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少女「それは儚く消える雪のように」 2
86 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:21:18.71 ID:U/74IjXl0
「合図が出たら、索敵しながらゆっくり進む。
文、武装のロックを解除しろ。機関砲だけでいい」

頷いて文が集中する。

「頭部マシンガンノロックヲ解除シマシタ」

ガチャン、とカバーが開いて何かがせり出す音がして、
機械音声が流れる。

――これでいい。

これでいいんだ。

生きて、帰る。

この子達を守るために。

それがどんなに狂っていて、
どんなに間違ったことだとしても。


87 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:21:51.34 ID:U/74IjXl0
俺は、そのために戦いたいんだ。

それがたとえエゴだとしても。

そうするしか、ないんだ。

操縦桿を手の甲に骨が浮く程強く握り締める。

やがてポンという気の抜けた時報と共に、
渚の声が流れた。

『○七○○時になりました。ミサイル攻撃、
爆撃を開始します。特務官、衝撃に備えてください』

「了解」

優と文が不安そうに顔を見合わせる。

「大丈夫だ。俺の言う通りにしていれば、
すぐにラボに帰れる」


88 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:22:35.47 ID:U/74IjXl0
絆がそう言った途端、陽月王の少し後ろに
設置されていたミサイル砲台から、
数本のミサイルが空中に向かって発射された。

陽月王と同系機の人型AAD三機が、
同様に木の陰に前傾姿勢で待機している。

それらの頭の上を飛び越えて、ミサイルは
数百メートル離れた地面に次々に突き刺さると、
天まで届く火柱を吹き上げた。

ビリビリと地面が振動する。

その轟音と衝撃に、優と文は悲鳴を上げて硬直した。

「口を閉じろ、舌を噛むぞ!」

絆が怒鳴る。

次いで、高速で戦闘機型AADが
空中を飛び越え、バラバラと機雷を投下した。


89 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:23:09.01 ID:U/74IjXl0
一瞬後、また地面が揺れ、木々や土を
吹き飛ばしながらそれらが炸裂した。

機雷には誘炎剤が使われている。

離れた木々に爆炎が引火し、
たちまちに周囲が火の海になった。

「……き……絆……! 絆!」

優がそこで大声を上げた。

「絆、森が燃えてるよ! 森が……!」

ショックを受けたのか、ガクンと陽月王に
供給されるエネルギーラインが落ちた。

「グリーンラインニ安定サセマス。
活動臨界マデ、後千八百秒デス」

霧の時には表示されなかったタイマーが
モニターに表示される。


90 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:23:47.99 ID:U/74IjXl0
あと三十分。

グリーンラインで優と文を使い続けて、
彼女達の一時的な限界が訪れるまでのタイムリミットだ。

それまでに勝負を決めなければいけない。

いや、決める。

ここに絃がいるとは限らないが、
自分は与えられた役割を完璧にこなして、そしてラボに戻る。

笑って、雪を迎えてやるんだ。

『特務官、前進してください』

渚のオペレーティングが聞こえる。

絆は狼狽している優と文から視線を離し、
陽月王の操縦桿を握った。


91 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:24:25.07 ID:U/74IjXl0
絆の操縦により、陽月王が立ち上がり、
脚部のキャタピラを回転させる。

そして低速で進み始めた。

他の人型AADもゆっくりと前進を始めている。

「ちょっと待って絆、
エマージェンシーコールレッドでも、
いくら何でもおかしいよ! 森は何も悪くないよ!」

想像と現実は、えてして違う。

頭の中では「緊急事態」と認識していても、
目に入った現実に脳がついてこないのだろう。

優が怒鳴る。

絆は、同様に首を振った文と優を交互に見てから
静かに言った。

「……そうだな。お前の言う通りだ」


92 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:24:59.53 ID:U/74IjXl0
「……なら……!」

「でも、お前達が笑って暮らすためには、
この森が邪魔なんだ。ここに敵が隠れてる可能性が高い。
だから壊す。これは決定事項なんだ」

「そんなの……そんなのおかしいよ!」

優が、しかし絆の言葉を打ち消した。

思わず黙った絆に、優は燃え盛る周囲と、
少し離れた場所にまた爆雷が投下された現実を見て、
声を張り上げた。

「こんなことして笑って暮らせない! 
酷すぎるよ、おかしすぎるよ絆!」

「……俺に任せるんじゃなかったのか?」

「そういう問題じゃないよ、絆は何も感じないの? 
そんな訳ないよね、だって絆だもん……!」


93 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:25:33.14 ID:U/74IjXl0
すがるように優が言う。

隣を見ると、文も操縦桿から手を離して
絆を真っ直ぐ見ていた。

言葉に詰まった。

こんなことをして、笑って暮らすことは
出来ないと彼女達は言った。

なら。

――何が、正解なんだろう。

それが一瞬分からなくなったのだ。

しかし絆は、また爆雷が投下されて
優が悲鳴を上げたのにハッとして、
急いで文に指示をした。

「操縦するんだ、文! 
巻き込まれたら俺達も死ぬぞ!」


94 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:26:16.67 ID:U/74IjXl0
彼の切羽詰った声を受けて、
文が慌てて操縦桿を握り、意識を集中させる。

そして陽月王は、燃え盛る木に突撃しかけていたのを
すんでのところで回避し、横にスライドしながら前進を始めた。

「……駄目だ、やるんだ」

しかし絆は、少し考えてから押し殺した声でそう言った。

「どうして……!」

また怒鳴った優に、絆は静かに返した。

「終わらせるんだ、こんな戦い。終わらせなきゃならない。
だから俺達は、俺達が笑って暮らせるために、
小さな幸せを守るために、戦わなきゃいけない。
お前達も戦うんだ。
それが、バーリェとして生まれてきたお前達の宿命だ」


95 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:26:53.05 ID:U/74IjXl0
「…………」

『…………』

「そして同時に、それが俺のカルマなんだよ……」

また機雷が爆発した。

「言ってる意味が、よく分からないよ……」

優が呟く。

そこで渚が張り上げた声が、
スピーカーから飛び込んできた。

『重力子指数急激に増大! 
死星獣の反応です! 
特務官、迎撃体制をとってください!』

「死星獣だ……!」

数百メートル離れた前方の空間それ自体、
空中にまるで水面のように波紋が広がる。


96 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:27:24.88 ID:U/74IjXl0
そしてそこから蜃気楼のように、
白いヒトガタ死星獣が出現した。

一、二、三……。

合計。

十五体。

「え……?」

唖然として、情けない声を上げる。

ヒトガタ死星獣……タイプγ(ガンマ)達は、
陽月王をはじめとする人型AAD四機を
包囲するように次々に出現していた。

『た……多数のタイプγを感知! 
戦闘に移行してください!』

渚がモニターの奥で悲鳴のような声を上げる。


97 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:28:03.82 ID:U/74IjXl0
「何、これ……」

白い巨人に包囲されている状況を見て、
優がポカンとして静止する。

絆も言葉を失っていた。

先日倒した一体どころの話ではない。

十五体もの死星獣を、どうしたらいいのか。

一瞬、分からなくなった。

……もしかして。

嵌められたのか?

絃に。

「戦闘プログラムを起動! 
文、優、敵を倒せ、『命令』だ!」

しかし絆は、考える間もなく怒鳴っていた。


98 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:28:47.77 ID:U/74IjXl0
バルカントを消滅させたような
玉砕攻撃をかけられたら、ひとたまりもない。

『命令』というキーワードを聞いて、
二人が一気に緊張する。

文が操縦桿を握り、瞬時に陽月王の
戦闘プログラムを起動させた。

「戦闘システム、起動。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
エネルギーゲイン、ブルーラインデ安定。迫撃刀、
『シィンケルハン』ヲ使用シマス」

機械音声が無機質にそう言い、
陽月王は文の本能的な操作によって、
背負っていた全長十メートルはあろうかという
長大な幅広のブレードを抜き放った。

優も意識を集中する。

ブレードにオレンジ色の光がまとわりついた。


99 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:29:27.16 ID:U/74IjXl0
二人とも、「兵器」の顔をしていた。

途端、陽月王は背部ブースターが点火させ、
凄まじい衝撃と共に横に吹き飛んだ。

「コアを狙え、胸部だ!」

絆が凄まじいGに耐えながら声を張り上げる。

文は、Gが全く気にならないのか機械的に操縦桿を動かした。

ゲームと同じ。

普段彼女達がやっていたのは、擬似的な戦闘プログラムだ。

操縦法は、あまり変わらない。

次の瞬間、正確に一体、タイプγが
胸から両断されて崩れ落ちた。

内部は空洞になっていて、
キューブ型のコアも半ばから二つに割れている。


100 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:30:10.21 ID:U/74IjXl0
遅れて、そのタイプγが大爆発を起こした。

それに煽られて、周囲の他のタイプγ達がよろめく。

「文、一気にやるよ!」

優が操縦桿を握って大声を張り上げる。

文は力強く頷いて、なんの躊躇いもなく
操縦桿を高速に動かし始めた。

ブラックホール粒子の四散と爆発に
巻き込まれそうになったところを、
キャタピラを高速回転させて避ける。

そして倒れこんだ別のタイプγの首をブレードで凪ぐ。

簡単に死星獣の首が宙に舞った。

そして文は、陽月王のブレードを首を
切り飛ばしたタイプγのコアに突き立てた。


101 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:30:39.25 ID:U/74IjXl0
音を立ててブレードを回転させ、
またキャタピラを動かしてその場を離脱する。

絆の認識が追いつかないほどの、機械的な動きだった。

「私達、やれる! こいつら全部殺せる!」

優が叫ぶ。

文が口の端を吊り上げて笑う。

「エネルギーライン上昇。活動臨界マデ、後六百秒デス」

度重なる「キーワード」の連発と、
恐怖による彼女たちの極度の興奮状態で、
エネルギーがダダ漏れになっている。

「落ち着け……! 周りと連携しろ!」

舌を噛みそうになりながら絆が大声を上げる。


102 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:31:17.01 ID:U/74IjXl0
あと十分で陽月王は停止するほどに、
エネルギーラインが上がっていた。

バーリェの生体エネルギー融合炉が、
真っ赤に発熱しているのが危険値として表示されている。

そこでやっと、他の人型AAD達が陽月王の
ものと同じ迫撃戦用ブレードを抜き放った。

タイプγとの戦闘データは、
命のもので既に対策が立てられている。

コアは胸部であることが判明している。

頭部から発射される高密度のブラックホール粒子爆弾さえ
どうにかしてしまえば、どうにかなる。

迫撃戦用の強力な武装で、短期決戦を狙うのが一番早いのだ。

しかし次の瞬間、近くのタイプγに斬りかかろうとした
人型AADが、別の個体に唾を吐きかけられ、
大爆発を起こした。


103 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:31:58.80 ID:U/74IjXl0
「あ……」

絆は思わず、呟いていた。

情けない声で。

吹き飛び四散する人型AADの一機が、
自分達と重なって見えて。

そこにも、同じようにバーリェが
乗っていたんだと気づいて。

呟いて、しまった。

次の瞬間、補助操作が止まった陽月王が
絆の制御を離れ、完全なる暴走状態に陥った。

「全テノ設定ヲパーンクテンション。
全武装ノロックヲ解除。
エネルギーラインを百三十五倍デオーバー。
武装チェック、レディ。
視界確保、レディ。
シィンケルハンドブレードノ、
エネルギーシステムヲ展開シマス」


104 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:32:35.24 ID:U/74IjXl0
陽月王のエネルギーコーティングが
炎のように吹き上がり、
同時にブレードが、バクンと音を立てて
上下左右に展開した。

その隙間から、オレンジ色の光
……優の生体エネルギーが滝のように吹き上がる。

「活動臨界マデ、後百五十秒デス」

「やめろ! 何をしてる、俺のナビを聞け!」

青くなって絆が怒鳴る。

「はは……あははははは!」

優が笑った。

壊れてしまった命のように。

楽しそうに。

面白そうに。


105 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:33:08.36 ID:U/74IjXl0
大きな声で彼女は笑うと、
操縦桿を力の限り握り締めた。

その目は、既に正気を失ってしまっていた。

「殺すよ! 全員殺す!」

怒鳴った優の激情を代弁するかのように、
文が陽月王を動かした。

腕を振り、オレンジ色の光を噴出させている
ブレードを凪ぐ。

既に三十メートル近く伸びているエネルギーの刃は、
タイプγを同時に四体、胸から斬り飛ばした。

絆が目を開くことも出来ない速度で陽月王が舞う。

地面を滑りながら鈍重な筈の機体が動き、
長いブレードで地面を、森を斬り飛ばしながら
手近なタイプγのことを頭から両断した。


106 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:33:39.80 ID:U/74IjXl0
そこで、もう一体の人型AADが
タイプγの唾を正面から受けて四散した。

その爆発を踏み超えて、
優と文が同時に雄たけびを上げた。

「全エネルギーヲ解放シマス」

一瞬で、エネルギーの刃が天を突く程、
数百メートルも伸びた。

「避けろ!」

かろうじて絆が、味方に向かって怒鳴る。

しかしそれさえも許さない速度で、
文は数百メートルの刃を横凪に振り回した。

射線上にいた味方のAADもろとも、
残りの、唾を同時発射して
玉砕しようとしていたタイプγ達を吹き飛ばす。


107 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:34:15.94 ID:U/74IjXl0
次いでエネルギーの塊が収束して、大爆発を起こした。

それに煽られる形で、陽月王が地面に転がる。

次の瞬間、優が凄まじい勢いで吐血した。

「え……」

ブルブルと震える血まみれの手を見つめ、
優はポカンと呟いた。

「エネルギーシステムノラインガ切断サレマシタ。
サイドシステムニ移行シマス」

「優!」

絆が我に返って、這いずるようにして優に近づこうとする。

そこで、前傾姿勢になっているコクピットの中、
優がぐんにゃりと体を曲げ、力なく絆の方に倒れこんだ。


108 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:34:54.89 ID:U/74IjXl0
「優、おい、しっかりしろ! 優!」

優はもう、呼吸をしていなかった。

半開きになった口元から、
血液が後から後からと垂れている。

事態に頭がついていかないのか、
文が呆然とそれを見つめていた。

絆は痛む足を庇うこともせずに、
優の体からチューブをむしりとると、
彼女の止まっている心臓の上に手を当てて、
何度も押し込み始めた。


109 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:35:29.52 ID:U/74IjXl0
「おい! おい、返事しろ! 
…………帰るんだ! 一緒に帰るんだよ! 
違う! 俺は……俺はお前達にこんなことを
させたかったんじゃない! 
違うんだ、優! 違うんだ! 
目を開けろ! 優、優!」

必死に呼びかける。

絶叫する。

しかし、もう事切れたバーリェに反応はなかった。

マイクの奥で渚が絶句している。

しかししばらくの沈黙の後、
彼女は絆の声を掻き消すように大音量で声を張り上げた。

「新しい死星獣の反応です! 
未確認の個体です、迎撃してください!」


110 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/23(金) 20:36:22.92 ID:U/74IjXl0
お疲れ様でした。

次回に続かせていただきます。

ご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みいただけると嬉しいです。

それでは、今回は失礼します。


113 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/24(土) 08:23:26.77 ID:6JJtEyS1o
優まで…
絆は大丈夫なのか?


114 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/03/24(土) 14:51:34.38 ID:/Tg7wUVpo
もしかすると、これが霧の言っていた「自分以外のバーリェを乗せるな」という理由か・・・



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