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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
- 127 名前:深夜にお送りします []
投稿日:2013/10/29(火) 13:03:18 ID:i83WYtN.
……………
………
…
…翌日、港町への帰路
時魔女「身体どうー?」
男「ああ、すっかり大丈夫だ」
やはりあの剣技による疲労は肉体的なものではないのだろう。
気を失うほどの体力を使ったのなら、翌日こうも身体が楽になるわけがない。
時魔女「あの特殊効果は、いざという時にしか使えないね。でも、初めてだったんだよ?チャージ率が100%に達したのは」
- 128 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 13:04:14 ID:i83WYtN.
男「それはどういう意味だ?」
星の副隊長「恥ずかしながら我が国ではその剣を試作したものの、それを使いこなせる闘気を持つ者がいなかったのです」
時魔女「闘気っていうのはまだ研究段階だから仮称だけど、つまり精神力と肉体的な技量を併せたような力。単純にその人の強さだと思っていいよ」
相変わらず星の国の人間が言う事は端々が解らない。
ただ月の国で最強の称号を得た俺は、星の国でも並ぶ者がいないという事なのだろう。
正直なところ、気分は良かった。
幼馴染「顔、緩んでるよ」
男「うるせえな」
- 131 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 13:09:17 ID:i83WYtN.
時魔女「でも本当の事だよ、男は強いんだね。闘気の充填率が100%に達すると、あの斬撃を出す事ができるの」
星の副隊長「もちろん刀身に闘気を溜めたまま切りつける事も可能です。その場合は充填率によって威力が変わる事になります」
時魔女「あの時は130%位まで加圧されてたけど、理論上は150%で金剛石でも砕けるはず。限界が何%なのかは未知数ね」
金剛石を砕くとはとてつもない話だが、あの時で後に気を失うならそれ以上だと死を覚悟しなければいけない気がする。
ただ対翼竜戦においての命を賭けた一撃としては、使えるかもしれない。
男「でも、俺が持ってていいのか?これは星の国の兵器だろ」
時魔女「試作品だからね。使いこなせる人に使って貰って、こっちはデータが欲しいところだから」
俺にしか使いこなせない剣とは、まるで神話上の勇士にでもなったような気分だ。
さっき幼馴染に指摘されたが、どうしても顔が緩む。
女「…男さん、気を良くしているところ申し訳ないのですが。それは実験台という意味ですよ」
男「女まで言うか」
星の副隊長「おや、ばれてしまったようですね。あはは…」
- 132 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 13:10:13 ID:i83WYtN.
星の兵士「魔物です!コボルドとオークの混成群!数、およそ50以上!」
先頭を行く兵からの声が響く。
そう強い魔物ではないが五十体以上とはなかなかの規模だ、混戦は避けられまい。
男「弓兵隊と魔法隊は手を出すな!同士討ちになりかねん!盾兵は弓兵と魔法隊の周囲で擁護しろ!槍兵隊、俺に続け!」
幼馴染「私も行くわ!」
男「弓の修練にかまけて剣の腕が落ちてないなら、来い。女は時魔女と一緒に魔法隊と同じくしろ」
女「でも…!私は魔法で仲間を巻き添えになどしません!」
女は強い口調で異を唱えた。
たぶん俺が幼馴染の参戦を認めたからなのだろう。
男「最初の約束だったはずだ、戦場では俺の命に従え」
少しずるい気もしたが、こう言えば彼女も逆らえない。
まだ不服ありげな表情ではあるものの、女は小さく「解りました」と答えた。
- 133 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 15:38:01 ID:i83WYtN.
男「槍兵、各自散開!殲滅しろ!」
俺は剣を抜き、駆け出した。
右側にコボルド三体、その向こう左側にオーク一体。
駆け抜けるならここだ、一気に群れの後方まで回って魔物を撹乱してやる。
男「街道の旅人を脅かす雑魚共め!我が隊と出会ったのが運の尽きだ!」
最初のコボルドが粗末な槍を大ぶりに翳すが、振り下ろす間も与えない。
その胴を真二つに切り裂きながら、目は次の個体に向ける。
やはりこの剣は軽い、無意識に片手持ちをしてしまうが長さは両手持ちの大剣に迫るほどだ。
それを片手で振り回せるのだから、よりリーチは長く、斬撃はより速い。
闘気の充填などせずとも、通常の剣よりはるかに強いのは間違いない。
男(強度はどうだ…!?)
二体目を袈裟懸けに切り伏せる。
幾つもの骨を切断したはずなのに、刃こぼれはおろか刀身が震える感触すらない。
- 134 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 15:39:51 ID:i83WYtN.
男「こいつはすごいな…!」
目に捉えた三体目のコボルドは手にした槍を振りかぶり、投げつけてきた。
魔物にしては見事な投撃だ、槍は俺の胸目掛けて真っ直ぐに飛来する。
俺は剣の側面でそれを叩き除けて、得物を無くした個体を睨んだ。
そのコボルドの向こう、俺が一連の攻勢で最後に捉えようと考えていたオークの首が、血飛沫を上げて飛ぶのが見えた。
幼馴染「やるじゃない、ドラゴンキラーは伊達じゃないわね!」
男「余計な事すんじゃねえよ!」
俺は三体目のコボルドを仕留めながら、オークを倒した凶刃の主に悪態をつく。
彼女が振るうのはカタナと呼ばれる、旭日の国で使われる独特な形状の剣だ。
女性の力でやすやすとオークの首をはねるとは、その切れ味は聞きしに勝るものに違いない。
男(…後で見せて貰おう)
- 135 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 15:40:29 ID:i83WYtN.
振り返れば槍兵も奮闘している、群れの中央後方が大きく空いた。
そこに陣取っているのは、他の個体よりふた回り程も大きな威厳あるオーク。
あれが群れの長に違いない。
男「奴は俺がとる!横槍入れるんじゃねえぞ!」
幼馴染「女さんが観戦に徹してるからって、張り切ってんじゃないの」
男(うるせえ、ちょっとは格好つけさせろ)
狙う巨躯に近付く間に、おまけで二体のコボルドを切り落とす。
長の危機を感じとったか、傍に控えていた他とは身体つきの違うコボルドが立ちはだかる。
恐らく群れの副リーダーなのだろうその個体は、低級な魔物とは思えない速さで俺に切りかかった。
…しかし。
男「さすがだ…副隊長」
月の副隊長「…出過ぎました。格好をつけたいのは私も同じ故、お許しを」
ニヤリと笑う三十路越えの男は、俺の目にはなかなか精悍に映る。
あとは、あの星の副隊長が惚れてくれればいいのだが。
- 136 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 18:37:56 ID:i83WYtN.
………
…
時魔女「男、強いねー」
女「………」
時魔女「…女ちゃん、もしかして機嫌悪い?」
女「…そんな事ないです」
時魔女「置いてけぼりされたから?」
女「………」
時魔女「幼馴染ちゃんもがんばってるもんねー」
女「…あのくらい」
時魔女「…意外と可愛い性格してるよね」
女「………あっ」
時魔女「大丈夫だと思うよ?男…ほらね、後ろに目がついてるのかってくらい隙が無いもの」
女「…何も言ってません」
時魔女「本当、可愛いなー」
- 137 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 18:39:25 ID:i83WYtN.
………
…
オークがその豪腕を振るう。
敢えて槍や棍棒のような得物を持っていないのは、粗末な武器などより自らの巨躯こそが凶器だと解っているからだろう。
高等な知能は無くとも、この怪物は幾多の争いを勝ち抜く中でそれを悟ったのだ。
男「たかがオーク…そうは思わん、貴様の全力を切り伏せてやる」
恐らく喰らえばダメージは重い。
俺は慎重に間合いを取り、その隙を窺った。
次にオークが繰り出したのは、それは今までよりも少し大振りな一撃。
ここまでの打撃が紙一重で空を切ってきた事に苛ついたのか、また俺を捉え損なったその惰力で巨躯が背中を見せる。
- 138 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/29(火) 18:39:57 ID:i83WYtN.
男「…貰った!」
俺はオークの背後に回り、そのままでは刃の届かないその首目掛けて跳躍した。
サラマンダー戦でそうしたようにダガーを巨体の背に突きたてる。
しかし硬い竜の鱗とは違い、足を掛けられる程の支持力は得られない。
ダガーを握った左手一本で懸垂をする要領で、自らの身体をあと数フィート高く持ち上げた。
男「届いたぞ、バケモノ」
その肩口から斜めに深く、剣を突く。
身をよじるオーク。
俺は刺した剣を支点に巨躯の前方に身を翻すと、後ろ手のままその身体を引き裂き地に降りる。
数秒ほどの間をもって、背後の地面が揺れた。
俺は自らの頬に散った返り血を拭い、剣を鞘に収める。
残り数体のコボルドも、槍兵の奮戦によって倒されようとしていた。
- 139 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/29(火) 19:13:48 ID:DqZY3C5E
>>137
次にオークが繰り出したのは、それは今までよりも少し大振りな一撃。
頼むから『のは』か『それは』のどっちかを無かった事にして下さい…
- 140 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/29(火) 22:04:01 ID:nXqTbGGw
>>139
文章表現の一環だろ
- 141 名前:1 [sage] 投稿日:2013/10/29(火) 22:06:37 ID:DqZY3C5E
あ、すんません
>>139は>>1の自己申告です
- 143 名前:1 [sage] 投稿日:2013/10/30(水) 09:46:36 ID:xRgiIxgQ
>>1です
話の本筋は変えられないんだけど、今のところの雰囲気としては恋愛要素は多すぎる?足りない?
加減に悩んでるので、その点の意見を教えて頂けまいか
- 144 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/30(水) 11:09:31 ID:BkXvRm42
このままでいいと思うよ
- 148 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/10/30(水) 19:07:57 ID:ECq4L1bY
幼馴染にも頑張ってほしいかも
- 149 名前:1 [sage] 投稿日:2013/10/30(水) 21:08:04 ID:HKG/Ie9M
>>1です。
回答ありがとうございます、ちょっと安心できました
とりあえずこの位の割合でやっていく事にします
- 150 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/30(水) 21:08:36 ID:HKG/Ie9M
時魔女「男、幼馴染ちゃん、お疲れ様!乱戦ではボクあんまり役に立たなくて、ごめんねー」
時魔女は水に濡らした拭き布を渡しながら、俺達を迎えた。
男「何言ってんだ。七竜戦では時魔法が要になるんだから、役割はそれぞれでいいんだよ」
幼馴染「そうそう。私だってサイクロプスみたいに弱点のはっきりした相手じゃなかったら、地味に矢を射るしかできないんだから」
時魔女「でも幼馴染ちゃんの接近戦も格好良かったよ!あ、もちろん男もね!」
兵に負傷者こそあるが、時魔女の時間逆行を必要とするような重傷を負ったのは片目をやられた一名のみ。
それも数分以内の事なので、彼女の力で無かった事にできた。
戦果は良好、快勝と言っていいだろう。
ただ接近戦でオークを相手にすると、浴びる返り血がひどい。
今夜は是非とも川か湖があるところで野営したいところだ。
女「拭き布を」
男「ああ…大丈夫、自分でするよ」
女「背中は思うように拭けないでしょう?…貸して下さい」
女はちょっと強引に俺から布を奪った。
- 151 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/30(水) 21:10:17 ID:HKG/Ie9M
ごしごしと背中に浴びた返り血や泥を拭ってくれているが、少し力が強すぎやしないか。
男「おい、腕とかは自分で拭けるって」
女「今は戦時ではありません。やめろと言われても、命に従う義務は無いかと」
男「…誇りに背かない命ならいつでも従うんじゃなかったか」
女「夫の身嗜みを整えるのは、妻の役目と考えておりますので」
昨夜からどうも機嫌が悪い、まあ理由は解っているけれど。
気だて良く振る舞い、夫の心の安らぎとなる事は妻の役目じゃないのか…とは思っても言わない。
何故ならそれは、本心じゃない。
男「格好つけたつもりだったんだけど」
女「お望みの言葉は、今日は言いません」
男「…お前の性格、見えてきた気がするよ」
少なくとも結婚してから言う台詞ではないな…言った後からそう考えて苦笑する。
でもそんな女の性格と振る舞いを、俺は気に入っているんだろう。
最初、気を遣うばかりでぎこちなかった二人の関係は、いつしか俺にとって心安らぐものになっていた。
- 152 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/30(水) 21:12:14 ID:HKG/Ie9M
……………
………
…
…月の国、北東の港町
月の副隊長「総員、整列!」
無事に帰還した60余名全員の兵が、足を鳴らして広場に整列する。
サイクロプス討伐成功の報告をもって凱旋した港町、夜には自治体の振る舞いによる宴が催される事になった。
海からサーペントが消え、断続的に町を襲うサイクロプスの脅威も無くなった事で、港町の民の生活は格段に安定したものとなる。
それを成した星の国の一団と我々に対するせめてものもてなしだと、町長は顔を綻ばせて言ってくれた。
男「討伐隊全員、各自夕刻までは思い思いに過ごすがいい。ただし…」
月の副隊長「宴まで羽目を外すな…ですな」
男「そういう事だ、なんだかこの町に入る度に言ってるな。…あと明朝には町の伝令所に今後の命についての指示が入る事になっている」
国内の主な拠点までは数マイル毎に中継所が設けられ、日射鏡を使った信号による通信網が整備されている。
それは月の国と星の国のように同盟を結んだ国家同士にも巡らされ、実質のところ月・星・旭日・白夜の四か国は一日程度のラグはあれど相互に通信する事が可能だ。
男「いつ号令をかける事になるか解らん、明日の午前中は宿泊所で待機せよ」
- 153 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/30(水) 21:13:34 ID:HKG/Ie9M
月の副隊長「午前中だけでよろしいので?」
男「午後になってから急な指令など入っても、この大所帯がすぐに発てるものか。それにこの美しい海を前に一日中待機など、俺が耐えられん」
一同が失笑した。
月と星の混成部隊だが、随分馴染んできたと思う。
男「…総員、素晴らしい活躍だった。宴では貴様ら勇士が俺に杯で挑んでくる事を期待している。では、解散!」
やはり俺は討伐隊々長には向いていない。
号令に従い、生き生きとした顔で解散してゆく隊員達が、親しい友人のように思えてしまう。
いつか彼等を死地に送る号令を掛ける事になるかも知れないというのに。
- 154 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:22:12 ID:wvXawXYo
……………
………
…
…翌朝
男「う…うぅ…午前中は待機って言っといて良かった…」
頭が割れそうに痛い、胸の辺りは火がついたように熱い。
女「連日飲み過ぎです、お身体の事も考えて下さい」
男「だってあいつら順番に挑んでくるんだもんな…」
女「自業自得です。…お水、要りますか?」
男「頼む…」
女は呆れた溜息をつくと「氷を貰ってきます」と言い残し、部屋を出ていった…
…と、思った。
- 155 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:24:10 ID:wvXawXYo
しかしドアは閉まる途中で止まり、その陰から再度顔を覗かせる女。
女「覚えて無い…みたいですね」
呟くようにそう言った彼女は頬を赤らめ、どこか拗ねている風に目に映る。
男「…え?」
そして彼女の姿は部屋の外に消え、ドアは閉じられた。
男「………え?」
しばし頭が真っ白になった後、急に嫌な汗が吹き出す。
男(ちょっと待て、何だそれ!俺…昨夜、何かしたのか!?)
だって今朝、俺は二日酔いに苛まれながらもいつも通り二人同じベッドで目覚めた。
いや、女は俺より早く目覚めてはいたけど…とにかく寝床は共にしてたんだ。
- 156 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:24:43 ID:wvXawXYo
つまり昨夜、酒に飲まれた俺は彼女に『しようと思えば何でもできた』事になる。
男(何にも覚えて無えよ…どうやって部屋まで帰ったかさえ解らないんだぞ)
とりあえず今いるベッドに掛けられている薄手の毛布を払い除け、シーツの状態を確認。
…そう著しく乱れてはいない。
男(そりゃそうだろ!だって俺、服着てるものな!)
少なくとも真っ白な彼女を赤く染めるような事には、至っていないものと思われる。
ホッと胸を撫で下ろした。
- 157 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:26:16 ID:wvXawXYo
さて、じゃあ俺は何をした。
彼女の純潔を完全に奪うまでの事はしていないとして、その一歩手前とかはありえないか?
つまり彼女を押し倒したり、ひん剥いて…こう…ほら、もにょっと…
女「…何の手つきです?」
男「うぉっ!?…も、戻ったのか」
女「氷を頂きに行っただけですから…そんなに驚かれるとは思っていませんでした」
男「驚いてない、ぜんぜん」
女は氷水のグラスを差し出して、俺の額に手を当てた。
ひやりと冷たい、白く細い指。
女「まだ火照ってるんじゃないですか…?」
さっきまでの疚しい考えを引きずっているのか、どうもその言葉が意味深に思えてならない。
男「なあ、さっきの…どういう意味だ?俺、昨夜…何かしたのか」
女「本当に覚えてませんか」
男「すまん、さっぱり解らん」
- 158 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:27:09 ID:wvXawXYo
女はまた拗ねた風な顔を作り、ぷい…と横を向く。
その横顔を暫く見つめていると、彼女は口籠もらせながら言った。
女「唇を…奪われましたのに」
…頭を整理する。
これは、なんて事をしてしまったと後悔すべきか、その程度で良かったと思うべきなのか。
男「本当かよ…すまない…」
女「別に謝らずとも構いません。…でも」
でも、覚えていないなんて失礼極まりないだろう。
男「女、昨夜は本当に酒でどうかしてたんだと思う。覚えてもないなんて…俺だって気がすまない」
女「………」
男「無かった事にはしてくれないか?…それで、その…」
形式上でも妻だ、不貞を働いたわけではない。
…だから、せめて。
男「今、しよう。もう一度…これが初めてって事で」
- 159 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:28:15 ID:wvXawXYo
女「…承知しました」
男「ちょ…ちょっと、口を濯いでくるから」
俺はベッドから立ち上がると、早足に洗面台に向かう。
途中で軽く足が縺れてフラついた、いかん…焦っている。
男(ああ…きっと今日は酒臭いはずなのに。いや、昨夜はもっと酷かったか…)
荒い粒子の磨き粉を指に取り、念入りに口内を磨く。
肉桂のフレーバーをできるだけ擦り込み、丁寧に口を濯いで。
…これで大丈夫、多分。
女はさっきと変わらずベッドの脇に佇み、こちらに背を向け俯いている。
一歩ずつ歩み寄る、それに従い俺の胸は次第に早鐘を打ち始めた。
もう二十代も半ばに差し掛かろうとする、いい大人だというのに。
ずっと剣術の鍛錬に明け暮れて、こういう点では少年にすら劣る自分が情けない。
- 160 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:29:44 ID:wvXawXYo
男「………女…」
その肩に手を掛けると、彼女はゆっくりとこちらに振り返った。
頬を朱に染め、目は俺を見ているようで少し焦点が定まっていない風に見える。
男「昨夜、すまなかった。…これは誇りに背きはしないよな?」
女「…妻ですから」
細い両肩を持ち、軽く引き寄せた。
抵抗することなく、俺の胸に身体を預ける女。
彼女が上を向き、目を閉じた。
俺はその艶やかな桜色の唇に吸い込まれるように、顔を近づけ…
時魔女「おっはよー!伝令文きたよー!」
慌て弾けるように身を離す。
部屋のドアの開く向きが逆なら、目撃されていたに違いない。
時魔女「あれ?…もしかしてタイミング最悪だった?」
男「ぜんぜん!」
女「………」
- 161 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/10/31(木) 19:30:58 ID:wvXawXYo
月王からの伝令、そこに記された新たな任務は旭日の国と落日の国の間に広がる砂漠へ赴く事だった。
砂漠に巣食うのは七竜の一、渇竜と呼ばれるヴリトラ。
伝令文のそこまでに目を通し、翼竜討伐でない事に落胆する。
しかし文の続きには、こう記されていた。
『昨今、砂漠上空における翼竜の目撃が頻発。点在するオアシス近隣の居住地への被害報告も在り。ヴリトラ討伐は元より、二頭の竜を一掃する事を期待する』
…心臓が大きく脈打った。
ついに、あの翼竜を討てるかもしれない。
俺は胸に手を当て、その昂りを確かめてみる。
怖れなど無い。今、この胸に打つのは奮いの鼓動だ。
自然と口の端が上がる、拳を握り固める。
男(墜つべき時が来たぞ、翼竜…!)
二日酔いの不調など、どこかへ失せていた。
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