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騎士「そうだ。俺は、勇者になりたかったんだ……」
51 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 19:43:02 ID:9AxBc/UM

母が死に、父が蒸発してから数年が経った
青年はもう青年ではなく、立派な騎士となっていた

騎士は父母のことを忘れるように、騎士団の仕事に従事した
その様子に、彼を理解するものはいたわり、彼の好きなようにできるように気を使っていた


その間、騎士は様々な戦果を上げていた
ついたアダ名は『金面無敵』
戦いの時にいつしか金の面具を付けるようになったことと、ただの一度も負けなしという所から自然と呼ばれ始めた

しかしこれは、彼に面と向かっていう人は居ない
どんなに強くても、家族を引き止めることは出来なかったという皮肉が込められているからだ

外敵無敵。内患無能

故に『金面無敵』

戦うことでしか、彼は彼で居られなかったのだ


52 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 19:57:28 ID:9AxBc/UM

―都市防衛戦

騎士は今、テロリストに襲われた都市を守るために、援軍として戦っている
団長として騎士団を率い、都市防衛の任にあたっているのである



テロリストは魔人が台頭した頃に起こった、統一戦争で滅んだ国の人間たちである
帝国に奪われた国土を取り返し、国を再興させるために戦っている
その実、帝国は簒奪した国の自治を認めており、帝国領となってはいるが、ほぼそのまま存続しているのである

この奇妙な政策は、何故か現在までしっかり機能しており、裏で何らかの取引があったのではと囁かれている
テロリストはそういった属国化をよしとせず、国に残った者達や、侵略した帝国を敵と定めているのだ


余談であるが、統一戦争と呼ばれる侵略戦争は、大陸の半分を併呑した時点で終戦している
その後はすっぱり沈黙しているのである
帝国が何故戦争を引き起こしたのか、あと一歩で統一というところで戦争をやめたのか、
現代史の謎として学者達の論争の的になっている


53 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 20:12:19 ID:9AxBc/UM

彼が率いる騎士団は、最終防衛線が敗れ、敵がなだれ込んできてから本領を発揮した
味方が立て直す時間を稼ぎ、ぎりぎりのところで侵入を阻んでいた

いずれも一騎当千の強者揃いである。野に下り、ただの賊と成り果てた輩に遅れを取ることはなかった


やがて、隊を立て直した味方が戦列に復帰し、退却の隙を与えらず、テロリストは敗北した
戦いは終結し、街の被害状況や負傷兵の手当に追われることとなった


その時である
後に騎士は後悔した。何故あの時街へ足を向けたのだろうと


―戦後の軽い視察のつもりだった

水際である程度は食い止められたが、被害を受けた地域はどれほどか見て回ったのだ

―何故部下に任せなかったのか



路地に薄汚れた一人の男がうずくまっていた


―何故、声をかけてしまったのか


54 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 20:26:47 ID:9AxBc/UM


薄汚れた男は顔中髭だらけで、髪も脂ぎってボサボサだった
ボロボロの布切をまとい、顔は酒で異様に赤く、眼の焦点が合っていなかった
正気ではなかったのだ


騎士「あんた、そんなところでどうしたね?」

「おお!騎士様。ありがたや……」

騎士は正気を失った男が妙に気になり、馬から降り話しかけた

騎士「戦いがあったのにここで呑んでたのか?命がいらないと見える」

「ハァー…ヒヒッ。いのちですかい?ヒ!
 大丈夫でさぁ。あたしにはこの秘薬がある。これさえあればどんな怪我も病魔も裸足で逃げ出しまさぁ」

騎士「秘薬?ハハ。そんな奇跡のようなもの、あるはずがあるまい
   おやじ、そうとう酔っているな」


55 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 20:52:13 ID:9AxBc/UM

「酔ってなど、いないですぞぉ」

そう言ってボトルの酒をあおる
この取るに足らない酔っぱらいの浮浪者。話すに連れて、何かが騎士に引っかかっていく


「これは本物ですとも。あたしは嘘はいいやせん
 これが実際に使われ、どういった効果を発揮するのかも、せーんぶ知っておる」

騎士「ほう。それは興味深い。本当にそのような効果があるのならば、おやじ、どうだ?
   その秘薬、騎士団が買い取ろう」

「残念ですが、これは秘中の秘ですので。ヒヒ、無理でやす」

騎士「では実際の効能とは?その目で見たのだろう?」

焦点の定まらない瞳がキラリと光った


56 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 21:05:40 ID:9AxBc/UM
男は語った

「実はこの秘薬、昨年完成したばかりなのですさ。
 それまでは薬師に頼み、目的の効能が出るまで研究してましてな
 あー…何だったか…
 そう、薬師が完成したと言った時がありまして、それが三年、いや五年前…まあ数年前ですな
 その薬を受け取ったのでさ。しかし、それはとても難しい薬でして、本当に目的の効能が現れるか試してみなければ、
 わからないのでさぁ…」

騎士「今まで試して、その効能が得られなかったと」

男は頷いて再び酒を呑む


「そこであたしはいつもの様に実験してみたのでさ
 あたしには協力者がおりましてな、いつもその協力者に飲んでもらってたんでさ」

騎士「ふむ」

「結果は八割方成功でした。二割は失敗でさ
 あたしは怒りましたわ。その二割は致命的な失敗で、いのちに関わるような失敗だったんで」

騎士「……」


57 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 21:22:24 ID:9AxBc/UM
「今まで失敗はあったけれども、直接生死に関わることはなかった
 だからあたしはその薬師をもう一度訪ね、再度調整するように厳命したんでさ
 ある程度手伝い、軌道に乗った頃に帰ったんでさ、そしたら……」


騎士は滝のように汗をかいていた
喉が乾き、舌が上顎にピタリとくっつく
耳鳴りがした。視界が揺らぐほど目眩もする
頭がわれ鐘のような痛みを訴えている
全身が警告していた。それ以上聴くなと

しかし、身体は動かなかった


「協力者はおっちんでましてなぁ……流石にショックでしたわ
 まあ、この秘薬の完成に貢献したとあって、きっと名誉に思いながら逝ったと思いまさぁ…」


男は話し終わったのか、二度三度と喉を鳴らして酒を飲み干した


騎士「……その協力者の最期の様子とは?」

「? ああ。生ける屍、でさ。今までは歩けなくなったりする程度だったのに、
 それらの症状が改善すること無く、永遠にその状態を維持し続ける、って状態でさぁ」

騎士の目がカッと見開く


58 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 21:44:08 ID:9AxBc/UM
騎士「その…協力者の名は…?」

「名…名前……。さあ、忘れっちまったで」

騎士「最後に聞こう。あんたの名は?」

「あー、確か『―――』で、……え?」



それが男が発した最期の言葉だった
男は何が起こったのか分からず、命を落とした

見ると白金に輝く長剣が心臓を貫き、背中を貫通していた
騎士は無感情に長剣を引抜き、血を払い、鞘へ戻した






騎士「何故、どうして?……あんた、何やってるんだよ……」


59 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 21:45:34 ID:9AxBc/UM






父上…………








60 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 21:47:36 ID:9AxBc/UM
彼が知った事実は重く
そして、誰に打ち明けることも出来ない呪いとなった

父が母を利用し秘薬を作り、その挙句母を死なせた


何故?
という疑問が常に頭の中にあった

何故薬を作らなければならなかったのか
何故父はあのような姿に身をやつしていたのか
何故母を利用したのか

何故?なぜ?ナゼ?



答えは出るはずもない
答えを出せる者はこの手で消したのだから

いや、もう一人いる。薬を作った薬師だ
だが、今更探し出す気も起きなかった

全てが終わってしまっていたからだ
自分自身も


61 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 21:57:26 ID:9AxBc/UM



彼は、そのことを考えないで済むように、一層激しく働いた
死に急ぐかのように戦いに身を起き、後進を鍛え、疲れて倒れこむように睡眠をとった


揶揄されて付けられた『金面無敵』のアダ名
それはもはや皮肉ではなく、彼の名誉ある名として知れ渡っていった
味方はその名に頼り、敵はその名の前に震え上がった


そんなもので持て囃されても、彼には無意味なことだった
彼の中には常に乾いた風が、空虚に吹き荒んでいた


62 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 22:19:45 ID:9AxBc/UM
そんな騎士の所に一つの事件が飛び込んできた


帝都に邪竜が出現したのである


「バカな!竜だと!?確かか」

「間違いありません。帝都の守護を容易く突破し、ただ今帝都上空で交戦中です!」

「まさか、あの時の竜…が……」

「それは分からん。ただ、かつてないほどの危機にさらされている、ということは事実だ。
 我々にも救援要請が来ている。三時間後に出撃する。準備を整えろ!攻城戦の用意だ!」


かつてない緊張が誰の顔にも現れていた
竜と戦う……

あるものは燃え
あるものは怯え
あるものは得られる名誉に酔いしれた


63 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 22:30:09 ID:9AxBc/UM

では騎士は?
長らく死に場所を探していた騎士はどう思っているのか


「団長。竜ってどう、ですか?」

騎士「どう、とは?」

「噂で聞きました。以前の任務で竜と遭遇して生き残った英雄の一人だって…。
 これから伝説と戦うんです。少しでも心構えをしておきたくて……」

彼の団員の中で一番若い団員が、震えを隠して聞いてきた

騎士「さてな。あの時はまるで相手にされなかった。見逃されたんだよ、私達は。
   見た目は伝説の通りだ。生半可な武器など通用しないだろうな」

「では、どうやれば……勝てますか」

騎士「……。それに答えられる者は、帝都の魔人だけだろうな」

若い団員の質問を撥ねつけるように言い、自分の団を見回りに部屋から出て行ってしまった


64 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 22:33:12 ID:9AxBc/UM
騎士の心はさざなみ一つ立っていなかった
かつて見た時は、あれほど心臓が、心が躍ったというのに

今はただ、伝説の怪獣と言えど仕事の一つだとしか思わなくなっていた



――――


「帝都が見えてきたぞ」

遠方に見える帝都は、以前のように荘厳華麗な輝きを失い、煙がもうもうと立ちこめる、廃墟の気配すら漂っていた

「竜は?」

「見えません」

「早馬を出せ。帝国側に知らせるのだ」

「ハッ!」

騎士団は改めて周囲を見回した
今は竜に襲われていないようで、帝都は沈黙していた


65 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 22:39:00 ID:9AxBc/UM
「これがあの帝都だというのか……。たった一匹でこれほどの被害を出せるのか…」

「つ、通用するのか?人の武器が……」

予想以上の被害に、団員に動揺が走る
それを何とか諌めて、帝国に入城した


あちこちに帝国兵が走り回っており、市民の救助にあたっていた



入城した騎士団は、竜襲撃の際の遊撃隊としての権限を与えられた
それまで、この兵舎で英気を養うようにとのことだった


「まだ、来るんですかね?」

騎士「わからん。竜の習性なんて誰にもわからないだろう
   あの口ぶりでは、既に二度三度襲われているようだ
   だから『次がある』と断言して、我らに救援要請を出したのだろう」

「じゃ、じゃあ!これで終わりかもしれないですね!」

騎士「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。
   だが、守護神である魔人がいるのに我らに助けを求めたのだ。確実に来るだろうな。
   直感だがね」


66 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 22:47:32 ID:9AxBc/UM

騎士の予感は当たった
竜の襲撃は深夜に行われたのだ


先に大地を揺るがすような叫びが聞こえ、次に襲撃を告げる花火が打ち鳴らされた
それに続き、警鐘が慌ただしく響く



「き、き、きた!ほんとうにきた!!」

竜が帝都上空を旋回しているのが見えた
時折空が光るのは、竜が口から火を噴いているからだった


僅かな時間で完璧な戦闘態勢に入り、竜が射程距離に入るのを固唾を呑んで待っていた


今か今かと焦がれているその時、ついに竜が降下を始めた


戦いの始まりだった


67 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 22:51:30 ID:9AxBc/UM

帝国兵は、射程距離に入ると、大砲の一斉射撃を開始した
帝都上空に向かってである。流れ弾もお構いなしの攻撃だった。それ程の覚悟があるということだろうか


夜だというのに、巨体なのに、竜は飛んでくる砲弾をかわしていく


騎士「我らも負けるな!大弩用意!
   …………撃てーーッ!!」

四方八方に配置された大弩戦車から、一斉に大矢を発射する

大砲に比べて発射音は小さく、矢は細く鋭い
それが幸いしたのか、当たりはしなかったが竜の態勢を崩すことに成功した


68 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 23:04:47 ID:9AxBc/UM
速さが落ち、高度も態勢も大きく崩した竜に、弓兵達が矢を射かけていく
それはさながら雨のようであり、絶え間なく続けられた


大弩の次弾装填が終わった
次に射掛ける大矢には鎖がついてあり、例え当たらなくても翼の動きを封じ込めようという作戦だった


その企みは成功し、ついに竜の動きを封じてしまったのだ


「や、やった。やったぞ!これで勝ったも同然だ!」


動きを止められた竜に、次々と矢が降り注ぐ
一部の大砲が、照準を合わせているのが見えた


伝説の巨獣が、人間の結束の前に敗れ去ろうとしている
その高揚感がその場にいる全員に、「誰」が「何」を相手にしているか忘れさせた

そしてそれは油断へ繋がった


69 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 23:08:43 ID:9AxBc/UM


まず竜は大砲がある城壁に向かって渾身のブレスを噴いた
それは鋼鉄と岩で出来た城壁を、こともあろうに炎上させたのだ

火が火薬に引火し、次々と爆発が起こった
この時点で状況を正しく理解していた人間は一人としていなかった


次に、身体にまとわりつくものを力任せに振り回し、その地点に再びブレスをお見舞いしたのだ


一瞬。一瞬の出来事だった
勝利を確信したと思ったら、既に現存する部隊は壊滅していたのだ


戦闘開始から一時間あまりで、全ての決着がついてしまった


いや、生き残っているものは多数いたが、あまりの出来事に戦意を喪失してしまったのだ


70 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 23:21:00 ID:9AxBc/UM

解き放たれた竜は天へ昇り、低空飛行を繰り返しながら、抵抗するものがいなくなった帝都を焼きつくしていった
建国からここまで無様に蹂躙された経験は、帝国にはなかった



――――

騎士団はブレスの直撃を受け、壊滅状態だった
六割が死に、生き残ったものは重い火傷を受け、あるいはなぎ倒された住居の下敷きになってしまっていた

その中で、まだ動けるものが居た
『金面無敵』こと騎士である

彼は偶然にもブレスの直撃を避ける事が出来たのだ


騎士「こ、ここまでとは……」

あっという間の敗北に、消えかけていた人間性が、皮肉にも蘇ってきていた

天を仰ぎ見ると、竜はまだブレスを噴いている


騎士「…………」

意を決した騎士は、強弓を手に馬を走らせた


71 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 23:28:55 ID:9AxBc/UM

騎士の考えはシンプルであり、そして賭けであった
弓で気を逸らせ、自分に引き付けるというのである

幸い竜は低空飛行を続け、十分矢が届く範囲だった


騎士(今のあれは怒り狂っているはずだ……
   思いがけない抵抗にあい、挙句地面に磔になったのだ…
   今まで敵なしのあれにとって、この上ない屈辱となったはずだ!)
   

騎士「だから………」


ギリ…
       ギリ…


  ギリリ…

騎士「……向かってこいッ!」


矢は一直線に竜へ向かっていった


72 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 23:35:08 ID:9AxBc/UM

矢は見事に命中した
その一撃は、意気揚々と支配した地を蹂躙していた竜の、逆鱗に触れるのに十分だった



竜は抵抗のなくなった帝都上空を我が物顔で飛び、思うままに破壊していった
この地は既に自分のものであり、自由自在だと思った

地面に縫い止められた屈辱を晴らすために、特に念入りに破壊を行なっていった
竜の誇りはズタズタになり、怒りは冷めることはなかった

その時である
何者かが自分に抵抗の意思を示したのだ

竜は我慢ならなかった。まだ自分の意のままにならないものが居るのかと
そして激怒した。僅かな、微弱な抵抗であったが、屈辱の怒りの炎は一気に燃え上がった



騎士「かかったか!このまま外まで誘導してやる」

馬に鞭をくれ、馬を急がせた


73 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 23:42:14 ID:9AxBc/UM
この企みは思いのほかうまくいった
自爆した城門も道が残っており、問題なく外へ脱出することが出来た

騎士(ここまではいい。あとはどうする?何処へ向かえば時間を稼げる?)

幸いブレスを吹く気配はない。このまま街道を行っても大丈夫そうだった
馬の足にもいい


―南に行け


騎士「ッ!?」

ボソリと呟くような声が、耳元でなった
驚き、馬上から周囲を見回すが、当然並走するような人間はいない


―南だ。南で待つ


騎士「まただ!何者だ!……南で『待つ』だとお……!?」

この危機的状況が起こした幻聴なのかと思った
しかし、どうしてもそれだけには思えなかった


74 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/25(日) 23:48:41 ID:9AxBc/UM
騎士(どうせこの状況は変わらないんだ。賭けてみるか)

騎士はあろうことか、得体の知れない謎の声に従うことにしたのだ
もはや命を捨てた行動だった
いや、死に急いでいたからこその選択だったのか


騎士は東へ伸びる街道を外れ、場首を南へ向けた
竜もそのままついてくる


舗装されてない悪路を疾走するのは危険があった
十分、十五分と馬を走らせ、騎士は徐々に焦り始めていた

騎士(クッ!まだか。……まさか妖魔に魅入られたか……)

魔物に弄ばれ、時間を棒に振ったかと思ったのだ
街道を行っていれば、もう少し馬を長く走らせられたかもしれなかった


そして、恐れていた事態が発生する

馬が疲労で踏み外し、足が折れてしまったのだ
さすがの騎士も、高速で移動する馬から勢い良く投げ出されてしまった


75 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 00:01:11 ID:qX8mnSAw

竜は騎士の頭上を通り過ぎ、空中で旋回してから襲いかかってきた

騎士(これで……ようやく…)

地面に転がったまま、諦めて目を閉じた









―ド ォ ォ ォ ォ ォ ォ ン ッ !







今度は爆音と共に発生した衝撃波に、騎士は吹き飛ばされてしまった


76 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 00:12:24 ID:qX8mnSAw

騎士「ッッ!!??」

騎士は何が起きたか理解できなかった
衝撃波に揉まれ、地面へ投げ出された

続いて複数の足音があちこちで聞こえた
鎧の金属音も一緒だった

騎士「い、ゲフッ……。一体何が…」

かろうじて目を開けることが出来、音の方に目を向けた


そこには十ニ人、それぞれが白の鎧を身にまとい、それぞれが様々な形の槍を手にしていた
一人だけ見慣れない鎧を見につけ、槍も手にしていなかった
銀髪白ひげ。手に持っていたのは細く、緩やかな曲線を描いた片刃の剣。極東の国の刀と呼ばれるものだった


騎士(ま、まさか……そんな…あいつは……!)


十一人が槍を掲げる
何か不可視の力が働いているのか、飛び上がろうとしていた竜の両翼がねじ折れ、切れた


78 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 00:48:11 ID:qX8mnSAw


――オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ…………ッッ!!



悲痛な叫びが大気を揺るがした



銀髪白ひげの男が倒れた竜に近づいていく


「古よりの叡智を捨て去り、獣へ堕した龍の末裔よ。なぜ人の領土を脅かす。
 時の彼方で忘れ去られようと、人と龍が交わした盟約は生きているのだぞ」

白ひげの男が朗々と説く


――…………


竜は答えなかった
そもそも答えられる言葉を持つのか?

騎士は夢でも見ている気分になった
目の前で起こった光景が、あまりに現実とかけ離れていたからだ


79 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 00:52:42 ID:qX8mnSAw


「もはや言葉も失ったのか……
 どちらにせよ、我が国を脅かしたのだ。貴様は始末させてもらう」


刀を持ち上げ、竜の首に狙いを定める


最後の力を振り絞ったのか、首を振って白ひげにぶつけ、吹き飛ばした
そのまま血で濡れた身体を起こし、地面を蹴り、騎士に向かって突進したのだ

竜にとって屈辱を与えたものを殺すことが、最優先だったのだ
それよりも、自分が人間に敗れることなど微塵も信じていなかった
目の前のこの人間を殺した後、周囲に居る人間を殺す…。ただそれだけの事だった



「浅はかなり、獣よ」


いつの間にか白ひげの男が騎士の前に立っていた
そして、両の手でしっかりと握った刀を一閃し、振り上げた


80 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 00:56:34 ID:qX8mnSAw



―ス パアァァン……ッ!



恐るべきことだが、竜の首の半分しかない長さの刀で、竜の首を一刀両断にしてしまったのだ
首は勢いそのままに騎士の後方へ飛んでいき、地鳴りを上げて着地した

竜本体は、鎧達がどうにかしたのか、槍を掲げて動きを止めていた


首から血が噴水の様に吹き出した

騎士(竜の血も、赤いのか……)

血を滝のように浴びながら、そんなことを考えていた



突然、身体が燃えるように熱を帯びる
筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋み、燃えるように熱かった

騎士「こ、こ、の血……。ど、毒がッ!!」

思考もその内出来なくなり、騎士は意識を失った


81 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 00:58:03 ID:qX8mnSAw






「運命はお前を選んだ。もう、逃げることは出来ない」








82 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 00:58:34 ID:qX8mnSAw

第二幕  完


83 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/08/26(月) 01:02:02 ID:qX8mnSAw
今回はここまで
残りはあとわずかですので、よければお付き合い下さい

もし質問がある方は、最後の投下の後にお願いします。表現不足で申し訳ありません


ここまで読んでくださってありがとうございます
お疲れ様でした



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