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少女「祭囃子をつかまえて」
- 28 名前:VIPがお送りします []
投稿日:2013/08/27(火) 02:11:35.98 ID:cgUpZggd0
ここに来た瞬間から、目の前にの炎はとうに無くなっていた。
代わりに、彼の手には……。
シャン、と一鳴り。
鈴の付いたお守りのような物が握られていた。
僕「なんだよ、これ……それにここは?」
女「神社……なのかな?」
戸惑いながらも私は左右をキョロキョロとしている。
その時もう一度、彼の手の中にある鈴がシャンと鳴った。
すると……。
「いらっしゃい、お二人さま」
背後から声がした。
私達は二人して物凄い勢いで振り向いた。
見るとそこには、身長130センチくらい……だろうか。
小さな女の子が立っていた。
……といっても、顔は見えなかった、少女は真っ白いキツネのお面をしている。
- 29 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:21:51.49 ID:cgUpZggd0
声は明らかに女の子、髪の毛も長い黒髪が垂れているのがお面の向こうに見えた。
顔はキツネのお面に隠れているが、その浴衣姿は可愛らしくその場所にちょこんと立っている。
明るい橙色の浴衣に身を包み、その色に浮かぶようにして巻きつけられた紅い帯がまた印象的だった。
僕「あ、あの。ここはいったい……」
そんな少女を目の前に、先に口を開いたのは彼だった。
少女「?」
少女は首をかしげて私達を見つめなおしてきた。
と言っても相変わらず表情は見えないのだが。
女「ね、ねえ。ここは……神社なの?」
私がもう一度場所を尋ねてみる。
少女「じんじゃ」
少女「おまつり」
そう言うと少女はくすくすと笑ったようだった。
仮面の中で、少女の笑い声が反響している。
- 30 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:29:53.16 ID:cgUpZggd0
その音にのって……遠くから何かが聞こえた。
僕「これは……笛?」
女「お祭りの音?」
耳をすますと、限りなく近い場所からお囃子が聞こえてきた。
それはまるで頭の中で響いているようだった。
女「ねえ、お祭りっていったい……?」
少女「くすくす」
少女は笑い声を残して、走り出してしまった。
僕「あ、ちょ、ちょっとまっ……」
二人して視線を追いかけた先には、櫓があった。
先ほど広場で見たのとあまり変わらないようにも見えたが……なんだか随分とキラキラしているような気がした。
それを見つけた瞬間、櫓を中心としてその両隣に一気に屋台が広がる光景が見えた。
そうするとその光の広場はすぐに活気であふれ出す。
- 31 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:35:41.13 ID:cgUpZggd0
お祭りのお囃子、発電機を動かす機械の音、人の活発な声、そして……なつかしい屋台の食べ物の匂い。
あらゆる感覚がいっぺんに刺激され、私は思わずその光景に魅了されてしまった。
僕「……すごいね」
隣にいた彼もそれは同じようで感嘆の声を漏らしていた。
女「すごい、けど……」
ここが一体どこなのか、それがまだ私には不安だった。
しかし……。
「いらっしゃい、カキ氷食べていかないかい?」
「リンゴ飴いかがかな、リンゴ飴ー」
「美味しい美味しい焼き鳥屋だよ、いらっしゃいいらっしゃい」
この光溢れる空気と屋台を笑顔で営んでいる人々をみているとなんだかその不安は段々と薄らいでいってしまった。
僕「……どうしよっか」
困ったように彼は笑っていた。
その笑顔はまるで子供のように見えた。
女「せっかくだから、少し寄っていこうか?」
- 32 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:39:58.09 ID:cgUpZggd0
自然と、私もフフッと笑ってしまった。
造り笑顔以外で笑ったのは久しぶりなような気がした。
僕「じゃあ……行こうか!」
彼は足も軽く、早速最寄の屋台に向かった。
私もその後をついていく……。
女「カキ氷、メロン味ください」
私は満面の笑みで氷が器に盛られる様子を見つめていた。
こんなにワクワクしたのは……いつぶりだろうか。
- 33 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:48:02.25 ID:cgUpZggd0
「はいよ、おまちどおさん」
女「あ、お金……」
私が支払いを済ませようよした時、屋台の人はいいよいいよと言った感じで手をはらった。
「お代はそれで十分だよ、またどうぞ」
それ、と指差したのは彼がまだ握っていたお守りだった。
また鈴がシャン、と小さくなった。
僕「え、これを渡せばいいんですか?」
「いやいや、それは持ってるだけでいいんだよ。毎度どうもね」
そう言って、私たちは何やら不思議に感じた。
お金がいらない?
このお守りだけで大丈夫?
一体どういう事だろうか。
- 34 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:51:14.60 ID:eEVnHqmq0
どんどん続けて
- 36 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:55:44.05 ID:cgUpZggd0
僕「……どう思う?」
途中見つけたベンチに座りながら、彼は私に話をふってきた。
女「何か変だけど……」
僕「悪い居心地はしない、よね?」
確認するように彼が私に聞いた。
女「……うん」
口の中に広がるメロン味のカキ氷は本物だし、夢を見ている感覚もない。
僕「携帯は?」
言われて私は携帯を見てみる。
女「あ、あれ。おかしいな。電源切れてる……充電してきたのに」
その後携帯は何も反応がないままだった。
それは彼も同じようで、連絡がとれないのは困るという考えになった。
でも……「別に大人なんだから、少しくらい遅れても文句言われないよね」と。
最終的にはそんな判断になってしまった。
- 37 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:02:19.89 ID:cgUpZggd0
これが子供時代だったら、大慌てで家に帰ろうとしていた事だろう。
帰ったらどれだけ叱られるのかと怯えながら、全速力で家へと向かっていただろう。
今はもう、親にどやされる事も夜道に怯える事も無くなっている。
むしろ、この心地いい空間にいられる喜びの方が大きかった。
僕「さ、次は何食べようか」
彼は元気にベンチから立ち上がると、目を輝かせながら他の屋台を食い入るように見ている。
本当に少年のようだった。
その姿に私もつい楽しくなり、元気に走り回ってしまった。
あの頃に、少しだけ戻れたような気がした……。
…………。
- 38 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:07:47.19 ID:cgUpZggd0
僕「……ふう、疲れた。ちょっと休憩しよう」
私たちはなんだかんだで屋台を一通り見て回っては食べ歩きをし、はしゃぎながら辿り着いたのは神社の本堂だった。
本堂といっても、空間はまだ光に包まれたまま、屋台も櫓も人の声も消えてはいない。
ここは、この空間の中の本堂のようで私たちがいた神社の本堂とは少し様子が違っていた。
どれだけ時間が経っただろうか。
時間を忘れるほどに、私は何とも言えない充足感で満ちていた。
女「なんか、すごいね」
僕「ね。なんだろうこの感覚……まるで子供の頃に戻ったみたいでさ」
- 39 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:13:39.93 ID:o3DdqnCP0
支援
頑張れ
- 40 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:16:07.85 ID:cgUpZggd0
彼も少し興奮気味に話をしている。
女「……子供の時は、こういうお祭りすごいワクワクしたよね。お小遣い片手に握りしめてさ」
僕「そうそう、少ないお金で何買おうか必死で悩んで……友達と夜の神社を走り回ってたっけな。懐かしい」
女「女子もいたでしょ?」
僕「ああ、浴衣とか着てて、やっぱ特別な日って感じがしたね。昔みたいだよ、ホント……」
そこまで話すと彼は急に顔を落とした。
そしてしんみりと語り出す。
僕「……そういえばさ、久しぶりの帰省って言ってたよね?」
急に、さっきの話題をふってきた。
女「うん。帰ってもお正月に数日とかだったから……今回は少し長くいるの」
女「といっても、明後日くらいにはもう帰っちゃうけどね」
帰っちゃう。
地元はこの場所なのに、そう表現してしまう自分が何だか少し寂しくなった。
- 41 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:21:29.39 ID:cgUpZggd0
僕「……時期的にそうだよね。僕もだよ」
女「でもホント偶然だったね。僕ちゃんもお祭りに来ていて、こんな場所にまで……」
僕「もしかしたら誰か同じように帰省しているかもしれないけれど、もう連絡もとってないから、本当に会えたのが不思議なくらいだよ」
女「……ね」
身の回りの友人と連絡をとらなくなったのは、いつからだろう。
特に理由もなく、お互い離れていってしまった、誰もがみんな同じだろう。
いつの間にか、過去からはどんどんと離れていく。
そして今を生きている私たちは、この空気に慣れ親しんでいる。
話題はいつの間にか、昔話の雑談へと変わっていった。
その中には、例の噂の話も出てきた……。
- 42 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:25:50.47 ID:cgUpZggd0
女「お祭りっていえばさ……あの噂覚えてる? クラスではやった、振り向いちゃいけないやつ」
僕「……そんな話もあったね」
彼はあまり驚かなかった。
むしろ私たちが今経験している事がその噂の内容かもしれない、とひそかに思っていた。
僕「でも、それって具体的にどうなるかって噂も無かったよね。神隠しにあうとか、お化けが出るとかそんなのばかりだったけど」
と、彼は小さく笑いながら話している。
女「まあ、振り返ってはいけないって話自体はよくあるけどさー……」
私は少し頬を膨らましながらむくれてみせた。
あまりにもケタケタと、まるで意地悪男子に戻ったような彼の笑顔がなんだか小憎たらしく、そして幼く見えたのだ。
それは私も同じだったかもしれない。
僕「でもさ、これがその噂の真相だったら大発見じゃないかな?」
- 43 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:32:21.70 ID:cgUpZggd0
相変わらず彼は嬉しそうだ。
女「うーん、でも帰れないのは困るよ」
少女「帰りたいの?」
話の途中、急に背中から少女のくぐもった声がした。
女「わ! お、脅かさないでよ……もうっ」
少女「帰りたいの?」
キツネの目が私を優しく見つめている。
女「そりゃあ……あまり遅くなってもあれだし……」
多少しどろもどろに答えていると。
少女「いいよ」
意外にもあっさりと少女は返事をした。
本当に神隠しにでもあうんじゃないかと心配していたが、そのような気配は今のところ……無い。
- 44 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:40:32.09 ID:cgUpZggd0
僕「えー、もう帰るの? もう少しいいじゃん」
彼が少し駄々っ子のように見えたのは気のせいじゃないはずだ。
明らかに不満の声を漏らしている。
少女「帰りたくないの?」
少女はくすっと笑って彼の方を見た。
僕「まあ、いられるなら……」
と彼は曖昧に返事をした。
少女「……」
少女「まあ、いいや」
少女は急に興味を失ったのか、そっぽを向いてしまった。
その後ろ姿には面を結んである紐と、そこに長く垂れる黒い髪の毛、橙と赤の帯……それだけが見えた。
お面のせいか、雰囲気はいまいち読み取れない。
- 45 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:43:17.59 ID:cgUpZggd0
そんな背中を見つめていると少女を急に。
少女「お祭りは、今日だけじゃないものね」
そう少女が呟いた瞬間、手元の鈴がリンと一度鳴った。
そして一度瞬きを終えると、もうそこにはさっきまでの明るい景色はなかった。
私たちが前にいた、暗い神社の本堂の前だった。
明るい場所から真っ暗ば場所にいきなり来たため、やや目が慣れない……。
私は彼を心配した、もしかしたら帰ってないなんて事が……。
僕「……ん、帰ってきたのか」
しかしその心配は杞憂だったようだ。
彼もちゃんとその場にいた。
そしてその手にはあのお守りが握られていた。
- 47 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:49:43.93 ID:cgUpZggd0
女「……」
僕「……」
帰り道は二人とも静かだった。
広場でのお祭りはまだ続いていた、どうやらあれから時間はほとんどたっていなかったらしい。
今は携帯の電源もちゃんと入るし、時間の確認だって出来る。
ますます、あの出来事が今では夢のように思えてしまう。
しかし、彼の手の中ではまだお守りの鈴が鳴いていた。
そしてあの美味しいかき氷の味も覚えている……それだけは事実だ。
女「結局、なんだったんだろうね」
沈黙と疑問に耐え切れず私は口を開く。
- 48 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:57:33.25 ID:cgUpZggd0
僕「あれが……噂の先に待ってる事だったのかな?」
女「噂……確かにそうかもね。何か関連性があるのかもしれないけど」
けど?
私の胸には疑問に思う事が二つあった。
まず一つは、最後に少女が呟いた言葉だ。
少女「お祭りは今日だけじゃないものね」
女「……あのお祭り、明日もやってるのかな?」
僕「え、どっちの?」
女「どっちのって……あ、そっか」
その質問をした後で私は記憶を思い返した。
あの現実世界で行われる普通のお祭りは二日間開催されるものだ。
彼が言ってきたのは、向こうのお祭りも明日やっているのか、という意味でだろう。
- 49 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 03:59:45.30 ID:axV3YXlX0
げんふうけい?ではないか
- 50 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 04:01:07.16 ID:cgUpZggd0
女「どうだろうね、わからないけど。明日も多分行けるんじゃないかな。そのお守り持っていれば」
僕「お守り、ね。でもお祭りって毎日やるものじゃないし……やっぱりあそこもいつか終わるんじゃないかな?」
女「終わる……」
いくら賑やかなお祭りでも、いつかは終わってしまう。
蝉の寿命は短く、ひと夏しかもたない。
花火は数秒しかその命に灯をともさない。
いずれ、終わる。
線香花火の終わりが夏の終わり。
この夏も終わっていく。
- 51 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 04:08:02.92 ID:cgUpZggd0
夏が終わって紅い落ち葉が舞って、白い雪が降って……紫色の桜が散ればまた夏が来る。
これを何年間も繰り返して私たちは大人になった。
誰でもなってしまうのだ。
終わらないお祭りなんて、あるはずがない。
色褪せない思い出なんて、無い。
全て時間が経てば変わっていく事ばかりだ。
そうして私は生きてきた……。
でも、あの煌びやかなお祭りが終わるのはなんだか格別に寂しいようにも感じた。
実際にはこの感情も、あのお祭りが本当に終わるのかどうかもわからないのだけれども……。
- 52 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 04:14:20.51 ID:cgUpZggd0
わからないからこそ、私は彼に話をしてもう一度明日同じ神社へ行ってみようと話をした。
彼もそのつもりだったらしく、すぐに返事をしてくれた。
僕「やっぱり行くよね!」
その目はまるで少年のようだった。
それだけは今もはっきりと覚えている。
- 53 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 04:22:16.13 ID:cgUpZggd0
今日の日はそれでお別れをした。
僕「じゃあ……また明日」
女「ん、また。バイバイ」
こうして挨拶をして帰るのも……いつぶりだろうか。
昔は学校帰りに毎日していた事なのに、最近ではもう、一人で帰るだけの日々だ。
疲れた体を家になんとか運んでも、ご飯を作って待ってくれている家族はいない。
機械的に沸かされたお湯でシャワーを浴びて自分の手で食を得て、そして孤独に眠る。
……久しぶりに帰省したせいだろうか、こんなにも感傷的になるのは。
私は少し小学校の帰り道をなぞるように帰って行った。
あの不思議なお祭りほどの懐かしさは得られなかったけれども、少しだけ懐かしく感じる事ができた。
- 55 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 04:26:26.12 ID:cgUpZggd0
そして私は家族が待つ家へと無事着いた。
女「ただいま」
母の「おかえり」という声がかえってくるだけでなんだか泣きそうになってしまった。
その夜は母が用意しておいてくれたお風呂にはいり、その後すぐに眠ってしまった。
今日の不思議な体験を胸に……私は寝なれたけれども離れていたベッドの上で、ゆるやかに段々と深い眠りについていった……。
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