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意地悪なメイド4.5
- 221 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga]
投稿日:2011/03/28(月) 01:12:02.35 ID:FebxJN5e0
夢を見た。
獣の少女が、そっと命の頬を撫でる。
言葉はわからないけれど、ただその瞳が言っている。
――サヨナラ
ああ。行くのか。
漠然とそれだけを感じ、俺は手を伸ばす。
けれど虚空を握ったその手には何も残らない。
彼女は背を向け歩いていく。
それがたまらなく悲しくて――
粘着質な音を感じ、目覚める。そう遠くない場所だろう。
虚ろな意識は水面に近づくようにゆっくりと覚醒へと近づく。
泥のように重たい身体は久々の休息らしい休息を得たからだろうか。
薄い毛布を押しのけ、電灯に手を伸ばす。
「電気、誰か消したのか」
寝ている自分を気遣ってなのだろうか。
この施設はそこそこの規模であり、電気も通っていたのは覚えている。
しかし現在この部屋の明かりは自分の近くにあった電灯のものだけ。
それ以外が消されているのだから、きっとそういうことなのだろう。
「寝るか、もう一度」
まだ気だるい身体を再び横にし、そこで隣に気配がないことに気づく。
獣の少女は確かに自分の隣にいたはずで、今まで寝相が悪くどこかへ消えたということはない。
「まさか、嘘だろ!」
跳ね起き、すぐに部屋の出口へと向かう。
可能性として思い至ったのは自分だけが置いていかれたというもの。
彼女なら、委員長ならやりかねない。安全だと勝手に思い込んでしまっていた。
心の隙を利用してくる相手なのだから、十分にありうるだろう。
少女を連れ、怪我をした演技でこの場において重要なものだけを入手していく。
始末されなかったのは温情? それとも何か理由があってか。
とにかく全てにおいて心を許しすぎていた。まだここは敵地なのだ。
「くそ、冗談じゃねぇぞ」
廊下に出て異常事態であるとすぐに気づく。
来た時にはついていた明かりが全て落ちている。
ますますをもって彼女らが引き払った可能性が濃厚になる。
幸い、携帯できるサイズだった電灯を片手に彼は走る。
この施設の出口へ向かい一目散に走り、
「!?」
急な動きで彼はひとつの部屋に引き込まれる。
さながら、獲物を狩る食虫植物のように。
音ひとつ、光すらも廊下には残らなかった。
- 222 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/03/28(月) 01:13:46.19 ID:FebxJN5e0
「静かに。音を出さないで」
耳元で空気の振動のみで伝えられる。
音として最低限のものが捉えたのはそんな言葉。
電灯はいつの間にか光を落とされ、身体は自由を奪われている。
しかし、そこに痛みはなくこちらへの気遣いを感じ取り、抵抗はしない。
「いい子ね。暗さに目が慣れるまではじっとしていて」
その声の涼しさに声の主がすぐに思い至り、命は指示に従い力を抜く。
瞳を閉じ、闇を受け入れじっと。
数分近くそうしていたか。
ゆっくりと拘束していた何者かが離れる。
「無事だったようね。命」
こくり、と頷き振り返れば想像通りの顔。
委員長、と声には出さずに空気だけを吐く。
自分には彼女のような技術はない。音を出すなと言われたのだから。
「状況を簡単に説明するわ。見なさい」
そうして見せられるのは、
「……っ!?」
危うく出すところだった声と振動を彼女が抑える。
そこにあった……いや、“居た”のは先ほどの一団の一人。
いや、もう一人という数え方は違うだろ。
ひとつの無残な肉の塊がそこにあったのだから。
「あいつが、肉塊がね。どうやら出ているようなの」
あまり余裕のない彼女の呼吸に本調子でないことを悟る。
それでも気丈にこちらへと情報を伝えてくる。
「私が目覚めてすぐよ。入り口で銃撃の音がしたの。後は散々。私も逃げの一手でかくれんぼ状態」
要はあれに正面から踏み込まれて、応戦むなしくこの惨状ということなのだろうか。
だが、おかしい。あの境界らしきものは機能していたはず。というより、すぐに追ってこなかった。
なのに今にしてどうして。
「あの子猫がね。やってくれたみたい。貴方もあの子、見かけていないでしょ」
彼女はこちらの表情からある程度の意思を汲み取り説明をくれる。
だとすれば、この惨劇を呼び込んだのは……。
「……。今は生き残ることだけを考えなさい」
強く手を握られる。
決して強くはない。けれど強い意志は感じる。
だから、頷く。今を見ろ。そう伝える彼女の意思に。
「でも貴方が生きていたのは正直予想外だったわ」
こちらこそだ。というより置いていかれたと思っていた。とは勿論言えないが。
しかし彼女の物言いも気になる。
「私たちが襲撃を受けたのは二時間も前。その間にほぼこの施設内の人間は私以外ほぼ全滅」
ほぼ、というのは確認をしていないだけでというニュアンスだろうか。
自分が生きていたことが意外といわれる以上、実質的には全滅なのだろう。
「だからこうして手が増えたことは純粋にありがたいわ。命、頼りにさせてちょうだい」
初めて、個人として頼られる。
その事実が胸の中にストンと収まる。
それだけで、気力がわく。
「いい顔ね。素敵よ」
そうして微笑む彼女の口から次に俺へと伝えられた言葉は信じがたいものだった。
- 236 名前:【いいんちょがぱっくんちょ】 [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 00:57:20.82 ID:JCGThpTAO
委員長「知ってるわ。魔法少女側が惨い死に方をするんでしょう。私にその役目が回ってきたのね」
妹「……う、うん」
委員長「何か言いたそうね。いいのよ、言ってみなさい」
妹「お、お姉ちゃんはメインヒロインなんだからそんな役回りがくるかなぁって!」
委員長「一理あるわね」
妹「だからもしかしたら何かの手違……」
命「お前がヤられるタマかよ。逆だろ、ヤる側だろ」
委員長「……」
妹「ちょ、ばっ!? 違うからね? お姉ちゃんは全然そんな役目じゃないからね!」
命「第一魔法少女に選ばれるかっての。ターミネーターとかだろ」
妹「あわわわわ」
委員長「……。命」
命「何だよ」
委員長「精一杯強がって。可愛いわね」
命「ちげーよ、ばか!」
妹(あ、あれ? なんか思ってたのと違う展開? やった! 久しぶりに平穏にお題が終わ……)
?「あ、君。ボ(略)」
妹「あ? 何で私が……はっ!?」
ゴゴゴゴ
委員長「……」
妹「いや、あの、だからこれは」
委員長「早く契約しなさいな。私がお題通りに動いてあげるから」
妹「ひぃぃぃいい!?」
- 239 名前:NIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 01:11:04.61 ID:JCGThpTAO
委員長「……」
?「……」
委員長「……」
?「……許してください」
委員長「何故そんな反応なのかしら」
?「その、いやだから違うというか根本的にこちら側というか」
委員長「要領を得ないわね。席が空いていないなら無理矢理空けさせるけれど」
?「うん、だからその発想が既に適正から外れまくってるというか」
命「賞味期限切れか」
バスン!
命「っぶね?! 今の威嚇射撃ってレベルじゃねぇだろ!」
委員長「おかしいわね。確かに威嚇のつもりじゃなかったもの」
命「なっ……?!」
?(流れで助けちゃったけど……ああ、早く解放されないかな)
- 240 名前:NIPPERがお送りします [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 01:14:49.88 ID:7xXlArSBo
ちなみにいいんちょの変身した奴は「シャルロッテ」って言うそうです
初期形態は可愛らしいけど一皮向けばぱっくんちょって辺りがいかにもいいんちょさんpp
- 241 名前:NIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 01:40:01.88 ID:JCGThpTAO
委員長「どういう意味か説明してもらおうかしら」
妹「凶器片手はよくないよ! お姉ちゃん、ヒロインヒロイン!」
命「ヒロインじゃなくて中ボスだろ」
委員長「……」
妹「ひぃぃぃいい?! わ、私は関係ないよ!?」
命「魔法少女にでも助けを求めてみるか?」
妹「あんたが原因なんだから頭下げてお姉ちゃんに助けを求めなさいよ!?」
魔法少女って難しいね! テヘペロ☆
- 242 名前:NIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 20:25:33.62 ID:C4rYbzFIo
委員長は魔法少女じゃなく魔女(妖艶さ的な意味で)だよな
エロくて命を奪われかねないって面ではサキュバス的でもあるか・・・
- 243 名前:NIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage] 投稿日:2011/03/31(木) 23:59:42.28 ID:JCGThpTAO
命「もっと端的に言えば死神とかがお似合いだな」
委員長「あら。あなたにしてはセンスのある例えね」
妹「なんで肯定的なのお姉ちゃん!?」
命「艶っぽいのは認めるけど精気を吸うってよりは命を狩りにきてるからだろ」
委員長「だいたい正解ね」
妹「全然違うよ! お姉ちゃんはそんなんじゃないんだから! あんた勝手な事ばっか言ってるとぶっ飛ばすわよ!」
命「別に勝手な事だけ言ってるつもりはないけどな」
委員長「ありがとう、妹」
妹「お姉ちゃん……何でそんな寂しそうな顔すんのよ」
委員長「ありがとう……」
命「……。ほら、似合わねぇことしてないでさっさとガヤガヤやろうぜ」
委員長「不器用ね」
命「あ?」
妹「やーいやーい、ぶぁーか!」
命「このガキんちょ……犯すぞ」
委員長「あなたが言うと本気にしか聞こえないわね」
命「あ? マジに決まってんだろ」
妹「へ、変態だー! ロリコンだー!」
命「関係あるか。抱ける相手なら誰であろうが抱く。そんだけだ」
委員長「言い切ってる台詞の意味が悲しいまでに浅いわね」
妹「しねばいいのに」
命「けっ」
- 245 名前:NIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage] 投稿日:2011/04/01(金) 00:48:12.97 ID:/0KanfhUo
命が居る時代なら妹もそれなりの歳のはずだろww
- 247 名前:NIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage] 投稿日:2011/04/01(金) 01:13:08.85 ID:NP+SPB8AO
妹「う……」
命「確かにそうだな。年齢的にゃ三十路あたりだろ」
妹「だからそれはほら、楽屋会話だから許されるんだって! 深くつっこまない!」
命「でも楽屋会話的なノリだとよく出るけどガチっぽい時は未だに出会ってないよな。何でだ?」
妹「し、知らないわよ。どうでもいいでしょ!」
命「なんか腑に落ちねぇんだよな……」
委員長「その内話が進めば分かるわよ。進まないかもしれないけれど」
妹「あーぅー。進まないでいいような!」
命「進め進め。今のしんけくさい状態をさっさと終わらせようぜ」
委員長「……そうね」
妹「……」
命「なんだこの空気」
- 248 名前:NIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage] 投稿日:2011/04/01(金) 01:29:43.64 ID:NP+SPB8AO
命「そんな話題より何か面白いことねぇのかよ」
委員長「そうね。だったら命にプレゼントでもあげようかしら」
命「お? なんだ、俺は恨みも痴情のもつれも遠慮なくいただくぞ」
妹「遠慮しろよ、それは……ってお姉ちゃん!?」
委員長「じっとしてなさいね」スッ
命「ん」
妹「はわわわわ、ち、近い近い近い! 何抱き合ってるの! こらー、お姉ちゃんから離れなさいよー!!」
委員長「出来たわ。似合うじゃない」
命「……お前、首輪って」
委員長「可愛いわよ。私だけの奴隷の印」
妹「な、なんだビックリした……そうよね、お姉ちゃんがこんな奴とどうこうなんて……」
委員長「おいで。じっとしていた御褒美をあげるわ」
命「ん」
妹「ぎゃぁぁぁあああ! いやぁぁぁあああ! 何キスしてんのよ二人とも! バカバカバカバカ!?」
委員長「あら。ペットを可愛がってるだけじゃない」
命「誰がペットか。それよりお前、妬いてんのか?」
妹「あ、当たり前でしょ。お姉ちゃんにそんなことして!」
命「悪かったよ。お前にもしてやるから」
妹「ぎゃぁぁぁあああ! くんな、くんなバカー!」
妹「はぁ、はぁ。貞操は守り抜いた」
命「シャイすぎだろ」
妹「これがシャイなもんかアホー!? 見てくれいいからって調子のんな!」
委員長「器量がいいのわ充分得意になるべき点ではあるけれどね」
命「だってよ」
妹「む、ぐ」
妹(確かにすごい、というかめちゃくちゃいい男だけど……うぅぅ。ヤバい、かっこいい)
妹「って私は何を血迷ってんだぁぁぁあああ!」
命「お前の妹、ヤバくないか」
委員長「可愛いでしょ」
命「さいですか」
- 313 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/04/13(水) 23:57:08.68 ID:WiZ1iYyw0
「正面からあれと対峙しなさい。その後は逃げればいいわ」
指示というより今できる自殺方法を紹介されただけのような言葉。
言うまでもなくあれとは肉塊となって襲ってきた獣のことだろう。
「大丈夫よ。無駄死にはしないわ。勿論、うまくいけば二人とも生きてここを出られる」
無駄死にはしないだけで失敗すれば命はないということか。
だとしてもそれ以外に方法がないと暗に告げられており、命にとって選択肢などない。
もとより、彼に出来るのは無様に逃げ惑うか、無謀と知りつつ正面から突破するしかない。
だとすれば取るべき選択肢は誰かの思惑の中でいい。生き残る可能性があるほうだ。
だから頷いた。
今更だがこの建物について簡単に説明するなら、大きな倉庫を想像してもらうのが手っ取り早い。
入り口から大きく開けた空間があり、左右に2階への階段がある。
左右からぐるりと中央にあいた空間を囲うように廊下があり、両側に部屋がある。
なので1階中央から見上げた天井は歪だがぽっかりと四角い空間があることになる。
その1階、中央の空間にそいつはいた。
散らかっているのは銃器と衣服。それ以外の赤色もところどころに見えるか。
けれどそんな中、一つの山がそこにあり、それはゆっくりとうごめいていた。
「よぉ」
粘着質な水音をさせながら声に反応した山がこちらを見る。
その顔と思わしき場所には獣ですらない何かがある。
少し前に出会った時には形状として生き物と判別できるレベルだったものがいまや完全に何か別種の存在としか認識できない。
それでも、そいつが生き物なのだと。そして食事の最中であったことが、口と思わしき場所から覗く腕のような何かではっきりとわかる。
「大きくても2mもないって言ってたよな」
ここまでくると笑うしかない、とばかりに苦笑を見せる命。その眼前に盛り上がった山はゆっくりと膨らむ。
いや、それはきっと立ち上がったということなのだろう。けれどもはや膨らんだとしか思えぬような大きさと様相でそれは彼を見下してくる。
「なぁ、とりあえずよ。一つだけ教えてくれないか」
ともすれば震えそうな体を抑え、まっすぐに見つめる。
そこにどうしても聞かなければいけないことがあったのだから。
「あいつは……あの娘はどうした」
護ると決めた存在が、今彼の隣にいない。
自身を縛る罪であり、生きるための導。失われ、守れなかった何かの代替品。
恐らくこの参上を引き起こした原因であろうことはわかっている。
だから、きっとそうなのだろう。
心の乾いた部分で理解しながらも、それでも命は問いかける。
「あいつはちゃんと棲家か、森のどこかに帰れたんだよな。そうなんだろ?」
人語を解するとも、発するとも思えない。
けれど、それでも言葉をかける。覚悟を決める答えがほしくて。
- 314 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/04/13(水) 23:57:40.41 ID:WiZ1iYyw0
ずるり、と振り返った肉の山から何かが生え出る。
それは禿山に寂しく立つ一本の樹枝のようで、
「……」
血肉を纏った少女の姿に見えた。
猛烈な吐き気と、抑えきれない情動。怒りや悲しみ、その他の感情が胸の中で暴れ狂う。
わかっていたと言い聞かせる内なる自分も、きっと言葉に出た微かな希望にすがっていたのだろう。
本心は隠せぬまま、震えとなり、言葉も出ず。立ちすくむ。
けれど、
「そっか。お前はそこを選んだんだな。……お前の望みで、そうしてるんだ。なら、いいんだよな」
それでも生きようとする。
導を失い、築いたものが一瞬で瓦解したその瞬間も、彼は生きることをやめなかった。
彼は、それほどに強くもなければ、潔くもなかった。
(あれだけ護るとか、生きる目的だなんて思いながら、今は逃げ延びることだけを考えてる、か。……情けねぇ。……けど)
あの洞窟の生活で見た仮初の日常が崩れ往く時も。
いきたいと、助けを請うての世話役を裏切った時も。
その償いとして獣の娘を生かそうと決めた時も。
天敵と呼べる存在にまでなった女に命を賭けて対峙した時も。
結局は、彼は生きることを選び、一度たりとも死を受け入れたことなどなかった。
表面上、どれほど取り繕おうとも、どれほど偽善に酔っていても。
その演技(いきかた)は、それだけの事を成していただけ。
きっとどの瞬間も、命が消えるなど思いもしなかった。
必ず助かるとどこかで信じていた。
だから今だって、そうなのだ。
「悪い。……ずっと一緒とか言ったかもしれないけどさ。それ、嘘だ」
悲しいとか、つらいとか、悔しいとか。そういった感情は全て胸のそこに沈め、彼は一歩を踏み出す。
静かに、けれど確実。
その一歩は後ろへと後ずさるために踏み出され、距離を作る。
「ギ……グ、……」
その動きに今まで静止を続けていた肉塊が始めて反応を見せる。
ずるずるとあたりの肉片を体中から伸びた枝のような細い手のようなものを使い引き寄せつつ、更に巨体になっていく。
ごりごりと何かを押しつぶすような音をさせながら、その塊はゆっくりと高さを増していく。
そしてその頂にて小さく鳴いた少女の形をした何かが、視界に命を捉える。
「ア、ぁ……」
回収を終えたのか、手持ち不沙汰になった腕の数々がいっせいに向きを揃える。
無論、その先に在るものは未だ生きた人間の体。
「ばいばい」
その間もじりじりと後退を続けていた命は、その一言と共に初めて背中を見せて走り出す。
追うように動き出した肉塊の山は、数本の腕を百足の足を思わせるように動かしながらその背中を目指す。
その中心に少女の無垢な顔を貼り付けたまま。
- 315 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/04/13(水) 23:58:29.45 ID:WiZ1iYyw0
直線では一瞬で距離を詰められる。
外に出たところでその差も広がらない。
そう感じさせる後ろから風圧や音の具合で、彼は建物の入り口付近の階段を駆け上がる。
何より、彼女はそう指示した。
『まず走れるだけ走って二階へ。右からよ。そうしたら後はなるべくよく見て走りなさい』
その言葉に従い、息を切らさず上りきった先。
細い通路をひたすらに突っ切る。
途中、何かきらりと光る線を見て、そちらを避けて通る。
振り返る余裕もなく、気のせいかと思った次の瞬間、
「ギ、ガ……オォォ……!!」
獣の咆哮が背後より轟く。
一瞬の意識をそちらに向ければ大きく裂かれた肉の断面が見える。
「糸……?」
その中心、裂け目のもとに血塗れた糸のようなものが見える。
「なるほど。えげつねぇ」
目の前に迫る次の糸をわずかに避けつつ、彼は突き進む。
第一の曲がり角が見えた。
建物全体を揺るがす咆哮が響く中、一人の女は満足そうに笑みを作る。
「いいわよ、命。私のために生きなさい。貴方は私のものなんだから」
手の中に硬質の何かを遊ばせながら、彼女は暗闇で一人笑う。
第二の角を曲がり、二階における最後の直線が見える。
背後では縦、横、斜めと様々な角度に切り裂かれた肉塊がそれでもこちらを追う。
もともと肥大した体はこの廊下を埋め尽くすようにして走っている。
ならば避けられる要素などなく、必然的にその身を削っての行進となる。
確かに有効打に見える。けれど。
(本当にこんな程度でとまるのかよ)
勢い事態は度々削がれながらも決して弱っているようには見えない。
それどころか痛みに怒りを燃やし、その速度は上がっているようにしか見えない。
捕まれば容赦なくあの肉塊の一部として食われ、砕き、貪られるであろう様を一瞬思い浮かべ、すぐに否定する。
(生きる。絶対に、生きてやる)
その為の手段として、彼は走る。
『最後の角を曲がって、まだ生きていたならそのまま左手にあるダストシュートを使いなさい。それがあなたのゴール』
その言葉を今は信じ、目前に迫ったゴールを目指して。
- 316 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/04/13(水) 23:59:56.65 ID:WiZ1iYyw0
「あった!」
ここまで全力疾走を続けてきてなお、言葉が出る。
無機質な取っ手は、建物の外に付けられたもの。他が一様に中央側についている中で唯一のもの。
これがダストシュートだと瞬間的に決め、彼はその取っ手を引く。
開いた口はお世辞にも余裕があるとは思えなかったが、かまわない。
鼻をつく臭いに耐え、彼はその口へと身を躍らせる。
が、その勢いはすぐにとまる。
「……あ?」
壁が。いや、詰まった生ごみが出口を高い場所まで塞いでおり、その体は外へ放り出されることを許さない。
「おいおいおいおい、ふざけんなよ。おい!!」
ガンガンと鳴り響く頭上の音は、やがて止み、光がさす。
狭い口から進入するのは最低限の機能を備えた獣の姿。
少女を象りながら、その全身から鋭い牙を生やした口が覗く。
もはや少女と区別のつくのはその無垢な顔と体のラインくらいなものだ。
行き場のないこの場所に侵入するのはその肩までだが、死を与えるには十分なもの。
「……死ねるかよ。死んで、たまるかよ」
呟きは胸の中の凶器を彼の手に携えさせる。
決して引くつもりのなかった引き金を、彼はその人形に向けて、
引いた。
――カチリ
今度こそ、言葉が出ない。
そんなはずはと、再び引いた引き金は空しく音を鳴らすだけ。
弾が、ない。
そんなはずは、と思い返せば自分のこれから弾をぬく機会などいくらでもあったろう。
あの女か、その周りの人間かはわからない。
ただ言えることは、今彼に出来る抵抗策が全て費えたということ。
「は、はは……屑は屑置き場で、か。洒落になってねぇよ」
もはや鼻先数センチまで迫った死の恐怖。
その存在に、けれど最後まで目を閉じず、相対した命は、
「―――ァァァアアアア!!」
劈くような悲鳴をあげる目の前の少女を見ることになる。
ぐじゅり、と少女の頭が彼の胸へと落ちる。
その鋭利な断面はまるで刃物で落としたよう。
と、次の瞬間背後でガゴンと何かが音を立て、気配がなくなる。
つっかえとなっていたゴミが一気に下へと落ちたのだ。
そのまま吐き出されるように彼と少女の頭部だけがその場所から出て行く。
そして、残った獣と共に、建物が炎上した。
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