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少女「それは儚く消える雪のように」 2
350 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:46:56.42 ID:QhpzOyn50
エフェッサー本部に絆が出頭した頃には、
既に本部のトレーナー達は
オペレーティングルームに集められていた。

松葉杖を鳴らしながら、渚に支えられて入ってきた
絆を見て、最前列に座っていた椿が鼻を鳴らす。

絆は一番後ろの席に腰を下ろした。

そこで、駈が全体を見回して口を開いた。

「皆も知っての通りだ。新世界連合が、
本部に対しての直接的な攻撃意思を示してきた。
早急に迎撃体制をとる必要がある」

絆はそこで手を挙げ、口を止めた駈に
向かって押し殺した声を発した。

「どうしてフォロントンに基地を作られるまで
放っておいた? 
今迄のスラムの虐殺は一体何だったんだ?」


351 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:47:49.80 ID:QhpzOyn50
責められた駈は一瞬口をつぐみ、そして
手元の小型プロジェクターを操作し、壁に映像を映し出した。

「……現在フォロントンは、
世界連合が定めた自然特区として、
半径三百キロ四方が巨大な『壁』に囲まれている」

映像が切り替わり、自然が生い茂る空間と、
その外の閑散としたスラム街の空間を分ける、
全長二十メートルを超える長大な鉄の壁が投影された。

「俗にこの壁は『自然の壁』と言われ、
二百年ほど前から存在している。人類文明を遮断するため、
このサークル内では、
外部からの電波通信などが行えないようになっている」

「しかし今回、新世界連合は電波通信を行ってきた
ではないですか。どこかに抜け道がある筈だ」

別のトレーナーがそう言うと、駈は頷いた。

「その可能性もある。または、『自然の壁』を
超えるテクノロジーをあちら側が有しているのかもしれない」


352 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:48:32.49 ID:QhpzOyn50
「そんなことは理由にならない。
ならどうして自然の壁を壊さない。
敵が中にいるのなら、
フォロンクロンをやったときのように、
いくらでもやりようがある」

絆がまた口を挟むと、駈は少しの間押し黙ってから、
静かにそれに返した。

「君はこんな話を聞いたことはないか? 
自然の壁は壊せない。
フォロントンは、バイオ技術ではなく、
完全に自然に任せて放置されている区画だと」

「……何を言ってる? フォロントンだって、
バイオ技術で管理されなきゃ自然が成り立つわけがないだろう。
それに、自然の壁が壊せないって
……確かに壊れたという記録は見たことがないが……」

口ごもった絆から目を離し、駈は続けた。


353 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:49:17.91 ID:QhpzOyn50
「既に現地のエフェッサー、軍によって
自然の壁に対する攻撃は行われている。
しかし、どれも壁を突破することは出来なかった
という結果しか、私は聞いていない。
空路で壁を越えて、衛星映像から新世界連合拠点が
あると思われる場所に向かい、
内部に入った隊もいたそうだが、
既に三時間以上通信がないそうだ」

黙り込んだトレーナー達の中で、絆は爪を噛んだ。

……自然の壁。

実際見たことはないが、知識としては知っている。

二百年以上前に、フォロントンを外界から隔離した、
特殊合金で出来た壁だ。

誰が作ったのかは、判然としていない。

その地区を管轄しているのがスラム街で
あることもあったのだが、正確な記録が残っていないのだ。


354 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:50:03.44 ID:QhpzOyn50
いつの間にかあった、
という表現が一番近いかもしれない。

そう、死星獣が突然現れたように。

絆が生まれる前から自然の壁は存在していたし、
それにフォロントンが隔離されていると
いう事実は確かだった。

無論空路から入ることは誰だって出来る。

だが、自然の壁それ自体が電波などを遮断して
しまうため、通信は出来ない。

中に入り込まれたら厄介ではある。

「フォロントンはバイオ技術で管理された区画ではない。
本当に『放置』された、人類の手が
ついていない手付かずの自然だ。
その環境ゆえに、調査や攻撃を行うための判断が遅れてしまい、
結局は新世界連合が拠点を築くだけの時間を与えてしまった。
無論、あの組織が単独でそれを行えるとは思えない。
何らかの後ろ盾があるものと考える」


355 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:50:39.34 ID:QhpzOyn50
駈はそう続けて息をついた。

「……問題は、だ。あと二時間十五分で、
ワープが可能な死星獣を使い、
新世界連合がここに攻撃を仕掛けてくるであろう事実だ。
敵がどれだけの戦力を持っていて、
どのような攻撃をしてくるのか。
そして我々はどう対処すればいいのか、
正直本部側も対策を立てあぐねている状況だ」

おそらくそれが、新世界連合が沈黙していた真の狙いだ。

いたずらに破壊行動を行わず、
敵である軍やエフェッサーに対策を立てさせない。

そして自分達は万全な状態を整え、始めて襲ってくる。

小規模な集団戦闘の常識だ。


356 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:51:47.99 ID:QhpzOyn50
「こちら側が有する戦力は、
トレーナー五十二人に、バーリェ六十五体。
トップファイブ以上のAADを戦力と
カウントするとして、砲台型AADが二十一機。
戦闘機型が十八機。七百番台人型が五機。
そして、新たにロールアウトされた
『絆特務官専用機』、人型AAD八○一型、
大恒王(だいこうおう)が……これだ」

またプロジェクターを操作して、
駈は壁に人型AADを映し出した。

格納庫に前傾姿勢で収納されている。

……巨大だ。

陽月王の一倍半ほどはあるだろうか。

四肢が異様に細く、背中にはジェット機の
主翼のような羽が四枚ついていた。


357 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:52:33.59 ID:QhpzOyn50
ブースターの大きさが、体の大きさとほぼ同じだ。

――動くのか、これは。

絆は初っ端それを見て、そう思った。

周囲のトレーナーがざわめいて顔を見合わせる。

椿は真っ直ぐに絆のことを睨んでいた。

「全高十八メートル。重量百九十トン。
通常のバーリェの五百倍以上の燃焼エンジンを有している」

ざわめきが広がった。

絆は押しつぶされそうに鼓動している心臓を、
服の上から押さえつけた。

駈が絆の方を見て続ける。

「絆特務官には、生き残っている全てのバーリェを使用し、
この機体を動かしていただくことになる。
大恒王は、戦術級二等クラスの兵力とカウントされる」


358 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:53:22.03 ID:QhpzOyn50
戦術級二等。

小型の水爆一つとほぼ威力は変わらない
被害規模を算出できる数値だ。

「我々の現在立てられうる策は、全ての兵力を展開し、
八○一型大恒王の起動時間を稼ぐことだ。
起動実験を行っている時間はない。
フォロントンへの攻撃も、新世界連合の撃滅もその後だ。
大恒王さえ動けば、敵がどんな兵力で吶喊してきても
何とかなる。それは私が保証しよう」

遠まわしに、全ての本部トレーナーのバーリェ達は
大恒王の起動のために死ねと言っているようなものだ。

それ以前に。

……何とかなる?

例えば先日のように十数体の死星獣タイプγが、
今度は百数規模で群れを成して
襲ってきたらどうするつもりなのだろうか。


359 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:54:06.38 ID:QhpzOyn50
何とか、なるわけがないだろう。

口を開きかけた絆の目に、
しかしそこで背筋を伸ばして
手を挙げた椿の姿が目に入った。

「何だ?」

駈が問いかけると、立ち上がって椿は言葉を発した。

「八○一型に、私のバーリェを乗せていただきたいのです」

トレーナー達の間にまたざわめきが広がる。

駈は手元の資料をめくってから、静かに返した。

「どうして?」


360 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:55:02.79 ID:QhpzOyn50
「絆特務官のバーリェは、不安定です。
安定した性能を発揮できるとは思えません。
動作にも若干の不安が残ります。
私の育てた新型のバーリェは、現在で三体います。
少なくとも、起動するかしないかに賭けるよりは、
確実に起動するラインを選択するべきだと思います」

一気にそう言って、椿は見下すように絆を睨んだ。

駈は、しかし興味がなさそうに
資料を閉じてから周りを見回した。

「八○一型は、絆特務官の専用機だ。
君にその代わりを勤めることは出来ない」

「どうしてですか!」

勢い込んで椿が声を張り上げる。

「現場にも行かない君に、あの機体を任せることは出来んよ」


361 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:55:39.36 ID:QhpzOyn50
駈は彼女を一瞥してから、資料を脇の女性職員に渡した。

「話は以上だ。各員大至急配置についてくれ。武運を祈る」

呆然と立ち尽くす椿を他所に、
バラバラとトレーナー達が散っていく。

絆は脇の渚に支えられて、やっとの思いで立ち上がった。

椿はそれを見て、ヒールのかかとを鳴らしながら近づいてきた。

そして絆の頬に唇をつけんばかりに近づいて、そっと囁く。

「私はあなたを認めない
……精々後ろから討たれないように、気をつけることね」

「…………」

この状況で何を言っている、と声を荒げようとしたが、
椿はツカツカと靴の音を立てて
オペレーティングルームを出て行ってしまった。


362 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:56:41.40 ID:QhpzOyn50
「絆特務官、大丈夫ですか……?」

渚に心配そうに問いかけられ、
絆は頷いて松葉杖を握り締めた。

「大恒王を起動させる。まずは、話はそれからだ」

「分かりました。今回は、
私も計器操作のために同乗させていただきます」

「え……?」

慌てて絆は疑問符を発した。

「君も乗るのか?」


363 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:57:11.04 ID:QhpzOyn50
「元老院からの指令です。それに……
ブラックホール粒子が充満していると、
本部からの通信が途絶されてしまうこともありますし……」

言いにくそうに、渚は一つ付け加えた。

「本部が消えたら、どっち道帰るところはなくなります」

「…………」

その寂しそうな呟きに、絆は答えを返すことが出来なかった。


364 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:58:01.26 ID:QhpzOyn50


渚に支えられながら、大恒王のコクピットに
乗り込んだ絆は、その広さに驚愕していた。

胸部全体がコクピットになっている。

クリア素材で周囲が覆われ
――塗装をする時間がなかったのだろう――
真っ白な機体に繋がっている。

既に三座席に接続されている雪、霧、圭が
それぞれ不安そうな表情を絆に向けた。

絆は、彼女たちより一段高いところにシートがある。

それと背中合わせに渚が座り、モニター類を操作していた。


365 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:58:44.77 ID:QhpzOyn50
「急なことになったが、緊急事態だ。
メインエネルギー抽出回路を圭に接続。
武装、管制の制御は雪、主操縦は霧が担当しろ。
落ち着いてやれば出来る。
何があってもパニクるな。俺が後ろにいる」

「……うん」

「分かりました!」

「はい……」

三人がそれぞれ頷いて、目を閉じて意識を集中させる。

途端にコクピット内に明かりがつき、
機械音声が流れ出した。

「全テノ設定ヲニュートラルヘ。
メインシステムヲ起動シマス。エネルギー抽出開始。
稼動ノ最低ラインマデ、残リ三十五分デス」


366 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 17:59:24.15 ID:QhpzOyn50
「何……?」

思わず絆はそう呟いていた。

メインは圭だが、雪と霧からも
エネルギーを抽出している。

陽月王ならフルスロットルで即稼動が可能な程だ。

……三十五分……?

絃が指定した時間まで、残り十五分を切っていた。

二十分間、自分達なしで戦えるのか、エフェッサーは。

もしかしたら、ここで動けないまま
殺されてしまうことになるのではないか。

生唾を飲み込む。

「カウントダウンを開始します。
エネルギー抽出ラインを確保しました。
生体エネルギー融合炉心が起動します」


367 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 18:00:02.00 ID:QhpzOyn50
絆の後ろで、渚がそう言う。

次いで絆の前面モニターに
残り時間の数値が表示された。

そこでアラームが鳴り、駈の顔が表示された。

『絆特務官、状況はどうだ?』

「……良くはない。フルでエネルギーを抽出すれば、
バーリェがショック死する。
今出来うる最大速度で抽出したとして、
この兵器の起動ラインまで、あと三十四分二十秒だ」

駈が歯噛みして表情を歪める。

『分かった。バーリェの精神安定に努めるんだ。
起動までの時間は、必ず稼ぐ』

「了解」

短く答えて通信を切る。


368 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 18:00:43.42 ID:QhpzOyn50
そこで雪が、見えない目を絆に向けて口を開いた。

「絆……絃さんを、殺すの?」

その問いを受けて、絆は一瞬沈黙した。

そして息を整えてから口を開く。

「……分からない。だが俺は、
絃にもう一度会わなきゃいけない」

「…………」

不安げにこちらを見た圭と霧を
見てから、絆は続けた。

「話はこの状況を切り抜けてからだ。
集中しろ……!」


369 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/03(火) 18:02:43.64 ID:QhpzOyn50
お疲れ様でした。

次回の更新に続かせていただきます。

引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みをいただけますと嬉しいです。

爆弾低気圧が接近しているようですが、お気をつけください。

それでは、今回は失礼させていただきます。


372 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/04/03(火) 20:44:26.50 ID:w3z0/8hRo
規格外のを3人使っても起動に時間がかかるのか
とんでもない兵器だな

風強すぎワロタ
外出は死亡フラグだな

ともかくお疲れ


374 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/04(水) 19:27:55.73 ID:jX4+wWw10
こんばんは。

これから大恒王の逆襲が始まります。

風、とても強かったですね。
皆様のところには影響はありませんでしたでしょうか?
徐々に離れていっているようですが、十分お気をつけください。

それでは、続きが書けましたので投稿させていただきます。

お楽しみいただけますと幸いです。



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