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少女「それは儚く消える雪のように」 2
- 198 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/03/27(火) 19:41:47.68 ID:+6h/+PqS0
少なからず、絆は彼女の見た目にショックを受けていた。
そして次いで、ショックを受けてしまった
自分に呆然とする。
冷静になろうとして、
しかし言葉を出そうとして失敗する。
少女はそんな絆の様子を見て、
少し考えた後、バツが悪そうに顔を伏せた。
「……ごめんなさい。驚かせてしまいましたね……」
「い……いや……」
絆はそう言って気を取り直し、
周囲の医師達に目配せをした。
医師達が固まって病室を出て行く。
管理担当らしい主任医師が、絆にカルテを渡した。
- 199 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:42:57.75 ID:+6h/+PqS0
「ご覧の通りです。五大原則の確認はしています。
性能はS93(霧のこと)を遥かに凌ぎますが、
見た目と、性格に多少の問題があります」
「…………」
多少?
これが、多少?
右腕と足の丸まった切断点を、唯一無事な左腕で、
病院服を使い隠した少女を一瞥し。
絆はそれを口に出そうとして思い直し、
無理矢理に飲み込んだ。
「……性格?」
自分を凌ぐと目の前で言われ目の色を変えた霧を、
医師から庇うように立ち、彼に声を低くして問いかける。
「どういうことですか?」
- 200 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:44:03.05 ID:+6h/+PqS0
「このバーリェは、調整が完了した時から
自分を卑下しています。自殺願望がとても強い。
それを拭い去れなかった点では未調整とも言えます」
「五大原則を言えるのに、『自殺願望』があるのですか?」
「その矛盾については、現在調査中です。
今回は試験的にあなたにお渡しします。
なにぶん初めての試みなので……ご留意ください」
小さな声で返し、医師は頭を下げると部屋を出て行った。
しばらく、絆は車椅子の少女のことを見つめていた。
自殺願望……?
そう、医師は言った。
バーリェは意識下に刷り込まれた五大原則の一つにより
自分の意思で自分を殺せないように出来ている。
- 201 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:44:36.93 ID:+6h/+PqS0
しかし……。
他ならぬ「自殺」で、
絆は大事なバーリェを亡くした直後だった。
文だ。
彼女が姉の後を追ってとった
自爆という行為は、自殺に相当する。
何らかのトリガーが引かれ、
意識化の刷り込みが掻き消されたと考えられる。
そしてこの子だ。
どういう意味なのだろうか。
文のように、ストッパーが解除されて
意識の方も「番外個体」なのだろうか。
その意味を推し量りかねていたのだ。
- 202 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:45:20.99 ID:+6h/+PqS0
しかし沈黙を、自分の外見に引いていると
勘違いしたのか、車椅子のバーリェは俯いて、
左手でレバーを操作した。
絆達とは反対の、少し離れた部屋の隅に車椅子が移動する。
そこに体を丸めて小さくなり、
少女は小さな声で、呟くように言った。
「軍の方ですか……?
私のことを、笑いに来たんですか?」
絆はそこで我に返り、慌てて少女に言った。
「笑ったりはしない。すまない、その……
あまりに仕様書と外見が違ったから、
驚いてしまった。気を悪くさせたのなら謝る」
本当のことだった。
仕様書で見せられたロールアウト前の
彼女は、綺麗に四肢があった。
- 203 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:46:09.13 ID:+6h/+PqS0
おそらくは絆に渡される前に、
何かがあったと思われる。
静かに言った絆を怯えたような目で見て、
彼女はそっと言った。
「どうして……謝るんですか?
驚くのは当たり前だと思いますが……」
「…………」
絆は気まずい沈黙に突入しようとした空気に
無理矢理割って入り、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
そしてまだ入り口で硬直している霧に向けて言う。
「霧、来いよ。何してるんだ」
椅子を引いてやると、霧は車椅子のバーリェから
視線を離せないらしく、口を半開きにしたまま
近づいてきて、椅子に腰を下ろした。
- 204 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:46:52.27 ID:+6h/+PqS0
その視線を浴びて、少女がますます小さくなる。
自殺願望というよりは、
何かに怯えているような……。
しかし本人を前に、おおっぴらに
霧を注意するのははばかられた。
絆は横に座った霧から視線を離し、
まだ近づいてこようとしない少女に言った。
「どうした? 俺はお前に何もしない。
これから一緒に暮らすんだ。
こっちに来て、一緒に喋ろう」
霧が弾かれたように絆を見た。
まさか、嘘ですよね? と言った顔をしている。
- 205 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:47:51.00 ID:+6h/+PqS0
――霧の反応は、当然だった。
今の時代、医療技術の進歩により、
先天的な障害を持って生まれる人間は、
殆どいないと言ってもいい。
だが、バーリェは原則「不完全な」人間のクローンと
言われているので、製造段階で誤差が生じる。
それゆえに番外個体が混じるが、
四肢のどれかが欠損している例は
今までにないと言えるだろう。
バーリェは体の臓器等をプラモデルの
パーツのように取り替えることが出来る。
腕が折れたら切除して新しい腕を、
ということも可能だ。
もっとも、雪の場合は適合するパーツが
ないという不具合が発生しているので、
決してその限りではない。
- 206 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:48:43.27 ID:+6h/+PqS0
以上のような理由で、あくまで通常に
「バーリェは普通は五体満足である」という概念が、
彼女達にはある。
それ以前に、事前の睡眠学習でこのような例が
この世に存在しているということは、
おそらく教えられていない。
霧にとっては生まれて始めて見る「異形」だったのだ。
しかし絆は霧の視線を無視して、少女に重ねて言った。
「ほら、来いよ」
「……それは『命令』ですか?
それとも、あなたの個人的感情ですか?」
小さな声で少女が言う。
絆は少し考えてからそれに答えた。
- 207 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:50:17.43 ID:+6h/+PqS0
「個人的感情だ。
俺は、お前に安易に命令したりはしないよ」
「……では、お帰りください。
私は見た通りの体です。どこの誰かは存じませんが、
あなた方のお役に立つことは出来ません」
拒否された。
それもはっきりと。
というか、それ以前に絆を
トレーナーと認識してないようだ。
バーリェに拒否されるのは初めての
経験だったので、一瞬沈黙する。
そして絆は、松葉杖を引いて立ち上がると、
よろめきながら椅子を押し、彼女の前に運んだ。
すぐ近くまで歩み寄ってから腰を下ろす。
- 208 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:51:46.13 ID:+6h/+PqS0
「お帰りください……」
小さく震えながら少女が言う。
今にも泣き出しそうだ。
硬直したままの霧を置いて、
絆は手を伸ばして少女の頭にポン、と置いた。
ビクッ、と凄い勢いで少女が怯える。
しかし絆はそれを軽く笑い飛ばし、口を開いた。
「いいや帰らない。帰るときは『一緒』だ。
お前を迎えに来たんだ。俺はトレーナーだよ」
「トレーナー……? あなたは、トレーナーなのですか?」
「ああ、そうだ。お前をこれから育てることになる。
帰れだなんて悲しいことを言うな」
「…………」
- 209 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:54:09.99 ID:+6h/+PqS0
少女は「信じられない」と言った顔で
絆をポカンと見てから、しばらくしてまた俯いてしまった。
絆は彼女の頭から手を離し、続けた。
「お前のことはこれから『圭(けい)』と呼ぼう。
名前だ。分かるな?」
「圭……? 私の、名前?」
繰り返した彼女に、絆は頷いてみせた。
「そうだ、名前だ」
「私に名前なんてつけても、
無駄です……どうせ私はすぐ死にます」
しかし圭と名づけられたバーリェは、
絆の言葉を、聞こえるか聞こえないかの声で、
早口に打ち消した。
「……何だって?」
- 210 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:54:50.60 ID:+6h/+PqS0
思わず聞き返した絆と目を合わせないように
しながら、彼女は続けて言った。
「私は死ぬために創られました
……その時が来れば、あなたの命令で即座に死にます。
ですから、私に名前なんてくださっても、
それは無駄なことなんだとお伝えしたいまでです……」
小さく咳をしてから、圭は表情を落とした。
「それが、バーリェってものでしょう?」
問いかけられて、絆は言葉に詰まった。
確かにこの子の言う通りに、
バーリェは死ぬために創られるようなものだ。
しかし。
だからといって、最初からそれに
絶望している個体を見るのは、初めてのことだった。
- 211 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:55:34.59 ID:+6h/+PqS0
この子は……。
自分の境遇、いや、自分の「存在」
それ自体に絶望しているのか。
バーリェとして、不具な体として
生まれてしまった自分自身に心の底から
絶望してしまっているのかもしれない。
精神調整が十分なされていないことによる
副作用なのだろうが、正直絆は、この子の扱いに困った。
だが彼は、少し考えてから静かに圭に返した。
「……俺達人間だって、いつ死ぬか分からない。
ある日突然、交通事故に遭って死んでしまう人間だって
大勢いるし、孤独に息を引き取っている人だっている。
殺されてしまう人だっている。
いつ死ぬか分からないっていうのが生きてるってことだろ?
何を悲しいことを言ってるんだ」
「……人間とバーリェは違います」
「同じだよ。何も変わらない」
- 212 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:56:12.47 ID:+6h/+PqS0
絆は、そこで圭の言葉を強く否定した。
圭は口をつぐんで唇を噛んだ。
押し黙ってしまった彼女の左手を握り、絆は言った。
「しっかりしろ。ロールアウト直後に死ぬことを
考えるなんて、どうかしてるぞ。別に深い意味はないんだ。
名前が気に入らなかったら、そう言ってくれればいい」
「…………」
圭は、しかし少し考えた後首を振った。
「……気に入らなくはないです。ありがとうございます」
「そうか、良かった」
軽く微笑んでから圭の手を離し、彼は霧の方を向いた。
「あっちが霧。お前の……お姉さんのようなものだよ」
「お姉さん……? 私に、姉がいたのですか?」
- 213 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:56:54.28 ID:+6h/+PqS0
意外そうに圭が言う。
手招きされて、
霧は顔を引きつらせながら近づいてきた。
「こ……こんにちは」
引きつった顔で手を差し出す霧。
それを冷めた目で見て、圭は口を開いた。
「無理はしない方が良いですよ。
私のことを気味が悪いって、
そう思っているんでしょう?」
「そ、そんなことは……」
霧の声が自信を失ったように尻すぼみになって消える。
「…………ないです!」
やっと声を絞り出し、霧は意を決したように
近づいてきて、無理矢理に圭の手を握った。
- 214 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:57:32.32 ID:+6h/+PqS0
そして上下に何度か振る。
「よろしくお願いします! 私は霧。
これから一緒に暮らすことになります。
楽しく過ごしましょう!」
早口で元気に言われて、しかし圭は霧から手を離すと、
怯えたように縮こまって視線をそらした。
「……それは命令ですか?」
絆に助けを求めるような視線を向ける圭。
絆は首を振った。
「いや……別に命令じゃないが、俺は他のトレーナーと
違って、バーリェの集団生活を基本方針としてる。
お前にも適応してもらうことになる」
「方針って……命令ってことですか?」
「まぁ、曲解して受け取ればそうなるかもしれないが……」
- 215 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:58:08.70 ID:+6h/+PqS0
「……命令なら、聞きますけど……」
繰り返して、圭は車椅子を操作して霧から距離をとった。
「あ……」
手を差し出した姿勢のまま、
霧が所在無さげにその場に立ち尽くす。
「嫌なのか?」
問いかけられて、圭は頷いた。
「はい……」
「どうして?」
「どうしてって……私はご覧の通りの体です。
満足に日常生活を送ることもできませんし……
ましてや他の子と共同生活なんて、
考えたこともありませんでした。
多分、無理だと思います……」
- 216 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:58:48.75 ID:+6h/+PqS0
絆は小さくため息をついて、彼女に言った。
「無理だ駄目だって言うのは、
やってみてからするもんだ。
生まれたばかりのお前に何が分かる?」
「ご覧になって分かりませんか?」
自嘲気味に小さく笑って、圭は言った。
「こんな体で……何をしろっていうんですか?」
「お前は、妙に自分を卑下するな。
その体が何だ。うちには目が見えなくたって
立派に生きてる子だっている。
お前は片方のようだが目も見える。
口も利けるし耳も聞こえる。
腕だって一本あるじゃないか」
「…………」
- 217 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:59:23.36 ID:+6h/+PqS0
「何をしろとは言わないよ。
ただ、頑張って『生きて』欲しい。
敢えて言うとすれば、それは俺からの、
お前に対する最初で最後の『命令』だ」
「…………」
しばらく絆の言葉の意味を推し量っていたのか、
圭は黙りこんで、やがて諦めたように息をついて頷いた。
「……命令なら、仕方ないです。一緒に行きます」
「……分かってもらえたならそれでいい。
とりあえず……霧。この子の車椅子を押してやってくれ」
「分かりました!」
頷いた霧から視線を離し、
圭は自分で電動車椅子のレバーを動かした。
「……自分で出来ます」
- 218 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 19:59:52.94 ID:+6h/+PqS0
スーッ、と滑るように彼女は絆達の脇を
横切って、部屋の出入り口の前に車椅子を止めた。
「そういえば……あなたの名前、
お聞きしていませんでした」
振り返って言った圭に、絆は微笑んでから答えた。
「絆だ」
「……変な名前」
小さく笑って、圭が自動扉をスライドさせて
開け、部屋を出て行ってしまった。
- 219 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 20:00:51.20 ID:+6h/+PqS0
慌てて松葉杖を手に取り、立ち上がる。
その補助をして絆を支えながら、
霧が小さな声で言った。
「マスター……あの子は、一体『何』ですか?」
「どういう意味だ?」
問い返した絆に、霧は言いにくそうに
口をつぐんでから言った。
「……バーリェのにおいも
……死星獣のにおいもしませんよ……?」
- 220 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/27(火) 20:03:25.08 ID:+6h/+PqS0
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
引き続き、ご意見やご感想、ご質問などございましたら、
お気軽に書き込みなどいただけますと嬉しいです。
それでは、今回は失礼させていただきます。
- 221 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/27(火) 20:05:29.21 ID:YFfpXFeC0
乙
霧さん…爆弾発言すぎまっせ
- 222 名前:NIPPERがお送りします(東京都) [sage] 投稿日:2012/03/27(火) 21:56:58.22 ID:/0swUbYLo
遂にどっちでもないものになってしまったか
しかし、ダウナーな子が出てきたな
良いぞ良いぞ・・・・!
- 223 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/27(火) 22:02:15.26 ID:iP9DFZRno
霧ちゃんは昔に比べて大分いい子になったよね
圭は驚いていないから霧から死星獣のにおいを感じてないのかな?
お疲れ様
- 224 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/28(水) 08:17:40.01 ID:0s+Cn6rIO
もはやバーリィですらないのか…
- 225 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/28(水) 08:57:45.24 ID:zBgY9j4IO
乙
人間か
- 226 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/28(水) 19:59:03.48 ID:BweApVW10
こんばんは。
正体不明の新種、圭が登場しました。
死星獣の反応や、感知能力については今回の更新で
書かせていただいています。
それでは、続きを投稿をさせていただきます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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