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少女「それは儚く消える雪のように」 2
- 312 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/04/02(月) 19:37:52.26 ID:6Wpsnxgd0
絆を見て担当医が足を止める。
医師達は、絆と圭を囲むように立った。
何かしら不穏な空気を感じたのだろう。
圭が手を伸ばして絆の袖を掴む。
その手を握り返し、絆は担当医に向かって口を開いた。
「お疲れ様です。随分と大所帯ですね」
二十人以上いる医師団を見て、エフェッサーの
女性職員達も怪訝そうな顔をしている。
圭を守るように立った絆を無表情で見てから、
担当医は手元の資料に視線を落とし、言った。
「S678番を回収させていただきます。
あなたの仰るとおり、その個体は特異体であることが、
議会の正式決定で受理されました。
検体として提供をいただきたい」
- 313 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:42:29.48 ID:6Wpsnxgd0
おそらく医師議会の決定印であろう書面を見せて、
担当医は問答無用といった具合で、回りに目配せをした。
医師の一人が圭の腕を無造作に掴もうとする。
絆は反射的にその手を、ギプスが嵌められた
手で掴んで捻り上げた。
腕を極められた医師が小さく悲鳴を上げてカルテを取り落とす。
「何をする?」
鉄のような声で絆はそう言った。
折れるのではないかというくらいに、医師の腕が曲がった。
周囲を取り囲んでいる医師団の表情が変わる。
絆は
「医者風情が揃いも揃って、
女の子一人とっ捕まえに来るとは笑わせる」
と呟いて、手を離した。
- 314 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:43:15.98 ID:6Wpsnxgd0
腕を押さえて、医師の一人が床に崩れ落ちる。
「議会の承認が見えませんでしたか?
冷静にご覧ください」
担当医が表情を変えずに口を開く。
絆は、しかしそれを一瞥もせずに返した。
「君達の行動は拘束規定事項第七条の三十二項に
違反している。医師団決議会でも、軍および元老院の
エマージェンシーコールレッドを上回ることはない。
俺は、この子を緊急非常事態用の戦闘個体として
ロールアウトを受けた。
そんな書面を見せられても、
今更『はいそうですか』と返すわけにはいかない」
それを聞いた担当医が歯噛みしたように表情を歪める。
医師団としては精一杯の強気の姿勢だったのだろうが、
いつも軍の連中からバーリェを守っている絆にとっては、
笑わせるにも程があるレベルのことだった。
- 315 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:44:01.30 ID:6Wpsnxgd0
構わない、無理矢理連れて行けと言いたそうな
顔をしている担当医に、絆は畳みかけるように言った。
「元老院の承認を取り付けてきたんなら考えよう。
もっとも、医師団にそこまでの力があるとは思えないが。
君達研究員にな」
侮蔑を込めて吐き捨てる。
おそらく。
医師団は、圭の記録を照会しているうちに、
彼女が数々の不明点を有している事実に気付いたのだろう。
眠らない弊害も、研究して余りある素材だ。
元老院の承認の元絆に圭をロールアウトしたはいいが、
一日経って惜しくなったとみえる。
「分かったら通してもらおう。
訓練後だ。休ませてもらいたい」
- 316 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:44:40.20 ID:6Wpsnxgd0
松葉杖をついて、もう片方の手で圭の肩を押す。
圭は戸惑いながら、車椅子を操作しようとして、
しかし立ちふさがった担当医の視線に射抜かれて静止した。
「お通しするわけにはいきません。
その個体を戦闘に使っていただくわけにはいかないのです」
「何故? 先ほども戦闘訓練を行いましたが、
この子は正常に動作をしていた。何の問題もない」
医師達の滅多にみせない強気な……
いや、むしろ必死な姿勢に、怪訝そうに絆は返した。
絆を見て担当医は続けた。
「それはS678番に操縦させなかったからです。
その個体には、重大な不具合があります。
あなたの生死にも関わることです」
そう言われ、絆は口をつぐんだ。
- 317 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:45:14.27 ID:6Wpsnxgd0
――俺の生死に関わる?
一瞬、どういう意味か推し量りかねたのだった。
「仰られている意味が、よく分かりませんが」
押し殺した声でそう返すと、
医師達が包囲網を狭めてきた。
担当医が周囲に目配せをしてから言う。
「戦闘を行うことがバーリェの存在意義です。
戦闘を行えない個体、もしくは正常に戦闘を行えない
個体をロールアウトしたとなっては、
医師会の名誉に関わります」
「戦闘を行えない?」
「はい。詳しくご説明いたします。
つきましては、S678番をこちらにお渡しください」
- 318 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:45:54.32 ID:6Wpsnxgd0
――操縦方法、分からないです……。
先ほど圭が口走った言葉が脳裏に浮かぶ。
しかし絆は、それを無理矢理押し殺してから
圭を自分の方に引き寄せた。
「お断りする。それ以上近づくのならば、
軍法第三十二条により君達は
処分されることになるが、いいのか?」
静かな絆の脅し文句を聞いて、医師達が動きを止めた。
怯えた様子の圭が、ぎゅっ、と目を閉じて、
左手だけで絆にしがみつく。
「絆特務官、どうかお聞き届けを……」
担当医が汗を流しながらそう言う。
そこで、ブーツのかかとを鳴らした足音が近づいてきて、
シュミレーションルームのドアが開いた。
- 319 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:48:47.31 ID:6Wpsnxgd0
本部局長の駈が、女性職員を伴って歩いてきた。
彼は趣味の悪いサングラスの位置を指先で直すと、
医師達を見回して、それを軽く鼻で笑った。
「研究員がこんなところで何をしている。戻りたまえ」
低い声を聞いて、担当医が強く歯を噛む。
彼はまだ数秒迷っていたが、やがて諦めたのか、
肩を落として周囲に指示をし、
足早に部屋を出て行った。
絆は気が抜けたように松葉杖に寄りかかり、
まだ目を閉じている圭の頭を撫でた。
「おい、医者は帰ったよ。手を離せ」
しかし圭は手を離さなかった。
自分の服の裾をつかんでいる彼女の手を
握り返してやりながら、絆は駈を見た。
- 320 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:49:25.92 ID:6Wpsnxgd0
「……あなたこそ、何をしに?
助けを呼んだ覚えはないが」
「先ほどの戦闘訓練の様子は、
オペレーションルームで全て見させてもらった。
そのバーリェの性能は素晴らしい。
手放すには惜しいと思ってな」
駈は絆と目を合わせずにそう言って、
隣の自動販売機に近づいた。
女性職員が駆け寄って、カードを差込み、
少し待ってからコーヒーを取り出す。
それを受け取り、口につけてから駈は壁に寄りかかった。
そして嘗め回すように圭のことを見る。
「ふむ……」
小さく呟いて、彼は言った。
- 321 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:50:06.90 ID:6Wpsnxgd0
「眠らない個体か。興味深い。
それに、その他にも様々な障害を抱えていそうだ。
だが、それを補って余りある性能だ」
「話が済んだのなら、ラボに戻らせてもらう。
俺も暇ではないので」
足を踏み出そうとした絆に、しかし駈は静かに声をかけた。
「まぁ、そんなに急ぐこともないだろう。
少し話を聞いていきたまえ」
「……何ですか?」
あからさまに嫌そうな顔をして絆が立ち止まる。
彼に女性職員が近づいてコーヒーを渡そうとする。
それをやんわりと断った絆に、駈は続けた。
- 322 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:50:51.27 ID:6Wpsnxgd0
「君の操縦技能がバーリェを、それも新型を上回るとは
私も思ってはいなかった。
椿君のバーリェも決して不良品ではないのだが、
よくやるものだ」
「…………」
「しかし眠らない個体か……本当に、実に興味深いよ」
「何を言いたい?」
押し殺した声で問いかけられ、
駈は軽く口の端を吊り上げて笑ってから言った。
「果たして『それ』は、生き物と言えるのかね。
ふとそんなことを思ってね」
圭が、閉じていた目を見開いた。
- 323 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:51:54.84 ID:6Wpsnxgd0
「意識調整されてセッティングされた人格、
欠損しているといえプログラムによりつくられた体。
動物として当たり前の睡眠もとらずに、
稼動し続けることができるそれは、
果たして『我々と同じ生き物』と言えるのかね?
『スプーキー』の絆特務官はどうお考えなのかと、
いささか疑問でな」
「…………」
「いや何、嫌味ではない。純粋に『それ』と
触れ合うことが出来る君が、凄いと賞賛しているのだよ。
私にはできない」
「……この子はバーリェだ。俺達と同じ生き物だ。
だから俺は、この子を守る。
あんたみたいな『犬』の手からな……!」
低い声で絆はそう言って、圭の手を強く握った。
「あんたには、到底分からないことだろうよ」
- 324 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:52:29.85 ID:6Wpsnxgd0
駈はしばらくニヤニヤしながら絆を見ていたが、
やがてコーヒーを飲みきると、
カップをクシャリと潰してダストシュートに投げ入れた。
「そうそう、君に伝えなければいけないことがある」
「…………」
「先日大破した人型AAD七○一型、
コードネーム陽月王だが、新しい機体が製造された」
「何?」
思わず顔を上げた絆に、
駈はサングラスの位置を直してから続けた。
「今度の機体は、そのS678番の性能に
十分ついてくると思われる。
いや……それでも『足りない』かもしれないな」
「…………」
陽月王の後継機ということになるのだろうか。
- 326 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:54:46.40 ID:6Wpsnxgd0
更にスペックアップされた機体が、
既にロールアウトされたというのか。
唾を飲み込んだ絆を見て、
駈は抑揚のない声音で言った。
「人型AAD八○一型。コードネーム
『大恒王(だいこうおう)』
……トリプルコアシステムを使っている」
「トリプルコア……!」
思わず絆は素っ頓狂な声を上げていた。
トリプルコア?
バーリェを『三体』?
それを面白そうに見て、駈はクックと喉を鳴らした。
- 327 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:55:25.62 ID:6Wpsnxgd0
「今度の兵器は凄いぞ。人型AADでありながら、
フライトシステムを組み込んである。
空を飛ぶ機械人形だ。
君の操縦技能も、どこまで通用するか見物だな」
絆は松葉杖を床に叩きつけ、
倒れこむように駈の胸倉を掴み上げた。
そして脂汗を顔に浮かべながら、彼に押し殺した声で言う。
「凄い……? 現場にも行かないあんたが、
どの面下げて、玩具みたいに……!」
「だから私は、『君は凄い』と絶賛しているのだよ」
駈は掴み上げられながら表情を変えずに続けた。
「バーリェなんて玩具みたいなものだろう。
我々大人の玩具だ。使い捨てられて消えてゆく消耗品だ。
私から言わせれば、『君こそ異常』なのだがね」
- 328 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/02(月) 19:55:55.39 ID:6Wpsnxgd0
「…………」
絆は、手を離してよろめいた。
慌てて周りの女性職員が、彼のことを支える。
スーツの乱れを直して、駈は言った。
「時間をとらせたな。帰宅したまえ」
「言われなくても……!」
絆は彼を睨んで、松葉杖を女性職員から
受け取って、圭を見た。
「…………帰るぞ、圭」
「……はい」
俯いて圭が車椅子を進める。
彼女の目は、自分を嘗め回すように見ている
駈に明らかに恐怖の色を発していた。
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