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意地悪なメイド ver2.5
37 :【読切短編:落花狼藉(前)】 [sage] :2008/08/05(火) 04:46:25.54 ID:ULUObxc0
その日は雨だった。普段なら遠くまで見通せる交差点はひどく視界が悪い。
一寸先は闇、とまでいかないものの、一寸先は灰色だ。
アスファルトのそれと相まって景色は灰色一色。笑えるほどに単色。
唯一視界の端を埋める黒色は傘の色。だから、寸前まで気づかなかった。

――綺麗な、キレイな。気持ち悪いくらい、鮮やかに咲いた赤。

交差点の真ん中にあったそれは四方八方に花弁を伸ばしたバラの花。
白い骨(トゲ)が舞い散るそれは灰色の中でわがままに咲いた命の色だった。


『意地悪なメイド外伝』
  短編読切「落花狼藉(前)」



朝。仕事終わりから直接学院へと向かわくちゃいけない。
休養を欲する身体に鞭打って制服の袖に手を通す。
髪を梳いてメガネをかければいつもどおりの私が完成。
鏡に映る自分をチェック。うん、今日も百点満点。惚れぼれしちゃう。
ちょうどトースターが音を鳴らして朝食の焼き上がりを告げてくれる。
レトロな一品で私のひそやかな自慢だったりするこのトースター。
いまどきでは見かけない古臭いこれは、毎日焼き上がりが変わるのだ。
ちょっとした運勢占いのような気持ちで楽しめる、最高の一品だ。
今日の出来は……体のご機嫌具合を表すような真っ黒な焼き上がり。
ガッデム。前言撤回、今すぐ廃品回収に出してやりたくなった。
とはいえそんなことをしていれば大事な大事な出席数が足りなくなりそうなので出発。
覚えてなさい、このポンコツさんめ。
……あれ? 私、昨日もこれを言ってた気がするんだけど。


38 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:47:38.17 ID:ULUObxc0
遅刻ギリギリに教室に滑り込む。
たぶんこの学院で唯一私だけがこんなはしたない真似をしてるんじゃないだろうか。
まぁそれはそれで希少価値なのでオッケー。魅力的なので。
残念なのはそれを見せる異性がいないことなのでした。まる。

「おはよー!」
「おはようございます、今日もお元気ですね」

席に着けば、後ろから向かえてくれる陽だまりオーラ。

「うん、元気が取り柄っていうしね、今どき希少だよ? ステータスになるね!」
「そうなのでしょうか?」
「そうなの! 宮はむしろ私を見習ってよね。ほら、ぽけぽけしないの!」
「ぽけぽけですか?」
「あーもう!」

元気印が爆発満開な私からするとこのクラスメイトの宮乃ののんびりした空気はまどろっこしい。
とはいえ、癒し効果は抜群なので赦しちゃいます。マイナスイオンがたっぷり。
ちなみにマイナスイオンってのは本当はないんだけどね?
プラシーボ効果万歳。って、宮の笑顔は偽薬ではないのであしからず。

「席についてください。HRを始めますよ」

一瞬にして静まり返る教室。さすがです、宇都木先生。
この学院の中にいる数少ない男性、かつイケメン。ファンの数は両手両足使っても数えられないほどいるとか何とか。
だが残念ながら私のストライクゾーンからは大暴投して頭打って血迷ってなおかつクスリでもキめてないと入らないのでした。

「では出席をとります」

歯をきらきらと輝かせながらアルカイク・スマイル。
理科担当だからアルケミック・スマイルか。

「理科ではなく、物理の担当教師にあたりますのでphysics・smileというほうが自然かと」
「何気に読心術!? 宮、あんた何者!!」
「ええと……あや様ファンクラブ会長です」
「何その肩書き! 知らぬ間に私に下僕たちが!?」
「ちなみに私が名誉会員ですので、良ければ入りませんか? 今なら会員番号が二番が渡せますが」
「やん! あんた一人じゃん!?」
「それよりあや様」
「あっさりスルー!?」
「私がなぜ小声でかつ唇を動かさず喋っておりますかおわかりいただけることになりそうです」
「へ?」
「……あやくん? 現在出席をとっていますので、これ以上騒がれるようなら」
「はうあ、宇都木センセ!?」
「はい、宇都木です」
「ご、ごめんなさい。静かにしますのでどうか出席だけは……」
「はい。そこまではしていません。遅刻扱いなだけですので」
「鬼! 悪魔ぁ!!?」


39 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:48:08.40 ID:ULUObxc0
冗談です、とお茶目に笑ってみせる宇都木先生。
回りのおにゃのこたちったら目がハートになってるのではないでしょうか。
ちらほらとワタクシへの悪口が聞こえておりまするのですがー。陰口にとどめておこうよー。
あと見えてるから言うけど、出席簿についてる私への欠席マークがやつが鬼だと言う理由なのだとなぜ君たちってばわからないかなぁ。

「と、そういえば」

っと、まずい! この人も読心術!
このタイミングで振り返るとか卑怯なり、宇都木。
思いっきりあかんべーをしていた人差し指を高速で机の下へ。危ない危ない。

「今日から新入生が来ますので、皆さん仲良くしてあげてくださいね」
「この時期に新入生ですか。珍しいですね」
「だあねぇ」
「それと、淑女のたしなみとして注意しておきますがそういうのはどうかと思いますよ?」
「バレてたー!?」

そして私は見逃さない。奴の右腕が高速で私の出席のところに欠席マークを付けるのを。
くそ、ただでさえやばいというのにこの仕打ち……間違いなく宇都木はドSだ。

「失礼します」

そんな私のぶつくさ言う声をよそに凛とした声が教室に響く。
ほぅ、というため息が教室中にあふれる。当然だ、入ってきたのは女の子じゃない。
本物の美少女だったんだから。


40 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:48:25.52 ID:ULUObxc0
「へぇ、何か変わった名前だね」
「そうでしょうか? あやさんも変わった名字だと思いますよ」
「へへ、苗字は継いだもん。名前はつけられたもん。どっちが変わってようが変わってまいが、私にゃ決定権はないんですにゃー」
「でしたら、私の名前も変わっていても何らおかしなことはないですね」
「ふふ、お二人に比べてしまうと私など本当に平平凡凡ですね」
「宮はいいの。かわいいから。かわいいは正義」
「ありがとうございます。ですが比べる対象が大きすぎると逆に嫌味に聞こえかねませんよ?」
「そだねー、まぁなんつーかあんたみたいなモノホンの美少女が存在するなんてさー」
「……」
「ん? 何なに?」
「あ、いえ。知り合いにあなたのような方がいましたので、つい重ねて見てしまいました」
「え? マジ、同類っているんだ! ちょっとうれしいかも!」
「私にとってはあまり好ましい類の……いえ、瑣末なことです。それよりも、お二人も十分に魅力的ですよ」
「ありがとうございます」
「へっへー、あんがとね。いやぁ、自分で言うのもなんだけど結構私ってば魅力の塊というか何というか……」
「校舎の方は慣れられました? よろしければ案内しますよ」
「それには及びません。見学会なるものに参加させていただきましたので」
「あら、それは残念です」
「ですがお気持ちはありがたく思います、宮さん」
「いえいえ」
「……か、華麗にスルーっすか!」

どうやらこの新入生、思った以上にやり手かもしれない。
イジりモードの宮と同等の危機感を覚える私なのでした。



帰り道。
私と宮と新入生は街へ繰り出す。いわゆる歓迎会というやつである。
あのあと、何だかんだで新入生には気に入ってもらえたらしい私たち。
せっかくなので親睦を深めようとして現在にいたってるわけです。
ちなみに宮に関しては本来お迎えがくるようなセレブリティ溢れるお嬢様なのですがお迎えを蹴っていただきました。
これぞ、ラブパワー。私への想いが可能にする最終兵器彼女なのです。

「おじい様も新しくできたお友達は大切にしなさいと仰ってくださいましたので」

言わなくていいのにそういうこと言う宮ちゃん。
うふふ、あんた私に喧嘩うってんですかー!
古きは淘汰される運命にあるのですね、よよよ……。

「大丈夫です。宮はあや様一筋ですよ?」
「ごめん、それはそれで困るので。ふふ、私ってばマジ外道」
「お二人は仲がいいのですね」
「ええ。タチとネコの間柄です」
「ぶふぅ!? 宮ちゃんボンバー発言炸裂させすぎ! 時々出てくるその語彙が本当怖い!!」
「えぇと……仲がよろしいということで?」
「はい」
「ワーオ、ここに公認コプールなわけですよ私たち。ご勘弁願いたい!」

わいわいがやがや。女三人よれば姦しいとはよく言ったものです。
そうこうしてる内に街中をめぐる乙女ツアーは進行していくのでした。まる。


41 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:48:50.09 ID:ULUObxc0

ひとつがふたつになる。
昔からそんな当たり前のことが好きだった。
それだけ。本当にそれだけ。


だから、私のせいじゃ……ない。




お別れの時間がやってきた。
どうやらこのお嬢様×2は相当なブルジョワジーなご様子。
迎えのお車がさっそうと到着したかと思えば両方とも一介のリーマン風情が垂涎モノの逸品ども。
これだからお嬢様という生き物は怖い。マジ怖い。

「それではあや様、願わくば夢の中でも」
「身の危険を感じるのでお断りします」
「私もこれにて」
「あいさ。またね」
「……あや様が私に冷たいです」
「数秒前の発言を思い出してください」
「……?」
「キョトンとしないの!」

と、これ以上話してると運転手さんに悪いのでそこで無理矢理にでも会話を終わらせ身を引く。
手を小さく、女の子らしく振ってお二人とはお別れだ。

「……さて」

実は今日ここへお出かけしたのはただ歓迎会をやりたかっただけではない。
正直を言えば重要度でいえばこっちの方が上だったりするくらいなので。
でも、やっぱり楽しかった。証拠に本当ならあと一時間以上は早く行動に入るつもりだったんだけど……。
ま、いいか。それではレッツビギンでございます。


「確かこのあたりだと思うんだけど」

目の前にあるのは何の変哲もない交差点。
人通りも交通量もパラパラとあるくらい。深夜になればほとんど人通りなんてないだろう。

「だからまぁ、処理しやすかったんだけど」

思い出すあの景色。真赤な景色は本当に気分だけがひたすら悪くなるほどに美しかった。
メガネ越しの景色だったからよかったものの、あんなものを直で見た日には……。いやいや、さておこう。
考えごとばかりするとしわが多くなるというし、それはご勘弁願いたいので。

「……で、気になるピックアップ物件は、と」


42 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:49:21.88 ID:ULUObxc0
ちらりと視線を走らせれば、交差点を囲む建物はどれもテナント募集の文字。
そりゃそうだ。このあたりは都心からは微妙な位置だし、買い物は駅前のアーケードで済ませてしまえる。
駅からも離れていてオフィスを構えるには微妙。地元の人間らしい人間もいないし、マンションなんかもほとんどない。
つまり、いわゆる流行らない通りなのだ。……厄介である。

「しらみつぶし、というのはあんまりスマートじゃないんだけどな」

こういうときはあのスポーツ馬鹿にでも話を聞けば一発なんだろうけど……。
知らぬ間にとはいえ借りを作るのは癪なので結局自分の力で頑張ってくしかない。
いやもう本当、難儀しちゃう。

「寝不足ですか?」
「うん、ちょっとねぇ」
「きっと私の想いが届いていたのですね」
「……何を想ってたのでしょうか宮さん」
「あや様の名前をノートが真っ黒になるまで綴ってみました」
「いい病院紹介しようか」
「もちろん冗談ですよ」

ころころと笑うぽやぽやっ娘。中身真っ黒ですが。

「で、新入生は?」
「何やらおうちの家業をお手伝いされているとかで、出席は時々なのだそうです」
「へー」
「あや様は自分で話題をふっておきながら興味のない返事をなされるのですね」
「あ、ごめんごめん」

いかん。完全に寝不足のせいだ。
色々と頑張りすぎなので許していただきたいんですが、説明できない以上謝っておくしかない。

「これも一種の放置プレイなのでしょうか?」
「ごめん、違う意味で」



「出席、とりますよ」
「っと、宇都木先生現る。最近相性悪いので黙っておこ」

というか返事だけしたら寝よう、そうしよう。

「……さん、……さん?」

う、しまった。言ってるうちにうとうとしてた。
聞き逃してました、なんていったら間違いなく遅刻! そうはさせるかー!


43 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:49:54.18 ID:ULUObxc0
「はいはいはい! はい!!!」
「……あや様はいつから裕子様になられたのですか?」
「へ?」
「あー。あやくん。代理で返事してくれたのかな? 友情だね」
「あ、いやその……あははは!」
「でも代理は違反だからね。二人とも欠席扱いにしておこう」
「嘘ん!?」

何てこったい。いらんことで私の出席がー!
ええい、裕子とやらには一度ヤキを入れてやらねば……。


「それとあやくん。代理をするほどの友達の君にお願いしたいんだが、彼女、しばらく休みだったからね、いろいろと連絡を頼まれてほしい」
「ええー、このデジタルの時代にですか?」
「うぅん、それが僕もメールや電話を送っているんだけれど一向に返事がもらえなくてね。頼んだよ」
「お断り……」
「頼まれてくれたら、いろいろと欠席が急に出席になったりするかもしれないなぁ」
「いかせていただきます!! 宇都木センセ!!」
「ありがとう」
「……あや様は私だけのモノですのに」

後ろから聞こえる不穏なセリフはさておく。
今は目の前にさげられた人参に向かって走る馬になろうかと思うわけで。
うふふ、冷静に現状を省みられるくせに抵抗しない自分が悲しい!



地図によれば古城裕子はそれなりのアパートに暮らしている様子。
親御さんのもとから離れて一人暮らしなんだそうな。私と一緒なのでさりげなく親近感。
だが朝の恨み! 晴らさずおくべきか!
などと言いながら律儀に出前はやっちゃうワタクシ。本当、人参効果偉大なり。

ぴんぽーん。

電子音が軽く響いて来客を告げてくれる。
さっさとこれを渡してお仕事の続きを終わらせてしまいたいのだけれど。

「……あれ?」

留守なのか全く反応がない。

ぴんぽーん。

もう一度試しに押してみるが、やはり結果は同じ。
うぅむ、おかしい。電気代の料金メーターは回りっぱなしだし、速度も人がいるそれだ。
無論、地球いじめのためにPCやらクーラーをつけっぱなしにしているという選択肢もありえるけれど。
だけどそれならそれでメールや電話が届かない理由は何なのだろう。


44 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:50:12.67 ID:ULUObxc0
首をかしげながら、今度はドアを叩いてみる。

「すみませーん、光碧学院の高等部、同じクラスのあやですー。開けてくださいなー」

いなきゃいないでいいんだけど。一応、最後の抵抗ってやつです。
うーん、やっぱり無反応なので本当に留守なんだろう。

「……何かいやなことあったなら相談のりますよ? 助けになれるかもしれませんし」

ぐ、私ってば最後の最後でいらないことを言ってしまう。
こういうセリフを言っていいことがあった試しがない。
何となく、こうなることはわかってたのに……。

がちゃり。

「……本当、ですか?」
「あ、ええと、はい」

幽鬼のように戸口から顔をのぞかせたのは、青白い肌の少女だった。





「珈琲でいいですか?」
「おかまいなく」
「砂糖は……」
「いや、マジでおかまいなくっす!」

なぜか敬語。同じ学年なのに!

「……」
「……ど、どうも」

結局運ばれてくる珈琲。うぅん、マイルドな香り。ざっつインスタント。

「え、えっと、まずこれ」

ガサガサとカバンをひっくり返してプリントの束を押しつける。
ほとんど毎日カバンの中身が空なのが初めて役に立った訳なのですが受取ってもらえない様子。
というよりもそんなものには目もくれない。
視線の先には挙動不審な人物が映っている。……もちろん私のことですけど何か?

「相談に、のってください」
「えーと、はい。私が力になれることがあるなら!」

わーん! やっぱり聞かれてましたあのセリフ。
人間追いつめられると案外ホイホイ甘い言葉にのっちゃうんでしょうか。
これが宗教団体誕生の秘密なのであった。


45 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:50:45.73 ID:ULUObxc0
「……私、その」
「えぇと、何でしょう?」
「悪く、ないんです」
「……はぁ」
「……」
「……」

沈! 黙!
何なのですか! 懺悔なら教会なり何なりに行ってください!
表向きいくらでも聞いてくれますから。私みたいにげんなりした顔しませんよ!

「……あやさんは」
「はひ!?」

名前を覚えられてるー!?

「好きなもの、ありますか?」
「え。あ、うーん……」
「癖、とか。何でも、いいです」
「そうっすねぇ、割と無趣味なんで何とも……強いて言うならお料理くらいですかね」

乙女ちっくな回答をしておいてみる。
というか本当に無趣味なので仕方ない。
生活に迫られてやってることはいくつかあるけれども。

「では、たとえばそれが、自分の生きるために必要でないものでも」
「まぁ、料理ですし」
「人から忌み嫌われることだったとしても」
「……」
「やっていけますか?」
「あー、えーと?」
「……」
「よく、わからないですが。忌み嫌われるだけならいいかと」
「そう、ですかね?」
「はい」

わずかに安堵の表情が見える。
だから釘をさしておく。


46 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:51:04.09 ID:ULUObxc0

「でも、禁忌を犯すのはダメですね」
「え……」
「嫌われるだけと規約(ルール)を破るのとでは意味合いが違いますので」
「で、でも」
「ええ、ルールを破れば必然的に嫌われますのでごっちゃにされやすいですね。この二つは別物ですがひっつきやすくもあります」
「……」
「ですからあくまで、やりたいことがどのようなことかもう一度よく考えて……」
「たとえば、それが」
「……はい?
「それが、自分の命がかかっていたとしても、ですか?」
「……」
「……」
「ええ。いけません。社会的には」
「っ」
「ですが、生物的には致し方ないかと」
「……ぁ」
「私は許しますよ。それが、正当な防衛手段であるならば」
「……」
「……」

再び沈黙。
きっと彼女は誰でもよかったからこういわれたかったのではないだろうか。
こんなにも単純で簡単な言葉。だけど何より欲しかったそれ。
赤の他人に言われてすら満足するのだから、彼女がいかに張りつめていたのかは私は想像にたやすい。

「ま、よくわかりませんが、相談が曖昧模糊なので力になれるかどうか微妙でしたね。申し訳ありません」
「もう、帰られるのですか?」
「はい。これからまだ用事もありますので。では失礼します」

出る前に一応珈琲をいただいておく。すっかり冷めてしまったが手をつけないというのも失礼な話なわけですし。
……って、苦!?

「こ、こんなのを毎回飲んでるんですか!」
「……え、あ、その。失敗していましたか?」
「……いえ、ごちそうさまでした」

何だか踏みたくない地雷を踏みそうだったのでさっさと回避。
こういうのは撤退するに限る。

「また、きてください」
「……約束はできませんが」

何か気に入られてるー!
背中に哀愁を漂わせつつ、私は街へと繰り出した。


47 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:51:34.15 ID:ULUObxc0
その日の夜。
時間は短い方の針が右へと傾いてしばらく。
今日だけで二回ほど浮浪者やら危ないお兄ちゃんたちのたまり場にニアミスするも逃走成功。
本当にこういった場所は不法侵入しやすいしたまりやすいので危ないったりゃない。
管理しっかりしてくださいよ、不動屋さん。とはいえ、向こうもローテを知ってるに違いない。
全く、世の中うまくできてるもんで。

今いるそこもご多分にもれず、煙草の吸殻や発泡酒の空き缶、違法のドラッグを使ったような痕跡、えとせとら。
そして饐えた匂い。人が“居た”痕だ。

「それも、相当ゲスな部類かな、こりゃ」

散乱したゴミの間に見える避妊具は相当古くなっている。
おそらく本当に最初だけ使ったんじゃないかと思う。それだけならホテル代わりだと笑ってあげられるけど……。

「……全く、よくやるよ」

うんざりとその変色したクロイロを眺めて辟易する。
あの日見たアカイロに比べて何と見劣りすることか。
苛立ちが募る。握った手は白く変色し、力の入りすぎた手のひらが悲鳴をあげる。

「っっ、ってぇ……何やってんだろ。はい、深呼吸」

胸の中いっぱいの腐った匂いに目が覚める。
よし、もう少し頑張れそうだ。
散乱したゴミの中で比較的新しいものを漁る。
なるほど、ご丁寧に残っていてくれたレシートにはあの日の日付。
他にも探したけれど見つかったのはこれ以前の日付のみ。つまり、ここはあの日まで使われていた。

「つまり、そういうことね」

電話を入れる。相手は無自覚ながらその道の専門家。
ちょっと進展しそうなのでここはポリシーだのなんだの言ってられない。
電話越しに不機嫌な声が聞こえてくる。謝り倒しながら質問してみる。
なるほど、それなら難しくなさそうだ。

「ありがと、愛してるよん」
『だったら頼むから地獄へ落ちろ』

うぅん、最近のツンデレってばツンの割合が強すぎじゃないでしょうか。
傷ついちゃうよ? 心は乙女なので。ぐすん。


我が愛しの女神様によればお隣にいけば話が聞けるそうだった。
実際そこにいたグループに“お願い”して聞いた話では、安達という男が関係していたそうだ。
もちろん私の探していた名前はそれなのです、大ビンゴ。これだから彼女は女神様なのだ。ううん、大好き。

「で、その安達くんのグループだった子に連絡ってつくかな?」

“お願い”は効果覿面。すぐに連絡を取ってもらえたのです。
私ってば相当フレンドリーではないでしょうか? うふふ。


48 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:51:50.33 ID:ULUObxc0
翌日、華麗に学院をサボタージュ。
ふふふ、昨日の活躍で揉み消されている私の出席たちが一部復活するので一日や二日、どうってことないのだ。
……たぶん。

待ち合わせの喫茶店には、時間通りに一人の少年がやってくる。
正直、この店には合わないタイプの人間だというのが容姿からしてわかる。

「……呼び出したのはてめぇか」
「ども、はじめまして」

簡単に自己紹介をしておく。
何となく女として値踏みするような視線がうっとうしい。
こら、胸のあたりを見て明らかな落胆を浮かべるな。しゃーないでしょーが。

「率直に聞く」

世間話でもして切り出そうかと思っていたところ、向こうのほうに余裕がなかったようで。

「あだっちゃんの件で俺を呼び出したんだよな」
「ええ、そうですね」
「……俺は何もしてねぇぞ」

うへ、明らかに目をそらしながら言われても、何かしましたー、っていってるようなもんなのに。

「まぁ彼の変死については私からどうこう言うつもりはありません」

嘘ぴょん。

「ですが、もしかすればあなたにも危害が及ぶのではないかと危惧して……」

ガタン!

「んなわけあるか! あってたまるか!! あんなゴミに俺が……!!」
「あー、すみません。落ち着いてください。注目されちゃってますので」
「ぐ、ぬ……」
「……。良ければお話、聞かせてもらえません? ほら、友達の話とかでいいんで」
「友達の?」
「はい。あなたは関係ないでしょうから。また聞きした情報とかでいいので」
「……」
「……」
「友達が、な。……女を一人、手ごめにしてたんだよ」
「ほう」

さて、と。
少々うまくいきすぎで怖くなってまいりました。
でも、動けるうちに動いておこう。それが私のやり方なので


49 :パー速民がお送りします [sage] :2008/08/05(火) 04:52:03.31 ID:ULUObxc0


カランカラン。

伝票をかっさらって支払を済ます。
割り勘にしたいところだけど、これ以上あの男と一緒にいるのは精神衛生上よくないのでおいとまさせてもらう。
マスターにまたお前か、という顔をされながら私は繁華街の方へと戻る。
ここからいくつか路地を経由していけば現場へつく。
その前に少し気分を入れ替えておきた。そうじゃないと……いろいろ、困る。

ざわざわ。

「ん? 何だろ」

ザ・ヤジウマーな私としましては人の集まる場所というのはこの上ない人参牧場なわけでして。
とてとてとやってくると、そこに……


――真赤なバラがサいていた。



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