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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
229 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:37:56.82 ID:r7F99T890


「……そうか」

片手にコーヒーの缶を持ちながら小さく呟いた大河内に、
圭介は珍しく声を荒げた。

「分かっているのか? 聞こえなかったか?
機関を止めろと言ったんだ」

「何故それを私に言う?」

薄暗い病室の中で、ジュリアは腕組みをして壁にもたれかかり、
二人の会話を聞いていた。

圭介は横目でチラリとジュリアを見てから、
大河内に押し殺した声を発した。

「白を切るつもりか……お前が機関と、いや、
『GD』と繋がっていることはもう分かっているんだ」


230 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:38:34.35 ID:r7F99T890
ジュリアがハッとして息を呑む。

顔を上げた大河内の表情を見て、圭介は言葉を止めた。

大河内は薄ら暗く笑っていた。

その不気味な表情を見て、圭介が色をなす。

「何がおかしい……!」

「いや、何。お前が狼狽したところを見たのは、
坂月君が死んだ時と、真矢ちゃんが死んだ時以来だと思ってな」

「この……!」

圭介がいきなり上半身を起こして、大河内の胸ぐらを掴み上げた。

大河内が持っていたコーヒーの缶が床に転がり、
中のコーヒーが床にぶちまけられる。

それを気にする風もなく、大河内はゆっくりと圭介に言った。


231 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:39:14.67 ID:r7F99T890
「お前も私も、病み上がりだ。お互い乱暴はやめようじゃないか」

「答えろ……!
お前、知ってたな。テロが起これば、機関がナンバーIシステムを
起動させることを、知っていて今まで黙っていたな!」

「お前らしくもないな……落ち着けよ、高畑」

「腐れ外道が……!」

吐き捨てて大河内を殴りつけようとして、
圭介は体中の痛みに顔をしかめ、腕を止めた。

大河内は手を放して体を丸めた圭介をしばらく見ていたが、
やがて白衣のポケットに手を突っ込んで、軽く喉を鳴らして笑った。

「……私の口からは一言も言っていない。全て、お前の憶測だ」

「……何ィ?」


232 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:39:53.57 ID:r7F99T890
「だが、汀ちゃんは必ず取り戻す。その言葉は今も昔も変わらないよ。
ジュリア先生も、よく覚えておくといい。その子は、私のものだ」

挑発的にそう言って、大河内は冷たい麻痺したような目で、
簡易ベッドで眠っている汀を見下ろした。

ジュリアが青ざめた顔で足を踏み出し、大河内を見上げた。

「……どういう意味ですか?
あなたは、赤十字病院所属の医師ではないのですか?」

「…………」

「ドクター大河内、答えてください」

「教えてやるよジュリア。
そいつはおそらく、お前の所属している『機関』の更に上層部から、
数年前に赤十字病院に派遣されてきた、諜報員の一人だ」

「え……」


233 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:40:40.00 ID:r7F99T890
呆然としたジュリアに、
口を挟んだ圭介は苦虫を噛み潰すように続けた。

「組織の名前はGD。元素記号ガドリニウムの略だ」

「GD……東機関ですか!」

「知らなくてもいいことを知っているということは罪だな。
なぁ高畑?」

大河内は奇妙に歪んだ笑みを圭介に向けた。

「有り体な反論をさせてもらうとすると……
証拠はあるのかね?
私が、そのGDとやらの諜報員であるという証拠が」

大河内は汀の簡易ベッドによりかかり、ゆっくりと続けた。


234 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:41:26.18 ID:r7F99T890
「そもそも機関のマインドスイーパーが知らされていない
組織が存在するのかい?
そして私は、仮に存在するとして何を諜報させられているんだい?
答えてもらおうか」

「ナンバーIシステムの後釜を探しているんだろう。
汀はそのターゲットになっているだけだ」

押し殺した声でそう言った圭介の言葉を聞いて、
大河内は発しかけていた言葉を飲み込んだ。

そして引きつった笑みを返して口を開く。

「憶測だ」

「生憎と世の中には親切な人がたくさんいてね」

圭介は冷たい無表情で大河内を見て、鼻を鳴らした。

「その親切な人達は、お前の思っている以上に強い」


235 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:42:01.96 ID:r7F99T890
「その言葉をそっくりそのままお前に返すよ」

淡々と言った大河内と圭介が睨み合う。

そこでピピピとジュリアが持つ携帯端末から、
小さな呼び出し音が鳴った。

彼女が耳にはめていたイヤホンを操作し、口を開く。

「はい……はい。分かりました。準備を進めます」

イヤホンの通話を切り、彼女は大河内と圭介を見た。

「言い争いはそこまでにしていただきましょうか。
明日の朝、八時間後の午前六時にシステムの起動を行うわ。
重篤な患者十五人の『治療』を行う予定よ」

それを聞いて、大河内と圭介はそれぞれ全く違った表情を浮かべた。

大河内はジュリアの方を見て、ニッコリと優しそうに微笑んでみせた。


236 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:42:44.66 ID:r7F99T890
「良かった。これで十五人の尊い命が助かる」

「ふざけるな!」

圭介は顔を真っ赤にしてドンッ、と壁に拳を叩きつけた。

「それは治療じゃない! 精神のロボトミーだ! 『殺人』だぞ!」

「汀ちゃんが起きるぞ」

「話をすり替えるな!」

「聞いて、ドクター高畑。
ナンバーIシステムの起動はもう避けられないわ。
でも、患者の『被害』を最小限にする方法はある」

「…………」

黙り込んだ圭介に、ジュリアは淡々と言った。

「その時のために、汀さんを育ててきたのでしょう?」


237 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:43:26.44 ID:r7F99T890
「何だと?」

大河内の顔から血の気が引いた。

「何の話をしているんだ?
ナンバーIシステムの起動が成功すれば、
もう汀ちゃんや理緒ちゃんがダイブをする必要はなくなる!
それどころじゃない、世界中のマインドスイーパーが……」

「成功なんてしない。そう出来てるんだ。現に、坂月は死んだだろ!」

「本当の意味では死んでない! 坂月君はまだ生きてる!」

大河内と圭介が怒鳴りあう。

今度は大河内が圭介の胸ぐらをつかみ上げ、
彼の顔を怒りの表情で覗きこんだ。

「……汀ちゃんをシステムにダイブさせるつもりだな?
……そんなことはさせないぞ! 
彼女を第二の坂月君にするつもりだな!」


238 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:44:10.23 ID:r7F99T890
「吠えてろよ。まだ汀は俺のものだ」

「私の……私のこの五年間を全て無にするつもりか?」

声を震わせながらそう言った大河内に、
圭介はニヤリと歪んだ笑みを返した。

「お前の五年間なんて、俺にとっては病室に紛れ込んだ
ちっぽけな蜘蛛ほどの価値もないんだよ」

「やめてください、ドクター大河内。
ドクター高畑は先ほど目が覚めたばかりなんです」

ジュリアに手を掴んで止められ、大河内は圭介から手を離した。

「元老院は、システムの暴走を防ぐために、
汀さんとの共同ダイブを命じています」

「くっ……」


239 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:44:43.07 ID:r7F99T890
歯噛みした大河内に、圭介は突然引きつったような奇妙な、
甲高い笑い声を投げつけた。

「はは……はははは! つくづく運が無いなァ、お前って男は!
だがそれが現実だ。いい機会だ。
機関、お前らがそういう形で挑戦状を叩きつけてきたんなら、
俺達はそれを叩き潰すまでだ」

「…………」

ドンッ、と大河内が歯ぎしりをしながら壁に拳を叩きつける。

「喧嘩を買ってやるよ」

「この……卑怯者が……!」

睨み合う大河内と圭介。

少し離れたところでバスケットの中に起き上がっていた小白が、
爛々と金色に輝く目で彼らを見ていた。


240 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:45:38.84 ID:r7F99T890


無理矢理に起こされた汀は、白衣を着て松葉杖をついた圭介を見て、
しばらく狼狽していたが、やがてボロボロと涙をこぼし始めた。

「圭介……良かった。死んじゃったかと思った……」

「理緒ちゃんと同じことを言う。さすが友達だな」

圭介は淡々と言って、汀の隣の椅子に腰を下ろした。

「まだ右半身に麻痺が残ってるが、大丈夫だ。心配をかけたな」

「うん……心配したよ」

「……話は後からしよう。生憎と俺は、まだ後遺症のお陰で
ダイブが出来ない。いきなりで悪いが仕事だ。やってくれるか?」

問いかけられ、汀は僅かに憔悴した顔を彼に向けた。


241 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:46:36.35 ID:r7F99T890
「仕事? でも、私テロリストの子に、
精神をかなり傷つけられちゃって、
夢でも現実でもまだうまく動けないの」

「何? テロリストと交戦したのか? どうなった?」

身を乗り出した圭介に、汀は少し言い淀んでから答えた。

「……精神中核を捕まえた」

「何だって? 早く情報を抜き取るんだ!」

圭介に押し殺した声で言われ、汀は首を振った。

「警察の人とか、病院の人にもそう言われたけど……断った」

「え……?」

「私、医者だから。患者の情報は守秘義務があるから」


242 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:47:08.34 ID:r7F99T890
「そんな事言ってる場合じゃないだろう?
医療機関のラインを狂わせてるサイバーテロリストの情報だぞ。
一刻も早く情報開示するべきだ」

圭介がゆっくりと諭すように言う。

しかし汀は、またふるふると首を振った。

こうなった彼女は頑固だ。

ため息をつき、圭介は肩を落とした。

「……分かった。だが、病院側がお前を告訴したら、
裁判所が仲介に入って強制的に情報開示を迫る場合がある。
その時は、お前の身が危ない。素直に引き渡せ」

「嫌だよ。そうなったら私はもう、ダイブをやめる」

「…………」

圭介は歯噛みして、しかし口をつぐんだ。


243 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:47:46.71 ID:r7F99T890
そして壁の時計を見て、汀の顔をのぞき込んだ。

「瞳孔の拡散はないな。その話も後だ。今からダイブできるか?」

「ダイブはできるけど、役に立つかどうかはわからないよ……」

「できればいい。理緒ちゃんもつける。
お前に、治療中枢エリアにダイブしてもらいたい」

「治療中枢エリア?」

問い返した汀に、圭介は頷いて続けた。

「マインドスイープは全て、
一つのコンピューターから伸びたネット回線を使って行われている。
今回ダイブするのは、そのすべての回線をまとめている
コンピューターの中に作られた、仮想夢空間の中だ」

「そんな所があるの?」


244 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:48:20.02 ID:r7F99T890
「ああ。そこに、ウィルスが入り込む。
お前と理緒ちゃんには、それを破壊してもらいたい」

「圭介、話が早すぎて何が何だか分からないよ」

「簡単に言おう。赤十字病院は、
コンピューターに多数の患者の脳を接続して、
中にウィルスを送り込もうとしている」

「え……どうして?」

圭介は低い声で言った。

「ロボトミーって知ってるか?」

「うん、前頭葉を物理的に切り離して、
患者の精神病を治療する方法だよね……
でも、患者は前頭葉がなくなるわけだから、
障害を持っちゃうっていう……」


245 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:48:59.35 ID:r7F99T890
「それと同じだ。ウィルスは患者の夢の中で、
自殺病に汚染された『区画』をそれごと破壊する。
精神を欠損させて自殺病を消し去る。
それが今から赤十字が行おうとしてる『治療』だ」

「…………」

「赤十字は止まらない。お前にはそれを、
出来るだけ阻止してもらいたい」

「……どうして?」

単純な疑問を投げかけられ、圭介は引きつった表情を彼女に返した。

「どうしてって……そんな施術、理に反してる。
患者の人格までもを否定して……」

「圭介達が理緒ちゃんにやったことと、何が違うの?」

圭介が、言葉に詰まった。


246 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:49:34.97 ID:r7F99T890
「答えて圭介。どうして理緒ちゃんは助けてくれなかったのに、
今回は助けようとするの?」

「理緒ちゃんを助けなかったわけじゃない。最善を尽くした結果だ」

「嘘。圭介は何かを隠してる。私に何かをさせたいんだ。
だから理緒ちゃんを見捨ててまでも私を呼び戻したんでしょ?」

圭介は少し言い淀んでから、何ともいえない悲しげな、
それでいてやるせなさそうな瞳を汀に向けた。

「全てお前の憶測だ。汀、お前は人を助けたいんだろう? 
なら、マインドスイーパーとしての役割を果たせ」

「友達一人救えないのに……ダイブする意味ってあるのかな?」

ポツリと汀が呟いた。


247 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:50:11.51 ID:r7F99T890
圭介はしばらく沈黙した後、汀の隣にそっと資料を置いた。

「ダイブは今から一時間後だ。その気があるなら目を通してくれ」

「…………」

「お前に任せる。来るも、来ないも。ダイブをするも、
やめるもお前の自由だ。
勿論今ここでリタイアしたって、俺はお前を責めたり怒ったりはしない。
これからも、お前のサポートはし続けるつもりだ」

汀は口をつぐんで圭介を見た。

その目に涙が盛り上がる。

「卑怯だよ……」

「俺は昔から卑怯なんだ。すまないな……」

圭介は何ともいえない表情のまま、汀をそっと抱き寄せて頭を撫でた。


248 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:50:45.54 ID:r7F99T890
「俺は行かなくちゃ。残念だが、お前とゆっくり話してる暇はない」

「ダイブするの?」

「お前が出来ないなら、俺がダイブしてでも止める」

「…………少し、考えさせて」

「分かった。来る気があるなら、資料には目を通しておいてくれ。
その方がいいと思う」

圭介は立ち上がると、松葉杖を鳴らしながら病室に鍵をかけ、出て行った。

汀は隣で眠っている小白の頭を撫でてから息をついた。

少しして、病室の鍵がゆっくりと開いた。

汀が顔を上げると、薄暗い廊下から、
ひょろ長い影が滑り込んだのが見えた。

圭介ではない。


249 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:51:30.10 ID:r7F99T890
「……誰?」

まだ頭がぼんやりしていてはっきりしない。

うすけた視界でそう呟くと、人影は懐から煙草の入った
金属製の箱を取り出し、蓋を開けて中身を一本つまみ上げた。

「すまないね……どうも習慣づいてしまって、
くわえておかなければ落ち着かない。
安心したまえ。病床のレディーの前で火はつけない」

「誰なの!」

馴れ馴れしいしゃべり方にゾッとして、汀は大声を上げた。

そしてナースコールのボタンに手を伸ばし……
大股で近づいてきた男に、自由な右手と口を
そっと抑えられて、目をむく。

「静かに。私は、君のためになることを教えに来たんだ」


250 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:52:04.19 ID:r7F99T890
「…………」

「静かにしてくれるなら、要件だけを伝えて
二分でここを去る。煙草も吸わない。
この手も放そう。君は聡い子だ。分かるね?」

煙草臭い息。

咳き込みかけた汀は、慌てて何度も頷いた。

男は手を放し、安心させるように汀から数歩距離をとった。

そして椅子に軽く腰を掛ける。

「…………誰?」

押し殺した声で問いかけた汀に、男は言った。

「喫煙者と呼んでくれ。名前は教えるに値しない」

「ここは関係者以外立入禁止よ。
出てってくれるなら、人を呼んだりしないわ」


251 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:54:47.55 ID:r7F99T890
右手を伸ばしてナースコールのボタンを掴み、
脅すように汀は言った。

喫煙者と名乗った男は、息をついて軽く肩をすくめた。

「私は君の主治医、高畑君といささか旧知の仲でね。
簡単に言うと友達のようなものだ」

「圭介と……?」

「ああ。何度か会ったこともある」

フゥー、と息を吐いて喫煙者は続けた。

「昔話をしよう、何、簡単な昔話だ。一分で終わる」

「…………」

「今から十年前、赤十字病院に数人の優秀なスイーパーがいた。
そのうちの二人はS級に達するほどの、
非常に強力な適性能力を持っていた」


252 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:55:41.80 ID:r7F99T890
「…………」

「一人の名前は坂月健吾、もう一人の名前を松坂真矢と言う」

「坂月……」

繰り返してハッとする。

理緒が呟いていた言葉。

自分の夢の中に出てくるスカイフィッシュと
同じ顔をしているという、赤十字の医者。

「坂月君と仲が悪い特A級スイーパーもいた。
犬猿の仲というわけだ。その子の名前は、中萱榊(なかがやさかき)。
君の、よく知る人だ」

「私の……?」

頷いて微笑み、喫煙者は続けた。


253 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:56:20.21 ID:r7F99T890
「中萱君と、坂月君は同時に松坂君のことを好きになってしまった。
しかし間の悪いことに、松坂君は自殺病を発症。
マインドスイーパーとしての任務を行うことができなくなるばかりではなく、
日常生活や、会話でさえも困難な生ける屍になってしまった」

「…………」

「中萱君と坂月君は必死になって松坂君を治療する方法を探した。
先に治療法を見つけたのは、坂月君の方だった。
彼は松坂君の治療に独断であたり……失敗した」

淡々と続け、喫煙者は息をついた。

「失敗して坂月君は死んだ。そして同時に、松坂君も死んだ。
中萱君は悲しんだ……とても、とても悲しんだ。
そして憎んだ。私達、原因を作った大人を」

「…………」


254 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:57:11.66 ID:r7F99T890
「しかし大人は、松坂君と坂月君、
S級能力者がそのまま『死んだままでいる』ことを許さなかった。
ここまで喋れば、君ならこの後どうなったか、想像がつくんじゃないかな?」

いつの間にか、汀は真っ青になっていた。

彼女はガクガクと震える肩を動く右手で強く抑えた。

床に、カランカランと音を立ててナースコールのボタンが落ちる。

クククと笑って、喫煙者は立ち上がった。

「ナンバーIシステムの正体が分かったかい? 
変異亜種と言われるスカイフィッシュの正体が分かったかい? 
汀君。君はどちらにもなれるし、どちらにもならなくてもすむかもしれない。
そして同時に、君は選択しなければいけない」

「…………」

「君は一体、何になりたいんだね?」


255 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:57:50.94 ID:r7F99T890
「私は……」

汀は、額に大粒の汗を浮かべながら呟くように言った。

「私は……大きくなって、普通に結婚して……」

「…………」

「大河内せんせと結婚して……子供は三人以上つくって……」

「…………」

「小さな病院開いて……沢山の人を助けてあげて……」

「…………」

「幸せな……生活を…………」

「無理だな」

汀の言葉を端的に打ち消して、喫煙者は息をついた。


256 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:58:27.39 ID:r7F99T890
汀はそれを聞いて、目を見開いた。

停止した彼女に、静かに、畳み掛けるように彼は言った。

「『大人』がそれを許さないさ」

「…………」

「覚えてないのかい? 汀君。いや、網原汀(あみはらなぎさ)君。
君が何をしたのか。
坂月君、松坂君、そして中萱君に対して何をしたのか、
まだ思い出せないのかい?」

「私は……」

「…………」

「沢山の人を助けて……」

「…………」

「幸せに、なるんだ……!」


257 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 19:59:16.00 ID:r7F99T890
ギリ……と歯を噛み締めて汀は振り絞るように言った。

その必死の視線を受けて、
喫煙者は息をついて懐からサングラスを取り出した。

そして薄暗い中だというのにそれを顔にはめ、立ち上がる。

「長居をしてしまった。汀君。君の贖罪を全うするために。
いや、『沢山の人を救うために』……行くんだ。
君は、ダイブを続けなくてはいけない」

「…………」

「私からの助言は、以上だ」

喫煙者が去った後も、汀は大分長いこと呆然としていた。


258 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 20:00:09.24 ID:r7F99T890
葛藤。

恐れ。

苦しみ。

混乱。

様々な状況と感情が彼女の頭の中を引っ掻き回していた。

しかし。

彼女は時計の針が朝六時を指すのを見て、ハッとした。

そして資料を引き掴む。

汗を振り飛ばし、汀はかたわらの小白に叫ぶように言った。

「行くよ、小白。私達は、人を救うんだ……!」


259 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/05(月) 20:01:07.82 ID:r7F99T890


お疲れ様でした。

次回の更新に続かせていただきます。

ご意見やご感想などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

それでは、今回は失礼させていただきます。


260 名前:NIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage] 投稿日:2012/11/05(月) 20:57:51.09 ID:Ky+1BmeAO
乙です。

ロボトミーの連想は最初からありました。序盤の患者の家族とか、そう言って騒ぎそう。医師には自明の理屈も患者には解らない。


この期に及んで増える謎!そろそろ大詰めを迎える気配でしょうか。次回も楽しみにしています。


265 名前:NIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage] 投稿日:2012/11/08(木) 21:47:36.56 ID:K6jxBthAO
うちの近所にもあった、びっくりドンキー。初めて入ったけど美味かったぞ。
でもこのSSでイメージしたのと違ったというか、圭介は汀にこんな雰囲気を与えたかったのかと思うと胸熱。

メリーゴーランドの人気メニューぶりときたら。子供そっちのけでパフェに夢中なお母さんの微笑ましい事よ。


266 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/11/09(金) 19:15:53.89 ID:uvzKjyfN0
こんばんは。



汀と圭介が行なっている治療も、精神的ロボトミーに含まれます。

しかし、汀にはその自覚がありません。

彼女は、何かを得るためには何かを捨てなければならず、
治療にもその考えが適用されると思っています。

そのあたりが、汀が他の普通の子供とは違う、達観した違和感を
漂わせている原因なのかもしれません。



びっくりドンキーの料理は本当に美味しいのでオススメです。

>>265さんもお書きになっている通り、とても良い雰囲気を
醸し出している店舗が多いです。

特にメリー・メリーゴーランドは値段に比べてボリュームが
多く、満足できることは間違い無いです。

お近くにありましたら、是非足を運ばれてみることを
推薦いたします。



17話を投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。



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