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意地悪なメイド4
- 716 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga]
投稿日:2011/07/27(水) 00:50:14.07 ID:+B9Y5D630
第32話(中) 「逃走/開戦」
「04女、離れすぎだ!」
「やって、ます!」
「くっ、帝国軍が突破されたよ!」
「ぎゃーぎゃー騒ぐな! 後方は近衛が固めてくれてんのよ!」
各々から出る言葉は不安と緊張に彩られる。
それも仕方ないこと。俺達の間に入っていた守りとなる帝国軍があっという間に突破されているから。
「00から各機。落ち着いて隊形を維持しろッ!」
浮き足立つ俺達をしかりつけるように教官からの言葉が飛ぶ。
だが、これ以上の速度をあげるわけにはいかない。そうなれば殿下にかかる負担は……。
「男。速度をあげなさい」
そんな考えを遮るように告げるのは当の本人から。
「しかし!」
かれこれ30分以上、実戦起動で揺られっぱなしなのだ。
いくら薬を服用しているからといって耐えられるものじゃないはず。
「行きなさい」
「……ッ、各機、合わせてくれ! 次の谷を噴射跳躍≪ブーストジャンプ≫でショートカットだ!」
今まで以上のGが機体を襲い、その壁を突破るように戦術機は進む。
と、同時に悲鳴のように友が告げる。
「――4時の方向より機影多数接近! 稜線の向こうからいきなり!?」
冗談じゃないぞ!
いくら進軍速度が異常だからって前に回りこまれるなんてことがあるのか!
思わず強く握ったトリガーが、戦術機に装備された火器系統を掃射しかけた時、
『――バカヤロウ! ロックオンするな! 殺されたいのか!!』
――!?
浴びせられた罵声と、その意味を理解するまでに見やったレーダーの反応。
そこにあるのは友軍機のマーカーだ!
『こちらは米国陸軍第66戦術機甲大隊! 速度を落とすな、早くいけ!』
『ここは任せろッ』
俺達の隊の横をすり抜け、細身の戦術機が後方へと進撃していく。
助かった――のか?
「了解した。援護、感謝する。各機、フォーメーションを維持、進め!!」
呆ける俺を他所に教官が返答の返事と、俺達への指示を的確に出してくれる。
ありがたい。素直に助力に感謝し、俺達は先に進む。
後方では既に銃撃の音に始まる戦闘の音色が響き始めていた。
- 717 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/27(水) 00:50:42.82 ID:+B9Y5D630
「――っ、来ました! 機影8、米軍のF-15E≪ストライク・イーグル≫です!!」
迎え撃つ形となる帝国軍の帝都守備隊。
彼等の駆る『不知火』は帝国軍に配備される最新鋭の機体である。
柔軟な運用が可能であり、ポテンシャルは高く、兵の練度が高いことを踏まえれば先の進軍速度も頷ける。
「米軍機に告ぐ。直ちに戦闘行為を停止せよ。繰り返す――直ちに戦闘行為を停止せよ」
『所属不明機に注ぐ。即時自動翻訳を有効にせよ、または国連軍事規約に従い国際公用語である英語にて通信せよ』
そんな彼等に対し、返す米軍の言葉。
当然のことだが、コミュニケーションがとれぬ以上、先の勧告に意味などない。
「諸君の行為は重大な内政干渉である。直ちに戦闘行為を中止せよ」
『繰り返す。国際公用語である英語にて通信せよ。何を言っているのかわからない!』
で、あれば。
それは勧告などではなく。
「米軍機に告ぐ。英語などクソ食らえ。繰り返す――英語などクソ食らえ」
『何?』
「尻尾を巻いて逃げ帰った貴様等が、今更日本に何のようだ。忘れ物でもしたのか、間抜けめ!」
最初から彼等にとって米軍は倒すべき、踏破すべき障害でしかない。
国連軍など……日米安保理を一方的に破棄し、この国を見捨てた相手など。
誰が“降伏などさせてやるか”!!
『撃ってきました!!』
「F-15E 8機……手ごわいぞ! 鶴翼参陣≪フォーメーション・ウイングスリー≫で包囲殲滅! 兵器使用自由!!」
『このやろォォォォ!!』
狙われたのは不知火の中に混成される撃震と呼ばれる一世代前の戦術機。
彼の操縦センス、練度は非常に高かったが、いかんせん分が悪い。
同じ第二世代の中でも最強の名を冠するF-15シリーズはドッグファイトこそ華である。
競り合い、撃ち合えば……
「ぐあああぁぁ!?」
戦場に赤い爆炎が上がる。
「撃震でF-15Eと接近戦闘は無茶だ! 2機連携を崩すな!」
当然、その事実は帝国軍側にも周知の事実。
即時くみ上げられる戦術にて対応し、数の利を用いて巻き返しを図る。
だが、それを阻止したのはF-15Eをも超える力。
「――7時方向より砲撃!? ――いきなり機影がッ!!」
「馬鹿な! レーダーに反応は……ぐああ!?」
一瞬にして包囲が崩されていく悪夢。
いつの間にかこちらに肉薄し、一気に殲滅にかかるのは、
「識別該当データ無し……米軍の新鋭、F-22A≪ラプター≫だ!!」
「全機散開ッ! 平面起動挟撃≪フラットシザース≫!!」
それは手一杯の対応。繰り返すが、彼等の練度は高い。
もしその上で一方的な展開になるとすれば、機体の性能差に他ならない。
そう……それこそがこのF-22A。
現行配備されている他の第三世代戦術機を圧倒する隠密性と機動性を持ち、戦域支配戦術機の異名を持つ存在なのだ。
『各機、被害状況の報告を』
当然のように返ってくる無傷の報告。
『良し。では友軍機を包囲する敵機を片っ端から食い尽くしてやるぞ』
対戦術機戦闘を視野に入れた設計をされたその思想。
正面からの接近ですらレーダーから発見されにくいステルス性能、新型ジャンプユニットによる桁違いの推進力等……。
戦後の米軍よる支配を考慮に入れられたその機体が、夜を駆ける。
- 718 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/27(水) 00:51:10.79 ID:+B9Y5D630
「……ふぅ」
米軍の助太刀により一旦の難を逃れた俺達。
ちらっと見かけた機体はレーダーにほとんど映ってなかった。
噂の最新鋭機まで投入してくれるとは、ありがたい。
だが安心していられるわけじゃない。
あらゆる要素で、現状のプランを上回るクーデター軍の追走。
こちらの部隊があっさりと突破された以上、向こうの練度は推し測るまでもない。
今回のことを見越して対戦術機戦略も練りこんできたのだろう。
そんな奴等とあたるかもしれない、と思うと冷や汗が止まらない。
このままのペースが続けば勝利条件となるポイントをあっちより早く抜けるなんてとてもじゃないが……。
どうすりゃ……どうすりゃいい!
「男……大丈夫ですか? 顔色が優れませんよ」
「え? あ、ああ――大丈夫です」
くそ。俺が心配されてどうする。
この人のほうがよっぽど負担が掛かっているってのに。
「心配は無用ですよ。お飾りとは言え軍の最高司令官。実機で96時間ほどですが戦術機の心得もあります」
「……そりゃ」
すごいの一言だ。
主観時間では俺のほうが長いだろうが、部隊での訓練なんかを鑑みれば部隊の誰よりも長いぞ。
「だからでしょうか、貴方の操縦は少し変わっているように感じますね」
それが分かるくらいには出来るってことか。
だとしたら専用機とかもあるんだろうな、将軍だし。
金箔とかギラギラに飾られた五月人形的な。……われながら趣味の悪い想像である。
「ところで男。この部隊に随伴している近衛の指揮官は侍従長中尉でありましょうか?」
「あ、はい。そうですけど、何故それを?」
「先ほどの無線で第19独立小隊の名前を聞きましたので」
「だとすれば……おかしいですね。何故、あれが……」
何やら一人ごちる殿下に怪訝な顔をしてしまう。
実はこれってものすごい不敬にあたったりするのだろうか。
「男、貴方に尋ねたいことが」
『国連戦術機甲小隊に告ぐ。こちらは米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官だ』
「ちょっとすみません!」
唐突に割り込んできた通信に耳を傾ける。
悪いが、殿下のお話は後回しだ。
『現在我がA中隊が時間を稼いでいるが、彼我の戦力差を考えれば楽観できる状況ではない』
その通りだ。
『我々はこの先のポイントにて諸君等の到着を待つ。到着次第、補給作業を開始する』
そりゃありがたいがそんな時間……いや、それだけ足止めに自信があるってことか。
実際補給なしで突っ切るのは事実上不可能に近い。
『可及的速やかに合流せよ――以上だ』
無茶を言われてるのは分かるが、やるしかない。
さっきの連中が命がけなのは分かるけど、これ以上早くなんてことは……。
くそ、米軍にとっちゃ殿下の身は後回しってことかよ。
「すみません、米軍の司令官から合流地点の指示が来ていまして。えっと、先ほど何か尋ねられていましたが」
「いえ……構いません。米国軍衛士の生命が懸かっていましょう。先を急ぎなさい」
「……はい。では殿下のご配慮、そして衛士訓練の実績を考え……飛ばします!」
「よしなに」
そうして俺達の機体は再び噴射跳躍を繰り返し、目的の地点までひたすらに速度をあげるのだった。
- 721 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/28(木) 01:06:26.02 ID:bPlTXpeD0
―――合流補給ポイント――――
恙無く進む補給作業。それは同時に無駄な時間を取れないことを表す。
表情が優れない殿下の様子に、ひたすら申し訳なくなる。強化服なしであの機動に振り回されてるんだ。
とっくの昔に弱音が出てたって何ら不思議じゃないのに。さっきの薬も一日の服用限界数を越えてる。
もはやこの方にはただただ我慢を強いるしかない。その事実が、辛い。
「――時に男」
不意にかかる声色は尋ねの色合い。きっと先の件か。
「はい、何か」
「この部隊に……委員長が、彼女が居るのではないですか?」
「え、あ。はい。それが?」
一国のトップとも言える人物から意外な人の名前が聞かされる。
当然ながらあいつが将軍家と関わりがあるとは聞いてたけど、その血縁者じゃないはずだ。
「ではなぜ、武御雷が見当たらないのですか?」
武御雷。それは帝国軍、ひいては日本国が有する戦術機の中でも最高峰の性能を持つ機体。
同時にその生産数の少なさから所持する、あるいは搭乗するのみで出自、あるいは自身の位すら分かるというもの。
だから、あいつは――。
正直には、答えにくい。
あいつは、委員長はその機体に乗ることを拒んだ。
一兵卒として、ましてや訓練兵が手繰る代物では決してなく、何よりも国連軍の兵士が帝国の象徴を駆るという意味。
それは政治的に見ても、戦略的に見ても、あらゆる意味で注目を集めてしまう。
故に彼女は拒んだ。その様子を俺は見ている。侍従長さんたちとのやり取り、そして委員長の珍しく感情的になる姿。
その事を、言葉を選びながら何とか伝える。
理由は分からないが、目の前の人がそれを命じたのだ。突っぱねられたなんて素直に言ってしまうか、迷う部分もある。
「くす……そうですか。あの方らしい」
当然のように、そこにはるのは寂しそうな笑顔だ。
「あの方はいつもそうだと聞いております。私の贈り物を素直に受け取ったことがないとか」
「そう、なんですか」
何となく引っかかる言い回しに違和感を覚えるが深く突っ込んでいいものか迷う。
「時に男……彼女は、日頃どうなのですか?」
「普段のいいんちょ、あ、いや。委員長訓練兵ですか?」
「くす。構いません。あなたの言葉で、教えてください。畏まる必要も、謙る謂れもない話題故」
「で、では」
何で将軍家のトップが一兵士をそんなに気にかけるのか。
薄々感じ始める予感は、彼女のここしばらくの様子を思い起こさせる。
「あいつは無口だし、堅苦しいところがありますが、強さの中に人に対する優しさを持つ、尊敬できる人物です」
委員長の良さは真っ直ぐと、自分を曲げずに信じた正義を貫いているところだと俺は思っている。
融通は利かないわ。口も同様。更に普段の様子じゃ冷たいって印象を与えるのが関の山だろうが、本質は違う。
多分、俺達が恥ずかしがって口にできないような熱い言葉も、優しい気持ちも、あいつは素直に出すことができるだろう。
その分、自分に厳しくて全部自分で抱え込もうとしちまう。見てるほうが危なっかしくて、ひやひやものだ。
けれどそれを表に出さず、自律してみせる。そんな奴なんだ。
- 722 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/28(木) 01:06:53.58 ID:bPlTXpeD0
「だから、って訳じゃないですけどね」
「……」
殿下は先ほどから俺の話に黙って耳を傾けてくれる。
だから、ついつい本音が出る。
「もう少し自分に甘くても良いのかなって気はします」
「……そうですか」
って、何か言い過ぎたか?
聞き上手なせいでいガンガン喋ってたけど、何かまずかったりしたかも。
あせる俺をよそに、殿下は俺を見上げ、
「男がそう感じるのであれば……彼女は相当あなたに甘えているのでしょうね」
「……え?」
「私が聞き知る限り、あの方はそのような弱さを人に気取られることすら、良しとしないはずです」
柔らかな笑みを向ける。
「ですが、こうしてあなたと話をしているとそれも理解できるような気がします」
「何がですか?」
「長殿が仰られるように、あなたが変わり者だということです……くすくす」
「俺が変わり者ですか? そんなはずは……」
年相応の笑みを。その片鱗を見せられ、思わず顔をそらしてしまう。
けど、同時に思うのはやはり殿下といいんちょの関係だ。
『親しみ』こそ感じすらすれど『距離』も同時に感じる。違和感が言葉の端々から垣間見えるのだ。
「あの、殿下。俺、ここの暮らしが短いんで不躾な質問だったりしたらすいません」
この時点で不躾すぎる気もするが、今更だ。
いけるとこまでいってやれ。
「殿下といいんちょは……その、どういったご関係なのでしょうか?」
「……」
小さなため息に、さすがにびびる。
「――すみません!! 聞いちゃまずいですよね、お、俺ってば空気読めないらしくて、あの、その」
これでも所属は国連である以上、帝国の最高司令たるこの方にどえらい失礼をぶっこいたんじゃないだろうか。
政治的な観点とか、そういう部分で後々遺恨が残ったりなんかした日には……あばばば。
「良いのです。……あの方は、自身の出自を何と?」
「出自、って言うと……将軍家とは縁者に近いというか、確か親類とかそこまではいかないけど、近しい関係だとか」
その辺はあいつもよくごまかしてたっけ。
教官からついさっき将軍家の縁者に犠牲者が出たって聞いたときは、やっぱりその関係の血筋かなとは思ったけど。
「そう……ですね。あの方と私の……いえ、我々の関係というものを鑑みればそのあたりに落ち着くのでしょうから」
――我々の関係?
「古より朱鷺之宮の家は陽の場に出る一族として祀り上げられてきました。それと同時に、その陰ではもう一つの顔があります」
陰陽。いつの時代も、権力の傍にちらつく言葉だ。
でも、それといいんちょに一体何の関係があるっていうんだ。
- 723 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/28(木) 01:08:05.95 ID:bPlTXpeD0
「彼女等の一族は陰であり、同時に『力』を有していました。それは『権力』や『財力』とは違う、この世の理の裏にあるもの」
「理の、裏?」
こめかみが疼き、ノイズのような映像が視界を掠める。
それは『元の世界』で“あいつ”が言ってた言葉。
≪我々が『商』であり、『政』と関わりがある一方で、父は『魔』との交流も持ちました。その血脈の中に、あの人はいますよ≫
そう、か。委員長の家元って、確か陰陽師だか何だか忘れたけどやたらとオカルトに染まってたって話があったっけ。
何で今更こんな記憶が引き出されてくるのか。いや、それよりも俺はこの事実を知っていたのか。
混乱する俺をよそに、殿下は話を進めていく。
「あの方の一族は我々のようなお飾りとは違い、実質的に世界を動かしておられました。占星術に始り、魔術の類を使うことで」
「何を仰っているのか、俺には」
「理解しろは言いません。ただ世界にはそのような存在があるのです。そして、彼女はその血族の中でも中心に近い位置におられました」
「……」
「幼少時代、まだ物心ついたばかりの私を優しく見守り、導いてくださったのが彼女なのです」
「お姉さんみたいなもんですか」
「ええ。ですが、あちらの事情で彼女は中心から末端へと追放されました。同時に私の関わりもなかったことにされています」
「追放?」
「詳しくは知りません。けれど、ただ事ではなかったと聞き及んでおります。……そのような素性と関わり泣く生きてゆけたならばまだ幸せだったのでしょう」
「それは、どういうことなんですか」
「……。彼女はあろうことか、将軍家の陰と陽の、両家からの信義の証として、あなたの所属する国連部隊に居るのです」
つまり、それって人質じゃないか。
「あの方は政の道具として扱われ、常に民の範たるべしという将軍家の責務をも奉じているのですよ」
『君はこれだけの豪華メンバーが偶然に集まったとでも思っているのかい?』
昨日のやり取りの中での、友の親父さんの言葉がよみがえる。
この人も、他のメンバーのことだって知ってるんだ。全部でなくとも、かなりのことを。
だからこそ、将軍家の縁者程度の認識しかされないはずのいいんちょに対して近衛部隊がついており、国連の基地に駐留すら許されたんだ。
「情けないことですが……私がそれをあの方に強いてしまっているのです」
「……っ」
それは違う。
そうじゃないから、将軍が蔑ろにされたり政治の道具にされているから、クーデターなんかも起きてくるんだ。
この人の思いを、国へ、民へ反映させられない、させようとしない連中がいるから。
「私はあの方を失望させたでしょうね」
「そんなことは、絶対ないと思います」
「そう、なのでしょうか」
「あいつは、殿下の苦しみを我が事のように感じています。いつかの天元山のことだって怒ってました」
そうだ。あいつは民を蔑ろにするやり方を、ニュースを見て怒ってた。
それだけじゃない。あいつと一緒にいて分かるのは、本当に国を、民を第一に考えてるってことだ。
「だから、それって帝都が戦火にまかれることを避けるために御身を危険にさらしてまで行動してる殿下と同じだと思うんです」
「……」
「きっとあいつは今、決起した連中の志を理解しながら、その鎮圧を任務とする国連軍に所属している自分の矛盾した立場に苦しんでいます」
そうじゃなきゃ、あんな風に平行線の話し合いは起こらなかった。
どうでもいいと、何ひとつ思っていなければ。あいつと言い合うことなんてなかったはずだ。
- 724 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/28(木) 01:10:13.52 ID:bPlTXpeD0
「そして一番の気がかりは……似たような境遇にある殿下の苦しみのはずです」
『私は、ううん。違うわ。本当につらいのは、あの子……あの方のはずだもの。せめて心くらいは、あの子を』
ああ、今なら分かるよ、いいんちょ。お前が想う、苦しみを抱えている人が、誰なのか。
「殿下だって決起軍の志と、日本のために想って動いている政治家の志。どちらも理解できるのんじゃないですか」
「……」
「あいつ、言ってましたよ。その苦しみを一人に抱えさせるのが辛いって。せめて心は共にありたい、って」
神妙な面持ちでうつむく殿下。けど、それでもこの言葉は伝えなくちゃいけない。
一度離れてしまった二人だから、ちゃんと心が傍にあるように。
「その言葉を聴いた時、何のことか分からなかった。けど今なら分かります。あいつは……殿下のことをずっと考えてるんですよ」
「そう、でしたか」
だからこそ、帝都包囲の報が入ったとき、侍従長中尉にすぐに向かうように言ったりしたんだ。
感情を出すいいんちょなんて滅多に見ないからこそ、その真剣さが分かる。
あいつは大事にしてるんだ。この人との絆の在り処を。そのよりどころを。
それは本来、彼女が負うべきものじゃなかったはずで、義務感だとかましてや教育だとかじゃない。
口にも出さないし、誰にも話さない。態度にすら出さないままに、それを支えにあいつは頑張ってたんだ。
身代わりの宿命を、大事なもう一人の妹のために、誇りを持って生き抜こうとしてるんだ。
「……男」
俺の気持ちがこもりすぎた声に、そっと覆うように声がかけられる。
二人の境遇を想い、どこか熱くなった心を、覚ますのではなく抱きしめるように。
「これを、彼女に渡していただけませんか」
渡されるのは小さな髪飾りは、ふるぼけてガラクタのようにしか見えない。
けれどそれは何度も何度も手入れされたように見え、とても大事な品なのだろうと分かる。
「これが……あの方と私が共に過ごした証なのです。此度、身の回りの品で唯一持ち出せたものです……」
「そんな大事なものだったら、直接……!」
「叶いません。私は将軍家の人間であり、他に血縁の者はなく、あの方は陰であり、妹君は既に別の方のみ」
「……っ」
そこまで、覚悟して……。こんなに近くにいるのに。これだけ想いは、心は傍にあるのに。
「あなたからであれば……あの方が心を許した、あなたであればこそ。快く受け取ってくれるはず」
武御雷をはじめ、いいんちょはあらゆるものを拒んできたって話だった。
今回だって殿下がそのような心に従った行為をしたところで、いいんちょが受け取るだろうか。
きっと、それは……俺以上に、この方がわかっているのだ。だから、託すのだ。
公の場で、そんな関係をにおわせることすら、させないように。
「……わかりました。必ず、いいんちょに渡します」
「――お願いします」
揺るがぬ瞳を見据えながら、その髪飾りを受け取った時、
『戦術機甲小隊の各機に告ぐ。現在的部隊が後方の峠に到達。友軍部隊は撤退を開始した』
米軍指揮官からの通信が割ってはいる。
「あの、すみません!」
「よい」
すぐに事情を察した殿下の許可ももらい、俺は通信に耳を傾ける。
この後退が戦略的なものであり、包囲殲滅を狙うものであることに始まる指揮官の説明。
『彼我の撃墜比が7対1の優勢を維持している。目下のところ、事態の推移は予想の範囲内であり、作戦及びルートの変更はない』
何だってんだ、その撃墜比……兵の練度に差はないはずだぞ。それだけ米軍のF-22A≪ラプター≫が化け物ってことかよ……。
『そちらの小隊は補給完了次第、陣形を維持し出発。両翼と最後尾は我々が固める』
そんな戦力が俺達の周りを固めてくれるならありがたい。
俺達小隊も彼等の指揮下に入ることになるが、納得するほかないだろう。
モニターを見ればほぼ補給は完了している。つまり出発はすぐそこまで迫っているんだ。
逃げ切って、生き残るんだ。俺達は……この方と共に無事に帰る。そして、いいんちょうに……!
その決意を胸に、迫る出立の時に向け、静かに闘志を滾らせるのだった。
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