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意地悪なメイド4
- 604 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga]
投稿日:2011/06/29(水) 00:40:52.55 ID:PaHOWAIu0
第28話 「イド/貴方」
追いかけて追いかけて。
「待てよ、おい、イド! 待てってば!」
ひょこひょこと逃げる背中を追う。俺とあいつの体力、体格の差なら捕まえるのはすぐだろう。
そう踏んでいたが、この兎めはなかなかに賢しかった。
「な!? お、おま、エレベーターとは卑怯な!?」
このエリアは元々セキュリティが高く設定されている区画であり、地下だ。
であればそのエレベーターにて距離を離されれば……
「くそ、次のが来るの遅ぇんだよ、これ……!」
あっさりと差をつけられる結果となった。
「イド! どこだ、イド!」
基地内上層部。思い当たる場所を片っ端からあたっていく。
食堂に差し掛かった時も、そこにあいつがいるような気がしたからだ。
けれど、代わりに出会うったのは、
「どうしたの? えらく慌ててさ」
「友か。なぁ、イド見なかったか?」
「何? 喧嘩でもした? ダメじゃんか、大事にしてあげなきゃ」
にやにやとした笑いが返ってくるが無視。
そこに引き寄せられるように集まるいつもの面子たち。
「な、なにかあったのかな? イドちゃんがよにげさん?」
「差し出がましいようだけれど、よくないわよ。そういうの」
「どういうのだよ!? ていうかお前ら勘違いしすぎだ! 別に何でもないっての!」
いいんちょや女さんもからかい半分でそんな事を言ってくる。
割と本気で探してるってのに、こいつらときたら……。
「どーせあんたが嫌がるあの子に無理矢理何かしたんでしょ」
「……。な、訳ねぇだろ」
「変な間! 怪しい!!」
妹ちゃんのからかいも、遠からずあたっているのではないか。
そう、一瞬だけ感じてしまう。
あいつが本当は知られたくないままにしたかった過去を俺は知ってしまった。
それはあいつにとって、逃げ出すほどにいやな事だったのかもしれない。
あいつを傷つけたかもしれないんだ。
- 605 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/29(水) 00:41:28.94 ID:PaHOWAIu0
「それで? 彼女を探しているのよね。皆、見てない?」
どことなく雰囲気を察してくれたのか、いいんちょが皆に声をかけてくれる。
こういうとき、こいつの聡明さが救いだ。
「みてない、かも」
「同じく」
「僕もだね」
「そっか。ありがとな」
皆のことも避けているのだろうか。
ここにいないとなるとほとんどお手上げ状態なんだが。
「にしても、彼女が居ないと結構寂しいもんだね」
「そ、そだね。何だかんだで、いろいろ、その。おもしろかった、し」
「そうね。だから早く見つけてあげなさいよ、旦那さん」
「だぁから! そういうんじゃないっつーのに!!」
けど、良かった。
こいつらが、そんな風に思っててくれたんだ。
人以上に人の心が分かるあいつの周りに、こいつらが居てよかった。
それだけは、確かに感じられることだ。
- 606 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/29(水) 00:42:29.77 ID:PaHOWAIu0
結局、それからしばらく探し回ってもあいつを見つけることはできなかった。
無駄かもしれないが、安心しろ、とか怒ってないぞ、とか。
とにかく何でもいいから安心させるようなことを考えまくってみる。
そうすれば俺の思考を読み取って案外ひょっこり……。
「あ。距離に制限とかあんだっけ。……何やってんだ俺」
でも一度捉えた対象はトレースしやすいって言ってたっけ。
無駄じゃないかもしれないんだ。続けてみよう。
色々、話とかしたいんだよ。
たとえばさ……お前、メイドのこと、知ってるんだろ?
俺、最近あっちの世界にいくまでは“あいつ”のことなんて意識から飛んでてさ。
だからお前がしてくれた“あいつみたいなこと”ってのは、俺から引き出せないはずなんだよ。
「……なら、お前はどこから“あいつ”のことを」
もしお前が俺の記憶の、忘れちまってる部分まで引き出せるなら教えてほしい。
あっちの世界のこと。前の、失敗しちまった世界のこと。
そして“あいつ”のことを。
何出だろうな。イド、お前のことを考えると一緒にメイドのことまで浮かぶんだ。
お前と、あいつが重なるのは何でなんだ。
俺があいつのイメージをお前に押し付けてるのか?
『主様にはわからない!!』
それはいつかの失敗した世界で、脳髄の入ったシリンダーにしがみつきながらイドが放った言葉。
この基地を捨てなくちゃいけなくなって、それで全てを放棄しないといけないそのときに。
あいつは何よりも、それを護りたいと意地になって。
そうして俺にそう言ったんだ。あいつしかそう呼ばないはずの、俺の呼び方を。
今の世界になってから、そんな言葉を言われたことはない。
もしかしたら、そんな思い過ごしなのかもしれない。
けど、それでも。これが偶然じゃないとしたら……。
頼むよ、イド。
俺、お前と、話がしたいよ。
- 607 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/29(水) 00:43:33.89 ID:PaHOWAIu0
ゆさゆさ。
……ん……
ゆさゆさ。
……ん……んん!?
がばっ
「イド!?」
「……!」
跳ね起きた俺に、驚きの顔を見せるのは間違いなくイドだ。
「戻ってきて、くれたのか?」
「……」
「そっか、ありがとう」
「……ごめんなさい」
「いいよ。俺こそ、色々ごめん」
「いえ。……届いていました」
「そっか。じゃあ、俺が今何考えてるか分かるか?」
おかえり。
「……はい」
「うん。それでさ、隠し事はできないから正直に言えば、色々話したいことはある。けど今はいい」
「……ごめんなさい」
「いいよ。さっきも言ったけど、ごめんな……俺……」
「……わかっています」
「そっか。……ありがと」
「どういたしまして」
まだどこか戸惑いながら、けど、しっかりと。
こいつが帰ってきてくれたことに、俺は感謝した。
「しかし、腹減ったな」
「もうお昼です」
「何!? え、だって俺、うぇ!?」
よ、良かったぁ。特殊実験の、そのまた休暇だからいいようなものの。
鬼教官の顔を思い出して若干身震いする。
やっぱ分かりにくいだけで実験とかで疲れてんのかなぁ……
「そうです」
「ぬぉ!? って、そうか」
うん、そうだったよな。お前には伝わるんだった。
「俺もお前ほどじゃないにしろ疲れてたんだな……よし、お互い回復……したよな?」
「はい」
「なら、そっこーで飯だ飯。たらふく食うぞー」
「はい」
- 608 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/29(水) 00:44:26.59 ID:PaHOWAIu0
そうしてやってきたPXは誰も居ない。それもそうか。
昼も過ぎたこんな時間に訓練もせずうろついている奴がいればよっぽどのお偉いさんかそれこそ俺みたいな奴だけだろう。
「うっし、んじゃあイドはそこで待ってろ。今日は俺が取ってきてやるからな」
「あ……」
「そこで何で悲しそうな顔になる。いいだろ、今日は特別なんだよ」
「どうして、優しくするんですか」
「普段俺が優しくないみたいな発言だがあえてスルーしとこう。ま、人間ってのは単純なんだ」
侘びとか感謝とか、とにかく俺みたいな単純なやつはこういう返し方しか知らない。
それは特別なことで長続きしないけど、でも今だからこそしたいって思うことなんだ。
「よく、分かりません」
「それでいいよ。人間なんてわかんないもんだ。ただ仕方ないなぁと思って付き合ってやってくれな」
「……やっぱり、よく分かりません」
「とにかくお前は待ってること。俺がそうしたいんだ」
「………はい」
納得はしてないだろうこいつの元に、二人分の合成竜田揚げ定食を運んでやる。
くじら風味だそうだが結局あのモサモサ感じゃどれも変わらないんだろうけど。
「食えるだけマシ、ってとこか。ほれ、いただきます、だ」
「いただきます……」
そう言ってわざわざ竜田揚げをほぐした後、俺のほうに差し出してくる。
「……それは、その。うん、誰もいないけどやめとこうか」
「嫌、ですか」
「嫌とかじゃなくて、ただその、地味な意地悪にしか思えないというか」
「……」
たださ、それはお前の役目じゃないんだ。
お前があいつとどういう関係か知らないけど、お前がそうある必要はないんだ。
あと俺の精神衛生上、できればやってほしくないし。
- 609 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/29(水) 00:52:41.22 ID:PaHOWAIu0
それに、たぶんさ。
それをされて嬉しいというか、いやマゾじゃないんで嫌なんだけど。
でも、きっと。
それはあいつじゃなきゃ、ダメなんだ。
俺の好きなのは、メイドだから。
だから、お前のそれを受け取ることも出来ないし、資格もないよ。
「さ、俺はいいからさっさと食っちまおうぜ。さめないうちにさ」
そうして始まる食事。
何となく、気まずい。
別にそういう意味で断ったつもりはなかったんだけど、どうにも尾を引いてるというか……。
ええい、今日は外も暖かそうだし、いっちょ二人きりなのを利用して、
「デート?」
「ぶほ!?」
むせる! むせちゃう!!
「く。俺はそこまで考えてねぇよ! 意訳はいいけど飛躍しすぎだぞ!? ま、まぁだいたいそうだけど」
「……」
ああもう、無言で頬を赤らめるな!
「とはいえ、この辺で出来ることなんてたかが知れてるしなぁ。あ、そうだ」
俺はたまたまその辺で見つけた紐を一本ちょうだいする。
たぶん、献立表とかをつるしてるやつだが……ま、おばちゃんには後で謝っておけばいいか。
「ほれ、いくぞ。あやとりだ」
「……」
こくり、と頷き二人連れ立って屋上へと出かけるのだった。
―― to be conteinued...
- 612 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:53:27.23 ID:KedpS9780
第29話 「イド/二人」
「かーっ。やっぱいいな、外だよ、外」
当たり前のことを大げさに言ってみる。
場所は屋上。二人連れ立って来てみたにしてはどうにも味気ないか。
「初めてか、屋上」
「はい」
けれど、どことなく悪くないって感じがする。
気のせいなら気のせいでかまわないけど。
「普段、地下ばっかだからなお前。たまには太陽あびないともやしになるぞ、もやし」
「……嫌です」
「なら時々はこうやって来ような。そして、今日のメインディッシュはこいつだ!」
ばばーんと効果音が響きそうなアクションで取り出したるは紐。
「こいつであやとりタイムだ。分かるか? あやとり」
「……?」
「どっこいせ、と。ほらお前もこっち座ってさ。これ、お前の分な」
不思議そうに首をかしげるだけのイドにもう一組分の紐を作って渡す。
少し短いかと思ったものの、イドの小さな手にはちょうどのサイズだ。
「いいか? 俺の通りに真似てみ。まずはこう、ここを……」
「……」
「そうそう、で、次は」
二人して屋上にべったりと座り込んであやとり。
色気もくそもあったもんじゃないが、それでも結構白熱してくるもんで。
「よし、次はテクニックがいるとこだぞ? よーく見てろな」
「……」
「ここをこうして、こう……ほれ!」
ババーンと完成させたるは東京タワー。
つっても、この世界にはそんなものがなかったっけ。
でも紐が作り出す幾何学的な模様は、それなりにイドの興味を引いたようだ。
「次はイドの番だ。やってみ」
「……」
「ああ、惜しい! そこは中指を動かして……」
「……うー」
「あちゃ。ま、まぁそう気を落とすなよ? 俺なんて前の世界じゃ一番の下手っぴだったんだからさ」
この世界では娯楽がかなり限られるからな。
前の時の世界。こっち側での失敗した時の時間軸ではそりゃもうみんなにいじめられたもんだ。
「だからガンガン練習して、ばっちりにしとこうぜ。んで、あいつらに見せ付けるんだ!」
「……」
こくり、とうなずくちびっこ兎。
小さな手は真っ白で単色の紐とのコントラストは、きっと他のやつがやるより栄えるだろう。
こうやって、ひとつずつ、こいつと思い出を作っていこう。
- 613 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:54:22.88 ID:KedpS9780
「んでさ。全部、うまくいくようにしような」
「……はい」
「あと少しだから。実験、大変だけどさ。後は回収するだけなとこまで来たんだ」
「……」
「一緒に、頑張ろうな」
「はい」
「っと、やるじゃねぇか。センスいいぞ、イド」
彼女の手の中に咲いた、小さな花の形。
まだ少し歪だけど、それでもしっかりとそこにある。
俺達はこれくらいでいいんだ。不器用でも、不細工でも。結果を作っていこう。
「……」
「何だ? 嬉しすぎて言葉が出ないか? なんて」
「はい」
む、何だろう。こう、素直に反応されると意外と恥ずかしい台詞言ってることに気づいてしまう。
でも、ほんのりとでも、こいつの嬉しそうな顔が見れたのは大きな収穫だ。
「よし、もう1回だ。今度は最初から自分で全部やってみ」
「……」
「そんな悲しそうな顔すんなよ。大丈夫、崩しても練習すりゃすぐ出来るようになる。それに新しい形だって作れるんだから」
「あ……」
「だから、覚えていこうぜ。ひとつひとつ、さ」
そうやって思い出も、一緒に。
はい、と小さく頷く兎娘とその後しばらく、あやとり教室を楽しむのだった。
- 614 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:55:20.42 ID:KedpS9780
「はぁ、はぁ……」
「おいおい。大丈夫か? たったこれだけの丘を登っただけで息切れとは。本格的に運動不足だな、イド〜」
「……」
お、拗ねてる拗ねてる。
でもダメだぞー。本当に。運動しなきゃ身体なんてすぐ訛っちまうんだからな。
というか、飯ばっか食って運動しないと……。
「……!」
ふるふると首をふるイド。
おお、通じたか。俺がイメージしたぷくぷくしたイドが。
「……っ」
「お? 息切れはどうした?」
「し、てませ……」
「我慢はよくないぞー」
「し、して……はぁ、はぁ」
「そうそう、それでいいんだって。息切れ我慢したとこで運動不足が解消されるわけじゃないしな」
ぽんぽんと頭を撫でながら、訓練校の裏からの風景を見渡す。
そこは廃墟と化した町並みが映るばかりだ。けれど思い返せば、そこは俺の町がある。
「見えるか、イド」
それは最近、あっちの世界で見てきた風景。
心の中に描いたそれを、見せてやる。
「……はい」
「お前にも、この風景があるところへ連れて行ってやりたい……んだけど、な」
歩く機密事項なこいつを連れまわすことなんて不可能なことだろう。
こいつからしてみれば、今こうして歩き回る風景だけでも物珍しいくらいだろう。
それに、あの風景は……きっと、どんなに似せてもここには築けない。
- 615 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:56:06.20 ID:KedpS9780
「ごめんな」
「いえ」
「けどさ。俺の知ってる風景の場所へ連れてくことはできなくても」
この世界に平和が訪れれば、きっと。
それは当たり前のものとしてこいつの前に現れるはずなんだ。
「だから、うん」
「言いたいこと、あるんですね」
「……そうだな」
「言って……ください」
「俺、この街が好きなんだ。“あいつ”と一緒に作ってきた日常があった、さ」
そこでは笑って、怒って、だいたい迷惑ばっかかけられて。
そんな中で泣いたり、困ったりもしたけど。思い返せば、全部かけがえのないものなんだ。
だから、あの時。
「『元の世界』……戻れたとき、うれしかったんだ。思い出しちまったんだよ、色々」
それまでぼやけていた日常が、戦場ばかりを経験した俺だから、忘れかけていたそれを。
ただでさえ、世界を移動するたびに記憶が抜けたり、欠けたりしてきてる。
最初、この世界にきたときなんて初めてのことばかりだと勝手に思い込んでたくらいだし。
途中で思い出したからいいけど、もしそうじゃなきゃ、また前の世界の繰り返しだったろう。
「それでさ、俺、忘れてた……のとは、違うのかもしれない。思い出したってのとはちょっと違うから」
けど、何となく。この胸に、“あいつ”を大事な気持ちで迎えた気持ちがあるんだ。
お互い、意地っ張りだしそんなつもりなんてなかったはずなのに。気づいたら誰より相手が大事になって。
それを阻むいろんな障害があったし、気持ちが揺れ動くことも、なかったわけじゃない。
けど。それでも……あいつの唇の柔らかさも、肌のなめらかさも、身体のぬくもりも全部思い出したんだ。
- 616 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:56:59.94 ID:KedpS9780
「『元の世界』で俺、妹にさ。願いを実現することを強く思えって言われたんだ。それを実現するために行動しろ、って」
「……」
「俺の意思は世界さえも変えられるんだから、その責任の重大さも自覚しろとも、言外に言われた」
「……」
「なぁ。イドは何がしたい?」
「何……ですか」
「そう。何がしたい?」
「……BETAの思考を読んで……いえ、まずは実験を成功させて」
「それは違うだろ。誰かに決められたことじゃなくて、お前が、自分がやりたいこと」
「……」
「俺は『この世界』を救って、『元の世界』に帰る」
「……帰る?」
「ああ。俺は俺にしかできない、やるべきことを全部果たして、そうするつもりだ」
そう。最初は帰還すら可能性がないと諦めていたはずだった。
『この世界』を救いたいって気持ちにも嘘はない。
『元の世界』を実験で経験した今でも、その気持ちは変わらない。むしろ強くなったくらいだ。
隊のみんなや、『この世界』に生きるみんなを放っていけやしない。
それだけ、大事なんだ、ここが。
「けど、やっぱさ。俺の居場所は、あっちなんだ」
「馬鹿なやつだけどさ。ず〜っと近くにいたヤツがいないのは……やっぱ、寂しくてさ」
あいつと一緒に歩んだ記憶を思い出したから。
だからもう、あいつが隣にいないのは……ダメなんだ。
「他のみんなはいるし、お前も居てくれる」
けど……メイドが。あいつが隣にいないのは……辛いんだ。
「……ずっと、一緒だったんですか」
「いや、数年くらいだ。主観時間で言えばお前との付き合いのが長いくらいだ」
でも。あいつと過ごした時間は俺の人生の中で何より大事なものだ。
「大切、なんですね」
「そこにいて当たり前のやつがいないのはさ。自分の半分がないみたいに物足りなくて、な」
「……」
「『前のこの世界』から来てからしばらくはあいつのこと、思い出せてなかった俺が言うのもなんだけど」
今はもう、ダメなんだ。
あいつとの何気ない、馬鹿みたいなやり取りが。
いろんな障害に阻まれて、やっとあいつの大切さに気づいたときとか。
ずっと一緒に居たいって伝えた時のこととか。
- 617 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:57:30.75 ID:KedpS9780
「思い出」
「うん……思い出だ」
「思い出……どんな感じですか」
「え?」
「思い出、知らないです」
軍事機密だから。
誰とも会えなかったから。
話すことすら、許されなかった存在だから。
「それに、私は怖がられています」
きっと、それは難しいことで。人でありながら、人を超えている力。
人の心を除き見てしまう。そんな力。
彼女が話を許されたのは、その部分を知る人間ばかり。
だから、彼女は知ってしまう。自分がどれだけ恐ろしがられているかを。
「それは、他の妹達からも、そうでした」
暗く、冷たいイメージ。
それが彼女の感じてきたもの。
だから、恐れた。俺に知られることで、またそうした目で見られるのではないかと。
「けど、俺も妹も、違うよな」
「あの人は『自身にとって益か不利益か』でしか見ていません」
「あー……わかった。あいつは一旦さておく。けど、俺は違うだろ」
「はい……不思議です。何故、怖くないのですか」
「うぅん。理屈とかじゃねぇんだけどな。俺だって、すごいもんだぞ?」
「特殊な、力」
「おう。それも世界スケールだ。で、お前は俺が怖いか?」
「いいえ」
「なら、それと同じだ。俺はお前が戻ってきてほしくて、ずっと探し回ってたんだぞ」
「知ってます」
「ま、まぁ最終的に寝てたのはおいておくぞ。んで、お前のことを怖がったやつは心にやましいとこがあったんだよ」
「……」
「そう思ってさ。許してやれ」
「あなたはどうして平気なんですか」
「んー、本当に思ってることが伝っちまうのは仕方ないことだ。で、それで誤解が生まれたらその都度、説明すりゃいい」
元々、心が『見えてる』ならそれも簡単なことなはずだ。
- 618 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:58:18.49 ID:KedpS9780
「それだけのことだと思ってるから、かな。要は単純なんだよ」
「……」
「普段の俺はどうだ?」
「いつも見ているわけではありません」
「そうなのか?」
「話すより『見る』方が楽だなんて、思わないでください」
「……すまん、悪かった」
「でも」
そう呟いて。
「あなたは、楽しいです」
そうして真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は、真摯で。
「そっか。なら、良かった。なぁ、イド。今日のこと、忘れんな」
あやとりしたこと。
二人で飯くったこと。
辛い過去の話をしたこと。
楽しかったこと、悲しかったこと。
全部、全部忘れるな。
「……」
「それが『思い出』になるんだ。お前、さっき思い出がないっていったけどさ。そんなこと、ないぞ」
ここまで二人で過ごしたこと。
隊のみんなのこと。食堂や、地下のこと。
全部全部、お前にとっての思い出になっていくんだ。
「……はい」
「んで、楽しい思い出はなるべくたくさん作ってこうな。俺、手伝うから」
無理くり、馬鹿妹から休みをもぎ取ってやる。
そんで、今日みたいな日をたくさん作ってやろう。
「……私」
「ん?」
「この景色……ずっと忘れません」
「そうか」
「この景色を見ながら、お話したこと、もっと忘れません」
「俺も忘れない。それが、思い出だ」
「……はい。私には……思い出が、あるんですね」
そうして廃墟を、その街を見つめる背中はいつもより、少し大きく見えた。
陽も落ち、冷えてきたその場を後にし、俺達が食堂に戻るまでの少しの間。
俺達はその思い出をしっかりと胸に刻み込むのだった。
―― to be conteinued...
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