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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
368 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:07:39.05 ID:BzAlnxIH0


「ソフィーにも言ったが、俺にはどうも、
お前がダイブできる状態かどうか判断がつかない。
ちなみに、赤十字の医師の見解は、お前は二ヶ月間絶対安静だ」

「…………」

無言を返した汀を見て、圭介は続けた。

「死ぬぞとは言わない。それは覚悟の上のことだろうからな。
だが、俺から一つ言わせてもらうとすれば、
お前はこのままではスカイフィッシュになってしまう可能性がある」

「ど……どういうこと?」

ソフィーが声を震わせて呟くように聞く。

圭介は彼女を横目で一瞥してから、投げやりにそれに答えた。

「何という事はない。過去に同じような症例があっただけだ」


369 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:08:22.70 ID:BzAlnxIH0
「人間がスカイフィッシュになるとでもいうの? 
意識だけが肉体から切り離されて、
夢世界の中で生きるだけの存在になるとでも?」

「その通りだ。人間はスカイフィッシュに変わる」

何でもない事のように圭介は言うと、ソフィーを意外そうな顔で見た。

「天才ならとっくに気づいていると思っていたがな」

「馬鹿にしないで! 
それが事実だとしたら、マインドスイープを続けることで、
悪夢の元を量産していることになるじゃない!」

「その通りだ。スカイフィッシュは、
元々はマインドスイープさせられすぎた人間が、
『ある記憶』を共有することで変質したものだからな」


370 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:09:34.90 ID:BzAlnxIH0
唖然としたソフィーに圭介は続けた。

「ナンバーIシステムは、その応用だ。
人工的にスカイフィッシュに相当するプログラムを創りだしたに過ぎない」

「スカイフィッシュは……
何かの策謀で創られた人工的なものだとでも言いたいの?」

ソフィーにそう問いかけられ、圭介はしばらく沈黙してから汀に向き直った。

「どうするんだ、汀。一気に死ねるなら余程いい。死ねなくなるぞ」

端的にそう聞かれ、汀は充血した目をiPadに向けた。

そして指先を緩慢に動かして文字を打ち込む。

『私は人を助けるよ。スカイフィッシュにもならない』

「この通りだ」

肩をすくめた圭介に、ソフィーはしばらく考えこんでから息をついて、言った。


371 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:10:14.44 ID:BzAlnxIH0
「……分かったわ、高畑汀。
あなたの意思を尊重して、次のマインドスイープに同行してもらうわ」

「いいのか?」

「そういうふうに誘導したいんでしょう。
どういう作意があるか分からないけど、私も死にたくはないから」

ソフィーはそこで、何とも言えないやるせないような視線を汀に向けた。

「ごめんね……」

聞こえるか聞こえないかの声でそう呟くと汀が端的にそれに返した。

『気にしないで。いいよ』

「……それじゃ、今回のダイブについて説明する。
危険地帯へのダイブになるから、十分注意して聞いてくれ」


372 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:10:50.28 ID:BzAlnxIH0
圭介が、感情を感じさせない瞳で二人を見る。
ゾッとする程の無表情だった。

「二人共、再起不能になられては俺も困る。
だから今回は防衛策を張らせてもらう」

「防衛策?」

怪訝そうにソフィーに問いかけられ、彼は頷いて続けた。

「好きな武器を持たせてあげよう」


373 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:11:33.31 ID:BzAlnxIH0


ソフィーは目を開いた。

そこは、波にゆらゆらと揺れるボートの上だった。

水が苦手な彼女が、思わず身を固くして中央のマストにしがみつく。

病院服に裸足。

いつもの夢世界での格好だ。

ボートは誰も操縦していないのに、
エンジンがかかっていてゆっくりと進んでいる。

青い海だった。

さんさんと照りつける太陽が薄着の体を焼く。

「……ダ、ダイブ完了。夢世界への侵入に成功したわ」


374 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:12:17.52 ID:BzAlnxIH0
ヘッドセットを操作して引きつった声でそう言ったソフィーに、
マイクの向こうの圭介が口を開いた。

『どうした? 状況を説明してくれ』

「ボートの上にいるわ。どこまでも海が続いてる。
不眠症って聞いてたけど、この抑揚のなさは、
まだ夢に入りかけててレム睡眠状態ね……
麻酔が弱いんじゃないかしら」

『すぐに麻酔の投与量を増やす。
ノンレム睡眠……つまり「夢」に入る前に、汀の治療を頼む』

「ええ、分かったわ」

頷いてソフィーはボートの上を見回した。

沢山のブルーシートにくるまれた荷物が積んである。

今回のダイブに際して、かなりの数の人間が動いていた。


375 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:12:58.42 ID:BzAlnxIH0
実際にダイブしているのは汀とソフィー二人だけだったが、
日本赤十字病院中の医師による情報機器の管制。

そして、テロリストの襲撃に備えて海外で多数の
対スカイフィッシュ用の訓練をされた
マインドスイーパーが待機させられていた。

テロリストの侵入が感知されたら、
即回線を通して夢の中に送り込まれる仕組みになっている。

それだけではなかった。

今回は、ダイブに至るまで実に六時間半もの準備時間がかかっている。

夢の世界の座標軸を安定させ、
ジュリア達特殊なマインドスイーパーがダイブ。

そして、患者の夢の中に、代わる代わる変質させた
「道具」を設置するというものだった。

多数の機銃がブルーシートの中から覗いている。


376 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:13:32.64 ID:BzAlnxIH0
武器もあったが、ソフィーが何よりまず飛びついたのは、
大きな救急セットだった。

そして彼女はセットを引きずりながら、
ボートの隅で弱々しく丸くなっていた汀に近づいた。

小白がボートの隅で丸くなって眠っている。

「高畑汀、意識はある? 応急だけど処置をするわ」

そう呼びかけると、汀は熱で真っ赤になった顔でソフィーを見た。

「ダイブ……成功したの?」

「ええ。傷を見せて。夢の中で治療しなきゃ、
現実のあなたの夢傷は、何時まで経っても治らないわ」

「うん……」

体を動かして、小さく悲鳴を上げた汀の体を見て、
ソフィーは息を飲んだ。


377 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:14:21.15 ID:BzAlnxIH0
「何……これ……」

『どうした?』

圭介に問いかけられ、ソフィーは歯噛みしてそれに答えた。

「簡単に言うわ。夢傷が化膿してる。
このままじゃ腐って、現実の体の内臓疾患に結びつく危険があるわ」

『その程度のことは分かってる。
何のために君をダイブさせたと思ってる? 
道具はあるはずだ。
患者が夢を見始めるまで、汀の処置を済ませるんだ』

舌打ちを押しとどめ、ソフィーは簡潔に圭介に返した。

「……了解」

汀の傷は、殆どが膿んで真紫の膿に汚れていた。

まだ血が流れ落ちている傷もある。


378 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:15:00.20 ID:BzAlnxIH0
夢の中でここまで傷ついているのだ。

動けていることが……
いや、現実世界でまだ「生きて」いられていることが
不思議な程の傷だった。

「どうしてこんなになるまで放置していたの……!」

ガーゼに消毒薬を吹き付け、ソフィーが膿を拭き取り始める。

消毒薬が当たった傷口が、ジュッと音を立てて白い煙をあげる。

汀は押し殺した声で悲鳴を上げた。

「我慢して」

ソフィーが短く命令し、次々と膿を拭き取り、傷口を露出させていく。

体中に開いた刺し傷が潮風に触れ、たまらず汀は、
体を断続的に痙攣させながら、しゃっくりのような声を上げた。


379 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:16:25.79 ID:BzAlnxIH0
ソフィーが消毒薬とガーゼを大量に消費しながら、
汀の様子に気をかけることなく、機械的に処置をしていく。

キシロカインの注射液を汀に投与し、
ソフィーは深い切り傷を縫い始めた。

「すぐに済むから……」

局部麻酔が効いてきたのか、汀の呼吸が安定してくる。

「早くして……」

汀に必死に懇願されながら、ソフィーはあらかた傷を縫い終わり、
膏薬を塗りつけたガーゼをそれぞれの傷口に当てた。

そして強く包帯を巻き始める。

程なくして、体中に包帯を巻いた姿で、
汀は両目に大きく涙を溜めながら息をついた。


380 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:17:04.57 ID:BzAlnxIH0
「よく耐えたわ。あなた、本当に痛みに対して鈍感なのね。
ショック死しててもおかしくないのに」

呆れたようにソフィーが言う。

『終わったか?』

圭介に問いかけられ、ソフィーはため息をついてそれに答えた。

「キシロカインを投与したから、しばらくは動けないはずよ。
そうじゃなくても、骨に達してる傷もある。
動けない、じゃなくて『動かしちゃいけない』状態ね」

『……聞いたか、汀。戻ってこい』

圭介が少し考えこんでから汀に呼びかける。

しかし彼女は、額に浮いた汗を手で拭ってから、
ソフィーの服の裾を手で掴んだ。

「痛み止めを打って」


381 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:17:42.89 ID:BzAlnxIH0
「馬鹿なことを言わないで……」

それを振り払って、ソフィーは軽蔑するように汀を見た。

「痛み止めを打っても、夢の中の傷よ。根本的な解決にはならない」

「大丈夫。痛みさえなければちゃんと動ける……!」

「分からない子ね……足手まといだって言ったの。
あなたのエゴで、助けられる患者一人潰すつもり?」

ソフィーに鼻を鳴らされ、汀は口をつぐんだ。

「あなたの夢世界での治療は完了したわ。
もうこの患者へのダイブは私に任せて、後退して頂戴」

「圭介、私に『T』を投与して」

『何……?』

思わず聞き返した圭介に、汀はヘッドセット越しに言った。


382 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:18:28.40 ID:BzAlnxIH0
「要は脳が動けばいいのよね。私にクスリを投与してよ。
そうすれば私が仕事を……」

パァン、と音がした。

ソフィーに頬を殴られた汀が、呆然として体を硬直させる。

次いで襲いかかってきた痛みに、彼女は悲鳴を上げて丸まった。

「いい加減にしなさい……!」

吐き捨てるように言って、ソフィーは続けた。

「私ね、そうやって自分だけがいい気分してるのって一番嫌いなの。
自分しか治せないとか、どうせそんなこと思ってるんでしょ」

肩を抱いて痛みに震えている汀の前にしゃがみこんで、ソフィーは言った。

「これだけで動けなくなってるような状態で、
何か助けになるとは思えないわ。
ドクター高畑、患者が夢に入る前に、彼女の回線を強制遮断して」


383 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:19:00.02 ID:BzAlnxIH0
『……分かった。汀、回線を切るぞ』

「嫌だ、戻らない!」

汀は引きつった大声を上げた。

『聞き分けてくれ。お前、本当に大変なことになるぞ』

「大河内せんせは? せんせと話をさせて!」

『…………』

「圭介!」

『分かった。今、替わる』

圭介が短く言って、通信を操作する。

程なくして、汀は通信の向こうから聞こえてきた大河内の吐息に、
顔を輝かせて口を開いた。


384 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:19:38.43 ID:BzAlnxIH0
「せんせ……せんせ! 
どうしてお見舞いに来てくれなかったの? 私寂しかった!」

彼女の声を受け、大河内はしばらく沈黙した後、静かに答えた。

『汀ちゃん、仕事中だ。私用なら、話は後で聞くよ』

「現実では私喋れないんだよ? 
せんせ、私せんせに聞きたいことがあるんだ」

汀は段々尻すぼみに小さくなっていく声で、しばらく迷った後言った。

「せんせは、私のこと嫌い? 嫌いになっちゃった? 
だから来てくれなかったの?」

『すまない、汀ちゃん。ダイブ中だ。通信を切る』

「せんせ!」

「高畑汀、いい加減に……」


385 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:20:22.64 ID:BzAlnxIH0
彼女のヘッドセットをむしりとろうとしたソフィーの腕を、
汀が不意に掴んだ。

そして荷物の中からサバイバルナイフを抜き出し、
ソフィーを後ろ手に締めあげてから首にナイフを当てる。

「な……何を……」

青くなったソフィーに

「ごめん……ちょっと話をさせて」

と囁いて手を離してから、汀は続けた。


386 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:20:50.63 ID:BzAlnxIH0
「私まだせんせのこと好きだよ、大好きだよ! 
だから、せんせが私をスカイフィッシュにしたいんだったら、
私のことをシステムにしたいんだったら、
私せんせの思う通りになるよ!」

『…………』

マイクの向こうで、大河内が絶句して言葉を失う。

汀はナイフを脇に構えて、腰を浮かせながら言った。

「だからせんせ、教えて? あなたの目的は何なの? 
機関は、『GD』は何をしようとしてるの?」


387 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/05(水) 19:22:20.17 ID:BzAlnxIH0


次回の更新に続かせて頂きます。

ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

それでは、今回は失礼させていただきます。


388 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/12/05(水) 19:41:01.94 ID:0YZ0ZybDO
汀ちゃんがズタボロなんてレベルじゃない件…
そして大河内ぇ……


390 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/12/05(水) 23:13:25.66 ID:dz76XrPn0
大河内先生…

乙乙!


391 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/12/06(木) 03:02:50.03 ID:8dyS6DLAO
乙乙乙!
大河内……きっ…さまぁー!



392 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/12/07(金) 01:27:11.01 ID:cp0zmspAO
高畑の自殺病の後遺症はもう医者としてやっていけないレベルじゃないのか?ついに汀を診察出来なくなった……


393 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:52:04.66 ID:o9PWmIgk0
こんばんは。



連日寒いですね。

皆様、昨日の地震の被害はありませんでしたでしょうか。

地震は本当に怖いです。



続きが書けましたので投稿させて頂きます。

お楽しみいただけましたら幸いです。



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