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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
270 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:07:50.32 ID:OB2lhOYj0
それは、体長十メートルはあろうかという、巨大な蜘蛛だった。

八つの赤い目を光らせながら、巨蜘蛛は地面を踏みしめ、
汀の前まで移動すると、顔を屈めて蟲の口を開いた。

「シャーッ!」

小白が地面に降り立ち、風船のように膨らむ。

巨蜘蛛の半分ほどの大きさに変わった小白は、
牙をむき出して蜘蛛を威嚇した。

その化け猫を制止して、汀は一歩前に進み出た。

そして赤ん坊の写真を、蜘蛛に突きつける。

「良く見て。これが、あなたよ。あなたは蜘蛛じゃない。
あなたは人間。何の変哲もない、平凡で、ごくごく普通の、
何の力もない、無力な人間の一人よ」


271 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:08:55.77 ID:OB2lhOYj0
巨蜘蛛が悲鳴を上げた。

嫌々をするように首を振った蜘蛛に、汀は淡々と続けた。

「あなたが思い描く現実なんて、どこにもない。
誰も、あなたのことを理解なんて出来ない。
あなたが、あなたを理解できないように。
私も、あなたを理解することができない」

「危ない!」

そこで岬が悲鳴を上げた。

汀が気づいた時は遅かった。

蜘蛛が足を振り上げ、汀に向かって振り下ろしたのだ。

小白も、とっさのことで反応が出来ないほど、すばやい動きだった。


272 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:09:41.58 ID:OB2lhOYj0
蜘蛛の足は、簡単に汀の背中を胸まで貫通すると、向こう側に抜けた。

そして地面に、まるで蟲のように、少女のことを縫いとめる。

「ゲボッ」

口から血の塊を吐き出して、汀は胸から突き出ている蜘蛛の足を見た。

「……ガ……あ……」

『汀、汀……どうした!』

彼女の声に、圭介が狼狽した声を上げる。

汀はそれに答えることが出来ず、鼻や口から血を垂れ流しながら、
震える手で、赤ん坊の写真を前に突き出した。

そして、歯をガチガチと鳴らしながら、かすれた声で言う。


273 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:11:21.44 ID:OB2lhOYj0
「良く……見て。これがあなたよ……
誰も言わないなら……私が言ってあげる……」

「なぎさちゃん!」

岬が声を上げて、這いずって汀に近づこうとする。

汀は彼女に微笑んで、また血を吐き出してから、
硬直している蜘蛛に、一言、言った。

「ただの人間のくせに……
世界中で何百何億といる、ただの人間のくせに……」

『汀!』

「何を、粋がってるの?」

蜘蛛が絶叫した。


274 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:12:33.76 ID:OB2lhOYj0
その長い絶叫は周囲に轟き渡り、丘をグラグラと揺らした。

たまらず目を閉じた汀の体を固定していた足が、フッと消える。

胸に大穴を空けて地面に崩れ落ちた汀の目に、
空中に浮かんでいる、膝を丸めた赤ん坊の姿が映った。

汀は血を吐き出し、
脇の小白に支えられながら赤ん坊の前に這って行った。

そして、写真を赤ん坊の頭につける。

白い光が辺りに走り、赤ん坊の姿が消えた。

同時に丘の蜘蛛の巣が消え、真っ白な蝶々達が周囲を飛び回り始める。


275 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:13:28.98 ID:OB2lhOYj0
汀は小白に寄りかかって、ゼェゼェと息をついて、また血を吐き出した。

『良くやった、汀。戻って来い、早く!』

圭介がマイクの向こうで怒鳴る。

汀は、しかしそれに答えることが出来ずに、地面に崩れ落ちた。

そこに岬が到着し、彼女の体の上に倒れこむ。

そしてヘッドセットに向かって、叫ぶように言った。

「四番、五番、治療完了しました。目を覚まします!」


276 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:14:18.34 ID:OB2lhOYj0


激しく咳をしながら、汀は目を開いた。

息が詰まり、呼吸が出来ない。

過呼吸状態に陥っている汀の口に、
備え付けてある紙袋の口をつけ、圭介はその背中をさすった。

「大丈夫か? 落ち着いて、息を吸うんだ。
しっかりしろ。ここは現実の世界だ」

「ゲホッ! ゲホッ!」

強く咳をした汀の口から、パタタタッ! と血が袋の中に飛び散った。

それを見て、圭介は歯噛みして
汀の頭からマスク型ヘルメットをむしりとった。

そして車椅子から彼女を抱き上げ、出口に向かって走り出す。

「続いて、この子の処置に入ります! 私が病室まで運びます。早く準備を!」


277 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:14:53.91 ID:OB2lhOYj0


「負担をかけすぎだ……」

数日後、自室のベッドの上で呼吸器を取り付けられ、
意識混濁状態になって眠っている汀を見て、大河内が苦そうに口を開く。

あの直後、汀は意識を失い、まだ目を覚まさない。

大河内は圭介に向き直って、彼をにらみつけた。

「いい加減にしろよ、高畑。この子は人間なんだぞ。
お前の『治療』は、この子に負担をかけすぎている」

「だが、結果的に中島は一命を取り留めた」

資料をめくり、壁に寄りかかりながら口を開く。

大河内は一瞬黙ったが、また苦そうに言った。

「秋山さんは訴訟を起こすつもりらしい」


278 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:15:52.51 ID:OB2lhOYj0
「へぇ」

「中島は命は取り留めたが、自分が何をしたのか、何者なのか、
全ての記憶を失っていた。
そんな人間を断罪したところで、意味はないとさ」

「いいことじゃないか。元々この国は死刑廃止論者が多いんだ。
この機会に、死刑について考える人が多くなれば、
法治国家としてのレベルアップが図れる」

「ふざけている場合じゃない」

「ふざけてなんていないさ。俺はいたって真面目だよ」

圭介はそう言って、資料を閉じた。


279 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:16:27.20 ID:OB2lhOYj0
「レベル6の患者の治療に成功した例は、日本では初だ。
これで、俺達は更に高みを目指せる。元老院も満足だろう」

「お前はそうやって、結果結果と……」

「だが、それが全てだ」

淡々と圭介はそう言った。

「結果を残せなければ、生きている意味も、存在している意味もない。
過程なんてどうだっていいんだ」

「そのためにこの子を犠牲にしてもか。
そうでもしなきゃ、お前の復讐は成し得ないとでも言いたいのか?」

「ああ」

簡単にその言葉を肯定し、圭介は鉄のような目で汀を見下ろした。


280 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:18:21.35 ID:OB2lhOYj0
「精々働いてもらうさ。死ぬまで、俺の道具としてな。
それが、この子の贖罪でもあり、義務でもあるんだ」

「…………」

大河内は無言で圭介の胸倉を掴み上げた。

そして、腕を振り上げ、彼の頬を殴りつける。

床に崩れ落ちた圭介を、荒く息をついて、大河内は見た。

「それがお前の本心か」

「……酷いじゃないか。大人のすることじゃないな」

頬を押さえながら、メガネの位置を直して圭介が立ち上がる。


281 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:19:02.57 ID:OB2lhOYj0
  彼は薄ら笑いを浮かべながら続けた。

「気が済んだか?」

「もう五、六発殴らせてもらわなきゃ、収まらないな。汀ちゃんのためにも」

「お前、勘違いしてるぞ」

圭介は小さく息をついた。

「治療は、汀が自分で望んでおこなっていることだ。
俺が強制しているわけじゃない」

「騙していることは確かだろう。この子に真実を告げるんだ!」

「嫌だね。真実を告げたら、こいつは道具としての価値をなくす」

拳を握り締めている大河内の言葉を打ち消して、圭介は続けた。

「そういえば……岬とか言ったか? あの赤十字のマインドスイーパー」


282 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:19:31.07 ID:OB2lhOYj0
「……その子がどうした?」

「目障りだな。関西総合病院にでも飛ばしてくれ」

「どこまでも最低な男だな……!」

「お前に言われたくはないね」

壁に寄りかかり、圭介は資料を脇に放った。

「さて、外道はどっちかな」

二人の男が睨み合う。

それを、ケージの中で小さくなって小白が見つめていた。


283 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:20:04.35 ID:OB2lhOYj0


汀が目を覚ましたのは、それから一週間経った夜中のことだった。

しばらくぼんやりしていたが、
苦しそうに呼吸器を外し、何度か咳をする。

そして汀は、ナースコールのボタンを押した。

しばらくして、寝巻き姿の圭介が、駆け足で部屋に入ってきて、電気をつける。

「汀、目が覚めたか」

「圭介……」

汀はぼんやりと答えて、首をかしげた。

「私、どうしたの?」

「急に具合が悪くなったんだ。それだけだ。気にするな」


284 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:21:49.29 ID:OB2lhOYj0
「何だか、すごく疲れた……」

「無理するな。今、クスリを持ってきてやる」

「圭介」

汀は彼の名前を呼んで、言った。

「なぎさって、誰?」

問いかけられて、圭介は一瞬停止した。

「岬ちゃんって、私の友達だよね?」

「誰の話をしてるんだ?」

圭介は汀に向き直り、
ポケットから金色の液体が入った注射器を取り出した。

それを汀の点滴チューブの注入口に差込み、中身を流し入れる。


285 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:22:20.17 ID:OB2lhOYj0
そして彼は、微笑んで汀の白髪を撫でた。

「俺はそんな子、知らないな」

「夢に出てきたの。じゃあ、私の勘違いかな」

「ああ、お前の夢の中での出来事だよ」

圭介はそう言って、汀の手を握った。

「今日はゆっくり休め。お前、疲れてるんだよ」

「うん……」

頷いて、汀は圭介に向かって言った。


286 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:25:03.00 ID:OB2lhOYj0
「ね、圭介」

「何だ?」

「私、また誰かのこと治したんでしょ?」

問いかけられ、圭介はしばらく押し黙った後、笑って頷いた。

「ああ」

「私、人を助けることが出来たの?」

「お前は立派に人を助けたよ。立派にな」


287 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:25:31.30 ID:OB2lhOYj0
「嬉しい」

微笑んで、汀は呟いた。

「私、人を助けるんだ。もっともっと、沢山の人を……」

「ああ、そうだな」

頷いて、圭介は言った。

「俺は、それを出来る限り助けるよ」


288 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:26:03.85 ID:OB2lhOYj0


女の子は目を覚ました。

ぼんやりとした頭のまま、周囲を見回す。

見慣れない病室。

見慣れない人達。

髭が特徴的の人が、にこやかに笑いながら、彼女に言った。

「私達が分かるかい? 分かったら、返事をしてくれないかい?」

女の子は頷いて

「……分かります」

と答えた。


289 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:26:45.56 ID:OB2lhOYj0
髭の男性の後ろで、腕組みをしたメガネの男性が、
壁に寄りかかって資料を見ている。

「私の名前は大河内。君の主治医だ。先生と呼んでくれればいい」

髭の男性に助けられて上体を起こし、
彼女は猛烈な脱力感の中、ぼんやりと彼を見た。

「せんせ?」

「ああ、先生だよ」

「ここは、どこ?」

「赤十字病院だよ。君は、大きな事故に遭って、
ここに運ばれてきたんだ。覚えてるかい?」

女の子はそれを思い出そうとした。

しかし、頭の中が空白で、何かガシャガシャしたものが詰まっていて、
それが邪魔をして思い出せない。


290 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:27:20.60 ID:OB2lhOYj0
「私……名前……」

「ん?」

「私の、名前……」

それが分からないことに、女の子は愕然とした。

大河内は少し押し黙った後、何かを言いかけた。

しかし後ろの青年が、資料を見ながら声を上げる。

「汀(みぎわ)だ。苗字は、高畑」

「たかはたみぎわ?」

「ああ。お前は、俺の親戚だ」

資料を閉じて、メガネの青年は彼女に近づいた。


291 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:27:49.62 ID:OB2lhOYj0
「俺は高畑圭介。圭介と呼んでくれていい」

「私の親戚?」

「そうだ」

「お父さんと……お母さんは?」

問いかけられ、圭介は一瞬苦い顔をした。

しかしすぐにもとの無表情に戻り、彼女に言う。

「お前に、お父さんとお母さんはいないよ」

「いないの?」

「お前が小さい頃、事故に遭って他界した。
それからずっと、お前は俺と二人暮しだ」


292 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:29:26.56 ID:OB2lhOYj0
「私、どうしたの?」

「大型トラックに撥ねられたんだ」

「体が動かないよ……」

「右腕は動かせるはずだ」

「他のところは?」

「麻痺が残ってる。無理だろうな」

「高畑」

そこで大河内が圭介を制止して、口を開く。

「まぁ……まだ起きたばかりで分からないことが多すぎるだろうから、
ゆっくり理解していこう、な?
私が、君のリハビリと訓練を担当させてもらうから」


293 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:30:10.92 ID:OB2lhOYj0
「リハビリ? 訓練?」

「うん。大丈夫だ。少し頑張ればすぐによくなるさ」

問いかけに答えず、大河内は続けた。

「何か、流動食くらいだったら食べられるかな?
おなかは減ってるかい?」

「全然減ってないよ……」

そこで汀(みぎわ)と呼ばれた女の子は、
壁に取り付けられた鏡を見て、動きを止めた。

そこには、老婆のように髪の毛を真っ白にさせた女の子
……ガリガリに骨と皮ばかりのやつれた姿をした子が映っていた。

動く右手で顔を触り、それから髪を触る。

白髪には艶がなく、パサパサとした感触が手を伝わってくる。


294 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:32:08.26 ID:OB2lhOYj0
「これ……私……?」

目に見た事が信じられず、汀は呆然と呟いた。

その頭を撫で、大河内が言う。

「私は、今の髪の方が好きだよ。白い方が素敵だ」

「…………本当?」

「ああ、本当だ」

彼がニコリと笑う。

その後ろで、圭介が持っていた資料を、汀の膝の上に放った。

パサリと音を立てて薄い資料が、彼女の目に留まる。


295 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:32:43.70 ID:OB2lhOYj0
表紙に、端的に

『Mind Sweeper 契約書』

と書かれている。

「お前はこれから、マインドスイーパーとして、
俺と一緒に働くことになる。
暇な時にそれをよく読んで、サインしておけ。
重要な書類だから、なくすなよ」

「マインドスイーパー……って、何?」

「ワンダーランドに行ける職業だ。夢の国。
行きたいだろう? 女の子だもんな」

皮肉気にそう言って、圭介は背中を向けた。

「それじゃ、また来る」


296 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:33:14.02 ID:OB2lhOYj0
歩いていく圭介を見送り、汀は呟いた。

「あの人……怖い……」

「無愛想な奴なんだ。根はいい人間だ。信用してやってくれ」

大河内がそうフォローして、汀の手を握る。

「とにかく、一命を取り留めてよかった」

「せんせ、私、もう体動かないの?」

「そんなことはない。
リハビリして、ちゃんと過程を踏めば段々動くようになってくるさ。
今はただ、麻痺しているだけだよ」

圭介とは真逆のことを言い、大河内は優しく、汀のことを抱きしめた。

汀がびっくりしたような表情をし、
しかし冷えた体に感じる人の体の温かさに、安心したように息をつき、
大河内に体を預ける。


297 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:33:39.38 ID:OB2lhOYj0
「泣かないで。一緒に治していこう。一緒に」

いつの間にか汀は泣いていた。

涙が、次々と目から流れ落ちていく。

「あれ……? あれ……?」

呟いて、汀は右手で目を拭った。

「どうして私……泣いてるんだろう……」

「人の心は難しいものだ。
君がどうして泣いているのか、分からないけれど……」


298 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:34:08.48 ID:OB2lhOYj0
大河内は汀から体を離して、また頭を撫でながら言った。

「これからは、私がついている」

「……うん」

涙を流しながら、汀は頷いた。

いつの間にか、彼女の病室の表札は、「高畑汀」となっていた。

振り仮名で、「なぎさ」ではなく「みぎわ」と書いてある。

その意味を、彼女はまだ知らない。


299 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:34:39.95 ID:OB2lhOYj0


びっくりドンキーのいつもの席で、
汀はチビチビとメリーゴーランドのパフェを食べていた。

圭介がステーキをナイフで切って口に運ぶ。

「でね、圭介。3DS、結局値下げしたんだって。ネットに書いてあったよ」

「もう一台欲しいとか言い出すなよ」

「使わないからいらないなぁ。それより、PSVITAが欲しい」

「あれの発売日はまだ先だろ?」

他愛のない会話をしながら、圭介はナイフを置いた。

そして汀の前に、一抱えほどもある包装された箱を置く。

「ほら、プレゼントだ」


300 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:35:10.66 ID:OB2lhOYj0
「どうして?」

目を丸くした彼女に、圭介は笑いかけて言った。

「覚えてないだろうけど、お前、レベル6の患者の治療に成功したんだ。
そのお祝い。前から欲しかったって言ってた、
雪ミクのプーリップ(ドール=人形)だ。
数量限定だから、手に入れるの苦労したんだぞ」

「圭介、大好き!」

そう叫んで、汀は包装紙を手荒に破いた。

そして中に入っている頭が大きいドールを見て、嬌声を上げる。

「わあ、可愛い!」

「大事にしろよ」

そう言って食事に戻った圭介に、汀は箱を抱きながら言った。


301 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:35:49.27 ID:OB2lhOYj0
「ね、圭介」

「ん?」

「この前ネット見てたらね、
死刑判決が出た人、あのさ、女の人拷問して殺した人」

それを聞いて、圭介の手が止まった。

「自殺病は治ったけど、死刑を取り下げるようにって、
被害者の人たちが言ってるんだって。
不思議だよね。どうしてだろ、って私は思ったよ」

圭介は何事もなかったかのように食事を再開して、
そして彼女に微笑みかけた。

「人間って、不思議な生き物だからな」


302 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:36:26.49 ID:OB2lhOYj0
「それで片付けるの?」

「だって、それが全てだろ」

彼はステーキを咀嚼してから、続けた。

「ほら、アイスが溶けるぞ」

「……うん!」

人形を大事そうに抱きながら、汀はパフェを食べる作業に戻った。

隣には、小白が眠っているケージが置いてある。

圭介はしばらく、感情の読めない無機質な瞳で彼女を見ていたが、
やがて自分も、ステーキを食べる作業に戻った。


303 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/18(木) 11:37:15.17 ID:OB2lhOYj0


お疲れ様でした。

次回の更新に続かせて頂きます。

ご意見やご感想などございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

それでは、今回は失礼致します。


304 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/10/18(木) 12:12:00.89 ID:pfXIEelIO
乙乙
ずっとなぎさって読んでたけど最初にみぎわって書いてあったわ
マインドスイーパーのランクはどうやって測ってるの?マインドスイーパーの感じているものは外からじゃ分からないみたいだけど


307 名前:NIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage] 投稿日:2012/10/18(木) 17:01:00.95 ID:17mZm7dAO
乙。
今回も凄まじい物語でした。
第4話まで読んでやっとわかった。この病は完治しても絶対に感謝されないんですね。汀は人を救いたいと望んでいるのに…。だから薬で記憶を飛ばしちゃうんだ。汀の心を守るために。

ブラックDr.高畑の真意はどこに!?期待。



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