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妹「お兄ちゃん……中に……!」
121 :新世界の兄 [] :2010/03/14(日) 22:29:10.07 ID:vckn6hKp0
〜数日後悪の組織事業部〜

女幹部から重大発表があってから数日、兄の職場は特に変化もなく生暖かい日々を送っていた

女幹部は何やら裏で動いているようだったが、必要のない限りそれを部下に知らせたりはしない

部下達はその動向を気に掛けつつも、目の前の乏しい仕事に時間を費やす事に心を砕いていた

同僚B「――いや、そうじゃなくてですね……」

同僚Bは自分の愚かな判断を後悔していた。職場で一番の古株ならきっと何とかしてくれる、そう思ったのが誤りだった

不幸にも仕事を終わらせてしまった彼は、その後について兄に相談しに来ていたのだが、その相談相手が話にならない

兄「やる事無いんだろ?だったら適当に考え事でもして時間潰せば良いじゃねーか」

今日は女幹部が不在、同僚Aも行動を共にしているとなれば、自動的に兄が部署を任されることになる

しかし残念なことに、本人にその自覚がまるで無かった。この辺りは責任の所在を示しておかなかった女幹部のミスでもある

そして何より問題なのは兄が天性の下っ端気質であり、誰かに指示を出す権利が在るとは思っていないことだった

兄「どうせ女幹部さんが帰って来るまで、新しい仕事なんかねーんだから、諦めて待ってろって」

同僚B「もう良いです」

“駄目だこいつ……早く何とかしないと……”兄を諦めた同僚Bの目は語る。草食動物の洞察眼はその思いを見抜いていたが、

そんな事を気に留めるつもりはなかった。どう思われていようと、所詮兄は兄でしかないのだから


122 :神父女幹部 [] :2010/03/14(日) 22:35:00.28 ID:vckn6hKp0
〜悪の組織事業部会議室〜

女幹部「ええ、本部は現在、その謎の敵勢力との交戦に備えている筈ですが、恐らく統制は取れていないでしょう」

悪の組織事業部の四階、同僚Aと補佐を交えて代表との密談を行う女幹部。意外にも、それを提案してきたのは代表の方だった

これ程早く、しかも向こうから接触があると女幹部は思っていなかった。だが事態が進展するのは望む処、断る理由は無い

代表「怪人を襲った謎の敵……ですか。それが正義の味方だとしたら少し妙ですね」

女幹部の説明に所見を述べる代表。事の発端となった事件に、どうにも腑に落ちない点があるのだ

同僚A「仰る通り、新たな正義のヒーローが結成されたのなら、その動きが表に出ていないのは変です」

女幹部に代わって同僚Aが答える。今のところ新しく正義の味方が結成されたという情報は確認できない

ヒーロー業に利益を見込むのなら、その活動が世に向けて宣伝される筈、人前に立たない正義の味方に価値は無いのだ

補佐「同業他社の仕業とは考えられませんか?」

女幹部「それだとしても、現場の人間を標的にした理由が判りません」

業界最大手の悪の組織に、他の悪者たちが仕掛けてきた可能性も無くはないが、それならばもっと上の者を狙うのが自然だろう

代表「いずれにせよ、今の段階で可能性を限定しすぎない方が良いでしょう。相手の次の出方次第という事になりますかね」

女幹部「この敵の調査に関しては我々にお任せください。以前お話した新規業務の一環として」

無言で頷く代表。女幹部の言う新規業務とは、悪の組織事業部に逆らう愚者の、その肉の最後の一片までも絶滅する事


123 :いかん、今日中に終わる気がしない [sage] :2010/03/14(日) 22:39:20.36 ID:vckn6hKp0
〜しばらく後悪の組織本部三階幹部B個室〜

怪人「幹部B様」

幹部B「入れ」

悪の組織三階に位置する幹部B個室の扉を怪人が叩く。新たな敵を迎えて慌しい本部において、この場所も例外ではない

ただし問題もある、未だに敵の影さえ掴めていないのだ。相手が見えなくては戦いようが無い、これは困った事態である

頼りになるのは被害者の証言のみだが、それは幹部Cの部下であり、対立関係にある幹部Bが直接事情を聞くことは出来ない

二次的な情報でさえ満足に手に入らない、AやCの協力も期待できないとあって、彼の部署は少々苦戦を強いられていた

幹部B「で、何か分かったか?」

怪人「はい」

幹部Bの問いに懐からメモを取り出す怪人。そのメモは幹部Bの切り札ともなり得る、貴重な情報の集成だった

調査の前提で水を開けられている現状を考えると、他の幹部と同じ事をしていても追い付くことは不可能だろう

そこで幹部Bは独自の方法を採ると決めた。外部の優秀な人材の手を借り、専門家の判断を仰いだのだ

その試みは必ずや効果を発揮し、部署に成功をもたらすだろう、と悪の紳士は考えていた


124 :某E・T氏とは一切関係ありません [] :2010/03/14(日) 22:43:02.63 ID:vckn6hKp0
怪人「専門家の分析によると、事件は突発的、または計画的な犯行
もっとも疑わしいのは犯行時に現場にいた人間ですが断定は出来ません。
単独犯であると考えられるが、共犯者の存在も視野に入れておくべきです。
土地勘があるかもしくは通りすがりの線も踏まえた幅広い捜査が必要になります。
犯人は、10〜30代もしくは40〜60代以上の日本人である可能性が高いが、
外国人かもしれないということを念頭に入れておきたい。
そして少女といわれていますが、男性、ないしは女性、中年、
あるいは高齢者の可能性も否定しない方が賢明であるといわざるを得ません。
学生である可能性が高いが無職もしくは何らかの職についている可能性もある。
犯人の体型は、筋肉質もしくはやせ型、あるいは中肉中背〜肥満型で、
着痩せや、着太りして見える場合もあるということも考慮しておかなければなりません。
身長は、140〜160cm代もしくは、170〜190cm代でほぼ間違いないと思われますが、
140cm以下の可能性もあると考えて捜査するのが基本になります。
移動は、主に公共交通機関を使いながらバイクか車、もしくは自転車か徒歩で逃走、
船や飛行機を使うことももちろん考えられますが、馬や犬ぞりに乗り移動といった特殊な
移動手段もあるということも頭にいれておくべきです。現在の潜伏先は、
山林か繁華街か住宅地、すでに国外へ逃亡している可能性も否めません。との事です」

幹部B「ほう、的確な推理だ」

怪人「ええ、流石は元警視庁捜査一課長、大した洞察力ですね」

怪人の報告は想像以上に多くの情報を含んでいた。これで敵の特定に向けて大きく前進したに違いない

しかし、この程度で捜査の手を緩める悪の紳士ではない。悪の組織の魔手は、確実に妹の身へと迫りつつあるのだった


125 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 22:48:43.22 ID:vckn6hKp0
〜翌日悪の組織事業部一階オフィス〜

同僚A「はいは〜い、皆さんお仕事ですよ〜」

23時を少し過ぎた頃、遅れて出勤してきた同僚Aは、一同に新しい仕事が決まったことを告げた

相変わらずそこに女幹部の姿は無いが、この同僚Aが居るだけで職場の雰囲気は随分と締まったものになる

そして彼の知らせは同僚共に何よりの希望を与えた。女幹部が居ないという事は、女幹部が持ってくる業務も無いという事

やる事の枯渇しかかった中で、皆は仕事に餓えていたのだ。そこに同僚Aがやって来た、やはり頼れるナイス☆ガイである

しかし兄だけは様子が違っていた。『仕事に時間をかける』事に長けた兄は、受け持った分をまだ終わらせていなかったのだ

その原因は彼の低能さとはあまり関係ない。過酷な環境に適応する為に、必要な能力を身に付けたから、というだけの話である

そんな訳で、同僚Aが指示を飛ばす室内で兄は一人蚊帳の外、若干の息苦しさを覚えながら黙々とデータの打ち込みに励んでいた

兄が周囲の環境に気まずさを感じたとき、自動的にD.T.フィールドは展開される。心許せる職場で発動するのは極めて珍しい事例だった

そして23時半を少し回った頃、フロアの隅に発現した兄の領域に立ち入る者が現れた、同僚Aである

同僚A「まだ終わらねーのかソレ?」

兄「もうしばらくだな」

同僚A「それじゃ、手が空いたら言ってくれ」

今日一日を費やす予定だった作業は、普通にやっても相当かかる。同僚Aから意識を外した兄は無心に手を動かしていた


126 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 22:53:09.55 ID:vckn6hKp0
兄「――終わったぞ……ん?」

午前1時前、残務を片付けた兄は向かいの席に声を掛ける。いつの間にか室内は、二人だけの秘密の空間になっていた

同僚A「そうか。よし、取り敢えずメシ行くか」

兄「そうだな」

右頬に机の痕を貼り付かせた同僚Aは、立ち上がって欠伸をする。兄も席を立ち、二人は悪の食堂へと向った

悪の食堂とは、悪の組織事業部地下で営業する食堂であり、深夜勤務の悪者共が集う魔窟とも呼ぶべき場所である

1時〜2時の休憩時間は混み合い、ひしめく悪者共の織り成す地獄の戦場と化す。その前に席を確保できたのは幸いだった

兄「で、新しい仕事ってのは何なんだ?」

器用に人込みをすり抜けてテーブルへ戻った兄は悪のC定食を置き、既に向かいで食事に箸を付けていた同僚Aに尋ねる

同僚A「ああ、本部に敵対する奴等が現れたって話聞いたろ?その連中を調べる」

兄「何でだ?ソイツが何だろうと、ウチには関係ないんじゃねーのか?」

返ってきた答えは兄の望まないものだった。現実は恐れていた方向へ進み、脳はそれを理解することを拒む

筋の通った道理を否定できるほど、兄の自我は強くない。知ってしまったら、解ってしまったら、きっと諦めてしまう

二つの意志が日常を貫く。望んだのは平穏、身を任せる先にもそれが在ると思っていたかった


127 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 22:58:15.41 ID:vckn6hKp0
同僚A「まあ、今は難しい時期だからな。どう動くのか決めてないっつっても、情報は無きゃ話にならねーだろ」

兄「そうか……」

回らない頭で生返事、しかし露わになり始めた状況は、兄が脳内のお花畑に逃げ込むことを許さない

悪の組織はいずれ妹に辿り着く、そして自分はその只中に居るのだ。そんな実感が生じていた

同僚A「それに相手は怪人をブッ倒す様な化け物だ。放っておくのは危険過ぎるし、もし仮に利用できれば価値はデカい」

兄「ああ……」

兄の反応は不自然なほど淡白なものだったが、二人の会話は大体そんな感じなので同僚Aは特に気に掛けない

同僚A「何しろ襲われたのは怪人だからな。俺は正直、本部にいた頃あんな怖え奴等と目ぇ合わせらんなかったよ」

兄「そうか」

基本姿勢が受身の兄が、自分について話すのは稀である。
その所為で同僚Aは、目の前で唐揚げを頬張っている男が怪人であることを知らない

兄とまともに意思疎通の図れるナイス☆ガイが知らないのだから、その他の同僚が兄の正体を知る筈もない

“次世代怪人・ガール男”その名を心に留める者は世界中でただ二人―――いや、三……


128 :VIPがお送りします [sage] :2010/03/14(日) 23:01:52.48 ID:LjNEqBPk0
>>126
悪の食堂ワロス


129 :かたい・おっきい・やるせない [] :2010/03/14(日) 23:03:10.79 ID:vckn6hKp0
〜しばらく後兄妹宅〜

それは鉄球と言うにはあまりに大きすぎた。大きく、歪で、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった

本当は鉄ではないのかもしれない。だが材質などはどうでも良い、そんな事は問題にならない

巨大な金属塊は転がる。建物を潰しながら、現実を壊しながら、景色を造り替えながら、生活を滅ぼしながら

それを見下ろす自分の居る場所はどこだ?高く、遠く、安全な位置で、眼下の破滅ただを眺めている

そこに在るのは退廃ではなく、寂寥でもない。取り返しの付かない世界に、感情も感覚も消えてしまえば良い

勇気も覚悟も無かったから、絶望することは許されない。後悔を恐れて諦めた、何も求めてはいけないと感じた

自分に期待しても、どうせ裏切られる。他人に望んでみても、それが与えられる筈は無い

叶わないのなら願わない。否定と拒絶、その世界には誰も居ない。自分さえも―――

兄何だこの夢……」

兄は枕元の時計を手に取った。13時過ぎ、これから寝直すにしては半端、こんな時間に起きるのは予定外だった

嫌な夢が貴重な眠気を浪費させた。兄は生活のリズムが崩れるのを何より恐れる、例え今日が休日だとしても

自分を支配するのは仕事だけであって欲しいと願う。それ以外の余計なところで無理が続けば、いつかは弾け飛んでしまう

自宅では心穏やかに過ごさなければならない。だが、この沈んだ心は仕事と無関係ではないのかも知れない

見落とし続けてきた不都合な真実が兄を侵食し始めていた。美しい虚妄の世界は、破綻の時を静かに待っている


130 :孤独の兄 [] :2010/03/14(日) 23:07:48.40 ID:vckn6hKp0
目が醒めてしまったものは仕方ない、兄は歯を磨いてシャワーを浴びた。ああ……次は昼食だ……

そこで問題になるのが今日は休日だという事。家庭の中でも独立した存在の兄が、家族と共に食事を取ることは無い

居間には人の気配が在った。恐らくは両親、台所を使うのは不可能だろう。よろしい、ならば外食だ

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで・・・

自宅警備員時代に培った孤食の精神は、今なお心の奥に息づき、食生活の拠り所となっていた

兄は出掛ける支度をしながら何を食べに行くか悩む。焦るんじゃない、俺は腹が減っているだけなんだ

別に希望するものは無い、何かを決断することが苦手な兄である。とりわけ食べる物を選ぶのは難しいのだ

腹に入れば何でも構わない漢らしい気質と、大抵の物は美味しく頂ける幸せな舌を兼ね備えている

好きなものは特に無いが、嫌いなものも特に無い。兄の半分は『特に無し』で出来ています

兄「――よし」

小便は済ませた。財布とカード入れを持った。部屋の隅でグダグダ考え込まずに出掛ける心の準備はOK

昼飯を何にするかは外で決める、気分転換も兼ねて少々遠出をするのも良いだろう


131 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 23:12:51.36 ID:vckn6hKp0
〜悪の組織事業部女幹部個室〜

人気の無い悪の組織事業部一階、休日出勤の女幹部と同僚Aは、当面の方針について話し合っていた

同僚A「はい、今はそれぞれの可能性を探らせています。正義の味方、同業他社、通り魔的犯行、内部犯……」

女幹部「それで良い。だが、通り魔の線は薄いと見て良い筈だ。怪人に重傷を負わせられる一般人など居ないだろうからな」

同僚A「確かに可能性は低いでしょうが、無視は出来ません」

怪人の身体能力や頑強さは常人を遥かに凌ぐ、ただの人間に対抗する術はない。怪人を倒せるのはヒーローか怪人のみ

それは言うまでもない常識だが、同僚Aが何より危惧するのは、敵がその常識を外れた何者かである場合だった

ヒーローならば慣れた相手だ、対応も分かる。例え怪人だったとしても(内部犯であったならばの話だが)始末は出来るだろう

恐れるべきは未知なる脅威、小回りの利かない悪の組織が何も分からない内に、闇雲に力を浪費する事だけは避けなければならない

危機管理の鉄則は、まず大きな危険から排除することにあると同僚Aは知っている。そんな彼があってこそ女幹部は思うさま力を振るえるのだ

女幹部「そうだな。それと、余裕があったら他の幹部たちの動きにも気を配っておけ」

同僚A「はい、既に人を回しています」

女幹部「色レンジャー解散後のヒーロー業界の情勢は調べたか?」

同僚A「同僚Cが一晩でやってくれました」

ナイス☆ガイに油断は無い。同僚Aは様々な局面を想定し、対策する。何故なら彼はナイス☆ガイだからだ


132 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 23:16:42.42 ID:vckn6hKp0
〜街〜

「ごちそうさまでした」

14時半過ぎ、会計を済ませた兄は定食屋を出る。適当に入った店だが、満足のいく食事は出来た

やはり無駄に考え込む必要などなかった。街には無数の飲食店があり、そのどれもが正解となり得るのだ

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。昼食を食べるという大仕事も、肚を据えて挑めば決して不可能なことではなかった

兄「!」

食後の一服と、タバコを取り出した兄の領域の端を、ただならぬ存在感が掠めた。顔を上げてそちらを見やる

電話しながら行き過ぎるのは大きな男だった。単に背が高いだけではなく、それに見合った質量感のある体格を備えている

厚い胸板、太い首。人目を引くその身体は、普通の生活の中では作り上げる事が出来ないと一見して解った

兄「あれは……」

そして兄はその顔に見覚えがあった。以前本部に居た頃幾度かすれ違った事のある、怪人の人間形態に間違いない

怪人「―――ああ、そのまま見張ってろ。俺もすぐに行く」

何やら物騒なことを言って通話を終えると、怪人は歩みを早める。見張る?一体誰を?そういえば誰かが本部に狙われていた様な―――

兄「まさか……」

良くない事態が起こりそうな予感、騒ぎだした胸を押さえ、兄は怪人を追うべきかどうか無駄に思い悩む


133 :そして時は動き出す [] :2010/03/14(日) 23:21:18.20 ID:vckn6hKp0
兄の脳は超速で回転を始めた。その思考は、正義と勇気を振り切る速度で真後ろ目掛けて突き進む

怪人に狙われているのが妹だとしたら、それを見過ごす事は出来ればしたくない

しかし、草食系男子の兄は骨の髄まで弱者である。怪人を相手に何が出来るとも思えない

今まで、あらゆる面倒事を正面切って避けてきた。そんな自分が自ら危険に飛び込む事など有り得ない

一番大切なものは自分の平和な生活を守ることの筈。その損得勘定に感情は不要だ

何も出来ないなら、やならくても同じ事。今、自分は何も見なかった、怪人のことなど知らない

知らないのなら仕方ない。ああ、今日はいい天気だ。せっかくの休日、早く帰ってゆっくり休むとしよう。←ここまで0.5秒

兄「あ……!」

初めから逃げに傾いていた気持ちが固まりかけた頃、兄はdでもない事を思い出してしまった

怪人の前ではまったく無力な存在だと定義した自分も、また同じく怪人だったのだ。これはマズイ

妹の危機(仮)に対して、何かが出来てしまうかも知れない。そこに思い至ったのは痛恨の極みである

頭の中で人生をきる兄は、何をするのにも相応の理由を必要とする。見て見ぬフリをするという行為も例外ではない

問題を解決し得る可能性を見出してしまったことで、それを放置して行き過ぎるのは不可能になったのだ

兄「……」

兄は遠ざかる影を見据え、頭の後ろへ手を回す。“仕方ない”と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は決まっているんだッ!


134 :怪人・白色乳酸飲料男 [] :2010/03/14(日) 23:25:28.26 ID:vckn6hKp0
戦闘員1「本当にアレがスパイダー男を襲った犯人なんですかね?どう見てもただの女の子です。」

本当にありがとうございました。妹の監視していた戦闘員1は、到着した怪人に猜疑の口ぶりを向ける

集まったのは戦闘員二名に怪人一名。幹部Bの部下である彼等は、怪人襲撃事件の犯人を捜して、ついに妹に行き着いたのだった

怪人「お前はあの凄ぇ推理を聞いてなかったのか?プロファイリング舐めんじゃねーよ馬鹿野郎」

戦闘員2「身長140〜190の男か女、年齢は10代〜60代、体型は痩せ型もしくは中肉中背〜肥満。確かに特徴は合致しますね」

戦闘員1「いや、でも、もしまた間違いだったら……」

専門家の見解通りの人間を探し当ててみたものの、あまりに無害そうな妹を見て、戦闘員1の確信は些か揺らいでいた

怪人「細けぇ事ぁいいんだよ!ちょっとくらい違ってても構わねぇって。こーゆーのは数こなしてナンボなんだからよ」

戦闘員1「はぁ……」

戦闘員2「では行きましょうか」

他の連中を待つ必要も無さそうだ。気の進まない様子の戦闘員1を納得させると、三人で妹へ向う。それにしてもこの怪人、ノリノリである

怪人「ちょいと、そこなお嬢さん」

妹「はい?」

呼び止められて振り返った妹は警戒して身構えた。立っていたのは字に書いた様な悪者が三人、いずれにも面識は無い

あまり関わり合いたくない感じのする連中である。とりわけ真ん中の巨漢は怪しすぎる……怪しい人――→怪人――→“!?”


135 :謙虚な妹の喋り方が少々おかしく名うr事は稀にだがよくある [] :2010/03/14(日) 23:29:57.83 ID:vckn6hKp0
妹「何いきなり話しかけて来てる訳?」

妹は努めて冷静に振る舞う。怪人が自分に接触してきたのだとしたら、用件は穏やかならざるものであるに違いない

心当たりは多分にあるが、それを知られたらsYレならんしょこれは・・・? 誠心誠意しらばっくれる所存であった

戦闘員2「いえ失礼。私共は悪の組織の方から参った者なのですが、近頃この辺りで、怪人が暴行を受ける事k……」

妹「お前ら悪者に囲まれてる女の子の気持ちを考えたことありますか?マジで泣き出したくなる程怖いんで止めてもらえませんかねえ・・・?」

戦闘員の言葉を遮る妹。相手のペースを乱してはぐらかそうという魂胆である。だがその判断はどちらかといえば大失敗

怪人「そんで、俺達は事件を調べてたんだがな、浮かんだ犯人像にお嬢ちゃんが当てはまるモンだから、声を掛けさせてもらったってぇワケよ」

さすがに怪人は格が違った妹の浅はかさは愚かしい小細工はアワレにもバラバラに引き裂かれて人工的に淘汰される

妹「おいイ!私がどうやって犯人だっていう証拠だよ?お前それで良いのか?」

怪人「いやまぁ、ちょいと調べさせてもらって、違ったらゴメンナサイって事で……ん?」

見上げた空に影が差す。鳥だ!飛行機だ!鳥と飛行機が飛んでいく。そちらに注意を向けた怪人は、背後に忍び寄る脅威に気付かない

妹は目を疑った普通ならここに居る筈のない人が歩いて来るんだが兄きた!何故か兄きた!これで勝つる!

何かを狙う者が、自らを狙う相手を察知するのは難しい。別段、そんな事を考えてはいなかった兄だが、とにかく接近することは出来た

そして兄は考える。本職の怪人を相手に、まともにやりあっては勝ち目など無い。変身の暇を与えず、一撃で仕留めるほかは無いだろう

乾坤一擲、狙うはただ一点。利き足の爪先に渾身の力を込め、臀部を下から抉り込む様に蹴るべし!


136 :Toe of Deadly Needle 略してTDN [] :2010/03/14(日) 23:33:58.11 ID:vckn6hKp0
もしかすると格闘技に明るい人達の間では、カンチョーを最強の格闘技に挙げる人は少ないのではないだろうか?

確かに大人になるとカンチョーを受ける機会も減り、その威力の程を体感することは殆んどなくなったので当然のことと思う

しかし僕(作者)は、路上で最も恐ろしい格闘技の一つがカンチョーであるという認識は今も揺るぎない!!

路上のケンカでも尻を守ろうとしない相手は多い。ならばどうするか!?

当然だがカンチョーはスポーツではない 武道なのだ!

その成り立ちは諸説あるが、元々は殺し合いから産まれたモノだろう。

当然様々な状況を想定している故に―――あらゆる打撃系の格闘技の中で唯一

―――――肛門に向けての攻撃があるのだ!!!

一般には人差し指や親指など、手を用いた攻撃が基本といわれるが、武器や足技を使って威力を高めるのも、もちろん有効である

怪人「ひぎ……ぃ……」

拳銃で腸を貫かれると、人はこう倒れるものかも知れない・・・そんな事を想像させられる様な倒れ方だった

兄の変則百年殺しは尻を割り、穴を穿った。人体には如何なる鍛錬によっても鍛えられない部位というモノがあるのだ

戦闘員1・2「「!?」」

突然の敵襲に戦闘員たちは顔色を失った。尻を押えて痙攣する怪人と、いつの間にかそこに存在していた兄を見て膝を震わせる

怪人と一緒に行う仕事に危険は無い、そう自惚れていた。彼等の誤算は、間合いに入った男 全ての菊門を狙う魔人が出現したこと


138 :USAGI -RUN道- [] :2010/03/14(日) 23:37:32.21 ID:vckn6hKp0
戦闘員1「何だ……貴様は……!?」

無駄に長い前髪に隠れた顔は窺えず、性別すら判別しかねる。無言で進み来る不思議生物に、たじろぐ戦闘員は後退る

兄「よっと」

妹「え?ちょっ……」

三十六計逃げるにしかず。兄は戦闘員共に構うことなく、妹を小脇に抱えて走り出した。言われなくてもスタコラサッサだぜぇ

怪人「おい!お前ら何ボサっとしてやがる!とっとと追わねぇか!ぁっ…いてて……」

戦闘員1・2「「は、ハイ」」

道路に這い蹲った怪人が負傷箇所を気にしつつ命令した。その言葉で我に返った戦闘員は、慌てて兄を追いかける

どんな辛い現実からも逃げ出してきた兄は、言うなれば遁走の専門家である。その駆けゆく様は脱兎の如し

寓話『うさぎとかめ』で兎と亀に何故差が付いたか、それは慢心・環境の違いのみが原因ではない

そもそも兎には、長い距離を走る能力が無いのだ。そして兄は、自分の持久力がそれほど続かないのを知っている

専門家だから判る、ただ走るだけでは恐らく体力が持たない、追っ手を振り切ることは不可能だ

ヘバって動けなくなったところを追い詰められるのは最悪の事態であり、それだけは避けなければならない

どこかで決定的な差をつけて、相手に諦めていただく必要がある。と、なれば向う先は決まっている

辿り着いた繁華街、休日午後を楽しむ人々で賑わう只中に、兄は迷うことなく全速力で飛び込んだ


139 :監督には向いてないかもしれないけど、最高の選手だったと思います [] :2010/03/14(日) 23:42:04.30 ID:vckn6hKp0
兄は人混みを苦にしない。周囲1.5mに展開するD.T.フィールドは、その中の物体全ての位置と動きを捕捉する

そうして把握した空間情報を基に、通り抜けられる道を見つけ出し、怪人の反射神経と身体能力で人を避けて走る

兄の行動原理は三つ。@敵から遠ざかる。A障害物にぶつからない。B速度を落とさない

これだけで良い。従うべき原則が単純であるため、最適な動きを見出すのは容易いのだ

妹を抱えて縦横無尽・傍若無人に悲鳴と怒号を突破する姿は、さながら暴走する人攫いといった有様である

そして当然ながら、兄が身を翻すたびに振り回される妹の身体には、相当の負担が掛かることになる

妹「ぐぉ!!?ギブギブ!もうダメ!」

兄「黙れ」

妹「ぐぇ!」

通行人を躱すことに集中する兄に、妹を気遣う余裕は無い。体を捻り、左右に切り返し、すり抜け切り抜け駆け抜ける

人波を渡りきり、追っ手を存分に引き離すまでに抜き去った人数は43。マラドーナも真っ青の大記録が誕生した瞬間である

妹「終わった……?そろそろ放してくれませんか?む……胸が当たってるんですけど……え?胸!?」

息も絶え絶えの妹は気付いた。背中に押し当てられた感触は、そこに在る筈のないものだ。何故兄にそんなモノが?

兄「あててんのよ。いや、その説明は後だ。急ぐぞ」

下ろした妹を促して走る兄は、今までひた隠しにしてきた自分の正体がついに知られてしまったと深い悲しみに包まれた



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