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少女「それは儚く消える雪のように」
- 130 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/02/21(火) 19:20:50.33 ID:mkVHEDB80
こんばんは。
温かいご支援感謝いたします。
続きを投稿させていただきます。
- 131 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:23:10.63 ID:mkVHEDB80
*
しばらく彼女達の相手をして二階の自室に上がった頃には、
既に昼に差し掛かっていた。
自分が朝食をとった時間は遅かったので、
昼も命に任せてとりあえず雑務を片付けることにしたのだ。
基本的にラボの中にいる間、バーリェの行動に規制は設けていない。
暴飲暴食以外は好きにテレビを見ていてもいいし、
ゲームをしていても構わない。
絆のその管理性を異常だというトレーナーも数多くいたが、
絆にしてみれば彼らの方が異常だった。
- 132 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:23:59.49 ID:mkVHEDB80
酷いところだと、檻のような場所に管理しているものさえいる。
根本的に……バーリェに人権はないのだ。
だから絆や絃のような、
彼女達を人間扱いするトレーナーはこの世界では異質な存在だし、
珍しいものだ。
それが成り立っているのは彼らが成果を残しているからであり、
優秀なトレーナーだと認められているゆえのことだった。
デスク一杯に並べられたPCのモニターを眺めつつ、
彼はネットワークにアクセスしてクリスマスに関してのことを調べていた。
- 133 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:25:14.15 ID:mkVHEDB80
既に提出する書類は作成が殆ど終わっている。
どうやら自分の考えているとおりの行事で間違いはないらしい。
二百年ほど前までは活発に行われていたというが
……どうにも上手く想像が出来なかった。
親という存在にプレゼントという贈り物を
もらったことがないということが原因かもしれない。
クリスマスが栄えていた頃の世界は、
まだDNA管理が十分ではないところで、
今よりも親と子供の関係が密接だったと聞く。
- 134 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:26:07.07 ID:mkVHEDB80
息をついて、背中を伸ばす。
とりあえずは今日
……情報によるとケーキなどを食べてお祝いをするらしい。
何を祝うのかはよく分からない。
宗教関連の行事にはあまり興味がないのだ。
ネットからの通信販売で取り寄せるか
……と、政府関連の組織であるエフェッサー職員の特権を使って、
ウェブサイトから適当な料理を色々注文しておく。
自分たちトレーナーはラボを離れるわけにはいかないため、
殆どの生活に必要なものは組織代行で買うことが出来る。
こうして、ここに座ったまま。
非常に楽だ。
- 135 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:27:04.03 ID:mkVHEDB80
だが、彼女達が靴下の中に欲しいものを書いて寝るのが、
今日の夜十時ごろ。
明日の朝七時までにはそれを用意しなくてはならない。
オンラインで発注しても、それが都合よく朝まで届くとは限らないだろう。
(……もしかして町まで降りて探さなきゃならんこともあるのか……?)
意外と自分の役割が大変なことに気がついて視線を宙に泳がせる。
基本的に、放任的な絆の管理のせいか、彼のバーリェは我侭に育つ。
あまり怒られないことをいいことに、
常日頃遠慮なくアレが欲しい、コレが欲しいと言ってくる。
- 136 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:27:46.80 ID:mkVHEDB80
全部という訳にはいかないが、買い与えているのも事実だ。
それを今更
……という感もあったが一応彼女達が何を欲しがるのか考えてみる。
優と文は、まず間違いなくゲーム機やゲームソフトだろう。
テレビを占領してやっているほどだ。
命は漫画本が欲しいとこの前に言っていた気がする。
彼女のベッド脇には物凄い量の本が並べられている。
まぁ……買ってやったのは全部絆なのだが。
- 137 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:28:47.52 ID:mkVHEDB80
愛はおそらく、食べ物だろう。
あまり彼女に世間一般の知識はないため、
喜びそうな大きいお菓子でも買ってやればいいかもしれない。
雪は……。
何だろう。そこで絆は考えを止めた。
二年近くあの少女と一緒にいるが、
彼女はこれまでに、絆に高額なものを要求したことは一度もなかった。
あえて言うとすれば、アイスクリームが好きだ。
それか、炭酸飲料。
そんな安価な誰にでも自動販売機で買ってこれるようなものしか
要求したことはない。
- 138 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:29:27.72 ID:mkVHEDB80
普段何をしているかというと、命の持っている本の話を聞いたり、
優達のやっていることを珍しげに聞いていたり。
愛とよく分からない遊びをしていたり。
それだけだ。
それ以外で彼女が我侭を言ったことなんて一度もなかった。
どんなものを欲しいと言ってくるのか
……想像できない分かなり興味がある。
苦笑してデスクに置いておいたコーヒーを口に運ぶ。
- 139 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:30:27.66 ID:mkVHEDB80
そこで彼は、モニター画面の一部に
メール着信を告げるウィンドウが点滅しているのに気がついた。
そちらに目をやって開こうとした手が止まる。
『高国際防衛庁第三科エフェッサー東中央支部』
政府の上層からだった。
何十かにパスワードがかかっている。
それを数分かかって解除すると、
唐突にメールの内容が画面いっぱいに広がった。
次いで、上司である支部長の低い声が、音声メールで流れ出す。
<伝達だ。明日、二三○四時にターミナルDに来られたし。
貴殿へのADD授与が執り行われる。以上>
簡潔にメッセージは直ぐ途切れた。
- 140 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:31:26.50 ID:mkVHEDB80
だが、絆はそれよりも画面に広がっている画像に目がひきつけられていた。
その唇が、まるで忌々しいものを見たかのように歪む。
歯を重くきしらせながら、青年は画面に映った設計図を見つめた。
それは、電文によると明日自分に渡される予定の新型兵器の設計図だった。
バーリェのエネルギーを受けて動く、対死星獣用の駆除兵装。
それは、人の形をしていた。
今まで使用していたものは戦車や、
戦闘機型などどれも死星獣のタイプによって変えていた。
しかしこれからは違う。
- 141 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:32:37.26 ID:mkVHEDB80
どんな状況にも対応できるように、
人型の機動兵器を開発しているという噂は聞いていたが
……こんなにも早く、しかも自分がその試用第一号に選ばれるとは思ってもいなかった。
黙って、その駆除兵器の詳細を読む。
──雪は乗せられない。
それだけはこの瞬間はっきりした。
恐れていたことが現実になったという感じだ。
おそらく上層の元老院は、ほぼ最高の能力を持つ彼女を核として使わせたいんだろう。
だが……そんなことはできない。
その機動兵器、『陽月王』とコードをつけられた機械の巨人に有するエネルギーは、
先日使用した月光王の約二倍。
雪を、使えるわけがなかった。
- 142 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:33:31.35 ID:mkVHEDB80
*
クリスマスと言っても、実際のところは絆を始めとした、
言いだしっぺの少女達でさえ何をするのかはよく分かっていないようだった。
とりあえず古い文献に載っていた、ケーキとチキン類、
それと相当量の菓子が夕方に届いたので、それを開封させ食堂に並べさせる。
適当に選んだので相当な量だ。
ダンボール、およそ五箱分
……おそらく食べきることなんて度台不可能なその量を見て、
絆は心の中で困ったため息をついた。
はしゃぐにははしゃぐが、この子達はあまりものを食べない。
それ以前にバーリェは、薬と点滴で体調維持が出来る存在だ。
無理して人間のように食事をとらなくてもいい。
- 143 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:34:20.26 ID:mkVHEDB80
余った分はエフェッサーの、比較的付き合いのある人に分けるか
……と思いながら、ひとまずは少女達を手伝いつつも用意をしていく。
とりあえずは豪華な風情を出したいらしい。
食べる食べないには関わらず、
手当たり次第に引っ張り出して並べていく彼女達を見ながら、
別段自分が手伝わなくても良いことに気づき、絆は少し距離を置いた。
いずれにせよ、どんな行事なのかは最後まで完全には理解できなかったが
……楽しめればそれでいい。
こんなことは自分が子供の時にはなかったものだ。
いや、今の社会にとってもごくごく少数の人間だろう、
『お祝い事』なんてものをするのは。
- 144 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:35:35.39 ID:mkVHEDB80
人と人との関わりが希薄になっているこの世界で、
こんな感情を知ることになるなんて不思議なものだ。
結局は単なる豪華な食事……のようになってしまったが、
いつもの夕食の時間に全員が揃って座った時には、もう夜の七時を回っていた。
バーリェにアルコール類は禁物なので、
ひとまずは炭酸系統のビール色をしたものを数点、
グラスについでやる。
自分もこれから出かけるかもしれないので、アルコールはやめておく。
いつもは菓子類を食事の時に食べるのは硬くとめているが、
今回は多めに見ることにした。
- 145 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:36:28.68 ID:mkVHEDB80
隣に座った雪の食事介助をしながら、
絆は結局の所いつものような食事の様子になっている少女達を苦笑しながら見回した。
おとなしく食べろとはいっているが、いつも途中で優や愛が騒ぎ出す。
他のものの皿から料理を取ったり、逆に絆の皿に乗せてきたり。
その少し豪華な食事が終わったのは、
全員がはしゃいでいたせいもあっていつもの倍近くの時間がかかった。
想像以上にちらばったテーブルを見つめ、片付けようとした命を止める。
「それはいいから、お前ら早く風呂に入ってこい」
軽く手を振りながら、片付け始めた絆を戸惑ったように命は見返してきた。
「いいんですか? 片づけなら私が……」
「気にすんな。今日はサンタって言うのが来るんだろ?
おまえらも早く寝ないと、そいつは来ないらしいぞ」
- 146 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:37:15.65 ID:mkVHEDB80
我ながら言っていることが滅茶苦茶だと思うが、
とりあえずそれで五人を風呂場に追い払い、絆は寝室に目をやった。
全員、ベッドの脇に思い思いの靴下を紐やら何やらでぶら下げている。
まだカードは入っていないようだ。
軽く息をついて、絆は食べかけのケーキを口に押し込んだ。
実の所、昼に来たメールの内容が頭を回っていて
食事のことなど殆ど頭の隅に追いやられてしまっていた。
誰を使うか。
それは即急に答えを出さなければならない問題だし、
今にでも新しい死星獣が現れれば直ぐに出撃の命令がかかるかもしれない。
ジュースをあおって、テーブルを見回す。
- 147 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:37:59.20 ID:mkVHEDB80
食事中は嬉しそうに命の話す漫画や小説の話に聞きいっていたが、
雪の皿に乗った料理は殆ど減っていなかった。
この所尚更、彼女の食欲が落ちてきている気がする。
絆にとって、バーリェの死に直面するのは無論初めてのことではない。
五年前に始めたこの仕事の中で、
既に八人のバーリェがこの世を去っている。
最初の頃は全く苦にも感じなかった。
一番最初のバーリェも、
自分が道具として使用されることに不平を漏らしたことはなかったし、
彼女はそれで満足しているように絆には思えた。
- 148 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:38:48.47 ID:mkVHEDB80
だが、三人目のバーリェが死んだ時、
何かが彼の中で変わった。
名前は涙(ルイ)という、今の雪よりももっと小さい、
そして更に体の弱い女の子だった。
バーリェも人間のクローン体である為に、無論性別がある。
単に好意感情を誘発するには男性のトレーナーには女性型のバーリェ、
女性のトレーナーには男性型のバーリェを合わせる規則になっているだけだ。
涙は、不思議なバーリェだった。
その頃仕事で一緒に組んでいた、
女性のトレーナーが管理していた男性型バーリェに
……上手く表現することは出来ないが、
ありがちな古い文献の中から引用すると「恋」してしまったらしかった。
- 149 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:39:38.38 ID:mkVHEDB80
いつでも、何処でもその男性型バーリェの傍にいようとし、
それは絆への好意感情をはるかに越える意思だった。
昔の文献では、男性と女性が一緒になり恋に落ち、
そして結婚するという記録が残っている。
今の社会ではそんなことは不必要な、非効率的なものだ。
子孫を残したいなら科学技術でいくらでも制御できる。
故に、涙のその異常な行動を当時の絆は理解することが出来なかった。
だから離した。
仕事に支障が出るから。
- 150 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:40:25.53 ID:mkVHEDB80
その結果。
少女は段々と衰弱していき
……最後には自分で立つことも出来なくなってしまった。
どんな薬剤投与も効果がなかった。
そしてバーリェとしての使用が不能になった二日後、
眠るようにその子は死んだ。
それから、絆は女性のトレーナーと仕事で接近することは絶対にしていない。
段々と少女達の心を感じて理解することが出来るようになってきた今考えると、
自分はとてつもなく「残酷」なことをしたんだと覚ろげに思うことが出来る。
一番大切で、守りたいものは涙というバーリェにとって、
絆ではなく別の対象だったのだ。
- 151 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:41:02.02 ID:mkVHEDB80
そう、今ここに存在している五人のバーリェが
絆に対して向けている感情のように。
どことなく、雪が残している皿の様子と
涙が死んでしまう僅か前の様子が重なって、絆は強く頭を振った。
今でも……その男性型バーリェに会わせてくださいと
懇願してくる少女の目が、頭から離れない。
何故か、忘れることが出来ないのだった。
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