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少女「治療完了、目を覚ますよ」−オリジナル小説
1 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:32:52.68 ID:Xp8Q5vyA0
PCの中から発掘した長編小説を、時折思い出したように貼っていきます。

サイコ系、ホラー要素が入ったリアル系夢物語です。

「私は逃げない。だって、私は医者で、あなたは患者だから……!」
――少女の叫びが乾いた空気を切った。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1350376372


2 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:34:31.54 ID:Xp8Q5vyA0


巨大な「目」の下に、彼女は立っていた。

目を取り囲むのは、無数の目。

蠢く肉質な壁、壁、ピンク色のそれは建物や地面を覆っている。

ぶよぶよした浮腫のようなものがまとわりついているのだ。

そして、そこに埋め込まれているのは眼球。

血走った目がぎょろぎょろ動き、彼女のことを数千、数万も凝視している。


3 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:35:17.02 ID:Xp8Q5vyA0
空は黒い。

どこまでも黒い。

その真上に、空全体を覆い隠すほどの眼球が、
まるで太陽のように浮き上がり、あたりを照らしていた。

常軌を逸した空間。

普通でははかりえないような、そんな空間に、彼女は平然と立っていた。

年の頃は十三、四ほどだろうか。

長い白髪を、背中の中心辺りで三つ編みにしている。

可愛らしい顔立ちをしているが、その表情は無機的で、
何を考えているのか分からないところがあった。


4 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:36:52.59 ID:Xp8Q5vyA0
彼女は、眼前にぽっかりと空いた「穴」の前に進んだ。

穴は、肉の床が崩れ、内部に人間の体内に似たものが見える。

丁度食道を内視鏡で見るかのような感覚だ。

奥は曲がりくねって深く、よく分からない。

彼女は耳元に手をやった。

右耳の部分に、イヤホンつきの小型マイクがはまっている。

そのスイッチを動かして、彼女は口を開いた。

「ついたよ。この人の煉獄の入り口」

『OK、それじゃ、攻撃に遭う前にそこに入って、記憶を修正してくれ』


5 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:37:45.98 ID:Xp8Q5vyA0
マイクの向こう側から、まだうら若い青年の声が聞こえる。

「…………」

『おい、汀(みぎわ)、聞いてるのか?』

「…………」

返事をせずに、彼女は周りを見回した。

いつの間にか、地面の肉質にも眼球が競り出して、
プツリ、と所々で音を立てながら、奇妙な汁を撒き散らしていた。

それら全てに凝視されながら、汀と呼ばれた少女は、
自嘲気味に、困ったように頭を掻いた。

「見つかっちゃった」

子供がかくれんぼで鬼に見つかった時のように軽い言葉だったが、
マイクの向こうの声は一瞬絶句した後、キンキンと響く声を張り上げた。


6 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:38:30.88 ID:Xp8Q5vyA0
『すぐ戻れ! この患者はレベル4だぞ。入り口まで出てこれるか?』

「見つかっちゃったの。逃げられないの」

ゆっくりと、言い聞かすようにそう言って彼女はウフフと笑った。

その目は、声に反して笑っていなかった。

足元の眼球をブチュリと踏み潰し、彼女は両手を開いて大声を上げた。

「鬼さんこちら! 手の鳴る方へ!」

パンパンと手を叩く。

『こら、何してるんだ! おい、汀!』


7 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:39:21.36 ID:Xp8Q5vyA0
「鬼さんこちら!」

ぶちゅり。眼球を踏み潰す。

「手の鳴る方へ!」

裸足のかかとが、肉壁にめり込む。

パンパン。また手を叩く。

瞬間、その「空間」自体がざわついた。

ぎょろりと空に浮かぶ眼球が、こちらを向く。

間を置かずに、汀を囲む壁から、
眼球がまるで銃弾の雨あられのように吹き飛んできた。

汀は軽い身のこなしで、
まるで曲芸師のようにくるりと後転してそれを避けた。


8 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:39:57.00 ID:Xp8Q5vyA0
彼女が着ているものは病院服だ。

右から眼球が飛んできて、左の壁に当たって爆ぜる。

嫌な汁と血液のようなものが飛び散る。

まるでプチトマトを投げ合っているかのようだ。

汀を狙って、地面や壁から、次々と眼球が飛び出してきた。

くるくると少女は回る。

片手で地面を掴んで体を横に大きく回し、目の群れを避ける。

『遊ぶな!』

怒号が聞こえる。

今までぼんやりしていた表情は、
まるで別人のように生き生きと輝いていた。


9 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:40:32.36 ID:Xp8Q5vyA0
しかし、次の瞬間、眼球が一つ汀の脇腹に食い込んだ。

不気味な音を立てて爆ぜ、彼女の顔に、
パタタタッと音を立てて汁が飛び散る。

衝撃で汀はもんどりうって肉床を転がり、
したたかに後頭部を壁にぶつけた。

「あうっ!」

小さな声で叫び声を上げる。

右脇腹で爆ぜた眼球は、ベットリとガムのように病院服に張り付き、
次いでアメーバを思わせる動きで、ざわついた。


10 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:41:14.80 ID:Xp8Q5vyA0
それが爪を立てた子供の手の形になり、
汀の服をむしりとろうとする。

彼女は、口の端からよだれをたらしながら、
しかし楽しそうにそれを払いのけ、また飛んできた眼球をくるりと避けた。

『お願いだからやめてくれ、汀。患者のトラウマを広げたいのか!』

「分かってる。分かってるよ」

『分かってないから言ってるんだ。汀、早く中枢を』

そこで汀はイヤホンのスイッチを切った。

そして彼女は、ゴロゴロと地面を転がる。

彼女を追って、眼球たちが宙を舞う。

それを綺麗に避け、汀は、地面にぽっかりと開いた穴の中に飛び込んだ。


11 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:42:04.35 ID:Xp8Q5vyA0


一瞬視界がホワイトアウトした。

次いで彼女は、狭い、四畳半ほどの真っ白い、
正方形の部屋に立っていた。

何もない部屋だった。

天井に蛍光灯が一本だけついていて、バチバチと異様な音を発している。

薄暗い空間の、汀の前には肌色のマネキンのようなものがあった。

それは体を丸め、体育座りの要領で頭を膝にうずめていた。

大きさは一般的な成人男性程だろうか。

どこにも継ぎ目がない、つるつるな表面をしている。

頭髪はない。耳も見当たらない。


12 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:42:58.61 ID:Xp8Q5vyA0
汀は無造作にその前に進み出ると、腰を屈めて、頭を小さな手で掴んだ。

そして顔を自分の方に向ける。

耳も、口も鼻もない。

ただ、一つだけ眼球がその顔の真ん中にあった。

眼球は虚空を注視していて、汀を見ようとしなかった。

汀は興味を失ったように頭を離した。

マネキンは緩慢に動くと、また頭を膝の間にうずめた。

「そんなに目が気になる?」

汀は静かに聞いた。


13 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:44:14.35 ID:Xp8Q5vyA0
「あなたは、そんなに他人の目が気になるの?」

マネキンはゆっくりと頷いた。

何の音もない空間に、汀の声だけが響く。

「馬鹿ね」

汀はにっこりと笑った。

そしてマネキンの前にしゃがみこんだ。

「だから死にたいの?」

マネキンはまたゆっくりと頷いた。

「だから逃げたいの?」

マネキンはまた頷いた。


14 名前:NIPPERがお送りします [] 投稿日:2012/10/16(火) 17:44:44.85 ID:Xp8Q5vyA0
汀はまた微笑むと、その頭を両手で包むように持った。

そして眼球に、両手の親指を押し付ける。

「じゃあ見なきゃいいよ」

マネキンは痛がる素振りもみせず、ただ微動だにせず硬直していた。

「私が、あなたの目を奪ってあげる」

ぶちゅり、と指が眼球を押しつぶした。

そのまま指を、眼窟に押し込み、中身をかき回しながら汀は続けた。

「耳も、鼻も、口も、目も、そして心も閉ざして、逃げればいいよ」

眼窟から、どろどろと血液が流れ出す。


15 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:45:22.46 ID:Xp8Q5vyA0
「私がそれを、許してあげる」

マネキンの手が動き、汀の首を掴んだ。

それがじわりじわりと、彼女の細い首を締め付けていく。

汀は、苦しそうに咳をしながら、ひときわ強く眼窟の中に指を突きいれた。

『ウッ』

部屋の中に、男性の苦悶の声が響き渡った。

マネキンの手がだらりと下がり、糸が切れたマリオネットのように、
足を広げ、壁にもたれかかる。


16 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:45:57.52 ID:Xp8Q5vyA0
汀は拳を振り上げると、眼球がつぶれたマネキンの顔面に、何度も叩きこんだ。

血液が飛び散り、その度にビクンビクンと、魚のようにマネキンが震える。

やがて汀の病院服が、転々と返り血で染まり始めてきた頃、
彼女は荒く息をつきながら、動かなくなったマネキンを見下ろした。

ダラダラと、原形をとどめていない顔面から血液が流れ出し、
白い床に広がっていく。

そして彼女は耳元のイヤホンのスイッチを入れ、一言、言った。

「治療完了。目を覚ますよ」


17 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:47:09.68 ID:Xp8Q5vyA0
★Karte.1 劣等感の階段★

「……と言うことで、旦那様は一命を取り留めました」

眼鏡をかけた、中肉中背の青年が、柔和な表情でそう言った。

それを聞いた女性が、一瞬ハッとした後、両手で顔を覆って泣き崩れる。

「主人は……」

少しの間静寂が辺りを包み、彼女はかすれた声で続けた。

「主人は、何を失くしたのですか……?」

「視力です」

何でもないことのように、青年はそう言ってカルテに何事かを書き込んだ。


18 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:48:00.36 ID:Xp8Q5vyA0
「視力?」

信じられないといった顔で女性は一旦停止すると、
白衣を着た青年に掴みかからんばかりの勢いで大声を上げた。

「目が見えなくなったということですか!」

「はい。しかし一命は取り留めました。自殺病の再発も、もうないでしょう」

「そんな……そんな、あまりにも惨過ぎます……惨すぎます!」

青年は右手の中指で眼鏡の中心をクイッと上げると、またカルテに視線を戻した。

柔和な表情は、貼りついたまま崩れなかった。

「まぁ……後は区役所の社会福祉課にご相談なさってください。
こちらが、ご主人が今入院されている病院です。面会も可能です」


19 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:48:40.92 ID:Xp8Q5vyA0
「先生!」

女性が机を叩いて声を張り上げた。

「主人の目が見えなくなって、
一体これからどうやって生活していけというんですか!
私達に、これから一体どうしろと……」

「ですから、それから先は私達の仕事の範疇外ということで。
誓約書にありましたでしょう。命のみは保障いたしますと」

「それは……」


20 名前:NIPPERがお送りします [saga] 投稿日:2012/10/16(火) 17:50:17.47 ID:Xp8Q5vyA0
「脳性麻痺の疑いもありませんし、植物状態になったわけでもありません。
ただ、『目が見えなくなった』だけで済んだという『事実』を、
私は貴女にお伝えしたまでです」

「…………」

「それでは、指定の口座に、期日までに施術費用をお支払いください。
本日はご足労頂き、ありがとうございました」

話は終わりと言わんばかりに、青年は軽く頭を下げた。



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