■戻る■ 下へ
妹「お兄ちゃん……中に……!」
- 82 :ヤバイ妹 []
:2010/03/14(日) 19:05:04.87 ID:vckn6hKp0
〜しばらく後兄妹宅〜
靴を脱ぎ捨てた妹は階段を三段飛ばし。ノックを二回、一拍置いて怒鳴り込む
妹「ちょっと!お兄ちゃん!?」
兄「どうした?」
妹は怒っていた。理由も判らず苛立っていた。自然消化を待てるほど気は長くない
大半は怪人に叩き込んできた。しかし、その残滓こそが最も根の深い、性質の悪い存在と云えるものだ
妹「私、怪人に襲われたんだよ!?」
兄に鬱憤をぶちまける妹だったが、その認識は誤りである。真実はいつも一つ、実際に襲われたのは怪人の方だった
作戦を終えて帰還途中の怪人に妹が八つ当たりした、これが真相だ。加害者の妹が怒って良い理由など何一つ在りはしない
けど妹はヤバイ。そんなの気にしない。激昂しまくり。いきなり帰ってきてキレられてもよくわかんないくらいの勢い。ヤバすぎ
怒ってるっていったけど、もしかしたら冷静かもしんない。でも冷静って事にすると、「じゃあ、この妹の行動ってナニよ?」
って事になるし、それは誰もわからない。ヤバイ。誰にも分からないなんて凄すぎる
兄「それで?」
兄は草食動物の警戒心を持つ、所謂草食系男子だ。降りかかる災厄を機敏に捉え、注意深く事態を観察する
その上で判断を下した。妹が激情を突き立てるべき相手は自分ではない、ならば動じる必要は無い、と
- 83 :苺妹 [] :2010/03/14(日) 19:10:09.65 ID:vckn6hKp0
兄は環境の平穏を望み、妹は自己の平穏を求める。相反する感覚を持つ二人の価値観は噛み合わない
立ち塞がる物をすり抜けて影の中を駆ける兄、遮る物を叩き壊して怪人をも灰塵に帰する妹
妹の本性は「獰猛」!それは……『爆発するかの様に襲い……そして消える時は、嵐の様に立ち去る』…………
その内なる攻撃性は主に兄に牙を剥く。如何なる感情も真っ向から受け流せる、類稀な無神経さを持った不思議生物に向けて
妹「“それで?”って……お兄ちゃんは悪の組織なんでしょ!?」
兄「いや、前にも言った通り、怪人とは所属が違うからな?俺に言われても困る」
妹「なんで悪の組織なんかに入っちゃったの……?」
兄「しょうがないだろ?俺は元々そんな奴だからな」
否定の中に成立して、拒絶の中に見出された兄の性格は卑怯で卑屈。形容するなら小悪党、そんな事は知っている
しかし妹は、そんなダメな兄でも真っ当に生きて欲しいと願うのだ。気持ちを上手く言い表せないのがもどかしい
妹「そんな仕事、もう辞めてよ!」
妹は若干の焦りを持って兄を責める。怒りの持続時間が長くないことを、無意識の内に感じ取っているのだ
頭が冷静さを取り戻し、己の間違いに気付いてしまう前に全てを吐き出してしまわなければならない
心乱すことから全ては始まる。正気にては大業ならず。妹道は○グルイなり
- 84 :兄流れ [] :2010/03/14(日) 19:14:24.88 ID:vckn6hKp0
兄「だから俺は本部の活動に直接関わってないって言ってるだろ?」
妹「そういう事じゃないの!悪の組織は悪い事してるんでしょ?だったら、そんなのダメに決まってるじゃん!」
兄「ちょっと待て、悪の組織にも色んな人が居る。受付の女も居れば、掃除のオッサンも居る。その人達も悪だと言う気か?」
半狂乱の妹は生半には止まらないが、兄は慣れたものだ。頃合を見て言いくるめに掛かる
妹「え……?」
兄「悪に関わった物は全て悪か?例えば、何かの武器で人が殺されたとして、その武器の材料になった鉄を精錬した奴は悪か?」
妹「う……」
兄「それに、お前は他人に辞めろと言われて学校を辞めるか?もし俺が辞めたとしたら、お前が代わりの仕事を用意してくれるのか?」
妹「それは……」
返答に詰まる妹。矢継ぎ早に畳み掛ける質問の最中、兄の話は追い付けぬ地平まで横滑りしていたのである
論点は強引に摩り替えられていた。精妙なる思考の調節が出来なければ、会話はあらぬ方向へ飛んで行ったろう
妹が兄を変えられない様に、兄が妹を宥められる筈もない。だが煙に巻くぐらいは出来る。出来るのだ
怒りの生贄にされた際、感情の収束を待って反攻に転じるのは兄の常套手段である。妹はそれに抗う術を持たない
だが、例え上手く丸め込まれたとしても、それは負けではない。妹の目的は憤懣を叩き付けることだからだ
むしろ遠慮せず、容赦なく言いたいことを言い切った時点で、妹の勝ちと云えるだろう
- 85 :お兄ちゃんには夢が無いね [] :2010/03/14(日) 19:19:05.33 ID:vckn6hKp0
兄「俺は、仕事を辞めたら生きていけないんだよ」
妹「……」
兄の漏らした言葉は偽りなき本心だった。今の兄の存在は悪の組織無しには成り立ち得ない
自宅警備員として魂を腐らせていた彼が、初めて現実に立ち向って手に入れた居場所、それが今の職場だった
両親から学ぶ筈の「人として扱われる」という、あたり前の事を悪者の中で知ったのだ
奇妙なことだが、悪事を働き、法律をやぶる『悪の組織』が「ウンコ製造機」だった彼を「人間」にしてくれたのだ
こうして「兄」は、働いたら負けかな、と思うよりも……『悪の組織』の仕事を大切に感じる様になったのだ!
兄「だけど、ま、お前が無事で良かったよ」
妹「え……?」
妹に向けて目元を緩ませる兄。これもまた本心からの笑みだった。彼の厄介な点はそこにある
嘘と演技に本音を織り込み、更に詭弁で色を付けた言動は、受け取る方からすると非常に対処しづらいのだ
それはさておき、悪の組織の活動が家族に害を及ぼさないかと、兄が心を痛めていたのは事実だった
けれども、心配以上の事はしないのが兄だ。行動を伴わない憂慮など、道端のゲロ程にも役に立たない
感情を排した慎重な損得勘定の上での無行動だったが、それならばいっそ、その気遣いすらも捨ててしまうべきだった
一流のクズが人間らしい心を甦らせてしまったのは喜劇というしかない。自我の多面性は、この先も兄を迷わすことだろう
- 86 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 19:23:16.42 ID:vckn6hKp0
妹「――お兄ちゃん、勝手なこと言ってゴメン」
兄「いや、良い」
妹の沈静化をもって侵攻は終結する。その後は速やかに普段通りの兄妹に戻ることになっていた
妹にしても、感情に任せた無茶な言い分が通るとは思っていない。ただ話を聞いてもらいたかっただけなのだ
兄「でも、怪人に関しては何も出来ないぞ。組織の中で俺は、ただの下っ端だからな」
妹「ううん、それも大丈夫。よく考えたら、怪人に遭うことなんか滅多に無いしね。そんなに心配しなくても良いかも」
兄「それもそうか」
基本的に目先のこと、自分のこと以外には気を回さないのが、この兄妹に共通する傾向である
そして、今回は無事に切り抜けられたから、もし次があっても大丈夫だろうという考えが妹には有るのだった
妹「あ、そうだ。明日買い物に行くからお金ちょーだい」
兄「はいはい」
妹の切り替えは早い。溜まった悪いモノを大方出し尽くしたならば、前向きな発想も浮かんでくる
今の兄妹には一通り話をして、なおも割り切れない思いは金で折り合いをつけるという手段がある
分かり易い関係を望む2人にとって、これ程都合のいい解決法もないだろう
- 87 :サーチ&デストロイ妹 [] :2010/03/14(日) 19:28:31.41 ID:vckn6hKp0
〜しばらく後妹部屋〜
夜更けに歌う都会のカラスに答える声は無い。寝る支度を済ませた妹は、灯りを点けたまま布団を被っていた
数時間前の余韻などは残っていない。ご飯を食べてお風呂に流せば、それは跡形も無く消え失せてしまう
妹「……」
妹は考える。あまり建設的でない事をよく考える。蚊に食われた肘の辺りが痒い
痒いくらいならば痛い方が余程マシだ。赤く腫れたその部分を毟り取ってしまったら、随分楽になれるだろう
人類の最大の敵は、ゴキブリではなく蚊なのかも知れない。奴等はどうして人を痒くするのか
それさえ無ければ、血の一滴や二滴くれてやるのに、と思う。ただ血を吸うだけなら、ここまで憎まれなかったハズだ
蚊はアホだ。あの気に障る羽音もいけない。アレのおかげで接近を気取られる。もっとおとなしく飛べば良いのに、とも思う
妹が蚊に要求する点は二つ。血を吸った箇所を痒くしないこと、そして羽音を立てないこと、である
そこさえ改善すれば、かなり無害に思えるのではないか―――いや、ここまで考えて、妹の頭には別の可能性もよぎった
刺されても痒みを感じず、無音で飛ぶ蚊とは、実は恐ろしい生物ではないのか。いくら血を吸われても、それに気付けないのは怖い
やっぱり蚊は絶対悪だ、人類の敵だ。どこかの暑い国には、蚊に刺されて伝染る病気もあった気がする
さて、目下の問題は部屋に侵入している蚊な訳だ。最初の一撃で討ち漏らしたのが痛かった
奴を殲滅しなければ安眠は望めない。見敵必殺、さあ、夜はこれからだ!! お楽しみはこれからだ!! ハリー(早く)!!×6
- 89 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 19:34:06.03 ID:vckn6hKp0
〜数日後女幹部宅〜
女幹部は公と私を明確に区別する。厳しい勤務態度と反比例して、その私生活はひどくいい加減である
そして、その秘密を知った後に息をしている者は皆無。この質素にして乱雑な1DKを訪れる知り合いなど存在しないのだ
午前8時、シャワーを浴びて髪を乾かした女幹部は、リビングで独り、グラスを傾けていた
摂取すべきアルコールの量はバーボンを瓶の半分程度。好きだから飲むのではない、純然たる寝酒である
だが、あまり得意ではない筈の酒も、嬉しい事の有った今日は心地よくノドを通り抜ける
事業部上層部との交渉が纏まり、新規業務を始める許可が下りた。それは移籍してから初めて手にした充足だった
これで今まで畑違いの仕事をさせ、苦労をかけた部下に報いられると思うと、火照った頬も自然に緩んでくる
女幹部「む〜……」
女幹部は氷だけになったグラスを置いて、手にした瓶を凝視した。どうも睡眠に必要な分は、既に飲んでしまったようだ
自覚はないが、普段よりも速いペースで注いでいたのだろう。ここで自制できるのが女幹部、そこらのアル中とは少し違う
これ以上の深酒は明日(というか今夜)の仕事に差し支えることを経験的に知っているのだ
とはいえ、すぐさま倒れられる程に酔いは回っていない。ベッドに潜り込む気にもならない女幹部は、予定を確認しようとパソコンを立ち上げる
女幹部「…………!」
遅れて効いてきたアルコール、薄れゆく意識の中、開いたメールは本部からの緊急幹部会議の招集。日時は今日の―――…・ ・ ・
- 90 :見てくれてる人が居ると信じてメシ食ってくる [] :2010/03/14(日) 19:40:34.13 ID:vckn6hKp0
〜しばらく後悪の組織本部〜
古今東西、悪者は集まることを好む。悪者に限らず、人間は群れを成し、意思を共有して繁栄した生物だ
そして、とりわけ力を誇示すべき悪者が数を頼みにするのは必然と言えるだろう
悪者は団結してこそ本当の発揮できる。悪は単体では真の恐ろしさを持たないのだ
悪の組織もその例に漏れない。その象徴たる幹部ともなれば尚の事、何かにつけて集いたがる
月二回の定例会議に加え、事ある毎に緊急会議。その多くは何の結論も出ない、会議の為の会議である
またそれは、本部の幹部でありながら事業部に身を置く女幹部を悩ませていた
本部に居る他の幹部達の勤務時間が9時〜18時なのに対して、事業部に属する女幹部は22時〜6時
生活時間からして異なるため、16時に開かれる会議に出るのは大きな負担になるのだ
しかし、それは義務だ。いずれは復帰する予定のある、本部との繋がりを保つためにも、欠かすことは許されない
女幹部「……」
席に着いた女幹部は、袖を捲って左手の古傷に目をやった。ここが紅く色付いているという事は、酒が抜けていない証拠
頭に鼓動が鳴り響く、生きているのが辛い。いくら吐いてみても、既に吸収されてしまった分はどうにもならない
そして予定時刻、幹部A、B、C、女幹部、一同が出揃ったところで会議は始まる。ああ……地球が爆発すれば良いのに……
- 91 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 19:50:35.03 ID:g+lnDK2aO
自演
- 94 :VIPがお送りします [sage] :2010/03/14(日) 20:07:36.81 ID:ncGnnxSb0
なんだか女幹部が可愛い
いちいちパロがワロス
- 96 :QSK女幹部 [] :2010/03/14(日) 20:38:20.80 ID:vckn6hKp0
悪の幹部A「――と、いう事で本日の議題は事業部との関係改善について、だ」
悪の幹部C「奴らの動向は?」
女幹部「は、はい」
水を向けられた女幹部は、揺れる頭脳を懸命に回転させる。“急に質問が来たので……”では済まされないのだ
女幹部「えー……先程幹部A様からご指摘のありました通り、本部の規模縮小を要求する声が高まっているのは事実です――」
事業部の現状を説明する女幹部。特に内偵などしている訳ではないが、外部からは知りえない情報も多少は持っている
悪の組織事業部とは、本部へ活動資金を供給するために作られた団体である。その彼らが独自の意思を持って動き始めていた
構造は破綻しかかっている。事業部が利潤を追求する営利集団であるという点を鑑みれば、本部の存在は癌でしかないのだ
形の上では本部が優位でも、実際に手綱を握っているのは事業部。対立が表面化してないといえど、その動きは静観できない
幹部B「思い上がりやがって……!首謀者はどいつだ!?二、三人も粛清すれば大人しくなるだろうさ」
いきり立つ幹部Bは組織内でも武闘派として知られる男である。ちなみに、女幹部の元上司だった悪の紳士でもある
幹部A「待て、それは最終手段だ。下手に刺激して、独立したいなどと言い出されたらどうする?」
幹部B「向こうから仕掛けさせれば大義名分も立つさ。奴等は立場ってものを分かってない」
女幹部「……」
女幹部は議論に入り込めずに居た。心の置き処を定められない。目の前のやり取りがひどく遠い物に感じられた
- 97 :読みにくいな [] :2010/03/14(日) 20:45:35.64 ID:vckn6hKp0
幹部A「それよりもまず、何故事業部が本部の意思を離れたのかを考えろ。奴らの不穏な動きは、ここ数ヶ月のことだ」
幹部Bをたしなめる幹部A。事業部を叩き潰すのは容易いが、それでは意味が無い。ここは穏便に解決するのが望ましいのだ
幹部A「それ以前、事業部が正しく機能していた昨年に我々は何をしていた?あの頃に在って今に無い物は何だ?」
幹部B「去年までは悪の総統の下、色レンジャーと…………」
幹部A「そうだ。色レンジャー、つまりは敵だ!我々には敵が必要だとは思わんか?」
幹部B「と、いうと?」
幹部A「足りないのは危機だ。平和など害悪、そんな物が在るから要らぬ事を考える輩も出てくる」
幹部B「ふむ」
幹部A「我々が矢面に立っているからこそ、奴等は安穏と金儲けに勤しむことが出来る。それを今一度知らしめてやろうじゃないか」
幹部B「しかし、言いたいことは解るが、肝心の敵が居ないだろう?」
幹部C「安心しろ。うってつけの相手が現れてくれた」
沈黙を破る幹部C、静かに状況を見守っていた会議の主催者が、満を持して本題に切り込む
- 98 :VIPがお送りします [sage] :2010/03/14(日) 20:55:19.52 ID:vckn6hKp0
幹部C「先日、私の部下である怪人スパイダー男が、作戦中に何者かの襲撃を受けた。重症だ、しばらく入院することになるだろう」
幹部B「ほう」
幹部C「戦闘員どもの話によれば相手は一人、たった一人の少女だったらしい」
幹部B「なん……だと……?」
幹部C「単身で怪人に挑み、一撃のもとに殴り倒す少女!実に魅力的だろう?おあつらえ向きの相手だろう?」
幹部A「私も初めは信じられなかったが、どうも本当の事のようだ」
幹部B「なるほどなるほど、確かに面白いな」
荒事に身を投じてこそ本領を発揮できる、悪の組織本部の幹部達である。危機の到来となれば、いやが上にも血は騒ぐ
危機がネギ背負って箒に跨り飛んできたのだ。奥深く沈み、冷え切っていた本能が熱を帯びてゆく
女幹部「では、我々の部署も本部に戻って陣容を整えます」
女幹部もその流れに乗る。場に馴染めぬ身といえど、押し黙っていて環境は改善しないのだ
- 99 :VIPがお送りします [sage] :2010/03/14(日) 20:59:00.82 ID:LjNEqBPk0
ゴクリ…(AA略)
- 100 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:00:17.87 ID:vckn6hKp0
幹部A「いや結構。貴女は引き続き事業部に残って、他の仕事を受け持っていただく」
女幹部「何故ですか!?我々の出向は、新たな敵が現れるまで、という条件付だった筈……」
女幹部の宣言は拒絶の一言をもって迎えられた。当然ながら、それを承服できる女幹部ではない
幹部B「だが、状況は変わっている。今必要なのは力による王道の勝利。目に見える形での戦闘が求められているんだよ」
女幹部「我々は本部に必要ないと……?」
幹部C「そういう意味ではない。この戦いは目的ではなく手段だ。口実といっても良い。事業部に本来の役割を思い出させる為の、な」
幹部B「それに、事業部内で情報を集められる人間がいた方が良い。それを任せられるのはお前だけだ」
女幹部「ですが……」
女幹部は応答に窮した。三人の言葉の裏には、女幹部を本部の中枢から遠ざけようという意図が窺える
けれど、理不尽でありながらも、一応の理由が付けられた要求を拒むことは出来ない。力関係では向こうが上なのだ
経験と実績で劣る女幹部は、他の幹部よりも発言力が弱い。そして、その力を付けさせない、という方向でA〜Cは一致していた
悪の総統の居ない今、幹部は常に競合し、互いに蹴落としあう関係にある。権力を争う相手は一人でも少ない方が好い
女幹部「……」
多勢に無勢、まして酒の影響で正しく働かない頭である。女幹部に的確な反論など浮かぼう筈もなかった
- 101 :女幹部、心の向こうに [] :2010/03/14(日) 21:05:01.43 ID:vckn6hKp0
幹部A「――と、いう事で、当面の敵は決まった。各々持てる力を存分に発揮して戦いに臨もう。以上」
幹部Aが締めて議論は終わる。踊り狂ったあげく何も得る物の無い多くの会議と違い、今回は珍しく意義のあるものだった
しかし、奮い立つ他の幹部を余所に、女幹部は失意の中にあった。本部に返り咲こうという念願は果たされる見通しも立たない
本部の連中が女幹部に敵意を向けているのは見て取れた。ここで身を立てる道は閉ざされている
弱肉強食の悪の組織にあって、弱者は永遠に強くなれないのか、そんな諦めにも似た悲観が頭をもたげてきた
幹部B「おい」
挫折感に怨嗟と悲哀、唇を噛んで本部を去ろうとする女幹部を呼び止める声。足を止めて顔を向けると、そこには幹部B
女幹部「何でしょうか」
答える響きに温度は無く、見返す眼差しに彩度は無い。ごめんなさい、こんな時どんな顔をすればいいかわからないの……
幹部B「ちょっと話があってな」
女幹部「私にはありません」
女幹部は取りあわない。かつての上司といえども現在は敵同士、自分をを排斥した一人が今さら何を話そうというのか
幹部B「待て、お前は今の境遇に満足してるのか?もし本部に復帰したいなら、俺が力を貸してやっても良いぞ」
女幹部「貴方がそれを言いますか……」
悪の紳士の不誠実さを知る女幹部は鼻で笑うが、甘言の裏を覗いて見るのも面白い。それは自嘲の笑みでもあった
- 102 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:10:34.80 ID:vckn6hKp0
〜悪の組織本部幹部B個室〜
幹部Bの個室に通された女幹部は、椅子に腰を下ろして脚を組んだ。話は聞くだけ聞くが、あまり時間を取られる気は無い
幹部B「確かにAやCはお前を警戒してるよ。自分の地位が脅かされないか危惧してる。お前は宿敵を奪った仇でもあるしな」
女幹部「でしょうね」
女幹部もそれは承知している。ただ、幹部AやCは反感を隠そうとしない分だけ、まだ相手のしようもあると云える
幹部B「俺は違う。お前の実力を評価している。俺たちは良い関係を築けると信じてる」
対して幹部Bは、その姿勢を表に出さない。この男の信用ならないことは、元部下である女幹部にはよく分かっている
女幹部「そうですか。で、要求は何ですか?」
幹部Bの魂胆を見透かした女幹部は先を急かす。長々と建前を拝聴しても仕方ない
提案とは別の思惑もあるだろう。ならば言葉だけ受け取って、損得の判断は自分ですれば良い
幹部B「ずいぶん他人行儀だな……まあ好い、俺は反逆者は血で償わせるべきだと思ってる。
A達のやり方では生ぬるいんだよ。次の総統の座を狙うなら、力を証明する必要があるだろう?」
女幹部「それで?」
幹部B「それには、制裁されても仕方が無い、という構図が要る。事業部の連中に働きかけて、本部に対する敵愾心を煽ってほしい」
女幹部「考えておきます」
女幹部は時計を気にして席を立つ。悪の紳士の胆は読めた、底も見えた。どう動くかは後でじっくり検討することにしよう
- 103 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:15:54.26 ID:vckn6hKp0
幹部B「――俺がこんな事を話したのは、お前を信用してるからだ。また以前の様に上手くやっていけるんじゃないか?」
女幹部「そうですね。ですが、状況は変わっているんですよ」
続いて立ち上がった幹部Bは女幹部の背中に言葉を投げた。女幹部は答えながらも歩みを止めない
幹部B「帰るのか?だったら送っていくぞ」
女幹部「……ええ、それでは街までお願いします」
ドアに手を伸ばした女幹部は、少し迷った末に振り返って微笑んだ。仮初めの協力関係、胸中は極力伏せておくのが望ましい
無言、無言、無言―――。後部座席に乗り込んだ女幹部は利害を吟味する。何が誰の得になるのか、自分は何を目指すのか
女幹部「……!」
強い西日が目を突いた。地下駐車場から国道に出た車は、菜園地帯を抜けて近くの街へ。ルームミラーの顔を見やる女幹部
かつては上司として信頼し、憧れもした幹部Bだったが、間をおいて心の離れた今は冷静に分析できる
ああ、この程度の男だったのか。こんな小物に心酔した過去のあったことを抹消したくなってきた
作戦中の負傷で前線に立てなくなった女幹部に、新部署の立ち上げを勧めたのも、幹部に昇進する後押しをしたのも、
全ては自分の権力拡大に繋げる計算あっての事だった。そこまでは良しとしよう、その先が問題だ
この男は今の女幹部も影響下に置こうとしている。結局は自分の息の掛かった駒が欲しいだけ、そんな輩に従ってやる義理も無い
そこで女幹部は思う、本部内でのし上がると決めたのは、悪の紳士と肩を並べたかったからだ。現状はどうだ?さて、どうする……
次へ 戻る 上へ