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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
162 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:33:53 ID:wvXawXYo

………



港町の外れ、砂浜を女と二人で歩く。

竜討伐の命に気は急くものの、伝令文の更に続きには増援の兵を送るために数日この町で待機の指示が記されていた。

もしかしたら七竜との連戦になる可能性もある、確かに増援は必要だろう。

男「さっきは参ったな、結構いい雰囲気だったんだけど」

女「すみません…部屋に戻った時に鍵を下ろしておけばよかったものを」

男「お前のせいじゃないよ、別に時魔女が悪いわけでもないし」

話しながらゆっくりと、足は砂浜の端に見える岩場に向いていた。

そこへ歩むのは無意識か、それともわざとか…その岩場なら人目につかないところもあるだろう。

女もそれを察しているかもしれない。

海岸、波の音、潮の香り、人目につかない岩場…狙い過ぎだろうか。


163 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:34:25 ID:wvXawXYo

…しかし辿り着いた岩場には。

月の兵A「あ、隊長殿!」

月の兵B「散歩ですか、待機継続ですものね」

こいつらの顔、見覚えが強い。

昨夜、俺に順番に挑んできた最後の二人だ。

男「…お前ら、ここで何を?」

男二人で人目につかない岩場って、理由によっては隊の在り方を考えなければならない。

まあ二人が提げた麻袋をみれば、およそ察せられるが。

月の兵B「この岩場、栄螺や雲丹が採れるんですよ」

月の兵A「さっきなんか小振りですが鮑を拾いました、晩酌が捗りますよ」

兵が開いた袋の口を覗いてみると、ごろごろと型の良い栄螺が重なっている。

男「…なるほど。だがこの町の漁師はそれらで生計をたてているんだ、程々にしろよ」

月の兵A「自分らの晩酌のアテになれば充分ですから、もうここまでにします」

月の兵B「隊長殿も拾ってみては?…ああ、さすがに今日はもう酒は召されませんかね」


164 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:35:54 ID:wvXawXYo

男「まあ昨夜さんざん飲んだ…いや、飲まされたからな。…他でも無い貴様らに」

月の兵A「覚えておいででしたか…確かに自分らのせいですが、大変でしたよ。隊長殿を部屋まで運ぶのは」

月の兵B「引きずってベッドに寝かせても、いっさい目を覚ましませんでしたからね」

男「俺は酒に酔って寝たら起きない事で有名なんだ。まあ、一応すまなかった…と言っておこうか」

兵士二人は軽く会釈をして、すぐに岩場を離れてゆく。

たぶん女を連れた俺に気を遣ったのだろう、これで本当に人の目は無くなった。

…少し雰囲気は失われてしまったように思うが。

男「…あれ?」

女「………」

そこで俺は、ある事に気付く。

先の兵士の言葉が正しければ…

男「兵に引きずられて…ベッドに…?」


165 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:37:07 ID:wvXawXYo

女「か…帰りましょう、男さん!」

男「…いっさい目を覚まさずに?」

女「そうだ!また波止場の近くの露天で牡蠣を食べませんか!?」

急にあたふたと挙動を乱す女。

俺の中に芽生えた疑念が、確信に近付く。

さあ、どうする…?

女「この間の焼き牡蠣、美味しかったです!食べたいですっ!」

いかにも普段らしくない女の態度からして、おそらく俺の予想は違わない。

女「そう、今度は時魔女さんも誘いましょう!それがいいです!」

でも、ここでそれを糾弾するのは無粋じゃないか、女に著しく恥をかかせる事になる。

女「ええと…あの、あの…!」

俺は女が望む通り露天市に行こうと考え、その旨を言おうとした。

男「じゃあ」
女「ごめんなさいっ…!」


166 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:38:20 ID:wvXawXYo

しかし、少し間に合わなかった。

突然の謝罪、彼女の方が罪の意識に負けてしまったらしい。

女「だって!だって、仕方なかった!突然に幼馴染さんが現れて…彼女は昔、男さんの事が好きで…!」

男「女、もういいから…」

恥ずかしさのせいなのか、彼女は顔を真っ赤にして目を潤ませている。

女「私よりずっと男さんの事、よく知ってて…一緒に過ごした時間は比べものにならなくて…」

ひと滴、ついに涙は頬を伝う。

俺は疑念を抱いた時に、それを口にしてしまった事を悔やんだ。

女「私は男さんの妻なのに…それは形式上の事で…夫婦なのに、口づけすらした事…無くて…」

そもそも悪いのは俺だ。

婚姻を形式上の事にしたのも、夫婦だというのに彼女の手さえ握らなかったのも。


167 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:38:53 ID:wvXawXYo

男「女、顔を上げろ」

彼女がそれに従うより先に、俺はその背中に手を回して華奢な身体を抱き寄せた。

女「………!」

驚いて上を向いた女、その唇を強引に奪う。

彼女の身体が強張り、やがてその力を抜く。

数秒の口づけを終えて、俺より小さなその身体を解放しようとした時、今度は俺が彼女の細腕に抱き締められた。

俺の胸に顔を埋めて、ぐいぐいと首を横に振る。

きっと涙を拭いたんだろう。

そして今は顔を見るな…という事なんだろう。


168 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/31(木) 19:40:35 ID:wvXawXYo
とりあえずここまで


169 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/31(木) 20:39:23 ID:w08zgaYA
女さんやるねぇ


170 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/01(金) 12:23:10 ID:j/P9IH5Q
乙( ゚∀゚)2828


171 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:45:48 ID:chjj9IH6
……………
………


…三日後


月の副隊長「総員、整列!」

昨夜、月の増援部隊が合流して総勢120名を越す規模となった討伐隊。

その全員が普段は運輸物資の集積場所となっている港の広場に整列した。

目の前には隊の専用艇として確保された三隻のキャラック船が出港の時を待っている。

これまで以上に本格的な部隊を率いる事となった今、元々の軍人ではない俺は些かの気後れを覚えていた。

男「合流部隊諸君、長旅ご苦労だった。…しかし参ったな、こんな大所帯の指揮など慣れるものじゃない」

元々の討伐隊、既に気の知れた仲間達が小さく失笑する。

きっと笑いは噛み殺したのであろう増援部隊の面子も、この部隊の隊長たる俺が最近まで農夫であった事くらいは知っているだろう。

男「まあ…今は気楽に聞いてくれ。これより我が隊は海を超え、旭日と落日の間に広がる砂漠を目指す。…長い旅になるだろう」

天候が良くて航海が六日、そこから砂漠までの行軍も十日ではきかない。

男「おそらく戻る頃には季節すら変わろう。それほどの時を共に過ごし死線を超える我々は、国も故郷も越えて一つの絆で結ばれるべきだと思う」


172 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:46:24 ID:chjj9IH6

行軍の間には雑多な魔物との交戦もあるだろう。

環境の違いに身体を悪くする者もいるかもしれない。

その時に長たる俺が気後れなどしていてどうする。

男「家族にも似た絆だ。俺は諸君らの全てを率き連れて戻りたい。…問おう、俺に命を預けられるか」

全兵「「「サー、イエッサー!」」」

男「諸君らにもそれぞれの家族があろう。しかし今これからは我々部隊がその代わりだ。家族を護るように、隣に立つ仲間を庇い、護ると誓えるか」

全兵「「「サー、イエッサー!」」」

男「ならば我ら家族の想いは一つだ。必ず竜を討ち、全員が生きて帰り、祝杯を交わす。…それ以外の戦果は望まん!」

全兵「「「サー、イエッサー!」」」

男「目指す栄光は海原の向こうにある。…総員、乗船せよ!」


173 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:47:28 ID:chjj9IH6
………


…一時間後


男「うええぇぇぇぇぇ」

幼馴染「船酔いなんて情けないなあ…」

仕方ないだろう、こんな大きな船に乗った事なんて無い。

大きな船の方が揺れは少ないと言うけれど、そもそも波の無い川でカヌーより少し大きい程度の運搬船にしか乗った経験は無いのだ。

男「うぅ…この大きな間隔の揺れが、死ぬほど気持ち悪い…」

幼馴染「はぁ…演説は格好良かったのに、見る影も無いね」

うるせえ、罵るだけならどっか行け。

俺には口づけも交わし絆を深めた女がいる…

女「………くっ」

男「今、笑ったよな」

もういい、ほっといてくれ。


174 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:48:14 ID:chjj9IH6

見張り兵「9時方向の島嶼より飛来する影あり!数は10…いや、12です!」

男「副隊長…頼む」

女「しっかりなさって下さい、副隊長殿は二番艦にご搭乗です!」

男「じゃあ時魔女…」

幼馴染「時魔女ちゃんは三番艦」

そうか、そうだった。

見張り兵「敵影はバルチャー!かなり大型です…!」

男「…どうせ剣も槍も届くまい。弓兵…魔法隊、応戦せよ。…うえええぇぇぇ…」

幼馴染「どの口がさっき隣の兵を護れって言ったのよ」

男「…今は俺を護ってくれ」

不服を垂れながらも幼馴染は弓を構える。

女「ふふ…私は嬉しいです。たまには夫に頼られないと」

男「…よろしく」


175 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:50:36 ID:chjj9IH6
幼馴染「与一流、炸矢…!」

鋭く矢を射る幼馴染。緩い弧を描き怪鳥を目指す矢は、相手の回避によって目標を捉え損なったように見えた。

しかし矢がその怪鳥の翼下をくぐろうとする時。

幼馴染「そんなに小さく躱しても意味は無いわ」

閃光と共に矢が炸裂する。

つがえていた矢は普通の鏃に見えた…という事は、これも魔力を籠めた旭日の弓術なのだろう。

女「…翼を焼き払います」

ほんの数秒、略式にしても短い程の詠唱を経て女が手を翳す。

一瞬にして火に包まれる翼、なす術無く堕ちる巨鳥。

幼馴染「惜しげも無く魔法使ってたら、魔力がもたないわよ?」

女「あら、ここは海の上ですから…矢こそ大事にしないと回収できませんよ」

幼馴染「…言うじゃない」

女「ライバル視してますから」

互いに憎まれ口のような言葉を交わしながらも、最初の夜のように深刻な雰囲気ではない。

関係はどうあれ、二人は馬が合う存在らしい事は解ってきていた。


176 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:52:23 ID:chjj9IH6

他の兵士の活躍もあり、バルチャーの襲来は被害無く乗り切る事ができた。

このまま沖へ進み、周りに島などが無い辺りになれば水中に棲むもの以外の魔物は現れなくなると思われる。

水中の魔物にしてもサーペントのいない今、この大きさの船を襲える者などそうはいまい。

男「おえええぇぇぇ…」

後の悩みはいつ俺が落ち着くか、それだけだ。

男「女…水、頼む」

女「なんだか私、飯炊き女ならぬ水汲み女みたいですね」

口づけを交わして以降、当たり前だが女との仲はより親密になったと思う。

もう最初のように気を遣う事も無く、こうして冗談すら言ってくれる程だ。

女「はい、どうぞ…あ、ちょっと待って下さい」

女は渡そうとした器を左手に持ち直し、右掌を胸の前で上に向けると何かを小さく唱えた。

きんっ…という音と共に、その掌の上に現れる氷塊。

女「あら、少し大き過ぎました…器に入りきっていないので、気をつけて飲んで下さい」

男「…便利なもんだな」

冷えた水を喉に通すと、幾分か胸がすっきりした気がした。


177 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:53:10 ID:chjj9IH6
………


船旅も三日目になると、すっかり船酔いもしなくなった。

でもそれは今回に慣れただけで、帰りがけの船ではまた発症するのだろうか。

男(七竜に挑むんだ、帰りの心配をするのは早いか…)

俺は遠い水平線を見遣りながら、迫る戦に想いを馳せる。

七竜、特にワイバーンに対しては命を賭して挑むつもりだ。

兵に対する伝令では総員生きて帰る旨を語ったが、サラマンダー戦でも七人が散った事を思えば難しい話なのは解っている。

人の命は皆、平等な筈だ。

この隊の全てが家族だ…そう兵達にも告げた、それは嘘じゃない。

でも誰よりも、隣に佇む女を死なせたくないと思うのは仕方のない事だろう。

女「…水平線の景色は素敵ですけど、こうも毎日それしか見えなければ退屈ですね」

男「まあな…俺は落ち着いて眺められるようになったのは、今朝くらいからだけど」

女「あはは…そうでしたね」

このごろ女は、よく笑うようになったと思う。


178 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:53:52 ID:chjj9IH6

女「あら…?幼馴染さん、船尾で何をされているのでしょう…」

見ると幼馴染が船尾の低くなったところで、何かごそごそと弓を弄っている。

男「何してるんだー?」

幼馴染は声に気付き、こちらを振り返った。

そして弓を高く掲げて「まあ見てて」と大きな声で告げた。

遠目で判りにくいが、弓には弦が張られていないように見える。

幼馴染「てーい!」

彼女が海に向かって振りかぶる、その仕草でピンときた。

男「釣り…か、アイツも暇だったんだな」


179 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/01(金) 17:54:24 ID:chjj9IH6

女「楽しそう、見に行きましょう」

言うより早く女は船尾に向かって歩き出した。

皇女という立場にあった彼女だ、こういう俗な遊びを見るのは初めてなのだろう。

男(竜を討ち、全てが終わったら…二人で色んな所に旅をするのも悪くないかもな)

ついさっき帰りがけの心配をする事さえ早いと考えたばかりの筈なのに。

本当に命を賭して竜に挑む気があるのかと、自分で可笑しくなる。

俺はもう一度水平線に目を遣り、自分に言い聞かせるように迫る死闘を心に描いた。


180 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/01(金) 17:55:24 ID:chjj9IH6

第一部、おしまい

たぶん全部で三部か四部になると思う


183 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/01(金) 20:13:03 ID:p1pVkxMY
てーいやめろww


184 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/01(金) 21:44:09 ID:A/qVP3AI
新ジャンル「幼馴染てーい」

ここの>>1はてーいさせないと駄目な病気にかかってるんだ…


185 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/01(金) 23:22:17 ID:g15UxBQ2
あーそうか
そういや釣りロマンの人だもんな



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