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妹「お兄ちゃん……中に……!」
- 220 :説明マニアの貴方に送る→ []
:2010/03/15(月) 10:53:08.67 ID:qOJKBVBB0
〜しばらく後悪の組織本部〜
悪の技術研究所は本部施設内の一角に位置する部署だが、本部の支配下にある訳ではない
研究所の活動目的は研究する事にある、という研究所所長の理念のもと、研究班も技術班も好きな事を研究している
研究班では、数人の研究員がそれぞれ研究助手を使って、自由な研究を行っているが、それは研究の為の研究である
研究成果は技術班に提供されるが、研究員にとってそれはただの副産物でしかない。あくまで目的は研究する事なのだ
技術班は技術班で、研究班の研究成果を元に勝手な製品を研究開発しているが、出来上がった完成品には価値を認めない
成果?製品? F@ck 'em all !! 研究の研究による研究の為の研究機関、それが悪の組織悪の技術研究所である
玄人好みの扱いにくすぎる部署だが、注文を出せば要望通りの物を拵えてきてしまうので、本部も活動に口は挟めずにいた
研究員「何だ、アンタ等は?」
23時過ぎ、一日の研究に区切りを付け、帰宅しようとしていた研究員は、地下駐車場で複数の悪者に取り囲まれた
怪人「俺等は戦闘部門B組のモンなんだがよ、お前は怪人担当の研究員で間違いないな?」
研究員「それはそうだが、一体何のy……」
怪人「幹部B様がお呼びだ。組事務所まで来てもらおうか」
怪人に腕を掴まれて歩き出す。何故自分などがあの幹部Bに呼び出されるのか、研究員は必死に理由を探ろうとしていた
- 221 :→面倒な設定二本立て [] :2010/03/15(月) 10:58:36.86 ID:qOJKBVBB0
〜悪の組織本部戦闘部門B組事務所〜
組事務所に迎えられた研究員は豪華な椅子を与えられ、招待主の幹部Bから歓待を受けていた
周りを囲う様に並んだ怪人達から歓迎の視線が痛いくらいに注がれ、指一本動かせないほど居心地が悪い
幹部B「――研究員、お前は優秀だ。組織にとって実に有益な数々の物を造り出してくれた。
お前達の怪人研究が無ければ、悪の組織の発展も無かった。その功績は言葉では言い尽くせない」
研究員「はぁ……」
幹部B「研究所とは、今後とも良い関係を続けていきたいと思ってる。しかし、だ。近頃よからぬ噂を耳にしてな。
お前達が本部に届出をださずに新たな怪人を造ってる、というものだ。まさかそんな事は無いとは思うが、
それが事実だとしたら重大な契約違反だ。だが、俺はお前等を信じたい。どうだ?それに関して何か申し開きはあるか?」
悪の組織が世界征服を狙う上で、生命線となる怪人化技術の流出を防ぐ為に、
研究所は本部の許可なしに怪人を製造できない、という取り決めがある
しかし、研究所が運営方針に則って研究を行えば、新たな怪人が開発されてしまう事は避けられない
本部もある程度は目を瞑っていたが、それは単に黙認されているだけであって、公認されている訳ではない
何か不都合があれば、契約違反を口実に制裁を加えることは充分に可能なのである
研究員「いえ、そのような事じts……」
幹部B「言っておくが、俺は嘘を吐かれるのが嫌いなんだ。悪者は舐められちゃ仕舞いだからな。よく考えて話せよ?」
研究員「〜〜〜〜ッッッッ!!」
穏やかな語り口の幹部Bに、研究員はハラワタまで見透かされる思いがした。悪の紳士は組織内で、絶対悪に最も近い男なのだ
- 222 :冷静と情熱と夜と朝の間に [] :2010/03/15(月) 11:03:33.72 ID:qOJKBVBB0
研究員「――いや、それは……」
怪人「クォラ!幹部B様の質問にチャキチャキ答えんかい!ワレコラァ!!」
言葉を濁す研究員の横から、それまで大人しく殺気を送っていた怪人が、噛み殺さんばかりの剣幕で恫喝する
幹部B「ライノ男。お前は客人に対する口の利き方を知らないのか?」
静かに立ち上がった幹部Bは怪人に歩み寄ると、喉に手を掛けてそのまま片手で吊り上げた
幹部B「――頭ァ下げろや、このボケが!」
高々と掲げた怪人を振りかぶり、勢いを付けて真下に投げ下ろす。街でよく見るチョークスラムである
激しい音と共に部屋が揺れる。床に亀裂を入れたその衝撃は、研究員の座った椅子を跳ね上げた
幹部B「悪く思わないでくれ研究員。ウチの馬鹿共は躾がなってなくてな。俺が謝るから許してほしい」
血の泡を吹いて動かなくなった怪人の頭部を踏み付けると、幹部Bは研究員に向き直った
研究員「い、いえ……」
幹部B「――さて、本題に戻ろう。お前達が許可なしに造った怪人の数は?性能は?詳しく聞かせてもらおうじゃないか。
なに、時間はたっぷりとある。ここが気に入ったというのなら、一週間でも10日でも、好きなだけ居てくれても構わんぞ?」
研究員「は、はは……」
乾いた笑いを返す研究員は、ブラインドの下りた窓の向こうに、無限の闇夜を見た
“明けない夜は無い”だと?そんなフザケた事を言い出したのは何処の馬鹿だ!?
- 223 :泥棒猫同僚D [] :2010/03/15(月) 11:09:56.69 ID:qOJKBVBB0
〜数日後兄妹宅前〜
同僚D「ここが、あの男のハウスね……」
うわ、三時前だわ……。インターホンには反応なし、同僚Dは兄の実家の前で中の様子を窺う
案の定、兄探索は難航していた。数日間休むことなく探しても、潜伏先はおろか手掛かりも見付からない
最初は目撃現場で張り込んでみたが、待てど暮らせど兄は来ない。この方法は一人で行うには効率が悪かった
しかも、そこは本部の近くである。知り合いに会ったりでもしたら、後々女幹部に要らぬ疑いが掛けられる恐れがある
自分だけでは厳しい仕事だが、高いお金出して興信所に頼むことは出来ない。極秘業務の費用は経費で落ちないのだ
行き詰まった同僚Dは原点に立ち帰り、真っ先に除外した、通常なら考えられない可能性から洗い直す事にしていた
――ふむ、内部に人の気配は無し。ならば入って調べさせてもらおう。鍵の開いた窓の一つもあれば……
「何、ちょっと何?どなたですか?あの……」
驚いたような、困ったような少女の声。塀をよじ登ろうとした同僚Dは、周りへの注意がまるでなっていなかった
同僚D「え……と……君はこの家の人かな?」
2……3……5……7……落ち着くんだ……「素数」を数えて落ち着くんだ。自分は悪者、女の子一人くらい、どうとでも出来る……ハズ
妹「ウチに何をしようとしてたんですか?ほんとに警察呼びますよ!」
同僚D「呼べばいいじゃないっ!!いや違う違う、待って……アレだ!彼を返して!」
私は何を言ってるんだ?――いやいや取り乱すんじゃない、取り繕うんだ。言葉の意味など後から考えれば良い
- 224 :続、“兄”に敬称を付けると違和感が凄い [sage] :2010/03/15(月) 11:17:43.06 ID:qOJKBVBB0
妹「彼って?ウチの兄の事ですか?」
帰ってきたら、妙な女が家に侵入しようとしていた。質問する妹の目には、猜疑の色がありありと浮かぶ
同僚D「え〜と、兄さんの事なんだけど、君は妹さんかな?」
妹「そうですけど、アナタは誰なんですか?兄とはどんな関係なんですか?」
同僚D「あの人、急に居なくなっちゃったもんだから、心配して家まで様子を見に来たの」
妹「そうですか。それで、アナタは誰なんですか?」
同僚Dは話を逸らそうとしたが、妹は誘導に乗らない。その手口は兄の得意技、妹には耐性が付いているのだ
同僚D「私は同僚D。兄さんとは……そうね、随分親しくお付き合いs……」
妹「ウソですね。兄が他人と親しくなんて出来るワケありませんから」
妹は知っている。あの不思議生物の目に、他人の姿は映っていなかった。人間関係など、自分には無縁のモノだと思っていた
同僚D「それは……私が強引に近付いたというか……」
妹「益々ウソくさいんですけど。まあ、それはともかく、ウチに兄は居ませんよ。どっかに行ったっきり帰ってこないんです」
数日前、しばらく戻らないと言い残して兄は出て行った。身の回りの物を持ち出して行ったみたいなので、それは本当のコトだろう
電話をかけたら繋がったけど、居場所は教えてくれなかった。理由は悪の組織に捕まらない様にする為だと言っていた
それから数日後に兄を訪ねて来た不審な女を信用できるハズもない。怪しい事この上ない、早いトコお引き取りいただこう
- 225 :VIPがお送りします [] :2010/03/15(月) 11:22:11.18 ID:qOJKBVBB0
同僚D「――それで、連絡とかは取れないの?」
兄が実家に居ないのは予想通り。ここから如何にして情報を引き出すか、それには同僚Dの巧みな話術がモノをいう
妹「知り合いなら、連絡先ぐらい知ってるでしょ?自分でやったらどうですか」
同僚D「う……仕事用のしか教えてもらってないんだよね。そっちには全然繋がらないし……」
妹「仕事……?」
同僚D「何?どうかした?」
軽く手を振った同僚Dに、妹は怯えた様な表情を見せた。まったく、こんな素敵なお姉さんの何を怖がるか!
やっぱり一流の悪者は、ただの女の子には刺激が強すぎたという事から?いや、それにしても、このコはちょっと警戒しすぎ
同僚D「――君、何か隠してない?本当は兄さん、中に居るんじゃないの?」
妹「いえ、そんな事ないですよ」
同僚D「でも君、今帰ってきたとこなんでしょ?何で家に居ないって言い切れるの?」
一転、攻勢に出る同僚D。上になり下になり、受けるも攻めるも自由自在、それが彼女の能力である
妹「そんなに言うなら、自分の目で確かめてみます?その代わり、居ないって判ったら帰って下さいよ?」
同僚D「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……」
北風も太陽も裸足で逃げ出す鮮やかな手並み。フフフ、計画通り―――――あれ?計画なんてあったっけ?
- 226 :VIPがお送りします [] :2010/03/15(月) 11:27:12.39 ID:qOJKBVBB0
〜しばらく後駅〜
同僚D「もしもし、女幹部さんですか?はい、私です。同僚Dです――」
18時半過ぎ、兄の家を後にした同僚Dは、駅のホームで電車を待ちながら、女幹部に報告の電話を入れていた
同僚D「――今日は兄さんの実家を調べたんですが――」
そこには居なかった。椅子や布団などの生活用品が持ち去られた部屋を見ても、どこかに転居したことは理解できた
一階にも二階にも、地下にあった謎の施設は何なのか不明だが、兄の暮らしている痕跡は確認できなかった
同僚D「――ええ、やはりあそこには居ませんね。ですが――」
しかし、その中にも収穫はあった。同僚Dが兄の部屋で見付けたのは、捨てられた宅配便発送伝票の控えだった
同僚D「――相当大きい荷物です。ちょっと待ってくださいね、宛先は――」
日付は数日前、送り先は本部からそれ程遠くない郊外某所のアパート。彼女が兄らしき人物を見かけた現場のすぐ近くである
同僚D「――今から確認しに行ってきます。はい、終わりましたら、また報告いたします。では」
同僚Dは携帯を閉じた。これから電車を乗り継いで目的地へ向かう。数日間の調査が実を結ぶ時が来たのだ
同僚D「ようやく、あの男を始末できる……」
兄に自ら引導を渡せると思うと笑いが止まらない。仕事も大して出来ないくせに、女幹部から目を掛けられていた、あの目障りな男に……
- 227 :強者の意見と弱者の意地 [] :2010/03/15(月) 11:32:41.45 ID:qOJKBVBB0
〜しばらく後赤宅〜
兄「おかえりなさい。今日は和食にする?洋食にする?それとも、ちゅ・う・か?」
赤「大人しく待ってろ。それと、タバコを吸うなら換気扇回せ」
21時半前、帰宅した赤を兄が出迎える。慌しく始まった二人の同棲生活は、問題を抱えつつも軌道に乗り始めていた
兄が 押し掛けてきたのは、赤にとっても迷惑なだけではなかった。感情の折り合いを付け、開き直ってしまえば利点も見えてくる
家事の負担が減ったのは有難い。掃除・洗濯・食器洗いなどは居候に丸投げでき、生活にゆとりが生まれたのだ
そして、その居着いた悪者は、ある一点を除けば、借りてきた兎さんの様に大人しくて邪魔にならない男だった
兄「――で、アンタは何人までなら怪人を倒せる?それによって勝算も変わってくるんだが」
赤「またその話か、無理なモンは無理だ。さ、今日は白身魚が安かったからフライにするぞ。適当に切って塩コショウしてくれ」
スーパーの袋から切り身のパックを出して投げ渡す。あの話題には辟易させられていた。何故ここまで戦いに固執するのか
台所に入った赤は、鍋に湯を沸かし、その間に鶏肉を切って味を付け、まな板・包丁・塩・白胡椒をテーブルの兄へ回す
そして器に盛った鶏肉にバジルを散らし、グリルに入れて火をつけた後、冷蔵庫を開けてサラダに使えそうな野菜を見繕う
兄「これだけは諦めちゃ駄目なんだ。それに、アンタが戦ってくれたら可能性は無い訳じゃない。で、次は何をすれば好い?」
赤「衣を付けてくれ。小麦粉→卵→パン粉の順だ。あのな、他人に頼らなきゃ勝ち目が無いんなら、最初から喧嘩なんか売るなよ」
煮立った湯に塩とパスタを入れて菜箸でかき混ぜる。麺がバラけたら、別の鍋を出して油を注ぎ―――インターホンが鳴った
- 228 :愛功代メイデン [] :2010/03/15(月) 11:37:46.16 ID:qOJKBVBB0
兄「――同僚D!……うそ!?」
手の離せない赤に代わって呼び出しに出た兄は、玄関先で思いもよらない人間と再会することとなった
同僚D「驚いた?ウフフ……驚くに決まってますよね。あんなことがあったんですから」
兄「……まさか、お前なんかに嗅ぎ付けられるとはな……」
同僚D「……やっぱりそうなの。私のこと、ずっとそう思っていたんでしょう。自分より劣るかわいそうな悪者だと」
兄「別に」
同僚D「無遠慮な言葉をかけたのも、仕事を教えてくれたことも、私を哀れんでいただけ。上から見下ろして満足していたんでしょう」
兄「いや全然」
同僚D「自分が上だと…自分は女幹部さんに愛されていると、そう思って私を笑っていただけなんでしょう」
兄「お前は何を言っているんだ」
同僚D「うるさい!……嫌な男。少しばかり早くあの人の部下になっただけなのに、
たまたま気に入られただけなのに……私の存在なんて、あなたにとっては自分の価値を高めるだけだった 」
兄「違うな。俺に価値なんかないよ」
同僚D「それが私を馬鹿にしているといっているのよ!私を一端の悪者と認めてくれてなかった!」
兄「人の話を聞け」
同僚D「あなたみたいな男が、女幹部さんに相応しいわけがない!あの人と添い遂げるのは……私。
誰よりも女幹部さんを愛しているこの私……あなたを始末して女幹部さんに抱きしめてもらうの……私を見つめてもらうの……」
兄「何だお前」
面倒な女に目を付けられたものだ。同僚Dの出現によって、ようやく落ち着いた日常は瓦解する。それより、どうやってこの場を収めるか……
- 229 :VIPがお送りします [sage] :2010/03/15(月) 11:42:30.58 ID:qOJKBVBB0
「そこまでだ!」
兄・同僚D「「!?」」
一方的な思い込みを突き付ける同僚D、てんで相手にしない兄。二人を制止する声とともに、玄関の扉が開かれる
女幹部「話は全て聞かせてもらった」
兄・同僚D「「何処で!?」」
入ってきたのは女幹部、今の兄にとって最も都合の悪い、誰よりも会いたくなかった相手である
女幹部「久しぶりだな、兄。ここは色レンジャー赤の家か。こんな所で何をやっている?」
兄「……」
本部と対決する決意は疾うに固めた兄だったが、女幹部と対面する心構えは丸っきり出来ていなかった
女幹部「外で話そうか。付いて来い」
兄「はい……」
数日前までと寸分違わぬその眼光は、無駄に長い前髪の奥に潜む瞳を、否応なしに服従させる
兄「スマン!ちょっと出掛けてくる!飯は……そのまま置いといてくれ」
台所の赤に声を張り上げると、兄は上着を羽織って靴を履き、女幹部を追って家を出た
- 230 :哲人、斯く語りき [] :2010/03/15(月) 11:48:23.29 ID:qOJKBVBB0
〜街〜
女幹部「――ああ、御苦労だったな。今日はもう帰れ」
同僚A「はい、それじゃ明日、約束ですよ?」
同僚Dを帰らせた女幹部は、兄を連れて街の中心部から離れた方面へ足を進める
女幹部「――赤とは仲良くやってるみたいじゃないか。こんな所で、お前と会いたくはなかったんだがな」
兄「俺だって嫌ですよ」
女幹部「いや、私の方が嫌だ」
兄「いやいや、俺の方が嫌ですね」
月が出ていた。少しずつ冷たくなり始めた秋風に吹かれ、二人は再会の感慨に声を弾ませる
女幹部「何故逃げなかった?お前は今自分が置かれてる状況が解っているのか?」
兄「“今日逃げたら、明日はもっと大きな勇気が必要になるぞ”――かの哲人、セカンドパレスの言葉です。
現実を生きる度胸も無い俺に、更にデカいモンなんか用意できませんよ。だから、俺は逃げない」
『何かをしない』ことに関しては天賦の才を持つ兄である。今その対象は『諦める』ことに他ならない
女幹部「それで、色レンジャー赤とつるんで本部と戦おうというのか?お前はバカだよ」
兄「そうかも知れません」
咎める様な女幹部の口ぶりを受け流す兄。何者の罵詈讒謗を以ってしても、頑健な心の壁は貫けない
彼は悪の貴公子ブラック兄となった。小悪党としての自分、その定義を完成させた兄は揺るがない
- 231 :夜の公園で悪者2人…… [] :2010/03/15(月) 11:54:29.82 ID:qOJKBVBB0
女幹部「―‐お前は変わらないな。いつだって私を、いや、誰も見てはいなかった。
きっと私が何を言ってもお前には届かない。そして、お前の心は私には解らない」
兄「そうでしょうね」
自由は意志なき者を惑わせ、不自由は意志を持つ人間を悩ませる。故に、兄に迷いは無い
女幹部の知る、部下であった男と現在の兄、その意識に違いはあれど表層に変化は見られない
そして、兄が他人を人生に介在させることを拒む限り、その他人にとって彼の内面などは無意味に等しい
女幹部「お前は駄目な奴だ。最初に見た時からそう思ってたよ。
何でこんなボンクラが悪の組織に入れたのか不思議で仕方がなかった」
兄「そうですか」
兄が採用された理由は、当時組織が命の軽い人員を募集しており、彼の命が糸クズよりも軽かったからだ
女幹部「私の初めての部下は、戦闘員の仕事も満足にこなせない愚鈍だった。
しかしソイツは、悪者であろうとする気構えだけは一人前の、変な奴でもあった。
自分の役割を分かってる奴は嫌いじゃないよ。いつかは使い物になるからな」
兄「女幹部さんは、俺に仕事って大切なモノを教えてくれた特別な人です。俺は貴方のおかげで人間になれた。
青の家にクスリを仕込みに行ったことも、桃色に毎日脅迫状を書いたことも、色レンジャーの悪評を垂れ流したことも、
奴等を解散に追い込んだことも、みんな良い思い出です。でも、それはもう単なる思い出に過ぎないんです」
女幹部と兄は、帰らない過去を清算する様に語り合う、取り戻す為ではなく、消し去る為に。次第に精神は落ち着いていった
女幹部「あの頃は良かったな。さて……」
家並みは切れた。山林地帯に差し掛かった辺りの公園、木の生い茂った裏口付近で女幹部は足を止める
話はここまで、用件はこれからだ。悪者が人を暗がりに連れ出してヤル事など、一つしか無いだろう
- 232 :ANI FINAL -覚悟の先に- [] :2010/03/15(月) 12:01:35.55 ID:qOJKBVBB0
近くには灯りも無い木立。互いの顔も判別出来ない夜の中で、兄と女幹部は視線を切り結んだ
女幹部「お前は優秀ではなかったが、使い勝手の良い部下だった。残念だよ」
女幹部の声から色が消えた。感情を殺す作業は工程を重ね、最後の仕上げを残すのみとなったのだ
兄「女幹部さん、今だから言います。俺は貴女の大部分、殆どの要素が嫌いでした。
そうですね、声が大きなところも、自信満々なところも、偉そうなところも、強引なところも。
他人を嫌った事なんか無かったのに、不思議です。しかし、貴女自身は嫌いではありませんでした――」
やや低くて芯のある響きに安心を、何者にも臆さぬ立ち姿に信頼を、歪んだ気高い魂に憧憬を、悪を貫き通す信念に忠誠を
兄「――それどころか、貴女にだけは見限られたくない、そんな風に考えていた時期が俺にもありました。
でも、今の俺は女幹部さんの部下じゃない。誰にだって自分の都合がある。俺は俺の都合を優先させてもらいます」
女幹部「……その言葉、宣戦布告と判断する。当方に迎撃の用意あり」
覚悟完了。女幹部は兄の言葉に自立した意志を感じ、二人がもう元の関係には戻れないと確かめた
悪の貴公子となってしまった男を、上司の目で見る事は出来ない。ならば、一人の悪者として相手をするまで
兄「ヤル気ですか?無理ですよ。だって女幹部さんの腕は、昔負った大怪我で……」
女幹部「我が名は女幹部。誇り高き地獄の住人、悪の組織幹部の一人。
貴様ごときが驕るなよ。私が戦えぬ体だと?その言葉、その身をもって……確かみてみろ!」
女幹部はシャツのボタンを引き千切る。―――ときめくな兄の心。揺れるな女幹部の胸。乳は覚悟を鈍らせる
- 233 :兄の世界 [] :2010/03/15(月) 12:07:05.06 ID:qOJKBVBB0
月が隠れた。女幹部は動く。真黒の闇の中こそが、怪人・バット女の戦場である
音もなく影が滑る。彼女は視覚に頼ることなく、超音波の反響によって空間情報を把握する事が出来る
刹那に肉薄――間合い、照準、ともに良し。このまま右腕を振り抜けば終わる。体勢を大きく崩す蹴り技など不様!
女幹部「――!?」
必中即殺の閃撃に手応えは無し。兄は首の上に頭を載せたまま立っている。依然変わりなくッ!
女幹部「見えて……いるのか?」
外した訳は無い、躱されたのだ。奇妙な実感が女幹部を飛び退かせ、追撃を押し止めていた
兄「さあね……何のことです……?わかりませんね……女幹部さん」
女幹部「見えているのかと聞いているのだ!!兄!!」
兄「教えてあげません」
視界が利かなかったとしても、兄には絶対知覚領域『D.T.フィールド』が有る。見えなくても支障はない
女幹部「私と同類……それが、ガール男の力!?」
怪人としてではなく兄個人の能力だが、それを知る者は誰も居ない。兄の不思議生物たる所以である
草食動物の危険察知能力は、迫撃範囲に入った敵を決して逃さない。兄は全てを避ける。兎が月夜に跳ねる
――彼の読みは概ね正しい。当たらなければどうという事はない、それは正しい。誤算があるとすれば……
- 234 :女幹部のラストブリット [] :2010/03/15(月) 12:11:01.76 ID:qOJKBVBB0
二発目、上体を反らした。耳元で風が唸る。三発目、かい潜った。そうか、これが空気抵抗ってヤツか
三度、女幹部の右腕に空を切らせた。見える……見えるぞ!兄は怪人の身体能力に、改めて驚き入る
D.T.フィールドの精度も数段向上していた。脳の処理が追い付かない程の俊敏さで、自分の体は動いてくれる
どの方向から襲う、如何なる攻撃も見切って避けられる。否、否!避けなければならない。そして女幹部は……
兄「それ以上は無駄です。貴女の体力技術経験頭脳気品優雅さ勤勉さ、
どれを取っても俺より上だ。しかし、まだ足りない。ただ一つ、速さが足りない!」
速度だけでは捉えることが出来ない。回避に専念しさえすれば、。某東郷氏の放つ弾丸すらも、兄の脅威にはならないだろう
トウ オブ デッドリー ニードル
後は、いかにして背後へ回り込み、か弱き兎の研ぎ澄まされた牙『命に関わるキックをしますよ』を突き立てるか
女幹部「……どうやら、見えているのは本当の事の様だな。だが、その事実に意味が無いことを教えてやる!」
兄「!」
またも大地を蹴り、一直線に突進してきた女幹部、胴体を狙うかに思われた右腕が、揺らめく様に軌道を変えた
開いた掌が眼前に迫る。目潰し?笑止千万!目隠し?たかがメインカメラをやらr
兄「ぅ……お……」
体を入れ替えようとしたその一瞬、兄の右脇腹、肋骨の下に女幹部の左腕が深々と突き刺さった
女幹部「どうだ?ションボリウム合金の拳の味は。卑怯とは言うまいね?」
色レンジャーとの戦いで負傷し、左が全身やられてしまった過去を持つ女幹部だったが、
その後に改造を受け、再起不能だった部位を機械で補強した、『強化怪人・金属バット女』となっていたのだ
- 235 :ジャック・ザ・女幹部 [] :2010/03/15(月) 12:16:54.61 ID:qOJKBVBB0
自ら持て余す程に規格外な怪人の性能、未だに傷一つ負っていない事による慢心、
女幹部が左腕を使えないという先入観、目を覆われてから他感覚へ切り替えるまでの時間差、
それらが統合されて一毫にも満たない隙を生んだ。そしてそれは取り返しの付かない敗着となった
人生に於いて、あらゆる面倒事を正面切って避けてきた兄は、一撃たりとも被弾してはならなかった
何故なら、痛みを知らない子供であり、心をなくした大人でもある彼は、非凡な打たれ弱さを持っているからだ
優しい女幹部が好き。バイバイ。木をへし折りながら飛んだ虫けらは、四本目の幹に打ち付けられて絶望に身をよじる
女幹部容赦せん!倒れ落ちる木々の間隙を突き抜けた女幹部は、倒れて呻く兄の頭部を掴んで持ち上げた
〈羅倶美偉―――言わずと知れた地獄の殺人術である。その奥義の一つに輩犯屠という技がある。
それは、相手の頭部を暴瑠に見立て、天空高く蹴り上げて死に至らしめる、禁断の殺し技である。〉
民妹書房刊『スポーツ武術の発展』より
今まさに兄を跳ね飛ばした技がそれである。実に37秒後、落下してきた兄は頭から地面に刺さる。夜の底が白くなった
兄……『次世代怪人・ガール男』―――完全敗北……王大人「死亡確認!」
女幹部「お前の敗因は……たった一つだ……兄。たった一つの単純(シンプル)な答えだ……
“お前は知らな過ぎた”。私についても、自分についても、な。だが、こんな所にお前を葬りたかった訳ではない」
悪党に墓標はいらぬ!女幹部は変身を解くと、伝説の聖剣の如く大地に突き立った、兄の足首を掴んで引き抜いた
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