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少女「それは儚く消える雪のように」 2
254 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:03:12.20 ID:qPbJwa1+0
その驚愕の事実に気付いたのは、
次の日になってからのことだった。

首を振って眠気を無理矢理払いながら、
絆はエフェッサーの本部に電話をしていた。

圭が言っていたことは、嘘ではなかった。

「眠る」という概念自体が、この子にはなかった。

――寝ない動物。

最初は本当にそんな動物がいるのかとも思ったが、
あながち嘘でもなさそうだったのだ。

数時間前には、強制的に眠りに落とす睡眠剤を
大量に投与したばかりなのだが、
当の圭は申し訳なさそうに縮みこむだけで、
全く眠る気配はない。

既に、眠らせるためのありとあらゆる
手段は尽くしていた。


255 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:05:09.61 ID:qPbJwa1+0
薬は投与しつくし、これ以上は生命活動に
悪影響を与えるかもしれないというレベルだ。

本部はこの事実を知っているのか……。

既にロールアウトされてから十七時間は経過している。

バーリェの、一日の平均活動時間は約十二時間。

きっかり二十四時間の半分だ。

一説的には、それを超過すると身体活動、
および精神面で悪影響が及ぼされると言われている。

だから絆は、必ずバーリェは十二時間程度は
寝かせるようにしていた。

何かがあって短くなっても、
少なくとも十時間の睡眠は必ず守らせている。


256 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:05:44.80 ID:qPbJwa1+0
圭がいつから起きていたのかは分からないが、
一日の平均活動時間を大幅に
オーバーしていることは事実だった。

バーリェは、基本的に体が弱い。

だからどんな個体でも、睡眠は求めるし、
何より眠っている時こそが、彼女達が現実から
解放されて自由になれる唯一の時間なのだ。

本部は、元老院は、それさえも許さないのか。

コール音を聞きながら唇を噛む。

懸念はしていた。

絆は日中帯のトレーナーだ。

もし深夜帯に死星獣が現れたり、
新世界連合の攻撃が開始されてしまったら
対応が出来ない。


257 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:06:18.22 ID:qPbJwa1+0
現段階で、絆ほど人型AAD操縦で
戦果を上げているトレーナーはいない。

もう一人別に、特別なバーリェを使役するトレーナーを
確立するものだとばかり思ってはいたが、
元老院、本部の対応はその予想の斜め上を行っていた。

バーリェが眠ることが弊害ならば。

眠らせなければいい。

……まさに鬼畜の所業だ。

その発想に、他ならぬ自分の組織が行き着いたのかも
しれないという事実に戦慄する。

圭がもし、このまま一生眠らないとしたら。

彼女は、一体どんな人生を歩むことになるのだろうか。

空恐ろしくなった。


258 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:06:51.35 ID:qPbJwa1+0
絆の部屋には、今は誰もいなかった。

霧と雪は寝室で眠っている。

外では太陽が昇り始めていた。

圭は、渚が面倒を見ている。

また何回かコール音がして、
本部の女性職員が応答した。

『おはようございます、絆特務官。
どうかされましたか?』

静かに問いかけられて、
絆は押し殺した声でそれを返した。

「昨日ロールアウトしたS678番についてです。
重要な話です。即担当医に繋いでください」

『かしこまりました』


259 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:07:32.42 ID:qPbJwa1+0
保留音が流れ、しばらく経って
男性医師の声が聞こえた。

『何かありましたか?』

淡々と呼びかけられ、
絆は語気を荒くしてそれに返した。

「何もないとは言えないな。よくロールアウトしたもんだ。
あなた達の判断には怖気がしますよ」

低い声で言った絆の言葉を理解できなかったのか、医師は

『……は?』

と気の抜けた返事を返して、少し考えてから続けた。

『不具合ならば報告書を通してご連絡ください。
番外個体ですということは、先にお伝えしている筈です』

「あの子は番外個体じゃない。
『特異個体』だ。あなた達は、
一体何を創り出したか分かってるのか!」


260 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:08:11.37 ID:qPbJwa1+0
思わず携帯電話の向こう側に怒鳴る。

怒鳴られた医師は、また少し考えた後静かに返した。

『……仰られている意味がよく分かりません。
状況確認をさせていただいてもいいですか?』

苛立たしげに舌打ちをして、絆は

「分かりました」

と返し、一連の圭の様子を医師に伝え始めた。

徐々に携帯電話の向こう側が息を呑むのが分かった。

医師はしかし、しばらく考えてから
小さく笑い、絆に返した。

『「眠らない」バーリェ? 確かにその研究は
なされていますが、成功した例はありません。
初期混乱なのではないですか?』


261 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:09:00.63 ID:qPbJwa1+0
「あなた達はS93(霧のこと)の時も、
同じことを俺に言いましたね。
分かっているんですよ。
あの子は、死星獣とバーリェのハーフだってことは!」

『…………』

「それを更に改良して、キメラ(合成体)を
創り出したな? もはや自分達でも、あの子が
何なのか分からないんだろう。
だからあんな姿のまま俺に預けた。違うか!」

言葉が強くなり、絆は押し殺した声で怒鳴った。

「あの子の右腕と両足、右目だけじゃなくて、
睡眠まで奪ってあんた達は、
そこまでして生き延びたいのか! 
おかしいよ……おかしいだろ、そんなの!」

『絆特務官、あなたが何を仰っているのかが
よく分かりませんが……』


262 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:09:43.65 ID:qPbJwa1+0
医師は、おそらく正直に言ったので
あろう言葉を淡々と返すと、静かに続けた。

『眠らないのならば、かえって効率的ではないのですか?』

「……何?」

問い返した絆に、医師は何の疑問も抱いていない声で言った。

『二十四時間、敵の脅威に対応することが可能です。
無論、どうしてそのような弊害が生じたのかは
詳しく調査をさせていただきます。
しかし、元々バーリェとは戦闘に使うために生み出された
弾丸生命体です。四肢のどこが欠損していようと、
眠らなかろうと、結果的に戦果を発揮できれば
それでいいのではないでしょうか』

「…………」

絶句して絆は息を呑んだ。


263 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:10:18.77 ID:qPbJwa1+0
こいつらは……。

こいつらは、悪魔だ。

人間はいつからこんなにおぞましくなった?

いつからこんなに、邪悪になってしまったのだ。

『違いますか?』

医師に畳み掛けられ、絆は唾を飲み込んでから言った。

「…………分かりました。この件に関しては、
本部を通して正式に抗議をさせていただきます。
とぼけるのならばとぼけ続ければいい。
だが、いつまでもそんな厚顔無恥が通ると思うなよ……!」

『……かしこまりました。では』

ブツリ、と電話が切られた。


264 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:11:03.32 ID:qPbJwa1+0
絆は携帯電話をしばらくの間見つめていたが、
それをベッドに叩きつけて荒く息をつき椅子に腰掛けた。

しばらく呼吸を整えてから、松葉杖をついて、
やっとのことで階段を降りる。

居間の扉を開けると、電気をあかあかとつけて、
圭はソファーに腰掛けてボーッとテレビを見ていた。

ニュース番組だ。

また、スラムの虐殺について報道が成されているが、
最近では民間人に新世界連合の意思に賛同する者が
出てきたため、報道がある程度は
自粛される流れになってきていた。

以前のように無修正の虐殺動画が
流されるようなことはめっきりなくなった。

むしろそのせいで、テレビの向こうの出来事が
嘘の世界のことのように思えてしまうのだから、
不思議なものだ。


265 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:11:40.81 ID:qPbJwa1+0
一瞬圭が眠っているものだと勘違いし、
絆は隣に腰掛けていた渚に視線をやったが、
彼女は顔を上げて絆を見て、首を振った。

ため息をついて近づいてきた絆の方を振り向いて、
圭は口を開いた。

「……本当に申し訳ありません。
まだ、ご説明いただいたように『眠たく』はなりません。
何だかご心配をおかけしてしまったようで、心苦しいです……」

「謝ることはない
……ただ、その事実には少し驚いてるけど……」

絆は開けっ放しになっていた薬棚に近づいて、
器具と薬をしまって扉を閉めた。

睡眠剤が効かないのならば仕方がない。

処置の仕様がない。


266 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:12:13.03 ID:qPbJwa1+0
「特務官、少し休まれてください。
圭ちゃんは、私が見ています」

渚が、疲れと体の痛みに顔をしかめた絆を見てそう言う。

絆は頷いてから渚に返した。

「……そうさせてもらうとする。
圭、渚さんと一緒に、しばらくテレビでも観ててくれ。
朝食は七時からだ。霧が作ってくれる」

夕食は問題なく圭は食べていた。

無論無事な方の左手だけしか使えないので、
スプーンでたどたどしくシチューを口に運んでいたが、
特に食事に対する抵抗はないようだった。

……感想もなかったが。


267 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:12:46.67 ID:qPbJwa1+0
一生懸命練習したらしい霧が、

「どうですか?」

と勢い込んで聞いたところ、圭は

「何がですか?」

と不思議そうに問い返して、
食事を終えてしまったのだ。

しょんぼりした霧と雪を風呂に追いやり、
圭に投薬を開始して、
彼女が眠らないことに気がついてから今に至る。

雪達の後、渚に風呂介助をされて
さっぱりした風の圭だったが、
それに対する感想もなかった。

まるで、本当に「何も感じていない」かのようだ。


268 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:13:22.71 ID:qPbJwa1+0
食事を作ってもらった、
風呂に入れてもらった、
人の手を借りたということは、
分かっているらしい。

迷惑をかけたということも分かっているようだ。

しかし、それに対する感謝の気持ちがないようだった。

当初の霧もそうだったが、
彼女の場合は我が強すぎたために、
そのような気持ちが隠されてしまっていただけだ。

それとはまた違うタイプの話だ。

無論、すまなそうな顔をしたり、謝ったりはしている。

しかしまるで空気を押しているかのような
……話していてそんな印象を受けるのだ。

圭は、しかしそんなことを考えながら
背中を向けた絆に、慌てて声をかけた。


269 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:13:56.92 ID:qPbJwa1+0
「特務官様」

「……何だ?」

そんな風に呼ばれるのは初めてのことだったので、
少し沈黙してから振り返る。

圭は、少し言い淀んでいたが、
やがて息を吸って小さな声で言った。

「戦闘訓練、してみようと思います……」

「……本当か? どうして?」

「ずっと考えていました。
私、もしお役に立てるのでしたら、
どちらかというとお役に立ちたいです。
勿論無理かもしれません。
出来なかった時は、怒らないでいただけるのでしたら
……訓練を受けます」


270 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:15:17.31 ID:qPbJwa1+0
「AADに乗るのは、嫌じゃないのか?」

「大丈夫だと思います。よく分かりませんが……」

自信がなさそうにもごもごと呟いて、
圭は下を向いた。

絆は頷いて渚に目配せをした。

「分かった。昼に、どっちにせよお前を連れて、
もう一回軍病院に行く。
大丈夫なようなら、戦闘訓練を考えてもいい」

「ありがとうございます」

そこで初めて、安心したかのように圭が微かに笑った。

「何だ……ちゃんと笑えるじゃないか」

絆は少しだけ安心して、
圭に近づくと、優しくその頭を撫でてやった。

圭のその顔を見て、少しだけ安心出来たような
気がしたのだった。


271 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:16:26.78 ID:qPbJwa1+0
お疲れ様でした。

次回の更新に続かせていただきます。

引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
遠慮なさらず書き込みをいただけますと嬉しいです。

それでは、今回は失礼させていただきます。


275 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/30(金) 05:50:59.85 ID:ZemPL6jso
寝る事が出来ないじゃなくて分からないなら精神的に大分辛そうだね
人だと睡眠取らないと過労で亡くなっちゃうし
お疲れ様


276 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/31(土) 22:22:48.64 ID:FSFT7ye80
こんばんは。

圭の場合は、やはり過労というのが重要な話になってきます。
その辺りも絡めて書かせていただきたいと思います。

続きが書けましたので、投稿をさせていただきます。

お楽しみいただければ幸いです。


277 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/31(土) 22:23:49.89 ID:FSFT7ye80


少し眠ってから圭を連れて軍病院に
行った時には、既に太陽は中天に届く頃だった。

渚にも休息をとってもらわなければならないので、
本部に連絡して臨時担当のバーリェ専門保護師を呼んでおく。

その女性に霧と雪の管理を任せ、出てきて今に至る。

軍病院に来たのは、いまだ全く眠くならないらしい
圭の現状について、担当医と直接会って話をしたい
ということもあったのだが、絆自身の怪我の治療もあった。

まだ、折った骨は繋がっていない。

金具が入っている場所もある。

雪と霧には心配させないよう、強がって言っては
いたが、体は悲鳴を上げていた。

何しろ、本部で一目絆を見た渚が、
住み込みで手伝いたいと申し出たほどだ。


278 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/31(土) 22:28:13.21 ID:FSFT7ye80
それほど満身創痍の姿をしているらしかった。

タクシーの座席に寄りかかりながら息をついた
絆を見て、圭が口を開いた。

「執行官様、戦闘訓練に行くのですか?」

問いかけられ、絆は顔を上げ、
僅かに憔悴した顔を圭に向けた。

「いや……その前に、俺の怪我を治したいから、
そっちの病院に行ってもいいか?」

圭は不思議そうに絆を見た。

「怪我……?」

「ああ、見て分からないか?」

「そういうお体だと思っていました」

左手しかない体を僅かに動かして位置を
調整してから、圭は絆から視線を離して窓の外を見た。


279 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/31(土) 22:29:06.16 ID:FSFT7ye80
「……そのようなわけでは、ないのですね」

どこか寂しそうな言葉を聞いて、
絆は口をつぐんだ。

そしてしばらく押し黙ってから言う。

「残念ながら、俺に障害はない。
だけど、しばらくはこのままだ」

ギプスがはめられた手を伸ばして、圭の頭を撫でる。

「お前と一緒だな」

「一緒……?」

怪訝そうにそう問いかけ、彼女は少し考えた後呟いた。

「……そう、ですね……」

「…………」


280 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/31(土) 22:29:48.66 ID:FSFT7ye80
正直な話、絆にさえも障害をもつ
人間の気持ちは分からなかった。

絆は、遺伝管理をされて生まれてきたいわば
「優性種」にあたる人間だ。

クランベなどには障害者が多いとは聞くが、
それも伝聞だけで、本当のことかどうかまでは
良く分からない。

その不確定な知識だけだったが、
絆は雪がそうであるように、
障害を持つ子はその分他の子よりも
繊細な面を持つことを知っていた。

圭も、あまり表情や態度には出ないが同様に繊細な筈だ。

むしろ絆は、彼女の物憂げな態度が
その裏返しであると考えていた。

……まずは、自分に慣れさせなければならない。


281 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/31(土) 22:30:30.36 ID:FSFT7ye80
それこそ、触れて壊れる綿菓子のように
繊細に扱わなければ、おそらく慣れてはくれない。

焦らず、時間をかけてやるべきだ。

看護士の女性に付き添われて圭が待つ廊下に出てきた時、
しかし絆は、当初の元気はどこかに行ってしまい、
有体に言えばヘロヘロの状態になっていた。

車椅子の隣のソファーにどかりと腰を降ろして息をつく。

金具を入れられた場所を随分と弄られた。

ギプスが取り替えられて新しいものになっているが、
まだ麻酔が効いていて足の一部に感覚がない。

疲れた風の絆を見て、圭は首を傾げて口を開いた。

「どうかされたのですか?」

「いや……少し疲れただけだ。心配するな」


282 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/31(土) 22:31:06.85 ID:FSFT7ye80
「別に心配はしていませんが、何だか凄く
切羽詰まっている風にお見受けしましたので……」

……切羽詰まっている?

そう見えるのか。

息をついて、背もたれによりかかる。

まぁ、その通りかもしれない。

エフェッサーも、軍も切羽詰まっている。

他ならぬ自分も、少なからず追い詰められてはいる。

何に、ではない。

状況にだ。

「そうかもしれないな……
それよりお前、どうして待合室で待ってないんだ?」



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