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猫「吾が輩は猫である」
- 102 名前:VIPがお送りします [sage]
投稿日:2010/06/24(木) 00:28:59.66 ID:r9vqhJP8P
――夜、屋敷、居間
カチ、カチ、カチ……。
男「……遅いですね」
男友「困ったわね。これでは御嬢様の分の御飯が冷めてしまうわ」
男「何処かで遊んで居るのでしょうか?」
男友「あの御嬢様がねぇ……」
男「或いは庭球とやらの練習だとか」
男友「こんな日も沈んだ夜半に?」
男「……ふむ」
男友「流石に、探しに行った方が良いかしらねぇ」
男「どうでしょう。ひょっこり帰って来て
『あら、どうしたの? 男二人で居間で見つめ在って居るのだなんて、正直に謂って気職が悪いわ』
なんて謂いそうな物ですが」
男友「……そうねぇ」
- 103 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 00:35:20.90 ID:r9vqhJP8P
――男、自室
猫「遅かったな。随分永い夕餉だったでは無いか」
男「いえ。女さんが中々帰って来られないので」
猫「ふむ。して?」
男「少し街へ御嬢様を探しに行く事になりました」
猫「ほう。殊勝な事だな」
男「もう男友さんは先に行ってしまいました。
猫さん、何処か心当たりは有りませんか?」
猫「心当たり?」
男「ええ。若い女学生が学校の帰りに寄りそうな処を御存じ無いかと思いまして」
猫「さあな。第一に吾輩は彼女の事を良く知らぬのでな」
男「はぁ。とにかく私も今から探しに行きます故」
猫「仕方ない。吾輩も着いて行ってやろう」
男「其れは助かります。私独りでは、
女さんを探して私が迷子になったと謂う事になり兼ねませんし」
猫「まぁ良い。どうせ暇を持て余していたのだ」
- 105 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 00:39:32.40 ID:/6pzljTs0
猫久しぶりにキター
思えば猫が主人公の片割れだよな、忘れてた
- 106 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 00:42:27.99 ID:G1f3ccDdO
(≡^ω^)にゃんにゃんお!
- 107 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 00:46:35.62 ID:r9vqhJP8P
――街中、夜半
男「……目に付いた喫茶などを大方見て回りましたが、いらっしゃらないですね」
猫「今頃家に帰って居るのかも知れないな」
男「もう喫茶や書店も閉まる時間ですし、そうかも知れません」
猫「やれやれ。困った御嬢様だ」
男「ええ。全くです」
猫「どうした。お主はあの女に惚れたのでは無かったのか?」
男「なっ」
猫「どうした。又しても図星か」
男「確かに綺麗な淑女ですが、そのような端無い男では有りませぬ故」
猫「そうか……やはり、内面か?」
男「……」
猫「やれやれ。人間と謂うのは実に面倒な生き物だ」
- 108 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 00:58:53.67 ID:r9vqhJP8P
猫「……しかし、あの女は何故ああ捻くれた人間に為って仕舞ったのだろうな」
男「さぁ。美人に生まれれば私にも解ったやも知れませんが」
猫「――果たして己の美貌に酔ったその末に、あの奢ったような心の持ち主に
為ってしまっただけなのだろうか」
男「猫さんはどう御考えなのですか?」
猫「はて。吾輩にも其れは解らぬが。
存外に人間に心と謂う物は、他人から見れば些細な事でも濃い影を落とすものだらう」
男「……」
猫「お主にも経験があろう?
『どうして誰も自分の事を解ってくれないのか』
――まぁ、当然な話しよな。他人は他人で自分の事で精一杯なのだから」
男「……つまり、彼女にも彼女にしか解り得ない悩みが在ると?」
猫「はて解らぬな。有るやも知れぬし、無いやも知れぬ。
吾輩はあの女では無い故。結局は推測の域をは出ないだらう。
只――」
男「只?」
猫「其れを察する事が出来る、と謂う事を人間は『優しさ』や『思い遣り』等と
謂うのでは無いのか?」
男「猫さん……」
猫「吾輩は猫である。して人間の考えなどは解らぬがな」
- 109 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 01:12:44.10 ID:r9vqhJP8P
猫「そしてお主が其の事を少しでも心得たと謂うのならば、
吾輩はお主をあの娘の処に連れていく事に、吝かでは無いのだが」
男「えっ」
猫「吾輩は猫であるぞ。殊夜のこの街の事に関して存ぜぬ事など無い」
男「ならば初めからっ――あ」
猫「吾輩には、お主がどうにも少し勘違いをしているのでは無いかと思ってな」
男「猫さん……」
猫「さて。どうするのだ。
心配せずともあの娘は放って置いても朝迄には帰って来るだらうさ」
男「私は……」
猫「他人の心の問題に深入りする事を嫌うのは解る。まぁ面倒だしな」
男「私は其の様な事っ」
猫「――それに、少しでも道を誤れば、逆に自分が傷付く」
男「……っ」
猫「さて。どうするのだ? 選び取るのは何時だって自らの手だらう」
- 110 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 01:22:33.04 ID:0NlZMDwuO
ねこさんに会いたい
- 111 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 01:23:11.43 ID:r9vqhJP8P
――港、夜半
――昨晩お主と行ったな、あの港の埠頭。其処に小さな灯台が在る。
男「はっ、はっ、はっ……」
――この様な夜半ではもう港へ寄る船も無いだろうから、灯は消えて居る。
男「はっ、はっ、ぜぇ……」
――近くに自転車が止まって居る筈だから、解るとは思うが。
男「はっ、ぜぇ、ぜぇ……」
――しかしお主、一体あの娘にどんな声を掛ける。
あの娘が何故このような時分までそのような処に居ると思う?
男「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
――其の事を、考えずして其処へ行くのは只愚かなだけだと心得よ。
……此処からはお主独りで行くのだな。
男「ぜぇ、ぜぇっ……。自転車……在りました……」
- 112 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 01:30:17.00 ID:r9vqhJP8P
――灯台、屋上
男「……探しましたよ」
女「貴方……どうして此処が」
男「まぁ、猫の手を借りただけです」
女「……?」
男「隣、良いですか?」
女「……」
男「はぁ。慣れない道を走るのは大変でした。
何度も道を間違えて、随分遠回りしてしまった」
女「……何をしに来たの」
男「商店で飲み物を買って来ました。二つありますから、一緒に飲みましょう」
女「……」
男「んー。潮風が気持ち良いですね」
- 113 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 01:39:20.23 ID:r9vqhJP8P
女「……別に、貴方に心配されなくても家には帰るわよ」
男「ええ。其れも知って居ます」
女「……何だかやり辛いわね」
男「はて。そうですか?」
女「……訊かないのね。こんな処で何をしているのか」
男「え? 海と星を見て居たのでは無いのですか?」
女「まぁね。其れはそうなのだけれど」
男「――本当は、訊いて良いものか。またどうやって其れを切り出そうか
考えて居た処なのですよ」
女「……変な人ね」
男「ええ。良く謂われます」
女「……」
男「まぁ。昨日会ったばかりの私が、“元気を出して下さい”等と謂うのも
何だか可笑しな話しなので、それは止めておきますが」
女「ええ、其れは賢明な判断ね」
男「……何だかやり辛いですね」
女「はて。そうかしら?」くすりっ
- 114 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 01:47:18.19 ID:r9vqhJP8P
男「……あ」
女「何よ。どうしたの?」
男「あ、いえ……笑った顔を初めて見た物で」
女「これは失態ね。笑顔の安売りをしてしまったわ」
男「……なんだかなぁ」
女「何か?」
男「いえ。何も」
女「……そう?」
男「……」
女「うだつ――いえ、失礼。確か男と謂ったわね」
男「どんな謂い間違いだっ!?」
女「其れはさて置き。男くんはお父様と知己だったわよね」
男「ええ……まぁ」
女「――貴方はどう思う?」
男「え?」
女「お父様の事よ」
男「嗚呼。そうですね……。
私が学問の道を志したのは先生の御陰と謂いますか。
尊敬……して居ます」
女「……そう」
- 115 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 01:51:58.78 ID:x38V30xB0
大丈夫だとは思うがさるよけ
- 116 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 01:57:23.82 ID:r9vqhJP8P
男「女さんはどう思われているのですか? 先生の事を」
女「……それは学者としてのお父様の事かしら。其れとも父親としてのお父様かしら。」
男「それは……」
女「まぁ“変人”と謂うのはどちらのお父様にも共通して居る事なのだろうけれど」
男「……」
女「“あの家の娘”何時も付いて回ったわね。まるでわたしの事を謂う時の枕詞みたい」
男「……」
女「周りから余りお父様が良く思われていない事は、
幼い頃から解って居たわ。
まぁ、単にその所為で心を閉ざしただなんて、
そんなのは何処にでもある話しだろうけれど」
男「……それだけでは無いと?」
女「別に周りからどう思われようが、わたしは構わなかった。
お父様の事もお母様の事も好きだったしね。
家族が仲良くやっていければ、其れで不満は無かったわ」
男(好き……“だった”?)
- 117 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 02:05:55.30 ID:r9vqhJP8P
女「今のお母様は、わたしの本当のお母様では無いのよ」
男「……え?」
女「周りからどう謂われようとわたしは構わなかったけれど、
お母様には酷く堪えたのね。
或る日学校から帰って来たわたしが見たのは……冷たくなったお母様だったわ」
男「そんな……」
女「――なんて」
男「え?」
女「殆ど初対面に近い貴方に何を謂っているのかしらね、わたしは。
済まなかったわね。忘れて頂戴」
男「……御免なさい」
女「え?」
男「いえ……私は貴女の事を酷く勘違いしていました」
女「謂ったでしょう?
周りからどう思われても、そんな事は別にどうだって良いわ」
男「それに――今の話を忘れる事も出来ません。
だから謝ります。御免なさい」
女「……」
- 118 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 02:16:47.72 ID:r9vqhJP8P
女「――まぁいいわ。勝手にしなさい」
男「其れはどうも」
女「……全く。貴方は熟々変わった人ね」
男「其れは先刻も仰いましたよ」
女「まぁ良いわ。――帰りましょう」
男「え?」
女「何を呆けた顔をして居るの? 帰るのよ、家に」
男「あ、あぁ。はい」
女「――貴方、自転車に乗った事は有る?」
男「いえ……見たのも昨日が初めてでしたが」
女「仕方が無いわね。確り練習しておきなさい」
男「は?」
女「こう謂う時は、
男性が女性を自転車の後ろに乗せて、二人乗りと謂うものをする物らしいわ」
男「へっ?」
女「今日は仕方が無いから、わたしが自転車を漕ぐけれど。
でも何時までも其れじゃあ、余りにみっとも無いから、
練習をしておきなさいと謂っているのよ」
男「はぁ」
女「じゃあ、帰るわよ――わたしたちの家に」
- 119 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 02:23:58.54 ID:r9vqhJP8P
――男自室
ガラリッ。
猫「随分と遅かったな」
男「猫さん……」
猫「なんだ? 真面目な顔をしてからに」
男「願い事が決まったのですが、謂っても宜しいでしょうか?」
猫「ほぉう。訊かせてみると良い」
男「彼女を――女さんを助けてあげたいのです。
父親と、亡くなった母親までをも嫌って生きて行くには、
彼女はまだ若すぎる」
猫「っくくく。なぁ、男よ」
男「なんですか、猫さん」
猫「吾輩は之まで九拾九の人間の願いを叶えて来たが、
他人の事を願われたのは初めてなのだよ」
男「はい?」
猫「面白い――そう謂ったのだ」にやり
- 120 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 02:24:02.48 ID:x38V30xB0
女さんの腹の筋の、いと柔らかきことよ
- 121 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 02:28:31.70 ID:r9vqhJP8P
やっと此処まで書けましたー。
眠いから論理が飛んで変な事になってそうだ。
それと、遅筆で申し訳無い。
支援と保守してくれた人、読んでくれた人、どうも有難う。
そして眠ります。御休みなさい。
- 122 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 02:48:02.51 ID:YsI/aqXG0
こういう文体好きだな
続き楽しみにしています
- 131 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 08:24:32.17 ID:/6pzljTs0
>>1がいない間はage保守がいいかしらん
- 142 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 15:28:48.55 ID:k8YzMZkiO
面白い
渾身の保守
- 143 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 15:34:22.23 ID:dcYpyOPQ0
100万回生きた猫となぜかダブる
- 145 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 16:08:26.64 ID:wTO10tfh0
俺の中では三毛猫の雄
- 154 名前:名無し [] 投稿日:2010/06/24(木) 19:02:56.05 ID:MyR3wnYd0
夏目漱石「猫を擬人化してみた。」
- 156 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 19:25:19.38 ID:dQORgtBI0
こりゃ稀に見る良スレだな
俺も保守する故
- 160 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 20:29:43.97 ID:ehvuV1idO
この雰囲気がいいよな
- 162 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 20:33:47.47 ID:DXqTfnSWO
恋ロマか
- 163 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 20:39:54.27 ID:YsI/aqXG0
「吾輩は猫である」の猫は
波斯産の猫の如く黄を含める淡灰色に漆の如き斑入りの皮膚を有している。
とあるな
- 164 名前:VIPがお送りします [] 投稿日:2010/06/24(木) 20:42:39.31 ID:dcYpyOPQ0
個人的に黒か三毛のイメージ
- 178 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/24(木) 23:45:40.56 ID:r9vqhJP8P
えと。ゴメンなさい。まさかこんなに帰りが遅くなるとは。
保守ありがとう。
急いでお風呂に入って、それから書きます。
- 183 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 00:32:36.22 ID:eQ2jf1JfP
猫「とは謂ってみた物の、吾輩は猫で在って神ではない」
男「はぁ」
猫「突然後光がさしたと思えば、
あの娘の抱える問題がまるで氷の様に溶けだして行く――という様な真似は出来ん」
男「では猫さんは一体何をされようと?」
猫「まぁ訊け。加えて謂うのならば、吾輩はあの娘の抱える問題や、
或いはあの娘に直接関わるつもりは無い」
男「は?」
猫「惚れた女を助けるとまで嘯いたのだ。
壱から拾まで他人任せでは、お主も格好が付かぬだらう?」
男「其れはまぁ……そうですが」
猫「吾輩に出来るのは、飽く迄手助けに過ぎぬ」
男「……」
猫「っくく。まぁ、そう呆けた顔をするな。
“願いを叶える”などと大見栄を切って置いて何だが、
猫の手と謂うのは本来役立たずな物なのだよ」
男「随分と御謙遜を……はぁ」
- 184 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 00:39:00.84 ID:eQ2jf1JfP
男「では猫さん」
猫「なんだ?」
男「その。先ずは手掛かりの様な物が必要なのだと思うのですが」
猫「ふぅむ」ぽりぽり
男「生憎、先生と奥様は英吉利に渡って居られる様ですし」
猫「まぁ待て。男よ」
男「はい?」
猫「お主、あの娘を“助けたい”と謂ったな」
男「はい」
猫「お主の考える“助ける”とは一体どのような事なのだ?」
男「……ええと」
猫「勢いで嘯いたは良い物の、
はて如何したものかではちゃんちゃら可笑しいでは無いか」
男「それは……そうですが」
- 185 名前:VIPがお送りします [sage] 投稿日:2010/06/25(金) 00:44:32.67 ID:eQ2jf1JfP
猫「はぁ。何なら違う願いに変えても良いのだぞ?」
男「猫さん、其れは待って下さい」
猫「ほう」
男「私は――私は見たのです。女さんの、夜の海を眺めるあの氷の様な眼を」
猫「眼だと? 眼が如何したと謂うのだ」
男「私は、海の見える街の至極一般的な家庭に育ちました故、
一体親を嫌うと謂う事が、どの様に哀しい事かは解りません。
――けれど其れが女さんの心に影を落として居るのだとすれば、
私はその重みを少しでも軽くする事が出来ればと、そう思ったのです」
猫「……」
男「猫さん、お願いします。どうか幾許のお力添えを私にっ」
猫「――はぁ。全く、熟々面倒な生き物よの。人間と謂うのは」
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