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意地悪なメイド4.5
957 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/10/18(火) 00:45:49.90 ID:j2Hrv7Ve0
一言で言えば、あまりにも禍々しい。
きっと人間の言葉でいえば語彙として足りぬほどに、それは不気味だった。

「なんだよ、これ……」

入りたくない。身体が全力でここへの進入を拒否している。

「真実の一端がこの先にあるわ」

自身と違うのか、彼女は平然とした様相だ。
ごくり、と唾を飲み下し、覚悟を決める。

「……。わかった、連れて行ってくれ」

「無理はしなくていいのよ」

「無理じゃ、ない」

「……。そう、でも少し休憩がてら、話の続きを聞いてもらえるかしら。私の、唯一人らしく生きていた頃の記憶を」




委員長にとって幼少期から思春期に至るまで、存在したのは他の同年代とはあまりに違った記憶だった。
大まかに言えばサバイバル技術や武器、兵器の扱い。そして人外への知識。
そういったものへの学習を繰り返し、時に女としての技術も磨かされた。
家事全般から床の技術。大事に扱われることなどなく、ひたすらに多岐にわたる技術を詰め込まれた。
ぼろぼろに擦り切れていく心を支えたのは、侍従長と妹の存在だった。

「……妹?」

「意外かしら」

「そりゃ、そうだろ。あんたはさっきまでそいつらのことをあんなに嫌ってたってのに」

「それは肉袋どものことよ。私にとって妹は一人。一人だけなの」



「お姉ちゃん!」
自身と同じように。いや、自身以上に過酷な扱いを受けているはずの彼女。
そんな彼女から向けられるのは無償の愛と信頼だった。

彼女にとって家族は自分だけだった。
父のことは存在でのみ知っており、母に関してはその奔放さにあきれ果てていた。
故に彼女にとって信頼に足る、唯一の身内は姉であり自分をよく見てくれる委員長だけだった。

「侍従長さんは、母の世話と私達の教育に忙殺されていたこともあって、妹の世話は主に私が担当したわ」

多くの場面で、妹は彼女を頼った。それに応えられるよう、委員長もまた必死に努力を重ねた。
その裏に、役立たずだと烙印をおされれば全てが終わることを知っていたから。

「必死だったわ。この子だけは護ろうと、何でも学びもしたし、協力したわ」

特異体質を生かすために、修練も何度も行った。
小さな子には苦痛でしかないようなことも、多くやってきた。

「だから、私が15になった時、言い渡された任があまりにも異質で……はじめは戸惑ったわ」


958 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/10/18(火) 00:46:31.80 ID:j2Hrv7Ve0
『学生、ですか』

『ああ。ちょうどいい年頃だと思うのでな。羽を伸ばすつもりで三年間、勤めてこい』

勿論、その言葉を鵜呑みに出来るほど純粋ではなくなっていたし、甘い場所でないことは分かっている。
けれど今まで数度、偽装として経験することはあったが、本当の意味での就学は初めてだ。
何を目的とし、企むのか。真意など探ったところで無意味と知りながら、この時ばかりは訝しんだ。
故に最後に告げられた言葉がその一端だと信じ、彼女は思い通りになどならないと決めた。

『そうそう。お前にはある“男”に縁を繋いでおいてもらいたい。身体だろうが情だろうが構わんから、繋がっておけ』

そうして示された一人の男の写真。その男を、決して特別な存在にしないでやろうと。

「結果として、嫌でも意識させられたわ」

今思えば当事の自身の反骨心を利用したうまいやり方だと思う。

「入学式の時に、その日までの仕事でギリギリの状態だった私は早々に式の途中、貧血で倒れたの」

『おい、大丈夫か! 保健室、だっけ。そこ、つれてくから!』

周りがそういったトラブルに触れることを良しとせず、出る杭となり打たれぬよう無関心を装う中。
その馬鹿は、あまりにも世間知らずで、何より純粋で。だから彼女を逸早く助けるために動いていた。

「それがあなたの父親よ。ふふ、絶対に関わらないでおこうと決めた人間に、誰より早く関わることになったのよ、私は」

当事を思い返してか、自然と委員長の顔に笑みが浮かぶ。
それは、命にとって初めて見る表情で、心をざわめかせるのに十分なものだった。

「そこからは、彼を意識していたわ。もしかすれば本家側の刷りこみもあったかもしれない」

けれど、その三年間は人としての生を謳歌していた。そう、言い切れる。
他の競争相手になり得る存在はほとんど邪魔をしたし、脅しもした。
幾人か屈しない人間もいたが、ほとんどが彼に近づけずにいたのは大体、彼女のせいだったという。

「妹も、一時的とはいえあの家を離れることが出来たわ。随分と羽根を伸ばしていたようだけれど」

学校に通えと言いつけたが、結局彼女はずっと委員長との生活のみを楽しんだ。
時折、身体の入れ替えをせがまれた際は何をしているのかを知りながらも素直に頷いていた。
逆のお願いをきいてもらったこともあったし、何よりあの子に俗世を味わう機会が今後ないことは分かっていたからだ。

「それは私にもあてはまることだったのに。当事の私は一人の女の子を満喫しすぎていたのよ」

だから、恋愛競争にある敗北というものを意識できなかった。
彼女にとって自分こそが主役であり、他は脇役だった。
……事実は全くの逆で、自分自身こそが脇役だったというのに。

「三年。それはあっと言う間だったわ。彼の家の事情を知り、協力もした」

その騒動は、小さくも世界のバランスに一石を投じたと後に周りは評している。

「一人の男の子が、一人の女の子に告白するだけの、ありきたりな物語」

だからこそ、それはハッピーエンドを約束されていて、

「私の入り込む余地なんてなかった」

告白すら、出来なかった。
けしかけたはずの少女の方がよほど強く、想いを告げて敗れていった。
それすら出来ず、ただ逃げることで傷つくことを避けて、何一つ得られないまま、

「私はここに戻された。表向きは企業への就職だったけれど。私が就いたのは、戦場だったわ」

国外のPMCに身を置き、凡そ紛争地帯と呼ばれる地域での活動は行ってきた。
生きて戻れたことが自身でも信じられないほど、過酷な環境だった。
男ばかりの組織で、その身を何度嬲られたか数えるほうが馬鹿らしくなる生活。
それでも味方を作り、盾にし、生きる事のみを優先した。
元々仕込まれていた技術は洗練され、より効率的な殺人の術を覚え、

「帰ってきた私に待っていたのは、退魔としての経験と対人能力を備えた一人の便利な駒という役目だったわ」


959 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/10/18(火) 00:48:13.13 ID:j2Hrv7Ve0
過酷な半生を聞いた今、命にとってふと疑問に思うことがある。

「何でそんな思いをして、ここに残るんだよ」

「そうね。私が受けた恩と罰の両方のせいかしら」

「せい、って事は望んだ結果としてじゃないんだな。……だったら、いい」

理由まで話してほしいとは思っていない。けれど、彼女が望まない現状。
それを確認できたのならば、自分にとってやることは最初から決まっている。

「だったら、俺が……」

「貴方は本当にいい子ね」

言いかけた言葉をさえぎるように委員長が言葉を重ねる。

「私が打算的だと教えたつもりだけれど。だとすれば何故こんな話をしたと思うのかしら」

「何故、ってそりゃ」

「分からない? それなら、教えてあげる。私はね、貴方という“彼”の代わりを手放したくないのよ」

「……っ」

それは予感していた応え。自分に求められているもの。
この女が生涯に置いて唯一欲しいと思い、けれど手にする事のできなかった存在。
存在としての慰みとして、復讐の対象として、愛すべき存在として、必要としているのだ。
命という人間性になど、最初から期待されてなどいないのだ。

「だから貴方はいい子なの。私が自分なりに脚色して教えたこの話をそのまま信じるんだもの」

「真実なんだろ、それが」

「ええ、私なりの真実。けれど、別の視点からすれば大間違いな事実」

先ほどまでの淡い印象から一転し、暗い微笑みには悪意しか感じない。

「私の家族がどうなったのか。侍従長さんは? 妹は? 私の話はいつも大事な部分を省いているわ」

だから、と彼女は告げる。

「可哀想だとか、同情だとか。ましてや愛や善意で私を受け入れるなら、貴方はきっと後悔するわ」

「後悔なんて……」

「だったら教えてあげる」

ゆるりと立ち上がる艶姿。

「私が受けた恩と罪の一つの形を」

その手が扉にかかり、軽く押され、開かれる。
中から溢れだす瘴気と腐臭に命が顔を歪める。

「ただいま、妹」

そう告げられた先、見える姿は……

「何だよ、これ」

てらてらと光る粘液に包まれた、人ならぬ姿をした化物だった。


963 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/10/19(水) 01:45:38.20 ID:4lVivBpQ0
外観を一言で表すならば肉と骨で組まれた造形だった。
太い管のような支えの上に、肉の胞子をいくつも纏い、その隙間から骨とも外殻ともつかない突起をはやす。
頭部と思わしき器官は長い首の先についたのっぺりとしたもの。
サイドに並ぶ二つの光源が目なのだろうと思った矢先、その光に射すくめられる。

「ひっ……」

喉から漏れた音が自身の悲鳴だと気付き、虚勢をはろうと身構えるも萎えた四肢に力は戻らない。
どんな相手であろうと不遜であろうと、自身なりの矜持を一瞬で砕かれる。
それだけ、存在として圧倒される。
これは、間違いなく人が関わっていいものではない。

そのような化け物が数本の触手を揺らす。それだけで理性が吹き飛びそうになる。
今すぐにでも逃げ出したい。そう本能が叫び、それならば共に連れて行こうと隣を見れば、そこに彼女はいない。
気付けば全体で2m近くはあろう巨体をふるふると揺らすその化け物に、委員長は足取り軽く近づいていく。

「お、おい!」

あまりにも無防備なその姿に危機感を抱く。
今まで彼女がどうにかなる姿など想像できなかったが、この時だけは別だった。
ダメだと叫ぶ声が掠れ、あれに目を付けられたくないという一心で、近づくこともできない。
このまま彼女が消されてしまうような悪寒が走り、知らず涙を流す。
言うことをきかない身体が恨めしく、それでもどこか安堵している自分がいる。

「いいん、ちょ……!」

必死に呼びとめようとする声に、彼女が初めて振り向く。
大丈夫。そう、唇が形を変え、声にならぬ言葉を届ける。

愛しいものに触れるように、委員長の手が化物に触れる。
粘液の音がわずかにあがり、化物がひとつ身震いを起こす。
目と思わしき器官を細め、新たに生えだした触手が委員長を包み、

「――――!」

音として理解できぬ声で、化物が吼えた。

「ごめんね。全然会いにこれなかったわ。許して」

七色に光る粘液から漂う腐臭に嫌な顔ひとつ見せず、委員長は口付けを行う。
更にざわめきを起こす触手は、無遠慮に委員長の身体をまさぐる。

「そう、ここよ。私はここにいる。だから、寂しくないわ」

粘着音を立て、優しく摩る手がみるみる赤く爛れていく。
嬲られる体も同様に、焼けた匂いが漂い、その触れ合いが明らかに人体に悪影響を与えていることが見て取れる。
それでも、彼女は離れない。まるでそれが些細なことだというように。

もはや命に告げられる言葉はない。
きっと自分の言葉では彼女へ届かないから。

「ん……そこにいたのね。そう、うん。……いいのよ、貴女の方が辛いじゃない」

「―――」

「優しいのね。……ねぇ、やっぱり代わるつもりはないの?」

「―――」

「……馬鹿ね。本当。……ええ、わかっているわ。必ず、ね?」

もはや自身が入り込む余地のない、彼女らだけの世界。
互いに蕩けるように絡み合い、掛け合う言葉は愛の睦言。
この世のものとはけして思えぬ光景。禍々しくも美しいその姿に命はただただ言葉を失う。


964 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/10/19(水) 01:46:25.71 ID:4lVivBpQ0
だから、不意に委員長が崩れ落ちた際にも咄嗟に反応できなかった。

「え……」

間の抜けた声を出す。刹那の時を経て、目の前の現実にゆっくりと思考が追いつく。

「い、いいんちょ……!!」

叫び、走り出す。
止めるように働きかける理性をねじ伏せ、全力で彼女の元へ向かう。
ぎこちない足取りは何度かもつれ、転びそうになりながらも、必死に前へと進む。

たどり着いた先、ぐったりとした彼女の身体を持ち上げ、息を確かめる。
ゆるやかだが上下を繰り返す胸の動きに一瞬の安堵を得る。
だが、状況はそれほどゆっくりとしていられるものではなかった。
ヒュン、と耳元で音の発生を感じた時には強烈な鞭打が命の肩を襲う。

ひ、と小さな悲鳴をあげ、見た目以上のダメージに転げ悶えたくなる衝動に駆られる。
けれど、腕の中、ぐったりとする眠り姫の顔を見て、得意の痩せ我慢で自身を奮い立たせる。

「こんな、もん……! いいんちょの扱きに比べりゃ、よ!!」

思いの他軽い、彼女の身体を抱え、命は扉へと向かう。
決して早いとはいえない足取りは、格好の的となる。
うなる触手の鞭は容赦なく彼の全身に傷痕を残す。
ただの痛打だけでなく、滴る年液が肌と傷を焼き、声にならぬく苦痛と化す。
それでも一歩一歩を重ね、そう長くない、けれど果てしない地獄の道を歩みきり、

「っ、……ぁ」

倒れこむようにして部屋の外へと出た。
どういう仕組みかは分からないが、背後で勝手に扉が閉まって行くのが分かる。
触手も扉から先へは伸びてこないのか、その一線を境界とし、手前で手をこまねくばかりだ。

「はぁ、は、ぁ……くっ、そ。い……てぇ」

呟き、傷痕を見れば焼け爛れた皮膚がある。
全身を廻る痺れと痛みに言葉を出せぬまま、壁に背を預けゆっくりと瞼を降ろす。

「ちょっと、休憩……」

背後の扉が閉まると同時。
腕の中の委員長にそれだけ告げ、命の意識は暗転した。




全身に感じる浮遊感。景色は斑に色が混ざり溶け合う空。
地も天もなく、羊水に満たされた空間に漂う感覚に、これが夢だと知覚した。

「おらー、起きろー! いつまで寝てんだこの色男ー!!」

少女の声。呼びかけられたのは自分だろうか。
それにしたってやかましい声だ。

「呼んだのあんたよ、あんた。ったく、お姉ちゃんだけじゃなく、私にまで失礼ね」

どこかで聞いたことのあるはずの、けれど初対面だと感じるその声。
それは声音ではなく、魂の色というべきか。きっと出会ったことはないが、知っている。


965 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/10/19(水) 01:47:23.36 ID:4lVivBpQ0
「そうね。少なくても、因縁はあるわ。うん、今さっき繋がりも出来たわけだし」

何を言っているのか分からない。

「分かれとは言わないけどね。ただ、さ。うん、何ていうかさ……すっごい癪ではあるんだけど」

何を気恥ずかしそうにしてるか知らないが、似合わないぞ。

「……今度会ったら引きちぎってやろうかしら」

それは勘弁してくれ。まだまだ死にたくない。

「うん、そうだね。死んでもらっちゃ困るかな」

ああ。俺は死なない。あの女を一人にしたくない。

「……。うん、そんなあんただからお願いする。お姉ちゃんを、助けて」

任せろと無責任に言えるほど、俺は強くない。

「知ってるよ」

だけど、俺はあいつを、絶対に一人にしない。

「うん。それでいい」

それと、

「ん?」

お前も、一緒だ。

「……ん。ありがと」

嫌か。

「嬉しいよ。けどね?」

歪んでいた景色がゆっくりと固定されていく。
零れた水がコップへと逆再生されていくように、世界が急速に形を取り戻す。
そして、そこに……

「―――!!!」

人ならぬ化物が、先の少女に似た声で、咆哮した。


966 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/10/19(水) 01:48:29.03 ID:4lVivBpQ0
「うぉぁあああああ!?」

悲鳴と共に跳ね起き、拭える部位の嫌な汗を払う。

「……今の、って」

委員長の口から何度かあの化物を呼ぶときに、その名を告げていた。
だとすれば、今の夢と符合する事実を自分なりに組み合わせていけば……。

「受けた恩と、罪」

先ほど、彼女が口にしていた言葉。
つまりあの化物は……。

「おはよう。随分と賑やかな目覚めね」

腕の中、力なくかけられた声は委員長のもの。

「起こしたか」

「ずっと起きていたわよ。貴方が離してくれないから、困っていただけ」

その言葉が冗談でも真実ならば、その身体がいかに弱っているか考えるまでもなく分かる。
委員長がその気になれば命の寝込みなど、気付かれることなく何度となく襲われ、終わっているだろう。
それが無防備に自身の身体を他者に預けるしかないという事実が、彼女の受けたダメージが少なくないことを教える。

「……色々、まだ話を聞かなくちゃいけないのは、わかった」

「ええ。その上で、貴方は選択の権利を得るわ。この地でのことを全て忘れ、元の生き方に戻ることを選ぶ、ね」

その言葉に、命は表情を歪める。

「何であんたは、そうやって……!」

今までのように、軽く流せない。

「俺は頼りないし、弱いし、どうしようもねぇかもしれないけどよ! ……一言、くれよ」

今日までの日々の中で、それでも受け入れてもらえないことが悔しくて、

「助けてくれって、力を貸してくれって! 俺は、俺はそんなに……!」

どれだけ手を伸ばしても届かなくて。

「何故貴方が泣くのよ。馬鹿ね」

「うる、せぇ」

気が付けば彼女の前で初めて弱みを見せてしまった。
きっと、彼女が弱みを見せてくれたから。素直に、本当に心から力になりたいと思ってしまったから。
感情が溢れて、とまらなかった。

「俺は、あんたを……!!」

言いかけた言葉をふさぐのは優しい口づけ。
背中に回された手は強く、抱擁の動くで彼を抱く。
それだけのことが嬉しく、命はまた涙を流す。
今までのような身体だけでない、心の繋がりで、彼等の影が一つに重なった。



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