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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
- 421 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2013/01/07(月) 19:35:11.53 ID:CQPPonAq0
汀とソフィーが目を開けた時、彼女達は座礁して横転した船の縁に転がっていた。
体の痛みに呻き声を上げている汀に、慌ててソフィーが近づいて助け起こす。
「高畑汀、しっかりして! やっぱり無理よ!」
『どうした? 状況を説明してくれ』
「ドクター高畑! 高畑汀だけでも強制遮断して!
無理よ、このままじゃ本当に死んでしまう!」
『汀は死なない。あとおよそ十分で治療を完了させれば済む話だ』
「あなた……!」
一転して冷たい調子で断言した圭介に、ソフィーが息を呑む。
そして彼女は激高した。
- 422 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:36:09.68 ID:CQPPonAq0
「……あなた達はおかしい!
ドクタージュリアも、ドクター大河内も、あなたも!
人の命を道具とも思わないあなた達はおかしい!
そんなの医者じゃないわ。
高畑汀、あなたも例外ではないわ!」
肩を掴まれて汀が悲鳴を上げる。
ソフィーは彼女の鼓膜が破れんばかりに大声を上げた。
「何のためにダイブするの?
自分の命や、大切な人の命や、大切なはずの命さえ大事に出来ない人が、
何かを救えるとは、何かから救われるとは到底思えないわ。
いいえそんなはずはない!
あなた達は狂ってる!
狂ってる人が、狂ってることをやって、
当たり前のように幸せやその結果を望むのは間違ってる!」
『ソフィー、時間がない。文句があるなら戻ってきた後聞こう』
圭介が淡々と言う。
- 423 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:36:45.15 ID:CQPPonAq0
絶句した彼女に、汀が冷たい視線を投げつける。
「離して」
「帰還しなさい。目の前で人が死ぬのを、医者として見過ごすわけにはいかない」
「分からない子ね……このままじゃ、あなたも死ぬよ」
「患者の命を助けてから死ぬわ」
「多分それさえも無理。無事に、あなたと私が揃って
帰還するためには私の力が必要なはず。言い争ってる暇が惜しいわ」
彼女達が転がっていたのは、どこまでも広がる果てしない砂漠だった。
赤茶けた細かい砂が、風一つ吹かない平野に広がっている。
どこまでもどこまでも続く。
地平線が見えない。
天空にはメラメラと燃える火の玉が無数に浮かんでいた。
- 424 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:37:22.57 ID:CQPPonAq0
熱い。
暑い、のではなく熱い。
皮膚から白い煙が立ち登り始める。
小白が汀の方の上で弛緩して、舌を出して細かく呼吸をはじめた。
日差しを遮るものが何もなく、風も吹かない状況だ。
熱気がダイレクトに皮膚を焼く。
「このままじゃ私達、こんがり焼かれて勝手に唐揚げになっちゃう」
汀がクスクスと笑いながら言う。
ソフィーは歯噛みして汀から手を離し、
何か役立つものは無いかと横転した船の荷台を漁り始めた。
「逃げるよ。手を貸して」
そこで汀が鋭く呟いた。
- 425 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:37:57.34 ID:CQPPonAq0
え、とソフィーは呟きかけ、空を見て硬直した。
いきなり暗くなった、と思ったら、
先程の千手観音がいつの間にか後ろに出現して、
彼女達を見下ろしていたのだった。
両目からボダボダと褐色の血の涙のようなものを流している。
それが落ちた地面が、ドッジュゥ! という不気味な音を立てて真っ黒に沸騰した。
「ひ……」
スカイフィッシュに睨まれた時に似ていた。
ソフィーの体から力が抜け、失禁しそうに腰から下の感覚がなくなる。
震えて尻餅をつき、後ずさったソフィーの手を、汀がしっかりと掴んで引いた。
「早く! あれの目を見ちゃだめだよ!」
そこでハッとしてソフィーは手近なハンドガンを掴み、
汀を支えて、よろめきながら走りだした。
- 426 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:38:27.34 ID:CQPPonAq0
「ど……どうしてあなたは平気なの!」
息を切らしながら問いかけたソフィーに
「……慣れた!」
と端的に返し、ソフィーは肩にしがみついている小白に言った。
「しっかりつかまってて!」
小白がニャーと鳴く。
ソフィーに支えられながら、汀は手に持った仏像の、
もう片方の手に掴まれている小瓶を手に取った。
「これしかないの……?」
吐き捨てるように呟く。
それを横目で見て、ソフィーが走りながら口を開いた。
「さっきの……小さくなる薬?」
- 427 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:39:06.12 ID:CQPPonAq0
「うぅん。さっきのはなくなった。これは反対側の手に握られてたやつ」
「じゃあ……」
「この人はアリス症候群の可能性が高いね。
ものの大小が分からないんだ。
不眠症の副産物なのかどうかまではわかんな……きゃあ!」
そこで汀が、砂につんのめって前に倒れこんだ。
それを支えようとしたソフィーも足を取られて盛大に転がる。
「う……」
体中の痛みに硬直している汀が、
しかし自分達を踏み潰そうと足を上げた千手観音を見上げる。
そしてソフィーが持っていたハンドガンを奪い取り、小瓶の中身を振りかけた。
「アリス症候群なら、逆にそれを利用してやればいいだけの話……!」
- 428 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:39:40.08 ID:CQPPonAq0
――不思議の国のアリス症候群。
そう呼ばれている。
日常生活を送るにあたって、ものがいきなり大きく見えたり、
小さく見えたりする疾患だ。
原因は脳の一部が炎症を起こしているせいだと言われている。
特に子供に起こりやすく、遠い記憶でそのような体験をしたことがある人も、
少なくはないのではないだろうか。
酷い時には蚊が何十センチの大きさにも見えたり、
逆に人の頭部がなくなって見えることもあるらしい。
汀が液体を振りかけたハンドガンが、
次の瞬間、ぶくぶくと風船のように膨らんで膨張をはじめた。
そしてたちまち、車よりも大きな……
戦車のようなサイズになって、ズゥン、と砂に沈み込む。
「唖然としてないで手伝って!」
- 429 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:40:11.40 ID:CQPPonAq0
汀に怒鳴られて、ソフィーが慌てて空に向けられた銃口から弾丸を発射せんと、
一抱えほどもあるトリガーに手をかける。
汀とソフィー二人が力の限り引いて、そして撃鉄が降りた。
パンッ、という軽い音がした。
しかし音に反して、発射された人間大の銃弾は空気を裂いて飛んでいき、
千手観音の足を貫通して空の向こう側へと抜けていった。
「うわ……」
小さく呟いた汀の目に、ぐらりと後ろ向きに倒れこんだ観音像が映る。
足の傷口からおびただしい量の血が垂れてきて、
小白が瞬時に傘のような形状になり、汀とソフィーを守った。
血が当たった小白傘の表面が、ジュゥ、という音とともに白い煙を発する。
倒れこんだ千手観音は、しかしそのまま倒れたわけではなかった。
空中でみるみるうちに小さくなり、たちまち人間大にまで圧縮されて、
ドチャリと地面に崩れ落ちる。
- 430 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:40:48.36 ID:CQPPonAq0
「お……終わり……?」
ホッとしたようにソフィーが呟く。
しかし汀は、巨大な銃口を千手観音に向けて動かそうと体に力を入れた。
「まだ……終わってない!」
彼女の体に巻かれた包帯に、ものすごい勢いで血が滲み始める。
汀の馬鹿力とも呼べる力に押されて、
天を向いていた銃口が横にスライドして、千手観音の方を向いた。
「引き金を……」
そこまで汀が言った時だった。
倒れこんでいた千手観音の姿が消えた。
そして、反応できていなかった汀の体が宙を舞った。
実に五メートル近く放物線を描いて小柄な体が舞い、地面に叩きつけられる。
- 431 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:41:28.03 ID:CQPPonAq0
もんどり打って頭を押さえ、汀が地面を引っ掻いて悶え回る。
何が起こったのか、とソフィーが理解するよりも早く、
砂煙を舞い上げながら千手観音が、
車にも負けない勢いで移動するのが見えた。
空中を僅かに浮遊している。
時速にして九十キロ近くは出ているだろうか。
観音像は汀のすぐ上に移動すると、無数の腕を振り上げて、
満身創痍の汀に向けて力の限り振り下ろした。
小白がとっさに反応したのか、風船のような姿に変わってそれを受け止めるが、
殴られた勢いに負け、ボコボコと変形しながら汀を巻き込んでまた吹き飛ばされた。
ゴロゴロと小さな女の子と猫がバラバラに地面を転がる。
「お……おかしいわ! こんなの、強すぎる!」
引きつった声をソフィーが発する。
- 432 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:42:03.99 ID:CQPPonAq0
少し沈黙して圭介が押し殺した声で言った。
『ガーディアンと戦闘中なのか? 汀のバイタルが異常値だ』
「相手の姿が見えない! 人間の想像力の限界を超えてる!」
『ガーディアンとはそういうものだ。
物理法則が通用しないと言っただろう。
野生のスカイフィッシュのようなものだと思え』
「どうやって……きゃあああ!」
そこでソフィーの脇を観音像が走り抜けた。
彼女の体が空気圧に負けて吹き飛ばされ、砂の上を転がる。
見ると、汀はうつ伏せに倒れこんだままピクリとも動いていなかった。
小白が近づいてその頬をペロペロと舐めている。
『汀のバイタルが消えた……
ソフィー、早くガーディアンを倒して治療を完了させろ!』
- 433 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:42:36.64 ID:CQPPonAq0
遂に汀の体と精神に限界が訪れたらしかった。
分かっていたことなのだが、ソフィーが青くなって息を飲む。
「私一人じゃ……」
そこで、彼女はゾクリと悪寒を感じて振り返った。
背後の、数十センチも離れていないところに千手観音が浮いていた。
悲鳴を上げたソフィーの頬に、鞭のようにしなった腕の一つが突き刺さる。
そのまま少女は地面に頭から叩きつけられた。
殴られた、そう感じる暇もなく、ソフィーは無我夢中で手を伸ばした。
そして指先に硬い感触が当たったのを感じて、それを掴む。
汀が取り落とした仏像の一つだった。
そこの顔に当たる部分に貼ってあった女性の写真を手で剥がし、
口の中が切れたのか血が混じった唾を吐きながら、彼女は叫んだ。
- 434 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:43:18.32 ID:CQPPonAq0
「あなたの奥さんを殺したのはあなた自身……仕事じゃないわ!
その罪の意識から逃げ出そうとして、
どんなに私達を痛めつけても何も変わらない!」
「…………」
千手観音の動きが止まった。
「奥さんの死因はわからないけど、あなた、
死に目に仕事をしてて立ち会えなかったの?
そうなのね?
だから精神を病んで……こんな不毛な世界になったんだ!」
彼女の糾弾に、千手観音は僅かに後ずさった。
ソフィーは押し殺した声で叫んだ。
「現実を見ましょうよ!
あなたの見ている景色は大きくも小さくもなくて、
等身大の、あなたの奥さんと同じ景色よ!」
千手観音が身を捩り、口を開いて不気味に絶叫した。
- 435 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:43:47.94 ID:CQPPonAq0
ソフィーは手に持った写真を観音像に向けて投げつけた。
次の瞬間、写真が一瞬真っ白く光り火柱を吹き上げた。
それに巻き込まれて、千手観音が身を捩りながら段々と砂になっていく。
荒く息をついたソフィーの目に、今まで観音像がいた場所に、
ビー玉のようなか細い精神中核が浮かんでいるのが見えた。
「……ガーディアンを撃退したわ。精神中核を確認……」
『了解した。すぐに治療班を向かわせる。君達は帰還してくれ』
圭介の淡々とした声を聞いて、ペタリと尻餅をついてソフィーは呟いた。
「治療……班?」
『精神中核の汚染を除去できるチームは用意した。
君達の仕事は、ガーディアンの撃退だ。よくやった』
- 436 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:44:17.32 ID:CQPPonAq0
クックと笑って、圭介は付け足した。
『ご苦労様』
そこでソフィーは、ひらひらと先ほど爆裂したはずの
女性の写真が舞い落ちてきたのを見た。
それが裏向きに、パサリと砂の上に落ちる。
そこにはエーゲ海の青い海原と、右下に「No,35」という表記が見て取れた。
左上に、ゼロと一の羅列が書いてある。
「夢座標……?」
そう呟いたところで、ソフィーの意識はブラックアウトした。
- 437 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:45:12.69 ID:CQPPonAq0
★
次回、第19話に続かせて頂きます。
ご意見やご感想などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼します。
- 438 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/01/07(月) 19:52:02.14 ID:qyrUIesBo
ああ向こうのスレもお前か
どおりで見覚えがあったわけだ
- 440 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/01/07(月) 21:58:12.52 ID:cLZrqnMAO
乙乙乙!!
随分待ったよ!
>>422
読み手が凄く言いたかった事を声を大にしてくれたソフィー!!!ううう!
忘れがちだけど彼女は未だ片腕が利かない状態なんだよなあ。
もう一つの連載も頑張ってください。
- 441 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/01/07(月) 23:00:33.28 ID:RPrXJl9n0
乙!
418だけど、
急かすような事言ってごめん
- 442 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/01/08(火) 00:49:16.62 ID:ohGReOdDO
乙!
汀ちゃん満身創痍や……
- 443 名前:NIPPERがお送りします [] 投稿日:2013/01/09(水) 19:46:14.07 ID:D9JuQFxR0
スカイフィッシュ恐ろしい・・・
サイコホラー
- 446 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/01/10(木) 20:52:55.95 ID:8HrPplxVo
7xから来て今読み終わった、面白いな
書き方というか設定に個性があって、すぐトレーナーの作者だってわかった
- 449 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/01/10(木) 22:45:22.17 ID:5Ehd7Hu+0
スカイフィッシュって
ジェイソン的なヤツ?
- 450 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2013/01/11(金) 01:16:59.53 ID:ss3ojWBeo
>>449
>>51を読んでいればわかると思うんだが…
- 452 名前:NIPPERがお送りします [] 投稿日:2013/01/11(金) 15:05:32.24 ID:Ttk0T7yI0
>>450
いや、その物の説明じゃなくて外観のイメージ
- 453 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/15(火) 23:01:44.19 ID:+S4wSRsO0
こんばんは。
皆様のところは大雪、大丈夫でしたでしょうか。
車の運転などには十二分にお気をつけ下さい。
◇
>>438
向こうのスレも私です。
時間が出来ましたら一気に更新させて頂きます。
>>440
正しいことを言っているのにか細いという不思議な状況ですね。
夢傷の治療方法がこれから重要になってきます。
>>441
いいえ〜。お気軽に書き込み下さい。
>>444
7xさんにはお世話になっています。
いつもありがとうございます。
>>446
ありがとうございます。
TRAINERを読んで下さった方に遭遇するのは初めてです。
>>450 >>452
外見のイメージとしては、ジェイソンが近いかもしれません。
単純な暴力と狂気を体現している存在です。
◇
19話の冒頭を書きましたので、投稿させて頂きます。
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