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少女「祭囃子をつかまえて」
1 名前: 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:27:07.18 ID:cgUpZggd0
祭囃子が聞こえたら 振り返ってはいけないよ

そんな噂が流れていたのは、私が小学校に通っていた頃の噂だった。

どこの学校にでもあるような七不思議の一つとして、この話は私のクラスでまことしやかに流れていた話のうちの一つだった。

小学校時代の怪談話は思い出に残りやすい……だから、もう十年以上前の事なのに実家に帰省してこの小学校を見た瞬間ふと思い出したのだ。

祭囃子……お祭りの間に流れる、あの音だ。

それは随分楽しげで、はっきりとした記憶はないもののそのイメージと情景が合わさって、お祭りの様子が私の頭に浮かび上がってくる。

女「お祭り……そういえば明日だったっけ」

それと同時に、明日行われるはずであろうお祭りの事を私は思い出す。


2 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:30:16.87 ID:cgUpZggd0
山に囲まれたこの小さな町、私が育った町、そして今はこの静かな町を離れて騒音と排気ガスで満たされた街で暮らす私。

そんな私が誰に言うでもなく、独り言のように呟いたお祭りの事。

この夏の時期、神社の横にある小さな広場で毎年行われるお祭りだった。

……といっても、出店があったり人でごった返すような規模のお祭りではない。

町内会で人が集まり、地元の小学生やお年寄りが集まってひっそりと行うような……そんな小さなお祭り。

規模が規模なので、誰もが中学生になった頃からいかなくなってしまう、私もその一人だった。

小学校高学年の頃まではワクワクしながら毎年お祭りに行っていた記憶がある。


3 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:30:44.25 ID:o3DdqnCP0
孤独な戦いになりそうだな


4 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:32:14.38 ID:nPB1y+Jf0
こういうスレで落ちたら辛いな


5 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:32:26.96 ID:cgUpZggd0
けれども学校が変わり新しい友達が出来ると自然とそこを離れてしまっていた。

周りの地元の友人も同じようだった。

田舎の行事とは、そんなものなのだろう。

しかし実家を離れて久しぶりに懐かしい空気に触れると、むしろ今はそういう場所にいきたかった。

実際、その空気を感じるために私は用もなく昔通っていたこの小学校まで来ていたのだ。


8 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:39:09.94 ID:cgUpZggd0
……空は高く、雲が大きく大きく青に広がっている。

都会ではビルが遮るその青空も、この場所からならばはっきりと見る事ができる。

透き通った風が私の頬を撫でる……その中にふと緑の匂いを感じた。

それは、私が十八年間吸い続けてきた懐かしい匂いだった。

女「お祭り、どうしようかな。まだやっているのかな」

誰に言うでもなく私はまた呟いた。

しばらくはこの空を見ていたかった。

もう少しだけ、あの頃を思い出すように感傷に浸っていたかった……。

遠くの入道雲を、私はずっと見つめていた……。

しかしそこにあるのは子供心でもなんでもない、ただの乾いた大人の瞳が雲を見つめているだけだった。


9 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:44:32.88 ID:cgUpZggd0
夕方、実家で軽く食事を済ますと私は神社に向かった。

女「あのお祭りって、まだやってるの?」

と、帰ってから母に聞いたが、やっているよとの事だった。

廃止が心配だったが、母のその言葉を聞き私はお祭りに出掛ける事にした。

まだ夕焼けの欠片が空の向こうに残っている……お祭りが始まるのは夜になってからだったはずだ。

お祭りの会場である広場には櫓がたっている。


10 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:50:34.32 ID:cgUpZggd0
空が暗くなって、それと同時に櫓に繋がった光に灯りがともる……。

そして、それと同時にお祭りの「音」が聞こえ始めて祭りが始まる。

イベントの一環で、盆踊りなどもあったような気もするが……いかんせん昔の事なのであまり記憶にはなかった。

女「この道、懐かしいなぁ……」

神社に向かう途中の道を歩く私の心に、また懐かしさがあふれ出す。

昔は何度も何度も通った道だが、やはり地元を離れるとその記憶は段々脳内の奥へ奥へと追いやられるらしい。

記憶が忘れられ新しい記憶を取り入れ変化していくのと同じように、馴染んだ地元の風景もその姿を変えていた。

以前よりも道が広くなり全体的に舗装されているのに気付く。

ああ、ここはもう昔の道じゃあないんだな……となんだか少し寂しくなったのは夕方が終わりそうだからじゃ、きっとない。


11 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 00:57:00.53 ID:cgUpZggd0
私は新しくなった道を噛み締めるように歩いた。

しばらく歩くと、もう神社が見えてくる。

鳥居の朱はあまり変わっていないように見えた。

そして奥へと伸びる本堂への道も……変わってはいなかった。

なんだが、それだけは少し安心した。

本堂へ向かう途中の横に、会場の広場は広がっている。


13 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:05:06.52 ID:cgUpZggd0
辺りはすっかり暗いが、櫓に巻かれた赤と白の布がやや遠くからでも確認できた。

そして私が着いたと同時に、櫓に灯りがともるのが見える。

その瞬間、笛の音、太鼓の音……楽しそうな祭囃子の音が響く。

私にとって数年ぶりのお祭りの日が始まったのだった。


しかし私は、しばらくその場所から動けずにいた。

懐かしいのになぜか「帰ってきたんだ」とは思わなかった。

それは目に見える景色が変わってしまったからなのか、私の気持ちがもう童心を忘れてしまったからなのか。

子供の頃に聞いたのと同じ音のはずなのに、同じ情景を見てきたはずなのに。

私の胸には小さなろうそくのような火だけがともっているような感じだった。

女「……変わったんだなあ。私も」

そう苦笑いしながらも広場に目をやり、まだ灯りに慣れない中、光を見つめる。


14 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:07:42.04 ID:cgUpZggd0
櫓の光に照らされて、広場に何人かの影が見えた。

小学生くらいの子供が走り回り、また櫓を囲むお年寄りの姿が見えて……。

あとは何人か実行委員らしい人が簡易テントの前で立って何か話し合いをしているのと、保護者であろうか大人の姿が数人ほど見える。

それだけであった。


16 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:11:31.91 ID:cgUpZggd0
その人の少なさがまた私の心を寂しくさせた。

その寂しさを消すように、私は祭りの灯りに近づいて行く。

中央に向かうにつれて、やがて祭りの音は大きくなり胸に響く。

耳がちょっとだけジンとしてきた。

子供たちの賑わいも聞こえる。

そこに少しだけ祭りらしさを感じた。

横を走り去る子供、浴衣を着た小さな女の子たちを見てほんのちょっとだけ昔の事を思い出す。


17 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:19:46.55 ID:cgUpZggd0
女「そういえば昔は私も浴衣とか着てたっけ……」

微かな思い出がよみがえる。

まだ小学生の頃、紫色の浴衣に身を包んでこのお祭りに来た事を。

小学生にとって夏のお祭りが一大イベントだったあの頃……。

祭りの中心から少し離れた場所、神社の本堂前……クラスのみんなで集まって何かたわいもない話をしていた気がする。

そして目線の先には……活発に夜の道を走り回る同じクラスの男子がいた。

自分がその目で誰を追っていたのかは、今でも鮮明に思い出せる。

淡い、初恋の思い出だった。

それくらいにお祭りの記憶は今も私の心に残っていて……というか、このような記憶だけがよく残っていた。

櫓の灯りが、その男子達の横顔を照らす。

私はそれを遠くから見つめて、見つめて……。

女「あれ、それからどうしてたんだっけか?」

やはり、思い出は思い出のままらしい。


18 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:21:10.67 ID:o3DdqnCP0
頑張れ


20 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:26:59.15 ID:cgUpZggd0
そこから、どう行動したかはよく覚えていない。

ただその一瞬だけが、まるで線香花火のように私の脳裏によぎって……そこで止まっている。

思い出なんてそんなものか、と苦笑いした後に私は櫓に近づいてみた。

その上では町内会の人が太鼓を叩いて音を奏でている。

私はボーッとそれを見つめて、ただ浸っていただけだった。

今の私には、それ以上に何かをする事がない。

心の中にワクワクとした気持ちが浮かばないのだ。

確かにこの景色は綺麗でそして懐かしい。

でも……何かが違う。

もう私の心の中にこの祭囃子の中で踊れるような心は持っていない。

持っていないのだと……そう感じた。


21 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:32:55.13 ID:cgUpZggd0
それは今私が一人でこの場所にいるからだろうか?

隣に誰かいれば懐かしむ事が出来るのだろうか?

……いや、きっともう無理なのだろう。

昔とは違う、思い出はしょせん思い出なのだと。

女「……帰ろう」

ふっと櫓を見上げて、灯りをもう一度だけ見つめて私はその場を後にした。

特にする事もなくこのような場所に来てしまった。

まあ、たまにはこういうリフレッシュもいいだろう、久しぶりに故郷に帰ってこれただけでよかった。

そう思いながら元来た道を歩き出した。


22 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:37:57.08 ID:cgUpZggd0
帰る途中、もう一度祭囃子の響く灯りの方を振り向く。

随分音が遠くに聞こえた……そして横目に神社の本堂が奥に見える。

すると……。

その本堂のところに、ぽぅっと、なにか、小さな小さな灯りが見えた。

女「……?」

最初はお堂の横にぶら下がっている、作り物の提灯の光かと思ったけれども……。

その小さな光はゆっくり、ゆっくりと揺れている。

わずかに風は吹いているが、それに合わせての揺れじゃないのを感じた。

なんて言うか……人がその灯りを手に持ちそれに伴って揺れているような、そんな気がする。

女「なんだろう……あの火」


23 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:42:12.00 ID:AHu/lR/B0
あのつかまえての人かな?
ひさびさ


24 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:44:23.87 ID:cgUpZggd0
私はそれを直感的に火だと感じた。

ゆらりゆらりと踊る炎に呼ばれるように、まるで誰かが手招きしているように。

私の足は自然と奥の本堂へと向かっていた。

目線の横に、先ほどの広場の光が見える。

歩けば歩くほどに、その光と音は小さくなりそして本堂に着く頃にはやがてそれすらも聞こえないくらいに辺りは暗い。

本堂へのぼる階段の前に、それはあった。

私の目の前にぽつりと小さな火の玉が浮かんでいる。

私がそれを不思議な気持ちで見つめていると……。

「ねえ」

いきなり後ろから声がした。


25 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:51:21.63 ID:cgUpZggd0
女「きゃ!」

私は思わず短い叫び声をあげてしまうと同時に後ろを振り返る。

「あ、ご、ごめん。大丈夫、怪しい者じゃないですから」

物腰柔らかそうな声が聞こえた。

暗闇に慣れた目をこらしてみると……そこには男の人が立っていた。

「ごめんなさい、いきなり」

男は申し訳なさそうにまた私に謝った。

女「い、いえこちらこそ……」

まだ心臓がバクバクしている。

しかしそれ以上に驚いたのは……。

女「あ、あれ? もしかして……」

「え? あ」

女「同じクラスだった……僕……ちゃん?」

僕「……もしかして……」


26 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 01:58:18.25 ID:cgUpZggd0
偶然だった。

話を聞いてみると、彼もこの夏実家であるこの町に帰省しお祭りに来ていたのだという。

そんな話をほんの少しだけしか出来なかった理由は……目の前に浮かんでいる火の玉のせいだった。

僕「見えてる? これ」

女「う、うん。なんだろうね、これ」

話はすぐその不思議な光の話題になった。

僕「僕もお祭りに来ていてさ。なんか人と光が見えたからなんとなく来てみたら……」

僕「二人に見えてるって事は夢とかじゃないだろうし……」

女「本物の炎かな? それとも、幽霊……?」

僕「でも、なんだかこの光さ。見てると安心するような気がしない? なんとなくだけど」

確かにその炎からは怖さは感じない。

むしろ独特の橙と赤の混じった炎に安らぎさえも感じるような気さえした。

女「そう……だね」

私は少し困惑しながらも同意した。


27 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2013/08/27(火) 02:05:43.58 ID:cgUpZggd0
僕「……熱いのかな?」

そう言って彼は火の玉に手を伸ばした。

女「え、だ、大丈夫?」

と言い終わる前に彼は火の玉に触れていた。

その時……炎が私達を包み、光の空間を作り出した……ように見えた。

一瞬の閃光が走ったかと思うともうそこは橙色の中に体があった。

私も彼も、不思議そうにその空間を見回した。

まるで閉じ込められたようだった。

言葉が出ない。

なんだかこの中は、とても暖かい……。



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