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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
190 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:14:29.35 ID:mpXVKIpT0


会議室を出たところにある、中庭の隅で、汀は眠っていた。

木陰になっていて、爽やかな風が吹いてくる。

丁度日を避けられる場所に、圭介は車椅子を設置したのだった。

小白も、汀の手の中で、丸くなって眠っている。

汀は耳に、自分のiPodTouchから伸ばしたイヤホンをつけていた。

そこからは、流行の女の子達のユニットが歌っている歌が、
やかましく流れている。


191 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:15:10.11 ID:mpXVKIpT0


汀は、ハワイの白いビーチに座っていた。

白い水着を着て、波打ち際で足をぶらぶらとさせている。

そこがハワイだ、と分かったのは、
彼女が好きな女の子達のユニットが歌っている歌のPVを、
事前に見ていたからだ。

撮影場所は、確かハワイのはずだ。

辺りには誰もいない。

汀は立ち上がって、静かにひいては返す波に足を踏み入れ、
その冷たい感触に、体を震わせて笑った。


192 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:15:39.90 ID:mpXVKIpT0
カンカンと照っている太陽で、肌がこげるのも構わず、
波音を立てて海に、背中から倒れこむ。

新鮮なその感覚に、汀は水に浮かびながら満足そうに息をついた。

そこで、ニャーという声がした。

汀が目を開くと、自分の体の上に、白い子猫が乗っているのが見えた。

「小白、あなたも来たの?」

驚いてそう問いかけると、小白はまた、ニャーと鳴いて、
汀の腹の上で小さくなると、恐る恐る水に手をつけた。

そしてビクッとして手を引っ込める。


193 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:16:15.72 ID:mpXVKIpT0
「びっくり。猫って夢と現実の世界を行き来できる生き物だって
言うことは知ってたけど、実際にそんな例を見るのは初めてだよ」

ニャーと小白は鳴くと、また恐る恐る汀の腹の上から、水に手をつけた。

「大丈夫だよ」

そう言って、汀は小白を抱き上げると、体を揺らして立ち上がった。

小白はまたニャーと鳴くと、汀の肩の上に移動した。

そしてマスコットのように、そこにへばりつく。

「でも、何しに来たの? 一人でいるのは、やっぱり不安?」

問いかけて、汀は波打ち際の砂浜を、特に何をするわけでもなく、
ブラブラと歩き始めた。


194 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:16:57.41 ID:mpXVKIpT0
ニャーと鳴いた小白に頷いて、彼女は続けた。

「そうだよね。一人でいると、不安だよね。
私も、圭介がいてくれなきゃ、おかしくなってると思うんだ」

足元の砂を、ぐりぐりとつま先でほじり、汀は呟くように言った。

「圭介には、感謝してるんだ……」

特に、小白の反応はなかった。

また歩き出し、汀は言った。

「今度の患者さんって、死刑囚なんだって。
女の人を、拷問して殺したんだって。
そんな人の精神構造って、どうなってるんだろう。
ね、考えただけでワクワクしない?」


195 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:17:35.21 ID:mpXVKIpT0
ニャーと小白が鳴く。

「あなたにはまだちょっと、早かったかな」

首をかしげて汀は続けた。

「沢山の人が、私に注目してる。
あの頃から考えると、信じられないことなんだ」

彼女がそう言った時だった。

突然、脇に生えていた椰子の木から、ボッと音を立てて炎が吹き上がった。

「きゃっ!」

驚いて汀がしりもちをつく。

そして彼女は、小白を抱いて

「まただ……」

と呟いた。


196 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:18:08.29 ID:mpXVKIpT0
「逃げるよ!」

悲鳴のように叫んで、彼女は走り出した。

無限回廊のように立ち並ぶ椰子の木に、次々と炎がついていく。

次いで、空に浮かんでいた太陽が、
ものすごい勢いで沈み、あたりが暗くなった。

空に、赤い光がともる。

しかしそれは太陽の光ではない。

何かが燃えている。

灼熱の、光を発する何かが炎を上げて、空の中心で燃えていた。


197 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:18:37.37 ID:mpXVKIpT0
熱い。

暑い、のではない。

体をジリジリと焦がすほどに、周囲の気温が上がりはじめた。

次いで、爽やかな色を発していた海が、
途端にヘドロのような色に変わり、ボコボコと沸騰し始める。

夏のビーチは、あっという間に地獄のような風景に変わってしまっていた。

汀は、体を焦がす熱気に耐え切れず、
小白を抱いたまま、しゃがみこんで息をついた。

「やだ……やだよ……」

首を振る。

「圭介! 助けて、圭介!」


198 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:19:10.59 ID:mpXVKIpT0
顔を上げた汀の目に、たいまつを持った人影が見えた。

熱気で揺らめくビーチの向こう、二十メートルほど離れた先に、
たいまつを持った男……何故か、ドクロのマスクを被った男が、
反対の手に薄汚れたチェーンソーを持って、
それを引きずりながら、近づいてくる。

「圭介!」

居もしない保護者の名前を呼んで、汀は泣きながら、
はいつくばって逃げ始めた。

「やだ、来ないで! こっち来ないで!」

ドルン、と音を立ててチェーンソーのエンジンが起動し、
さびた刃が高速回転を始める。

「やだ怖い! 怖いよぉ! 怖いよおお!」

絶叫して、汀はうずくまって目を閉じ、両耳をふさいだ。


199 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:19:44.94 ID:mpXVKIpT0
ドルン、ドルンとチェーンソーが回る。

ザシュリ、ザシュリ、と男が足を踏み出す音が聞こえる。

そこで、汀は

「シャーッ!」

という声を聞いた。

驚いて顔を上げると、そこには全身の毛を逆立て、
汀と男の間に四足で立ち、牙をむき出している子猫の姿があった。

「小白、危ないよ。こっちおいで、逃げるよ。小白……!」

おろおろと、汀がかすれた声で言う。


200 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:20:12.31 ID:mpXVKIpT0
男は、さして気にした風もなく、また足を踏み出した。

「シャアアーッ」

小白が威嚇の声を上げた。

途端、白い子猫の体が、風船のようにボコッ、と膨らんだ。

それは、唖然としている汀の目の前でたちまちに大きくなると、
体高五メートルはあろうかという、化け猫のような姿に変わった。

小白が、汀の体ほどもある牙をむき出して、威嚇する。

「小白、駄目!」

汀が叫ぶ。


201 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:20:51.10 ID:mpXVKIpT0
そこでドクロマスクの男は、たいまつを脇に投げ捨て、
チェーンソーを振りかぶって小白に切りかかった。

化け猫の眉間にチェーンソーが突き刺さり、回転する。

しかし、小白はそれに動じることもなく、
額から血を噴出させながら、
頭を振り、巨大な足で、男を吹き飛ばした。

人間一人が宙を舞い、燃えている椰子の木の群れに頭から突っ込む。

小白はニャーと鳴くと、
震えて動けないでいる汀のことをくわえて持ち上げ、
男と逆方向に走り始めた。

『汀!』

目をぎゅっと閉じた汀の耳に、どこからか圭介の声が聞こえた。


202 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:21:34.17 ID:mpXVKIpT0
汀はそこでハッとして、自分をくわえて走っている小白に言った。

「圭介だ! 目を覚ますよ。小白もついてきて!」

目の前に、突然ボロボロの、
木の板を何枚も釘で打ちつけた奇妙なドアが現れる。

それがひとりでに開き、中の真っ白な空間が光で周囲を照らした。

背後でチェーンソーの音が聞こえる。

振り返った汀の目に、人間とは思えない速度で、
こちらに向かって走ってくる男の姿が映った。


203 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:22:17.92 ID:mpXVKIpT0
小白は、それに構うことなく、
誰に教えられたわけでもないのに、
明らかに小さなそのドアに頭を突っ込んだ。

ポン、という音がして、汀が宙に投げ出される。

ドアの中の白い空間に、汀と、小さな姿に戻った小白が飛び込む。

そこで、彼女らの意識はホワイトアウトした。


204 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:22:51.32 ID:mpXVKIpT0


「汀、起きろ。大丈夫か、おい、汀!」

切羽詰ったような圭介の声が聞こえる。

汀は真っ青な顔で、ものすごい量の汗を流しながら、目を開けた。

「け……圭介……?」

「すぐにこれを飲め。早く!」

圭介が、いつになく慌てて、汀の耳のイヤホンを引き剥がし、
彼女の口に錠剤をねじ込む。

ペットボトルのジュースと一緒に、苦い薬が体の中に流し込まれる。

続いて圭介は、汀の右手を掴んで、
ポケットから出した小さな注射器を静脈注射した。


205 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:23:30.27 ID:mpXVKIpT0
「落ち着け。ここは現実の世界だ。俺がついてる。分かるな?」

「ここ、どこ……?」

はぁはぁと荒く息をついて、汀がそう聞く。

彼女の右手を、両手で強く握ってしゃがみ込み、圭介は言った。

「元老院だ。お前、俺が渡した薬を飲まずに寝たな?
何回繰り返せば気が済むんだ!」

怒鳴られ、汀は力なく頭を振った。

「……覚えてない。分かんない……」

「…………ッ」

忌々しげに舌打ちをして、圭介は深く息をついた。


206 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:24:05.79 ID:mpXVKIpT0
「……少し目を離すとこれだ」

そこで、汀の服にもぐりこんでいた小白が顔を出し、
圭介の手に噛み付いた。

「痛っ!」

小さく言って、圭介が慌てて汀から手を離す。

「ニャー」

小白が威嚇するように鳴く。

「この猫……!」

噛まれたところから血が出ている。

しかし汀は、小白を弱弱しく抱いた。


207 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/10/17(水) 20:24:36.58 ID:mpXVKIpT0
「ぶたないで……小白が、助けてくれたの……」

「…………」

圭介は傷を揉んで止血すると、頭を抑えてため息をついた。

「しばらく寝るな。俺がいいというまで起きてるんだ。できるな?」

「…………うん」

「帰るぞ。その生意気な猫も一緒にな」

「猫じゃないよ……小白だよ……」

そう言って、汀は小白の小さな体を、ぎゅっ、と抱きしめた。



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