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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
- 227 名前:深夜にお送りします []
投稿日:2013/11/04(月) 10:45:42 ID:ieB.IhW6
……………
………
…その夜、オアシスの集落
風も無く鏡のように月を映すオアシスの畔、俺は独り砂上に座っていた。
ヴリトラがこの砂漠からいなくなったのは確かとしても、決して胸を張れるような戦果ではない。
六名の兵士が散った。
そして本来なら今、隣に座り翼竜との再戦に向けた作戦を語り合うべき我が副官は、片足を失った。
討伐隊そのものの戦果は、疑う余地もない黒星と言えよう。
どの口が偉そうに二頭の竜を征伐して凱旋するなどと、それ以外の戦果は望まぬなどと兵に語ったのか。
ヴリトラにとどめを刺し損なった俺の斬撃、それを補助するために時魔女は時間停止を使った。
副隊長の足の治癒を差し置いて、俺の判断ミスとも言える行為のために。
副隊長の左足は止血のために縛られ、オアシスに帰る頃には壊死していた。
だから俺はこの手で、それを斬り落としたんだ。
男「はっ…!何が…ドラゴンキラーだよ…」
…知らなかった。
俺の剣は竜を討つためでなく、部下の足を切るためにあるらしい。
- 228 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 10:48:42 ID:ieB.IhW6
女「…ここに居られましたか」
背後から柔らかな声がした。
振り向かずともその主は判る、それほど耳に馴染んだ…そして情けなくも今、最も求めていた声。
誰にも告げずにこの場へ来た癖に、本当はただひとり彼女に傍に居て欲しい…気にかけていて欲しかった。
我ながら女々しい事だ。
女「今日は、ご苦労さまでした」
女は言いながら俺のすぐ隣に座り、少し体重を預けるようにして寄り添った。
男「…俺の苦労など…俺は時魔女に、副隊長に救われただけだよ」
女「いいえ…討伐隊の隊長として、あなたは誰よりも心を痛めたはずです」
男「心を痛めるだけで、亡き者に報いる事などできない。…今日の敗北は、間違い無く俺の責任だ」
俺達が渇竜から逃れるために上がった岩盤、戦いの後で気付けばそこから南側には似たような岩盤が数十ヤード毎に点在していた。
つまりあの時、ヴリトラから逃れ体制を立て直す事も出来たのだ。
最初の奇襲で命を落とした兵を救う事は叶わずとも、少なくとも副隊長が足を失う必要は無かった。
- 229 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 10:49:20 ID:ieB.IhW6
男「まだロクに使いこなせもしない剣の力を…自身の力を過信して、俺は失策をとった」
女「ほんの僅か、あと一歩のところだったじゃありませんか」
男「例えあと一歩でも、届かなければ…意味など」
女「そんな事ありません。あなたがヴリトラをあそこまで追い詰めていなければ、翼竜もそれを喰らう事は出来なかったはず」
きっと彼女は俺を激励するためにそう言ったに違いない。
男「翼竜に救われるなど!…死んだ方がましだ!」
それなのに捻くれた受け取り方しかできない今の俺は、声を荒げてしまう。
彼女の優しさは、解っているのに。
でも女は全く驚いた素振りさえ見せず、ただ少しだけ厳しい目で俺を見つめながら言葉を続けた。
女「あなたはあの時、私も共に死ねば良かったと望まれるのですか」
男「馬鹿を言え、死ぬのは俺だけでいい。…そもそもお前が俺の元へ来たから、お前まで危ない目に遭ったんだ」
女「同じです、私だってあなたの死など望まない」
思わず視線を逸らす。
身勝手を口にしているのは俺だ、自分でもそれは解っている。
- 230 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 10:50:21 ID:ieB.IhW6
女「…犠牲となった方の事は、決して忘れてはなりません。それは私も承知しております」
俺が自分の我儘を悔いた事を察したのか、彼女はまた柔らかな口調に戻った。
そして言い聞かせるように、間をとりながら言葉を紡ぐ。
女「それでも…私は、あなたが生きている事が何より嬉しいのです」
男「………」
…どうしてだ。
女「男さん…私達が結ばれたのは、あなたがドラゴンキラーの戦士だったからかもしれません」
俺が望み、でも求められなかった言葉を。
女「でも…私にとってあなたは、ドラゴンキラーである前に私の大切な夫です」
何故、お前は知っている。
女「だから…生きていてくれて、ありがとう…」
きっと俺は真に受けてしまう。
生きている事を恥じるより、再戦に備え、次こそは勝利すればいい…そう考えてしまう。
- 231 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 10:51:39 ID:ieB.IhW6
女は座ったまま、俺を抱き締めた。
俺はそれに身を任せ、柔らかな胸に頬を埋め肩を震わせている。
涙が零れたかは知れない。
例え零したのだとしても、女はそれを自覚させないためにこうしてくれているのだろう。
だから、泣いてなどいない…そう思う事にした。
男「……すまん、女…」
女「何を謝る事があるのです」
彼女の手が、赤子にそうするように俺の頭を撫でる。
女「…出会った夜に言いました。夫を支える事こそ、妻の役目」
男「そう…だったな」
いつだったか、女に言った。
俺には君が必要だ…と、その時は寧ろ女を励ますために。
女「男さん、今更ですけど…私はあなたを、お慕い申し上げます」
世の男はこうして弱味を握られて、女房の尻に敷かれてゆくものなのだろう。
そしてそれは、この上無く幸せな事なのだろう。
- 232 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 12:57:00 ID:ieB.IhW6
……………
………
…
…月の国、北東の港町
男「…副隊長、必ず戻ってくれ」
月の副隊長「言われるまでもなき事、何…すぐでありましょう」
我が副官は、星の副隊長と共に彼女の国へ渡る事となった。
その国における彼女に与えられた本当のポジションは、技術開発局長なのだという。
彼女は力強く凛とした眼差しで「生身にも勝る最高の義足を作ってみせる」と誓った。
形はどうあれヴリトラが消え、おそらくそれを狙って砂漠に出没していたのであろう翼竜を探すあてが無くなった今、月と星の合同部隊はいったん解散する事となる。
出港してゆく、星の一団と我が副官を乗せた船。
およそ30名の隊員は船尾に整列し、同じく港に整列した我々に向かって敬礼を続けた。
ただその中で、一人だけじっと下を向いている者がいる。
- 233 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 12:58:15 ID:ieB.IhW6
………
…
時魔女「魔力コンバート、空間跳躍モード…」
星の兵A「た、隊長…っ!?」
星の兵B「どこへ跳ぶ気で!?…まさか!」
時魔女「副隊長、ごめん…」
星の副隊長「何を言っておられるのです。そんなに後ろ髪を引かれるなら、最初から船に乗らなければいいものを」
時魔女「うん…ありがとう」
星の副隊長「くれぐれも月の方々を困らせませんよう。…行ってらっしゃい、隊長」
月の副隊長「我が上官をよろしく頼み申す…!」
時魔女「座標ロックオン…いってきます!」
- 234 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 12:59:17 ID:ieB.IhW6
………
…
男「…行っちまったな」
幼馴染「うええぇぇん…時魔女ちゃん…」
どうも幼馴染と時魔女は特別馬が合っていたらしい。
そういえば砂漠でも、一番どうでもいい会話で盛り上がっていたのは二人だった。
女「幼馴染さん、元気出して…」
幼馴染「なんか…妹みたいに思えて…うええぇぇぇん…」
時魔女「私だってお姉ちゃんみたいに思ってたよぅ…うわああぁぁぁん…」
幼馴染「ぐすん、時魔女ちゃん…また…会えるよね…」
時魔女「うん…今、会ってるよね…」
時魔女以外「……え?」
時魔女「ちゃお!」
- 235 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 13:01:03 ID:ieB.IhW6
時魔女「ボク、男達と行く!どうせ翼竜との戦いでは時魔法が必要でしょ!?」
男「そんなの、自分で決められるのかよ」
仮にも星の討伐隊長であり、国の化学技術の粋を集めた唯一の時空魔導士…つまり人間兵器とも言うべき者が、そんな自由気ままでいいのか。
時魔女「大丈夫!星の王からは自国の不利益にならなければ、自分の判断で行動していいって言われてるから!」
男「お前が居なくなる時点で、国に不利益な気がするんだけど」
時魔女「おー、随分買ってくれるねー。じゃあ、男にとっても貴重な戦力って事じゃない?」
まあ、どうしても帰国が必要なら、彼女の国からの伝令が入るだろう。
それまでは彼女の言う通り、貴重な戦力として同行願うとしようか。
それに、ここで無理に時魔女を帰国させようものなら。
時魔女「お姉さまー!」
幼馴染「おうおう、妹よー!」
…たぶん、矢に射られそうな気がする。
- 236 名前:1 [sage] 投稿日:2013/11/04(月) 13:04:11 ID:ieB.IhW6
>>234
時魔女に「私」って言わせてしまった
「ボク」に変換して読んで
- 238 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/04(月) 14:34:43 ID:wpP8aIuI
コンバート完了
問題ない
- 239 名前:1 [sage] 投稿日:2013/11/04(月) 16:40:52 ID:ieB.IhW6
>>238 サンクス
そのまま誤字脱字無視モードでコンバートを続行してくれ
- 240 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 16:41:53 ID:ieB.IhW6
……………
………
…
…港町の宿
幼馴染「それで、これからはどうするの?いったん王都に帰る?」
男「うん…それについて、昼にこっちから月王宛の通信を伝令所に託しておいたんだ」
時魔女「何か考えがあるの?」
俺は予め荷物の中から取り出しておいた地図をテーブル上に拡げた。
大きすぎて少しテーブルからはみ出すその紙上には、月の国全域が描かれている。
男「今、この港町だ。そして王都がここ…」
幼馴染「ふんふん」
男「この地図には他の国は載っていないけど、世界中で発生する翼竜の被害…その箇所を線で結ぶと、およそその中央になると言われるのが…この辺りだ」
女「大陸の西部…未開の台地と呼ばれる地域ですね」
かなり詳細に描き込まれている筈の地図。
しかしそのエリアだけが空白となっている。
- 241 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 16:42:28 ID:ieB.IhW6
幼馴染「故郷からはそう遠く無いところだけど…でもここは禁足地として定められてるはずよ」
男「…だからこそ今まで調査の手が入らなかった。でもここが翼竜の住処だという可能性は、かなり高い」
時魔女「じゃあ、月の国王に打診したのは…」
男「ああ…このまま、そこへ調査に行く事の許しを請うものだ」
それが何故なのかは解らないまでも、翼竜が砂漠に頻出していたのは渇竜の首を狙っての事だったに違いない。
だから討伐隊の手により渇竜が傷ついた、あの時を逃さなかった。
その目的が果たされた今、次に翼竜が現れる場所は見当もつかない。
仮にどこかの国を襲ったという情報があったとしても、次にまた同じところに現れるとは限らないのだ。
だとすればもはや住処を突き止める他に、万全の準備を期して翼竜を討つための手段は無い。
西部の台地が禁足地である事は解っている。
しかもそれは月の国に限った事ではなく、有史以前から世界中で語り継がれる様々な神話でも同じく描かれる、言わば人類にとっての禁忌。
それでも他に手が無い以上、月王も許さざるを得ないはず…そう考えた。
- 242 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 16:43:01 ID:ieB.IhW6
…翌日
女「男さん、伝令文が返ってきました!」
男「…内容は?」
女「…それが……」
『我が国を挙げての部隊を禁足地へ向かわせる事は、周辺諸国との軋轢を生む火種となりかねず、承諾できるものではない。討伐隊は直ちに王都へ帰還せよ』
ぎりっ…という音が発つほど、奥歯を噛み締めた。
男(何故だ…王は本当に翼竜を討つつもりがあるのか)
国を挙げての部隊が赴く事が出来ないなら、俺が討伐隊を抜ければ良いのではないか。
そんな想いすら、脳裏にチラついた。
しかし一度こうして王から帰還の命を請けた以上、それに逆らえば反逆罪に問われかねない。
俺や幼馴染だけならそれでもいい、でも女や時魔女はどうなる。
例え不本意でも、今は命に従うしかなかった。
- 243 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 17:27:52 ID:ieB.IhW6
……………
………
…
…数日後
…月の王都城内、謁見の間
男「…私に、砂漠を制圧せよと仰られるのですか」
月王「制圧とは穏やかでないな、言葉を選べ。開発部隊の援護をせよと命じたのだ」
砂漠に石油をはじめとした膨大な資源が眠るという話は、聞いた事がある。
しかしあの砂漠はどの国の領有地でもないはずだ。
月王「いかにとどめを刺す事は叶わなかったといえ、ヴリトラを亡きものとしたのはこの月の部隊の活躍があればこそ…砂漠の民とて我らの入植を拒む事はできまい」
最初から王はそのつもりだったに違いない。
砂漠に翼竜が出没する事にかこつけて、俺が遠征を承諾するように仕向けた。
星の国のドラゴンキラーまで呼び寄せ、さも翼竜を討たんとする気勢に見せかけて。
王が本当に倒したかったのは、渇竜ヴリトラの方だったのだ。
- 244 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 17:31:13 ID:ieB.IhW6
男「…しかし、それは禁足地への踏入よりも遥かに強く諸国の反感を買う事となりかねないのでは」
月王「男よ、儂はそなたに戦士としての期待と信頼を寄せておるのだ」
男(…政治に口出しをするな、そういう事か)
そもそも開発部隊に援護が必要だと考える時点で、他国の反発は予想されているに違いない。
つまりこれから先の俺の仕事は…俺が剣を向けるべき相手は、竜ではないという事。
月の国の身勝手な振る舞いに異を唱えようとする他国の人間に対して、その剣を振るえという事だ。
月王「砂漠の開発は長きに渡る、そして婦女が過すに適した場所では無かろう。そなたの妻はこの王都に預け、安心して赴くがいい」
男「…それは……!」
血が逆流する想いだった。
それはつまり、俺が命に背かないよう女を人質にとるという事だ。
月王「退がるがよい。…砂漠の開発部隊を整えるには暫くかかる。旅立つまでに存分と妻を愛でる事だ。子でも成せば良かろうて」
- 245 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 22:58:15 ID:ieB.IhW6
……………
………
…
時魔女「…フッざけんな!」
謁見から戻った俺の話を聞くなり、時魔女は息を荒げて吐き捨てた。
時魔女「女ちゃんを人質扱いで引き離すなんて…!許せないっ!」
男「時魔女…声が大きいぞ」
幼馴染「無理も無いよ…しかも仇の竜を討つ事もさせずに、男を砂漠に追いやろうなんて」
ここは城の中ではなく、城下の宿。
帰還の命を請けた時から少なからず王に対し疑念は抱いていたから、時魔女が未だ同行している事は明かさなかった。
しかしどうやら、それで良かったようだ。
月の国が強引にも砂漠の覇権を握ろうとしている、その事はまだ同盟国に対しても伏せておきたいに違いない。
- 246 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 22:59:01 ID:ieB.IhW6
時魔女「男…どうすんの!?まさかワイバーン討伐は諦めるの…!?」
時魔女は俺の胸倉を掴まんとする勢いで詰め寄った。
男「諦めるつもりなんかねえよ。…機会は窺うさ」
時魔女「き…機会を窺うって!まさか砂漠への赴任を請けるつもり…!?」
幼馴染「…時魔女ちゃん、男だって悔しいんだよ」
悔しい…そう、間違っちゃいない。
だけど今の気持ちをより正確に表すなら、切ない…というのが近い。
サラマンダーを倒した代わりに、ドラゴンキラーの称号を得た。
称号を得たが故に、女という妻を手に入れた。
女を妻としたが故に、端くれとはいえ王族の一員となった。
王族となったが故に王の命に背く事はより難しく、女というかけがえの無い存在があるからこそ、それを裏切る事ができない。
きっと俺が王に背けば、彼女も裁かれる。
大きな何かを得るという事は、やはり引き換えに何かを失うという事なのだ。
- 247 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/04(月) 23:03:15 ID:ieB.IhW6
幼馴染「それで、女さんは…?」
男「城の俺の部屋にいる。まだ…何も伝えてないよ」
幼馴染「…どうするべきだろうね。例えどんな人であれ、王様は女さんの父親だもの…」
幼馴染は大きく溜息を零して、頭を抱える。
男「ひとまずは、アイツには何も言わないでおくよ。…悩ませるだけだと思うから」
チッ…と、わざとらしく時魔女が舌打ちをした。
時魔女「もういい、こんなじゃ…ボクが何のために男と一緒に動いてるのか解らない」
幼馴染「時魔女ちゃん…」
時魔女「男なんか砂漠でもどこでも行っちゃえ!…ただし女ちゃんを泣かすのだけは、許さないからなっ!」
そう言い残して時魔女は部屋を出て行く。
少し乱暴にドアが閉められて、それ越しに階段を駆け降りる音が聞こえた。
幼馴染「私、あの娘を追いかけるよ。男は女さんのところへ行ってあげて…」
男「ああ…悪い…」
そういえば謁見の後、日暮れを過ぎているというのに城から出るために、門兵に『一杯引っ掛けに行ってくる』と告げたんだった。
城に戻る前にせめて何杯かでも、酒を呷っておかなければいけない…それが自棄酒にならなければいいのだが。
- 248 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/05(火) 03:26:30 ID:L7GZLwEI
………
…
きい…と、重い音をたてて木のドアを開けた。
女「…お帰りなさい。随分、遅かったですね」
男「うん…ちょっとな」
俺は酒臭いのがバレはしないかと、警戒しながら声を発した。
女「それで、今後の動きはどうなりそうなんですか?」
今後の予定…命ぜられたままを表せば、およそ五日後に砂漠開発部隊の第一陣が整うという。
俺はその部隊と共に、再度砂漠を目指し…短くとも数ヶ月、長ければ数年は戻らない。
女はその間、ここで俺の帰りを待つ…という事になる。
- 249 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/05(火) 03:31:02 ID:L7GZLwEI
男「ああ…まだ、はっきりは決まらないんだ」
…そのままを伝えれば、彼女は苦しむ事になるだろう。
女「…じゃあ、しばらくゆっくり出来ますね。それはそれで、私は嬉しいです」
翼竜を討つという目標が、遠のく事。
他国が月の国に制裁を加えようとした際には、その兵を俺が殺さざるを得なくなる事。
長い間、俺たちが共に過ごせなくなる事。
そして俺がそれらを拒む事が出来ない理由が、彼女自身の安全のためだという事。
女「…どうかしたんですか?…なんだか、悩んでるみたい」
男「いや…そんな事無いよ」
どの部分を上手く掻い摘めば、彼女を悲しませる事なく納得させられるだろう。
今の俺には、皆目見当がつかなかった。
- 250 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/05(火) 09:26:11 ID:5X26iL1Y
……………
………
…
…四日後の夜
…城内、男の部屋
城からの外出もままならず、ほとんど幼馴染との連絡もとれていない。
二日前に僅かに話した際、時魔女の行方が解らない事だけは聞いた。
もしかしたら愛想を尽かして星の国へ帰ったのかもしれない。
そして肝心の話については…我ながら呆れている。
結局この四日間、俺は何一つ女に伝える事ができなかった。
明日には開発部隊の遠征準備が整うだろう。
出発はその日の内か、翌日か…とにかくもう時間は無いというのに。
女は今、湯浴みのために部屋を出ている。
男(戻ったら話そう…どう伝えたらいいかは解らないけど)
砂漠へ再赴任する…と、そしてすぐに戻ると言えば、せめてこの場は凌げよう。
後から真実を知れば、恨まれるかもしれないけれど。
- 251 名前:深夜にお送りします [] 投稿日:2013/11/05(火) 09:27:48 ID:5X26iL1Y
夜警兵「男殿っ!」
突然、ノックも無く部屋のドアが開かれた。
そこには息を切らせた、夜警の兵の姿。
男「どうした、ただ事では無さそうだな」
夜警兵「我が国の兵の一部が反乱を起こし、脱走しました…!」
男「…脱走?…戦時でもあるまいし、脱走するなら昼間にいくらでも機会はあろうに」
俺は軍人として国に迎えられはしたが、あくまで当初は竜討伐を目的とした抜擢だったはずだ。
男「やむを得ん…準備をして俺も向かう、退がってくれ」
砂漠進攻の援護部隊を持たされる羽目になったとはいえ、この国の内乱まで面倒をみる義理は無い。
何故そんな事を俺に言う必要があるのか。
反乱を起こしたのがごく一部の兵数だというなら、正規兵を多数派遣すれば鎮圧は造作もあるまい…しかし。
夜警兵「反乱兵は砂漠進攻に異を唱えており…!主張を受け入れさせるために人質をとっております!」
そこまでを聞いて、ようやく何故この兵が血相を変えて俺を訪ねたかを理解した。
そしてこの後、俺は兵装を整える余裕すら無く部屋を飛び出す事になる。
夜警兵「人質の中には女様が含まれます…!」
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