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少女「治療完了、目を覚ますよ」 セカンド −オリジナル小説
486 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:37:24.94 ID:m5ojbmPA0
汀はしばらく考え込んでいたが、やがて小さな声で聞いた。

「せんせは……私が病気だっていうの?」

「そうだ、君は病人だ」

断言して、大河内は息をついた。

「夢傷の重症患者でもある。このままでは、君は……」

少し言い淀んでから、彼は意を決したように言った。

「君は間違いなく、スカイフィッシュになってしまう」

「…………」

「高畑は、おそらく『だから』君のことを手放した。
危険性が高すぎる。私も、君にはすまないがそう思う」

「私が……夢の世界で、悪夢のもとになってしまうって、そう思うの?」


487 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:38:20.82 ID:m5ojbmPA0
「……確証はないが、高畑の態度を見ていて想像がついた。
あいつは、坂月君……君の夢に出てくるスカイフィッシュが、
元は人間だったことを知ってる。
おそらく変質の現場を見ているんだ」

汀は息をついて、ベッドに体を預けた。

そして大河内から視線を外してもぞもぞと体を動かし、彼と反対側に首を向ける。

「……ちょっと寝る。寝ていい?」

「…………分かった。薬を投与するよ。
そして、君の夢の中に、一人ダイブさせたい人がいる」

「私の夢の中になんて……入ってこないほうがいいよ……」

「『精神外科医』を呼んでいる。ソフィーが君の夢傷の手当をしてくれたそうだが、
もっと専門的な治療が必要だと私は思う。
現に、君は今存在しない傷の痛みで、体を動かす事もできないはずだ」

「精神外科……?」

聞きなれない言葉を繰り返し、汀はハッとした。


488 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:38:54.88 ID:m5ojbmPA0
そして押し殺した声で言う。

「……GDの人?」

「そうだ。夢傷の治療の専門家を呼んでる。悪い人ではない。保証するよ」

「……せんせがそう言うなら、信じる……」

汀はニッコリと笑おうとして失敗し、痛みに顔を歪めた。

「いいよ、でも小白も連れてきてね……」


489 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:40:19.94 ID:m5ojbmPA0


燃え盛る家の中、汀はグッタリと血まみれの包帯まみれの姿で座り込んでいた。

足を投げ出し、もはや動くことも出来ないといった状態でか細く息をしている。

その周りを、白い子猫が困ったように歩き回っていた。

耳につけたヘッドセットから、大河内の声がする。

『汀ちゃん、周りはどうだい? 
GMDが投与されているから、スカイフィッシュは現れないはずだ』

「…………」

『汀ちゃん?』

返事もできない汀の様子に、大河内がわずかに焦った声を発する。

『無理して返事をしなくていい。もう少しで到着する。それまで……』

「もう到着してるよ。なるほど……」

柔らかい声が頭の上から投げかけられた。


490 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:41:02.59 ID:m5ojbmPA0
汀は充血した目をやっとの思いで開き、上に向けた。

白衣を着た背の高い男性がそこに立っていた。

艶のかかった白髪だった。

女性のように後頭部で、長い髪を一つに結っている。

ニコニコとした笑顔を浮かべた、気さくそうな青年だった。

日本人ではない。

瞳が青いことから、おそらくフィンランドなどの
日照量の少ない地域の人間であることが伺えた。

髪は、もしかしたら染めているのかもしれない。

「これはひどいな……」

白衣の胸ポケットからメガネを取り出して目にかけると、
青年は汀の前にしゃがみこんだ。

「ドクター大河内。今すぐにオペが必要だ。
緊急レベルAプラスと判断する。
重度5の患者を、よくここまで放っておいたものだ」


491 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:41:37.98 ID:m5ojbmPA0
青年はニコニコとした表情のまま、右手を上げてパチンと指を鳴らした。

途端、燃える家の中に手術台が出現した。

何かを変質させているわけでもない。

何もない空間から突然手術台が現れたのだ。

目をむいた汀を抱き上げ、青年は彼女を手術台の上に寝かせた。

「驚いた? 最新のイメージ転送システムを使ってるんだ。僕の能力じゃないよ」

「どう……いうこと?」

「サーバー上に、夢世界であらかじめ構築しておいた道具を保存しておく技術だよ。
こんなこともできる」

パン、と青年が手を叩いた次の瞬間、汀達は燃え盛さかる家ではなく、
白いリノリウムの床が光る手術室の中にいた。

「え……?」


492 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:42:29.22 ID:m5ojbmPA0
「言い遅れた。僕の名前はマティアス。
今やったのは、サーバーにアップロードしておいた手術室の
イメージをそっくりそのまま、この夢の中にダウンロードした」

そう言うと、マティアスと名乗った彼は汀の腕をアルコールが
染み込んだ脱脂綿で拭き、おそらく麻酔薬だと思われる薬を、
問答無用で注入した。

「余計な手間を省くためにも、君には意識を失って、
特殊なレム睡眠に入ってもらうことにする」

「…………」

猛烈な眠気が汀を襲う。

「大丈夫。次に目をさます頃には、多少荒療治だけど、
傷はきちんと治ってる。
もう痛い思いをしなくてもいいんだよ」

マティアスはニッコリと笑うと、台に乗っていたメスを手にとった。

「痛くも痒くもないと思うけど……まだ意識があるかな?」


493 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:43:08.85 ID:m5ojbmPA0
目を閉じた汀のまぶたを指先で上げ、
彼女が意識を失ったことを確認して、彼は言った。

「ミギワさんの意識がなくなった。
時間軸をいじる。
ドクター大河内。これから十五分ほど、実時間で連絡が途絶えるから」

『分かった……マティアス、闇医者の君に頼むんだ。
彼女を治してやってくれ……』

「精神の『修理』はお手の物だから、心配することはないよ」

奇妙な笑顔のまま、青年は汀の包帯をハサミで切った。

痛々しく縫われた傷口が顕になる。

そこでマティアスは、足元をウロウロしている子猫を見下ろして、口を開いた。

「少し待っていてくれないか? 君の主人が死にかけてる」

『マティアス……』

 「何だい? そろそろ時間軸の操作に移行したいんだけど……」


494 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:43:59.48 ID:m5ojbmPA0
 『お前が……いや、GDが何の対価もなしに汀ちゃんの
 治療に手を貸すとは思えない。
 聞いておきたい。
 何が目的だ?』
 
 マティアスはそこで手を止め、大河内には見えていないながらも、
 通話向こうの彼が言葉を止めるほどの異様な雰囲気を発し、
 口が裂けるのではないか、という奇妙な表情で笑った。
 
 「いい心がけだよドクター。
 日本人はそこら辺の大事なところを曖昧にしたがるから困る」
 
 『話をはぐらかさないでくれ。時間がない』
 
 「これが欲しかったんだ」
 
 青年はそう言って、汀のポケットに手を突っ込んでビー玉ほどの核を取り出した。
 
 それは汀に傷を負わせたテロリスト、忠信の精神中核だった。
 
 「テロリストの精神中核。
 この子の夢の中にダイブしないと手に入らないものだからね。
 悪いけどもらっていく」


495 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:45:20.69 ID:m5ojbmPA0
 『…………』
 
 「この子に異様に信用されているあなたの協力がなければ回収できなかった。
 礼を言うよ」
 
 忠信の精神中核をポケットに仕舞い、代わりに同じ色のビー玉を
 テーブルの上からつまみ上げ、汀のポケットに入れてからマティアスは続けた。
 
 「あぁ、それと……」
 
 『ナンバーIシステムの稼働失敗の件、本部はえらいお怒りだ。
 後ろに気をつけたほうがいい。
 僕が、この精神中核を本部に届けるまでの間ね。
 少なくとも寝てはいけない』
 
 『言われなくても……』
 
 「無駄話をしている隙がない。それじゃ」
 
 一方的に通信を切り、マティアスは手術用の白衣、帽子とマスクを着用した。
 
 「オペを開始しますか」


496 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:46:08.47 ID:m5ojbmPA0


 「ん……」
 
 小さく呻いて、汀は目を開いた。
 
 「あれ……?」
 
 呟いて右腕を上げる。
 
 シーツの下で、やせ細った腕が痛みも何もなく、緩慢に動いた。
 
 「動く……」
 
 薄暗い病室。
 
 ベッドを囲むカーテンの向こう側に、人影が二つ見える。
 
 体の痛みは嘘のように消えていた。
 
 まだ息が苦しく、脳のどこかが麻痺している感覚はあるが、
 何か大事なことから切り離されてしまったような。
 
 そんな違和感を感じるものの、痛みはない。


497 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:46:42.80 ID:m5ojbmPA0
 切り離された……?
 
 思い出せない。
 
 夢の中で誰かに会った気がするけど……。
 
 それに、ここ数日……。
 
 私は何をしていて、そしてどうしてここにいるのだろう……?
 
 私は確か、ひどい怪我をしていて……。
 
 そして大河内せんせと会って……。
 
 で、ここにいる。
 
 何か忘れているような気がするのだが、思い出せない。
 
 咳をしたところで、人影が動いた。
 
 カーテンが開いて、憔悴した顔の大河内が中を覗き込む。
 
 「汀ちゃん! 大丈夫かい?」
 
 いの一番に聞かれて、汀は息をついて大河内に対してにっこりと笑ってみせた。


498 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:47:22.06 ID:m5ojbmPA0
 「うん……体、痛くないよ……」
 
 それを聞いて大河内は一瞬、とてもつらそうな、曖昧な表情を浮かべた。
 
 しかしそれをすぐに引っ込め、汀が気づくよりも早く口を開く。
 
 「良かった……君はマインドスイープの治療中、
 重症を負ってここに運び込まれたんだ」
 
 彼はそう言って、カーテンの向こうの人影に目配せをした。
 
 煙草の煙。
 
 病室で、煙草……?
 
 汀がまた咳をする。
 
 煙草を吸っていたと思われる人影は、
 息を長く吐くと革靴のかかとを鳴らして病室を出て行った。
 
 「誰かいたの……?」
 
 大河内に問いかけると、
 彼は換気扇のスイッチを入れてから汀に対し、言葉を濁した。


499 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:47:57.28 ID:m5ojbmPA0
 「ん……ああ。ちょっとした知り合いだよ。汀ちゃんが知らない人だ」
 
 「そう……」
 
 「ところで、久しぶりに意識を取り戻したと思うから、
 二、三質問させてもらってもいいかな?」
 
 「ん、いいよ」
 
 「ありがとう」
 
 大河内は汀の隣に腰を下ろし、頭を優しく撫でた。
 
 そして口を開く。
 
 「高畑圭介という名前に心当たりは?」
 
 「高畑……圭介?」
 
 怪訝そうに首を傾げ、汀は繰り返した後言った。
 
 「患者さん?」
 
 「…………ああ、そうだ。覚えてないならいいんだ」


500 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:48:33.47 ID:m5ojbmPA0
 「覚えてない……」
 
 大河内はニコニコとした表情のまま、続けた。
 
 「君の名前は?」
 
 「大河内……汀……」
 
 「そうだ、あとひとつ」
 
 「…………」
 
 「君は、ダイブを続けたいと思う?」
 
 大河内の質問に対し、汀は首を振った。
 
 「うぅん……」
 
 「…………そうか」
 
 「もういいよ……もうたくさんだと思う……」


501 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:49:21.62 ID:m5ojbmPA0
 「そう思うなら、それでいい。ほら」
 
 異様な汀の様子を全く気にすることなく、
 大河内は手元のキャリーケースを開けて中から子猫を取り出した。
 
 「ええと……」
 
 覚えてる。
 
 この猫は、私の猫だ。
 
 でも、名前……。
 
 名前が、思い出せない。
 
 固まった汀に、大河内は猫を渡してから言った。
 
 「小白だよ。君のことをずっと心配してた」
 
 「こはく……? うん、そうだったね。ありがとう……」
 
 汀はゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄る小白を撫でてから、大河内に言った。
 
 「せんせ、私達、いつお家に帰るの?」


502 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:50:03.95 ID:m5ojbmPA0
 「精密検査が終わってからだね。明後日には病院を出れると思う」
 
 「うん」
 
 ニッコリと微笑んで、汀は頷いた。
 
 「楽しみだなー……旅行」
 
 小さく呟いたその瞳には、数時間前まで人を助けると
 言っていた決意の色は欠片も見えなかった。
 
 歳相応の無邪気な顔。
 
 大河内は、自分の苗字を名乗った汀の頭を撫でて、
 しばらく口をつぐんでいた。
 
 「どうしたの? せんせ……」
 
 「…………」
 
 「パパって呼んだ方がいい?」
 
 「…………」
 
 パパ、そう呼ばれて大河内は一瞬目を見開いた。


503 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2013/03/01(金) 01:50:36.59 ID:m5ojbmPA0
 そして唾を飲み込んでから、かすれた声を発する。
 
 「……これで、良かったんだよ……」
 
 「……?」
 
 「良かったんだよな……?」
 
 問いかけられ、汀は小さく笑った。
 
 「どうしたの、パパ? 何だかいつものパパじゃないみたい……」
 
 「……今日は、一緒にここで病院食を食べようか。
 明後日からは旅行だぞ。
 沖縄に行こう」
 
 「うん!」
 
 頷いた汀の頭を撫で、大河内は立ち上がってカーテンを開いた。
 
 汀に背を向けたその顔は、唇を強く噛み、
 今にも押し殺した感情で破裂しそうになっていた。



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