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意地悪なメイド ver2.5
- 364 :【意地悪なメイド オルタネイティヴ】 [sage]
:2008/10/12(日) 04:28:23.58 ID:XFkhYhE0
第十七話 「仲間」
走る。駆る。奔る。
もはやゴールは目の前。恐れるものはない。
後は一直線。ゴールはこの先にある岬。そこまで出れば俺たちの勝ち。
だが……。
「おい、しっかりしろ!」
「……はぁ、はぁ」
「くそ!」
背負った妹ちゃんの息が荒い。
先まではまだ何かしら憎まれ口を叩く余裕すらあったっていうのに、今はずっとこうだ。
正直言えば、恐れるものがないなんて嘘だ。
怖い。正直言って、怖い。
だんだんと荒くなる呼吸が耳朶を震わせる度。
痙攣に近いような跳ね方をする体を感じる度。
だんだん温もりが失われていくのがわかる度。
俺はいいようのない恐怖に襲われる。
こんなはずじゃなかった。
こんなふうじゃなかった。
こんな結末じゃなかった。
俺の選択がもしかしたら彼女を殺してしまうかもしれない。
そんなことが俺の頭によぎるから。
何が間違っていたんだろう。
やはり俺ごときが世界に挑むなんておこがましかったのだろうか。
世界を変えることなんてできやしない。抗わず、流されていけばよかったのか。
もしかすれば俺の記憶なんてあてにならないもので、無意味なのかもしれない。
それを意地になってしまったせいで大事な人を亡くしてしまうかもしれない。
何よりもそれが怖い。
自分のしていることの否定よりも。
自分のしたきたことが誰かを傷つけることが。
「何を不安になってるの」
「……え」
隣から声が聞こえる。
「あなたが決めたのでしょう。突っ切ると」
「あ、ああ」
俺は最後の直線となる場所で、みんなに提案をした。
罠があっても突っ切るしかないと。
敵がいて、もしも俺たちを狙うなら絶好のポイントかもしれない。
だが、それでも俺たちは追われる身という設定。
だからこそ急ぎ進むことを。
何より彼女の容態を鑑みればこれしかない。おれはそう主張した。
本来ならば、最初の分担が結果的にこういう事態を引き起こしている。
だっていうのに……。
- 365 :パー速民がお送りします [sage] :2008/10/12(日) 04:29:23.28 ID:XFkhYhE0
本当にすぐ決まった。
俺が信頼されてるわけじゃないとしても。ただ彼女の為だけだとしても。
それでも、おれはやっぱりこいつらじゃないとだめだと思えた。
「そうだった」
「だったら迷わないで。走るわよ」
「……おう!」
走る。駆る。奔る。
怖い。けど怖くない。
こいつらと決めたことだから。怖くなんて、ない。
「っは! ついた!」
駆けこんだ先。そこは開けた場所。
ヘリポートにあたる場所。そこで俺たちは発煙筒をたく。
後は……。
バラバラバラ
轟音を立て、ヘリが近づく。
『よく頑張った、今そちらへ向かう』
そうスピーカー越しに声を上げるのはメイド長……いや、教官だ。
「やったんだね、私たち!」
「何とかなったのね」
「でもこれって最速じゃないのかな!」
口ぐちに歓喜の声をあげる仲間たち。
だが、ヘリは一向に近づいてくる様子はない。
「あ、あれ……何で?」
「トラブルかしら」
「でも試験でトラブルなんて、まるでまだ終わってないみたいじゃ……」
その一言が全員に不安を与える。
誰もが思っていた。ここまでは確かに罠もなかった。
途中、無茶はしたが全体的にはうまくいっていたのだから。
だからこの程度では終わらないのではないか。そう危惧していた。
- 366 :パー速民がお送りします [sage] :2008/10/12(日) 04:29:50.24 ID:XFkhYhE0
『……。なぜだ』
スピーカー越しにそんな声が聞こえる。
「……?」
こちらとしてもほとんどが疑問にしか思えないそのセリフ。
トラブルといった様相でもなければ、追加で試験があるようには思えない。
何か想定外の事態に戸惑っているというのが妥当だが、試験監督側がそのような事があったとは思いにくい。
『まさか』
そう、俺と彼女以外の人間ならば。
「教官。降りてきてくださいよ。……“狙撃なんてありませんから”」
『……っ!』
息をのむ音が聞こえる。
そしておそらく馬鹿妹に連絡をとっているんだろう。そんな事態があり得るのか、と。
「あ、あの……男くん。何かあったのかな?」
「いや、何でもないさ。ただおそらくこれで俺たちの最速攻略記録が樹立されるだけだ」
「え……? そ、それっていった……」
そんな彼女の疑問の声をかき消すように轟音が舞い降りてくる。
おそらく、あいつから切り上げるよう指令が出たのだろう。
「……。男、以下4名」
「「「はっ!」」」
「いくつか確認事項がある。まずは……戦力分担についてだ」
「っ」
「何故、単独行動をとった。これはあくまでも逃走戦だ。なのになぜリスクを冒した」
「我々の中でそれが可能だと信じるに値したからです」
「そんな答えがまかり通ると? これは大きすぎる減点だぞ」
「……」
教官の視線は特に妹ちゃんに注がれる。
そこを突かれてしまえば俺から反論はできるはずもない。
「で、ですが、彼の提案自体は本作戦においては失敗ではなく……」
友がフォローに入ってくれるが、この事実は消えるわけではない。
「更に重ねて問うが、なぜここまでの道のりにおいて慎重に行動をしなかった」
「負傷者の容態と、われわれの立場を鑑みて時間をかけて行動する余裕がないと判断したためです」
「それはお前の判断ミスから始まった事実だとしてもか」
「はい」
「……。では最後に」
- 367 :パー速民がお送りします [sage] :2008/10/12(日) 04:30:06.40 ID:XFkhYhE0
少し溜めたあと、教官は俺に尋ねる。
「何故だ?」
「「「?」」」
この質問に他の三人は首をひねる。
何に対して、なのかが分からないからである。
だが俺は違う。
「知っていたからです」
「……」
「あらかじめ、合流前に細工はしておきました。ただそれだけのことです」
「お前……」
「これに関しては非合法な手段ではなく、あくまで“俺の力”を行使したのみです。確認は副司令へお願いします」
「……。確認済みだ」
その後、おれたち二人の間でしばらくにらみ合いが続く。
が、先に折れたのは向こうだった。
「正直にいえば、釈然としない点、また貴様らがいかに実力が不足しているかがわかった内容だった」
「!?」
彼女の顔は厳しい。そしてその口から出る言葉も。
ここまでしたのに。妹ちゃんと約束したのに。……ダメ、なのか。
「今日までの教えがまだまだ生かし切れていない事実は、これからもカリキュラム内でさらに徹底化していく必要があると感じた」
「……」
「だが、まぁそれも衛士になる傍らで再び叩き込んでやる」
「え?」
「……さて、めでたい日にこれ以上小言を言うのはやめだ」
「そ、それじゃあ」
「おめでとう。タイムを見ればわかるが文句なしの合格だ」
「や、やったぁ!!!」
飛び跳ねて喜ぶ女さん。
歓喜にうち震える友。
静かにやり遂げたことを誇る委員長。
そして……。
「やったよ、妹ちゃん」
ほんの少し、容態がましになったような。
そんな気がする妹ちゃんを見て、おれは今、一つの節目に勝ったのだと思えた。
- 368 :パー速民がお送りします [sage] :2008/10/12(日) 04:30:49.92 ID:XFkhYhE0
翌日。ほぼ丸一日以上の余裕を持って合格したのは言うまでもなく俺たちが初めてだった。
そこで副司令から粋な計らいとして、おれたちに一日の休暇を与えてくれた。
妹ちゃんだけは容態が容態なだけに、先に本土へと戻り養生するとのことだったのが残念だった。
けれど張りつめていた俺たちにとっては、この休日は何よりも貴重なものに思えた。
「きゃ、もぅ! 友くんってば!」
「それそれ! ほら、委員長さんも!」
「私は遠慮……っ」
「はっはぁ! 油断大敵だぜ、いいんち……ぶほ!?」
「あっはっは! それは君もだよ、男!」
「平和なモノね」
「そうですね」
「でも珍しいじゃない。あなたもこういうのに参加するなんて」
「丸一日、暇にされてしまいましたから」
「ふふ。ごめんなさいってば」
「……。なぜ、認められたのですか」
「合格にしたこと?」
「はい。正直にいえば、何らかの不正行為を働きこちらの試験情報が漏えいしていたとしか思えません」
「そうよね。本来はあの岬では自動機銃が働いて、迎えのヘリは退却予定だったものね」
「ええ。その上で新たな脱出ポイントを指示し、更にあれを無効化させることが前提のはず」
「それを最初から機銃に工作を仕掛けておいた、なんて聞いたらおかしいと思うものね」
「はい。ですから私は……」
「でもそれでいいんです」
「は?」
「彼は私に最初から宣言していましたから。ええ、ですから問題はありません」
「しかし……」
「ねぇ、メイド長」
二人の間柄はただの上司と一訓練官とは違う空気が流れる。
本来、本名で彼女が呼ぶことはないその名前を使っている。
それはとても大事な話だということ。
「私は信じているんですよ。彼が何かを変えてくれるのではないかと」
「……」
「彼は世界を変えてくれる……ううん、救ってくれるかもしれないんです」
「……。わかりました、お嬢様。でしたら私ができることは彼らに少しでも強くなってもらうことです」
「ええ。その点は任せるわよ」
「御心のままに」
顔にかかる水から逃れようとそらしたさき。
ビーチサイドに待機してる二人を見つけて声をかける。
「おおい! 二人とも、何話し込んでるんだよ、こっちこいよ!」
「……全く。我ながら、あんな風にはしゃぐ人を信じるなんて。……ええ、そのうちに!」
「早くこいよー! 絶対だかんなぁ!」
こうして、おれたちの短い休暇も終わり、再び訓練の日々に戻ることになる。
だがそれは今まで通りじゃない。一歩進んだ、訓練。
そう、おれたちは着実に本来の記憶……いや、記録よりもいい方向に向かっている。
それがいずれ世界を変えるんだと、おれは信じてる。
- 369 :パー速民がお送りします [sage] :2008/10/12(日) 04:31:03.01 ID:XFkhYhE0
「……おはようございます」
「ん、ぐ。おはよ……だが朝からくさやとは中々どうして分かってるじゃないか」
「ダメージ、あるかと思って」
「ああ、ばっちりくらってるよ。ちくしょう。ってこのやりとりも何か久々だな」
「はい」
基地に戻って最初の朝。
イドとの会話が俺にあの試験の日々が過去であることを教え、先に進んだのだと実感させる。
夢であるんだと、そう思わせないように、自分への確認として、イドとの約束を果たす。
「あー、ほら。これ」
「……?」
ぴょこん、と耳(らしきもの)をたててこちらに近づくイド。
俺が見せたのは綺麗な貝殻だった。
「約束通り、土産だ」
「……覚えていたんですね」
「当たり前だろ」
「鳥頭かと、思っていました」
「何気に失礼だな」
「……すみません。……お土産をもらう前くらいは礼儀よくしておくべきでした」
「思っても口に出さない。これ大事。ほら、その口のとこを耳に当てると波の音が聞こえるぜ」
早速その言葉通り、耳元に貝殻をよせるイド。
う、うぅむ。兎耳っぽいほうに持っていかないか、さすがに。
しばらく聞こえてるか聞こえてないかはさておき、貝殻を耳に当てる。
そして一通り満足したのか、ぺこり、とおじぎをくれる。
「満足してくれた、かな?」
「……はい」
「ならよかった。じゃあ、またな。起こしてくれてありがと」
「いえ。では……」
そのまま扉の方へ消えていくイド。
何だかんだで無表情のままっぽいから喜んでくれてるのかどうかわからんけど、まぁいい。
これから俺たちにとって本当の意味での力をつける時期がきていた。
気合を入れ直していこう。この世界のために。
- 395 :【意地悪なメイド オルタネイティヴ】 [sage;saga] :2008/10/20(月) 01:46:46.51 ID:xCIND/20
第十八話 「備えと予知と」
「――以上が戦術機の特製であり、性能だ」
教室に響く教官の声は今まで以上に緊張感のあるものに感じる。
今日から始まる戦術機、つまりは人型汎用兵器の操者が俺たちの本来の役割。
それを意識してしまうためか、やはり気持ちも引き締まるものがある。
「これより毎日、操縦マニュアルには一日一度は目を通すように」
「「「「「はい!」」」」」
「では午後より戦術機適性を調べる。昼食は1時間前までに済ますように。以上だ。解散」
その一言で俺たちの午前の訓練は終わりを告げた。
相変わらず分厚い操縦マニュアルを手持無沙汰に扱いながら、これからどうするか考える。
と、そこへ……。
「よ、飯いこうぜ〜?」
「妹ちゃん? 珍しいね、そっちから誘ってくれるなんて」
「んや、まぁな。……っかし、本当分厚いよな、それ」
うんざり、といった表情で俺の手にある操縦マニュアルに視線を向ける。
確かにこれを毎日読めといわれて喜々としている奇特な人物は俺もいまだに知らない。
だからといってそれほど大変というわけでもない。要は慣れだ。
「そのうち何とでもなるんじゃない?」
「へぇ、さっすがエリートさんはいってくれんじゃない」
「んー、そういうんじゃないんだけどなぁ」
実際、前の世界という記憶の貯蓄がある俺からしても完全に暗記してるわけじゃない。
最低限の知識はここから学ぶけれど、残りは実践や実習の中で覚えていける。
そういった経験上の発言なわけだけど……それを説明するわけにもいかないので曖昧に笑っておく。
- 396 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/20(月) 01:47:06.32 ID:xCIND/20
「じゃあま、ここは一つエリートな男さんに話でも伺いながらご飯でもいこうかね」
「……あー」
自分で話題を変えておいて、結局ここへ戻ってくる、か。
なるほど、どうしても俺に腹いっぱいになってほしいらしい。ふむふむ。
「それもそうだね。じゃ、いこうか」
「よし! そうこなくっちゃな!」
嬉しそうな妹ちゃんを見る限り間違いない、そういうことだ。
「じゃ、せっかく話を聞いてもらうんだからお礼にたっぷりご飯をおごらせてもらおう。特盛りでね」
「おうお……う!? な、何で?!」
「ははは、いいからいいから。遠慮しない。嫌なんて言わせないからね?」
がっちりと彼女の肩をホールド。向かうは食堂だ。
「ま、待て! 待って! 私は別にそんなのいいから! ちょ、お姉ちゃん!」
「……あなたがいい出したんだもの。付き合ってきなさい」
「えええ!? 友! 女さん! 助けてよ!」
「えーと……ふぁいと〜!」
「がんばってね」
「は、薄情者おおおおおおお!!」
暴れる彼女を抑えて俺達は腹を満たしに出発する。
この後待ち構える適性検査は、初めて体験する人間は間違いなくリバースを起こすという代物。
それを楽しませてあげようとする仲間想いな彼女には同じ気持ちを分かち合おうと思う。
何て素晴らしい友情精神なんだろう。うん。
「はああああなあああああせええええええええ!! 病み上がりなんだぞおおおおおお!!」
「はっはっは! それだけ叫べれば十分! 山盛りにしてもらうから安心してくれ!」
「いやあああああああああ!!」
少女の絶叫は廊下に吸い込まれていくのだった。
- 397 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/20(月) 01:47:22.28 ID:xCIND/20
「うーむ」
「あう……」
「友、何恥ずかしがってんだよ」
「だって」
「別にみんなが訓練用の衛士のスーツを着ただけだろ?」
「だけどさ」
「確かに素材の都合上、胸の部分がやけにはっきり強調されるし、色合いも肌色っぽいけど、決してそういう目で見ちゃいけない」
「う、うん」
「そしてみんなが恥ずかしがってる姿がやけに初々しいのがそそるが、そういう目で見ちゃけいない」
「そうだね」
「そしてなぜか俺がすごい睨まれてるが、決してそういう目で見てるわけじゃないんだ」
「だけど、そうも堂々としてられると逆に恥ずかしいっていうか……」
「安心しろ。……そのうち慣れる」
「そうなんだろうけどぉ」
「おい! そこの二人、私語は慎め!」
「は、申し訳ありません!」
「すみませんでした!」
午後は予定通り適正調査が行われる。
巨大なシミュレーター内は忠実にコックピットが再現されており、リアルに戦術機の動きを体感できる。
これに乗って俺たちは侵略者たちであるBETAと戦うための訓練を積むんだ。
だから真剣にならなければならないのは確かなんだが……。
「……」
「あう」
「……っち」
こうして女性陣の艶姿を前にするとどうしても意識してしまう。
昔なら直視すらできないでいたのが、今は最低限訓練なのだと考えられるほどにはなった。
何だかドキドキできないのがもったいなくもあるけれど。
「では一番機に委員長、二番機に女。次いで友、妹の両名は待機しておくように。男は最後だ」
「「「「「はい!」」」」」
そして検査は始まる。
- 398 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/20(月) 01:47:35.49 ID:xCIND/20
夕方。食堂。
「ねぇ、男くんは本当に何ともなかったの?」
不思議そうに女さんが尋ねてくる。
「あー、まぁね」
「嘘だ! 絶対嘘だね!!」
思いっきり猜疑の声を上げるのは妹ちゃん。
「何だよ、センサーでも一切興奮状態が感知できない、冷静な態度って!」
「何って……そのまんまの意味じゃ?」
「うぅん。でもあの委員長さんでさえ、冷静な顔のままかなりの興奮状態だったって話なのに」
「まぁ、それなりにはね」
「あはは、ほら、でももしかしたら機器の故障かもしれないし」
「絶対そうだ! 故障してたにきまってる! じゃないと納得できないっての!!」
「うん、妹ちゃんなんて中でているずおぶりばー……」
「言うなあああああああああああああ!!」
今日も今日とて騒がしい日常に笑う俺たち。
だけど、おれからすればあれはあくまでシミュレーターでしかない。
現在は戦術機に蓄積されたデータがフィードバックされ、制御システムのおかげで揺れはほぼ感じない。
けれど実機では高度な3D機動を行うため、シミュレーターでは再現できないGがかかる。
何のごまかしもきかないそれに比べれば、シミュレーター内の揺れなんて揺れに入らないのだ。
無論、それ以外にも俺はこの世界で過ごす前の、チャロンや人型兵器の操縦ゲームで慣れているのもある。
これらがこの世界における実機として扱われていることも幸いして、俺は衛士としては間違いなくトップクラスの腕前だと言える。
だけど……それだけの経験を積んでも負けたんだ。今はいい。
けれどこの先につながる力にしなけりゃならない。
「……もっと、違うところで、動かさなきゃ」
笑い声の響く食堂で、一人拳を固く握りしめた。
- 399 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/20(月) 01:47:48.77 ID:xCIND/20
夢。そう、これは夢だ。
夢の中で彼女は笑っていた。
『あっはっは! もーらいっ!』
『がっ! てんめ、それは俺のだぞ!』
『主様のモノは私のモノ、私のモノは私のモノ!』
『ジャイアニズム!? つーか、お前にそれは必要ないだろ!』
『ええ、特撮とか興味ありませんしね! あって食玩くらい?』
『だったらそのDVDを返せ! 俺の楽しみをおおおお!』
『やなこってす。さぁ、ご開帳〜』
『ぎゃあああああ! 最初に開ける役目をおおおおおおおお!!』
何気ない日常。何気ない日々。
『ふーははー! 本当にここは地獄だぜー!』
『本当だよ……ったく。せっかくの俺のクリスマスプレゼントなのに』
『自分で自分に!? きもちわる!』
『う、うっせぇな! そんなこと言うとお前のぶん、やらないぞ!』
『……え? 私のも、あるんすか?』
『……。さぁな』
『あああ、ごめんなさいごめんなさい! これは返しますからぁ!』
『ったく。お前は本当に現金なやつだぜ……ほら、これ』
『おぉ……』
『メリークリスマス、な』
それはいつか見た夢。いつか見た日々。
- 400 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/20(月) 01:48:03.41 ID:xCIND/20
【接敵! ……撃破】
「……次!」
【撃破。以上をもって動作応用課程Dを終了】
「……ふぃー」
一息ついて、シミュレーターから顔を出す。
今まで≪激震≫と呼ばれる戦術機をおもに乗っていたものだから、久々の≪吹雪≫の挙動には面喰った。
シミュレーターだからこそ、性能の高い期待を再現しているんだろう。
けれど前線で扱われる機体としては≪激震≫の方が多かった俺からすれば、違和感があった。
そのせいで挙動にいくつかぎこちない点が出ていたが……。
「男。お前は確かに既に訓練経験があるとは聞いていたが、衛士の過程も習得しているのか?」
教官が俺の方を不可思議なモノを見る目で見つめる。
「いえ、衛士についてはさほど……。マニュアルなどには目を通していただけです」
「しかし、それにしても……」
この挙動はおかしい、という言葉をのむ。
「あの、教官。それほどまでに男はすごいのですか?」
冷静にいいんちょが尋ねる。
「ああ。本来これは従来の訓練を受ける人間が5日以上かけて到達するものだ。それをこいつはほぼ5分の1で、しかも完璧にこなした」
「5分の1……」
「驚異的な数値だよ、これは。今朝、副司令から適性値を見て、すぐにこのメニューをさせるように、とは言われていてな」
そして実際にやってみた結果がこれ、というわけだ。
なるほど、馬鹿妹にしてはやってくれる。
「しかし、これだけのことができると適性を見ただけでわかるのでしょうか?」
「いや、私にも何とも言えない。だがそれだけのことを見通す力は副司令にはあるのだろう」
教官がそこまで言い切れば他のみんながいうべきことはなくなる。
だけどここまで短縮できたことは自分でもよくできたほうだと思うものの、思い返せばみんなもすごい。
前の世界での記憶を手繰りよせればだいたいここにいるメンバーも2、3日でモノにしていたはずだ。
そう考えればそこまですごいことでは……待て。
確か前回の世界でも俺はある程度、才能ということで本来の世界のゲームの能力を生かしていた部分があった。
それをみんなが見て、訓練データを見ることで能力を伸ばしていたはずだ。
つまりうぬぼれるわけじゃないけど、俺がいたおかげで、みんなの力は飛躍的に伸びたはずだ。
だったら……。
- 401 :パー速民がお送りします [sage;saga] :2008/10/20(月) 01:48:21.04 ID:xCIND/20
「教官!」
「ん? どうした、男」
「自分の訓練データをみんなに開示していただけませんか?」
「ほう」
「自分がそれほどまでにすごいと仰っていただけるなら、そのデータは隊の共有財産にすべきだと思うんです!」
「……だそうだが?」
「……。お願いします」
委員長をはじめ、全員がうなずく。
妹ちゃんあたりは納得しないかと思っていたが、自分の力になるならば受け入れる。
そう瞳が物語っている。やはりここにいるみんなは、強い人たちだ。
「なるほどな。実はその提案をしている人物がもう一人いてな」
「え?」
「副司令だよ。お前のデータが満足のいくものならば、皆に公開しろと言われている」
驚きで開いた口がふさがらない。
「正直、カリキュラムの質の向上やシミュレーターの機能改善などタイムが短縮される要素は多い」
「だがそれでも説明できないほどの記録を叩き出せば、お前は本物だと副司令は仰られていた」
「こういう結果が出た以上、お前たちに対する訓練のカリキュラムは大幅に変更される」
それは……つまり。
「卒業までの期間を短縮できるよう、これからも大幅なカリキュラムの改訂が行われる」
「「「「「!!!」」」」」」
「更に貴様らにはこのシミュレーションルームの使用権限が最優先で与えられる。そして明日」
一息いれて、俺たちを見まわす教官。
「お前たちのための演習機が搬入されることになった」
「そんな……! そこまで!?」
「こんなものは異例の采配だ。しかし、副司令にも何か思うところがあるのだろう」
「だからこそ、お前たちはその期待にこたえなければならない。いいな?」
「「「「「はい!!」」」」」
一瞬、驚きから返事が遅れそうになる。
それはそうだ。おれ一人がすごくても何も変えられないのではないかと思っていたところだ。
それが今は、俺の力によってもっと世界を動かせるかもしれない。
その事実が胸のうちに熱く広がっていく。
「では午後よりも演習を続ける。各自、強化スーツのまま待機しておくよう。解散」
「敬礼!」
ザッ。と音をたてて教官を見送る。
いつもよりも気合を入れた敬礼で。
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