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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
- 907 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/10/25(木) 17:35:58.64 ID:CgQnpWSV0
「起動……起動させなきゃ。起動させなきゃ……」
顔の脇についている丸いスイッチを回転させる。
それは金庫のダイヤルのようになっていた。
「上野……金庫……そうだ!」
理緒の脳裏に、数年前騒がれた事件がフラッシュバックする。
裏金取引。
それが行われたと雑誌に報じられたのが、上野。
その日付は、四月十七日。
四、一、七とダイヤルを合わせ、理緒はボタンを強く押した。
ガピッ、という音がして、男の体が硬直し、
モニターに白い球体が映し出された。
- 908 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:36:33.05 ID:CgQnpWSV0
「核……見つけた……! この中だ!」
理緒はモニターに手を突っ込んで、
水面のように手を飲み込んだそこから、中核を抜き出した。
「どうしよう……どうしよう……!」
パニックになりながら、彼女は這って出口に向かって逃げようとした。
そこで理緒は、汀が一貴の日本刀に肩を刺し貫かれ、
悲鳴を上げたのを目にした。
そのまま壁に磔にされ、汀は激痛に歯軋りしながら、一貴を睨んだ。
『どうした? 汀がやられたのか!』
圭介の声に、一貴が喉の奥を震わせて笑う。
「だから無理だって。なぎさちゃんは僕には逆らえない。
『そうできてる』んだ」
- 909 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:38:28.73 ID:CgQnpWSV0
日本刀を手放し、一貴は悠々と理緒に向かって歩いてきた。
岬が、日本刀を手で掴んで抜こうとしている汀に
ショットガンの銃口を向ける。
「ごめんね、なぎさちゃん」
パンッ! と軽い音がした。
小白が鳴き声を上げたのとほぼ同時だった。
顔面を銃弾の嵐に打ち貫かれた汀が、ビクンビクンと痙攣し、
原形をとどめていない頭部を揺らす。
パン、パン、と体に向けても岬は発砲した。
魚のように汀の体が跳ね、やがて動かなくなる。
『汀のバイタルが消えた……? 理緒ちゃん、どうした!』
- 910 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:39:20.90 ID:CgQnpWSV0
圭介がマイクの奥で大声を上げる。
そのヘッドセットを踏み潰し、一貴は震えている理緒の前で、
血まみれの姿でしゃがみこんだ。
「さ、それ渡してくれないかな?」
理緒がブンブンと首を振って、中核を強く胸に抱く。
ため息をついて、困ったように頭を掻き、一貴は手を振った。
パン、と理緒が頬を張られ、単純な暴力に唖然として床を転がる。
彼女が倒れた拍子に手放した中核を、岬が拾って、
そしてニッコリと笑った。
「いっくん、もう帰ろ」
「そうだね」
- 911 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:39:57.08 ID:CgQnpWSV0
頷いて一貴は、壁に縫いとめられた汀の前でおろおろしている
小白に目を止め、そして視線を、
頬を押さえて呆然としている理緒に向けた。
「殴られるのは初めて?」
嘲笑するようにそう言って、彼は肩をすくめた。
「なぎさちゃんの精神はもらっていくよ。
本当は君の夢座標も知りたかったんだけど、
今回はなぎさちゃんだけで満足する。
そろそろ僕達のハッキングも逆探知されるだろうし」
そう言って、一貴は動かない躯となった汀の、
滅茶苦茶に破壊された胸に手を伸ばし、グチャリとかき混ぜた。
そしてかろうじて原形をとどめている心臓を掴みだす。
「どうして!」
理緒はそこで大声を上げた。
- 912 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:40:32.54 ID:CgQnpWSV0
「どうして汀ちゃんを……」
「まだ殺してない。一時的に黙らせただけさ」
心臓をいとおしむように手でもてあそんで、
一貴はニッコリと笑った。
「じゃ、そういうことで」
岬が一貴と目配せをして、手に持った田中敬三の中核を握りつぶす。
途端、精神世界がグニャリと歪んだ。
理緒はそこで、意味不明な声を上げながら、
転がって近くの自動小銃を手に取った。
そして無我夢中で引き金を引く。
奇跡的に一発、銃弾が一貴の肩を貫通した。
彼が手を揺らし、汀の心臓を床にべシャリと落とす。
- 913 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:44:54.29 ID:CgQnpWSV0
「あ……」
拾おうとした一貴に体ごとぶつかり、
理緒は心臓を拾ってゴロゴロと地面を転がった。
そして踏み潰されてピーピーと音を立てている
ヘッドセットに向かって大声を上げた。
「回線を遮断してください! 早く!」
小白が走って来て、理緒の肩に掴まる。
歪んだ世界の中で、
一貴が慌ててこちらに向けて手を伸ばし……。
そこで、理緒の意識はブラックアウトした。
- 914 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:46:05.15 ID:CgQnpWSV0
★
肩を抱いて震えている理緒に近づき、
圭介は彼女に温かいココアの缶を渡した。
「少しは口に入れたほうがいい」
そう言われて、缶を受け取り、プルトップを開けようとするが、
理緒はそこでそれを取り落とした。
圭介が息をついて缶を拾い上げる。
「すまなかった。
テロリストをこっちで抑えることが出来なかった。大損害だ」
「そんがい……」
理緒はそう言って、隣で鼻にチューブを入れられ、
沢山の点滴台に囲まれている汀を見た。
- 915 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:46:57.73 ID:CgQnpWSV0
「高畑先生はどうしてそうなんですか……
汀ちゃんが、夢の中で殺されちゃったんですよ……」
理緒の言葉には覇気がない。
彼女は椅子の上で膝を抱えて、頭を膝にうずめてから呟いた。
「もうやだ……もうやだよ……」
「…………」
沈黙した圭介の後ろから、そこで聞き知った声がした。
「理緒ちゃん、無事だったか……!」
顔を上げた理緒に、看護士に支えられた大河内の姿が映った。
「大河内先生……!」
思わず椅子から降り、彼女は大河内に近づいた。
- 916 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:48:27.05 ID:CgQnpWSV0
「起き上がって大丈夫なんですか?
とっても心配したんですよ……!」
「もう大丈夫だ。多少声がかすれているがね……」
苦しそうにそう言い、大河内は、椅子に座ってココアの缶を開けて、
中身を喉に流し込んだ圭介の胸倉を掴み上げた。
「お前……」
「先生、お体に触ります!」
看護士が慌ててそれを止める。
圭介は、しかし大河内に掴み上げられたまま、深くため息をついた。
「離してくれないか? 一度に三十人のマインドジャックをして、
今尋常じゃないほど疲れてるんだ。
これにこの失態だ。お前の相手をしている気分じゃない」
- 917 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:49:27.75 ID:CgQnpWSV0
「この……外道め……!」
大河内が看護士を振り払い、圭介の頬に拳を叩き込んだ。
そして激しく咳をして床に崩れ落ちる。
殴られた圭介は、飛んだメガネを拾い上げると、
頬をさすって起き上がった。
そして無表情のまま、固まっている理緒を見る。
「……今日はここに泊まっていきなさい。
君の分の病室を用意させる。大河内も、部屋に戻った方がいい」
「高畑先生……!」
理緒はそこで圭介に言った。
「何だ?」
- 918 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:50:53.27 ID:CgQnpWSV0
「訳が分からないんです……
ちゃんと説明してくれませんか……?」
おどおどとそう聞いた彼女に、圭介は向き直ってから答えた。
「そんな義理はないね」
「高畑、卑怯だぞ……!」
大河内が肩を怒らせながら立ち上がる。
そして汀を手で指した。
「お前がいながら、どうしてここまで追い込んだ……!
罠にかけるつもりが、逆に撃退されるとは恐れ入ったよ!
元特A級スイーパーとは思えないな!」
それを聞いて、理緒は呆然として圭介を見た。
「元……特A級……? 汀ちゃんと同じ……」
- 919 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:51:42.86 ID:CgQnpWSV0
圭介は眉をひそめて立ち、大河内に向き直った。
そして白衣のポケットに手を突っ込んで彼を睨む。
「部外者の前でその話をするな」
部外者呼ばわりされ、
理緒が歯を噛んで口を挟もうと声を出そうとした。
それを手で制止し、大河内は息をつきながら圭介を睨んだ。
「何人犠牲にした? 何人の子供を殺した!」
「やっていることはお前となんら変わりはない。
俺はその確立を上げただけだ」
「何だと!」
「大河内先生やめて!」
理緒が青くなって、殴りかかろうとした大河内を止める。
- 920 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:52:18.36 ID:CgQnpWSV0
「誰がやってもこの結果になっていただろう。
ナンバーXは、『変異亜種』だ」
圭介が淡々とそう言ったのを聞いて、大河内は手を止めた。
「何……?」
「俺達じゃ止められない。同じ変異亜種が必要だ。坂月のような」
「ふざけるな! スカイフィッシュへの人体変異なんて、
もう起こらないと、当の坂月がそう言っていたでは……」
「その坂月はどこにいる?」
口の端を歪めて笑い、圭介は目を細めて大河内を見た。
「あの男を信用したいお前の気持ちは分かるが、
無駄だと何回も言っただろう。人間はスカイフィッシュに変わる。
それが、あの正体不明の物体の正体だ」
- 921 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:52:52.55 ID:CgQnpWSV0
「お二人とも……一体何の話をしているんですか……?」
理緒が青くなってそう問いかけた。
「坂月先生が関わっているんですか?
私にも何が起きているのか、説明してください!」
悲鳴のような声を上げた理緒を、淡々とした目で圭介は見た。
そして椅子に腰を下ろす。
「……いいだろう。教えるよ。大河内も座った方がいい。死ぬぞ」
看護士に促され、大河内は息をつきながら、汀の脇に腰を下ろした。
圭介は看護士に出て行くよう、目で追い出すと、
扉が閉まったのを確認して、理緒を見た。
「さて、何から話せばいい?」
唐突に問いかけられ、理緒は口ごもって下を向いた。
- 922 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:53:27.88 ID:CgQnpWSV0
「え……あの……」
「さっき、俺もマインドスイーパーだったのかと聞いたな。
その通りだ。大河内も、坂月もマインドスイーパーだった。
それどころじゃない。今の赤十字病院を動かしている医者のほとんどが、
マインドスイーパーの『生き残り』だ」
「生き残り……?」
「ああ」
テーブルに置いた、ぬるくなったココアを喉に流し込んで、
圭介は息をついた。
「生き残ってしまった者達の集まりさ。赤十字ってのは」
「お前は……
あの時に全滅していれば良かったとでも言うつもりか……?」
大河内が押し殺した声を発する。
- 923 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:54:17.14 ID:CgQnpWSV0
圭介は一瞬沈黙してから、大河内を見ずに淡々と言った。
「そうすれば、自殺病がここまで拡大することもなかった」
「…………」
大河内が言い返そうとして、しかし失敗して深く息を吐く。
そして彼は、頭を手で抑えた。
「図星を突かれたか? だから、俺はお前達を許さない」
圭介は裂けそうなほど口を広げて、笑った。
その顔に理緒がゾッとする。
「許せるか? 許せるわけがない。
俺は、お前達を、絶対に、許さない」
舐めるようにそう呟いて、
圭介はココアを喉に流し込み、クックと笑った。
- 924 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:54:54.47 ID:CgQnpWSV0
「理緒ちゃんが遭遇したのは、紛れもないスカイフィッシュだ。
もう既に人間じゃない」
「ど……どういうことですか?」
「スカイフィッシュは、元は人間なんだよ」
圭介はそう言って、理緒を見た。
「そもそも君は、あの得体の知れない化け物を、何だと思う?」
「何だとって……汀ちゃんは、
トラウマの投影だって言ってましたけれど……」
「そういう認識なのか。だからやられるんだ」
圭介は小さくため息をついて、缶をテーブルに置いた。
- 925 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:55:31.72 ID:CgQnpWSV0
「スカイフィッシュとは、DIDで分裂した人間の精神だ。
分かるかい? マインドスイーパーは既に、
DID(精神分裂病)にかかっている患者なんだよ」
「え……?」
呆然とした理緒に、抑揚なく圭介は続けた。
「君のような特殊な温室育ちとは、汀達が違うことは、
いい加減理解できているだろう。
マインドスイーパーは他人のトラウマに接触すると、
それだけ要因不明のトラウマ……
つまり、データで言うとデフラグし忘れたエラーのようなものを
心に蓄積させていく」
「高畑……それは、実証されていない仮説だ」
「だが現実だ」
椅子をキィ、と揺らして、圭介は続けた。
- 926 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:56:20.05 ID:CgQnpWSV0
「蓄積されたエラーは、
されればされるほど強力なトラウマとなって心を侵食する。
だから、強力なマインドスイーパーの夢に出てくるスカイフィッシュほど、
夢の持ち主がかなうわけはないんだ。
自分自身の恐怖心が分裂した、と言えばより分かりやすいかな」
「じゃあ……私が汀ちゃんの夢の中で見た坂月先生は……」
理緒がそう言うと、圭介は表情を暗くして声を遮った。
「それは君の見間違いだろう」
「でも、確かに私……」
「坂月の分身は俺が殺した。この手で確かに破壊したんだ」
そこで言葉をとめた圭介から大河内に、理緒は視線をシフトさせた。
大河内も俯いて、苦そうな顔をしている。
- 927 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:56:54.44 ID:CgQnpWSV0
「……あの……じゃあ、工藤さん……」
「工藤?」
「あ、いえ……」
口ごもってから理緒は言った。
「ナンバーXという人は、どうして夢の中で自由に、
スカイフィッシュになれるんですか?」
「精神が分裂しないまま、トラウマに侵食されたパターンだ。
やがてはトラウマに食われて死ぬだろう。
だが、それだけに力は強大だ。
ありとあらゆる恐怖心の塊なわけだからな。
夢の世界で、その変異亜種にかなうわけがない」
「じゃ……じゃあ、またハッキングされたら……」
「防ぐ手はないな」
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