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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
- 121 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/10/29(月) 19:07:30.13 ID:9vajyWgQ0
★
「どういうことなの、せんせ……?」
汀はかすれた声で、ベッドに横になりながら
大河内に向かって言った。
「汀さん、それは……」
「あなたとは話してない……」
ジュリアの声を打ち消し、
汀は俯いたままの大河内に問いかけた。
「嘘だよね……? せんせが、そんな酷いことさせるわけないよね?
理緒ちゃんを、壊すわけないよね?」
すがるようにそう言われ、しかし大河内は答えずに、
汀の隣に腰を下ろした。
- 122 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:08:09.31 ID:9vajyWgQ0
「理緒ちゃんには少し眠ってもらった。
理性的な話が出来るような状態ではないからね……」
「せんせ!」
悲鳴を上げた汀に、大河内はつらそうな顔で答えた。
「全て、ジュリアさんが説明したとおりだよ、汀ちゃん。
君を助けるために、私達は、片平理緒ちゃんの精神を壊した」
それを聞いて、汀は唖然として言葉を飲み込んだ。
しばらく葛藤してから、彼女は大河内を涙目で睨んだ。
「……人でなし……!」
押し殺した声は、大河内の心を直撃したらしかった。
言葉を発しようとして失敗した彼の肩を叩き、
ジュリアが首を振る。
- 123 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:08:39.56 ID:9vajyWgQ0
そして彼女は口を開いた。
「私達を、どんなに非難してくれても構わないわ。
それだけのことをしたのですもの。
でも、現にあなたも、片平さんも無事に生きています。
その事実を、厳粛に受け止めてください」
「…………」
言い返す気力がないのか、汀は俯いて唇を噛んだ。
しばらくして、彼女はぼんやりと呟いた。
「……圭介は?」
「片平さんを助けるために、スカイフィッシュと戦って、
シナプスの臨界点を超えたために、意識不明の重態よ。
深追いしたのが悪かったの……」
- 124 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:09:40.25 ID:9vajyWgQ0
「殺してやる……」
汀が、小さく呟いた。
その不穏な言葉に、ジュリアと大河内が息を呑む。
「工藤一貴……あの男、殺してやる……」
ギリ、と歯が鳴るほど噛み締め、
汀は動く右手を力いっぱい握り締めた。
彼女の脇で眠っていた小白が起き上がり、
怪訝そうにその顔を見上げたほどだった。
「汀ちゃん……滅多なことを言うものではない。
それに、ナンバーXは特異なタイプだ。君では殺せない」
大河内が息を吐いてから言った。
汀は口の端を歪め、そして続けた。
- 125 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:10:15.13 ID:9vajyWgQ0
「出来るよ。私もスカイフィッシュになればいいんだ」
「汀さん、それはいけない!」
ジュリアが青くなって叫んだ。
そして汀の肩を掴んで、強く引いた。
悲鳴を上げて硬直した汀に、ジュリアは押し殺した声で言った。
「あなたを助けるために、沢山の人が死にました。
沢山の犠牲を払っています。
それで、あなたがスカイフィッシュ変異体になったら、
元も子もない。
医者としての私達と、あなた自身を愚弄する気ですか!」
「離してよ……」
「いいえ離しません。あなたは人を殺すために、
マインドスイーパーになったんですか? 違うでしょう!
人を助けるためにマインドスイーパーになったんでしょう!」
- 126 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:10:56.33 ID:9vajyWgQ0
耳元で怒鳴られ、汀はハッとしてジュリアを見た。
「人を……助ける……」
「ええ……ええ! そう。あなたは人を助けるために、
マインドスイーパーになった。違う?」
「どうしてそれを知ってるの?」
問いかけられ、ジュリアは一瞬置いて汀から目をそらし
肩から手を離した。
そこで大河内が、汀の隣に移動してジュリアを見た。
「私も聞きたいな。高畑が元特A級のマインドスイーパーだったことは、
私達と元老院しか知らない極秘事項だったはずだ。
どうしてあなたがそれを知っていた?」
「それは……」
「昔一緒にダイブしたことがあると仰っていたな。
いつ、どのような案件か聞いてもいいだろうか?」
- 127 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:11:31.62 ID:9vajyWgQ0
「…………」
「黙秘するのか?」
いつになく厳しい口調で問い詰める大河内を見上げ、
そこから目をそらして汀は歯を噛んだ。
「あなた……誰なの?」
「私は……」
ジュリアはしばらく考えてから答えた。
「……私は、『機関』から派遣されてきました。
ナンバーズの回収を目的としています」
「機関……だって?」
大河内が唖然として色を失う。
ジュリアは表情を変えず、大河内を見た。
- 128 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:12:32.82 ID:9vajyWgQ0
「知っているのですか? ドクター大河内」
「…………」
「今度はあなたが黙秘ですか……まぁいいでしょう。
私の受けている任務は二つ。
ナンバーズの保護、そして敵対するナンバーズの排除です。
そのための手段は問いません」
「言うことを聞かないマインドスイーパーは殺してこいってこと?」
汀が小さな声でそう聞く。
ジュリアは寂しそうに微笑んで、答えた。
「ええ。今回は『失敗』しました。
しかし、片平理緒さんを特A級スイーパーに認定し、
ナンバーズに迎え入れることに成功しました。
機関は、その功績に大きく喜んでいます」
「機関って何? 私達をどうするつもりなの?」
- 129 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:13:04.22 ID:9vajyWgQ0
汀がそう問い詰める。
しかしジュリアは椅子を立ち上がると、
出口に向かって歩き出した。
「逃げるの?」
挑発的に言葉を投げつけられ、彼女は足を止めた。
そして振り返らずに言う。
「……今はゆっくり休んでください。
お話は、後ほどゆっくりとさせてもらいます」
部屋を出て行くジュリアを見送ることしか出来ず、
汀はまた歯噛みした。
それを見て、大河内が口を開きかけ、
しかし言葉を出すことに失敗してまた口を閉じる。
彼は息をついて、髪をガシガシと、困ったように掻いた。
- 130 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:13:32.05 ID:9vajyWgQ0
そして汀に言う。
「機関というのは、赤十字病院を統括している、
元老院と対を成す組織だよ。
世界中の病院は、機関と元老院が統括してる。
機関は研究側、元老院は実習側だ。
言うなれば、機関は病院側のラボだよ」
「人体実験を行ってるの?」
汀にそう問いかけられ、大河内は口をつぐんだ。
「せんせ、どうして私に隠し事をするの?
私のこと、嫌いになっちゃったの?」
すがるように汀に言われ、しかし大河内は答えなかった。
汀の目に涙が盛り上がる。
大河内は唇を噛んでから、小さな声で言った。
- 131 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:14:03.90 ID:9vajyWgQ0
「汀ちゃんのことが嫌いになったんじゃない。
ただ、世の中には、子供は知らない方がいいこともあるんだ」
「私はもう子供じゃない!」
ヒステリーを起こしたように甲高い声で怒鳴った汀を見て、
大河内は首を振った。
「……すまない。君はもう、十分に大人だったな。
でも、知らない方が幸せなことは、世の中に沢山あるんだ。
汀ちゃんには幸せになって欲しい。
だから、知らないでいて欲しいんだ」
「せんせのお話が難しくてよく分からないよ……」
「それでいい。だから、汀ちゃんは、そのままでいてくれ。
殺したいなんて、悲しいことを言わないで、
ナンバーXも助けてあげることが出来る人になるんだ」
- 132 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:14:33.59 ID:9vajyWgQ0
「あの人を……助ける?」
「患者を助けるのが、医者の役割だろう?」
問いかけられ、汀は唇を噛んだ。
「そんな風に……割り切れないよ……」
彼女の呟きは、空調の音にまぎれて消えた。
- 133 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:15:11.59 ID:9vajyWgQ0
★
凄まじい音を立てながら、一貴が、岬の持っている洗面器に
胃の中のものをぶちまけた。
赤黒く、血が混じっている。
「いっくん……いっくん!」
青くなって岬が一貴の名前を呼ぶ。
その様子を見ながら、結城が息をついた。
「先生、いっくんが……いっくんがまた血を……」
「分かってる。
見れば分かることをキャンキャン喚かないでよ、うっとおしい」
髪の毛を後ろでまとめ、結城は一貴の背中をさすった。
- 134 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:15:43.59 ID:9vajyWgQ0
「おい、お前また言うことを聞かずにダイブしたな。
隠し事が出来ない体なんだよ、お前は」
一貴は答えようとしたが、またくぐもった声を上げて吐血した。
深くため息をついて、
結城はポケットから出した注射器の中の金色の薬を、
一貴の右上腕に刺して押し込んだ。
「少し我慢しろ。すぐ良くなる」
彼女が言った通り、一貴の真っ青な顔に、
しばらくして血色が戻り、彼は体を弛緩させてベッドに倒れこんだ。
「いっくん!」
岬が、慌てて洗面器を台に置いて、彼を抱きとめる。
「いちゃつくなら別のとこでしてくれないか?」
かったるそうに呟いた結城を睨んで、岬は言った。
- 135 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:16:11.62 ID:9vajyWgQ0
「いっくんがこんな調子だって言うのに……
どうしてそんなに冷静なんですか!」
「自業自得だろ。こいつは、自分で望んで自分の命を縮めてるんだ。
あたしの知ったこっちゃないね」
「先生!」
「うるさいな……また一貴がどうかしたの?」
そこで、別の少年の声がした。
岬が青くなり、一貴を守るように、彼に覆いかぶさった。
「た……たーくん……」
カチュン、カチュン、と金属の音を立てながら、
中肉中背の、白髪で猫背な男の子が部屋に入ってきた。
目にはくっきりとクマが浮いている。
- 136 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:16:48.43 ID:9vajyWgQ0
「起きたのか、忠信(ただのぶ)」
呼ばれて、忠信と言われた少年は、突っ伏している一貴と
岬を見てから、手に持っていた、刃渡り十五センチほどの
バタフライナイフを、器用に指先でくるくると回し、
曲芸師のように空中に放り投げ、見もせずに折りたたんで手に掴んだ。
忠信は、岬を見てから呆れたように言った。
「みっちゃん、まだ俺のこと警戒してるの?」
「仕方ないだろう。とりあえずナイフを仕舞え」
結城にそう言われ、忠信は腕を振り、
一瞬でバタフライナイフの刃を出すと、
結城の眼前にそれを突きつけた。
「……俺に指図すんじゃねぇよ」
「いいや指図するね。お前らが生きていられるのは
あたしのおかげだ。自覚しろ、クソガキ」
- 137 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:17:16.38 ID:9vajyWgQ0
「言ってくれるじゃねぇか、クソババァ」
睨み合う二人を横目に、岬は強く一貴を抱き寄せた。
そして、視線が定まらない彼の耳元でそっと囁く。
「大丈夫。あたしが守るから……大丈夫」
忠信は岬を見てから、ナイフを一閃して結城の白衣の胸を切り裂いた。
力加減をしたのか、服がめくれ、彼女の下着が露になる。
「それとも、あんたが俺の相手をしてくれるってわけ?」
「いい加減にしろよ……」
結城が歯を噛む。
彼女をおちょくるようにナイフをひらひらと振ってから、
彼は音を立てて刃を回転させ、それを仕舞った。
- 138 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:17:45.83 ID:9vajyWgQ0
そしてカチョカチョと揺らしながら、岬を見る。
「何、その目」
「た、たーくん……危ないよ……?」
「いいねその目。抉り取りたいくらいだ」
そう言って無邪気に笑い、彼は結城に言った。
「で、一貴はまた失敗したの?」
「見ての通りだ」
ぶっきらぼうに結城がそう返す。
忠信はニヤリと裂けそうなほど口を開いて笑った。
「分かった。じゃあ次は俺が行くよ」
「何?」
- 139 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:18:52.15 ID:9vajyWgQ0
岬も驚いたように顔を上げる。
「いい加減、おイタが過ぎるんじゃないかな、
なぎさちゃん。俺がきっかり殺してくる」
「駄目だよたーくん! なぎさちゃんは、あたし達の大切な……」
「大切な……何?」
無機質な表情で、忠信はバタフライナイフを回転させ、
岬の頭に当てた。
岬が震えながら一貴に抱きついて目を閉じる。
忠信はニヤニヤと笑いながら、
岬の下着をナイフの刃でなぞりつつ、言った。
「……ああ、そう。大切な友達だからね」
彼のどこか狂ったような言葉は、しばらくの間空中を漂っていた。
- 140 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/29(月) 19:20:10.94 ID:9vajyWgQ0
☆
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせていただきます。
ご意見やご感想などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
- 141 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/10/29(月) 20:06:53.82 ID:Jn7IdQJDO
あぁ…駄目だ…
シリアスなシーンなのに「汀さんの精神中核を元に戻すだけの簡単な作業よ。」で笑ってしまったww
- 146 名前:NIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage] 投稿日:2012/10/30(火) 02:50:20.44 ID:qdT1sCmAO
>>130
>機関は研究側、元老院は実習側だ。
【機関】とは研究者の集まり、【元老院】は臨床医と病院経営者の集まり。二つは対立しているのではなく縦割りの関係で、それでテロ攻撃への対応で連携が遅れた。
【機関】はようやくジュリア先生を派遣したが、この機会に最優秀のナンバーズ=汀を取り戻したい下心が丸見え。そのために理緒をにわかナンバーズに仕立てて使い潰す気でいる。
ジュリアは個人的には忸怩たる思いがあるようだが任務は別だ。
高畑は全て解っていて理緒に施術した………という状況理解でOK?
この物語の性格上あんまり設定厨になってもしょうがないと思うんだけど、サスペンス展開が凄まじ過ぎてついて行くのが大変!
- 147 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/31(水) 07:17:43.33 ID:AkVLIwar0
おはようございます。
◇
>>146
詳しい補足、ありがとうございます。
機関は表立っての組織ではないため、存在や内情を知らない医師が多いです。
赤十字病院は機関の表面的な部分とは繋がっています。
元老院も同様です。
圭介が元特A級マインドスイーパーだったことが知られていないように、
現在の医師達は元老院も機関も、そこに在籍している人間の名前さえも
大概は分かっていないです。
それゆえ、ジュリアが自分は機関所属だと名乗ったのは、
かなりの異例中の異例であると言えます。
◇
それでは、15話を投稿させて頂きます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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