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意地悪なメイド4.5
- 612 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga]
投稿日:2011/06/30(木) 00:53:27.23 ID:KedpS9780
第29話 「イド/二人」
「かーっ。やっぱいいな、外だよ、外」
当たり前のことを大げさに言ってみる。
場所は屋上。二人連れ立って来てみたにしてはどうにも味気ないか。
「初めてか、屋上」
「はい」
けれど、どことなく悪くないって感じがする。
気のせいなら気のせいでかまわないけど。
「普段、地下ばっかだからなお前。たまには太陽あびないともやしになるぞ、もやし」
「……嫌です」
「なら時々はこうやって来ような。そして、今日のメインディッシュはこいつだ!」
ばばーんと効果音が響きそうなアクションで取り出したるは紐。
「こいつであやとりタイムだ。分かるか? あやとり」
「……?」
「どっこいせ、と。ほらお前もこっち座ってさ。これ、お前の分な」
不思議そうに首をかしげるだけのイドにもう一組分の紐を作って渡す。
少し短いかと思ったものの、イドの小さな手にはちょうどのサイズだ。
「いいか? 俺の通りに真似てみ。まずはこう、ここを……」
「……」
「そうそう、で、次は」
二人して屋上にべったりと座り込んであやとり。
色気もくそもあったもんじゃないが、それでも結構白熱してくるもんで。
「よし、次はテクニックがいるとこだぞ? よーく見てろな」
「……」
「ここをこうして、こう……ほれ!」
ババーンと完成させたるは東京タワー。
つっても、この世界にはそんなものがなかったっけ。
でも紐が作り出す幾何学的な模様は、それなりにイドの興味を引いたようだ。
「次はイドの番だ。やってみ」
「……」
「ああ、惜しい! そこは中指を動かして……」
「……うー」
「あちゃ。ま、まぁそう気を落とすなよ? 俺なんて前の世界じゃ一番の下手っぴだったんだからさ」
この世界では娯楽がかなり限られるからな。
前の時の世界。こっち側での失敗した時の時間軸ではそりゃもうみんなにいじめられたもんだ。
「だからガンガン練習して、ばっちりにしとこうぜ。んで、あいつらに見せ付けるんだ!」
「……」
こくり、とうなずくちびっこ兎。
小さな手は真っ白で単色の紐とのコントラストは、きっと他のやつがやるより栄えるだろう。
こうやって、ひとつずつ、こいつと思い出を作っていこう。
- 613 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:54:22.88 ID:KedpS9780
「んでさ。全部、うまくいくようにしような」
「……はい」
「あと少しだから。実験、大変だけどさ。後は回収するだけなとこまで来たんだ」
「……」
「一緒に、頑張ろうな」
「はい」
「っと、やるじゃねぇか。センスいいぞ、イド」
彼女の手の中に咲いた、小さな花の形。
まだ少し歪だけど、それでもしっかりとそこにある。
俺達はこれくらいでいいんだ。不器用でも、不細工でも。結果を作っていこう。
「……」
「何だ? 嬉しすぎて言葉が出ないか? なんて」
「はい」
む、何だろう。こう、素直に反応されると意外と恥ずかしい台詞言ってることに気づいてしまう。
でも、ほんのりとでも、こいつの嬉しそうな顔が見れたのは大きな収穫だ。
「よし、もう1回だ。今度は最初から自分で全部やってみ」
「……」
「そんな悲しそうな顔すんなよ。大丈夫、崩しても練習すりゃすぐ出来るようになる。それに新しい形だって作れるんだから」
「あ……」
「だから、覚えていこうぜ。ひとつひとつ、さ」
そうやって思い出も、一緒に。
はい、と小さく頷く兎娘とその後しばらく、あやとり教室を楽しむのだった。
- 614 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:55:20.42 ID:KedpS9780
「はぁ、はぁ……」
「おいおい。大丈夫か? たったこれだけの丘を登っただけで息切れとは。本格的に運動不足だな、イド〜」
「……」
お、拗ねてる拗ねてる。
でもダメだぞー。本当に。運動しなきゃ身体なんてすぐ訛っちまうんだからな。
というか、飯ばっか食って運動しないと……。
「……!」
ふるふると首をふるイド。
おお、通じたか。俺がイメージしたぷくぷくしたイドが。
「……っ」
「お? 息切れはどうした?」
「し、てませ……」
「我慢はよくないぞー」
「し、して……はぁ、はぁ」
「そうそう、それでいいんだって。息切れ我慢したとこで運動不足が解消されるわけじゃないしな」
ぽんぽんと頭を撫でながら、訓練校の裏からの風景を見渡す。
そこは廃墟と化した町並みが映るばかりだ。けれど思い返せば、そこは俺の町がある。
「見えるか、イド」
それは最近、あっちの世界で見てきた風景。
心の中に描いたそれを、見せてやる。
「……はい」
「お前にも、この風景があるところへ連れて行ってやりたい……んだけど、な」
歩く機密事項なこいつを連れまわすことなんて不可能なことだろう。
こいつからしてみれば、今こうして歩き回る風景だけでも物珍しいくらいだろう。
それに、あの風景は……きっと、どんなに似せてもここには築けない。
- 615 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:56:06.20 ID:KedpS9780
「ごめんな」
「いえ」
「けどさ。俺の知ってる風景の場所へ連れてくことはできなくても」
この世界に平和が訪れれば、きっと。
それは当たり前のものとしてこいつの前に現れるはずなんだ。
「だから、うん」
「言いたいこと、あるんですね」
「……そうだな」
「言って……ください」
「俺、この街が好きなんだ。“あいつ”と一緒に作ってきた日常があった、さ」
そこでは笑って、怒って、だいたい迷惑ばっかかけられて。
そんな中で泣いたり、困ったりもしたけど。思い返せば、全部かけがえのないものなんだ。
だから、あの時。
「『元の世界』……戻れたとき、うれしかったんだ。思い出しちまったんだよ、色々」
それまでぼやけていた日常が、戦場ばかりを経験した俺だから、忘れかけていたそれを。
ただでさえ、世界を移動するたびに記憶が抜けたり、欠けたりしてきてる。
最初、この世界にきたときなんて初めてのことばかりだと勝手に思い込んでたくらいだし。
途中で思い出したからいいけど、もしそうじゃなきゃ、また前の世界の繰り返しだったろう。
「それでさ、俺、忘れてた……のとは、違うのかもしれない。思い出したってのとはちょっと違うから」
けど、何となく。この胸に、“あいつ”を大事な気持ちで迎えた気持ちがあるんだ。
お互い、意地っ張りだしそんなつもりなんてなかったはずなのに。気づいたら誰より相手が大事になって。
それを阻むいろんな障害があったし、気持ちが揺れ動くことも、なかったわけじゃない。
けど。それでも……あいつの唇の柔らかさも、肌のなめらかさも、身体のぬくもりも全部思い出したんだ。
- 616 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:56:59.94 ID:KedpS9780
「『元の世界』で俺、妹にさ。願いを実現することを強く思えって言われたんだ。それを実現するために行動しろ、って」
「……」
「俺の意思は世界さえも変えられるんだから、その責任の重大さも自覚しろとも、言外に言われた」
「……」
「なぁ。イドは何がしたい?」
「何……ですか」
「そう。何がしたい?」
「……BETAの思考を読んで……いえ、まずは実験を成功させて」
「それは違うだろ。誰かに決められたことじゃなくて、お前が、自分がやりたいこと」
「……」
「俺は『この世界』を救って、『元の世界』に帰る」
「……帰る?」
「ああ。俺は俺にしかできない、やるべきことを全部果たして、そうするつもりだ」
そう。最初は帰還すら可能性がないと諦めていたはずだった。
『この世界』を救いたいって気持ちにも嘘はない。
『元の世界』を実験で経験した今でも、その気持ちは変わらない。むしろ強くなったくらいだ。
隊のみんなや、『この世界』に生きるみんなを放っていけやしない。
それだけ、大事なんだ、ここが。
「けど、やっぱさ。俺の居場所は、あっちなんだ」
「馬鹿なやつだけどさ。ず〜っと近くにいたヤツがいないのは……やっぱ、寂しくてさ」
あいつと一緒に歩んだ記憶を思い出したから。
だからもう、あいつが隣にいないのは……ダメなんだ。
「他のみんなはいるし、お前も居てくれる」
けど……メイドが。あいつが隣にいないのは……辛いんだ。
「……ずっと、一緒だったんですか」
「いや、数年くらいだ。主観時間で言えばお前との付き合いのが長いくらいだ」
でも。あいつと過ごした時間は俺の人生の中で何より大事なものだ。
「大切、なんですね」
「そこにいて当たり前のやつがいないのはさ。自分の半分がないみたいに物足りなくて、な」
「……」
「『前のこの世界』から来てからしばらくはあいつのこと、思い出せてなかった俺が言うのもなんだけど」
今はもう、ダメなんだ。
あいつとの何気ない、馬鹿みたいなやり取りが。
いろんな障害に阻まれて、やっとあいつの大切さに気づいたときとか。
ずっと一緒に居たいって伝えた時のこととか。
- 617 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:57:30.75 ID:KedpS9780
「思い出」
「うん……思い出だ」
「思い出……どんな感じですか」
「え?」
「思い出、知らないです」
軍事機密だから。
誰とも会えなかったから。
話すことすら、許されなかった存在だから。
「それに、私は怖がられています」
きっと、それは難しいことで。人でありながら、人を超えている力。
人の心を除き見てしまう。そんな力。
彼女が話を許されたのは、その部分を知る人間ばかり。
だから、彼女は知ってしまう。自分がどれだけ恐ろしがられているかを。
「それは、他の妹達からも、そうでした」
暗く、冷たいイメージ。
それが彼女の感じてきたもの。
だから、恐れた。俺に知られることで、またそうした目で見られるのではないかと。
「けど、俺も妹も、違うよな」
「あの人は『自身にとって益か不利益か』でしか見ていません」
「あー……わかった。あいつは一旦さておく。けど、俺は違うだろ」
「はい……不思議です。何故、怖くないのですか」
「うぅん。理屈とかじゃねぇんだけどな。俺だって、すごいもんだぞ?」
「特殊な、力」
「おう。それも世界スケールだ。で、お前は俺が怖いか?」
「いいえ」
「なら、それと同じだ。俺はお前が戻ってきてほしくて、ずっと探し回ってたんだぞ」
「知ってます」
「ま、まぁ最終的に寝てたのはおいておくぞ。んで、お前のことを怖がったやつは心にやましいとこがあったんだよ」
「……」
「そう思ってさ。許してやれ」
「あなたはどうして平気なんですか」
「んー、本当に思ってることが伝っちまうのは仕方ないことだ。で、それで誤解が生まれたらその都度、説明すりゃいい」
元々、心が『見えてる』ならそれも簡単なことなはずだ。
- 618 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/06/30(木) 00:58:18.49 ID:KedpS9780
「それだけのことだと思ってるから、かな。要は単純なんだよ」
「……」
「普段の俺はどうだ?」
「いつも見ているわけではありません」
「そうなのか?」
「話すより『見る』方が楽だなんて、思わないでください」
「……すまん、悪かった」
「でも」
そう呟いて。
「あなたは、楽しいです」
そうして真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は、真摯で。
「そっか。なら、良かった。なぁ、イド。今日のこと、忘れんな」
あやとりしたこと。
二人で飯くったこと。
辛い過去の話をしたこと。
楽しかったこと、悲しかったこと。
全部、全部忘れるな。
「……」
「それが『思い出』になるんだ。お前、さっき思い出がないっていったけどさ。そんなこと、ないぞ」
ここまで二人で過ごしたこと。
隊のみんなのこと。食堂や、地下のこと。
全部全部、お前にとっての思い出になっていくんだ。
「……はい」
「んで、楽しい思い出はなるべくたくさん作ってこうな。俺、手伝うから」
無理くり、馬鹿妹から休みをもぎ取ってやる。
そんで、今日みたいな日をたくさん作ってやろう。
「……私」
「ん?」
「この景色……ずっと忘れません」
「そうか」
「この景色を見ながら、お話したこと、もっと忘れません」
「俺も忘れない。それが、思い出だ」
「……はい。私には……思い出が、あるんですね」
そうして廃墟を、その街を見つめる背中はいつもより、少し大きく見えた。
陽も落ち、冷えてきたその場を後にし、俺達が食堂に戻るまでの少しの間。
俺達はその思い出をしっかりと胸に刻み込むのだった。
―― to be conteinued...
- 619 名前:NIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage] 投稿日:2011/06/30(木) 01:10:23.22 ID:OPuaw5/AO
メ「中の人、もうすぐしぬんじゃね?」
男「ただ更新しただけでこの言われよう。普段の取り組み具合がよく分かるよな」
メ「毎度の誰得な会話ばかり書かれても困るんすよ」
男「今の発言で六割近いキャラが目そらしたぞ」
メ「悔しかったら主役はってみやがれってやつですね!」
男「お前、別に主役じゃないだろ」
メ「……はぅあ!? や、やっぱり時には可愛いメイドさんの日常風景挟んだりしてみませんか?」
男「お前は本当に欲望に素直だな」
オルタはいいゲームですよ。
こんな拙い内容からは想像出来ないくらい本編は面白いので是非是非。
- 620 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/01(金) 01:09:45.33 ID:8wUx0dKZ0
第30話 「不穏の足音」
そして、PX。
いつも通りに集まった面子は、雰囲気の変わった俺達の話題ばかりだ。
「雨降って地、固まるか」
「何なにー? いきなり急接近じゃんか。恐ろしいねぇ、このロリコンやろう!」
「あうあう、そ、そうなの? 男くん」
「ちげーよ! おい、イドも何か言え!」
「ろりこんなのですか」
「違うっつってんだろ!?」
結局、戻ってみればこの馬鹿騒ぎ。
こいつらに落ち着きというものはないのだろうか。
「それで。あーん、はなくなっちゃってるんだ。残念だねぇ」」
「そうね、今日は自分で食べているのみたいね」
「おいおい、イド。こいつらお前が一人じゃ飯も食えない奴だとかいってるぞー。何かいってやれ」
「それはどっちかっつーと昨日までのあんただろーが」
「い、今の委員長さんの台詞は、男くん、むけの、ような」
「ぐ、ぐぬぬ……何だこの包囲網」
「でも、拍子抜けするくらいあっさりと仲直りしたのね」
「そ、そだね。なんだか、すごい、仲良しさん?」
「やっぱり雨ふってってやつね! いやー、かなわないわね、本当!」
「ま、男はロリコンだから実力行使で手篭……ぐぶ!?」
あ、友のやつ、珍しくいじめられてる。
こいつ自分がいじられるの苦手なくせに珍しく身体張りやがって。
- 621 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/01(金) 01:10:21.53 ID:8wUx0dKZ0
「イドー。こういう下世話な話題ばっかしてる奴らはほっといて俺達は飯でも食おうぜー」
「はい」
おー、言うね言うね。
くくく、まさかの援護射撃にやつらも豆鉄砲くらったような顔になってやがるぜ。
「おい、男」
と、そんな和気藹々の空気に突き刺さるような絶対零度の声。
そんなもんを遠慮なく発せられる人を、俺は一人しか知らない。
「あ、はい。メイドちょ……げふん。教官殿」
「何か聞こえたが?」
「気のせいであります!」
あぶねぇあぶねぇ。元の世界に戻って出会ったこともあってついついいつもの呼び方が出そうになる。
これで何度痛い目にあったことか。精神的にも肉体的にも。
「全くお前という奴は……召集令が出ている。この後、司令のもとへ出頭するように」
「了解であります!」
「よろしい。では食事を続けるように」
ふぃー。あっぶね。
しかし、こうやってうまくいった以上、報告は当然必要だな。
そう、イドと仲直りできた今、次の希望へ向けて動かなけりゃいけないんだ。
「……仲直り、ですか」
「そう。仲直り。これも一人じゃできねぇんだぞ?」
なんてな。
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、うつむいて恥ずかしそうにする姿。
娘みたいな感じでいじらしいじゃないか。うんうん、やっぱお前は普通に女の子してなきゃな。
その後、そんな俺に対して何故か女集がえらい突っかかってきやがるが、それはまた別の話だった。
- 622 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/01(金) 01:10:52.06 ID:8wUx0dKZ0
「もう一人の貴方が『元の世界』にいた?」
「ああ。って、それがどうかしたのか?」
場所は変わって司令室。という名の研究所兼、こいつの私室。
相変わらず整頓は行き届いているものの、膨大な資料が結局雑多な印象を与えている。
そんな息苦しい空間の中、話は進んでいく。
「いえ。無意味に干渉などはされていないのですよね?」
「あれだけ釘を刺されてたんだ。当然、接触はしてねぇよ」
まぁ、メイドとは会ってきたけど。
……それくらいはいいよな。だ、大丈夫だよな?
「貴方の考えくらいは読めますよ。無論、全く問題ないとは言いませんが、許容範囲でしょう」
そうこいつは結論づける。
その程度は『元の世界』の確立分岐とやらに含まれていてもおかしくないとか言い出したがよくわからん。
「それにしても、もう一人が居た、ですか」
「そうなんだよ。今までは一体化してたみたいなのに今回は急にだ」
何でだ? と視線で問えば、知りませんの一言。
「私だって余裕があればこの命題に注力したいくらいですがね。今はそれよりも優先すべき事態があります」
そうだった。
本来なら、俺が元の世界に戻った時、居場所がないんじゃないか、とか何で記憶が断片的によみがえったのか、とか。
聞きたいことは山ほどある。
けど、今はそのときじゃない。こいつだって、この世界が救えたときは協力はしてくれるだろう。
興味本位かもしれないが、それで十分だ。何たって、俺の妹様は世界一だから。
「……何を自慢げにされているかは知りませんが、次までに課題を与えておきますから必ずクリアしてくださいね」
「課題?」
「ええ。前回の実験は出力でごまかしている部分が大きく、その結果が……ああ、そこは置いておきましょう」
む。こいつ俺が理解放棄するのを見越しやがった。
「貴方に必要なのは、『元の世界』の貴方との共通の強い認識を持っていただくことですね」
「何だそりゃ」
「要は向こうの貴方が大事だと思っていることを強く思ってくだされば結構です。『元の世界』に帰りたい、なんてものでなくね」
「それは、つまり」
「ああ、今結論を出していただかなくて結構です。後二日ですか、その間にこちらも装置の改造などがありますので」
「……。了解、よろしく頼む」
大事な課題をもらって、俺は次の実験に備えるべく部屋に引き返す。
次の実験、何が何でも成功させてやる。
- 623 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/01(金) 01:11:19.99 ID:8wUx0dKZ0
翌朝。
委員長と女さんに囲まれての朝飯。
「あ、れ? 男くん?」
「おう。俺だぞ。って何だよ、不思議そうな目でこっち見て」
「イドちゃん、居ないみたいだから」
「ああ、別々に食ってるだけだよ。たまにゃそういう日もあるわな」
ま、本当はあいつの朝のおつとめに付き合えないだけなんだけど。
やっぱり朝から脳みそ部屋で飯を食う元気は俺にはないので。
「で、いいんちょ姉妹はどうしたよ」
「ん、えと……えへへ」
「ふふ」
「んだよ、気持ち悪いな。さっさと吐け、吐いちまえ」
「じつ、は。昨日ね、ペアでの模擬戦、勝っちゃって」
「朝から特訓だそうよ。貴方の居ない間に私達も十分レベルアップに励んでいるわ」
「そうかそうか、だったら俺も負けて……」
と、そんな俺の耳に入るニュースの声。
『――火山活動の活発化に伴い――昨夜未明、帝国陸軍―――不法帰還者の救出――――無事、終了しており――』
……天元山のことか。
それは、あの土地に住まう人たちが不法に土地に帰還していた事件だ。
本来は俺達がその救助――という名目の強制手的な退去――をするはずだった。
でも、自分の生まれた土地にいたいと言う人たちに、委員長は同意して、話はややこしい方向へ向かうことになる。
結局、火山は本格的に活動して、そのせいで俺と委員長は訓練用とはいえ戦術機を無駄にし、営倉入り。
数日を無駄にしちまうことになるんだ。
だから、俺はあらかじめ妹に頼んで手を回してもらってたんだが……。
『――内務省からは放置も已む無しとの声がありましたが、帝国側からの『国民の生命』は財産――――救助が行われ――』
そっか。あの土地にいた婆さんをはじめ、いろんな人は助かって……。
「……馬鹿みたい」
そんな俺に、冷たい声が飛ぶ。
「ニヤニヤして。まさかとは思うけれど、貴方はこれが真実だなんて思っていないわよね」
「……」
言い返したい気持ちも、こいつの言い分を理解している部分も、俺はあるんだ。
けど、違う。ここで言い争っても仕方ない。それは前の世界を知る俺だからこその視点だ。
それをこいつに押し付けるわけにはいかない。
「……悪かった。けど、俺もお前も帝国の人間じゃない。国連軍の兵士だ。住民の願いも大事だが、まずはこの戦いに……」
「貴方もそんな言い方するのね。……人を救えない力なんて、そんなものは何の意味もないわよ」
「だからそういう精神論だとかきれいごとは」
「綺麗事? その程度の志もなく力を振るえと貴方は言うの?」
「だから志は必要だけど……」
「そんなものは無意味よ」
「っ、無意味なもんかよ! じゃあ何か、民間人の言い分を優先した結果、作戦が失敗しようが人類が滅亡しようがかまわないって言うのかよ!!」
つい、売り言葉に買い言葉とばかりに食ってかかっちまう。
けど、その言葉に反応したのはいいんちょじゃなくて。
- 624 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/07/01(金) 01:11:47.13 ID:8wUx0dKZ0
ガシャン。
「「―――!?」」
「…………」
「と、ともくん? だいじょうぶ?」
「友?」
「……っ!」
「ともさん!」
「何だよ、あいつ。床くらい掃除していけよ……」
「男。これは私が片付けるわ。貴方は彼を追ってあげて」
「え?」
「悪かったわ。貴方にこんなこと言うつもりじゃなかった。結果的に周りに不快な思いをさせただけね」
「ふ、ふかいなんて、私、そんな」
何となく、熱が引いていく。
こいつも悪気はないんだろう。譲れない部分があるだけで、俺もいいんちょも向かう場所は同じなんだ。
だから、こうやって気遣ってくれた以上、俺は俺の気遣いを見せなきゃいけない。
「だったら野郎の俺が行くより、お前が行くほうがいいだろ。慰めてやってくれよ」
「……他意がないのを信じるわよ、その発言。分かったわ、それじゃあここ、お願いね」
「ああ、任せとけ」
そうして朝の場は解散となった。
結局、気まずい空気が完全に払拭されることはなかったけれど。
そんな食堂からの帰り道。
たまたま目の前を通り過ぎる友。
何となく早足で歩いていくその姿は、まだいつものあいつより硬い印象があった。
「あいつ、まだ何か引きずってんのか? 意外と根に持つやつだな」
メンタルが弱いのはまずいぞ、と勝手に思いながらあいつが向かった先に俺も行こうとして、
「あれ? これって今あいつが落としてったもんかな」
一枚の封筒を見つける。
しかし、何か変だ。……これ、切手とか検閲の印とかしてないよな。
ああ、これから出すのか、と勝手に納得しながらあいつの部屋に向かうことにする。
道中、何となしに見てみれば達筆ながら柔らかい字体がそこには並んでいる。
「『友女』さんか。ふうん、何だよあいつ、隅に置けねぇな」
どうやら奴さん、いつの間にやら文通する相手などをこさえてやがったらしい。
これはひとつ、最近からかわれた仕返しに多少検閲してやらねばなるまい。
等と一人で勝手に結論付けながら、友の部屋へと向かう。
この手紙が、次の騒動の引き金だと、俺はこのときまだ知らずにいた――。
―― to be continued...
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