■戻る■ 下へ
農夫と皇女と紅き瞳の七竜
48 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 10:12:40 ID:DIOdSezo
……………
………


…月の国、北東の港町


副隊長「星の国よりの船は夕方頃の着港になる模様です」

男「そうか、なら各自夕食までは自由に過ごして構わん。ただし今から羽目を外して酒を喰らわないよう、言い聞かせておいてくれ」

副隊長「それは無論ですな。今夜は懇親の宴席が予定されております故…こちらが既に出来上がっていては申し訳が立ちませぬ」

男「…まあ一杯欲しいのは無理もないが、俺も晩まで我慢するのだと皆に伝えろ」

副隊長は町の広場に整列する隊員達の元へ向かってゆく。

最初のサラマンダー討伐遠征の際には、いきなり隊長として湧いて出た俺を煙たがる者もいたが、無事その命を果たした事で今回は皆素直に言う事をきいてくれる。

そして二日前の草原での休息の際、照れ臭くも女の膝を借りる姿を見せてしまった事により、俺がさほど気難しい気質ではないと認知されてきたようだった。

女「…気持ちの良い潮風ですね」

女は風になびく長い髪を、さらりと手で梳きながら言った。

男「ああ、俺の故郷は海からは遠く離れていたからな…数えるほどしかこんな風の匂いを感じた事はないよ」

青く広がる水平線には、まだここを目指す船の姿は見えない。


49 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 10:14:13 ID:DIOdSezo

男「女も疲れただろう、宿の部屋へ行っていてもいいんだぞ?」

女「男様を…男さんを差し置いて私だけが休むわけにはまいりません。…それに」

彼女は俺の希望に従い、その呼び方を改めようとしてくれているが、まだ今ひとつ馴染まないようだった。

女「潮風の香りは、好きなので」

男「…なるほど、じゃあ波止の方へ散歩でもしてみるか」

波止までの歩道脇は露天市になっていて、たくさんの魚介を中心としたものが売られている。

調理しなければ食べられないような生鮮品が多いが、中には牡蠣を殻ごと網焼きにして売っている店など、食い歩きに適するものもあった。

見れば幾人かの隊員達も、そこで目ぼしい物を買っては賞味しているようだ。

男「あいつら、晩は宴席だと聞いているだろうに」

とはいえ見る限り酒を飲むなという言いつけは守っているようで、文句をつける筋合いは無い。

…それに。

女「でもいい匂いです、無理もないのでは?」

男「確かにな、女も食べたいか」

女「私は今まで買い食いなど、した事はありません」

訊いたのは食べたいか否か…だった筈、少しピントのずれた返答の真意はなんとなく察せられた。


50 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 10:15:41 ID:DIOdSezo

男「…オヤジ、焼き牡蠣を二つだ」

屋台オヤジ「へい、ひとつ小銅貨一枚でさあ」

男「…安いんだな」

屋台オヤジ「この辺りは良く採れますんでね。サーペントも出なくなって、今年は大漁でさあ」

なるほど、星の国の活躍はこの国にも恩恵をもたらしているらしい。

向こうのドラゴンキラー殿に会ったら、この事も話題としようか。

木の皮を曲げて留めた使い捨ての皿に、大きな牡蠣を二つのせてオヤジは俺に手渡した。

殻の中にははち切れんほどの身と、天然の出汁が満ちている。

うっかりして零しでもしたら木の皮を染みて随分熱いに違いない。

男「向こうの木陰へ行こうか」

女「はいっ」

おや、随分と機嫌の良い声だ。

美味を前にすれば、身分は関係ないものなんだな。


51 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 10:16:16 ID:DIOdSezo

隊員「おや、隊長殿も匂いの誘惑に耐えきれませんでしたか」

木陰では見慣れはじめた隊員数名も舌鼓を打っていた。

男「まあな…我慢しようと思ったが、お前らの美味そうに食う顔を見てたら、女が堪えきれなくなったららしい」

女「男さんっ!私は何も言ってません!」

男「ああ、二つ買おうとしても何も言わなかったな」

顔を赤くして似合わない大きな声をたてた女に、隊員達も笑いを殺しきれなかったようだ。

隊員「正解ですよ、明日には星の国の連中と合同で動くようになるんでしょうから、ウチだけ買い食いするわけにもいかない」

男「違いないな、でも程々にしておけよ」

俺は牡蠣の殻を持ってひとつ手に取ると、受け皿ごともうひとつを女に手渡す。

皿を手にとって物を手掴みで食べるなど慣れていないのだろう、女はぎこちなく戸惑いながらも目を輝かせて受け取った。

女「熱っ…!?」

男「当たり前だ、ナイフもフォークも無いぞ」

女「解っていますっ」


54 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 12:51:48 ID:DIOdSezo

港の波止は丸太組の桟橋が長く延び、透き通った水の中には無数の小魚が見られる。

女「なぜ木でできた桟橋が、水に建てられても腐らないのでしょうか」

男「丸太を触って…小突いてみなよ」

女は言われた通り、緩く握った拳で桟橋を叩いた。

こんこん…という木特有の音には違いないが、その音程は通常よりずっと高い。

女「堅い…」

男「アイアンウッドとも呼ばれる木材だ。水より重く、普通よりずっと腐りにくい」

女「海から離れたところで暮らしておられたのに、詳しいのですね」

男「まあな…俺は田畑を世話する農夫だったが、俺の故郷は材木の産地でもあった。まさにその木が故郷の森を形づくっていたんだよ」

過去に海を訪れた数少ない経験の内、二度ほどはその木材を運ぶ手伝いを求められての事だった。

確かこの町にも故郷の木が運ばれた事があったはずだ。

女「…少しずつで構いません」

男「ん…?」

女「最初の夜、貴方の事を訊く時間はあまりありませんでした。また…話して頂けますか」

男「ああ、もちろんだ」


55 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 12:53:21 ID:DIOdSezo

飽く事なく海を眺め、魚達の姿を愛でている内に空は少し橙色を帯びてきていた。

今いる桟橋は漁船をはじめとした小さな舟が着く施設だが、少し離れたところには石垣が積まれた大きな船着場がある。

見ればそこには、もうすぐ大きな旅客船が着くところだった。

男「あれが星の国の一団を乗せた船に違いないな」

女「出迎えますか?」

男「ああ、この国の無理をきいてわざわざ出向いてくれているんだ。礼を尽くさなければいけないだろう」

俺は腰掛けていたロープ留めの丸太から立ち上がり、女に手を差し出した。

僅かに躊躇ってから彼女はその手をとり、腰を上げる。

恥じらいがあるのか、少し目が泳いだ…そのせいだったのだろう。

彼女は足元の係留ロープに足をかけ、よろめいてしまう。

女「あっ…!?」

俺は握った手を引き寄せ、彼女を支えた。

図らずも彼女を胸に抱いた姿勢になった、その時。

女「………!?」

男(身体が…動かない…!?)


56 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 14:49:44 ID:DIOdSezo

いや、正確には動く。

通常の動きの何分の一、いや何十分の一という早さでの事だが。

解せないのは俺の目に映る女の長い髪が揺れる早さまで、ゆっくりになっている事。

身体機能が麻痺しているのではない、何らかの要因で時間がほぼ止められている。

男(魔法…か?思考は通常の早さでできるが…)

???「はじめましてだねー」

男(誰だ…!?子供…いつからそこに…)

???「あんたがこの国のドラゴンキラーでしょ?ボクは星の国で同じく呼ばれてる」

驚いた、星の国のドラゴンキラーがこんな少年だったとは。

しかしその俺の驚きは少し的外れなものだった。

その、的を外した部分とは。


57 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 14:50:17 ID:DIOdSezo

少年?「ボクの名は『時魔女』。挨拶にきてみたらイチャついてたから、ボクの力を知ってもらうためにも二人の身体の時間を止めさせてもらったよ」

少年…ではなかったらしい。

いや、今この状況において肝心なのはそこではない。

重要なのは彼女の台詞の後半、この少女は俺たちをどうするつもりなのかという事だ。

だがどうやら『力を知ってもらう』という言葉通り、悪戯な手段ではあっても他意は無かったらしい。

時魔女「そして時は動き出す…ってね?」

彼女は指をパチンと鳴らし、自らがかけた束縛を解く。

不意に胸に抱えた女の体重を受けてしまい、俺は情けなくも尻もちをついた。

女もまた、その俺の身体に覆い被さるように倒れ込む。

時魔女「ははっ、あれだけゆっくりさせてあげてもまだイチャつき足りなかったみたいだね?」


58 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 15:10:15 ID:DIOdSezo

男「…随分なご挨拶だな、時魔女…星の国のドラゴンキラー殿。いつからそこに?」

時魔女「ボクは時空を操る魔女。そこの船から二人の姿が見えたから、ちょっと空間を飛び越えてきたよ」

時や空間を操る魔法など、聞いた事が無い。

時魔女はけらけらと笑いながら「ただしハッキリと視認できる所へしか飛べないけど」とつけ加えた。

男「女、大丈夫か?」

時魔女「ごめんごめん、ちょっと悪ふざけが過ぎたかな。敵意は全く無いの、ただこの力は口で説明してもなかなか信じて貰えないからね」

男「それはそうだろう。そんな魔法、今の現在まで知らなかった」

時魔女「今夜は懇親の食事会を開いてくれるって聞いてるから、詳しくはそこで話すよ」

少女らしいあどけない笑顔で、彼女は悪びれもせずに言う。

しかし直後、今度は表情を凛々しく変えて直立すると、敬礼の姿勢をとった。

時魔女「月の国のドラゴンキラー、男殿とお見受けします。私は星の国の時魔女。三十名の兵と共に貴殿の隊に合流したく、馳せ参じました」

男「…月の国、討伐隊々長の男だ。貴殿部隊の合流を許可する…ようこそ、時魔女殿」

時魔女「先の無礼をお許し下さい。それでは後ほど、ご機嫌よう…」

彼女はスカートの裾をつまんで一礼した後、風のように消えた。


59 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/21(月) 15:15:41 ID:DIOdSezo
奇跡的に時を止めるに近い描写を含むところだったから、IDがDIO様の内にここまでは投下したかった
台詞を一部予定から改変したのは調子に乗ったと反省してる


61 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 20:25:34 ID:qTfnW/ZA

……………
………


…その夜、懇親の宴席


副隊長「えー、この度は星の国よりの選抜隊ご一同には、ここまでのご足労を頂き誠に恐れいる次第であります。明日より開始いたします作戦は対ワイバーンに向けた前哨戦として…」

男「…副隊長、みんな喉がカラカラだ」

副隊長「ごほん…夜の闇を照らす星と月の輝きよ、永遠たれ!乾杯!」

星の国と我が月の国は古くからの同盟関係にあり、毎年のように合同での訓練演習も行われる関係だ。

それぞれの兵同士には競い合う想いこそあれど、共に作戦を遂行する事への抵抗は少ない。

上座も下座も無いように幾つかの円卓を広間に配し、その中央のテーブルに俺と女そして時魔女が座っている。

時魔女「うっわ、豪勢!港町での合流と聞いた時から期待はしてたんだよー!」

互いに隊を率いる者として、それなりに気を遣う事になるだろうと覚悟していただけに、彼女のざっくばらんな気質はとても有難い。

これなら明日からの任務も、気を置く事なく共闘していけるだろう。

男「遠慮なく、いくらでも食ってくれ。どうやら言葉にも気を遣う必要は無さそうだ」

時魔女「もちろんだよ。お互い竜の首を獲った同士、後でサラマンダー討伐の話を聞かせてね?」


62 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 20:26:30 ID:qTfnW/ZA

男「しかし港での一件は驚いた、まさかあんな魔法が存在するとはな」

時魔女「うん…純粋な魔法じゃあ無いんだけどね」

女「そうでしょうね…私も魔導士としてあらゆる魔術書を学びましたが、あのような例は見た事がありません」

時魔女は食事の手を休め、「うーん」と声に出して何かを思案している。

時魔女「本当は内緒なんだけどね。どうせ共同戦線を張るんだから、ボクは知っておいてもらった方がいいと思うんだ」

男「何をだ?」

時魔女「それと後で男に試して欲しい事もあるしね…うん、もう話しちゃおう」

そう言って彼女は自分の服の胸元を解き、その両胸の間を見せた。

男「…それは」

そこに顔を覗けていたのは、青い水晶のような宝玉。

ただその結晶にはあまりに規則的な模様が刻まれていて、人工物であるように思われた。

男「どういう事だ?…その模様と色、まるで作り物みたいだ」

時魔女「ご名答、お目が高いね。…でも、女の子の胸を穴があくほど凝視するもんじゃないぞ、すけべ」


63 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/21(月) 20:27:03 ID:qTfnW/ZA

時魔女「星の国は資源に乏しい小国だから、機械と科学技術の発展に重きをおいてきたの。…そのひとつの究極形がボク、時空を操る人造の魔導士だよ」

時魔女は胸元の紐を結いながら、自分をそう表現した。

女「人造魔導士…」

時魔女「もちろん元はただの魔導士だけどね。その魔力を胸に埋めたコアで時空操作の力に変換してるの」

なるほど、よく解らない。

とりあえずその原理や方法の詳細を聞いたところで、俺にもこの月の国にも活かす術が無い事だけは解った。

男「どんな事ができるんだ?」

時魔女「時間の停止…厳密には時間の減速だけど。それから逆に時間の加速、それから条件は限られるけど少しなら時間の逆行もできるよ」

女「時間の減速は自ら味わいましたし、加速…というのも何となく解ります。時間の逆行とは…?」

時魔女「命ある有機生命体に限りだけど、その物質的な部分の状態を最大10分くらい巻き戻す事ができるの。つまり、怪我をしてもその前の状態に戻せるって事。すごく魔力を消耗するけどね」

男「それはすごい、無敵じゃないか」

時魔女「本当に疲れるんだよ…しかも自分には使えないの。自分がその魔法を使った事自体が無くなっちゃうから。あとは、さっきも見せた空間の跳躍かな」


65 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/22(火) 02:00:29 ID:5hYwjO52
待ってます!
これ漫画化してほしい。


66 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/22(火) 09:39:10 ID:A6YuOXMU
舞ってる


67 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/22(火) 15:04:02 ID:HHl4ZHqA
>>66の舞いがどんなのか気になる


68 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/22(火) 15:04:36 ID:HHl4ZHqA

時魔女「…はぁ、話し過ぎて疲れちゃった。とりあえず目の前のご馳走の続き、食べていいかな?」

男「ああ、すまなかった。あまりに聞き入ってしまったな」

俺は既に空になって久しい麦種のグラスを持ち上げて、係の者におかわりを催促する。

さすがにこの少女に勧める訳にはいかないだろうが、新たな仲間の増えた今宵は城での凱旋の際よりも酒が美味く感じられた。

女「男さん、明日からまた徒歩での遠征です。飲み過ぎてはなりませんよ」

男「解ってるよ…たぶん」

言いながらおそらく俺は今、目が泳いだと思う。

女は少し呆れたような眼差しで、小さく溜息をひとつ。

そんな俺たちの様子はきっと恋人にしては立ち入り過ぎで、夫婦としてはぎこちないものだったと思う。

だから…だろうか、少し首を傾げて時魔女は尋ねた。

時魔女「ところで、女ちゃんって男の…何?」


69 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/22(火) 15:05:07 ID:HHl4ZHqA

男「んー、話せば長くなるな」

女「妻です」

時魔女「ツマ…って、二文字じゃん。話しても長く無いよ?」

…手を握るだけで照れるくせに、そんな宣言をするのは何とも無いのだろうか。

少なくとも俺は大変に照れ臭いのだが。

女「…まだ認めて頂いてはいないようなのですが」

男「おい、そこまで言わなくていいから」

時魔女「え、男って隊長のくせに優柔不断?」

男「いいんだよ…そこが話せば長いところなんだ」

時魔女「長くてもいいから聞きたいなー、女の子にとっては興味深々な話題だよ?」

男「それはそうとサラマンダー討伐の話をだな」

時魔女「それは今度でいいでーす」

時魔女に絡まれる俺を見る女の目は、少し意地悪な気がした。


70 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/22(火) 16:58:28 ID:I/mGQsB6
面白いよー(T_T)
続きが読みたいー
っ・


71 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/22(火) 19:50:03 ID:OOFB5JUY

……………
………


…宿泊所内、男と女の部屋


男「ふわ…また飲み過ぎた」

女「だから言いましたのに、明日は大丈夫なのですか?」

大丈夫だろうと無かろうと、俺の二日酔いのせいで星の国の兵まで足止めさせる事なんてできる筈がない。

男「水…くれないか」

女「もうさっきから持ってます。…どうぞ」

差し出されたグラスを受け取り、半分量ほど呷る。

ふう…とひとつ息を落とし、それをテーブルに置いてベッドに深く腰掛けた。

男「サーペント退治の話、興味深かったな。七竜の動きを時魔法で縛るとは」

女「それでもさすがに巨大な竜を相手には、十秒が限度だそうですね」

男「その間に百名の魔導士の凍結魔法で、周囲の海を凍らせて…あとは魔法と直接攻撃か。…よく考えたものだ」


72 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/22(火) 19:51:12 ID:OOFB5JUY

男「動きを縛る時魔法は、対ワイバーン戦でも大いに役立つだろう。…ただ、周囲に凍らせる海が無い以上、そのままの作戦は使えないな」

女「でも…サラマンダーをそうしたように、動きを止めた間に矢の攻撃で翼を奪い、雷撃によって堕とす…というのは有効では?」

彼女は言いながら少し口の端を上げて、不敵な笑みを見せた。

まだその様を見た事は無いが、彼女は月の国きっての魔導士。おそらく雷撃魔法にも絶対的な自信があるに違いない。

男「そうだな、ただ…時魔法を発動するには数秒の魔力変換…だったかな?…とにかく少しの時間が必要だと言った」

女「…はい。その間、術士の視界中央に標的を留め続ける必要があるとも」

男「『ろっくおん』…って言ってたっけ?…よく解らない言葉が多かったけど」

とにかく時魔女の話は所々でついていけない部分があった。

俺には機械とかいうものが何なのかさえもよく解らないのだから、仕方ない話だ。

とにかく標的に対して時魔法を発動するには、魔力を『こんばーと』する間に標的を『ろっくおん』して、視界から消えない内に『でぃすちゃーじ』しなければならないらしい。

うん、全く解らない。


73 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/23(水) 01:09:41 ID:o0yg593w

男「でも、それでも少しだけ…ワイバーン打倒の望みが見えてきた気がするよ」

女「ご両親の仇との事、悲願なのでしょうね」

悲願…その通りだ。

そのために俺は十年以上にも渡って、剣術をはじめとした戦闘技術を磨いてきた。

男「ああ…俺と、幼馴染の…まさに悲願だな」

女「…幼馴染?」

男「うん、そいつも同じ時に父親を奪われたんだ。必ず仇をとろう…強くなろうって、互いに誓い合った」

女「あの、その…幼馴染さんって…どんな方なんですか」

男「あいつは弓使いだった。主に父親の遺した弓を使って修練を重ねてたな」

女「…だった?」

男「ああ、もちろん今もそうだと思うけどな。五年も前に旭日の国に無双の弓使いがいると聞いて、そこへ訪ねて行ったきり会ってないから」


74 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/23(水) 01:10:17 ID:o0yg593w

女「…やはりあの翼竜に大切な人を奪われた方は、多いのですね」

女は目を伏せ、ぽつりと呟いた。

男「なんとなく、他にも知ってるような言い方だな?」

女「…私が貴方の部隊への同行を申し出た、もう一つの理由…本当なら、その時に言うべきでした」

語り始めた彼女の口ぶりは、とても悲しげに感じられた。

女「でも『夫を支える事こそ妻の役目』なんて啖呵を切ってしまったから…言い出せなくて」

男「…聞こう」

女「翼竜は、私にとっても仇敵なのです。この世でただ一人、亡き母の血を分けた兄の仇…」

男「………」

女「私などよりはるかに優れた魔導士でした。七年前の当時は前年に竜討伐を成した落日の国に続いて、この国でも盛んに討伐任務が繰り返されてたんです」

男「君の兄も…?」

女「第六次討伐隊々長として、翼竜に挑み…そして帰らなかった」

女の拳は強く握られ、僅かに震えている。

俺は手を延べて、彼女を自分の隣に座るよう促した。


75 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/23(水) 01:12:26 ID:o0yg593w

女はベッドに座りつつも床を見つめ、口は一文字に結んだまま。

俺はその頭に手を置き「大丈夫だ」と囁いて、軽く髪を撫でる。

男「女…君にも誓おう、必ず仇は討つ」

女「はい…」

彼女を慰め、励ますつもりで口にした誓い。

でも彼女の返事は弱々しかった。

それはやはり、兄の無念を自らが晴らしたいという想いがあっての事に違いない。

男「最初の夜、君が切った啖呵は何も間違ってなんかいない」

彼女を慰めるのではなく、奮い立たせる為に必要な言葉は。

男「女、俺を支えてくれ。仇敵を討つ戦力としても、俺が死ぬわけにはいかない理由を心に持つためにも」

女「男さん…」

男「俺には、君が必要だ」

今まで言った事も無い歯の浮きそうな台詞ではあったが、それでも効果はあったらしい。

女「…はいっ、承知しました」

その証拠に、彼女の顔には笑顔が戻ったから。


78 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/23(水) 12:44:54 ID:VzF7EZqM

深夜、身体を火照らせていた酒はもうすっかり中和されていた。

ベッドに横になっていても、時魔女のサーペント討伐の話を思い返しては目が冴えてしまう。

時魔法の効果をワイバーン戦にどう活かすか、そればかりを考えて眠るタイミングを逸し続けているのだ。

でも明日からの行軍を思えば、いい加減にしておかねばならない。

俺は頭を切り替えるつもりで、既に隣で微かな寝息をたてている女の横顔を見つめた。

男(…こいつにも、色んな過去のしがらみがあるんだろうな)

母親を亡くし、慕う兄までも失った後…王の正妻の子ではない女は、どんな肩身の狭い想いをしただろうか。

その兄だって王にとっては実の息子なはずなのに、今まで王とワイバーン討伐の話をした時に『息子の仇だ』という点に触れられた事はなかった。

つまり彼女が言った『所詮、妾の子』という言葉通り、兄もまた軽視されてきた存在だったのだろう。


79 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/23(水) 12:45:47 ID:VzF7EZqM

真偽は定かでないが、遠征への同行を申し出た理由の一番のものは、やはり妻としての務めだと彼女は言った。

その次が兄の仇討ちだとして、やはりその次には窮屈な環境から抜け出したいという想いがあったのではないだろうか。

男(自惚れかな…でも俺たちがこういう関係になったのは、結果としてはこいつにとって良かったのかもしれない)

そっとその横顔の、白い頬に触れてみる。

柔らかな肌の感触と温かさが俺の指に伝った。

僅かに、でも確かに胸が高鳴る。

男(いや、俺にとっても…かな)

…だめだ、意識を切り替えたつもりでもこれじゃ逆に眠れそうにない。

俺はもぞもぞと彼女に背を向け、心に芽生えようとする初めての気持ちに見えないふりを決め込んだ。



次へ 戻る 上へ