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魔女「果ても無き世界の果てならば」
158 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:03:36 ID:qIoBpwfI

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 僕たちの力が足りないばかりに。


 僕の魔法は一つとして通用しなかった。


 僧侶は意識を手放すその時まで、回復を施し続けていた。


 戦士の戦斧が音を立てて砕ける。


 最後には、ただ独りで魔王の前に立ちはだかり、剣を振るう勇者。

 魔王は戯れとでも言うように、それをあしらい、致命の傷を与えないように弄んだ。


魔女「悔しいよぉ……」


159 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:04:06 ID:qIoBpwfI

 なにも出来ない無力な自分が憎らしい。


 魔王城の玉座の間で悔し涙を零す。


 なぜ僕には力がない?

 なぜ僕には何も守れない?

 僧侶のような癒やしの力も。

 戦士のように身を挺して仲間を庇うことも。


 なぜ。

 僕には何もできないの?


 漆黒の雷が、玉座を包む。

 断末魔の叫びをあげることもなく、僕は意識を手放した。


160 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:05:18 ID:qIoBpwfI


勇者「魔法使い、無事か?」

 どうやら生きているらしい。


魔法使い「ここは?」


 見渡すと自分が簡素な小屋に寝かされている事がわかった。

 隣には僧侶が小さな寝息を立てている。

魔法使い「みんな無事らし……戦士の姿が無いけど?」


勇者「アイツは外で見張りしてる。 一番重傷の筈なのにな」


 まぁ、彼に何かあるというのは想像出来ないけど。


161 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:05:55 ID:qIoBpwfI

魔法使い「それよりここは?」


勇者「わからん、移動魔法を使って逃げようとしたんだけど」

魔法使い「失敗したと」

勇者「面目ない」


 あの状況でなんとかなるだけでも奇跡だ。 褒められてこそ、責められる謂われはない。

魔法使い「普段の努力不足だね。 魔法を蔑ろにするから、こうなるんじゃないか?」

 だと言うのに口から零れるのは悪態だ。 つくづく自分の性格に問題があると思い知る。

勇者「それだけ言えるなら元気って事だな」

 なんで、こんな事を言われても真っ直ぐ笑えるんだろう。

 馬鹿だよ……。


162 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:06:24 ID:qIoBpwfI

勇者「なぁ」

 不意に勇者が真剣な顔になる。
 僕よりちょっと長く生きているだけだというのに、こういう顔をすると驚くほど大人びて見える。


勇者「俺……みんなを守れなかった」


 返す言葉がなかった。


 今までどんな状況でも屈託なく笑う男だったとは思えない顔だ。
 泣き出していないのが不思議だと思う。


163 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:10:01 ID:qIoBpwfI

勇者「魔王が近くにいると思ったら、俺……我慢できなかった」


 俯いて、ポツリと呟く。

勇者「俺が弱いから……」

魔法使い「弱いのは君だけじゃないだろ……。 僕だって」

勇者「俺は勇者だ!! お前たちみたいに、あ……」

 勇者の言葉を聞いて、うまく言葉が出なかった。

 一緒に旅をしてきたのに。

 短い間だけど苦楽をともにしてきたじゃないか。

 素直にはなれなかったけど、僕は、僕たちは仲間じゃなかったの?

 言葉がでない代わりに、そんな感情の塊が瞳から溢れ出た。
勇者「……ごめん」

 勇者はそんな僕の顔を見ると「頭を冷やしてくる」とだけ言って、小屋から出て行った。


164 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:11:02 ID:qIoBpwfI

 まさか、勇者がそのまま姿を消すなんて、思わなかった。


僧侶「魔法使いちゃん?」


 数時間後、僧侶が起きた。

魔法使い「ちゃんはやめてよ」

 振り向きたくない。

 今僕は情けない顔をしてる。
僧侶「止めません。 今の貴女は、傷ついてしまった年下の女の子ですから」

魔法使い「何を言ってるの?」

 なるべく普段通りの声を心がけたつもりだったけど、声は震えていた。


165 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:11:51 ID:qIoBpwfI

僧侶「泣き顔を私に見られたくないなら、そのままでも良いですよ」

 そう言って、僧侶は僕を後ろから抱きしめた。

 甘く優しい香りがした。

 暖かくて、柔らかかった。


166 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 22:12:07 ID:qIoBpwfI

僧侶「大丈夫、皆さん貴女の仲間です。 勿論、勇者様も」


魔法使い「僕……が、もっと…つよ、強かったら、勇者にあんな顔させなくてよかったのに」


僧侶「うん、それから?」

魔法使い「僕が……強かったら…勇者は仲間だって……思ってくれたのかな?」

僧侶「貴女は貴女のままで良いのですよ? 勇者様は責任を感じておられるのです。 貴女と同じように自分の無力を嘆いているのです」

魔法使い「でも……」


僧侶「はい、心とは時には自分の言う事を聞いてくれないものです」


魔法使い「でも…」

僧侶「気が済むまでお泣き下さい。 そして、勇者様の頬でもひっぱたきに行きましょう。 もっと、仲間を頼れって」


 こんな時に優しくするとか卑怯だよ……。


171 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 23:11:49 ID:qIoBpwfI

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少年「へぇ」

 魔女を泣かせた? え? なに?

魔女「少年、顔が怖いよ?」

 えぇ、怒ってますもん。

 今なら魔女に教わった魔法をすべて使いこなせる気がします。


172 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 23:12:07 ID:qIoBpwfI

魔女「まだまだ、未熟だね。 感情の高ぶりで魔力を不安定にするなんて」


少年「え? 何のこと?」


魔女「この僕の一番弟子たる少年がこれでは僕の品格まで疑われてしまうよ」


 安楽椅子から降りて、僕を見上げる魔女。 いつの間にか魔女の方が身長が低くなってます。

 そうですよね。 ここで魔法使いの修行を始めて二年は経ちましたし。

魔女「まったく、図体ばかり大きくなってもやっぱりまだまだ君は子供だな」


少年「まぁ魔女から見ればね」


魔女「はいはい、さて、続きを話すよ、ん」


 魔女は空になったティーカップを僕に渡します。

 さて、魔女の好きな茶葉はお話が終わるまで持つのでしょうか?

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173 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/08/29(水) 23:15:15 ID:qIoBpwfI
今度こそ以上になります。

ちなみに今後

勇者

戦士

僧侶

少年

の順でSSをやろうと思っています。


174 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2012/08/30(木) 00:00:12 ID:U306JJrw
そうか、少年は魔法使いに...
頑張れ少年!


175 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2012/08/30(木) 15:04:15 ID:m0f78Bp.
前作から一気に読んだ

面白い乙乙


176 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2012/08/31(金) 23:11:48 ID:kBQ8wIVk
面白いなぁ・・・

ホント面白いなぁ・・・


179 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/01(土) 22:50:32 ID:CEMq4VL.

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 小屋を出ると、青空が見えた。

戦士「驚くとは思った」



 魔王がこの世界に現れてから、空には鈍色の分厚い雲に覆われていたから。


 まるで、世界の果てにでも来たような気持ちになる。


僧侶「美しいですね」


魔女「あぁ、綺麗だ」


 いったいここは、どこなんだろうか。


戦士「聞いたことがある、魔王の力が及ばぬ国があると」


180 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/01(土) 22:51:12 ID:CEMq4VL.

 戦士曰わく、その国では強力な魔力を持つ王族が民と国を守護している為に、魔王の力が及ばないらしい。

魔法使い「へぇ、眉唾ものの話だけど」

僧侶「この澄んだ空をみると信じざるを得ないですね」


 ところで、勇者はどこに行ったんだろう?


魔法使い「戦士、勇者は?」


 外で見張りをしていたなら、きっと見ている筈だ。


戦士「ん? アイツは山の方へ向かったぞ」


僧侶「いつ戻ってくるとか言ってましたか?」


戦士「いや、アイツは戻らんつもりだろう」


 何言ってんだこの脳筋は。


181 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/01(土) 22:51:47 ID:CEMq4VL.

戦士「自分を見失うのも仕方ないさ。 勇者だのなんだの言われてはいるが、実際のアイツはまだガキに毛が生えたようなもんだからな」


僧侶「追いましょう!」


魔法使い「賛成だ」

戦士「アイツが答えを見つける時間は与えてやるべきだ。 追うのは良いが、ゆっくり行くぞ」


 余裕で達観したような態度の戦士に少し腹が立つ。


 なんでも知ってるような顔しちゃってさ……。


182 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/01(土) 22:52:03 ID:CEMq4VL.



 澄み渡る空が木々の間から覗く。

 耳には小動物の鳴き声、川のせせらぎ。


 こんな時でなければ、ゆっくりと散策したいものだ。


僧侶「なんとも、心地良いですね」

魔法使い「うん、そうだね」


戦士「かつては世界中がこうだった」


 勇者、君はこの世界を見てどんな事を思う?


183 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/01(土) 22:53:40 ID:CEMq4VL.
更新は以上となります。

別行動の勇者は、次回作の勇者のSSでどんな事があったか書くつもりです。


186 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/02(日) 21:50:35 ID:AnbStrNE

 結局、その日勇者に追いつくことは出来なかった。


 空には、銀色の月がぼんやりと浮かんでいる。


魔法使い「この辺には魔物も居ないんだね」

僧侶「えぇ、この付近は清浄な空気に包まれているようです」


 野営をしている川辺で、僧侶と空を見上げて話す。

 月の光に反射したその長い銀髪を見て、素直に美しいと思った。


187 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/02(日) 21:51:13 ID:AnbStrNE

僧侶「あの月を今、勇者様は一人で見上げているのでしょうか」


魔法使い「案外新しい仲間を見つけていたりしてね」

僧侶「杖で殴ります」

魔法使い「はは、手伝うよ」


 旅にでてから、そんなに長い時間が経った訳では無いのに、僧侶とこうして自然に話せている自分に時々関心する。

 あのまま村に居たらきっと、よぼよぼで人間嫌いの魔女にでもなっていただろうから。


188 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/02(日) 21:52:20 ID:AnbStrNE

僧侶「戦士さん、遅いですね」


魔法使い「食料を集めてくるとは言ってたけど」

 そう言えば、戦士は戦斧を折られたから、小さなナイフしか持っていないけどどうするのだろう?

戦士「すまない、待たせたな」

 そんな事を考えていると、戦士が戻ってきた。

僧侶「あぁ、なんて事……」

 持ってきたのは、なんとも立派な牡鹿だ。

 比較的大柄な戦士よりも更に二周りは大きい。

 あの小さなナイフで、どうやったら巨大な牡鹿を仕留める事が出来るのだろう?


189 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/02(日) 21:52:53 ID:AnbStrNE


 戦士が手際よく牡鹿を肉にしていく。

 案外料理上手だったりするのだろうか?


戦士「森からの頂き物だ。 必要な分以外は森に返してくる」

 今日食べる部分以外を持って森へと消えていく戦士。


 彼独自の考え方なのだろうが、この考えは嫌いではなかった。

 あの牡鹿の魂と肉体はまた、森を巡り、森の一部になるのだと考えればそれも供養だと思う。


 焚き火にかけられた鍋を見ながら、心の中で戦士の考え方に賛同していると、戦士が戻ってきた。
 焚き火に温められた鍋の中身はシチューらしい。


 戦士お手製の料理は初めて食べるな。

 割と楽しみだ。


190 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/02(日) 21:53:51 ID:AnbStrNE



 全身が危険信号を送っていた。

 生命に害を為すソレをこれ以上摂取するなと消化器系の内臓が講義の声を上げている。


 これは。

 ――――マズい。



戦士「?」

 流石は剛の者、といったところか。

 人という種の味覚を的確に攻めてくる、この恐るべきシチューを咀嚼し、嚥下するという行為で完全に支配するなんて。


191 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/02(日) 21:54:05 ID:AnbStrNE


僧侶「おぉ、主よ。 これもまた我々子羊に対する試練なのですね」

 僧侶は痛苦に顔を歪めながらこの、人類の天敵たるシチューに挑んでいる。


 僕の器に盛られている分だけで、大国と渡り合えるようなこの兵器を口に運ぶ。

 口に運ぶたびに、後頭部を鈍器で殴られるような衝撃に襲われながらもなんとか感触を目指す。


 勇者め……これを食べずに済むとは運のいい奴だ。


192 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/02(日) 21:55:33 ID:AnbStrNE
今回の更新は以上となります。

今回は250くらいかと


193 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2012/09/03(月) 00:09:16 ID:BNubYGhY
更新乙乙!
話が進むのは嬉しいけど、だんだん終わりに近づいてるってのが判るとなんか複雑だ


195 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/03(月) 21:49:43 ID:zyanBX0o


 二日後、勇者に追いついた。


 人の居ない、美しい廃街で。


僧侶「ここは?」

戦士「人の気配はしないな」


 確かに人はおろか、生き物の気配すらしない。

 ただ、空気中に存在する魔力が濃い。

魔法使い「あ、勇者」


 おかしい。

 勇者の気配はしなかったのに。

勇者「あぁ、心配かけた」


 彼の魂の形が、より洗練されたものになっているような感じがした。


196 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/03(月) 21:50:30 ID:zyanBX0o


僧侶「無事なら何よりです、が……その方はどなたですか?」


魔法使い「え?」


 驚いた。

少女「私かー? 私はこの国の姫だぞ」


 勇者の横にいたのは、艶やかな黒髪の少女だった。


戦士「おまえ、本当に人か?」


 戦士が腰のナイフを構える。

 戦士の言う事はもっともだ。


 魂、魔力の波長、肉体。

 どれをとっても人のソレとは違う。

 まるで、存在している世界が一段ずれているような、ソコにいるのに触れられないような。


197 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/03(月) 21:51:25 ID:zyanBX0o

少女「勿論人だとも。 なぁ勇者?」


勇者「ん? あぁ、コイツは人だよ」

 ずいぶん親しげだね。 人がどんな気持ちで居たかもしらないで

僧侶「……」

 無言の僧侶が勇者の前まで歩く。

 振りかぶられた両手。

 響く快音。

戦士「良い切れだな」

魔法使い「うわ、痛そう」

僧侶「私が、私達がどのような気持ちで勇者様を追っていたかおわかりですか!?」

 ふん、いい気味だ。

 人を不安にさせておきながらそっちは女とイチャついてるんだからね。

 僕だって殴りたいくらいだよ。


198 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2012/09/03(月) 21:52:06 ID:zyanBX0o


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魔女「この時の少女が今の王国の祖となる人間だ」


少年「なんなのその人は?」

 ぽっと現れて勇者を奪われた僧侶が可哀想です。


魔女「彼女が選ばれたのには理由があるんだ」

少年「それって?」

魔女「ん」

 魔女は催促するように空のティーカップを差し出しました。

 このペースだと、そろそろ茶葉がなくなります。

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