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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
- 530 名前: ◆M7hSLIKnTI []
投稿日:2013/12/02(月) 20:12:36 ID:qvgvEXy6
二日前…その時刻を考えれば、巣穴を飛び出した翼竜はすぐに月の王都を襲ったらしかった。
翼竜は城下には目もくれず、王城の中枢を破壊。
その襲撃により月王は命を落とし、やはりその王の間に保管されていた竜の瞳は奪われたという。
女は複雑そうな表情で俯き、口を一文字に結んで聞いていた。
男「…女、何と言っていいか解らないが…その…」
兄に非道な仕打ちをしたとはいえ、月王は彼女にとって血の繋がった父親。
そして女から祖父母の健在を聞いた事は無い。
王が死んだ今、彼女にはもう直接に血を分けた肉親はいないという事になるのかもしれない。
女「大丈夫…私は独りじゃないですから。…そう…ですよね?」
男「……それが俺の事を言っているなら、当たり前だ」
心配をかけまいと思ったのだろう、おそらく無理に彼女は笑ってみせた。
- 531 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:13:33 ID:qvgvEXy6
一時間後、次の連絡には月の国についての続報が書かれていた。
そしてその内容もまた驚くべきもの、月軍によるクーデターが起こったというものだった。
突然に中枢機能が麻痺した月の政治と、軍の統制。
それを契機として、以前より月の砂漠侵攻に疑念を抱いていた軍の多数派が蜂起した。
将軍をはじめとする国王派を数で圧倒した反乱軍は、その日の内に革命を成し遂げる。
通信網も制圧し手中に治めた彼らは、星の国に対して同盟の維持を求めると共に新体制への内政干渉を拒否すると告げた。
自らを反乱軍とも革命軍とも名乗る事なく。
彼らは新体制を築く自身の軍勢を『月影軍』と呼んでいるという。
- 532 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:14:10 ID:qvgvEXy6
…その夜
確かに、この地への魔物の襲来は今のところ無い。
故に見張りも僅かに、ほとんどの兵が寝静まった宿営地。
俺は焚き火の傍に座り、何をするでもなく想いに耽っていた。
果たして次に翼竜が現れるのは、どこなのだろう。
残る竜の瞳は落日と星、そして旭日の王都にある。
いずれかで翼竜にとどめを刺す事が叶えば、その時この地で滅竜が目覚める事になる。
その場合、滅竜は紅き瞳の力を得る事は無い。
巫女の言葉を信じるなら、目覚めた滅竜は真竜の力によって討ち倒されるだろう。
白眼の七竜もまた、創造の主である滅竜が倒されれば消滅するらしい。
だが、あの剣撃をもってしても命を奪えなかった翼竜を倒す事など可能なのだろうか。
- 533 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:14:44 ID:qvgvEXy6
少し焚き火の勢いが衰えた気がして、俺は手元の枯れ枝を数本そこへ焼べた。
パチン…と、枝の肌が弾ける音が起つ。
翼竜を自らの手で葬るという目標は、少しその意味を変えてしまったように思う。
両親を殺したあの翼竜の意思は、もうきっと竜の中に無いのだ。
そもそも七竜は、神と崇められた真竜が人間の障害となる事を承知で配した存在。
真竜がそうせざるを得なかったのは、滅竜の脅威を人間から遠ざけるため。
そして滅竜が人間を滅ぼそうとしたのが、他ならぬ人間の傲慢のせいだというならば、果たして本当の仇敵とは誰なのだろう。
- 534 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:15:17 ID:qvgvEXy6
女「…眠れないのですか?」
じっと揺れる火を見つめていた俺の右後ろから、女が声をかけた。
男「女…起きてたのか」
女「はい、眠れなくて…」
男「俺もだ…昼間、怪我を庇って休んでばかりだからかな」
彼女は当たり前のように俺の隣に腰を下ろし、その肩を寄り添う。
互いの距離はいつの間に、これが普通になったのだろう。
そんな事を考えて妙にくすぐったく、また嬉しくもなった。
- 535 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:17:35 ID:qvgvEXy6
女「私…もう皇女じゃなくなっちゃいましたね」
男「未練が?」
女「いいえ、全く」
男「…だろうな」
ただ彼女が皇女ではなくなり、ドラゴンキラーを欲した月の国そのものが無くなったという事は、ひとつの契約がその拘束力を失ったという事でもある。
男「…もう、形式上の意味さえ無いんだな」
女「そうですね、無理に私達が夫婦である理由も無くなってしまいました」
もし今、彼女が契約の反故を申し出たら俺はどう答えるだろう。
今の気持ちがどうであれ、最初は無理に結ばれたに等しい仲だ。
もし彼女が、ごく普通の出逢いや恋愛を求めるとしたら。
- 536 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:18:46 ID:qvgvEXy6
ふと俺は先日の夢を思い出した。
『ごめんなさい…男さん』
『貴方の妻となれない事…お許し下さい…』
ぐっ…と胸が締め付けられるこの感覚には、微かに覚えがある。
五年前に幼馴染を港で見送った時、確か感じたはずだ。
でもあの時、俺はその感情を押し殺した。
男「…女、それでもさ」
今は、どうする。
押し殺す必要はあるか、いや…考える必要さえ無いだろう。
男「それでも…俺の妻であってくれ」
- 537 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:19:43 ID:qvgvEXy6
少し勇気の必要な言葉だった。
なのにそれを聞いた彼女は、くすっと笑う。
男「…笑うなよ、言うの照れ臭かったんだぞ」
女「ふふ…ごめんなさい、でも…まさか言ってくれると思ってなくて」
怪我をした方の肩でない事を確認して、彼女は俺の腕を引ったくると自らのそれを絡めた。
女「でも、すごく聞きたかった。…言って欲しかったんです」
男「…そうか」
女「男さん…ひとつ、お願いがあります」
そのまま、俺の腕に頬を寄せて。
女は少しだけ甘えた声で願いを告げた。
女「全て終わったら…改めてプロポーズしてくれますか…?」
どんなに気恥ずかしくとも、この問いに対する答えを返さなかったら男が廃るだろう。
俺は少し大きく息を吸って、できるだけはっきりと言った。
男「必ず…しよう。待っててくれ、女」
女「…はいっ」
- 538 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/12/02(月) 20:20:52 ID:qvgvEXy6
ここまでー
また頑張っていくぜ、てーい
- 539 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:40:29 ID:iHoqUetA
てーい
- 542 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 19:42:53 ID:LvJ6OUXw
……………
………
…
…三日後
男「…ずっとそうしているんだな」
クレーターの中央、直径20ヤードほどの円形の祭壇。
女兄の消えたあの日以降、神竜の巫女の姿は常にそこにあった。
巫女「…どうかされたのですか」
男「いや、別に…ただあんたが眠ったり食事を摂ったりするのを見た事が無いと思ってな」
巫女「神竜の生命力を預かる私には、必要のない事です」
男「じゃあ、あんたは千年もの間…ずっと祈る事だけを続けてきたのか」
巫女「…そう定められた身、それが使命ですので」
- 543 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 19:43:37 ID:LvJ6OUXw
祭壇の周囲には七つの宝玉があしらわれ、その内の六つが透明な輝きを湛えている。
おそらくあと一つ、紅く輝くものが翼竜の瞳の力なのだろう。
七つ全てが紅色を失った時、滅竜達の封印は解ける。
男「翼竜が死んだ瞬間に、滅竜は蘇るのか?」
巫女「…千年を超える封印です。おそらく完全に岩から戻るには少しの猶予があるでしょう」
七竜の討伐にさえ死力を尽くさねばならない人間にとって、滅竜など傷をつける術さえ無いのかもしれない。
それでも滅竜が復活する際には、それなりの態勢を整えておかなければならないだろう。
滅竜を倒すのは真竜に任せる事になる。
だがせめて白眼の七竜は我々で相手をして、真竜に余計な力を使わせないよう努めなければ。
男「…真竜を眠りから覚ますのは、いつになる?」
巫女「真竜に残る片瞳の力は、つい先日まで天蓋の結界を維持する力として使われていました。それを解き、今は少しずつ覚醒の力を蓄えています」
男「完全に覚醒するには、どの位かかるんだ」
巫女「今でも覚醒しようと思えば可能です。しかし、長く他の事に使っていた力…できるだけ完全な状態で覚醒するには、時間をかけた方が良いでしょう」
- 544 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 19:46:16 ID:tqeYeIBU
巫女「何にせよ滅竜が岩の姿でいる限り、どうする事もできません。滅竜が蘇る時が真竜も目覚める時です」
現在の我が隊は騎士長が戻ったとしても、二十名を切っている。
いかに白眼の七竜が紅き瞳のそれより劣る存在だとしても、その全てを相手にするなら戦力不足は甚だしい。
星の国からの連絡によれば、王政の崩壊した月の国では月影軍が我々と合流しようとする動きも見せているという。
しかしまだ体制の安定しない状態で、本当に多数の兵を送る事は難しいのではないだろうか。
星の国にしても、いつ翼竜が現れるとも知れない状態では兵を裂く事はできまい。
増援を期待する事は、現実的では無い。
俺はそう考え、少ない兵での戦略を検討するも答えは出ずにいた。
- 545 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 19:47:53 ID:tqeYeIBU
しかし、更に七日が過ぎた夕方の事だった。
時魔女「あと…ジャガイモは結構あるけど、他の野菜は殆ど無いね。何より、肉が無いっ!」
幼馴染「もうふかしたお芋、飽きたなぁ…」
女「…焼き牡蠣、食べたいです」
時魔女「そういう今は絶対に食べられない物が、食べたくなるもんだよねー」
備蓄の食料が不足し始め、グリフォンを俺の故郷の村に飛ばそうかと検討していた時。
周囲の見張りに飛んでいた一体のグリフォンが戻り、それを駆る騎士が慌てた様子で報告に走ってきた。
騎士「男隊長殿…!外輪山の向こうに、多数の軍勢が集結しております!」
男「何だと…どこの兵だ?」
増援だというなら歓迎すべき事だが、月の国王派の残党という可能性もある。
- 546 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 21:14:19 ID:E0/MeB/c
騎士「それが、見た事の無い軍旗を掲げており…確か黒地に、黄色の円。その円の中にまた黒い何かシンボルが描かれておりました」
男「黒地に黄色の三日月ならば、月の軍旗だ。しかし黄色の円…満月をモチーフとした物は、知らないな…」
やがてその軍勢は外輪山に登り、その縁に姿を現した。
俺達は一応の警戒態勢をもって、それを迎える。
遠目にしか見えないが、確かに見張りの騎士が言ったように掲げられているのは、満月を描いた軍旗。
時魔女「味方かな…」
男「解らん、だが敵だとしたら…勝てる数じゃないな」
次々と尾根に姿を増し続ける兵士、その数はおそらく百を優に超える。
念のためグリフォンは人員の移送が可能な状態にしてあるが、相対する軍勢に魔法隊や弓兵隊が多く在れば被害は免れないだろう。
外輪山は険しくはあるが、外側と内側共に登り下りができないほどではない。
幼馴染「…下りてくる」
時魔女「何人かだけ…みたいだね。一斉に攻撃してこないって事は、敵じゃない…かな?」
- 547 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 21:29:24 ID:E0/MeB/c
暫くして俺達が立つ荒野に下りた兵士は五名ばかり。
どうやら纏っているのは月の兵装のようだった。
その内の一人が掲げた軍旗、黒に近い濃紺の背景に満月が浮かび、その中に象られたシルエットは地に突き立つ剣だと判った。
その剣からは長い影が伸びている。
男「そうか…あの旗は」
歩み寄る兵士は首を垂れ、掌を向けて右腕を横に延べた。
幼馴染「交戦の意志無し…だね」
男「先頭の二人、見覚えがある。一度は勝負をした仲だ…」
掲げられるは彼らが定めた、月影の軍旗。
そして二人は見事、俺を飲み負かした酒豪達だ。
- 548 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 21:30:05 ID:E0/MeB/c
月影兵「男…隊長…!やっと…やっと、会えた…」
男「貴様ら…」
月影兵「すみませんっ…隊長…自分らも本当は…最初から合流…したかっ…た…ううっ」
涙などこれっぽっちも似合わないだろうに、彼らはぼろぼろとその頬を濡らしている。
男「…また俺を酔い潰しにきたのか」
月影兵「国にっ…家族があるから…参加できず…隊長…もし貴方と戦う事になったらと…俺はそればかり…」
俺の眼前に跪き、兵は嗚咽を堪えて言葉を紡ぐ。
男「よく来た…本当に、よく来て…くれた…」
熱くなる目頭を押さえ、俺は声を震わせないよう努めながら、できるだけ短い言葉を選んだつもりだ。
月影兵「すみませんっ…たった…これだけの兵で…まだ本隊は都を離れるわけにいかず…」
男「何を言う…貴様らが来てくれただけで、千の軍勢にもなった想いだ…」
- 549 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/03(火) 21:30:48 ID:E0/MeB/c
宿営地の端に繋いでいた三頭の馬が、不意に鳴き声をあげる。
そうか…後ろの三人はあの時、俺に馬を託したチェイサーだ。
すぐにでも愛馬に駆け寄りたい事だろう。
しかし軍人たる彼らは、それより先に俺の前に整列して言った。
月影兵「月影の師団…男隊長っ…!我々…月影軍選抜隊、百三十四名…!貴殿部隊にっ…合流…した…く……」
男「……長旅…ご苦労だった…歓迎しよう。貴様らが入れてくれたバーボン……まだ一口しか飲んでいないぞ」
兵の肩を抱く。
情けなくも、俺の目からも涙が堰を切ってしまう。
月影兵「…うっ…うう…隊長っ…」
男「いつか…貴様らと空ける…そう…思っていた…から…な…」
- 550 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/12/03(火) 21:31:46 ID:E0/MeB/c
ごめんよ、ムサいシーンで
- 551 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/12/03(火) 21:49:18 ID:Uv9g0qqk
煙が目にしみるぜ
- 552 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/12/04(水) 00:29:50 ID:bY/EItN.
この兵士等が一斉に「てーい!」と鬨の声を上げるんだな
何という胸熱
- 553 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/12/04(水) 08:01:39 ID:7FbSg5Fs
胸熱
とーう!
- 554 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/06(金) 17:26:58 ID:a..32Ga6
………
…
翌日、星の国を通じて白夜の国からの伝言が届いた。
騎士長は落日に訪れた後、白夜へ一度帰還していたのだ。
落胆すべき報告は二つあった。
ひとつは騎士長が落日に着いた時、既に翼竜はその王都を襲いハイドラの瞳を奪い去っていた事。
もうひとつは、やはり白夜の国からクエレブレの瞳が消失していたと判明した事。
逆に歓迎すべき報告も、ひとつあった。
現在、白夜ではグリフォン騎士団の本隊を割いて派遣部隊を組織しようとしているという。
騎士長らは既にこの地への帰還を目指して白夜を発ったが、残る派遣部隊も整い次第送られるという事だ。
騎士長が入手した落日の情報によれば翼竜は襲撃の際、落日軍の抵抗によりかなりのダメージを負ったらしい。
東に消えたという翼竜は、旭日か星のどちらかを目指している事だろう。
無論、既に連絡を受けている両国は、万全の態勢でそれを迎え討つはずだ。
どちらかの国で翼竜が堕とされる可能性は、充分にあると思われた。
- 555 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/06(金) 17:39:27 ID:mD2H7Of.
七つの瞳を揃えた状態で翼竜がこの地へ戻り、どのような形であれ滅竜が紅き瞳の力を手にすれば、真竜にそれを倒す事が可能かは判らなくなる。
自らの手でとどめを刺したいという想いはあれど、竜が遠い地で討たれるに越した事は無いだろう。
…しかし、その期待は儚く散る事となる。
騎士長からの連絡の二日後、星の国に現れた翼竜。
王都の被害を防ぐため、星の部隊はサーペントの瞳を付近の洞窟に隠し、翼竜を待っていた。
どうやって瞳の在り処を察するのかは解らないが、翼竜は狙い通りその洞窟のある谷に現れる。
しかし幾百の矢を受けても堕ちず、魔法を全て拒絶する竜を相手に、星の部隊は苦戦を強いられた。
瞳を隠した洞窟は、翼竜の侵入を許すほど広くは無い。
わざとそういう地形を選んだ…それが裏目に出る事となる。
そのままでは瞳を奪えないと察した翼竜はその場から飛び去り、突如として星の王都を襲ったのだ。
甚大な被害は王城だけでなく城下にまで及び、人々は無差別に殺戮されていった。
そして見かねた星の部隊が断腸の想いで瞳を洞窟から出すと、翼竜は王都を離れそれを奪い去っていったという。
それは明らかに『瞳を差し出さないなら全てを破壊する』という、意思をもった行動だった。
- 556 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/06(金) 17:40:14 ID:mD2H7Of.
そして更に三日後、ついに翼竜は最後の瞳を奪うため旭日の国に現れる。
旭日では星の情報を受け、オロチの瞳を渓谷に配した一千の大軍勢に護らせて迎撃しようとした。
幼馴染の師であるドラゴンキラー率いる魔弓隊は翼竜に善戦し、オロチ戦の経験からすれば充分に葬るに足る程のダメージを与えたという。
それでも翼竜は死なない。
六枚の翼の内の三枚を失ってもなお死霊のように飛び続ける竜は、最終的に瞳を奪取して飛び去った。
とうとう翼竜の元に七つの瞳は揃ってしまったのだ。
- 557 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/06(金) 17:41:33 ID:mD2H7Of.
傷ついた翼竜は、近接する星の国と旭日の国を移動するために二日間を要した。
加えて更に旭日で大きなダメージを負ったであろう翼竜がこの地へ戻るには、距離を鑑みれば最低でも七日以上はかかると思われる。
途中で力尽き、堕ちる可能性もあるかも知れない。
しかしそれからも日に数度、各地で上空を通過する翼竜が目撃されたという情報は入り続けた。
現在の翼竜は空の覇者たる姿は見る影もなく、まるで死にかけの蝙蝠のようにふらついているという。
血と黒い霧を噴出させながら、時には墜落しそうになりつつ、それでもこの地を目指し飛び続ける翼竜。
…あれほどに憎んだ、仇敵。
俺にとってだけでも両親の、そして傭兵長達の仇だ。
それなのに俺の胸中には、滅竜に生かされ操られ続ける竜を憐れむ想いさえ生まれていた。
- 558 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/06(金) 18:48:19 ID:kbggjhmE
そして、九日が過ぎた夜。
俺と女、幼馴染、時魔女、そして帰還した騎士長はひとつ焚き火を囲んでいた。
男「やはり、翼竜は死ななかったんだな」
騎士長「夜間でなければグリフォンで迎撃するのだが…」
男「いや…旭日で相当の傷を負いながら十日近く飛び続けるなど、もはや不死としか思えん」
幼馴染「翼を全て落としたら…?」
騎士長「旭日では数枚の翼を落としたそうだな」
時魔女「うん…でも、翼竜が飛び去る時には黒い霧で縫い合わせられたようにまた繋がってたんだって…」
滅竜は解っているのだろう。
紅き瞳の力を得る事無く蘇れば、真竜に倒される事を。
故に決して翼竜を死なせず、何としても七つの瞳を自らの元に集めてから復活するつもりなのだ。
男「明日の戦いは、どんなものになるか解らん。だがおそらく、これが最後の決戦になるだろう」
騎士長「決戦…まさに、そうだろうな。もし真竜と我々が敗れれば、この世界が終わる」
- 559 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/06(金) 18:49:39 ID:kbggjhmE
俺の傷はまだ痛みはするものの、とりあえず動かしても口を開けるような状態ではない。
兵は総勢で百六十名に及ぶ。
白夜からの派遣部隊の第一陣として、新たに十体に及ぶグリフォンの騎士も既に参入している。
白眼の七竜の全てと同時に戦うなら分割される事にはなってしまうが、まともな戦略がとれないほど少なくもないだろう。
だがもし真竜が敗れたら、我々はあの巨大な滅竜に挑まなければならない。
神と呼ばれた竜と戦う…なんと大それた話だろうか。
まさか田舎農夫たる俺が、このような重責を負う事となるとは。
男「明日の戦いに引き分けや延長戦は無い…負けても逃げても待つのは死だからな」
騎士長「無論、勝って生きるに越した事は無いが…逃げて死を待つよりは」
男「ああ、だがそれは俺達の理屈だ」
俺は焚き火を見つめたままそう言った。
その言葉を宛てた者達の返答は、知れていたけれど。
- 560 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/06(金) 18:50:35 ID:kbggjhmE
幼馴染「…見くびらないで、怒るよ」
時魔女「時間停止が効かなくったって、やれる事はあるんだから。男が生きてるのは、誰のおかげだと思ってんの」
女「もう言い飽きましたし聞き飽きました、お腹いっぱいです」
俺は目を閉じて聞いていた。
今、どんなに説得しても彼女らが退く事は無いのだろう。
騎士長「…どうやら、我々だけの理屈では無いようだな」
男「ああ、仕方が無い。…このお転婆共め」
女「…ひどい」
幼馴染「知ってた癖に、ばーか」
時魔女「時間止めちゃおっかな」
俺は堪えきれず笑いを漏らした。
彼女らを死なせないためには、勝つしかないのだ。
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