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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
504 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:51:40.07 ID:m5ojbmPA0


「高畑汀を……手放した?」

信じられないような調子で聞かれ、
圭介はココア缶のプルタブを開けて中身を口に流しこんでから、
息をついて言った。

「ああ。治療中に患者の命を盾に取る行為は、重度Aの危険行為だ。
言い逃れは出来ない」

「だからって……あなたにあそこまでボロボロになって協力してた子を、
使い捨てるつもりなの!」

掴みかからんばかりに大声を上げたソフィーに、
圭介は薄ら笑いを浮かべて言った。

「使い捨てる? 違うな」

「……?」

「あんな便利な道具、そう簡単に無条件で手放すわけはないだろう」

クックと笑って、圭介は缶をテーブルに置いた。


505 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:52:19.14 ID:m5ojbmPA0
そして片手で醜悪に笑っている顔を隠しながら、
不気味に光る目でソフィーを見た。

「……どういうこと? 話がさっぱり見えないわ」

「さしあたっては、約束通りに君の腕の治療を行おう。
俺は嘘をつくのは嫌いだからな」

「気になっていたのだけれど……
スカイフィッシュに斬られた腕の手術なんて無理よ。
あなたにどんなあてがあるのかわからないけれど……」

「オペ(手術)なんてしない。
君には悪いが、新型システムのモニターになってもらいたい」

「新型……システム?」

聞きなれない不穏な言葉に、ソフォーが色をなす。

「まさか……!」

「察しがいいな。さすが天才だ」

頷いて圭介は椅子に腰を下ろした。

そして青くなったソフィーを見上げる。


506 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:53:04.04 ID:m5ojbmPA0
「何も精神治療にはナンバーIシステムだけが開発されていたんじゃない。
医療技術は日進月歩。
様々なものがある。
中には、無認可の危険なものもな」

「…………」

「君に受けてもらいたいのは、移植処置だ。精神のな」

「そんな危険な施術を試すと思う?」

押し殺した声でそう返したソフィーに、圭介は鼻で笑ってから答えた。

「受けるさ。君は何としても自由に動く体がほしいはずだ」

「…………」

「腐った精神を切り離して、新しい腕を接合する。
理論的には何ら問題がない移植作業だ」

「それが許されるのなら、あなたが一番嫌うロボトミーも許されるはずだわ」


507 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:54:15.87 ID:m5ojbmPA0
「一緒にしないでほしい。
今回は、きちんと施術用に精神構築された腕を、君に『接続』する。
成功率は限りなく99%に近い。
拒絶反応さえでなければの話だがな」

「…………」

答えることが出来ないソフィーに、小さく笑ってから圭介は言った。

「もう後戻りはできない。
俺も、君も。
汀も、大河内も、もう戻ることは出来ない。
ただ、今活動するためには君の腕が足りない。
それに、汀の存在はマイナスにしかならい。
だから一時的にリリースした。それだけだ」

「……やっぱりあなたは、高畑汀をただの道具だとしか思っていないのね……」

「俺だけじゃない。
たとえ大河内でさえ、大人は皆自分以外のものは、悲しいかな道具だとしか捉えていない。
苦しいことだが、それが大人から見た世界なんだよ。
それが分からない君たちは、まだこの世界で生きていく資格を持っていない、
人間以下の存在だとしか俺には言えない」


508 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:54:55.97 ID:m5ojbmPA0
悔しそうに唇を噛んで、ソフィーが黙りこむ。

そして彼女は顔を上げ、圭介に言った。

「……分かったわ。私にも私の事情がある。
施術を受ける。どうすればいいの?」

「三日後、君の夢の中に専門のチームをダイブさせて行う。
その後、君にはある場所にダイブしてもらいたい」

「……施術直後に動けるかしら……」

「所詮精神の切り貼りだ。現実の傷ではない」

「よく真顔でそんなことが言えるわね……!」

「夢傷それそのものが原因で死んだ人間は存在しないからな」

端的にソフィーにそう返し、圭介は夜の景色を映す東京都の窓の外を見た。

「汀は必ず俺のところに戻ってくる。
それがあいつの贖罪なんだ。
あいつは、俺のところに戻らざるをえないカルマを背負ってる。
まだ汀は、何一つとして目的を達成していない」


509 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:55:26.30 ID:m5ojbmPA0
呟くようにそう言った圭介の顔を見て、
ソフィーは発しかけていた言葉を止めた。

不気味な表情だった。

視線だけが無機的で、口元が笑っている。

その、どこか壊れたような顔を見て、ソフィーは一つのことを確信していた。

この人達は壊れている。

自分とは、違う。


510 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:56:15.52 ID:m5ojbmPA0


汀の車椅子を押しながら、
大河内は多数の医師に囲まれた状態で空港を歩いていた。

医師の周りには、やはり多数のSPがついている。

看護師の女性が、他の人に聞こえないように大河内に耳打ちをした。

「先生、やはりこの子を沖縄まで『隔離』するのは、時期が早いのでは……」

「大丈夫だ。何も問題はない」

短くそう返して、大河内は車椅子の上で、
片手で3DSをいじっている汀の肩を叩いた。

3DSを膝の上において、耳につけていたイヤホンを外した汀が、
大河内を見上げる。

「どうしたの、パパ?」

「そろそろ飛行機に乗るから、ゲームをしまった方が良い」


511 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:56:56.91 ID:m5ojbmPA0
「わぁ、私飛行機はじめて!」

ニコニコしながら汀が近くの看護師に3DSを渡す。

「眠くないかい?」

「大丈夫、たくさん寝てきたから!」

元気にそう言う汀に、大河内はニッコリと笑いかけて言った。

「そうか。
医療機関の特別ファーストクラスだから不便はないと思う。
病院のみんなも同席してくれる」

「私とパパの旅行なのに、みんなに悪いね」

そう言った汀に、近くを歩いていた看護師の女性たちが
ニコニコしながら何かを言う。

大河内は会話をはじめた彼女達から目を離し、
どんな要人が飛行機に乗るのかという好奇の視線に囲まれた状況で、
周囲に視線を這わせた。

それが、ゲート近くにポケットに手を突っ込んだコート姿の男が
立っているのを見て停止する。


512 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:57:39.99 ID:m5ojbmPA0
大河内は汀に

「すぐ戻るから」

と囁いて、近くの看護師に車椅子を預け、
SPを数人引き連れて男のところに近づいた。

ニット帽を目深に被り、サングラスをかけた男。

白髪だ。

大河内は彼の前に立つと、
SP数人に周りを固めるように指示をして、押し殺した声を発した。

「……ここで何をしてる、マティアス」

マティアスと呼ばれた、汀の精神にダイブした
「精神外科医」はサングラスをずらして大河内を見て、
口の端を歪めて裂けそうに笑ってみせた。

「監視」

端的にそう言ったマティアスの視線が動く。


513 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:58:27.77 ID:m5ojbmPA0
ハッとした大河内の目に、マティアスの視線の先に、
空港に数人同じようなコートにサングラス、白髪の人影があるのが映る。

「北ヨーロッパ赤十字は、高畑……失礼、『大河内汀』のことを、
最重要、危険度AAAの観察対象として認定したんだ。
僕は彼女の精神手術を担当した手前、こうして出向いてきたってわけ」

大河内は歯を噛んでマティアスを睨みつけた。

「丁度良かった……お前には言いたいことがあったんだ」

「血圧上がってるな、『パパ』? 
どうだい、悪い気はしないだろう?」

「私と汀ちゃんはそういう関係ではない。
よくも間違ったインプラントをしてくれたな」

「そういう関係じゃないって……じゃあどういう関係なんだ?」

あくまで軽く、のらりくらりと怒りをかわされ、
大河内は額を抑えて息をついた。


514 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:59:31.94 ID:m5ojbmPA0
「……説明したくはないな。
言いたいことはそれだけじゃない。
汀ちゃんの記憶が、マインドスイーパーとしての強制記憶と一緒に、
一部かなり欠落してる。
いい加減な仕事をしたな!」

「言葉遣いに気をつけなよドクター。
誰に対して言っているんだ?」

マティアスはニヤニヤした表情を崩さず、大河内の肩にポンポンと手を置いた。

「彼女の膿んだ精神夢傷の手当ては、完璧に済んだ。
何、その周囲の精神真皮ごと切り取ったから、
縫合後は記憶の大部分欠落が見受けられるけど、
それに相当する分の『都合のいい思い出』はインプラントしておいた。
もうあれは、高畑圭介の使っていた道具じゃない。
ドクターの、娘だよ。
戸籍も書き換えてある」

「私の娘としての思い出を埋め込んだな……何てことを……」

「だから何を憤ってるんだ? ん? もしかしてあの子は……
『娘的ポジション』ではないのか? おいおい……」

呆れたように腕組みをして、マティアスは息を吐いた。


515 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:01:25.02 ID:m5ojbmPA0
「ペドフィルだったのか、あんた」

「冗談を言っている場合ではない。
あんなのは汀ちゃんじゃない!」

「やれやれ……十三歳だぞ。
日本人の法律や価値観、趣味嗜好はよく分からないな……
変態が多い国だとは聞いていたけど、まさかここまでとは……」

「あれでは別の人間だ。
完全にフォーマットされてる。
ある程度の価値観は残すべきだ」

「具体的には?」

「……具体的と言われても……」

口ごもった大河内の肩をまた叩き、マティアスは言った。

「……ま、僕らは沖縄までしばらくの間、と言ってもミギワさんの
監視命令が撤廃されるまで専属医として同行する。
GDの意向だから、ドクターの身柄も保証できるよ。
その方がドクターとしてもありがたいんじゃないかな」

「…………」


516 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:02:16.87 ID:m5ojbmPA0
「……反乱分子は、テロリストとどうも繋がっているらしくてね。
ヨーロッパ赤十字は、血眼になって探してる。
慎重にならざるをえない背景、ドクターなら理解できるよね? 
あんたの趣味に合わないっていうなら、
アフターサービスで少しくらいは、あの子の性格をいじってあげるよ」

これ以上喋っても無駄だと自覚したのか、
大河内は深い溜息をついて、こちらに向けて手を振っている汀を見た。

それに手を振り返した彼に、マティアスは続けた。

「元気に動いてるじゃないか。
それとも、あの悪夢の中で血まみれで転がってた方が幸せだったって、
ドクターはそう仰るのかな?」

「そういうわけじゃ……」

「じゃ、僕は先に飛行機に乗ってるよ。
彼女、だいぶはしゃいでるようだけど気をつけなよ」

「どういう意味だ?」

「……分からないならいいんだ。それじゃ、沖縄で」

ひらひらと手を振って、マティアスがゲートに向かって歩いて行く。

大河内は舌打ちをしてSPに何事かを言い、汀の方に足を向けた。


517 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:03:10.34 ID:m5ojbmPA0


「パパ、すごいよ! 雲の上にいる!」

窓際に座った汀が大声ではしゃいでいる。

大河内は、わずかに憔悴した顔でニッコリと笑ってみせた。

「ああ、そうだな。体は大丈夫かい?」

「うん、何だか最近すごく調子がいいの。
私、元気になったかもしれない」

「……そうか」

頷いて、大河内は職員からジュースを受け取って
ストローを指し、汀に手渡した。

「私も長期で休暇届を出した。しばらく沖縄で羽目を外そうか」

「うん!」

頷いた汀が息をついて、背もたれに体を預ける。

「眠いなら少し寝てもいいんだよ」


518 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:03:47.35 ID:m5ojbmPA0
「うん。でももう少し、雲見たい」

窓の外に視線をうつした汀だったが、そこで彼女の動きが止まった。

「あれ……?」

小さく呟いた彼女に、大河内が怪訝そうに聞いた。

「どうした?」

「誰か、私のこと呼んだ?」

周りにいる看護師達を見回して、汀は首を傾げた。

「男の子の声が聞こえたの。
どこかで聞いたことがあるんだけど……空耳かなぁ」

それを聞いて、一瞬停止して大河内は青くなった。

「……何だって?」

眠りにも入っていないのに。

おかしい。

立ち上がりかけた大河内の耳に、
ブツリ、という音とともに機長室からのアナウンスが飛び込んできた。


519 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:04:32.36 ID:m5ojbmPA0
『A390にご搭乗の皆様に告ぐ』

「あ……」

汀が顔を上げる。

「この声」

「え……?」

思わず聞き返した大河内は、次の言葉を聞いて息を呑んだ。

『当機は、現時点をもって我々「アスガルド」によって占拠された。
乗客の皆様に危害を加えることは、なるべくならば避けたい。
それゆえ、我々の要求を一度だけ、簡潔にお伝えしたいと思う』

「ハイジャック……!」

押し殺した声で叫んで立ち上がった大河内を嘲るように、少年の声は続けた。

『赤十字の皆さん、乗っているんでしょう? 
我々が要求するのは、「網原汀(あみはらなぎさ)」の身柄だ。
あなた達が隔離しようとしている女の子を、平和的に受け取りたい』


520 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:05:15.60 ID:m5ojbmPA0
「あみはら……なぎさ……?」

汀が小さく呟いて、不安そうに大河内を見る。

「パパ……何だか怖い……」

「…………」

大河内が無言で汀の手を握る。

『網原汀がこの機内にいることは、既に確信している。
赤十字の皆様に要求することは、「無抵抗」だ。
どうか無駄な抵抗をしないでほしい』

そこで、ウィィィィ……と、
スピーカーから聞いたこともないような音が流れだした。

高圧で鼓膜を震わせ、脳を振動させるような重低音だった。

それを聞いたSPや看護師達、大河内、汀に至るまで、
ファーストクラスエリアにいたその場の全員が頭を抑え、
ついで襲って来た猛烈な眠気に歯を食いしばる。


521 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:05:59.46 ID:m5ojbmPA0
『乗客の皆様には、これより眠っていただく。
諸君らは人質である。
我々アスガルドは、網原汀の精神中核を要求する。
もしも抵抗するのであれば、容赦なく「殺させて」いただく』

眠気に耐え切れず、看護師が一人、二人と倒れていく。

「ダイブの準備だ! 汀ちゃんを守れ!」

SP達に怒鳴り、大河内はガクン、と
首を垂れた汀の頭にヘッドセットを被せた。

「……ドクター……!」

そこでファーストクラスのドアが開いて、
ふらついたマティアスと、数人の白髪の男女が駆け込んできた。

全員ヘッドセットをつけている。

「人質全員を眠らせて……汀ちゃんの精神中核を連れ去るつもりだ……
私もダイブする。テロリストを撃退するぞ……!」

大河内も眠気で震える手でヘッドセットを装着した。

音が段々大きくなっていく。

大河内が眠気で目を閉じ、意識をブラックアウトさせたのと、
マティアス達もその場に崩れ落ちたのは、ほぼ同時の事だった。


522 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 02:07:16.90 ID:m5ojbmPA0


次回の更新、20話に続かせて頂きます。

ご意見やご質問、ご感想などございましたら、
お気軽に書き込みください。

それでは、失礼させて頂きます。


523 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/03/01(金) 10:19:12.96 ID:JkE6IkVAO
乙!!ヒヤヒヤしたー。
マティアスというとドイツ名か。微妙に国籍が分かりにくくなっているのも何かの布石か。
次回、ついにヒゲが戦闘に出る!活躍するんだぞヒゲ…
(゜谷゚;)!?



525 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/03/01(金) 12:14:21.82 ID:IcA0Q0MDO
だーれもしあわせになれないー


526 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/03/01(金) 17:03:26.92 ID:2TJa4uVL0
乙乙
オリジナルは貴重だよなあ


528 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/15(金) 13:53:33.54 ID:sFNoJMMZ0
こんにちは。

体調不良などにより停滞してしまっていました。
申し訳ありません。

書け次第UPさせていただきますので、隔週〜月刊連載ほどと
考えていただけますと幸いです。

20話の前半が書けましたので、投稿させて頂きます。



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