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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
- 482 名前: ◆M7hSLIKnTI []
投稿日:2013/11/20(水) 15:31:14 ID:5rCufxKI
……………
………
…
男「……ぅ…」
酷く身体が痛む。
肩、そして太腿の辺りだろうか。
痛みがあるという事は、やはり俺は生きているらしい。
目を開けても今度は黒しか見えない。
しかし段々と視界が定まり、黒く見えていたのは星の無い夜空だった事に気付いた。
身体の右側面が暖かく感じられる。
肩の痛みを堪えながら少し首を動かしその方を見ると、小さな焚火が起こされていた。
そしてその隣には、不安そうな顔で火を見つめる女の姿。
- 483 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/20(水) 15:32:16 ID:5rCufxKI
男「……女…」
女「!!」
声を受け、女は慌てたように俺の傍に寄る。
女「男さん…目が覚めたんですか…!?」
男「ああ…生きているんだな…俺も、お前も…」
女「良かった…!私…だめかと…」
それだけを言って女は両手で自らの顔を覆った。
肩を震わせ、時折嗚咽を漏らしながら泣いているようだった。
怪我が無ければ今すぐにでも、きつく抱き締めてやりたい。
それが出来ない事がもどかしかった。
- 484 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/20(水) 15:32:47 ID:5rCufxKI
あれから翼竜は我々を襲う事無く、祭壇を破壊し大臣達を攻撃したという。
そしてやがて瞳の色が紫から紅に変わり、洞窟を飛び出して行った。
混乱に乗じて武器を取り戻した後は、騎士長が指揮をとり祭壇から落ちた大臣達を一掃したらしい。
女が矢に射られてから時魔女が時間逆行を施すまでは、ものの一分ほどしか経っていなかった。
故に時魔女が魔力を再ロードするにはさほどの時間を要さず、完璧とはいかないまでも俺の致命傷は癒やす事ができたという事だ。
洞窟から出た後は傭兵長達の亡骸を埋葬し、今いる洞窟の目の前に仮の陣地を構えた。
翼竜の巣である洞窟の前なら、他の竜が襲ってくる可能性が低いと考えての事らしい。
傭兵長をはじめ幾人もの隊員を失いながら、自分は生き残ってしまった事は複雑に思える。
しかし身を呈して俺を救ってくれた彼や女の事を思えば、死ぬわけにはいかなかったとも言えるだろう。
男「隊長だってのに、俺は護られてばかりだな」
女「…また怒られたいのですか?」
男「そうだな、お前に怒られるのは…嫌いじゃない」
彼女は涙目のまま呆れたように笑い、説教の代わりに優しい口づけを落とした。
- 485 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/20(水) 15:33:44 ID:5rCufxKI
ここまでー
やっとキリらしいキリがついた
- 488 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 14:50:01 ID:iakRd6B2
男「…女、大丈夫か」
女「私の傷は完全に癒して頂きましたので」
男「そうじゃなくて…さ」
勇敢に竜に立ち向かい、その上で敗れた…彼女は自分の兄の死をそう認識していたはずだ。
しかし実際は国に利用され、望まぬ暴虐を働かされていた。
しかもそれは他ならぬ女自身を庇うために。
女「…大臣の話を聞いた時は、目の前が真っ暗になりました」
男「そう…だろうな」
女「兄の事を思うと、悲しくて…国が憎くて。いっそ自分が他国に売られてでも、それを防げるならそうしたかったと思いました」
ぽつりぽつりと心情を語る女。
しかしその瞳は負の感情にだけ染まっているようには見えなかった。
- 489 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 14:50:58 ID:iakRd6B2
女「でもね、男さん…あなたが矢に射られようとした時、私…身体が勝手に動いたんです」
男「すまなかった…俺のせいで」
女「謝らないで下さい、私は……」
彼女は少し言葉を詰まらせる。
沈黙の中、小さく耳に届く焚き火にくべられた枯枝が弾ける音。
俺は黙って彼女の言葉の続きを待った。
女「…大臣が憎くて、怒鳴りつけて復讐がしたかった。例え祭壇に拒絶されても、全力の攻撃魔法を唱えようかと思った」
瞳に涙を湛えながら、辛い胸中を言葉にして晒しながら、それでも柔らかく笑う彼女。
その表情からは、悲しみを振り切った強い意志が滲んでいる。
女「だけど今の私にとって、復讐よりも大切なのは…男さん…あなただった。私は、それが嬉しかったんです」
男「…そうか」
女「冷たい妹です…あなたが目を覚ますまで、この焚き火の傍で私は兄の事じゃなく、男さんの無事ばかりを考えてました」
- 490 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 14:51:32 ID:iakRd6B2
彼女の掌が、身を横たえたままの俺の頬に触れる。
その指先は冷たい、火の傍にいながら手を暖める事もしなかったのだろう。
ただ俺の意識が戻る事、それだけを祈りながら。
女「私のために犠牲になった兄は、きっと喜んでくれると思います。私が今、こんなに幸せでいる事を」
恥ずかしい…と思った。
彼女の台詞が照れ臭いだけじゃなく、己の復讐心にかられ彼女の気持ちを後回しにしてきた自分を。
女「兄の気持ちに報いるには、私…もっと幸せにならなきゃいけません。…だから、ね」
男「…言うな、照れ臭くて傷口が開く。星にも願ってたじゃねえか」
小さく声を漏らして女が笑う。
その様にはもう悲しみや憤りは感じられない。
女「いいえ、言います。…早く、本当のお嫁さんにして下さい」
男「…善処する」
- 491 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/21(木) 14:52:02 ID:iakRd6B2
糖分補給
- 492 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/21(木) 17:51:42 ID:st9PmQDI
すごく良いです
おつ
- 493 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/21(木) 19:49:11 ID:XNcdUCb2
(集団バトルが見たい…)
- 494 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 21:23:58 ID:Jm0IYgtE
俺も女も生きている。
どうやら女の気持ちも既に心配は要らないようだ。
それなら俺は先へ進まなければ。
まだ翼竜を討ったわけではないのだ。
例えその竜に彼女の兄が宿ろうとも、ほぼ制御の効かない存在だというなら見逃す事はできない。
もし女兄の意識が竜に介在するとしたら、きっと竜が人々を苦しめる事で彼は心を傷めている。
竜を討つ事は彼を救う事であるはずだ。
だけどその前に、俺は自分の心に刺さった棘を抜かなくてはならないと思った。
所詮、それは自己満足に過ぎないかもしれない。
それでも俺が、もう一度あの竜に挑むなら。
そのためにまたこの隊を率いようとするなら、俺には許しを乞わなければならない事がある。
- 495 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 21:26:23 ID:Jm0IYgtE
男「…痛てえな…くそ」
負傷していない右腕を使い、何とかその場に上体を起こす。
女「いけません!寝ていなくては…!」
男「そうはいかん…このまま怪我が癒えるまで、何日とここで寝て過ごす事はできんだろう」
女「でも…せめて夜明けまで」
彼女の意見を無言で否定し、俺は無理矢理に立ち上がった。
男「…すまん、肩を貸してくれ。騎士長の元へ」
女「それなら呼んで参ります!だからせめて座って…」
男「だめだ、俺が…行かなきゃいけない」
仕方なさそうに女は俺に肩を貸し、騎士長の元へと連れて行った。
騎士長はそれに気付くなり驚いた顔で駆け寄る。
騎士長「男殿!何を無茶な…呼んで頂けばこちらから…!」
男「それじゃ駄目なんだ…騎士長、俺はあんたに詫びなければならん」
- 496 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 21:28:14 ID:Jm0IYgtE
騎士長「何を言うのだ、詫びられる覚えなど無い」
本当なら膝をついて言うべき事だ。
俺は女に肩を離すよう願ったが、彼女はそれを許さなかった。
男「…先の戦いでは幾人もの犠牲が出た。即死した者は止むを得なかったかもしれないが…洞窟で矢に射られた者の中には息のある者もいたかもしれない」
騎士長「男殿…それ以上は言うな」
男「いや、詫びねばならん。白夜の騎士に限るわけではないが…時魔女の力で命を取り留めるのは、必ずしも女である必要は無かったはずだ」
それでも俺は身勝手にも時魔女に女を託した。
他の兵達を差し置いて、自分の大切な者を優先したのだ。
男「まして俺自身まで…何人の犠牲の上にこの命があるかと思うと、詫びずに…うっ!?」
突然、騎士長は俺の頬を殴った。
負傷した足には力が入らず転びそうになるも、なんとか女が抱き支える。
女「騎士長様!何をなさるのです…!」
騎士長「…それは我々への、そして亡き者への侮辱だ!」
声を荒げる騎士長。
周囲の隊員達が驚き、俺達を見てどよめいている。
- 497 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 21:29:07 ID:Jm0IYgtE
そして彼は俺の肩に手を置き、幾分かその表情を和らげて言った。
騎士長「女殿は戦場に散るべき兵ではない、まして男殿はこの部隊の指揮官。どこの世に指揮官の命より一兵卒を優先する隊があるというのだ」
男「しかし…」
騎士長「…私も詫びねばならん。あの時、男殿の真意が解らず護るべき指揮官を一人で矢の的としてしまった事…」
男「あれは…ああするしかなかった。斬撃で祭壇を崩そうとしたんだ…その後で敵を討つには他の隊員を温存しなければ」
騎士長「私も判断に苦しんだ…それは騎士としての尊厳を曲げるほどの事だ。男殿…二度とあのような事はしないと誓ってくれ」
彼の口調は重く、悔しさを滲ませていた。
騎士たる者、誰かを盾として己が逃げるという事は恥ずべき行為なのだろう…それは解る。
解っていたから、あの時の俺は真意を告げなかったのだ。
その俺の判断は彼にとって卑怯と思えるものだったに違いない。
男「……解った、すまない…騎士長。この頬の痛み、忘れまい」
騎士長「私もまだ青い、怪我人を殴る事も騎士の誇りに反するはずなのだが。…どうか許されよ」
男「いいんだ、騎士長。…救われたよ」
- 498 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/21(木) 21:31:52 ID:Jm0IYgtE
俺は女を含めて人払いを願い、騎士長だけに夢の話をする。
何の信憑性も無い話だが、翼竜の意志を操る女兄だ、俺の意識に干渉しても不思議ではない。
とはいえ確証が得られない以上、女に兄との再会を期待させるべきではないと思った。
騎士長も洞窟の最奥を調査する事に同意し、俺達は再び竜の巣穴へと足を踏み入れる。
ランタンに照らされる幾つもの崩れた祭壇。
そこに捨ておかれた大臣の亡骸は、権力のために他者を利用し続けてきた者の憐れな末路の姿。
それを横目に過ぎ、更に200ヤード程も進んだ先には一際広い空間が存在していた。
ここが翼竜が寝床としていた場所なのだろう。
突き当たりの壁面には、他のものより一段と凝った装飾が施された主祭壇が設けられている。
そしてその中央は、そこだけが彫刻を施されていない不自然に平らな壁となっていた。
ただ、その違和感は予備知識があれば目につくとしても、何も知らなければ意識する程のものでは無い。
- 499 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 21:33:02 ID:Jm0IYgtE
男「幼馴染…炸裂の矢で、この壁を壊せないか」
幼馴染「解った、やってみる…もう少し離れてて」
騎士長に肩を貸されながら、俺は彼女の後ろに退がる。
女「何があるのです…?」
男「必ず何かがあると断言はできん…見ていてくれ」
幼馴染が矢を放つ、轟音と共に壁が崩れてゆく。
目を開けていられないほどの砂埃。
それが次第に薄らいだ、その向こう。
男「…だが、どうやら何も無くはなさそうだな」
そこには暗闇へと続く、石積みの登り階段が現れていた。
- 500 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 23:06:40 ID:Jm0IYgtE
兵を主祭壇に待機させ、俺と女、騎士長、幼馴染、時魔女の五人だけで階段を登る。
時魔女「…はぁ…今ので百段、けっこう長いね…」
幼馴染「騎士長様、ずっと肩を貸してるけど大丈夫ですか?」
騎士長「私は大丈夫だが…男殿、傷は痛むか」
男「くっ…痛くないと言えば嘘になるが、止まる気にはならんな」
その後さらに五十段ほどを登って、ようやく視界が開けた。
男「…馬鹿な……」
俺達は台地の崖に口を開けた洞窟へ入り、その最深部から階段を登ったはずだ。
およそ百数十段、たぶん高低差にして100フィート強。
グリフォンの背から見た台地の高さは500フィートほどもあった。
つまり位置的には現在、どう考えても台地の土中にいる。
…それなのに。
騎士長「どういう事だ…これは」
そこは見渡す限りの荒野だった。
- 501 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 23:07:59 ID:Jm0IYgtE
およそ円形に広がったその空間は、周囲を低い山に囲まれている。
男「まさか…ここは台地の中か」
騎士長「しかし、台地の天蓋は何も無い平野だった」
男「確かに…だが中に空間があると言われても信じられるほど、不自然な地形でもあったな」
不思議な事に頭上には覆うものが無い。
まるであの台地の頂の平原を透かして見ているかのような、外で見たのと同じ星の無い夜空が広がっている。
しかし星の明かりが無いのに、何故この地形が判るのか。
あまり光と影のコントラストが感じられない、不思議な景観に思える。
そしてその荒野の中央にあるのは、岩山というにはあまりに造形的な構造物だった。
それは七竜をも凌ぐ、巨大な竜の石像。
よく見渡せば荒野の周囲には他にも少し小さな竜の石像が六体、中央の巨像を囲む湖に一体存在する。
その七体の像は大きさも形も、明らかにあの七竜だ。
- 502 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 23:08:52 ID:Jm0IYgtE
時魔女「あの湖の一体は…サーペントだよ…!」
幼馴染「周り六体…おそらく右奥がオロチね」
騎士長「左の一体がクエレブレだとすれば、その手前…歪に枝分かれした頭をもつものがハイドラだろう」
男「左奥がヴリトラ、右がサラマンダーなら、一番近い右手前がワイバーン…確かに姿も符合するな」
女「では…中央の巨像は…?」
女の問いに答えられる者はいないはずだった。
しかし回答は五人のいずれでもなく、背後から不意に返される。
???「あれは…滅竜です」
肩の傷を庇いながら、それでも俺は出来るだけ素早く振り返った。
いつの間にかそこに佇んでいたのは、若く美しい女性。
純白の衣、地面に届きそうなほどに長い髪。
先端に竜を象った彫刻が施された杖を手にした彼女は、目を閉じたまま真っ直ぐに俺達に向いている。
- 503 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/21(木) 23:09:33 ID:Jm0IYgtE
???「とうとう生きた人間が、ここへ辿り着いたのですね…」
男「…命亡き者は来た事がある…という事か」
???「…知っているようですね。いかにも…意識だけの存在となったあの方は、何度も」
やはり夢は正しかった、女兄はここへ来ているのだ。
竜に喰われた後、肉体を持たない存在となって。
???「…私は真竜の巫女、このクレーターの結界を護る者」
時魔女「クレーターって…隕石の衝突跡だよね」
男「じゃあここは台地じゃなく、本当は山に囲まれた窪地だというのか」
巫女「その通り…外からは入る事も見る事も叶わぬよう天蓋の結界を施した、全ての始まりの場所」
女「…始まりの場所?」
巫女「予想より早くはありますが、全てをお話ししましょう…」
そして彼女は語り始める。
この世界の始まり、人間の歴史、真竜と滅竜という二柱の神竜、そして七竜の事を。
- 504 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/21(木) 23:12:58 ID:Jm0IYgtE
今夜はここまで
>>493
もう少し待ってくれ
ラストバトルは近い…かな?
それでは、てーい
- 505 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/21(木) 23:30:33 ID:3Mw4DeSA
てーい
- 506 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/22(金) 01:01:32 ID:ZkAvUTPk
てーい!
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