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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
187 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/02(土) 14:21:02 ID:8Z/QAnKk


第二部、はじまりー


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188 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 14:22:13 ID:8Z/QAnKk

…砂漠地帯、三日目


男「…副隊長、水は保ちそうか」

月の副隊長「今、進んでいる方向に狂いが無ければ、オアシスの集落までは問題無いでしょう」

男「狂いがあった場合は?」

月の副隊長「…約120の干物が出来ますな」

男「そりゃいい肴になりそうだな…渇竜にとっての」

当たり前だが初めて訪れた砂漠、どんな所か話は聞いていたのに少々なめていたかもしれない。

歩きにくさもあってか、兵も下を向いて歩を進めている。それ故に幾分か隊列が乱れがちだ。

振り返るといつも俺のすぐ後ろに着いていたはずの女が、少し離れている。

男「女、できるだけ離れるな。砂に潜む魔物に狙われたらどうする…」

幼馴染「私が着いてるから大丈夫、気にしないで」

男「いや、お前も含めて隊列から外れるなよ」

女と幼馴染だけではない、時魔女とその副官も合わせて女性4人が隊列から外れ気味だ。

これを許せば隊の規範が乱れかねない。


189 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 14:22:54 ID:8Z/QAnKk

男「隊長命令だ、隊列に戻れ」

幼馴染「うるさい、大丈夫だからほっといて」

時魔女「男の鈍ちん」

なんだ、この言われようは。

いかに幼馴染は直接の部下では無いし、時魔女は本来なら俺と同列の立場であろうとも、ここはビシッと言わねばなるまい。

男「お前ら、身勝手な事を言うんじゃない!砂漠の行軍が大変なのは皆一緒なんだぞ!」

月の副隊長「隊長殿、察してやりましょうぞ」

男「副隊長まで…何を甘い事を」

月の副隊長「…失礼ながら、確かに鈍いかもしれませんな。隊長殿、砂漠に入ってから三日…風呂も行水もお預けなのですぞ」

…ああ、なるほど理解した。

臭いのか、俺も、皆も、彼女ら自身も。

男「…今日中にオアシスまで行けるか」

月の副隊長「微妙なところですな」

道理で昨夜、夫婦となってから初めて別々に寝ると言い出したわけだ。


190 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 15:37:19 ID:8Z/QAnKk
……………
………


…その夜、オアシスの集落


男「砂漠の民の酋長殿、この度は宿の提供を感謝する」

酋長「何という事はありませぬ。数知れぬラクダを奪ってきた憎きヴリトラを征伐して下さるのであれば、こんな有難い事は無い」

小さなかがり火の灯るテントの中で、酋長の老人は言った。

酋長「ヴリトラは砂に潜み、砂を泳ぐ竜…砂漠で地震のような大地の震えを感じたら、注意召されますよう」

月の副隊長「砂に潜む…か、やりにくそうですな。酋長、どの辺りでよく現れるのか?」

酋長「いかに渇竜といえど、水も無くては生きていけませぬ故…このオアシスを中心とした半径10マイル以内に現れるのが殆どでございますな」

半径10マイルとは、出会うだけでも難しそうだ。

しかし砂に潜むという事は、逆に砂の無いところには現れないという事。

酋長「この集落は砂のすぐ下に厚い砂岩の岩盤があります故、ヴリトラに襲われる事は滅多とありませぬが…」

男「滅多に…という事は、時にはあるのか。岩盤があるなら砂を泳ぐ事はできまいに、どうやって」

酋長「年に数回の雨が降る日、ヴリトラは砂上に姿を現して這い回るのでございます。その時だけは集落を上げて見張りに努めなければなりませぬ」


191 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 15:37:52 ID:8Z/QAnKk
………


月の副隊長「年に数回、半径10マイルの範囲のどこか解らないとなれば、雨を望み待つのも現実的ではありませんな」

男「そうだな…ラクダを囮に、半径10マイルを歩むしかないか」

オアシスの畔を歩きながら、俺と副隊長は討伐の作戦を練る。

男「砂を泳ぐ竜か…サーペントを仕留めた要領に習おうにも、砂を凍らせて固めるのは無理だろうな」

月の副隊長「時魔女殿の時間停止がどれだけ保つかが、鍵となりましょう」

ふと視界に、オアシスの水際に建てられた仮設のテントが目に入った。

テントの中にかがり火が焚かれているらしく、ほんのりと内側から照らされている。


192 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 15:38:22 ID:8Z/QAnKk

その出入口には星の副隊長が佇み、番をしている風に見えた。

男「…副隊長、気を利かせようか」

月の副隊長「かたじけない」

我が副官は俺の元を離れ、彼女の方へ歩み寄ってゆく。

しかし、僅か手前で彼女から何かを告げられたと思うと、彼は慌ててこちらへ戻ってきた。

月の副隊長「隊長殿、戻りましょう。行ってはなりませぬ」

男「は…?」

どういう意味か解らずテントを見遣ると、その白い布に影が映り動いているのに気付く。

あれは…女だ。

それから幼馴染と、時魔女…か?


193 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 15:39:01 ID:8Z/QAnKk

星の副隊長がテントの中に向かって何かを言っている。

男「………」

月の副隊長「見てはなりませぬ!行きますぞ!」

俺の様子に一段と慌てた風な副隊長、その雰囲気でようやく事を理解した。

テントに映る影は全員ハダカだ、行水しているのだろう。

しまった、シルエットだけどその身体のラインをしっかり見てしまった。

テントから時魔女が顔を出して何やら喚いている。

男「逃げるぞ、副隊長!」

月の副隊長「…御意!」

かがり火を中に入れるのが悪いんだ、俺たちは悪くない。

もし追求されたら、そう言おう。


194 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 16:27:49 ID:r.NQjBHM
……………
………


…四日後、オアシスの東10マイル地点


オアシスを日々の拠点として、各方向への探査を繰り返し始めて四日目。

未だにヴリトラもワイバーンも影を見せない。

男「…そろそろ引き返さないと、オアシスに戻れなくなるな」

時魔女「なかなか出て来ないねー」

星の副隊長「これより南は砂岩の大地が多い地域ですので、竜が潜む可能性は低いでしょう」

仕方が無い、明日はもう一度北の方向へ探査を進めてみる事としよう。

幼馴染「まあ、いいわ…オアシスを拠点としてからは、ちゃんと水浴びもできるし」

時魔女「誰かさんが覗くけどねー」

男「覗いてねえ!」


195 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 16:28:52 ID:r.NQjBHM

幼馴染「そういえば私、10歳くらいまでは男と一緒にお風呂入ってたのよー?」

男「余計な事まで言うな!」

時魔女「ひゃっほーう、女ちゃん妬けるー?」

女「子供の頃の事なんて、気にしませんっ」

砂漠の真ん中で、兵を引き連れて何を話してるんだか。

星の副隊長は別としても、女が三人寄れば姦しいのは当たり前なのかもしれない。

俺が呆れて目を逸らした、その時だった。

隊列の左手、緩い砂丘の肌がサラサラと崩れてゆく。

幼馴染「…地鳴り………!?」

次第に大きくなる大地の震え。

『…砂漠で地震のような大地の震えを感じたら、注意召されるますよう』

酋長の言葉が頭をよぎった、そして次の瞬間。

月の兵「うわああぁぁっ!」

隊列の最後尾でラクダを引いていた兵が叫ぶ。

振り返った先、そこで見たものは。


196 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 16:30:06 ID:r.NQjBHM

男「ヴリトラだ…!総員、散開!決して固まるな…!」

渇竜は砂中から顎を露わにし、ラクダを飲み込んでゆく。

弓兵が後ろ歩きに散開しつつ、矢をつがえ構えた。

男「魔法隊、凍結魔法準備!弓兵…放てっ!」

ヴリトラはまだ動きを止めたまま、獲物を飲み込む事に専念している。

砂から覗けているのは頭の半分ほどだろう、ここで時間停止をしても有効な攻撃は出来そうに無い。

どちらが下か上かもよく解らない、その巨大な顎に数十本の矢がたつ。

しかし刺さるのはその内の数本、うまく鱗の隙間に食い込んだものだけで、後はバラバラと砂上に落ちた。

サラマンダー戦で知ってはいたが、やはり竜の鱗は固い。

僅かな痛みに怒ったのか、ヴリトラが砂中に隠していた残りの体躯を露わにする。

幼馴染「大きい!オロチと同じくらいはある…!」


197 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 16:31:41 ID:r.NQjBHM

現れた黒い鱗を纏いし竜は、手も足も無い蛇のような姿だった。

胴体の太さは軽く10フィートを超え、体長はおそらく60ヤードに達するだろう。

男「時魔女!時間停止を!」

時魔女「了解…!魔力コンバート、時間停止モード…!」

しかし次の瞬間、ヴリトラは討伐隊の散開範囲を舐めるように見渡して、再度砂に潜ってしまった。

想像を遥かに超えるその潜行速度に、危機を直感する。

男「いかん!更に散開しろっ!足を止めるな…!」

女が俺の傍に駆け寄るが、兵だけでなく俺も止まっているわけにはいかない。

男「女、手を!走るぞ…!」

俺は女の手を左手で奪い、右手で剣を抜く。

その時、左前方の砂丘が盛り上がった。

星の兵「うわ…ああぁ…っ!」

姿を現す竜の顎、足を縺らせて転んだ兵がその牙にかかる。


198 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 16:32:26 ID:r.NQjBHM

時魔女「くっそ…!思ったより速くてロックオンできない…!」

海から現れるサーペントと違い、全く透明度の無い砂に隠れているが故に、現れる場所に予想がつかない。

時魔女が時間停止を発動できないのも無理は無かった。

咄嗟に目の端で捉えた砂丘の向こう、砂岩の一枚岩が覗いている。

男「総員、あの岩まで走れ!急ぐんだっ!」

俺と女が100ヤードほど離れたその岩に辿り着くまでに、更に三度の襲来を受け五人の兵が顎に飲まれた。

岩の上で振り返ると、まだここに達せず走る兵の姿もある。

男「早く…!早くしろっ!」

月の副隊長「いかん…!」

その中の一人、最も遅れていた者が転ぶのが見えた。

その一人とは…

月の副隊長「くっ!…竜になど飲ませるものかっ!」

叫んだ彼は、倒れた星の副官の元へ走った。

彼女の直下、砂丘が揺れる。


199 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:34:02 ID:r.NQjBHM

男「副隊長っ!回避しろ…!」

星の副官の周囲の砂が盛り上がり、竜の顎がせり出した。

駆け寄った我が副官が、星の副官を抱え逃れようとする。

閉じられんとする巨大な顎。

女「…させないっ!」

その寸前、竜の口の中に5フィート程の氷塊が生まれ、顎は完全に閉じきらなかった。

かろうじて2人はその牙を脱し、砂上に倒れ込む。

月の副隊長「星の副官殿!早く岩に…!」

星の副隊長「しかし!」

伏せたままの我が副官の周りの砂には、夥しい量の血が染みていた。


200 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:34:41 ID:r.NQjBHM

ヴリトラは既に砂中に沈み、いつまた二人を襲うとも知れない。

最も近い位置にいた兵士数名が駆け寄り、負傷した副隊長を抱え上げた。

時魔女「座標、ロックオン!」

刹那、岩盤上から時魔女の姿が消える。

彼女の姿が移動したのは、副隊長らから5ヤードばかり離れたところ。

すぐにまた胸に手を翳して魔力を変換し始めているが、彼女はその場で立ち尽くし動こうとしない。

時魔女「空間跳躍モード、コンバート完了…座標よし!」

囮となった彼女の周囲で砂が弾ける。


201 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:35:14 ID:r.NQjBHM

一瞬にして露になり、ばくん…と音をたてて閉じられる顎。

男「時魔女は…!?」

時魔女「ここにいるよー、ぎりぎりセーフ…」

俺のすぐ隣の岩盤上から、彼女の声がした。

副隊長も兵士に抱えられて、ようやく岩の上に運ばれる。

男「無茶な事を…、左足がズタスタじゃないか」

星の副隊長「申し訳ありません…!私が愚図な真似を…」

月の副隊長「何…そなたの上官殿がおらねば、命も無かったのだ」

男「時魔女、時間逆行は使えるか」

時魔女「連続して跳躍したから、少しの間は無理…何分かして試してみるから、ちょっと我慢して」


202 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:35:48 ID:r.NQjBHM

ヴリトラは時おり頭を出しては周囲を窺い、また砂中へと消える。

いつ砂上を這って攻めてくるかもしれない、そして今はまだ時間停止で安全を確保する事もできない。

岩盤上にいたところで、いつまで凌げるものか。

男(どうする…何とかして竜を砂上に留め、動きを封じなければ)


…竜は砂中を泳ぐ。


男「女…凍結魔法で氷を作るのは、どの位の大きさまでいける…?」


唯一、竜が砂上を這うのは。


女「完全詠唱で、直径5ヤード程の球形を作ってみせます」

男「それを何度、作れるんだ」

女「…4回…いえ、5回は」


集落が竜に怯えるのは雨の日…酋長はそう言った。


203 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:36:27 ID:r.NQjBHM

男「女、砂上に氷を作れ!球形じゃなく、できるだけ広い範囲に!できるだけ薄く…!」

女「…は、はい!」

彼女が完全詠唱に要した時間はおよそ20秒ほど、魔法隊のそれよりもずっと早い。

女「いきます!」

女が両手を砂漠に翳す。

耳の奥が凍りつくような甲高い音、砂漠の一部が厚さは3フィートほど広さは直径15ヤードに迫る円形の氷の板に覆われる。

男「魔法隊!火炎魔法を詠唱開始!合同ではなく、各自単体…!広い範囲を焼くつもりでいけ!」

魔法隊「はっ!」

男「幼馴染!あの炸裂の矢で氷を砕いてくれ!」

幼馴染「了解…っ!」

女「次!いきます!」


204 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:36:59 ID:r.NQjBHM

俺の考えが正しければ雨の日に竜が砂上を這うのは、砂中の水分の影響に違いない。

濡れた砂は乾いたそれより、ずっと重く泳ぎ難いだろう。

幼馴染「あらかた砕いたよ!」

魔法隊「火炎魔法、発動できます!」

男「氷を溶かすんだ!放てっ!」


『いかに渇竜といえど、水も無くては生きていけませぬ故…』


生きるために水を必要とするなら、他の生物と同じように空気も必要なはず。

湿った砂の中で、思うように呼吸はできまい。


205 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:37:30 ID:r.NQjBHM

氷を作っては砕き、溶かす。

最初の一地点の次は少し間を開けた地点に。

竜が顔を覗けた場所を取り囲むように、砂を濡らしてゆく。

足元に岩盤が露出しているという事は、竜のいる辺りも深くには同じ層があるのではないだろうか。

そうでなくとも砂丘の地下、集落のオアシス水面と同じレベルラインには、水脈があるに違いない。

だとすれば、竜の泳げる渇いた砂の範囲は既に無くなってきているはず。

女「…これで…最後です…っ!」

連続した完全詠唱の凍結魔法を繰り出し、女は限界に達していた。

最後の氷盤を砕いた幼馴染も片膝をつき肩で息をしている、やはり魔力を籠めた矢を射るのも負担は大きいのだろう。

火炎魔法を放つ魔法隊、彼らも同じなはずだ。

男「…ご苦労だった。岩盤の中央に寄り、息を整えろ」


206 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/02(土) 18:38:59 ID:r.NQjBHM

ここ数十秒、竜はその姿を現していない。

逃げたか…それとも。

時魔女「…砂が!」

星の副隊長「竜が浮上します!」

大きく盛り上がり、湿った砂を散らす砂丘。

その範囲は頭だけを露わにしていた時の比では無い。

男「苦しかったろう…息もできず、身動きもままならず」

最初に現れて以来、二度目…その全身を砂上に現した竜が俺を睨みつける。

その紅き右瞳は、怒りに満ちていた。


211 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 03:18:24 ID:yUTTq.qc

男「弓兵、一斉掃射!」

矢の弾幕が放たれる。

真っ直ぐにこちらへ這い進ませてはいけない。

砂が濡れた範囲から出す事も許されない。

男「魔法隊!動ける者だけでいい、凍結魔法で周囲を塞げ!」

魔法隊兵長「我ら魔法隊、動けぬ者などおりませぬ!貴様ら、命を魔力に変えてでも放て!」

魔法隊「おおおっ!」

男「よくぞ言った…!槍兵、俺に続け…!討って出るぞ!」

砂上に現れた竜の動きは幾分か鈍い。

尾による打撃を受ければひとたまりもないが、直接の攻撃は不可能では無いだろう。

男「正面は矢の弾幕を休めるわけにいかん!両側から攻めるぞ!」


212 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 03:19:52 ID:yUTTq.qc

竜の身体に剣撃を浴びせる。

男(やはり固い、切り裂く事はできないか…!)

槍兵の攻撃は鱗の隙間を突き、小さくもダメージを与えている。

しかしこれではとどめを刺すには至らない、この巨体を相手に消耗戦など挑むべきでないのは明らかだ。

男(…剣がたたないまでも、刃こぼれをするほどじゃない。金剛石よりは弱かろうよ!)


《充填開始…10%…30%…50%》


握った剣に闘気の光が蓄えられてゆく。

「弓兵!掃射をやめろ!」

俺は竜の眼前を目指し、駆けた。


213 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 03:21:17 ID:yUTTq.qc
………


月の副隊長「時魔女殿!隊長殿は一撃で決するおつもりです!時間停止の補助を…!」

時魔女「でも!今、時間停止を使ったら副隊長さんの足を治せなくなっちゃうよ!」

月の副隊長「私の足ごときと指揮官の命!どちらが重いかなど、比べるにも価せぬ事!早く…!」

時魔女「う…うう…ごめん、副隊長さん!魔力コンバート、時間停止モード!」

月の副隊長「それでいい…頼み申す」

時魔女「目標ロックオン…!」


214 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 03:21:54 ID:yUTTq.qc
………



《…70%…90%…》


竜がその大顎を開く、俺に喰いかからんと咆哮をあげる。

しまった、竜が俺に相対する姿勢になるのが予想以上に早い。

剣を振るうのが間に合わないかもしれない、いったん間合いを取り直すべきか…そう考えた時だった。

前触れも無く、重力に対して不自然な体勢で動きを止める、渇竜。

時魔女「男!早く…!七竜を長くは止められないっ!」

男(時間停止か…!今しか無い、一撃で仕留める!)


《…100%、充填完了》


サラマンダーに対してそうしたように顎の中を貫くべきか。

しかし地に堕ちた際の火蜥蜴よりも、ヴリトラが地上を這い回るスピードは速い。

とどめを刺し損なえば、この竜は女達のいる岩盤に迫るだろう。


215 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 03:23:09 ID:yUTTq.qc

ならば、狙うのは心臓だ。

男「頼むぜ…剣よ!」

開かれた竜の口の付け根に剣を振るい、刃をたてたまま胴を切り裂きつつ体躯の側面を駆ける。

男(いいぞ…切れる…!)

闘気の充填された剣は、その鱗を布のように切断した。

しかし巨体の三分の一ほどまで刃を進めた時、不意に切っ先が重くなる。

男(光が失われてる…剣から闘気が果てたのか…!)

同時に動きを取り戻し身を捩り始める竜、そして流動を得て吹き出す鮮血。

俺は剣を抜き、数歩ほど竜から離れた場所で砂上に膝をついた。

男(くそ…やはり動けん…!竜は…!?)

血を撒き散らしながら、竜は暴れている。

しかし、その動きは力を失ったものではない。

剣撃による傷は竜の心臓にまで達してはいなかったのだ。


216 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 03:24:41 ID:yUTTq.qc

怒りでより紅く染まったかに見えるその右瞳が、動けない俺を捉える。

男「くそっ…!」

切り裂かれた胴の力を奮い、ヴリトラは鎌首をもたげた。

顎を開き、勝ち誇ったかのような咆哮をあげる。

それを見ながら、俺は逃げる事も叶わない。

幼馴染「男が近過ぎる…炸矢が射てない…!」

女「男さんっ!」

霞む視界の端、女が岩盤上から駆けてくるのが見えた。

男「いかん!来るな…!」

女「…嫌ですっ!」

数名の槍兵も事態に気付き、動こうとしている。

しかし間に合う程に近くはない。

時魔女「魔力コンバート!…くそぉっ!まだロード出来てない…!」

ヴリトラの牙が迫る。


217 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 03:25:28 ID:yUTTq.qc

「男さん…!」

女が俺の身体を抱き庇おうとした時、不意に周囲が暗くなった。

竜の顎に飲まれたか…いや違う、日が遮られたのだ。

未だ渇竜の牙は俺達に届いていない。

男「うおっ…!?」

女「…きゃあっ!」

事態を理解出来ぬまま、今度は強烈な突風を受けてよろめく。

俺は女に支えられながら、砂上に陰を落とす主を見た。

そして俺は息を飲む、心臓が強く動悸を打つ、恐怖とは違う感情をもって身体が震う。

渇竜の首に喰らいつき、低い空中に留まるその姿は。

纏うは赤黒い艶を湛えた鱗。

サラマンダーのそれより、遥かに長く禍々しい六枚の翼。

そこにあったのは、忘れようもなく夢にすら見た…あの翼竜。

男「ワイバーン……!」


218 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 10:09:29 ID:BGSTdDgI

俺の頭上に鮮血の雨が降る。

翼竜は首に喰らいついたまま自らの身体を捻り、ついにヴリトラの頭部を噛み千切ったのだ。

男(竜が竜を喰らうだと…!)

俺の指示を待たず、弓兵がワイバーンに矢を放つ。

俺は女と槍兵に肩を貸されながら、少しの間合いを確保した。

男「掃射を止めろ…!翼竜を刺激するな!」

本当なら今すぐにでも、この竜を地に堕としたい。

でもおそらくそれは叶わない、この状態で挑めば悪戯に兵を消耗するだけだ。

女「翼竜が飛びます…!」

男「くっ…!」

また襲いくる突風に砂が煽られ、まともに目が開けられない。

そうでなくとも剣撃以来、視界は霞んだままだ。

次の瞬間、既に翼竜の姿は遥か高みにあった。


219 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 10:10:01 ID:BGSTdDgI

ヴリトラの首を咥えたまま、隊の上空を旋回する翼竜。

男(このまま去るのか…?)

まるで隊を嘲笑うかのようにゆっくりと羽ばたき、やがて身体を真っ直ぐこちらに向けた。

明らかに俺のいる位置を目指している。

月の副隊長「隊長…来ますぞ…!」

見る間に大きくなるその姿、その速度を前に躱しようがないのは明らかだった。

《充填開始…5%…7%…》

剣のトリガーを握るも充填が遅い、俺に力が残っていないせいなのだろう。

男「くそおぉっ!」

眼前に迫る竜に成す術も無い。

しかしその憎むべき悪魔は攻撃を加える事なく、佇む俺と女の頭上をフライパスする。

そしてそのまま再度遥か上空へと昇り、やがて砂丘の向こうへと姿を消した。


220 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/03(日) 10:10:32 ID:BGSTdDgI


《…18%…20%…》


誰も声を発しない静寂の中、剣の人工的な音声だけが虚しく呟いていた。

トリガーを握ったまま、充填を続けるそれを砂に突きたてる。

男「くそっ…畜生おおおぉぉぉっ!」

俺は剣の柄に両手を掛け、膝を衝いて吼えた。

あの竜に救われるなんて。

ヴリトラから、そして翼竜自身から。

たった十数フィート、あと僅か低い高度を翼竜が通過していれば俺も女も弾き飛ばされ死んでいた。

それは容易い事だったはずだ、なのに翼竜はそうしなかった。

男「殺すまでもないってのかよ…!くそがっ…!」

俺は、確かに見た。

七竜に挑もうとするちっぽけな人間を憐れむかのような、翼竜の瞳を。

その右瞳が紅ではなく、紫に光っていたのを。


221 名前:1 [sage] 投稿日:2013/11/03(日) 10:13:32 ID:BGSTdDgI
ここまで
くそう、大事な七竜戦だってのに盛り上げ切れねえもどかしい



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