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少女「それは儚く消える雪のように」 2
- 579 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/04/18(水) 19:18:17.41 ID:P18S44Kp0
夜中の艦内に警報が鳴り響いた。
雪と霧が万が一起きてくると面倒なので、
担当の女性職員を呼んで彼女達を任せておく。
そして絆は、職員達に支えられながら
何とかコクピットに乗り込んだ。
純が接続されると、すぐに機体の
電源がつき通信が入った。
モニターに駈の顔が表示される。
「全テノ設定ヲパーンクテンション。
システム、殲滅(ジェノサイド)モードヲ起動シマス」
AIの声を聞きながら、絆は駈に言った。
「この機体は飛ぶことはできるのか?」
『可能だ。大恒王とほぼ同じフライトシステムを
組み込んである。そのバーリェの性能なら、
最初からフルスロットルでの行動が可能だ』
- 580 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:18:59.81 ID:P18S44Kp0
「了解。純、行けるな?」
「勿論です」
頷いて純が操縦桿を握る。
「ハイコアの接続を確立。全武装ノロックヲ解除。
視界確保、レディ。エネルギーラインヲシルバーデ確立。
AAD七一八型、起動シマス」
鈍重な陽月王にそっくりな機体――
スペック2とも言えるそれは、
格納庫内でゆっくりと立ち上がった。
『絆特務官。お供します』
そこで椿の顔が表示された。
フライトシステムを組み込んだ七百番台の
AADは一機だけではない。
合計で五機スタンバイしていた。
- 581 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:19:34.62 ID:P18S44Kp0
椿の脇に座っている二人のバーリェを見て、
絆は口を開いた。
「君のところはデュアルコアか
……君も、乗っているんだな」
『はい。私は今合計で四体のバーリェを
管理しています。二十四時間対応できますわ。
それに……乗らなきゃ分からないことって、
きっとあると思うのです』
「頼もしい。俺の背後を頼む」
『了解しました』
頷いて椿も操縦桿を握る。
絆も、腕を無理やり伸ばして操縦桿を握った。
隣の席で渚が口を開く。
「陽月王、スペック2リフトオフします」
- 582 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:20:31.89 ID:P18S44Kp0
脚部のキャタピラが回転し始める。
そしてスペック2は、そのまま開いている
ハッチから空中に踊り出た。
機械人形の背部に、同じくらいの大きさの
ブースターと飛翼が装着されている。
それに点火し、スペック2は軽々と宙に浮いた。
「マイクロホワイトホール粒子ノ
生成ヲ開始シマス。
武装、ロータイプ『簡易メルレダンデ』ノ
スタンバイヲ開始シマス」
メルレダンデ……圭が使用した、
広範囲極破壊兵器の一つだ。
「出力が大恒王の十分の一で安定しました。
可動域クリア。
駆動限界まで、あと一時間四十七分です」
渚が口を開く。
- 583 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:21:15.93 ID:P18S44Kp0
心なしか彼女の息が荒い。
まだ怪我が完全に治っていないのだ。
絆も同様だった。
腕と足が痛み、思わず息をついた絆に、
純は一瞥もせずに口を開いた。
「特務官様……やはり休んでいてください。
私一人で十分です」
「悠長に話している暇はない。来るぞ!」
艦が、いつの間にか数十体の死星獣に囲まれていた。
金色のそれが、真っ赤に発熱をはじめる。
あの水蒸気爆発兵器で襲われたら、
艦はひとたまりもない。
スペック2の肩部装甲と脚部装甲が開き、
中の四角形のキューブ体が高速回転をはじめる。
- 584 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:21:55.62 ID:P18S44Kp0
大恒王に比べれば、本当に微弱な
威力のエネルギー兵器だ。
しかし贅沢は言っていられない。
今はこの機体で戦うしかないのだ。
他の機体も、簡易メルレダンデを
展開しようとしていた。
それより一拍早く、純が動いた。
「簡易メルレダンデノセットアップを持続中。
シィンケルハンドブレードヲ展開シマス」
AIがナビを言い終わる前に、何の予備動作もなく
彼女は肩部ブレードを抜き放つと、
それに銀色のエネルギーをまとわりつかせながら、
一気にブースターを最大点火で踏み込んだ。
凄まじいGが絆と渚を襲う。
- 585 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:22:28.58 ID:P18S44Kp0
思わず体を丸めて硬直した渚を抱きかかえた絆の目に、
スペック2がブレードで
近くの死星獣を一刀両断にするのが見えた。
人間でさえも知覚が難しい速度だった。
「次」
純は機械のように呟くと、態勢を崩した
死星獣達の群れに機体を突っ込ませた。
流星のように異様な軌道で移動したスペック2は、
そのまま数体の死星獣を切り飛ばし、爆発させた。
「遅い……敵も味方も……!」
吐き捨てて純は、機体を空中にホバリングさせながら、
キューブ体を群れが一番密集している場所に向けた。
「……消えなさい」
「チャージ完了。簡易メルレダンデ、発射シマス」
- 586 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:23:12.44 ID:P18S44Kp0
AIの声と共に、真っ白い光が
正面に向けて発射された。
リング状の衝撃波が周囲に広がる。
それは死星獣達を数十体も巻き込むと、
一気に収縮して、そしてぐんにゃりと歪み掻き消えた。
遅れて、やっと味方のAADが動き出す。
小規模なメルレダンデを放ち始めた味方を見て、
純は舌打ちをした。
「後手に回りすぎです。これじゃ艦に損害が出る……!」
「味方の戦力を信用しろ!
お前はお前の動きで目の前の敵を叩け!」
凄まじい速度で機体が空中を移動している中、
絆は声を張り上げた。
全く気になっていないのか、
純は鼻を鳴らして操縦桿を握りこんだ。
- 587 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:23:47.85 ID:P18S44Kp0
「戦力? 私以外の何が役に立つっていうのですか」
「お前……!」
絆は押し殺した声を発して、
無理矢理に手を伸ばして操縦桿を握った。
「何をしているのですか!
特務官様はシートに掴まっていてください!」
「思い上がっているお前に、
操縦を任せることはできない。
こちらにメインシステムを切り替えるんだ!」
「は……はい!」
渚が頷いて、操縦権を絆に譲る操作をする。
純は
「どうして!」
と怒鳴って、慌てて操縦桿を何度も引っ張った。
- 588 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:24:24.24 ID:P18S44Kp0
スペック2が空中で静止し、
もう片方のブレードを肩から抜き放つ。
二刀を構えて、絆の操縦で機械人形は宙を飛んだ。
「く……っ……」
腕の痛みに顔をしかめながら、
絆が近くの死星獣のことを切り飛ばす。
確かに純はハイスペックなバーリェだ。
しかし決定的な何かが欠けている。
まるで、霧がロールアウトされた直後のように。
彼女のように全てを見下しているわけではないが、
達観しすぎている。
連携も何もあったものではない。
『絆特務官、ご無事ですか!』
- 589 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:24:57.46 ID:P18S44Kp0
そこで椿の声が聞こえ、
彼女の機体がスペック2の後ろについた。
背中合わせにホバリングしつつ、
絆は脂汗を額に浮かべながら言った。
「体調に異常を感じたら、
こちらに任せて即帰還するんだ。
墜落する事が一番怖い」
『了解です。特務官こそ、大丈夫ですか?
顔色が真っ青です』
「問題ない。これくらい……!」
「残存死星獣、三十体を切りました!
水蒸気爆発が来ます!」
残った死星獣達が、腕を伸ばして輪のようにし、
AAD達と飛空艇を取り囲んだ。
その体が真っ赤に発熱し始める。
- 590 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:25:28.50 ID:P18S44Kp0
「性懲りもなく……!」
絆は怒鳴って、操縦桿を握りこんだ。
「私にやらせてください!
どうしてあなたが操縦しなければいけないのですか、
非効率的です!」
純が悲鳴のような声を上げる。
絆は、しかし彼女を無視して渚に向かって声を貼り上げた。
「エンクトラルライフルを使う! スタンバイ!」
「はい!」
機体の後部から幾段かに分かれた砲口がせり出す。
それを前方に向け、
絆は空中でホバリングしながら狙いを定めた。
「エンクトラルライフル、フルチャージ。撃テマス」
- 591 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:26:05.02 ID:P18S44Kp0
AIの声が聞こえる。
「特務官様! 早く私に迎撃させてください!
私の方が……私の方が、上手くこの機体を使えます!」
純が悲痛な声を上げる。
しかし絆は
「うるさい!」
と押し殺した声でそれを一喝すると、
照準を更に調節した。
「お前一人で戦っている気になるな!
沢山の人が戦ってる。
沢山の人がこれに関わってる!
俺も、渚さんも、みんなここにいるんだ。
勘違いも甚だしい、
何が『効率』だ! 寝言は寝て言え!」
- 592 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:26:37.03 ID:P18S44Kp0
「このままでは艦が沈みます!
私達も、この機体では耐えられません!
迎撃させてください!」
食い下がる純を無視し、
絆は死星獣の一体に照準を定めた。
そしてその体が真っ赤に発熱しきる瞬間。
引き金を引いた。
エネルギーのライフル弾が、
正確に死星獣の一体の胸部を
貫通して向こう側に抜ける。
コアまでをも貫通した正確な一撃だった。
抜けられた死星獣は、一瞬動きを止めると、
次の瞬間、凄まじい勢いで膨張した。
三倍ほどの大きさに風船のように膨れ上がり、炸裂する。
- 593 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:27:36.10 ID:P18S44Kp0
「連鎖爆発が起こります、衝撃に備えてください!」
飛空艇と味方に向かって渚が大声を上げる。
途端、誘爆というのだろうか。
次々と連鎖するかのように、
発熱しきって熱を放出しようとしていた
死星獣が爆発を始めた。
周囲がグラグラと揺れ、
真っ黒なブラックホール粒子が吹き荒れる。
飛空艇を守るように五機のAADが浮かび、
何とかそれを防ぐ。
数秒後、パラパラと死星獣だったものが
空中に飛び散った。
「そんな……一発で……?」
呆然と純が呟く。
- 594 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:28:14.57 ID:P18S44Kp0
「熱膨張を起こしていたと思われる死星獣が、
全て連鎖爆発を起こしました!
周囲にこれ以上の死星獣の反応は確認できません!
迎撃に成功しました!」
渚が上ずった声を上げる。
『……手柄だな、絆特務官……
どうして奴らが熱波を発する寸前にコアを撃ちぬくと、
その熱に引火して爆発すると気づいた?』
駈に通信で問いかけられ、絆はくぐもった声を返した。
「勘だ……ただの……」
そこまで言った時だった。
絆の喉に、不意に血なまぐさい感触がせり上がってきた。
猛烈な吐き気に耐え切れず、
絆は手で口を抑えて激しく咳き込んだ。
- 595 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:28:44.47 ID:P18S44Kp0
「絆特務官!」
渚が慌てて操縦を純に切り替え、
絆を抱きかかえる。
『特務官、どうされたのですか!』
椿の声が聞こえる。
絆は何度か咳き込むと、
胸の痛みの後に手の平に真っ赤に
血が付着しているのを見て、青くなった。
「何だ……これ……」
「……絆特務官が吐血しました!
至急保護を願います!」
渚が声を張り上げる。
「特務官様……?」
- 596 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:29:18.01 ID:P18S44Kp0
呆然として純が呟くように言った。
「ど……どうされたのですか?
私が、無理な操縦をしたからですか……?」
それに答えようとして、凄まじい胸の激痛に、
絆は体を丸めてまた血を吐いた。
渚が彼のシートベルトを外し、
ベルトの部分の胸部、腹部がへこんでいるのを見る。
肋骨が折れて、肺か胃に突き刺さっている可能性が高い。
「安心してください、私は救護士の資格も持っています。
血を、飲み込まないで無理せず吐いてください。
呼吸器を装着します!」
渚が声を押し殺して、コクピット内に装着されていた
簡易AEDセットを手に取る。
絆は胸を抑え、急激に落ちていく意識の中、
何とかそれを保とうとして失敗し。
一つ呻いて、暗い意識の底に落ち込んでいった。
- 597 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:31:05.10 ID:P18S44Kp0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせて頂きます。
ツイッターやスレを通して、沢山のご感想、
ありがとうございます!!
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけると嬉しいです。
それでは、今回は失礼させて頂きます。
- 600 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/04/18(水) 21:34:54.28 ID:e1We6Ou1o
おつつ
一時の平穏だなぁ
- 601 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/04/19(木) 06:58:31.20 ID:9iJn05DIO
この後の純と絆の絡みが楽しみだ
乙乙
- 602 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/19(木) 18:16:14.62 ID:Xk7rhViu0
こんばんは。
沢山のご感想、ありがとうございます!
ツイッターなどでもいただいています。
ありがたい限りです。
続きが書けましたので、投稿をさせて頂きます。
お楽しみいただければ幸いです。
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