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少女「それは儚く消える雪のように」 2
- 554 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/04/16(月) 19:30:47.33 ID://P1Hl+o0
雪と霧が眠りにつき、絆は頭を抑えて息をついた。
渚にも早めに休んでもらっている。
純は、相変わらずペラペラと数式が
羅列された本を読んでいた。
「少し休め。横になるだけでいい」
絆がそう言うと、純は本を閉じて彼の方を見た。
「いえ……私は特段疲れを感じないように
作られておりますので。
そのような弊害を極力取り除かれています。
ご心配には及びません」
「……そうか」
「私は大丈夫です。お休みになってくださいまし」
そう言って純は絆から視線を離し、また本を開いた。
- 555 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:31:33.31 ID://P1Hl+o0
確かに、純は普通のバーリェよりも
格段に強く体がつくられている。
組成的には命に近い。
だからといって眠らないのは相当な負担のはずなのだが、
絆はあえてそこは追求しなかった。
何かあれば、本人から言ってくるだろう。
そう思ったのだ。
しかし、だからと言ってバーリェを
置いて一人だけ寝るのははばかられた。
不安が残る。
少なくとも渚が起きてくるまでは待っていようと、
絆はソファーに体を沈み込ませた。
そこで、不意に部屋の中にチャイムが鳴った。
- 556 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:32:18.50 ID://P1Hl+o0
立ち上がろうとして失敗した絆を見て、
純が代わりに立ち上がり、インターホンに近づく。
「はい、こちら273号室です」
彼女がそう言うと、通信の向こう側から、
どこか引きつった声が聞こえてきた。
『……絆特務官はいらっしゃるかしら? 椿です』
「はぁ、いらっしゃいますが」
純はそう言って首を傾げた。
「現在時刻は二十三時三十五分を回っております。
深夜帯でのご訪問は、原則としてお受けできないことに
なっております。
失礼ですが、私がご用件をお伝えいたします」
『バーリェが……! 私に意見するっていうの?』
押し殺した声を返され、しかし表情を変えずに
純は淡々とそれに返した。
- 557 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:32:55.51 ID://P1Hl+o0
「それとこれとは別問題だと、私は思います。
私は客観的事実を述べているに過ぎず、
非難を受けるいわれはございません。
拘束規定事項第二十三条四項に……」
「やめろ純……すまなかったな、入ってくれ」
慌てて絆は立ち上がり、松葉杖に寄りかかるようにして
体を引きずり操作パネルに近づき、
ドアのロックを解除した。
「特務官様……対応時間外です」
怪訝そうに問いかけてきた純に
「いいんだ」
と一言だけ返し、壁によりかかる。
扉が開き、どこか憤っているような
顔をしている椿が部屋の中に入ってきた。
- 558 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:33:30.31 ID://P1Hl+o0
彼女は横目で、また椅子に座り込んで
本を読み始めた純を睨むと、絆に言った。
「夜分遅く失礼しますわ。
少し、お話したいことがありますの」
「大丈夫だ。さっきはあの子が先走った。
ロールアウト直後だから、
世情にはまだ疎い。察してやってくれ」
そう言って、絆は体を引きずりながら
ソファーに腰を下ろした。
「こんな状態だから、セルフで勘弁してくれ。
冷蔵庫に冷えたコーヒーが入ってる」
「いただきますわ」
頷いて、椿は冷蔵庫から二つコーヒーの缶を
取り出すと、一つを開けて絆に差し出した。
それを受け取り、絆は前のソファーに
腰を下ろした椿を見た。
- 559 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:34:08.26 ID://P1Hl+o0
「その様子だと、
一斉攻撃から生還したみたいだな。
良かった。安心したよ」
「……別に心配をされるいわれはありませんわ。
私達は戦闘に負けたし、逃げたのですもの。
最後まで戦っていたのは、あなた達だけでしたから」
吐き捨てるようにそう言って、
椿はコーヒーを喉に流し込んだ。
「バーリェは授与されていないのか?」
「私のラボのスタッフは一人じゃないですから。
任せてきたわ」
そう答えて、椿は舐め回すように、
じろじろと純のことを見た。
当の純は全く気にしていないのか、
挑発的に無視して本を読んでいる。
- 560 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:35:01.86 ID://P1Hl+o0
椿は、純が自分のことを一瞥もしないことに
多少苛ついたのか、荒く息を吐いて、
テーブルにコーヒーの缶を置いた。
「で……何の用だ?
こんな時間に訪ねてくるなんて、
あまり常識があるとは言えないな。
だが……」
絆もコーヒーを口に流し込み、静かに言った。
「俺のバーリェの暴走で、おそらく君のバーリェを
巻き込んでしまった事実には、
深く遺憾の意を表させてもらう。申し訳なかった」
頭を下げられ、意外だったのか椿は目を
白黒とさせて、慌てて手を振った。
「そんなこと……もう過ぎたことですわ」
「『そんなこと』じゃないだろう。
少なくとも、そうは思えなかったから
君は俺と張り合おうとした。違うか?」
- 561 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:35:40.57 ID://P1Hl+o0
「…………」
黙り込んだ椿に、絆は続けた。
「バーリェの力については、
俺自身もまだ良く分かっていないところがある。
エフェッサーの本部でさえもそうだ。
分からないまま、俺達はこの子達を使ってる。
危険だと知りながら。罪なことにな」
「……ええ。そうですわね……」
呟いて、椿は絆の顔を見た。
「……でも結局、私は何も出来なかった。
あなた達に頼るしかなくて、
ただ逃げ惑うしかなくて、
こんなの凄く……情けない。
正直悔しくて仕方がありません」
「…………」
- 562 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:36:23.59 ID://P1Hl+o0
「絆特務官。あなたは今、幸せですか?」
唐突にそう問いかけられ、絆は一瞬言葉に詰まった。
彼女の問いの意味を推し量ることが出来なかったのだ。
絆は少し考えてから、言葉を選らんでそれに答えた。
「……分からない。そんなこと、
意識したこともなかったからな」
「私、今こうして生きていられて、
まだ生きていられて幸せだって、最近よく思うのです。
死にかけたからかもしれませんね……
だからこそ、これからフォロントンに一斉攻撃をかける
戦いに向かっていて、怖くてしょうがない……」
「…………」
「現場に直接行かない私達でもそうなのです。
現場に行っているあなたはどうなのかと思って、
それを知りたくて……気付いたらここに来ていました」
- 563 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:37:01.46 ID://P1Hl+o0
絆は、コーヒーの缶をテーブルに置いて息をついた。
そして口を開く。
「怖いよ。いつでも怖い。
怖くない時なんてないだろうよ」
純が本を読む手を止めた。
椿は体を乗り出して、意気込むように言った。
「なのにどうして、いつも戦うことができるのですか?
何があなたを、そこまで支えているのですか?」
「考えたことがないからな……」
困ったように呟いて、絆はそれに返した。
「敢えて言うとすれば……怖いから戦えているんだ。
戦わなければもっと怖い。
だから、俺は戦うことで
自我を保っていられるのかもしれない」
- 564 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:37:47.18 ID://P1Hl+o0
「…………」
黙り込んだ椿に、絆は静かに続けた。
「死ぬのが怖くない人なんていないよ。
誰だって、バーリェだってそれは怖い。
押し殺して、隠そうとしているだけで、
誰だって心のどこかでは恐れおののいてる。
それは何もおかしいことじゃない」
手を止めたままの純を横目で見てから、更に続ける。
「そうだな……考えてみれば、
俺を支えているのは恐怖なのかもしれないな。
逆に言えば、恐怖がなければ、
俺は今ここにいなかったかもしれない」
「怖いから戦う……」
繰り返して、椿は自嘲気味に笑ってみせた。
「随分と卑屈な考え方ですわね」
- 565 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:38:22.09 ID://P1Hl+o0
「そうかな。元来俺は卑屈な方なんだ」
軽く笑って、絆は冷蔵庫を指でさした。
「あまりで悪いが、ピザがある。
温めて食べていくといい」
「折角だけど……ご遠慮しますわ。
少しで戻ると言っていますの。
時間もあまりありませんし……」
椿はそう言って、声を低くして絆に囁いた。
「……先日、私のバーリェが
気になることを言っていました」
「……気になること?」
「AAD七百番台には、バーリェの
上位互換体以外を乗せてはいけないと」
弾かれたように顔を上げる。
- 566 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:39:07.38 ID://P1Hl+o0
霧が、いつか言いかけていた言葉そのままだった。
あの時彼女は、睡眠薬による眠気に
負けて眠ってしまったが、確かにそう言った。
顔色が変わった絆に、椿は声を低くしたまま続けた。
「……その様子だと、やはり気付いているようですね。
どこまでご存知ですか?」
「……悪いが……君が知っているであろう以上のことは、
俺にも分からない。
ただ、AADに詰まれているシステムは危険だ。
あれにはリミッターが存在しない」
「リミッターが……ない?」
愕然と呟いた椿に、頷いて絆は言った。
「現に俺は、その影響でバーリェを亡くしている。
君こそ……君のバーリェは一体何て言っていたんだ?」
- 567 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:39:43.62 ID://P1Hl+o0
「……『私以外を乗せれば、死にます』と
はっきり言われましたわ」
――おそらく、霧のように自己顕示欲が
強いバーリェなのだろう。
自分こそが一番優秀だと信じて疑わない
個体に当たったと見える。
戸惑った風の椿に、軽く笑いかけてから絆は言った。
「まぁ……バーリェによっても個人差はある。
そう主張したいのなら、させておけばいい。
いずれ自分の言っている意味が、分かる時が来る」
「…………」
「何もかも全部気負う必要はない。
俺だって、他のトレーナーだっているんだ。
何かあったら相談に来てくれ」
「……ありがとうございます」
- 568 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:40:19.13 ID://P1Hl+o0
表情を落としたまま、椿はそう言って席を立った。
「そろそろ戻りませんと。お時間をとらせてしまい、
申し訳ありませんでした」
「いいんだ、気にしないでくれ」
そう言って、絆は一言付け加えた。
「……バーリェを大事にするんだ。
使い捨ての消耗品だろうと、この子達には心がある。
今はおぼろげでいい。理解してくれ」
「正直……まだよく分かりません」
椿は俯いてそう言った。
「ですが、何となく……
『理解してみよう』という気になりました」
軽く微笑んで、椿はドアの開閉ボタンを押した。
「では」
- 569 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:40:55.94 ID://P1Hl+o0
彼女の姿が通路の向こう側に消える。
……まだトレーナーになりたての頃の、
自分にそっくりだ。
絆はそう思って苦笑した。
あの時は、よくこうやって絃と話し合ったものだ。
そこで絆は、呆れたようにこちらを
見ている純と視線を合わせた。
「どうした?」
純は聞こえよがしにため息をついてみせると、
本に視線を戻した。
「……いえ。特務官様は、私のお話を
一切お聞きになっていなかったのだなと思いまして」
「聞いてたさ。俺は、今の俺が思う正直な
気持ちを言ったに過ぎない」
- 570 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:47:52.46 ID://P1Hl+o0
「私達は死ぬことに恐怖を感じません。
原則として、そういった風に調整されています」
「そんなことはない。雪だって、霧だって、
今は死にたくないと思ってる筈だ」
「それはお姉様達が、不完全なバーリェだからです」
断言されて、絆は口をつぐんだ。
「あなたは、圭お姉様に『生きろ』と
命令をされましたね?
その結果、彼女がどうなったかご存知でしょうか」
淡々と、抑揚なく純は続けた。
「圭お姉様は、自分の体が解剖されて開かれていく
様を見せられながら、その極限の状態の中、
脳が開かれる寸前まで意識を保っておりました。
発狂してもおかしくない状況で、
それでも尚彼女は生きようといたしました。
他ならぬ、あなたの。何とはなしに発したであろう
一言のために。その苦痛は、計り知れません」
- 571 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:48:36.62 ID://P1Hl+o0
「…………」
「それでも尚、あなたは私にも『生きろ』と
ご命令をされますか?」
絆はだいぶ長いこと考え込んでいた。
しかし、彼は深く息を吐いてから、静かに言った。
「ああ。お前にも命令しよう。
最後の最後まで、『死ぬな』……何が何でも生き続けろ。
それが、お前に対する俺の、最初で最後の命令だ。
圭の時から、俺の考えは一切変わっていない」
「どうして……!」
純は本を閉じて立ち上がった。
そして肩を怒らせながら絆を睨みつける。
「どうしてそこまで頑ななのですか!
あなたの考えは、その方針は、
私達バーリェを不幸にします。
あなたはそれを自覚すべきです!」
- 572 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:49:20.05 ID://P1Hl+o0
「自覚してるさ。その上で、
俺はお前に命令しているんだ」
「その命令は拒否いたします。
あなたに、私たちを理解することはできません!」
ヒステリーを起こしたように純が大声を上げる。
「頑ななのはお前の方だろう。
冷静になったらどうだ。
お前、勝手に自分を一番上のランクだと思っていないか?」
「……それは……」
静かに返した絆に、図星だったのか
純が歯噛みして口ごもる。
「俺はどのバーリェでも均等に扱う。
お前でも、雪でも、霧でも、その他の子でも同様だ。
そこにはランクなんてないし、
性能の差なんて問題じゃない。
生命の重さは、全員一緒だ」
- 573 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:50:03.17 ID://P1Hl+o0
絆がそう言った時だった。
不意に、飛空艇内にけたたましい音の
サイレンが鳴り響いた。
飛び起きたのか、慌てて
隣の部屋のドアを開けて渚が走ってきた。
「何ですか! 警報ですか?」
混乱しているのか、
渚が慌てふためいて声を張り上げる。
絆は片手でそれを制止してから呟いた。
「敵か……?」
「この警報は、敵襲に間違いないですね。
接近を察知されましたか」
淡々とそう言って、純は絆を見た。
「雪お姉様と、霧お姉様は薬で動けません。
私が、迎撃に出ます。
特務官様は、この中にいてくださいませ」
- 574 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/16(月) 19:50:46.61 ID://P1Hl+o0
「駄目だ」
しかしそれを打ち消して、
絆は傍らの渚に掴まりながら立ちあがった。
「俺達も一緒に行く。お前だけじゃ不安だ」
純が歯を噛んで口を開きかけたところで、
部屋の扉が開いた。
上層部の認証キーがないと、
外部からトレーナーの部屋を開くことは出来ない。
息を切らした駈が、部屋に駆け込んできた。
「絆特務官、出撃だ!
多数の死星獣に艦が取り囲まれている。
七百番台の機体を使いたまえ!」
「……了解した」
頷いて、絆は車椅子に座り込んだ。
「行くぞ、純。準備をしろ」
抑揚を抑えて、彼はそう言った。
- 577 名前:NIPPERがお送りします(神奈川県) [sage] 投稿日:2012/04/18(水) 15:54:22.97 ID:LOK6N2UDo
SS速報復活してるー!
いつも楽しみにしてます
- 578 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/18(水) 19:11:32.37 ID:P18S44Kp0
こんばんは。
最近やっとGoogleIMEを導入しまして、その性能に
ただひたすら驚いております。
楽しみにしていただけて嬉しいです。
これからも楽しんでいただけるよう、努力していきますね。
それでは、続きが書けましたので投稿をさせて頂きます。
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