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少女『言葉が通じなくても』
61 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/18(金) 20:35:28.40 ID:iNHEe.AO
=火と魔術の都市=

約3年前

極西の大陸の一国、遮光の国の中央位置するこの都市の領主が変わった

領主は歴代で最も外交的で、今まで厳しかった都市の流通規制に緩和策を敷いた

都市は急速に豊かになり、国内でも有数の都会となった

加えて、今までこの都市が単独で行っていた魔術の研究を国際的なプロジェクトとする事で、先端技術による研究が為される事となった

1年が過ぎる頃には遮光の国を始め、極西の大陸は目覚ましい発展を遂げる事となる


62 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/18(金) 20:51:14.47 ID:iNHEe.AO
少女『ここが魔術の発信地…』

職を求め、国内で一番栄えていると噂の『火と魔術の都市』にやってきた少女と侍

1年前に戦争があったことを感じさせぬ荘厳な造りの外壁、それに門が都市全体を円形に囲っている

少女『とりあえず中に入ろう、私達は観光に来た訳じゃないし』

少女に倣い、侍も歩みを進める

無一文の彼等にとって由緒ある建物など、パン一切れ程の価値しかないのだ


63 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/18(金) 20:56:46.92 ID:iNHEe.AO
番兵『そこ行く者、止まれ』

少女『はい』

番兵『通行許可証を見せてもらおう』

少女『えっ』

少女は戸惑った

国内有数の流通都市であるここは、指名手配者でなければ老若男女誰でも受け入れる、と専らの噂だったからだ

番兵『ん? なんだ無いのか。悪いが出直してくれ』

少女『そんな…』


64 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/18(金) 21:02:59.41 ID:iNHEe.AO
職を求めた決死の遠征も門前で一蹴

しかし、はいそうですかと引き下がる訳には行かなかった

侍「なんとかして中に入らねば…流石に餓死からは守れぬ」グー

道中、追い剥ぎや野犬から少女を守った侍も、餓えまでは斬り伏せられない

媚びても諂っても、今日ばかりは少女に食事を与えたかった


侍「一旦引くぞ」ザッ

少女「―!――!」タタッ


65 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/18(金) 21:35:27.87 ID:iNHEe.AO


少女『いいなぁ…中に入れて』

二人は検問から離れて身を隠していた

少女『ねえ、もしかして通行許可証を強奪したり…』

侍『…』キッ

少女(ま、まさかね…)



ゴトゴトゴト

侍『―!』ザッ

少女『え!? 図星!?』


66 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/18(金) 21:39:58.04 ID:iNHEe.AO
少女『ちょっと待って、いくら命が懸かってるからって強奪は―』

侍『―』ヒョイッ

少女『ぅわっ ちょちょっと、おろして!』ジタバタ



ダッ


少女『―ぇ!?』

侍『…』スタタタタッ


67 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/18(金) 21:45:46.40 ID:iNHEe.AO
番兵『通行許可証は?』

馬車屋『はいよ』



スタン


タン

タ ー ン ッ


侍は少女を抱えたまま大きく跳び、馬車の幌を踏み台に外壁の上へ飛び移った


ズザァァッ

侍『―』

少女『お、お兄さん…無茶する時は一言言って』ドキドキ


70 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 20:53:16.15 ID:/6QL/QAO


少女『なんとか街中に入れたね、死ぬかと思ったけど』チラッ

侍『―』フン

少女は軽く非難の目を向けたが、侍は反省する節もなく、むしろ成し遂げた顔である

少女『…気を取り直して、仕事を探しましょ』

侍『―』


少女に続き歩き出す侍

二人共空腹に急かされ自然と足取りは早くなる

流通都市らしからぬ静けさに疑問を抱く事もなく、二人は市場を探し始めた


71 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 21:01:37.46 ID:/6QL/QAO


侍「市…で合っている筈だが」

居住区を抜けてすぐの場所に市場は存在した

少女と出会った街に比べると、圧倒的に店の種類も規模も大きく、都市が栄えている事が伺える

一店も営業していない事を除けばの話だが

侍「今日は休みなのか?」

西の大陸には7日に一度『安息日』なる日があり、その日は基本的に皆休養を取る

しかし、少女の表情からは『予想外』といった言葉が読み取れた

侍「ふむ…どうやら食事は先延ばしのようだな」


72 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 21:14:40.33 ID:/6QL/QAO
少女『一体どうなってるのよ…』

誰も歩いていない街中をズカズカ進む

人がいなければ働く事はおろか、金の無心すらする事はできない

少女『もう丸2日も食べてないんだから…意地でもご飯にありつくわ』

勇み足で精肉店、パン工房、青果店、菓子屋等々、食に関する店を回るも返事がない

少女『うう…目眩がする…』

もう日が暮れようという時間、いつも背筋を伸ばしている侍もやや俯き加減だ

少女は祈りながら宿屋のドアノブに手をかけた


73 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 21:19:03.16 ID:/6QL/QAO
ガチャ

少女『開いた!』

侍『―』

少女『ご、ごめんくださーい』


宿屋の主人『はいはい、いらっしゃいませ!』

少女『あ、あの』

宿屋の主人『二名様お泊まりですね?』

少女『あの! 私達…お金がないんです』

宿屋の主人『…はい?』


74 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 21:25:48.41 ID:/6QL/QAO


宿屋の主人『なる程、仕事を求めてこの街に』

少女『はい…、もし良ければここで雇ってくれませんか?』

宿屋の主人『うーん…』

少女『皿洗いでも風呂掃除でも何でもします! ですから一食だけでも…』

宿屋の主人『…わかりました』

少女『! じゃあ!』

宿屋の主人『お腹が空いているんでしょう? 働くには、まず腹ごしらえしないと』

少女『ありがとうございます!』バッ

勢い良く頭を下げる少女に侍も倣う

二人は主人に続き、足取り軽く食堂へと入った


75 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 21:31:34.08 ID:/6QL/QAO
宿屋の主人『さあ、遠慮なく食べて下さい』

少女『いただきます!』

侍『―』ペコ

二人にとって戦前以来の『普通の料理』

以前ならなんてことない食事も、今となっては最高峰の贅沢である

少女『おいしい! おいしいよ!』パクパク

宿屋の主人『ホホ、おかわりはいかがかな?』

少女『お願いします!』

侍『…』フッ

少女の笑顔に侍も自然と笑みが零れた


76 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 21:43:54.55 ID:/6QL/QAO


少女『くー…くー…』

侍『―』スースー

宿屋の主人『よく寝ている…』


警備兵『不法侵入者はこいつ等か』

宿屋の主人『ええ、連れて行って下さい』

警備兵『いつもご苦労』

宿屋の主人『いえ、その代わりに税金を免除されてますから』

宿屋の主人『しかし見事ですよね、通行許可証を持って無いと幻影に捕らわれて、最後はこの店にやって来るんですから』

警備兵『ああ、恐ろしい程に上手く引っかかる』


77 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 22:01:47.19 ID:/6QL/QAO


看守『ご苦労様です』ビッ

警備兵『うむ、新入りを連れてきたぞ』

侍『―』スースー

少女『ムニャムニャ…』

看守『見たことのない服の男ですね』

警備兵『異国からの流れ者だろ』

看守『それに…幼い子供』

警備兵『戦争孤児だな、同情なんかするなよ』

看守『…ハッ』ビッ


78 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 23:20:19.13 ID:/6QL/QAO


少女『くー…くー…』

看守『…よくこんなボロい寝床で寝れるな』

カンカンカン

看守『食事だ、起きろ』

少女『…ん? あれ、ここは?』

看守『牢屋だ。君は不法侵入で捕まったんだよ』

少女『えっ』


79 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 23:23:10.33 ID:/6QL/QAO
少女『お兄さんは? お兄さんはどこ?』

看守『異国の男なら隣で寝てるよ、起こしても全然起きない』

少女『よかった…無事なんだ』

看守『とりあえずさっさと食べてくれ、片付かない』

少女『これは…』

看守『悪いが水とパンしかやれない決まりでね』

少女『こんなに食べていいの?』

看守『あ、ああ…』


80 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 23:26:34.12 ID:/6QL/QAO
少女『モグモグパクパク』

看守『味付けも何もないパンを無心で食べてる…』


看守『おい、お前も起きろ』ガンガン

侍『…―』ムク

看守『食事だ、さっさと食べろ』

侍『―』ペコ

看守『…?』ペコ

看守『…調子狂うなぁ』


81 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 23:32:07.21 ID:/6QL/QAO
侍『―…』グー

看守『また寝ちゃったよ…図々しいやつ』

少女『ねぇ、私達どうなるの?』

看守『罰が決まるまではここに居てもらう』

少女『罰!?』

看守『君達は犯罪者なんだから当たり前だろ?』

少女『でも、火と魔術の都市は流通が盛んで誰でも入れるって…』

看守『それは戦前の話』


82 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 23:55:20.02 ID:/6QL/QAO
―魔術は隠匿されるべきだった

戦時に謎の死を遂げた領主の最期の言葉である


遮光の国は急速に国力をつけ、先進国の中でも群を抜いていた

増長した国王は、遂に禁忌とされてきた魔術を用いた『魔装兵器』『合成生物』、そして『召喚』に手を出すこととなる


全て想像の産物、御伽噺の中の物と多くの者はせせら笑ったが、その禁忌の力が芽吹くのにさほど時間はかからなかった


84 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:15:43.09 ID:rkpHtIAO
魔術師『女の肉体が手に入ったのですか』

領主『ああ、それも召喚素材に相応しい少女の体だ』

魔術師『それはそれは…天使が体に良く馴染むでしょう』

領主『…我らの悲願、「魔術狩り」の日も近い』

魔術師『ええ…』

魔術師『今宵は星の位置も良い…天使降ろし日和です』


85 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:20:49.86 ID:rkpHtIAO
少女『ん…ムニャ』

看守『こんな扱いなのに幸せそうな寝顔…』

看守『一体今までどんな扱いを受けてきたんだろう…』



ドッ

看守「―」

ドサッ

侍「体力も戻ったことだ、そろそろお暇させてもらう」


86 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:25:47.44 ID:rkpHtIAO
シャキンッシャキンッ

カラーンッカランッ


侍「ほれ、逃げるぞ」ユサユサ

少女「――…」ムニャ

侍「寝ぼけている場合か、私達は捕らわれの身なんだぞ」

少女「…―!」ガバッ

侍「すまぬな、次の都ではちゃんと職に就く故」


87 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:31:58.59 ID:V9j/l3wo
がんばれニート侍


88 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:32:35.98 ID:rkpHtIAO


魔術師『…これは!?』

不法侵入の少女が捕らえられたと報告を受け、牢屋に来てみれば居るのは伸された看守

牢屋は鉄格子を曲げられ、或いは切断され蛻の殻だった


魔術師『逃げられたな…』

看守『ん…いつつ』

魔術師『…まあ良い、地上に出るまでに「失敗作」共に潰されるだろう』



魔術師『それに、歳をとってはいるが女の体がここにもいる』


89 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:40:32.51 ID:rkpHtIAO


ズバッ


人面馬「ビヒヒヒヒッッ」

ズウウンッ

侍「南無…」


侍「大丈夫か?」

少女「―」グッ

侍「よしよし、お主は強いな」ナデリ



侍(犯罪者は物の怪にし、脱獄者は[ピーーー]か…)

侍「外道め…」ギリッ


90 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:43:16.90 ID:rkpHtIAO
ピー

コロす


91 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:48:59.80 ID:rkpHtIAO
天使を降ろすのに女の体じゃないといけないかって?

いや、本当は男でも女でもどちらでもいいんだ

ただ、完成体が美しい方が天使と呼ぶのに相応しいだろ?

それに、成功した時に女の体だと神々しい光を放って弾けて綺麗だからね―




看守『…ここ…は』

魔術師『気が付いたかね?』


92 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:54:20.82 ID:rkpHtIAO
看守『え!? 何で私鎖に!?』ガチャガチャ

魔術師『君、脱獄を許したでしょ』

看守『脱獄……あ』

魔術師『しかも剣を奪われて、脱獄犯に誰かコロされるかも知れないじゃないか』

看守『そ、そんな…』

魔術師『本来ならキツい罰を与えるところだけど…』

看守『…』ジャラ

魔術師『喜びたまえ、今回の失敗は許そう』

看守『えっ!?』

魔術師『召喚素材には元気でいて貰わなと困るからね』

看守『!!』


93 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 00:58:25.79 ID:rkpHtIAO
看守『い、嫌…』

魔術師『安心しなさい、地下の醜い「失敗作」みたいにはしないから』

看守『い、嫌だ…』ガチャガチャ

魔術師『美しい天使になって魔術を悪用する連中をミナゴロシにするんだ』



魔術師『さあ、儀式を始めよう…』



看守『嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!』


94 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 01:07:02.06 ID:rkpHtIAO


侍「出口はどっちだ」

少女「――?」グイグイ

侍「ん? おお、確かに重厚な造りの扉があるな」

侍(恐らくは物の怪共を通さないようにしているのだろう…が)


シャキンッ

侍「扉だけ鋼鉄にしても無駄だな、やるなら全ての壁を鉄にせんと」

ズッ ズズッ ズウウウンッ


95 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 01:13:09.24 ID:rkpHtIAO
コツーン

コツーン

少女『随分長い階段ね…』

螺旋階段…と呼ぶには余りに無骨な造りの階段を延々と登る

侍の持つ申し訳程度の灯りで照らされるのはお互いの顔と足下まで

上も下も漆黒の闇に包まれ、手を繋いでなければ恐怖でおかしくなりそうだった

少女『ねえ、いつまで』


ズゥゥウウウウンッッ

侍『―!?』

少女『きゃあああ!?』ギュッ


96 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/21(月) 01:16:43.38 ID:rkpHtIAO
暫くし、揺れが収まる

少女『い、今の…』

地震ではない

この建物に何か― 大砲の弾でも直撃した様な揺れだった

侍『―』ギュ

変わらぬ表情で侍が手を引く

その手はいつになく汗ばんでいた…



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