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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
267 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:16:56.63 ID:uvzKjyfN0


自殺病の原因は分かっていない。

そもそもウィルスとはただの呼称であり、明確な定義があるわけではない。

マインドスイーパーが夢の中で見ている景色が
本当のことかどうかも判然としない中、
これが原因だと特定できる要素は、ない。

それ故に自殺病を防ぐことはできない。

かかってしまった人間は、ごく普通に、生きることがつらくなる。

それが悪化していき、仕舞いには生を放棄するようになる。

自壊的な破滅思考に頭の中を蝕まれ、それに耐え切れなくなり、自我が崩壊し。

自我の崩壊と共に、肉体も生命活動を止める。

そういう病気だ。


268 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:17:36.91 ID:uvzKjyfN0
いや。

そもそも自殺病を病気と定義していいものかどうか、それさえも怪しい。

ただの集団ヒステリーの一つなのかもしれないし、
流行的な誘導催眠なのかもしれない。

しかし現にそれにより人は死に。

今も、死のうとしている。

圭介は多数の赤十字の医師達が準備をしている中、大河内と睨み合っていた。

彼は松葉杖を苛立ったように鳴らすと、大河内に向けて言った。

「ヘッドセットを渡せ。医療業務の執行妨害だ」

大河内は圭介のヘッドセットを、握りつぶさんばかりに掴んでいた。

歯を噛みながら、彼は、その様子に唖然としている周囲の中で、
押し殺した声で圭介に言った。


269 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:18:10.94 ID:uvzKjyfN0
「……頼む。今回のダイブだけは遠慮して欲しい。
これには未来が……沢山のマインスイーパー達の未来がかかっているんだ。
理緒ちゃんだって治せるかもしれない。
他の重度で、もう手の施しようがない患者だって……」

「知るか。ヘッドセットを渡せ。これは最後通告だ」

哀願するように言った大河内に、淡々と圭介は告げた。

「三十秒待ってやる。それ以上俺の業務を妨害するなら、
元老院の拘束規定事項により、お前の身柄を一時的に拘束させてもらう」

圭介の背後から、黒服のSPが数人立ち上がり、大河内を取り囲む。

しかし大河内は、ヘッドセットを離そうとしなかった。

「……大河内。俺は思うんだ」

圭介は静かに口を開いた。


270 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:18:59.33 ID:uvzKjyfN0
「大多数を救うために、一人を犠牲にするのは、医療行為と言えるのかな」

「必要な犠牲だ。いや……犠牲ではない。礎だ。そう、礎なんだよ、高畑。
真矢ちゃんも、坂月君も礎になったんだ。
それを使って何が悪い! 助かるんだぞ、沢山の人が!」

「それは俺達のエゴだよ」

圭介はニヤついたような、しかし悲しそうな歪んだ奇妙な表情のまま続けた。

「俺達は一介のエゴイストに過ぎない。
救世主にはなれない。
創造主にもなれない。
誰かを助けるなんて、救うなんて、所詮そいつの自己満足、
主観的な感情論でしかないんだ。
お前はそれを押し付けることで自己を保とうとしているだけだ」

「だが、それで助かる人が、幸せになれる人が、感謝する人がいる!」

大河内はSPに取り押さえられながら喚いた。


271 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:19:42.70 ID:uvzKjyfN0
「高畑! お願いだ、そっとしておいてくれ!
見なかったふりをしてくれ!
汀ちゃんだけは……」

「……もう遅い」

部屋の自動ドアが開き、
そこで息を切らして車椅子を片手で操作してきた汀が、
倒れこむようにして中に滑り込んだ。

転がり落ちかけた彼女を、慌ててジュリアが支える。

「……汀ちゃん……」

大河内が息を呑んで、そして大声を上げた。

「ここを出るんだ! 君が来ていい場所じゃない!」

「……せんせ、私、ダイブするよ……」

ゼェゼェと息を切らしながら汀は言った。


272 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:20:17.26 ID:uvzKjyfN0
「私、やる……私は、人を救うんだ。沢山の人を……」

「駄目だ汀ちゃん! 君にはまだ早すぎる!」

SPの一人が、懐から出した拘束用の簡易手錠を大河内にはめる。

汀は悲しそうな顔でそれを見ていたが、
ジュリアの手を振りほどいて車椅子を操作し、大河内に近づいた。

「大丈夫だよせんせ……私、救ってくる。だって、私、医者だもん」

「汀ちゃん……」

「だから、少しだけ待ってて欲しいの」

「君がダイブすることは想定の範囲内なんだ。でも、その先を君は……」


273 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:20:50.35 ID:uvzKjyfN0
「全部知ってるよ」

ポツリと呟くように言った言葉を聞いて、
圭介も大河内も、ジュリアも顔を上げた。

「私、全部知ってる。早すぎないよ」

「……思い出したのか?」

圭介に問いかけられ、汀は彼の方を一瞥したが、
すぐに近くの医師を見上げて言った。

「早く私を接続して。理緒ちゃんを連れてきて。ダイブする!」


274 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:24:28.73 ID:uvzKjyfN0


★Karte.17 真矢★



汀と理緒は目を開いた。

そこは、どこまでも広がるリノリウムの真っ白い床だった。

病院だ。

数百メートル先は暗闇に包まれて見えなくなっている。

天井には薄暗い蛍光灯。

どれも切れかけて、ジジ……と音をたてている。


275 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:25:03.23 ID:uvzKjyfN0
壁には無数のドアが見て取れた。

部屋の中は暗い。

覗き窓からは中を伺うことはできない。

閉塞感に首をすぼめ、汀はヘッドセットに手をやった。

「ダイブ完了。ここが治療中枢?」

「汀ちゃん……私、何だかおかしい。体がうまく動かない……」

理緒が苦しそうに言う。

顔には大粒の汗が浮かんでいて、息が荒い。

『古びた病院のイメージのはずだ。
理緒ちゃん、君にはGMDという薬が投与されている。
一時的に脳の動きを抑えているが、
落ち着いて対処すれば、君の能力なら切り抜けられる』


276 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:25:48.87 ID:uvzKjyfN0
ヘッドセットから圭介の声が聞こえる。

今回は小白はダイブしてこなかった。

回線が複雑すぎて、ここの夢座標を見つけられなかったせいだと思われる。

理緒はしばらくふらついて歩こうとしたが、
やがてペタリとその場にしゃがみこんでしまった。

「大丈夫、理緒ちゃん……?」

心配そうに顔をのぞき込んだ汀に、理緒は泣きそうな顔で言った。

「ごめん、汀ちゃん。私今回役に立てないかもしれない……頭が痛いの……」

「大丈夫。その分私が動くから。だって、私達、友達じゃない」

「私のこと嫌いになったりしない?
汀ちゃんの役に立てない私のこと、捨てたりしない?」

「大丈夫だよ。心配しないで」


277 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:26:32.53 ID:uvzKjyfN0
理緒の手を握って一生懸命語りかける汀だったが、
彼女の体も傷だらけだった。

忠信のナイフでめった刺しにされた傷がまだ塞がっていない。

『時間がない、動け汀。
その空間は虚数をはらんでる。十二分に気をつけろ』

「虚数空間なの?」

『接続先がない入口は、虚数だ。
存在しないが存在すると仮定された接続先に飛ばされる。
下手なドアを開けて中に飛び込んだら、
一生出てこれない可能性がある。
理緒ちゃんをうまく誘導してやってくれ』

「分かった」

おそらく、この無数に繋がる部屋の入口が、マインドスイープの入り口。

ここを通って、スイーパーはそれぞれの人間達の頭の中にダイブするのだ。


278 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:27:09.05 ID:uvzKjyfN0
汀は足を引きずりながら、理緒の手を引いて歩き出した。

「全部ドアが閉じてる……」

呟いた汀に、圭介が言った。

『日本中のマインドスイーパーが治療を自粛しているせいだ。
今回の患者達の夢座標を読む。その場所に移動しろ』

「うん」

『お前達のいる仮想空間を一階だとすると、
三階の奥に固まってドアが開いている部屋があるはずだ。
そこに侵入しようとするものを、お前達の判断で、
危険因子だと判断したら、出来るだけ撃退してくれ。
抜けられて中に入られたら、
患者の頭の中まで追いかけて行かなければいけない』

「分かった」

頷いて、汀は階段を登りはじめた。


279 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:27:40.80 ID:uvzKjyfN0
そこで理緒が足を止めた。

「どうしたの、理緒ちゃん?」

そう言った汀の手をいきなり離し、理緒は彼女を突き飛ばした。

銃声がした。

『どうした!』

圭介の声がヘッドセットから響く。

もんどり打って床を転がった理緒は、
右肩を抑えながら立ち上がろうとして失敗し、
声にならない悲鳴を上げた。

しかし何とか壁の手すりにつかまりながら上半身を起こし、立ち上がる。

手すりがぐんにゃりと形を変え、重厚な肉切り包丁に変化した。

「テロリスト……! 狙われてる!」


280 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:28:40.20 ID:uvzKjyfN0
理緒は細い声を振り絞って、
左手で肉切り包丁を目にも止まらない速さで振った。

キンッ、という金属音が鳴り響き、
理緒が殴り飛ばされたかのように吹き飛んでまた床を転がる。

彼女の頭を狙ってきたと思われる銃弾が弾かれて、壁に突き刺さった。

「うう……」

頭痛が酷いのか、理緒がよろめきながら立ち上がってふらつく。

「圭介! 『T』を理緒ちゃんに投与して、早く!」

汀が踊り場にしゃがみ込みながら大声を上げる。

『無理だ! 彼女に今「T」を投与したら、ショックを引き起こすぞ!』

「このままじゃ理緒ちゃんが死んじゃう!」


281 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:29:17.28 ID:uvzKjyfN0
また理緒が包丁を振り、銃弾を弾き飛ばしたが、
その勢いで吹き飛ばされて壁にたたきつけられる。

ズルズルと力なく床に崩れ落ち、
理緒は糸が切れたマリオネットのように倒れこんだ。

「理緒ちゃん!」

どこから銃弾が飛んでくるのかわからない状況だったが、
汀は慌てて立ち上がると理緒に駆け寄ろうとして……
理緒がそこで右手を自分に伸ばし、手を広げているのを見た。

「来ないで……」

「理緒ちゃん、でも……!」

「行って。私は大丈夫だから」

理緒は憔悴した顔で笑ってみせた。

「また後で、遊ぼうね……」


282 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:29:52.60 ID:uvzKjyfN0
「理緒ちゃんを置いていけない!」

「早く……! 人を助けよう。一緒に」

理緒がそう言って、よろめきながらまた立ち上がる。

撃たれた肩からボタボタと血が流れ落ちていた。

「汀ちゃんが行けば、沢山助かるんだよね?
だから、行って。すぐに追いつくから」

「…………分かった。
絶対に、絶対に死んじゃ駄目だよ、理緒ちゃん!」

「うん……分かった」

汀が走って階段を登り、向こう側の暗闇に消える。

理緒はそこで、足音が近づいてくるのを見てそちらに無表情を向けた。


283 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:30:23.69 ID:uvzKjyfN0
長大なスナイパーライフルを肩にかついだ、
赤毛の女の子が少し離れた場所で足を止めた。

岬だった。

「……驚いた。三発も止められて何をしたのかとおもったら、
包丁で弾き返したの……?」

驚愕した声で呟く彼女に、理緒は低い声で言った。

「テロリストね。そこで待ってなさい。ブチ殺してあげる」

「あなた……片平さんよね。片平理緒」

岬はそう言って、足を止めた理緒を馬鹿にするように、
鼻を釣り上げてみせた。

「なぎさちゃんにまかせて、
この前みたいに脇で震えているのがお似合いじゃないかしら」

「大きなお世話よ」


284 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:31:03.49 ID:uvzKjyfN0
「そう、残念ね。こんなところじゃなければ、
私達いい友達になれたような気がするのだけれど」

「…………」

「ごめんね」

岬はスナイパーライフルを軽く振った。

ズンッ、というなにか巨大なものがリノリウムの床を砕いて落ちた。

理緒の目が見開かれる。

良く分からない。

分からないが、あれは危険なものだ。

心の中の本能的な何かが警鐘を鳴らす。

理緒は知らなかったことなのだが、
岬の脇には戦車に搭載されるような、巨大な自動機関銃が出現していた。


285 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:31:51.50 ID:uvzKjyfN0
その銃口が一人でに理緒の方を向き、きしんだ金属音を立てる。

モーターが回転し、大人の指ほどもある銃弾が瞬きする間に
何百発も理緒に向けて発射された。

銃弾の雨ではない、嵐が壁を砕き、ドアを砕き、
天井の蛍光灯を爆裂させて薙ぎ飛ばしながら理緒に向けて襲いかかる。

理緒はそれより一瞬早く壁を蹴ると、
三段跳びの要領で天井を蹴って、まるでネズミのように、
およそ人にはできない動きで身を翻した。

そして銃弾の嵐をかいくぐり、まだ壁を吹き飛ばし続ける
機銃の脇を通過して、空中を体を丸めてくるくると回さりながら、
岬に肉薄した。

肉切り包丁が振り下ろされた。

「……速い……ッ」

岬が悲鳴のような声を上げて飛びすさる。


286 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:32:28.41 ID:uvzKjyfN0
その肩を浅く包丁がかすめた。

しかし威力は絶大で、岬は病院服ごと腕を袈裟斬りに斬られて、
もんどり打って床に倒れた。

理緒は無表情で床に降り立つと、
まだけたたましい音と作動音を立てながら銃弾を発射し続ける
機銃の操縦席に立った。

そしてハンドルを操作して、銃口を力任せに動かし始める。

「……戻れ!」

自分を撃とうとしていることに気づいて、青くなるより先に岬が叫ぶ。

理緒の足下の自動機関銃がパッと幻のように消えた。

床に崩れ落ちた理緒の目に、どこから取り出したのか、
巨大なショットガンを手にした岬の姿が映る。


287 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:33:01.76 ID:uvzKjyfN0
彼女は理緒が反応するよりも早く銃をコッキングすると、
照準をつけずに何度も引き金を引いた。

散弾が前方に飛び散り、床を飛んで避けようとした理緒の右手と右足が、
ボロ雑巾のように吹き飛ばされた。

ゴロゴロと床を転がって、理緒は震えながら大量の血液を吐き出した。

何発か散弾が胸を抜けていて、病院服に赤い色が広がっていく。

岬は無表情で理緒に近づくと、頭を足で踏んでまた銃をコッキングした。

「さよなら。生きてても辛いだけだろうから、私が引導を渡してあげる」

理緒の目から段々と光がなくなっていく。

「汀……ちゃん……」

うわ言のように呟いて、理緒は動く左手で、
少し離れた場所に転がっている肉切り包丁を拾おうと手を伸ばした。


288 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:33:36.93 ID:uvzKjyfN0
岬がそこにむけて勢い良く足を振り下ろす。

骨が砕ける音がして、理緒は悲鳴を上げた。

「残酷な殺し方はあんまりしたくない。抵抗しないで」

理緒の頭に銃口を向け、岬は呟いた。

「じゃ……」

何かを言おうとした時だった。

理緒は、床に落ちていた薬莢を砕けた左手で掴んだ。

それがぐんにゃりと形を変え、リボルバー式の拳銃に変化する。

あ、と思った時には遅かった。

一瞬の差で、理緒が引き金を引いた。


289 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:34:06.93 ID:uvzKjyfN0
岬の体が宙を舞い、彼女は額からおびただしい量の血を流しながら、
何度か床をバウンドしてから転がった。

そして鼻から血を垂れ流して動かなくなる。

理緒は、しかし拳銃を取り落とし、右手と右足がなくなった体で、
そのままうつ伏せに倒れこんだ。

「汀ちゃん……」

彼女は小さくかすれた声で呟いた。

「高畑先生が新しいゲーム機買ってくれるんだって……
一緒に遊ぼう……だって……」

目から生気がなくなっていく。

「私達……友達じゃ……」

そこで、理緒は動かなくなった。



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