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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
- 318 名前: ◆M7hSLIKnTI []
投稿日:2013/11/08(金) 08:55:22 ID:FaFtMyCM
…翌朝
木の階段を駆け上がる音、遠慮も無く開けられる部屋のドア。
幼馴染「おっはよーう」
知っている、この挨拶の後はきっと無理に肌掛けた毛布を取り払われるはずだ。
そしてそれは予想の通りとなる。
幼馴染「いつまで寝てんの。おじいちゃん、もう朝食できたって言ってたよ」
男「おぅ…おはよ」
実に五年ぶりとなる、それまでは当たり前だった習慣。
俺は毎朝繰り返されるこのやりとりを、当時は疎ましく感じながら気に入ってもいたと思う。
- 319 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 08:56:00 ID:FaFtMyCM
幼馴染「これからどう動くの?」
男「荷馬車やテントの準備は今日一杯かかるって聞いてるから、もう一泊ここに滞在する事になるだろ。傭兵長にもそう伝えて、交代で周辺の見張りは頼んであるよ」
幼馴染「よかった。せっかくの故郷だもの、すぐに出発は寂しいと思ってたの。じゃあ、今日は懐かしいところ回ろうよ」
俺がこの村を離れていたのは、僅か半年ほど。
さほど村に変わった所など無いだろうが、彼女にとってはさぞ懐かしく新鮮に映るに違いない。
男「そうだな…じゃあ、女や時魔女も案内しようか」
幼馴染「…あの、どうしても嫌ならいいんだけど」
不意に彼女の口調がくぐもったものになったように感じられる。
少し俯いて、上目遣いに俺を見て。
幼馴染「今日だけ…ううん、午前中だけでもいいから、二人で過ごしたい」
…ちょっと困った。
でも俺の心の中にも少しだけ、それを望む想いがある。
きっと時魔女達を連れていては、出来ない話もたくさんあるだろうと思ったから。
- 320 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 10:01:32 ID:ryNzjz36
幼ルートきたこれ
- 321 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 10:25:28 ID:T/mruwlc
ハーレムないかな…
- 322 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 12:23:48 ID:gXvHTkT.
一応、俺一人だけで宿に立ち寄り、昨夜二人同室で過ごした女と時魔女に『午前中は会っておきたい人のところを回るから』とだけ伝える。
笑顔で『いってらっしゃい』と送ってくれる女、なんとなく後ろめたく感じて『いってきます』が言えない俺。
その後、村の外れの牧場で幼馴染と落ち合う。
幼馴染「牛、少し減ったね」
男「ああ、ここにはな。少し離れた丘陵地に新しい施設を作ったから」
幼馴染「そうなんだ、すぐに行けるなら行ってみたいな」
男「ちょっと遠いな…でも明日、出発したら近くを通ると思うよ」
牧場から農地の畦道を抜けて、昔よく遊んだ小川の畔へ。
足を浸すには少し時期が遅い、確か少し下流に歩けば跳んで渡る事ができる岩場の淵があったはず。
幼馴染「あそこ、渡れるよね」
男「ああ…昔、お前あそこで落ちたよな」
幼馴染「もうっ…覚えてるんだ」
- 323 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 12:25:17 ID:gXvHTkT.
少し大きな岩がせり出した川の淵、そこから点在する石を跳び渡れば対岸に行ける。
男「よっ…と」
幼馴染「あー、懐かしいな…いつもこうやって男が先に渡ってたっけ」
それも覚えてる、そして先に渡った俺はいつも。
男「…ほら、大丈夫か?」
こうして彼女に手を延べていた。
幼馴染「ありがと…」
昔と同じ仕草で、少し昔とは違うぎこちなさをもって幼馴染は俺の手をとり、ひとつ目の岩を跳んだ。
ふたつ目、みっつ目…ひとつずつを順番に手を貸しながら、渡ってゆく。
そしてよっつ目、対岸までの間で最後のひとつが少し小さいのも覚えている。
ここで彼女は落ちたんだ。
確か暑い時期だったから、その後は服を着たまま水遊びに興じたと思う。
男「今度は落ちるなよ」
幼馴染「わかってますよーだ」
- 324 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 12:26:45 ID:gXvHTkT.
また俺の手を握り、彼女が岩を蹴る。
決して下手な跳び方はしていないのに、幼い頃と比べれば俺達の身体は思う以上に大きくなっていたらしい。
幼馴染「わ…!狭いっ!」
小さな岩の上は今の二人が楽に立てるほどの広さは無く、幼馴染がよろめく。
男「危ねえっ」
無意識に手を引き寄せ、抱きとめるように彼女を支えた。
直後、我にかえって状況のまずさに気付く。
幼馴染「…さ、先に次に行ってよ」
男「こんな狭くちゃ跳べねえよ…お前を落としちまう」
抱き合った姿勢で数秒。
無いとは思うけど、こんなところを女に見られたら比喩でなく雷を落とされかねない。
男「同時に跳ぶしかねえか、残りは大した川幅じゃないし」
幼馴染「……………」
なんで黙るんだ、気まずい事この上無い。
- 325 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 12:28:43 ID:gXvHTkT.
彼女は俯いたまま、俺の胸に鼻先を当てて寄り添った。
それは口づけた後に女がする仕草に似ていて、俺の中に弱からぬ罪悪感を生む。
男(…まずいって)
本当は、朝に起こされた時から気付いていたんだ。
兵装を解いて村娘の服に身を包んだ幼馴染、その姿に目を奪われた事。
男「…行こう。いち、に、さん…で同時に跳ぶぞ」
幼馴染「あ…」
男「せーの、いち、に…」
彼女の返事を待たずにカウントを始めて、それでも二人は対岸へ着地した。
強引にそうしたのは後ろめたさに耐えられなかったから。
そしてあのままでは、胸の早鐘を彼女に悟られそうだったから。
- 326 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 13:43:25 ID:gXvHTkT.
対岸は少し切り立った岩山の裾で、そう高くはないが見晴らし台までの岩を削った階段の登山道がある。
二人とも毎朝この道を駆け足で登って往復しては、体力を鍛えたものだ。
その道を今は、ゆっくりと歩いて登る。
幼馴染「あ、やっぱり咲いてる」
途中にある、日当りが良く少しなだらかになった斜面。
そうだった、昔からこの時期には群生する野生のセージが咲き誇るんだ。
男「お前、たくさん摘み過ぎて『手からセージの匂いがとれない』って困った事あったな」
幼馴染「なんでそんな人の失敗談ばっかり覚えてるかなー」
…それは違う、失敗談くらいしか面白可笑しく語る事ができないだけだ。
そうでない思い出話はたくさんあるけど、あまりそれを掘り起こすと別の感情まで目を覚ましそうだから。
せっかく懐かしい場所を巡っているというのに、お前だって妙に口数が少ないじゃないか。
きっと同じ事を考えている癖に。
- 327 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 13:45:09 ID:gXvHTkT.
見晴らし台からは村が一望できる。
遠すぎて判るはずも無いのに、俺は宿の窓から見えるのではないかと少し心配になった。
麦の畑は黄金色に近付き、風に穂を揺らして脈を打っている。
幼馴染「あ、見て…旗が変わったよ」
村の中央の広場にある掲揚台には、今まさに赤色の旗が昇らされていくところだった。
畑からも見えるその台には、午前中は白、午後は赤い旗を掲げる事になっている。
男「正午になったんだな…そろそろ戻るか」
幼馴染「…うん」
俺は立ち上がり、ズボンについた埃を掃った。
彼女もそれに倣い立ち上がるが、来た道へ向かおうとはしない。
少し悩んだ風に間をとって、小さく頷いて。
幼馴染「…男、聞いてくれる?」
そして彼女は視線を村に向けたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
- 328 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 13:54:10 ID:gXvHTkT.
一つずつ、敢えて触れてこなかった思い出話を彼女の口は紡いで。
幼馴染「私…やっぱり男の事、好き」
そしてやがて、その言葉は核心に触れる。
幼馴染「五年前に捨てたつもりだったけど、少しだけ捨てきれてなかった。でもその分も再会した夜にふっきれたと思った…」
男「…そう言ってたな」
幼馴染「でも、それも…まだ残ってたみたい」
何と答えたらいいだろう。
将来的には正式に女を妻とするつもりだ…その意思は、あの日はっきりと告げたはずだ。
それを覆すつもりも無いし、幼馴染だって忘れているわけでは無いだろう。
だから、繰り返す意味も無い。
- 329 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 13:57:40 ID:gXvHTkT.
幼馴染「ねえ、ここ…覚えてる?」
見晴らし台という場所の存在を忘れていたわけは無い、だから彼女が問うのはここでの出来事の記憶だろう。
幼馴染「…いくつ位の時だったっけ」
…覚えて無い。
幼馴染「確か、竜に父親を奪われた…その少し後」
覚えて無いって、そんな事。
幼馴染「お互いに親を亡くしたのに、やっぱり私は男より弱くて…泣いてばっかりだった」
男「そうだったかな」
幼馴染「そうだったよ…だから男は私を励まそうとしてくれた」
互いに隣り合った家に引き取られて、その家の人は充分な愛情を注いでくれたけど。
どうしたって埋められない穴は、二人の心に確かに穿いていた。
幼馴染「男、ここで言ってくれたよ。俺が家族だから、お前は独りじゃないから…って」
- 330 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 13:58:10 ID:gXvHTkT.
その言葉を忘れるわけは無い。
だから『そうだっけ』と、しらばっくれる事はできなかった。
幼馴染「その後…本当に子供だったのにね。男、一回だけキスしてくれた」
男「……………」
幼馴染「女さんがいなかったら…なんて恨みがましい事は言いたくないの。だから、もし私が五年前に男の傍から離れなかったら」
男「…今更だよ」
幼馴染「うん、解ってる。…でももしそうだったら、男…私と本当に家族になってくれた…?」
彼女は問いながら俺に振り返った。
その頬に伝う雫に、気づかないふりをするのは難しい。
- 331 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 14:00:07 ID:gXvHTkT.
幼馴染「私、目を瞑っとくから。答えが『ならなかった』なら、そのまま男だけ村に戻って」
彼女が目を閉じる、その瞼からまた一筋の涙が落ちる。
幼馴染「もし『なってた』と思ってくれるなら、たった二度目…でも最後のキスをください」
竜が現れなければ。
もし、あの日彼女が旅立たなかったら。
幼馴染「…どっちにしても、それでおしまい。それだけで私達の恋は…終わりにするから」
様々な『…たら』や『…れば』を使えば、いくらでも未来を想定する事はできる。
でもその中で選ばれてゆくのは一つだけ。
あとの選択肢は胸の中にだけ描く事を許された、憧れに似た物語。
この日、俺と幼馴染が選ぶかもしれなかった未来は本当に幻と消えた。
- 332 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 14:02:46 ID:gXvHTkT.
とりあえずここまで
すまぬ、この話でハーレムルートは想定していないのだ
- 333 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 15:23:55 ID:aIhAB47M
王女と結婚ってことは男は王族だろ
一夫多妻制で何の問題もない
だから女ちゃんも幸せにしてやれ…
- 334 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 15:36:50 ID:ge124pBo
乙
切ないねぇ
- 335 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 16:14:29 ID:T/mruwlc
これでお別れか…
再会しない方が幸せ?
- 336 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 16:30:07 ID:gXvHTkT.
…翌日朝
充分な大きさの荷馬車を手に入れ、隊員達の荷物も軽く街道を順調に進みはじめた。
時魔女「これで旅が楽になったねー」
幼馴染「ほんと、テントも荷馬車も必要数揃ったし、あの惨めな食事ともおさらばできるよ」
昨日、午後からは顔を合わせなかった幼馴染も、すっかり吹っ切れた表情をしている。
俺は心の内で、ホッと胸を撫で下ろした。
時魔女「腹が減っては!」
幼馴染「お肌が荒れる!」
もうひとつ安心したといえば、午前中の出来事を女に怪しまれる事は無かった事。
これについてもビクビクしていただけに、大きく安堵した。
時魔女「お肌が荒れたら!」
幼馴染「王子様が逃げる!」
なんでこいつら、こんなに気が合うんだ。
本当に姉妹なんじゃなかろうか。
- 337 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 16:30:45 ID:gXvHTkT.
男「あ…ここだ。おい、幼馴染…ここが昨日の朝に話した新しい牧場だよ」
幼馴染「おー、広いねー。どうりで、向こうに牛が少なかったわけだね」
男「な?…あのまま行くにはちょっと遠い…だ…ろ…」
…しまった、これはしまった。
女「…昨日、逢っておきたかった方とは、どなたの事だったんです…?」
男「…えーと」
女「おかしいと思ったんです。私と時魔女さんも村をあちこち散歩したのに、お二人とも一度も会いませんでしたものねえ…」
時魔女が胸に手を翳す、嫌な予感に襲われる。
女「時魔女さん!男さんを止めて下さい!」
時魔女「了解!時間停止発動っ!」
男「ちょっ…!」
時間停止を味わうのは二度目、今度は命の危機だ。
女「男さん、完全詠唱の魔法は炎と氷と雷…どれがお好みです?」
傭兵長「ここが隊長殿の死に場所だったのですな…どうぞ安らかに」
視界の端で、荷馬車の幌に隠れようとする幼馴染が見えた。
- 338 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 16:32:27 ID:gXvHTkT.
レスさんくす
>>333
その手があったか!
>>335
お別れはしないです
幼馴染も仇敵の翼竜を討つために同行してるので
- 339 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 17:22:33 ID:lulQG9WE
幼なじみ派としては、むしろ女が邪m…
ん?雷か?ずいぶん近いな…
- 340 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 17:35:07 ID:KC71yUMU
誰だよこんなところに灰撒いたの
- 341 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/08(金) 18:30:35 ID:T/mruwlc
幼馴染がんばれ
…がんばれ
- 342 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 19:40:58 ID:gXvHTkT.
……………
………
…
…四日後
…月の国、北西の海岸
時魔女はその後も、内容を一々俺に告げながら星の副隊長との交信を続けていた。
そしてそれは我々にとって、良い方向に事態を進展させる事となる。
時魔女「あ、あの船だと思うよ!」
星の国の計らいにより、物資を乗せた船が海岸に近付く。
積荷は食糧を始め、予備の武器や当面を凌ぐに足る金貨などという話だ。
男「星の副隊長には感謝しきれないな」
時魔女「そっちの副官さんの事、副隊長も責任感じてるんだよ…遠慮なく役立ててあげて」
通信によれば本当なら魔法隊をはじめとする人員も送りたかったそうだ。
しかしそれは同盟国が無許可で月の国に派兵するという事になるため、さすがに叶わなかった。
傭兵長「さあ、船が接岸しますぞ。月の監視船に見つからぬ内に、手早く荷下ろしを」
- 343 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 19:41:29 ID:gXvHTkT.
船員と隊員の共同作業により、荷下ろしはものの10分ほどで完了する。
船には詳細な位置を相互に確認するため、星の副隊長も乗り込んでいた。
星の副隊長「時魔女様、月の隊長…いえ今は違いますね、男様を困らせてはいませんか?」
時魔女「困らせてなんかないよ!私がいなきゃダメって位、役立ってんだから」
男「そういう事にしとくよ」
星の副隊長「男様、どうかよろしくお願いします」
せっかくの再会だが、長居はできない。
星の副隊長は足早に船に乗り、離れゆく船尾から何度も手を振った。
月の副隊長の義足は既に試作段階を過ぎ、日々それに慣れるための訓練が行われているという。
彼と再会できる日も、遠くはないかもしれない。
- 344 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/08(金) 19:42:02 ID:gXvHTkT.
それともう一つ、星の副隊長から伝えられた気になる情報がある。
まだあやふやな情報ではあるが、白夜の王都に翼竜が現れたというのだ。
そしてその襲撃により、既に高齢で天寿を全うするのも近いと噂されていた白夜王が亡くなったという。
白夜は既に世継ぎも定まっていたから国政に大きな乱れは無いだろうが、なぜ翼竜は遠く白夜の王都を襲ったのか。
家畜を多く飼う田舎の村などを襲うのは納得できる。
しかし王都…まして高齢で遠征など行うとは考え難い白夜王が命を落としたという事は、その城の中枢を襲ったという事なのだろう。
星の国は月の国だけでなく白夜とも同盟を結んでいる。
だからこの情報もいち早く伝わったのだろうが、まだそれ以上の詳細は判らないとの事だった。
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