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少女「それは儚く消える雪のように」
- 699 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/03/08(木) 19:48:52.81 ID:un43/iyQ0
*
命の作った料理が並べられていた。
美味しそうなにおいが漂っている中、
食卓は奇妙な雰囲気に包まれていた。
霧を、明らかに避けるように命、優、文が、
いつもの席とは違う反対側の席に固まっている。
雪が絆の隣。
その隣に霧がいる。
霧は、首を傾げて料理を見てから、
絆に向けて口を開いた。
- 700 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:49:49.35 ID:un43/iyQ0
「補助栄養食品はないんですか、マスター?」
補助栄養食品とは、
バーリェが栄養管理のために摂取するものだ。
点滴でもいいし、経口摂取でもいい。
半ゲル状の黄緑色の物体で、
絆はあまりそれが好きではなかった。
一度口に入れたことがあるが、味はない。
命がそれを聞いて俯き、所在無さげな視線を彷徨わせる。
――これはまずい。
- 701 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:50:20.76 ID:un43/iyQ0
霧……この子には、何かが欠けている。
集団生活を送る絆のバーリェとして、
一番大事な「協調性」がまるでない。
先天性なものではないだろうので、個体差なのだろうが……。
ここまで極端な例も始めて見るが、
これから一緒に暮らしていかなければいけない子だ。
無理やりにでも、慣れさせなければならない。
「これから俺と同じように食事をする。
毎日命が料理をしてくれるんだ」
「へぇ……そうなんですか」
さして興味もなさそうに言って、霧はスプーンを手に持った。
- 702 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:50:53.72 ID:un43/iyQ0
「じゃ、食べますね!」
元気に言った彼女を、雪がおどおどと制止した。
「霧ちゃん
……絆がいただきますを言ってから食べるんだよ……」
「そうなんですか?」
首を傾げてみせる霧。
絆は頷いてから手を合わせて
「いただきます」
と言った。
慌てて雪達がそれに続く。
- 703 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:53:06.76 ID:un43/iyQ0
古い文献からの知識なのだが、
こうすると不思議とバーリェの食事作法が良くなる。
理由は、良く分からないが。
霧もそれに続いて、
彼女は命が丹精込めて料理したであろうグラタンを、
少しだけスプーンにとって口に運んだ。
「しょっぱい……」
途端に顔をしかめて、霧はスプーンを皿の上に置いて、
水を口に入れた。
出荷される前まで食事をしたことがないのだから
当たり前なのだが、彼女たちは味に対して敏感だ。
だから絆でも分かる程度、相当薄味に作ってある。
- 704 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:53:40.55 ID:un43/iyQ0
しかし優も文も
……死んだ愛でさえも、
命の料理は第一声「美味しい」と言って食べていた。
何故か霧の口には、どうも合わなかったらしい。
命が益々萎縮して小さくなる。
絆は一つ息をつくと、霧に向かって言った。
「無理はしなくてもいいが、こ
れから毎日食べるんだ。味という感覚に慣れておいたほうがいい」
「分かりました。訓練ですね!」
頷いてスプーンを持ち直す霧。
言葉の端々に無邪気な「悪意」が見て取れる。
明らかに、命達のことを見下している。
- 705 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:54:17.64 ID:un43/iyQ0
――これは、良くない。
しかしどう注意したものか分からない。
絆は、一口食べては水を飲むを繰り返し始めた
霧を見てからため息をついた。
そして、チビチビと食欲がなさそうに食べだした
命と雪、かっこんでいる優と文を見回す。
グラタンを口に入れてみる。
美味しい。
命の料理の腕は高い。
決して、不味くはない。
「美味いぞ、命」
そう言ってやると、命は初めて、
ぎこちない笑顔を絆に向けた。
- 706 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:55:02.22 ID:un43/iyQ0
「さっきも話したと思うが、こっちは霧。
今日から一緒に暮らすことになる。みんな仲良くするんだ」
霧を手で示して言うと、
彼女は顔も上げずに水差しから水をコップにあけた。
それに戸惑いがちに顔を見合わせた優と文だったが、
優が空元気のような声を出して、霧に喋りかけた。
「ね、ゲームは好き? 今日ロールアウトしたの?」
「あなたと私じゃ性能が違うから、
一緒に楽しめるゲームはないと思うけど
……でもゲームは好き。何でも出来ます。
さっきも、雪お姉様と一緒にモノポリーをしたところです。
今日、第三研究所からロールアウトしました」
「そ……そうなんだ」
優が顔を引きつらせながら口をつぐむ。
- 707 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:55:42.74 ID:un43/iyQ0
文が彼女の肩を叩き、手話で言葉を伝えた。
『きっと、今日来たばかりだから緊張してるんだよ。
すぐに仲良くなれるよ』
「あなた達と仲良くするつもりはなかったのですが
……マスターのご命令ですので仲良くします。
光栄に思ってくださいね」
ニッコリと笑って霧が言う。
手話を読み取られたことと、
投げつけられた言葉の棘に押されて、
文も手を止めて黙り込んだ。
絆は深く息をついて、スプーンを皿の上に置いた。
- 708 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:56:18.14 ID:un43/iyQ0
「霧……お前は一言多いな。
生まれる前に習わなかったのか? みんな『仲間』だって」
「……?」
きょとんとして霧が沈黙する。
キーワードに反応しない。
今回は霧に対して直接言葉を投げかけた。
おかしい。
まさか……と思い、絆は慌てて聞いた。
「ちょっと待てよ……五大原則は言えるか?」
「五大……原則?」
首を傾げて、霧はその言葉を反芻してから絆を見た。
- 709 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:56:58.05 ID:un43/iyQ0
「さぁ……何ですか?」
それを聞いて、命達が怪訝そうに顔を見合わせる。
雪も不思議そうに霧の方を見た。
それが面白くなかったのか、
霧は少し語気を荒くして絆に言った。
「何ですか? 私、何か変なことを言いましたか?」
「……いや、いいんだ。知らないなら。食事を続けよう」
無理やりそう言って話を打ち切り、絆は心の中で歯噛みした。
――この子も番外個体なのか……!
その事実に気付き、頭を抱えたくなったが、
無理やりに押し留める。
- 710 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:57:34.94 ID:un43/iyQ0
バーリェならどんな個体でも言えることだ。
*
一つ、バーリェはトレーナーに服従しなければならない。
二つ、バーリェはトレーナーの命令をいついかなる時でも聞かなければならない。
三つ、自身の命よりもトレーナーの命を優先せよ。
四つ、自らの生死を自らが決めてはならない。
五つ、トレーナーのために死ぬことを、至上の幸福とせよ。
*
というものだ。
- 711 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:58:19.84 ID:un43/iyQ0
遠まわしに、トレーナーが死ねといえば死ね、
という風に定義づけている。
普通、ロールアウトされた個体は、
この五つの条項を一字一句間違わずに言うことができたら、
「人格調整完了」として登録される。
しかし、霧はその言葉を……単語さえ知らなかった。
つまり、この子は。
人格調整が完了していない個体だ。
性能だけを重視して、
人格の調整に追いつかなかったのか……いや、それはない。
分かっているのだ、エフェッサーは。
分かっていて、霧を絆に預けた。
- 712 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:58:56.96 ID:un43/iyQ0
絆が、番外個体を多く管理しているから。
何とかなると思っているのだ。
――どうする?
頭の中で自問自答する。
この子を、未調整の個体として報告し、
廃棄処分にする権利は絆にあった。
それもできる。
できるが……一度固有名称を名づけてしまった個体を
廃棄処分にするのは、
絆のトレーナーとしてのプライドが許さなかった。
何より、雪たちに紹介してしまったのだ。
もう、あとには引けない。
- 713 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 19:59:33.44 ID:un43/iyQ0
嵌められたという表現が一番正しいだろう。
この子は人格的に欠損している。
それも、致命的に。
黙り込んだ絆に、霧が不安そうに聞いた。
「マスター?」
「…………ああ、本当にいいんだ。
気にするな。
あと、食事は一度手をつけたら残さないように。
それが礼儀だ」
「何に対してのですか?」
霧が、純粋な目でそう問いかける。
聞かれたのは初めてのことだったので、
絆は思わず言葉に詰まった。
- 714 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:00:07.68 ID:un43/iyQ0
しばらく考えてから、彼は言った。
「神様にだ」
「神……様……?」
首を傾げた霧に、絆は頷いて続けた。
「俺達が日々生きていけるのは神様のおかげだ。
食材も、神様が与えてくれるものなんだ。
だから、食前には『いただきます』、
食後には『ごちそうさま』と挨拶をする。
それが決まりだ」
実際は違う。
神様なんてこの世にはいない。
そんなものがいるのなら、死星獣は存在していない。
- 715 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:00:46.57 ID:un43/iyQ0
だが、絆はこう言うことにしていた。
それは、小さい頃自分が聞かされた、
遠い昔の記憶だった。
霧は頷くと、残りのグラタンをかっこみはじめた。
味もへったくれもないだろうな
……と作った命の気持ちを想像して
少しブルーな気持ちになりながら、絆は息をついた。
そしてグラタンをつついている
命と、優、そして文に声をかける。
「お前ら、ちょっと話がある。
薬を飲んで、片づけが終わったら俺の部屋に来い」
「私も?」
雪が顔を上げて聞く。
- 716 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:01:26.38 ID:un43/iyQ0
絆は少し言いよどんでから、雪の頭を撫でて言った。
「お前は、霧と一緒に遊んでてくれ。
好きなことをしてていい」
「…………分かった」
「よろしくな」
戸惑ったような顔をしてから頷いた雪から
視線を外し、絆は立ち上がって薬棚に近づいた。
命以外、最近飲む薬が多くなっている。
そこに霧の分も追加だ。
- 717 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:01:58.82 ID:un43/iyQ0
混合でもしたら、大変なことになる。
……この子達は、
死ぬまで薬を飲み続けなければならない。
番外個体、とどこかしらに
障害がある子を呼んでいるが、
「生き物」として障害があるか、
と考えれば――全員障害者だ。
難しい。
いつになっても、慣れない。
- 718 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:02:28.45 ID:un43/iyQ0
*
三十分程して、命と優、
そして文が絆の部屋に上がってきていた。
扉を閉めた途端、優が嫌悪感を露にして言った。
「絆、何あの子」
「何って……何がだ?」
バーリェは殆ど他者に対して嫌悪感を発することはない。
トレーナーに対しては無論だし、
同族に対しても、争うメリットがないので同様だ。
しかし霧に対しては違うらしい。
- 719 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:03:00.79 ID:un43/iyQ0
確かにそうだ。
彼女は、今まで絆の「家族」になかった
「優劣感」という概念を持ち込んでしまった。
理解できる。
面と向かって馬鹿にされて、劣等種だと言われて。
面白い筈がない。
「私は反対だなー……あんなのと一緒に暮らせないよ」
優は、その点圧倒的に正直だった。
絆は椅子に座ったまま優を手招きして呼び寄せると、
その頭を軽く叩いた。
「こら。仲間をそう呼ぶんじゃない」
「でも……」
- 720 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:03:32.43 ID:un43/iyQ0
『仲間』と聞いて、優が黙った。
それを見て、絆は無理やり
騙させてしまったことに気がついて、
口をつぐんだ。
そして優の頭を撫でてやりながら口を開く。
「……何が嫌なんだ?」
「何かね、変なんだよ。絆は感じないの?」
優に聞かれ、絆は首を捻った。
確かに霧は番外個体
……その可能性が高いが、外見や行動は普通と変わらない。
そこで文が進み出て、手話で文字を作った。
- 721 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:04:07.89 ID:un43/iyQ0
『雪ちゃんと同じような
……でも、何か違うんです。
私たちとも違う。あの子は、本当にバーリェなんですか?』
「本当にって
……バーリェに違いはない。
人間ではないことは確かだからな」
それは確認している。
事前に詳しく資料を読んでいる。
「バーリェじゃないよ、あんなの」
吐き捨てるように優が言った。
その意味が分からずに、
絆はそんな優の姿を見るのは初めてだったので、
若干押されながら言った。
- 722 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:04:37.51 ID:un43/iyQ0
「あんなのって……」
「私たちと違う。何か、ロボットみたい」
「ロボット?」
「うぅん、どっちかというとし……」
『お姉ちゃん』
そこで文が、無理やり優の肩を掴んで言葉を止めた。
優がハッとして口をつぐむ。
「ん? 何だ?」
隠し事をしている風の二人に問いかけるが、
双子は視線をそらして黙り込んでしまった。
そこで、命がおずおずと口を開いた。
- 723 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:05:09.77 ID:un43/iyQ0
「絆さん、あの子……戦闘で使うんですか?」
問いかけられて、絆はまた言葉に詰まった。
しかし隠してもためにならない、
と思い直して、命に対して頷く。
「ああ。そのつもりだ」
「どうして? 私達もまだ出てないのに!」
優が、生まれて初めて絆に「反抗」した。
食って掛かってきた。
ヒステリックにわめいた優に続いて、
文までもが手話で訴えてきた。
『順番で言うと私達の番ですよね?
どうして今、新しい子を連れてくるんですか?』
- 724 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:05:42.78 ID:un43/iyQ0
「お偉いさん方の決定だ。俺の意思じゃ……」
反射的にそう返しかけて、
絆は言葉を無理やりに飲み込んだ。
これでは、まるで自分が仕方なく
霧をもらってきたような感じになってしまう。
実際そうなのだが、霧だってバーリェだ。
この子達と変わらない。
絆自身、優劣を決めるつもりは本当になかったし、
誰かをひいきするつもりなど毛頭なかった。
- 725 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:06:13.48 ID:un43/iyQ0
ここで、「俺の意思じゃない」と
言ってしまったら、霧の立場がなくなってしまう。
「…………お前たちも、すぐに戦闘に出れるよ。
霧は、対速攻戦用に創られたバーリェなんだ。
お前たちではカバーしきれない事態を担当する」
「私達ではカバーしきれないって、何!」
優が飛び掛らんばかりの勢いで怒鳴った。
青くなっている彼女に向かって、
息を吐いてから絆は言った。
「どうした? お前、様子がおかしいぞ。
薬をちゃんと飲んだのか?」
- 726 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/08(木) 20:07:02.14 ID:un43/iyQ0
お疲れ様です。
次回の更新に続かせていただきます。
ご意見やご感想、ご質問などありましたら、お気軽にくださいね。
それでは、今回は失礼します。
- 727 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/08(木) 20:09:15.57 ID:W5ReGtKT0
"新型兵器"登場か
- 729 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/03/09(金) 18:50:59.01 ID:CXkUjv6IO
愛のこと、雪の限界、他の子の性能、そんな問題山盛りなのに、霧が来て風呂敷がかなり大きくなった…
完結までのプロットはあるのでしょうか?
- 730 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/09(金) 19:49:48.22 ID:M8HUcM7B0
こんばんは。
続きが書けましたので投稿させていただきます。
完結までのプロットは作ってあります。
ありますが、予想以上に一話の文字量が多くなってしまったので、
まだ数話いただくことになります。
最後まで書かせていただきますので、ご安心ください。
引き続き楽しんでいただければ幸いです。
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