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少女「それは儚く消える雪のように」
191 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:22:49.45 ID:mkVHEDB80


結局それからラボに戻ったのは、夜中の二時を回ってのことだった。

主に時間をとらせたのは命の要求だった。

意外と八十巻ほどのマンガ本は多くはなかったが、
それでもダンボールに二箱はある。

大体は二十四時間営業の百貨店で揃ったものだ。

よろよろしながらダンボールをラボに運び込み、
他の子たちへのプレゼントも何とか玄関に入れる。

時間制限で自動で閉まってしまうドアに
四苦八苦しながら作業が終わった時には汗だくになっていた。


192 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:23:24.25 ID:mkVHEDB80
玄関の床に座り込んで、全員分のプレゼントを見回す。

雪に対しては、小さなドレス風のワンピースを何着か買ってきてやっていた。

そういえば彼女は殆ど同じ服しか着ていない。

それか病院服だ。

目が見えないせいか、そういうものにはてんで無頓着なのだ。

彼女の要求は、聞くわけにいかない。

何とかこの新型機テストをやり過ごし、延命手術にこぎつけなければならない。

こんな風にバーリェを生き延びさせたいと思ったのは初めてのことだった。

今までは死んでいく彼女達を、ただ空虚な目で見つめていただけだった。


193 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:24:04.29 ID:mkVHEDB80
だが、雪は違った。

彼女の笑顔を見ると胸が痛いのだった。

それが、自分が殺したバーリェたちへの
贖罪の気持ちから来るのかどうかは分からない。

ただ……絆は、雪に死んで欲しくなかった。

ただ、それだけだった。

寝室に入って、眠っているバーリェたちを確認する。

そしてそっとそれぞれのプレゼントをベッド脇に置いてやる。

だが、雪のベッド脇に大きな衣類の包みを置こうとした時だった。


194 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:25:03.58 ID:mkVHEDB80
「お帰り、絆」

突然囁くように呼びかけられて、絆の動きが止まった。

あまりに驚いたため、
叫び声はあげなかったものの手に持っていた服を床に落としてしまう。

クスクスと笑いながら、雪は上半身を起こして小さく細い体を伸ばした。

起きてたのか、と言おうとした彼の様子を察したのか、
僅かにふらつきながらベッドの上に腰掛け、少女はまた口を開いた。

「……こんな時間にどうしたの? いきなり出てくからびっくりしちゃった」

寝息を立ててはいたが、実際は眠っていなかったらしい。

薬はきちんと区分して渡した。

その事実を電光のように頭の中で確認し、絆は唾を飲み込んだ。

そして勤めて平静を装いながら、いきなり雪の体を抱き上げる。


195 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:25:38.49 ID:mkVHEDB80
「あ、あれ? 絆……?」

不安げに小声で呼びかけた彼女をベッドに寝かせ、
寝巻きの胸元を黙ってめくる。

軽く声をあげて隠そうとした手を押さえ、絆は白い肌に手の平をつけた。

不快感をあらわにしながら、雪が顔を歪める。

手をつけた彼女の胸は、驚くほど熱かった。

黙ってもう一度雪を抱き上げて寝室を出る。

そして彼女をソファーに座らせてから、絆は居間と寝室の間の扉を閉めた。

そこで初めて、彼はもぞもぞと寝巻きを直している雪に近づいた。

そして思わず声を荒げた。


196 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:26:18.41 ID:mkVHEDB80
「お前……何やってんだ!」

いきなり怒鳴りつけられ、雪は小動物のように体を萎縮させた。

一言だけ声を投げつけ、急いで膨大な量の薬が並んでいる棚に向かう。

睡眠作用がある心肺機能制御用の錠剤。

おそらく、それを飲んでいない。

雪は最近具合が悪そうだったために、特に念入りに薬を確認して渡した。

だが、飲み込んだ所を見ていたわけではない。

何しろ五人も管理対象がいるのだ。

気を抜けばボロボロ床に落とす愛のほうにかかりきりになっていた。


197 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:27:01.09 ID:mkVHEDB80
他の袋入りのものなどは飲んだ形跡があったから安心だが
……最も重要な薬を抜いているというのは明らかなことだった。

他の錠剤と比べてかなり大きいために
目が見えない彼女でも容易に区別がついたのだろう。

そのような場合を想定しての、速攻作用があるものを棚から出し、
水を汲んだコップと一緒に雪のところに戻る。

「口を開けろ」

問答無用で言いつけ、半ば強制的にそれを飲ませる。

数回えづいた後何とか薬を飲み込んだ雪の手からコップを取り上げ、
絆はそれをテーブルの上に乱暴に置いた。


198 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:27:37.11 ID:mkVHEDB80
「バカかお前! 
もし俺の帰りがもっと遅かったらどうするつもりだった!」

また怒鳴られて、ますます小さくなり雪は肩を縮こまらせた。
かすかに震えている。

考えてみれば、彼女のことをこんな風に怒ったのは初めてのことだった。

頭に昇ってきた血を、呼吸して無理矢理下に降ろす。

何とか気分を落ち着かせると、少女は消え入るかと思われる声で呟いた。

「い、一回くらいなら、抜いてもいいかなと思って……」

その一言で、絆の怒りがまた沸点した。

自分がこんなに悩んでいるというのに、この娘は何を考えているんだ。

歯を噛みながら息を吐く。


199 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:28:21.58 ID:mkVHEDB80
「いいわけないだろ! 
直ぐに分かる症例だったから良かったものの、何考えてるんだお前!」

大声が夜のリビングに響く。あまりの絆の剣幕を全く予想していなかったのか、
雪は数回しゃっくりをあげた後、見えない目を大きく歪ませて手で顔を覆った。

そして体を小さく丸めながら声をあげて泣き出す。

よほどいつもと違う絆の様子が怖かったのか、
小さな子供のように小声でえづきながら体を震わし始めた彼女に、
逆に戸惑ったのは青年の方だった。

怒りの矛先を向ける対象を一気に失くしてしまったかのように、
言おうとしていた言葉を飲み込む。


200 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:29:11.79 ID:mkVHEDB80
結局雪が泣き止むまで、相応の時間がかかった。

数分間はそのまま放置していたのだが、
段々と泣き声が大きくなってきたのでなだめつけ、何とか落ち着かせたのだ。

これではどちらがどちらを怒っているのか分かったものではない。

おそらく、産まれて初めて怒鳴りつけられた。

その衝撃が相当のものだったのか、泣き止んでも雪はビクビクと小さくなっていた。

頭を撫でようと手をおくと、ビクンと大きく体が震える。

ため息をついて絆は疲れた口を開いた。

「落ち着いたか?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


201 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:29:57.92 ID:mkVHEDB80
震えながら繰り返す彼女に、
絆は初めて相当な恐怖を与えたことに気がついた。

目が見えないことに加え、
薬を切らしていたことによる前後不覚の状態で大声を投げつけられ、
なれていない彼女はパニックに陥ってしまったのだろう。

仕方ない……と彼女を抱き上げ、膝の上に座らせた後、
青年は強く小さな体を抱きしめて言った。

「いいか? あの薬は今のお前にとって絶対に必要なものだったんだ。
黙ってても俺が分かるくらいヤバかったんだぞ? 
いきなりお前に死なれたら、俺、何か凄くやだよ」

段々と少女の荒い呼吸が元に戻ってくる。

しばらくして大きく息をついて、雪は囁くように口を開いた。


202 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:30:50.96 ID:mkVHEDB80
「ごめん……ごめんなさい……」

「どうしてこんなバカなことした? 偶然俺が見つけたからよかったが……」

「サンタさんが来るっていうから……来年、私いないかも、しれないし……」

俯いて、雪はそう呟いた。

「会ってみたくて……」

言葉を返そうとして失敗する。

絆は息を飲み込んで、しばらく止めた後に大きく吐き出した。

「……でもサンタさんが絆だったなんて思ってなかったからびっくりしたけど
……ごめんなさい」

皮肉ではない。

基本的に、バーリェはトレーナーの言うことは例えどんなことであれ、
疑うということはしない。


203 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:31:34.28 ID:mkVHEDB80
生まれた時からそう意識の底に刷り込まれているのだ。

雪が、サンタという迷信上の人物に会ってみたくて
薬を飲まなかったというのは本当のことだろう。

そして彼女は、おそらくそんな人物は存在しないということは露とも思っていない。

絆は小さくなっている雪を強く抱いて、彼女の耳に囁きかけた。

「サンタは玄関まで来て、俺にプレゼントを渡して帰っていったよ。俺じゃない」

物凄く意外そうな顔で、少女は絆の顔を見上げた。

「絆……会ったの?」

「ああ。俺にはお前の願いが何だったのかは分からないが、
こう言ってた。『代わりにもっといいものをプレゼントする』ってな。
そっちの方がよほど素敵だと。
今は分からなくても、後になったらきっと分かるって、サンタは言ってたよ」

そこで雪の見えない瞳が一段と大きくなった。


204 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:32:14.61 ID:mkVHEDB80
彼女はしばらく言葉を発さずに青年の方向を凝視していたが、
やがて俯いて少しだけ頷いて見せた。

完全に少女が落ち着いたのを確認し、その小さな頭を撫で付けて絆は続けた。

「お前にはとりあえず、サンタが選んだプレゼントを渡してくれってよ。
その他にも、きちんと用意してるってあいつは言ってた。
だから、来年もちゃんと会わなきゃな……」

言っていて、段々と胸の奥が苦しくなってくる。

言葉を止めて雪の胸に手を当てると、先ほどと比べて急速に冷たくなっていた。

即効性のため、泣いたこともあってか、
薬が効いてきた兆候通りに頭をふらふらさせ始めた彼女を寝室まで抱いていく。


205 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:32:53.59 ID:mkVHEDB80
「ごめんなさい……」

寝かせられて、蚊の鳴くような声で少女はもう一度謝った。

「私を嫌いにならないで……」

「もう怒ってないから、そんなに気にするな。
それより、ちゃんと寝て明日早く起きるんだ。
プレゼントは明日しか開けられないからな」

言って、雪を見下ろすと彼女は既に目を閉じて寝息を立てていた。

相当強い薬を飲ませたので、強烈に深い眠りに落ちたはずだ。

ふらつきながら居間に戻り、ソファーに腰掛け、
そこで初めて絆は深い大きなため息をついた。


206 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:33:33.31 ID:mkVHEDB80
(……疲れた……)

少しは考えてみるべきだった。

この中で一番生きているのは雪。

一年に一度の行事だというなら、
死んでしまう前に見てみたいというのは誰しもが思うことだろう。

それを頭ごなしに怒鳴りつけられて相当なショックを受けたはずだ。

しかし、怒らなければならない。

あのまま放置していたら脳の中枢神経系がやられ、
完全に意識野が『故障』してしまっていたかもしれないのだ。


207 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:34:11.25 ID:mkVHEDB80
だが……。

彼女は、とっさに言った自分の陳腐な嘘を信じてくれたのだろうか。

妙にあのバーリェは、聡い所がある。

眠気に襲われる直前に見せたポカンとした顔は、
何処となく絆の裏に気づいている風な感じだった。

額を押さえて、またため息をつく。

その頭の中で、クリスマスというものは何の利点もない、
疲れるだけの行事だな……と冷めた頭で絆は軽く思った。


208 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:34:51.10 ID:mkVHEDB80


どうやらそのまま眠ってしまっていたらしい。

朝、少女達の黄色い歓声に起こされ、
口元の涎を拭いて絆は体を伸ばした。

途端、それを目ざとく見つけた愛が、
自分の上半身ほどもある洋菓子が詰まっている袋を抱えたまま走ってくる。

「おはよう絆! すごいよこれ!」

無邪気な嬌声を受けて、苦笑しながら彼は愛の頭を撫でた。

「ああ。大事に食えよ」

「うん!」

寝起きでぼんやりしている視点を寝室に向ける。


209 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:35:32.40 ID:mkVHEDB80
雪はもう起きていて、ベッドの上で本にまみれた命に、
プレゼントの内容を説明されているところのようだった。

優と文も嬉しそうに言ってきたが、
既にゲーム機はテレビにつながれて稼動している状態だ。

……何だかしたい放題だな。

呆れながらも、まぁ年に一度だし
……と思いなおして命たちに近づく。

彼の接近に気づいて、命は顔を輝かせながらパタパタと手を振ってきた。

この少女は興奮すると意味もなく手を振る癖がある。


210 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:36:08.83 ID:mkVHEDB80
「おはようございます! 絆さん、サンタさんてお金持ちなんですね!」

「いきなりお前は、やっぱり視点がずれてるよ……」

苦笑しつつ聞こえないように返す。

雪は絆の方を向くと、
僅かに表情を落としてワンピースドレスの束を胸に抱きながら俯いた。

「あ……絆」

「おはよう。気にすんな」

さりげなく囁いて背筋を伸ばし、パンパンと手を叩く。

「とりあえずお前らメシを食え。薬を飲め。話はそれからだ」


211 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:36:46.40 ID:mkVHEDB80


その電話が来たのは、まだ夜になる前のことだった。

日も落ちていない、夕方。
バーリェ全員に夕食の支度を手伝わせている時、不意に絆の携帯端末が振動した。

廊下に出てからそれをとる。

発信源は、エフェッサーの本部からだった。

このように直接コンタクトを彼らが取ってくるのは、
いつもロクなことではない。

自然と不機嫌な気分を前面に出して応答したが、
向こうの相手はそれを特に気にした風もなかった。


212 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:37:22.19 ID:mkVHEDB80
<出撃要請です。絆第二執行官>

女性のオペレーターが端的に告げる。

瞬間、絆の表情が変わった。

「……死星獣ですか?」

<はい。現在南端リアクトン地方のD三十八エリアに停滞しています。
既に付近の住民の避難は完了。
報道陣も抑えていましたが、直に流れ出すはずです>

「分かりました。即急に向かいます」

自分の本業はトレーナー。

バーリェを使い、死星獣を撃退するのが仕事だ。


213 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:38:18.40 ID:mkVHEDB80
おそらく自分以外にも呼ばれるトレーナーはいるだろうが、
死星獣が規格外だった場合は高確率でこっちにまで仕事が回ってくる。

そしてそれでも止められなかった場合は
……その土地は御仕舞いだ。

全てが灰になって消えて、散る。

自分たちが生きているのはそんな瀬戸際な空間なのだ。

携帯端末を切ろうとした時、オペレーターは冷静に言葉を付け加えてきた。

<新型の起動テストをかねて実施するようにとの、
元老院からの指示がありました。
既に本部には搬入が終了してあります。
起動用のコアバーリェの持参を忘れないよう>

(……戦闘で起動実験を兼ねるだって?)

一瞬耳を疑ったが、言い争っている時間ではないので短くそれを肯定して端末を切る。


214 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:39:02.15 ID:mkVHEDB80
いきなりの戦闘で、いきなりの起動実験
……そして下手をすれば実戦?

そんなバカな話があるか、と歯噛みしかけたが、
息を吸ってそれを飲み込む。

バーリェは、生まれつきエフェッサーの開発、
運用するほとんどの兵器の基本理念を意識化に埋め込まれている。

つまり兵器の基本構造さえ同じであれば、
直感的に何でも操作が出来るのだ。

とは言っても重火器の類を扱うには彼女達の体はひ弱すぎたし、
直接の生身戦闘をこなすなんてもってのほかだ。

数日前に使用した、月光王という巨大戦車のような完全に体を覆い隠すタイプなら、
バーリェであれば生まれたての子でさえも操縦できる。

おそらく、今回の人型兵器もその類なのだ。


215 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:39:56.19 ID:mkVHEDB80
元老院はあわよくば実戦データをとろうとしている。

しばらく立ち止まって考え込んだ後、
絆は黙って食堂のドアを開けた。

そして静かに口を開く。

「帰って来たばっかな気がするが、死星獣が現れた。
リアクトン地方が襲撃されてるらしい。
俺たちにも出撃要請がかかった」

食事前ではしゃいでいた彼女達の表情が一瞬で生体兵器のそれに変化したのを、
絆は肌で感じていた。

バーリェにとって、意識の底で必ず反応するようにセットされている単語がいくつかある。

その一つは『出撃』だ。

どんな子でも、この言葉を聞かせればだらけていても気が引き締まり、
自然に緊張するように調整されている。


216 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:40:45.10 ID:mkVHEDB80
一瞬で静まり返った食堂内で、絆は息をついて静かに言った。

「今回連れて行くのは命、お前だ。
直ぐにここを出るから、支度をしてくれ」

「わかりました」

名前を呼ばれて命が嬉しそうに微笑む。

その隣で、雪が表情を落として下を向いた。

他の子たちに応援の言葉をかけられながら身支度をしに寝室に命が戻った時、
彼女は控えめに手を上げてから口を開いた。

「あの……私は?」

意外なことだった。

今までに、どんなに無理なことを言われても文句一つ言ったことのない少女が、
明らかに戸惑いと抗議の意思を表情に出していたのだ。


217 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:41:30.32 ID:mkVHEDB80
絆は少し息を詰め、しかし冷淡に言い放った。

「家で、みんなの面倒を見ていてくれ。今回は休んでろ」

「でも……」

「命令だ」

反射的に、絆はもう一つの単語を口に出した。

『出撃』の他に、バーリェは『命令』という言葉を聞くと
まるでオウムのように言葉を止める。

唇を噛んで俯いた彼女をなるべく見ないようにしながら、
支度を終えて出てきた命の手を引く。

「あまり遅くなるようだったら、連絡する。それじゃ、おとなしくしてろよ」

そのまま絆は早足でラボの玄関に向けて歩き出した。

見えない目でそれを見送る雪。

彼女は、大事そうに抱えていた洋服を強く握り締めていた。



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