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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
98 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:24:44.60 ID:9vajyWgQ0


理緒は目を開いた。

そこは、いつかダイブした赤ん坊の意識にそっくりな空間だった。

白い珊瑚礁の砂浜に、真っ青な海、
エメラルドブルーの空が広がる空間だった。

それ以外何もない。

波打つ水の音が周囲を包んでいた。

理緒は周りを見回した。

少し離れた場所に、びっくりドンキーのテーブルが、
砂浜にポツリと置いてあった。

「ダイブ完了しました。精神中核を入れる箱を見つけました」

理緒の足元に、小白が擦り寄ってニャーと鳴く。


99 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:25:10.24 ID:9vajyWgQ0
「小白ちゃんも見つけました」

そう言った理緒は、ヘッドセットからノイズ音しか
返ってこないのに疑問を感じ、何度かスイッチを操作した。

しかし、ヘッドセットから反応がない。

壊れた……ということは考えられない。

これはイメージで作られた特殊な器具だ。

現実のものではない。

外的衝撃が加わったわけでもないのに、
故障ということはありえないのだ。


100 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:25:39.28 ID:9vajyWgQ0
考えられる原因は三つ。

外部からのハッキングか。

オペレーションを行う側に何らかの不具合が生じたか。

そして最後に、『時間軸の不一致』か。

理緒は、ぼんやりとそんなことを考えながら、
小白を抱き上げて胸に抱えた。

通信が使えなくなって、普通だったら取り乱して泣き叫ぶところを、
理緒はいつもの彼女とは百八十度違い、
冷静極まりない頭で整理していた。

先ず一つ。

外部からのハッキング。

その兆候はない。


101 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:26:13.66 ID:9vajyWgQ0
次に二つ目。

これは、ダイブしている側の自分にはどうすることもできない。

ダイブ時間内に、回復してくれることを祈るばかりだ。

そして問題の三つ目。

おぼろげに、昔医師に聞いたことのある事を思い出す。

「時間軸の不一致かぁ……」

口に出して呟く。

夢を見ていて、たった五分寝ただけなのに、
何時間も経っていると感じたことはないだろうか。

その現象だ。

つまり、精神世界内の時間軸が安定せず、
現実世界の一分が何十時間になったりもすることがある。


102 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:26:56.88 ID:9vajyWgQ0
あくまで体感的なものであり、そんな患者は極めて稀だったのだが、
理緒は随分前に、時間軸が現実と精神で合致していない
赤ん坊の治療を行ったことがあった。

そのときも、このように通信が使えなくなった。

その時の症例に、よく似ている。

理緒はしゃがみこみ、足元の砂を手に取った。

そして、ゆっくりと下に落とす。

砂は、落ちなかった。

ある程度の塊になって、空中に留まっている。

いや、見えるか、見えないかの速度でものすごく
スローモーションに落ちている。

海の波はきちんと動いて時間を刻んでいるため、不思議な光景だ。


103 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:27:25.88 ID:9vajyWgQ0
理緒は、小さくクスリと笑うと、あたりに砂を撒き散らした。

まるで星空のように、
彼女を取り囲んで白い珊瑚礁砂が空中に静止する。

小白がニャーと鳴いて、砂を手でカリカリと掻いた。

「こんなところにずっといたんだ。何年じっとしてたの?」

砂の落ち方から見ると、推定一分あたりが
百倍ほどの長さに延長されているようだ。

どことなく老猫のようになっている小白に、
理緒は穏やかな顔で聞いた。

言葉が分かるのか、小白はニャーと鳴いて目を伏せた。

「そっか。早く起こしてあげなきゃね」

病院服のポケットから、黄色に輝く汀の精神中核を取り出し、
理緒はニッコリと笑った。


104 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:27:55.15 ID:9vajyWgQ0
そう言って理緒は、びっくりドンキーのソファーに腰を下ろした。

そしてメニューを広げる。

そこには何も書いていなかった。

精神中核をつまんで、メニューの中にポトリと落とす。

中核はドロリと溶けると、たちまち白いメニューの中に広がった。

それが写真や文字を形作り、たちまち食事メニューを形成する。

瞬きをした次の瞬間だった。

そこは、びっくりドンキーの店内だった。

いつも汀達が座っている席だ。

目の前には、山盛りのメリーゴーランドのパフェ。


105 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:28:21.16 ID:9vajyWgQ0
理緒の目の前には、汀がぼんやりと、
定まらない視線で腰を下ろしていた。

小白がニャーと鳴いて、汀に駆け寄る。

理緒は嬉しそうに笑って、スプーンを手にとって、
パフェを口に運んだ。

「おはよ、汀ちゃん」

呼びかけられ、汀は目を開き理緒を見た。

そして、信じられないといった顔で、自分の顔や胸を触る。

全くの健康体。いつもの病院服だ。

「理緒ちゃん……?」

怪訝そうにそう聞いて、汀は珍しくどもりながら言った。

「わ……私、私……確かに撃ち殺されて……」


106 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:28:49.09 ID:9vajyWgQ0
「汀ちゃんは死んでなんていないよ。
一時的に仮死状態になっただけ。何も問題はないの」

「理緒ちゃん……?」

いつもの喋り方と違い、淡々と口を開く理緒に、
不思議な目を理緒は向けた。

「……誰?」

しばらく考えて、汀はソファーから腰を浮かせて、身構えた。

理緒はきょとんとしてから、左腕に巻いた包帯を見た。

「ああ、これ?」

あっけらかんとそう言って、理緒は包帯を解いた。

凄まじい量の切り傷が、痛々しい様相を呈していた。

まだ血がにじんでいる縫い傷もある。


107 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:29:27.67 ID:9vajyWgQ0
呆気に取られた汀を尻目に、
ケラケラと笑いながら、理緒は言った。

「私、自殺病にかかっちゃって。
スカイフィッシュ症候群っていうのかな?
それでね、治してもらったんだけど、
どこか頭のネジが抜けちゃったみたいで、みんな変な顔するの」

「スカイフィッシュ症候群……? 嘘……!」

立ち上がった汀を淡々とした目で見て、理緒は続けた。

「嘘じゃないよ。何だかね、起きてからずっと、頭の奥のほうに、
何かがつっかえてる気がするんだけど、何だか分からないの。
私、おかしい?」

「心神喪失……圭介に何をされたの!」

「スカイフィッシュを、私の手で殺したんだよ」

理緒の言葉に、汀は絶句して手で口を抑えた。


108 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:30:03.10 ID:9vajyWgQ0
「そんな……嘘……そんな、酷い……酷すぎる……」

「一貴さんもそう言ってたけど、私は普通だよ?
でも、私を助けるために三人もマインドスイーパーが
死んじゃったんだって。ね、汀ちゃん。
お金とか請求されるのかな?」

「理緒ちゃん……理緒ちゃん」

言葉に詰まり、汀はよろよろと理緒に近づくと、
その体をぎゅ、と抱きしめた。

「汀ちゃん……?」

「理緒ちゃん!」

汀は強く唇を噛んだ後、両目から涙を流した。

「ごめん……ごめんなさい……私、私、
たった一人の友達なのに……友達なのに……!」


109 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:30:43.51 ID:9vajyWgQ0
「友達だよ? 私達はずっと、友達じゃない?」

「私、理緒ちゃんに何もしてあげられない……
もう理緒ちゃん、元に戻れない……
私のせいだ……元老院が、私のせいでそんなことさせたんだ……!」

「何泣いてるの? 汀ちゃん、ちょっとおかしいよ?」

「うう……ぐっ……」

何度かしゃっくりを上げて、
汀は理緒に背中を撫でられながら息を整えた。

そして、ニッコリと笑っている理緒と顔をつき合わせる。

「大丈夫。汀ちゃんは私が守るよ。だって、私達、友達じゃない」

それを聞いて、汀はサッと顔を青くして周囲を見回した。

いつの間にか、ガヤガヤとしていた周囲の声がピタリと止まっていた。


110 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:31:21.05 ID:9vajyWgQ0
行きかっていた人々の動きも停止している。

まるでDVDを一時停止させたかのような感覚だ。

「え……」

「まだ時間軸が元にもどらない……汀ちゃん、私に任せてね?」

可愛らしく首を傾げて笑う理緒の背後にいた人間の体が、
風船のようにボコリと膨らんだ。

「いや……いや……」

耳を押さえて首を振った汀の前で、次々と人々の体が膨らんでいく。

服が弾け、肉が飛び散り、血液が吹き荒れ、まるで脱皮するかのように、
人間の皮の中から、ズルリと奇妙なモノが這い出してきた。

まるで玉のような胴体に、ムカデを連想とさせる足が沢山ついている。


111 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:31:49.81 ID:9vajyWgQ0
胴体から伸びる体には幾十もの腕。

腕にはそれぞれナタが掴まれている。
ドクロのマスク。

「スカイフィッシュのオートマトンだ……」

震えながら汀はそう呟いた。

五十は下らないだろうか。

血の海と化したびっくりドンキーの店内に、
その奇妙な生物がカサカサと動き出す。

「オートマトン……?」

聞き返した理緒に、汀は過呼吸になりかけながら答えた。

「理緒ちゃんだけでも逃げて……
分裂型スカイフィッシュは、自分のダミーを無限に作り出せるの……」


112 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:32:17.66 ID:9vajyWgQ0
「逃げる? どうして?」

全く恐怖を感じていないのか、理緒はニコニコしながら前に進み出た。

「汀ちゃん、私のこと嫌い?」

「理緒ちゃん! 遊びじゃないの! 死んじゃうよ!」

「答えて」

理緒はそう言って、手にコップを持った。

それがぐんにゃりと形を変え、出刃包丁に変わる。

「変質……」

呆然と呟いた汀に、理緒はもう一度問いかけた。

「汀ちゃんは、私のこと嫌い?」

「違うよ……私、私……理緒ちゃんのこと、大好きだよ……」


113 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:32:49.68 ID:9vajyWgQ0
「私もだよ」

満足そうに頷いて、理緒は悠々とオートマトンに対して足を進めた。

一瞬後、理緒の体が掻き消えるようにして視界からなくなった。

オートマトンの首が飛んだ。

理緒が、知覚することも出来ないほどの動きで、
地面を蹴り、自分の身長ほども飛び上がったのだった。

ゴロンゴロンとオートマトンの首が転がる。

それは汀の前まで転がっていくと、ケタケタと哂って、爆散した。

血まみれになりながら硬直した汀の目に、
あろうことか、天井に『着地』した理緒の姿が映る。

理緒は重力を完全に無視した動きで天井を蹴ると、
落下ざまに、近くにいたオートマトン、三体の首を、
回転しながら抉り斬った。


114 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 18:33:17.56 ID:9vajyWgQ0
そこには、怖い怖いと震えていた少女の姿はもうなかった。

あったのは、ただ機械的に敵を駆逐する。

それだけの、プログラムのような存在。

またオートマトンの首が転がる。

汀でさえも知覚出来ないほどの動きで、
理緒はオートマトンの首を切り落としていく。

敵は、全く反応できていなかった。

「やめて……」

しかし、汀は小さく、震える声でそう言った。

目を見開き、ニコニコと笑った理緒が、壁に『着地』する。

その鼻から、タラリと鼻血が垂れた。


115 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:03:59.00 ID:9vajyWgQ0
「理緒ちゃん死んじゃう! やめてえええ!」

オートマトンの一体が、腹部まで両断されて地面に転がる。

そこで、ザザッ、という音がして理緒の耳についている
ヘッドセットの通信が回復した。

『片平さん! 状況を説明して!』

踊るようにオートマトンの首を切りながら、
理緒は息を切らすこともなく言った。

「分裂型スカイフィッシュとかいうのに囲まれてます。
沢山殺しましたけど、キリがありません」

『殺した……? あなたが……?』

絶句したジュリアの声に、理緒はあっけらかんと笑った。

「あはは! 面白いですね! 夢の中って、
こうやって動くものだったんだ!」


116 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:04:38.50 ID:9vajyWgQ0
「理緒ちゃん駄目! 脳を過剰に動かすと、本当に死んじゃう!」

両方の鼻の穴から血液を垂れ流している理緒に、
泣きながら汀が叫ぶ。

それを聞いて、ヘッドセットの向こうで大河内が大声を上げた。

『理緒ちゃん、脱出するんだ。ダイブの時間はあと二分だ。
分裂型スカイフィッシュは、本体を倒さないと何の意味もない』

「でも、でも先生! 面白い!」

正気を失ったように笑いながら、
理緒はオートマトンの頭に包丁を突き立てた。

「人を殺すのって、凄く面白い!」

『理緒ちゃん、脱出しろ!』

大河内が怒鳴る。


117 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:05:10.18 ID:9vajyWgQ0
しかしそれに構わず、理緒は暴れ続けた。

『強制的に切断しますか?』

ジュリアの声に、大河内が息を切らせながら答える。

『駄目です! 汀ちゃんの精神が安定していません。
今切断は出来ません!』

汀は、ガチガチと歯を鳴らしながら、
飛び散った血液でぬるりとぬめるテーブルに手をついて、
腰を抜かしたまま、何とか立ち上がった。

そして、よろよろと理緒に向かって歩き出す。

理緒が、地面を滑りながら汀の脇に移動した。

「待っててね汀ちゃん! すぐに皆殺しに……」

「理緒ちゃん」


118 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:05:37.27 ID:9vajyWgQ0
汀は、そっと理緒の肩に手を回し、抱き寄せた。

「そんなに……無理しなくてもいいんだよ」

耳元で、そっと囁く。

理緒は少しの間きょとんとしていたが、
目を手でごしごしとこすった。

「あれ……? 血が目に入ったかな……」

理緒は泣いていた。

自分でも何故か分からないのだろう。

混乱しながら、理緒は目を拭う。

「あれ……? あれ……?」

「帰ろ。もう、帰ろ?」


119 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:06:19.65 ID:9vajyWgQ0
汀にそう言われ、理緒は深く息をついて、
自分達を遠巻きにしているオートマトンを、
名残惜しそうに見回した。

そして包丁を脇に投げ捨てる。

「分かったよ。汀ちゃんがそう言うんなら」

「小白。帰るよ」

汀がそう言って、小白を床に放る。

ポン、という音がして、巨大な化け猫に変わった
小白の背に乗り、二人の少女は、手を絡ませあった。

「汀ちゃん……どうして泣いてるの?」

泣笑いながら理緒がそう聞く。

血まみれの顔でそう聞く。


120 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:06:48.12 ID:9vajyWgQ0
汀はしゃっくりをあげながら、自分の顔を両手で覆った。

小白がオートマトンを薙ぎ倒しながら
びっくりドンキーの出口に向かって走り出す。

そして、扉に向かって体当たりをした。

そこで、彼女達の意識はブラックアウトした。



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