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意地悪なメイド ver2.5
804 名前:【いじメイ オルタ】 [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 23:53:55.62 ID:eWRt4is0
第22話 「進歩/変化2」

HSST。それは戦術機の汎用カーゴであり、シャトルでもあり、事務次官が来訪の際に利用する艦でもある。
要は何でも積める輸送機だ。ではそのシャトルに海上輸送が原則の爆薬を満載にすれば?
更にただの墜落ではなくこの基地めがけて再突入までプログラムされていれば?

明らかに仕組まれたその行為。
それが何を示すかはわからないまでも、その脅威だけは知っている。
前の記憶では女さんの超高空狙撃によって難を逃れたけど……。

とにかくいてもたってもいられなかった俺は朝のブリーフィングが終わるとすぐに妹のところへ駆け込んだ。



「なるほど。そういうことですか」

いくつかの質問をされたあと、こいつは何かをつかんだようだ。
事務次官がその時どんな様子だったか、とか予測される被害は、などなど。
そして女さんの狙撃の案を話せば具体的なプランまで立てだす始末。
それは俺が前の世界で体験したもの、そのものだった。

「全く。痺れをきらしたというところなのでしょうが。クリスマスプレゼントにしてはブラックユーモアに溢れすぎていますね」

一人で納得して勝手に話を進められているが、ひとつ分かることがある。
クリスマスプレゼント……つまりそれはオルタネイティブXのこと。
人類がこの星を捨てる結末だ。そのタイムリミットが12月24日。
なるほど、ブラックジョークがすぎるってもんだ。


805 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 23:54:43.15 ID:eWRt4is0
「簡単な話です。彼らがカシュガルを攻める気になったのか、それとも臆したのか」

「え、えぇと?」

「国連も一枚岩ではない、という話です。本来カシュガルに存在するオリジナルハイヴ。やつらの最大級の巣への攻撃は絶望的なものとされています」

「それは、知ってる」

「本来玉砕覚悟になってしまうため、これは最後まで避けられるでしょうが……その可能性を生み出す作戦もある」

「オルタネイティブW」

「ええ。ですが、これも100%の勝率でない以上、少しでも戦力を温存したいと考える方々も居られる」

「その牽制や脅迫の一歩が、今回の」

「そういうこと、です」

「くそ!」

思わず悪態をついてしまう。
こんなところで人類同士が足を引っ張りあっていても仕方ないのに。

「私とて引くつもりは毛頭ありません。必ず阻止します」

「……頼む」

「彼らの考えが理解できないわけでもありません。種の保存。その大儀はまた一つの正義ですから」

「……」

「けれど、私はそれを認めることなんて出来ません。感情論と物事の正当性は別問題ではありますが」

わかっちゃいる。……わかっちゃいるんだ。
けど、俺はこんな人類同士のごたごたなんて……。


806 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 23:55:22.36 ID:eWRt4is0

もやもやした気持ちのまま、ふらりとよったPXで皆が先に集まっている。
呼び止められて話を聞いてみれば、

「はうあう、どうしよう、どうしよう!」

そういえば女さん。父親に手紙でだいぶん嘘ついてたんだっけか。
それで引くに引けなくて、

「んじゃ、女さん一日分隊長計画ってことで」

「……はぁ」

「これ見よがしにため息なんてつくなよ。おい」

「そんなこと、普通認められないでしょ」

「あう、ごめんなさい」

しょぼんとうなだれる女さん。悪気がないのがわかっているだけに何とかフォローしてやらないと。
そんな風に考えているとき、友が袖を引っ張ってくる。

「ね、あっちで正規軍のやつらがこっち見てると思うだけど……」

「あ?」

見れば確かに明らかによくない視線がこちらに向いている。
いや、委員長に、か。恐らく武御雷の件だ。
前の世界でもそのことで委員長は難癖つけられて妹ちゃんが飛び出し、色々と問題になった。
全く、気にするなと全員に言いかけて、こっちはこっちで険悪な空気になっている。
なるほど、俺からすれば一度経験したたいしたことのないことでもこいつらには初めてのこと。
戸惑いや苛立ちに変ってしまうのかもしれない。仕方ない、か。


807 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 23:56:34.22 ID:eWRt4is0
がらり、といすを引いてそいつらの元へ。

「何か御用でしょうか?」

「ほう、そちらから声をかけてくるか。訓練生」

「ええ、何やら言いたいことがありそうな顔でしたので」

「……おい、お前俺の階級わかってんのか?」

「ええ、中尉。それで? 話はなんですか? 手短に済ませていただ……がっ」

瞬間、右頬を殴られる。

「口の利き方も習わなかったのか、ええ? 訓練生」

「ええ、権力をかざして暴力を振るうような上官はおりませんでし……ぐっ」

「こいつ、ふざけやがって。それになんだあの武御雷。お前ら吹雪だけでなく何であんな機体まで搬入させてんだ」

「僻みもストレートだとかえってすっきりしま……あぐ!」

「んのやろう……!」

ああ。苛々する。
こんな奴ら……こんな奴らがいたから人類は負けたんだ。
何故そんな小さなプライドで目先のことばかりしか見ないんだ。
お前らがもっと頑張れば、BETAに対して戦ってくれてれば、きっと死なずにすんだ命だって!

「ずいぶん反抗的な目だな、こいつはみっちり教育を……」

「おい、大丈夫か、男! くそ、こいつら!」

「……あれは私へとあてられたもの。何か問題でもありますでしょうか」

「ばか、お前ら! でてくんな」

「あうあう、男くん……」

「ふん、貴様ら。ちょうどいい、まとめてこの基地での軍規ってもんを」

「騒がしいな。ここは」

「!?」

仲間達が駆けつけ、一触即発となりかけたその時、凛とした声が響く。

「侍従長、さん」

俺はまたこの人に助けられるのか。
前の世界でもそうだったように。


808 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 23:58:01.27 ID:eWRt4is0
「かの機体はさるお方により齎された極秘の任を帯びている。それをたかだか一兵卒がかぎまわるか」

「い、いや」

「これは国連軍による帝国軍への諜報活動とも取れるぞ。しかるべき報告をそちらにいれねばならぬが……よいな?」

「そんなつもりは! し、失礼しました!!」

去っていく背中に軽蔑のまなざしを送る侍従さん達。

「……ありがとう」

「いえ、委員長様の為をと思いましたが。出すぎた真似だったかもしれません」

「そんなこと、……」

複雑な感情を見せる二人の関係。
一瞬表情を和らげた侍従長さんだったが、すぐにその場を後にした。

残された俺達だったが……。

「全く、無茶するぜ」

「はは、ごめん」

「もう! けんかはダメなんだからね!」

「そうだよ、無茶しないでよね。ひやひやしたんだから」

「すまんすまん。で、それより女さんの一日分隊長の件だけど」

「まだその話かよ! それはさすがにダメだってさっき姉さんが……」

「いいわよ、やりましょう」

「へ?」

「こんな頑固者。いくら言ってもムダだもの。さっさと協力したほうが身のためだわ」

「……へへ、ありががとな」

「あう、あ、ありがと!」


809 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 23:58:28.50 ID:eWRt4is0

こうして怪我の功名ではあるが、女さんの一日分隊長の件もすんなり決まる。
あんな騒ぎを起こして営倉入りも覚悟していたが、メイド長さんから不問の判決をもらう。
曰く、いっせいに嘆願されるよりいちいち一人ずつ来られるほうがたちが悪い、だそうだ。

みんな、ありがとな。

最後に事情を分かってくれていたのか、軽い心配の言葉と妹のところへ出るようという命令を残してメイド長さんは出て行く。



妹のところへ向かう道中、俺はイドに会う。
少々考え事をしていたせいかぶつかりそうになりつつも、彼女と一緒にならんで歩く。
最初に二言三言話したあとは無言の時間が続き、何となく居辛い気分に。

(さっきぶつかりかけて怒ってたりしない、よな)

「怒ってません」

「ふお!? あ、ああ。声にでちゃってたか」

それにしても不思議な子だと思う。
こんな軍事基地の中で重要な作戦を担う女の子、か。まるでゲームの話だ。
ゲーム、か。この世界にそんな娯楽はない。
だからこそ、あいつの存在を希薄に感じてしまう。

「……メイド」

「イドです」

「いや、言ってみただけだ」

何となく期待を込めた言葉も、あっさりと受け流される。
やはりあいつこの世界にはいないのだろうか。
それが喜ばしいことなのだとわかりつつも俺は……。


呼び出された先。演習ルームまではあと少しの距離。
俺はもう少しだけ、イドと並んで歩いていたい。
何故かそんな気持ちになっていた。


833 名前:【いじメイ オルタ】 [sage;saga] 投稿日:2010/07/08(木) 00:06:34.12 ID:.5gn7Qk0
第23話 「進歩/変化3」


教官。メイド長に言われた通り、指示された場所に向かう俺。
そこで出迎えたのは俺にその指示を出した人物ではあったが、


「イド。その人の隣から離れなさい。馬鹿が移りますよ」

「入ってきて一言目がそれかよ! なんだよ、こんな時間に呼び出しといて」

「シミュレーターデッキに呼ばれたのに強化服に着替えずやってくる馬鹿の傍なんていちゃダメですからね」

「ぐ……」

「やり直し」

当たり前のことを当たり前に指摘され、俺は泣く泣く引き返してくることになる。
そう、今夜から本格的に戦術機のOS開発が始まるのだ。

「しかし苦労しました。その分、現状地上に存在するどの戦術機のものよりも扱いやすいかと」

「はぁー……相変わらずすげぇな。仕事速すぎだろ」

「そうですね。イドにも手伝ってもらいましたし」

「へ? イドにも?」

「ええ。かなり重要な部分を」

こんなちびっ子があの馬鹿妹の手伝いを、しかも重要な部分をだなんて。
あれか、人工的に作られた超天才とかか。軍とかが関わった。
そう、前の記憶を辿ればイドはかたくなにあの脳髄の入ったシリンダーにこだわってたっけ。
つまりこういうことだ。あの脳髄は超天才脳で、こいつはそれに操られたロボッ娘だったのだ!!

……。あー、なんだ。まるでメイドみたいな考え方だったな、うん。

だいたいそんな高度な遠隔操作システムがありゃ、戦術機に人間が直接乗る必要もない。
ちょっと気が抜けすぎか。

「どうしました? 黙り込んで」

「いや、なんでもない」

「……ふむ。まぁいいでしょう。では早速動かしてもらいますが……」

こうして俺達による人類のための新しい力の開発が進められるのだった。


834 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/08(木) 00:07:41.19 ID:.5gn7Qk0
『なんで私が主様のために家事なんてしたと思います?』

『お前、なんかのためにとは何だ。なんかのとは』

『……答えてください』

『そりゃ、お前……新しいゲームとか』

『ぶぶー』

『じゃあ、新しいゲームとか』

『ぶぶー』

『新しい……』

『ぶぶー』

『あ』

『ぶぶー』

『言わせろよ! ほしいゲームの種類が違うんだよ!』

『ふざけてます? まぁどっちにせよ、違いますよ。……してあげられること、探してるんです』

『してあげられること?』

『なんだかんだいって、何をやるにしても主様はそつなく完璧にこなすでしょ』

『……』

『それにお姉さんや妹嬢さん、委員長さんに女さん。たくさんの人が主様の傍にいます』

『別に、だからって何かがあるわけじゃ』

『変らないで済むわけないですよね。これから先』

『どういうことだよ』

『……私にしかできないことが、あるんです』

『お前にしかできない?』

…………

………

……



835 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/08(木) 00:08:05.59 ID:.5gn7Qk0
なんか最近、『元の世界』の夢をよく見る気がする。
この場合、『前の記憶』と違って俺が本来いた世界のことになる。
つまりは学生やって、メイドと馬鹿やって姉さんや馬鹿妹、委員長や女さんとわいわいやってるあの世界だ。
そして『前の記憶』ってのはこのBETAのいる世界。その世界で俺は3年のときを過ごした記憶がある。
そのことをさしてる。自分でもややこしいとは思うけど……。

今更なんであの頃のこと……。

ぼーっとそんなことを考えていると、既に集合しているチームの面々からからかわれる。
PX。要は食堂みたいなもんだが、ここでこうしてみんなといると、ふと思う。
なんで“あいつ”だけここにいないのだろうかと。
勿論、ここに居ないことは幸せなことなんだとは思うけど。

「敬礼!」

鋭い声が委員長から飛ぶ。
何事かとみんなの視線を辿れば、

(げ!?)

そこには女さんのお父さん。つまりは事務次官殿の姿だ。

(嘘だろ! 予定じゃもっと遅いはずじゃ……)

前の記憶との違いに若干の混乱が混じるが、そんなことは言い訳にならない。
すばやく敬礼を行い、失礼のないよう対処する。

「事務次官、ここが極東基地衛士訓練学校の食堂となります」

あのメイド長さんですらかなり畏まった様子。
勿論相手の立場が立場なので当然ではあるが……。

「諸君の双肩に人類の未来がかかっている。よろしく頼むよ」

簡単な紹介をされ、事務次官は俺達に激励の言葉をかける。


836 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/08(木) 00:09:18.18 ID:.5gn7Qk0
「ではここから先は女訓練兵がご案内差し上げます。女訓練兵!」

「は、はひ!」

がちがちに緊張しながら女さんが進み出る。
なんのかんので一日分隊長の件、メイド長さんもわかってくれてるようだ。

しばらく無言で二人が視線を交し合った後、

「うんうん、我が娘ながら頼もしいなぁ。けれど父さんに甘えてくれないのは寂しいぞぉ」

「うぅ、お父さんってば……わ、私は訓練兵ですので!」

「そうかそうか。うんうん、父さん、嬉しいぞ」

ああ、相変わらずだった。この人。

「ででででは! こちらへ!」

噛んでる噛んでる。

「よし、今日は父さん、我が娘の小隊長っぷりを堪能させてもらおうかな。はっはっは」

お父さん、お父さん。分隊長ですよ。
勿論そんなツッコミを入れるわけにもいかない。

と、こんな調子で案内が進むのだが、途中から女さんの暴走が始まる。
手紙ではえらく自分を誇張してしまったため、他のメンバーに対して若干……
いやまぁかなりえらい内容を書いちゃってるのがここでバレるという寸法だ。
といってもこれは親父さんからのお茶目なイタズラ。
女さんが分隊長じゃないのを知っていてわざとこんな対応をするのだが、

「ああ、君が男くんかね。噂は届いているよ。いやー、素晴らしい好青年じゃないか」

「は、は! ありがとうございます!」

「いやぁ、そろそろ僕も年でね。そろそろ孫の顔が見たいなー。はっはっは!」

ああ。うん、そういやそうだね。
この一言で何故か隊の全員から俺が目の敵にされるんだよね。
さっきまで女さんへ向かってたけどそれを親の前でぶつけるわけにはいかないもんね。
はは、あははは……前の記憶ではこの罰ゲームじみたイベントもHSST落下事件でうやむやになるんだけど。

「お、降ろせえええええ! 俺は悪くないいいいいいいいいい!!」

体格でかなり差があるはずの妹ちゃんに背負われ、脇をいいんちょと友に固められた俺はトイレに捨てられるのだった。
うぅ……俺は悪くないのに……。


837 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/08(木) 00:11:21.98 ID:.5gn7Qk0
「顔。非常に愉快なことになっていますが」

「……知ってるよ」

取れないんだよ、タイル跡が!!

「トイレの床は快適でしたか?」

「くそぉ、俺は何も悪くないのに……」

「まぁ、良かったのではないですか。興味を引かれずにすんで」

「興味?」

「何故城内省があなたを調べまわったか分かりますか?」

「え、っと」

「委員長の傍にいたからです。あなたの隊は多少人には知られたくない関係の人間が多いのはわかっていますね?」

「ああ」

「もうあなたのパーソナルデータは改竄が済み、どこをどう叩いても埃はでなくしてありますが、油断は禁物ですので」

「おう」

だけど元からかなりいじられてたはずだ。
それを突破してくるあたり、委員長の血縁者ってのは相当の実力ってことか。

「それよりも今日は昨日に引き続きひたすらデータ取りです。データの蓄積なくして完成はありません。頑張ってください」

「了解!」


838 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/08(木) 00:12:04.00 ID:.5gn7Qk0

「……どうでした?」

数時間。みっちりと使い込んだ俺の感想は、

「信じられないくらい、賢くなってる」

「ではこのデータをトライアル用に使ってみましょうか」

「いよいよってことか」

「ええ。明日から模擬戦のはずですよね。それには間に合った形です」

「っしゃ!」

「とはいえ、結果を残してくださらなければただのゴミに成り下がりますが」

「う……」

「今から整備班には死ぬ気で作業してもらいます。そちらは早く眠って明日に備えてください」

「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとな」

「礼は明日からをうまく乗り切ってからどうぞ」



模擬戦。データ取りを終え、自室へ向かう帰り道。思い出すのはこれからのこと。
俺は妹ちゃんと組まされることになり、かなりゴタゴタの大騒ぎを起こすはずだ。
ただでさえ2対3のハンデを負ってる中で、結局勝利を収められるからいいようなものの……。
いや、よくないな。
本来教官は俺達の不仲を知って、それを改善するために組ませてくれるんだろう。
けど、その改善も敗北に近い形から入るのではなく完璧な勝利から入ればもっとうまくいく。
そんな気がする。何より、勝利を手にすることでOSの開発は一気に加速するはずだから。
そうか、新OS! これを妹ちゃんの機体に乗せてもらえれば!
これで勝利を手にし、更に妹ちゃんとのところどころに残る不和を解消できれば一石二鳥。
俺は膳は急げと馬鹿妹のところへ戻るのだった。



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