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少女「それは儚く消える雪のように」 2
468 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:10:55.95 ID:KsGx2YfE0
「嘘だ……! こんなの……こんなの、
俺達が出来るわけがないだろう!」

絆は点滴台を蹴立ててベッドから飛び降りると、
ギプスが嵌められた足を引きずりながら
椅子に座っている駈に詰め寄った。

「仮にこれが俺達がやったことだとして
……今までどうしてあれだけの破壊兵器を使わなかった! 
異常な性能だ!」

「…………」

駈は顔を近づけんばかりに怒りを向けた絆を
冷たい目で見て、サングラスを指先で上げた。

「……エフェッサーは、
人間を守るヒーローであらなければいけない」

「は……?」

突然意味不明な事を言い出した駈に、
絆は気の抜けた声を発した。


469 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:11:59.37 ID:KsGx2YfE0
「意味が……分からないが?」

「そのままの意味だよ。
君も単語くらいは知っているだろう、
『ヒーロー』だ。希望の星であらねばならない。
だからだよ」

駈は慌てて駆け寄ってきた医師達に
押さえつけられた絆に、淡々と続けた。

「誰が直径二十四キロもの『大破壊』を
単機で行うことが出来るヒーローを望むかね。
それこそ、原爆でも落とせばカタがつく問題に」

駈は目をむいた絆を鼻で笑い、椅子から立ち上がった。

「まぁ……事態はそれほど楽観的でもない。
例えばフォロントンに原爆を投下することも『できる』が、
それでは、精密さに欠ける。
それに、敵側はワープの技術を持っている。
正確に着弾するかも分からない」


470 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:12:35.84 ID:KsGx2YfE0
「ヒーロー……どういう意味だ……?」

駈の言葉に答えずに、絆はベッドに
無理矢理に寝かされながら大声を上げた。

「答えろ! 今までにあれだけの戦力を
投下することが出来たのか!」

「……できなかった。だからこそ、
今回の君達の働きに、我々はただ、
ひたすらに驚いている」

「…………」

「君の言いたいことは分かるよ。
無意味にバーリェを死なせたと言いたいんだろう。
もっと早くに大恒王をロールアウトしていれば、
犠牲を払うこともなかったといいたいんだろう?」

「…………」


471 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:13:18.19 ID:KsGx2YfE0
「だが結果的にそれは『できなかった』と言える。
今回の起動も、ギリギリのラインでの奇跡的な成功だ。
大衆はその奇跡を求めてもいるが、
同時に求めているのは『身の安全』、
それ一つだ。自分達の身の安全を脅かすものは、
たとえ味方であっても世論は支持しない」

黙り込んだ絆に、駈はポケットに手を入れて、
壁に背をついて続けた。

「今回の大恒王の戦闘記録を照会して、
世界連盟が百九十八カ国の賛成を得た上で、
あの兵器の凍結を求めてきた。
近く大恒王は凍結される」

「そ…………そんな…………」

ベッドに崩れ落ちた絆に、駈は淡々と言った。


472 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:14:14.69 ID:KsGx2YfE0
「やりすぎたのだよ。それこそが新世界連合の
狙いだったのかもしれんがね。
強い力にはより強い力で対抗しなければならなかったのだが、
君達はいささかやりすぎた。
私は、君こそがそのストッパーになってくれると
願っていたのだが……残念だよ」

「じゃあ次に、あの数の死星獣が現れたら
……俺達はどうすればいいんだよ!」

「分からん。現在は元老院の返答を待っている。
本当は君の身柄も拘束される予定だった。
それを先にこちらが確保、拒否した。
それ故に君はここで、悠長に
私の話を聞いていられるというわけだ」

それを聞いて、絆は弾かれたように顔を上げた。

「俺のバーリェは……
それと渚さんはどうなった……? 他の人は……?」

「…………」


473 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:14:47.95 ID:KsGx2YfE0
一瞬押し黙って、駈は口を開いた。

「本部のトレーナーや職員達の大半は、
避難していたため無事だ……渚管制官も無論だ。
現在別の病室で治療を受けている。
君のバーリェ、D77(雪のこと)と、
S93(霧のこと)も無事だ。
D77は少々体調を崩しているが、
数日でまた戦闘に出せるようになる」

「…………」

絆は、こみ上げてきた苦い感覚を
無理矢理に飲み込んで、小さな声で聞いた。

「……S678(圭のこと)は?」

「君達の身柄をこちらで拘束する代償は、
S678を研究素材として、
世界医師連盟に提供することだった。
持っていかれたな……既に」

「何……だって……?」


474 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:15:32.25 ID:KsGx2YfE0
絆は、唾を飲み込むことも出来ずに
ただ呆然と口を開いた。

その体が小さくわななく。

歯を鳴らして頭を抱えた絆を見て、
駈は小さく息をついてから言った。

「あれはバーリェではない。
人間でも死星獣でもない。
眠りもしない。もはや、『生き物』ではないと
私は思う……割り切りたまえ」

「あの子は……あの子には『意思』があった! 
自分で考えて、自分で行動して、
俺達と同じように泣いて笑って恐怖して、
それでも尚あの子は生きてた! 
研究素材じゃない、研究素材なんかじゃないぞ! 
断じて違う!」

絆は周囲を医師に取り囲まれ、
押さえつけられながらベッドの上でもがいた。


475 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:16:07.84 ID:KsGx2YfE0
「何をしている?」

駈に聞かれ、絆は叫ぶように言った。

「圭を助けに行く! 
まだ間に合うはずだ! 離せ!」

「……一つ言い忘れていた。
今日は、君達が戦闘を終了してから七十二時間後。
つまり、三日後だ」

動きを止めた絆に、静かに駈は続けた。

「もう死んだよ。君が『圭』と呼ぶ個体は」

傍らの女性から資料を受け取り、
駈は絆のベッドにそれを放った。

「解剖結果だ。やはり人間とも、
バーリェとも違かったらしい。
ニュータイプ、つまり『ハイ・バーリェ』とも
言える代物だったそうだ」


476 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:16:42.14 ID:KsGx2YfE0
「え……」

絆はわななく手で、目の前の資料を手に取った。

「解剖…………結果…………?」

「嘆くことは何もない。元老院は君に、
S678番の技術を応用させた
新しいハイ・バーリェの授与を検討している」

ツカツカと歩いてきて、駈は絆の肩に手を置いた。

「当然まだ、戦ってくれるな?」

「ちょっと待てよ……」

ハハ……と乾いた声で笑って、絆は駈の腕を掴んだ。


477 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:17:22.45 ID:KsGx2YfE0
「解剖結果……? 意味が分からない。
だって、圭はさっきまで、
俺の前にいたんだぞ……いくら眠らなくたって、
気遣いが出来なくったって……これからだったんだぞ? 
俺の前で、叫んでたんだぞ……これから生きて、
楽しいことも、苦しいことも沢山あるはずだったんだよ
……何してんだよ……? 何してくれてるんだよ……? 
あんた……あんたは!」

力の入らない手で駈のことを握り締め、絆は怒鳴った。

「それでもまだ何も感じないっていうのかよ!」

しばらくの間絆と駈がにらみ合う。

駈はサングラスの奥の瞳を鈍く光らせながら、
絆の手を払った。

そしてポケットから小さな袋に入ったものを取り出す。

絆が圭に買い与えてやった目薬だった。


478 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:18:00.54 ID:KsGx2YfE0
「解剖の時、最後までずっとこれを
握っていたそうだ。
医師が指を切除するまで、離さなかったそうだよ」

「…………」

目薬を受け取って、絆は力なくその場に崩れ落ちた。

「私は、純粋に君を『尊敬』している。
一週間程しか触れ合っていないただの生体弾丸と、
ここまで『心』を通わせることが出来るのだからな。
それが恐ろしくもある」

「…………」

「君は異能者だ。もしかしたら、
この世界にはいてはならない人間なのかもしれない。
だが……だからこそ、我々には君が必要なのだよ。
それを理解して欲しい」

駈は絆に背を向けて、そして続けた。


479 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:18:32.15 ID:KsGx2YfE0
「先日、バロンのエフェッサー支部が、
同様な一斉攻撃を受けて壊滅した。
元老院の承認を待っているが、
近くエフェッサーはフォロントンへ
一斉攻撃をかけることになる」

「…………」

「元老院がどのような判断を下すのかは
分からないが、我々も困ったものだよ」

口の端を吊り上げて、駈は自嘲気味に笑った。

「我々でさえも『正体を知らない組織』の
決定を待っているなんて、歯がゆいものだ。
そんな自分に、君達の言葉で言うと
『イラつく』よ……本当に」


480 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:19:18.79 ID:KsGx2YfE0


アバラを折ったらしく、体に大きな
コルセットを巻いた渚が、
俯き加減で病室に入ってくる。

絆は、渚の後ろにうかがうようについてきた霧と、
よろめきながら、足を引きずって入ってきた雪を見て、
先ほどからずっと見つめていた目薬を、
反射的にポケットに隠した。

「絆……大丈夫?」

雪が開口一番心配そうに口を開く。

絆は小さく笑うと、彼女達に向けて言った。

「こんな怪我何ともない。こっちに来い。
お前達は大丈夫なのか?」

「……雪ちゃんは、いくつか臓器の交換を
行いました。霧ちゃんは殆ど外傷も内傷もありません」


481 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:19:49.13 ID:KsGx2YfE0
渚が顔を伏せたまま言う。

霧が、雪を椅子に座らせてから絆に駆け寄った。

「マスター! 酷いお怪我です!」

「こら……」

目の見えない雪にもそれと分かるほど、
絆は体中にキプスや固定金具を取り付けていた。

万全の体調だった渚でさえもアバラを折っているのだ。

絆も無論のこと、加えて折れていた腕が片方、
複雑骨折をしていた。

指先をピクリとも動かすことが出来ない。

首から腕を吊った状態で、絆は息をついた。

「まぁ……正直今回はちょっとへこたれた。疲れたな」


482 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:20:24.08 ID:KsGx2YfE0
「絆……圭ちゃんは、どこに行ったの?」

雪にそう聞かれ、絆はずっと
「こう答えよう」と思っていた言葉を口に出した。

「別の地区に飛ばされた。
俺はこの通りの有様だ。少なくともあと数日は、
安静にしていなきゃいけない。戦えないからな」

「…………そう」

雪が小さく呟いて目を伏せる。

霧は、両指を胸の前で組んで素直に笑った。

「良かった! 死んじゃったのかと思いました! 
ずっと心配してたんです。
あの子は、私よりも優秀ですもの。
きっと大活躍してますよ!」

「…………」


483 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:21:04.29 ID:KsGx2YfE0
絆の胸が、傷のせいではなく、
その時確かに、押し込むように「ズキリ」と痛んだ。

「…………そうだな」

しかし絆は笑って、無事な方の
手を伸ばして霧の頭を撫でた。

「霧、カードを渡すから、
渚さんとジュースでも買って来い」

「はい!」

霧が頷いて、絆のカードを受け取る。

渚は、少しよろめきながら心配げな瞳を
絆に向け、霧に手を引かれて歩き出した。

二人が病室を出て行ったのを聞いて、
雪が小さく息をつく。


484 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:21:44.62 ID:KsGx2YfE0
「…………これで五人かぁ」

小さな彼女の呟きに、
ビクッ、として絆は顔を上げた。

雪は、困ったように笑うと、絆に言った。

「次は、私かな?」

「お前……」

「絆、お願いがあるの」

雪はそう言って、絆の顔に見えない目を向けた。

「霧ちゃんは助けてあげて。
もう、あの子を使わないで」

「どうして……?」

掠れた声で問い返した絆に、雪は小さな声で続けた。


485 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:22:29.20 ID:KsGx2YfE0
「沢山死んだね……私達だけじゃない。
他の子も、沢山死んだよ。
私、分かるんだ。目が見えないからかな
……聞こえるの。沢山の声。
みんな言うよ。『どうして?』って」

「…………」

「死ぬと暗いんだって。冷たいんだって。
苦しいんだって、みんな言うよ。
私達が人工羊水の中にいた頃に戻るんだって
……そんなの、悲しいよ。悲しすぎるって私は思うよ。
だから……もう、苦しい思いをするのは、
私だけで十分だよ。
霧ちゃんは私の妹だから
……だから、幸せになって欲しいの。この世界で」

愕然としている絆に、雪は続けた。

「絃さんを殺したら、霧ちゃんと、
渚さんと一緒にラボに帰ってね。
私は、遠くでそれを見てる」


486 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:23:01.52 ID:KsGx2YfE0
――雪。

もうラボは、どこにもないんだよ。

そう言いかけて、すんでのところで口をつぐむ。

絆はしばらく押し黙った後、掠れた声を発した。

「駄目だ」

「…………」

押し黙った雪に笑いかけ、絆は言った。

「お前も一緒に帰るんだ。
何自分が死ぬようなことを言ってるんだ。
大丈夫だ、お前は強いんだ。
まだまだ頑張れる。一緒に頑張ろう。雪、負けるな」

「…………」


487 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:23:34.45 ID:KsGx2YfE0
「じゃないと……みんなが。
みんなが……可哀相すぎるじゃないか……?」

声は笑っていた。

しかし絆の目からは、
涙が次から次へと溢れ出してきていた。

雪は黙って見えない目で絆を見つめ。

そして、そっと笑った。

「…………そうだね」

小さな呟きは、乾いた空調の音に紛れて消えた。


488 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/09(月) 17:26:32.53 ID:KsGx2YfE0
お疲れ様でした。

これで、第五話「片翼の天使が飛ぶ」はお仕舞いになります。

次回、第六話に続かせていただきます。

スレやツイッターなどで沢山のご感想など、ありがとうございます!

励みになります。

引き続きどんどんいただければ嬉しいです。

それでは、まだ続きますがお付き合いいただけましたら幸いです。

今回はこれで、失礼させていただきます。


491 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/04/09(月) 20:16:33.73 ID:h7mLgTbj0

ハイ・バーリェねぇ


492 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/04/09(月) 20:43:47.92 ID:K71okg93o
国って形が残ってるんだね
絆が所属してるのは国ってよりは企業って感じか
お疲れ様


493 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/11(水) 18:17:54.05 ID:MxHNRHcq0
こんばんは。

一応形だけですが、国という概念は残っています。

そうですね、企業に近いかもしれません。
エフェッサーは、特殊防衛企業のようなものとお考えください。
軍とはまた別のものです。

それでは、第六話をはじめさせていただきます。

お楽しみいただけますと幸いです。



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