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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
815 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:44:16.40 ID:vFBSZDNN0
こんばんは。



圭介は決して格好いい男性というわけではありませんが、
形容しがたい複雑な表情を浮かべることが多いです。

アンソニー・ホプキンスさんのイメージが、確かに近いかもしれません。
笑っているのか泣いているのか分からない表情が印象的です。



理緒は元々は子供の治療を担当していたこともあり、
大河内や高杉丈一朗に大事にされていたこともあってか、
非常に世間知らずな面があります。
圭介が彼女には辛辣なのは、それが関係しています。



誤字脱字申し訳ありません。ハイドロプレーキングですね。
引き続き教えていただけますと嬉しいです。



11話を投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。


816 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:45:59.97 ID:vFBSZDNN0


ハワイのビーチで、岬は楽しそうに水を足で蹴っていた。

それを、椰子の木の下で膝を抱えていた少年が見つめている。

やがて岬は、水を蹴ることに満足したのか、
足早に少年のところに戻ってきた。

「いっくんも来ないの?」

問いかけられて、彼……一貴は苦笑して口を開いた。

彼の喉には包帯が巻きつけられており、
声はしわがれて、少しガラガラしている。

「俺はいいよ……もう、呆れるほど遊んだし」


817 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:46:59.50 ID:vFBSZDNN0
「そうなんだ」

一貴の隣に腰を下ろし、岬は病院服の裾を直した。

そして、ジーンズにTシャツ姿の一貴を、不思議そうに見る。

「ねぇ、どうしていっくんは普段着でいられるの?
夢の世界では、単純なものしか具現化できないはずだよね」

問いかけられて、一貴は肩をすくめた。

「それは、医者が勝手に決めたルールだよ……
所詮夢なんだ。やろうと思えば、何でもできる」

そう言って、彼は足元の砂を手で掴んだ。

そしてギュッ、と握り、手を開く。

そこには、クリスマスツリーの先端につけるような、
キラキラと輝く、手の平大の星があった。


818 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:47:49.36 ID:vFBSZDNN0
目を丸くした岬にそれを放って渡し、一貴は息をついた。

「こんなことも」

彼は砂の中に手を突っ込んだ。

そして中から、長大な日本刀を抜き出す。

「嘘……」

呆然としている岬を尻目に、一貴は日本刀の刃をじっと見つめた。

「『ここにある』と『錯覚』するんじゃなくて、
『実感』するんだ。そうすれば、夢は現実になりえる」

それを聞いて、岬は自分も砂を握りこんで、
目を閉じて何かを念じた。

そして手を開く。


819 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:48:32.90 ID:vFBSZDNN0
しかし、そこにはただ、真っ白い珊瑚礁の砂があるだけだった。

「あたしには出来ない……」

残念そうに呟いた彼女に、一貴は日本刀を脇に置いて続けた。

「やり方は、おいおい教えていくよ。
でも難しいかも。
今も、頭の中のどこかで、『これは砂だ』って
思ってるから変質しなかったんだ……」

「でも、砂は砂だよ」

「そうだね」

一貴がそう言った途端、日本刀と星が、
サラサラと砂になって散った。


820 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:49:09.47 ID:vFBSZDNN0
「コントロールだよ。夢の。
何もかもを『思い込む』柔軟性が必要だ……
訓練である程度は出来るようになると、思う……」

自信なさ気にそう言って、一貴は息をつき、喉の傷口を押さえた。

「まだ痛む?」

岬にそう問いかけられ、彼は頷いた。

「中々治らない……畜生。あの野郎……」

一瞬一貴の目がギラつく。


821 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:49:47.59 ID:vFBSZDNN0
それを見て、岬は静かに彼の手に、自分の手を重ねた。

「落ち着いて。あたしがいるよ」

「……ああ、そうだね」

頷いて、また息をつき一貴は顔を上げた。

「そろそろ起きよう。結城が煩い」


822 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:50:58.64 ID:vFBSZDNN0


「……何だよ……」

顔面をグーで殴られてハンモックから転がり落ちた一貴を、
雑然と散らかった部屋の中で、結城は睨みつけた。

「岬をお前の夢の中に連れ込むなっつぅのが理解できないのか?
お前の脳みそはバッタ以下かよ」

吐き捨てて結城は、勝手にダイブ機械の椅子に
座っている岬を見て、頭を抑えた。

点滴をしている彼女は、まだ体をぐったりと弛緩させている。

「あと二時間は起きないぞ。薬まで勝手に使って……」

「別にいいだろ。てゆうか、毎回毎回こうやって
強制的に起こすのやめてくんない?
……脳細胞が死滅するよ、割とマジで」


823 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:51:36.75 ID:vFBSZDNN0
肩をすくめて、一貴は岬に近づくと、
彼女に被せていたヘッドセットを取り除いた。

そして点滴の針を抜いて、彼女を抱え上げる。

一貴が、自分が寝ていたハンモックに岬を
移動させているのを見て、結城はため息をついた。

「……で? その子の信頼は得られそうかい?」

「信頼も何も、僕達は元々、強い絆で結ばれてるんだ。
それに岬ちゃんは僕に惚れてる。
信頼を得るもクソもないよ」

淡々とそう言い、一貴は大きくあくびをした。

「……で? 僕を起こしたのは、相応のわけがあるんでしょ?」

「仕事だ」


824 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:52:13.37 ID:vFBSZDNN0
床に座り込んだ一貴に資料を放り、
結城は腕組みをして彼を見下ろした。

「そいつを、岬と二人で『殺して』欲しい」

「へぇ」

一貴が頭をぼりぼりと掻いて、写真を見た。

「いいの? 機関はもうちょっとゆったり
活動していくものだと思ってたけど」

「今まではただの準備段階だ。本番はこれからだ」

結城は不気味に口元を笑わせながら、目を細めた。

「できるのかい? できないのかい?」


825 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:52:44.47 ID:vFBSZDNN0
「多分、対マインドスイーパー用の護衛を連れてる。
どれくらい強力な奴か知らないけど、
岬ちゃんは連れて行かないほうがいいかも」

「機関は、あの子の有用性も証明したいんだよ」

「そういうことなら別にいいけどさ。まぁ、責任はあんた達でとってね」

しわがれた声でそう言い、一貴はまた写真を見た。

「…………やっと一人目だ」

彼の呟きを聞き、結城は頷いた。

「ああ、そうだな」


826 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:53:21.86 ID:vFBSZDNN0

★Karte.11 晴れた空に浮かぶ★

「心に『ロック』をかけてもらいたい」

圭介にそう言われ、だだっ広い会議室の中、
理緒はきょとんとして首を傾げた。

「ロック……? 鍵ですか?」

「そうだ。今回の仕事は、自殺病患者の心の中に潜るんじゃない。
至って普通の、異常がない人間の心の中に潜る」

圭介はそう言うと、ホワイトボードに貼り付けた写真を指で指した。

「田中敬三(たなかけいぞう)
……名前だけは聞いたことがあるだろう」

会議室には他にも数人医師や教授が参加しており、
理緒の隣には、すぅすぅと寝息を立てている、車椅子の汀がいた。


827 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:53:57.07 ID:vFBSZDNN0
彼女が抱いている猫、小白も寝ている。

問いかけられた理緒は、頷いて、少し考えた後言った。

「ええと……一年前に、警視庁を退任した警視庁総監のことですよね」

「正解だ。よく知っているな」

圭介は頷いて、視線を理緒に戻した。

「一時期、汚職などで随分と騒がれたからな。
今は総監を退任して、警察学校の校長として働いている。来年定年だ」

「それで……その人の心の中に、鍵をかければいいんですか?」

「そうだ」

「あの……具体的に何をすればいいのか、
全然分からないのですけれど……」


828 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:54:51.14 ID:vFBSZDNN0
周囲の痛いほどの視線におどおどしながら理緒が言う。

圭介は頷いて、自分の席に座ると、
手を伸ばしてホワイトボードに丸い円を書いた。

「仮にこれが人間の精神……
つまり心だとする。それを最も端的に表した形だ」

「はい。そうですね」

頷いた理緒から視線をホワイトボードに戻し、圭介は続けた。

「人間の精神は何ヶ層かに分かれていて、中核はその中心にある」

彼は円の中にまた数個、なぞるように円を書き、
そして中心に小さな丸を書いた。

「心……精神とは形がないものだ。
でも、現に中核は存在する。じゃあその中核って何だと思う?」


829 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:55:35.09 ID:vFBSZDNN0
聞かれた理緒は、しばらく考えてから答えた。
「その人そのものだと思います」

「正解だ。人間の存在そのものに形を定義することは出来ない。
でも、物質としてこの世に存在している以上、
何かしらの核はなければいけない。それが精神中核だ」

圭介は息をつき、手元のペットボトルから水を口に運んだ。

「……それでだ、今回のダイブでは、
いつも君達がやっているように、
精神中核についた汚染を取り除くのではなく、
逆に、取り除く前に行う『予防』をやってもらいたいんだ」

「自殺病の……予防が出来るんですか?」

素っ頓狂な声を上げた理緒を落ち着かせ、圭介は頷いた。


830 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:56:13.78 ID:vFBSZDNN0
「まだ実際のところ、世界的にも成功した例はないが、
理論的には可能なんだ。理論といっても単純明快なことだ。
精神中核を、傷つけないように、何か強固なもので守ればいい」

円の中心の丸を、四角い線で囲んで、圭介は続けた。

「つまり君達が、常時自殺病のウィルスから中核を守っているような状態だ。
だがそれが、実際は不可能なことだ。
だから、何かを精神内で『構築』して、中核を入れる。
それは金庫でも、アクリル製の箱でもいい。
とにかく守れるイメージを作り上げる。これが予防だ」

「でも……精神世界内では、思うとおりのものは具現化できないんじゃ……」

「出来る例があるんだよ」


831 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:56:44.34 ID:vFBSZDNN0
首を振って、圭介は言った。

「まぁそれは、おいおい話していこう。
今日は二人の『訓練』だ。それに、心強い助っ人も用意した」

「助っ人?」

「隣の部屋で待ってるよ」

圭介はそう言い、ニッ、と笑った。


832 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:57:19.23 ID:vFBSZDNN0


まだ眠っている汀の車椅子を押し、
ぞろぞろとついてくる医師たちを尻目に、
理緒は訓練室と書かれた部屋の中に入った。

マインドスイープの訓練をする部屋だ。

彼女にとって、なじみが深い場所でもある。

そこで、四人のSPに周囲を固められたソフィーが、
座って携帯を弄っているのが見えた。

彼女の目じりにはクマが浮かび、どこか不健康そうだ。

ソフィーは顔を上げて理緒を見ると、
少しだけ安心したような表情になった。

「片平理緒。久しぶりね」


833 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:57:55.59 ID:vFBSZDNN0
呼びかけられ、理緒もふっ、と軽く笑う。

「ソフィーさん。また日本にいらっしゃったんですか」

「ええ。今回のダイブに、私の協力がまた必要だって要請を受けてね。
日本には他に人員がいないの?」

鼻の脇を吊り上げて馬鹿にしたように笑い、
ソフィーは椅子に座ったまま腕組みをして理緒を見上げた。

「まぁ、一度一緒に仕事をした間だし、
暇を縫って来てあげたわ。精々感謝しなさい」

「はい! またソフィーさんに会えて嬉しいです!」

ニコニコしながら理緒が頷く。

その実直な態度とは裏腹に、まだ眠っている汀を、
ソフィーは腫れ物でも触るかのような顔で見た。


834 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:58:29.03 ID:vFBSZDNN0
「この小娘……」

毒づいて、彼女は圭介を見た。

「ドクター大河内の件は聞いたわ」

理緒がそれを聞いて、ビクッと体を振るわせる。

「残念ね」

「ソフィーさん、大河内先生はまだ生きています。大丈夫です!」

声を上げた理緒に、ソフィーは何かを言いよどんで口をつぐんだ。

「そうね……失言だったわ」

彼女にしては珍しく肯定し、目尻を押さえる。

「大丈夫か? かなり疲れているように見えるが」

圭介がそう口を開くと、ソフィーは彼を睨んだ。


835 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:58:58.09 ID:vFBSZDNN0
「あなたに心配されるようなことは何もありません」

「相変わらずつれないな。今回は、研究の意味もかねて、
日本の赤十字委員会の方々が同席する。
ソフィーは、それで構わないな」

「勝手にすればいいわ」

吐き捨てて、ソフィーは立ち上がった。

「この二人に、構築を叩き込めばいいわけね」

「よろしく頼む」

圭介はそう言って、ダイブ機を手で示した。

「今回は、汀の精神世界を借りる。
過酷な環境だと思うが、三十分で何とかマスターしてくれ」



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