■戻る■ 下へ
少女「それは儚く消える雪のように」 2
- 632 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/04/21(土) 21:36:45.51 ID:+IntTbT/0
絆はゆっくりと目を開いた。
飛空艇が飛行する低音が響いている。
自分を囲むように、コクリコクリと
首を揺らしている渚の姿がまず目に入った。
ソファーには、互いに寄りかかるようにして
雪と霧が眠っている。
パラ……と本をめくる音が止まり、
絆が眠っているベッドの隣の椅子に、
腰を下ろしていた純がこちらを向いて口を開いた。
「おはようございます……という表現は
おかしいかもしれませんね。
現在は、夜半の二十時を回っております」
「ここは……」
「フォロントンに向かう途中の飛空艇の中です。
あなたは、戦闘後二十二時間三十分程昏睡状態でした。
まだ体に麻酔が残っていると思います。
動かないほうがいいです」
- 633 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:37:30.17 ID:+IntTbT/0
確かに、言われた通りに体に感覚がない。
鼻には奥まで長いチューブのようなものが
取り付けられている。
呼吸器だ。
慌てて胸を見ると、包帯が幾重にも巻かれていた。
「手術(オペ)をしたそうです。
驚異的な生命力だと皆様が仰っていました。
私は、もう目を覚まさないものと思いました」
淡々とそう言って、純は立ち上がって近づくと、
ナースコールのボタンを押した。
そして絆の額に自分の手を当てる。
「熱は……まだありますね。
抗生物質の投与を大量に行ったようですが、
その副作用だと思われます」
「お前……」
- 634 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:38:38.38 ID:+IntTbT/0
くぐもった声でそう言って、絆は続けた。
「ずっと、俺の隣にいたのか……」
「はい。私は眠りませんから。
待機をしておりました」
また椅子に座り、純は眠っている渚を
起こさないように配慮したのか、声を低くして言った。
「特務官様にお聞きしたいことがございまして
……よろしいでしょうか?」
「……何だ?」
「…………」
「どうした?」
「いえ……どうしてあの戦闘で、
あそこまでの戦果を上げることができたのですか?
私は、艦が落ちる確率が高いと踏んでおりました」
- 635 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:39:19.10 ID:+IntTbT/0
「…………」
絆は小さく咳をしてから、雪と霧を見た。
「バーリェは……俺達人間は、
一人じゃ生きていけないんだよ……」
かすれた声で、絆は続けた。
「……俺は、お前達の性能を信じてる。
だから、最後まで構えることが出来た。
お前には、まだよく分からないかもしれないが……」
「…………」
「計算で何もかもが成り立ってるんなら、
こんな状況は発生してない。
こんな世の中にはなっていない。
計算で成り立たないから……だから歪みが出てくるんだ。
俺はそれをよく知ってる……
だから、結果的にお前達を信じて『勝つ』ことが出来た」
- 636 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:39:57.29 ID:+IntTbT/0
「信じて……いたのですか?」
「信じなければ、同乗したりはしない……」
絆がまた咳をしたところで、部屋の扉が開いて、
バタバタと看護師たちが入ってきた。
慌てて渚が飛び起きて、
絆に覆いかぶさるようにして顔を覗き込む。
「絆特務官! 目が覚めたのですか!」
「……ああ。問題ない。
麻酔のおかげで痛みも感じないな……」
軽く笑った絆を、看護師たちが機械的に処置し始める。
そこでブーツのかかとを鳴らしながら、
駈が女性職員達を伴って部屋に入ってきた。
「君の目が覚めたと聞いて、
急いでこちらに伺った。大丈夫か?」
- 637 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:40:37.53 ID:+IntTbT/0
意外にも駈に心配され、絆は苦笑してそれに答えた。
「……あんたに心配されるとはな。
もうじきこの飛空艇も乱気流に突入するらしい」
「それだけの口がきければ問題はない」
駈はそう言って壁に寄りかかると、
看護師の一人が差し出した
カルテを受け取って目を通した。
「……君のオペは私が行った。
意外に思うかもしれないが、私は医師の免許も持っていてね。
施術は完璧に終わったつもりだったのだが、
君の体力が保つかどうかは一種の賭けだった」
「そうだったのか……感謝する」
軽く頭を下げた絆は、鼻に刺さっているチューブを
手にとって引き抜こうとし、
慌てて看護師達にそれを止められた。
- 638 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:41:16.69 ID:+IntTbT/0
「フォロントンに着くまでは絶対安静だ。
一応作戦内容を持ってきたが……読み上げるか?」
駈が手に持っていた資料をヒラヒラと振る。
そこで純が椅子から立ち上がって、
駈から絆を守るように間に立った。
「……恐れながら、本部局長様にご意見がございます」
「何だ?」
怪訝そうに言った駈に、純は淡々と続けた。
「今後一切の戦闘には、私が単独で出撃します。
特務官様を止めていただきたく、ご意見陳情いたします」
「純、お前……」
言いよどんで口をつぐむ。
この子は、決して自己顕示のために言っているわけではない。
それを直感で感じたのだった。
- 639 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:42:07.02 ID:+IntTbT/0
黙り込んだ絆を横目で見て、
駈は手元の資料に視線を落とした。
「彼が乗るかどうかを決めるのは私ではない。
彼自身の裁量に任せるようにと、元老院も言っている」
――元老院。
存在しない組織。
そして、存在しない、データ生命体の老人達。
夢の中で桜達が言っていたことを思い出す。
絆はまた少し押し黙った後、静かに口を開いた。
「フォロントンの一斉攻撃には参加する。
この子と、S678番(霧のこと)を使うつもりだ」
「特務官様!」
純が珍しく声を張り上げた。
- 640 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:42:46.36 ID:+IntTbT/0
彼女は絆に向き直ると、明らかに怒った表情で続けた。
「あなたは今動ける状態ではありません。
端的に言いましょう。
私の性能をフルに発揮するためには、
あなたの同乗は邪魔でしかありません。
操作妨害をされたいのですか?」
「そのつもりはないし、足手まといになるつもりもない」
「じゃあ何故!」
悲鳴のような声を上げた純の剣幕に、
周囲の看護師達が動きを止める。
「安心しろよ。お前一人を死なせるつもりはないから……」
絆はそう言って、軽く笑ってみせた。
純はそこで、自分の手を彼が見ていることに気がついた。
握りしめた両拳は、わずかに震えていた。
- 641 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:43:30.67 ID:+IntTbT/0
それは怒りから来たものだったのか、
それとも恐怖から来たものだったのか、
それは純には分からないことだった。
慌てて手を背後に隠し、純は食い下がるように続けた。
「私は死ぬつもりはありません」
「いや、お前は死ぬつもりだ。
そしてその事実を、心のどこかで恐怖もしている。
いくら死を覚悟していると口で言ったって、
お前は死んだことがないんだ。怖いに決まってる」
「それは単なる憶測です」
「憶測じゃない。何故なら、俺も怖いからだ。
怖い者同士、気持ちはよく分かる」
「……怖いなら同乗する必要は
どこにもないのではないでしょうか?」
絆は息をついて、腕組みをしてこちらを見た駈を一瞥した。
- 642 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:45:09.72 ID:+IntTbT/0
そして純に向き直って言う。
「……やっぱり死ぬつもりだったな。
おおかた、バーリェのエネルギー融合炉でも
限界突破させて、新世界連合の拠点で
自爆をするつもりだったんだろう」
図星だったのか、純はそこで初めて口をつぐんだ。
そして何かを言おうとして失敗し、言葉を飲み込む。
「そんなことはさせない。
お前には俺のキーワードがあまり効果がないようだから、
意地でも同乗させてもらう」
「どうして……そこまでするのですか?
こんな私のために……」
口ごもった純の言葉にかぶせるように、
絆は静かに言った。
- 643 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:45:48.56 ID:+IntTbT/0
「自分を卑下するのは、圭の影響か?
似てるな……俺はあの子にも言った。
『生きろ』って。それを守ってもらう。
一度した約束は絶対だ」
「…………」
「もうくだらない理由で、
お前達が死ぬのを見たくないんだよ……」
黙り込んだ純に渚が近づいて、
その肩にブランケットをかける。
「少し休んでこい。俺は、本部局長と
話すことがある。渚さんも、休んでくれ」
「分かりました」
渚が頷いて純を促す。
純が俯いたまま本を手にとって立ち上がった。
奥の寝室に彼女達が入っていったのを見て、
絆は息をついた。
- 644 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:46:35.84 ID:+IntTbT/0
純は、顔には出ていないが相当疲れている。
それを肌で感じたのだった。
それはそうだ。
普通のバーリェなら死んでいてもおかしくない
レベルのエネルギーを搾り取られた直後だ。
疲れていない方がおかしい。
「君も大変だな」
駈がそう言って冷蔵庫まで歩いていって
コーヒー缶を取り出した。
そしてプルタブを開けて中身を口に流しこむ。
「……艦に損害は?」
問いかけると、駈は缶をテーブルに置いて、
椅子に腰を下ろした。
- 645 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:47:08.68 ID:+IntTbT/0
「十五パーセントと言ったところか。
ブラックホール粒子により外部装甲がだいぶやられた。
もう一度襲撃されたら危ないな」
「敵はこっちの情報を察知してるのか?」
「その可能性が高い。バーリェの生体エネルギーを
感知しているのかどうかは分からんが。
いずれにせよ、ピンポイントで多数の死星獣に
襲われたことは確かだ。君が、本部で交戦した、
AAD型死星獣は見当たらなかったがな」
「…………」
「あれには、絃元執行官が乗っているのか?」
- 646 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:47:47.89 ID:+IntTbT/0
問いかけられ、絆は弾かれたように顔を上げた。
「…………」
沈黙を返した絆に、彼は息をついて言った。
「君はどこかそれを確信していた。
だから全世界に対しての衛生ハックで
連絡をつけようとした。違うか?」
「……その通りだ。俺は、あれに乗っているのが
彼だと確信した。
何故かと言われると……ただの直感だが」
- 647 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/21(土) 21:49:06.48 ID:+IntTbT/0
お疲れ様でした。
次回の更新に続かせて頂きます。
引き続きご意見やご感想、ご質問などがございましたら、
お気軽に書き込みを頂けますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させて頂きます。
- 648 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/04/21(土) 21:53:35.45 ID:8sGzszcfo
乙
なんでか、駈が良い上司っぽくなってきたね
絆は駈に何処まで話すんだろうか
楽しみだ
- 654 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:37:06.02 ID:2BLGZ8KQ0
こんばんは。
駈とはやはり分かり合えないのかもしれませんね……。
でも彼も変わってきましたね。
ツイッターのDMなどで沢山のご感想、ありがとうございます!
とても嬉しく、読ませていただいています。
それでは、続きが書けましたので投稿をさせていただきます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
- 655 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:42:26.75 ID:2BLGZ8KQ0
「直感……? そんな不確定な第六感に、
私達は救われたというのか?」
「そうなるな……」
呟くように言って、絆は鼻のチューブを指でさした。
「これは抜いてはいけないのか?
喋りづらくて叶わない」
「抜けないと思うがな。
無理にやろうとすれば呼吸困難になる可能性が高い」
「…………」
ため息をついて、絆はベッドに横になったまま、
眠っている雪と霧を見た。
彼の視線を追うようにして駈が口を開く。
「……ここで寝かせていていいのか?」
- 656 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:43:16.51 ID:2BLGZ8KQ0
「構わないだろう……渚さんのことだ、
薬はちゃんと飲ませてくれたと思うからな」
「信用しているようだな。あのクランべを」
淡々とそう言われ、
絆は少しムッとしてそれに言い返した。
「悪いか?」
「……君はやはり異様だよ。
同じ人間なのかと疑問さえも抱く」
それには答えず、駈はそう言ってサングラスを外し、
目頭を手で抑えた。
「おそらく、そのクランベにさえも異質に
映っているだろうな、君の姿は」
「何を言いたい……?」
- 657 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:44:08.16 ID:2BLGZ8KQ0
「いや……単に元老院や医師団が研究するべきなのは、
このバーリェ達ではなく、本当は『君』で
あるべきなのではないかと、ふと思ってね」
平坦な声でそう返され、
絆は思わずゾッとして口をつぐんだ。
研究対象?
この男には、自分はそう映っているのか。
一瞬それに対して声を返せなくなったのだ。
「俺なんかを研究してどうする? 何も得るものはないぞ」
「医師団はそう考えないだろうな。
君の思考パターン、考え方、全てを吸収して、
今後生まれてくる子供のDNAに
活かそうとするかもしれない。
何せ、どんなバーリェでも即座に
使いこなすプロフェッショナルだ。
君の精子はさぞや高く売れることだろう」
- 658 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:45:04.31 ID:2BLGZ8KQ0
「そういう考え方は好きじゃない。
喧嘩を売っているのなら、出ていってくれ」
「気に触ったのならば謝ろう。他意はない」
そこで一旦言葉を切り、
駈はコーヒーの残りを口に流し込んだ。
「単刀直入に聞こう。戦闘は可能なのか?」
問いかけられ、絆は一瞬押し黙った。
そして自分の体を見回す。
各部に点滴や器具が装着された体。
ギプスで覆われた手と足。
日常生活さえも満足に行えない自分が、
果たして戦場に出ていって役に立つことができるのか。
それは、正直疑問だった。
- 659 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:45:55.77 ID:2BLGZ8KQ0
駈はコーヒーの缶を手にとって軽く振りながら、
絆のことを見ずに続けた。
「……私は不可能だと思うがね。
君は死んでもおかしくない程の怪我をした。
生き死にの境目にいたとも言える。
生命力の図太さは認めるが、君の体は既に限界だ。
それは、医師として私が保障しよう。
自信を持って言える」
「…………」
「しかし、君の存在が、ただ座っているだけでも
バーリェ達の精神波の安定に繋がることは、
状況証拠で既に実証されている。
戦力は多いに越したことはない。
強大な戦力であればあるほどだ。
君は、バーリェ達と共に戦う気があるのか?」
「…………」
絆は数秒間押し黙った後、口を開いた。
「……勿論だ。俺は、次の戦闘にも出撃をする」
- 660 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:46:41.77 ID:2BLGZ8KQ0
「そうか」
駈は頷いて立ち上がった。
「君の意思がある以上、私達が止めることは出来ない。
ただ、これだけは警告しておく。
次に無茶な操縦をしたら、君は確実に死ぬ。
その覚悟があるのなら、私は特に構わない」
「言われるまでもない……!」
歯を噛んだ絆を一瞥して、
駈はポケットから小型のプロジェクターを取り出した。
そのボタンを押して、壁に映像を投影する。
そこには、高さ二十メートル程の壁に
覆われた自然の森が映し出されていた。
「現在艦が向かっている、フォロントンの様子だ。
既に現地の軍やエフェッサーが数個大隊突入しているが、
いずれも帰還報告はない」
- 661 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:47:33.85 ID:2BLGZ8KQ0
「全滅したのか……?」
「おそらく」
頷いて、駈はプロジェクターのボタンを操作した。
映像が切り替わり、間近で映しだされた
自然の壁の画像が投影される。
「自然の壁の周辺は、特殊な磁場が発生しているために、
全ての通信機器は使えなくなる。
それは事前に説明した通りだ」
「待てよ……ということは、
バーリェの乗っているAADの遠隔操縦は……?
他のトレーナーはどうするつもりなんだ?」
絆は、そこでハッと気がついて問いかけた。
椿と自分以外のトレーナーは、
AADを遠隔操縦で操っている筈だ。
- 662 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:48:27.04 ID:2BLGZ8KQ0
それに、本部……つまりここからの通信も
途絶されるとなると、AADを操ることは出来ない。
駈は頷いて続けた。
「君と、椿執行官以外のバーリェは、
君達の指示で動くことになる。
この艦は自然の壁の外側で待機。
君達は上空から侵入することになる」
「バーリェに任せるっていうのか……!
軍や他のエフェッサーはそうしたんだな?
だから一機も帰還できていないんだ……!」
この期に及んで、人間達は自分の命を優先する。
思わず声を荒げた絆は、息が詰まり力なく咳をした。
「何かおかしいかね?」
駈にそう聞かれ、絆は息を吐いてから続けた。
「あんた達には一生分からないことだよ」
- 663 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:49:06.01 ID:2BLGZ8KQ0
「……それで、今回の突入作戦だが、
君にはもう一度大恒王に乗って欲しい」
駈に押し殺した声でそう言われ、
絆は目を見開いて彼を見た。
「大恒王を……持ってきたのか?」
「システムの中核さえあれば
いくらでも複製が可能だ。
この艦の中で修復を続けていた。
先程ロールアウトが完了した」
「凍結されているんじゃないのか?
……国際条例に違反しろって言いたいのか?」
「そうだ」
駈は暗い笑みを発して、絆を見た。
「君には国賊になってもらいたい」
- 664 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:50:07.03 ID:2BLGZ8KQ0
言葉を失った絆に、駈は付け加えた。
「無論タダでとは言わない。大恒王はあくまで君が、
個人的意思で運用したものと
主張してくれればいいだけだ。
君の命は保障しよう。その代わり……」
「俺の脳の研究をさせろと言いたいのか……!」
「そうだ」
頷いて、駈はポケットに手を突っ込んで
壁に寄りかかった。
「私達にとっても、君にとっても悪い話ではない。
生存確率は、大恒王の方が圧倒的に高い。
『死ぬのが怖い』のなら、乗るべきだと私は思うが」
――卑劣だ。
いけしゃあしゃあとした顔で、よくやる。
- 665 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:50:38.93 ID:2BLGZ8KQ0
絆は心の中で、駈に唾を吐きかけたい
衝動を無理やり抑え込んだ。
やはりこの男は、危険だ。
夢の中でバーリェ達と会話した内容を、
この男に漏らす訳にはいかない。
絆はだいぶ長い間考え込んでいた。
しばらくして彼は息をつくと、駈に答えた。
「……分かった。大恒王に乗ろう」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
駈は端的にそう言って、壁から離れて
ゆっくりと出口に向かって歩き出した。
- 666 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/04/24(火) 21:51:32.66 ID:2BLGZ8KQ0
女性職員と看護師達が彼に続く。
数人の看護師に目配せをして残るように
指示すると、彼は部屋のボタンを
押してから言った。
「……フォロントンにはあと十五時間あまりで
到着する。それまでの間だが、ゆっくり休むといい」
――休めるわけがないだろう。
部屋を出ていった駈に対して、心の中で吐き捨てる。
絆は、睡眠薬を自分に投与してくれるように
看護師に頼み、目を閉じた。
次へ 戻る 上へ