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騎士「そうだ。俺は、勇者になりたかったんだ……」
- 21 名前:深夜にお送りします []
投稿日:2013/08/24(土) 19:56:18 ID:bi2gqXW2
日がやや傾き始めてきた
騎士団は調査を開始し始めて、既に二時間が経過していた
「変ですね…。巨大なものが居れば、その痕跡は容易に分かるはずなのに…」
青年「これだけ探しても、情報と合致する地点が見つけられないなんて」
「情報の一つに巨大な何かが木々を倒していた、というのがあったが、それすら見当たらない…
一体どういうことだ?」
「何か、ヤバい雰囲気がありますね……」
「チッ。情報部はマジに仕事してんのかよっ」
騎士団率いる団長が危険を察知して調査の一時中止、招集をかけた
- 22 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 20:06:56 ID:bi2gqXW2
しばらくして、周囲を調査していた騎士たちが足早に戻ってきた
「何か様子がおかしい。陣形を敷き、警戒に当たれ」
団長の号令のもと、弩戦車を中心に陣形を敷いていく
この場に居た誰もが多かれ少なかれ異常を感じていた。言葉に出せない違和感のようなものを肌で感じ取っていた
突如、ピンッ!と空気が張り詰めた
一同の鼓膜を聞こえない何かが震わせ、耳鳴りを引き起こしたのだ
青年「痛っ!」
突然の痛覚に、思わず耳を押さえる
そして
ド、ド、ドォォォォンッ!
耳を押さえる騎士たちの目の前の木々が、次々となぎ倒されていった
- 23 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 20:51:23 ID:bi2gqXW2
それはあまりにもおぞましく、そして不快だった
芋虫のような体に、しわくちゃの赤子の顔
巨体を引きずる小さな足、頭部から伸びるヌメヌメとした光沢を持つ触手
体毛のない体は何かの粘液に濡れ、薄気味悪い緑色の身体を光らせている
「な、な、なんだ!こいつは!」
巨大な芋虫は三体いた
緩慢な動きでこちらに近づいてくる
近付くにつれ、耳鳴り、痛みは強くなってきた
「この痛みは…グッ…。あいつ、からか!」
近づいてきて分かったが、触手の根本に常に小刻みに震えている物が見えた
原因はこれなのだろう
- 24 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 20:53:25 ID:bi2gqXW2
「くっ、怯むな!弩戦車、撃てッ!」
団長の振り絞るような怒号で正気に戻った射手が、慌てて照準をつけ、発射した
ボシュッ
ボシュッ!
大きく鈍い音を発して、弩から大矢が放たれた
至近距離で撃ったため、誰もが直撃を思い描いたが、現実は違った
緩慢な本体とは裏腹に機敏に触手が動き、大矢を絡めとってしまったのだ
そして、わずかに伸縮しただけで大矢を圧し折ってしまった
その様子に絶句してしまう
- 25 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:00:41 ID:bi2gqXW2
「落ち着け!生き残りたくば戦うのだ!
四人一組!戦車は馬をどうにかして動かせ!」
「しかし団長!弩の矢を受けるようなバケモノですよ!勝ち目はありません!」
「ある!幸い触手以外の動きは遅い。裏に回りこんで戦うんだ
それに、それは馬鹿正直に真正面から撃ち込んだのだ。次はきっちり受け切れないタイミングで撃たせる
以上だ!行けッ!」
訓練通りに四人一組で化物に戦いを挑んだ
しかし、近づけば近付くほど音の威力は上がっていく
超音波の前に、騎士団の動きも鈍くなり、普段の半分も実力を出せない状況に陥っていた
逆に化物の触手は、ますます動きを早め、近付く騎士団をムチのように打ち据えていく
- 26 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:07:31 ID:bi2gqXW2
「グ、あああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
騎士の一人が触手に腕を絡まれ、先ほどの大矢と同じように容易く骨を砕かれた
だが、それだけで済まないのかそのまま締め付けを緩めず、そのせいで皮膚が、筋肉がねじり切られていく
ジワジワと襲い来る痛みに我を忘れ、のたうち回る
「こ、このぉぉ!離せーーッ!」
騎士の一人が襲われている団員を救おうと、触手に剣を振り下ろした
しかし、粘液に刃が立たず、救い出すことが出来ない
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ブチブチと音を立てて、ついに腕がちぎり飛ばされてしまった
断末魔の悲鳴、そして阿鼻叫喚の光景
それが団員の恐怖心を、一層煽った
- 27 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:09:24 ID:bi2gqXW2
その恐怖心を怒りで追いやり、それぞれが雄叫びを上げて一斉に怪物に攻撃した
だがそれも、濡れた身体と弾力のある肉体に阻まれ、決定的なダメージにはならなかった
青年「槍だ!槍で一点を貫くんだ!!」
そう言って、触手の結界を低い姿勢からの踏み込みでかわし、
全身のバネを使って突きを繰り出した
乾坤一擲の突きは『堅牢』な表皮と筋肉を突き破り、ついに決定的なダメージを与えることに成功した
――あ あ あ あ あ あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ
「なんだ、この吐き気のする鳴き声は…!」
耐え切れずに思わず耳をふさぐ
しわがれた赤子の顔から絶叫がほとばしる
- 28 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:11:26 ID:bi2gqXW2
痛みで巨体をくねらせ暴れまわる
(やはり弩でなければ、これを殺すことは出来ない…)
「弩まだか!」
「無理です!この音に怯えて動こうとしません!
音を止めて下さい!」
「よし!」
団長は今の情報を団員たちに伝えた
「奴を倒すためには弩の強力な一撃がいる!そのためには我々を悩ますこの耳鳴りを止めなければならない!
発信源は触手の付け根だ。危険ではあるが、再優先で狙うのだ!」
団長の下知に答えるべく、早速行動に移った
先ほど槍で身体を貫いたのを見ていたので、それぞれが槍を手にし、同じように力いっぱい刺突を行っていく
- 29 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:13:17 ID:bi2gqXW2
何人かは触手に打ち据えられてしまったが、集団戦法を繰り出し結界をかいくぐっていく
「触手さえ気をつければ後はトロい本体だけだな!このバケモンめッ!…ングワぁッ!」
相打ちになってしまったが、一人の騎士がついに一体目の超音波を止めることに成功した
一体成功すると、身体が少し楽になり俄然勇気が湧いてきた
すぐに二体目、三体目の超音波を止める
勝機が見えてきた
- 30 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:15:15 ID:bi2gqXW2
「馬は!」
「もう少しかかりますが、動きます!注意を惹き付けて下さい!」
超音波が止まったことで身体が軽くなり、また馬も動けるようになった
後は触手の動きを惹き付け、確実に大矢を撃ちこむだけだ
青年「ん?」
気がつくと、周囲は薄い紫色の霧に包まれていた
そのことに気付いたのは、青年ただ一人だった
紫色の霧はどんどん濃くなっていく
そして…
―ゴガボッ!
霧の濃い場所に居た騎士が、突如血反吐を吐き絶命した
- 31 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:18:16 ID:bi2gqXW2
「!?」
続いて今度は二人が血反吐を吐いて即死した
青年「ど、毒だ…。この霧に気をつけろ!吸い込めば即死の劇毒だぞ!!」
「なんなんだこれは!どこから出てやがる!」
幸いなことに、霧自体は騎士たちが密集する場所まで来ては居なかった
それでも、行動範囲が狭められた上に、完全に退路まで絶たれてしまった
死地に入ったと、誰もがそう直感した
「だ、団長……」
団員の一人が団長の指示を仰ぐ
「……」
団長は答えない
歴戦の経験を誇るが故に、今の状況がいかに絶望的かがハッキリと理解できたのだ
- 32 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:22:04 ID:bi2gqXW2
青年(一体、いつのまに霧が発生したんだ……)
自分を落ち着かせ、冷静に観察してみる
青年(この霧、人が即死するほどの毒のある霧なんて聞いたことがない
これは勘だが、魔界のもの。あるいはこの化け物達が発生させているんだろう)
もし自然発生であったなら、この地に村を作ろうとはしないだろう
青年(いや、霧が出たからこそ村を放棄した?
それなら帝国の方に情報がいっているはずだ……)
青年(だが、どうであろうと俺達の危機には変わりはない
ならどうする?少しでも可能性があるならば、行動するしかない!)
青年はそう決断した
- 33 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:24:58 ID:bi2gqXW2
青年「みんな聞いてくれ。時間がない。だから結論から言わせてもらう。
おそらくこの霧はあの化物達が発生させているのだ。だから奴らを倒せば俺達は生きて帰れる!」
絶望感が漂う騎士団に、その言葉は雷鳴の如く響いた
「何故そんなことが言い切れる!あてずっぽうが過ぎるぞ!」
青年「ではなぜ我々が居るところを包むように霧が発生しているのですか
おかしいと思わないのですか。不自然だと感じないのですか!
この霧は自然発生したものではないのです。何かが意図的に発生させているのです」
「だが、奴らが霧を操っている証拠など何処にもないのだぞ!
我らに無駄死にしろというのか!」
青年「無駄死にですと!今のまま死を受け入れるほうがよほど無駄死にです!
騎士の誇りをお忘れですか!!」
その言葉が団長の胸へ突き刺さる
(騎士の…誇り…)
- 34 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:29:15 ID:bi2gqXW2
青年「それに、今我々に出来る最善の行動は、目の前の妖魔を打ち倒すことです
違いますか!」
青年に一喝され、口をつぐむ
しかし、青年の言葉を受け、先ほどまであった絶望の表情はもはやない
団員の目に力強い光が戻ってきた
「騎士の誇り…。そうだ、今この状況こそ、我々に残された最後の挟持……。
たとえこの身が朽ちようとも、勇気を持って立ち向かわなければならない」
「団長!」
「名誉ある死こそ我らが誉れなり!
滅びの道でも誇りある我らの生き様、穢れし妖魔にとくと見せつけようぞッ!」
―オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
自棄に見えたかもしれない。何故なら彼らの足掻きは無駄に終わるかもしれなかったからだ
それでも、彼らの信じる道に懸けて、戦わなければならないのだ
騎士とは皆、そういうものなのだ
- 35 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:32:04 ID:bi2gqXW2
覚悟を決めた騎士たちは、もはや生死を度外視していた
一撃一撃が必殺の威力を持ち、瞬く間に化け物たちに傷を負わせていった
そしてついに、青年の渾身の力を込めた一撃が化け物の顔面を貫いた
――おぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
最後の足掻きに振り舞わした触手が、青年の左腕の骨を折った
仲間が即座に、そして一斉に槍を化け物に突き立てる
しばらく触手が力なく動いていたが、次第に動きを弱め完全に動かなくなった
- 36 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:35:48 ID:bi2gqXW2
一体目が力尽きるのと同時に、もう一体にもトドメをさしていた
再び絶叫する
よほど激しい抵抗を受けたのか、血塗れでない者は一人も居なかった
最後の一体
他の化け物が倒されたのを悟ったのか、今まで以上に暴れ狂っていた
巨体が身体をくねらせて暴れているのだ。近付くことはおろか、武器を出すことすら出来ていなかった
頼みの綱の弩は、大きく動かれて狙いが定まらなかった
戦い終わった団員たちも合流したが、この様子に手を出せずに居た
- 37 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:37:34 ID:bi2gqXW2
そうしている間に背後には毒霧が迫ってきている
いくら死を覚悟したとはいえ、生きられるならば生きていたいというのが人の本能だ
だから、彼らは人知れず焦り始めていた
「どうする!このままでは武器が立たんぞ!」
「弩は!?」
「ダメです!狙いが定まらず、撃てません!それに、霧のせいでもう移動もままなりません!!」
「こ、ここまでか…」
「生半可な打ち込みでは、あの体液と脂肪で文字通り刃が立たない……」
「疲れて動きが鈍くなるまで待つというのは」
「その前に俺達が毒で死ぬだろう」
「万策尽きたか……。こんな、こんな無様だとは…」
奇妙な光景だった
手出しできずに魔物を取り囲む人間
魔物はひたすら巨体を踊り狂わせ、他を寄せ付けない
そして背後からはジワジワ迫る、猛毒の霧
地獄絵図だった
- 38 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:41:04 ID:bi2gqXW2
誰もが諦めていた
できる事はしたと思った
しかし
奇跡というのは
得てしてこういう場合に
起こるものなのである
- 39 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:42:54 ID:bi2gqXW2
――グ ォ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ !
- 40 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:44:11 ID:bi2gqXW2
古来よりこの地に存在し
あまりの強靭な生命力は、人に信仰の対象として崇められ
今もなお、事実として天空にあり続ける
地上最強の生物……
- 41 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:46:27 ID:bi2gqXW2
それは翼の一振りで人も霧も吹き飛ばし、なぎ倒してしまった
それは鋭利な鉤爪を持って、化け物に突き立て、もう一度翼を一振りして天空に躍り上がった
そして、人間に見向きもしないで、荘厳に、雄大に、偉大な王者の風格を持って剣の山へ飛び立っていった
その間、誰一人として声をだすものは居なかった
後に残ったのは、人間の荒い呼吸音と静寂。いや、嵐のような風の鳴き声だけだった
- 42 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:51:10 ID:bi2gqXW2
――――
魔物討伐遠征は、死者四名。負傷者多数
任務は成功。竜の存在も確認でき、彼らは戻ると表彰を受けた
仲間の死に胸を痛めつつも、同時に彼らの胸は誇りで一杯になった
通常なら見ることも近付くことも出来ない竜を、間近で見ることが出来たのも、彼らの自慢となった
しかし一人だけ。喜ぶ気になれない人物が居た
青年「母上……」
「坊ちゃま……」
「丁度出立した辺りから容態が急変して、そのまま眠るように……」
「申し訳ございません。私達はあなたの信頼を裏切ってしまいました…」
青年「いえ…。いつか、いつかこうなると分かっていました……。
皆さんは良くしてくれました。父に変わり、お礼申し上げます」
顔を青ざめながら、丁寧に頭を下げた
- 43 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:53:29 ID:bi2gqXW2
青年「父は?父とは連絡を?」
「いえ、私共も皆目見当がつきませぬので、早馬を飛ばすことも出来ませぬので……」
青年「そうか…」
覚悟はしていた。むしろ、ようやく母が安らげると思ったくらいだった
しかしそれでも、彼の心は重く、暗くなった
父が帰ってきたのは、それから四日後だった
- 44 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:56:10 ID:bi2gqXW2
父は青年以上に嘆き悲しみ、それは何日も続いた
次第に部屋に引き込まるようになっていき、見るからにやつれていった
青年はそんな父を見かねて、そして自身の鬱屈を晴らすために、父を狩りや催し物に連れだそうとした
そのどれをも拒否し、その内食事すらまともに摂ることもなくなってしまった
だからというか、必然というか
父は忽然と姿を消してしまった
- 45 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:56:52 ID:bi2gqXW2
母の死を契機に、青年の家は崩壊した
いや、まだその一歩手前だった
青年が居たし、その弟妹や召使いたちも居た
だが、後に残った暗い雰囲気はいつまでたっても払拭することは出来なかった
やがて、騎士団が忙しくなると、青年は家によりつかなくなり、
弟妹たちも独り立ちし、残ったのは屋敷を清掃管理する召使だけになってしまった
- 46 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 21:57:25 ID:bi2gqXW2
第一幕 完
- 47 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/24(土) 22:00:38 ID:bi2gqXW2
展開も投下も駆け足ですが、ここまで読んでくださってありがとうございます
後編は明日か明後日にこのスレに投下します
お疲れ様でした
- 48 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/08/24(土) 22:11:54 ID:mQrybY9c
面白い!
支援
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