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意地悪なメイド4
703 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/25(月) 00:47:52.04 ID:OJVctMC+0
第32話(前) 「逃走/開始」


彼女の身分の確認が終わり、事態がうまく飲み込めないながらも侍女の方や、御付と思われる人たちから説明を受ける。
この離城は帝都から地下に走る鉄道がつながっており、それを利用してここにいるということ。
彼女がこれを命じ、今に至っていること。その真意として自身の身を囮とし、帝都を戦火から護ろうとしていること。
そのために情報をわざとリークしていること。今まさにクーデター部隊がこちらに近づいていることなど。
情報のひとつひとつが重大すぎて考えが追いつかない。更に、狐目の割烹着はとんでもないことを言い出す。

「我々は将軍の身辺警護は承っておりますが、何分現在必要なのは足。となれば……そちらの殿方の戦術機に将軍をお預けするほかありませんね」

「はぁ!? お、俺ですか?!」

「何を考えておられるのですか!」

当然のように侍従の女性が訴えかけるが、

「この状況で戦術機のコックピット以上に安全な場所がありましょうか? 何より男さん、貴方の操縦練度を鑑みれば現状としては最良かと」

正論をさらさらと語られては反論のしようもない。

「……信用できるのですか」

苦虫を噛み潰すように呟く侍従の女性。
そこには若干の諦めにも似た肯定のニュアンスがある。

「ふむ。では殿下、よろしいですか」

「よしなに」

幼女が継げ、殿下がこちらに頭を下げる。
思わず恐れ多くなり、俺も頭を下げてしまう。

「ではそのまま基地まで向かわれるのがよろしいかと。侍従殿、そちらは指揮戦闘車両に」

きびきびと指示を飛ばす幼女と狐目。
今更だけど身辺警護も預かってるなんて言ってたが、こいつら何者なんだ。


704 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/25(月) 00:49:11.96 ID:OJVctMC+0
「長殿。貴方はどうされるおつもりですか」

「殿下。こちらはもう一仕事残しておりますゆえ、帝都に舞い戻り微力ながら事態の収拾に努めましょう」

「……どうか、無事に」

幼女相手にも恭しい態度。
尊大な様子はどちらが年上かわからなくなる。

「此度の決起にて臣を失われる痛み、悲しみは如何ばかりかと存じ上げますが、国を憂う若者たちがやむにやまれず立ち上がったというもの」

狐目は微笑をそのままに、殿下へと言葉を送る。

「そのような者たちがいる限り、この国もまだ捨てたものではありません。ここで膿を出し切れば必ずやこの国は生まれ変わります」

「本当に、そうなのでしょうか」

心苦しいといった面持ちの殿下に、それでも尚微笑みを絶やさない。

「ご安心ください、殿下。帝国の精神は必ずや民の心に蘇りましょう。――さて、時間も差し迫っておりますゆえ。お早く」

「……はい」

彼女達のやり取りは真剣で、これがとんでもないことなのだと改めて実感する。
同時に、教官から入った司令は今までの話が真実であることを告げる報が入ったというもの。
くそ、何だってんだよ、これは!
あまりに大きすぎる事態の推移、そしてその中心にいるという実感。
怖くすら感じるのは、妹嬢のこと。あいつ、こうなることを知っててここに俺達を配置したんだ。
何が後方待機だよ、激戦区のど真ん中に配置しやがって。あいつはここが帝都からつながっていることを知ってたんだ。
そういえば、委員長との話の中に出てきた部隊がここを死守したって言ってたっけか。
そりゃそうだろう。物資や補給路は元より存在していたんだし、ここが脱出地点に選ばれる可能性が高いと分かってたんだ。
忠誠心もあるだろうが、それ以上にここが重要な拠点だから護ったんだろう。
……もはや揺るがしようがない。これは、紛れもない事実だ。

「02男からCP、最優先処理の必要を認む! 繰り返す、02男からCP――!」

『CPより02。秘匿回線の使用を許可する。報告せよ』

「先ほど確保した4名について身元が判明。朱鷺之宮殿下以下、侍従数名です」

『何!? 殿下がたったそれだけの警護で……』

教官が絶句するのも無理はない。本来この方は外に出られるご身分でもないし、出たとしてもどれほどの警護が必要となるか。
一国を象徴するというのはそういうことなのだ。けれどその先入観がカモフラージュ。最大の隠れ蓑となっているんだ。

「侍従方が現在指揮車両に向かっておられます。そちらで詳細の確認を」

『――了解。それで、殿下はどうされている』

「戦術機のコックピットが現状として安全であると侍従の方の一人から案が」

『侍従が? ……何ゆえお前を指定した』

それは、確かに。
でも、あれは侍従のようだと思っていただけで事実としてもっと位の高い人物だったようにも思える。

「あちらの判断基準として此方の操縦技術の練度、並びに現状を鑑みたものであると判断されたと考えられます」

『……貴様についての情報があちらにあるという事か? まぁいい、練度については認めざるを得ない。状況を考え見れば余計にだ』

それも分からない。俺という人間について何で知っていたのか。
もしかして友の親父さんと同じ情報省の人間だったりしたのだろうか。いや、今はいい。考えるのは後だ。

『よし、あくまで緊急措置だ――秘匿回線の使用を終わる』

「……06了解」

教官より各機体に俺を中心としたフォーメーションでの待機が告げられる。
とんでもないことになった。けど、やるしかない。
こちらを見上げてくる殿下の視線に真っ直ぐに向き合う。
柔らかな物腰でありながら、その芯の強い視線はまごうことなき気品の高さ。

「殿下。こちらへ。若輩ではありますが、御身の警護、勤めさせていただきます」

頭をたれ、傅くことに何ら違和感はない。
それだけのお人なのだ。この方は。

「世話になります」

告げられ、手を取られる。
何となく、今更だが俺の言葉遣い、間違ってるんだろうなぁと思いながらコックピットへとあがるのだった。


705 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/25(月) 00:49:48.23 ID:OJVctMC+0
数十キロと離れぬ地点。
そこで起こる戦闘は一方的というより他ない。

『――こちら604C、現在交戦中! 至急増援を――』

『くそがァ!! 止まれ、止まれよ! 同じ機体なのに何――』

『帝都の護りを預かる我等精鋭。その力……見くびってもらっては困る』

操縦の練度、衛士としての技量。
これらに圧倒的な差がある二つの部隊の交戦は、片方のみの爆発によって赤く彩られる。
その歩み、止まることなく。ただひたすらに向かう。先に居わす殿下の下へ。





爆発音。それもかなり近い。
かなり近くまで迫られてるのか。大丈夫なのか、後方の部隊は……。
心配していても仕方ない。殿下を座席に固定し、通信により状況を確認していく。

しかし、侍従長さんも俺が殿下を預かることに賛成とは思わなかった。
あの人からは色々思われることがあるから、余計にだ。
恐らく自身が遠慮なく動き回れることが重要だと判断したんだとは思うが。

意外と手馴れた動作で座席に体を固定する殿下。
後は多少マシにはなるだろうと補助薬として使う錠剤を手渡し、飲んでいただく。
飲まないよりは、って程度ではあるがこれからを考えれば無用とは思わない。

「スコポラミン、加速病対策ですね。揺れは覚悟します」

「ご不便をおかけします」

「良いのです。無理を強いているのはこちらなのですから」

そう言われてはこれ以上何もいえない。
俺は再び通信に耳を傾けようとし、殿下から音声をそちらにも届くようにと請われる。

「音声のみとなりますが」

「かまいません、お願いします」

事実上の帝国軍最高司令官の命令だ。
作戦が始まれば切っておけば問題ないだろう。そう判断し、音声を全体へと変更する。

状況としてはもはや一刻の猶予もない。
前線基地は突破され、ふた山向こう――すぐ後方でも交戦が始まっている。
敵の主力は二手に別れこちらを追走。脱出経路としては真っ直ぐに基地へと向かうルートはアウトになった。
主力とぶつからぬよう、南下をすることになる。敵は左右、後方を抑える形でこちらを追走していく。
これに対して俺達は米軍の援護を受けながら、重要なポイントとなるE1と呼ばれる地点を抜けることを目指す。
E1地点は山間部が狭くなっており、敵がこちらの頭を抑えられるのはここ以外にはない。
よって俺達の最重要目標としては敵より早くここを抜けることになる。そうすれば事実上の勝利だ。
その先には米軍の戦術機甲大隊が展開し敵を待ち受ける。そこに飛び込み、後は海路を行けばゴールだ。


706 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/25(月) 00:50:23.55 ID:OJVctMC+0
「厳しい状況ですね。私がふがいないばかりに」

告げる言葉は殿下のものだ。
正直に言えば、かなり厳しいだろう。
急ごしらえの作戦でしかなく、楽観的に見すぎにも思える。
俺達の勝利条件は提示されたが、つまりそれは失敗すれば敵に包囲されて一巻の終わりだということ。
支援砲撃や航空支援も期待できず、殿下の御身があり無茶を出来ないと考えても陰謀渦巻く今回の事件でそれを期待しすぎることはできない。

「何をおっしゃるんですか。大丈夫ですよ」

けれど、そう告げるしかない。
この方の心が少しでも痛まないように。
囮部隊の存在や侍従長さんの独立部隊の援護もある。
だからこの言葉を真実にしなきゃいけない。絶対に。

最後に教官より俺の機体を最優先に警護する旨、そして俺に殿下を無事送り届けることを絶対という言葉をつけて命じる。
これから始まるのは訓練でも演習でもなく、実戦。人が死ぬかもしれない。人を殺すかもしれない。
――俺が未来を変えたからかもしれない。
でも、そう思ってもなお、止まらない。止まっていられないんだ!

「本当に……面倒をかけます」

「必ず基地までお連れします。任せてください」

絶対に生き残る。……生き残るんだ!
生き残って『数式』を回収して、世界を救う。
そして……あいつの元に、『元の世界』に帰るんだ!

『全機――発進!!』

教官の声に、必要以上に力で操縦桿を押し込む。
決意は俺を前へと押し出し、逃走劇の開始を告げたのだった。



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