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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
- 883 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/10/25(木) 17:19:26.23 ID:CgQnpWSV0
こんばんは。
▽
少し早めにアナウンスさせていただきます。
書き溜めは15話で終了になります。
それ以降は、一話を制作するのに平均4〜7日程かかります。
16話から投稿間隔が開きますが、ご了承ください。
△
12話を投稿させていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
- 884 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:21:10.25 ID:CgQnpWSV0
☆
パラシュートのようになった小白が汀の背にしがみつき、
汀が理緒を抱いたまま、二人はふわりふわりと夢の中の町に降り立った。
完全に腰が抜けた理緒がペタリと尻もちをつく。
茫然自失としている理緒に、汀はポンッ、と
音を立てて元にもどった小白を肩に乗せながら言った。
「この人の煉獄に入って、中枢にロックをかけるよ。
圭介が時間を稼いでる間に、行くよ。多分二、三分ももたない」
それを聞いて、理緒は電柱にしがみつきながら、
何とか立ち上がって答えた。
「汀ちゃん……あの子達、助けなくていいの?」
「どの子達?」
- 885 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:21:52.06 ID:CgQnpWSV0
「工藤さんたち!
あんなに沢山のマインドスイーパーに囲まれて、殺されちゃうよ!
高畑先生、酷すぎます!」
「理緒ちゃん、何か勘違いしてない?」
汀はそう言って、押し殺した声で続けた。
「あの工藤とかいう男の子は、
ナンバーXって呼ばれてるサイバーテロリストよ。
意味不明なこと言ってるけど、私の知り合いなんかじゃない。
ただ話をあわせただけ」
「でも……汀ちゃん、彼のこと『いっくん』って……!」
理緒にそう言われ、汀は頭を抑えた。
不意に、右即頭部に頭痛が走ったのだった。
そして脳内にある光景がフラッシュバックする。
- 886 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:22:26.85 ID:CgQnpWSV0
――なぎさちゃん。
――僕達はずっと一緒だよ。
――だから、記憶を共有しよう。
夢の中の一貴が笑う。
彼は近づいてきて、閉じていた右手を開いた。
小さい頃の彼の姿が、大きくなった彼の姿とブレて重なる。
――入れ替えよう。
――僕と、君の……。
「汀ちゃん!」
- 887 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:23:13.08 ID:CgQnpWSV0
そこで汀は、理緒に強く肩を揺さぶられて、ハッと目を覚ました。
いつの間にか地面に四つんばいになり、
頭を抑えてうずくまっていたのだった。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
度重なる意味不明な事態に頭の処理速度が追いつかず、
泣きそうになっている理緒の肩を掴んで、
汀は荒く息をつきながら立ち上がった。
「大丈夫。やれる……」
「汀ちゃん……?」
「私は……人を助けるんだ。
絶対に……誰も死なさない。
誰も……一人も死なさない……人を助けるんだ……」
- 888 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:23:45.24 ID:CgQnpWSV0
うわごとのように呟き、汀は唇を強く噛んだ。
血が、彼女の口元から垂れて地面に落ちる。
「行こう、理緒ちゃん」
そう言って理緒は、目の前に広がる東京都上野駅の光景を見回した。
「私たちは、人を助けるんだ」
- 889 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:24:25.61 ID:CgQnpWSV0
★Karte.12 スカイフィッシュ★
そこは、東京都上野駅の、ヨドバシカメラがある、
アメ横に繋がる通りだった。
沢山の人たちが行き来している。
一様に顔がない。
皆、携帯電話に向かって何事かを喋りながら移動しており、
顔に当たる部分にはブラウン管がくっついていた。
ニュースや、この夢の主の記憶なのか、
いろいろな情報が映し出されている。
歩いている人たちも一様に服装はばらばらだ。
共通しているのは、土砂降りの雨の中、片方に同じ赤い雨傘、
そしてもう片方に同じ型番の
古い携帯電話を持っているということだった。
- 890 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:25:06.75 ID:CgQnpWSV0
汀は手近な一人を蹴り飛ばして傘を奪うと、
理緒に手を貸して、ヨドバシカメラの中に入った。
店員も携帯電話に向かって何事かを話している。
蹴り飛ばした人は、しばらく倒れたままだったが、
やがて、どこから出したのか、また赤い傘を懐から取り出し、
何事もなかったかのように歩き出した。
「ズブ濡れになってばっかりだな……」
汀がぼやいて、傘をたたむ。
理緒は右足の痛みに耐えることが出来ずに、その場に崩れ落ちた。
そして汀に言う。
「汀ちゃん……私歩けない。足が、痛いんです……」
「私がおんぶしてあげる。掴まって」
- 891 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:25:46.69 ID:CgQnpWSV0
そう言って汀は、軽々と理緒を背中に背負うと、立ち上がった。
「スカイフィッシュにやられた傷は治りが遅いの。
下手したら治らないこともあるわ」
「…………」
理緒の脳裏を、左腕を両断されたソフィーの姿がフラッシュバックする。
口を開いた彼女を遮って、汀は、
歩いている人々の異様さを無視すれば、
日常光景と変わらない中を見回した。
「ここ、どこ? 日本?」
「上野駅近くの、ヨドバシカメラの中です。
どうして、こんな限定的な……」
「普通の人の心は大概整理されてるの。
自殺病に冒されてないんなら、普通はこれくらいしっかりしてるものよ」
- 892 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:26:19.86 ID:CgQnpWSV0
「中枢に繋がる道はどこでしょう……」
「それより、どうして上野なのか、心当たりはある?」
汀に問いかけられて、理緒は首を振った。
「分からないです……この人のこと、
私達何も教えられてないから……」
「田中敬三だっけ。汚職で逮捕されかけたっていう……」
「うん……」
濡れている理緒が僅かに震えだす。
「寒い……」
体の調子が思わしくないのに加えて、
彼女達は病院服一枚だ。
寒くないのは通常の理としておかしい。
- 893 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:27:03.05 ID:CgQnpWSV0
理緒がダイブできるような状態ではないことを確認して、
汀は彼女を背負い直し、
ヨドバシカメラの脇から顔を出して、外を見回した。
「……多分、この人にとって思い出が深い場所なんだ。
だからこんなに鮮明に再現されてる」
「この人たちは何なんですか……?」
「記憶の投影。
前にDIDの患者にダイブしたときにいた人間と同じようなものだよ。
気にしなくてもいいけど、今回は自殺病を発病してないから、
むやみに殺すのは止めた方がいいね……」
震えている理緒を背負ったまま、汀は傘をさしてアメ横の通りに出た。
「あいつらと私が次に遭ったら、
かなり激しい戦闘になると思う。
理緒ちゃんは、早く中枢にロックをかけて」
- 894 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:27:38.02 ID:CgQnpWSV0
「いいの? 汀ちゃん……」
理緒は言いよどんで、そして意を決したように言った。
「高畑先生は何かを隠してます。
いえ……赤十字病院もです。あの子達、本当は……」
「味方だとでも言いたいの?」
汀は淡々とそれに返した。
「人殺しに親戚はいないわ」
言われて理緒がハッとする。
人の命を救うことに、汀が異様な執着を見せていることには、
理緒も薄々感づいてはいた。
アメ横に出ると、強い雨の中、
小白がクンクンと鼻を動かし、地面に降り立った。
- 895 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:28:16.27 ID:CgQnpWSV0
そして二人を誘導するように、アメ横センタービルの中に走っていく。
「待って、一人で行っちゃ駄目、小白!」
汀がそう言って、傘を放り出し、慌てて後を追う。
センタービルの地下デパートに入っていく小白。
汀はそれを追って中に入った。
そこは、マレーシアなどの南国系統の輸入食品が売られている場所だった。
携帯電話に何事かを話している人たちが行き来している。
小白は、その中で一人だけ、砂画面のモニターを顔につけた人
――店員だろうか、の前に座っていた。
「小白!」
汀が理緒を降ろして、慌てて小白を抱きかかえる。
- 896 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:28:54.01 ID:CgQnpWSV0
目の前の砂画面の男は、
ダラリと体を弛緩させて椅子に腰掛けていた。
「匂いだ」
理緒がそう呟く。
「小白ちゃんが、この人の匂いを感じ取ったんですよ!
多分、この人が煉獄に繋がる道です」
「でも、どうやって道を開けばいいんだろう」
汀がそう言って、砂画面の男を小突く。
反応はなかった。
しかしそこで、周囲を歩いていた人々の動きがぴたりと止まった。
そして携帯電話をゆっくりと降ろす。
一瞬後、どこから取り出したのか、全ての人が自動小銃を構えていた。
- 897 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:29:28.95 ID:CgQnpWSV0
「変質……? 田中敬三さん、
対マインドスイーパー用のトラップを作ってます!」
理緒が悲鳴のような声を上げる。
そこで、全員の顔のモニターが切り替わり、
一貴と岬の顔が映し出された。
そこに赤いバツ印が表示される。
「圭介がやられたんだ……チッ。役に立たない……!」
汀が舌打ちをする。
「嘘……」
理緒は壁に寄りかかりながら、荒く息をついた。
「工藤さん、みんな殺したの……?」
「理緒ちゃん急いで! 私、あいつらと戦う!」
- 898 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:29:57.38 ID:CgQnpWSV0
汀がそう言って、近くの人の自動小銃を奪い取って脇に挟んだ。
「急ぐって……どうしたら……」
「その人を『起動』させて!」
汀がそう言った途端だった。
凄まじい爆風が、地下デパートの中に吹き込んできた。
理緒が床を転がって悲鳴を上げる。
ソフィーが手榴弾を変質で形成した時の、
三倍にも四倍にも当たる爆風だった。
次の瞬間。その場の人全員が自動小銃の引き金を引いた。
凄まじい炸裂音と、
薬きょうを飛び散らせながら銃弾が吸い込まれていく。
- 899 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:30:29.67 ID:CgQnpWSV0
理緒が耳を塞いで体を丸くする。
十数秒も爆音は続き、やがて硝煙が収まり、周囲がクリアになる。
汀が自動小銃を構えながら、前に進もうとした時だった。
銃弾が集中していた場所にしゃがんでいた人が、
ゆらりと立ち上がった。
四方八方から浴びせられた銃弾は全て、
その人の体に当って、まるで鋼鉄にぶち当たったかのように
ひしゃげて床に転がっていた。
その人を見て、汀は
「……ひっ……」
としゃっくりのような声を上げて硬直した。
- 900 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:31:00.10 ID:CgQnpWSV0
スカイフィッシュだった。
ドクロのマスク。
ボロボロのシャツにジーンズ。
血まみれの服。
そして、手にはチェーンソー。
スカイフィッシュはマスクを脱いで、脇に放り投げた。
その中にあったのは、一貴の顔だった。
一貴は震えている汀を見て、ニッコリと笑った。
「無理しなくてもいいよ。なぎさちゃん。
君の中にある恐怖は、どうあがいても拭い去ることは出来ない。
だってそれは、『僕が植えつけた』んだから」
- 901 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:31:52.17 ID:CgQnpWSV0
一貴の背後から、岬が顔を出して、震え始めた汀を見る。
「なぎさちゃん……? あなた騙されてるよ。
一緒に行こ。いっくんも、たーくんもいるよ」
「いっくん……たーくん……」
汀はズキズキと痛む頭を片手で抑えながら、呟いた。
「……みっちゃん……」
「とりあえずこれを渡しておくよ」
一貴が、血まみれになったヘッドセットを投げてよこす。
汀はそこにくっついていた刀で両断された耳を横に弾いてから、
ヘッドセットを装着してスイッチを入れた。
そして押し殺した声で言う。
- 902 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:32:25.33 ID:CgQnpWSV0
「役立たず。一瞬でも期待した私が馬鹿だった」
『……弁解はしない。汀、その人の心を守れ。
そいつらの侵入元が特定できない』
圭介が憔悴しきったかすれた声で言う。
「分かってる」
汀はそう言うと、震えを押し殺して、小銃を一貴と岬に向けた。
「最後の通告よ。ここから出て行って。私、人は殺したくない」
それを聞いて、一貴は一瞬きょとんとした後、
疲れたようにその場に腰を下ろし、胡坐をかいた。
「まぁ、話でもしようよ。ゆっくりとさ。
そんなに震えてちゃ、いくら夢の世界でも、僕らに弾は届かないよ」
- 903 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:32:58.80 ID:CgQnpWSV0
一貴がそう言った時、周囲の人々が弾倉を交換し、
また一斉に銃撃を始めた。
一貴がマスクを被り、岬を守るように立つ。
そしてチェーンソーを回転させ、大きく横に振った。
空中で銃弾がひしゃげ、バラバラと床に落ちていく。
一貴が一回転する頃には、銃撃が止んで硝煙が収まってきていた。
無傷の、スカイフィッシュの格好をした一貴と、
岬がゆらりと立っている。
首の骨をコキコキと鳴らし、一貴は
「外野が煩いな」
と呟き、チェーンソーを振った。
- 904 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:33:41.06 ID:CgQnpWSV0
それが長大な日本刀に変わる。
岬が壁にかかっていた鉄パイプを手に取った。
それがグンニャリと形を変え、ショットガンに変形する。
次の瞬間、二人が動いた。
夢の人々が銃撃をするよりも早く、
一貴は日本刀を振って彼らの首を両断していく。
たちまちにあたりが血に染まる。
背後の人々をショットガンでなぎ払いながら、岬が声を上げた。
「なぎさちゃん、早く目を覚まして!」
「うるさい……うるさい!」
汀は頭痛を怒声で振り払うと、小銃を、
手近な人を斬り飛ばした一貴に向けて引き金を引いた。
- 905 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:34:21.35 ID:CgQnpWSV0
連続した射撃音と衝撃。
銃弾がばらけて、壁に当たり、
一貴は悠々と体をひねってそれをかわした。
「仕方ないな……少し遊ぶとするか。
ねぇ、久しぶりだねなぎさちゃん!」
日本刀で周囲の一般人を斬り殺しながら、
一貴はたちまち汀に肉薄した。
小白を理緒のほうに投げて、汀は小銃で、
振り降ろされた日本刀を受けた。
ギリギリと金属が削れる音がして、大柄な一貴に汀が押される。
「私は汀だ! 私をなぎさって呼ぶな!」
絶叫した汀に、一貴は裂けそうなほどマスクの奥の口を開いて
笑ってから答えた。
- 906 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/25(木) 17:35:25.81 ID:CgQnpWSV0
「いいや君はなぎさちゃんだよ。これまでも、これからもね!」
「何してるの理緒ちゃん、早くして!」
汀が怒鳴って一貴を弾き飛ばし、壁を蹴って体を回転させながら、
彼に向けてためらいもなく引き金を引いた。
一貴が目にも留まらない速度で日本刀を振る。
バラバラと両断された銃弾が床に転がった。
一面の血の海に呆然としていた理緒は、小白に指を噛まれて
「痛っ!」
と叫んで我に返った。
そして小白を抱きあげ、足を引きずりながら
まだダラリと弛緩している砂画面の男に近づく。
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