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少女「それは儚く消える雪のように」 2
- 525 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/04/12(木) 19:05:23.38 ID:Y7PtevAY0
*
大型の輸送機に乗り、フォロントンまで
移動することになった絆達は、
その日の夕方に、既に出発を終えていた。
輸送機とは言っても、バーリェの管理専門の航空機だ。
彼女達の精神を安定状態に保つための、
最適な工夫がなされている。
いわゆる軍の殺伐とした空気ではなく、
高級ホテルのような空間が広がっている輸送機だった。
流石に割り当てられた部屋はラボに
比べれば手狭だったものの、
特に不満という不満は見当たらなかった。
絆はソファーに腰を落ち着かせ、
自分の腕に刺さっている点滴の台を引き寄せた。
- 526 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/12(木) 19:06:12.03 ID:Y7PtevAY0
高速で移動しているが、
内部にはたいしたGはかかっていない。
昨今の技術の進歩には舌を巻かされる。
雪と霧は、難しい顔をしてチェスの
駒の前で考え込んでいた。
その前で、純が猛烈な勢いで、
数式が羅列されている本を読みながら、
ビショップの駒を手に取った。
「チェックメイトです。二十五勝目をいただきました」
コトリと盤に駒が置かれる。
霧が浮かせていた腰をその場にへたれこませた。
雪が感心したように言う。
「凄いね……霧ちゃんには、
私もあんまり勝ったことがないのに……」
- 527 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/12(木) 19:06:50.66 ID:Y7PtevAY0
「どうして勝てないんですか……
私が、私がチェスで負けるなんて……」
プルプルと震えながら、霧は絆の方を見た。
「何が起こってるんですか、マスター!」
「まぁ……落ち着けよ。別のゲームもあるだろう」
絆がそう言うと、霧はムキになっているのか、
純に向かって口を開いた。
「もう一回やりましょう。
私が先行をさせていただきます」
「かしこまりました」
パチン、と本を閉じて純が駒を
物凄い勢いで初期配置に戻し始める。
その様子を見て、渚が小さな声で絆に言った。
- 528 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/12(木) 19:07:27.83 ID:Y7PtevAY0
「機械みたい……」
「…………」
「あの子、生き物というよりは
コンピュータに近いような……」
手を挙げて渚の言葉を制止する。
そして絆は、渚に囁くように言った。
「俺はどんな子にも平等に接する。それが方針だ」
「……すみません。口が過ぎました」
俯いて、渚が掠れた声を発する。
彼女も、絆も、体は全くもって本調子ではなかった。
特に絆は酷い。
右腕が複雑骨折して多数の金具が体の中に
入っているのに加え、左足の各部が折れてしまっている。
- 529 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/12(木) 19:08:02.78 ID:Y7PtevAY0
左手の指も、いくつか折れ曲がってしまっていた。
息を吸うたびに折れたアバラが痛む。
動かない箇所だけ見れば、圭の状態に近かった。
渚も同様に怪我をしている。
驚異的なのは、主がそんな状態だというのに、
全く外傷が見られない雪と霧だった。
バーリェの本能的な回避行動とでもいうのだろうか、
彼女達には傷一つない。
特に格闘技を習っているわけでもないのに、
圭の無茶な操縦にも適応していた。
またチェスの駒を動かし始めた霧を見て息をつく。
少しハラハラしたが、純は、
二人に圭が死んだことは言わなかった。
ポーカーフェイスというのだろうか、
穏やかな表情を張り付かせて、
本を読んでいる傍らで霧をあしらっている。
- 530 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/12(木) 19:10:00.26 ID:Y7PtevAY0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して沢山のご感想、ありがとうございます!
皆様から元気をいただいています。
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
- 534 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:16:23.14 ID:72uX6PGo0
既に霧は、カードゲームでも手痛い負けを喫している。
純は、全く手を緩めるつもりはないらしく、
容赦なく短時間かつ効率的に
霧の全ての手を叩き潰していた。
穏やかな顔をしているが、
やっていることはえげつない部類に属する。
霧がムキになるのも、分かる気がする。
絆はまたチェスを始めようとした
彼女達に向けて口を開いた。
「食事にしよう。一旦やめるんだ」
「マスター……でも……」
不満そうに霧が言う。
「フォロントンにつくまでに後三日はかかるんだ。
そんなに急ぐことはないだろう。
ゆっくりとやればいい」
- 535 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:16:58.80 ID:72uX6PGo0
そう言いながら、絆は傍らの渚に
アイコンタクトを送った。
渚は頷くと、冷蔵庫に入っていたピザを取り出した。
それを小分けにして、レンジの中に入れる。
「ピザじゃないですか! 出前ですか?」
間の抜けた声を出して、霧がチェスから
目を離してこちらに近づいてきた。
純がそれを見て息をつき、本にまた視線を落とす。
「コーラもあるぞ。急いで用意させた」
絆がそう言うと、雪が顔を上げて嬉しそうに言った。
「ありがとう。こんな時なのに、絆は優しいね」
「…………」
- 536 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:17:47.95 ID:72uX6PGo0
その笑顔に何か押し殺されたようなものを
感じ、絆は口をつぐんだ。
「コーラ? 異常な高カロリーを持つ、
コカ成分を含んだ炭酸飲料ですか」
パチンと本を閉じて、純が顔を上げる。
「興味があります。試飲させていただきたいです」
「いいぞ。ほら、飲んでみるといい」
絆はそう言って、動かない手で無理矢理に
コーラの栓を開け、コップに注いだ。
それを純に差し出すと、彼女はしげしげと
コップの中を見つめた。
「何ですか、これは炭酸の入った
コーヒーのようなものですか?」
- 537 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:18:24.92 ID:72uX6PGo0
「いや、甘いジュースだ。
知識では知っているようだが、
実際口にしてみないと分からんと思うぞ」
「美味しいよ」
絆からコップを受け取り、
口につけながら雪が言う。
純はそれを見て、意を決したように
コーラを口に入れた。
途端、心底驚いたように慌てて口を離す。
「い……痛い……! 何ですか、
これは。飲料ですか?」
「ああ。その刺激を楽しむ飲み物だ」
「やっぱり……いいです」
しゅんとして純がコップを返してくる。
- 538 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:18:59.28 ID:72uX6PGo0
それを受け取り、絆は口に運びながら彼女に言った。
「圭にもコーラは飲ませたが、
その記憶は継承されてないのか?
あいつは美味しそうに飲んでたが」
「記憶はありますが……実体験をすることは
初めてでございますので。
ご存知のことかと思いますが、
私達は性質や性能に個人差がございます。
その影響で、私には合わないのかもしれません」
「そうか……」
呟いて、絆は黒い水面を見つめた。
圭も、最初はコーラの刺激に驚いていた。
雪もだ。
彼女だって最初の頃は、
むしろ嫌がっていたように思える。
- 539 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:19:33.24 ID:72uX6PGo0
小さい頃からコーラが好きなのは、絆の方だった。
親に買い与えたもらった唯一の記憶だ。
だからこそ、なのかもしれない。
最初は中々馴染めなかった雪が、
進んでコーラを飲むようになったのは、
絆に気に入られようとしたが
ためだったのかもしれない。
それが高じて、ジャンキーのようになって
しまったのだが、それもまた良い、と絆は思っていた。
霧は、純と同じようにどうにも苦手なようだった。
というより霧は、甘いもの全般が苦手だ。
同じバーリェでも、趣味嗜好は大幅に異なる。
温かいピザをそれぞれの皿に並べた渚に、
雪がハバネロのソースをかけるようにお願いしている。
- 540 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:20:09.01 ID:72uX6PGo0
それを見て、純が「じゃあ私も」と
乗っかろうとしたので、慌てて絆はそれを止めた。
「止めろ。ロールアウトしたばかりで
ハバネロなんて食べたら、
舌の機能が一生使えなくなるぞ」
「……それは困りますね。
どの程度私が生きていられるのかは分かりませんが、
味覚が遮断されるのは日常生活に影響が出ます」
残念そうに純が言う。
霧と雪がそれを聞いて、
怪訝そうに絆の方に顔を向けた。
妙な空気になった食事の場を、
無理矢理に収めようと絆は手を叩いて
「いただきます」
と言った。
- 541 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:20:41.05 ID:72uX6PGo0
圭の記憶をちゃんと継承しているようで、
純も雪、霧と全く同じタイミングでそれに続く。
ハバネロなんて、普通のバーリェが
口にしたら味覚が壊されるだけではない、
身体にも多大なる影響が出る。
刺激物は出来るだけ避けたほうがいいのだが、
絆は雪に限ってはそれを特別扱いしていた。
何故か雪は、そういう刺激物に対して
かなり強い体を持っているのだ。
医師達も首を捻っていた要素だ、
ハバネロをたらふくかけてもらい、
美味しそうにピザを頬張っている雪を見て、
絆は苦笑した。
あれだけの量は、いくら自分でも厳しいものがある。
- 542 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:21:15.66 ID:72uX6PGo0
霧はもとより刺激物に弱いので、
ハバネロ系統はにおいだけで駄目だった。
だから心なしか雪から少し離れている気がする。
チビチビとピザをかじっている純に、絆は口を開いた。
「どうだ? ゆっくりとでいい。少しずつ食べるんだ」
「塩分および脂質が過剰に使われていますね。
健康管理においては、あまり好ましくない料理です」
淡々と純が言う。
絆は呆れたように彼女に言った。
「まぁ……確かにそうだが。
それが好きな人も世の中にはいるんだよ」
「非効率的です。ですが、料理を残すということは
マナーに反します。
きちんと最後までいただきたいと思います」
- 543 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:21:57.89 ID:72uX6PGo0
怒っているのか怒っていないのか
判然としない口調で呟くように言うと、
純はピザを食べる作業に戻った。
軽く肩をすくめて渚と顔を見合わせる。
そこで、霧が水を口にしてから純に言った。
「純ちゃんは、
圭ちゃんの記憶を持っているんですよね?」
「はい。ある程度の記憶は継承しております」
「どのあたりまで知ってるんですか?
圭ちゃんは、別の地区に行っちゃったんですよね。
私、ちゃんとお別れを言えなかったことが、
とても心残りで……」
絆が一瞬食事の手を止める。
純は、しかし霧の方を見て
何でもないことのように言った。
- 544 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:22:32.39 ID:72uX6PGo0
「戦闘後までの記憶は全て継承しております。
ご安心ください。圭お姉様は、お姉様達にとても
感謝をしておりました。
気にすることはないと、私は思います」
絆は、思わず息を吐いて背もたれに体を沈み込ませた。
おそらく霧は、純粋に絆が言ったことを信じている。
雪は違うのだろうが、彼女に限ってはそうだ。
霧が質問をしたのは、単純に疑問に思ったから、
それだけなのだろう。
純はそれを知っていて何食わぬ顔でさらりと嘘をついた。
バーリェは普通、隠し事が出来ないように
人格を調整されている。
しかし純に限ってはそれが適用されていないらしい。
――嘘をつくことが出来て、
怒ることも出来るバーリェか……。
- 545 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:23:04.99 ID:72uX6PGo0
それが人間同士の関係として、
本来は当たり前のことなのだろうが、
目の前で見ると少し異様だ。
霧はピザを食べながら、嬉しそうに何度も頷いた。
「そうですか! それは良かったです。
私、凄く安心しました!」
「霧、口の中にものを入れながら喋るな。行儀が悪いぞ」
注意すると、霧は慌ててピザを飲み込んで、水を飲んだ。
雪が手探りでハバネロソースを手に取り、
ビシャビシャとピザにかける。
彼女から距離をとって、霧は絆に言った。
「ごめんなさい。気をつけます。
それよりマスター、圭ちゃんには今度、
いつ会えるんですか?」
- 546 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:23:31.95 ID:72uX6PGo0
純粋な彼女の瞳を受けて、
絆を初めとした純以外の全員が硬直した。
雪までもが動きを止めた。
……やはりこの子は知っている。
圭が死んだことを。
雪の様子を見て確信し、
絆は慎重に言葉を選んで口を開いた。
「……多分、戦争が終わったら会えるよ。頑張ろう」
「はい! 楽しみにしてます!」
頷いて霧が笑う。
それにぎこちない笑みを返して、
絆はピザを口に運んだ。
釈然としない顔で彼を見ていた純は、
一つため息をついて、また食事という作業に戻った。
- 547 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/13(金) 18:24:46.12 ID:72uX6PGo0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレを通して、沢山のご感想など、
ありがとうございます!!
大変励みになります。
引き続きどんどんいただけましたら幸いです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
温かくなってきましたが、皆様も
季節の変わり目で体調をくずされませんよう。
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