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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
836 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 19:59:41.08 ID:vFBSZDNN0


理緒が目を開けた時、そこは炎に包まれていた。

思わず悲鳴を上げて、しりもちをつく。

そこは、民家の中だった。

燃えて周りの家具が倒壊してきている。

不思議と熱さは感じなかった。

「何……ここ……」

「チッ……スカイフィッシュの悪夢……
この子も浸食されてきてるのね……」

ソフィーが舌打ちをして、理緒の後ろで声を上げる。

理緒は振り返って、ソフィーに言った。


837 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:00:13.35 ID:vFBSZDNN0
「スカイフィッシュ……? 何ですか、それ……?」

「あなたは知らなくてもいいことよ」

ソフィーはそう言って、周りを見回した。

「直に、本当に熱くなってくるわ。ここを出るわよ」

「汀ちゃんはどこにいるんでしょうか?

「多分逃げ回ってると思う。こんな状況でレッスンなんて……」

歯噛みして、ソフィーは息をついた。

「……贅沢は言わないわ。これも、私に対する嫌がらせの一つね」

そう言って、ソフィーは理緒の手を握った。

そして出口に向かって駆け出そうとして、動きを止める。


838 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:00:52.22 ID:vFBSZDNN0
ドルン、というエンジン音が聞こえたのだった。

振り返ったソフィーが顔面蒼白になる。

それを追って振り返り、理緒はきょとんとした後、
真っ青な顔になった。

それは、チェーンソーの刃が回転する音だった。

錆びた巨大なそれを持った男……
ドクロのマスクを被った人間が、
ボロボロで血まみれのシャツとジーンズ姿で、
燃える家の中から出てきたのだ。

身長は、百九十はあるだろうか。かなり高い。

小さな理緒やソフィーから見れば、まさに巨人だった。

『どうした? 汀はそこにいるのか?』

ヘッドセットから圭介の声が聞こえる。


839 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:01:27.78 ID:vFBSZDNN0
それに答えず、ソフィーは震える手で理緒の手を掴み

「逃げるよ!」

と言って、家の外に向かって走り出した。

「な……何なんですか? 何で汀ちゃんの精神世界に、
あんなものがいるんですか!」

走りながら理緒が声を上げる。

一瞬マイクの奥の圭介が沈黙し、押し殺した声で言った。

『汀はどこにいる? 早く合流するんだ!』

「どこにいるのか分からないんです! チェーンソー……
チェーンソーを持った男の人が!」

理緒が悲鳴のような声を上げる。

男はゆっくりと足を踏み出した。


840 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:02:05.74 ID:vFBSZDNN0
ソフィーと理緒は懸命に走っているが、一向に出口が見えてこない。

まるで無限回廊のように、燃える家の廊下が後ろに流れていく。

段々と炎が熱くなってきて、理緒は体を縮めて声を上げた。

「熱い……熱いよ……!」

「もっと熱くなる! 早く走って!」

『二人とも落ち着け。落ち着いて、そのドクロの男を撃退するんだ』

圭介の声に、ソフィーは素っ頓狂な声を返した。

「撃退? 撃退ですって!」

『そうだ。これは「訓練」だからな』

「ふざけないで!」

ソフィーが絶叫する。


841 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:02:42.43 ID:vFBSZDNN0
「スカイフィッシュを撃退できるわけがないでしょう!
現に、夢の主が出てこないじゃない!」

『ふざけてなどいない。
スカイフィッシュの悪夢に入り込んでしまったのなら、
撃退するか、逃げるかしかない。
夢の主がいない以上、夢を終わりにすることは出来ない。
逃げるのが無理なら、戦うしかないだろう』

淡々とした圭介の声に、少女二人が次第に落ち着きをなくしていく。

走り続けているソフィーは、目に涙を浮かべながら、
ゆっくりとこちらに近づいてくる
「スカイフィッシュ」と呼ばれた男を見た。

「やだ……怖い……!」

ソフィーはブンブンと首を振った。

「怖いよ……怖い! お母さん! お母さん!」


842 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:03:16.65 ID:vFBSZDNN0
恐慌を起こして喚き始めたソフィーの手を、
理緒が一生懸命に握った。

「大丈夫、大丈夫です! 私がいますから! 落ち着いて!」

「助けて! 回線を遮断して!」

「汀ちゃんがいないと、扉が開きません。
無理です! 落ち着いて、あれが何なのか私に教えてください!」

そこでソフィーが足をもつれさせてその場に盛大に転んだ。

慌てて理緒がそれを抱きかかえ、床に転がる。

二人は、震えながら、ゆっくりゆっくりと近づいてくる男を見た。

「あ……あれは……断片の集合体……」

「集合体……?」


843 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:03:59.72 ID:vFBSZDNN0
ソフィーはなるべくスカイフィッシュの方を
見ないようにしながら、続けた。

「心の中に溜まったトラウマの集合体……
実在しないけどしてるものなの!」

意味不明なことを喚いて、
ソフィーは近くに転がっていた燃える木片を手に取った。

その手がブルブルと震えている。

「いい? 一度しか言えない。夢の世界のものを『変質』させるには、
『ここにある』と少しの疑念も挟まずに『思い込むこと』が重要なの。
単純なら単純なものほど成功率は高いわ……!」

ソフィーが持っていた木片がぐんにゃりと、粘土のように形を変えた。

唖然としている理緒の前で、ソフィーは数秒後、
小さな手榴弾を手に持って立っていた。


844 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:04:38.54 ID:vFBSZDNN0
凄まじい集中力を要するのか、彼女は汗だくになっていた。

荒く息をつき、口でピンを引き抜き、
ソフィーはそれを男に投げつけた。

そして理緒を突き飛ばして床に伏せる。

爆音が響きわたり、彼女達の背中を吹き上がった炎が撫でる。

「きゃあああ!」

理緒が悲鳴を上げて床を転がる。

ソフィーは、しかし爆炎の中、悠々とこちらに向けて
足を進めてきているスカイフィッシュを見て、
絶望的な顔で震え上がった。

「に……逃げなきゃ……!」

しかし腰が抜けて立てないのか、
ソフィーはへたり込んだまま、ずりずりと後退しただけだった。


845 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:05:13.96 ID:vFBSZDNN0
彼女は砕けている木片を手に取ったが、
恐怖が集中力に勝ったのか、動けずに、
また、変質させることも出来ずに、それを床に取り落とした。

ドルン、ドルンとエンジンの音がする。

チェーンソーの回る音。

足音。

それは、ソフィーの前で止まった。

「あ……」

何かを叫ぼうとして、失敗するソフィー。

男はチェーンソーを淡々と振り上げた。

理緒はそこで、訳の分からない言葉を叫びながら、
近くの木片を手に取った。


846 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:05:46.32 ID:vFBSZDNN0
そして、今にもソフィーを両断せんとしている男に、
木片を手に体ごと突っ込む。

男の体がぐらりと揺れた。

理緒の手には、いつの間にか、
彼女が料理の時にいつも使っているような、
菜切り包丁が握られていた。

それが、根元まで男のわき腹に突き刺さっている。

理緒は荒く息をつきながら、
震えて固まっているソフィーの手を掴んだ。

「逃げましょう! 早く!」

「う……うん!」

何度も頷いて、やっとのことでソフィーが立ち上がる。


847 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:06:21.02 ID:vFBSZDNN0
スカイフィッシュは少女達に不気味に光るマスクの奥の瞳を向け、
血があふれ出している脇腹の傷口から、包丁を抜き取った。

そして走り出した理緒に向けて、それを投げつける。

理緒の右足の腱が両断されて、彼女はもんどりうって床に転がった。

「片平理緒!」

ソフィーが悲鳴を上げる。

理緒は足を襲う激痛に耐え切れず、喚きながら地面をのた打ち回った。

ゆらりとスカイフィッシュが立ち上がって、こちらに歩いてくる。

ソフィーが理緒を守るように、
震えながらスカイフィッシュの前に出る。

そして壁の木材を手で引き剥がして、頼りなく男に向けた。


848 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:07:17.75 ID:vFBSZDNN0
「家の外に出て、早く!」

スカイフィッシュが手を振り、ソフィーの持つ木片を弾き飛ばした。

そしてチェーンソーを振り、ソフィーの肩に振り下ろす。

凄まじい音と、絶叫が響き渡り、ソフィーの血肉が周囲に飛び散った。

意識を失ったソフィーを蹴り飛ばし、
スカイフィッシュは、倒れた彼女の頭に
トドメのチェーンソーを叩き込もうとし――。

そこで、巨大な肉食獣の腕に吹き飛ばされ、
数十メートルをも長い廊下を、ゴロゴロと転がった。

グルルルル、とうなり声を上げながら、
化け猫に変身した小白が、スカイフィッシュを睨んで毛を逆立てる。

『どうした? 状況を説明してくれ! ソフィーのバイタルが異常値だ!』


849 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:08:03.41 ID:vFBSZDNN0
圭介がヘッドセットに向かって怒鳴る。

しかし理緒は、泣き顔のまま地面にへたり込んで、
自分を守るように四肢を固める小白を見た。

そして、家の入り口にうずくまっている汀を見て、
叫び声を上げる。

「汀ちゃん! ソフィーさんが……
ソフィーさんがやられちゃった! 助けて!」

『汀がいたのか! 汀、早く二人を助けろ!』

圭介の声を聞きながら、しかし汀は耳を塞いで、
目をつぶり、震えながら首を振った。

「汀ちゃん!」

足から凄まじい量の血液を流しながら、
理緒が這って彼女に近づく。


850 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:08:49.51 ID:vFBSZDNN0
そしてその肩を強く振った。

「ソフィーさんは、私たちのためにここに来ました!
あの男の人を倒せるのは、汀ちゃんだけです!
だから目を開けて!」

しかし汀は、ただ震えるだけで反応がない。

その、いつもとは百八十度違ったか弱い様子に、
理緒はハッとして手を止めた。

小白がまたうなり声を上げて、スカイフィッシュに体当たりをする。

大柄な男は、床を転がり、家の奥に消えた。

「小白ちゃん! ソフィーさんを連れてきて!」

理緒が声を上げる。

小白は、それを分かったのか、分かっていないでのことだったのか、
ソフィーを口でくわえて理緒のところに後ずさりしながら戻ってきた。


851 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:09:22.19 ID:vFBSZDNN0
そこで、また、家の奥から、
スカイフィッシュがドクロのマスクを出したのが見えた。

一部が破れて、中身が見えるようになっている。

それを見て、理緒は一瞬停止した。

「え……そんな……」

『理緒ちゃん、どうした!』

圭介の声に、理緒は呆然として答えた。

「坂月……先生……?」

「…………!」

その名前を聞いた途端、
マイクの向こう側に凄まじい緊張感が走った。


852 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:09:58.39 ID:vFBSZDNN0
スカイフィッシュはボロボロで血まみれの服のまま、
チェーンソーを肩に担いで、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

圭介がそこで大声を上げた。

『汀がいるんだな? 脱出しろ! 訓練は中止だ!』

「わ……わかりました!」

理緒が悲鳴を返し、汀の手を握る。

「大丈夫だよ。大丈夫、私がいるから……」

慰めにもならないようなか細い声でそう言って、
理緒は這いずって家の外に汀を誘導した。

小白がソフィーを離して、うなり声を上げた。

スカイフィッシュがこちらに、
ものすごい勢いで走ってくるところだった。


853 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:10:36.73 ID:vFBSZDNN0
理緒は無我夢中でポケットに手を突っ込んだ。

そこで、カサリという音がして、
何か紙のようなものが手に当たる。

それは、一貴と名乗った少年が、彼女に渡した、
千円札で折られた鶴だった。

理緒は必死の形相で、それを掴んで、
自分に向けてチェーンソーを振り下ろした
スカイフィッシュに向けて投げつけた。

閃光弾を爆発させたほどの、衝撃と爆音、
そして光が周囲を襲った。

汀も理緒も、小白も、
その場の全員が吹き飛ばされて家の庭に転がる。

理緒は泥まみれになりながら、砂場の上で体を起こした。


854 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/24(水) 20:11:09.19 ID:vFBSZDNN0
そのかすむ視界に、右半身が吹き飛んで、
奇妙なモチーフのようになってグラグラと
揺れて立っているスカイフィッシュがうつる。

「うっ……」

その姿を見て、理緒は猛烈な吐き気を催し、
その場に盛大に胃の中身をぶちまけた。

スカイフィッシュはゆっくりと、力なく地面に転がった。

その服、肉、チェーンソーが溶けて、黒い水になって広がっていく。

骨だけになったスカイフィッシュが、徐々に砂になり消えていく。

それに伴い、家の火も消え、青空が顔を出した。

『ステータスが正常に戻った……! 全員強制遮断するぞ!』

圭介が怒鳴る。

その声を最後に、理緒の意識はブラックアウトした。



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