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少女「それは儚く消える雪のように」
760 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:32:01.13 ID:7tAhBmUl0
本部からの監査役員がラボを訪問し、
形式的に見て回っているのを、
雪をはじめとしたバーリェ達はどこか怯えた表情で見ていた。

霧だけがケロリとしているが、
それはロールアウト直後の個体だからだろう。

バーリェは成長するにつれて、
自分が「生き物」ではなく「備品」として
扱われていることを、いやがおうにも自覚させられる。

絆は決してそのような扱いはしていなかったが、
エフェッサーの本部職員は
――渚のような一部例外を除いて――
殆どが、バーリェを生き物扱いはしない。

軍人も同様だ。

度重なる検査や手術を受けさせられている雪が、
特に怯えを顔に表していた。


761 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:33:04.13 ID:7tAhBmUl0
絆のラボは、バーリェ達が唯一くつろいで
安心することができる、いわば彼女達の「聖域」だ。

そこに土足で踏み込まれて、面白いはずはない。

はずはないが、彼女達に反抗するだけの勇気が
あるかといえば、そんなものはどこにもなかった。

だから部屋の隅に集まって、小さくなっている。

霧だけが絆の脇に、
命令を待つ子犬のようにピタリとくっついていた。

監査役員の一人が、絆に書類を渡してサインを求める。

それに懐の万年筆を取り出してサインしがてら、
絆は淡々とした口調で言った。

「一つ疑問があります。質問をいいでしょうか?」


762 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:33:53.73 ID:7tAhBmUl0
「何だ?」

役員に問い返され、絆は慎重に言葉を選んでから口を開いた。

「……何故一昨日逮捕しなかったのですか? 
彼はエフェッサーの本部に出頭していました。
連絡が途絶えての強制捜査は分かりますが、
みすみす逃がす理由がない」

答えは期待していない。

単に、揺さぶりをかけただけだ。

渚と話している時におかしいとは思っていたのだが、
質問はしなかった。

録音されている危険性があったからだ。

それに、その質問の答えは、あらかた想像がついていた。


763 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:34:35.74 ID:7tAhBmUl0
……絃は、連絡を途絶してから一昨日、
つまり丸二日の時点でエフェッサーの本部に、
新型バーリェの説明のため訪れていた。

他ならぬ絆と口論したあの日だ。

その時に逮捕するなり何なりしたら良かったのだ。

それを見過ごして、
見失ったと騒いでいるのは少し奇妙だ。

――が、その理由はあらかた想像がついた。

絃は、何か手を出してはいけない領域に
手を出してしまっていたのではないのだろうか。

例えば、桜の延命のために別の組織と提携する
……バーリェの情報を提供する代わりに、などだ。


764 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:35:10.42 ID:7tAhBmUl0
その場合、即逮捕に踏み切らなかった理由は納得がいく。

泳がせて確証を掴んでから確保というのが、
定石な流れだからだ。

問題は、だ。

絃が例えばそうだったとして、
逆にそれほどまでの危険を冒してエフェッサーの本部に
出頭した理由は何だったのかが分からない。

絆と話すため……だけではないだろう。

何か、他に訳があった筈だ。

――絃が逃げ込んだ場所は、おそらくスラム街。

それ以外には考えられない。

法治国家から外れた場所に桜を連れて行ったと
考えるのが妥当だ。


765 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:35:52.21 ID:7tAhBmUl0
それも、理由が分からなかった。

仮に桜の延命をすることが出来たとしても、
どっち道彼女はバーリェだ。

長くともあと一年以内には確実に死ぬ。

それが寿命なのだ。

その一年だけのためだけにこんな危険を冒すのか……?

絆には、正直素直には考えがたいことだったが、
同時に心の片隅では理解もしていた。

絃とはそういう男だ。

もしかしたら……そうなのかもしれない。


766 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:36:21.51 ID:7tAhBmUl0
絆の質問を受けた職員は、少し考えた後

「拘束規定事項第三条七項の事由により、
話すことは出来ない」

と返してきた。

予想通りの反応だったので、絆は

「……そうですか」

とだけ返して口をつぐみ、書類を彼に渡した。

もしかしたら……。

もしかしたらだが、エフェッサー本部が
何かを隠している可能性もある。

そうだとしたら、絃の失踪でさえも
狂言である可能性も捨て切れなかったのだ。


767 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:36:57.88 ID:7tAhBmUl0
誰も信用は出来ない。

いつの頃からだったか、
人を信用する癖がついてしまっていた。

しっかりしなければと思い直し、絆は息をついた。

監査役員を送り出して、
絆はピッタリとくっついて来ている霧の手を引いて、
ラボに入った。

……考えても分からないものは、仕方がない。

それより今出来ることを、
今対処しなければいけないことを片付けるまでだ。

「監査役員は帰ったよ。安心しろ」


768 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:37:26.68 ID:7tAhBmUl0
四人のバーリェに言うと、雪が開口一番

「良かった……」

と呟いた。

霧から手を離して彼女に近づいて、頭を撫でてやる。

「大丈夫だ。単に、視察のために来ただけだ」

優と文が顔を見合わせて、そしてテレビの方に走っていく。

テレビゲームの途中だったのだ。

それを侮蔑しているかのような目で見下して、
霧が近づいてきて雪の手を引いた。

「お姉様、ゲームの続きをしましょう!」

「ちょっと……ごめんね」

しかしそれを、雪がやんわりと拒絶した。


769 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:38:08.70 ID:7tAhBmUl0
きょとんとした霧に、雪は言いにくそうに口を開いた。

「これから、命ちゃんにお料理を教えてもらう予定なの。
良ければ、霧ちゃんも一緒にやる?」

最大限気を遣って言ったであろう雪に、
しかし命は戸惑ったような視線を向けた。

優と文も、やかましく音を立てているテレビから
目を離してこっちを見ている。

霧は、「何を言い出すのかと思えば……」と
言わんばかりに鼻を鳴らすと、馬鹿にしたように言い放った。

「料理ですか? 別にそんな技能があったからといって、
戦闘に役に立つわけではないでしょう? 
パズルゲームやボードゲームで脳の活性化をはかった方が、
よっぽど時間の有効活用になります。
そんなの役立たずにやらせておけばいいんですよ」


770 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:39:28.21 ID:7tAhBmUl0
――戦闘に役に立つわけではない。

――役立たず。

命が視線を伏せた。

彼女も、薄々分かってはいたことなのだ。

彼女だけではない。

雪だって、優だって文だって
……他ならぬ絆だってそれは分かっていた。

分かっていたが、言わなかったこと。

言ってはいけないことだった。

思わず絆はカッとして霧を怒鳴りつけた。

「こら! お前なんてことを言うんだ!」


771 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:40:06.48 ID:7tAhBmUl0
――トレーナーに怒鳴られた。

バーリェ達が一瞬で全員緊張し、背筋を伸ばす。

霧も同様だった。

一瞬ポカンとした後、条件反射で背筋を伸ばして
緊張しながら、絆に向かって彼女は言った。

「ご……ごめんなさい……」

どもりながら謝ってくる。

おそらくこの子は、何故怒られたのかを分かっていない。

絆は俯いて小さく震えている命に近づき、
彼女の脇に立った。

そして霧を強く睨む。


772 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:40:39.84 ID:7tAhBmUl0
「これ以上命を馬鹿にするのなら、
こっちにも考えがある。
お前を、戦闘で使わないようにしてもいいんだぞ」

「ど、どうしてですか!」

霧が青くなった。

慌てて問いかけてきた彼女に、絆は言った。

「協調性の問題は、個体差があるからある程度は
多目に見ることが出来る。
だが、俺の方針は『集団生活』だ。
その基本事項にさえ適応できない奴を、
信用することは出来ない」

「…………」


773 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:41:15.70 ID:7tAhBmUl0
唖然としている霧に、絆は一言付け加えた。

「バーリェとトレーナーの関係は、
信用で成り立ってる。それは理解できるな?」

「私は……信用していただけないのですか……?」

霧が小さく震えだす。

絆は淡々とそれに答えた。

「今のお前を戦闘に使うわけにはいかない。
俺が言った意味を、自分でも良く考えてみろ」

「私は……!」

霧は自分の胸を手でさして声を張り上げた。

「私はここにいる誰よりも安定した性能を
発揮することが出来ます! 
効率的に戦闘を行うことが出来ます! 
私は優秀なんです!」


774 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:41:51.70 ID:7tAhBmUl0
「黙れ!」

絆に再度怒鳴られて、霧がビクッとして萎縮した。

「何を言い出すかと思えば
……一度も戦闘に出たことがないお前が、
『効率的に戦闘が出来る』……? 
馬鹿も休み休み言え……」

絆の脳裏に、
笑いながら死んだバーリェの姿がフラッシュバックする。

愛の顔が、目の裏に焼きついて浮き上がる。

完全に頭に血が昇った。

「いいか、お前達が戦闘に出るっていうのは、
そんなに生易しい話じゃないんだ! 
遊び感覚で良く知りもしないことを主張するな! 
お前、今まで何人が死んだと……」


775 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:42:23.62 ID:7tAhBmUl0
そこで絆は言葉を止めた。

雪が霧を庇うように間に割って入ったのだった。

優も文も、命も目を丸くして硬直し、
激昂した絆を見ている。

彼のそのような姿を見たことがなかったのだ。

雪は絆に向かって首を振ると、静かに口を開いた。

「泣いてるよ……やめよう?」

霧は両手で顔を覆って涙を流していた。

やがて大声を上げて泣きじゃくり始める。

絆は言葉を飲み込むと、
足音高く雪と霧の脇を横切って、
自室に繋がる階段を登り始めた。


776 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:42:56.27 ID:7tAhBmUl0
おかしい。

バーリェに対してこんなに感情的になったのは、
雪が薬を飲まなかった時以来だ。

脳裏に愛の最後の言葉がフラッシュバックする。

――楽しかった、なぁ。

自室に入り、デスクの椅子に腰を下ろす。

そして絆は、浮かんできた愛の顔を振り払うように、
両手をデスクに叩き付けた。

しばらく歯を強く噛んで、動悸を沈めようと努力する。

数分経ち、ものすごい量の汗を垂れ流しながら、
絆は背もたれに体を預けて天井を見上げた。


777 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:43:35.11 ID:7tAhBmUl0
まだ霧は泣いている。

耳障りな泣き声だ。

そう感じる自分自身に戦慄し、愕然とする。

もしかしたら。

適応できていないのは霧ではなく。

――俺、自身なのかもしれない。

そう思ってしまった。


778 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:44:11.90 ID:7tAhBmUl0


絆に怒鳴られた日から、
霧はめっきり喋らなくなってしまった。

彼のことがよほど怖いらしく、
雪の隣にピッタリと寄り添っている。

時折チラチラと様子を伺うような視線を
寄越してくることはあっても、
自分から近づいてくることはなかった。

対して雪の体調も安定しなかった。

頻繁に咳をするようになり、
食事をしてもすぐ吐いてしまう状態が数日続いていた。

当の彼女には、絆はかなり迷ったが、
補助栄養食品の点滴を打つことにした。

今も、点滴台を転がしながら生活している。


779 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:44:54.36 ID:7tAhBmUl0
他の三人も、絆が怒鳴る姿を見て
よほど萎縮したのか、あまり騒がなくなってしまった。

どこか、ラボの中の空気が淀んでいるような気がする。

絆はソファーに腰を下ろし、
コーヒーを飲みながら息をついた。

軽率なことをした。

トレーナーとして、一番基本的なことを忘れていた。

どんな時でも、トレーナーは淡白であらねばならない。

バーリェが死んだ時もそうなのだ。

霧に対して怒鳴ったことで、
他の子達にも不信感を与えてしまった。

一日二日でそれは拭い去れるものではない。


780 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:45:33.77 ID:7tAhBmUl0
絆が飲み干したコーヒーカップを手にとって、
命がおずおずと、小声で口を開いた。

「おかわり、飲みますか?」

「……ああ」

頷いて、絆は今日本部に送信した
報告書のコピーに視線を落とした。

霧によるバーリェ達の精神異常と、
運用問題について詳細に書いたのだが、
いまだに返事がない。

それに苛立ってもいた。

命がバリスタからコーヒーをとって、絆の前に置く。

そして彼女は、少し離れたソファーに腰を下ろした。


781 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:46:04.55 ID:7tAhBmUl0
しばらくの間、命は離れた場所でゲームをしている

優と文、そして雪と霧を見ていたが、
やがて絆にそっと言った。

「愛ちゃんのことですか?」

絆は報告書から視線を離し、命を見た。

「……何がだ?」

「いえ……最近、絆さんは変わったと思いまして……」

命は言いにくそうにそう言って、口をつぐんでしまった。

絆は報告書を閉じてソファーに放り、そして命に言った。

「別にいつも通りだろう」

「あはは……そうですね」

力なく笑って命が俯く。


782 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:46:44.28 ID:7tAhBmUl0
絆は雪達が聞いていないことを横目で確認してから、
命に静かに言った。

「何回でも言うが……お前は役立たずなんかじゃない。
俺が保障する。
もっと胸を張れ。
そんな態度だから馬鹿にされるんだ」

「……そうですね……」

命が空元気のように息を整えて顔を上げる。

「でも……私は。やっぱり馬鹿にされていたんでしょうか?」

しかし彼女がポツリと呟いた問いに、絆は一瞬沈黙した。

口が滑ってしまった。

言わなくてもいいことを付け加えてしまった。


783 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:47:23.30 ID:7tAhBmUl0
命は顔の前で手を振ると、
黙り込んだ絆に気を遣ったのか、慌てて言った。

「いえ、変なことを聞いてしまいましたね」

「…………」

「でも私、確かに戦闘ができません」

笑顔だった。

でもそれは、どこか寂しそうな
自分の居場所を見つけられない、細々とした笑みだった。

「雪ちゃんの代役をすることもできませんし、
ましてや陽月王を動かすことさえも出来ませんでした。
私、確かに役立たずなのかもしれません」

「……他人と自分を比較するな。
お前にはお前の、やるべきことがある筈だ」


784 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:47:57.12 ID:7tAhBmUl0
絆が押し殺した声で言うと、命は視線をそらして

「そうですね……」

と呟いた。

しばらく沈黙して、命はそっと聞いた。

「絆さん、次に死星獣が出たら
……どうするんですか?」

「…………」

考えていなかったことだったので沈黙してしまう。

少し考えて、絆は言った。

「分からない。その場に合わせて対処するだけだ。
それ以前に、俺達に役目が回ってこない可能性も高いからな」


785 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:48:32.20 ID:7tAhBmUl0
嘘だった。

高確率で、次に死星獣が出たら
絆には霧を使うようにという指令が下る。

彼女のテストをしたいのだ、本部は。

「そうですね……そうですよね」

頷いて、命は立ち上がった。

「それじゃ私、後片付けがありますので……」

その時だった。

霧の話を黙って聞いていた雪が、
突然激しく咳をし始めた。

次いで、絆が慌てて立ち上がったその目に、
ゴボッ、と血の塊のようなものを吐き出した雪の姿が映る。


786 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:49:16.46 ID:7tAhBmUl0
「雪!」

青くなって彼女に駆け寄る。

どうしたらいいのか分からないのだろう、
硬直している霧から雪を引き剥がして、
彼女の脈を測る。

不安定だ。

雪は

「だ……だいじょう…………」

大丈夫、と言おうとして失敗した。

また激しく咳き込み、
今度は絆の服に激しく吐血する。

吐血、と一言で言うが、
バーリェのそれは人間と同様に、
いやそれ以上に危険な症状だ。


787 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:49:51.79 ID:7tAhBmUl0
内臓のどこかが損傷している可能性が高い。

「命! 本部に電話だ。緊急ラインを使え、急げ!」

「お姉様……? お姉様……」

霧がわななきながら声を張り上げた。

「お姉様、しっかりしてください! お姉様!」

「命まだか!」

色をなくして、すがりつこうとする霧を
手で押しとどめ、絆は怒鳴った。

命が壁のインターホンから本部の緊急ラインに
通話して、絆の方を見る。

「繋がりました!」

「ヘリを呼べ! 車じゃ間に合わん!」


788 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:50:22.18 ID:7tAhBmUl0
「わ、分かりました!」

頷いて命が上ずった声で用件を伝える。

雪はぼんやりとした濁った目を絆の方に向けると、
その頬に手を伸ばして、掠れた声で言った。

「大丈夫…………じゃないみたい…………」

「気をしっかり持て! 
大丈夫だ。すぐに病院に連れてってやる!」

絆が大声を上げる。

優と文も色をなして近づいてきていた。

雪は

「……ごめん、なさ……」

と一言だけ言うと、力なく首を垂れた。


789 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:50:52.65 ID:7tAhBmUl0
その半開きになった口から、血が糸を引いて流れる。

絆は血の気が引いて、雪を強く抱きしめた。

まだ心臓は動いている。

間に合う。

「くそ、まだか! まだなのか!」

命に怒鳴っても仕方ないと思いながら、声を荒げる。

命は半泣きになって、震える手を口元に当てて首を振った。

分からないと言いたいらしい。


790 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:51:26.48 ID:7tAhBmUl0
雪の限界は、とっくの昔に過ぎている。

無理な臓器移植で、
その命をながらえさせていたに過ぎない。

その限界が訪れただけのこと。

そう、思うことは出来なかった。

しばらくして小型の軍用ヘリコプターが、
ラボの屋上に着地した振動が建物を揺らした。

「俺は雪を連れて行く。
命、ホットラインはずっと繋いでおけ!」


791 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:52:00.19 ID:7tAhBmUl0
「わ……分かりました!」

「私も行きます! 連れてってください!」

霧が声を張り上げた。

「勝手にしろ!」

絆はそう怒鳴ると、雪の点滴をむしりとり、
彼女を抱えて屋上に向かって走り出した。

それに慌てて霧が続く。

――死なせはしない。

絶対に。

絆はそう心の中で何度も反芻し、唇を強く噛んだ。


792 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/10(土) 21:53:27.21 ID:7tAhBmUl0
お疲れ様です。

次回の更新に続かせていただきます。

Wikiをまとめていただきました!!

http://ss.vip2ch.com/jmp/1329739172

是非ご活用ください!

ご意見やご感想、ご質問などありましたら、
どんどんいただけますと幸いです。

それでは、今回は失礼します。


795 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/11(日) 18:06:17.93 ID:Jwqg5rEa0
こんばんは。

続きを書きましたので投稿させていただきます。

体調を崩しまして、少量になりますがご了承ください。

それでは、お楽しみいただけたら嬉しいです。



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