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意地悪なメイド4.5
734 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:15:54.64 ID:C1xfinVa0

第32話(後) 「逃走/包囲」

繰り返す噴射跳躍≪ブースト・ジャンプ≫がコックピットを揺らし、機体は地上と空中を行き来する。
既に後方で展開する国連の米国部隊と帝国軍の追撃隊が戦闘を開始していることから分かる迫り具合。
緊張と不安を飲み下し、ただ前進を続ける。脱出の要所となるポイントまであと少し。
ここさえ越えれば横合いから追走する部隊から足止めを食らうことはなくなり、後は抜けきるだけ。
勝利条件を向け、着実に進めている実感はあるものの、先ほどに比べて殿下の容態が思わしくない。
声をかければ速度を落とすな、の一点張り。後方で戦闘が始まっていることを察してか、態度は頑なだ。
けれど脂汗が吹き出ており、呼吸も荒く、重態なのは明らかだ。
加速度病で死ぬことはない、と思われがちだが衛士の座学として初期に学習する内容では、その危険性をあげている。
これは嘔吐に伴い脱水症状は死に至る可能性があり、強化装備の着用は義務だけでなく安全面を最優先としてのことなのだ。
故に、気丈に振舞われているが、徐々に速度を落とし少しでも負担を軽減するしか……。

『小隊各機へ告げる。E1地点周辺に敵機の到達が確認された。現在第174戦術機甲大隊が応戦中だ』

唐突に入った通信は米軍指揮官のもの。そんなバカなという言葉がのどもとまででかかる。
先の補給で時間を食ったことを考慮にいれても決起軍の展開が速すぎる。
こちらのルート変更や転進などを一切考慮に入れない思い切りの良さはこちらの情報が筒抜けだと考えてしまうほどに……。

「――っ!」

一瞬、友の顔、そしてあの封筒のことを思い出す。
違う、有り得ない。俺はあいつを信じると決めたんだ。だから、こんな事を一瞬でも考えた自分がいやになる。

『――という状況だ。全機現隊形を維持、最大戦速でE1地点を突破する』

更に追い討ちをかけるような命令が飛んでくる。
今ですら殿下の容態はギリギリだというのに、これ以上速度をあげるなんて無茶が出来るはずがない。

『報告から判明したが174部隊が相手をしているのは恐らく、富士駐屯地の部隊だ』

『――まさか。富士教導団まで決起部隊に呼応したというのですか』

珍しく焦った声をあげるメイド長。それもそうだろう。
富士教導団と言えば衛士に応用操作技術を教える側の立場。
練度、経験、技術。どれをとっても通常部隊をはるかに超えるものだ。
そんなものが相手になれば……そういうことか。

『実験開発部隊を擁する帝国軍最精鋭部隊だ。174大隊が長時間持ちこたえられる保障はない』

富士の部隊が先行して、後続の部隊が俺達の転進をカバーしていたということだろう。
元々の追撃部隊をぶつけるのではなく、富士の部隊で俺達を補足させる気だったんだ。
だからこの思い切りで、展開していける。早いはずだ。

『あちらの切り札が投入されたと見るべきだが、逆を正せば我々がE1地点を突破してしまえばやつらに打つ手はなくなる』

確かに、その通りだ。
だからこそ、今は最大戦速をもって、この場を進むしかない。
正論であり、これ以上ない最良の答え。
この先に帝国軍基地はなく、海沿いへと向かうルートとなり国連が展開しているため、決起軍の追撃は難しくなる。
指揮官の言うように突破さえしてしまえば多少戦速をおとしても追撃は間に合わない。
何を迷う必要がある。人類の未来のため、殿下のため。やるしかない。

――そのはずなのに。
俺の胸のうちに渦巻くもやもやは、それを良しとしきれない。
歯噛みしながらも、ただ了解と告げることしかできない。

「男……私に……気遣いは無用ですよ」

「はい……」

頼む。それしかないというのなら、間に合ってくれ。
顔も知らない174大隊の人たちよ、もう少し耐えてくれ。
E1ポイントさえ越えれば決起部隊だって後退せざるを得ないんだ。
そうすればこの馬鹿げた戦いも終わる!
そこまでは持ちこたえてくれ……。祈るように操縦桿を押し込む。
応えるように機体は速度をあげ、空を舞う。


735 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:17:05.45 ID:C1xfinVa0
レーダーに映る機影はどんどんとE1地点へ進軍していく。抑えるように展開する味方部隊のマーカーも、同様の動き。
まだ数キロを残す時点でこうなる以上、もはや敵機がE1地点へ取り付くのは想像に難くない。
それにあわせ、指揮官より俺達に随伴する近衛部隊と、米軍が側面を固める形へと隊形を変化させる指示が飛ぶ。
もはや、猶予などない。

――Piiiiiii

甲高い警告音と共に、敵機の接近を告げるマーカーが表示される。
完全に決起軍が取り付いたのだ。これじゃあ頭を抑えられて――

『各機へ告げる。敵は小gんがこちらにある限り迂闊に手出しは出来ない。現隊形を維持し全速前進』

確かに殿下がこちらにあり、彼等の目的が殿下より今回の件に対してお墨付きをもらうこと。
攻撃なんかして傷つけようものなら彼等の目的が達せられないどころか『逆賊』はあちらになる。
けれど、本当にそれが目的なのか?
仮に身柄も確保できず、勅命もいただけないのならば邪魔でしかないはずだ。
万が一の事態が起こったとし、それを米軍や国連軍に責任転嫁することが狙いだとしたら?
今の混乱した状況で正確な情報伝達は不可能であり、外国の……それも米軍に対する国民感情を考えれば情報操作は難しくない。
仮にこの件が収まったところで第二、第三のクーデターが起こるだけだろう。
女友大尉の真の目的がそうであったら……。

『優しい人だったから――』

そんな友の言葉を思う。
信じてしまいたい。その言葉をただ愚直に。
けれどこの焦燥感は、そんな思惑ばかりを肯定する。


事態の推移は更に悪化をたどり、後方からのUNKNOWNのマーカーが多数近づく。
状況を鑑みれば当然敵機であり、こちらの相手まで考えなければならなくなる。
米軍指揮官より、1小隊のみを残す形でそれぞれ部隊を展開させ、突破のみを考える陣形となる。
護りは当然手薄になるが、ここを越えれば終わりなんだ。それを考慮してのことだろう。
推進剤がもつのか不安になる速度で、前方の援護に向かう小隊と、反転し防衛にあたる小隊。
それぞれの人たちを頼もしく思う反面、レーダーに映るマーカーの圧力がそれを上回ってくる。
――本当に突破できるのか?
胸のうちに這い寄ってくる不安を押しのけ、行くしかない。行くしかないんだ!!
叫びにも似た音をあげ、噴射機構がバーニアを噴かす。戦闘の光はすぐそこまで見えていた。


736 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:18:07.50 ID:C1xfinVa0
『――全機隊形維持のまま最大戦速。このまま、追跡部隊を引き離す』

レーダーに映るのは混戦模様となるE1地点。そして、その先を行く俺達の部隊。
そう……やったんだ。突破したんだ!

「……は、ぁ」

これでもう、決起部隊が俺達の頭を抑えることは不可能だ。これでこの戦いも終わる。

『E4地点を通貨後、NOE≪匍匐飛行≫に移行。谷側に――』

匍匐飛行! よし、これで振動は随分マシになるし、殿下の負担も軽くなる。いいぞ!

「聞きましたか、殿下! もうす……殿下?」

「……っ……ぅ」

「あの、殿下? どうし……殿下ッッ!!?」

いけない!! 意識がなくなって!!

「02より00!! 最優先処理の必要性を求むッ!」

『00より02。秘匿回線の使用を――」

「殿下が倒れられました! 重度の加速病です、とにかく停止を、停止を進言します!!」

『なッ……症状は!』

「意識は朦朧、呼吸はやや乱れ、心拍数高め! 嘔吐はまだありませんが、一度始まれば止まらなくなる恐れが!」

そうなればアウトだ。嘔吐物により詰まった器官が機能せず、呼吸が難しくなる。
今の意識状態を考えれば死に至る可能性も高く、非常に危険な状態であるだろう。

『そのまま待て!』

――なっ。くそ、一々お伺いを立ててる場合じゃないだろ!
こうするしかなかったとはいえ、くそ、くそぉ!!

『ハンター1より部隊各機――約2マイル先の谷間でNOE。高度制限は100フィートとする』

地形を見れば両側を谷に囲まれた地形となっている。
ここなら守りも容易だろう。各機に俺の機体以外を警護に当てるよう指示する通信が入り、方針が固まる。

「すみません殿下……もう少し、もう少しだけ頑張ってください!」

ポイントに到着するまでの間、届くか分からないままに言葉をかけ続ける。
勿論、そんなことで殿下の容態が良くなるわけはない。でも、それくらいしか出来ないから……。


737 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:18:54.68 ID:C1xfinVa0
ポイントに到着後、俺と教官どの、指揮官の少佐どのとのやり取りとなる。

『男、殿下のご容態は』

「依然変化ありません。いえ、むしろ先ほどより苦しそうかと」

『バイタルデータはモニターできるか?』

「固定ジャケットの簡易データになりますが。――転送します」

『軍曹、訓練部隊のファストエイドキットは国連E規定に準拠したものか?』

『はっ、米軍と同じものを使用しております』

『男訓練兵、スコポラミンの投与は?』

「出撃前に服用いただきました。既に3錠を」

『限界量が効かない、か』

そんな分析は後回しでいいだろう。
今必要なのは休息だ。医学的な知識は簡単なものしか衛士は習得しないんだ。
だったら今は休ませてやる以外、効果が望める方法なんて……

「少佐、早急に応急処置を施すべきだと考えますが!」

『処置内容は?』

「ハーネスのテンションを緩め、可能な限り楽な姿勢をとらせるべきです。ハッチも開放、涼しい外気に触れさせることも必要だと判断します」

『許可する。応急処置を実行に移せ』

「了解!」

そのまま現状についての論議に映る二人をよそに、俺は殿下の応急処置に入る。

「すみません、こんな処置しかできず。でも、少しは楽になりますので」

ハッチを開き、楽な姿勢をとらせる。
触れる身体は年相応の女の子のもので、この人にいかに無理を強いてきたかと思うと胸が痛む。
遠くから聞こえる戦闘音は、かなり距離を稼いだ証拠。
この先、帝国軍基地はなく物理的に決起部隊が現れる危険もない以上、休息は必要だ。
さなかに聞こえてくる二人のやり取りから、この騒乱が起こってから殿下が一睡も取られていないことが分かる。
更に現状を鑑みれば、その心労は推し量るまでもない。民と臣。両方を失い、危険に晒し。心は擦り切れていく一方だろう。
そんなコンディションで弱音一つ吐かず、逆に俺に気遣いまで。強い人だと思う。将軍の名は伊達ではないんだ。


738 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:19:26.33 ID:C1xfinVa0

『男訓練兵。殿下にトリアゾラムを投与しろ』

唐突に告げられる命令。それにとっさに反応することができない。
トリアゾラム。……精神安定剤にして、睡眠薬の効果もある。
それを、殿下に?

『お待ちください少佐、殿下の症状と戦況の好転から考えて、更なる投薬のリスクは不要では』

『精神安定剤の投与は重度化速度病に対する通常の処置だ』

今、殿下にそんなものを投与すればどうなるんだ。
確かに眠っていただく間に移動を完了させればそれでいいだろう。
移動時間の短縮にも繋げることで負担を最小限にするという考え方は納得できる。
事態の早期収束にもなり、選択肢としてはありだ。
だが仮に筋弛緩効果もあるこの薬品を投与する中、嘔吐などが始まれば窒息の危険が高まる。
それでなくてもこの容態。薬品によるあらゆる症状の併発やリスクは高い。
殿下の御身か、それとも事態の早期収束か。今判断すべきはそのどちらを取るかということ。
その内で、少佐どのがこの選択をするのは当然なのだ。

『その判断は不要かと、少佐』

そこに我慢ならないといった様子で、侍従長中尉が割り込んでくる。
本来、オブザーバーではあるが発言権はないはずだが、彼女の立場を考えれば当然だろう。
ここまでよく我慢してたと言えるくらいだ。
殿下の容態を鑑みない発言や命令が続く現状、内心穏やかではないだろう。
それでも自制した物言いで進言を続ける。
あくまで休息を提案する侍従長さんと、投薬を行い、すぐにでも出立に向ける方針とする少佐どの。
そして今尚、呼吸すらままならない殿下を見て、俺は口が勝手に動いてしまう。

「少佐、無茶です! すぐに移動を開始すれば、殿下は嘔吐による衰弱と脱水症状で――」

『男訓練兵! 上官の議論に口を挟むなッ!』

「――ッ」

一喝はメイド長教官のもの。
立場上、確かに俺は何も言えないだろうし、彼女がそれを窘めるのは当然だろう。
けど、納得いかない。この好転した戦況で、休息を取ることのないがいけないんだ!

『男訓練兵、何をしている。早くトリアゾラムを投与しろ』

「う……」

『ならんぞ、男訓練兵。少佐、休息時間の再考を具申します』

侍従長中尉に助けられる形で、俺は手を止めてしまう。
やはり、俺には出来ない。

『中尉。我々国連軍の任務は、反乱軍から将軍を守り、無事脱出させることだ』

やり取りの中、指揮官の少佐どのが言い聞かせるように話し出す。

『そしてもうひとつ、指揮官である私には、出来うる限り、君達を含めた部下の安全を図る義務がある』

この作戦は日本政府の要請により実施されているもの。
つまり反乱軍の人間でない限り、任務遂行の邪魔をするな、と彼は言外に告げる。
いや、真に言うべきは裏切りではないのかと疑ってすらいるのだ。
富士教導団の例まで出し、その事実を指摘する彼の言い方は、正論だが味方に言うべきじゃないだろうと思う。
対する侍従長中尉は他国の首脳に独断で身の危険の及ぶ判断が出来るのかというもの。
フォローするように教官も米国に対する国民感情の好転を考え、政治的な知見から判断を下すようというもの。
それぞれが違った立場でありながら、殿下の御身を考えるよう具申してくれる。
これなら、きっと少佐だってある程度はその点を考えた作戦に切り替えてくれるはず……。


739 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:20:34.48 ID:C1xfinVa0
『君達の忠誠心、想いの深さには敬意を表する。そして君達がそうであるように私も、私の部下達も祖国に忠誠を誓った軍人だ』

しばらくの考慮のあと、少佐は告げる。

『国民や国家の安全を守る命令には従う。そしてこの作戦も任務である以上、全力を尽くそう。だが……これだけは言わせてもらうぞ』

険しくなる表情は、もはや取り繕うものなど一切ない。

『この人類滅亡の危機に、無意味な内戦に突入し貴重な戦力や時間を浪費している愚かな国家。それが君達日本だ』

少佐の言葉は、俺の胸に突き刺さるものだった。

『その幼稚で下らない国ために、私の部下が落とすことは絶対に我慢ならん。今も後方ではそれが事実として起こっているのだ!』

何故ならその言葉は、

『中尉の提案する休息時間の間に、敵味方何人の命が失われると思う。それは本来、人類の宿敵たるBETAと戦うべき命なのだぞ!!』

俺がずっと言い続けていたもので、同じ考えなんだ。人類同士で戦ったり駆け引きしてるときじゃないんだ。
だけど、何かが……釈然としない何かが俺の中にはある。
もやもやした気持ちが胸中に渦巻く。

『少佐の指摘はご尤も。貴国との争いに敗れ、誇りを失い、政治は疲弊し情けなく今や他国の干渉に翻弄される有様』

返すは侍従長さん。
その物言いは今回の国連介入に裏があることを知ってのものか。

『されど貴官の将兵の命を危険に晒しているのは、我々でも、まして殿下でもありますまい』

極東から引き上げ、しかし今や復権を狙う米国政府がその原因だとはっきりと告げる侍従長。

『なれば先の物言い、まさに陰口が如き泣き言に過ぎぬ。その程度の覚悟と中世ならば遠慮は無用。またあの時のように安全な北米大陸へ帰られよ!』

『言葉が過ぎます侍従長中尉! 本作戦での立場をお忘れか!』

さすがにこれを止めるよう、メイド長教官も言葉を挟むが、

『先ほど、上官の議論に口を挟むなと訓練兵を窘めていたな? 部下への範じゃ己が態度で示すがいい』

冷たい声音にて一蹴する。
あの侍従長さんがこんな感情的な物言いをするなんて、なんでこんなことに。

『中尉、今般の作戦を主管する国連軍の名に於いて警告します。貴官の発言は挑発的意図が散見され、今後の任務遂行の障害となる恐れがあります』

そんな見え透いた売り言葉に対して、買い言葉を発するメイド長教官。
この人も普段の冷静さを考えればこんな言い方、有り得ない。どうすりゃいいんだ、こんな状況……!

『なるほど。任務の障害となる我々近衛部隊を国連が『反乱軍』と認定し排除する……そういいたいのだな?』

『警告と申し上げました。以後、ご自重ください』

『できぬとしたら、如何に?』

一触即発の雰囲気が高まっていく。
どうしたって言うんだよ、二人とも。こんな無駄な……無駄な?


740 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:21:26.40 ID:C1xfinVa0
『やめたまえ中尉。時間稼ぎはもう十分だろう。全く、見事に乗せられたか。君の挑発が全て演技というわけではないだろうが、な』

『少佐の仰る意味がわかりません』

『ふっ、まぁいい。ところで軍曹、君は知っていて乗ったクチかね?』

そうか、二人とも演技で時間を稼いでたのか!
少しでも殿下に休んでもらうために……

――――ォォ

こういう腹芸は全くできない俺にしてみれば、今のやり取りは本気のものにしか見えなく……って、何の音だ?
開けっ放しのハッチから聞こえる遠くからの音は聞きなれないものだ。

「……とこ、……薬……わたく、しに……」

と、遠方の音に気を取られる俺にかけられる声は、

「殿下!!」

でも、何で殿下が薬のことを……。
ふと見やるモニタの状況にチャンネルがオープンになっている表示が映る。
いつの間に、こんな! だとしたら殿下はほとんど今の話を聞いていたことになるだろう。
そして強い人だ、当然そんな要求を出してくるに決まってる。

「い、いけません殿下、それは……」

「わたくし、は……だいじょ……ぶ……」

「う、うぅ」

「……いか、なるいの、ち……むだ、に……!」

俺は、……俺は……。

――ゴォォォオオ!

「!? 何の、音だ?」

先ほどから響いてきたいたものは、見上げた先に答えとしてうつる。

「友軍の、航空、機?」

航空機が何故。一般の世界においては戦時中といえば航空戦力の配備が当然だろう。
しかし、『この世界』において航空戦力は無力なものとなっている。
その答えはBETAにあり、レーザー級と呼ばれる固体による対空狙撃能力が圧倒的であり、人類は航空戦力に頼ることがなくなったのだ。
結果として繁栄したのが戦術機であり、現在の主流となる兵器だ。
だとすれば、日本海側をはじめ多くの地域が危険空域である日本では聞きなれないのは当然であり、誰しもが気づかなかったこと。
更に両側の山がレーダーの死角を作っていたことが拍車をかけていた。俺みたいにハッチを空けていたらまだしも、他はみんな閉鎖したまま。
気づかなくて当然だ。


741 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/01(月) 01:22:27.11 ID:C1xfinVa0

『帝国軍671航空輸送隊? 作戦参加は聞いていないが……』

友軍機のマーカーが俺達の頭上付近まで接近してくる。

『帝国軍……671……ッ!?』

教官がその所属を確認し、一瞬で声色が固まる。

『軍曹どうした、報告せよ』

『少佐、671輸送隊は先に決起軍に占領された部隊のものです。少佐、あれは恐らく』

もはや確認するまでもなかった。
次々とレーダーのマーカーがUNKNOWNの表示となる機体と投下していく。

『――空挺作戦≪エアボーン≫だと!? ばかな、有り得ん!』

少佐の言葉も当然だろう。先も言ったが、日本の空域のほとんどはBETAの占領区画と照らし合わせて危険区域となっている。
比較的安全な太平洋側の航路は今、国連や米軍が押さえている以上、考えられるのは……。

『完全にしてやられた。戦術機の空挺……ましてや危険空域の航空機使用など有り得ないという硬直化した思考の隙をつかれたのだ』

歯噛みする侍従長さん。
もはや、退路は完全に断たれ、包囲は完成している。
彼等は全滅の危険すらいとわず、無謀な作戦を遂行したのだ。

『国連軍指揮官に告ぐ。私は本土防衛軍、帝国守備第1戦術機甲連隊所属の、女友大尉である』

その名に誰もが凍りつく。

『直ちに戦闘行動を中止せよ。我々の目的は戦闘ではない』

まさか、決起軍の総大将が最前線へ……。
しかし静かな声音は声明の時と同様で、本人以外に有り得ないだろう。
向こうはあくまで殿下の御身を迎えにあがったこと。一方的ではあれ、60分の休戦を申し入れの用意があること。
この休戦が朱鷺之宮殿下のご尊名にかけて履行されること。それをあちらから破ることがないことを告げられる。

『休戦の間、現在置かれている状況、諸君等が我が国に対して行っている行為の当否を冷静に熟慮し、現実的で誠実な対応を取られんことを切に願う』

非常に紳士的な態度ではあったが、当然ながら返答なき場合、またその他の行動があった場合。
相応となり、必要と思われる全ての手段をもって事態の収拾を図る旨も告げられた。
もはや逃げ場はない。それを示すように決起軍のマーカーが俺達の周りで点滅するのだった。

―― to be continued...



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