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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
- 1 名前:深夜にお送りします []
投稿日:2013/10/19(土) 12:42:18 ID:WEHvgTN6
切り立った岸壁の合間、けたたましい咆哮が響く。
男「火炎警戒!防御体勢!」
ありったけの大声で俺は叫んだ。
間も無く紅蓮の炎が周囲を総なめにする。
弓兵「うあぁぁぁ!熱…っ!熱いっ!」
男「魔法隊、消火!弓兵隊は一斉掃射だ!翼を狙え!」
兵士達「はっ!」
火炎の主、巨大なサラマンダーが大きく羽ばたき、矢の弾幕から逃れようとする。
男「馬鹿め、何のために谷間に誘い込んだと思ってやがる」
ジリ貧のような撤退戦を演じ、一番谷の幅が狭まるエリアまで誘い込んだのは、この巨体の動きを封じるためだ。
- 2 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:43:10 ID:WEHvgTN6
副隊長「くっ!また火炎がきます!」
男「怯むな!諸君らの双肩にはこの戦いで既に散った英霊が宿るものと思え!あの醜き翼を切り裂き、竜を地にひれ伏させるのだ!」
恐怖を振るい、激しさを増す矢の掃射。
竜が息をする間を奪い火炎の吐出を防ぐには、この手を休める訳にはいかない。
男「よし!動きが止まった!魔法隊、雷撃魔法!略式詠唱だ、威力は低くてもいい!」
数秒の後、竜の頭上の空間に小さな黒雲が渦を巻く。
男「放て!」
俺が手を振り下ろすと同時に竜を襲う、青白い閃光。
詠唱の大半を破棄している分、威力は竜に大きなダメージを与えられる程のものでは無い。
狙いはその電撃によって竜の筋運動を阻害する事だ。
矢の掃射で既に穴だらけになった翼、その羽ばたきまで意のままにならなければ、もう巨体を浮かせておく事は出来ないだろう。
- 3 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:43:47 ID:WEHvgTN6
副隊長「隊長!竜が堕ちます!」
男「この機を逃すな!槍兵隊は背後に回れ!弓兵隊、竜の脚を狙い歩ませるな!盾兵は前方で威嚇、火炎吐出を引き寄せろ!」
弓兵「男隊長殿、首は…!?」
男「首は、俺が獲る!」
竜の注意が目の前の盾兵隊に逸れた一瞬の隙をついて、俺は地に伏せられた翼を駆け上がる。
そのまま長い首を伝い、後ろ角を掴もうと手を伸ばす…その時、竜がぐるりと首を回し俺の方を睨んだ。
その紅き右眼に、俺の姿はどう映っただろうか。
男「よう、手間かけてくれたな」
腰からダガーを抜き、最も手近な竜の首部分の鱗の隙間に突き立てる。
そして俺はそれに足を掛け、竜の頭部めがけて跳んだ。
- 4 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:44:25 ID:WEHvgTN6
竜が口を開け、周囲の空気を吸い込む。
男「遅いんだよ、火蜥蜴」
両手剣を前に構え、そのまま竜の顎へ。
口の中から上顎を貫く様に刃を立てて思い切り振り下ろし、内側から眉間を切り裂く。
その一撃は確実に急所を捉え、竜は火炎ではなく鮮血を散らせながら地に崩れた。
男「とどめを刺すぞ!魔法隊、凍結魔法!完全詠唱で心臓を狙え!」
魔法隊はすぐに詠唱を開始する。
およそ30秒を要する完全詠唱の凍結魔法、それを心臓に喰らえばもう生きてはいられまい。
副隊長「詠唱、完了します!」
男「よし総員退避!魔法隊………放てっ!」
刹那、周囲の空気が氷点下に変わる。今までに無いほど冴え渡る、魔法隊の渾身の鉄槌。
散った七つの御魂に報いたい、その想いが彼らに能力を超える程の力を与えていた。
- 5 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:45:00 ID:WEHvgTN6
サラマンダーの巨体が力を失い、長い首が地面を打ち付ける。
大きく口を開き火炎を蓄えようとするも、もう周囲の空気を吸い込む事もできない。
最期の咆哮は弱々しく、狭い谷間を震わせる事すら叶わなかった。
弓兵「ざまぁみろ!隊長、やりましたよ!ついに憎きサラマンダーを仕留めた!」
盾兵「見ろ!火の大蜥蜴が凍りついてるぞ!」
討伐隊員達はみな肩を叩き合い、勝利を噛みしめている。
男「皆よく戦った。俺は今日この時、諸君らと共に戦えた事を誇りに思う。願わくばこの竜の断末魔が散りし英霊の鎮魂歌たらんことを!」
兵士達「おお、万歳!男隊長万歳…!」
- 6 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:46:35 ID:WEHvgTN6
……………
………
…
…月の国、城内。謁見の間。
月王「いや、愉快じゃ!今宵の酒のなんと美味き事よ!」
王は空になった葡萄酒のグラスをもたげ、大きな声で笑った。
男「お言葉ですが、王。今回の討伐では勇敢な戦士7人の命が失われております。どうか今宵の酒は亡き者達を弔うためのものでありますよう」
月王「…うむ、そうであったな。しかし男よ、その事を自ら責めるでないぞ。お前の隊より以前では二百人の兵を送り、その全てが竜の顎に飲まれたのだ」
そこまで言って王は玉座から立ち上がり、俺の前まで歩み寄る。そして膝まづく俺の肩に手を置き、「顔を上げよ」と促した。
- 7 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:47:05 ID:WEHvgTN6
月王「わしはお前がわずか五十の兵で討伐に向かうと聞いた時、その正気を疑った。しかしお前は見事、竜を討ち戻ってきた。わしは驚嘆しておる」
男「もったいなきお言葉」
月王「さあ宴じゃ。立たれよ、勇士殿」
王がぽんぽんと手鼓を打つ。
控えていた侍女達が赤い絨毯の上に白布を広げ、手際良く宴の準備が整えられた。
月王「男よ、我が国で初めてのドラゴンキラーよ、その武勇譚を話してくれ。散った戦士達がいかに勇猛であったかを」
男「…はっ」
- 8 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:47:42 ID:WEHvgTN6
……………
………
…
…城内、男の部屋。
男「…ふぅ」
少々飲みすぎた。
俺の隣りに座った侍女が際限なく注いでくるのだから仕方が無い。
俺はベッドに腰掛け、石積みの壁にもたれかかった。冷たい石が酒に火照る背中に心地いい。
やはりああいう席は苦手だ。
そもそも俺は城みたいな堅苦しい所自体が好きじゃない。
まして本当の俺は、討伐隊隊長として兵を連れ歩くような男じゃあない。
この国の中でも辺境の村、そこで田畑を耕す農夫だったのだから。
- 9 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:48:13 ID:WEHvgTN6
ただ自分でいうのもなんだが武芸に長けていた、それだけの事。
幼い頃、突然村に現れた竜に両親を殺された。その時からいつか仇を討つ事を誓い修練を絶やさずにいた。
そんな俺の噂がいつしか王の耳に届き、呼び寄せられたのだ。
そしてその王の目の前で、王国最強とうたわれた近衛兵長を打ち倒した。
王は俺に部隊を持たせ、竜討伐の任を命じた。俺はついに親の仇が討てると考え、それを受けた。
それが今回のサラマンダー討伐の成り行きだ。
- 10 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:49:11 ID:WEHvgTN6
…とんとん
扉がノックされる。
男「どうぞ」
ベッドに座ったまま返答すると、きい…という音を軋ませて木の扉が開いた。
???「失礼いたします」
その扉の向こうに立っていたのは若い女性。
そういえば先の宴の席で王は、最初の約束だった金貨以外にも褒美をとらせると言っていたっけ。
それを持ってきた侍女…にしては少々身なりが良すぎる。
???「王より仰せつかりました」
男「…何を?」
見る限り彼女は何も手にしていない。
男「あー、…そういう事か」
- 11 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:49:42 ID:WEHvgTN6
つまり彼女自身が褒美だ、と。
???「…はい」
男「んー、まあ…入りなよ」
女性は部屋に一歩入ると、木扉を静かに閉めた。
部屋の灯りに照らされ、より鮮明に浮かんだ女性の姿は素晴らしく美しいものだった。
この上なく整った顔立ち、清楚な立ち姿、派手過ぎずも煌びやかな装飾品と上品な白い絹の衣。
ふんわりとしたシルエットの服だが、彼女の魅惑的な身体の線は充分に見てとれた。
なるほど…これはすこぶる上等な褒美には違いない、けれど。
- 12 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:50:15 ID:WEHvgTN6
男「えーとね、でも俺…そういうのはいいから」
???「そういうの、とは」
男「つまり、あれだろ?王は褒美として、俺に君自身を与えようと」
???「はい」
男「うん、だから…それは気持ちだけでいいんだ。なんなら朝まで部屋にいてくれてもいい。王には俺が大層喜んだと伝えてくれたらいいよ」
???「…そうはまいりません」
男「ほんと、気にしないで。俺からも王に礼を言っておくから。その…なんだ、夜伽はした事にしてさ」
その言葉を聞いて、女性は目を伏せた。
どうも居た堪れない。
俺はベッド脇のテーブルにある水瓶を手に取りぐい…と煽った。
- 13 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:50:45 ID:WEHvgTN6
???「それでは…困るのです」
男「…なんでだ?」
???「王から仰せつかったのは、夜伽だけではないからです」
男「ん?」
???「私は、男様の妻とならなければなりません」
男「う…ぐっ!?」
あまり予想外の言葉に、水が気管に入りむせてしまう。
男「つ…妻って」
???「ですから、もし断られてしまうと私は居場所が無くなってしまいます」
男「いやいや、単に俺がまだ結婚する気はないからって言ったように伝えればいいんじゃないか?」
???「…一度婚姻の申し出を反故にされた皇女など、もうどこに嫁ぐ事ができましょう。どうしても私を要らぬと申されるならば、どうぞ男様の剣でひと思いに」
- 15 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:51:28 ID:WEHvgTN6
男「ちょっと待て、今…皇女って」
???「はい、私は月の国第七皇女。名を『女』と申します」
…これは参った。
確かに他の国に出遅れ竜討伐の戦士、ドラゴンキラーを今まで有していなかったこの国にとって、俺の存在は大切なものなのだろう。
しかしだからといって、まさか王族に取り込もうとするとは。
男「……どうするかな」
女「男様が躊躇うのも無理はありません。先に申した通り私は所詮、第七皇女…皇后ではなく妾の娘に過ぎませぬ故」
男「そんな事を言ってるんじゃない、俺はまだ結婚なんて考えていないんだ。君が魅力的じゃないわけでなく、単に突然過ぎて…」
落ち込んだような彼女の瞳に、慌てて弁明の台詞を並べたてる。
しかしどうもそれが滑稽に思えて、自分で可笑しくなってしまった俺は言葉を途中で飲み込んだ。
- 16 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:52:07 ID:WEHvgTN6
男「ふっ…はは…何を言ってるんだろうな、俺は。まさかこんな話をするとは、五分も前には考えていなかった」
女「私は真剣です、男様…」
男「ああ、解ってる…。君の事情も、なんとなく察せられるよ」
彼女は自分を妾の娘だと言った。
きっと王から俺の妻となる命を受けた以上、それにが叶わなかった場合は本当に居場所を失いかねないのだろう。
女「…では」
女は自らの纏う絹の衣の、腰まわりを結うリボンを解こうとした。
男「ちょっと待った、だからといって今夜の伽は不要だ」
女「しかし…」
男「君を妻とすれば、王の命は果たされるんだろう?…俺は舞踏会の色ボケした貴族のように、知り合ったばかりの女を抱くような趣味は無い」
と…いうか、女を抱いた事自体が無い。
まあそれは今、このタイミングでは言うまい。
- 17 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 12:53:44 ID:WEHvgTN6
男「一応、形式上という事で王の厚意は受けよう。よろしく頼む…女」
女「はい…ありがとうございます」
男「何を礼を言う事があるんだ。本当は俺みたいな田舎農夫の妻になるようなつもり、無かっただろうに」
女「…それは否定はできません」
男「ははっ…言うじゃないか。いいな、そういう方が付き合いやすい」
ふと女を見ると、その頬を涙が伝っていた。
その透きとおった美しい青い瞳は、一層の輝きを湛えている
きっと突然の命に、よほど覚悟を決めてこの部屋を訪れたのだろう。
男「夫婦となるなら、互いを知らなきゃいけないだろう。今夜は俺が眠るまで、君の事を教えてくれないか。…俺も話すから」
女「は…い…」
男「うん…泣き止んでからで、構わないよ」
それから十分余り、彼女は少し肩を震わせながら泣いた。
- 18 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/19(土) 12:54:46 ID:WEHvgTN6
ひとまずここまでにします
- 19 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:06:10 ID:YH1HGpeo
次はいつになるんだ?
- 20 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:42:12 ID:WEHvgTN6
いったん台本形式で書いてたやつを地文ありに改変しながら投下してる
話は決まってるのでけっこう頻繁に投下できるとは思うけど
夜に書き溜めて昼の仕事の合間に調整してだから、昼休みや仕事終わりの投下が多くなると思います
- 22 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 20:22:14 ID:pM78Uj06
……………
………
…
男「驚いたな…じゃあ君は皇女でありながら、この国で一番の魔導士だってのか」
女「国中で一番かは判りません。王都以外にどのような方がいるかも知れませんので」
それはそうだ。
魔導士と剣士の違いはあれど、現に俺自身がそうだったのだから。
男「ああ…まあね、でも少なくともこの王都では最強という事なんだな」
女「…男様は既に今後の命を受けておられるのですか?」
男「いや、まだ聞いていない。明日の朝また謁見するよう言われてるから、そこで何かあるかもな」
急に話題を変えられたようだが、おそらく違う。
この流れで、次に彼女が言う事はおよそ想像がついていた。
- 23 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 20:23:01 ID:pM78Uj06
女「夫を支える事こそ妻の役目。今後の遠征、私も同行させて頂きます」
男「うーん…」
その魔力がいかに強大だとしても、やはり女性を遠征に連れ歩くのは躊躇われる。
でも先のやりとりから彼女の芯の強さは窺えた、だから多分。
男「駄目だ…と言っても、通じそうに無いね」
女「…察して頂いてありがとうございます」
男「仕方ない…ただし戦場では俺の命をきいてもらうぞ」
女「度々申しますが私は男様の妻、戦場にあらずとも己の誇りに背かない命であれば、何なりと従いましょう」
男「だからそれは形式上だって…」
しばらく話す内に夜は更けていた。
さすがに遠征から戻ったばかりで酒が入れば、いつもより早く眠気が襲ってくる。
- 24 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/19(土) 20:24:03 ID:pM78Uj06
男「…だめだ、もう眠い。君も部屋に戻りなよ」
女「私の寝所は今宵から男様の部屋です」
男「…だと思った」
おそらく俺がソファで寝ようとしても、彼女はそれを許さないだろう。
かといって皇女たる彼女をソファで寝かせるわけにもいかない。
男「どうりで部屋に入った時、前と違ってベッドが二人用になってると思ったんだよ…」
女「…失礼して、よろしいでしょうか」
男「どうぞ、何もしやしないよ」
女「夫が妻を求める事は当たり前と存じます。私の誇りに背く事ではありません」
男(…さっき安心して涙を零す姿を見ておいて、それを裏切るなんてできないだろ)
彼女は俺に背を向け、そっと隣で横になる。
その綺麗なうなじにハッと目を奪われた、その位は仕方が無いと思う事にしよう。
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