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少女「それは儚く消える雪のように」 2
- 227 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/03/28(水) 20:02:05.22 ID:BweApVW10
病院側が用意した病人搬送用のワゴンタクシーに
圭の車椅子が入り、絆は、彼女が運転手に抱えられて、
座席に詰め込まれるのを見ていた。
雪ほどではないが、痩せている。
……この子が。
あの、仕様書に載っていた子だとは
到底思えなかった。
睡眠学習中の戦闘プログラム、
ダミートークンとの模擬戦、
千二百三十五戦中、千二百三十五戦勝。
全勝だ。
霧でさえ、九百五十回の模擬戦プログラムで、
百回以上は負けている。
数値のみを見てみれば、まさに規格外と言えた。
- 228 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:03:18.32 ID:BweApVW10
しかし……。
あの覇気がない表情と、
物憂げな喋り方が、妙に気になった。
無論、欠損している右腕、両足、
そして焼け爛れている右顔面が
気にならなかったと言えば嘘になる。
霧が先ほど口走った言葉も、
同時に心に引っかかっていた。
……バーリェのにおいも、死星獣のにおいもしない?
おそらく圭は霧のクローンだ。
どんな調整がされているのかは分からないが、
少なくともどちらかのにおいはしなければおかしい。
- 229 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:04:07.44 ID:BweApVW10
それとも……。
品種改良を繰り返したことにより。
バーリェとも、死星獣とも、
全く違う個体が創り上げられてしまったのか。
死星獣のにおいをさせている霧を見たときに、
何の反応もしめさなかったのも気になった。
同種ゆえのことかと思ったが、
他ならぬ霧がどちらのにおいも
させていないと言うのだ。
……つまり、圭にはバーリェの持つ
生体エネルギー感知能力が備わっていない
可能性もあった。
一体どれだけの不具合を抱えているのか分からない。
確かに、少なくとも「普通」ではないが……。
- 230 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:05:01.71 ID:BweApVW10
霧に支えられながらタクシーに乗り込み、
圭の隣に腰を下ろす。
絆の隣に座った霧が扉を閉め、伺うように圭を見た。
タクシーが静かに発進し、
圭は疲れたように小さなため息をついた。
「どうした? 疲れたなら寝てもいいんだぞ」
絆にそう言われ、圭はきょとんとして彼に返した。
「ねても……? 『ねても』とはどういうことですか?」
「何言ってるんだ? 寝るってことだ。
目を閉じて楽にしてもいいってことだよ」
絆に静かに返され、しかし彼女は首を傾げてみせた。
「目を閉じてどうするのですか? 暗くなるだけです」
- 231 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:05:46.39 ID:BweApVW10
「寝たことがないのか?」
「初めて聞く単語です。それは動詞ですか?」
「…………」
一瞬どう返したらいいのか分からずに、
奇妙なものを見るかのような目で彼女を見てしまった。
その視線を受けて、圭は縮こまって下を向いてしまった。
「……ごめんなさい……」
「……いや、謝らなくてもいい。
今日ロールアウトしたばかりなんだ、
考えてみれば何も知らないのは当たり前のことだ。
睡眠をとるということは、体や精神の疲れを取るために
必要なことだ。目を閉じて、意識を暗転させる。
説明が難しいが……」
「気絶するということですか?」
- 232 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:06:21.65 ID:BweApVW10
「いや、それとは少し違うな……」
絆は言い淀んで口をつぐんだ。
寝るという概念が、この子にはないのか?
……流石にそれはないだろう。
動物であれば殆どの種は睡眠をとる。
魚でさえも、泳ぎながら寝るくらいだ。
彼女が初期段階の混乱に陥っていると
自己完結して、絆は言った。
「まぁ……自然に分かるよ。
別に理解しなくてもいい」
「はぁ、そうなんですか」
圭が気の抜けたような声を出して、
シートに体を沈み込ませた。
- 233 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:07:04.69 ID:BweApVW10
それをポカンと見ていた霧が、
何呼吸か置いて、とってつけたような高い声を発した。
「あ……あの、圭ちゃんは、
ゲームは好き? 何が得意なの?」
「ゲーム……?」
首を傾げて、圭は「この子は何を言っているのだろう」と
いう目で霧を見た。
彼女の目を見て、霧は慌てて付け加えた。
「私は、モノポリーが得意。バックギャモンも、
カードゲームも好きです。
一緒にラボに行ったら遊びましょう」
「ごめんなさい……
姉さんが何を言っているのかがよく分かりません」
申し訳なさそうに顔を歪めて、圭は頭を下げた。
- 234 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:07:46.41 ID:BweApVW10
霧が気勢を削がれたように
「そ……そうなんだ……」
と言って口をつぐむ。
霧は睡眠学習中に、沢山の思考ゲームを
させられてロールアウトしてきた。
しかし、もしかしたら圭は、そのような
シュミレーションを一切せずに
送り出された固体なのではないだろうか。
「教えてやればいい。得意なんだろ、霧」
そっと口を出すと、霧は顔を輝かせて
「はい!」
と頷いた。
圭はそれを興味がなさそうに見ていたが、
霧がまた口を開こうとしたのにかぶせて言葉を発した。
- 235 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:08:28.37 ID:BweApVW10
「私が得意なことは……ありません。
好きなことも、特にありません
……ご期待に沿うことは、多分出来ないと思います」
霧が発しかけていた言葉を無理矢理に飲み込んで、
助けを求めるように絆を見た。
……極端なマイナス思考。
通常のバーリェでは、ありえない。
なまじ状況認識がちゃんと出来ているが
ゆえのことなのかもしれない。
「好きなことがないのなら、これから作ればいい。
何、生きてれば自然に身につくし、思いつくさ」
圭のマイナス思考を吹き飛ばそうと、わざと明るく言う。
しかし彼女は、また一つ息をついて絆から視線を離し、
窓の外に目を向けてしまった。
- 236 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:09:15.73 ID:BweApVW10
どうしても霧と比べてしまう。
この子は逆に消極的だ。
異常なほど積極的で我が強かった
霧とは正反対だ。
同じクローンでも、ここまで
違うものかと心の中で驚愕もしていた。
絆も一つ息をついて、
倒した松葉杖に寄りかかる。
すぐにでもこの子を戦闘で使うことになるかもしれない。
その時に、自分はまた躊躇なく使うことができるのか。
また、ブラックボックスを起動させる
羽目になりはしないか。
その不安は、常に付きまとってはいた。
- 237 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:10:37.21 ID:BweApVW10
考えても、分からないことだった。
こればかりは、実際に使ってみなければ分からない。
――戦闘訓練。
その単語を頭の中で反芻する。
今までは、無駄にバーリェの寿命を縮めるだけなので
敬遠していたが、陽月王を動かすための訓練を、
この子達にちゃんと施す必要があるのではないか。
新型である霧と圭ならば、
訓練を二、三回行ったとしても生活に支障はない筈だった。
大至急用意をさせる必要がある。
そう思って絆は、諦めたように圭から
視線を離し、シートに寄りかかった霧を見た。
「霧、もう一回陽月王に乗りたいか?」
静かに問いかけると、霧は一瞬ポカンとした後、
顔を引きつらせて俯いた。
- 238 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:11:22.74 ID:BweApVW10
「陽月王に……?」
「また死星獣が出たら、
お前達に出てもらうことになると思う。
その時に備えて、訓練をしようと思うんだ」
霧は服の裾を手で掴んで、少しの間考え込んでいた。
その額に汗が浮いている。
命が消滅した時。
霧は、その目の前にいた。
座るシートが違ったら、
犠牲になっていたのは自分かもしれない。
その事実は、絆だけではない、
本人もよく分かっていたことなのだ。
陽月王に乗るということは、
いくら性能が高くても、常に死と隣り合わせだ。
- 239 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:11:54.21 ID:BweApVW10
霧は一回の戦闘でそれを経験しすぎていた。
言葉を発しようとして失敗した霧の頭に手を置いて、
撫でてやりながら絆は言った。
「……分かった。お前はしばらく乗らなくていい」
「で……でも……」
「少し頭を整理するんだ。さっきの話は忘れてくれ」
――戦闘訓練をこの子に施すのは無理だ。
それを本能的な部分で察知する。
無理矢理にコクピットに乗せたら、
初期の雪のように戦闘恐怖症や閉所恐怖症を
発症してしまう恐れがあった。
いたずらにトラウマを刺激するのはいいことではない。
しかし……圭の性能だけは把握しておきたかった。
- 240 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:12:26.94 ID:BweApVW10
黙り込んだ霧から視線を離し、
窓の外を見ている圭に呼びかける。
「お前はどうだ? 乗りたいか?」
「乗りたく……ありません」
掠れた声でそう返され、絆は思わず
「え……」
と呟いてしまった。
はっきりとした拒否の言葉だった。
「……どうして?」
バーリェなら、恐怖症にかかっていない
限り自分を使ってもらいたいという傾向にある筈だ。
「どうしてって……私は最初に申し上げた筈です。
お役には立てないと思いますって」
- 241 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:13:11.15 ID:BweApVW10
「俺をからかってるのか?
じゃあ、お前は何のためにロールアウトされたんだ?」
探るように聞いてみると、
圭は物憂げに息をついて答えた。
「私の方が、知りたいです。
どうして私なんかが選ばれたんですか? 不思議です」
「自分の性能に自信を持て。
お前の力は、医者達も太鼓判を押してた。
だから引き取ったんだぞ」
「私の力が欲しいのですか?」
さらりと口走ってしまったことを
聞きとがめられ、絆は口をつぐんだ。
失敗した。
そういう意味で言ったのではないが、
言葉を選ばないと圭の心を傷つけてしまうことになりかねない。
- 242 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:13:51.52 ID:BweApVW10
「いや……すまない。言葉が過ぎた」
絆は言葉を選んだ末、素直に謝ることにした。
この子は、少なくとも馬鹿ではない。
霧の情報を継いでいるのかは分からないが、
聡い方に属する子だ。
かえって言いつくろって土壺に嵌るよりも、
認めてしまったほうがいいと判断したのだ。
圭は戸惑ったように視線を宙に彷徨わせ、
また小さくため息をついた。
「謝られても困ります……私の力が欲しいのでしたら、
そう言ってくださればいいのに。
『命令』してくださればいいのに。
そうしたら、私は何でも言うことを聞きます。
ご期待に沿えるかは、分かりませんが」
- 243 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:14:28.87 ID:BweApVW10
「俺はお前にもう『命令』はしない。
指示を待つだけの人形になるな。
自分の頭で考えて、行動するんだ。
それが生きていくっていうことだ。
言われるのをただ待つだけなら、
そんなことオウムにだって出来る」
絆の言葉を受けて、圭は何かを言おうとして
失敗し、唇を噛んで黙り込んだ。
そこでガコン、と車が揺れて止まった。
「ラボについたな……
とりあえず、もう一人を紹介するよ」
絆はそう言って、圭の頭をポン、と叩いた。
- 244 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:15:25.37 ID:BweApVW10
*
「………………」
呆然として、雪は停止していた。
霧を最初に見たときよりも、
顕著に現れている戸惑いと恐怖の視線だった。
隣に立っていた渚が、
思わず彼女の顔を覗き込んだほどだった。
口をあんぐりと開けて、
廊下の片隅で静止している雪に、
車椅子に乗った圭を手でさして口を開く。
「言うのが遅れたが、
今日から世話をすることになった。圭だ。新しい……」
雪がそこで、絆の言葉に被せるようにして口を開いた。
「絆、誰その……『人』? ……軍の人?」
- 245 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:16:16.02 ID:BweApVW10
「軍の……?」
――人?
そう雪は形容した。
バーリェでも、死星獣でもない。
そう霧が言ったことを思い出す。
目が見えないゆえに生体エネルギーを
深く感じることが出来る雪の、第一声がこれだ。
絆は、圭がバーリェと死星獣の
融合体から「進化した」新しい個体である
という見方を強めていた。
今までに見たことがないエネルギーを
目撃したため、雪は静止したのだ。
結果、彼女は絆の隣にいる圭を、
バーリェでも、死星獣でもなく、
「人間」であると誤認した。
- 246 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:17:03.26 ID:BweApVW10
「バーリェだよ。何混乱してるんだ?」
しかし努めて明るく、絆は雪にそう言った。
そこで、圭の欠損具合に衝撃を受けていたらしい
渚が我に返り、口を開いた。
「……あのね、雪ちゃんを驚かせようと思って黙ってたの。
新しい子がラボに増えたの。寂しくなってきてたから、
私から絆特務官に言ったのよ……」
渚の言葉が尻すぼみになってだんだん小さくなり消える。
彼女は、腕と足が「ない」圭をもう一度見てから、
慌てて視線をそらした。
その目を受けて、圭は冷めた視線を渚に向け、
絆の方を向いた。
「……誰ですか?」
声を聞いて、雪はピンと来たらしかった。
- 247 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:17:33.22 ID:BweApVW10
人間ではない。
しかしバーリェのにおいも、
死星獣のにおいもしない。
混乱している風の雪を一瞥してから、
絆は圭に言った。
「あっちが雪。さっき話した、
目が見えない子だ。バーリェだよ」
「そちらの人もバーリェですか?」
「何?」
「え?」
渚の方を向いて口走った圭に対して、
絆と渚は同時に息を呑んだ。
- 248 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:18:11.74 ID:BweApVW10
やはり。
生体エネルギーを感知する
第六感のようなものが備わっていない。
渚のこともバーリェであると誤認している。
「……そっちは渚さんだ。エフェッサーの職員だよ。
俺が怪我をしているから、
住み込みで手伝いをしてくれている」
「はぁ、そうなんですか……」
少し考えて言った絆の言葉を聞き、
圭はさして興味もなさそうに答え、
車椅子のレバーを左手で弄んだ。
- 249 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:18:50.24 ID:BweApVW10
「よろしくね。圭……ちゃん」
渚が近づいてきて、手を伸ばして圭の無事な方の左手を握る。
「疲れたでしょう?
寝たいんならベッドを用意するわ」
しかし、戸惑いがちにそう言われた圭は、
絆の方を向いてうんざりしたように、小さな声で言った。
「ですから……『ねる』とは何ですか?
ご説明を要求します」
- 250 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 20:20:36.24 ID:BweApVW10
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
ツイッターやスレなどで沢山のご感想、ありがとうございます!!
元気が出ます!!
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
書き込みなどをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
- 251 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/28(水) 20:25:16.33 ID:/PgP9+oY0
乙
ついに人の倫理越えたなエフェッサー
もともとあって無いようなものだけど
- 253 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/29(木) 18:02:10.93 ID:qPbJwa1+0
こんばんは。
やってはいけないことをやり続けた先に何があるのか……。
人間は恐ろしいですね。
続きが書けましたので投稿させていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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