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少女「それは儚く消える雪のように」
373 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 14:57:18.45 ID:bDf9OSPn0
こんにちは。

温かいコメントなどのご支援、こちらこそありがとうございます。

続きを投稿させていただきます。


374 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 14:59:38.26 ID:bDf9OSPn0
*

お前たちは人形だ。
そう、誰かは言った。

人の形をさせてもらっている、人形。

だから自分の考えなんて持たなくていい。
だから、ただそこにいればいい。

考えず、動かず、停止した時間の中でただ待っていればいい。
それが終わるのを。

そう教えられてきた。


375 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:00:17.32 ID:bDf9OSPn0
そう、ずっとずっと言い聞かされてきたから
それが真実だと思っていた。

頭の中の声が言う。

その人の言うことは真実だって。
だから、疑うことなんてしなかった。

ただそこに在ることが幸せだって。
幸せってそういうことだって思ってた。


376 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:00:53.27 ID:bDf9OSPn0
人形。
人形って、何だろう。

考えても仕方ないから考えるのをやめる。

でも人形って、生きてないよね。

──誰かが、頭の奥でそう言った。


377 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:01:45.94 ID:bDf9OSPn0


ぼんやりと目を開ける。

愛は薄目に飛び込んできた朝の光を振り払うかのように、
軽く頭を振ってベッドの上に上半身を起こした。

また、あの夢だ。

暗い、深い黒の奥で誰かが小さな声で囁きかけてくる、あの夢。

どうしようもなく不安で……何だかすごく気持ちが悪くなる。

一週間に一回くらい。
多いときでも二回くらい。

けど、こんなにはっきりと言葉を覚えているのは久しぶりだった。


378 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:02:24.12 ID:bDf9OSPn0
「あれ……?」

呟いて顔を片手で覆う。

手のひらに生ぬるい感触。
水……違う。涙だ。

(泣いてる)

誰が……と思ったが、自分しかこのベッドの上にはいない。

私が泣いてる。

すぐにそれは止まったが、
何だか更に不安になって呆然と目をゴシゴシ拭う。


379 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:03:05.11 ID:bDf9OSPn0
(絆、絆)

思考が切り替わる。

怖い。
何でか知らないけど、怖い。

あの人はどこだろう。
探さなきゃいけない気がする。

周りを見回すと、雪の隣のベッドに寝ているのが見えた。

急いでベッドを降りて、駆け寄ろうとする。

途端、愛は自分のシーツに足を絡めて、盛大に床に転んだ。


380 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:03:44.68 ID:bDf9OSPn0
絆のラボは、目が見えない雪が転んでも痛くないようにと、
過剰なほどふわふわした弾力素材が
床のいたるところに敷き詰められている。

頭から床に落ちた愛は、
音こそ立てなかったものの息を詰まらせて小さく咳き込んだ。

壁の時計はまだ五時を指している。

みんなが起きてくるまで、あと二時間はある。

(あれ……?)

そこで愛は、立ち上がろうとした自分の体が
ピクリとも動かないことに気がついた。


381 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:04:32.34 ID:bDf9OSPn0
(何で……? あれ?)

足と、口が動かない。

どうしていいか分からずに、自分の肩を抱いて床に転がる。

どうしたんだろう。私は一体どうしちゃったんだろう。

怖い。
何だろうコレは。

何回目だろう。

時々、こんな感じになる。

でもいつもはベッドの中でだ。

床の上で動けなくなったのは初めてのことだった。


382 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:05:09.68 ID:bDf9OSPn0
みんなが寝てるベッドの足しか見えない。

暗い。
……暗い?

途端、喉が痙攣し、愛は激しく咳き込んだ。

怖い。何だか知らないけど怖い。

絆の名前を呼ぼうとするが、言葉が出ない。

どうして? 絶対おかしい。
こんなのは初めてだ。


383 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:05:49.12 ID:bDf9OSPn0
『俺が帰ってくるまで、少しでも音を立ててみろ。
生きてるのが嫌だと思うほど後悔させてやるからな』

心臓が跳ね上がった。

誰かが、自分のことを覆うように覗き込んでいた。

首が上手く動かないので目だけを動かして黒い人影を見つめる。
顔が見えない。

『何とか言ったらどうなんだ? え?』

(え?)

『生意気な目しやがって。
クローンの癖に人間様との身分の差がまだわかんねぇのか?』


384 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:06:18.00 ID:bDf9OSPn0
(くろーん? え?)

怖い。誰なんだろう、この人、誰なんだろう。

何だかすごく怖い。

逃げなきゃいけない気がする。

でも、体が動かなかった。

「やだ……やだ!」

やっと口が開いた。
激しく咳き込みながら声を張り上げる。

「やだ! いやだ!」


385 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:06:57.54 ID:bDf9OSPn0
「どうした! 愛、おいしっかりしろ!」

その時、唐突に聞きなれた声が耳に飛び込んできて、
弾かれたように愛は顔を上げた。

自分に覆いかぶさっていたのは、絆だった。

抱きかかえるようにして青くなっている。

「あれ……? 絆……」

「あれ? じゃねぇぞ! 一体どうしたんだ。
怖い夢でも見たのか? いきなり騒ぎ出したからびっくりしたぞ」

「声、違う……」

「声? 何のことだ?」

違う声だった。こんなに優しくなかった。
あの声は。氷みたいな、黒い声だった。


386 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:07:38.30 ID:bDf9OSPn0
「愛ちゃん、大丈夫……?」

そこで雪の声が聞こえてきて顔を上げる。

いつの間にか、他の子たちが全員起き出して
心配そうにこっちを覗き込んでいた。

「絆さん、ち、血が……」

素っ頓狂な命の声が響く。

それを聞いて初めて、
愛は絆の寝巻きが異常に乱れていることに気がついた。

そういえば彼はものすごい汗をかいている。
ランニングの後みたいだ。


387 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:08:15.20 ID:bDf9OSPn0
だが、流れていたのは汗だけではなかった。

顔面に無数の、
猫に引っかかれたような傷が走っていたのだ。

そこから次々と血が流れ出て、
愛の寝巻きにポタポタと垂れている。

「い、いやこれくらい何ともない。
それより薬棚から、D三十五を持って来い」

「わ、分かりました!」

動転しているのか、足音荒く命が食堂の方に消える。

「大丈夫じゃないよ。血止めなきゃ。
文、包帯も持ってくるようにって命に言ってきて」


388 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:09:02.57 ID:bDf9OSPn0
優がそれに付け加える。

頷いて文が命を追って食堂の方に走っていくのを横目で見ながら、
愛は初めて自分の両腕が絆によって
強く床に押し付けられていることに気がついた。

「い、痛いよ……」

鈍痛を感じて口を開く。

それを聞いて、青年は大きく息を吐いて手をどけた。

優が彼の隣にしゃがみこんで、顔の引っかき傷にティッシュを当てる。

「落ち着いたか? 俺の顔が分かるか?」

「絆の顔……?」

きょとんとして聞き返す。


389 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:09:56.39 ID:bDf9OSPn0
ずり落ちたパジャマを直そうとして、
愛は自分の手の爪におびただしい量の血が
こびりついているのを目に留めた。

「あれ……?」

そのまま硬直する。

「絆さん、このお薬でいいんですか?」

慌しく命と優が走ってくる。

「何……これ」

喉が軽く痙攣する。

何だか、頭の裏がじんじんと痛い。
苦しい。


390 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:10:33.60 ID:bDf9OSPn0
「愛? おい!」

血の臭い。
生臭い、しょっぱい人間の臭い。

ズキリとこめかみが痛む。

何だか、深い海の底に落ちていくような感じ。

息を吐こうとして、腰が抜けるのを感じた。

あの人が遠くの方で私を呼んでる。

でもそれに答えることができずに。
愛の意識は垂直にその海に落ちていった。


391 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:11:19.88 ID:bDf9OSPn0


居間で、心配そうな大きな目が四対、こちらを凝視している。

絆は命に、愛に引っかかれた傷の手当てを受けながら
心の中で戸惑いのため息をついた。

(……どういうことだ……?)

何度か夢遊病者のように、
愛は寝ているところを起きだして一人で動き回っていたことはあったが、
あんなになったのを見たのは初めてのことだった。

検査に連れて行って、帰りに絃と彼のバーリェ、
桜と一緒に愛が気に入っているレストランに寄って。

薬の投与もなかったし。

体調、メンタルも安定が確認されていたというのに。


392 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:12:59.67 ID:bDf9OSPn0
(あれは多分……逆行錯乱状態だよな……)

軽く唇を噛んで、頭の中でその言葉を反芻する。

急激な教育プログラムを生まれた時に組み込まれるバーリェは、
時にその成長を経ない知識量に対して混乱し、
錯乱状態に陥ることがある。

それが表面化しないのは彼女たちそれぞれが
非常に高度な環境適応資質を持っているからであり、
だからこそ様々な性質を持つ、
それぞれのトレーナーに適合することができる。

逆行錯乱状態とは、その適合処理が追いつかずに
……人間的に言えばキレてしまうという状態に陥ることを指す。


393 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:13:40.62 ID:bDf9OSPn0
おそらく、愛が暴れたのもそのため
……と、そこまで考え、しかし絆は表情を落とした。

(一年半……)

唾を飲み込んでそう、頭の中に思い浮かべる。

そうだ、この一ヶ月間は、すっかり忘れていたが
愛が再調整を受けてから丁度一年半が経過した頃だった。

彼女が人格を破壊された状態で見つかった時、
既に半年が経過していたと考えられる
……と、施設の職員から言われた。

つまり、彼女が生まれてから現在で丁度ほぼ二年。

この時期まで生き延びたバーリェは、
ほとんどが人格的に個々が構築されている。


394 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:14:26.47 ID:bDf9OSPn0
そして同時に、戦闘によるエネルギー抽出により、
体組織、加えて脳組織の崩壊が始まるのが丁度この頃だ。

つまり。
製品としてのバーリェの保障期限は約二年。

(まさか……な)

軽く首を振ってその考えを外に追い出そうとする。

しかし……どこか頭の片隅でそれは間違っていない気もしていた。

愛は普通のバーリェではない。

前例がない、人格矯正を受けた個体だ。

早期に、脳組織に何らかの影響が発生しても不思議ではない。


395 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:15:16.38 ID:bDf9OSPn0
検査も一応は体全体のスキャンはするものの、
バーリェの成長、老化速度は人間の十数倍にも及ぶ。

必ずしも数日前の結果が参考にできるとは限らないのだ。

(もう一度医療部に相談してみるべきかもしれないな……)

心の中で呟いて、ぼんやりと目の前のテーブルを見つめる。

暴れこそはしていないものの、最近愛はやけに起きるのが早い。

日彼女たちに飲ませている薬の中には睡眠誘発剤も入っているので、
抵抗力がついたのではと思い、こっそり昨日医療技師に聞いてみたが
……解答はそんなことはない、という一言だけだった。


396 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:16:00.36 ID:bDf9OSPn0
「絆さん? 絆さん、終わりました、けど」

控えめに命に呼びかけられ、絆は顔を上げた。

そして指先で頬や鼻先に貼られたガーゼを確認する。

「あ……ああ。ありがとう」

「絆、大丈夫? 血は止まった?」

見えない目を大きく開いて雪が上ずった声を発する。

絆は彼女の頭を軽く撫でて言った。

「大丈夫だって。それより、まだ五時半だ。
お前らもう少し寝てていいぞ。愛も検査で少し疲れたんだろう」


397 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:16:47.08 ID:bDf9OSPn0
しかし四人のバーリェは、戸惑ったように
寝巻き姿のまま互いの顔を見あわせただけだった。

そして、しばらくして口が利けない文が、
絆の服の袖を引いて指を胸の前で軽く動かす。

『今日のは特に強くて、
愛ちゃんの心の中がはっきり私たちの中に入ってきたんです。
何か怖がってるみたいでしたけど
……あの子、私たちには教えてくれないんです』

手話の意味を解して、絆は文から軽く目をそらした。


398 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:17:32.60 ID:bDf9OSPn0
彼女たちには、愛の生い立ちのことは一切言っていない。

愛自身も記憶が完全に消えているから、
教えたくても本人にはわけが分からないだろう。

だが、バーリェは人ではない。

感情に左右される、
不確定な生体エネルギーを発するクローン生命体だ。

彼女たちは、絆には全く感覚は分からないが
……なんとなく相互の心理状態や、体調を肌で感じ取ることができるらしい。

心の中、と文は表現したがおそらく夢のことだろう。

(やっぱり逆行錯乱だったのか……)

それを確認して絆は四人に気づかれないよう、小さく息を吐いた。


399 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:18:17.01 ID:bDf9OSPn0
記憶を一度初期化したとはいえ、
累積された脳細胞の成長痕跡として、
ある程度の欠片、つまりトラウマとしての断片は
脳に残ってしまうという説明は受けていた。

完全にその記憶を消すためには、脳の記憶野を切除するしかない。

しかしそれは同時に生命体としての存在を奪うということに他ならず、
特殊な電磁波によって調整がなされているのだ。

それが、段々と老化してきた脳細胞の僅かな衰えとともに、
微かだが得体の知れない恐怖として蘇ってきたんだろう。

その本人が知らないはずの記憶によって混乱する、
つまるところ逆行錯乱だ。


400 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:19:13.39 ID:bDf9OSPn0
「うん、あたしもそれ感じた。絆、愛って何怖がってるの?」

優が不安げな顔で絆を見上げる。

彼女は目が見えない雪に対し、
同時通訳のように文の手話を伝えていた。

手の平に簡単な手話文字を書いてやるのだ。

文の双子の姉である優は、
ほとんど自分の義務と言わんばかりにそれをやる。

伝えられた雪も頷いて、表情を落とした。

「やっぱり私たちね、一緒に暮らしてるし、
時々愛ちゃんは何か怖がってたまらなくなるみたいだから。
あんまり言うと愛ちゃん怒るから、
言わないようにしてたんだけど。絆も怪我しちゃってるし……」


401 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:19:54.67 ID:bDf9OSPn0
言いにくそうにポツリポツリと白髪のバーリェが呟く。

愛が怒る、というのは本人にもその恐怖の実態が
よく分からないということだからだろう。

しかし……ずいぶん前からそれに気づいていた風の
彼女たちの話し方に、絆は怪訝そうに口を開いた。

「時々……って、お前ら。
愛にああいう発作が起きてること知ってたのか?」

時々愛が震えながら自分のベッドに入ってくることはあったが、
それはこの子達には言っていない。

また四人は顔を見合わせて、今度は控えめに命が口を開いた。


402 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:20:34.07 ID:bDf9OSPn0
「今回みたいに酷いのは初めてです。
でも時々怖い夢を見るって、あの子は言ってました。
起きると忘れてるから、絆さんには言わなくてもいいからって。
だから私たち、あんまり問い詰めたりするとかえって思い出させて、
悪い気持ちにさせちゃうかなって思いまして
……だから言わないようにしてたんですけど、でも……」

全員の視線が、顔の怪我の痕に集中していることに、
絆はその時初めて気がついた。

言いにくそうに言葉を濁している彼女たち。

その訳がなんとなく分かったのだ。


403 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:21:12.66 ID:bDf9OSPn0
バーリェの心、つまり好意感情の一番の優先は、
自分を管理するトレーナーに向けられるようになっている。

つまり彼女たちは
……トレーナーたる絆が傷つけられたことにより、
心のどこかで『怒って』いたのだった。

しかし愛は一緒に暮らす同族だ。

それゆえにそのもやもやした感情を外に出すべきなのかどうか、
混乱しているのだろう。

こう言った、バーリェ特有の『奇妙な』感情は、
当初の絆に理解することが出来なかった。

一人だけではなく二人以上を管理するようになって
兆候が現れ始めた。


404 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:21:57.25 ID:bDf9OSPn0
これは原理的に仕方のないことだというのは、
複数管理を決めた時に分かっていたことだったのだが。

実際目の前でそれを体験するのと
理論だけを知っているのとでは全く違う。

何度か対処法が分からずに混乱したこともあったが、
それらの失敗の末見つけ出した効果的な言葉を、
絆は慎重に選んで口を開いた。

「誰にだって不安はあるさ。仲間なんだから、
お前らは今まで通りに愛をサポートしてやればいい」

──仲間

今まで生きてきてほとんど使ったことのない言葉だった、それは。


405 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:22:42.83 ID:bDf9OSPn0
いや、この世界に生きるおおよそ全ての人間が
そんな言葉を使ったことはないだろう。

自分のことを第一に優先する、灰色の世界。

他人なんて利用するだけの存在だ。

利用して、動かして、そして結果自分が無事ならそれでいい。

それが世界の理屈だし、社会というものだ。

だがバーリェは人間と自分たちの心のつながりを求める生き物である。

確かに利用関係はあるが、彼女たちのエネルギーを引き出すには
心を解放させなければならない。

そうするには親密になる必要がある。


406 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:23:39.11 ID:bDf9OSPn0
上辺だけの利用ではない、心の繋がり。

それを生まれながらにして、
人間とは違いバーリェは本能的に求める。

だから、それに関連する言葉をかけてやれば当然反応する。

案の定四人はそれぞれ考え込んだが、
やがて小さく頷いた。

全員の頭を撫でて、絆は言った。

「今日は休みにしよう。寝坊していい日だ。
週末にでも、いいところに連れてってやる。
だから、あんま愛のことは心配するな。
あいつだってリラックスすれば怖いものなんてすぐ忘れるだろう」


407 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 15:24:24.45 ID:bDf9OSPn0
「いいところ?」

優がいち早く反応して目を大きく開く。

「何処? 私、フォロントン行きたい!」

「地球の裏側だろそれは……」

絆は軽く息を吸って、
そして彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。



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