対して抱くような
感情に酷似しているのだろう。


686 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:28:21.65 ID:4sLHi8Fm0
有体な言葉で言えば。

……見下している。

生まれながらに。

悪意ではない、純然たる素直な気持ちだ。

だが、だからこそそれは、
言葉のナイフとなって命の心を抉ったらしかった。

そうでなくても、
バーリェとしての性能にコンプレックスを抱いている命だ。

霧の一言を理解するのに時間がかかったらしく、
命はポカンとして彼女を見た。

そして絆の方を見て、小さく震えだす。

「え……? 予備……?」


687 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:28:57.72 ID:4sLHi8Fm0
「どうかしましたか?」

霧がにこやかに言う。

笑顔だ。

悪いとは微塵も思っていないのだろう。

流石にこれはマズいと判断して、
絆は雪を玄関に置いて、命と霧の間に割って入った。

そして命のことを助け起こして、少し語気を強くする。

「霧、口が過ぎる。この子は君の先輩だ。
予備なんかじゃない。何回でも言うぞ、
仲間なんだから、仲良くしよう。これは命令だ」

流石に「命令」という単語には反応して、
霧は途端に緊張したような顔つきになった。

そして少し顔をしかめて命を見てから、
絆に戸惑った表情を向けた。


688 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:29:37.84 ID:4sLHi8Fm0
「喧嘩をするつもりはありませんでした。
気に障ったなら、ごめんなさい」

素直に命に対して頭を下げる。

しかし命は、まだ理解が追いついていないのか、
絆にピッタリと寄り添って、
霧を異物を見るかのような目で見ていた。

初めてのケースだ。

霧はおそらく生まれながらにして、
自分を特別で、優秀なバーリェであり、
他の子とは違うと思い込んでいる。

実際そうなのだから性質が悪い。

医師達がそう言い聞かせたとは考えがたかった。

利点がない。

つまり、生成された時点で、
彼女はそういう確固とした「自我」を持っていたことになる。


689 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:30:19.07 ID:4sLHi8Fm0
空恐ろしい。

科学の産物であれ、
それは果たして人間が踏み込んでいい領域なのか。

絆はそれが分からなくなり、一瞬口をつぐんだ。

しかしその沈黙をどう取ったのか、
命は慌てて絆から体を離すと、
取り繕ったように笑ってから言った。

「あ……お洗濯もの、片付けなきゃ……」

霧の方を見ないようにしながら、
命は落ちている洗濯物を拾い集め始めた。

当の霧は、それを全く気にしていないのか、
玄関に走っていくと、
立ち尽くしている雪の手を取って引っ張った。


690 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:31:00.10 ID:4sLHi8Fm0
「お姉様、一緒に遊びましょう! 
ずっと、ずっと楽しみにしてたんです。
私何でも出来ます。お姉様の好きな遊びをしましょう!」

「霧ちゃん……命ちゃん達は……」

言いよどんで、しかし雪は口をつぐんでしまった。

命が聞いていることを、察したのだろう。

仲良くはしていても、雪と命の性能には雲泥の差がある。

命が、それに対して
強烈なコンプレックスを持っていることを、雪は知っていた。

だから言葉にすることを躊躇ったのだ。


691 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:31:45.47 ID:4sLHi8Fm0
それを不思議そうに見て、
霧はラボの中を、既に知っていると
言わんばかりに先導して歩き出した。

「モノポリーでもいいですし、
バックギャモンでも大丈夫です! 
沢山頭のなかでシュミレートしました。
お姉様、お強いんでしょう? 楽しみだなー!」

絆は、不覚なことに霧の暴走に対して、
何をすることも出来なかった。

そのようなケースに対応するだけの知識がなかったのだ。

命のコンプレックスは分かっていても、
霧が持っている「見下す」感情をどう制御したら良いのか、
彼には分からなかった。

どうフォローしたらいいのかも分からなかった。


692 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:32:35.55 ID:4sLHi8Fm0
だって、事実なのだ。

彼女が優性種であることは。

絆は奥の部屋に消えていった霧と雪を目で追いながら、
小さく震える手で洗濯物を集めている命の前にしゃがみこんだ。

そして、やっとの思いで口を開く。

「その…………何だ。俺も手伝うよ」

「あ…………はい……」

「来たばかりで、勝手が分かってないんだ。
大人だろ? 多少今みたいに生意気な口を
きくかもしれないが、理解してやってくれ」

「一緒に……暮らすんですか?」

ためらいながら命がそう言う。


693 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:33:03.66 ID:4sLHi8Fm0
それは、彼女が初めて見せる、
躊躇しながらの「拒否」の態度だった。

絆は命から目を離して、洗濯物を抱え上げた。

「……ああ。そうだ」

「雪ちゃんだけじゃ、駄目なんですか?」

小さな声で命がそう言う。

優と文が、寝室に隠れて、
扉の隙間からこちらの様子を伺っている。


694 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:33:35.31 ID:4sLHi8Fm0
絆は命の頭に手を置いて、ぎこちなく笑ってみせた。

「別に、一人増えたくらいでどうということはないだろ。
誰かの代わりとか、そういうことはないよ。安心しろ」

「…………」

しかし命は、それに答えなかった。

彼女は俯いて絆から洗濯物を受け取ると、
パタパタと足音を立てながら、洗濯室に消えてしまった。

――先が思いやられるな。

絆は、居間の方から霧の嬉しそうな嬌声が
聞こえてきたのを受けて、小さくため息をついた。


695 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/07(水) 20:34:18.68 ID:4sLHi8Fm0
お疲れ様でした。

次回の更新に続かせていただきます。

ご意見やご感想、ご質問などがありましたら、お気軽にいただけると嬉しいです。

それでは、今回は失礼します。


698 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:45:56.37 ID:un43/iyQ0
こんばんは。

コメントありがとうございます! 励みになります。

続きが書けましたので投稿させていただきます。



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