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少女「それは儚く消える雪のように」
247 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:04:14.80 ID:mkVHEDB80


<これより、実戦を兼ねた新型機起動テストを開始します。
再調整シークエンス、スタンバイを開始します>

AIの無機質なアナウンスを空虚に聞きながら、
絆は格納庫内の陽月王コクピットに乗り込んだ。

雪は視力がない。

故に、戦闘では絆が傍にいてやらないと、
彼女は不安感に押しつぶされて能力を発揮することが出来ない。

隣のシートに黙って座り込んでいる雪とは、
彼女がここに来てから話を一切していなかった。

黙って乗り込ませ、そして彼女の体に点滴のコードを
無数に取り付けている職員をぼんやりと眺める。


248 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:04:57.20 ID:mkVHEDB80
雪と一緒に戦闘に出始めたのは、
彼女を引き取り、半年が経ってからのことだった。

初めて戦闘に出した時
……操作は完全にこちらで行っていたのだが、
雪はあまりの恐怖のために半狂乱になってコクピットで暴れたのだ。

そのことにより、元老院が下した決定は、彼女の処分だった。

無理もない。

雪が暴れたせいで死星獣への攻撃体系が乱れ、
あやうく一つの街を消し去らせる所だったのだ。

絆は必死になってそれを止めた。

何故だかは今でも分からない。

ただ、コクピットの中で助けを求めて泣き叫んだ、
このバーリェの声がどうしても頭から離れなかったのだ。


249 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:05:37.88 ID:mkVHEDB80
そして、自分がバーリェと共に戦場に出ると言う前代未聞の方式をとることで、
絆は一つの『道具』の命を救った。

陽月王のコクピットが閉まり、搬送用の戦闘機に積み込まれる。

システム周りは以前まで操作していた、戦車型AADと大差ない。

その他はバーリェの意思を生体エネルギーとして感知し、
彼女たちの思うようにイメージを反映して動くようになっている。

まるで、3D映画の撮影に使われているモーションキャプチャーのようだ。

役者の動きをトレースし、コンピューターに取り込むあの技法のことである。

しばらくすると、足元がふらついて浮かび上がる感触。

轟音と共に輸送機が離陸したのが分かる。そ

のまま、数分間黙って計器を見つめる。


250 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:06:18.77 ID:mkVHEDB80
しばらくすると、雪が見えない目を絆の方に向けて口を開いた。

「あの……」

黙って彼女の方に目を向ける。

少女は、不安げに視線を揺らして言った。

「命ちゃんは……?」

「心配ない。ちょっと不具合が起きて寝てるだけだ」

短く答えると、雪は安心したかのようにため息をついた。

そのまましばらく沈黙が続いたが、
やがて耐え切れなくなったのか控えめに雪がまた口を開いた。

「絆」

「……何だ?」

数秒押し黙った後、彼女は小さく微笑んで言った。


251 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:07:05.66 ID:mkVHEDB80
「あのね、私。何だか結局乗ることになってホッとしてるんだ」

その言葉に、
バーリェの基本理念を思い出して絆は心の中で大きなため息をついた。

だが、次の彼女のセリフは、予想もしていなかったことだった。

「私、絆を守るために行きたい。
だから、命ちゃんが少しだけ、羨ましかった」

「……守る? 俺を……?」

聞いた言葉の、意味がわからなかった。

そんなことは今まで、どのバーリェからも聞いたことのないセリフだった。

「私が乗れば、悪いのが全部いなくなって、
そしたら絆を守れる。だから、私戦いたい。
だって、私絆と一緒にいたいから」

バーリェが、人間を守る。

使われて、ボロボロにされて。それでもなお使用されることに悦びを感じる生き物、
バーリェが人を『守る』、そう言った。


252 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:07:44.40 ID:mkVHEDB80
一緒にいたいと彼女は確かに言った。

それが、自分が彼女に対して抱いていたおぼろげな感情の正体だと気づいた時、
丁度輸送機が着陸し、陽月王全体が激しく揺れた。

雪に対して言葉を発する間もなく、
自動的に動くカタパルトに押し出される形で、
前傾姿勢の人型兵器が配置場所にスタンバイされる。

遠目に少し離れた場所で桜の咲熱王が同様にしゃがみ込んでいるのが見えた。

やはり、本調子ではないと言え雪は他のバーリェと格が違う。

ほとんど苦痛の表情を浮かべてさえいないのに、
巨大な機械人形は全く問題なく動いていた。

計器類を確認し、雪の方を見る。

口を開きかけたところで、エフェッサーの本部からオペレーターの無情な通信が入った。


253 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:08:27.58 ID:mkVHEDB80
<死星獣が距離四千まで接近しています。
これよりAAD七〇一、七〇二号に対し
試作型のDインパルスキャノンを装着いたします>

長大口径の、エネルギー砲。今まで戦車で使用していたそれの、
およそ三倍の大きさを持つ大砲だ。

無論、バーリェのエネルギーを吸収して変換、発射する。

今回の実験で、元老院は雪を使い尽くすつもりだ。

血が出るほどまで唇を噛み締める。

もう自分にはどうしようもない。

いや……むしろ、自分は雪を使用するのが正しい道であり、道理だ。

だが……心の奥に溜まったしこりは流れることなくうごめき続けていた。


254 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:09:27.44 ID:mkVHEDB80
しばらくして、桜の機体がゆっくりと前進し、こちらの脇に並ぶ。

何だかビルほどの大きさがある人型機械が人間のように
機敏に移動するのは異常な光景だった

まさに神話に出てくる巨人だ。

確かにこれが量産されれば人間と死星獣の戦いは一変するかもしれない。

だが……。

絆は、実際に陽月王のコクピットから外をみて、息を呑んだ。

死星獣はいまや肉眼で確認できるほどに近づいていた。

まるで山だ。巨大な、忌まわしい蟲の山。

悪魔……いや、生物の成りそこないと言ったほうがいい。

聳え立つそれが、ゆっくりとこちらに向けて前進してきている。

風船のように当初の五倍以上に膨らんでいた。


255 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:10:05.12 ID:mkVHEDB80
全長四十メートルはある、超巨大な砲身の前部を支え、
桜の機体が後部を支える。

遠隔操作でそれぞれの機体各部に、
チューブでエネルギー供給ラインが繋がれていく。

人型兵器の中は、想像以上に揺れた。

船の上なんて比ではない。

シートに座っていなかったら倒れこんでいたことだろう。

そして、間近で見る死星獣は……なんと言うのだろう。

そう、ただ『恐ろし』かった。

見つめていると、自然に足が震えてくる。

何でだかは分からない。

毎回こうなのだ。


256 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:10:37.28 ID:mkVHEDB80
虚無空間を内包する化け物。触れたら消える。

そんな瀬戸際の悪魔を前にすると、足が震えだす。

スクリーン越しに見る死星獣は、何も感じない。

だが、肉眼で見るものは明らかにそれとは違った。

桜と雪、二人分の生体エネルギーを吸い、
巨大エネルギー砲の発射承認ラインが急速に近づいてくる。

撃つのは、絆の役目だ。

段々と顔が蒼白になってくる雪の顔を見る。

視線を感じて少女はこちらを向き、ニコリと笑った。


257 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:11:11.47 ID:mkVHEDB80
「絆……ごめんなさい」

唐突に謝られて、青年は直ぐに返すことが出来ずに息を詰まらせた。

「……何が?」

そう聞くのがやっとだった。

少女は、いつもと変わらない笑顔で、ゆっくりと返した。

「薬、昨日飲まなかった」

「そんなの……もうどうでもいいよ」

言葉が詰まった。

「絆は、私のこと嫌いになっていない?」

伺うように声を殺して彼女が聴いてくる。

青年は息を吸い、そして止めた。


258 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:11:44.30 ID:mkVHEDB80
真っ直ぐに死星獣を睨みつける。

こいつらが。
こいつらさえいなければ。

胸の奥に沸き起こる、怒り……それは確かにドス黒い怒りの感情だった。

しばらくして詰めていた息を吐き出し、表情を緩める。

そして絆は手を伸ばして雪の頬に触れた。
彼女の頬は、冷たかった。

「オレは、お前のことは大好きだよ」

考えて言ったわけではなかった。
自然に言葉が口を付いて出たのだった。


259 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:12:21.17 ID:mkVHEDB80
雪が本当に嬉しそうに笑う。
蒼白な顔を精一杯咲かせて、笑う。

「私選ばれなかったから……サンタさんにお願いしたのに、選ばれなかったから。
凄く不安だった……でも、良かった」

彼女は見えない目を開いて絆の顔を凝視した。

「私、死なない」

そして、雪は一言だけ。
蚊の鳴くような小さな声で。
しかし響き渡る、心に沈み込む声で呟いた。

「帰りたい」

絆は目を見開いた。


260 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:12:59.68 ID:mkVHEDB80
その時だった。

<第一射を開始してください>

冷淡なオペレーターの声に全てを掻き消され、
絆は言葉を飲み込んでキャノン砲発射トリガーを握り締めた。

「ああ」

唾を飲み込み、目を見開いて死星獣を穴が開くほどに凝視する。

「帰ろう」

「うん」

「一緒に、な」

「うん」

おそらく、これが初めて。

バーリェとこんな話をしたのは……いや、他人とこんな話をしたのは初めてのことだった。


261 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:13:41.88 ID:mkVHEDB80
だが胸の奥に生まれたどこか熱い、温かい気持ちは確かにそこにあった。

息を吸って、吐く。

雪が手を伸ばし、トリガーを握る絆の手を小さい掌で包み込んだ。

――そして絆は、引鉄を引いた。

とてつもない衝撃が、二人が乗る機体全てを吹き飛ばさんばかりに包む。
砲身から噴出したエネルギー光は、白。

そしてほんの少しの桜色。

それが渦を巻きながら向かってくる数キロ先の死星獣に向かって矢のように吹き飛んだ。


262 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:14:29.87 ID:mkVHEDB80
雪が、爪が食い込んで血が噴出すくらいに強く、
絆の手の甲を握り締める。

段々と少女の手からは力がなくなっていく。

そして光は、おぞましい怪物の胴体に突き刺さると、
易々と貫通して向こう側に抜けた。

そしてそれでも止まらずにはるか上空まで伸び、雲を掻き消して空の上に消える。

胴体に長大な風穴を開けた死星獣は、
数秒間そのまま前進を進めた後、唐突に停止した。

そして激しく痙攣を始める。

次の瞬間、二つの蜂の頭型の頭部が、
付け根からスライムのようにドロドロにとけ、地面に流れ落ち始めた。

それが触れた部分が凄まじい白煙を上げて灰に散り始める。


263 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:15:12.78 ID:mkVHEDB80
次いで開いた胴体の穴からは真っ黒い水蒸気が煙突の煙のように噴出を始めた。

そして頭部と同じようにスライム状に溶解して流れ落ちていく。

しばらくして、小山状に溜まったヘドロ色のスライムの中から、
真っ白な正方体のキューブが浮かび上がった。

何に支えられているわけでもないのにゆったりと回転しながら上空に静止している。

「……何だ、アレ……」

呟き終える間もなく、危険を示すアラートの警告音がコクピットに反響した。

それにいち早く反応し、グッタリと脱力しかけていた雪の手に力が入る。

そして彼女の意思を受け、巨大な機械の人形は砲身を投げ捨て、地面を蹴った。

アスファルトを鋼鉄の脚部で砕き、十メートル近い体躯が軽々と宙に舞う。


264 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:15:52.45 ID:mkVHEDB80
飛んだと同時に、雪は後方の咲熱王を突き飛ばしていたらしく、
陽月王の手に弾かれてビルをなぎ倒しながら
もう一機の機械人形は地面に転がっていた。

その、今まで二機が重なっていた直線上を一本の白い線となってキューブ体が通り過ぎた。

何の予兆もない、戦闘機並みの加速だった。

「まさかアレがコアなのか……」

歯を噛み締めて、空中を本当の蜂のように飛び回っているキューブ体を睨みつける。

それは後方のビルに突撃すると、何の抵抗もなく触れた部分を灰にして消し飛ばした。

砂山に作った城を蹴り壊すかのように、高層ビルの一つが中ほどから灰色の煙になって霧散する。


265 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:16:38.56 ID:mkVHEDB80
振り返る。
もう一機の人型AADは倒れたままピクリとも動いていなかった。

先ほどのエネルギーキャノン斉射で、桜の意識は飛んでしまったらしい。

バーリェの中でもトップランクに入る絃の少女でさえこうなのだ。

反射的にとはいえ莫大なエネルギーの抽出後に動ける、雪が異常なのだ。

脳が揺さぶられる衝撃と共に陽月王が着地し、
目が見えてない雪は大きくよろめいた。

彼女の精神に感応し、機械の巨人が上体をふらつかせて地面に片手をつく。


266 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:17:21.38 ID:mkVHEDB80
「……絆、私避けたっ?」

押し殺した声で雪が叫ぶ。

そこにはいつものゆったりとした柔らかい調子は存在していなかった。

戦闘兵器の冷たい眼光を白濁した瞳に揺らめかせながら、少女が顔を上げる。

<絆様、一時退却命令が出ました。死星獣殲滅の優先順位を下げ、
咲熱王を回収ゲートに誘導してください>

オペレーターの声が聞こえる。

どうやら、元老院は死星獣の撃滅よりも新型兵器の確保を優先したらしい。

だが。
そうはいかない。
逃げる? そんなこと、するわけがない。

そんなこと、オレが今ココでできる筈はなかった。


267 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:18:08.35 ID:mkVHEDB80
「雪、ブッ殺せ!」

情緒も、気品も何もない。

感情のまま叫ぶ。
瞳を見開き。
こちらに向けて方向転換する白色のキューブ体を、少女の分まで睨みつける。

完全にオペレーターを無視して、絆は敵が向かってくる方向に機体を向けた。

彼の操作に方向を任せ、少女は殆ど本能的に、
陽月王の肩装甲に取り付けられていた全長五メートルはある長大な両刃の剣を、
機械人形に鞘から抜き放たせた。

柄の部分にエネルギー供給用のパイプが幾本も、機体の胸に繋がっている。


268 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:18:56.05 ID:mkVHEDB80
少女が見えない瞳で、死星獣を噛み付かんばかりに睨みつける。

途端、短剣の刀身が真っ白な純白の色に光り輝いた。

キューブ体が半ばから両断されたのと、
陽月王の右肩が、崩れて飛び散った死星獣の破片を浴びて灰になり
破裂したのはほぼ同時だった。

ナイフにより、バターのように空中で二つに分かれた核がそのまま地面に落下する。そ

してアスファルトの地面にぶつかる……と思った瞬間、
地雷のように乾いた音を立てて破裂した。

右肩を失った機械兵器が肩膝をつく。

吹き荒れる、化け物の破片。

それはまるで雪のようにクリスマスの空に昇っていった。


269 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:19:59.68 ID:mkVHEDB80


いつものように、医務室前で絆はただ待っていた。

戦闘から八時間が経過していた。

元老院や、エフェッサーの本部からの呼び出しも無視していた。

ただ、雪が入っている手術室のランプが消えるのをぼんやりと待っていた。

いつものように、何時間経ったか分からなくなった頃。

絃が疲れた顔で歩いてくるのが見えた。

点滴台を引きずっている命を連れてきていた。


270 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:20:51.85 ID:mkVHEDB80
「絆さん……!」

黒髪のバーリェは泣き出しそうな顔を作ったかと思うと、
よろめきながら走ってきて青年に抱きついた。

軽く苦笑して、胸に顔をうずめた彼女の頭を撫でる。

失敗しても、成功しても。
バーリェは何も言わない。
トレーナーは何も言わない。

それは暗黙のルールだったし、いつからだったかは分からないが絆はそう決めていた。

ただ、黙って命のことを抱きしめる。

絃は軽く息をつくと絆の隣に腰掛けた。そして囁くようにかすれた声を発した。


271 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:21:19.91 ID:mkVHEDB80
「元老院は、お前さんの今回の命令違反は大目に見るってよ。
死星獣の反応は消滅。新型兵器の実戦テストはこれ以上ないほど成功らしい」

黙っている青年の肩を叩き、絃は乾いた笑い声を上げた。

「桜も無事だ。またカリを作っちまったな」

「……気にすんな」

ボソリと答えて息をつく。

いつものような、沈黙。

そのまま数時間が過ぎる。


272 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:21:53.17 ID:mkVHEDB80
暗くなりかけてきた空。絆は絃に命を預けて手術室を見上げた。

それから何時間経っただろうか。

不思議と、眠る気にはならなかった。ラボに帰る気にもならなかった。

汗でべとついて、気持ち悪いスーツを着がえる気にもならなかった。

わけが分からないまま戦闘に徴収されて。

日常と非現実の間に揺れている脳は、半ば停止しているようだった。

ぼんやりした視線の端。

待ち続けて、半日以上経った部屋のドアが開く。

そして憔悴しきった顔の執刀医達がぞろぞろと出てくる。

立ち上がり、彼らを見上げる。

そこで絆は担当医が頷いたのを見て、目を見開いた。


273 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:22:40.68 ID:mkVHEDB80


雪が降っていた。
二日後の軍病院の外は、この地方では珍しく身を切るような寒さに襲われていた。

靴の踝が埋まるほど、真っ白い、純白のウェハースが積もっている。

用意してきたコートを、隣に立つ盲目の少女の肩にかける。

やせ細った顔をにっこりと微笑ませて、雪は笑った。


274 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:23:33.85 ID:mkVHEDB80
元老院は一連の彼女の戦闘を見て、
現在のエフェッサーに必要なバーリェだと判断したらしい。

特例的に、臓器の交換手術が執り行われたと聞いたのは、今日の朝のことだった。

少し前に慣れ親しんでいた感触とは違う、
生気のない小さな手を握り締める。

ふらつく雪の体を支えながら絆は歩き出した。

白い息、白い髪。白い粉が空から降ってくる。

まるで、あの死星獣の残骸のような曇り空。

だが雪は手を伸ばし、空から落ちてきた欠片を掌で受けた。

直ぐに解けて、小さな水の破片に変わる。

軽くそれを握り締め、少女は隣を歩く青年の腕を強く掴んだ。

その見えない目から一筋だけ涙が流れて、積もった白い絨毯の上に落ちる。

絆はそれを見ていないふりをして……そして、雪の頭をただ優しく撫でた。


275 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:25:46.99 ID:mkVHEDB80
以上で終了となります。

お疲れ様です。お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。

寒い季節も、そろそろ終わりそうですね。

皆様も、体調にお気をつけください。

ご意見ご感想などいただけると嬉しいです。


276 名前:NIPPERがお送りします(埼玉県) [sage] 投稿日:2012/02/21(火) 21:26:11.62 ID:3x82Wlo6o
おつー楽しかったです


277 名前:NIPPERがお送りします(チベット自治区) [] 投稿日:2012/02/21(火) 22:26:52.35 ID:CmyIUdz70
最高だった!!

乙!


278 名前:NIPPERがお送りします [sage saga] 投稿日:2012/02/22(水) 00:25:13.76 ID:a3GaTUODO
乙彼様です!
続きを知っている身としては絆がかわいそうでなりません。
頑張って下さい!


279 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/02/22(水) 09:47:18.60 ID:D7Gzt7XIO

もうこれ完成してるの?


280 名前:NIPPERがお送りします(長屋) [sage] 投稿日:2012/02/22(水) 10:03:29.95 ID:mkEabnV80
乙。2話までは書いてるって、作者がツイッターで言ってた。


281 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/02/23(木) 11:16:52.03 ID:x/xlcE/SO

面白かった


282 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/23(木) 20:59:44.15 ID:oI7jiOK60
ご感想ありがとうございます。

とても励みになります!

今のところは2話までは書いています。

書けている分まで投稿させていただこうと思います。

もう少しお付き合いください。

それでは、今日の分の投稿をさせていただきます。



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