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少女「それは儚く消える雪のように」
- 107 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/02/20(月) 23:05:57.31 ID:WO2eriwB0
*
ベッドに倒れこむように転がり、
抱きついてきた雪を潰さないように胸の上に引き寄せた所から、
唐突に記憶は途切れた。
今まで耐えていた疲れが自分のシーツの感触を感じた瞬間、
一気に倒壊した感じだ。
雪が寝付くのを確認もせずに、
落ちるように眠ってしまっていたらしい。
目が覚めた時には完全に朝になってしまっていた。
一瞬、目に飛び込んできた
……開け放しの窓から中天まで昇った太陽の光を理解することが出来ずにポカンと口を開ける。
- 108 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:06:40.27 ID:WO2eriwB0
数秒間窓の外を見つめ、
そこでやっと絆は自分が昼近くまで眠っていたのだと気づき、慌てて起き上がった。
隣で眠っていたはずの雪の姿はなかった。
他のバーリェのベッドの、全員一様に綺麗にシーツが畳まれている。
彼女達の起床時間は朝の七時。食事は七時半から。
そう決めていたのは他ならぬ絆自身だ。
軽く頭を抱えながら、まだ疲れでふらふらする目を押さえ、
彼は裸足のままベッドから降りた。
壁の時計を見上げると、丁度九時半をさしている。
- 109 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:07:21.24 ID:WO2eriwB0
日の光を見て昼当たりだと思ったが、
そんなには寝過ごしていなかったらしい。
一週間、死星獣退治のために気を張っていた反動だ。
今は仕事も何もないフリーな状態だということに気がついて
青年は欠伸をしながら息をついた。
食堂の方に向かうと、流しの方か洗い物をしている音がする。
このラボでは、客間と食堂がほぼ一体になっている。
誰か来客があったときに、
手っ取り早くまかないを出せるようにという絆の考案によるものだった。
- 110 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:08:53.83 ID:WO2eriwB0
接近を感知して自動で開いたドアをくぐると、
壁のいたるところに取り付けられた金銀の飾りの光が目に付き刺さった。
昨日のことを忘れかけていて、それで無理矢理に思い出させられる。
(そういえば調べなきゃな……)
頭の中で反芻しながら広い部屋を見回すと、
少女達ほどもある、巨大なテレビは今日はついていなかった。
いつも絆が寝過ごすと、
これ見よがしといわんばかりに優や文たちがテレビゲームをやっているのだが。
不思議に思って視線をスライドさせると、
彼女達は大きなソファーにひとまとまりになって何かに取り掛かっているところだった。
- 111 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:10:10.75 ID:WO2eriwB0
少しばかりその作業が気になって、足音を殺して近づく。
「あ、絆だ」
しかし途中で目ざとく優に気づかれ、彼は苦笑しながら頭を掻いた。
彼女の言葉に誘発されるかのように、他の少女達も一斉に振り返る。
丁度円を作るように座っていて、真ん中に雪がいる状態だった。
「おはよう、絆」
「おはよー」
元気に飛び出してきた愛のタックルを軽く受け止め、
片手で彼女の小さい体を、軽々と肩に担ぎ上げる。
そのまま器用に愛は絆の額に手を回した。
- 112 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:10:52.22 ID:WO2eriwB0
「遅いよ絆、お寝坊ダメって言ってるのに」
抗議するように愛に髪をくしゃくしゃにされながら彼女の頭を撫でる。
「悪い悪い。てか、お前ら今日は目覚まし鳴らさなかっただろ。電池が切れたか?」
「違うよ? 絆が疲れてるみたいだからって、雪が止めたんだよ?」
きょとんとしながら優がそう返してきて、
慌ててそれをさえぎろうとして失敗した雪が顔を赤らめた。
「ご、ごめんね。しばらくお仕事はないって聞いてたから……」
どもりながら謝ってきた少女の隣に座って、しかし絆はニッと笑って見せた。
「気ィ使わせちまったみたいだな。まぁもう元気だから心配すんな。
ん? てゆうかお前ら何やってたんだ?」
- 113 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:11:42.95 ID:WO2eriwB0
そう聞いて、雪が手に持っていた金色の折り紙を摘み上げる。
所々いびつに折られていた。
怪訝そうにそれを見ている絆の膝をつついて視線を引き寄せ、
文が素早く手を動かして文字を作った。
『クリスマスの飾り。雪ちゃんは作り方知らないから、教えてあげてたんです』
「ああ、そういうことだったのか」
「私、こういうの苦手で……」
上手く出来ていないことを自覚しているのか、もごもごと雪が言うと、
彼女の太ももを軽く叩いて優が元気に言った。
「大丈夫大丈夫。簡単だから。雪でも出来るよ」
「優でも出来るしね」
絆の肩の上で愛がそう言うと、優はジト目で彼女を睨んだ。
- 114 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:12:34.70 ID:WO2eriwB0
「どーゆうことそれ?」
『大雑把なお姉ちゃんでも出来てるんだから、
丁寧な雪ちゃんに出来ないことはないっていうことだよ』
膨れた彼女の肩を引いて、手話で文が言うと、
優は更に膨れながら床に散らばっていた金紙を手に取った。
「さーどんどん折るよ〜」
「ま、適度に頑張れよ。それよりお前らメシはきちんと食ったのか?」
そう言うと流しの方から足音が近づいてきて、
頭の上から静かな声が投げかけられた。
「あ、おはようございます絆さん。朝食になさいます?」
エプロン姿の命が、洗い物は終わったのか手を布巾で拭いながらこちらを見ていた。
- 115 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:27:16.71 ID:WO2eriwB0
視線を少し横にずらすと、
食堂の大きなテーブルの上には彼女達の薬いれが出しっぱなしになっていた。
どうやら自分たちで用意して、既に済ませた後らしい。
この命という少女は、さりげなく絆なんかよりも料理が上手かった。
おそらく全員分の食事を作って、そして片付けていたところだったのだろう。
「おはよう。すまねぇな命」
「いえいえ。今スープを温め直しますね」
キッチンに逆戻りした彼女を追う様に、ソファーを離れて食卓に向かう。
椅子に座ると、驚くほど手際よく、トーストやスクランブルエッグが並べられていく。
- 116 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:28:00.09 ID:WO2eriwB0
コンソメのスープを口につけながらトーストをかじると、
命が近くの椅子に腰を下ろしてきた。
「うん、旨いぞ」
褒めてやり、頭を撫でると嬉しそうに頬を赤らめる。
そして彼女は青年の顔を見上げて言った。
「雪ちゃんから大筋は聞きましたけど
……今回の死星獣は規格外の大きさだったんですね。
一杯軍にも被害が出たって、昨日のニュースでやってました」
「ああ。この所、都心付近の出現する死星獣がますます凶暴化してるような気がする
……協会のじーさんたちも、新型のAADを実戦投入する気満々だしな……」
- 117 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:28:47.85 ID:WO2eriwB0
何気なく言ってしまって、そこで初めて絆は『しまった』と息を詰まらせた。
案の定、新型の兵器と聞いて命は一瞬きょとんとした後顔色を変えた。
目をキラキラさせながら、身を乗り出して、彼女は声のトーンを落とした。
「新型機が絆さんに配属されるんですか?」
隠しておくつもりだったが……食事による気の緩みでつい出てしまった言葉はもう戻らない。
大きくため息をついて、トーストを皿に置き額を抑える。
実の所、全員のバーリェの中でこの少女の口は一番軽い。
真面目そうな物腰だがそれとは対照的に隠し事というものが出来ない子なのだ。
おそらく黙っていろと言っても一時間後には全員が聞いた内容を全て知っているだろう。
- 118 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:29:33.37 ID:WO2eriwB0
無駄に予測を一人歩きさせないほうがいいか、
と頭の中で自分を納得させ、絆は言った。
「まだ詳しくは聞いてないがな。今度のAADは、
自動式の二足歩行タイプの甲殻戦車らしい。配属されるとすれば、多分それだろ」
「誰が乗れるんですか?」
間髪をいれずに、命は息を詰まらせて聞いてきた。
他の子たちには聞こえないように。彼女の見つめる目は真剣だった。
そこには、ドス黒い感情も何もない。
ただ純粋な思いそれだけだった。
答えるべきか否か口ごもった彼に、少女は僅かに表情を落として呟くように聞いた。
- 119 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:30:38.99 ID:WO2eriwB0
「また……雪ちゃんですか?」
すがるような視線。
絆は口の中に残ったトーストのカスを舌で転がしながら、心の中で大きくため息をついた。
複数体、バーリェを管理しているものの宿命とでも言うのだろうか。
最も難しく、そして最も辛い作業。
それがバーリェの選択だった。
当然強い能力を持つバーリェは高性能な機体を動かすことができる。
だが、使用されれば使用されるほど寿命は減っていく。
しかし、彼女達はそれを
──少なくとも絆の認識している限りでは
──全く苦に思っていない。
- 120 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:32:01.13 ID:WO2eriwB0
それは未だに絆は理解が出来ないし、
理解をしようとしてもそれは不可能なことだった。
工場を出荷される時にコンピュータにより意識の下に植え付けられた感情なのか。
彼女達は自分を……とにかく使ってもらいたがる傾向がある。
そう、他の誰よりも。世界中のどのバーリェよりも。
自分が優れていることを証明したがる。
バーリェの特性の一つとして、
生命維持よりもその自己顕示の感情が優先されるというものがある。
つまり。
使用してもらうこと、それが彼女達の存在意義なのだ。
- 121 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:32:53.18 ID:WO2eriwB0
使えないバーリェは、存在している意味がない。
彼女達は生まれながらにしてそれを、
心の深く奥の場所に刻み付けられて生まれてくる。
「私、乗りた……」
──乗りたいです。
そう言いかけた命の言葉を、手でやんわりとさえぎる。
そして極めて何でもない風を装って絆は答えた。
「まだどんなのかも分かってないし。
ひょっとしたらお前ら五人全員に配布されるのかもしれない。
ちゃんと詳細が聞かされたら教えてやるから。そんなに焦るな」
言われて、紅潮していた彼女の頬が緩やかにもとの色に戻っていく。
- 122 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:34:56.31 ID:WO2eriwB0
少し沈黙して、命は黙ってテーブルに目を落とした。
「そ、そうですね……ごめんなさい……」
「それより、お前はクリスマスの飾りとか作らなくてもいいのか?
みんなあっちで必死こいてやってるが」
絆が話題を変えようと親指で雪たちの方を指すと、命は顔を上げて微笑んだ。
「ええ。私は昨日までに随分沢山作りましたから」
「しかし、今まではそんな行事知らなかったのにやたらと一生懸命だな。
サンタとかいう奴がプレゼントをくれるんだろ?」
多分、空想上の神さまか何かなんだろう。
信じる純粋な人間には幸福をくれるとか言う、宗教関連の迷信だと思われる。
- 123 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:35:43.90 ID:WO2eriwB0
だが命が返してきた反応は意外なものだった。
きょとんとしてこちらを見た後、彼女は口を開いた。
「絆さんは欲しくないんですか? プレゼント」
唐突に聞かれて頭が対応せず、青年はスープにスプーンを突っ込んだ。
そして軽くかき回しながら、言葉を選んでそれに返す。
「お前ら、何か欲しいものがあるのか?
そんなの俺に言えばある程度なら買ってやれるけど……」
「わかってないですねぇ、絆さん。
プレゼントだから意味があるんじゃないですか。何でも願いが叶うんですよ?」
- 124 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:36:25.71 ID:WO2eriwB0
わくわくしているのを隠そうともせずに、
彼女は絆の顔を下から覗きあげた。
「それってすごく、すごく素敵なことだと思いませんか?」
その目は、自分がプレゼントをもらえるということを信じて疑っていない目だった。
おそらく彼女自身もクリスマスが何であるかを全く理解していない。
絃に何を言われたのだかはわからないが
……自分の知らない所で厄介なことになっている雰囲気を感じて小さくため息をつく。
何処となくこの行事の趣旨が読めてきた。
昨日、確か寝る前に靴下の中に欲しいものを書いておくと雪が言っていた気がする。
サンタというのが何かは分からないが、
おそらく保護者がそれを見て、欲しいものを用意して置いておくんだろう。
- 125 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:37:29.00 ID:WO2eriwB0
……常識で考えればそうなる。
何のためかはよく分からないが。
「じゃ、俺も何かお願いしとこうかな」
苦笑しながらそう返すと、命は顔を輝かせて頷いた。
「そうですよ。こんなお得なことはあんまりないです」
「お得って……お前の観点はそれか」
大人のような振る舞いをしていても、やはり中身は子供だ。
- 126 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:37:57.70 ID:WO2eriwB0
だが……来年の十二月二十五日が彼女達に訪れるのだろうか。
ふとそう思って言葉を止める。
視線をスライドさせ、黄色い声をあげながら工作に取り組んでいるバーリェたちを見る。
(……欲しいもん、か)
出来るだけ叶えてやりたい。
絆はそう思って息を吐いた。
- 127 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/20(月) 23:44:07.98 ID:WO2eriwB0
お疲れ様です。
本日の更新は以上になります。
引き続き、明日また更新させていただきます。
お付き合いいただけましたら幸いです。
- 128 名前:NIPPERがお送りします [sage saga] 投稿日:2012/02/21(火) 01:51:49.85 ID:GX8yaXeDO
乙彼様です!
- 129 名前:NIPPERがお送りします(静岡県) [sage] 投稿日:2012/02/21(火) 15:32:48.77 ID:2xmZMPDro
おつ
続きも期待
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