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意地悪なメイド ver2.5
- 436 :パー速民がお送りします [sage;saga]
:2008/10/27(月) 01:37:09.13 ID:0KBU/x.0
第十九話 「イド」
「ありがとうなっ!!」
「開口一言目から何ですか。えらく殊勝な態度ですが」
「いや、だって色々手回ししてくれたろ?」
「ええ。必要と判断しましたから」
「だからってずいぶんと気前がいいっていうか……」
「あなたのことを信じると言った以上当然です」
現役で乗っていた人間に訓練を行ったところで無意味ですから、と馬鹿妹は言う。
その表情はいつもより少し明るいように思う。
「でも前の記憶でも俺は習うより慣れろ、の精神で色々してもらってたくらいだし、本当ありがたい」
「でしたら前よりも良い状況の今は、まさに一石二鳥じゃないですか」
「ああ。助かる」
「ですが、改めて見直すと戦術機というものはずいぶんと面倒な機構で動かすのですね」
「ん? ああ、まぁな」
「よろしければ思考の伝達がダイレクトに伝わるようなモノを作ってみましょうか?」
「何!?」
もしそんなことができるなら、それは画期的な発明になるだろう。
実際現場の衛士たちもどれだけ熟練したところで思考から動作までのラグだけはどうしようもないと思っている。
それが解決するばらば飛躍的に動きが跳ね上がるのは目に見えている。
「できるなら、やってくれ!」
「でしたら申し訳ないですが、あなたの頭を開いて直接中身に電極を刺させていただくことになります」
「……は?」
「ふふ。いいではないですか。あなたのおかげで全人類が一歩前進できるかもしれません。必要な犠牲でしょう」
- 437 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/27(月) 01:38:15.02 ID:0KBU/x.0
あくまで冗談だ、と目もとが伝える。
その表情も、わずかに笑みが浮かび、明るいままだと見える。
だが、それはまるで……。
「うまく、いってないのか?」
「……」
途端に険しくなる表情。
そう、こいつはこいつで大きなものを抱えている。
オルタネイティヴW。全人類の命運を握る計画。
その中枢を担う部分のプログラムを作成しなければならない。
それもそう時間のない中で。
だがそれは一言で言うならば成功するはずのない計画。
それほどまでの難易度。ひたすらに挑戦して、あがいて、あらがって。
しかし結果として何度も世界の終末に、人類の敗北に俺は立ち会った。
だからわかる。今、目の前にいる馬鹿妹の目。
そこにあるのは現実からの逃避の色合いだ。
「半導体150億個がどうとかっていう計画だよな?」
「……はぁ。ええ、そうです。少し行き詰っているかもしれませんね」
「なぁ、もし本当に必要なんだったら、おれの脳みそくらい……」
「ぷっ、あはは。本気になされていたんですか?」
急に噴き出した馬鹿妹にキョトンとしてしまう。
「確かに行き詰まりはしていますが、少し煮詰まっているだけですからそんな心配なさらずに」
「お、おう」
「それに……そうですね。本当に戦術機のシミュレーターの改造くらいならしてみましょうかね」
「え?」
「なかなか面白い題材ですし。そうなると、まずはデータの処理速度を……転送量の関係で……ですが」
「あのー。もしもーし?」
そのあとは終始専門用語らしきものを呟く馬鹿妹。
こうなるとたぶん、周りが見えなくなる。
「はぁ、仕方ない。……本当、あんまり無理すんなよ?」
その言葉も聞こえているかどうか怪しいけど、部屋を後にする。
このまま帰るのももったいない。隣の部屋にいるであろうイドのところへいくことにした。
- 438 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/27(月) 01:40:01.67 ID:0KBU/x.0
カシュ。
開いたドアの先は、相変わらず神秘的ともいえる青い光に満ちている。
その中央、わずかに光るガラスの管の前に、彼女はいた。
「おう。イド、元気か?」
ぼーっと脳みそを見つめるイドに声をかける。
こんなものばっかり見ていてよく気持ち悪くならないものだと思う。
「……」
「お、ちゃんとお土産持っててくれてるか」
こっちを振り返る彼女の手には貝殻。
耳元にずっと当てているあたり、波の音の話を信じてくれてるらしい。
なかなか人を喜ばせる方法をわかっているようだ。天然かもしれんが。
「どうだ? 海、いってみたくなったか?」
「……ごわごわします」
「ごわごわ? ああ、そっか」
波の音なんて聞こえるはずはない、か。
ふむ、持ち上げておいて落とす。何となく意地悪な展開だ。
いや、勝手に舞い上がったおれが悪いといえば悪いんだろうか。
「ごわごわ〜」
「……」
「ごわごわ〜」
っく、なぜか悪意を感じる!
「……ぽ」
「何故照れる!?」
こんな小さい子に思わず素で突っ込んじまうあたりどうかしてる。
でも。この空気が少し、懐かしくて……。
「そういや、ちゃんと報告してなかったな」
「?」
「合格、したぜ。これでようやく戦術機の訓練だ」
「ぱちぱちぱち」
「ありがとよ」
口だけで拍手か。
だけどそれも何となく嬉しい。
- 439 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/27(月) 01:40:29.12 ID:0KBU/x.0
「で、いつまで耳に当ててくれてるんだ? もう十分俺は嬉しいからおろしていいぞ」
「波の音、聞こえるかもしれません」
「あー、確かに心の中の海から音が聞こえるって感じなのかもな」
「心の中に海なんてありません」
むぐ。こ、こいつ俺の恥ずかしいセリフの上げ足とりを!?
「人間は海で生まれて進化してきた。だから細胞レベルで記憶が刻み込まれていてだな」
ここまで来たら皿まで食らおう、とばかりに暴走する俺。
何故かこの子が相手だと少し張り合ってしまう。
「海の中にいたら波の音は聞こえないと思いますが」
ぬぐ!?
「いや、だけどほら……イドが昔いった海岸の記憶だとかが蘇ってだな」
「……いったことないです」
え?
海、いったとこ、ないって……?
「失礼します」
「うぉあ!!?」
突然耳元で聞こえる声に驚いて振り向く。
そこには馬鹿妹の姿。
「あなたに戦術機の挙動でいくつか伺いたいことがありますのでこちらへ」
「あ、おう。けどいいのか? 研究のほうは……」
「息抜きくらいさせていただいてもよろしいとは思いませんか?」
「そら、そうだけど。……えっと、じゃあまたな、イド」
ペコリ、と頭を下げて俺たちを見送ってくれるイドを背に、再び馬鹿妹の部屋へ。
その後しばらく、彼女から詰問をくらうことになるのだった。
- 440 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/27(月) 01:42:24.70 ID:0KBU/x.0
夢を、見ていた気がする。
それはあたたかで、騒がしくて、大切な日々。
遠い記憶。
「……夢、なのか」
ぼんやりと目が覚める。
覚醒状態と、睡眠状態の合間でたゆたう感覚。
コンコン。
それを覚醒側へと傾けるノックの音。
「……」
「イドか?」
近くにある電灯のスイッチを入れながら入口を見る。
そこにはおずおずと部屋に入ってくるイドの姿。
ドサッ。
「お? 何か落ちたぞ?」
スケッチブックか?
「どうした? そんなに驚かせたか?」
「……」
「おいこら、いきなり帰ろうとすんな」
「……」
「黙ってちゃわかんないぞー」
「……」
「んお?」
出ていく素振りを見せたと思ったら、次は俺のベッドまでくる。
そしてゆさゆさと俺の体を揺さぶってくる。
「おいおい、起きてるってば」
「……!」
「動揺してる、とか?」
「……」
「あー、とにかくはい。スケッチブック。今度からはちゃんと寝たままで待ってるよ」
苦笑しながら、スケッチブックを手渡す。
「ん?」
するとイドは、スケッチブックのページをめくっていく。
そしてあるページを開け、それを俺に手渡す。
「はい。プレゼント」
「え? ああ、そっか今日は俺、誕生日だっけ」
- 441 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/27(月) 01:43:02.57 ID:0KBU/x.0
そんなことに気を回す余裕がなかったから忘れていたっけ。
事実、今日は俺の誕生日だったりするのだ。
「さてさて何かの絵かな? 何だなんだろ……っっ!!?」
――ドクン!
「ばいばい」
「あ、おい! 待て、待ってくれ!」
制止の声を聞かず、イドはいってしまう。
だが、なぜ……これが。
俺は呆然と、まるで魂が抜けたかのようにそこに立ち尽くす。
そこに描かれているのは、どう見たって俺が本来居るべき世界にあるもの。
特撮ヒーロー。それも俺がこよなく愛してる作品の絵だったから。
思い返せば前の記憶でもこんなことがあった。
その時は、おれもその作品の登場するゲームを持ってきていた。
ゲームという娯楽が発展してこなかったこの世界でそれは俺の元いた世界を証明するモノの一つだった。
だからこのヒーローをしっている、ということは俺の世界の文化すら知っているということだ。
あの時は、それを持っていたのだからこのヒーローを知られてもおかしくない。
だけど、今はそれが手元にない。だからこれを知っているのはおかしいことになる。
“何故イドは俺の世界の文化”を知っている?
なんだ? なんなんだ? 何がどうなってる?!
- 442 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/27(月) 01:43:34.12 ID:0KBU/x.0
『ま、脳内中学生な主様にはお似合いですよ。存分に気にってください』
フラッシュバックする記憶。
確か、元の世界で俺はあいつに、誕生日に何をもらった?
『お? これはまさか!?』
『家事セットは無理でしたが、これも欲しがってましたよね』
『せっかくなので対戦でもしてみましょうか』
『おう、いいぜ。でもこれってお互いにソフトがなきゃダメなんじゃ?』
『ふふ、問題なしです。私も入手しましたから。全く、手間と金銭をかけさせる』
『何故そこまで偉そうなんだっつーの』
『まぁ実は主様のご友人のかたがたのカンパもあったおかげですがね』
どこか。似てる。雰囲気や、何気ないしぐさ。
外見や年齢も違うし、あいつはあんなにおとなしいキャラじゃない。
だって、いうのに……。
『主様にはわからない!』
最後の記憶。
蘇るそれは、確かに俺の名前を……いや、俺のことをそう呼んだ。
あの瞬間、俺はイドのことをメイドだと思った。
「そんな、ばかなこと……」
あるはずがない。
イドはイド。メイドはメイドだ。
だが何故イドがこのヒーローを知ってる?
どうして誕生日のプレゼントをこれにした?
なぜイドは時々起こしにきてはいたずらをする?
『主様にはわからない!』
胸に突き刺さる言葉。
何なんだ?
あいつは……イドは、誰なんだ?
俺に答えをくれる人は、どこにもいない。
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