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少女「それは儚く消える雪のように」
218 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:42:16.92 ID:mkVHEDB80


本部は、丁度絆たちが住んでいる地区の中央に頓座している。

車を出し、その正面玄関に横付けすると同時に十数人の職員が駆け寄ってきて、
そのうちの一人が彼の車のキーを受け取り、車に乗り込んだ。

駐車場まで運んでくれるのだ。

小型のノートPCを操作しながら、
先ほど電話で話をした女性オペレーターが近づいてくる。

命の手を引き、歩きながら絆は彼女の話に耳を傾けた。

「死星獣はいまだに移動をせずに停滞しています。
東部支部のトレーナーが三人、警戒に当たっていますが
……絆様はまず新型機の調整に入られてください」

奇しくも、今日の夜に授与されるはずだった機体を
授与の前に使うことになるとは……思ってもいなかったといえば嘘になる。


219 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:42:59.61 ID:mkVHEDB80
このところ、ますます死星獣の出現頻度が上昇していて、
ひっきりなしに現れている地方さえあるのだ。

彼女の案内を受け、絆は命の手を引き寄せながらエフェッサーの本部に入った。

急を要するので、そのまま地下の兵器格納庫へと移動を始める。

数分で目的の場所に着くと、絆は新型のために新設されたらしい倉庫へと案内された。

やたらと天井が高く、おびただしい数の作業員が動いている。

まるで住宅の建設現場だ。

その中央部に、異常に巨大な……『人形』が鎮座していた。

まるで四つんばいになっているかのような前傾姿勢で床に手をついている。


220 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:43:48.71 ID:mkVHEDB80
事前に送られていた内容どおりの外見だった。

しかし、実際にこの目で見てみるとやはり大幅にその異様さは違うものがあった。

人の形をしている、機械の人形。

物凄く大きい……五、いや、立ち上がると十メートルはあるだろうか。

ただ横から見ると戦闘機に近いそのフォルムは、白みがかった銀色に輝いている。

股間部にバーリェが乗り込む挿入口があり、そこに簡易の階段がかけられていた。

これからの、人間と化け物の戦いを一変させるかもしれない、開発途中の人型戦闘機。

自分たちに与えられた機体はコードネームを、『陽月王』と言う。

本当ならこれの詳しい説明を受け、きちんと調整、そして訓練を経てからの戦闘だ。

だが元老院はその必要はないと判断しているらしい。


221 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:44:32.36 ID:mkVHEDB80
「……私、これ知ってます……」

絆はあまりにも急ぎすぎている展開に対する疑念を、命の一言で払拭した。

小さなバーリェの目は、ぼんやりと焦点を失ったかのように
異常な機械人形を凝視している。

一応陽月王は複座型──つまり二人乗りになっていた。

通常、トレーナーはバーリェの乗っている兵器に同乗したりはしない。

細かいところを動かすのは、機械のように彼女達が行えるからだ。

そして肝心の砲撃などは、安全な場所から遠隔操作で行うのが常になっていた。

バーリェは壊れてもいくらでも再生産がきくが、
貴重な人材であるトレーナーは死んでしまえば補充に時間がかかる。

冷淡なことだが、それがこの世界の認識事実だ。


222 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:45:31.73 ID:mkVHEDB80
だが、雪の戦闘にだけは絆は同乗することにしていた。

他のバーリェには言っていないが、
盲目の雪は、戦闘になると非常に落ち着かなくなる。

それはそうだ。いくら機械音声のサポートがあるとはいえ、
自分には見ることも確認することも出来ない異形の怪物が接近してきているのだ。

一人で戦えと言う方が無理だ。

だから、彼女とだけは同乗して戦うようにしていた。

陽月王のバーリェ格納庫を見た時に、
絆はこの人型兵器は雪と自分のために作られたものだと言うことを確信した。

唇を噛んで、しかしそのことには触れずに黙って命の背中を押す。


223 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:46:12.64 ID:mkVHEDB80
「頑張れ」

一言だけ言うと、黒髪のバーリェは小さく頷いて、
近づいてきた職員に誘導されて機械兵器へと向かった。

これから彼女はあの中に入り、起動実験を行うことになる。

そう、生命エネルギーを吸い取られて。

自然に気分が重くなるのを感じながら、絆は格納庫を後にした。

そして数人の職員と共に、官制室と呼ばれている、
トレーナーが遠隔でバーリェの乗る機械兵器を操作する場所へと移動する。

まるで、優と文が好きなテレビゲームのようだ。

ふとそう思って、絆は自嘲気味に苦笑した。


224 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:46:55.31 ID:mkVHEDB80
今までは戦闘機や戦車など、全時代的な兵装ばかりだった。

それが、いまや完全に人型の巨大鎧を遠隔操作し、化け物を倒す。

嘘みたいな話だが、これが現実だ。

そしてその巨大兵器に自分の大切な少女が乗っているのも、また事実。

変えようのない現実。

あまりに非現実的な事実のため、頭の中がまだ受け入れるのを拒否している中、
彼は巨大な映画館のスクリーンを周囲全てに張り合わせたかのような
ドーム型の部屋に入った。

まるでプラネタリウムのように、そこには無数の枠に区分された、
死星獣に襲われている市街地が映されていた。


225 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:47:45.24 ID:mkVHEDB80
「到着いたしました」

短く言って席に着く。

周りを見ると、既に数人のトレーナーがスクリーンを睨みつけている所だった。

絃の姿もある。
絆の方を見たが、また重苦しい顔を正面に戻した彼につられて視線を前に向ける。

そこで絆の思考は一旦停止した。

醜悪だった。

いや、邪悪と言ったほうがいいだろうか。

この前駆除した死星獣の方がまだマシだ。

ついさっき見てきたものを巨大な巨人だとすると、
今回現れた死星獣は巨大な『蜂』だった。


226 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:48:33.40 ID:mkVHEDB80
しかし空を飛んでいるでもない。

巨大すぎる体を支えるには、羽が小さすぎるのだ。

その蜂には、頭部と尻部に、あわせて二つの顔がついていた。

不気味な複眼が時折カメラのように収縮を繰り替えしている。

ミミズのごとき、どちらが前でどちらが後ろか分からない歪んだ巨大生物は、
全長三十メートルはあろうかと言う体躯を小刻みに震わせながら少しずつ、
横向きに前進していた。

巨蟲が通った場所は、砕けるでも、
爆裂するでもなくただ灰のクズになり空中に散っていく。

しばらくそれを見つめた後、
絆は女性職員が差し出したマイクつきのヘッドホンを受け取った。
そしてそれを頭にかける。


227 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:49:21.83 ID:mkVHEDB80
途端に軽いコール音と共に、
先ほどの陽月王が格納されているドックから通信が入った。

そして、目の前のテーブル型タッチパネルについているスクリーンに、
命の顔が映し出される。

<絆さん、セッティングが終了しました>

<HT6号のセット完了、全てのチャンバーをストラグルスラインにエンゲージ。
起動条件、赤クリア。エネルギー抽出率高安定>

AIが、順調に人型兵器が起動していることを機械音声で告げる。

<絆様。これよりAAD七〇一号、陽月王を戦闘区域に搬入開始いたします>

オペレーターの声と共に、もう一つの画像がスクリーンに開いて、
陽月王が乗っている床が自動で動き始めて、
隣に停泊していた輸送用の戦闘機に格納されていくのが映った。

僅かに不安な顔をしている命に小さく笑いかける。

タッチパネルには小型カメラもついていて、彼女には絆の顔が見えているはずだ。


228 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:50:12.63 ID:mkVHEDB80
「安心しろ。多分今回、お前の出番はないから」

<何だか……凄く変な感じです……>

不快感を前面に出した顔で、命が荒く息をつく。

そこで絆は僅かに人型兵器のエネルギー抽出率が低下し始めているのを計器で確認した。

やはり命の内用しているエネルギー総量では、
雪用に調整されている新型のエネルギーをまかなうことは無理があったらしい。

口に出しかけたが、
いたずらに彼女のプライドを刺激するのは避けたほうが無難かと思いなおし、口をつぐむ。

とにかく今回は、自分たちに戦闘が回ってこないことを祈るしかない。

脇目で絃の方向を向くと、彼も絆と同じように険しい表情をしていた。

ここからでは聞こえないが、
やはり何かを押し殺しているかのような表情で画面の向こうの桜に向かって言葉を発している。


229 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:50:56.97 ID:mkVHEDB80
死星獣の動きは、相当ゆっくりだ。時速十キロも出ていないだろう。

おそらくまだ移動中らしい桜と、
そして命の乗る人型兵器が到着するより先に、
他に待機していたトレーナーたちが死星獣に攻撃を開始した。

配置されているのは戦闘機タイプのAADが二機、そして戦車タイプのものが八機だ。

いずれもが、遠隔操作と現地のバーリェの操作によって機敏に動いている。

トレーナーには特別な操作技能など必要ない。

いや、むしろゲームが得意な人間なら誰でも操作できるだろう。

危ない攻撃はバーリェの判断によってある程度は避けられる。

まるでゲームだ。

この戦闘に参加するたびに、そう思う。


230 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:51:43.90 ID:mkVHEDB80
コンティニューの存在しないゲーム。

バーリェたちにとっては。

そんなところに、彼女達は嬉々として出て行く。

使ってもらいたいからと。

それが存在価値なんだからと。

言いようのないやるせなさを感じながら、
絆は戦闘中の様子を映しているスクリーンを見つめた。

今回の死星獣は巨大だからと、かなりの数のトレーナーが招集されていたが、
別段反撃してくる風も見せていない化け物に、
着実に損傷を与えられていることは明白だった。

十分ほど攻撃が続いた後に、唐突に通信が入って絆の意思は現実に引き戻された。


231 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:52:32.68 ID:mkVHEDB80
<陽月王、咲熱王、指定エリアに配置完了しました>

おそらくもう一機は桜が乗っている機体だ。

スクリーンの端に、二機の巨大な巨人のシルエットが映り、
管制室に驚愕の声が広がった。

まだ二つとも立ち上がってはいないが、
しゃがみ込んでいる状態で相当巨大だと言うことは分かる。

まるで、ロボット兵士だ。

<起動シークエンスを持続します>

AIの声と共に、また動作が開始される。

二機が配置されている場所は、
死星獣との戦闘エリアから二十キロ離れた場所。

相当遠い。実戦でいきなり稼動訓練……との命令だったが、
この分では戦闘が起こらずに無事に終了できそうだ。


232 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:53:16.56 ID:mkVHEDB80
だが、そこで絆は命の声に蒼くなった。

<絆さん……ちょっと苦しいです……>

彼女は狭いコクピットの中で体を折り曲げ、小さくえづいている最中だった。

体が小刻みに痙攣している。
それは、生体エネルギー抽出の限界量を越えかけている際の、
バーリェの身体反応のひとつだった。

もう少し我慢しろ、と言いかけて言葉を止める。

そこで彼は、耳元のヘッドホンに内線から絃の通信が入ったことに気がついた。

繋ぐと、応答するより先に低く、囁くような声が彼の耳を打った。

<離脱させろ。命ちゃんじゃ無理だ>

気づいていたらしい。

唇を噛んで数秒間停止する。
そして絆は、息を吐いて緊急離脱のボタンを押した。


233 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:53:57.87 ID:mkVHEDB80


その命令が下ったのは、それから三時間後のことだった。

攻撃はいまだに続いているが、
低速で移動する死星獣が完全に破壊されるには至っていない。

いや、それにも増して奇妙なことがあった。

双頭の蜂型をして巨大蟲は、損傷を受けるごとに、
徐々にその体を風船のように膨らませていっていることが判明したのだ。

死星獣の体内は、一般的に虚数空間と言われる。

自分たちが今生きているこの世界とは思念も何もかもが違う、
空虚で原子さえも存在しない世界だ。

つまり、ブラックホール。

小さなビーズ状のそれが詰まっていると考えれば一番近い。


234 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:54:48.89 ID:mkVHEDB80
移動のたびに死星獣は、それを……まるで芳香剤のように、
周りに撒き散らしながら動くのだ。

故に、原子レベルのブラックホールに触れたものは
灰にまで砕け散ってなくなってしまう。

そして、膨らんでいると言うことは死星獣内部の虚数空間が、
無が増えると言うのはおかしな話だが膨張し始めているということに他ならなかった。

バーリェの生体エネルギーにより、
どこかが損傷したことで、いわばガス栓を開け離しにした時の状況になっているらしい。

つまり、下手に攻撃して風船に穴が開けば中身が飛び散ってしまう。

それで攻撃が停止されたのは一時間半前。

その後、絆は元老院に呼び出されていた。

反論しようとして、そんな場合ではないと考え直して口をつぐむ。


235 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:55:30.80 ID:mkVHEDB80
タッチパネルのスクリーンに映し出された、
元老院の老人の一人はもう一度、青年に対して繰り返した。

<G77の使用を命ずる。貴殿に拒否権はない。ただちに準備に取り掛かりたまえ>

唇を噛んで通信を切る。

そして絆は、黙ってエフェッサー支部の中でも比較的信用を置いている職員に通信を繋いだ。

要請の内容は、雪を使用するようにと言うことだった。

今回の死星獣を、元老院はレベルトリプルAと判断したらしい。

それを見越して絆と絃を召集したような感じだ。

タイミングが合いすぎている。

心の中に浮かんできた疑念を無理矢理振り払い、
彼は通信先の職員に、ラボへ雪を『回収』に向かってくれるようにと要請する。


236 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:56:05.06 ID:mkVHEDB80
そして青年は大きく息をつき、席を立ち上がった。

この機会に……という表現は楽観的過ぎるが
陽月王と咲熱王で試作段階のエネルギー兵器をあの死星獣に使用するらしい。

どうにも、現実感が沸かない。

今だけは、だ。

実際に戦闘現場にいるわけではなく、
バーリェが戦闘兵器で戦っているのはここよりずっと遠くの場所だ。
しかし……。

立ち上がって、医療室へと足を向ける。

自分は、雪が到着するまで行動しようがない。


237 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:56:57.25 ID:mkVHEDB80
命の不良により、陽月王と咲熱王、二機の人型兵器は再び本部へと回収されていた。

絃の側にも不良が見つかり、急遽メンテナンスを行うことになったのだ。

現実感が沸かない
……だが、それほど事態は切迫していると言うことに他ならなかった。

いまだに他のトレーナー、バーリェによる死星獣への威嚇攻撃は小規模だが続いている。

しかし、今回の化け物のようなケースは
今までに経験したパターンの中でも特に厄介なものだった。

まだトレーナーになりたての頃、膨張し続ける死星獣を相手にしたことがある。

結局、その時は止められなかった。

攻撃できないのだ。止めようがない。


238 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:57:30.54 ID:mkVHEDB80
自分はバーリェを一人、死星獣に飲み込まれて亡くしている。

それが一人目の少女だった。

その時の死星獣は、結局百二十キロほど前進した後、
三つの都市を静かに灰に変え、そしてしぼんで消えた。

いまだにその原因は分かっていない。

死星獣は、モノを壊さない。

ただ灰にして消し去るだけだ。

その静かな狂気ゆえに、
人間は恐怖を恐怖として上手く認識することが出来ないのかもしれない。


239 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:58:13.66 ID:mkVHEDB80
前回のことを思い出しながら、
絆は自分があまり恐怖していないことに気がつき、
その無頓着さに自然と吐き気を催した。

戦闘している、中核の自分たちでさえこうなのだ。

誰が心の底からあの化け物を恐怖し、恐れ、必死に生き延びようとしているだろうか。

誰もそんなことはしていない。

人造で作り出したバーリェを戦闘兵器に乗せて送り出し、
自分たちは高みの見物。壊れたらまた作ればいい。

それが世界。

自分さえよければいい。

他がどうなろうと、自分さえ生きていればそれでいい。

自分がいればどうにかなる。

そのためには他をどう利用しても生き延びなければならない。


240 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:58:48.27 ID:mkVHEDB80
それが、生きているこの世界の常識。

人間の本質的な本能ともいえるものだ。

だが、本当にそれは正しいのだろうか?

本当に自分たちは望んでいるのだろうか?

生きていたいと。

死にたくないと。

時々分からなくなるのだった。


241 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 20:59:21.94 ID:mkVHEDB80
どうして、自分は生きているんだと。

バーリェたちのように、明確な意思と理由を
──それが例え与えられた後付のものだったとしても
──それを持っているわけでもない。

ただ、生きる。

他を犠牲にして。ゲーム感覚で。

だが……それが現実だった。

そしていつも、絆は戦闘が終わって意識を失ったバーリェを見るたびに、そう思うのだった。


242 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:00:05.17 ID:mkVHEDB80


医務室に入り、運び込まれた命に駆け寄る。

完全に意識を失っている彼女の脇に立ち、
係りつきの医師を睨むように見る。

初老の医師は軽く息をついて肩をすくめた。

「過剰な生体搾取による一時的な混濁状態なだけだ。
特にメンタルバランスに影響も見られんが
……コレではあの機体は動かんな。
お前さんともあろう者が、判断を見誤るとは驚いたぞ。
私から見ても、このバーリェはまだ発展途上だ。若すぎる」

冷静に分析され、分かりきっていることを聞かされている
……という自覚が脳に駆け巡る。

声を荒げたい衝動を無理矢理押さえつけながら、絆は黙って命の額を撫でた。


243 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:00:36.71 ID:mkVHEDB80
あの新型機械兵器にこの子を乗せただけでも、寿命は当然の如く減る。

それを……役立たず扱いされたくはなかった。

おそらく命は自分が上手く出来なかったことにより絆の方の心配をするだろう。

彼女の、存在価値としてのプライドは傷つかない。傷つくのは、管理している自分だ。

だが……遠方からただ楽観しているだけの存在に、役立たず扱いだけはされたくなかった。

そのまま頭を下げ、医務室を後にする。

頭に昇った血を降ろそうと、待合室のソファーに乱暴に腰を下ろし、絆は頭を抱えこんだ。

時間がなさ過ぎた。

いや、自分がこの状況を楽観視しすぎていたと言ったほうがいいかもしれない。


244 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:01:19.28 ID:mkVHEDB80
いずれにせよ、雪を使うしかない。

やるしかない。

あの死星獣の進行方向にはアルマという巨大な街が存在していた。

あそこを消しされられては、避難している大勢の人間が難民となってしまう。

そのまま五分ほどが過ぎた時、
疲れた足取りで絃が歩みよってくるのが視線の端に見えた。

彼は座り込んでいる絆の隣に腰を下ろすと、
手に持っていた缶コーヒーを差し出した。

黙ってそれを受け取り、プルトブを開け、絆は一気に中身を口に流し込んだ。

「……まぁ、いずれこういう時は来るさ」

思いの他、淡々と抑揚なく絃は言った。


245 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:01:48.51 ID:mkVHEDB80
「昨日までは、いつも通り元気だったんだぞ。あいつ」

ポツリと呟く。

絃は視線を天井に向けて、また呟くように言った。

「みんな、そういうもんさ」

「……みんな?」

「オレ達人間だって、いつ死ぬかわかんねぇんだ。
ある日突然交通事故に遭ってコロリと逝く人間だって大勢いるし、
逆にいつの間にか病院で、孤独に息を引き取ってる人だっている。
いつ死ぬか分からんっていうのが生きてるってことだし、だからそういうもんだ」


246 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/21(火) 21:02:17.11 ID:mkVHEDB80
青年はしばらく床を見つめていたが、やがて大きく息をついて口を開いた。

「そういうもんか」

「ああ」

そのまま二人は沈黙し、やがて同時に立ち上がった。

絃は絆の肩を軽く叩くと、それだけでまた通路を戻り始めた。

何度目だろう。

こんな風に、彼に言われるのは。



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