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少女「それは儚く消える雪のように」
- 518 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/02/25(土) 17:58:58.00 ID:bDf9OSPn0
*
エフェッサーの本部に着いた時、
絆は……しかし自分の考えが圧倒的に甘かった事実を思い知らされた。
司令室に入り、現在の戦況を巨大なスクリーンモニターで確認する。
──化け物……か?
一瞬何だかよく分からなかった。
死星獣というものは不定形な形を持たない化け物だ。
蟲のような形状をしていたり、
アメーバ状の下等生物の形をとっていたり。
そもそも体内にブラックホール粒子を含有しているというだけで、
大きさもまちまちなものが殆どだ。
- 519 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 17:59:42.89 ID:bDf9OSPn0
だが、今回の死星獣は、絆は見るのが初めてなタイプだった。
人型。
そう、人間の形をしていたのだ。
それも、とてつもなく巨大な。
自分達の人型AAD、陽月王よりも大きいだろうか。
目算にして三十……いや、四十メートル前後。
それがいまや廃墟と化したサンガストンの街の中心に鎮座している。
あの街は、合成ガスのタンクがあった場所だ。
引火したのか確認できるだけの状況は最悪だった。
その炎の真ん中に、真っ黒な巨人が見える。
いびつだ。
とてつもなく。
- 520 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:00:33.43 ID:bDf9OSPn0
人型と言っても、AADのように完全な人形ではなく、
頭が三つ存在していた。
肩に二つ。
そして本来ついている場所に一つ。
体全体は虹色の粘膜に覆われてぬらぬらと光っている。
しかし、その内部は今までにない異常な狂気をはらんでいた。
まるで、ブリキの玩具のような緊張感のない外見をしていたのだ。
流線型の四角い体は、
丁度腹部の部分が開いて中身が見えるようになっている。
そこからは巨大な歯車や、
無数の脈動するポンプが見えていた。
両手だけが妙に長い。
足の二倍ほどあるそれは、地面をしっかりと掴んでいる。
- 521 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:01:18.86 ID:bDf9OSPn0
その人型死星獣が構えている周囲は、
一キロほどが蟻地獄の巣のように灰化していた。
「何だ……これ」
飾ることも何も出来ずにただそう呟く。
そこで背後の扉が開き、
エフェッサーの本部長がゆっくりと歩いてきた。
年のころは三十代前半。細いサングラスに、オールバックにまとめた髪。
そしてエンジ色のスーツ。
どうしてもこの男は好きになれない。
服のセンスも最悪だし、何より機械のような喋り方が癪に障る
だが……そうも言っていられる状況ではないようだった。
- 522 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:02:05.81 ID:bDf9OSPn0
駈(カル)という名の彼は、静かに絆を見てから口を開いた。
「君の持参したバーリェは、
現在メディカルルームで大至急の調整中だ。
十分後には全ての準備が完了する。
直ちに現地に向かい。当該死星獣を殲滅してもらいたい」
それだけを言って彼が口を閉ざす。
絆は言葉をグッと飲み込んでから、言った。
「私が招集された理由が分かりません。
まずそれをお聞かせ願います」
さすがにその言葉を聞き、周囲のトレーナーたちがこちらを向く。
彼らのバーリェは今だ、
戦場にそれぞれのAADと共に待機しているのだ。
- 523 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:02:38.54 ID:bDf9OSPn0
戦闘中の者もいるかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。
本当に……どうでもいい。
愛の笑顔が頭の中でぐるぐると回っている。
聞かずにはいられなかった。
駈は、しかしピクリとも表情を変えずに続けた。
「絃執行官の人型AAD、
咲熱王があの死星獣に撃墜された。
我が本部が保有する人型AADは現段階ではあと一機。
その担当者を召集したに過ぎない」
「咲熱王が……!」
- 524 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:03:29.73 ID:bDf9OSPn0
絃のバーリェ、桜が乗るもう一機の人型AAD。
スペック的には陽月王と変わらないはずだ。
絆の動揺を察したのか、
駈の脇に立っていた女性職員が黙ってリモコンを操作した。
中央のテーブル上に、ホログラム化された咲熱王と
あの人型死星獣の戦闘の様子が映し出される。
こちらが使用していた武装は、
エネルギーを圧縮して撃ち出す形式の大型火砲。
一撃目。
正確に死星獣の腹部を貫通。
大穴をあけられた化け物は、
黒い粒子を噴出させながらゆっくりと倒れた。
- 525 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:04:19.01 ID:bDf9OSPn0
だが、火砲を下ろした咲熱王の背後が、突然ざわめいた。
機械人形の背後に伸びるその影が、ゆっくりとうごめき、
そして風船のように膨らむ。
数秒も経たずにそれは、
先ほどの死星獣と全く同じ様相を作り出すと、
静かに起き上がって咲熱王の首を、その手で凪いだ。
AADの機械装甲が呆気ないほど簡単に灰と化し、
空気中に飛び散らかる。
そこで映像は切れた。
「以上だ。この死星獣は影のような粒子に自己を溶解させ、
衝撃を緩和、再生することが可能であると見て間違いがない。
この一分二十五秒後に咲熱王、
AAD七〇二号は戦闘続行不能。回収された」
「……内部のバーリェは?」
- 526 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:05:02.86 ID:bDf9OSPn0
「精神的な衝撃干渉を受けているが、無傷だ。
絃執行官はバーリェ管理のために退席をしている」
……無傷?
そんなバカな、と言いたい気持ちを絆は無理やりに押さえつけた。
ともかく桜は無事らしい。
この男は、このようなことでは嘘をつくほど器用な真似はしないことを、
彼は知っていた。
「今は動きを止めている。
大口径のエネルギーキャノンを配備してある。
陽月王、AAD七〇一号で当該地区に向かい、
現地のバーリェと合流。即刻に対象殲滅を命令する」
「……分かりました」
- 527 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:06:14.80 ID:bDf9OSPn0
想像以上に状況が悪い。
抗っても意味はない。
頷いて司令室を後にする。
陽月王は、愛のエネルギーで何とか動くように
無理やりに調節をしてもらっていた。
動くだけなら……動くだけなら、何とかなる。
(出来るのか?)
自分に問いかける。
分からない。
出来るのだろうか。
メンタルルームの前に来ると、病院服に着替えた愛が待っていた。
幼い顔をにっこりと微笑ませる。
絆は頷いて、しっかりと彼女の手を握った。
- 528 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:06:54.19 ID:bDf9OSPn0
*
高速輸送機でサンガストンについたころには、
更に火の手が大きくなっていた。
死星獣から五キロほど離れた場所に飛行機が着陸し、
陽月王のコクピット内で、絆は愛の方を見た。
体中に白いコードを差し込まれ、
彼女は荒く息をついていた。
やはり辛いらしい。
いつもは、危険が及ぶ戦闘の場合、
目の見えない雪が出撃する時以外は司令室でAADを操作していた。
しかし今回の場合は愛の状態が極めて不安定だ。
同乗しなくて何か彼女に予想外の不具合が起きた場合、
最終的な防衛線として召集された意味が全くない。
- 529 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:07:30.36 ID:bDf9OSPn0
エフェッサー本部も同乗することに対して何も言ってこない。
事態が切迫していることに他ならなかった。
離れたところに見える火の海。
計器を操作して、目の前のモニターにその中心にいるものを映し出す。
醜悪な、玩具の人形。
アメーバ状の粘液にナメクジのように覆われ、
火の中でゆっくりと光っている。
「……動かせるか?」
静かに聴く。愛はそれを聞くと、嬉しそうに笑って頷いた。
「もちろんだよ」
大きく息を吐いて、小さく詰める。
- 530 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:08:05.33 ID:bDf9OSPn0
すると全長十メートルの人型戦車が、
輸送機内の格納庫で足を踏み出した。
脚部のキャタピラが回転し、
低速でまだ火の手が及んでいない街中に出る。
もう一度計器を確認する。
本当に、動くぎりぎりのライン
……これも更に調節して、最小限のエネルギーでまかなえるように、
低出力状態にしたうえでの結果だ。
やはり雪でなければ、厳しい。
……なら早く終わらせるまでだ
心の中で歯を噛んで、手を伸ばし、愛の細い手を握る。
- 531 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:08:57.49 ID:bDf9OSPn0
「大丈夫だ。作戦通りにやればすぐに帰れる。
そうしたら一緒に映画を見よう」
「うん。たのしみだなー……」
小さく咳をしながら彼女が答える。
そして絆は、あらかじめ配置されていた
巨大砲身の場所へとAADを動かした。
陽月王の三倍はある、
小さな空母クラスの巨大な戦車。
その砲身がまっすぐ死星獣の方を向いている。
作戦は簡単だった。
現地に配備されているバーリェは、
現在愛も含めると八体。
陽月王の出力不足もあり、まずそれら全てのエネルギーを収束し、
この設置型キャノン砲、SUで叩く。
- 532 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:09:36.12 ID:bDf9OSPn0
前回と同じだ。遠距離攻撃で損傷を与えた後、
まだ活動が見受けられていれば止めを刺しに行動する。
アバウトな指示だ。
お粗末だ。
だが、それがエフェッサーの現実だった。
絆はその場にいるから、そう感じる。
しかしこの戦場に存在している人間は、
彼以外一人もいない。
皆遠隔操作で司令室から、
自分のバーリェが乗っているAADを操縦しているだけなのだ。
死んだら別のバーリェを使えばいい。
それが常識。
かえって絆がやっていることの方が、酔狂で、狂っていると言わざるをえない。
- 533 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:10:17.89 ID:bDf9OSPn0
SUキャノン砲から伸びる極太のパイプをAADの手で掴み、
機体の腹部コネクタに接続する。
回りを見回すと戦車型のAADも全部、同じように接続されていた。
砲台の上に機体の片膝をつかせ、砲身を機械人形の手で固定する。
トリガーは、やはりこちらがコクピットの中で引く。
このエネルギーキャノンは、
愛のエネルギーを使用するのではない。
他の七体のバーリェのものを使用するのだ。
もし、愛の力を使ってしまったら、
仕留めそこなった時の対処が出来ないからだ。
- 534 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:10:56.05 ID:bDf9OSPn0
顔も見たこともないバーリェの命を。
顔も見たこともない俺が。
こんな場所で。
こんな時に。
呼ばれて、命令されて、
そして仕方なく来た場所で消費して攻撃する。
そんな馬鹿な話が……あるのか?
トリガーに指をかけて、ふとそう思う。
今、エネルギーを砲台に供給しているバーリェにも一人一人考えがあって。
自意識が存在していて。
ひょっとしたら愛のように、屈託なく笑っていたのかもしれない。
少し前まで。
- 535 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:11:24.73 ID:bDf9OSPn0
思う。
生産工場の光景。
家畜のように壁に繋がれたまま息絶えたバーリェ達の光景。
そして今。
やっていることは、同じじゃないか
何も変わらないじゃないか。
- 536 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:11:59.86 ID:bDf9OSPn0
今結局愛のことを無理やりに使用して。
本人の意思とは無関係に力を吸い取って。
そして殺してしまうかもしれない。
同じじゃないか。やっていること、全部。
トリガーにかけた指が止まる。
どうして、俺はそれを今まで考えたことがなかった?
どうして少しでも鑑みたことがなかった?
沢山のバーリェを殺して。
沢山のバーリェが目の前で死んでいることに気づきもしないで。
そして犯罪者と同じことをやっている。
- 537 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:12:41.86 ID:bDf9OSPn0
『エネルギーチャージ完了。絆執行官。SUランチャー、撃てます』
絆は無機質に投げかけられたオペレーターの声にハッとした。
慌てて横を見る。
愛は額に僅かに汗を浮かべながら、絆と目が合うと微笑んで見せた。
しかし……顔が青い。
それはそうだ。
常に膨大な熱量を放出し続けているような
このAADのエネルギー供給を続ければ、本当にあっさりと……。
あっさりと……。
脳内で、鎖に繋がれたこの子の姿が一瞬浮かんだ。
- 538 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:13:30.00 ID:bDf9OSPn0
気づいた時には、絆は引き金を引いていた。
あっさりと。まるで、玩具の拳銃を撃つように。
七体分のバーリェのエネルギーが、
渦を巻いた青白い光となって五キロ先の死星獣に吹き飛んでいく。
一瞬でその光は着弾すると
……燃え盛るサンガストンの火を、更に上回るほどの半球形の炎の渦を作り出した。
地平線の向こうがまばゆく光り輝く。
天上に向かって白色の炎の柱が吹き上がる。
離れたこの地点にさえもはっきり分かるほど、一瞬とんでもない爆風が吹き荒れた。
隣の愛が小さな悲鳴をあげる。
彼女の手を強く握り、絆はAADを立ち上がらせた。
「やったのか……っ?」
- 539 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:14:11.39 ID:bDf9OSPn0
押し殺した声で叫ぶ。
AIのサポート音がそれを受けて抑揚なく鳴り響いた。
『確認不能。エネルギー干渉ガ高スギルタメ、三十秒オ待チクダサイ』
「早くしろ!」
怒鳴りつけ、陽月王の腰部に取り付けてある
細い棒状の物体を機械人形の手で抜き放つ。
「愛!」
呼びかけると少女が頷き、神経を集中し始める。
棒は内部から何段階かにせりあがると、
瞬く間に陽月王の全高とほぼ同じ長さに定着した。
先端部分をアスファルトの地面に突き立て、しっかりと握らせる。
すると瞬く間にそれが淡い金色の光に包まれた。
愛の生体エネルギーだ。
- 540 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:14:54.20 ID:bDf9OSPn0
人型AADのもっとも大きな長所は、マニュピレーター、
つまり手を使えるというところにある。
輝く棍を構え、絆はまだ火柱の収まらない街を見つめた。
この武器が、最も出力が小さく。
愛のランクでも扱える効率のいい装備だ。
前にも撃退した、と思った時にコアが飛来したことがある。
今回も油断は出来ない。
砲台の上で構えを崩さない姿勢のまま、
火柱が収まるのを見つめる。
このまま消滅してくれていればいい。
心の中で何度もそう思う。
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