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農夫と皇女と紅き瞳の七竜
507 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/22(金) 20:16:00 ID:EnJJr11E

………


人が定めた『年』という単位では数えきれないほどの遠い昔、まだ生命の無かったこの星に流星が堕ちた。

その流星には竜の卵が乗せられており、そこから双子の竜が孵る。

黄金の鱗を持つ兄竜と、白銀の鱗を持つ弟竜。

長い長い時を経て成長した二体の竜は、やがて星に生命を育んだ。

最初は目に見えない程の微細な生物から、植物、魚、虫、動物…そして人間。

高い知能を持ち、竜の助けを得ながらも独自の文明を発達させ始めた人間は、いつしか竜を神と崇めるようになる。

神竜と呼ばれるようになった二柱の竜は、人間を慈しみ守護する存在だった。


508 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/22(金) 20:17:09 ID:EnJJr11E

しかし自らの文明を更に発展させ、地上の覇者となった人間は次第にその神への崇拝を偏ったものとし始める。

それは生と死という根本的な概念を二柱の神竜にあてはめた、人間による勝手な解釈。

黄金の神竜は生命を司る母なる真竜と崇められ、白銀の神竜は死を司る忌むべき滅竜と畏れられるようになっていった。

その事に腹を立てた滅竜は、魔物を生み出し自らを冒涜した人間を滅ぼそうと考える。

真竜はそれを宥め、人間を庇おうとした。

だが皮肉にもそれは人間達に更に真竜を崇めさせ、逆に滅竜を畏れる意識をより深く植えつける事となる。

人間達はやがて、真竜に滅竜の打倒を祈るようにさえなってしまった。

ついに滅竜は自らの白き瞳の片方を砕いて無数の魔物を生み出し、それを率いて人間達を駆逐し始める。

砕いた瞳の欠片の内、比較的大きかった七つの欠片は白眼の七竜となり、特に壊滅的な被害を与える存在だった。

真竜はやむをえず自らの紅き瞳の片方を七つに分け、紅眼の七竜を生み出して対抗させる。


509 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/22(金) 20:17:48 ID:EnJJr11E

あくまで欠片に過ぎない白眼の七竜と、瞳をちょうど七つに分けた紅眼の七竜の力は比べるまでも無い。

それぞれの竜の戦いは完全に紅眼の勝利に終わり、白眼の七竜は全て封印され岩と化す。

そして更に真竜は自らの七竜と共に滅竜とも戦い、ついに滅竜自体をも封印する事に成功した。

その時、滅竜達の封印に使われたのは七竜に分けた紅き瞳の力。

それは逆に言えば、七つの瞳をあわせれば封印を解放する鍵にもなるという事。

真竜は紅眼の七竜を世界の各地へと遠く引き離して配置し、岩と化した滅竜と白眼の七竜は流星の堕ちた始まりの地へと安置する。

紅眼の七竜がいつか人間にとって障害となる事を知りつつ世界の各地へとそれらを配置した、真竜の意図。

それは人間が紅き瞳の七竜を倒せるようになった時こそ、自らの神としての役割の終わりであるという想いだった。


510 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/22(金) 20:18:59 ID:EnJJr11E

実は双子の兄竜である真竜は、滅竜を封印するのではなく完全に消し去る力も有していた。

ただしそれを行使するには、自らに残る紅き片瞳の力の全てを使い切らなければならない。

それはすなわち、その時の人間にとって信仰の対象であった二柱の竜の両方が消滅するという事。

まだ成熟しきっていない人間という種族から突然に心の拠り所を奪う事は、同族内での争いをはじめとした自滅行為を生む危険性を孕んでいる…真竜はそう考えた。

そして更に時は流れ、現在からおよそ千年前の事。

岩と化した弟竜が置かれた始まりの地、そこに天蓋の結界を張った真竜はその内で自らも眠りにつく。

ある程度の成熟を見せた人間に世界を託し、彼らが紅眼の七竜を討ち倒す日を待つ事としたのだ。

人間の中から選ばれた清らかな乙女に不老の命を与え、真竜の巫女として慈しむべき人間の世界を見守らせながら。


511 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/22(金) 20:46:47 ID:EnJJr11E

………



巫女「…人間が七竜の全てを討ち倒した時、滅竜は蘇る。そして真竜もまた眠りから目覚め、その最後の力をもって滅竜を消し去る…そのはずだったのです」

彼女はそこまで話し、言葉を途切れさせた。

男「…それが、何か狂ったと?」

巫女「それは私が語るよりも、狂わせた本人の口から聞くべきかもしれません」

そう告げた巫女の隣に、ふわりと光のカーテンが降りる。

柔らかな煌めきは次第に一つに集まり、そして人の形となった。

…そうか、人間は竜を討つのではなく。

女「そんな…!嘘…まさか…!」

竜を操り、利用しようとした。

男「…夢で、会ったな」

自らが護り慈しんだ、その人間の傲慢こそが真竜の誤算だったという事か。

女兄「男殿…来てくれたのだな」


512 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/11/22(金) 22:37:37 ID:j54CMnhw

女「どうして…本当に…兄上なの…?」

女兄「…久しぶりだ、女。すっかり大人になった…綺麗になったな」

口元を掌で覆い、竦めた肩を震わせる女。

駆け寄る事を躊躇いつつ、それでも一歩ずつ兄の元へ歩む。

女兄「良かった…幸せそうで」

女「嘘…みたい…!兄上っ!」

遂に堪えきれず涙を零し、彼女はその懐かしき姿に両腕を広げて抱きつこうとした。

しかし、その腕は無情にも空を切る。

女「!!」

女兄「…すまない、触れる事は叶わないだろう。私は既に意識だけの存在だ…それに」

妹の事を優しく見つめながら、兄は寂しげに微笑んだ。

女兄「…もう私にはお前を妹と呼び、肩を抱く資格など無いよ。翼竜として幾つもの村や街を襲い、たくさんの犠牲を生んできた…お前達に討たれるべき存在だ」

女「違う…!それは…国の、父上や大臣の企みではないですか!」

女兄「いかに命令に背く事が出来ないといえど、私は自ら翼竜を操り人を殺めた…。女、ちょうどお前くらいの娘を噛み殺した事もあるのだよ」


513 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/24(日) 11:50:22 ID:AAcElD7U
あかん、どうしても書けん
少しだけ更新空くかも
見てる人いたら、すみません


516 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/24(日) 17:39:45 ID:YG5cxpGs
待ってるから存分にてーいして貰ってこい


518 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/27(水) 22:00:26 ID:wgSGedaY
少しずつ書いてる
今更ながら地の文を男視点にした事が裏目に出て悪戦苦闘中
期待せずにもうちょい待ってて…


519 名前:深夜にお送りします [sage] 投稿日:2013/11/28(木) 12:15:06 ID:uL8D2gWE
てーい( ゚∀゚)ノ≡アイデア)`Д゚)・;'


520 名前: ◆M7hSLIKnTI [sage] 投稿日:2013/11/28(木) 19:18:45 ID:CvezbyGw
>>519
さ…さんくす(流血)


521 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 19:53:41 ID:io8Phlyc

七年ぶりの妹との再会だというのに、その温もりに触れる事も許されない。

国の犠牲となった悲しき魔導士の姿は、よく見れば僅かに透き通っている。

女兄「私は翼竜に喰われ、そして翼竜に宿った。その紅き瞳の力に自らの魔力を溶け込ませて同化したんだ。…最初はそれで上手くいっていた」

ゆっくりとした口調で、彼は望まなかったはずの己の罪を告白してゆく。

女のそれと同じ、澄んだ美しい青い瞳が俺を見据えていた。

女兄「しかしそれは同化というよりも、正しくは紅き瞳の力を蝕む…そう表現すべき事だった。強大な竜を支配する内に私の魔力は疲弊し、竜の精神には隙間ができていったんだ」

男「精神の隙間…」

女兄「そこに滅竜が忍び寄った。紅き七竜が倒される度に滅竜は少しずつその力を取り戻してゆき、次第に翼竜の精神に深く関与するようになっていった」

女兄が翼竜に宿った時点では、まだ倒されていたのは落日のハイドラだけだったはずだ。

しかしおよそ五年前にクエレブレが倒され、昨年にはオロチ、今年に入ってからはサーペント討伐が成った。

その度に滅竜の力は強まり…そして。

女兄「およそ二ヶ月前…か、ついに平常時の翼竜を支配するのは滅竜の精神となった」

男「…俺が、サラマンダーを倒した時だな」


522 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:00:48 ID:ro4kwxFk

女兄「翼竜は操られるまま、ヴリトラを殺した。その時からだ…翼竜の中に滅竜の精神だけでなく、幾らかの生命力までも流れ込むようになったのは」

騎士長「もしや、翼竜を切り裂いた時の黒い霧は…」

男「…あの傷を受けても翼竜が死ななかったのは、そういう理由か」

翼竜の体内に光の刃を放った、あの斬撃は間違いなく致命傷を与えたと思った。

だが滅竜の生命力がその死を踏みとどまらせたというなら、確かにその事に説明はつく。だが、それならば何故…

男「…滅竜が翼竜の死を防ぐのは何故なんだ。残る七竜は翼竜だけ…それが死ねば滅竜は蘇る事ができるのだろう」

女兄「それはおそらく…だが」

巫女「…滅竜は紅き瞳の力を取り込もうとしているのでしょう。だからヴリトラの首を千切り、持ち去った」

幼馴染「じゃあ…今、ヴリトラの瞳は翼竜の中に」

騎士長「まさか、我が王都を襲ったのは…!」

男「騎士長、クエレブレの瞳は?」

騎士長「先王の間に保管されていたのだ…。建物の破壊も著しく、竜の瞳が残っているかは私が旅立つ時点では不明だった」


523 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:02:19 ID:ro4kwxFk

おそらく違いあるまい。

今、翼竜の体内にはヴリトラとクエレブレの瞳が呑まれている。

翼竜自身のものを合わせれば、三つの竜の瞳が集まっているという事だ。

だとしたら、巣穴を飛び出していった翼竜が向かった先は。

男「翼竜は今どこに向かっているんだ、解るんじゃないのか」

しかし女兄は俯き、首を横に振って言った。

女兄「…砂漠での去り際と今朝の洞窟内で、私は残る魔力を振り絞って翼竜を操った。もはや今の私には翼竜の視界を覗き見る事すら難しいんだ…」

詫びる女兄の姿が一瞬、揺らぐ。

その身体は先よりも薄れ、透明度を増している。

女兄「私の魔法まで滅竜に利用され、その度に私の魔力は疲弊していっている。こうして意識を集めて姿を形づくるのも限界だ…間も無く私の姿は消えるだろう」

女「そんな…せっかく会えたのに…!」

女兄「すまない…女。だが最期にお前の声を聞く事が…その姿を見る事ができて良かった」

男「…完全に消滅してしまうのか」

女兄「解らない…まだ暫くは翼竜の中に意識は残るのかもしれないが、長くは無いだろう」


524 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:02:57 ID:ro4kwxFk

更に彼の姿の揺らぎは大きくなり、より薄れてゆく。

女兄「男殿…妹を頼む。どうか、幸せにしてやってくれ」

男「…解った」

そして彼は女に優しく微笑んだ後、真竜の巫女に向き直った。

女兄「真竜の巫女よ…最期に、もう一度だけ詫びさせてくれ」

巫女「謝罪はもう千を超える程、聞きました。私は真竜に身を捧げた巫女…主の意志に反し、七竜を利用しようとした者を許す事はできません」

女兄「ああ…確か…に千を超える程、そう言われた…な。それで…も私は詫びるしか…でき…ないん…だ」

声が掠れる、もうその表情を窺うのも難しい程に身体は透き通っている。

女兄「神である真竜に…それを…司る事…ができる…なら、どうか…私の……魂を地獄へ…堕としてくれ…」

巫女「…貴方はもう充分に地獄を見たはずです。その光景を思い返し、悔やむ事…それが貴方の贖罪でありましょう」

彼女は閉じた瞼を開ける事も無く答えた、それなのに。

女兄「……ああ…忘れま…い…」

巫女「…還りなさい、母なる真竜の元へ……」

…何故だろう、彼女は泣いている気がした。


525 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:03:32 ID:ro4kwxFk

淡い光に包まれる、女兄の姿。

それはやがて天に昇るかのような一筋の細い光の帯になり、途切れて霞む。

女「兄上っ…!」

女が掴もうとした最後の光の欠片は、澄んだ青色の煌めきを残して消えた。

女がその場で膝を突く。

暫くの間、誰も言葉は発さなかった。

見えぬ天蓋に覆われたこの地には、風さえも吹いていない。

暗い世界を、重い静寂だけが包んでいた。


526 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:09:32 ID:qvgvEXy6

……………
………



その後、真竜の巫女は結界である台地の天蓋を解いた。

もし次に翼竜がここへ帰るとしたら、それは七つの瞳を集めた時。

同じ紅き片瞳の力をもってすれば、結界は効果を為さないという。

やがて夜が明け、騎士長は残ったグリフォンを往復させ、このクレーターに部隊の総員と全ての装備を運んだ。

この地に魔物が侵入する事は無いという巫女の言葉を信じ、ここを宿営地とする事にしたのだ。

時魔女は星の副隊長との定時連絡を使い、現在の状況を伝えた。

今後は連絡の頻度を一時間ごと程度に増し、翼竜についての情報を相互に交換する事とした。

情報はすぐに星の国から旭日の国へと伝わり、おそらく既に瞳は奪われているに違いない白夜の国にも伝えられるはずだ。


527 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:10:10 ID:qvgvEXy6

騎士長「…男殿、すぐに戻るつもりだ。今は傷の養生に努めて頂こう」

更に翌日、騎士長はグリフォンの背に跨って言った。

男「ああ…だが、くれぐれも気をつけてくれ」

騎士長「なに…白夜と落日には争いの歴史があるわけではない。とって喰われる事は無かろう」

反射鏡による共同通信網が整備されていない落日の国に翼竜襲撃の危機を伝えるために、彼は自らの副官と共にその王都へ向かう。

かつては月の国と戦争状態にあった落日の国だが、二国間には十年も前に休戦協定が結ばれている。

とはいえ敵国である事には変わりなく、その月と同盟関係にある星の国、また星の国との同盟を結んでいる旭日の国に対しての警戒心は依然、根強い。

ただ、落日と同じくどの国とも同盟をもたない白夜からの使者であれば、抵抗感は薄いだろうと考えられた。

騎士長と副官は二体のグリフォンを駆り、クレーターの空から落日の王都へと羽ばたいてゆく。


528 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:10:51 ID:qvgvEXy6

幼馴染「大丈夫かな…」

不安げな眼差しで、騎士長達が消えた空を眺める幼馴染。

男「…心配か?」

幼馴染「そ、そりゃそうだよ。同じ隊の仲間だもの」

彼女は少し慌てたかのように、鼻先を掻いて答える。

この仕草はよく知っている。

昔から何かを誤魔化している時、必ず見せる癖だ。

やはり一度は求婚された事のある相手、彼女としても多少は気になるのだろう。

彼がいまだに自分を好いていると知った時、彼女はそれをどう捉えるのだろうか。

ふとそんな事を考えたが、下世話な事だと思い自ら苦笑した。


529 名前: ◆M7hSLIKnTI [] 投稿日:2013/12/02(月) 20:12:01 ID:qvgvEXy6

たかが農夫の出の俺と違い、あれほど人望に厚く頭の切れる騎士長の事。

おそらく落日への忠告は上手くこなしてくれるに違いない。

故に今、この事態を伝えるのが最も困難なのは、他ならぬこの月の国という事になる。

だがこの時、月の国では既に別の大きな動きが起こっていたのだ。

その情報はその日の夕方、時魔女の定時連絡で齎される事となった。

時魔女「男…大変だよ!」

男「どうした、どこかに翼竜が出たのか」

時魔女「うん…それだけじゃなくて、女ちゃんにはショックな事かもしれないんだけど…」

時魔女は定時連絡の内容が記された金属板を俺に手渡す。

そこに書かれていた、驚くべき事態とは。

男「…女、落ち着いて聞いてくれ」

女「……?」

男「月の王都に…翼竜が現れた。…月王が死んだそうだ」



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