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少女「それは儚く消える雪のように」
431 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:35:20.35 ID:bDf9OSPn0


結局出発するのはその日の夜、六時に決定した。

本当なら明日の朝に出発すると言う余裕ある行動をとりたかったのだが、
優、文と愛が騒いで仕方なかったのだ。

自室で本部に、
リラクゼーション施設の一角を完全に貸しきる申請を出しながら、
絆は軽く自分の顎を押さえた。

こんな風に休みになったから、
バーリェを一度にどこか遊びに連れて行ってやるのは、
この何年間で初めてのことだった。

個別に仕事や検査の合間に、
精神を安定させるために連れて行ってやることはあっても、
管理している子を全員いっぺんにと言うのはなかったことだ。


432 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:36:05.82 ID:bDf9OSPn0
実を言うと、今回遊ばせたかったのは愛一人だけだった。

彼女だけを連れ出すことは出来た。

適当な理由をつけて全員に説明して出てくればよかったのだ。

しかし、何となく愛を一人にするのははばかられた。

理由は良く分からないが、そう感じたのだ。

申請はあっけないほど簡単に受理された。

絆ほどのトレーナーとなれば、多分施設の大部分を無条件で開けてもらえる。

だが今回はそんなに長く滞在はしないため、
プールがついているところと、宿泊施設周辺に予約を入れただけだった。


433 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:36:49.75 ID:bDf9OSPn0
パソコンから目を離し、椅子に体を預ける。

何となくノリで決めてしまったが、
どうにも元老院の対応が気になった。

そういえば絃が調査してきたと言う、
バーリェ強奪組織についての本部、元老院の意見も聞いていない。

さすがに今回で一、二回ではない。

黙殺するつもりはないと思うが……と、そこで息をついて窓の外を見る。

──山の中の空気は澄んでいる。

ここ一帯の自然は特別保護を受けているため、
バイオ技術でコントロールされていて殆ど年中青々としている。


434 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:37:27.78 ID:bDf9OSPn0
しかし少し離れた大都市は、
一面を紫がかった灰色のスモッグが覆っていた。

どんよりと、昼間でも霧がかかっているように見える。

最近はよりそれが顕著になってきたように感じる。

彼女達は、地球の裏側の『最後の自然が残っている』
とメディアでは報道されているフォロントンという土地も、
ここと同じようにバイオ技術で管理された場所だと言うことを知らない。


435 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:38:11.93 ID:bDf9OSPn0
人間の手で守られていないところで、
そもそも今の時代自然なんて存在することは出来ない。

青い空も、緑色の草も、茶色の木も。

そんなものは自然発生でなんて生まれないものだ。

バーリェは、それを知らない。

例えばフォロントンに連れて行ったとして。

たとえまやかしだったとしても彼女達は喜ぶのだろうか。

何が嬉しいのだろうか。

良く分からなかった。


436 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:38:55.21 ID:bDf9OSPn0


最近よく、少し歩いただけで息切れを起こす雪を抱いて
車の助手席に乗せたころには、
もうまわりは薄暗くなり始めていた。

そのまま車を飛ばし、
いつも向かっているエフェッサー本部隣の軍施設に向かう。

軍人は基本的にバーリェに対していい感情は持っていない。

だから正面は避け、施設に入る裏口から直接乗りつける。

門をくぐったところで待機していた軍施設職員が数人現れ、
絆たちはすぐさま宿泊予定の場所に通された。


437 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:40:54.27 ID:bDf9OSPn0
まずは雪の手を引いて部屋に入り、ソファーに座らせる。

続いて高級ホテルの一室のようになっている部屋に、
四人のバーリェが駆け込んできた。

命も、来る前までは納得のいかないような表情をしていたが、
来てみれば来てみたで一番はしゃいでいるのは彼女だった。

急遽二段ベッドを二つ運び込んでもらっていたため、
優と文がじゃんけんで、どちらが上に寝るか、早速揉めている。

そもそも相手の思考が何となく分かるバーリェにとって、
じゃんけんは無意味なんだが、それに気づいていない。

……現に十数回あいこ。

絆から見ればどことなく異常な光景だが、
それが楽しいらしく四人で集まって笑いあっている。


438 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:41:35.80 ID:bDf9OSPn0
さすがに軍の一番高級な部屋を借りたので、
いつも住んでいるラボよりもはるかに広かった。

それに、生活感がない小奇麗な部屋と言うのは
たまに見てみると宝石のように感じるものだ。

数分後結局、どこをどうやって決まったのか、
命と愛が上の方に寝ることになったらしい。

おそらく年長者の功とでも言ったのだろう。

優と文は双子なため、どちらかが近くにいないと落ち着かない。

多分そうなるだろうな、と静観していたとおりになって、
絆は少しだけ心の中で笑った。


439 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:42:15.54 ID:bDf9OSPn0
ラボと違う雰囲気に呑まれているのか、
四人の少女達全員がだらしなくベッドに寝転がりながらこっちを向く。

というか、全員靴を履いたままだ。

足をプラプラさせながら愛がこちらを見て、言った。

「雪ちゃん、一緒に寝ようー。ここ、二段ベッドでね、上の方気持ちいい」

突然呼びかけられて、ソファーで落ち着いていた雪は慌てて顔を上げた。

隣に座っている絆でさえ分かるほど、何だか元気がない。

ラボの外に出た途端落ち着かなくなってしまったようだった。

少し迷った後、雪は微笑んで顔の前で右手を振った。

「うぅん。私は高いとこ怖いから、
愛ちゃん、ゆっくり広いとこでごろごろするといいよ」


440 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:43:06.58 ID:bDf9OSPn0
「そ? じゃあそうするー」

即答して毛布を抱いてころころ体の位置を変える彼女。

気配がしないな、と思って視線をやると
文は行儀良く枕に頭を乗せて寝息を立てていた。

靴は履いたままだ。

……まぁ、滅多に外に出れないんだからしょうがないか。

と心の中で自分を納得させ、転がり落ちそうな愛と、
便乗して遊んでいる命に声をかける。

「お前ら、その辺にしとけ。結構高いから落ちたら痛いぞ」

「私は大丈夫ー」

愛が元気に答えた端から、命が落ちた。


441 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:45:12.74 ID:bDf9OSPn0
幸いなことに、床に積んであった毛布の山に背中から着地したので
衝撃はなかったようだが目を白黒させている。

そんな彼女の様子を見て、優と愛が弾けるように笑い出した。

それにビクッと反応して文が飛び起きる。

バカ騒ぎ、とも言える光景だったが、
不思議と怒る気も口を出す気にもならなかった。

命を真似して、彼女の上に愛が転がり落ちる。

何故か毛布の山の上めがけて優と文もジャンプし始めた。

ぐちゃぐちゃになった毛布の中、半泣きで命がもがいている。

「よかった。みんな楽しそうだね……」

不意に、ポツリと聞こえるか、聞こえないかの声で雪が呟いた。


442 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:46:09.48 ID:bDf9OSPn0
彼女の方を見ると、
目を閉じてコックリ、コックリと半分ほど眠る寸前の様子だった。

就寝前の、睡眠作用がある薬は飲ませていない。

薬に関する耐性……つまり雪の体質
それ自体が変わってきている節がある、
という話を思い出し、絆は黙って彼女のことを抱き上げた。

そして小さく囁く。

「三時間くらい経って十時ごろ起こすから、
そのときに薬を飲め。少し寝てろ」

「うん、そうする……」

ぼんやりと答えて、今度は完全に雪は目を閉じた。


443 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:48:10.88 ID:bDf9OSPn0
騒いでいる四人を一瞥して、
絆は自分用に用意されていたベッドの方に行き、
白髪の少女を寝かせた。

そして枕の投げ合いを始めているバーリェたちの方に歩み寄る。

「おいお前ら、雪が寝たんだから少しは気を使え。
メシをオーダーするよ。何でも好きなもの言ってみ」

名目上はバーリェの精神安定、
性能強化のためにこの施設を借り切っている。

費用は全額本部が負担だ。

気兼ねする理由はどこにもなかった。


444 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:48:46.86 ID:bDf9OSPn0


数時間後、絆は食べ散らかされた
テーブルを見て大きく息をついた。

……疲れた。

大騒ぎ、という表現が一番適切だろう。

このように遊ぶために外に連れ出したのが初めての
優と文が主体になって騒ぎ始めたのが発端。

バーリェはものを殆ど食べないために、
料理はあらかた残っている。

が、何故か飲み物は全てなくなっていた。


445 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:49:38.95 ID:bDf9OSPn0
彼女達全員を寝かせたのが、つい十分ほど前。

テーブルの上の惨状をもう一度見渡し、
インターホンで係員を呼び出す。

しばらくすると軍部でもエフェッサー管轄の係員が数人現れ、
慣れた手つきで料理の片づけをし始めた。

ものの五分ほどで全ての掃除を完了させ、彼らが出て行く。

一言も、言葉はない。

それが普通だ。

あっちは仕事でやっているんだし、
こっちは仕事でやらせている。

そこには何の人間的関係はない。


446 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:50:21.11 ID:bDf9OSPn0
エフェッサーの仕事も同じだ。

自分達が生き延びるために戦闘し、他の何かを犠牲にして勝つ。

ただそれだけが定理だし、後腐れも何もない。

それが常識。この世界の当たり前のこと。

だが、バーリェとトレーナーの関係だけは違う。

そこにあるのは人間的な感情だし、
社会に生きるうえでは全く必要のない温かさ、人を思いやる心。

そんなもの、自分が生きるためには
必要のない要素を彼女達はこうまでして発散する。

嬉しいからと。まるでそれが、当たり前のように。


447 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:51:03.88 ID:bDf9OSPn0
息をついて雪が寝ているベッドのほうに足を踏み出す。

そして絆は、白髪の少女の寝顔にそっと手を触れた。

温かい。
人が、人に触れること。

それもこの仕事を始めてから知った感触だった。

そのまま雪を揺すり、起こす。

少女は小さくうめくと眠そうにぼんやりと目を開けた。

焦点の合わない白濁した瞳がこちらを見つめる。

「雪、薬の時間だ。飲もう」

言うと、彼女はゆっくりと頷いて体を起こそうとした。


448 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:52:26.31 ID:bDf9OSPn0
しかし力が入らないのか動きが途中で止まる。

それの介助をして上半身を起こさせ、
絆は先ほど用意しておいたおびただしい数の錠剤が
入ったケースを手に取った。

これで二十五種類。

「飲めるか?」

「……うん」

まだ寝ぼけているのか、返答が曖昧だ。

えづいて喉に詰まらせでもしたら大変なので、
軽く頬を叩いて目を覚まさせる。

「しっかりしろ。薬だぞ?」


449 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:53:12.43 ID:bDf9OSPn0
そこでやっと覚醒したらしく、雪は目をこすって絆の方を向いた。

「分かってるよ。大丈夫」

「そうか。じゃあ、自分で飲めるな」

そう言って水の入ったコップと、錠剤を次々に渡していく。

彼女は機械的に薬を飲み干し、小さく咳をしたあとまた横になった。

「ごめん、眠い……」

「気にするな。そのまま寝ていいぞ」

「うん」

ごく短いやり取りをして、雪の体に毛布をかけてやる。

改めて正面から見た彼女は、持ってきたふわふわした寝巻きを着せたとはいえ、
非常に軽く、不気味なほど痩せていた。


450 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:53:52.74 ID:bDf9OSPn0
絆は一つ息をついて、彼女の頭を撫でた。

そのまますぐに寝息を立て始める。

しばらくなにも考えずに少女のことを見つめていたが、
青年はやがて立ち上がると、
他の四人の少女達の寝ている場所へと足を踏み出した。

全員疲れたのか、ぐっすりと眠っている。

薬の作用もあるだろうが明日の朝までは目を覚まさない。

眠っている子達を順繰りに見回す。

愛は、うつ伏せになって枕を抱くようにして眠っていた。

他の子たちと変わらない。

いや……人間と見た目は寸分違うことはない。


451 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:54:25.60 ID:bDf9OSPn0
──このバーリェは、汚れています。

この子を引き取る時に、施設の研究員が言った言葉。

何気なく、彼は真実を言った。

仕事だから。
短く、効率的に本当のことを伝えた。

そう、それは本当のことだ。

愛は汚れていた。

ココロも、カラダも前のトレーナーに汚されきっていた。


452 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:55:04.61 ID:bDf9OSPn0
でも絆は言った。

──綺麗じゃないですか
と、言った。

そうだ。例えそれが本当のことでも。
なにも変わらないように見えたのだ。

自分達と。
他のバーリェと。

なにも変わらないように、あの時は見えた。


453 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 16:55:36.15 ID:bDf9OSPn0
手を伸ばして愛の頬に触れる。

雪の頬と、同じ感触。

少し彼女より温かい。

変わらないじゃないか。

彼女が自分のところに来てから、何百回となく確認した、
その『生きている』感触。

これでも汚れているというんだろうか。

今でもまだ、そう思う。



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