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意地悪なメイド ver2.5
- 891 名前:パー速民がお送りします [sage;saga]
投稿日:2010/07/20(火) 00:57:12.11 ID:eFWF7HU0
「はじめまして」
そういって暗闇から現れたのは、見知らぬ一人の男。
帽子を被りトレンチコートに背広を着た中年か。
「え、……あ。はじめまして」
混乱しているせいか、そんな当たり前の返事をしてしまう。
と、ここにきて一つの疑問にぶちあたる。
確かこの部屋、つまり馬鹿妹の部屋に入れるってのはとんでもない権限が必要だったような……。
「驚かせてすまなかった。いやはやしかし……まさか。本当に君が居るとは」
「え?」
「作り物、にしては精巧だ」
ぐい、と顔の皮膚を思いっきり引っ張られる。
思わず突き飛ばして間合いを計る。
「な、なんだよ、あんた!」
「ふむ……男。本物、か」
「な!?」
俺を知っている?
何故? 一兵卒の俺だぞ。
本来なら訓練兵ごときの名前をいちいち調べているやつなんてまずいない。
けど、まぁ俺のことくらい知っているならまだわかる。けど、
きゅ、っと。俺の軍服のすそを掴むイドに、
「警戒しなくても大丈夫だよ、イドちゃん」
- 892 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 00:58:43.15 ID:eFWF7HU0
「……」
馬鹿な。こいつは、イドはオルタネイティブ計画の要だぞ。
それを知っているなんて、やっぱり只者じゃない。
さっきだって何気ない動作だったけど、俺の懐にあっさり入ってきた。
一応、妹ちゃんを始め武道の達人クラスの人間ともやりあえる程度には挌闘術をやってくてるのに、だ。
「……イド、下がってろ」
「どうせしがみつくなら、僕にしないか?」
「……ふむ。嫌われてしまったようだ」
「なんなんだ、あんた」
「ははは、無用な警戒心を与えてしまったようだね。男くん」
「そんな風に名前を連呼するやつを信頼なんて出来ないさ」
委員長の家系の話だってそうだが、正直きなくさい話ばっかりだった。
否が応でも警戒してしまう。
「そうか、私は名前も名乗っていなかったね。失礼した」
「……あ、いや。別に名前が知りたいとかそういうことじゃなくて」
「私は微妙に怪しい者だ」
……。
な、なんなんだ!? なんなんだよこいつ!!
俺の混乱がきわまっていく中、突如部屋の電灯に灯りがつく。
「騒がしいですね。人の部屋で何をされているのですか」
「おやおやこれは……今日もお美しいですな。妹嬢殿」
「おべっかはいりません。全く、帝国情報省というのは礼儀がなっていませんね」
帝国、情報省……!?
「入室の許可はおろか、面会の予約すらなかったと記憶していますが」
そ、それってもろに諜報機関の人間じゃないか!
「いやぁ、不思議なことに部屋の前に立った途端、扉が開きましてね」
「……白々しい」
「おお、私ほど清廉潔白な人間はいませんからね。白いのは当然ですよ」
「世間話をされにきたわけではないのでしょう?」
- 893 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 00:59:06.93 ID:eFWF7HU0
「ええ、ちょっとした自己紹介をしていまして。そうだね、男くん」
「お、俺ですか?」
「ああ、私は帝国情報省外務二課の、友父だ」
「……え」
ま、まさか。こいつ、友の関係者!?
つか、親子か!!
「息子がいつも世話になっているね。男くん」
「え、あ、その……」
「そこまでにしていただけますか」
混乱が更に混乱を誘い、何を言っていいかわからない俺。
そんな空気を疲れのこもった声で馬鹿妹が制する。
「それで。もう一度だけ問いますが、本当の目的は?」
「XG-70の件ですよ。ご興味ないですかな」
「国連軍の名が泣きますね。加盟国軍部との取引を第三者に仲介してもらわないといけないなんて」
「米国は国連を煩わしく思っていますからね。顔を立ててやっている程度しか思っていないのでしょう」
「それで? 全機ここに回してもらえるのでしょうね」
「それがどうも雲行きが怪しくなりまして」
「どういうことですか? どうせ破棄された計画のはずですが」
「相手が欲していると知れば、必要のないガラクタでも足元を見る。彼の国はメンツに拘りますからな」
「……私がそのガラクタを上手に使うとまずいのでしょうか?」
「いやいや、その逆ですよ。博士の進行が順調ならば迷わず全機譲渡しますよ。あれは常に国益優先ですから」
「――何が言いたいのかしら」
- 894 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 00:59:39.35 ID:eFWF7HU0
「おお、怖い怖い。そう睨まれても困りますな。私は従順な飼い犬ですので」
「まず礼儀から教わるべきですね。飼い主に噛み付く前に」
「いやはや、手厳しい。はっはっは」
「それで、これが最後通告になりますが。本題に入っていただけますか?」
あの馬鹿妹が苛々してる……なんかすごいマイペースだな、友父。
「ふむ、では本題の前にひとつ小粋なジョークでも」
「あのですね、私は」
「先日、私が家に帰ったところ、妻が隣人の家にて」
「……友父課長?」
「帝国軍の一部に不穏な動きがあるようでして」
は? あれ? 小粋なジョークは?
「…………」
って、マジで苛々してる。やばい、なんか巻き込まれそうなんで、俺も話を進めよう。
「その、不穏な動きってのは何なんですか?」
「部外者には話せない内容でね」
む。って、そりゃそうか……だったら席を外してたほうが、
「実は最近、戦略研究会なる勉強会が結束されましてね」
は、話してる!! あっさりと!! なんなんだこいつ、いやマジで!!!
- 895 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:00:04.74 ID:eFWF7HU0
「――興味の対象にはならないですね」
「それではすまないことをわかっておいででしょう、博士。事が起こればこの国に軍事的・政治的な空白ができますよ」
事が起こる……?
その不穏な言葉に、何か嫌な予感がする。
「当然、この基地もその影響を免れることは出来ない。そうなればかの計画の進行もどうなるか」
彼の計画……オルタネイティブ計画のことか!
「国益に聡いかの国、反オルタネイティブ勢力、国連内部の別勢力など黙ってはいないでしょう」
「……」
「ましてオルタネイティブ計画を秘密裏に誘致した現政権が倒れて御覧なさい。……ああ、恐ろしい」
「そこまで掴んでいて、何もできないなんて……帝国情報省は張子のトラというわけですか」
こんな話……『前の世界』の記憶にはない。
「いや、お恥ずかしい限りですな。裏は取れていませんが帝国国防省、内務省、それに……」
「それに?」
「国益を優先する国家の諜報機関の影がチラホラと」
「……なるほど。そこに繋がるわけですか」
「さすがは博士。XG-70の件、無関係ではありませんよ?」
- 896 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:00:42.14 ID:eFWF7HU0
なんだ……何が起こってるっていうんだ!
米国がオルタネイティブ計画に反対しているのか?
それに国連内部の別勢力って……。
「どうです? なかなか興味のわく話題でしたでしょう」
「それなりには。けれど私の邪魔にならなければ何だってかまいません」
「博士の計画はオルタネイティブ計画を完遂することのみ、ですか」
「……気に入らない?」
挑発的な物言い。しかしそれをあっさりと受け流す友父。
「いえいえ。僕もこの星の未来を案ずる一人ですよ、自分なりにね」
「国を案ずる……とはおっしゃらないのですね」
「様々な遺恨や対立があってこその人類でしょう。BETAに全てを破壊されれば人類の禍根など関係ありませんから」
そうだ。そう考えていかなきゃいけないんだ。
なのに……どうして……。
そういいながら、この人だって何かの利益を護ろうとしているんじゃないのか?
「……しかし。本当に何をなされにきたのです。どれもわざわざ脚を運んでまで知らせる問題ではないでしょう」
「そこまで期待されては仕方ない。では本題といきましょう」
何!? ここまでの話が本題じゃないのかよ!!
馬鹿妹もそれがわかってたのか……。
「実は最近、奇妙な命令が発令されていましてね」
- 897 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:01:19.50 ID:eFWF7HU0
奇妙な命令……?
「正規のルートからではない最優先命令が帝国軍内と国連軍に1度ずつ発令されましてね」
「……」
「1度目は11月10日。帝国陸軍総司令部宛」
その日は佐渡からBETAが南下してきた日だ。
この事件を俺は言い当てたおかげでこいつの信頼の一部を得たんだ。
「2度目は昨日の朝。国連の宇宙総軍北米司令部宛でね」
HSSTの落下を阻止した件だ。
……なるほど、そういうことか。
「帝国軍内部のきな臭い動きと合わせて、皆ぴりぴりしているんですよ」
「へぇ……それで関係のない外務二課が刑事の真似事を」
「しがない飼い犬ですから……はっはっは」
「……」
「――で、妹嬢博士なら何かご存知かと思いましてね。報告ついでに伺った次第です」
「……」
俺はただ、黙るしかない。
「穏やかじゃないですな。自軍のHSSTを見張れ、とは」
「……」
同じように黙る馬鹿妹。
- 898 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:01:58.61 ID:eFWF7HU0
「しかも座標まで的確に指示が出されていた。そのポイントで国連軍のHSSTを監視しろと」
「……」
「万が一、不穏な動きがあれば撃墜も厭わず……でしたかな。ああ、恐ろしい」
「ずいぶん物騒な命令を出した方もおられるのですね
「おかげでエドワーズは一時、大混乱。メンツが大事なお国柄、ガラクタも出し渋りたくなりますよ」
「……」
「昨日の件、何かの予防措置のように感じますがね。いったい何が起ころうとしていたんです」
「まるで、私が関係しているような物言いですね」
「妹嬢博士のほかにこのような真似ができる者は……そうはいますまい」
「よしてください。いくら私でも、何もかも予測できるわけではありません」
「ほう……では先日のBETA上陸の際、彼らの動きを正確に予測し、的確な部隊増強を指示したのは何故です」
「さあ? 指示をされた方にお聞きになられては?」
「……神の御業か悪魔の力か。いやはや、恐ろしいものを手にされたようだ」
「……」
「初めはイドという少女かと疑いましたが、死んだはずの男がここにいる」
「――っ!!」
「是非ともご説明いただきたいものですな」
この親父……どこまで、知っている?
それに、何でイドが出てくるんだ?
- 899 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:02:19.30 ID:eFWF7HU0
「仕事熱心なのは結構ですが少し横道を逸れすぎでは? 本来の仲介と調停のお仕事はどうされました?」
「おっと、これは失礼。なにぶん、飼い主想いなもので」
「仕事なのでしたら人に尋ねる前に自分でお調べになられてはいかがですか」
「これは耳が痛い……ではご忠告に従って自力でひと調べしていきますか」
何、こっち見てるんだよ。
「……」
結局何を言うわけでもなく部屋を出て行こうとする友父。
と、デスクからどこかへ連絡を入れる馬鹿妹。
「――私です。友父課長がお帰りです。エントランスまで送ってさしあげなさい」
「やれやれ。嫌われたものですな。では失礼します」
淡々とした足取りに、ふと思い出したようにたずねる。
「あの、友には会わないんですか」
「……そうだ。忘れていた」
忘れてたのかよ。
「かの子供の動向を探る名目でやってきたのでした」
「どちらの?」
「さぁ。どちらが面白いと思いますかな」
- 900 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:02:52.74 ID:eFWF7HU0
どっちの!?
友に兄弟とかいるってのか!
「い、いったい何の話を……」
「情報攪乱は的確に行うのがモットーでね」
「いや、それは聞いてないっていうか」
「目的が聞きたいのだろう? 勿論、いえないな」
「だから、そうじゃなくて……」
「では、さらばだ。男くん」
「あ……」
……行っちまった。
なんだったんだ、いったい。
けど、何となくわかる。
俺が知らなかっただけで、とんでもないくらい情報が渦巻いてる。
それもプラスのほうへではなく、だ。
くそ、なんなんだよ、いったい!
「なぁ、おい。あの人が言ってたことって……」
不安になり、ついこいつに聞いてしまう。
「――ストップ。お願いですから今はやめてください」
うんざりとした様子で応えが返る。
「……すまん」
そういやこいつ、休んでないんだよな。
今度にしよう。苛々してそうだし。
と、ふいにしゃがみこむイド。
どうやら何かを拾っているらしい。
こ、これは!
- 901 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:03:23.00 ID:eFWF7HU0
「……モアイ像?」
「処分をしてください」
ズバッと言い切る馬鹿妹。
ああ。あの人の置き土産なのね。
……なんだこのセンス。
「これ、ほしいのか?」
「……はい」
「そ、そうか。よかったな」
「……」
そこで無言なのか!!
「そういえば、夢の話ですが」
「おう?」
不意に尋ねられる言葉。
「総戦技評価演習以降、元の世界の夢を見る……そうおっしゃっていましたね?」
「ああ、おう」
「では調べてしまいますね。そこに適当に寝てください」
はい!? 疲れてるんじゃないのかよ!
「し、調べるってそんなこと……」
「出来ます。出来るから言っているんです。いいから、早く寝てください」
「でも……」
「命令です。寝なさい」
……寝ろって命令されるのもなんだよなぁ。
- 902 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:04:14.99 ID:eFWF7HU0
「了解しました、と」
とはいえ逆らっても仕方ない。
俺は言われた通り、示されたソファに寝転び目を瞑る。
「っかし、本当に分かるんですか?」
「ええ、イドがいれば」
「イド? なんでイドが……」
「いいからお気になさらず。それとも添い寝が必要ですか?」
「い、いるかよ!」
「イドにはイドにしかできないことがあります。そして、それがあれば問題ない」
「……わかったよ」
「ではおやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
これで夢を見なかったらどうなるんだろうか。
そんな疑問をあげながら、目を瞑り続ける。
なんだかんだで疲れていたのか、だんだんと意識が拡散していき……。
『主様』
『どうした』
『ヤバイっす。緊張してお小水ぶちまけそうっす』
『お前、言葉上品にしてるつもりだろうけどめちゃくちゃ下品だからな』
『だ、だってウルトラ高級ディナークルーズでしょ!? 落ち着いてられますか!』
『俺もだっての』
『しかも軽く酔いそうなんですが』
『嘘だろ!? 動いてないのにか!!』
『酔い止め二箱くらい飲んだんですが』
『それは別の意味でやべぇっての!!』
- 903 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:05:23.74 ID:eFWF7HU0
『失礼します。メニューでございます』
『はひ!? って、何じゃこりゃ!! よ、読めないっすよ、主様』
『……マジでよめねぇ』
『お飲み物はいかが致しましょう。ワインなどの銘柄のご指定などございましたら』
『……ぬ、ぬぐぐ』
『どうしたもんか。いいや、メイド、お前好きにしていいぞ』
『げ!? おのれ、売りおったな!!?』
『何なりとお申し付けください』
『い、いや、あのえっと』
『ふむ。ではこちらでお選びしましょうか』
『お、おねがいしま……』
『では前菜ですが』
『はひ!?』
『……あー。うん、あの、すみません』
『はい、ただいま』
『何頼んでもいいんだよな』
『はい、お申し付けください』
『じゃ、豚のしょうが焼き二人前ね』
『……は?』
『だから、豚のしょうが焼き二人前』
『ちょ、ちょっと主様!? 支配人さん固まってますってば! 笑えないっすよ!』
『あ、タレはひたひた。キャベツにドレッシングはなしで』
『あわわわわわ』
『おいメイド。逆に考えろ。こんなウルトラ高級ディナーだろ? なんか世界に数頭とかの豚とか出るぜ』
『それ絶命器具種っていうんですよ! つかボケは私の担当でしょ! ああもう何てことしてくれやがりますか!!』
- 904 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/20(火) 01:06:16.14 ID:eFWF7HU0
『なんだよ。馬鹿妹は馬鹿妹の楽しみ方があるかもしれねぇけど結局俺らはこうなんだって』
『で、でも……』
『あいつとは色々価値観の違いとかあるけどよ、結局なんだかんだでうまくやってきたろ?』
『……』
『この高級ディナークルーズイベントは俺達なりに楽しませてもらって、俺達のペースでのんびりいこうや。な?』
『ですが……』
『豚のしょうが焼き二人前。あと飯大盛り二杯、これ以上はまかり通らん。嫌なら帰ってくれ』
『帰ることになるのは我々だってのー!?』
『メイド様。ご心配なく、我々はお客様のご要望にお答えすることが至上の喜びでございます』
『……へ!?』
『ふふ、私どもも妹嬢様のお家柄の端くれでございます。不可能などございませんよ』
『お。さっすが俺ん家の系列。話せるね』
『恐れ入ります。それではお飲み物は“お茶”でよろしいでしょうか?』
『わかってんねぇ。んじゃ前菜は浅漬け適当、スープはトン汁だ』
『かしこまりました。少々お待ちください』
あーあ。やらかしたなぁ。
馬鹿妹がすごい顔して後から怒ってきそうだ。
ま、そん時はそん時だ。あ、でも支配人さんには謝ってもらっておこう。
『主様……』
『おう、飯くるまで夜景でも見に行こうぜ。酔いも吹き飛ぶような豪華な景色だろうしよ』
『あ。……は、はい……』
それは、遠い。けれどまだ見ぬ記憶……。
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