■戻る■ 下へ
農夫と皇女と紅き瞳の七竜
- 407 名前: ◆M7hSLIKnTI []
投稿日:2013/11/15(金) 13:54:16 ID:qfNwpSHM
第三部、はじまりー
.
- 408 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 13:55:05 ID:qfNwpSHM
関所から離れた険しい山を越え、グリフォンの編隊は西の台地を目指す。
星明かりにうっすらと浮かぶ山岳の尾根、彼方に横たわり三日月の光を縦長な帯として映す海。
初めて空から眺める大地は、例え夜の景色であっても目を奪った。
男「…降下してるな」
時魔女「もうそろそろ飛び立って20分経つだろうから、いったん降りて休憩かな」
幼馴染「真下は真っ暗に見えるから、森なのかな…?降りられるところ無さそうだけど」
開けた場所を探して旋回するグリフォン。
少しして針路をとった先には、漆黒に沈む森の中にあってそこだけ星明かりを反射する部分がある。
最初小さな池だと思えたその場所は、近付いてみれば直径半マイルはあろうかという湖だった。
やはり上空から、しかも夜間では大きく感覚が狂うものだ。
湖畔にはなだらかな砂利の浜辺があり、グリフォンの編隊は静かにそこへ降り立つ。
- 409 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 13:55:38 ID:qfNwpSHM
暫し翼を休めるグリフォン達は、湖面に嘴を浸け水を飲んでいる。
その湖の背景、森の彼方に仄かに見える一定の高さで水平に続く稜線こそ、西の台地に違いない。
男「…ついに禁足地に入ったのだな」
果たして翼竜が潜むのは台地の上か、この裾野か…
幼馴染「まだ関所の向こうってだけで、禁足地なのは台地の上じゃないの?」
男「揚げ足とるなよ…入っちゃいけねえんだから、禁足地の内だろうが」
時魔女「『ついに禁足地に入ったのだな…』だって、間違ってんのに格好つけてたよー」
どうも幼馴染と時魔女にかかると緊張感が薄れる。
飛び立つ前の話、ちゃんと聞いてくれていたのだろうか。
男「はいはい、俺が間違ってました…」
だがここでそれを咎めたりすると、決まって屁理屈に丸め込まれるのだ。
俺はあえて気にせず、探索に向けての話をしようと騎士長の元へ向かった。
男「騎士長、ちょっといいか。今後の事だが…」
- 410 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 13:56:15 ID:qfNwpSHM
男「グリフォンは負荷状態で一度に20分の飛行をして、次の飛行までどの位の休息が必要だ?」
騎士長「同じだけも休めば飛べるが…あまり多く繰り返せば次第に飛べる時間は短くなるな」
男「まだ遥かに見える台地の稜線だが、今夜中にあの裾までは飛べるだろうか」
暗くてよく判らないながらも、見渡す裾野に翼竜が潜めるような地形は少ないと思われた。
ならば可能性が濃いのは、台地周囲の起伏に富んだ範囲だろう。
騎士長「それは問題ない。山岳を越える際はかなりの高度を飛んだが、これからは低空を飛ぶ方が安全でもある」
男「飛ぶ高度によって何か変わると…?」
騎士長「高高度では空気が薄くなる故、グリフォンの体力消耗も早くなる。これからの低空飛行では倍も速度が出せましょう」
僅か二十分で山岳を越えたあの速さの倍とは、恐れいった。
さっきは景色を見る事に気を奪われ忘れていたが、今度こそ船酔いの状態を覚悟しなければならないかもしれない。
男「できれば暗い内に裾まで進み、夜明けの薄明かりで一度台地の上を見ておきたい。どこに腰を据えるかは、そこで決めよう」
騎士長「それで良いでしょう。地形を把握した上で、どこで翼竜を迎え討つか定める…賢明ですな」
- 411 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 13:56:56 ID:qfNwpSHM
男「じゃあ、そういう手筈で行こう。グリフォンの休息が充分になったら、教えてくれ」
騎士長「承知した」
男「…では、騎士長も出来るだけ休んでくれ。ただ乗せてもらっているだけの俺達よりは神経をつかう分、疲れるだろう」
騎士長「何、どうという事はない…。それより、男殿…ひとつよろしいか」
既に振り返り、女達の元へ歩もうとしていた俺を騎士長が呼び止める。
男「…何だ?」
騎士長「本来なら大切な戦いを控えた今、話すような事ではないかもしれないが…」
少し言い難そうな話し方、まだ付き合いは浅くとも彼らしくないと思った。
- 412 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 13:57:27 ID:qfNwpSHM
男「幼馴染の事…か」
騎士長「…聞いておられたか、お恥ずかしい」
男「聞いているのは掻い摘んだところだけさ」
騎士長「知っておられるなら単刀直入に言おう。私は翼竜を討った暁には、再度…幼馴染殿に求婚をするつもりだ」
男「…なるほど、随分と惚れたものだな。だがその事は俺に断る必要は無いよ」
騎士長「…男殿に妻があると聞いた時は驚き申した。本当は一度、貴殿と決闘をする覚悟であったのだが」
男「はは…怖い事を。俺は翼竜を倒した後は、妻の為にも死ぬわけにはいかん。だが、模擬戦ならばいつでも受けよう」
騎士長「翼竜を倒した後は…か。相当な覚悟をもって竜に挑むおつもりなのだな」
男「…命を賭して、そう言うと妻に怒られてしまうけどな」
- 413 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 13:58:00 ID:qfNwpSHM
男「…まあ、この話は後だ。戦いが終われば存分に聞くさ。出来る事なら、俺もあいつには幸せになって欲しい」
全ては翼竜を討った後の話だ。
俺が女を本当に妻とするのも、騎士長と幼馴染がどんな道を歩むのかも。
逆賊となった俺達が、どこに身を寄せるか…それも今考えたところで仕方の無い事。
死地を目指そうとするなら、その先の未来を想い過ぎる事は枷にしかなるまい。
騎士長「もう、休息は足り申した。いつでも飛びましょう」
命を賭して挑む。
でもそれは死ぬ事を望むわけではない。
俺にその先を想う権利はあるのか、それを知るために。
男「…行こう。未来を想うのは生き残ってからで、遅くはあるまい」
- 414 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 13:59:36 ID:qfNwpSHM
………
…
それから数度の休息を経て、遂に台地の麓へと降りる。
夜空の星が巡る位置を考えれば、思う以上に早い時間に着けたようだ。
まだ夜明けまでは三時間ほどもあるだろう。
少し森から距離をとった平原、見通しの効く場所を仮の陣地と選び、幾つかの控えめな焚き火を起こした。
毛布などの荷物は持ってきていないから、各自その火の周りで待機する。
男「夜明けまで交代で見張りだ。グリフォン隊は夜間飛行で疲れた事だろう…残りの者を二手に分けろ」
傭兵長「解り申した、では…」
- 415 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 14:00:59 ID:qfNwpSHM
昨日は日中これといって動いてはいないが、さすがに深夜も過ぎれば眠たくなるのも無理はない。
隊員達は焚き火の周りで、座ったままうつらうつらとしている。
しかし俺は翼竜戦に向けて気が張っているのか、なかなか寝つく事はできずにいた。
男(でも、少しでも寝て万全を期さなきゃな…)
隣で目を閉じ、時折舟を漕ぐようにしている女。
不思議なものだ、こうして彼女の穏やかな横顔を見ているだけで、張り詰めた気分が和らいでゆく。
次第に俺の意識も、眠りの淵へと落ちていった。
- 416 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 14:04:23 ID:qfNwpSHM
………
…
男(…ここは…?…暗い…空が暗いのか)
『……大丈夫です……』
男(…この声は…女……?)
『私は男さんの妻…でも』
男《…女、どこにいる。何を…》
『…それは形式上の事ですので』
男《…女……どうした、誰と話しているんだ》
『ごめんなさい…男さん』
男《聞こえないのか?…女、何を言っている…》
『貴方の妻となれない事…お許し下さい…』
男《おい、女…!》
『私は……………の妻となります』
男《…待て…どういう事だ…!?…女……女っ…!》
- 417 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/15(金) 14:05:36 ID:qfNwpSHM
……………
………
…
女「…さん!…男さん!」
男「女…!う…ぅ…ん?…あれ?」
女「どうされたのです?…すごくうなされていましたけど。もう夜明けですよ」
目を覚ますと女の顔が目の前にあった。
冷えた明け方だというのに、俺は額に汗をかいている。
男(…なんだよ、今の夢は)
戦いに備えるつもりだったのに、妙な夢のせいでちっともすっきりとしない目覚めになってしまった。
男(女が俺を捨てて、違う者と結ばれる…か)
もし俺がこの戦いで死ぬのならば、当たり前の話かもしれない。
そうでなければあり得ない…と、信じたいが。
- 428 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 11:14:33 ID:cehwDkSo
グリフォン隊は既に整列し、来るべき決戦に向けて待機している。
他の隊員達も言葉少なく、その闘志を研ぎ澄ましているようだ。
男「騎士長、予定通り薄暗い内に一度台地の上を見ておきたい」
騎士長「ああ、私のグリフォンの鞍を複座としてある。すぐに乗って頂こう」
男「傭兵長、すぐに戻る。暫く指揮を引き継いでくれ」
傭兵長「承知した。何かあったら、幼馴染殿の炸裂の矢を上空に射って頂きましょう」
台地の上、定められた本当の禁足地。
足を下ろす訳でなくとも、そこを見た者など今の世に存在するのだろうか。
俺は騎士長と共にグリフォンの背に乗り、薄っすらと青みを帯び始めた空へ舞った。
- 429 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 11:15:06 ID:cehwDkSo
男「何だ…これは」
台地の上を見た最初の感想は、予想外という表現しかつけられないものだった。
騎士長「なんという…このような地形があり得るのか」
男「あまりに異様だな…自然の摂理によって、こんな形状になるとは思えん」
何も無い、それが最も相応しい表し方だろう。
まるで山を巨大な刃で削ぎ落としたかのような、真っ平らな地形。
高さは500フィート、直径は5マイルほどだろうか…比較できる構造物が何も無いからそれもあやふやではあるが。
これだけの面積が受ける雨も馬鹿になるまいに、何故か台地上には湖はおろか小川すら無い。
それどころか木々の姿も目立った岩も、窪みや丘のひとつさえも無く、まるでテーブルの様な人工的な平坦さ。
しかしこのような真似を人間が出来るとも思えなかった。
男「少なくとも翼竜を迎え討つに相応しい地形ではないな…」
騎士長「身を隠す場所すら無いのでは、有利とは言えますまい」
男「ただ、見張りを置くには優れているな。ここにグリフォンを数体配置すれば四方全て……」
その時、視界の端の空に閃光が映った。
- 430 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 11:16:01 ID:cehwDkSo
男「幼馴染の矢だ…!何かあったか!」
騎士長「男殿、手綱をしっかりと持ってくれ!飛ばすぞ…!」
ものの十数秒、全速のグリフォンが戻った先に見えたのは、夥しい魔物と交戦する隊の姿だった。
騎士長「馬鹿な…!こんなに竜が…!」
その魔物の全てが、竜族。
翼を持つ飛翔竜、地を這う脚竜など幾種もの竜が隊を囲んでいる。
これらの雑多な竜は、個々のつよさとしては七竜には遠く及ばない。
しかしそれでも竜族は強大な魔物として怖れられる存在。
それがこんな数で群れをなすとは、信じ難い光景だった。
- 431 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 11:17:07 ID:cehwDkSo
騎士長は飛翔竜の間を掻い潜り、俺を地に降ろすと長槍を構えて再び空へ飛んだ。
幼馴染「男…!時魔女ちゃんと女さんのところへ…!」
男「解った…!」
女達は台地の崖を背に、赤い肌の竜と対峙している。
俺はそこへ駆けながら、間を阻む蛇の様な竜に切りかかった。
男「女…!少し凌げ…すぐに行く!」
女「はい…!」
彼女の凍結魔法が赤竜の身体を捉える。
威力を思えばやけに詠唱が早いのは、時魔女が時間加速を彼女に施しているからだろう。
本当なら翼竜戦まで魔力や弓兵の矢はできるだけ温存しておきたいところだが、この状況では止むを得ない。
男(くそ…トリガーを引く訳にはいかん!)
しかし七竜の鱗を裂けるこの剣の特殊効果は、肝心の一戦までとっておくべきだろう。
- 432 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 11:17:39 ID:cehwDkSo
男「くたばれ…!!」
数度の斬撃により動きの鈍った竜の首を狙い、渾身の一撃を浴びせる。
喉元を大きく裂かれた蛇の竜が青い血を吹きながら地に崩れた。
男「女!大丈夫か…!?」
彼女らの方を向き直ると、赤竜が力無くその胴を地に擦っている。
女「終わりです…!」
瞬時に現れる雷雲、青白い稲妻。
俺が向かうまでもなく、彼女達は赤竜を仕留めた。
- 433 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 11:18:10 ID:cehwDkSo
男「さすがだな…!だが出来るだけ魔力は温存してくれ!」
女「この程度、何と言う事はありません」
時魔女「女ちゃん、かっくいい!」
息があるかは知れないが、数名の隊員達が地に伏せている。
飛翔竜はグリフォン隊が引きつけてくれているらしく、地上を襲ってはこない。
男(これ以上、兵は減らさせん…!)
傭兵長「隊長殿!一体、行きましたぞ…!」
鰐のような体躯をした脚竜が、似合わぬ速さで俺に迫る。
男「来い…!切り伏せてやる!」
- 434 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 11:19:01 ID:cehwDkSo
少しずつ視界が鮮明になってゆく、太陽が地平から覗き始めたのだ。
そして不意に戦場に射すその白い光線が揺れる。
それと同時に歩みを止め、その身を竦ませる脚竜。
男(何だ…?)
その竜だけで無く、空に舞う飛翔竜も含めた全ての竜が身体の向きを変え森へ、あるいは空の彼方へと散ってゆく。
幼馴染「どうしたの…急に」
また、太陽の光が陰り揺れた。
男(何かに怯えていた…まさか…)
上空から騎士長の声が響く。
騎士長「男殿…!東だ、朝日を背に…!」
眩い旭日に浮かぶシルエット、悪魔のような蝙蝠の翼。
竜達が怖れ、道を開けた主の姿がそこにあった。
男「来たか…翼竜…!!」
- 435 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 12:27:19 ID:cehwDkSo
数名でも兵は失われた。
多少なりとも魔力や矢を消費してはいる。
迎え討つと呼べるほど体制が整っているわけではない。
男「…多くは言わん!」
それでも背後にする台地の崖には身を潜められるところは幾らかある。
あのまま雑多な竜に人員を削られる事を思えば、今挑む事は不利ではない。
男「総員…!健闘を祈る!…そして」
瞬く間に翼竜が接近する。
先ほどまでの乱戦に気付いていたのか、真っ直ぐにこちらを目指している。
男「…生き残れ!竜を堕とし、互いの肩を抱こうぞ!」
隊員「おおおおぉぉっ!!」
グリフォン隊がV字編隊を組み、翼竜を迎える。
速度を落とし、咆哮を上げる翼竜。
その瞳は、敵意と紅き光を湛えていた。
- 436 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:26:12 ID:cehwDkSo
グリフォンが翼竜を取り囲むように散開する。
翼竜の高度のやや上、翼の周囲でその動きを阻害するように。
数体はわざと視界に入りその注意を引き、死角から別のグリフォンが翼の付け根や喉元を狙って突入を繰り返す。
男「上手い…既に高度が少しずつ落ちている」
二体のグリフォンが交差するように翼竜の喉元を目指した。
弓や魔法の射程に捉えるには、まだ幾らか高度を落とさせなければならない。
竜の死角、頭上から急降下する一体。
他のグリフォンにも増して動きが鋭い、おそらく騎士長の駆るものだろう。
そのまま速度を槍撃に乗せて、頭の付け根に刃をたてる。
硬い鱗の隙間を突いたか、青みの強くなった空に赤い鮮血の飛沫が舞った。
- 437 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:28:15 ID:cehwDkSo
がくん…と、竜が高度を落とす。
身を捩り、斜め下方に逃れようとしたかに見えた。
しかし数体のグリフォンがそれを追ったその時、一瞬身を竦めた翼竜は身体を捻り、驚くべき速さで反対に向き直る。
予想外の動き、即座に散開するも一体のグリフォンがその眼前に取り残された。
時魔女「あ…!」
幼馴染「だめ…回避が間に合わない!」
延べられる翼竜の首、避ける事が叶わず顎に囚われるグリフォン。
鷲の羽根が空に散り、その胴体が千切られる。
騎士「は…ははっ!これは…亡き先王からの…預かり物だっ…!」
虜の騎士が力を振り絞り槍を突く。
顎の中へその切っ先を抉り込むと、翼竜は小さく呻くような鳴声をあげた。
また空に霧の様に吹いた鮮血は竜のものか、勇ましき騎士のものか。
力を失ったグリフォンと引き裂かれた騎士の身体が木の葉のように舞い落ちる。
- 438 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:29:05 ID:cehwDkSo
男「…見事だ、白夜の騎士!弓兵、掃射準備!彼の者に報いるぞ!」
弓兵「はっ…!!」
痛みに動きを鈍らせた翼竜、その背後からまた二体のグリフォンが翼の付け根に突入した。
翼竜の高度が更に落ちる。
幼馴染「炸矢ならもうダメージは与えられるわ!」
男「一時グリフォンを退避させなければならん!合図として少し離したところを射て!」
幼馴染「解った…!いけっ!」
翼竜、そしてグリフォン隊から50ヤードばかり離れた空中で矢が炸裂する。
高度的には充分に届いているようだ。
男「すぐに次を射るんだ!今度は喰らわせろ!それから時魔女…!」
時魔女「もう始めてるよ!…時間停止モード、コンバート完了…目標ロックオン!」
幼馴染「炸矢…複式!」
グリフォンが少し距離をとった、その隙に翼竜は空域を逃れようと大きく翼を広げる。
その翼下、数本の矢が閃光と轟音をもって炸裂した。
羽ばたきを阻害され、バランスを崩す翼竜の巨体。
- 439 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:30:04 ID:cehwDkSo
男「弓兵!掃射はじめっ!…女!雷撃魔法を準備しろ!」
女「はいっ!」
矢の弾幕が翼を襲う。
しかしバランスを失いかけた竜は、空中に踏みとどまるために翼を閉じる事ができない。
蝙蝠のそれに似た翼が、矢に射られ穴を穿けられてゆく。
女「詠唱終わりました…!放ちます!」
翼竜の頭上、覆い被さるような雷雲が現れる。
女「堕ちなさいっ!翼竜…!」
自然の稲妻にも遜色の無い、目も眩むほどの落雷。
翼竜は長い首を反らせ、その体躯を痙攣させている。
それでも堕ちまいと更に大きく、三対の翼を全て重ならないように広げきった。
まさに今、この時、この機を逃すわけにはいかない。
時魔女「時間停止…発動っ!!」
俺の指示を待つまでもなく、時魔女がその能力を解放する。
刹那、翼竜は空に縛られた。
- 440 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:30:46 ID:cehwDkSo
グリフォン隊が再び一斉突撃をかける。
槍によって切り裂かれてゆく翼、動けない翼竜。
一度の突入で一対の翼は既に風を受けられないであろう程に破れている。
時魔女「もう堕ちるかな…!?今、時間停止を解けばまたすぐにチャージできるよ!」
まだ時間停止を発動して数秒。
地上に堕ちた翼竜の動きを縛る事が可能なら、勝利は見えたも同然だろう。
空中で止まった竜の体勢は著しくバランスを失ったものに見える。
おそらくもう、竜は堕ちる。
男「…解除しろ!」
時魔女「了解っ!」
動きを取り戻した竜が、傾き、失速する。
散る血飛沫、翼の破片。
大空を我が物と君臨した、あの翼竜ワイバーンが堕ちてゆく。
- 441 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:32:41 ID:cehwDkSo
逆さを向いた翼竜は、鈍く鳴いた。
空を司る七竜が、たかが小さな人間に堕とされる…さぞ屈辱的だろう。
その右瞳は、怒りに満ちた色をしているに違いない。
大地を震わせる轟音。
砂煙を巻き上げ、遂に地についた竜。
翼と脚を使い、必死で体勢を起こそうともがいている。
男「時魔女!いけるか…!?」
時魔女「もうちょい…!コンバート…完了っ!」
俺はごくりと唾を飲み、剣のトリガーを引く。
真っ直ぐに竜の目を見据えて、駆け出した。
傭兵長をはじめ、地上部隊の総員がそれに続いている。
- 442 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:33:35 ID:cehwDkSo
《充填開始》
この時が、来たのだ。
《…10%…》
男「女!凍結魔法の詠唱を始めておけ!」
女「はいっ!」
《…30%…》
両親の、そして仲間達にとって大切な人々の仇を。
傭兵長「いいザマだ…翼竜め!」
《…50%…》
.
- 443 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:34:14 ID:cehwDkSo
時魔女「目標ロックオン…!」
幼馴染「父様の仇…!今こそっ!」
《…70%…》
翼竜を討ち、復讐を誓う日々を終わらせる。
新たな明日を、今を生きる大切な者と共に想えるように。
《…90%…》
時魔女「時間停止、発動っ!」
再び翼竜を時間停止の呪縛が襲う。
《…100%…》
…しかし。
- 444 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:35:49 ID:cehwDkSo
翼竜の周囲に突如、青い魔方陣が現れる。
男「何っ…!?」
聞いた事はある、あれは高位の魔導士が使うという拒絶魔法に違いない。
時魔女「アンチスペル…!まさか!さっきの一度で時間停止を解析したの…!?」
一度受けた魔法を拒絶する、守護魔法の最上級術のひとつ。
そのような魔法を竜が使うなど、あり得ないはずだ。
男「ふざけるなっ…!!」
しかし現実に目の前で時間停止は翼竜に拒絶された。
既に竜はその身を起こし、怒りの咆哮をあげている。
男「くそ…そのまま首を落としてやるっ!!」
女「男さん…!戻って下さいっ!」
呼び戻そうとする女の声、しかし止まるわけにはいかない。
時間停止を二度使うために、翼は最低限の破壊にとどめた。
一度はバランスを崩し地に堕ちた竜も、このままでは再び空へ昇るに違いない。
果たして、間に合うか。
- 445 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/18(月) 20:37:33 ID:NRBvqXbA
しかし次に翼竜がとったのは再度の飛翔でも、直接の攻撃でも無かった。
竜の周りにまた現れる、今度は黒い魔方陣。
女「いけない!それはっ…!」
翼竜を中心に、黒い波動が円形に広がる。
それは俺を含む接近していた兵の全てを飲み込んでいた。
そして続いて円の中心から広がるように、地面の草が一瞬で枯れ朽ちてゆく。
男(即死魔法…!)
幼馴染「男!逃げて!」
ぎりぎりで効果範囲の外にいる幼馴染が叫ぶ。
男(畜生…!剣の闘気充填は完了してるのに!)
僅かな迷いは俺に引き返すタイミングを失わせていた。
- 446 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/18(月) 22:33:33 ID:4UQKz.5M
傭兵長「隊長殿…!!」
目の前に駆け寄った傭兵長が俺を思い切り突き飛ばす。
転がるように即死魔法の効果範囲を脱した俺が、もう一度前を向いた時。
そこには膝をつき、いつもの憎らしい笑みを浮かべた傭兵長の姿があった。
傭兵長「ああ、実に善き死に場所を見つけ申した…」
男「傭兵長っ!」
既に彼は枯死した草の中にいる。
地に突いた剣で上体を支え、それでもゆっくりと目を閉じてゆく。
傭兵長「…おさらばです…隊長…殿…」
にたり…と、笑んだまま彼が崩れ落ちる。
- 447 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/19(火) 02:23:53 ID:1paXXess
あああ…
次へ 戻る 上へ