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少女「それは儚く消える雪のように」
- 541 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/02/25(土) 18:15:34.85 ID:bDf9OSPn0
そして三十秒後。唐突に光の柱は薄れて消えた。
望遠でモニターに、先ほどまで死星獣が存在していた場所を映し出す。
その場所の町は、綺麗に平地になっていた。
焼け焦げた建物の残骸も、何もない。
ただ赤黒い土が、延々と広がっている。
『メインシステムの冷却を開始します。
第二射が可能になるまで、あと三百秒』
本部からの指示を聞きながら、大きく息をつく。
さすがに、この攻撃を受けてまだ残っているとは思えない。
風貌は異様だったが、何とか今回も乗り切れたようだ。
- 542 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:16:20.43 ID:bDf9OSPn0
「本部、確認をお願いします」
通信を入れる。しかし返ってきたのは、上ずった戸惑いの声だった。
『絆様、まだ死星獣の反応は途絶えられておりません。
迎撃をお願いします!』
「な……何だって?」
もう一度爆発の後が映ったモニターを見回す。
どこにもそんな影はない。
しかし次の瞬間、絆の心臓は、
まるで誰かに直接握られたかのように萎縮した。
ガクン、と乗っているキャノン砲と他のバーリェの戦車ごと、
機体が下の方に沈み込んだのだ。
- 543 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:16:54.39 ID:bDf9OSPn0
まさか、と青くなって眼下を見る。
足元が、まるで蟻地獄のように黒い影に覆われていた。
「どういうことだ!」
訳が分からなくなり、思わず叫ぶ。
『状況が変わりました。その場から一時離脱を。直ちに回収班によ……』
そこで、不気味なノイズ音と共に通信音声が唐突に途絶えた。
「え……」
沈み込みながら喉が鳴る。冷や水をぶちまけられたような感覚が全身を包んだ。
この死星獣の本体は、おそらくブリキの化け物のようなあの風体ではなく、
影のようなこの蟻地獄なのではないか。
それが分離してこちらに向かってきていたのではないか。
考えたくない事実が、一人でに脳の奥に湧き上がる。
- 544 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:17:36.51 ID:bDf9OSPn0
周囲に、黒い霧のような粒子がいつの間にか充満していた。
ブラックホールの微細な粒だ。
絆と他のバーリェ達AADは自動で生体エネルギーが膜のように周囲を張り、
灰化を防いだが、彼らが乗っている巨大なキャノン砲は直接死星獣に触れている。
しかもエネルギーコーティングされていないために、
ゆっくりと、表面から灰になって散っていった。
周囲に立ち込めているこの粒子は電波も何もかもを吸収してしまう。
ここまで接近、展開されてしまったら、通信も使えない。
迂闊だった。
まさか足元に出てくるとは思ってもいなかった。
- 545 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 18:18:21.57 ID:bDf9OSPn0
周囲を確認すると、司令部からの操作が切れた、
バーリェ達の乗るそれぞれの戦車が、
コントロールを失って所在なさげにキャノン砲の上で揺れている。
指示がなければ、彼女達は逃げることも出来ない。
仮に逃げようとしたところで、戦車ではどうしようもない。
横を見ると、エネルギーコーティングのために力を吸収され、
僅かに苦しそうにしている愛の様子が目に入った。
──最悪だ。
今まで何回も戦闘をしてきたが、
こんなに最悪になったのは初めてのことだ。
ついさっきまで、元気に泳いでいたこの子達と笑って。
そしてなだめて寝かしつけて。
そんな日常が現実のことではないと、無理やりに頭に叩きつけられる感覚。
- 546 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:05:14.55 ID:bDf9OSPn0
どうする?
どうすればいい。
ここは戦場だ。
俺達は、この化け物がいる世界に生きている。
そして俺は、これを破壊しなければならない。
生きるために。
それが一番目の優先事項だ。
何にも変えがたい真実。
だから、戦わなければならない。
- 547 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:06:04.69 ID:bDf9OSPn0
それがたとえどんなに非現実に感じられたとしても。
戦わなければ、死ぬ。
「愛、動くぞ!」
もう、愛の生体エネルギーは殆ど限界に近かった。
計器が指しているラインは、
殆ど起動状態を保つのに必要なだけだ。
雪の時と比べ、およそ三十分の一の出力。
だが……動くしかない。
- 548 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:06:51.52 ID:bDf9OSPn0
灰化を続ける巨大キャノン砲を蹴り上げ、
人型戦車はその鈍重な巨体を宙に躍らせた。
そして細長い棍を下に向け、蟻地獄の中心に落下する。
エネルギー抽出でいっぱいいっぱいの愛が操作できないのなら、
動かすのは自分がやるしかない。
数十メートルも急速に落下する感触。
まるで滝から落ちていくかの上に、体が僅かにシートから浮く。
そして陽月王の重量と落下の速度を含有した、
金色に光る棍は、そのまま黒い影に突き刺さった。
脳が飛び出しそうな衝撃。歯を食いしばって耐え、
とっさに計器を操作する。
- 549 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:07:42.23 ID:bDf9OSPn0
そして絆は棍に出力している
愛の生体エネルギーを瞬間的に最大まで上げた。
隣の席で、金髪の少女の体がビクンと跳ねる。
明らかに、不自然な体の反応だ。
しかし……やるしかない。
チャンスがあるとすればこれだけだ。
棍から影に、金色の光が広がる。
それは瞬く間に蟻地獄状態の足元全体を覆い包むと、
次の瞬間、白く爆ぜた。空気中に黒い影が散り、
霧へと霧散して光に溶けていく。
- 550 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:08:20.71 ID:bDf9OSPn0
すり鉢上に抉れたアスファルトの地面に、
機械人形が肩部から落下する。
衝撃で一部の装甲が弾けとんだ。
激しく咳をしている愛に目をやり、
慌てて彼女の頭を抱きかかえる。
「大丈夫か!」
「く、苦しい……」
計器はもはや限界だった。
エネルギーゲインが圧倒的に足りなく、
一部の装置が危険値を示す点滅を繰り返している。
『生体エネルギー融合炉、活動臨界マデ、アト百二十秒デス』
AIが唐突に告げる。
- 551 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:09:01.49 ID:bDf9OSPn0
しかし顔を上げた絆は、再び心の底から青くなった。
飛び散らせた黒い影状の死星獣は、所々が周囲の建物に張り付いている。
それら一つ一つが、ナメクジのように動き
……そして瞬く間に道路の真ん中で一つにまとまりはじめた。
「……まさか、分離してたんじゃなくて、
さっきもこうやって再生したのか……」
何だこれは。
目の前で起こっていることに、頭がついていかない。
こんなに高度な再生能力を持つ死星獣は、今までに存在していない。
触れただけで消滅。
エネルギー兵器で攻撃しても、即座に再生。
- 552 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:09:52.87 ID:bDf9OSPn0
――倒せるのか?
(倒せるわけないだろ、こんなの!)
本部との通信のボタンを何度も押すが、
今だ周囲に立ち込めているブラックホール粒子に干渉されて繋がらない。
それ以前に、あと百二十秒後には陽月王は停止してしまう。
そうすればエネルギーコーティングがなくなり、自分達も消滅だ。
「愛、離脱するぞ!」
押し殺した声で叫ぶ。
咳を続けていた少女は、しかし言葉の意味を察して機体を反転させた。
そのまま脚部のキャタピラを高速で回転させ、
死星獣と反対方向に退避を始める。
- 553 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:10:34.17 ID:bDf9OSPn0
だが、数秒も経たずに機体はガクン、と揺れて停止した。
「な……」
言葉を発することも出来ずに呆然とする。
最初に焼け跡で見た状態の、ブリキの化け物のような死星獣が、
手を伸ばしていた。
それが陽月王の背部装甲に食い込んでいる。
とんでもない力で押さえつけられ、機械人形が激しく振動する。
「馬鹿な……あの状態から、こんな時間で」
『活動臨界マデ、アト百秒デス』
AIの声が、うるさい。
焦り出すまもなく、軽々と陽月王は持ち上げられると、
化け物の方に引き寄せられた。
- 554 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:11:16.03 ID:bDf9OSPn0
死星獣の腹に当たる部分が大きく開き、
内部の黒ずんだ……まるで沼のような空間が目に飛び込んでくる。
それは本で読んだ、ブラックホールに酷似していた。
虚無というのだろうか。
何もない。
光も、空気さえも何もかも存在していないただの黒い空間。
本当に、そこには何も存在していなかった。
伸ばした手が曲がり、機械人形がその穴の真上に移動させられる。
『活動臨界マデ、アト八十秒です』
「くそ……!」
もがく。
もう棍は使えないので、AADの素手で死星獣の、
アメーバのような腕を掴む。
- 555 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:12:26.93 ID:bDf9OSPn0
しかしそれは氷のように硬かった。
流れ落ちる水のようにどろどろしている外見なのに、
めり込むこともない。
握り潰すことも出来ない。
『活動臨界マデ、アト七十秒です』
瞬間、隣で座っていた愛の口元から、一筋だけ赤い血が流れ落ちた。
少女がそれを手で拭い、一瞬だけポカンと見つめる。
「愛、機体を捨てて脱出する。ハッチを開けるんだ。早く!」
AADには、脱出装置はついていない。
バーリェが逃げ出さないようにという、残酷な配慮だ。
外に出たとしても、上空十数メートルに持ち上げられている状態。
無事に逃げられるとは限らない。
- 556 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:13:03.49 ID:bDf9OSPn0
しかし、ここにいるよりは遥かにましだ。
愛の答えを待たずに、ハッチを空けようとボタンに手を伸ばす。
そこで絆は、ハッとして手を止めた。
愛の小さく、細い手が軽く自分の手を引いたのだ。
彼女は、ボタンを押そうとする彼の手を止めた。
冷たかった。
十数分前にこの機体に乗るまでは、温かかった手。
それがまるで石のように冷たかった。
その感触に呆然とする。
愛は絆に寂しそうにニコッと笑いかけると、乾燥した唇を開いた。
「……にげないで。お願いだから」
- 557 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:13:38.50 ID:bDf9OSPn0
「え……?」
「わたし、ちゃんと動く。ちゃんとあれ、壊せる。
だからにげないで。一緒に、戦って」
『活動臨界マデ、アト六十秒デス』
「お願いだから……」
手が、震えていた。
絆は胸の奥がナイフで切り刻まれるような感覚に襲われた。
バーリェの存在価値は、AADを動かし、
トレーナーの命令で死星獣を破壊すること。
それ以外にはない。
- 558 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:14:18.17 ID:bDf9OSPn0
バーリェの中での神はトレーナーだし、
自分の管理者の言うことが全ての絶対事項。
動かすことが、戦うことが存在理由。
そして意義。
「絆、大好き。だから、わたし……できる」
荒く息をついて、少女が息を吸う。
小さな肩が上下していた。
「やめろ」
思わず呟いていた。
彼女が何をするつもりなのか、分かったから。
それを瞬時に理解してしまったから。
絆は自分の顔から血の気が引いていくのを確かに感じた。
- 559 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:14:55.65 ID:bDf9OSPn0
「やめろ愛、俺の話を……」
『活動臨界マデ、アト四十秒デス』
「絆、大好き。あれは絆の敵。私の敵。
だから、壊さなきゃ……壊さなきゃならないんだよね」
「愛!」
「……絆はどこにも行かない。私の傍にいる。ここにいるんだから!」
彼女の大きな目から糸のように細く、
白く濁った涙が流れた。その褐色の瞳が強い紺に変色をする。
『臨界マデ、アト三十秒デス』
もうすでに死星獣内部のブラックホールは目前まで迫っていた。
機体の脚部先端はその強力な虚無空間に触れ、削り取られてしまっている。
- 560 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:15:36.90 ID:bDf9OSPn0
そこで、陽月王が動いた。
今までの絆の操縦とは全く違った、
完全な俊敏さで機体を横に反転させる。
そして両手で胴体を固定している腕を掴んだ。
手の平が強い金色に輝き、ガラス細工を砕き割るように、
化け物の腕が粉々になり空気中に散っていく。
自由落下でブラックホールに落ち込む寸前に、
陽月王は背部のブースターエンジンを最大に点火した。
そのまま全長十メートルを越える巨体が宙に飛び上がる。
すさまじいGに、押しつぶされそうになりながら絆は歯を食いしばった。
- 561 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:16:16.09 ID:bDf9OSPn0
口の端からとめどなく血を流しながら、
愛は紺色の瞳を見開いて死星獣をにらみつけていた。
そこにあるのはただ一つ、純粋な怒りだけだった。
鉄のように頑強な意志の光。
息を吐いて、愛は呟いた。
「どこにも行かせない……行かない。私の絆。
私だけの絆。殺させない。ばけものなんかに、絶対に、殺させない」
人が変わったようにはっきりと口に出す。
次の瞬間、ブースターエンジンを逆噴射して陽月王が急降下した。
腕部の装甲が一人でに競り上がり、拳を隠すように固定される。
- 562 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:16:58.49 ID:bDf9OSPn0
次いで、陽月王の二本の腕が金色に輝いた。
肘から先が目を刺すような光に包まれる。
上腕部に設置されている排気口から、
ジェット噴射のように灰色の煙が噴出を始めた。
弾丸のように死星獣に向かって落下し、
繰り出した左手でその中央の頭部を抉り千切る。
醜悪な化け物の一部を軽々と握りつぶし、
陽月王は地面に落下する直前に腰部のブースターエンジンを点火した。
そのまま地面と水平に横に飛ぶ。
進行方向にあったビルを倒壊させながら、
着地後数十メートルもスライドしてからやっと止まる。
- 563 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:17:41.63 ID:bDf9OSPn0
人間業ではないAADの動きに、
完全に絆はついていくことが出来なくなっていた。
それ以前に状況の理解が出来ない。
「ま、愛!」
『活動臨界マデ、アト二十秒デス』
「殺させない!」
愛が、吼えた。既に活動の限界まで差し掛かっている陽月王が、
まるで猫のように地面を蹴って跳ねた。
鈍重な戦車とは思えないほど軽々と、鉄の巨体が宙を舞う。
中央の頭部を吹き飛ばされ、
死星獣の肩部についている残りの二つの頭がぐるんとこちらを向く。
しかし相手が反応するより早く、
AADは金色に輝く右腕に速度と重量の全てを乗せて繰り出した。
- 564 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:18:27.40 ID:bDf9OSPn0
一撃で死星獣の腹部に大穴が開いて、あたりに黒い煙が吹き荒れる。
「わたしの! たった一人の……!」
もう絶叫だった。
そこまで言った時、
雪の喉の奥から赤黒い血の塊が競りあがった。
口の端から更に大量の血を流しながら、少女が歯を食いしばる。
死星獣が瞬く間に再生を始める。
しかし陽月王は全く怯まなかった。
輝く腕を振り上げ、地面を蹴ってブースターエンジンの圧力と共に飛び上がる。
そして大上段から、死星獣を真っ二つにする軌道で右腕を振り下ろした。
- 565 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:19:00.63 ID:bDf9OSPn0
『活動臨界まであと十秒。九、八、七……』
カウントダウンが始まる。
着地と共に、すさまじい衝撃が脳幹を襲う。
目の前に火花が散り、絆は口から胃の中の空気を全て吐き出した。
気管が収縮し、激しく咳き込む。
『六……』
両断された死星獣を背後に、
陽月王は前傾姿勢のままぐらりと揺れた。
絆の隣で、小さく愛が咳をする。
少女は、手を伸ばした。
その目から白濁した涙ともつかないものがボロボロと流れ落ちる。
- 566 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:19:34.54 ID:bDf9OSPn0
血で濡れた口を微笑ませ、愛は小さく囁いた。
「きずな」
そして彼女は、最後に笑った。
「……楽しかった……なぁ」
『五……四』
金髪の少女が、カクリと。関節が切れた西洋人形のように首を垂れた。
絆の方に伸ばした手が途端に力を失って脇に流れる。
慌ててそれを掴んだ青年の耳に、無機質なAIの声が飛び込んできた。
『エネルギーシステムノラインガ切断サレマシタ。
システムエラー。当AADハ、全機能ヲ停止イタシマス』
- 567 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:20:09.54 ID:bDf9OSPn0
「…………」
とっさに言葉が出なかった。
膝をついた巨大兵器の背後で、頭部から二つに割れた死星獣が、
それぞれ風船のように膨らむ。
そして一拍置き、音も立てずに破裂した。
黒い粒子が吹き荒れる。
その風を浴びた陽月王の装甲が削り取られるように少しずつ消えていく。
エンルギーコーティングも何もかも。
全てが消滅して機械が停止していることの表れだった。
- 568 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:20:44.43 ID:bDf9OSPn0
「愛……?」
やっと戦闘の衝撃から脳が立ち直る。
握った彼女の手を引く。
「……おい?」
かすれた喉の奥で声が引っかかって出てこない。
少女は手を引かれると、マネキン人形のように力なく、
シートから崩れ落ちた。
「……愛?」
答えはなかった。
- 569 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:21:21.94 ID:bDf9OSPn0
『絆様、ご無事ですか!』
その時、唐突に通信回線が回復して絆はぼんやりと顔をあげた。
絃のバーリェ、桜の声だった。
少し離れたところから、緊急整備を終えて発進したのか、
もう一機の人型AADが土煙を上げて向かってくるのが見えた。
いつの間にか、
あたりに吹き荒れていたブラックホールの煙はもう存在していない。
『絆、無事だったか!』
絃の声。
青年はゆっくりと愛を抱き上げると、
彼女のこめかみや喉に刺さった白いチューブを引き抜いた。
そして軽く肩をゆする。
「…………」
どちらも、言葉を発することはなかった。
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