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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
105 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/25(金) 01:05:14 ID:bPGwyeig

……………
………



男「………ぅ…うん…?」

時魔女「あ、起きた!幼馴染ちゃん、男が起きたよー!」

目を開けると、俺を覗き込む時魔女の顔が視界の中央にあった。

周りの景色は見えない、野営用のテントの中のようだ。

…という事は、かなり長く意識を失っていたのだろう。

幼馴染「おはよ、男…大丈夫?」

テントの入り口付近にいた幼馴染が、こちらに歩み寄る。

入り口から見えたテントの外は、既に暗くなっているようだった。

男「ああ…楽になってる」

上体を起こしてみても、もうフラつく感覚は無い。


106 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/25(金) 01:05:56 ID:bPGwyeig

時魔女「ごめんね…本当に無理をさせちゃった」

男「いいさ、あの剣の一撃が無かったらもっと苦戦してたかもしれない」

幼馴染「すごかったよね、ひと振りで十体以上は片付けてたもの」

本当に、その斬撃を繰り出した本人が一番驚いているほどだ。

…いや、それよりも驚いたのは。

男「お前…いつ戻ってたんだ」

幼馴染「二日前、男達がサイクロプス討伐に出た日だよ。あの港町に着いたの…それから後をつけてたんだ」

男「とりあえず礼を言おう。助かった、無駄に兵を減らさずにすんだよ」

幼馴染「どういたしまして、ドラゴンキラー殿」

男「よせよ、お前に言われるのが一番気恥ずかしい」


107 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/25(金) 01:06:58 ID:bPGwyeig

俺はテントの中を見回した。

しかし姿は見えない。誰の…とは言うまでも無いだろう。

時魔女「女ちゃんなら、外にいるけど…呼ぼうか?」

男「いや…行ってみるよ」

幼馴染「まだ立たない方がいいんじゃない?」

男「…大丈夫だ」

立ち上がると流石にまだ少し脚がおぼつかない。

できるだけそれを二人に悟られぬよう振る舞いながら、俺はテントの開口部をくぐる。

西の空はまだ幾分か夕焼けている、時刻は午後七時といったところか。

少し離れたところ、草地の中から顔を覗けた胸高ほどの岩の上に、女は腰掛けていた。


108 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/25(金) 01:07:30 ID:bPGwyeig

男「…女、心配をかけたか」

女「………私の夫は、あの程度で大事に至るような方ではありません」

彼女は視線を遠くに遣ったまま、控えめな声でそう答えた。

短い沈黙、そして小さな溜息に続いてこちらを振り返る。

女「…嘘です、心配しました」

男「すまん…」

女「何に対してです?」

男「………?」

質問の意図が読めず口ごもる俺に対し、女は人差し指を立てて言葉を続けた。

女「心配をかけた事ですか?まだバーボンを下さって無い事…?」

男「前者に決まってるだろ、バーボンなら後で…」

女「それとも、幼馴染さんが女性だとは言って下さらなかった事…ですか?」


109 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/25(金) 01:24:06 ID:bPGwyeig

男「…女、何か勘違いをしてないか」

女「勘違いなどしていません。幼い頃から共に過ごし、強くなる事…仇敵を討つ事を互いに誓い合い、数年も離ればなれになった女性でしょう?」

なんて意地の悪い言い方をしやがる、女も段々と地が出てきたらしい。

でも俺がおぼつかない脚を隠してまで女の元へ来たのは、確かにその点を言い訳するためだった気がする。

男「わざとらしい言い方をするなよ、あいつは兄妹みたいなもんなんだ」

女「…解っています」

すとん…と、岩から降りる女。

彼女の長い髪が揺れて、高くなり始めた月の明かりに照らされた。

女「こんな気持ち、不快です。胸が痛くて、熱くて…」

男「………」

女「私…嫉妬をしてるんだと思います」


112 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/10/28(月) 13:13:56 ID:mO4GwnEs

女の口から零された意外な言葉。

俺たちの関係はそもそも、突然に降って湧いた縁だったはずだ。

それでも日々を共に過ごす内、互いに歩み寄ろうとはしていた…それは解っている。

ただ、その歩みはとても緩やかなものだと思っていた。

だから俺は既に彼女の心に嫉妬という感情が芽生え得るなど、幼馴染の存在をそんな風に捉えるなどとは考えもしなかったんだ。

女「…ごめんなさい、困らせて」

詫びる女の表情はとても切なげに見えるけど、それを晴らすためにどんな言葉を選べば良いのかさえ俺には解らない。

こんな痴話喧嘩のようなやりとりなど、した事が無いから。

だから不器用にも、ただ言い訳を並べるしかできなかった。

男「…幼馴染がオンナだと話さなかったのは、話す必要性さえ感じなかったからなんだ」

…でもこの時、この言い方はまずかったらしい。

ただしそれは目の前の女に対してまずいのではなく。

幼馴染「それは酷いなあ」

俺はその女性が背後から憤慨の声を投げるまで、その接近に気付けていなかった。


113 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 13:14:26 ID:mO4GwnEs

男「幼馴染…聞いてたのか」

幼馴染「そーですか、男にとって私はそんな存在だったのね」

腰に手を当てて、さも不服そうに彼女は言った。

幼馴染「…ま、仕方ないけどね。あんたへの恋心は捨てるって宣言しちゃったんだし」

男「おい、変な事を言うなよ」

幼馴染「…女さん、だったよね?時魔女ちゃんから聞いてはいるけど、貴女自身の口から聞かせて。…貴女は男の、何?」

知ってるなら敢えて訊かなくてもいいのに。

しかし女の返答は時魔女から同じ問いを受けた時とは、微妙に違うものだった。

女「妻です、ただし…形式上の」

幼馴染「…そんな言い方したら本当にそう認識させて貰うけど、それでいいの?」

女「事実ですから」


114 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 13:15:44 ID:mO4GwnEs

男「幼馴染、それは俺が言った事なんだ。仇の竜を討つまではそういう事にしておいてくれって」

幼馴染「ふーん…じゃあ、やめといた方がいいんじゃない?こんな身勝手な人と結婚するのは」

男「…ひでえ言われようだな」

幼馴染「女さん、悪い事は言わないから形式上って言ってる内に、破棄しちゃった方がいいよ?」

身勝手なのは認めるが、何も俺は女との結婚を嫌がってるわけじゃない。

ただ、護るべき物を持てば死地に赴く際の枷となる…そう考え、恐れただけ。

その事は女に話して、納得して貰っている。

だから女は幼馴染の発言に表情を変えた。

おそらく彼女は今、怒っている。

女「それは嫌です」

幼馴染「…どうして?聞けば貴女は月の国の皇女様で、男と引き合わされたのもついこの間の事なんでしょう?」

女「…そんな事は関係ありません」

幼馴染「男はね、皇女様に似合うほど大層な人間じゃないわ」

女「男さんはこの国に無くてはならないドラゴンキラー、逆に王族の末席たる私では釣り合わない程の御方です」


115 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 13:16:40 ID:mO4GwnEs

女「幼馴染さん、今の男さんは貴女がよく知る昔の彼とは違うんです」

幼馴染「ううん、私にとっては変わらない。五年前、好きだと告げた男のままよ」

女「いいえ、変わってるんです。だって先日、仮にも私と結婚しましたから」

幼馴染「仮にも、形式上…ね?」

女「仮でも形式上でも、私は彼の妻です。だから夫を貶める言葉は見過ごせません」

そこまでで二人は言葉を切り、睨み合うようにして数秒を過ごす。

俺にとってその僅かな時間は、とんでもなく長い沈黙に感じられた。

…それを破ったのは。


116 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 13:17:58 ID:mO4GwnEs

見張り兵「敵襲!敵襲…!サイクロプスの生き残りが来たぞ!」

かがり火の向こう、谷の奥側を見張っていた兵が声をあげる。

まだ巨人は宿営地には達していないらしい、よくこの暗さで手前から気付いてくれたものだ。

だが多くの兵士はその身の兵装を解き、すぐに戦える者は少ない。

兵装にこだわらず戦闘が可能な隊に頼るしか無いだろう。

男「魔法隊っ!急げ!」

見張り兵「サイクロプス、現在3体!」

幼馴染「視界さえきけば、目を射抜いてやるのに…!」

女「…言いましたね?」

女は短く魔法詠唱を経て、手を翳す。

かがり火の向こう、夜空をバックとしたシルエットで見えていた木立が火に包まれ、その向こうを照らした。

女「これで見えるでしょう、外さないで下さい?」

幼馴染「なめないで、単身異国に渡って修練を重ねたのは伊達じゃないわ」

幼馴染が背に負ったままにしていた大弓を構える。

つがえた矢は三本、まさか同時に放つつもりか。


117 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 13:19:24 ID:mO4GwnEs

幼馴染「追影、複式…!」

三本の矢が放たれる。それらは独立した弧を描きながら、三体の巨人の瞳を目指した。

幼馴染「…女さん、意地悪を言ってごめんなさい」

一体ずつ、地に伏してゆく巨人。

防衛線を張ろうとしていた兵達が感嘆の声をあげている。

幼馴染「貴女の気持ちが知りたかっただけなの。いくら自ら男に決別を告げたとは言っても、少しは悔しくもあったから」

女「いえ…謝るのは私です。幼馴染さんの存在を知っていたとしても、どうする事もできなかったとはいえ…」

幼馴染「じゃあ、決まりね。悪いのは男、という事で」

女「はい、それで結構です」

男「え…!?」

どういう事だ、さっき女は俺を庇ってくれたのに。俺がどんな悪い事をしたというのか。

五年前、幼馴染は一方的に俺に想いを告げて、一方的に別れを告げた。俺はそれに対して特に答えなかった。

女と結ばれる流れになった時、そんな過去の事を気にしなかった。だから女には話もしなかった。

そして幼馴染との間には何のしがらみも無い事を女に告げ、間抜けにもそれを本人にまで聞かれた。

うん、悪いな。俺が悪い。


118 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 20:25:16 ID:mO4GwnEs

……………
………



ごとん…と少し強めに陶器のグラスをトレーに置いて、同時に彼女は「それで?」と不機嫌に訊いた。

男「ええと…とにかくこの国はドラゴンキラーの肩書きを持つ俺を、手放したくなかったんだと思うんだよ」

幼馴染「それは解ってるの。それで女さんと結婚させて王族の端くれにでも加えようとしたんでしょ?」

今は俺と幼馴染、顔を突き合わせて二人でバーボンを呷っている。

幼馴染の希望により、女も時魔女もテントの外。

たぶん声が届かない程度、さっき女がいた辺りまで離れているのだろう。


119 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 20:26:42 ID:mO4GwnEs

幼馴染「そうじゃなくて、その成り行きなら女さんも最初はアンタとの結婚なんて望んで無かったでしょ?」

男「そりゃそうだろうな、今だって納得なんかしてない…」

幼馴染「それはない。女さんは後々からだろうけど、アンタを気に入ってる。今さら彼女にそんな事言ったら、私が引っ叩くよ?」

どうもさっきの一件から立場が弱い。

女と時魔女に席を外してもらう際には『ちょっとつもる話があるから』と断ったが、これじゃ完全に俺が説教されている状態だ。

男「じゃあ何が訊きたいんだよ」

幼馴染「アンタはどうなの?」

男「どうって」

幼馴染「女さんとの結婚、ちゃんと望んでるの?女さんを妻にするって覚悟はきちんとあるの?」

男「…覚悟は、翼竜を倒すまでは持てない。俺はあの竜を倒す為なら代償としての死も、厭わないつもりだからな」


120 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 20:27:45 ID:mO4GwnEs

幼馴染「じゃあ、その後は」

男「…ここで、その時にならないと解らないなんて言ったら」

幼馴染「私の矢でアンタを殺せるかしら、試そうか?」

ただの例え話としての表現のようだが、彼女は目が笑ってない。

男「だよな…解ってる、冗談だ。幼馴染、もう歯に衣着せず言うぞ?」

幼馴染「…うん」

男「俺も最初は結婚なんて望んで無かった。でも今はそうでもない、いや…これで良かったと思ってる」

幼馴染「………」

男「五体満足、無事に翼竜を討つ事が叶ったら…俺は必ず、本当の意味で女を妻取るつもりだ」

できるだけ堂々と言ったつもりだ。

でも言い終われば少々どころでなく照れ臭い。

俺はまだ半分ほども残っていたバーボンのグラスを一気に呷った。


121 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 20:28:56 ID:mO4GwnEs

幼馴染「…そっか」

対面の彼女は一気に声色を落とし、視線を逸らす。

なんとなく気まずく、なんとなく申し訳ない気分に襲われた。

男「…幼馴染、でもな」

まして今から言おうとする事はもしかしたら言わない方がいい、残酷な事なのかもしれない。

男「五年前、港でお前を見送った時。…お前の気持ちを聞いたあの時の俺は」

だけど伝えておきたかった。

男「たぶん、お前の事…好きだったよ」

幼馴染「…うん」

後から『たぶん』なんて付けなきゃ良かったと思う。

自分の記憶だ、間違いようがない。

あの時、俺は旅立つ彼女の枷にならぬよう想いを捨てた。

あの日、俺達は互いにその幼い恋心を捨てあったんだ。


122 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 20:29:30 ID:mO4GwnEs

それから幼馴染は少しの間、泣いたようだった。

そして息が落ち着きはじめてから、旅立った後の事をぽつりぽつりと話し始めた。

旭日の国の弓使いに弟子入りするために、八日間休まず訪れては一日中その門の前に立った事。

入門すると意外と女性の弟子も多くて安心した事。

髪色や言葉遣いの違いから、最初は仲間内で異端と見られ避けられた事。

でも実力はすぐに認められ、仲間達と切磋琢磨する内に次第に馴染めた事。

師匠その人こそが旭日の国のドラゴンキラーとなった人で、その討伐の際には副隊長を務めた事。

俺がサラマンダーを討った噂を聞いて、帰国の為に師匠に破門を願い出た事。

師匠がそんな彼女に、破門でなく免許皆伝の旨を告げた事。

そして港町で隊を率いる俺の傍に女の姿を認め、その場で声を掛けられなかった事。


123 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/28(月) 20:30:35 ID:mO4GwnEs

幼馴染「…よし、吹っ切れたよ」

全てを話し終えて、彼女は自らに言いきかせるようにそう言った。

幼馴染「実はね、私も一度だけ色気のある話があったの」

男「…どんな?」

幼馴染「白夜の国のクエレブレ討伐は、主導は向こうだったけど旭日の国との共同作戦だった」

男「ああ…知ってる、白夜と旭日は同盟国だからな。お前、あの作戦にも参加したのか」

幼馴染「うん、まだ新米だから矢の補給兵的な役目だったけど。…そこで向こうの隊長さんに求婚された」

ちょうど口をつけていたバーボンを思わず零しそうになる。なんていきなりな話だ。

男「…そりゃ、すげえな」

幼馴染「すっごく良い人で、すごく人望も厚くて。私に一目惚れしたって…でも私、まだ師匠に習いたい事だらけだったから」

白夜の隊長という事は、つまりその彼もドラゴンキラーという事だ。

男「そりゃ…何だか惜しいような話だな」

幼馴染「何言ってんの、アンタも月のドラゴンキラーでしょ?…でもアンタに振られるなら、受けとけば良かったかな」

そう言って笑う彼女の表情は複雑そうに映るけれど、俺はそれに気付かないふりをするしかなかった。


124 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/10/28(月) 23:38:25 ID:zBUXI6mE

最後にグラスにもう半分程のバーボンの水割りを作って、俺と幼馴染はやっと再会の乾杯を交わした。

思えば彼女と酒を飲む事自体が初めての行為で、その事実こそが二人を隔てていた時間と距離を物語っているように思う。

男「…お前、強くなったよな。驚いたぜ」

幼馴染「ああまでして異国へ渡ったんだもの、強くならなきゃ帰れないよ」

いや、強くなっただけではない。

決して口には出さないけれど、あどけなかったあの頃よりもずっとオンナらしく綺麗になった。

きっと女の存在が無ければ、想いを捨てた事を後悔してしまう位に。

でも女がいなかったら、もしかして…そんな今更あり得ない未来を少しだけ想像してしまったのは、また酒が過ぎたせいなんだろう。

この後、女がテントに戻った時に飲み過ぎを咎められなければいいなと思った。


126 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/29(火) 10:04:46 ID:VjTya8oc
酉発見wwwwまさかの釣りロマンwwwwww







はよ



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