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意地悪なメイド ver2.5
- 786 名前:【意地悪なメイド オルタネイティブ】 [sage;saga]
投稿日:2010/06/28(月) 00:27:34.71 ID:kiUNQQQ0
第20話 「自身/自死」
あいつは、イド。でも、まるで。
ふわふわと浮ついた考えだけが俺の頭を駆け巡る。
不思議な子だとは思っていた。
けれど、どこかで願っていたのかもしれない。
彼女が“彼女”であってほしいと。
違う。それはわかっている。でも。
そんな思考の迷路に閉ざされながら、足は自然と格納庫へ向かう。
今日は吹雪の搬入が予定されているからだ。
これは妹が手を廻してくれたおかげで、本来訓練機としては破格のもの。
本来前線で扱われ、練習機となるのは激震と呼ばれるもので、良くも悪くも大味だ。
その分汎用性もきき、誰もが最初に扱うであろう機体。
それを飛び越え最前線で活躍する吹雪がここにきたのだ。
起動を始め、その全てのスペックがハイレベルな分、繊細な操作が必要となる。
けれどこれは信頼の証。
そう、こんな扱いは恐らくあいつが本気で俺を信頼してくれたからだ。
- 789 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/28(月) 00:30:53.92 ID:kiUNQQQ0
そんなせっかくのイベントなのに、俺は結局それに集中することはできなかった。
と、同時に吹雪とは違う機体が搬入されてくる。
武御雷。タケミカヅチ、と銘打たれた機体だ。
「あれは……」
呟きは委員長と妹ちゃんのもの。
あの機体は、本来こんな場所にくるものではない。
俺たちの本来の世界とは違い、この世界では皇より軍を一任される存在がある。
それが征夷大将軍であり、この世界の実質的な軍事のトップ。
その近衛軍に配備される専用機。それが武御雷だ。
あれがここにある、ということは……。
俺の視線は自然と委員長に向かう。
前回の記憶が告げるのは、委員長の出自。
そしてこの世界でのもう一つの勢力の存在。
委員長は将軍から重用されるある一族に連なる存在だ。
それは正式な名称と持たないものの軍の裏側に常に存在する陰陽の家系だったという。
そしてこの戦術機の一部にはその技術(もとい魔術ともいえる類のもの)が使用されている。
だからこそ、彼女達は重用され、あがめられてきた。そう、実質的な裏からの支配を行ってきた存在なのだ。
故に彼女達は強い意志のもと、愛国心に従い戦い続けてきた。
それは彼女達の家系が戦術機に対する相性の良さを持っていたこともあり、誇りも持っていた。
でも……委員長は。
「あんなもの……わざわざあてつけのつもりかしらね」
誰にごちるでもなく呟く。
- 790 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/28(月) 00:31:45.67 ID:kiUNQQQ0
そう、委員長は本来の家系から外れてしまっていた。
彼女が継ぐはずだった将軍家とのつながりは彼女の一つ上の代が台無しにしてしまう。
そのせいもあり、彼女の分家だったはずの家に全てを奪われ、ただの影武者として育てられてきた。
それでもこの扱いである、ということからその家系が将軍家以上の存在としてあることがわかってくる。
「怖い顔してるぜ」
そんな事情を知るからこそ、思わず彼女に声をかける。
「そうかしら。そんなつもりはなかったのだけれどね」
「武御雷、か」
「あなたもこれが何を意味するか薄々気づいてるでしょ。態度の変らなさから言えば怪しいけれど」
「知ってるよ。大体はな。けど、別にいいだろ。俺は元々肩のこるような関係は嫌いだし
「……そうね」
それだけをいい、彼女は再びその機体を見上げる。
そこに込められた複雑な感情を、しかし俺は察しながらどうしてやることもできない。
- 791 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/28(月) 00:32:38.38 ID:kiUNQQQ0
「わ! 武御雷だ!」
と、そこへ女さんの声。
まずい。このままだと前回の記憶では委員長のお付の人に怒られて……。
「女さん、そこまでにしとこうか。触ったりはあんまり良くないだろうし」
「ふぇ!? あ、そ、そだね……あはは」
すごすごと引き下がる彼女の視線の先には侍従さんの姿。
あの人とも面識がないわけではないけれど……。
「……」
なんだか嫌われているみたいで。
その横には三人ほど、さらに彼女に従うメイドさんのような存在。
彼女らからはもっと露骨な嫌悪感のこもった視線を受ける。
俺が何をしたっていうんだ。
委員長は彼女らに気づいたのかひと悶着あったようだが、結局は折れる形でこの武御雷の搬入を認める。
いや、認めざるをえなかった。そこに、悪意だけでない、彼女を気遣う意志を見せる人の陰が見えるから。
そんな彼女達のやり取りを見終えた俺だが、やはり侍従さんたちが気になりその場に残ることにする。
そして会話をしてみれば……。
「死人が何をする気ですか。委員長様達に何の目的で近づいたのです」
そう切り出される。
あくまでも知らない俺はただそう応えただけのはずなのに。
しかし彼女たちからは死人の扱い。そして嫌疑の目。
何か致命的な食い違いを感じながら、やがて一つの結論にたどり着く。
- 792 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/28(月) 00:32:59.82 ID:kiUNQQQ0
「ええ、あなたは……いえ、この世界のあなたは既に亡くなられていますが?」
あの後結局、委員長の助け舟でその場を納めることができた。
しかし気になった俺が妹に話を聞きにいけばそんな答えが返ってくる。
「そん、な」
「何をショックを受けてらっしゃるかしりませんが、気に病むことではないでしょう」
「けど! 隠し事はなしにしてほしい!」
「隠し事? こんなことは隠すまでもない話かと思いましたので。何より、“だから何なの”です?」
「……く」
そうだ。俺は俺だ。関係ない。
所詮同姓同名の人間が死んだ。その程度だと割り切ればいい。
けれど、そうだとわかっていながらもどこかやりきれない思いが俺の中に渦巻いたのもまた、確かだった。
この世界にいた俺。
君は幸せでしたか。
隣に、彼女はいたのでしょうか。
勿論、確かめる術などなくて……。
- 797 名前:【いじメイオルタ】 [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 00:33:43.80 ID:eWRt4is0
第21話 「進歩/変化」
俺はここにいる。
なのに自分はもう、ここにいない。
そう分かっていても割り切れない。
「気にすることないわよ」
結局、俺はその考えを委員長に救われた。
「ごめんな、俺だって自分のこと、全部言いたいけどさ」
「あなただって私に対して必要以上に肩肘張らないでいてくれるでしょ。お互い様よ」
「……ただ無礼なだけかもしれないぜ?」
「知ってるわよ、そんなこと。……ね、ありがと」
「お、おう」
そうだ。俺が何者かなんて気にしないでいてくれる。
信頼を持って接してくれる仲間がいる。
それだけで十分だ。だから、俺は……まだ頑張れる。
その日のシミュレーションによる模擬戦闘は絶好調だった。
市街地の跡地を想定した動作教習応用過程も後半。
本来ならもっとかかるスケジュールを飛ばしてきた俺だが、これくらいなら問題ない。
「残弾0、なら!」
跳躍を繰り返し、遮蔽物を盾にしての行動を繰り返した結果残弾が切れる。
だが既に敵機は残り一機。すばやくナイフを換装し、倒れこむ寸前まで機体を落とす。
「っしゃらぁ!」
薙いだ瞬間にわかる致命的な一撃。
模擬戦闘の終了を報せるコールと、メイド長による終了の合図が重なりその日の訓練は終わる。
- 798 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 00:34:11.43 ID:eWRt4is0
「しかし相変わらず無茶苦茶な機動だな」
「ありがとうございます!」
「……半分は皮肉だ。まぁいい、あがってよし」
「はい!」
俺の評価は相変わらずそういうものだそうだ。
無茶苦茶、と評価されてはいるが俺からすれば当然のテク。
倒れこみをダッシュでキャンセル、小ジャンプからの最低空切り替えし。
このあたりはゲームから学んだ感覚。
さらにコンボへ繋ぐことで一定の間隔でダメージを稼ぐ。
当たり前の行動のつもりだが……。
「ん? ゲームの感覚で? ……これだ!」
唐突に閃いたアイデアを胸に、俺は妹のところへ駆け込んでいった。
「それは果てして戦術機に必要なのでしょうか?」
「ぐ……」
分かっていたことだがこいつの正論による反論は恐ろしいほど的確だ。
俺が提案したかったことはキャンセルとコンボ。
前者は本来CPUによって処理される行動補助に則ったシーケンスがある。
倒れこむときに受身を取る、それを抑制するといったものだ。
それを俺は無理矢理押さえ込むことで次の動作へ移っている。
このほうが次の行動へ移ることに支障がなく攻撃にも回避も行える。
そしてコンボは特定の動作の後に行う行動を変化させるというもの。
挌ゲーに例えるならパンチを三回入力したとして、それがそのままジャブ三回にならない。
ジャブジャブストレートと同じボタン、入力でありながら変化させるというもの。
これによって最適な行動を常に出せるのではないか。
- 799 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 00:35:20.97 ID:eWRt4is0
……と説明したまではよかったのだが。
要はそれらは限られたルールだからこそ意味のあることだそうで。
例えばコンボに移ったとしてそれが特定のコースしかない以上、限定的な有効手にしかならない。
何故戦術機に人間を乗せ、CPUに任せきらないのかはこの微細な判断が人間には可能だからだ。
故に今回のようにハード面ではなくソフト面でいじったところでその意味があるかどうかと問われると……。
あー。いい案だと思ったんだが。
俺みたいな機動が評価されている以上、これが全員にできれば大きな戦力アップにつながると思ったんだが。
「まぁ、いいでしょう。やってみましょうか」
「わかった。また何か思いついたら……って何ぃ?!」
「だからやりましょう、と言ったのですが」
「いやいやいや、だってお前今さっき……」
「要は並列処理速度と操縦練度の問題ですよね?」
「並列処理?」
そういえばこいつの研究の最大の根幹が並列なんたらの半導体が150億のどうのこうのだったような。
「現在はコンピューターと人間が戦術機において判断と操縦を分担してやっている。ここまではよろしいですね?」
「お、おう」
「本来人間の判断力を超えるコンピューターは存在しない……のですが、戦術機程度でしたら十分すぎるものが存在しています」
「なぬ!? じゃあ何で今までそれを使わなかったんだよ!」
「だって誰にも言われませんでしたし。不満も言われたことはありませんが?」
「ぐ……」
時として天才は凡才の悩みに気づかないものである、とは思うが。
「とにかく。お粗末な代案ではありますが採用してみましょう。興味を惹かれる部分もありましたので」
「お粗末……」
「早速あなたの練習機を概念実証機としてテストします。今後常にデータ回収を行いますので、そのつもりで」
「おう。何でもいい、せっかく採用されたんだ! いくらでもとってくれ!」
こうして俺はテストパイロットとしての活動も始まった。
こうやってひとつずつ、人類を勝利へと導いてやる。
絶対、負けてやるもんか。
- 800 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 00:36:10.57 ID:eWRt4is0
この世界で死んでたって関係あるもんか。
俺は……この世界を救うんだ。
むにむに
『ん、んん……』
『ほれ。おきてくださーい。時間ですよー』
『なんのだよ……休みだろ』
『今日は新作ゲームの発売日なんですよー。お一人様一個なのでテンバイヤーの私としては二個いるんですよー』
『最低すぎるだろ……ふぁぁ』
『いいから起きやがれってんだこんちくしょう!』
『だがことわる』
ふにゅん
『ふぇ!?』
『……む。この感触は……ああ、不可抗力だからな? 違うからな?』
『な、なななな』
『しかしやばいくらい育ってるな。うん、至福』
『こ、こんの……どすけべ変態やろおおおおおおおおおお!!!』
『ぐぼおおおおおおおお!? えるぼふおおおおおおおおおお?!』
- 801 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 00:36:32.29 ID:eWRt4is0
……。
ゆさゆさ。
……う、うぐぐ。
ゆさゆさ。
「い、いてぇ」
「……このばかメイド……」
「ってイド?」
目の前にいるのはイド。
何だかそわそわしてるが。
「おわ、着替えまで。どうしたんだ?」
「ばいばい」
「あ……ちょっと」
「おはよう」
バタン
なんだったんだ?
って、うおおおおおおおおお!? 時間がああああああ?!
これは点呼に間に合うか!?
やべ、これはやべええええええええええ!!!
- 802 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/06/30(水) 00:36:56.62 ID:eWRt4is0
なんとかいつも通りの時間に間に合わせたものの、何ともふがいない。
こちらに来て、さらに二年を前線で過ごした俺。こんなことは久しぶりすぎる。
何となく気が緩んでるのかと思い、少々自己嫌悪に陥ってしまう。
「珍しいわね、あなたが腑抜けた顔なんて」
「ほっといてくれ。たまにゃそういう日もある」
しかしやはりあの夢が原因か?
最近夢らしくないほど臨場感溢れるリアルな夢を見ている気がする。
そのせいで寝不足にでもなっているんだろうか。
「と、いうわけだ。何か質問はあるか?」
いつも通りのメイド長さんの連絡を適当に流してそんなことを考える。
「では最後に連絡事項をひとつ。急な話ではあるが明日、国連事務次官が当基地を来訪される」
「――へ!?」
がたっ、と思わず立ち上がりそうになる。
「どうした、男」
「あ、明日ですか!?」
「そうだ」
何てこった。国連事務次官といえば……
「う?」
そう、女さんのオヤジさんなのだ。
国連はこの基地の直接の上位組織。
つまりそこにいる事務次官という立場である以上、直属のお偉いさんだ。
更にいえば厳格さと極度の親バカという二面性を持つ不思議なおっさんなのだがそれはさておく。
外交畑生え抜きの職務と信念に忠実なネゴシエーターで、評価も高い。
その人がくる、ということ自体はまぁそれほど大きな問題ではない。
一番の問題はそこではなく、そのイベントの後にとんでもないことが待っている。
HSST(再突入型駆逐艦)の落下だ。
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