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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
760 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:00:53.59 ID:fuTWsXwH0


「せんせ! せんせえ!」

隔離された集中治療室内で、呼吸器をつけられ、
目を閉じて横たわっている大河内を、
ガラス窓の向こうから、
汀は車椅子から転がり落ちそうになりながらも必死に呼んだ。

答えはない。

「…………」

険しい顔をして、圭介は虚空を睨んでいた。

「そんな……大河内先生……」

口元に手を当てて、理緒が震える声で呟く。


761 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:01:29.85 ID:fuTWsXwH0
「……発見された時はこの状態だったそうだ。
肺に達する刺し傷が三箇所。
うち一箇所は、肺を貫通してるらしい。
警察は総力を挙げて、犯人を捜している」

圭介は小さく舌打ちをした。

「……だから気をつけて帰れと言ったんだ……」

聞こえるか、聞こえないかの声で彼が呟く。

耳ざとくそれを聞きつけ、汀が圭介の服を掴んだ。

「圭介! 何か知ってるの? 犯人のこと、何か知ってるの?」

「……知らない。俺が聞きたいくらいだ」

「嘘だ! 圭介は何か知ってる……
知っててせんせをこんな目に遭わせたんだ!」


762 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:02:14.42 ID:fuTWsXwH0
半狂乱になって、汀がヒステリックに喚く。

「せんせが死んだら、圭介も殺してやる! 私が、私が絶対に……」

そこで汀の喉から、カヒュ、と空気の抜ける小さな音がした。

そのまま激しく咳き込み、
汀は呼吸が出来なくなったのか、体を丸めた。

「汀ちゃん! 興奮しすぎです!」

理緒が青くなって、看護士が持ってきた紙袋を膨らませて、
汀の口に当てる。

何度か深呼吸を繰り返し、
汀はしばらくしてぐったりと車椅子に横になった。

「汀ちゃん? しっかりして。汀ちゃん!」

「刺激が強すぎたみたいだ。
君は、ラウンジの方に行っててくれ」


763 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:02:58.55 ID:fuTWsXwH0
荒く息を吐いて、視線をうつろに漂わせている汀の額に手を当て、
圭介は冷静に懐から注射器を取り出し、それを汀の右手首に注射した。

そして理緒に、小白の入ったケージを渡す。

「少し寝かせる。大丈夫だ。汀は、時折ヒステリックになるんだ。
起きた頃には冷静になってるだろ。
小白を離さないようにして、近くで寝かせてくれ」

「高畑先生! 大河内先生が通り魔に遭ったんですよ!」

咎めるような声で理緒が言う。

圭介はメガネをクイッと中指で上げて、それに答えた。

「ああ、そうだな」


764 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:03:34.88 ID:fuTWsXwH0
「高杉先生の時もそうでした……
どうして、そんなに冷たくしていられるんですか!
汀ちゃんの気持ちを考えてあげても……
無理やり眠らせるなんて!
誰だって……誰だって、自分の好きな人がこんな事件に遭ったら、
冷静でいられませんよ!」

「君も少々ヒステリーの気があるらしいな」

「茶化さないでください!」

理緒は圭介に詰め寄った。

「大河内先生は大丈夫なんですか?
汀ちゃんに、いきなりこんなところを見せるなんて、
どうかしてます! 幻滅しました!」

「いくらでも幻滅してくれて構わない。
別に、俺は君達の機嫌を取るために生きているわけではないからな」


765 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:04:29.50 ID:fuTWsXwH0
冷たく理緒の言葉を打ち消し、
しかし視線はあわせずに、圭介は続けた。

「……手術は成功した。命に別状はないはずだ。
今の医療技術を、信用するんだ」

「でも……でも!」

「俺がやったわけではない。
憤りは分かるが、落ち着け、理緒ちゃん」

彼女の頭にポスン、と手を置き、圭介は言った。

「少し休みなさい。
ここでいくら喚いても、大河内が良くなるわけじゃない」

「……私……聞きました」

「何?」

問い返した圭介に、理緒は小声で言った。


766 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:05:08.65 ID:fuTWsXwH0
「高畑先生と、大河内先生が話してるところ、聞きました。
汀ちゃんと大河内先生は、絶対に結婚できないって、
高畑先生、断言したじゃないですか!」

「…………」

「自殺病にかかった人は絶対に幸せになれないって……
どういうことですか!」

どうやら、手洗いに行こうとして起きたところ、
彼らの会話を聞いていたらしい。

圭介はしばらく沈黙して、
汀が眠っていることを確認してから腕を組んだ。

そして軽く笑う。

「何がおかしいんですか!」

理緒が声を張り上げる。


767 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:05:50.01 ID:fuTWsXwH0
「特に何も。何も知らない君が、少々滑稽でね」

「こっけい……?」

「ああ。赤十字では教わらなかったのか?
『自殺病にかかった者は絶対に幸せにはなれない』
……それは、神様が定めた摂理なんだよ」

「そんなこと、聞いたことありません! それに汀ちゃんが……」

「汀は、俺がマインドスイープで治療した『最後の』患者だ」

淡々とそう言って、圭介は冷たい目で理緒を見下ろした。

「え……」

口ごもった彼女に、圭介は続けた。


768 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:06:23.04 ID:fuTWsXwH0
「いいかい。これからも人を治療していきたいと思うなら、
覚えておけばいい。
自殺病にかかった者は、絶対に幸福にはなれない。
何度でも言う。絶対にだ」

「どうして……? どうしてそんなに酷いことを……」

「俺も昔、自殺病の患者だったからさ」

抑揚なくそう言って、圭介は吐き捨てるように呟いた。

「それ以上でも、それ以下でもない」


769 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:07:02.95 ID:fuTWsXwH0


赤十字病院のラウンジで、理緒は汀と小白の乗った車椅子を、
日のあたらない場所に設置し、
一人、少し離れた場所で水を飲んでいた。

朝、大河内の事を聞きここに来てから、
既に半日以上が経過していた。

圭介は顔を見せようとしない。

ここに放置されてからも、随分時間がたつ。

ある程度のお金は圭介に持たされていたが、
汀がいつ目を覚ますか気が気ではなかったので、
離れるわけにもいかなかった。


770 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:08:59.39 ID:fuTWsXwH0
頭の中がグチャグチャだった。

寝不足と、疲労と、圭介に投げつけられた
言葉の痛みが交互に理緒の胸の中を襲う。

深くため息をついた彼女の周りには、
やはり診察を待っている患者や、
食事をしている見舞い客などが沢山いた。

誰も、汀達を気にする人などいない。

そんな中だったので、理緒はいつの間にか
隣に誰かが座っていることに気づかなかった。

「……?」

きょとんとして隣に目をやる。

そこには、灰色のフードを目深に被った、
長袖の少年が座っていた。


771 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:09:34.57 ID:fuTWsXwH0
理緒と同じくらいの年の頃だろうか。

彼は、売店で買ってきたのか、
手にピルクルの瓶と、菓子パンを数個持っていた。

それを理緒に差出し、ぎこちなく笑う。

「た……た…………たっ……」

慎重に言葉を選ぶように、断続的に発音し、
彼は息を吸って、そして一気に言った。

「た……べ……る?」

「え……あの……」

理緒はいきなりのコミュニケーションについていけずに、
どぎまぎしながらそれに答えた。


772 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:10:08.92 ID:fuTWsXwH0
「お、おかまいなく。私、大丈夫ですか……」

グゥ、と理緒のお腹が鳴った。

整った顔をしている少年だった。

髪の毛が白い。

同じマインドスイーパーだと気づいて、
理緒は顔を赤くしながら、俯いた。

「お、れ……分、ある」


773 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:10:40.02 ID:fuTWsXwH0
言語障害なのだろうか。

切れ切れに彼はそう言うと、
にこやかな笑顔と共に、自分の分のパンを手で指した。

「あ……さから……いた。心配」

「ありがとうございます……」

小さな声でそう言って、理緒はパンを受け取った。


774 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:11:24.39 ID:fuTWsXwH0


パンを口に入れ、多少は頭の中が整理できた理緒は、
息をついて少年を見た。

もぐもぐとパンを食べている彼は、ぼんやりと外を見ている。

髪の毛が白くなければ、タレントにでもなっていそうな程、
顔立ちが整っていた。

理緒でなくても、女の子なら誰でも意識はしてしまうだろう。

彼がこちらを向いたので、慌てて目をそらす。

ピルクルで残りのパンを喉に流し込み、彼女は男の子に聞いた。

「あの……お金、払います。お幾らでしたか?」

「いら……ねぇ。男、女……
おごる、大切だ……と、思う。逆……おかしいな」


775 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:12:10.58 ID:fuTWsXwH0
意外と理性的な喋り方をする人だ。

理緒は警戒心を解いて、しかし彼の手に千円札を握らせた。

「お礼です。私の気持ちだと思って、受け取ってください」

少年はしばらくそれを見つめていたが、
やがて興味がなさそうに頷いて、
ガサッ、とポケットに千円札を突っ込んだ。

その鳶色の瞳でまた見つめられ、
理緒は顔を赤くして視線をそらした。

「あの……お名前は……?」

聞かれて、少年は言った。

「工藤…………一貴(くどういちたか)」

「一貴さんですね。私は理緒。片平理緒って言います」


776 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:12:43.89 ID:fuTWsXwH0
手を差し出すと、一貴は気さくにそれを握り返してきた。

「同業者の方ですよね? どこでお仕事をされてるんですか?」

「ほ……っかいどう。出張……で」

「遠いところから……担当医の方は?」

「戻ら……ねぇ」

ヘヘ、と笑った彼に、理緒は微笑み返した。

「ふふ、おんなじですね」

一貴は頷いて肩をすくめると、眠っている汀に視線を移した。

そして口を開く。

「あの、子……」

「汀ちゃんのこと、ご存知なんですか?」


777 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:13:29.94 ID:fuTWsXwH0
問いかけた理緒に、一貴は頷いた。

「有、名……特A」

「今ちょっと具合が悪くて……お話は出来ないんです」

目を伏せた理緒の肩を、彼は元気を出せよ、
と言わんばかりにポンと叩いた。

そして立ち上がって汀に近づくと、その顔を覗き込む。

しばらく同じ姿勢のまま固まった一貴を、理緒は怪訝そうに見た。

「どうしました?」

問いかけられ、彼は肩をすくめた。

「残念……俺、ともだ、ち。この……子と」

「汀ちゃんのお友達だったんですか?」


778 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:14:21.81 ID:fuTWsXwH0
「……う、ん」

頷いた彼の隣に行き、理緒は息をついた。

「羨ましいな……私の友達は、汀ちゃん以外、
ほとんど『あっち』の世界に行っちゃった」

「…………」

「そこから助けてくれたのが、汀ちゃんなんです」

彼女は、黙っている一貴の方を見ずに続けた。

「だから私は、汀ちゃんに幸せになってもらいたい……
自殺病にかかった人間は、絶対に幸せになれないなんて、嘘です。
そんな酷いこと……私は信じられません」

「…………」

「工藤さんも、そう思いませんか?」


779 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:14:51.71 ID:fuTWsXwH0
振り返った理緒の目に、汀を見て目を細めている一貴の姿が映った。

一貴は少し考えていたが、やがて頷いて、ニッコリと笑った。

「俺……たち。だいじょう、ぶ。医者、適当なこ、と、言う」

「そうですよね。そうなんだ。大丈夫。大丈夫だよ」

理緒がそう言って、眠っている汀の手を握る。

一貴はまたしばらく汀を凝視していたが、
彼女が目を覚まさないことを確認して、チラチラと腕時計を見た。

そして理緒の肩を叩く。

「お、れ。行く。かたひ、らさん。これ」

彼が差し出したのは、メモ帳の切れ端だった。

そこには、ゼロと一の羅列がびっしりと書かれていた。


780 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:15:32.96 ID:fuTWsXwH0
その不気味な紙片を受け取り、理緒が首を傾げる。

「何ですか?」

「この……子に、わたし、て。
大事……すごく、大事な……もの。
医者、し、んようできない。俺、たちのひ……みつ。約束」

勝手に理緒の手を握り、彼は手をひらひらと振って、
足早に人ごみの中に消えた。

「あ……待って!」

慌てて後を追いかけようとした理緒が、
小さくうめいて目を開いた汀を見て、歩みを止める。

「ん……」

「汀ちゃん! 目が覚めましたか?」

「ここ……どこ……?」


781 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:16:13.10 ID:fuTWsXwH0
「…………」

大河内が大怪我をしたというくだりは、
完璧に忘れてしまっているらしい。

それに愕然とした理緒の目に、
圭介が手にビニール袋を持って、
疲れた足取りで歩いてくるのが見えた。

慌てて、一貴から渡された紙片をポケットに隠す。

そこで彼女は、いつの間に折られたのか、小さく、
鶴の形にされた千円札が手に握りこまれているのに気がついた。

それを見て、どこか顔を赤くする。

一貴の姿は、もうどこにもなかった。

「……どうした?」


782 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:16:39.99 ID:fuTWsXwH0
袋に入った菓子パンやジュースをテーブルに並べながら、
圭介が聞く。

「ああ、もう食べたのか?」

「え……? あ……はい。ごめんなさい……」

「いや、俺の方こそ、随分と待たせてすまなかった。
大河内の容態は安定してる。問題はないだろう」

「圭介……? どこ……ここ……?」

緩慢とした動作で、汀がそう聞く。

圭介は彼女に、ストローを指したポカリスエットの
小さなペットボトルを握らせて言った。

「赤十字病院だ。大河内が少し怪我をしてな。
そのお見舞いに来ていたところだ」


783 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:17:27.19 ID:fuTWsXwH0
「せんせが……? 私、お見舞いなんてしてないよ」

「したよ。大河内が、疲れただろうからもう帰れってさ」

淡々とそう返し、圭介は理緒が不満げな顔をしたのを無視して、
パンを頬張った。

「理緒ちゃんも。こんな時で悪いけど、仕事だ」

「高畑先生……!」

理緒が小声で咎めるように言う。

しかし圭介は、パンをかじりながらそれに答えた。

「急患だ。今、ここの第三棟に運び込まれてる。
放置すれば、あと二時間で死に至る」

「そんな……」

「汀、やれるか?」


784 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:17:59.79 ID:fuTWsXwH0
問いかけられ、汀は頷いた。

「終わったら……また、せんせと会いたいな……」

「いいよ。約束する」

「うん……」

「……高畑先生!」

そこで理緒が、我慢できないといった具合で圭介の袖を引いて、
汀から遠ざけた。

そして小声で彼に言う。


785 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/23(火) 22:18:30.95 ID:fuTWsXwH0
「何で嘘をつくんですか?」

「また汀を過呼吸にしたいのか?」

「私は……でも……!」

「君達はマインドスイーパーだ。
資格があるなら仕事をしろ。『人を助ける』といった仕事をな」

冷たく言って、圭介は柔和な表情で汀を見た。

「行くぞ。ダイブは三十分後だ」



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