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猫「吾が輩は猫である」
- 186 名前:VIPがお送りします [sage]
投稿日:2010/06/25(金) 00:52:00.83 ID:eQ2jf1JfP
――翌朝、屋敷、台所
とんとんとんとん……
男「〜♪」
ガタンッ。
男「あ。お早う御座います。朝食はもうすぐ出来るので、今暫く御待ちを」
女「……何だか気色悪いわね」
男「今日は私が朝食を準備する番です故」
女「まぁいいわ。御茶だけ頂戴」
こぽぽぽぽっ……。
女「じゃあ、わたしはもう行くから」
男「へっ?」
女「朝からお腹を壊したくは無いもの」
男「えええぇ」
女「ああ、そうだ。蟲――いえ、男くん」
男「はぁ」
女「今日、付き合って欲しい処が有るのだけれど。夕刻からなら時間があるわよね?」
バタンッ。
男「……え?」
- 187 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 00:57:05.62 ID:eQ2jf1JfP
――昼休み、喫茶「ライオン」
男友「――そ、其れでっ!?」
男「いえ。ですから、私の返事を待たずして女さんは襖を閉めて行ってしまった故」
男友「こ、之は一体どう謂う事っ!?
昨夜に一体何が在ったって謂うのっ!?」
旦那「おやおや。之は面白くなって来たじゃあ無いか」
男友「マスター。あちらの御客が呼んで居るわよ?」
旦那「んー? まぁ良いんだよ少しくらい待たせておけば」
男(……良いのか?)
旦那「そいつはどうやら……ランデヴーの誘いって奴だねぇ」
男「らんで……?」
旦那「くくっ。遭引の事だよ」
男「……え?」
- 188 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 01:03:29.13 ID:eQ2jf1JfP
男友「男ちゃん、本当にどうしたって謂うの?
あの御嬢様が他人を何処かに誘うだなんて、アタシ一度も訊いた事が無いわ」
男「いえ……どう謂う事か私も良く解らないのですが」
旦那「全く。鈍い男は損をするよ、男くん」
男「な。何を仰っているのですかっ」
男友「いやぁねぇ。こんな事なら男ちゃんに確りと唾付けとくんだったわぁ」
男「や。其れは勘弁をして下さい」
旦那「兎も角。行くんだろう? 何処へ行くのかは解らないが」
男「えぇ。まぁ」
男友「うぅん。そうよねぇ。
“付き合って欲しい処”って一体何処なのかしらねぇ」
旦那「最近、上埜の繁華街に映画館が出来たらしいね」
男友「へぇ。マスター、行ったのかしら?」
旦那「ああ。飛切りのイヤラシイ映画だったね」
男「じゃあ其処だと謂う可能性は無いですね」
男友「あら。そうかしらぁ?
御嬢様だって女の子なんだから、やっぱり色っぽい事にも
興味が無いと謂う訳では無いんじゃな〜い?」
男「あの女さんが……ですか?」
旦那「そうだよ、男くん。女性は何時だって僕達の考えの左斜め上を行く
発想を持ちあわせて居るんだ」にやりっ
男「そんな……まさか……」
- 189 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 01:12:55.88 ID:eQ2jf1JfP
男「まさか……あの女さんに限って……否、然し……左斜め上……」ぶつぶつ
男友「……ねぇ、マスター」
旦那「なんだい?」
男友「……先刻から男ちゃんが妙に思い悩んだ顔をしているわ」
旦那「おや。之は余計な事を吹き込んでしまったかな?」
男友「まぁ良いじゃない。面白い事になりそうだわぁ」
旦那「う〜ん、そうには違い無いけれど。
男くんには少し悪い事をしてしまったようだね」
男「……やはり、昨日少し格好を付けた事を謂ったのが……否、然し……私はそんな……
……決して下心を持っていた訳では無く……あのような事をっ……」ぶつぶつ
男友「ねぇ、マスター」
旦那「なんだい?」
男友「……あれは間違いなく童貞ね」
旦那「ああ、違いない」
- 190 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 01:21:37.38 ID:eQ2jf1JfP
――夕刻、帰り道
男「……はぁ。講義が全く頭に入りませんでした」
猫「何を独り謂つて居るのだ」
男「こっ、これは猫さん。
どうしたのですか。今朝から御姿が見当たらないので心配していたのですよ」
猫「何をそう動揺して居るのだ」
男「そ、そんな私はっ」
猫「まぁ然し、良かったではないか」
男「へ?」
猫「惚れた女の方から遭引に誘われる等、お主も中々隅に置けぬな」
男「なっ、なっ」
猫「っくく。謂ったであろう? この街の事で存ぜぬ事など無い、とな」
男「〜っ!?」
- 191 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 01:33:28.03 ID:eQ2jf1JfP
猫「……落ち着いたか?」
男「はい……申し訳ありません」
猫「まぁ良い。揶揄した吾輩も悪かった」
男「いえ……」
猫「まぁ。あの娘と会話をする機会が増えれば、
何かお主の願いの手掛りも見付かるやも知れぬしな」
男「それは、まぁ」
猫「先ずはあの娘の心の問題を如何にしてお主が知るかだらう。
さもなくば解決など夢の又夢だ」
男「……はい」
猫「そして其れは又、お主が如何にあの娘の心を開くかと謂う事でもあろう。
――吾輩の謂う事が解るか?」
男「はい。猫さん」
猫「まぁ。生まれて此の方、女とはおよそ縁遠かったお主が上手くやれるとは思わぬが」
男「そうなのです。其れが問題なのです……」
猫「之ばかりは吾輩が教鞭を執る訳にも行かぬ故。精々頑張ると良いさ」
男「はぁ」
- 192 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 01:51:18.59 ID:eQ2jf1JfP
男「時に猫さん」
猫「なんだ?」
男「猫さんはこんな処で何をしていたのですか?」
猫「吾輩か? ……うむ。少々人捜しをな」
男「人捜し? 何方をお捜しになって居たのですか?」
猫「ん……まぁ、良いだらう吾輩の事は。
お主は吾輩の事を気にして居る場合では無かろうに」
男「其れはそうですが。この街の事ならば何でも御存じの猫さんが、
捜し人の居場所を御存じ無いと謂うのを少し不思議に思いまして」
猫「あぁ……、何故だらうな。あの方の居られる場所だけは吾輩にも解らぬのだ。
或いは既にこの街には居らぬのやも知れぬ」
男「ふうむ? 時々急に猫さんが何処かへ居なくなってしまうのは、
その人捜しをしていらっしゃるからなのですか?」
猫「まぁ、色々とな。吾輩も何かと忙しい身故」
男「まさか見目麗しい雌猫と遭引をっ!?」
猫「お主の頭は御花畑かっ」
- 193 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 02:04:44.54 ID:eQ2jf1JfP
――夕刻、屋敷、居間
カタンッ。
男「……あ」
女「お待たせしたかしら?」
男「いえ……」
女「ん? どうしたの?」
男「いえ。……袴姿以外の女さんを見たのは初めてだった物で」
女「嗚呼、之は何やら欧羅巴の着物らしいのだけれど。
袴よりも動き易いから、此方に着替えたのだけれど、気に入らなかったかしら?」
男「そっ、そんな滅相も有りませんっ。そのっ……御似合いだと思います」
女「あらそう? では行くわよ」
男「ええと、女さん」
女「何か?」
男「之から私たちは何処へ行くのでしょうか?」
女「狗――いえ、男くんは黙って付いて来れば良いのよ」
男「……狗の散歩ですか」
女「まぁ、そんなところね」
- 194 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 02:30:31.24 ID:eQ2jf1JfP
――路面電車、車内
ちりんちりん……。
女「何よ。そんなにきょろきょろと。もう少し御行儀良く出来ないの?」
男「いえ。私は電車に乗るのは初めてな物で」
女「あら、そうなの。とんだ田舎者なのね」
男「まぁ其の通りなのですが」
女「……」
男(困りました……一体私は何を話せば良いのやら)
*
男「と、時に女さん」
女「何よ」
男「そろそろ教えて頂けませんでしょうか?
私たちは一体何処へ向かって居るのですか?」
女「……そんなに何処へ向かうか気になるのかしら?」
男「ええ、あの。わっ、私としても心の準備と謂う物が有ります故……」
女「何をそんなに動揺しているのかしら? わたしにはさっぱり解らないわ」
『次は新宿――新宿で御座います――』
女「さぁ、降りるわよ」
男「え? 上埜では無いのですか?」
女「何を謂っているの。そんなに呆けて居ると置いて行くわよ」
- 196 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 03:20:20.68 ID:dGKdU4q9O
流石に寝たか
- 198 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 05:48:54.26 ID:FJralRQLO
チュン…チュンチュン…
- 203 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 08:29:59.27 ID:GONcBkut0
上埜でググっちまった
上野か
- 219 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 13:19:22.74 ID:odwu9WrA0
女が戦場ヶ原で再生されるんだが。
- 221 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 13:48:44.02 ID:rdTKCx8y0
猫さんがマタムネに見える
- 222 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:02:26.29 ID:eQ2jf1JfP
こんちは。保守ありがとうございます。
少し調べてたら間違えてたので訂正。
×『次は新宿――新宿で御座います――』
○『次は神田――神田で御座います――』
伊勢丹の第一号店は神田でした。新宿店は昭和8年開店らしいのです。
夕方までに昨日書く予定だった所まで行きたいな。
保守ばかりして貰って申し訳ないので、出来るだけ急ぐよ。
- 223 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:03:21.62 ID:3aWY+7PC0
ゆっくりでいいよ。ゆっくりまってるから。
- 224 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:04:11.18 ID:eQ2jf1JfP
――伊勢屋丹治呉服店
がやがやがや……。
男「こ、此処は……?」
女「あら。まさか男くんは呉服店にも来た事が無いと謂うのかしら?」
男「まぁ、その通りなのですが」
女「全く。通りでそんなみすぼらしい格好をしているのね」
男「はぁ」
女「折角東京に来たのだから、少しは都会の様子を勉強なさい」
男「確かにこのようにハイカラな人が多く居る場所が有るだなんて、
私には想像だに出来なかったですが」
女「勉強代として、今日は男くんにわたしの荷物持ちをさせてあげるわ」
男「はぁ。どうぞ御好きに使って下さい」
- 225 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:11:27.65 ID:eQ2jf1JfP
男「これは凄い。色とりどりの反物が在るのですね……」
女性販売員「この柄など御嬢様には御似合いかと思いますよ」
女「そうかしら?」
女性販売員「ええ。其方の旦那様もきっとお気に召されるかと思います」
女「ふぅん。――ねえ」
男「へ?」
女「これ。どうかしら?」
男「どう、と言われましても……」
女「ほら。この男は女性に気の利いた言葉の一つも掛けられない様な、
そんな甲斐性無しなのよ」
女性販売員「そ、其の様な事……」
- 227 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:22:51.36 ID:eQ2jf1JfP
男「嗚呼、ええと、女さん」
女「――なによ」
男「その藍の色合いは涼しげで、女さんに良く御似合いかと。
朝顔の柄も季節を感じてとても素敵です」
女「……あら、そう? じゃあ之を頂戴」
女性販売員「畏まりました」
男「へっ?」
女「何よ。自分で素敵だなんて謂った癖に」
男「いえ……まさかそんな気軽に御買い上げになるだなんて」
女「お父様は御金を稼ぐだけ稼いで、殆ど手を付けないものだから。
まぁ、父親の脛を齧る世間知らずの娘みたいで少し癪だから、
普段はあまり使わない様にはしているのだけれどね」
男「はあ」
女「まぁ。それでも偶には是位の贅沢をしても罰は当たらないでしょう」
男「はあ、まあ」
女「何を呆けて居るの? 次の店に行くわよ」
- 228 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:24:14.46 ID:eQ2jf1JfP
――同刻、喫茶「ライオン」
男友「ねぇ。マスター?」
旦那「なんだい?」
男友「冗談は抜きにして、男ちゃんと御嬢様は何処へ行ったのかしらねぇ」
旦那「そうだねぇ。まぁ、買い物の荷物持ちが精々じゃあ無いかな」
男友「いえ。でも普段御嬢様は余り御買物はしないのよ」
旦那「へぇ、そうなのかい」
男友「時々、――其れは本当に稀な事なんだけれど。
とても稀に、大きな御買物をするくらいね。
ほら、あの自転車とかがそうね。普段の生活は本当に質素なものよ」
旦那「でも、御金には不自由していないんだろう?」
男友「まぁ、其れはそうなんでしょうけれど」
旦那「じゃあ、買物という線は無いかなぁ」
男友「そうねぇ。演劇でも観て居るのかしら」
- 230 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:29:59.36 ID:eQ2jf1JfP
旦那「時に男友くん」
男友「なぁに? マスター」
旦那「先刻から原稿用紙と睨めっこして、どうしたんだい」
男友「あぁ、之ねぇ」
旦那「……」
男友「アタシ、実は作家に為りたかったのよ。
それで文学の勉強をする為に仏蘭西語なんてちっとも知らない儘に
大学の仏蘭西文学科になんて入学してしまったのだけれど」
旦那「珈琲が冷めてしまったみたいだね。淹れ直そう」
カチャリ。
男友「芥川なんて大好きでねぇ。表紙が擦り切れるまで読んだわ。
高等学校では同人誌なんて書いても見たのだけれど、まぁ鳴かず飛ばずね」
旦那「――煙草を吸っても?」
男友「良いわよ。どうせ客はアタシしか居ないんだしね」
旦那「はは。違いない」
- 231 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:35:00.79 ID:eQ2jf1JfP
男友「大学の講義にも付いていけず、こうして落ち零れてしまったのだけれど。
今思えばどうして故郷を出てこんな処まで来てしまったのかしらね。
ねぇ、知っている? 津軽は本当に雪深くて――素敵な処なのよ」
旦那「へぇ。僕も一度行ってみたいな」
男友「只、確りと服を着込んで行かないといけないわね」
旦那「そうだね。心得ておこう。
――しかし、珍しいね」
男友「なにがよぅ?」
旦那「男友くんが僕に自分の事を話すなんて。
女友くんと此処で再会した時以来じゃあ無いかな?」
男友「そうかしら?
……まぁ、兎に角。少し悩んで居てね」
旦那「何をだい?」
男友「此の儘、何と無しに大学に通い続けて良いものかしら。
ねぇ、知っている? もう留年も弐度目なのよ、アタシ」
旦那「ふぅむ。女友くんには相談したのかい?」
男友「なっ、何であの子の名前が出て来るのよぅ!」
- 232 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:44:44.60 ID:eQ2jf1JfP
旦那「だって、好いて居るんだろう?」
男友「じょ、冗談じゃあ無いわっ」
旦那「小説家に為りたいのなら、沢山の人生の経験を積むことだと思うけれどね」
男友「な、何よ」
旦那「事実は小説より奇也。そう謂うじゃあ無いか」
男友「其れはそうだけれど……」
旦那「色恋の一つもした事がない作家の小説を読みたいとは、
少なくとも僕は思わないねぇ、男友君」
男友「……」
旦那「まぁ。僕が口を出す様な事でも無いのだけれどね。
いやぁ、然し若いと謂うのは素晴らしい事だね」
男友「ふふ。マスターだってまだ若いわよ」
旦那「おや。もうこんな時間だ。
僕は少し出掛けなければいけないから、男友くん」
男友「何よぅ」
旦那「若し、牛乳を配達に来る人などが居たのなら、宜しく伝えておいてくれよ」
- 233 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:49:08.67 ID:rdTKCx8y0
猫「其の嘆きこそ我の糧也」
- 235 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 14:59:08.66 ID:eQ2jf1JfP
――其の頃。
男「ちょ、ちょっと女さん。待って下さいよ」
女「なにかしら、男くん」
男「いえ……少し、腕が痺れて来ました故」
女「あら。荷物を持ってくれる人が居るからと謂って、
少し買い過ぎたかも知れないわね」
男「……之はどう考えても買い過ぎかと思いますが」
女「困ったわね。男くんは軟弱と謂っても一応は殿方だから、
これくらいの荷物は大丈夫だと思ったのだけれど」
男「それは随分と高く買って頂いていたようで」
女「自転車が有れば籠に荷物を入れる事も出来たのだけれど。
――まぁ良いわ。少し何処かで一休みしましょうか」
男「はい?」
女「“一つ喫茶と洒落込もうでは無いか”。そう謂ったのよ」
- 236 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 15:13:40.88 ID:YeWuBtoz0
いいスレ発見した。気高い女とそれに翻弄される男…そして猫
- 237 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 15:16:24.02 ID:CAefORJaO
男友さん、モデルは太宰治なのですか?
- 238 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 15:17:07.87 ID:eQ2jf1JfP
――喫茶
女給仕「御注文はお決まりでしょうか!」
男「私は珈琲を」
女「そうね。わたしは苺パフエを」
男「え?」
女「……何よ」
男「いえ。何でも」
女給仕「よろこんで!」
男「ふぅ。ひと心地付きました」
女「そう。其れは良かったわ」
男「……」
女「……」
男(……どうしてこの人と居ると無言が恐ろしいのでしょうか)
- 239 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 15:24:22.20 ID:eQ2jf1JfP
女給仕「お待たせ致しました!」
女「良くこの蒸し暑いのにそんな熱いものが飲めるわね」
男(その矢鱈と甘そうな物を食べるよりは幾許か増しかと思うのですが)
女「……」
男「……」
女「……ひと口、食べる?」
男「へっ」
女「冗談よ。そんな情けない声を出さないで頂戴。見っとも無いわ」
男「……失礼致しました」
女「……」
男(……その冷静な顔で一心不乱にパフエを食べる姿が滑稽だ、
等と謂ったら一体どんな暴言を吐かれるのでしょうか)
女「……なによ」
男「いえ。何でも無いです」
- 243 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 15:34:15.33 ID:eQ2jf1JfP
女「……ふぅ」
男(そしてあっと謂う間に完食……)
女「――ところで」
男「はい?」
女「貴方、女友とも知己らしいわね」
男「え? ああ。この間ライオンと謂う喫茶で御一緒致しました」
女「ふぅん」
男「女友さんがどうかされたのですか?」
女「今日、女学校で話し掛けられてね。其れだけの事よ」
男「はあ」
女「……」
男「……」
女「――そろそろ良いかしらね」ぼそりっ
男「はい?」
女「何でも無いわ。店を出ましょう、男くん」
- 245 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 15:40:16.80 ID:eQ2jf1JfP
――街中、夕暮れ
男「ですから女さん、歩くのが速いです」
女「あら。そうかしら?」
男「……全く」
女「何か?」
男「いえっ。何でもっ」
女「そう?」
男(――少しは心を開いてくれたかと思って居ましたが、
どうやら之は本当に只の荷物持ちのようですね。
先行きは永いと謂う事ですか……)
女 ピタリ
男「……?」
女「嗚呼、そうだわ。男くん」
男「何か?」
女「わたしが自転車を買った御店、丁度この辺りなのよ」
男「……はぁ?」
女「折角だから、寄ってみる事にしましょう」
- 246 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 15:47:25.74 ID:eQ2jf1JfP
――異国品店
がらり
中年店員「ん? ――ああ、お嬢さん」
女「御機嫌よう、店員さん」
中年店員「丁度良かった、つい先刻とど――」
女「あら店員さん。また新しい自転車を入荷したのね。
希少だと謂っていたのに、之は凄いじゃあない」
中年店員「……はぁ?」
女「そう謂えば男くん」
男「はぁ」
女「その両腕一杯の荷物。自転車に乗せて押せば、
少しは楽に家まで帰れるのではないかしら?」
男「え? ああ。其れはそうかも知れませんが……」
女「ふむ、店員さん。その自転車、頂けないかしら」
男「はっ!?」
店員「ええ。そりゃあ勿論良いですけれど」
- 247 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/25(金) 15:54:29.93 ID:xe6ookAB0
ほぅ
- 248 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 15:54:34.61 ID:eQ2jf1JfP
女「――これで調節も大丈夫ね」
男「然し、本当に良いのですか……?」
女「何か不満でも?」
男「いえ。そう謂う訳では……」
女「あらそう。じゃあ、家に帰るわよ。男くん」
男「はぁ」
女「店員さん、どうも有難う」
中年店員「いえ。此方こそ毎度御贔屓に」
女「ほら。呆けて居ないで行くわよ。もうすっかり夜も遅いわ」
男「ええと、はい」
ガラララ……ピシャン。
中年店員「あのお嬢さんも変わり者だなあ。
――ああ、しまった。予約票を預かるのを忘れて居たな。
……まぁ、良いか」
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