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意地悪なメイド4
865 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/13(火) 01:20:47.07 ID:/ltfVWd+0
第38話 『許されざる者/目覚め』


まどろみからゆっくりと引き上げられていく。
短い生涯のうち、何度も味わった目覚めへの気配。
重たい目蓋を無理矢理に開けば、そこには見慣れたはずの景色があった。

「……戻って、きたんだ」

呟きは自身への言い聞かせか。本来であれば何気ない一日の始り。
彼にとって、これがどれほど望んだ景色だったか。
そう。男にとって、『元の世界』と呼ばれる場所、そのうちの自分の部屋に彼は居た。

「18時間。今回のタイムリミット、か」

身を起こし、手のひらを開いては閉じる。
その感触は紛れもなく自分で、けれど不確かに感じてしまう。
前回の実験では、自分はもう一人この世界にいて、今の自分こそが異邦人だった。
その事実はまるで、元の世界に自身の居場所がないといわれているようで、思い返せば悔しさがこみ上げる。
けれど彼の肉親であり、世界的にも有数の頭脳を持つ少女は、彼に告げていた。
装置の出力や精度、観測者のコンディション、そして彼自身の気持ちの持ちよう。
それぞれがベストとなった今ならば、二つに分かれるなどということは起こらないだろうと。
珍しく言い切らなかった彼女から詳しく話を聞こうとしたものの、どうせ理解されないからと一蹴されたりもした。
けれど彼女を、妹嬢を信じきるならば今の自分は紛れもなく、この世界の自分なのだ。

「メイド……」

気持ちの持ちよう。そのモチベーションの根源。
還りたいと願った世界の、もっとも必要とする要素を口に出す。
きっと自分にとっては彼女を強く、そして彼女の元へ還るという想いこそが鍵なのだ。
だから、覚悟を決める。残りの時間で、自分に託された任務をこなすのだ。
『00ユニット』の完成に必要とされる理論を回収する。そして『もう一つの世界』を救い、ここへ戻るのだと。


起き抜けに着替えながら思うのは、あちらの世界のこと。
クーデターの件で、結局基地に戻った後は現場調査に駆り出され、基地内待機とはいかなかった。
結局、俺がこの実験に入るまでに友は戻らなかったし、他のみんなの心も癒えていないままだろう。
それでも殿下がひとりひとりに声をかけてくれた分、少しはマシなんだろうか。
……考えても仕方ない。仕方ないんだ。
今は目の前のことに集中しろ。俺はそんなに器用に生きられやしないんだから。


866 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/13(火) 01:21:22.22 ID:/ltfVWd+0
まだ少し暗く、明かりの弱いリビングに出ればいつも通りの光景。
先程まで起きて遊んでいただろう、うちのぐーたらの生活の後がそこらかしこに散らばっている。
特に顕著に現れる流し台のごみの数々にため息をつきながらも、まだいつも通りと思えることに安堵を覚える。
戻れる。きっと……どれだけ掛かっても。その気づきが自然と彼の手を動かし、

「ん?」

違和感に気づく。
人の気配。それもメイドの放つ殺気(もどき)とは違った息遣い。
意地悪をしかけられ慣れるというのもどうかと思うが、その分、気配やらそういった自身に対する視線に敏感になってしまっている。
ある種の武道家やら拳法家じみた能力を習得できたと思う反面、そんな生活に浸っていることを改めて実感してしまう。

(ま、それもあるけど……)

きっと本物の軍隊で鍛えてきたということだって大きいんだ。
そうしてその能力をそのまま持ってこれている。これは『前の世界』から『今のあちらの世界』へ移動したときと同じ状態。
つまり『俺』が『俺』のまま、この元の世界にいるということ。
かみ締める喜びとは裏腹に、ソファの死角に隠れているであろう人物の背後からそっと近づく。

「何してんだ、一体」

「……驚かせないでくれるかしら」

「全然驚いてないようにしか見えないけどな」

元より敵意は感じていなかったおかげで、自然と声音を柔らかくしながら話しかけられた。
そこにいた委員長はバツが悪そうに目をそらしながら、後ろでに何か言い訳を考えているようだ。

「おかしいわね。まだ起きてこないと思っていたのだけれど」

「そうだな。多分、いつもより早起きだな。……で、そんな俺より早起きないいんちょがうちで何してるんだ」

学生の頃、いいんちょがうちに来たこと自体は少なくなかったが、こんなイベントあったっけか。
あの頃は誰かが何かをしでかすのが日常的にあって、これくらいのことは特筆するまでもないのだろう。

(……いやいやいや、ダメだろ、俺。よく考えてみろ、これ不法侵入だから)

改めて自分の思考回路がいかに螺旋を飛ばしまくっていたかを自覚しつつ、委員長の答えを待つ。

「……約束したでしょ。私がハウスキーパーをするからって」

「あー。えーっと……」

あったような気がする。そんなイベントが。
ただ思い出に残っていないのか、それともそういうことがあった世界になっているのか。
どちらにせよ、そういった約束が今日までになされており、委員長という律儀な人間はそれに従ったということか。

「だからよ。後はサプライズ狙いもあって、かしら。これでいい?」

「うん、まぁ」

いいのかよ! と我ながら思うものの、こんな日常があったことを思い返す嬉しさもある。
ただ、それでも明らかにスルーするには問題のある光景に、一応つっこんでおく。


867 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/13(火) 01:22:11.04 ID:/ltfVWd+0
「あのさ、いいんちょ。それはいいとして、後ろのあれ、何?」

「……まずは私の格好に対して何か言うことがあるんじゃないかしら」

「似合ってるよ、メイド服。……多分」

「……。まぁ、いいわ。それと、あれについては気にしないで。少し物置の戸を厳重に閉じただけだから」

苦しい言い訳が示す先には防音素材とわざわざ書かれたバリケードが張られている。
何だろう。映画で見たことあるけど封印ってやつじゃないのか、これ。
そしてその扉の先、というか部屋の戸は。

『……!! …………!!!!』

かすかに漏れてくる講義の声と微弱な振動。
うん、間違いなく内側から叫んでるな。あと叩いてる。

「開けてやろうぜ?」

「いいじゃない。それより朝ごはんできてるわよ」

「そう言わずにさ」

「……。……はぁ、わかったわよ」

そうしてバリケード(というか封印)がとかれ、中から珍獣よろしく一匹の野良メイドが飛び出し……
いや、飼いメイドのはずなんだけどな。そのままトイレへと逃げ込む姿はやっぱり野良か、何かで。

「うるあああああああああ!? 漏れるとこだったでしょうが! 何してくれてんだよ、この人は!?」

「紙が挟まってるぞ、下着に。ひきずってくるな、もったいないから」

「いいんすよ! 新ジャンルっすよ!!」

「よくねぇよ! 資源の無駄だから!?」

戻ってきたこいつの顔に満足してしまうあたり、俺もとことんダメなんだろう。
やっぱり、このバカとのやり取りをしてる間は心が休まる。

「それより、朝ごはん。さめるわよ」

「それよりとは何すか!? いいんちょさん、最近私に対して冷たいし!!」

「安心して、元からよ。それより男、本当に急いだほうがいいわ。あまりのんびりしてる暇、ないでしょ」

「もうそんな時間か? 早起きしてる分、余裕あると思ったんだけど」

「冬なんだから、外が暗いのは当たり前でしょ。ほら、いいから食べて」

「もぐもぐ……割といける」

「先に食べないで。男が先でしょ」

「な、何故?!」

「あなた……本当に自分が従者だって自覚がないのね」

「属性であって役職ではないので」

「いや、役職だから」

失ってから気づいた、こんなバカなやり取りの大切さ。
今、俺は心から笑ってるだろう。


868 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/13(火) 01:22:50.74 ID:/ltfVWd+0
「……にしてもなんか、主様が達観してるっつーか」

「そうね。目や雰囲気が違うわ。……きっと睨まれたら逃げられない気がする」

二人のするどさとか、本質を捉えるところは相変わらずか。
まぁ、それも仕方ない。今の俺は、あの頃ほどのんきにいられないんだから。

「気のせいだろ? それより、お言葉に甘えさせてもらうな。いただきます」

「ええ、召し上がれ」

「召し上がってますけどね」

「あなたは遠慮しなさい」

そうして登校までの間、久しぶりの暖かく、柔らかい飯を大量に平らげることになった。





登校。そう、学校だ。
人々のざわめき。緊迫感など一切感じない雰囲気。
誰も彼もが平和の中で談笑する。当たり前の光景が目の前にあること。
それがたまらなく嬉しくて……けれど、現実感がまるでないのは何故だろうか。
クーデター事件のすぐ後という事実は、前回のように素直に平和を喜べるほどの余裕がなくなっている。
これが成長なのか喪失なのか。結局答えなど得られなくて。

「おはよ」

「ん、おはよう」

席につくと声をかけてくるのは友だ。
ありふれたその光景も、『あっちの世界』の彼を思えば違和感すら感じる。
その横をそそこくさと通りながらも視線を何度かくれ、最後にはおじぎをくれる女さんが通っていく。
こっちの世界では、まだ俺は彼女とそこまで親しくできていないんだから、仕方ないか。
それでも昔を思えば、こうやって他の誰かよりも意識を割くくらいにはなっているんだ。
十分に友人と呼べる間柄だろう。ただ『あっちの世界』での距離感を考えると、少し寂しくはあるが。

「……とこ、ねぇ、男ってば!」

「ん? おお、なんだ?」

「ぼーっとしてるからどうしたんだって訊いてるの。それにさっきから女さんばっか見てさ。何? そっち狙いだっけ」

「ちげぇよ。そういう色恋沙汰にすぐもってくのやめろっての」

「……っ、ご、めん」

あれ? という違和感はすぐくる。
何をこいつ、いきなり怯えたような……。

「どうした?」

「ん、いや。ちょっと男が怖い顔したから……ごめん、気のせいだよ。何でもない」

「そっか。っと、そろそろ先生が来ちゃうぞ。座っとけ」

「了解。それじゃ」

怖い顔、ね。そんなつもりはないんだが。
気をつけないといけないな。うん。
そうして始まる何気ない日常。
そこ抱く違和感を、俺はまだこの時、それほど重要だと思っていなかった。

―― to be continued...



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