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少女「水溜まりの校庭でつかまえて」
29 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:17:24.42 ID:fJ2jl6pYO
僕「うう……」

結局、僕は一人で廊下と階段を引き返し……二階の教室まで歩いていた。

廊下は更に暗くなり、もう一番奥の方は見えなくなっている。

僕「早く帰らないと……」

三年生の教室に入り、電気をつける。

真っ白い光が教室を照らす。

僕「ああ、あった」

机の上には青い筆箱。

僕はそれを取るとカバンにしまい、しっかりと閉じた。

僕「……もうこんな時間」

黒板の上に設置してある時計を見た後、僕は窓の方へ目を向けた。


30 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:24:16.36 ID:fJ2jl6pYO
暗い空、そして……。

僕「あ、雨……」

いつの間にか降りだしていたのか、外では雨が力強く降っていた。

季節外れの夕立だろうか、すごい勢いで窓を叩いている雨水が印象的だ。

僕「……あ、女たちだ」

窓の向こう、教室から見える道では傘が四つ並んで歩いていた。

両脇に田んぼと畑が広がる、一本の道を早足で歩いていく。

僕(本当に、帰ってるや……)

僕も早く帰ろう。

そう思って教室の入り口に向かった瞬間……。

背中から、視線を感じた。


31 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:28:38.13 ID:fJ2jl6pYO
ビタッ、と。

入り口付近で固まってしまう。

明らかに、後ろに誰かがいる……ような気がした。

僕には霊感なんてないし、特別にオカルトが好きというわけではない。

それでも、背中から……教室の中か窓の向こう、ベランダから……視線を感じてしまった。

僕「……っ!」

僕は後ろを振り返らずに、一目散に教室から出ていった。

廊下を走り、階段を降りて……ようやく一階の玄関までたどり着いた。


32 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:34:45.82 ID:fJ2jl6pYO
僕(怖くない、怖くない!)

置き傘を探しながら、僕は心の中で必死に叫んでいた。

……やっと傘を見つけ、学校を飛び出した時は正直ホッとした。

暗く、閉鎖的な空間よりはよっぽど居心地がいい。

僕(早く、帰ろう……)

玄関前の階段を降りて校庭へ。

急な雨で地面はグシャグシャ、ちょっと歩いただけですぐに靴下まで濡れてしまった。


33 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:39:43.11 ID:fJ2jl6pYO
僕「うへえ……嫌だ嫌だ」

僕「……まあ、帰ればコタツとストーブで暖まって、あ、お風呂もいいよなあ」

体は冷たいながらも、僕は帰った時の事を想像して内心はウキウキしながら歩いていた。

雨はそんなに嫌いじゃない。

何より、寒い体を暖めてノンビリする……僕はそれが好きだった。

僕「今日の夕ご飯はなにかな〜」

そんな……ゆっくりとした気持ちで校庭を歩いていた。

彼女の声が聞こえてくるまでは。


『……わ』

僕「……え?」

聞こえた何かに、耳を傾けてみる。

『……』


34 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/12/23(木) 14:41:58.57 ID:zkijRJkeP
>>1を待ってた
しえん


35 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:43:47.36 ID:fJ2jl6pYO
なんだ、気のせいか……。

辺りを見回しても誰もいない。

もう一歩を踏み出そうとした瞬間……。

『……こんにちは、今から帰るの?』

僕「!」

今度ははっきりと聞こえた。

か細く、弱々しい声だけれども……雨音にかき消される事なく、はっきりと僕の耳に届いた。

『……ねえ、今から帰るの? 少し私とお話しない?』


36 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:48:31.84 ID:fJ2jl6pYO
お話……?

僕(ま、待ってよ、足がすくんで……喉も)

『ふふっ、そんなに怖がらなくていいのに。私、何も悪い事しないよ』

僕「あ、あ……」

ダメだ、校庭の真ん中で僕は立ち尽くしてしまった。

足が氷のように動かない。

靴下が水浸しでも、もう関係ない。


37 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:53:19.75 ID:fJ2jl6pYO
『そんなに……怖がらないでよ……ただ、お話したい……』

『それだけ、なのに』

僕「……?」

よく声を聞いてみると、確かに不思議な感じがした。

姿は見えないけれど、ただそれだけ。

『ねえ、お願いだから』

その声からは、純粋に僕と話したい……そんな印象しか受けなかった。

僕「き、君はだ、だれ?」

震えながらも精一杯に声を絞り出した。

ちゃんと聞こえてくれただろうか?

『! 私、私はね……!』


38 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 14:59:31.46 ID:fJ2jl6pYO
『私は……ただお話したいだけだよ』

興奮から一呼吸置いた後、落ち着いた返事がきた。

僕「え、えっと……怖くないよね?」

僕はまだ、落ち着けていないようだった。

『怖くないよ。ちょっと声かけたら、みんな逃げちゃうんだもん……もう、寂しいよ……』

僕「み、みんなって?」

『この学校の人。私がお話しても、誰も答えてくれなかったから……』

僕「は、話がわからないんだけど」



39 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:04:01.97 ID:fJ2jl6pYO
『ねえ、私と一緒にお話してくれる?』

どこからともなく声がしている。

悪意はなくても、気持ちのいい事ではない。

僕は思いきって提案をしてみた。

僕「……す、姿を見せてくれればいいよ」

『姿も何も、私はずっとここにいるよ』

僕「え? どこに?」

辺りを探しても、ただ校庭に雨が降っているだけ。

女の子の姿は見当たらない。

『もう、違うよ。そんな周りじゃなくて……教室のベランダ』

僕「ベランダ……?」


40 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:08:19.52 ID:fJ2jl6pYO
『うん、電気つけっぱなしの三年生の教室だよ』

僕「あ……」

どうやら学校から出る事に夢中で、教室の電気を消し忘れてしまったらしい。

二階では一つだけ、電気のついた三年生の教室が目立っている。

そのベランダを見てみると……。

僕「……いないよ」

『……』

僕「そんな嘘はいいからさ、早く姿を見せてよ」

話せる分だけ、僕も少し強気になっていた。

『う、嘘じゃないよ……私、ずっとずっとここにいたんだもん……』

女の子の声が、少し泣き出しそうになっていた。


41 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:14:34.72 ID:fJ2jl6pYO
僕「で、でも実際姿見えないよ? なにか証拠でもないと信じられな……」

『さっき、帰る前に女ちゃんに呼び止められて学校探検してた』

僕「な、なんでそれを知って……」

『ずっといるんだから、わかるよ。君の名前も、今日の給食のメニューも』

僕「で、でもそれだけなら……」

『……青い筆箱、机に忘れてた』

僕「!」

『窓から外見て、帰る友達見ていた』

僕「そ、それはさっきの」

『ずっと見てたもん、私にはわかるんだもん』

『ここに……ずっといるんだもん』

ヤバい、さらに泣き出しそうなくらい弱い声になっている。


42 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:20:22.64 ID:fJ2jl6pYO
僕「姿を現す事はできないの?」

『知らない、そんなの。私はここにいるんだもん』

僕「うう〜ん……」

こっちからすると、姿が見えないのは不安で仕方がない。

『お話……』

いくら声が聞こえるから……って?

声が聞こえる?

僕「あ、あのさ」

『ん〜』

僕「君は、今どこにいるの?」

『ベランダだよ〜……三年生の教室の』

僕「じゃあ……どうして君の声が僕に聞こえるの?」

『え?』


43 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:26:08.49 ID:fJ2jl6pYO
僕「だって僕、校庭の真ん中……ううん、校舎から見れば奥の方にいるんだよ?」

『うん、見えてるよ〜』

僕「普通はこんな声なんて聞こえないよ、雨だって降っているのに」

『……でも、声が届いた人はみんなその辺にいたもん。話したいな〜って声かけたら聞こえたんだもん』

僕「この辺に?」

周りを見てみるけれども……この辺りには遊具なんて何もない。

ただ景色が開けている、普通の校庭の一部でしかない。


44 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:33:16.25 ID:fJ2jl6pYO
僕「……」

雨は相変わらず、強く降っている。

校庭の土を叩いては、いくつもの水溜まりを作って……。

僕(あ、水溜まりが光ってる)

目の前の先……数歩分くらいの距離にある水溜まりが、なぜか白い光を放っていた。

しかし、それは何も不思議な光ではなかった。

僕(……ああ、教室の電気か)

水溜まりの中に、僕が消し忘れた教室の光が反射している。

僕は、その水溜まりをボーッと見つめていた。


45 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:38:08.99 ID:fJ2jl6pYO
『……』

僕(……あ)

白い光のある場所には、当然教室とベランダが映っている。

僕(だって、あれ?)

顔を上げて、実際の教室の方を見てみる。

僕(……いない)

再び、水溜まりの光に目をやると……白い光が素直に僕の目に入ってこない。

どうしても、光の前に一つだけ影が入ってしまっている。

それは、小さな女の子の影のように見えた。

彼女は、ベランダの手すりに頬っぺたをくっつけ突っ伏していた。


47 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:45:18.36 ID:fJ2jl6pYO
僕「ねえ、今手すりにくっついてる?」

『え? う、うん。一応』

言葉と一緒に、水溜まりの中の影が顔を起こしたように見えた。

僕は少し興奮しながら、また彼女に話しかけた。

僕「あ、今体まっすぐにしたでしょ?」

『……見えるの?』

僕「見えるよ、教室のベランダにいる。真っ白いワンピース着てて……」

雨はもうそんなに強く降っていない。

水面に反射したベランダ……水溜まりの中に、僕は彼女を見つける事が出来た。


僕が本当の不思議に出会った瞬間だった。


49 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:52:40.92 ID:fJ2jl6pYO
パッ。

僕「あ……」

僕が彼女を見つけた瞬間、教室の電気が消されてしまった。

『先生来て、消されちゃったよ』

僕「そっか、まあ当たり前かな」

『もう私見えない?』

僕「……いや、見えるよ」

光がなくなっても、水溜まりの中に彼女はいた。

僕「まだ一階職員室の明かりがついているから、余裕だよ」

『ふふっ、よかった』

笑う彼女の声を聞いて、なんだか僕まで嬉しくなってしまった。




51 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 15:57:28.61 ID:fJ2jl6pYO
光が無くても、ベランダにいる彼女はよく見えた。

僕(水溜まりがこんなに映像を反射するものだとは思わなかったな……)

『えへへっ、なんとなくわかったよ』

僕「ん? 何?」

『その水溜まり……私が映ってる距離と僕ちゃんがいる距離は近いでしょ?』

いつの間にか、名前で呼ばれてしまっている。

『だから、お話できるんだよ。私って天才〜』

僕「……ぷ、ふふっ」


『な、なによ。何かおかしい事言った〜?』

僕「い、いや、ずいぶんお茶目な性格なんだな〜って、くくっ」


53 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 16:03:40.64 ID:fJ2jl6pYO
僕「さっき話しかけられた時は怖かったけど……」

『悪いことなんてしないって言ってるのに……』

僕「姿が見えなかったからね。今はちゃんと……あ、今髪の毛いじったでしょ」

『っ! べ、別に女の子だからいいんだもん! 悪い!?』

僕「わ、悪いなんて言ってないよ。ちゃんと見えてるんだからさ……ほら、お話しようよ」

『……』

僕「あれ、ダメ?」

『……もう、お家帰る時間でしょ』

彼女がそう言うと.学校のチャイムが校庭に鳴り響いた。

僕「こんな時間にチャイムが鳴るんだ」

『これが最後のチャイムだよ。冬はみんな早く帰っちゃうから……』


54 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 16:08:29.46 ID:fJ2jl6pYO
空もすっかり暗くなっている。

職員室の明かりだけが、弱々しく学校に一つだけ灯っている。

僕「僕もそろそろ帰らないと」

『うん……今日はありがとう』

僕「また会えるよね?」

『私はずっとここにいるよ。授業中も、給食の時間も、放課後も……』

僕「あ、そっか、じゃあいつでも会えるんだね」

僕は少しだけ嬉し楽しい気分になった。


55 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 16:12:08.82 ID:fJ2jl6pYO
『……どうだろうね』

僕「?」

彼女の声は、どこか沈んでいるように思えた。

僕「あ、あのさ……」

僕が話しかけた瞬間、職員室の明かりが消えた。

僕「あ……」

『また今度会えたらいいね、バイバイ僕ちゃん』

僕「ねえ……ねえ」

『……』

水溜まりに言葉を投げ掛けても、もう返事は来なかった。

光が全くない状態では、水溜まりの中を見る事もできない。

僕「……またね」


56 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/23(木) 16:19:26.76 ID:fJ2jl6pYO
真っ黒い地面にお別れの挨拶をして、僕は学校を後にした。

僕(……)

放課後に学校を探検した事。

噂の女の子に会って、会話をした事。

そして彼女の姿を見つけてしまった事。

僕(明日もまた会えるよね……ずっとあの場所にいるんだから)

しばらく歩き、遠くの道から僕はベランダを見つめた。

彼女がいる場所に向かって、大きく手を振った。


『うん。また……ね』

ベランダでは、少女が小さく手を振っている。

僕は背中に何も感じないまま、家までの道を走っていった。



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