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少女「それは儚く消える雪のように」
170 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:05:10.92 ID:mkVHEDB80


絃が指定した店についたのは、
予想以上に時間がかかって、
それから三十分も経ってからのことだった。

もう直ぐ十一時半を回る。

しかし街中はいまだ明るく、
この中心街の店は営業している場所も多い。

近くの立体駐車場に車を預け、
重く考え込みながら、指定されたファミリーレストランに入る。

普通夜中の話し合いだとバーなどを利用しそうな所だが、
絃の場合に限ってそういうことはなかった。


171 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:05:58.63 ID:mkVHEDB80
店に入ってその理由がはっきりと目に付く。

奥の方の席に、他の客に気兼ねすることなく絃と、
そして彼のバーリェである少女が一緒に腰を下ろしていた。

二人でにこやかに談笑している。

彼は外出の時にバーリェを大体は連れて歩くのだ。

アルコール厳禁中の彼女たちに、酒の匂いはかがせられない。

「悪い、待たせたな」

店員の案内を手で断って、彼らの前に腰を下ろす。

絃は軽く肩をすくめて言った。

「いや俺が無理に呼び出したんだから気にすんな」


172 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:06:50.39 ID:mkVHEDB80
「こんばんは、絆様」

礼儀正しく絃の隣に座っていた少女が頭を下げる。

「元気だったか、桜」

「はい、絆様もお元気そうで何よりです」

「お前、この時間まで起きてていいのか?」

純粋に疑問に思ったことを口に出すと、
絃は大きく笑い声を立てて、隣の桜と呼ばれた少女の肩を引き寄せた。

「桜はもう大人だもんな?」

「はい。全然大丈夫ですよ」

ニコリと笑われ、絆は困ったように鼻を掻いた。


173 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:08:04.72 ID:mkVHEDB80
まぁトレーナーによってバーリェの管理は大きく異なる。

絃には絃のやり方があるのだろう。

店員にコーヒーを注文し、絆は口を開いた。

「それで、どういった用件だ?」

「メールは見ただろう。新型の件だ」

唐突に話を切り出され、
絆は運ばれてきたコーヒーを受け取りつつも、周りに目を走らせた。

それでなくとも、
明らかにバーリェと分かる常識がなさそうな少女がいるのだ。

周りの視線が知らずにこっちに向いているのを肌で感じる。


174 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:08:49.73 ID:mkVHEDB80
「お前の所にも届いてたのか」

「今回運用される新型は一機じゃない。
俺のところとお前の所、二機ずつだ。知らなかったか?」

当然のことのように言われ、絆は頭を掻いてみせた。

「用件伝達書の詳しい所までは読まないんだよ。
スペックには全て目を通したんだがな」

「読めよな……結構重要なことだぞ」

呆れたように返し、絃は手元にあるスープカップを取り上げて口をつけた。

「俺のところからは当然桜が出ることになっているが
……お前さんはどうするのかと思ってさ」

何気なく言われた言葉だが、それは相応の含みをはらんでいた。


175 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:10:20.10 ID:mkVHEDB80
絃のバーリェは桜というこの少女、一人しかいない。

本来この社会では他人のことに口を出すのは
無作法だという一般常識があるが、絃は変わっていた。

何かと周りの世話を焼きたがるのだ。

そんな彼に管理されているバーリェたちは、
皆いつ見ても彼とは友達感覚で接しているように見える。

簡単に言うと非常に仲がよさそうなのだ。

絃の言葉を受けて、控えめにその桜が口を開いた。

「今回の新型機の話は絃様からお聞きしましたが
……少々気になることがございまして」


176 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:11:44.35 ID:mkVHEDB80
「ちょっと来てもらったのは、実は俺が言い出したことじゃないんだ。
桜がな、どうしてもお前に会って直接話をしたいと」

それを聞いて絆は意外そうに少女の事を見返した。

バーリェが普通の人間のように、
対等に対話を希望してくるなんて前代未聞のことだ。

これが絃だから成り立っているんだろうが
……他のトレーナーだったらバーリェの精神状態をまず疑うだろう。

だが見返された桜は少しだけ表情を落としながら続けた。

「雪さんのことなんですが。彼女はやめたほうがいいと私は思うんです」

言われて、絆は思わずドキリとした胸を押さえた。
考えていたことを見事に見透かされた気分だった。


177 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:12:34.89 ID:mkVHEDB80
「……どうして?」

そう聞くと、彼女はテーブルに目を落としながら言った。

「……本来私の立場で絆様にこのようなことを申し上げるのは、
非常に無礼なことだとは自覚しているのですが
……この前戦闘に出られる前に会った、雪さんに触れて感じたんです」

バーリェは、バーリェに触れることで相手の精神状態や
生体エネルギーの様子などを感覚で感じることができるらしい。

絆は五体の少女を管理しているが、
彼女達は滅多にそういうことを言わないので忘れかけていたが、
その事実を思い出して息をつく。

「雪が、どうかしたのかい?」

ゆっくりと噛み締めるように言う。
桜は一つ頷いて答えた。


178 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:13:18.18 ID:mkVHEDB80
「雪さんは、病気にかかっています」

断言されたその言葉の意味を理解することが出来ずに、
数秒間ポカンとする。

そしてやっとコーヒーの香りで意識を持ち直し、
絆は息を突っ返させながら口を開いた。

「何だって?」

「本当ならもっと早くお伝えするべきだったのですが
……雪さんから絆さんには言わないようにと止められていたもので
……申し訳ございません」

深々と頭を下げられ、逆に慌てて青年は言った。

「止められてた? 病気って
……診断では何もない正常状態だって」


179 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:14:08.66 ID:mkVHEDB80
「はっきり言ってやろう。
エフェッサー本部と、元老院のお偉方は次の戦闘で新型の起動テストをする。
これからのバーリェを使用した戦いが一変するかもしれない貴重なテストだ。
失敗は許されない。
だから『最大』の能力を発揮させることが出来るバーリェを使用したいんだ」

「まさか……」

冷静な絃の言葉に、首の底まで蒼くなるのを絆は感じた。

「ああ。上の連中は、雪ちゃんを新型機実験のために使い捨てるつもりだ。
大方お前さんにそれを言ったら出さないで隔離するだろうと思って、
伝達をカットしやがったんだ」

目の前が、真っ暗になった。


180 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:14:49.85 ID:mkVHEDB80
「私は他のバーリェと違って、
生まれつき生体エネルギーの流動率を詳しく感知することが出来ます。
ですから、絆様の他の子たちは多分気づいてないと思うけれど
……転向的なサジェスゲントレベルが
心肺機能の低下に伴って著しくダウンしてるみたいなんです。
雪さんはちゃんと把握してるみたいなんですけど……」

しばらくの間、呆然とコーヒーカップを見つめる。
次いで何処からか対象不明の怒りがわいてきて、
絆は歯を軽く食いしばった。

「……何て奴らだ……ッ」

小声で毒づいた青年を淡白な目で見つめ、重い声で絃は返した。


181 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:15:50.09 ID:mkVHEDB80
「だが、それが常識だ。
バーリェは人間のために使用される運命にある。
不本意なところだがな。
所詮誰しも、自分が生き残れればそれでいいのさ」

いつものように、いつもの笑顔で笑う雪の顔が脳裏に浮かぶ。

ポケットに手を突っ込んで、
絆はくしゃくしゃに丸まった彼女のカードをもう一度強く握りつぶした。

「……わざわざ済まないな。
そんなことに気づかないなんて俺はトレーナー失格かもしれん」

「い、いえ! そんなことは……申し訳ございません。
差し出がましいことをいたしました!」

店中に響き渡るほどの大声で謝りながら、
桜が勢いよく立ち上がって頭を下げる。


182 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:16:34.33 ID:mkVHEDB80
彼女の背中を宥めるようにポンポンと叩きながら、
絃がそれを座らせた。

少し考え込んだ後、絆は言った。

「だが今回の試用では雪は使わない。
それは決めていたことだし、心配しなくても大丈夫だ」

その言葉を待っていたらしく、絃と桜の顔が同時にパッと明るくなった。

詰めていた息を吐き出し、
まるで自分のバーリェのことのように絃は笑いながら少女の頭を撫でた。

「だとよ。良かったな、桜」

「はい!」

何回も自分が留守の時に、絃にはバーリェを預けている。

他人事ではないのだろう。


183 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:17:22.17 ID:mkVHEDB80
少しして嬉しそうな顔で桜が言った。

「バーリェの死因のおよそ八割が、その年齢による心肺機能の低下なんです。
これはよほど詳しい検査をしないと分からないことらしいんですが
……でも、理論的にいくと、人工心肺臓器の移植手術で延命することも出来るはずです。
もちろん、かなり長い間、バーリェとしての使用は出来なくなってしまいますけど……」

「それは本当のことかい?」

思わず聞き返すと、代わりに絃が頷いた。

「ああ。本来バーリェの移植手術なんて、
生命維持の身体機能が弱いこいつらにはできんのだが、
今回みたいに桜がエネルギーの流れで感じ取った内容を元に、
病巣の位置を特定できてれば別だ。あまり負担をかけずに取り組めるはずだ」

だが僅かに表情を落とし、絃は付け加えた。

「元老院が承認すればの話だがな」

その事実を忘れていた。

基本的にバーリェを管理するのはトレーナーだが、
その所有権はエフェッサーの本部、そしてその上に位置する元老院に有する。


184 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:18:03.71 ID:mkVHEDB80
それゆえに彼女達をどうするかは、
最終決定は彼らが降ろさなければどんな機関であれ使用許可は下りない。

答えるべきセリフを思いつけずに、またしばらく沈黙が流れる。

「……しかしどうして、雪ちゃんを使わないことにしたんだ? 
俺はてっきり、あのマシンスペックだと
彼女しか動かすことのできるバーリェはいないと思ったんだが……」

少しして、絃が不思議そうに口を開いた。

それに対して絆は肩をすくめて言った。

「何のために俺が五人も管理してると思ってんだ。
こういう時のためになんだ……元老院は何とか納得させるよ」


185 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:18:45.40 ID:mkVHEDB80
「もし、無理であれば今回は参加するな。
俺もいることだし、無理しなくてもなんとかなる。
授与を棄権すればそれで済む」

頷きのあとに、小声で囁かれて絆は愁眉を開いた。

そして息を吐いて立ち上がる。

「……わざわざありがとう。
とりあえず、雪の様子は俺から見ててもあまりいいもんじゃない。
もう少し考えてみるよ」

「おう。それじゃ、引き止めちまって悪かったな」

そこで絆は、桜の足元に
……何か巨大な贈り物用に包装された箱がおいてあるのに気がついた。


186 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:19:35.26 ID:mkVHEDB80
おそらく……プレゼント。何だかんだ言って、
絃もクリスマスを実施していたらしい。

贈り物が欲しいという対象と買いに来ているのはどうかと思うが……。

テーブルにコーヒー代を置いて、背中を向ける。

ポケットに手を突っ込んで歩き出すと、
少女達の書いたカードが手にあたった。

──病気、だと言った。

正確に言うと病気とは違う、寿命による衰退なんだろうが、
桜から見るとそのような認識になるのだろう。


187 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:20:11.88 ID:mkVHEDB80
それは分かっていた。

実は、雪を手術させれば助かるという事実も知っていた。

だが先ほど絃が言ったとおりに、バーリェの臓器交換手術は、
一歩間違えば紙一重で死なせてしまう諸刃の剣になる。

それでなくとも……絃はあえて触れなかったが、重大な問題があったのだ。

バーリェは人ではない。

人ではないものを『修理』するには、理由が要る。

理由がなければ、壊れるまで使う義務が、自分たちにはある。

だから医療機関が自分に雪の不良を伝えていない状況で、
それを敢行するのは非常に難しいことだった。


188 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:20:58.22 ID:mkVHEDB80
最初は怒りを覚えたが、既に元老院や本部が、
その事実を自分に伏せていたということに対するわだかまりはなかった。

所詮この世界はそんなものだ。

他人の心配より、自分の心配。

そのためには他がどうなろうと知ったことではない。

それは当たり前のことだし、
人間が動物としての生存本能を持ち続ける限りなくならない真実だ。

そのなんともないただの事実が、しかし今はやけに心に重かった。

雪を修理し、延命したとしても結局は兵器に乗せることになってしまう。

手術を敢行させるとしたら、その目的を設定しなければならないからだ。

そしてそれを達成するために行わせる。
物凄い労力とコストをかけて。


189 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:21:34.41 ID:mkVHEDB80
真夜中になって冷え込んできた空間に、
店のドアを開けて出る。そして絆は駐車場に向かった。

雪は、自分に対しては言わないようにと桜に言った……らしい。

優しさ。
おそらくそれが、そういう感情なんだろう。

心配させないように。自分に、余計な気苦労をかけないように。

辛さを押し殺しているんだろう。

そして限界まで自分に使用されて、死ぬ。

それが彼女の幸せなんだろう。


190 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:22:08.33 ID:mkVHEDB80
――そんなことは、幸せなんだろうか?

考えても、考えてもそれはわからないことだった。

バーリェの管理を始めてから必ず打ち当たる命題。

分からない、問い。

死ぬことが幸せなら、今生きている彼女達は一体何なんだろうか?

人間ではないのなら、一体何なんだろうか?

考えても、考えてもそれはわからないことだった。



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