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意地悪なメイド4
- 190 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga]
投稿日:2010/09/13(月) 00:32:26.66 ID:65gasow0
委員長・退魔夜行記 獣面人編
「起きなさい」
気遣いのない揺さぶり、というより蹴り転がされるような感覚に目を覚ます。
浅い眠りはより深い眠りと休息を求めて疲れと倦怠感という形で身体に訴えかける。
無理矢理それを抑え込みながら、起き上がれば出発を促す委員長の姿。
「……すぐ、用意する」
いつの間に膝の上から頭を動かされたのかは分からない。
それだけ眠りに貪欲だったのか、はたまたそういった技術があるのか。
結局彼女に起こされることになりながらも、寝る前に準備しておいた諸々の準備物を背負う。
「今回は何かしらの痕跡を見つけるまでは戻らないから。そのつもりでいるほうが楽よ。気が」
こちらの様子など見向きもせず、一方的にそんなことだけ告げて、彼女はさっさと歩き出す。
その背中を追う様に小屋を飛び出す。なるほど、彼女がここが唯一休める場所だとかなんとか言っていたわけがわかった。
今の俺からすればこんなゴミ小屋がたまらなく魅力的な建物に見える。
けれど、もう置いていかれるわけにはいかない。きっと彼女は終えるべきことを終えればここに戻りはしないから。
そうなれば俺なんて置いていくだろうことも、わかっていたから。
道なき道を行く。比喩ではなく、本当に歩くことすら困難な土地。
それをスイスイと進む委員長を追う傍ら、俺は首筋のあたりに感じるチリチリとした感覚に悩まされていた。
ここに着いた頃感じていたそれと同様のもので、どうにも落ち着かない。
いちいちそんなことを言い出すわけにはいかないので、我慢をしているがどうにもじれったかった。
そんな感覚に悩まされるが、半日も歩かないうちにいきなり俺達は本命に近いであろう存在と遭遇することになる。
「な、あ、あれ!」
「思ったより川を下ったときのダメージが抜けていないようね。ありがたいことに」
「い、今のやつ……顔が!」
視界の端に捉えたのはこちらを確認するなり走り出した獣の顔をした人型。
それは爺やあの娘とは違う、獣を思わせるような人の顔、ではない。
完全に人の身体の上に獣の頭が乗っているだけ。まさにそんな状態。
- 191 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/13(月) 00:33:39.57 ID:65gasow0
「そういえば貴方は見たことなかったのね。あれが大部分の姿よ、貴方が接してきた者たちの」
醜悪なそのフォルムは人を思わせることはない。
だからだろうか。俺は咄嗟にあの子や爺とは別の生き物と感じてしまう。
けれどあれが……あいつらが俺が関わろうとしていた者達。
わかっていたつもりだった。それだけだった。
俺は……あれを人と認められない。心ではなく、本能がそう告げる。
けれど、それでも。浮かぶ二人の姿に、俺は無理矢理、苦汁のようにして納得の意思を飲み下す。
「追うわよ」
その短い言葉が告げられるまでの数瞬で命が覚悟を決め、委員長が走り出す。
こうして始まった追走劇。途中、大きな崖を挟む行程となったそれだったが、結局はどうということはない。
初め、彼女が言ったように。対象は最初から逃げ切れるほどの体力を持っていなかった。
だから、俺が追いついたとき。
それは既に終わっていた。
「対象としては目的の基準を見たしていなかったわ。残念ね。まだ帰れないわよ」
そう言って振り向いた彼女。
真紅に染まったコートと頬。その在り様があまりにも当然のようで。
髪の黒と肌の白。そして鮮血の朱があいまったそれは……怖いほどに美しい。
見とれるわけでもなく、ただ畏怖の感情で見つめた彼女の足元。
わずかに動くのは、事切れていたと思っていた獣の死体。
それを見て取るやいなや、彼女は懐から肉厚のナイフを取り出し、その刃先を足元へと向ける。
「おい! 待てよ!」
「何かしら? 邪魔しないでくれる?」
無駄かと思った静止の言葉に、彼女は意外にも動きを止める。
自分でも、わかっている。それが獣でしかないと。きっと、種としてあまりにも違うのだと。
- 192 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/13(月) 00:37:30.44 ID:65gasow0
「ころすな。……そいつ、人間なんだろ」
けれど、自分の中では決めた。それが人だと。
形がどうあれ、知性がどうだとして。同じ、人間なのだと。
だから、助けられるのならば。そう望んでしまう。
「なりそこないよ。私と同じで」
だが、結局。それすらも見越した上で、彼女は見せたのだろう。
あまりにも違いすぎる、生態を。
ぐじゅり、と抉り取られたのは心の臓。未だ脈打つそれは幾本かの管を通してまだその役割を果たす。
その半分を潰され、抉られていたとしても、だ。
「だから、見ていなさい。これが末路なのよ」
そう告げて、彼女は無造作に手の中の臓物を落とし、踏み潰した。
香るは麝香。汗と硝煙と血の匂いを覆う、彼女の匂い。
重苦しい沈黙の中、終始表情を変ることのなかった委員長。
その口から放たれた言葉に、
「抱いてみる? 今、すごく、そんな気分だわ」
「誰が……お前なんか!!」
反応する身体を。もたげる本能を。求める心理を。
全てをねじ伏せ、命は初めて、拒絶を示した。
「そう。まだ中途半端ね、貴方。だったら面白いものを貸してあげる」
そういって放られる、黒い塊。
ずしり、と。命の手の中に収まったそれは拳銃の類か。
「これ、って」
「お守りよ。好きに使いなさい。そうね……例えば、殺したいほど憎い相手を、撃つ。なんて使い方で」
嘲笑うその表情は暗に撃てといっているのだろうか。目の前の相手を。
けれど、彼女の言うように、まだ中途半端な彼にとってそれはあまりにも重たい選択肢。
結局、手の中の塊を見つめるのみな命に、委員長はひとつ嘆息をつくと移動を始める。
その背中を、ただ追うことしかできない。止まることも、止めることも。
- 265 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/10/04(月) 01:07:56.13 ID:j71W9bA0
一人殺せば殺人者。三人殺せば殺人鬼。百人殺せば英雄で。
全ての人を葬れば、それは神となるのだろう。
だとすれば。この森一つを星とした彼女はまさに神だった。
彼女の後ろに追従する日々は淡々と続く。
その道中、同じように淡々と死体の山が出来ていく。
ある者は追われ、追い詰められ、しとめられた。
ある者は自ら戦い、打ちのめされ、しとめられた。
ある者は徒党を組み、あしらわれ、しとめられた。
全てに共通したのは、彼らの末路が死であるということ。
無慈悲な死神の鎌は彼らの命をいとも簡単に摘み取っていく。
委員長は機械的にそれを行う。最低限の労力と消費のみで。
そんな破壊的な行動も、しかし彼女からすれば、
「無駄な事をさせるわね。こんな事は私の仕事ではないでしょうに。早く出てこないかしらね」
あくまで簡単にこなせる日々の雑事と変らぬと吐き捨てる。
これだけの命を奪いながら。たとえそれが人の形であって、人でなくても。
それだけのことをしながら。彼女はそれを無駄だというのだ。
けれど、何を思ったところで、俺は無力だ。
「いいじゃない。貴方は何もしてないんだから」
全くをもってその通りだ。この手には、彼女を止められるかもしれない力(じゅう)があるというのに。
結局、彼女が動きそれを追うだけ。それどころか時折、その手助けとなるような事すらしている。
だから、俺も……同罪なのだろう。
だが、そうだとして。俺は生き残るためにはそうする。
それだけのことだと。そう言い聞かせて。
- 266 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/10/04(月) 01:09:23.83 ID:j71W9bA0
そんな日々の変化は、俺が彼女より先にとある影を見つけたことから始まる。
その日も、彼女は標的を見つけ駆け出す。
足取りは相変わらずの軽さで彼女は跳ぶように駆けていく。
俺もその後姿を追おうと駆け出し、
「……っ!?」
背中に、既視感のある視線を感じて立ち止まる。
それはちりちりと焦がすような視線。今まで出会った奴らとは違う感覚。
「お前、なのか?」
うっそうとした森の中に吸い込まれた俺の言葉。
数秒の沈黙が俺の勘違いを肯定しているようで、生きるために再び駆け出そうとした俺をそれが制する。
ガサッ
そこから顔を出したのは見慣れたフードと獣耳。
「……やっぱり、お前なんだな」
そう、そこに居たのは短くも俺が共にした平和な非日常の象徴だった。
「お前、無事だったんだな」
近づくことなく、俺はその場から声をかける。
結局彼女と別れるまで、信頼を得ることはできなかった俺だ。
感情のまま、彼女の元へ近寄ればきっと逃げられてしまう。
そんな気持ちからの行動だった。
「とにかく、良かった。その、色々言わなきゃいけないことがあるんだ。その……」
俺は何を言うつもりだろう。
あのことは俺が原因で引き起こしました、ごめんなさい。
そんなこと、言えるはずもない。
許しを乞うような、そんな言葉。俺が発していいはずがない。
爺を犠牲にしてまで生き残った俺が、許しなんて。
- 267 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/10/04(月) 01:10:03.59 ID:j71W9bA0
言いよどむ俺に、彼女のほうから動きを見せる。
それは予想外のもので、
「……っ!?」
彼女のその柔らかい身体が俺の腕の中に飛び込んでくる。
あまりに唐突な出来事に反応が出来ずにいる。
普段なら女の扱いなど手馴れたものだとばかりに勝手に身体が動くのに。
そこにいるのが、ただの少女に思えない。
あの日々にあった温もりの残滓がそこにあるのだ。
だから気づくのが遅れる。
「お、まえ」
震えてるのか?
そう問うことすら、出来ず。俺は、強く抱き返すことしかできない。
今までの人生ではなかった、異性に対してではない、大切なものへの抱擁。
その震えを取ってやりたいと、強く願い腕に力を込める。
そうして、短くない時が流れる中。
心のどこかで何かが固まる。
こいつだけは、俺が護ってやろう、と。
今度は傍観者でもただの要因でもなく、一人の舞台上の演者として。
- 285 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/10/12(火) 00:48:26.28 ID:HJ4JyfE0
腕の中、泣きつかれたのかその子はただ眠る。
色々と考えた。俺はどうするのか、と。
答えはいくつかあった。
まずは何も考えず、この娘の手を取って逃げる。
生半可な覚悟じゃ、それは叶わないのはわかっている。
俺はここでは一人で生きることすらできない。
彼女が仮に俺に力を貸してくれたとして、ここを生き残ることのみなら可能かもしれない。
けれど、人並みの生活に戻るにはどれだけの時間と覚悟がいるだろう。
生きてこの場所から、街へと戻るだけできっと俺はたくさんの時間を費やす。
そして仮にそこまでたどり着けたとして、何の後ろ盾も持たない俺が今更どうやって彼女を護るというのか。
親に甘えて、家にすがりつくか? だったら最初から俺はこんな場所にいない。
この子の居場所を確保し、生きていかせてやりたい。それを叶えるための道のり。
考えただけで途方もないものだと、今の俺なら想像がつく。
そして、それだけではない。一番の問題は、そんな先には訪れない。
死神が。
委員長が、狙うべき対象。標的であるところの、一定の知性を持つ固体。
それはきっとこの子に当てはまるだろう。
それを俺が逃がす手引きをした、なんてバレればすぐにでも俺は消されるだろう。
抵抗するだけ無駄だとわかる。
腰に下げた銃が限りなくはっきりと伝える力量の差。
技術も、体力も、度胸も。何ひとつ彼女から逃れる術になりはしない。
- 286 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/10/12(火) 00:49:41.82 ID:HJ4JyfE0
では逆に、彼女にこの子を売ればどうなるだろう。
俺が見つけたと、彼女に売り込めば。
それはきっとこの場で俺が生き残る可能性をもっとも見出せる話。
恐らく彼女はその理由を問わないし、それが善とも悪とも言わずに淡々と仕事に移る。
そういう人物だと、これまでの時間が教えてくれた。
だが、本当にそれを許せるのだろうか。
答えは否だ。
俺に残ったプライドや、倫理観。それらが訴えかけるというものある。
そして爺との生活によって生まれた情もきっとどこかにあるだろう。
責任。後悔。負の感情も後押ししてるに違いない。
けど、本質はそこじゃない。
俺が俺として生きるために。
それらの要素の全てが、俺を構成しているから。
魂がそう決めたから、曲げられない。
安っぽい感情だといえるし、爺を見捨てたときの俺の保身を考えれば今更な話だ。
- 287 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/10/12(火) 00:50:33.42 ID:HJ4JyfE0
だったら俺に何ができる。
根源を辿れば、簡単なことだ。
俺は何も考えなかった。ただ流されるままだった。
だから何にも関われなかったし、関わったとして歯車でしかなかった。
なら、俺に出来る現実的な選択肢を考えるしかない。
委員長を巻き込み、生き残る可能性を作る。
けれどその中で彼女を生かす選択肢を作らなければならない。
きっとそんな全てがうまくいくような選択肢は簡単には作れない。
けれど、だからと諦めているのであれば俺はまた、後悔する。
『いきろ』
そう呪いと祈りの言葉を投げかけたあいつを思えば。
これくらいは、してのけないといけない。
夜の帳が少しずつ下りる中、俺は片方の手で腕の中の温もりを確かめる。
そして同時にもう片方の手は、腰にある冷たい金属の塊に触れるのだった。
- 288 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/10/12(火) 00:58:53.74 ID:HJ4JyfE0
「……説明をしてもらいましょうか」
彼女がそこに足を踏み入れた瞬間、予想外の光景がそこにはあった。
当然のように狩りの対象を仕留め、その足でベースへと戻った。
命が後ろにいないことは当然知っていたが、それを気に留める必要はない。
だから、彼がそこに戻れていたことは成長だと感じれたし、特段騒ぐことでもなかった。
けれどそこにいるのが一人ではなかったこと。そして明らかに人としての知性を残した獣がいたこと。
その二人が寄り添っていたこと。そして命の片手に銃を構えていたこと。
……“ここまでなら予想の範疇”だった。
彼の傍にこの雌がいたことはわかっていた。だから餌として残したし、助けもした。
あの賢しすぎる老獅子に比べればはるかに御しやすく、若い世代であること。
何より二世代以降の獣がこうして人としての知性を感じさせること自体、珍しいことだった。
だからこの雌が彼女の中で本来の標的であり、持ち帰るべきサンプルだった。
命に懐いたことは行幸だったし、本気で隠れられればまず見つからない。
人としての成長、知性の発達と動物の気配遮断と身体能力。
フルに生かされればこの場にあとどれだけの時間と人員を裂かねばならなかったか。
それを考えればこの展開は喜ばしいことである。
命の裏切りも十分にありえた。
これだけ利用することを全面に出しているのだ。
そして武器も与え、反撃しようとする思考回路と手段も植えつけた。
後は彼から雌を取り上げ、始末すれば今回の仕事は終わり。
“彼”の幻影を振り払い、過去を始末し、後戻りのできない闇へと堕ちる。
それだけが今回の目的だったはずなのに。
「よう、委員長。……取引、しないか」
鈍く光る銃を“雌のこめかみに押し当て”、命はそう問うてくる。
その目に、いつか感じた“彼”の気配をさせながら。
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