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少女「それは儚く消える雪のように」
- 570 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]
投稿日:2012/02/25(土) 19:21:57.03 ID:bDf9OSPn0
*
朝日が昇る。
手術室の前で、絆はソファーに座って頭を抱えていた。
頭が痛い。
本当に、痛い。
召集されてから半日も経っていないこととは思えなかった。
夢の中のように感じる。
妙に体がふわふわしていて、足が地面についていないかのようだ。
- 571 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:22:34.46 ID:bDf9OSPn0
足音がした。
エフェッサーの本部長、駈だった。
女性職員を二人連れてきている。
彼は静かに絆の前に立つと、抑揚なく口を開いた。
「今回の件では、我々本部の支援が
一切出来ない状況に陥ってしまったことを、
私の立場から君に、一個人として深くお詫びをする。
対処認識不足だった。許してくれ」
頭は下げない。
見下ろした姿勢のまま、無表情で彼はサングラスの位置を直した。
絆は、答えなかった。
顔も上げなかった。
- 572 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:23:13.67 ID:bDf9OSPn0
もう、何が何だか分からなくなっていた。
女性職員の一人が手に持ってきていたタオルで青年の髪を拭き、
そして肩にかける。
もう一人が湯気の立っているコーヒーが入った紙コップを差し出した。
それを受け取り、水面をぼんやりと見つめる。
「元老院は今回の戦闘を受け、
君に勲八等を授与することを先ほど発表した。
情報がない未知の戦いでこれだけの戦果をあげた君の事を、
本部内でも高く評価している」
「…………」
「君の検査をさせてもらいたい。メディカルルームに移動してくれないか?」
- 573 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:23:51.15 ID:bDf9OSPn0
反応は、しなかった。
しばらく青年を見つめた後、駈はきびすを返して静かに言った。
「……よろしい。気が向いたら顔を出してくれたまえ」
そのまま、彼と、もう一人の女性職員が歩み去っていく。
絆はふと気がついて顔を上げた。
片方の女性職員は、残っていた。
名前は分からない。
愛のような金髪で、幼い顔立ちをした女性だった。
他の職員とは違った、白い肌が印象的だったので何となく顔を覚えていたのだ。
長い髪を揺らし、控えめに彼女は口を開いた。
- 574 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:24:27.35 ID:bDf9OSPn0
「あの……」
「……?」
「コーヒー、冷めてしまいます」
ああ、そうか。機械的に頷いて口に運ぶ。
泥水みたいな味がした。
「あの……」
もう一回、女性職員は口を開いた。
絆が顔を上げないのに戸惑ったような感じだったが、
気を取り直して喋り始める。
「おめでとうございます。私、見てました。凄かったです」
何だこいつ。
心の底からそう思い、無表情で顔を見上げる。
- 575 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:25:06.09 ID:bDf9OSPn0
それを勘違いして捉えたのか、職員は慌てて付け加えた。
「あ……私、オペレーティングをさせていただいています、
渚と申します。戦闘中にあなたのサポートをしていました。絆執行官」
渚、と言った女性は微笑んで見せた。
その笑顔に、どことなく愛の顔が重なって視線をそらす。
「……すごい? 何が凄いんだ」
ぶっきらぼうに返すと、
渚は不思議そうに息を呑んで、そして言った。
「いえ……あの、戦闘の……」
「俺は何もしてない……!」
呟くように言って、絆は息を詰めた。
- 576 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:25:42.89 ID:bDf9OSPn0
意識せずにコーヒーが入った紙コップを握りつぶしてしまい、
熱湯が手全体に飛び散る。
熱い。
そう考える間もなく渚は慌ててしゃがみこみ、
彼の手についたコーヒーをポケットから出したハンカチでふき取った。
「だ、大丈夫ですか? 火傷になっちゃうかも
……あの、早く冷やさないと……」
「うるさい……!」
冷たく、絆は言い放った。
突き放された渚が困ったように笑って立ち上がる。
「ごめんなさい……いきなりで、
執行官も疲れていらっしゃるでしょうし……私、あの……」
- 577 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:26:20.79 ID:bDf9OSPn0
瞳の色を見て分かった。
淡い、赤。
妙に人に干渉したがる、この社会では不気味な性癖。
バーリェの精神面のサポートなどを良くしている、
クランベという種類の人間だ。
街の下層……DNA管理もされていない、
つまるところスラム街で、男女間の交わりで生まれた『
不完全な』人間。
ランクEに相当する種類の人間だ。
スラムで生まれた人間は、皆一様に瞳が赤い。
そして不気味なほど
……まるでバーリェのように他人に干渉したがるのが常だった。
- 578 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:26:59.33 ID:bDf9OSPn0
努力しだいではそのような人間でも市民権を得ることは、
十分可能だ。
しかしどこでも差別という人間の根幹的な闇の部分は発生する。
人と言うものは、自分より下の者を確認しないと自己の存在を安心できない、
くだらない生き物なのだ。
それゆえに、
人間以外のバーリェを管理しているエフェッサーの中にはクランベが多かった。
今までは大して気にしたこともなかったが、
今日に限っては渚とか言うこの女性の絡みが、正直煩わしかった。
「……あの子、駄目だったんですか?」
しばらくの沈黙。その後に、小さく息を吸って。
不意に渚はそう言った。
弾かれたように顔を上げて彼女を見つめる。
クランベの女性は床を見つめながら深く頭を下げた。
- 579 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:27:31.97 ID:bDf9OSPn0
「……申し訳ありません。
私が触れていいことではありませんでした」
「……いや」
ため息と共に否定し、視線を床に戻す。
ぶちまけられたコーヒーの臭いが鼻に刺さる。
「死んだよ」
淡々と呟いて、絆は息を吸った。
「あんたのオペレーティングが途絶えた最中に死んだ」
「そう……ですか」
- 580 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:28:11.61 ID:bDf9OSPn0
だから何だって言うんだ。
一人にして欲しかった。
考える時間が欲しかった。
だが、渚はためらいがちにまた口を開いた。
「私の敵分析とオペレーティングが……遅れたから……」
ぼんやりと顔を上げて、彼女を見上げる。
「だからかもしれなくて
……でも、バーリェだから執行官は気にしてないかなっても思ったけど
……でも、私……」
瞬間、思考が沸騰した。
烈火のように立ち上がって渚というクランベの肩を掴み壁に叩きつける。
そのまま押さえつけるとくぐもった悲鳴をあげて、彼女が激しく咳をした。
- 581 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:28:42.30 ID:bDf9OSPn0
数分、硬直した。
喉の奥が乾燥して張り付く寸前に、絆は口を開いた。
「……教えてくれ……」
「……え?」
「……彼女が、何したってんだよ?」
かすれた声でそう問いかける。
この人に言ったのではなかった。
自分自身に、言ったのだった。
「俺は一体何をしたんだ……?」
- 582 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:29:22.66 ID:bDf9OSPn0
長い、沈黙。
しばらくして渚は憔悴した絆の顔を見て、小さく言った。
「……執行官。何ていう言葉を……言って欲しいですか?」
答えられなかった。
ただぼんやりと目の前の女性の顔を見る。
その顔が愛の顔に、どうしても重なって。
青年は顔を背けて、呟いた。
「もう、聞けないから。後悔してるんじゃないか……」
そのまま手を離し、ポケットに火傷ごと突っ込む。
そして絆は、手術室を後にした。
- 583 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:29:59.06 ID:bDf9OSPn0
*
映画を見ていた。
陳腐な内容だった。
客なんてまばらで、ニ、三人程度しか広い劇場には見えない。
大きなスクリーンに展開されている、嘘の物語。嘘の記録。
トレーナーに命令され、
映画の中のバーリェは涙を流して喜んで、死んだ。
ただそれだけの物語。
けど、それが真実なのかもしれない。
- 584 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:30:30.28 ID:bDf9OSPn0
そうも思う。思う……しかし。
ねじ切れそうになるほど切ない気持ちになるのは、
気のせいではなかった。
途中で席を立って、劇場を出る。
向かいのカフェに、
絃に面倒を見てもらっている他のバーリェが待機していた。
- 585 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:31:00.34 ID:bDf9OSPn0
『愛は、役目を全うしたんだ』
そう、他の子達に言った。
彼女達は泣いた。
しかし同時に、愛のことをうらやましいと、そう言った。
愛は、幸せだったはずだと、そう言った。
- 586 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:31:37.94 ID:bDf9OSPn0
自分には命を管理する資格なんてないのかもしれない。
責任を持つ権利なんて、本当はどこにもないのかもしれない。
やっていることなんて、映画の中の陳腐な動きとなんら変わらない。
バーリェを実験台にし、選ばれなかった個体を廃棄にする者たちと変わらない。
でも。
何だか。
少しだけ。
幸せだったはずだよ、という言葉を聞いて。
何故だかほんの少しだけ。
救われた気がした。
- 587 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/02/25(土) 19:34:05.24 ID:bDf9OSPn0
お疲れ様でした。
ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
今現在で書いた分は、ここまでで終了となります。
ご意見、ご質問、ご感想など、何でもいただければ嬉しいです。
お読みいただいた皆様全員に幸がありますよう。
それでは、失礼いたします。
- 588 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2012/02/25(土) 20:10:58.82 ID:QksMAl5Wo
どうあがいても皆報われないな・・・
世界観しっかりしてるし続きも大変楽しみ!
- 589 名前:NIPPERがお送りします(埼玉県) [sage] 投稿日:2012/02/25(土) 21:58:57.98 ID:BM4QZ6Nto
読み始めるととまらない。おつです
- 590 名前:NIPPERがお送りします [sage saga] 投稿日:2012/02/25(土) 22:17:58.64 ID:R4PNJPWDO
ぐさっと来ますね。
やっぱりすごいです。
- 592 名前:NIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage] 投稿日:2012/02/27(月) 02:28:05.44 ID:WD5sPdl/o
目から汁が止まらない
- 596 名前:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga] 投稿日:2012/03/05(月) 18:39:26.72 ID:i0SfLBiK0
こんばんは。
沢山の温かいメッセージ、ありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
第三話を書き始めましたので、書けた分を投稿させていただきたいと思います。
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