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少女「それは儚く消える雪のように」 2
115 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:29:06.39 ID:s9qUNLnH0
こんばんは。

このブラックボックスシステムが、霧が言いかけていた
「危険な」システムです。

元老院や絆の心境についても触れて、
続きを書かせていただきました。

今回の更新分で、若干いつもより短いですが、
第四話は終了となります。

それでは、投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。


116 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:32:55.13 ID:s9qUNLnH0
「優が……優が……!」

渚に向かって絆は悲鳴を上げた。

「優が死んだ!」

『特務官、死星獣の撃破を!』

絆の声に被せて渚が大声を上げた。

『先ほどの爆発と死星獣の攻撃により、
エフェッサー側の残存戦力が五十パーセントを
切りました! 迎撃してください!』

絆達の少し前の空間がゆらめいて、
今度は、タイプγのように白くはなく、
「金色の」ヒトガタ死星獣が浮かび上がる。

それは、胸の前に手の平を上にして、
長い髪を垂らした女の子を乗せていた。


117 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:33:31.61 ID:s9qUNLnH0
女の子は白と赤を基調とした
軍服のようなものを着ていた。

金色の死星獣の顔面にあたる場所には
穴が開いておらず、完全なのっぺらぼうだ。

全長は少しサイズが小さく、十五メートル前後だろうか。

死星獣の体に触れても死なないということは。

体から生体エネルギーを発しているということに他ならず。

それは、つまり。

人間ではないということを指していた。

女の子は背を伸ばして両腕を胸の前で組んでいた。

ズンッ、と金色の死星獣が足を踏み出した。

それの体から発生られるブラックホール粒子が、
周囲の地面をすり鉢型に塵にして消滅させていく。


118 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:34:25.47 ID:s9qUNLnH0
そこで、モニターにザザッ、と音がして
聞き知った声が割り込んできた。

『お久しぶりです。絆様』

「さ……桜……?」

呆然として優の心臓マッサージをしていた
手を止め、絆はモニターを見つめた。

桜だった。

絃と共に消えた、彼のバーリェ。

半死半生の状態のはずの彼女が、
腕組みをして仁王立ちになり、こちらを睨みつけている。

文の無意識の操作で、カメラアイが収縮し、
死星獣の手の平の桜が拡大される。

彼女は口の端を歪めて小さく笑うと、
どこかからか通信素子で割り込みをかけているのか、
静かに服の胸元に取り付けられたマイクに向かって口を開いた。


119 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:35:04.52 ID:s9qUNLnH0
『乗っているのは雪ちゃんではありませんね? 
新しい複製体でもないようです。
……無茶をしましたね。死にましたか? 
大暴れをしてくれたものです
……これだけの被害を出すとは、正直思っていませんでした』

彼女らしくない淡々とした喋り方だった。

どこか達観したかのような、緩やかな口調だ。

顔色は悪い。

良く見ると、腕に携帯型の点滴が取り付けられていた。

心なしか、風に吹かれて仁王立ちの姿が
揺らめいているようにも見える。

そこで陽月王が立ち上がり、死星獣に近づいた。

絆が止める間もなく、文が陽月王のハッチを開いた。

絆と文の姿が、外気にさらされる。


120 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:35:48.90 ID:s9qUNLnH0
周囲に四散しているブラックホール粒子は、
文による陽月王のエネルギーコーティングの
フィールドで防がれてはいる。

しかし、絆は青くなってハッチを閉じようと
計器を操作した。

……動かない。

頑として文が操縦している陽月王は、動こうとしなかった。

「くそっ……何でだ……! 動け! くそ!」

ガチャガチャと操縦桿を動かしている絆を見ることもせずに、
文は大きな身振りで桜に手話を送った。

『桜ちゃん! 何? 何があったの? 
どうしてそっちにいるの!』

「…………」


121 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:36:35.27 ID:s9qUNLnH0
死星獣の手の上の桜は、しかしそれには答えなかった。

それ以前に、距離が遠くて手話が見えていないようだ。

声を発することが出来ない文が、
歯を強く噛んで腕を動かす。

『お姉ちゃんが……お姉ちゃんが死んじゃった! 
愛ちゃんも、命ちゃんも死んじゃったよ! 
雪ちゃんも死にそうなの! 
なのに……なのにどうしてそっちにいるの!』

文の声にならない叫びを受けて、
桜は鼻を鳴らしてそれを一蹴した。

『何だ……やっぱり雪ちゃんではないのですか』

スピーカーから淡々とした声が流れてくる。

死星獣が腕を動かし、胸の前に持っていく。

そして、桜はまるで水面のように揺らめいた
その胸部に、トプリと体を沈み込ませた。


122 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:37:26.15 ID:s9qUNLnH0
『その兵器を破壊します。
ブラックボックスシステムをいただいていきます。
絆様、文ちゃん。さようなら。速やかに死んでください』

死星獣の体が、次の瞬間、更に濃い金色に変色した。

『桜ちゃん!』

文が手を握り締めて、口を動かす。

そこで残存していたらしい、
残り一機の人型AADが、
金色の死星獣に向かって斬りかかってきた。

しかし桜を取り込んだ死星獣は、
タイプγのものとは比べ物にならない速度で
それを回避すると、地面を滑るように浮遊し始めた。

そして一瞬で人型AADの背後に回り、
それを羽交い絞めにする。

『まずは一つ』


123 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:38:25.73 ID:s9qUNLnH0
桜の呟きが、割り込んできた通信から流れる。

死星獣の背中から別の腕が競り出すように生えてきて、
人型AADのコクピットを貫通する。

それをハッチごと握りつぶして、
ドシャリと音を立てて地面に投げ捨てる。

『この機体とシステムは、流用させていただきます』

金色の死星獣は、次の瞬間アメーバのように
ドパァッ、と薄い膜状になって広がると、
コクピットを除いた人型AADに覆いかぶさった。

そしてたちまちのうちに全身を覆い隠し、
陽月王と寸分違わない姿になる。

違うといえば、表面が光沢を発していて、
全身金色に光り輝いていることくらいだ。

迫撃戦用ブレードを構える、金色の陽月王。


124 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:38:59.56 ID:s9qUNLnH0
そのブレードが、先程優がやったように展開し、
一瞬で全長五十メートルは超える
桜色のエネルギー波を発し始めた。

「ど……どういうことだ……?」

呆然と絆が呟く。

頭がついていかなかった。

そこで文が強く歯を噛み、操縦席に腰を下ろした。

絆の操縦を無視していた陽月王が、
コクピットハッチを空けたまま動き出す。

文が陽月王にも迫撃戦用ブレードを構えさせる。

「文、ハッチを締めろ!」

絆が声を張り上げるが、文はそれを無視した。

自分の両目で、金色の陽月王を睨みつけた
文の目から、一筋涙が垂れる。


125 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:39:41.73 ID:s9qUNLnH0
『シィンケルハンドブレード、ロック解除。
エネルギーシステムヲ展開シマス。
活動臨界マデ、後百二十秒デス』

次の瞬間、陽月王の背部ブースターが
全開に点火し、絆は叩きつける風に
目を開けることも出来ずに、
必死に優の亡骸を抱き寄せて、
シートの上に体を丸め、ベルトで固定した。

次の瞬間、薄いオレンジ色の文のエネルギーと、
ピンク色の桜のエネルギーが衝突して、
辺りに真っ赤な熱波を飛び散らせた。

『……文ちゃん、あなたの気持ちは分かります。
悲しいよね。苦しいよね』

金色の陽月王が陽月王と全く同じ動きをして、
何度も高速の斬撃を受け止める。

まるで鏡の中の自分と戦っているかのようだった。


126 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:40:37.32 ID:s9qUNLnH0
『でもね、それ以上にこの星は病んでるの。
私達の悲しみも、苦しみも、
元はといえばこの星が病んでいるせいなのよ』

淡々と桜が語る声が、金色の陽月王の中から聞こえる。

『そして星を病ませているのは、人間なの。
だから人間は殺さなきゃならない。
皆殺しにしなきゃならない。
でも……新世界連合は、生き残らなきゃいけないの』

同時に斬撃をかわして、
キャタピラを回して横にスライドする。

そしてやはり同時に、エネルギーブレードが長く伸び、
相手の左肩を吹き飛ばした。

陽月王の左肩が半ばから抉れて飛び散り、
破材が小規模な爆発を起こす。

文と金色の陽月王――桜は、ブレードを投げ捨てると、
残った右手でお互い相手の頭部を掴んだ。


127 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:41:14.64 ID:s9qUNLnH0
ギリギリと締め上げられて、
カメラアイからのモニター映像が次々と消えていく。

異常値を示すランプがところかしこで点滅した。

次の瞬間、二機の右腕の装甲が、
愛が死星獣を吹き飛ばした時のように開いた。

そしてお互いのエネルギーを噴出させ始める。

「やめろ文……! こいつはダミーシステムだ! 
お前の行動をなぞっているに過ぎない!」

絆がやっとの思いで怒鳴る。

しかし文は、絆の声が聞こえていないのか、
声が出ない口を大きく開き、
正気を失った目で声に出さずに絶叫した。

桜の声が、聞こえる。


128 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:42:05.70 ID:s9qUNLnH0
『だってそうでしょう? 
新世界連合までいなくなったら、
誰がこの世界の秩序を守るの? 
あなた達害獣を駆除した後、
誰がこの腐った世界を元に戻すの? 
だから私達は、あなた達が抱く戦力を全て
吸収した後に破壊することにしたわ。
残念ながら、今の死星獣に、マーキングがない
詳細なピンポイントワープを行う技術はない。
正確には……「その技術を解明できていない」
のだけれど……』

同時に陽月王と、桜の機体の頭部が爆発した。

優の亡骸を熱波から庇うように、
それに覆いかぶさった絆の背中を、火が舐める。

よろめいて頭部を失った相互が、
光り輝く右手を振りかぶった。

『だから元老院の居場所をみつけることもできない
……でも、情報はいただいていくわ。
このブラックボックスは、持ち帰らせてもらう!』


129 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:43:04.66 ID:s9qUNLnH0
桜が吼えた。

絆達を囲むように、
死星獣のタイプγが新たに五体出現する。

そして一体が、桜の機体の背中に手を突っ込んで、
一辺一メートル四方ほどの、
黒いキューブ体を取り出した。

それは。

――死星獣の核に、酷似していた。

それを持ってまた消えた死星獣を確認して、
絆は操縦桿を押した。

陽月王がブースターを点火して、
相手から跳びすさって離れる。

地面に転がっていた迫撃戦用ブレードを拾い上げ、
転がるようにして金色の陽月王に飛び掛る。

相手も同様にブレードを構えて突撃してきた。


130 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:43:41.07 ID:s9qUNLnH0
「離脱するぞ、文!」

絆は怒鳴って、新たに陽月王に搭載されていた、
緊急離脱用のシートポッドのボタンを、
ガラスを叩き割って露出させた。

愛が死んでから、陽月王に搭載させていた機能だ。

コクピットが小型の戦闘機型脱出用ポッドとなって、
緊急離脱することが出来る。

しかし、それを叩きつけるように押した途端。

絆は、文に突き飛ばされて、
競りあがってきたシャッターの中に、
優の亡骸を置いて押し込められた。

「文! 何やってんだお前!」

陽月王と桜の機体のブレードが衝突し、
また熱波が吹き荒れる。


131 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:44:13.94 ID:s9qUNLnH0
周囲を、残ったタイプγが囲み始めていた。

文は優の血まみれの亡骸を抱いていた。

そして絆に向けて、ゆっくりと手を振る。

『……さよなら絆さん。今までありがとう。
でも、私はお姉ちゃんの所に行きます。
お姉ちゃんには私がいて、私にはお姉ちゃんがいて、
そうじゃなきゃいけないから。
だから、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい』

意味を理解して絆は青くなった。

この子は。

死ぬつもりだ。

「やめろ文! め」

「命令だ」と言おうとしたところで、
シャッターが閉まった。


132 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:45:01.48 ID:s9qUNLnH0
次いで、絆を乗せた脱出用ポッドが
ものすごい勢いで後ろに向けて射出される。

『あなた達を生かしてはおかない……! 
危険すぎる! そしてあの人は絶対に殺させない! 
私の、世界で一番大切な、
何にもまして大事な、大事な人……! 
絶対に殺させるものか! 
絶対に、あなた達をあの人に近づけない!』

桜が通信の外で声を張り上げる。

そこで、文が立ち上がったままの陽月王が
背部ブースターを点火させて、頭から桜の機体にぶつかった。

……文が、絆に向けて微笑んだ気がした。

『そのためだったら、私は死んでも構わない!』

桜の機体も頭からぶつかってくる。

『我らの新世界のために!』


133 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:45:34.67 ID:s9qUNLnH0
正面衝突した二つの機体は、同時に。

――桜の絶叫と共に、一瞬だけ膨らんだと思ったら。

まわりの死星獣を巻き込んで、大爆発を起こした。

自爆したのだ。

人型AAD二機が、同時に。

半球状のエネルギーの塊が吹き荒れ、
次の瞬間、天高く光の柱が吹き上がった。

それは光化学スモッグの雲を吹き飛ばし、
その上の「青空」を一瞬だけ投影した。

絆の脱出用ポッドが突風に煽られて地面に叩きつけられる。


134 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/24(土) 21:46:04.99 ID:s9qUNLnH0
衝撃でハッチが開き、中途半端に
締めていたベルトが外れ、
絆は焼け野原になったフォロンクロンの
地面に投げ出され、叩きつけられた。

土と血まみれになりながら、
絆は綺麗なすり鉢型に消滅した、
数百メートル先の地面を見た。

タイプγも、金色の陽月王も。

他ならぬ、先ほどまで乗っていた陽月王でさえも。

そこには、何もなくなってしまっていた。



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