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少女「それは儚く消える雪のように」
- 731 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/03/09(金) 19:54:12.70 ID:M8HUcM7B0
「飲んだよ! でもそれは今関係ないよ!」
「いや、重要な問題だ」
「私のことが信用できないの?」
優が喚く。
彼女のこんな姿は見たことがない。
いつもは気配りが出来る優しい子の筈だ。
それゆえに感情が爆発した時の反動が大きいのか
……と思い直し、絆は慎重に言葉を選んでから言った。
「分かった、信用しよう。だから落ち着くんだ」
- 732 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:54:49.88 ID:M8HUcM7B0
「…………」
優は突然肯定されて、バツが悪そうに口をつぐんだ。
そしてもごもごと何かを言おうとして失敗する。
「何だ? 良く聞こえないぞ」
絆が促すと、文が優の手を引いて彼女を黙らせてしまった。
基本的に、
絆はバーリェに対して隠し事をしないようにしている。
それは逆もまた然りだ。
だから、彼女達が隠しているであろう事を
そのままにしておくつもりはどこにもなかった。
「命、どういうことだ?」
優から視線を離して命に聞く。
- 733 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:56:35.90 ID:M8HUcM7B0
突然話題を振られた命は、
しゃっくりのような声を上げて、
少し迷った後言った。
「……いえ……その……」
「…………」
「あの子……何だか死星獣みたいで……」
「ちょっと命!」
優が口走ってしまった命に食って掛かる。
命は
「だって……」
と言ったきり、下を向いて黙り込んでしまった。
- 734 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:57:14.46 ID:M8HUcM7B0
「何だって?」
絆は命の言ったことの意味が分からずに、
戸惑いながら彼女達に聞いた。
「霧が、死星獣みたい?
言っている意味がさっぱり分からない」
「だから……あの子から死星獣と同じ臭いが
少しするんだよ。何で分からないの?」
優が、冷や汗なのだろうか、
いつの間にか汗をかきながら絆に訴えた。
「死星獣の臭い?」
「……ええ。何だかとても臭いんです。
どう言い表したらいいのか分からないのですけれど……」
命がポツリと言った。
- 735 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:57:47.37 ID:M8HUcM7B0
文が、諦めたように手話でそれに続く。
『タバコの臭いに似ています』
「タバコ?」
どうも要領を得ない。
雪はそんなことを言っていなかった。
いや……。
意図的に「言わなかった」のかもしれない。
優が口走ろうとした時、文が止めたのを見た。
彼女達は躊躇している。
- 736 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:58:27.02 ID:M8HUcM7B0
例えば仮に、霧が死星獣と
同じ臭いを発しているとするならば。
彼女達が警戒した理由も良く分かる。
バーリェは死星獣を殺すために
創られた生体弾丸だ。
自分たちの敵に、無意識の奥で
敵意を持ってしまっても、不思議ではない。
こればかりは「慣れろ」とも言えずに、絆は押し黙った。
本部に、確認する必要がある。
これではバーリェを正常運用できない。
文がタバコの臭いと言ったのは、
バーリェにとって天敵の臭いだからなのだろう。
- 737 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:59:03.96 ID:M8HUcM7B0
無論、絆もタバコは吸わない。
トレーナー全員、
少なくともバーリェの前ではタバコは吸えない。
彼女達の気管支に損傷を与えてしまう
可能性があるからだ。
「分かった。
霧は、今日は俺の部屋で寝かせよう。安心しろ」
絆は自室では寝ないが、
一応形式美としてベッドは設置されていた。
霧を、しばらくこの子達から隔離する必要がある。
それを聞いて、三人がホッとしたように顔を見合わせた。
優が息をついてから、一言吐き捨てた。
「ずっとここにいればいいんだよ」
- 738 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:59:50.48 ID:M8HUcM7B0
「……そこまで毛嫌いすることはないだろう。
まだ来たばかりなんだ。お前だって、来た頃は我侭だったぞ」
そっと諭すと、しかし優は納得できないのか
また口をつぐんでしまった。
絆は手を叩いて、立ち上がった。
「とりあえずお前達は、今日は寝ろ。
もう遅いからな。
霧には、俺からも良く言い聞かせておく。分かったな?」
それぞれが戸惑いがちに頷いたのを見て、絆は命の背を押した。
「今日のグラタンは美味かったぞ。自信を持て」
しかしそれには答えず、
命ははにかんだようにぎこちなく笑って、
絆から視線を離して俯いてしまった。
- 739 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:00:28.19 ID:M8HUcM7B0
*
……やはり人格調整がなされていない。
雪達を寝かせてから、霧を自室に連れてきて
いくつか質問をしたが、絆はその確信を深めていた。
雪と一緒に寝たがっていた霧だったが、
連れてこられたのが絆の部屋だと言うことに気付くと、
自分がそれだけ特別扱いされていると思ったのだろう。
散々はしゃいで今に至る。
薬を飲ませてやっと寝せた。
寝息を立てている霧を見下ろして、絆は深く息をついた。
――死星獣の臭いがすると言っていた。
彼女達は嘘をつかない。
- 740 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:01:07.34 ID:M8HUcM7B0
隠し事も、基本的にはできないように
人格調整がされている。
絆の場合はそのようなことに甘いので、
例外はあるが基本的にはそうだ。
嘘ではないのだろう。
それがたとえ、直感から来たものだとしても、
無視できない事実だ。
絆はデスクの椅子に腰を下ろして、
パソコンのモニターに映し出された、
霧の仕様書に視線を落とした。
……だとしたらおそらく、
この仕様書は捏造されたものだ。
絆を騙すために。
- 741 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:01:41.89 ID:M8HUcM7B0
――足元を見ている。
歯噛みして、速読でもう一度仕様書を読み飛ばす。
やはりどこにも、死星獣のくだりは書いていない。
絆は廊下に出ると、自室のドアを締め、鍵をかけた。
そして雪達が寝ていることを確認し、寝室にも鍵をかける。
唯一隔離された洗濯部屋に入り、
椅子に腰を降ろしてから、彼は携帯電話を手に取った。
そして渚の携帯番号を選択し、電話をかける。
しばらくすると、少し緊張した風の渚が応答してきた。
『こんばんは。お疲れ様です、絆執行官』
「お疲れ様です」
- 742 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:02:28.29 ID:M8HUcM7B0
業務的な挨拶を済ませてから、絆は押し殺した声で言った。
「……どういうことだ? あの子は番外個体だろう?」
語気を強くして言う。
渚は少し沈黙した後、別室に移動したのか、
扉を閉める音をさせてから言った。
『番外個体? どういうことですか?』
逆に聞き返される。
絆は言葉を選んでから彼女に問いかけた。
「言ったままの意味だ。
知らなかったとは言わせない。
君が、ロールアウトの責任者の筈だ」
そう言うと、渚はまた沈黙した後、断固とした口調で言った。
- 743 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:02:59.72 ID:M8HUcM7B0
『ロールアウトは完璧でした。
あの子は番外個体ではありません』
「何だと……? 五大原則も言えない
バーリェがどこにいるって言うんだ!」
思わず電話口の向こうに向かって怒鳴り声を上げる。
渚は抑揚をなくした声でそれに答えた。
『初期混乱なのではないでしょうか?
こちらの調整は完璧でした。本部も了承済みです』
「…………」
――本部も了承済み。
その単語が表す意味は大きかった。
- 744 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:03:33.82 ID:M8HUcM7B0
霧は番外個体だ。
間違いない。
つまり本部はその事実を揉み消そうとしている。
――どうして?
彼女が本当に特別なバーリェだからなのだろうか。
まだ、絆が知らないブラックボックスを抱えているゆえに、
本部は障害を黙殺しようとしたのではないか。
渚はエフェッサーの一職員だ。
一応ロールアウトの担当官は彼女となっていたが、
この電話も傍聴されている可能性は十二分にある。
本当のことを言えない状況にあるのか。
それとも、彼女自身が絆を騙そうとしているのか。
- 745 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:04:10.98 ID:M8HUcM7B0
……誰も信用は出来ない。
本来なら、それがこの世界だった筈だ。
絆は歯噛みして、
それでも小さく呟かずにはいられなかった。
「……人間のやることじゃない……!」
渚は、少なからずその言葉にショックを受けたらしかった。
彼女はしばらくの間黙っていたが、
無理やりに話を切り替えて、淡々と絆に言った。
『…………絆執行官。絃執行官の失踪について、
何かご存知なことはありませんか?』
「その……絃が失踪したという話は本当なのか?」
- 746 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:04:54.28 ID:M8HUcM7B0
『連絡の取れない状況が七十六時間を超過しました。
ラボの中に生体反応はありません。
強制捜査に踏み切ることになりました』
トレーナーは、一日ごとに膨大な量のレポートを作成し、
本部に送らなければいけない。
そして本部では、その資料を管理してバーリェの生産にいかすのだ。
トレーナーだからといって何でも自由にやれると言うわけではない。
むしろデメリットの方が多い。
その最たる例が、この時間制限だった。
通常トレーナーは、二日間、四十八時間以内に
エフェッサー本部に資料を送信しなければいけない。
それはデータ収集の意味もあるが、
同時にトレーナーを管理しているエフェッサー側の事情も
あってのことだった。
- 747 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:05:31.20 ID:M8HUcM7B0
二日間連絡がないと、捜査が入る。
そして三日間を超過すると、
強制立ち入りが行われるのだ。
それほどバーリェとは現政府にとって重要な
機密物資であり、トレーナーはそれを管理するための重要な役職だ。
一度、絃に預けていた優が勝手にラボの外に出てしまったことがある。
その時は、ごく近くをうろついていて
保護されたらしいが、無論本部はその事実も知っている。
たった五分程度の散歩とはいえ、
絃と絆の実績により無理やり帳消しにしたほどの大事件だったのだ。
それゆえに、トレーナーはきちんと
定時に本部へ連絡を行わなければならない。
- 748 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:06:08.98 ID:M8HUcM7B0
絃は、厳密に言うと絆よりも数年前から
トレーナーをやっている、いわば先輩に当たる人物だ。
忘れるとは思えない。
それに、安楽死をさせると言っていた桜を
連れて消えたとすれば、
それは機密物資の盗難に当たる事件に発展する。
二日の時点で捜索は行われたのだろうが、
見つからなかったようだ。
その「見つからなかった」と言うのも納得がいかない。
軍警察が動いて、たかが大人の男と
半分死んだようなバーリェ一人見つけられないとは考えがたい。
そのような事情で、
強制立ち入り捜査に本部は踏み切ったのだろう。
- 749 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:06:45.76 ID:M8HUcM7B0
――しかしそれは、「絃が本当に逃げた」とすればの話だ。
絆にはどうしてもそれを信じることが出来なかった。
数少ない、絆の方針の理解者だった。
同じような信念を持って、互いに支えあった仲だった。
一概にはいそうですか、と言えるわけがなかった。
しかし電話口の向こうの声は無常だった。
『形式として、明日絆執行官のラボにも監査が入ります。
あくまで形式ですので、気を悪くされませんよう。
バーリェちゃん達にも、
怖がらないようにと言ってあげてください』
「…………」
本部は少なからず絆を疑っている。
匿っているのではないかと思っているらしい。
- 750 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:07:16.97 ID:M8HUcM7B0
「……どうしてそれを前もって俺に言う?」
しかし、絆は疑問に思ったことをそのまま口に出した。
絃を匿っていると思うのなら、
予告無しでいきなり強制立ち入りを行ってもいい筈だ。
渚は少し言いよどんだ後、小声で言った。
『本当に、何もご存知ないのですか?』
「何がだ? こっちはその事実にただ驚いてる」
『……ご存知ないのなら、その方がいいと思います。
その確認をとらせていただきたかったまでです。
他意はありません』
そこで絆は確信した。
この通話は、本部に録音されている。
- 751 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:07:47.72 ID:M8HUcM7B0
渚もそれを知っている。
知っていて、携帯電話の番号を絆に渡したのだ。
「……分かりました。時間は?」
『二○三○です』
「了解しました」
これ以上この女をつついても、何も出てこない。
それ以前に、こいつは自分に対して、
勘繰りを入れるような真似をしてきた。
何も分からないような振りをして。
よくやる。
心の中で軽く笑う。
- 752 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:08:23.80 ID:M8HUcM7B0
そうはいくか。
何もかも全部自分達の思い通りになると思うなよ、
と言う気持ちを込めて、絆は一言吐き捨てた。
「絃執行官が、一刻も早く見つかることを祈っていますよ。私は」
『…………』
「では」
ブツリと電話を切る。
そのまま絆は、椅子の上で体を丸めて深く息をついた。
クランベを使って油断させようとしてきた本部に対しての
憤りもあったし、何より嘘ではないだろう絃の失踪について、
訳がわからなくなっていたのも事実だった。
- 753 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:09:05.17 ID:M8HUcM7B0
桜を連れて、どこに消えた?
安楽死させると言っていた。
彼なりの諦めの表れだったのだろうが
……絆はその言葉を、拒絶してしまった。
絃は、そこでエフェッサーに対する執着というか……
拠り所をなくしてしまったのではないか。
しかし見つからないというのが解せない。
軍警察の情報網は半端ではない。
一週間前の、バーリェの生体反応を追尾できるほどだ。
考えられるとしたら……。
スラム。
下層市民がいる場所に身を潜めるしかない。
- 754 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:09:40.60 ID:M8HUcM7B0
しかし、その利点が思いつかなかった。
(何だってんだよ……)
髪をガシガシと掻き回して、絆は立ち上がった。
そして寝室まで歩いていき、
鍵を開いて全員寝ていることを確認する。
愛がいなくなって、寝室はめっきり寂しくなった。
夜中に突然夢遊病のように起きだす彼女に、
睡眠時間を削られていた日が嘘のようだ。
静かなものだ。
このまま、彼女達は眠るように
死んでしまってもおかしくはない。
だって、人間ではないのだから。
- 755 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:10:07.57 ID:M8HUcM7B0
足取り重く自室の鍵を開けると、
ベッドの上で毛布を手繰り寄せ、霧が寝息を立てていた。
眠っている姿は他の子と同じなんだけどな……。
そう思ってため息をつく。
本部が黙殺している以上、霧を管理するしかない。
しかしどうも、優達が言っていた
「死星獣の臭いがする」という言葉が気になった。
どういう意味なのだろうか。
しばらく霧の寝顔を見下ろす。
どうすればいいのか、分からなかった。
- 756 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 20:11:11.33 ID:M8HUcM7B0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などありましたら、
気軽にいただけると幸いです。
それでは、今回は失礼します。
- 758 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/09(金) 22:49:08.26 ID:HUYalpbSO
ダークというかドライというか………なんだか後味が悪い気もするけど、でも面白い。
表現の仕方も作品自体の構成も凄いハイレベルな作品だよね、これ。
- 759 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:28:45.64 ID:7tAhBmUl0
こんばんは。
続きが書けましたので投稿させていただきます。
ご評価ありがとうございます!
これからも精進していきます。
それでは、お楽しみいただけますと幸いです。
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