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意地悪なメイド4
- 760 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga]
投稿日:2011/08/08(月) 00:53:57.78 ID:a2KaoYhI0
第33話 「決意/陽」
向かった先。木の根元に腰掛、先ほどより顔色の良くなった殿下がおられる。
近くへといわれたはいいが、基本的に作法なんて知らないわけで。
しどろもどろしている俺に、殿下は優しく微笑みかける。
「どうしました。楽になさい。また、このままで話す無礼を許してもらいます。身を起こすと少々辛い故」
「えっと、失礼します。あと、こっちのほうが非礼ばっかりだと思うんで気にしないでください」
「ふふ……本当にあなたは面白い男ですね」
「スミマセン」
もはや取り繕えるレベルではないくらい失礼ぶっこいてるだろうことは明らかだがどうしようもない。
「それで、殿下。自分をお呼びになられたのは?」
「貴方と作戦の前に少しお話がしたかったのです」
「は、自分でよろしければ」
先ほどまでのように顔見知りのところへ顔を出せばお互い気が休まらずに終わってしまうだろう。
この方のように俺とのしがらみがない人と話ができるなら、それは僥倖だ。
殿下との話は、俺の身を案じてもらうことに始り、此度の戦火を自身の非力さを悔いるところから始まる。
俺達訓練兵、米軍、そして自らの臣たちが血を流すことになる今を。
そして俺の操縦技術についても賞賛いただくことになる。
とはいえ、俺のは半分ズルみたいなもので、申し訳なく感じるというか、何というか。
しかも強化服については訓練兵の白が切れていたせいで正規軍のものを使うことになっているのが余計紛らわしいし。
基地内では正規兵が訓練過程に落とされてるみたいだとか色々からかわれたりしたっけ。
「されど、戦術機機動に於ける突出した発想と柔軟性……国連軍正規兵とて、あなたに比肩するものは稀でしょう」
「ほ、ほめすぎですよ、殿下」
「長どのがあなたの機体を推した由、得心しました」
「ありがとうございます」
「例を言わねばならぬのは私です。あなたに心よりの感謝を」
「当然のことですから」
むぅ。それにしてもこの人にそう言ってもらえる栄誉ってのは、何というか身に余る感じがしてしまう。
あと、長さんってのは確か、最初に出会ったときにいたあのちんまい人か。
今にして思えば何者だったんだろうか、あの人。えらくちっさい割に偉そうだったというか、殿下も敬意を持ってたみたいだし。
「……当然、ですか。あなたは本当にそう思われますか?」
「え?」
殿下は言う。此度の戦火によって失われた物資、時間、そして将兵の命。
どれひとつをとって、本来BETAとの戦いに用いられるものだと。
それは俺が考えていたこと。だとしたら、この人もそう考えているっていうことなのか? 日本のトップが。
- 761 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/08(月) 00:54:39.74 ID:a2KaoYhI0
「私は先ほどから考えていることがあります。何ゆえ、あなたがトリアゾラムの投与をためらったのか」
「……!」
まさか、殿下からその話を振ってくるなんて思いもしなかった。しかも今、俺が一番悩んでいることを。
俺の中にある迷いのその核心。やっと明確になった俺のもやもやのひとつだ。
あの時、殿下は朦朧としながらも少佐と侍従長さんのやり取りを聞いていた。
だから殿下は俺に投与を命じた。なのに俺は従えなかった。それが一番、作戦を達成し、この戦いを収束させる方法だと知りながら。
少佐の言葉に理を感じ、侍従長さんの言葉には感情的だと思っていた。名誉や筋といったプライオリティの高い、柔軟性に欠けた考え方。
それでも、その言葉をどこか正しいと思っていた。彼女の立場も、心情も、わかる部分があった。
双方正しいと感じていたのに、俺は結果として侍従長さんに従ったのだ。
どちらが正しいとか思っての行動ではなくとも、結果的にはそうなる。
米軍のやり方が気に食わないからか? 決起軍の行動に心情的に同調しているからか?
……わからない。考えても、考えても答えが出る気配はない。
あの時の行動に対して応えられているのなら、俺はとっくに楽になっている。
だから進むって決めたんだ。がむしゃらでも、前に進むしかできないんだから……!
頼むから、まぜっかえさないでくれ!
「……ッ……」
「無理に答えずともよいのですよ」
「……え」
「男。あなたはその優れた素質ゆえに、いつか人の上にたつこともあるでしょう」
俺が、人の上に?
「人の上にたつということは、多くの責任を背負い、多くの決断を下さねばならぬということです」
「……」
「国家や組織はその拠って立つ処が違えば、各々に理想や信念が異なるもの」
拠って立つ……処。
「それは人も同じです。何かを成そうとすれば、必ずそれを良しとする者と、悪しとする者がいるでしょう」
「されど、それぞれの立場にたって、ものを見ることが出来れば、各々が拠り所とする正しさも見えてきましょう」
「そして……悲しいことですが、それら全ての者達の望みを満たす道が、常にあなたの前にあるとは限りません」
「その時、あなたは何に拠って決断し、どの様な道を彼の者達に指し示すのか……」
それは……きっと、信念や不動の立脚点だ。そんなことは、わかってるよ……。
「その時、あなたに迷いがあったなら、原点に顧みること……立ち止まる勇気を持つのです」
原点ならある! 人類を救うっていう信念が、決意があったんだ!
それ以上の価値がないって、思っているのに……俺は揺らいでるんだ。
「そして、自らの手を汚すことを、厭うてはならないのです」
自らの手を、汚す?
「道を指し示そうとするものは、背負うべき責務の重さから目を背けてはいけないのです」
「私はあの時、流れに身をゆだねたわけでも、己が死を以て責任を果たそうとしたわけではありません」
「私が信ずる『正しさ』に従い、トリアゾラムの投与が最良と判断したのです」
「………」
それは……俺が、殿下に投与できなかったことが、自分の手を汚すことを怖がってたからだって言いたいのか。
天元山のことを切り捨てられた俺が、信念を持って行った俺が、今回は目の届く範囲だからと、怖がってたってことなのか。
「私の話はそれだけです。休息中に大儀でした……下がるがよい」
ああ、確かに俺は怖がってた。恐れてたよ。生身の人間を相手に、相手を殺す可能性がある選択ができなかったってことだろ。
立脚点や信念なんてご立派なもののでいにして、天元山のひとたつを見捨てた、俺が!
経験や知識の多さじゃない。それがあっても、結局自ら手を下すことにおびえていたら、責任も負えない。
結局、何も決断できやしないんだ。
- 762 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/08(月) 00:55:18.86 ID:a2KaoYhI0
「男? もう下がってよいのですよ?」
その場から動こうとしない俺に、殿下が声をかけてくれる。
けど、ここから離れたくない。いや、殿下に話を聞いてみたい。
俺は人の上に立ってる訳じゃない。けど、人類の未来という途方もないものを左右してしまう立場に立たされている。
国という大きなものを背負っている殿下であれば、話すことで何かをつかめるんじゃないか。そう思うのだ。
でも……こんな話、殿下にするべきじゃ……ないよな。
「何か話したいことがあるのではありませんか?」
「……いえ、何でもありません。持ち場に、戻ります」
「偽るではありません。あなた、私を侮っていますね?」
「あ、侮るだなんて、そんな」
「そのような険しい顔をして、何もないと申すのですか」
「しかし……」
「今更、何を遠慮しているのです?」
小さなため息と共に、殿下が柔らかく問いかけ直してくれる。
「あなたのような態度で私に接した者は、これまでひとりとしていませんでした」
「す、スミマセン」
そりゃそうだろうな。うわ、どうしよう。やっぱ怒られてるのか、これ。
「良いのです。私はその気安さが逆に心地よいのです。それはきっと、あの人も感じていたことでしょう」
いいんちょのことだろう。でも、それはあいつが元の世界では俺の友人でしかなく、普通だからだ。
目の前のこの方が元の世界でどうあれ、俺にしてみれば当たり前の接し方でしかないからな。……だから不安になるというか。
「ですから……そうですね。ささやかですが世話への返しとして受け取っていただけませんか」
将軍に恐れ多い、なんて考え方、『この世界』に染まってきてるのかな。
だとしても、スケールの大きなものを背負ってる人と話す機会は今後もうないかもしれない。ここで、話しておかなきゃ後悔するだろう。
きっとすれ違いの議論や頭ごなしの決め付けなしに、不毛な言い争いになったりしないで話ができそうな気がする。
「私では力不足でありましょうか?」
「……では、お言葉に甘えて」
数瞬の迷いを経て、俺はこの人に自分の悩みを切り出す。
自分が日本人としての愛国心が足りないと思っていること、みんなのような信念や立脚点がもてないこと。
クーデター軍の考えや心は分かるが、納得できないこと。自分にとっては人類がBETAに勝つことが最優先であること。
俺の抱える全てをぶちまけられればと思うが、全てを抑えて出来る限りを吐き出していく。
どうして国や人のしがらみは続くのか、目の前の危機を団結して乗り越えられないのか。
みんなわかってるはずの、子供でもわかるそんなことが、どうして蔑ろにされるのか。
それらを多少感情的になってしまいながらも、俺は言葉にしていく。どうしてこう、人に伝えるというのは難しいのだろうか。
殿下も身体の調子がまだ良くないだろうに、黙って俺の愚痴みたいな話を聞いてくれる。
申し訳ないと思う反面、こうして全部吐き出していくと楽になっていくのを感じる。こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
ずっと一人で、抱えてきた心のうちだから。
「ひとつ、聞きますが」
「あ、はい」
「あなたは何ゆえ、愛国心が足りないと思うのでしょう」
「知ってるかもしれませんが……俺の部隊は、全員立場が普通じゃありません」
ある程度、侍従長さんから情報が入ってるとは思うが、改めて話しておこうと思う。
彼女達が、俺の仲間にはそれぞれ深い因縁を持っているってことを。
あいつらから感じる日本という国や、日本人に対する想いの強さは計り知れない。
特に委員長とは何度も口論になるくらい、その考えを聞かされてる。
俺の言葉は米軍寄りだと、侍従長さんから非難されたこともあるくらいだ。
今回の件だって一歩引いた考えになってしまうの。何故そうなるんだろう、と考えをめぐらせていった結果の答え。
俺がこの世界の住人じゃないからだと考えに行き着いたんだ。
- 763 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/08(月) 00:56:29.06 ID:a2KaoYhI0
「その違いが、愛国心だとあなたは思うのですね?」
信念や立脚点でも何でもいい。俺の辿った経緯を話すことができない以上、この言葉が最適だろう。
俺の仲間達がもつ、日本という国との深い因縁も、その強さに関係があると思っている。
「因縁、ですか。先程も聞きましたが、あなたの部隊にはどのような者が?」
あれ? 知らないのか?
委員長の護衛についてるって話だったから、ある程度身辺情報が入ってるもんだとばかり……。
いや待てよ。よくよく考えてみれば委員長の立場なんてあってないようなもの。
それをわざわざ殿下に入れることなど本来はないのかもしれない。なるほど、そういえば俺についてもあまり知らなかった素振りだった。
出自やら何やら、もっとも不可思議であり、危険とすら判断されかねない俺に対してこうして接してくれていることを考えれば分かる。
「ええと……いいんちょについては説明するまでもありませんが……」
その肉親であり、今回の件で親族を失ったであろうある妹ちゃん。女さんの親父さんが事務次官であること。
友に至っては元陸軍中将の血縁者であり、父親が帝国軍の情報課だ。
「……まさに此度の件にただならぬ因縁を持つものばかり……」
端的な説明だけでほとんど理解したのだろう。
瞑目し、それぞれの人物について思うところがあるのか、じっくりと反芻しているようだった。
「今のこの状況下で、それぞれがそういう因縁を持っているせいか、お互いとてもやりづらそうで」
「それは……無理からぬ事でしょう」
「それでも部隊が正常に機能しているのは、軍隊の規律とかじゃなくてそれぞれが持つ『愛国心』みたいなものが強いからじゃないか、って思ってます」
「そうでしたか……」
やっぱり、今の状態の殿下にこれ以上心労をかけるのは良くなかっただろうか。
そんな不安がよぎり始めたとき、殿下から俺にひとつの命が下される。
「男……あなたに頼みがあります」
「はっ」
「皆をここへ集めてください」
「全員、ですか?」
「はい。国連軍、米軍、近衛軍。全ての者を、です」
全員を集めて何をするっていうんだ……。
「あの、殿下。いくら休戦中でも全員を集めるのは……そもそも訓練兵の俺にそんな権限――」
「米軍の指揮官に私の命令だとお伝えなさい。よいですね?」
「あ、はい。……伝えるには、伝えますが」
「時間がありません。急ぎなさい」
「わ、わかりました。失礼します!」
その確固たる意思は口調にも現れており、その力強さはさすが将軍だと感じる。
目的はわからないまでも、今は従うほかない。
俺は急いでこの命令を少佐どのにお伝えするのだった。
―― to be continued...
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