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少女「水溜まりの校庭でつかまえて」
- 159 名前:VIPがお送りします []
投稿日:2010/12/24(金) 02:42:33.63 ID:FpeXKyf/O
あれから、冬が終わって春が来て。
また冬が終わって……僕たちはもう六年生になっていた。
僕は相変わらず、雨の日は水溜まりに向かい彼女と校庭で話していた。
教室が変わる度に、いい位置の水溜まりを見つけるのに苦労したが……今ではもう慣れたものだ。
『あははっ、今日も楽しかったよ』
「うん、じゃあまた……」
ヘアピンのおかげで、彼女とは常に話せるようにはなっていたみたいだけど……僕も彼女も、あえて今のままで会話をする事にしていた。
- 160 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 02:46:16.07 ID:FpeXKyf/O
ベランダで二人並んで、景色を見れればいい。
僕たちはそれで幸せだった。
春の暖かい空気、夏に吹く涼しい風……。
秋の落ち葉の豊かな匂い、そして冬の冷たい空。
一緒に四季を感じて、雨が降ったらたまにお話をする。
僕と彼女はそんなスタイルに満足していた。
……。
『もうすぐ、卒業だね』
しかし、そんな時間もあと少しで終わってしまうんだ。
- 161 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 02:49:47.74 ID:FpeXKyf/O
『僕ちゃんがいないと寂しくなるな〜……』
僕「また誰かに話しかければいいじゃない」
『……また一からスタートもな〜。あ、中学校にあがっても会えるかな?』
僕「……さあ、中学校はこことは正反対だからね。時間だって出来るかわからないし」
『そっか、そうだよね。でも、私一人でも大丈夫だもん、このヘアピンと……僕ちゃんに貰った』
僕「……あれ、僕ヘアピン以外に何かあげてたっけ?」
『ふふっ、内緒』
僕「なんだよそれ〜」
- 162 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 02:54:20.09 ID:FpeXKyf/O
『卒業までにはちゃんと教えるよ』
僕「……うん、待ってる」
『えへへっ、楽しみに待ってるもん』
僕「結局、その言葉使いも直らなかったよね。子供みたい」
『う〜、だって成長しないんだから仕方ないじゃない……僕ちゃんはいいよね。身長も大きくなったしさ』
僕「別に変わらないでいいんだよ。そのままで……十分……」
『十分、なに?』
僕「じ、十分……な、なんでもない!」
『もう、そればっか』
僕「いいの! じ、じゃあまたね! バイバイ!」
- 163 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 02:59:28.45 ID:FpeXKyf/O
そして、とうとう卒業式の日を迎えた。
当日は朝から大雨だったが、僕たちの式が終わる頃には今までの天気が嘘のように、空が晴れた。
校庭は水溜まりでたくさんだったけど……その水溜まりには太陽が映り込んでいて、とても綺麗な水溜まりだったのを覚えている。
式が終わり、帰る前に……僕は両親に時間をもらって彼女の元へ行った。
校庭の水溜まりで話したかったけれど、さすがに卒業生で溢れていたので……今日だけはベランダで直接話す事にした。
僕は一人、静かな廊下を走っていた。
- 164 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:04:13.49 ID:FpeXKyf/O
『卒業、おめでとう』
教室の扉を開けると、中には……真っ赤なワンピースドレスを着た彼女が立っていた。
『ふふっ、可愛いでしょ、これ』
僕「……」
『そんなに見とれちゃう?』
僕「う、うん。お姫様みたい」
『えへへ、ありがとう。実はこれね……僕ちゃんからもらった洋服なんだよ』
僕「え、これが?」
『うん、覚えはないだろうけど……本当。この赤はね……ほら、私を雪の中から助けてくれた時があったでしょ』
- 165 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:05:02.34 ID:+HTzHRHB0
つかまえてキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
支援
- 166 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:10:43.96 ID:FpeXKyf/O
僕「う、うん」
『あの時の血がね、私の体にかかったの。寒かったから……血がかかった所がとても暖かくて』
『生きている証だからさ……生を貰った、って言うのかな。私、とっても嬉しかった』
僕「そ、その洋服はどうやって?」
『ふふっ、これも血だよ。液体のやつとは違うけどね……何て言うのかな、気持ちとか情熱とか、そういうのが赤くなって表れてるの』
僕「……あの時は、助けるのに必死だったから」
『うん、そういう気持ちなんだと思うよ。このドレス、すごく暖かいもん』
僕「そう、なんだ。なんだか恥ずかしいな」
- 167 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:16:22.67 ID:FpeXKyf/O
『……あ、また赤く暖かくなる』
僕「え?」
『ふふっ、何でもないよ。じゃあ、そろそろお別れだね』
僕「……」
『僕ちゃんと知り合えてよかったよ。私は一人じゃないって思えたから……』
『会いたくなったら、いつでも会いにきてね。私はずっと、ここから動かないから』
僕「う、うん……ぐすっ」
『ほら、男の子なんだから泣かないで。涙拭いてあげるから』
僕「うん……うん……」
『はい、じゃあ最後に卒業記念』
『ん……』
チュ。
- 168 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:19:04.61 ID:FpeXKyf/O
僕「!」
『えへへ〜、初めて初めて』
僕「え、えっと、あの……」
『……』
『じゃあ、またね』
僕「……いつになるかわからないけどさ」
『……うん』
僕「もう一度、絶対また会いに来るから」
『うん……約束だよ』
僕「約束する」
『ふふっ、じゃあもう一度だけ……約束の』
『ん……』
チュ。
- 169 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:23:56.85 ID:FpeXKyf/O
『さよなら、また会いましょう』
私はその挨拶を最後に、彼と離れた。
ベランダに出て、私はそっとヘアピンを外した。
……彼が校庭を駆けている。
目線は私のいるベランダに向けて、少し不思議そうな顔をしている。
しかし、すぐに何かに気付くと……私を見る事が出来る水溜まりを向かって走り出した。
- 170 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:28:29.19 ID:FpeXKyf/O
太陽が水面に反射して……私の顔はよく向こうに見えているようだ。
私を見つけて、彼はニッコリ。
私もそんな笑顔を見つけて……うっすらと涙を流した。
ドレスの赤は、これ以上にないくらい熱く暖かくなっている。
そして……。
彼が最後に大きく手を振ると、私の最愛の男の子はどこか遠く、道の向こうへ消えてしまいました。
私が小学校にいる間、誰かと話したのは……これが最後になります。
私はずっと、ベランダの向こうの水溜まりを見つめています。
- 171 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:33:58.33 ID:FpeXKyf/O
僕「……ふう、これで必要な書類は全部書いたな」
僕「荷物チェックも終わったし、あとは寝るだけだ」
僕「……久しぶりだな、地元に帰るのも。まあたった二年くらいしか離れてないんだけどさ」
僕「……」
- 172 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:38:36.47 ID:FpeXKyf/O
あれから僕は、中学、高校を卒業し大学生になった。
大学では教師になるための学科を積極的にとっている。
理由は特に無いけれど、僕はあの学校の雰囲気が好きなんだという事に最近気付いた。
地元の小学校で教育実習する事になり……最近里帰りもしていない僕にとってはいい機会となった。
そして何より……。
僕(小学校には、彼女がいる……)
- 173 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:42:52.27 ID:FpeXKyf/O
僕「こんにちは! 教育実習の……」
久しぶりの小学校、校舎全体の雰囲気は変わっていなかったが、内装はかなり変更されているようだった。
新しい名前の教室が増えたり、増改築でパソコンルームが導入されていたりと……昔の僕のが通っていた小学校とは何だか違う印象を受ける。
それでも、教室の造りや体育館の様子などは変わりようもなく……僕は当時の様子を思い出しながら実習に励んでいた。
そして、一週間も経ったある日の事。
僕は背中から声をかけられた。
- 174 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:48:37.64 ID:FpeXKyf/O
「あ、先生、もう学校の仕事には慣れましたか?」
僕「あ、は、はい。え〜っと……まあまあですね」
「ふふ、同じ実習生として頑張りましょうね」
僕「は、はい!」
この人は、僕と同じ時期に実習に入った人だったか。
僕より年上で、大人っぽい魅力のある女性だった。
そんな人がいきなり僕に声をかけてきた、まあ仕事仲間なので当たり前といえば当たり前なのだが。
- 175 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:54:05.16 ID:FpeXKyf/O
廊下で彼女と雑談をしていると……横を通る生徒からこんな話が聞こえてきた。
「ねえ、トイレの花子さんの噂って知ってる?」
「ええ〜、七不思議とか知ると呪われるからやめてよ〜……」
「じゃあ、放送室に閉じ込められるって噂の……」
「懐かしいですよね、ああいうお話って」
僕「そうですね。僕も昔はよく……」
「あら、私もです。そういう話は好きだったのでよく話していましたね。おかげで、見たく無いものまで見えるようになったり……」
僕「え、先生霊感があるんですか?」
「はい、霊と会話したり見つけたり……それくらいはできますよ」
僕「そう……なんですか」
- 176 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 03:58:30.05 ID:FpeXKyf/O
「ふふっ、先生も見えたりするんですか?」
彼女の思い出が、一気によみがえってくる。
僕「は、ははっ。僕は見えるというより見せられてたようなもので……」
「どういう事ですか?」
僕「い、いやあ。霊感のある先生にならお話しますけどね。実はある女の子の霊と会話していたんですよ」
「へえ……」
僕「あ、雨の降った日にね、校庭に水溜まりができると……そこに彼女はいるんですよ」
「まあ、そうなんですか」
僕「ええ、不思議なアイテムを付けてからはずっと彼女が見えるようになったんですが……なんともですね」
- 177 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:03:19.69 ID:FpeXKyf/O
「アイテムだなんて、まるでゲームみたいですね」
僕「ええ、僕も不思議だったんですけどね……雪の中を掘ってたらいきなり見つけちゃいまして」
「まあ……」
僕「それでですね、その見つけたアイテムって言うのがですね……」
「ふふっ、知ってますよ。ピンクの……ヘアピンでしょう?」
僕「!」
「……よかったわね、先生はちゃんと覚えてくれてたわよ」
『うん……ありがとう、僕ちゃん……』
僕「あ!」
久しぶりに会った彼女は、どこか疲れた様子で女先生の後ろに現れた。
少しだけ……顔色が悪くなったような気がした。
- 178 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:08:20.28 ID:FpeXKyf/O
僕「ひ、久しぶりだな。少し探したけれど……見つからなかったから。心配したぞ」
「……この子はずっと隠れていたんですよ。誰かに会っても悪さをしないように」
『……』
僕「え……」
彼女が、悪さを?
僕「そ、そんな事言ったってこの子は悪さをするような子じゃあ……」
『僕ちゃん、もういい……もういいんだよ』
僕「何言ってるんだよ、こうしてまた会えたんだから。一緒にベランダにでも出て……」
「先生。一週間後の放課後、三年生の教室に来て下さい。お願いしますね」
僕「一週間後って、それは実習期間が終わる日じゃないですか!」
- 179 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:10:38.84 ID:FpeXKyf/O
「では、失礼します」
『……』
僕「あ、ち、ちょっと!」
結局、それから女先生は何も話してくれなくなり、彼女もどこかへ消えてしまった。
そして、何も状況が変わらないまま一週間が過ぎた。
……教室には既に二人の姿があった。
- 180 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:13:39.82 ID:+HTzHRHB0
どうなるんだ
- 181 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:17:20.05 ID:FpeXKyf/O
僕「……」
「来てくれたんですね」
『……』
僕「どういう事か、説明してくれませんか。これじゃあ彼女が可愛そうですよ」
「……残念ですけど、彼女には限界が近付いています」
僕「!」
「わかりやすく言いますと、もう精神が持たないんです。このままの状態で放っておけば、もっと強力な地縛霊になってしまいます……」
僕「……治す方法はないんですか」
「もう手遅れです。彼女にとって三十年近い孤独は辛すぎたんでしょう、むしろよく持ったと言う……」
僕「じゃあ、孤独じゃなければいいんでしょう。僕がまた、昔みたいに毎日一緒に……」
「だから……もう手遅れなんですよ。あなたにはこの辛そうな顔が見えないんですか」
- 182 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:25:32.80 ID:FpeXKyf/O
『……えへへっ』
僕「……」
僕「無理に、笑わないの」
『あ、あれっ。おかしいな……これで騙せてた時あったのに……やっぱり大人になっちゃったんだね、えへへっ』
僕「だから……無理して笑うなよ!
『……!』」
「このっ……大馬鹿野郎!」
ピシィィン、と……教室に頬と手のひらが強烈にぶつかる音がした。
本気で彼女は僕を殴ったのだ。
僕「……」
「この子は……あなたのためだけにこうして笑っているんですよ。それもわからないで、何が無理して笑うなですか!」
- 183 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:32:57.18 ID:FpeXKyf/O
「私のヘアピンを紡いでくれた人だから、どんな人かと思ってみれば……こんな自己中男だったなんて!」
僕「……」
『先生……違う』
僕(本当の事は、言わなくていいから……)
「……離しなさい。この人にはもう喋る事は何もありませんから、帰ってもらい……」
『違う、違う、違うよ……僕ちゃんは怒ったんじゃないよ』
僕(そんな風に言われたら)
僕「……ぐっ、ぐすっ……」
「な、なんで怒って泣くの」
『違うよ……。ちょっと意地っ張りで、素直に心配が言えなくて……でもすごく私の事を気にしてくれた』
『だから、僕ちゃんは今泣いてるんだよ……』
- 184 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:37:36.40 ID:FpeXKyf/O
僕「ごめん……ね……」
僕は、いつかの雪の日みたいに謝っていた。
あの日より、もっと大きな後悔が僕の胸を満たしていた。
『ううん、私はそういう存在ざもん。いつかは必ず……ダメになっちゃうから』
僕「ぐっ……で、でもっ……」
『いいんだよ、言ったでしょ。私は幸せだったもん。たくさん僕ちゃんとお話して、ベランダからお外を見て……だから私は今まで大丈夫だったんだよ』
僕「ぼくが……いればっ……もっ、と、ぐすっ、大丈夫に……」
『……それじゃあダメだよ』
- 185 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:44:12.05 ID:FQD0to/c0
見てんよ
- 186 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:44:37.39 ID:FpeXKyf/O
僕「ダメな事……なんてっ……!」
『ダメだよ。私と一緒にいたら……僕ちゃん先生になれないもん。だから、私はこれでいいんだよ』
僕「でも、でも……」
『そんな、子供みたいに泣かないで……私だって……私だって……』
僕「……ふ、ふふっ、泣くの飽きたなんてう、嘘ばっか」
『無理して、笑っちゃダメ……辛そうな僕ちゃん、見たくないよ……』
彼女がそんな事を言うから、僕はまた大きく泣いてしまった。
涙で呼吸が出来なくなる感覚を……僕は何年か振りに体験する事になった。
窓の外では、そろそろ夕日が山の向こうに消えようとしていた。
- 187 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:50:36.05 ID:FpeXKyf/O
「……」
『ありがとう先生、もう大丈夫ですから』
僕「……お願いします」
「その前に、謝らせてね。何もわかっていなかったのは私の方だったわね……本当にごめんなさい」
僕「いえ、そんな」
『ふふっ、大丈夫ですよ』
「……ねえ先生、どうして私が彼女に直接ヘアピンを渡さなかったか、わかりますか?」
僕「え?」
「私と彼女がお別れする際に、私は校庭にヘアピンを置いていきました、それは知ってますよね」
僕「ええ、それはわかりますよ。なんでそんな周りくどい事を……」
「率直に言うと、彼女に刺激を与えすぎて欲しくなかったんです」
- 188 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 04:55:17.97 ID:FpeXKyf/O
「ヘアピンの力で、誰かと接触して会話をするようになって……それが悪い方向に働くのが怖かったんです」
「気持ちは敏感ですから……ちょっとした事で何が起こるかわかりませんから、ね」
僕「……確かに、僕は出入口の鍵を閉められたくらいで済みましたが」
「運やタイミングが悪ければ……という話です。でも、先生みたいな人がヘアピンを見つけてくれて本当によかったですよ」
「本当にありがとうございました」
『私からも、ありがとう。僕ちゃん』
僕「……」
僕「ああ、どういたしまして」
『ふふふっ』
「……さて、ではそろそろ」
僕「……はい」
『はい』
- 189 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 05:01:49.16 ID:FpeXKyf/O
『あ、あの先生。このヘアピン、貰ってもいいですか』
「……いいわ、好きにしなさい」
『ふふっ、ありがとうございます』
「もう、いいかしら。先生も何かありますか?」
僕「今まで、ありがとう……」
『えへへっ……うん、ありがとう』
彼女の顔が、名残惜しそうな笑顔を作った。
「じゃあ……いきます」
女先生が、彼女の額に手をあてた。
すると……体が一瞬だけ白く光り出した。
僕(これで……お別れか)
『……まだ』
僕(……?)
『ま、だ……最後に……』
- 190 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 05:05:20.36 ID:FpeXKyf/O
僕「な……なあ……」
『?』
光の中の彼女は、涼しそうな顔で僕を見ている。
おかしい、さっき聞こえた彼女の声は気のせいだろうか。
『……えへへっ』
彼女は、光ながらも僕に優しく微笑んだ。
僕(なんだ、やっぱり聞き間違え……)
『やだ……まだ、最後に』
僕(聞き間違え……なんかじゃない)
- 191 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 05:10:01.58 ID:FpeXKyf/O
『まだ最後に……一番……』
ここまでは聞こえる。
でも、これ以上は……彼女の顔を見ても何もわからない。
ただ僕に向かって、微笑んでいるだけだ。
僕(違う……わかっているのに)
あの笑顔が本当の笑顔では無いことを、僕はわかってしまっている。
だからこそ、どうして彼女の本音を知りたかった。
- 192 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 05:12:51.25 ID:FpeXKyf/O
僕(彼女はいつもそうだ……)
僕(遠くのベランダから僕を見つけて。僕も校庭の水溜まりから彼女を見つけて……)
僕(……水溜まり?)
僕は、先ほどまで僕たち二人が座り込んでいた床を見つめた。
そこにはうっすらと……二人の涙が床に膜を作っているようだった。
僕(あ……見つけた)
『うん……』
その水溜まりの中の彼女は……僕に向かって、こう言っていた。
『最後に……一番言って欲しかった事。私の事を……』
僕「ああ……好きだよ、大好きだ」
- 193 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 05:17:14.36 ID:FpeXKyf/O
『ありがとう……僕ちゃん』
水溜まりの中の彼女も、教室にいた彼女も……白い光に包まれて、ゆっくりと消えていった。
もう彼女の姿は、どこにも見えなかった。
「……ふう、これで彼女は大丈夫ですよ。成仏して、もしかしたらまた私たちの前に……」
僕「ああ、先生。すいませんけど一人にしてください。鍵は僕が閉めていきますので」
先生の言葉を遮り、僕は一人ベランダに出ていった。
後ろで、小さく彼女がお辞儀したのが見えた。
僕は……まだ沈まない夕焼けが照らす、小学校の校庭を見つめていた。
- 194 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/12/24(金) 05:20:40.17 ID:FpeXKyf/O
彼女は、ずっと一人でこの光景を見ていたんだろう。
三十年近くも、一人で。
僕「……」
僕は、ベランダと教室の戸締まりを済ませ、何も言えないまま教室を後にした。
実習期間が終わった僕たちは、それぞれの大学に戻って行った。
縁があればまた会える、と女先生は僕の前から消えてしまった。
あれから先生には会っていない。
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