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少女「それは儚く消える雪のように」 2
603 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 18:59:51.65 ID:Xk7rhViu0


「特務官様……特務官様?」

呼びかけられ、絆は目を開いた。

腕も、足も動く。

包帯もギプスもはめられていない体だった。

自分のその様子に少しの間呆然とした後、
絆はゆっくりと顔を上げた。

波が打ち寄せる、どこまでも広がる海岸だった。

白い砂浜に、照りつける太陽が逆に不自然だ。

海の色は、透き通るほど透明だった。

車椅子をきしませて、絆のことを見下ろした
少女が、静かにまた問いかけた。


604 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:00:32.17 ID:Xk7rhViu0
「起きていらっしゃいますか? 
……お久しぶりです」

「け……圭?」

思わず呟いて、絆は慌てて立ち上がった。

圭は、一つ頷いて車椅子を絆の方に向けた。

白いワンピースを着ている。

彼女は絆にどこか寂しい顔で軽く微笑みかけてから、
視線を伏せた。

「ごめんなさい……特務官様のご命令を
守ることができませんでした……」

「圭……なのか?」

「はい。あなたが圭と呼んで下さった個体です」

「お前は、死んだんじゃなかったのか……?」


605 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:01:42.43 ID:Xk7rhViu0
ポツリとそう呟くと、圭は小さく
それを笑ってから答えた。

「はい。私の体は既に死んでいます。
私という『個人』は、もうこの世に存在しません」

「ちょっと待ってくれ……ここは、どこだ?」

絆は慌てて周りを見回した。

途端、空間がぐんにゃりと形を変え、
絆達を囲むように、直径二十メートルほどの
白い正方形になった。

海も、空も、全てが塗料で白い壁に
塗装されているかのような様相を呈している。

「ごめんなさい……私、本当は海を
見たことがありませんので。想像なのです」

「圭……? 俺も……死んだのか?」


606 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:02:16.26 ID:Xk7rhViu0
状況がさっぱり分からず、情けない声を発する。

圭はまたクスリと笑うと、
絆に向かって口を開いた。

「いいえ。ここは『バーリェ』の中です」

「バーリェの中……?」

いつか見た夢の、愛と命が遊んでいた光景が蘇る。

その夢と、今の状況が酷似していた。

「どういう意味だ? バーリェの中って
……お前の心の中なのか?」

「いいえ。特務官様はひとつ、
大きな思い違いをしています」

圭が静かに言う。

「思い違い……?」


607 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:02:55.89 ID:Xk7rhViu0
「はい。あなたは、私達のことを人間と
同じ生き物だと思っているようですね」

彼女は目を伏せて続けた。

「私達は、概念からして人間とは異なる生き物です。
互いが繋がり合っている生命体とでも言えば
いいでしょうか。
死んでも、その繋がりは途絶えることがありません」

「……意味が分からない。もっと、
分かるように説明してくれ」

「私達は、死んでも元の一つの生命体に戻るだけです。
人間とは、その部分が大きく異なります。
『バーリェ』とは、一つの大きな『意思』であり
一個の生命体です。
あなたが接していた『圭』という人格は、
その一端末に過ぎません」

圭の姿がノイズがかって歪んだ。


608 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:03:36.28 ID:Xk7rhViu0
そしてテレビの砂画面のようになり、
今度は優の姿が現れる。

優は両手を絆に向かって振って、
嬉しそうに笑った。

「絆、久しぶり。元気にしてた?」

「優……?」

「私達って、死んだら一つになるんだ。
だからバーリェは、各端末が死んでも、
元のデータが残ってる限り複製が可能なの」

優の姿がノイズがかり、今度は文の姿が投影された。

『ご迷惑をお掛けしました。絆さん』

手話を送られ、絆は目を見開いた。

「文も……お前達、まだ生きてたのか!」


609 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:04:21.54 ID:Xk7rhViu0
『状況が理解できないのは分かります。
ですが、今回は「バーリェ」があなたの「意思」に
コンタクトをとることを決定しました。
私達は、その端末情報から複製された
データの一つに過ぎません』

また文の姿が掻き消え、元の圭の姿に戻った。

圭は砂浜に車椅子をゆっくりと進め始めた。

正方形だった空間が歪んで、
またどこまでも広がる砂浜を形作る。

慌ててそれを追った絆が脇に並んだのを見て、
圭は口を開いた。

「驚きましたか? 他にも、『バーリェ』は、
あなたの望む端末情報を提供することができます」

「つまり……バーリェの核のようなものがあって、
お前達はその核から複製された
データに過ぎないと言いたいのか?」


610 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:05:09.68 ID:Xk7rhViu0
「そうです」

「死んだら、その情報が核に統合されて
また一つに戻る。
だから、意識生命体として
存在することができると……?」

「……あなたが瀕死の状態になった時、
バーリェの統合体は、意思にアクセスしやすくなります。
人間の意識も、簡単に言ってしまえば
データの集合体です。
あなたの意識をハックして、その中に潜り込んでいます」

ゆっくりと進みながら、圭は前を向いた。

「俺が、今瀕死の状態……?」

「はい。右肺に大きく穴が開いてしまっています。
このままでは、遅からず
あなたは死んでしまうことと思われます」

「…………」


611 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:05:42.45 ID:Xk7rhViu0
「私達バーリェは、あなたという一個人に
対して特別な興味を抱いています。
少々お時間をとらせていただき、
一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

圭はそう言って、絆に向かって続けた。

「……あなたは、私の端末の一つ、
この子に対して『生きろ』とご命令をされましたね?」

「この子って……お前のことか?」

「端的に言ってしまえばそうなります」

「……ああ。俺は確かにそう言った」

「どうしてそんなことを言ったのですか?」

「…………」

黙り込んだ絆の脇で車椅子を止め、
圭は彼の顔を見上げた。


612 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:06:16.87 ID:Xk7rhViu0
「不思議な事に、この子……『圭』は、
それに対して満足しているようなのです。
その理由が、しかし圭自身にもよく分からないようです」

「俺は……」

絆は息を吸って、そして困ったように笑った。

「俺は、ただ単にお前達に生きていて欲しかっただけだよ。
守ってやりたかっただけだ。
それ以上の意味も、それ以下の意味もない」

「その理由をお聞きしたいのです」

圭の左目だけの丸い瞳に見つめられ、
絆はそれを見下ろして言った。

「お前達が意識生命体だったとしても。
俺は、お前達を、俺達と何ら変わらない生き物だと思うから。
だからさ」

「…………」


613 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:06:56.04 ID:Xk7rhViu0
「誰だって死にたくないだろう。
俺だってそうだ。
生きたいと願うのが当たり前だ。
だから俺は、お前達を守ると決めたんだ」

「だから生きろと命令したのですか?」

「そうだ。それが当たり前のことだと思うから、
俺はお前達に命令した。何か……おかしかったかな」

「いいえ……おかしいとは思いません。
思いませんが……
あなたは随分他の『人間』とは違うのですね」

「最初からこうだったわけじゃない。
お前達を何人も犠牲にして、そして得た結論だ。
お前達がいなければ、
俺はここまで変わることはできなかった」

絆はそう言って息をついた。

そして圭の頭に手をポン、と置く。


614 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:07:32.90 ID:Xk7rhViu0
「理解しようとはしなくていい。
別に理解しなくても、俺はお前達を否定したり、
利用したりはしない。
だから……な? 一緒に、生きていこうよ」

「…………」

「死ぬのが当たり前だなんて、悲しいことを考えるな。
俺達はみんな生きている。
生きるために生きてるんだ。
だから、難しいことは何もない」

「…………」

「そう、俺は思うよ」

圭は俯いて、だいぶ長いこと沈黙していた。

そして顔を上げる。

一瞬絆はドキッとして息を詰めた。

瞬きをする間に、
車椅子には白と赤の軍服を着た桜が座っていた。


615 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:08:10.80 ID:Xk7rhViu0
「桜……」

「絆様、お元気でしたか?」

ニッコリと微笑んで、桜は頭を深く下げた。

「この節は大変なご迷惑をお掛けしました。
非常に心苦しく思っております」

「何を言ってる……? 
俺は……お前を、殺したんだぞ?」

かすれた声でそう言った絆に笑いかけ、桜は続けた。

「私達は死んでも意識が消えません。
データとして残ります。
ですから、何も気負うことはありません」

「それでも……気負うよ」

寂しそうに呟いた絆の手を握り、
桜は車椅子から立ち上がった。


616 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:08:48.26 ID:Xk7rhViu0
そして絆の手を引きながら歩き出す。

「……絃様は、世界の持つ歪みに気づいてしまわれました。
元老院の隠している大きな事実を、知ってしまったのです」

振り返らずに、淡々と桜が話しだす。

「そしてその歪みを修正するためには、
あなたの存在が邪魔なのです。
絃様の本当の狙いは、バーリェの存在を肯定して、
その意義を証明してしまっている
『あなた』を消すことです」

「何だって……?」

思わず問い返した絆に、桜は頷いて振り返り、言った。

「バーリェは、人間の生きているこの世の中に
存在してはならないロストテクノロジーの一つです。
元老院は、それを起動させてしまいました。
そして、それと同時に死星獣も起動され、
世の中に解き放たれることになりました」


617 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:09:31.11 ID:Xk7rhViu0
「え……?」

呆然として絆は立ち止まり、桜を見下ろした。

「バーリェを作るシステムが起動したから、
死星獣を作るシステムも起動したって……? 
そういうことか?」

「はい。そして元老院は、そのシステムを止める方法を
知りません。それ故、システムは暴走を続け、
今ではバーリェでも死星獣でもない個体を作り上げる程に
膨れ上がってしまいました。
バーリェを根絶やしにしない限り、
副作用として死星獣は現れ続けます」

断言した桜の言葉の重みを推し量ることができずに、
絆はしばらくの間沈黙していた。

やがて息をついて首を振る。

「……そのシステムはどこにある?」

「この世にはもう存在しません」


618 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:10:15.27 ID:Xk7rhViu0
「存在しないシステムから、
君達は生み出されてるっていうのか?」

「この世には存在しませんが、
相違的な多元次元境界には存在しています。
ですから……」

「待ってくれ。君の言っている意味が分からない」

「私達は、多元次元境界から来た生命体です。
端的に言ってしまえは、
平行世界の地球上に存在していたシステムです」

「平行世界……?」

意味が分からず、呆然と呟いた絆に桜は続けた。

「……やはりこの話をするのは、
時期尚早だったのかもしれません。
理解をしろということが無理なのは分かっています。
でも、心の片隅には留めておいてください」


619 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:10:54.12 ID:Xk7rhViu0
「じゃあ……死星獣を根絶やしにすることは
出来ないっていうのか?」

桜は一瞬とても寂しそうな顔をした。

しかしすぐに、どこか壊れたような
笑顔を貼り付けて絆を見た。

「私達をこの世界に具現化させていてる
端末が存在しています。
それを破壊すれば、私達もろとも、
一時的ですが死星獣の発生を止めることは出来ます」

「その端末は?」

絆はそれを問いかけてふと思い出した。

駈が、絃が「天使一号」を盗み出したと言っていたことを。

彼の考えを読んだのか、桜は頷いて言った。

「天使が、私達を具現化させている要素の一つです。
天使一号は、その中の細分端末です」


620 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:11:24.89 ID:Xk7rhViu0
「元となる天使が存在しているのか……!」

「はい。元老院が持っています。
絃様は、その破壊を大義名分に、
元老院を見つけようとしています」

――私達でさえも存在を知らない組織に……。

駈の言葉が頭の中を回る。

死星獣の攻撃により、今や全世界の六割は壊滅状態だ。

それでも、元老院がやられたという噂は聞かない。

はっきりと新世界連合が敵だ、と明言していてもだ。

存在しない。

「ない」組織。

絆は頭を抱えてよろめいた。

「元老院は……もしかして……」


621 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:12:04.67 ID:Xk7rhViu0
「おそらくあなたが今想像した通りです」

桜は頷いて、淡々と言った。

「元老院という人間達は、多分存在していません。
私達と同じような、統合的データ生命体だと思われます」

「俺達は……データ生命体の
指示を受けて今まで動いていたっていうのか!」

「そうなります」

桜は寂しげに笑って付け加えた。

「それが何なのかまでは、私も分かりませんが」

「……どうしてそんな話を俺にする?」

問いかけた絆に、桜は頷いてから言った。

「あなたが、とても『人間らしくなかった』からです。
どちらかと言うと、私達の世界の人間に似ていた。
だから興味が湧いたのです。
人は、あなたのような人間のことを
『変種』というのでしょうね」


622 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:12:39.79 ID:Xk7rhViu0
桜はそう言って、腕時計に視線を落とした。

「……もうじきあなたの意識が覚醒します。
ハックが解けます」

「待て! まだ聞きたいことは沢山ある!」

「残念ながらタイムアウトです。
私達は、これからあなたの体の治癒力を高めるため、
あなたの体組織に対してハックを行います。
それ故通信は途絶されます。ご了承ください」

桜の姿が、ザザッ、と音を立てて歪む。

「待てよ! 桜、みんな!」

慌てて桜の肩を掴もうと手を伸ばした絆の体が、
彼女の体をすり抜けた。


623 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:13:11.57 ID:Xk7rhViu0
呆然とした絆の方を向いて、桜はそっと微笑んだ。

「また会いましょう。あなたが、
まだ無事でいられたら。
そして、私達が、まだこの次元に存在していることが
許されれば。また」

ズキッ、と絆の胸が痛んだ。

呻いてしゃがみこんだ絆の前で、
桜はぼんやりと歪み、そして掻き消えた。

「待て……よ……」

胸を抑えて手を伸ばす。

しかし絆は、体から急速に力が抜けていくのを感じ。

抗いがたい倦怠感に、ゆっくりと目を閉じた。


624 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 19:15:05.49 ID:Xk7rhViu0
お疲れ様でした。

次回の更新に続かせて頂きます。

桜が満開になって参りました。
いよいよ春ですね。

冬が長かったと思う分、嬉しいものです。

引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

それでは、今回は失礼させて頂きます。


626 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/04/19(木) 19:25:54.48 ID:7qoDJxPSO
乙。衝撃の展開が来たなぁ


628 名前:NIPPERがお送りします(神奈川県) [sage] 投稿日:2012/04/19(木) 19:40:44.64 ID:r0OCSA9Io
さくらぁ・・・


629 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/04/20(金) 00:06:54.76 ID:r/39EsHjo


俺のとこは既に葉桜なり


630 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/04/20(金) 07:16:35.80 ID:7/IszweIO
元老院が生身でない…だ…と…!!


631 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:32:04.55 ID:+IntTbT/0
こんばんは。

ツイッターなどを通して沢山のご感想、ありがとうございます!

元老院はデータ生命体であるという話が出ましたね。
これから詳しく書かせていただこうと思っています。

私の住んでいるところも、もうじき桜が散ってしまいそうです。
丁度今日が満開でした。綺麗でした。花はいいですね。

それでは、続きが書けましたので投稿をさせて頂きます。

楽しんで頂けましたら幸いです。



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