■戻る■ 下へ

意地悪なメイド4
833 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/01(木) 02:06:58.25 ID:QhKdVj1Q0
第37話 「影落/陽昇」

「そんな……少佐が」

「少佐がどうしたの!? ……まさか」

「っ……女友大尉ィィ!!」

後方、消えた味方のマーカーは指揮官のもの。認めなくちゃいけない。
化け物じみた性能をもつ戦術機。それを、こうもあっさりと倒すんだ。化け物は大尉のほうだ!
瞬く間に詰められる間隔に、内心で悪態とつく以外に抗う術はない。

「男、落ち着きなさい!」

「うおおおおおおあああああ!!!」

委員長の声も今の俺に届かない。携帯するアサルトライフルを振り返りざまに撃ち込む。
それを当然のように避けつつ、前に出てくる不知火の姿。――速過ぎる!!
瞬時に肉薄してくる機影に、死をも覚悟した瞬間、

『――お姉ちゃんをぉぉ、やらせるかあああああ!!』

横合いよりくるアサルトライフルの銃撃と共に、妹ちゃんの吹雪が割り込んでくる。
完璧なタイミングの奇襲。だが、それは彼女の足を一瞬止めるだけに留まり、返す刃が閃く。

『きゃああああ!?』

「妹ちゃん!!?」

戦術機の腕が飛び、妹ちゃんの機体がバランスを崩していく。
それを見やったがために、出来た隙を逃してくれるほど、戦鬼は甘くない。

「っ、しまっ――うわああああッ!?」

繰り返される光景は、三度味方の割り込みによって助けられる。

『もうやめてくれっ!!』

――友!?

ただ戦術機という壁として俺の前に立ちはだかるだけの友。
それをただの障害と見切り、大尉の進行は止まらない。
外道に堕ちて尚、誇りという名の刃を片手に、血塗られたその手はかつての想い人すら斬ろうとする。

――そんなの……あるかよ!!

妹ちゃんのように撃ってくるわけでもなかった。
攻撃するつもりなんてないんだ。元より、俺の前に飛び出したのだって、本当の目的じゃない。
こいつは……ただ、止めたいんだ。大好きな人を。

「大尉ッやめろォォォォッ――――!!」

そんなすれ違いが許せなくて、ただ叫ぶ。

「その機体には、友が乗ってるんだぞっっっっ!!!」

『――ッ!?』

刹那。だが確かに大尉の動きが止まる。
その一瞬が俺達の明暗を分けた。


834 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/01(木) 02:07:29.76 ID:QhKdVj1Q0
ガガガガ!!

『くっ!?』

『下がれ、訓練兵。お前達の敵う相手ではない! 邪魔だ!!』

「侍従長中尉!?」

的確な援護射撃にて前に出、更に押し返していく朱色の武御雷。
そして身を寄せ合うように互いの無事を確かめる俺達にメイド長教官から声が飛ぶ。

『00より各機、全機後退せよ! 目標は――』

互いを庇いながら、俺達は下がる以外の術がない。
一瞬、その場に留まろうと言い出すかと思っていた友も、何も言わずに後退の動きを見せる。
どれだけ無様だろうと、俺達は逃げられたんだ。あの、戦鬼から……!



『はああッ!』

裂帛の気合と共に、太刀を振るう武御雷。

『くっ!! 侍従長中尉か! 近衛であるはずの貴様が……何故米国の片棒を担ぐような真似を!』

踏み込まれた分、勢いはあちらが上。
身をよじるような機動で横合いへと抜け様にアサルトライフルの弾を浴びせる。

『…………』

だが不完全な姿勢から放たれた弾丸はその威力を発揮するだけの集弾性をもたず、撫でるように敵機に当たるのみ。
それでも、言葉という名の刃は確実に相手の心を抉る。

『どうした中尉、応えろ! 応えて、見せろおおおおおおおおお!!!』

鬼となり、修羅となり。
だがそれでも同じような立場であるはずの人間と刃を交え、人としての心が、彼女を責める。

『日本は全人類への奉仕という大儀に酔い、潔癖や徳義を軽んじ、忘却していった……』

『…………』

牽制を兼ねた互いの射撃は、当然決定打にはなりえない。
離した距離を、今度は自ら詰めることで有利な接近戦を持ちかけていく。
だが今度は相手がそれを良しとせず、再びのこう着状態へともちかけようと動く。
それは相手にとっては当然の行動。こちらにとって時間の経過は味方ではないのだから。
だから詰める。逃がすまいと。己の言葉から、想いから。


835 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/01(木) 02:07:59.17 ID:QhKdVj1Q0
『我等の先達は――日本をこのような国にするために、死んでいったのではない!!』

一瞬、鬼の脳裏に浮かぶ情景。
それは徳をもち、義を教え、武を授けてくれた一人の恩人の姿。
だが彼も、目の前の命のために、部隊を危険に晒したとし、罪人と扱われた。
彼がそれでも誇りを持ち、笑顔を向けてくれたことは、今でも覚えている。
彼の血縁であり、互いに寄り添い、見守り、生きていこうと決めた少年と共に見た、あの笑顔。
何ひとつ、彼は恥じることなく、前線から退いていった。
あの潔癖を、あの徳義を、何故今の日本は持てはしないのだろうか。何故、このように腐りきってしまったのか。
今、目覚めずして、この国は……

『日本はいつ、救われるというのだ!!』

『女友大尉……』

不意に動きを止め、しかし油断なく太刀を構えなおす近衛の機体。

『ほう、何か言いたくなったか』

『貴官等は見事、その先導となったと信ずる。その所行が、人々の心に潔癖や同義を目覚めさせたと、私は信ずる』

認めると。その魂の叫びを、想いを。
何故ならば彼女もまた、日本の行く末を憂う一人。
ならばこの言葉に応えられずにおられようか。

――されど。

『されど……その術は外道』

行いだけは認めてはならない。
失った命は還らない。それは、陽も陰も、どちらの姫もが想い、心を痛めること。
だから彼女は、それを認めてはならない。だが、その二人が、彼女にとっての二人の殿下がいない今、

『外道に甘んじ、それでも尚、命を懸けて国を正そうとしたそなた達を……私は誇らしく想う』

本心を、ありのままに伝えた。

『…………』

返すは空白。一瞬の間に、彼女にとっての全てをこめた。

『外道は外道、それ以上でも、それ以下でもない』

だからもう、互いに心残りはない。

『せめてのも手向け……介錯つかまつる』

後は往く。残った側が、未来を、日本を見守っていけると、互いに信じられるから。

『日本の新生に先駆け……散るもまた宿命。いざ――』

そうして、二人の影が互いの刃を閃かせる。


836 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/01(木) 02:08:39.44 ID:QhKdVj1Q0
機体の性能差は歴然であった。
乗り手の練度は互角。懸けた魂の重みも、国の行く末を憂う心も。
であれば、最後に決着を別ったもの、それは……

『その機体には、友が乗ってるんだぞっっっっ!!!』


――ああ、何て、数奇……こんな形で再会を果たすのね。

それは“彼女本来の言葉”。

――ならば、強く生きて。私は……あなたを……。

『     』

彼へと贈る言葉。
届くはずのない、しかし万感をこめた、たったの五文字。




ぐらり、と揺れる視界。
胴が二つに断たれ、いまや爆炎をあげるのも時間の問題。
その最中、告げるのは相手への信頼。

『斯様な決着、か――ならば……後は、宜しく頼む』

想うは、大切な人の顔。最後まで傍に居られぬことを心で詫びながら、彼女は逝く。

『さようなら……』

私は幸せでした。
そう呟いた刹那、“朱の武御雷”が爆散した。



『友……私は、まだ……死ねない』

それが、彼女の生への執着。
機体の機能をほぼ失いながらも、生きるという戦に勝ち残ったのは、女友大尉のほうであった。
煌々と炎を揺らす残骸に黙祷を捧げ、彼女の戦いはここにひとまずの終幕を迎えた。

――かに、思えた。


837 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/01(木) 02:09:42.58 ID:QhKdVj1Q0
『本日13時23分、最後まで抵抗の意思を示していた反乱軍部隊が投降。これをもって臨時政府は本件の終息を宣言した』

『そして先程、臨時政府は帝都に出されていた戒厳令を解除。現在、緩やかにではあるが都市機能は回復しつつある』

淡々と読み上げられるメイド長さんの説明。
それが、少し前まで誰もが信念をぶつけあい、戦い、そして散った事件の終わりだった。

「気をつけぇぇぇっ!!」

多くの人が集うその場は、死者を弔うところ。

「捧げぇ……筒ッ!!」

たからかにあがる砲の音が、それを空しくも実感させる。
……そう、終わりなんだ。やっと。……そして俺は、まだ生きている。
これであと2、3日もすればこの事件が起きる前と変わらない『この世界』の日常が戻ってくるだろう。
たとえそれが表向きだけであったとしても。

「…………」

この事件で失ったものは、あまりにも大きかった。いいんちょや妹ちゃんの親族、司令官である少佐どの。
逆賊として殺された閣僚達。帝都の市民に、多くの兵士、多くの戦術機。……そして、“女友大尉”。
流れた血が全て無駄だった、とは言えない。
得られたものもあった。そのおかげで分かったことも、少なからずある。
俺は人類を救うために、自分で手を下すことを畏れず、自身にしかできないことをやるんだ。
3つの世界を知っている唯一の『日本人』として。それがこの事件の中で見つけた、俺だけの『立脚点』。
きっと、この事件がなければ見つけられていなかっただろう。
もしかすれば、無理にそう考えることで、失われた命に価値を見出そうとしているのかもしれない。
死者を弔うのは生者のため、か。……いいんだ、たとえそうであっても。
少佐や、大尉。あの人たちのような人を失ったということは、それだけ俺にとっては悔やまれることだった。
あの説得の失敗だって米国兵士の狙撃が原因だ。狙撃を行った本人が戦死した今ではその理由も永久に謎のまま。
帝都での策謀を鑑みればこれも陰謀勢力の仕業と見るのは考えすぎなのだろうか。
そしていくら大尉達が死に場所を求めていたとはいえ、殿下をはじめ、いろいろな因縁のある人たちの前で逝く必要はなかった。

「……っ」

分かっている。誰の命も失わなければ、俺はそういうもんだと割り切っていたさ。
けど……やっぱり、強烈で、忘れられるわけもない。

「――訓練小隊――機をつけぇぇっ!!」

式典の場にて、堂々とこちらの前におわすは殿下。

「日本帝国政威大将軍、朱鷺之宮殿下に対し――敬礼!!」

メイド長さんの掛け声にあわせ、俺達は不動の敬礼を示す。

「――休め!」

そうして儀式的に……いや、儀式そのものとして、恙無く事は進む。


838 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/01(木) 02:10:17.99 ID:QhKdVj1Q0

「此度のあなた達の働きに、この朱鷺之宮、感謝この上なく思います」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

「此度の件は、この国の、そして世界の多くの人々に、深い悲しみを刻み付けてしまったことでしょう」

「…………」

「人と人は、このような形で血を流さねば、前に進めないのでしょうか」

誰もが今回、心の中で傷ついている。

「私はそうではないと信じています。そして、あなた達こそが、まさにその希望なのです」

それでも、この人に言葉をもらい、前を向くしかない。

「多くの当事者を擁する貴方達が友に力を合わせ、滅私の精神でことにあたり、斯かる困難を克服した由は、正に崇敬の念を禁じえません」

克服、できたのか。
滅私の精神で、あたっていたのか。

「此度の件を戒めに……そして貴方達が示した規範を旨に、私は将軍としての責務を果たしてゆく所存です」

結果だけを見れば、そうなのかもしれない。
でも、俺達は……そんなに、強くない。

「国連や帝国……そして人それぞれ、重んじるものに違いはあれど、その目標とするもの、根源的な願いはひとつであると私は信じています」

それでも、この人が言うように、俺達は誰もが思ってる。
たったひとつの、かけがえのないもの。

「人類の未来を……宜しくお願いします」

そう、人類の勝利を。そして……平和を。

「「「「「はいっ!」」」」」

そうして、殿下は俺達の前から去っていく。
最後まで、いいんちょに対して何ひとつ特別な思いを見せずにだ。
けれど、俺は聞こえていた。

―― あなたに心よりの感謝を

殿下からいいんちょに贈られた、その言葉を。


839 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/09/01(木) 02:13:59.17 ID:QhKdVj1Q0
こうして終わるはずの儀式。それが無事に終わらなかったのは、警務本部から出された出頭要請があったからだ。

「友……お前に、だ。彼等についていけ」

「……了解」

これは友に何らかの嫌疑がかけられているということ。――そう、今回の騒動についてあらゆる場所へとつながる、友だから。

「心配するな。まだ何で呼ばれたかすらわからないだろう」

そう、メイド長さんは言ってくれるが……。

「たかが訓練兵風情がMP(警務本部)に世話になることなどたかが知れている」

十中八九、友のオヤジさんのことだろう。あの人は今回の件で立ち回りすぎた。
さらにそこから友女大尉のことへ行き着いたりすれば……。

「今日と明日は予定どおり基地内待機。後日、現場調査に駆りだされる可能性があるので、それまで十分身体を休めておけ」

「「「「はい」」」」

考えたって、俺にどうすることもできない。
友父と裏で色々と関わっていた分、下手に妹に立ち回らせることが今回はできない。だから無事を祈るしかないんだ。

「――以上、解散」

「敬礼」

いいんちょの掛け声で、俺達はふたたび日常へと戻っていく。
それぞれが生き残ったことに喜びを分かち合えないままの足取り。
一番うしろでその様子を伺いながら、ふと、ポケットの中にあった感触に、気づき、いいんちょを呼び止める。

「いいんちょ、本当に良かったのか?」

殿下とのやり取りに、後悔はないのか。そう問うてしまう。

「……その話は、したくないの。ごめんなさい」

「そうか、わるい。……ただ、これだけ。ある人から預かった」

「――これ」

「今回の騒ぎで持ち出せた唯一のもの」

「……」

「瞬く間のような短い間。けれど昔ふたりが一緒に過ごした証……その人がそう言ってた」

いいんちょに言葉はない。でも、十分に伝わったはずだ。

「……っ……」

それは将軍の影や、写し身、器などというものではなく人間として。
友に過ごした、姉妹のような関係として、共にあるというメッセージ。

「先に、戻る」

だから、そこに俺はこれ以上立ち入らず、去ろう。こいつが一人で殿下と向き合えるように。

「……あなた、知って……ううん、何でもない」

聞こえなかったふりで、その場を後にする。どこかその声が震えていたように感じたのも気のせいだ。


「……殿下。……宮っ」

こうして、陽はまた昇り、陰は落ち、消える。

「ユーニ少尉……私、いつか、あなたの故郷に」

それぞれがそれぞれに、傷を負い。

「私には……元々お姉ちゃんの傍以外に、帰れる場所なんか……ないんだ」

それぞれがそれぞれに、決意を秘め。

「なんで……なんであんたが、死ななきゃ……オヤジ、爺様……友女さん!!」

それぞれがそれぞれに、失いながら。それでも、明日はくるのだ。

―― to be continued...



次へ 上へ 戻る