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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
394 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:54:36.87 ID:o9PWmIgk0


『…………』

大河内は、しかし答えようとしなかった。

ブツリと音がして、通信が大河内から圭介に切り替わる。

「せんせ!」

大声を上げた汀に、冷静な圭介の声が刺さった。

『気が済んだか? 強制遮断するぞ』

「せんせとお話させて! 私には要求する権利がある!」

『ない。この状況ではお前の意思よりも患者の命が優先される。
たくさんの人に迷惑をかけて、何をしてるんだお前は』

口をつぐんだ汀に、淡々と圭介は続けた。


395 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:55:14.45 ID:o9PWmIgk0
『それに、大河内の身柄は現在医師連盟に更迭されてる。
現場の指揮権は俺にある』

「そんな……」

言葉を失った汀に、ソフィーが言った。

「分かった? 
何もかもが全て自分の思うとおりになるとは思わないことね」

「せんせは何も悪いことをしてないじゃない!」

『駄々をこねるな。大河内の行為は医師連盟規定に違反してる。
これ以上干渉させるわけにはいかない。
それに、お前はそれ以上のことは知らなくてもいい』

「…………」

『戻ってくると一言言えば、
お前がさっき言った言葉は聞かなかったことにしよう』


396 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:55:48.23 ID:o9PWmIgk0
取引とも言える言葉を聞いて、汀は歯を噛んだ。

しかしそこでソフィーが、ハッと顔を上げた。

そして青くなってヘッドセットの向こうに声を張り上げる。

「患者がノンレム睡眠に入るわ! 
それに何だか様子がおかしい!」

海が、段々と荒れ狂い始めた。

小さなボートがまるで木の葉のように、波の上をふらふらと揺れる。

小白がそこで目を開けて、汀の足に擦り寄った。

汀はサバイバルナイフを縁に突き立てると、
小白を抱いて口の端をニィ、と歪めた。

「C型の異常変質区域だね」

ソフィーが悲鳴を上げてマストにしがみつく。


397 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:57:24.70 ID:o9PWmIgk0
辺りにモヤのような白い霧が立ちこめ、たちまち周りが暗くなった。

汀はよろめきながらヘッドセットに手をやり、言った。

「私が、治してあげてもいいよ」

『どういう意味だ?』

圭介に問いかけられ、汀は喉を軽く鳴らして答えた。

「取引しようよ圭介。ソフィーじゃ、この患者を治療できない。
いくら装備を持っても、未経験者一人で、
対マインドスイーパー用の訓練をされた、
不眠症患者の治療は無理だわ」

『…………』

沈黙した圭介に、ソフィーは唇を噛んで押し殺した声で言った。

「……やっぱり……何かあると思ったけど、
最初からこの子を使うつもりで、
私にこの子の治療をさせるためにダイブさせたわね!」


398 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:58:08.21 ID:o9PWmIgk0
『俺は君達の自由意志を尊重している。
何一つとして強制はしていない。
不躾な物言いは止めてもらおう』

圭介は静かにそれに返すと、汀に向けて言った。

『……で、だ。お前から要求してくるとは珍しいな。
確かにその患者は、特別な事情を持つ不眠症患者で、
夢という空間それ自体が安定しない。
物理法則が通用しないから、
普通のマインドスイーパーでのダイブは無理だ。
何だ? 気づいていたのか』

「私を誰だと思っているの」

馬鹿にしたように呟き、汀は続けた。

「大河内せんせを解放して。
私がこの患者の治療に成功したら、せんせにかけた更迭を、
圭介に責任をもって解いてもらいたいの」


399 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:58:51.38 ID:o9PWmIgk0
『嫌だね。犯罪者の肩を持つほど、俺は落ちぶれてはいない』

「圭介の好き嫌いは聞いてないの。やるの? やらないの? 
ちなみに私は、せんせが助からないなら、
別にこの患者が死んでも死ななくても構わないわ」

『そう来たか……汀、お前が今発言したことは、かなり重要なことだぞ。
子供だからといって何でも言っていいというわけではない』

「私は子供じゃない!」

押し殺した声で叫んだ汀に、ソフィーがなだめるように小さな声で言った。

「高畑汀、患者の命を盾に取る行為は、
テロリストと何ら変わらないわ。馬鹿な真似はやめて」

「私は自分の正当な権利を行使しているだけよ」

『やれやれ……厄介だな。
まさかダイブ中にへそを曲げられるとは思わなかった』


400 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 18:59:40.23 ID:o9PWmIgk0
圭介がため息をつき、しかし変わらない調子で続ける。

『…………いいだろう。だが責任をもってその患者を完治させろ。
他人に責任を要求するのなら、お前にも責任が発生する。
その単純な理屈は分かるな?』

「……うん」

『危なくなったら「T」を投与するが、それまでは何とか我慢しろ。
ソフィー、気休めでいい。汀に痛み止めを投与するんだ』

「……分かった」

頷いて、ソフィーは揺れるボートの上で救急箱から取り出した薬を、
汀の腕に注射した。

「……効かない」

呟いた汀に

「当たり前よ。時間差があるし、ただ痛みを拡散させるだけの薬よ」

と返し、ソフィーは波が治まってきたのを見て息をついた。


401 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:00:14.90 ID:o9PWmIgk0
数秒後、フッ、と嵐直前の様相だった海から、
映像をぶつ切りにしたかのように、
静かな、波一つない大海原に変わった。

霧がだんだん引いていき、真っ暗な海が眼前に広がる。

空には星ひとつない、完全な暗闇だ。

汀が荷物の中から手探りでライトを取り出して光をつける。

そして前方を照らして、動きを止めた。

「気をつけて。その傷で海に落ちたりなんかすれば、
確実にショック死するわ」

近づいてきソフィーも前を見て息を呑む。

先端が見えないほど大きな、
コンクリートと思われる壁が海を寸断していた。

とろとろとボートがそちら側に進んでいる。


402 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:00:58.94 ID:o9PWmIgk0
「何これ……こんな巨大な拒絶壁、見たことない。
まさか、これがこの人の心を守る障壁なの?」

「マインドスイーパーに対して、
防御型の心理壁展開で侵入を防ごうとしてるね。
でも人間の心だから、必ず穴があるはず」

「どうやってこれを越えて中に入ればいいのかしら……
前の患者みたいに、パズルになってたら楽だけれど……」

「あの患者は、私達を誘い込んで殺す待機型の心理壁を持ってた。
パズルはその、逃さないための一環ね。
こっちのほうが単純な分楽だわ」

呟くように言って、汀はボートの先端がコンクリートの壁に
コツンと当たったのを確認し、
オールを持って歯を食いしばりながらボートを壁に横づけにした。

「どうするの? 完全に心への侵入を拒否されてる」

「何事にも偶然って言うことはないんだ。
私達がこの場所に止まったのは、この患者の意思でもあるの」


403 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:01:37.59 ID:o9PWmIgk0
汀はライトを口にくわえて、壁を手探りで触り始めた。

遠目だと分からなかったことだったのだが、
壁には三十センチ四方くらいの穴が所狭しと開いていて、
中には仏像が掘り込んである。

その不気味な光景に息を呑んだソフィーの耳に、圭介の声が響いた。

『患者のバイタル安定を確認した。
ダイブのカウントダウンを開始する。
十二分でどうにかしてくれ』

「ちょっと黙ってて」

汀が冷たくそう言って、近くの仏像を手でつかみ、引っ張る。

「これじゃないか……」

そう言って、また別の仏像を引っ張る。

しばらくそれを繰り返すと、不意にガコン、と言う音がして、
反応した仏像がはまっていた穴が、ひとりでに開いた。


404 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:02:13.81 ID:o9PWmIgk0
中は数メートル、トンネルのようになっているが……。

小さい。

三十センチ四方の穴しか開いていない。

体全部を通すには小さな穴を見て、ソフィーが舌打ちした。

「高畑汀、意味が分かる?」

「何となく。この人の職業は細工職人。
多分伝統工芸品の……仏像かな、それを作ってる。
仕事は好きだけど、仕事それ自体がトラウマになってるみたいね。
奥さんを早くに亡くしてるみたい。それが原因かな……」

呟きながら、汀は背後をライトで照らした。

「どうしてそこまで……」

唖然としたソフィーが停止した。

彼女が悲鳴を上げてマストにつかまる。


405 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:02:54.38 ID:o9PWmIgk0
背後の海に、何か巨大なモノが立っていた。

全長にして三百メートルは超えるだろうか。

身長百五十にも満たない彼女達にとっては、
規格外の大きさだった。

『どうした?』

圭介に問いかけられ、汀が小さく笑いながらそれに答える。

「別に。心を守ろうとしてるガーディアンっていうの? 
それがいるだけ」

『障害は排除して進め』

「分かってる」

ソフィーが悲鳴を上げたのも無理はなかった。

巨大な影は、人間の形をしていたのだ。


406 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:03:34.49 ID:o9PWmIgk0
いや。

違う。

背後に数十本の腕を生やした三面の化物。

千手観音のような姿をしたそれは、脇についている二本の腕、
その指先にそれぞれじょうろのようなものを摘んでいた。

そこから水滴が海に落ちる。

すると、海がボコボコと沸騰をはじめ、
たちまち周囲を真っ白な煙が覆った。

熱気で息をすることも困難になり、
汀とソフィーは口を手で抑えて、
ボートにしゃがみこんだ。

「高畑汀、一旦退却しましょう! 
あれが動き出したら、太刀打ち出来ないばかりか、
このボートはすぐに熱湯に転覆するわ!」


407 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:04:09.56 ID:o9PWmIgk0
ソフィーが悲鳴のような声を上げる。

しかし汀は首をふると、三百メートル近い巨体が
ゆっくりと足を踏み出しはじめたのを見て、
面白そうに笑ってみせた。

「あはは、たーくんみたい」

「ちょっと、聞いてるの!」

「ちゃんとマスト掴んでなきゃ本当に落ちるよ」

端的に汀がそう言った瞬間、足を踏み出した
千手観音の体に押された巨大な波がボートを襲った。

小さなボートが巨大な津波に飲み込まれる……
とソフィーが体を固くした時だった。

「クリアできないゲームって結構あるけど、
付け入る隙のない人間の心って、あんまりないんだよね」


408 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:04:48.95 ID:o9PWmIgk0
汀はそう言って、襲いかかる熱湯の津波に、
先ほど開いた穴から取り出した仏像を向けた。

仏像の顔に、女性の写真が貼り付けてある。

「いいの? あなたの奥さんは、
私達を通してくれるつもりみたいだけど」

津波が、まるで映像を一時停止させたかのように止まった。

汀とソフィーに覆いかぶさる寸前で停止している。

汀は肩の小白を撫でてから続けた。

「時間がないから、相手をしてる暇がないの。
追ってくるなら追ってきて」

彼女は仏像の手に当たる場所にはめ込まれた小さな瓶を摘みとった。

中には透明な液体が入っている。

それを半分口の中に流し込んで、
汀はソフィーに瓶を押し付け激しく咳き込んだ。


409 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:05:19.59 ID:o9PWmIgk0
ソフィーも、慌てて瓶の中身を口に流しこむ。

猛烈な苦味と、なんとも言えない臭みが口の中に広がった。

思わずえづいたソフィーの体が、みるみるうちに縮んでいく。

汀も同様だった。

数秒後、彼女達は十数センチほどの大きさになって、
ボートの上に立っている小白の背中に乗っていた。

「ちゃんとつかまって。行くよ、小白」

ソフィーと小白に汀が言う。

小白がニャーと鳴いてジャンプし、
コンクリートの壁の穴に飛び込んだ。

悲鳴を上げてソフィーが小白の毛にしがみつく。

そこで、彼女達の意識はホワイトアウトした。


410 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/12/08(土) 19:06:15.02 ID:o9PWmIgk0


次回の更新に続かせていただきます。

ご質問やご感想などがございましたら、
書き込みをいただけますと嬉しいです。


412 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/12/08(土) 23:54:35.44 ID:PEqmHUIAO
乙。

汀のダイブ治療、すごく久しぶりな気が。
逆境にまけるな。頑張れ!頑張るんだ小白タソ!


414 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/12/14(金) 01:27:01.38 ID:n+aEWtNAO
この治療が終わったら、また行こうね、びっくりドンキー……。



………ね?



420 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/01/07(月) 19:33:33.69 ID:CQPPonAq0


明けましておめでとうございます。

生存報告が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

今年も完結に向けて邁進させて頂きます次第です。

18話を最後まで書きましたので投稿させて頂きます。




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