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意地悪なメイド4
- 130 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga]
投稿日:2010/08/31(火) 01:16:18.92 ID:NTMtF7w0
そこは少し大きめの洞窟みたいな場所だった。よくわからないが岩壁の隙間に時々発光してる苔みたいなものがある。
そのおかげでそこを歩き回ること自体は不自由しなかった。
「ただなぁ……」
恐らく住居部分となっている場所には容易に近づけなかった。
洞窟は大きな一本の道がどこまでかはわからないけど続いていて、その横道に入る部分が個人の住居になっているようだった。
けれど、そのどこからも視線を感じるし生臭く嫌な湿気が漂っている。
恐らくそこに無理矢理向かえば入れなくはないだろうが、肌にピリピリと感じるの視線がそれを拒んでいるのが分かる。
怖い、と素直に思う。
(こりゃ、思ったより大仕事かもしれないな)
何せ抱くとすれば野性の女で、獣だ。
体臭を始めとする匂いの問題にはじまりコミュニケーション方法、更に攻撃をどうやりすごすか。
考え始めればキリはないが、ヤると決めた以上、退く気はなかった。
「っと、ここがいきどまりか」
どんどんと進んだ先は、今まで以上にぽっかりと開けた広間のような空間。
ただ問題があるとすれば轟々と足元を流れる川だろう。こんなところに飲み込まれれば恐らく生きて這い上がるのは不可能だ。
「……さって、それじゃあ引き返すか」
何となく自分の家、もとい爺の住処へ向かって歩いてみるが合ってるかは正直不安だ。
間違えて他人の家に入り込んでジ・エンドなんてのはごめんこうむりたい。
自身のそんな結末を一瞬でも想像しネガティブになりかけているところに、ふと周りと違う視線を感じる。
「ん? どうした?」
見ればここにくるきっかけとなった少女だ。
フードを目深に被ったままなのは相変わらずだが、こうしてゆっくり見るとやはり可愛い。
というより艶かしい。身体のラインが。うん、間違いなくCはあるな。
「ちょうどよかった。悪いけど爺のとこへ案内してくれるか? 帰り道あってるかわかんなくてさ」
気さくに声をあげながらも近づかない。
ここまでで学んだが、彼女は俺を警戒しているが興味も持ってくれてる。
それならば無理に近づくことはないのだろう。
こっちへ歩み寄ってくれるのを待つばかりだ。
「……」
お互い沈黙の時間が続き、やがて動きが生じる。
ヒタリ、と彼女がこちらに一歩近づいたのだ。
- 131 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/08/31(火) 01:22:37.85 ID:NTMtF7w0
(お、ここにきて初めての好感触か)
となれば焦る必要はない。ここは素直に彼女の動きを待とう。
そう決めれば後はただ見つめるのみ。
自分に敵意がないことを最大限に思いながら、出方を伺う。
一歩、また一歩と近づいてくる少女。
フードがついたその服はぼろぼろで、一張羅なのか色もくすんでいる。
元は黄色だったろうに泥と汗と……恐らく血液でそれは黒に近い橙色になっていた。
少しずつ獣のような、人間の汗臭さのような独特の匂いがしてくる。
けれど、他の連中……まぁ会った訳じゃないがそいつらみたいに臭いと断じるほどじゃない。
そういえば爺がこいつには水浴びをさせてるとか言ってたっけ。
だったらやっぱり最初に抱くならこいつだよな、とそんな考えに至る。
と、そこまで順調だった足取りがピタっと止まる。
「あ、違う、違うぞ。これはその、なんだ。今すぐどうこうするつもりじゃないから、気にするな!」
言い訳を始めるが時既に遅し。
脱兎のごとく地上への道に繋がるほうへ駆けていく少女。
「あー……失敗したなぁ、くそ」
ボリボリと頭をかきながら今後はプラトニックにいくか、と呟く命。
どかり、とその場に座り込み天井を見上げれば思いのほか高い。
こんな景色、あそこに居た頃には見なかったなと、そんな考えをするうちにうつらうつらと眠気が襲う。
どうやら思った以上にここまでの行程が身体に疲れを与えていたらしい。
「このまま食われないだろうな」
冗談にしては笑えない台詞をつぶやき、彼の意識はゆっくりと眠りの中に沈んでいった。
- 132 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/08/31(火) 01:28:00.37 ID:NTMtF7w0
ここしばらく、夢を見ていた気がする。
それはただひたすら森を眺めるだけというもの。
日によって場所こそ違うが、ただ目の前を眺めるという夢。
そして今日も気が付けばそこは森だった。
今日もまた眺めている。今回の視線の先は……眼下の洞窟。
入り口なのだろう、ぽっかりと開いているがよくよく確認しなければわからない。
巧妙にカモフラージュされたそれは天然の隠れ家なのだろう。
それをただ見据えている。
自分の身体のはずなのに、しかし動かそうにも意識が追いつかない。
まるで脊髄が抜かれているような。頭の中だけに電気信号が飛ぶ感覚。
不思議とそれが当たり前にも感じ、ならばいいか、とただそこを眺めるのみ。
と、そんな視界の端に映るのはフードを目深に被った人影。
人とは思えない速度で森の中へと消えて往き、やがて静寂だけが戻る。
(……あれ。今のって)
何か頭の隅に引っかかるものを残して、再び彼の意識は深く沈んでいった。
- 133 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/08/31(火) 01:36:27.55 ID:NTMtF7w0
「起きたか?」
そんな声に隣を見れば爺の姿。
「ああ、起きた。けど最悪の寝覚めだ」
「そうかそうか。そりゃ何よりじゃ」
最近、爺もこういう冗談を言うようになった。腹の立つことに。
見回せばそこはいつもの塒(ねぐら)。
「くそ、爺に運ばれるなんざ、俺も落ちたもんだ」
「ほっほ、あのまま放置してれば食われても文句いえなんだからな」
「マジかよ」
冗談が冗談でなかったことを知って喜べばいいのか恐れるべきか。
どちらにせよ、命の恩人に礼を言わないわけにはいかない。爺だけど。老いぼれ相手だけど。
「すまん、助かった」
「ふむ。珍しく殊勝じゃの。では言いたくなかったがええことを教えてやる」
「なんだ?」
「お前さんを運んだのはあの娘じゃよ。この集落から飛び出したかと思ったら何故か多くの食料を持ってきての」
は? あの娘が? 俺を?
「それをここに置いていくや、急にまたここを飛び出してな。すぐに帰ったと思えばお前さんを担いでおったよ。見てみぃ」
ふと隣を見れば木の実や山菜、なのだろうか。あとは虫が何匹かと野鼠が置いてある。
「あの娘からの贈り物じゃ。どうする? 調理するならワシがやらんでもないが」
「……。くそ爺。お前に礼を言わされた側からすれば当然の要求だが、これを頼む」
「全く、口が悪いのだけは何とかならんか」
ため息をつきながらも爺はそれらを持ってどこかへ向かおうとする。
何となく、あの娘とはうまくいっていないように思っていたが、案外悪くないんじゃないかと思えてくる。
なんのかんので爺にも世話になってることだ。ここは一つ、致し方ないが改めて礼くらい口に出して言ってやるか。
「なぁ、爺」
そう、背中に声をかけた瞬間。洞窟全体に響き渡るように銃声が鳴った。
- 134 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/08/31(火) 20:49:08.05 ID:wi1wd.wo
dokidoki
- 137 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/01(水) 01:16:50.74 ID:f2cBRrI0
緊張に強張る身体。十分に非日常的な現状。それすらも凌駕する非日常の音。
銃声なんて映画くらいでしか聞いたことのない効果音じみたそれは、しかし実際にこの場まで届いている。
「お、おい。……これって」
慌てて爺に視線を送れば、思わず後ずさるほどの殺気。
それほどまでに獣じみた気配が、あの好々爺から発せられている。
その事実が物語るのは、
「俺のせい、なのか?」
問えば返るはずもない。もしそうなのだとしても、そうでないとしても。
恐らく目の前の獣がその気になれば俺なんてひ弱な生き物は一瞬にして息の根を止められるだろう。
「……違うんじゃろ」
それでも。のどの奥から搾り出すような声は、俺を庇ってくれる。
「違う、けど。何か思い当たるんだろ! 言えよ、俺が悪いって!」
「身に覚えのない罪まで裁こうとは思わんよ。……なぁ、命よ」
老いた獅子は寂しそうに背中を向ける。
「わしらは、もう終わりなのじゃろう。だから、せめてもの頼みを聞いてくれんか」
「誰が聞くか! それより何とかしろよ! 俺に出来ることとかあるんだろ、命令とかしろよ、脅せよ!」
「カカ、脅せときたか。悪くないの。ではこうしよう……今からお前はここを出るな。出ればわしはお前を獲物とする」
ぞくり、と背中が粟立つ。一片の混じりけのない、言葉。
だからこそそれは必殺の宣言となり、心にしみ込む。
「だがここから出ぬなら、それまではまだわしの家族。その命、もう少しだけ面倒を見てやるわい」
けれど振り返った顔は、初めてあったときと同じで……。
- 138 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/01(水) 01:38:32.43 ID:f2cBRrI0
「おい、爺……」
「命。頼む。わしらがおったと、それだけは覚えておいてくれんか。法螺吹きのようにふれまわってくれんか」
それは爺の最初の頼み。
「一人でもいい。誰かが知っておってくれると。そう思えば……わしは少し、救われる」
だから、と。言いかけてやめる。
「すまん。言い過ぎたの、背負わせた。……さ、まだ死にたくはないじゃろ。じっとしとれよ」
そういい残した背中を、命は追うことが出来なかった。
そして数分か、数十分か、数時間か。
ただただ時間が流れていき、漂ってくるのは硝煙と血の匂い。
どこか懐かしいその香りに混じり、死臭を漂わせ、
「迎えに来たわよ、命」
麝香の香りの死神がきた。
- 140 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/03(金) 00:54:14.00 ID:PZm.mHk0
「驚かないのね。もう少し反応があると思ったけれど」
ある程度予測はついていた。だから驚きは少なくて済んだ。
その装いは俺とここにきたときと同じ。けれど、その身体を染めるのはどす黒い赤。
衣服に一切の傷が見当たらないのは自身が傷つかなかった証か。
「感情を向けなさい。憎悪でも、恐怖でも何でもかまわない」
理由を問うように見上げれば、
「だって寂しいじゃない。あなたを拾いにきたのに。無視だなんて」
妖艶にかきあげた髪はバリバリと音を立てて、固まった血糊を落とす。
それでいて尚、麝香の香りは俺の本能を逆撫で刺激し、身体を熱く火照らせる。
けど、そんなことよりも俺の目に留まる一つの肉塊。
「……あら、これに見覚えがあったかしら。そうね、そうだったわよね」
そうして掲げた首は老いた獅子のもので……。
「なぁ、いいんちょ」
「何かしら」
そうして出た声は、腹の底からじわりと染み出した疑問。
聞きたくなくて。耳をふさぎたくなる衝動を押し殺し、それでも問わなければならない事。
「俺の、せいなのか」
この惨状。そう、この厄災を招いたのが誰なのか。
直接の原因が目の前の女だったとしても。きっかけを与えたのは、誰なのか。
爺が言っていた。この地は安住の地なのだと。人であるものが一人で訪れられないのだと。
だから、こいつが。いいんちょが一人で来るなんてあり得ないはずなのに。
「ええ、そうよ。ありがとう、命」
だからはっきりと言われてすっきりした。区切りがついた。
やっぱり俺のせいだった。こいつは俺を利用する気だったし、それのために連れてきたんだろう。
分かっていたし、理解もできる。なのに、胸に空くポッカリとした空洞。
裏切られたとか、何てことしちまったんだ、なんて。
そんな陳腐な感情がそこからダダ漏れて、残ったのは納得とやるせなさ。
「そうかい。俺はあんたの役に立ったのか」
「とても。私の身体をあげて、貴方の身体を借りたの」
「借りた?」
「そう。器の交換ね。貴方と私は深い結びつきが出来ていたから、繋がりやすかったわ」
- 141 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/03(金) 00:55:33.25 ID:PZm.mHk0
器の交換。意味も状況も理解できないけれど、
『はて。お主が今更見回りたいなど……』
『全く。ただでさえお前さんは不穏な動きを……』
思い出す言葉の欠片。そうか、じゃあ俺が見ていた夢は委員長の目を通して得ていたもの。
その間の俺の身体に誰が居たかなんて……単純な計算じゃないか。
「無駄足を踏まなくていいのは楽ね。何より本当に連れ去られてくれるんだもの。すごいわ、貴方」
「……ああ、そうか」
完膚なきまでに俺のせいじゃないか。こいつという獣を引き込んだ、張本人。
どうやったって責任なんて取れやしない、起きた事実は還らない。
「それで。全て分かった上で、貴方はどうするの?」
彼女は暗に問いかけている。まだ着いて来るか、ここで逆らうかを。
前者は生を保証し、魂の従属を促す。後者は死を与え全ての罪から解き放つ蜜のような言葉。
「爺が言ったんだ。俺の命を保障するのはここから出なければ、って」
だから、ここから出られない。
そうやって責任を。言葉をあちらに出させる。
「……そう。なら置いていこうかしら」
「けど。俺はまだ役に立つんだろ。なら拾ってくれよ」
「生きたいの? 逝きたいの? それくらい選びなさい」
「嫌だ。俺はそんな事を決めたくない」
それは弱い俺の精一杯の抵抗。
魂の従属を拒み、けれど死を拒むための方便。
つまりは、俺はこいつに護らせたいのだ。俺の命を。でなければきっと。
「まぁ、いいわ。そうね、貴方を手放す気はまだないもの。預かってあげる、あなた一人くらい」
「そうか、ありがと」
だったら遠慮なく、言える。
「じゃあ俺は“ここから出る”ぞ」
- 142 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/03(金) 00:56:44.53 ID:PZm.mHk0
瞬間、いいんちょの手の中で動かなかった獅子が牙を?いて俺へと飛来した。
獲物を見つけた獣は、その最後の食欲を満たそうと残る力を全て注いだのだ。
だが、一つの約束を反故した結果として、俺は一つの盟約を手に入れている。
ズドン――
と、重たい音がする。
ズルリと、腐った果実のように墜ちるは獅子の首。
「そういうこと、下手をできなかったわけね」
「ああ、お前がいらないのを連れてきたせいでな。これで安心して、出られるよ」
俺は立ち上がり、なんのことはないとこの場をしのいだことを実感する。
そして、散らばった肉塊――爺の見覚えのある顔だったものが、
『 』
何かの音を発するのを見て、
飛来する、優しい言葉と声。余所者を扱うことを是としてくれた唯一の味方。
どんな状況へ陥ろうとも一言も俺を糾弾しなかったその心。
この期に及んで、俺に“いきろ”と呪った姿を見て。
俺は胃液を吐き出すのだった。
「男って生き物はどうしてこう、強がりなのかしらね」
軽い嘲笑を浮かべ、その様子を見守る狩人。
彼がどのようにその獣と関わったかなど知っている。
そして彼が生き残るために、心を殺していたことも。
だから、嗤う。見世物として。
「……さて、こんな遊びのために無駄を踏んだのだもの。次はしっかりと仕事をしないと」
呟く狩人は既に次の獲物をその思考の中で定めていた。
- 143 名前:GEPPERがお送りします [sage] 投稿日:2010/09/03(金) 05:09:56.60 ID:c5lY4wgo
いいんちょさんマジおにちく
- 144 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/06(月) 00:07:10.92 ID:U3l/w220
胃の中のものを粗方出しつくし、残った胃液も枯れて、後は傷ついた器官から血を流すのみとなったころ。
ようやく命なりの懺悔に、区切りが訪れる。痛みと悲しみと。後悔と憎悪と。
あますことなく感情が身体を取り巻き、全てを流しつくした。残った残滓をかき集め、ようやく立ち上がったころ。
そこには肩肘をつき、見下ろす体勢で委員長が待っていた。
「すっきりした?」
「……。おかげさまで。最悪の気分だ」
その返事に満足したのか、彼女は立ち上がり命の傍に歩み寄る。
手を差し伸べたかと思えば襟元を掴み立ち上がらせる。あまりにも唐突なその行為に抵抗する力もわかない。
大の大人一人を片手で引き上げたかと思えば、そのまま抱き寄せる。
人の柔らかさ、温かみを感じ。同時に再びこみ上げる吐き気を堪えて、命は問う。
「何の、つもりだよ」
「身体、熱いから。慰めて、治めてくれる?」
「冗談きついぜ」
相も変わらず蠱惑的な提案に思わせる妖艶な感触。
それでも、この死臭漂う地で性の営みにふけるほど、彼は心は壊れていなかった。
「……それより、これからどうするんだよ」
「連れないのね。まぁいいわ。……これから、ね。まずは現状を教えてあげないといけないのかしら」
「頼む。教えてくれ」
無知のままで居られたのは数日前まで。きっと、今は知らないことの罪がいかに重たいかわかってしまったから。
自分を棚に上げて全てを見てみぬふりをできるほど、俺は高みにいない。
この狂った部隊の歯車に組み込まれた以上、自分が動かせる範囲を知っておかなければならない。
せめて、惨劇が回避できなくとも、それがくると覚悟できるほどには。
- 145 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/06(月) 00:08:13.21 ID:U3l/w220
「くす。随分物騒な顔つきをするようになったのね。怖いわよ」
「そうだな。俺もそう思う。あんたが、俺は怖いよ」
そしてこの女はそんな歯車を手繰る側であり、自身もその一部である。
だというのに、顔色の一つすら変えず結果に携わって、尚且つ次に動き出す。
そう、彼女にとってこんなことが――日常なのだ。
「その内、慣れるわ。それより現状だったわね。簡単に言えば第二段階までは終わったわ」
「第二、段階」
「そう、第一が貴方というデコイを蒔いて、それがヒットすること。第二段階は簡単な掃除」
デコイに掃除。その言葉面からは想像もできないような状況を作っておきながらその程度の認識。
前者はまだいい。けれど、後者に対して簡単な、とまで言い切っている。
彼女にとって“この程度”のことでしかないのだ。
「そして第三段階では本来、文明的、知的に交信できる存在の確保だったけれど……そうね、それは私の弄びで潰したから、やり直し」
下腹に力を込めてぐっとこらえる。その言葉が何を指すか、ここにきてわからないわけがないから。
こいつの悪趣味な考え一つでこうも苦しめられたのかと気づいても、それを嘆くことも糾することもできない存在だから。
「そして最終段階である本格的な掃除だけれど……これは後々に来る子達に任せるつもりだからいいわ」
「つまりいいんちょの役目は」
「三段階目。捕らえなければいけない対象の再捜索と捕獲ね。それ以外は見つけ次第殺すけれど」
はっきりと言い切られる屠殺の言葉。
「ここにいた多くはさっきのでほとんど駆除したわ。ほとんどが若いただの獣でつまらなかったけれど」
だが、そんなときに出会ったのが彼女の視線の先。未だうごめく肉塊。
元の位置に戻ろうとするのか、先ほどより山のように集まりだしたそれは見るに耐えない醜悪さを放つ。
「大丈夫よ。あそこまで砕いた場合、再生までに細胞が壊死していくから。それよりも」
言いながら、彼女は洞窟の奥のほうへと視線を移す。
そこには長く大きな一本道と左右に分かれた小さな小道。
- 146 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/06(月) 00:09:00.81 ID:U3l/w220
「あそこに居た知能レベルの低い固体は真っ先に飛び出してきたけれど、残った知能レベルが規定値の獣は逃げたわ」
「逃げた、って」
「入り口は塞いでいたから、奥の川でしょうね。少なくとも人間と違って獣面人なら問題なく下の河川まではいくわ」
それが何体か分からないけれど、と付け加え、彼女は歩き始める。
その行く先は地上へと続くものだ。
「だからそれらを追うわ。問題なくとは言ったけれど、五体満足にはいかない固体がほとんどでしょうし。それを回収して、仕事は終わりよ」
「……わかった。俺はまたいいんちょに着いていけばいいか?」
「ええ、かまわないわ。出来るだけ無傷で手に入れていから、貴方、今度あの娘を見つけたらお願いね」
どくん、と心臓が跳ねた気がする。
「あの、娘……?」
「誤魔化さなくていいわよ。時々あなたの目を、身体を借りていたんですもの。知っているから」
それは、俺をこの洞窟へと誘ったあの子のことなのか。
やっと距離を縮め始め、心を開き始めた、あの子の。
……俺が彼女の家族を奪うきっかけをつくった、あの子の、ことなのか。
「そうよ。顔に出してまでくれるのね。ありがたわいわ。それじゃあ、いくわよ」
そういって歩き出す後姿は振り返ることはない。
俺が付いてくると信じてやまないのか。……いや、違う。
きっとそうじゃない、俺がついていこうがついていくまいが関係ないのだ。
それだけの存在だと突きつけられて、俺はただ抵抗も出来ずその後を追うしかない。
情けない、とは思わない。追いつきたい、と。そう思い始めていた。
同時に、あの娘だけは……俺が何とかしてやりたいとも。
- 147 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/06(月) 00:09:30.06 ID:U3l/w220
ゴボゴボと音がする。
身を打ち付ける岩の感触と、身体の一部が削られていく不快感。
痛みは既に忘れ、意識を保つだけを意識する。
上下の感覚はなく自分の中心、心臓の鼓動だけが位置を知らせてくれる存在。
それを拠り所に、ただ激流に身をゆだねる。
散々に切れそうな意識の中、思い出すのは老いた獅子の優しい笑顔。
ただ逃げろと、そう教えられて、押し出された背中。
振り返った先で悲鳴が重なり、怒号が飛び交う。
そして……
「ゴボッ……!!」
あの、人間の、女。
肉親の身体を鈍色の何かで貫き、潰し、殺した。
叫びは届かず、本能が命ずるままに逃げ、決して飛び込むまいとしていた激流に身を踊らされた。
わけも分からぬまま、ただ逃げてきた。
だから腹の底から沸く、その感情が何かもわからぬまま、彼女は意識を手放さない。
まるでそれがあの女に対する最後の抵抗のようで。
- 148 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/06(月) 00:10:04.06 ID:U3l/w220
俺達はそれからベースとしていたボロ小屋まで戻ることになった。
委員長は全くといって良いほど、歩く速度を緩めなかった。
ここに来た頃のように足場を均していくこともなく、後ろすら振り返らない。
ただ当たり前のように歩いていくその背中に、命は走って追いかける。
そうしなければあっという間に置いていかれるとすぐにわかったからだ。
彼女は時々立ち止まり、じっと立ち続けることがあり、その時だけが唯一俺が息を整えられた。
それでも体力がどんどんと減り続け、気力だけでその背中を追い続ける生活。
数日間、それでも最初の頃に比べれば大幅に早いペースだと思える速度で俺達は小屋へとたどり着いた。
すぐに追わないのかと尋ねたところ、河川は小屋から近い場所へと繋がり川から上がるならばそこが定石なのだと返事がきた。
元々ここに追い詰める予定で全ての工程を組んでいたと彼女は一言で説明し、後は残弾の補給を済ませるのだとさっさと準備に入る。
「……また、いくのか」
「ええ。そこまで急ぐことではないけれど、あなたもさっさと済ませたいでしょう?」
確かに、済ませたいというよりもこんなこと、今すぐにでも終わりにしたい。
けれど独力では生きることすらできない俺は強いものにすがるしかない。
興味本位できてしまった場所は、言い訳ひとつ許されぬ強者の場所だったから。
「それじゃあ、いくわよ。今度は荷物を持てなんていわないわ。出発は2時間後。それまでに必要だと思うものを自分なりに用意なさい」
それだけ言うと、委員長はここまで俺が見た中ではじめて腰を下ろし目を閉じる。
きっと彼女なりの休み方で、恐らく俺が心配することなどひとつもないのだろう。
ならば言われた通りに、と俺は記憶の中にある限り、思いつく限りのものを必死に選択し、持てるだけのサイズへと絞る。
恐らく前と違い、生きることに重点を置いての準備はそれなりのものになっていただろう。
- 149 名前:GEPPERがお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/09/06(月) 00:10:55.88 ID:U3l/w220
俺はそれを確認すると彼女の隣に座り込む。
きっと寝過ごせば置いていかれる。それがわかっているからすぐに眠りはしない。
器用に睡眠時間を調節できないからだ。けれど、
「起きてるんだろ。だったら文句言うなよ」
事後承諾にすればいいとばかりに俺は彼女の膝を勝手に借りる。
甘えたいわけでも、再び情欲を催したわけではない。
浅い眠りならば彼女の動きで起きられると、そう思ったから。
今は眠る。次の移動もまた、俺に身体を休める暇など恐らくこないのだから。
気がつけば浅瀬。
さらさらと流れるぬるい水がじんじんと傷口に痛みをすり込む。
ゆっくりと瞼を開ければ、森のどこか。
少し見覚えのある場所は、確かあの男を始めて見つけた場所の近くだろうか。
「……」
少女はこうして陸地へとたどり着いた。
そうして再び、二人はまみえることとなる。
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