■戻る■ 下へ
少女「それは儚く消える雪のように」
152 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:41:46.52 ID:mkVHEDB80


絆のラボの風呂は非常に広い。

それは絆自身が入浴好きであるということからもきているし、
何より五人の少女達を一度に入れるには狭くては話にならないのだ。

目の見えない雪は、常に誰かと一緒に入らせるようにしている。

来たばかりの頃は絆が入れていたのだったが、
このごろは嫌がるようになり、今では命に殆どを任せていた。

とは言っても、何か他の子が別のことに熱中していない限りは
五人全員で入るのが定番になっている。

体の大きさで言うと、やはり命が一番大人に近い。

自分よりも一回り小さな雪の背中を流しながら、
彼女は浴槽で水をかけ合って遊んでいる三人に向かって声をあげた。


153 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:42:26.56 ID:mkVHEDB80
「ちょっと皆。また転んで頭打つわよ?」

「実際お風呂で転んだことがあるのは命だけだけどね」

すかさず優に返されて、少女の頬が火のついたように赤くなった。

「わ、私は転んだら痛いよってことを……」

「大丈夫だよ〜私たち命よりも反射神経あるしー」

愛がのんびりと湯に浸かりながら返すと、
命は疲れたように肩を落として、雪の背中をシャワーで流した。

「もう好きにしなさい……雪ちゃんまた痩せた? 
何だか一週間前よりもちっちゃくなったみたい」

「そんなことないよ。命ちゃんが大きくなっただけよ」

苦笑しながら返し、雪は目を瞑ったまま近くのシャワーのグリップを掴んだ。


154 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:43:11.86 ID:mkVHEDB80
「ほら、背中向いて。今度は私が流してあげる」

「うん」

素直に後ろを向いた彼女の背中を、
もう片方の手で掴んだ泡がついたスポンジでたどたどしく擦り始める雪。

しばらくして命が声を落として口を開いた。

「あのね、絆さんから聞いたんだけど……」

「ん? 何を?」

きょとんとして返した彼女に、段々小さくなる声で命は続けた。

「新型……あの、何ていうか……二足歩行の人型戦車なんだって……」

一瞬、雪の手が止まった。

だが直ぐに彼女は命の背中をシャワーで流し、
微笑みながら見えない目で彼女の顔を覗き込んだ。


155 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:44:20.64 ID:mkVHEDB80
「凄いね。今までは戦車とかばっかりだったから。
お人形みたいなのかな?」

「うん。多分漫画とかに出てくるロボットみたいなものだと思うよ? 
多分今まで乗ってきたのよりずっとずっと強いんだと思う」

何が言いたいのか要領を得ない彼女の言葉に、
しかし雪は敏感に反応して慌ててシャワーのグリップを床に置いた。

そして極めて明るい声で、いきなり話題を転換させる。

「次は髪洗おう? 私が最初にやってあげる。
命ちゃんのはどれだっけ?」

聞かれて、少女はバスチェアーに座ったまま体を振り向かせた。

そして壁につけられている風呂用のクローゼットから
二、三本のシャンプー類をとって雪の脇に置く。


156 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:45:08.20 ID:mkVHEDB80
「ゴメンね、お願い。あ、左からだよ」

「分かってるよ。大丈夫」

受け答えて言われたとおりに中身を手に出した雪に、
慌てて命は付け加えた。

「忘れてた、ちょっと待って。シャンプーハット被るから」

大真面目にクローゼットをあさり始める彼女の方を苦笑して顔を向ける雪。

その表情が一瞬沈んで、またすぐに元に戻った。

目に洗剤が入らないようにキッチリスチロール製のカバーを被った命の髪を、
慣れているのか丁寧に洗っていく。

そこで命はぼんやりと口を開いた。

「雪ちゃんは、サンタさんに何をお願いするの?」


157 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:45:53.22 ID:mkVHEDB80
聞かれて、困ったように考え込んだあと、雪は答えた。

「まだ考えてないの。結構急なことだったから。
私まだ帰ってきてから少ししか経ってないし」

「ダメだよ、早く考えなきゃ。
靴下の中に入れれば何でも長いが叶うって絃さんが言ってたの。
でも今日限定なんだよ?」

「でも私、別に欲しいものないし……」

嘘を言っているわけではなかった。

事実、昨日寝る前からずっと考えていたのだが、
少女にとって欲しいものは特になかったのだ。

「ここにいられるだけでいいし……」


158 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:47:39.81 ID:mkVHEDB80
「雪ちゃんは人一倍頑張ってるんだから、
もっと我侭になってもいいと、私は思うけどなぁ」

何となく呟かれて、そこで雪は不思議そうに彼女の後頭部を見つめた。

「我侭……?」

反芻するように呟いて、静かに少女の髪をシャワーでゆすぎ始める。

「一年に一回しかこういう機会はないんだから。
ちゃんと考えておいた方がいいよ」

「うん……そうだね」

生返事を返して、雪は別のシャンプーの中身を手の平にあけた。


159 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:48:35.95 ID:mkVHEDB80


風呂から上がった彼女達に薬を飲ませ、
寝室に送ってから絆は大きく息をついた。

食事後の片付けはいつも命がやっている分、
いざ自分が取り掛かるとなると結構疲れるものがある。

何でも、他の人にカードに書いた内容を見られると願い事が無効になるらしい。

どういう呪いか知らないが、
それぞれ用意していたカードとペンを持って自分のベッドに潜り込んでいった。

ソファーに両足を投げ出して、絆は客間から電気を消した寝室を見つめた。

寝る前に、自分も靴下に何かを書いて入れるようにと、
命に渡されたものが座っている隣に置いてある。

それを手にとって彼は黙って見つめた。


160 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:49:16.05 ID:mkVHEDB80
書けば、願い事が叶う。

どれだけ非現実的で、短絡思考の行事なんだろう。

だが彼女達がそれを本気で信じているのは見ても明らかなことだった。

おそらく絃以外の人間から教えてもらったらそうはいかなかっただろう。

それほどバーリェにとって、トレーナーははるか上の存在なのだ。

もしも願い事が叶うなら、自分は何を願うだろうか。

そのサンタとかいう謎の人物に何をもらいたいのだろうか。

そこで絆は、自分には特に願うものがないことに気がついた。

願望や、望みはある。

だがそれは全て──かなわないことだった。


161 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:50:39.99 ID:mkVHEDB80
決して叶わないことを、誰とも分からないものに願う。

そんなばかばかしいことがあって溜まるか。

息を一つ吐いて、ペンとカードをポケットに突っ込む。

壁を見上げると夜の十時半を回った所だった。

大体彼女達は薬を飲んでから十五分以内に深い眠りにつく。

念のため三十分待っていたのだ。

もうそろそろいいだろうと考えて、彼は寝室に足を向けた。

そして電気は消したまま、寝息を立てている少女達を一人一人確認する。


162 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:53:30.62 ID:mkVHEDB80
昨日の雪は薬を飲んでいなかったために眠れなかったようだが、
今日はきちんと寝息を立てていた。

安堵の息をついて、絆はそれぞれの子たちが枕元に下げている靴下から、
そっとカードを抜き取ってポケットに入れた。

そして食堂に戻って、中身を見ようとソファーに腰を下ろす。

そこで突然、彼の服の胸ポケットに入れてあった携帯端末が細かく振動した。

(こんな時間に電話……?)

怪訝に思いながらも小水晶板を見ると、絃の名前表示があった。

少女達をなるべく起こさないように廊下に出てから着信スイッチを入れる。

そして耳に近づけると、彼の低い声が流れ出した。


163 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:56:26.81 ID:mkVHEDB80
<夜遅くにすまない。寝ていたか?>

「いや、今日はあんたが親切に俺の子たちに教えてくれた
『クリスマス』とやらのせいでまだ寝るわけにはいかないみたいだ」

苦笑しながら返すと、意外そうに少し沈黙してから絃は慌てて答えてきた。

<何だ、あいつら本気にしてたのか。軽い冗談のつもりで言ったんだが……>

「無責任なこと言うなよなホント
……お前のおかげでこれから、
あいつらへのプレゼント買いに行かなきゃいけないぞ、俺は」

<まぁ、そのへんはお前さんの自己責任でやってくれ>

いきなり議論を投げ出され、肩の力が抜ける気がして絆は息を吐いた。


164 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:57:40.50 ID:mkVHEDB80
「よく分からんが、
あいつら喜んでたからチャラでいいよ。で、何の用だ?」

<そうだ、お前さんこれから出かけるなら丁度いい。
街の中央モール、アーダンガーっていう店で少し話さないか?>

唐突に言われて、絆は言葉を止めた。

彼の声音の中に何か重い含みを感じたのだ。

少し考え、簡潔に答える。

「分かった。二十分ほどかかるが」

<構わない。じゃ、待ってるからな>

一方的に言われて、通話が切れる。


165 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 19:59:33.65 ID:mkVHEDB80
絆は携帯端末をポケットに戻して歩き出した。

そしてそのままラボの玄関を通って外に出る。

先ほど建物内の全てのセキュリティ装置は稼動させてきたが、
やはり夜中彼女達を単独で残すのは気がひけた。

一応食堂のテーブルに出かけるという旨は書き置きしてきたが
……出来ることなら早く帰りたい。

絃と話をするなら尚更だ。

車庫を開け、中の車に乗り込む。


166 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:01:42.41 ID:mkVHEDB80
そこで一応確認はしておかなきゃな、
と思いなおし、絆は少女達のカードを出した。

一番上は命のものだった。

今彼女が集めている少女漫画の名前が綺麗な字で書いてある。

だがこれは確か……全てで八十巻超出ているものだ。

無茶な要求にため息をつきながら、
必要経費としてエフェッサー支部のカードで払おうと決める。

愛は予想通りにケーキとかそういったお菓子類の名前がギッシリと書いてあった。

字がとてもじゃないが読めたレベルではないので、
おおよそ欲しいものを意訳してからポケットにしまう。


167 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:02:33.67 ID:mkVHEDB80
優と文は双子よろしく、同じものが書いてあった。

二人で相談して決めたらしい。

そもそも他の人に教えたら無効だと言っていたのは彼女達なんだが、
それを根本から忘れている所からもその浮かれ気味が伺える。

詳しくは分からないが、
新型のゲーム機とゲームソフト数本の名前が書いてあった。

随分と具体的だ。

だが、口の端をほころばせながら雪のカードを見たときに、
エンジンをかけようとしていた絆の手が止まった。

緩んでいた気分が、ハンマーでたたき起こされた感じだった。

しばらく呆然として、点字で表されたそれを見つめる。


168 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:03:32.62 ID:mkVHEDB80
『絆が次の戦闘でも私を使ってくれますように』

整った点字は、ただそれだけの意味を表していた。

気づいた時には、
絆はカードを持っている手がかすかに震えていることに気がついた。

全く、考えていなかったことだった。

予想もしていなかったことだった。

もう、彼女は使わないと決めていた矢先のことだった。

恐怖というのだろうか。
狼狽というのだろうか。

何か分からない、胸の奥がざわめく感覚が絆を包む。

エンジンキーを膝の上に置いて、もう一度雪のカードを見つめる。


169 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:04:18.14 ID:mkVHEDB80
彼女の願い。

それは、『死にたい』ということと同義だった。

どうしたらいいのか分からずに、自然に体が震えてくる。

たっぷり十分間はそれを見つめていただろうか。

やがて絆は、震える手で雪のカードをくしゃりと握りつぶした。

そしてそのまま、ポケットに乱暴に突っ込む。

車庫から飛び出した車は、
僅かにタイヤをスリップさせながら猛スピードでラボを後にした。



次へ 戻る 上へ