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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
290 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:34:43.85 ID:uvzKjyfN0


階段を駆け上がる汀は、三階に踊りだすと、
そのまま足を引きずりながら手すりを掴んで走りだした。

おびただしい数のドアが脇にある。

暗い病院のどこまでも続く廊下を走りながら、
汀はヘッドセットに向かって声を発した。

「圭介! 見つからない、患者達の意識に続く部屋が見つからないよ!」

『…………』

「圭介、どうしたの?」

『何でもない。理緒ちゃんがテロリストと交戦を開始した。
彼女のバイタル監視に集中する。
患者の部屋はすぐに見つかるはずだ。焦るな』

歯噛みしてヘッドセットの通話を切り、汀は廊下の角を曲がった。


291 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:35:24.22 ID:uvzKjyfN0
そこで彼女は、十数メートル離れた向こう側に、
長大な日本刀をダラリと下げた一貴が立っているのを目にした。

ただでさえ暗がりなのに、
凶器を構えて異様な雰囲気を醸し出している。

その脱力したかのような姿に、汀は立ち止まって大声を上げた。

「そこをどいて、いっくん!
私はシステムを止めに行かなきゃいけないの!」

「……分かってる」

「あなた達の目的は何なの?
単純な医療テロが目的じゃないでしょ!」

汀の声に、一貴はつらそうに顔を歪めた。

そして何か言葉を発しようとして失敗し、激しくその場に咳き込む。

左手で口元を抑えて、一貴は何度か餌付くと
手の平に広がった血液の痕に目を見開いた。


292 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:36:03.91 ID:uvzKjyfN0
「……病気なの?」

汀が一歩を踏み出す。

一貴は寂しそうに笑うと、ヒュン、と日本刀を振った。

「残念ながらね。でも自殺病じゃない」

「私は医者よ。あなたを助けてあげたい」

「なぎさちゃんが僕を? ……嬉しいけど、君には無理だよ」

「やってみなきゃ分からないわ」

「君の大切な人を、大切な人達を殺しかけた僕を助けようとしてくれるの?」

静かに問いかけられ、汀は足を止めた。

「……大河内せんせを刺したのは、あなたね」


293 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:36:39.92 ID:uvzKjyfN0
「うん。腹が立ってさ。君は僕のものなのに、
あいつは君を自分のものにしようとしてる。
殺しそこねたけど、状況が一段落したら、
高畑とかいう医者諸共息の根を止めるつもりだよ」

「…………」

「ごめんね……なぎさちゃんをすぐに助けてあげられない。
僕はまだ、それほど強くない」

「いっくんは大きな勘違いをしてるよ」

汀はまた一歩を踏み出し、静かに言った。

「勘違い?」

「ええ。あなたは、私を無力でひよこみたいな存在だと思い込んでる。
だから自分が守らなきゃって、思ってくれてるんでしょ?
でも私はもう、産毛は抜けてるの。大人よ。
一人で歩けるし、一人で鳴ける」


294 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:37:19.36 ID:uvzKjyfN0
「…………」

「大河内せんせのことが好きなのは、自分の意思。
圭介に協力してるのも、自分の意志。
あなた達のことを半分以上忘れてるのは悲しいけど、
私はそれを乗り越えて前に進むつもりよ」

「なぎさちゃん……」

「だから邪魔をしないで。私が前に進むのを止めないで。
私は、沢山の人を救うんだよ」

汀は言い終わると、一貴の目の前で足を止めた。

そして頭一つ分くらいも違う彼のことを、まっすぐ見上げる。

「大丈夫。私は医者よ。怖がらないで。
いっくんのことも、すぐに救ってあげる」

「なぎさちゃん……僕には……」

言い淀んで、一貴は日本刀を握る手に力を込めた。


295 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:37:54.69 ID:uvzKjyfN0
「……時間がないんだ。君がここに到達するまで、
待っていられる余裕が無い。
だから、僕からもお願いだ。
僕を救ってくれるんなら、忠信の精神中核を置いて
ここからすぐに立ち去って欲しい。
今回は何もしない。約束するよ」

「…………」

「じゃなきゃ、僕は、今度こそ本当に君を……殺さなきゃいけなくなる」

数秒間汀と一貴は見つめ合った。

悲しそうな、やるせなさそうな目をしている一貴と対照的に、
汀は目を爛々と輝かせ、強い芯をはらんだ視線をしていた。

汀と一貴の手が、同時に動いた。

日本刀を横薙ぎに振りぬいた一貴の腕を、
汀が掴んでぐるりと体を反転させる。


296 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:39:01.66 ID:uvzKjyfN0
次の瞬間、頭一つ分くらいも体格が違う男の子を、
小さな汀は軽々と背負って投げ飛ばした。

床に背中からたたきつけられ、一貴が空気を吐き出す。

汀はそのまま拳を固めると、力いっぱい一貴の顔面に振り下ろした。

ドッ、というおよそ人間が発せられる音ではない異様な重低音をさせて、
一貴の頭がリノリウムの床にめり込む。

放射状の衝突痕が床に広がった。

もう一度拳を振り下ろそうとした汀の手が止まった。

ざわざわと一貴の髪がひとりでに動き、彼の顔面を覆い隠す。

それはドクロのマスクを形作って定着した。

「駄目……もうスカイフィッシュになっちゃ駄目だよ!」

必死に声を絞り出した汀の前で、マスクをつけた一貴が手を伸ばす。


297 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:39:34.17 ID:uvzKjyfN0
それに首を掴まれて、汀の小さな体がサバ折りのように曲がり、
簡単に押し戻された。

上半身を起こし、一貴はもう片方の手で日本刀を構えた。

それを汀の額にピタリと当てる。

汀は呼吸ができなくなっている状況の中で、
手を伸ばして反射的に日本刀の刃を手で掴んだ。

肉が切れ、ずるりと皮がめくれて血が溢れ出す。

一貴は汀の首を締めながら、彼女が押し戻そうとする日本刀を、
力の限り押しこみ始めた。

血と脂で滑り、日本刀が少しずつ汀の額にめり込んでいく。

「いっくん……」

汀は、目にうっすらと涙を溜めながら、小さく言った。


298 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:40:18.90 ID:uvzKjyfN0
「私は行くよ。ごめんね……」

バキィッ、と音がした。

汀の頭蓋骨が砕けた音ではなかった。

一貴の日本刀が、半ばから砕け散っていた。

汀は折り取った日本刀の先端部分を掴むと反転させ、
一貴の胸に深々と突き刺した。

「がっ……」

異様な声を上げて、マスク姿の一貴が硬直する。

胸を抑えて、彼はよろめいて、どうとその場に崩れ落ちた。

汀も激しく咳をして、一貴に覆いかぶさるように倒れこんだ。

忠信にやられた切り傷が全て開いていた。


299 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:40:53.21 ID:uvzKjyfN0
血まみれになっている汀を、一貴は震える手でそっと抱いた。

「……だいぶ、無理してたみたいだね……」

「いっくんこそ……」

「行きなよ。患者が待ってるんでしょ?
その結果、君が不幸になるとしても、それは君の選んだ未来だ。
後悔しなければ、僕はそれでいいよ……」

「後悔しない……私、行ってくる……」

汀は一貴に押されて、よろめきながら立ち上がった。

そこで、彼女達はパチ、パチ、パチ、と乾いた拍手を聞いて、顔を上げた。

拍手を発していた対象を目にして、一貴の目が見開かれる。

「まずい……もう起動してたのか……!」

彼がそう言って、胸に折れた日本刀を突き立てた状態のまま、
汀を庇うように無理矢理に立ち上がり、腕を振った。


300 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:41:24.55 ID:uvzKjyfN0
両手に二本の日本刀が出現してギラついた光を発する。

「……何……」

一貴はペタ、ペタと足音を立ててこちらに近づいてくる人影を見て、
小さく呟いた。

「真矢先生……?」

呟いた先には、真矢と呼ばれた白衣の女性が立っていた。

長い赤毛に、整った顔をしている女性だった。

しかしどこか無機的な笑顔が張り付いていて、
薄暗い照明に照らされて、かなり不気味な雰囲気を醸し出していた。

真矢は一貴と汀から少し離れた場所で足を止めると、
白衣のポケットに手を突っ込んだ。

そして口の端を歪めて笑い、感情の感じられない目で二人を見る。

「……誰かと思えば、工藤くんと網原さんじゃない。久しぶりね」


301 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:41:59.16 ID:uvzKjyfN0
「誰……?」

汀が小さく呟く。

一貴は少し言いよどむと、くぐもった声を返した。

「ナンバーIシステムの正体だよ。あれは虚像。
システムにアップロードされた、
昔のマインドスイーパーの、意識の断片だ」

「……赤十字……『機関』と『元老院』が、
マインドスイーパーの意識だけを切り離して、夢世界に閉じ込めたって……
そうすれば、生身の人間をダイブさせる必要はなくなる。
それがナンバーIシステムの正体ね……」

汀は真矢をまっすぐ睨みつけ、続けた。

「大人が考えそうなことだわ。ねぇ圭介!」

ヘッドセットの向こうに汀が大声を上げる。


302 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:42:31.52 ID:uvzKjyfN0
圭介はしばらく沈黙していたが、やがて押し殺した声をそれに返した。

『汀、議論をしている暇がない。工藤一貴、聞こえているか?』

「…………」

一貴は血液混じりの涎を口の橋から垂らしながら、それに答えた。

「聞こえてる」

『一旦停戦としようじゃないか。
どうやら、お前の目的は俺達の目的と被るようだ。
ここで汀と争わせてもいいが、お前にとって、
それはあまり得策とは言えないだろうな』

「…………」

一貴は忌々しそうに歯噛みして、低い声で圭介に向かって言った。

「分かった。だが今回だけだ。条件がある。
岬ちゃん……片平さんと一緒にいた女の子の精神中核に手を出すな。
やられたんだろ?」


303 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:43:10.27 ID:uvzKjyfN0
『…………』

圭介は一拍置いて、続けた。

『約束しよう』

「なぎさちゃん、これを」

一貴は汀に日本刀を一本渡すと、ふらつきながら自分の刀を構えた。

刃を向けられ、真矢がポケットに手を入れた姿勢のままニヤニヤと笑った。

「あらあら……無理はいけないわよ、工藤君。
そんなに血を吐いて、血を流して、
あなたの体も精神も、悲鳴を上げてるわ」

真矢は足を踏み出すと、悠々と一貴に近づいて、手を伸ばした。

「なぎさちゃん、説明は後だ!
こいつに触られるな、全ての精神情報をスナーク(読み取り)される!」


304 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:43:47.16 ID:uvzKjyfN0
一貴は飛び退いて、足を踏みしめると真矢に向かって
日本刀を大上段に振りぬいた。

しかし、斬撃は振り切らないまま途中で止まった。

真矢が伸ばしていた手で、
日本刀の腹を簡単に親指と人差指で掴んで、止めたのだった。

「くっ……」

歯を噛み締めた一貴の両腕の力を、細い腕の女性は片手で簡単に押し戻すと、
大して力を込めている風はないのにあっさりとひねりあげた。

「ダメじゃない。大人に刃物を向けちゃ」

「なぎさちゃん離れて!」

「そういうことをするお馬鹿な子には……お仕置きが必要ね」

真矢がパッ、と日本刀から手を離した。


305 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:44:24.79 ID:uvzKjyfN0
次の瞬間、彼女は一貴の方に手を伸ばし、
口をすぼめて勢い良く空気を吐き出した。

それが竜巻のような渦を巻き、途端に轟音を立てて燃え上がった。

炎の渦が目にも止まらない速度で一貴に襲いかかる。

一貴はそれを見て、頭を抑えて体を丸めた。

ざわざわと彼の体から水蒸気のようなものが立ち上り、
一拍後、彼はボロボロのシャツにジーンズ、
チェーンソーというスカイフィッシュのいでたちに変わっていた。

彼は唖然としている汀に、チェーンソーを持っている方とは
逆の手を突き出すと、とっさに大きく振った。

そこから防火マットのような黒い大きな布が出現し、汀の体を覆い隠す。

次の瞬間、二人を巨大な爆発が襲った。

病院の廊下、壁、天井が吹き飛んで、辺りに轟音と爆煙、
そして砕けたコンクリートによる土煙が吹き荒れる。


306 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:44:59.75 ID:uvzKjyfN0
数秒後、爆風が収まった空間で、
一貴は回転するチェーンソーの刃で顔面を隠した姿勢のまま、
深く息をついた。

体の所々が焦げて、まだメラメラと燃えている箇所がある。

真矢と一貴達の間の廊下が、スッポリとなくなっていた。

バラバラとガレキが落ちていく。

虹色のゲル状になったものが詰まっている空間が、
砕けた病室の間から見える。

二階と四階に繋がる廊下と天井がなくなっていた。

「チィ……虚数空間なのか……!」

歯噛みした一貴に、真矢はフフフと面白そうに笑って答えた。

「そう、その先はどこにも繋がっていない暗黒の空間。
そこに落ちれば、意識をもう引き上げることはできないわ」


307 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:45:38.80 ID:uvzKjyfN0
真矢の体が、かげろうのように揺らいで消えた。

「治療の邪魔をする愚か者の子供は、無限の虚無に落ちて、
自然消滅するまで後悔すればいい」

一貴のすぐ後ろから声が聞こえ、スカイフィッシュ状態になった彼は、
マスクの奥の瞳を光らせながら振り向いた。

その瞬間、真矢は変質してチェーンソーが変化した、
振りぬかれた一貴の日本刀を、また掴んで止めた。

そしてためらいもなく「虚数」と言った虹色の空間に、
刀ごと彼を投げ飛ばそうとする。

「その手を離しなさい」

そこで、押し殺した汀の声が響いた。

チャリ、と金属音がして、真矢の背後から刀が伸びて、
彼女の首筋につきつけられる。



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