■戻る■ 下へ
少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
- 337 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/10/18(木) 17:36:50.10 ID:K0O/uRqT0
★
赤十字病院の会議室で、汀は大声を上げた。
「せんせ!」
会議室に集まっていた多くの医師や、
マインドスイーパーだと思われる、
病院服の少年少女達が、一斉に汀を見る。
気にせず車椅子を進めた圭介を一瞥して、
入り口で待ち構えていた大河内が、満面の笑顔で汀を抱き上げた。
そしてその場をくるりと一回転する。
「ははは、久しぶりだなぁ、汀ちゃん」
「せんせに会いたかったよぉ。せんせ、元気だった?」
大河内に抱きつき、猫のように頭を押し付ける汀。
- 338 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:37:42.69 ID:K0O/uRqT0
その頭を撫でながら、大河内は彼女を抱き上げつつ、
会議室の上座に移動した。
「元気だったさ。汀ちゃん、少し痩せたんじゃないか?」
「せんせに会えるから、しぼったんだよ」
「駄目だぞ、無理しちゃ。
よぉし、今晩は、うまくいったら私のおごりで……」
「大河内、場所を考えろ」
圭介が大河内に耳打ちする。
大河内はそこでハッとして、慌てて汀を椅子に座らせ、
そして自分はその隣に腰を下ろした。
- 339 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:38:15.32 ID:K0O/uRqT0
「せんせ?」
不思議そうに汀が聞く。
大河内は彼女に笑いかけ
「ごめんな、汀ちゃん。あまり時間がないんだ。
治療が終わったら、いろいろ話そうな」
と言った。
頭をなでられ、汀は頬を紅潮させて頷いた。
「うん、うん!」
圭介が大河内の隣に腰を下ろす。
- 340 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:38:55.82 ID:K0O/uRqT0
大河内は咳払いをして、周りを見回した。
「……こちらが、先ほど説明した高畑医師と、マインドスイーパーです。
特A級の能力者です。私が、個人的な要望でお呼びしました」
不穏な視線を向けている周囲の威圧感に、汀が肩をすぼめる。
車椅子に乗せられたケージの中から、小白がニャーと鳴いた。
「それでは、本日のダイブについて説明を開始します。
難しい施術になると思われます。
各マインドスイーパー、オペレーターは特に注意して聞いてください」
大河内はそう言って、
赤ん坊の写真が映し出された正面のスクリーンを、指し棒で示した。
- 341 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:39:37.63 ID:K0O/uRqT0
「事前に説明したとおり、ダイブ対象者は、高橋有紀。
生後一ヶ月の赤ん坊です。
現在、比較的経度な自殺病第二段階を発症しています。
自覚症状などはありませんが、年齢を考え、
即急なダイブと事前治療が必要であると判断しました」
そして彼は、下のほうに映されている、ナンバーXの写真を指した。
「赤ん坊なので、心理壁の構築もありません。
トラウマの発生もないと考えられます。
しかし、今回のダイブには、
ほぼ確実に外部からのハッキングがあると考えられます」
小白がまたニャーと鳴く。
眉をひそめた周囲に構わず、彼は続けた。
- 342 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:40:14.34 ID:K0O/uRqT0
「現在警察も身柄を拘束しようと捜索をしていますが、
この男による精神攻撃の可能性が高い。
皆さんには、可能な限り迅速に、患者の治療を行い、
この男のハッキングを我々が阻止している間、
退避していただきたい」
「大河内先生。その男は何者なんだね?」
そこで、座っていた壮年男性が口を開いた。
「先日、うちのマインドスイーパーが五人もやられている。
それに今回の、この数のスイーパーだ。ただ事ではなかろう」
「ええ、ただ事ではありません」
大河内はそう答えて、ナンバーXの顔写真を指した。
- 343 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:40:52.09 ID:K0O/uRqT0
「明確な正体はまだ分かっていません。
サイバーテロリストの一派である可能性が高いと思われます」
「それだけの情報で、気をつけろといわれてもな……」
「こちらとしても提供できる情報があまりに少なく、
対応が出来ない状態が続いています。
しかし、今回のこのダイブは成功させたい」
彼は、息をついてから言った。
「こちらも、出来うる限りの対策と援助をします。
では、詳しい内容に入っていきましょう」
- 344 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:41:38.03 ID:K0O/uRqT0
★
汀は、淡々とした目で、眠らされている赤ん坊を見た。
赤ん坊の頭には、マスク型ヘルメットが被せられている。
そこは円形の部屋になっていて、中心部に赤ん坊がいる。
そして汀がその隣に、圭介が汀の脇の機械の前に。
他のマインドスイーパーは、
それぞれ部屋の壁部にあたる場所に腰掛け、
マスク型ヘルメットを被っていた。
総勢十一人のマインドスイーパー。
殆どが、十五、六の男女だ。
汀は眠っている小白を抱いて、
そしてヘッドセットをつけてからマスクを被った。
- 345 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:42:05.48 ID:K0O/uRqT0
そこに大河内が近づいて、しゃがみこむ。
「汀ちゃん、危ないと思ったら、すぐに帰還するんだ」
「せんせ、これが終わったら、一緒に遊ぼう」
大河内の言葉には答えずに、汀は無邪気に言った。
圭介が顔をしかめて、大河内を睨む。
「汀、集中しろ」
「うるさい圭介」
圭介の言葉を跳ね除け、汀は動く右手を大河内に伸ばした。
「ね、約束。ゆびきりげんまん」
「分かった。約束しよう」
- 346 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:42:36.36 ID:K0O/uRqT0
大河内が、汀の小指と自分の小指を絡ませる。
そこで圭介が立ち上がり、大河内を汀から引き離した。
「ダイブの邪魔だ。早く配置につけ」
「分かってる。だが、妙な胸騒ぎがしてな……」
大河内が小声で言う。
圭介は息をついて、彼の耳元で言った。
「仮に戦闘する羽目になったら、俺が直接回線を切る。
得策のない話は嫌いだからな」
「それを聞いて安心した。頼むぞ」
「言われるまでもない。もらう分は働くさ。俺も、汀もな」
- 347 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:43:19.22 ID:K0O/uRqT0
そう言って圭介は、背中を向けた大河内に代わって、
汀の脇にしゃがんだ。
「余計なことは考えるな。
いいか、精神世界でどんなジャックにあっても、動揺するなよ。
俺が何とかする」
「分かってるけど……
どうして、圭介も、せんせも、そんなに緊張してるの?」
問いかけられ、圭介は口をつぐんだ。
そして軽く笑いかけ、汀の頭をなでる。
「緊張なんてしていないさ。ただ、赤ん坊の意識の中に、
十二人もダイブさせる施術は、世界初だからな。
そのせいかもしれないな」
- 348 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:43:49.13 ID:K0O/uRqT0
「大丈夫だよ。仮にどうにかなったとしても……」
汀は、冷めた目で赤ん坊を見た。
「少しくらいなら大丈夫でしょ」
「だな。気負わずに行け」
「うん」
彼女の答えを確認して、圭介は席に戻った。
そして声を上げる。
「一番、準備整いました。ダイブを開始します!」
- 349 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:44:26.72 ID:K0O/uRqT0
★
汀は目を開いた。
彼女は、いや、「彼女達」は一面真っ白な空間に立っていた。
汀が少し離れたところに立っていて、
他のマインドスイーパー達が固まってきょろきょろと周囲を見回している。
そこは、一面が白い珊瑚の砂浜のようになっていた。
足元には柔らかい砂地。
そして真っ白な空が広がっている。
水音。
そして、クラシックの優しい音楽がかすかに聴こえる。
- 350 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:45:04.13 ID:K0O/uRqT0
汀は、米粒のような砂を、しゃがんで手ですくうと、
サラサラと下に落とした。
風はない。
完全に無風だ。
しかし温かい。
足に擦り寄ってニャーと鳴いた小白を抱き上げて肩に乗せ、
汀はヘッドセットのスイッチを入れた。
他のマインドスイーパー達も、同じような動作をしている。
「ダイブ完了。周りの状況を確認したよ」
『どうだ?』
圭介に問いかけられ、
汀はマイクの向こうの保護者に、肩をすくめてみせた。
- 351 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:45:32.74 ID:K0O/uRqT0
「ただの、自然構築された無修正の白空間。
本当に自殺病を発症してるの? ってくらい平和」
『そうか。中枢は……探すまでもないだろうな』
「うん」
汀は、先の空間に目をやった。
そこには丸い、一掴みほどの玉が浮いていた。
顔の位置にあるそれは、多少濁ってはいるが、
ほぼ透明で、水晶のようだ。
中に、黒い墨のような紋様が浮いていて、
それが形を変えつつ、徐々に広がってきている。
汀はその前に立って、少し考え込んだ。
- 352 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:46:02.62 ID:K0O/uRqT0
「訂正。ちょっと難しいかも」
『どういうことだ?』
「中枢が剥き出しで置いてあるのは乳幼児によくあることだから、
問題はないんだけど……中枢の内部まで、ウイルスが入り込んでるね」
『取り除けるか?』
「駄目元でやってみる」
そう言って玉に手を伸ばしかけた汀に、
追いついたマインドスイーパーの一人が声をかけた。
「あ……あの!」
振り返った汀の目に、自分を見ている少年少女たちが映る。
中には、不穏そうな表情を浮かべている子もいた。
- 353 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:46:46.26 ID:K0O/uRqT0
全員同じ白い病院服なので、
判別がつけにくいが、明らかに汀に敵意を向けている子もいる。
汀は一歩下がって、自分に声をかけた女の子を見た。
「何?」
「私、理緒。片平理緒(かたひらりお)って言います。
あなたが、高畑汀さん……なのよね?」
理緒と名乗った女の子は、車椅子状態とは違う汀と
肩の上の猫を見て、少し戸惑った様子を見せたが、
笑顔で手を差し出した。
「ご一緒できて、嬉しいわ。私、このチームのリーダーをしてるの。
本当に猫を連れてるんだ。びっくりしました」
- 354 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:47:45.39 ID:K0O/uRqT0
汀よりも一、二歳程年上だろうか。
しかし丁寧で優しい、おっとりした口調は、
どこか落ち着いた風格を漂わせている。
灰色になりかけているショートの髪を、両側に編んでいる。
可愛らしい子だった。
しかし汀は、理緒が差し出した手を、
顔をしかめて見ると、小さな声で返した。
「仕事中でしょ? 余計な手間をかけたくないんだけど」
汀の態度に、数人のマインドスイーパーが表情を固くする。
しかし理緒は、一歩進み出ると、
優しく汀の右手を、両手で包み込んだ。
- 355 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:48:20.04 ID:K0O/uRqT0
そしてニッコリと笑う。
「そんなことないですよ。挨拶も重要な仕事の一つです。
あなた、会議室では一言も返してくれなかったから……」
そういえば、会議室でのマインドスイーパー同士の計画チェックで、
何度も話しかけられたことを汀は思い出した。
しかし、彼女は理緒の手を乱暴に振り払い、そして言った。
「馴れ馴れしいのは好きじゃない」
「気に障った……?
ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけれど……」
理緒は少し表情を暗くしたが、すぐに笑顔に戻り、玉を指で指した。
「それ、私、上手に治療できます」
- 356 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:48:49.73 ID:K0O/uRqT0
「……?」
怪訝そうな顔をした汀に、理緒は慌てて顔の前で手を振って続けた。
「あ……あなたが、もっと上手く治療できるなら、
その方がいいですけれど……考えてる風だったので……」
「精神中核を触れるの?」
「はい。私、そのためにこのダイブに参加しました」
理緒が、花のような笑顔で笑う。
顔の前で指を組んで、彼女は玉に近づいた。
「綺麗な核。やっぱり、赤ちゃんの精神は凄く安定してて、強いなぁ」
「中核を無傷に素手で触れるスイーパーなんて、聞いたことないわ」
「触れます。ほら」
- 357 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:49:20.24 ID:K0O/uRqT0
そう言って、理緒は手を伸ばし、
汀が制止しようとする間もなく、丸い玉を両手で包み込んだ。
そして、つぷり、と音を立てて指を中に入れる。
どうやら鉱石質なのは外観だけらしく、ゼリー状らしい。
そのまま理緒は
「うん、うん……怖くないからね。大丈夫だよー」
と、子供に言い聞かせるように呟きながら、目を閉じた。
そして黒い筋を指でつまみ、するっ、と抵抗もなく引き抜く。
時間にして十秒もかからなかっただろうか。
「ほら、心配ない」
くるりと振り返って、理緒はニコリと微笑んだ。
- 358 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:50:01.30 ID:K0O/uRqT0
彼女が手につまんでいた、黒いウナギのような筋が、
塵になって消えていく。
「……驚いた。精神中核の奥に食い込んでたウイルスを、
核を傷つけずに、素手で除去するなんて……」
汀が、思わずと言った具合で呟く。
それに、マイクの向こうで圭介が答えた。
『その子は、赤十字が保有している数少ないA級能力者の一人だ。
治療には成功したのか?』
「私が来る意味あったの?」
『……特に問題がないようだったら、戻って来い。
深追いする必要はない』
「どういうこと?」
- 359 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:50:34.25 ID:K0O/uRqT0
それに、圭介が答えかけた時だった。
理緒が精神中核から引き抜いた黒い筋が、
途中から千切れてポタリ、と地面に落ちた。
途端にそこがボコボコと沸騰をはじめる。
「トラウマ……?」
きょとんとして汀が呟く。
『何?』
「トラウマだ。何で……?」
汀が言っている間に、沸騰している地面の染みは広がると、
直径一メートル程の円になった。
そこから、黒いゼリー状の物質が、沸騰しながら競りあがる。
- 360 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:51:08.98 ID:K0O/uRqT0
「え……?」
ポカンとしている理緒の方に、蛇のようになった、
そのゼリー物質は鎌首をもたげた。
次いで、その口が開き、凄まじい数の牙があらわになる。
「きゃあああああ!」
理緒が悲鳴をあげ、幼児の精神中核を抱いてその場にしゃがみこむ。
「何してるの!」
そこで、汀が動いた。
座り込んでいる理緒に駆け寄り、突き飛ばす。
そして地面をゴロゴロと転がる。
- 361 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:51:52.23 ID:K0O/uRqT0
二人がいた場所に、黒い巨蛇が頭から着地する。
そのまま地面にするすると入り込み、蛇は姿を消した。
「あ……ありがとう……」
震えながら、理緒が口を開く。
それをかき消すように、
汀は呆けた感じで立ち尽くしているマインドスイーパー達に怒鳴った。
「トラウマの攻撃が来る! 邪魔だから早く帰って!」
『汀、状況を教えろ。
何故生まれたばかりの乳幼児の頭の中に、トラウマがあるんだ!』
圭介が声を張り上げる。
『回線を遮断するぞ!』
- 362 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 17:59:09.99 ID:K0O/uRqT0
「駄目! 今遮断したら、
中核を置いてトラウマを残しちゃうことになる!」
『乳幼児の頭の中にトラウマがあるわけが……
ザザ…………ブブ…………』
そこで、圭介の声がかすれて消え、
マイクの向こうからノイズが聞こえ始めた。
「圭介? 圭介!」
汀が声を上げる。しかし、ノイズの方が大きくなり、
圭介の声を上手く聞き取ることが出来ない。
『ジャック…………遮断できな…………ブブ…………ユブ…………』
プツリ、と音を立てて通信が切れた。
次へ 戻る 上へ