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意地悪なメイド ver2.5
853 名前:【いじめい おるた】 [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:26:28.40 ID:b9tXZOo0
第24話 「超人/凡人」

膳は急げと舞い戻った妹の部屋。
しかし、そこは無人なのか空いてやしない。

「せっかくの妙案だってのに」

一人ごちても仕方ない。と、ふと目に入るのはイドのいつもいる部屋。
――あの脳髄がある部屋だ。


カシュ。乾いたスライド音が響くほどの静寂。
一瞬無人かと思えばそこには案の定、小さな後姿が。

(とはいえ、きたはいいが何も考えてなかったな)

うぅむ、と唸り、もしかして邪魔してるのではないかと思い始める。
やっぱり引き返そう、そうしよう。

「まってください」

と、ちょうど出ようとした瞬間。
ドキッとするようなタイミングで声をかけられ結局居座ってしまう。
それから一分ほどたってイドが振り返る。

「終わったか?」

「お待たせしました」

「何やってたんだ? もしかしてその脳みそと喋ってたとかか?」

「……」

「なんてな。まぁいいや。それよりさ、お前、あの絵のことだけど」

「何ですか?」

「あれさ。どうやって描いた? あれだけど、なんていうか……えーと」

この世界には存在しないはずなんだ。
俺は昔から特撮なんかが好きで、それを“あいつ”は良く知ってる。
と、そんな俺の前でイドはまた描き始める。


854 名前:パー速民がお送りします [] 投稿日:2010/07/14(水) 19:26:57.41 ID:b9tXZOo0

「ああ、そうじゃなくて。悪い、聞き方が良くなかったな。あれさ、お前が自分で考えたのか?」

「……」

「あれが何なのか知ってたり?」

「……」

ぐ、まさかの無反応か。
俺の中でくすぶる疑問。このまま持ち続けるぐらいならぶつけてみるか。
試すみたいですまん、イド。

「なぁ。イド」

「なんですか」

「……なぁ、メイドさ」

「誰ですか」

……。当たり前、か。
何度も違うって言われたのに。
それでも俺の中で未練がましく思えてしまう。

「イド、ちょっと真面目な話なんだ」

「……」

「あの絵に描いたもの、どこで本物を見た? 教えてくれ」

「……見ていません」

「じゃあ元ネタはなんだ? 本か何かで見たとかか?」

「……」

無視、か。
どういうことだ。
教えられないのなら最初から見せなくてもよかったんじゃないだろうか。


855 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:28:08.61 ID:b9tXZOo0
「イド、頼むよ。教えてくれ」

「……」

「うんとかすんとか言ってくれよぉ」

「すん」

「いや、そうじゃなくてだな」

「うんとかすん」

「あれ。これ前にもやらなかったっけか」

「さっきから何をされているんです?」

と、後ろからかかる声。

「へ? のわあ!?」

「なんです。人の顔を見るなり。何かよからぬ企みを阻止してしまったようですね」

「ち、違うっての!」

「……まぁいいです。それで、何をなさっているんです?」

「親睦を深めていたというか、何というか」

「そうですか。十分深まりましたね。こっちの用件に移りますがかまいませんね」

有無を言わさぬ雰囲気。……いや、何だろう、この感じ。

「イド。明日も早く寝なさい」

こくりと頷くウサ耳娘。

「あなたも。部屋に戻らず何をされているんですか」

「いや、ちょっとお前に用がな。今までどこにいたんだよ」

「ハンガーですが? 直接指示しなければならないこともありますし」

どことなく倦怠感といえばいいのか。疲れた声に感じるのは気のせいか。
いや、気のせいだな。だってこいつは完璧超人だ。何を今更心配なんて。


856 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:28:47.95 ID:b9tXZOo0

「それならちょうどいい。明日の……」

「面倒な指示を出さねばならなくなるのでしょう。却下します」

「早!? ちょ、待てよ!」

ツカツカと自室へ戻る妹の背中を追う。

「そんな難しい話じゃないんだって! 妹ちゃんの機体にも新OSを積んでほしいってだけで!」

「……何故?」

「そうすれば今後、訓練を5日短縮できるんだ。5日だぜ?」

「……だから、何故」

「それは話すと長くなるんだが」

「ではお断りします」

「おい! 話くらいちゃんと聞けって! おおい!」

結局部屋の中まで追いかけるはめになる。



「おい、カリカリしすぎだろ。ちょっとOSを載せたりするだけなんだし」

「あのですね。勘違いされているようですから言っておきますが、私にとってこれは気分転換に過ぎません」

振り返ることなく、苛々した声が返ってくる。

「とある理論を実践するために片手間に行った結果でしかないんです」

「ある理論?」

「ええ。あなたには理解できないレベルのです。それが滞っては困るのはあなたも同じでしょうに」

「オルタネイティヴW……OS、並列思考……あ、もしかして並列コンピューターのことか!」

それは前の記憶。
12月24日というタイムリミットにて、間に合わなかったと嘆く妹が断片的に語った話。
――半導体150億個分の並列処理がどうとかか!?


857 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:29:09.09 ID:b9tXZOo0
「……中途半端に知っている相手というのはこうも御しがたいものですか」

「なぁ、頼むよ。そうなんだろ?」

「……はぁ。そうです、オルタネイティブWの鍵となる並列処理装置の実験でしかない。それだけのことです。遊びは遊び。これで終わりです」

「おい、待てよ。気分転換が終わってやらなきゃならないこと思い出した途端にソレかよ」

何となく、こいつらしくない態度、そして素っ気無さにこっちもカチンとくる。

「何ですか」

「いつも余裕あるお前らしくないぞ」

「……」

「もしかして、お前……焦ってるのか?」

「…………っ」

「俺が言ってること、信用してきてるから。オルタネイティブWの終わりが近いって知って、イラついてる」

「お前、前に言ってたよな。戦術機ごとき、と。けどその代わりをコンピューターができないってよ」

「……だから、何ですか」

「今まで聞かなかったけどよ……計画はどこまで進捗してるんだ」

「それは、……あなたが知るべきことではありません」

「俺からすれば戦術機の姿勢制御、それらをまとめる装置ができるってだけで十分高度だ」

それをこいつはその程度、と言い切ってる。


858 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:29:51.15 ID:b9tXZOo0
「それなのに今こんなに焦ってるってことはよ。とんでもないことやってんだろ?」

「……出て行ってください」

「間に合うのか!? もう11月も終わりなんだぞ!!?」

「出て行きなさい」

「ごまかすなよ!!」

「出て行けといっているのがわからないのですか!!!」

「……俺、そういうお前を見るの、二回目なんだよ」

「……」

「俺の知ってるお前は、超然としてて、誰よりクールなんだ」

「……」

「でも前の記憶じゃ、半導体150億個の並列処理装置が手のひらサイズにならないって、 自暴自棄になって嘆いて。今みたいに」

「……っ」

「そんな風にいらつくなよ! お前は天才なんだろ! 完璧超人だろ!!」

「いい、加減にしてください」

「ああ、わかったよ! もういい。だからOSの換装だけしてくれ、後は俺が……」

「しつこい、ですよ」

「俺が何とかしてやる! お前が計画に失敗したって、戦術機で……!」

バサバサ……

「――!!!」

「うるさいんです! さっきから! さっさと出ていってください!!」

投げつけられる資料。資料。資料。
そこに書いてあることの10分の1だって俺は理会できないだろう紙の束。


859 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:30:26.81 ID:b9tXZOo0
「……ってぇ」

それが痛みを伴うほどの量で投げつけられた。

「訳顔知りでゴチャゴチャと……ええ、あなたはいいでしょうね、未来からきた英雄さん?」

「なっ」

「あなたの存在のせいで、こちらは散々なんです!!」

感情的なこいつを、俺は初めて見たかもしれない。
それは怒りや憤りだけでない、深いもの。

「……」

「未来を知っている人間が出てくるなんて計算外です! 焦るばかりで何も出てきやしない!」

「お前……」

「大体、何故私がおべっかを使ってまで技術部を動かしてOSの改良なんてさせなければならないんです!」

「……」

「……」

「……」

嫌な、沈黙だ。
そうだよな。こいつだって、人間なんだ。
そう、思ってなかったのは前の世界が平和すぎて。
だから何でもそつなくこなせて、いや人の限界以上にこなせるこいつを、ただただ超人扱いして……。

「ああもうっ! ……ええ、そうです、私は天才なんです。人類の希望なんです! なのにこんな……愚痴をもらして……最悪」

「……」

こんな悪態。俺の世界でこいつがついたこと、あっただろうか。
そこまで追い詰められていたのか。……なのに、俺は。
くそ、無神経すぎだろ。こんないろんなもの背負ってるやつなのに。
本来あんな思いつき程度の案を拾ってもらって、OSという形にしてもらえるだけでも幸運なのに。

「……あの、よ」

「……」

「すまん、無神経すぎたよな、俺。……本当、ごめん。あの、書類……」


860 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:32:02.45 ID:b9tXZOo0
これ、どう見たって大事な書類だよな。こんな大事そうなもん投げつけさせるなんて。
あの馬鹿妹から考えられない行動だ。相当怒らせたんだよな。
あーあー。もう、順番もバラバラなんだろうな。しっかし見たことも無いような単語やら図や、ら……?

「はぁ……。そのままで、かまいません」

……あれ?

「とりあえず、今日は早く出ていってください」

「あの、よ。これ、オルタネイティブWの資料……なんだよな?」

「あなたには関係ないです」

…………俺は、これを。どこかで……。

フラッシュバックする記憶。
違う、これは“前の記憶”じゃない。
もっと平和で、けれど騒がしく、どたばたとした……。

そうか、俺は、これを知ってる。

「ああもう、いい加減に……!」

「――知ってる、これ」

「は?」

「これ……この絵? いや図? 俺、見たことあるんだ!」

「そう、ですか。全く、前の記憶とやらの私はどんなセキリュティをしていたのやら」

「違う、違うんだ! これ、BETAとかいない元の世界で見たんだ! 俺たちと遊んでるときに、お前が急にこれを書き出して」

「え? ……『元の世界』……?」

「でも、お前は結局この式にバッテンつけてさ」

次々に思い浮かぶ過去の記憶。
いつものように俺と、こいつと、メイド。三人で過ごした日常。
その中の一ページ。いきなり暴走しだした馬鹿妹が訳のわからない講義を始めて……。

「うん、そうだ。確かお前はこの辺に新しい式を書き始めたんだ」

「な……なんですって!?」

「確か、メイドとゲームしてる最中、いきなり閃いたとか言って新しい理論がどうこう言って……」

そうだ。確か何かのクソゲーを三人で100本耐久クリアとか訳のわからん企画の最中に閃いたとか言ってたっけ。
娯楽、とりわけ娯楽関係がほとんど発達していないこの世界の馬鹿妹が思いつかなくて当然じゃないか!


861 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:32:58.67 ID:b9tXZOo0

「教えてください! その式、今すぐに!!」

「あ……いや、それなんだが」

「これが否定されるということがどういうことか分かってらっしゃいます!? それは現在の研究の根本理論なんですよ!?」

「え? こんなくちゃくちゃな図が?」

「図はどうでもいいんです! とにかく、何故これが否定されるんですか!」

「うご!? ま、待てくるし……」

つかみかかった動きは相変わらず達人級。
とんでもない握力で締め上げられながらも、俺は必死に言い訳する。

「冗談ではすまないんですよ! 間違いではもっとすまないんです!! 早く! さぁ早く!!」

「ご、ごめん。覚えてないんだ」

「――なんですってぇえぇ!?」

一瞬の絶句のあと、何となく懐かしい気分にさせるような絶叫が部屋に響きわたる。


862 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:33:51.36 ID:b9tXZOo0
一瞬の絶句のあと、何となく懐かしい気分にさせるような絶叫が部屋に響きわたる。

「げほ、ごほ! だ、だってゲーム中にいきなり全然わけわからんことばっかり言うもんだから」

「どんなことを言ってました!?」

何とか開放されてのど元をさする俺に、馬鹿妹が詰め寄る。

「私は天才かもしれません、とか」

「そんなことはわかってます! 次!」

いや、おい。大丈夫かお前。珍しくとんでもないこと口走ってるぞ。

「『こんなものはナンセンスです。考え方が古すぎます』だったっけか」

「なんですって!?」

「お、俺じゃない! お前が自分で言ったんだよ!」

「……次!」

「えっと、確か人間の脳みそなんて所詮1個だって」

「……何を仰ってるのですか?」

「知るわけないだろ! お前が勝手に言ってたんだから!」

「次は?」

「それでいきなり俺のレポート用紙を持って家に帰って論文にまとめるとか何とか」


863 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:34:29.45 ID:b9tXZOo0
「たどり着いたのですね……」

「は?」

「私が兄さんの元を離れてまでなんて……あ、いえ。こほん。そこまで言い切るからにはその理論、完成させていたんです!」

「……ってことは」

「少なくとも今より現実的な理論が、実験の1歩手前まで完成している……」

「ってことは!?」

「何とかしてください!」

「はぁ!?」

「何とかして思い出してください! 一部でもいいですから! 何とかしてください!!」

「無理だって! 俺にとっては2年以上もたってて、その時ですら曖昧だったってのに……」

「わからなくてもいいから!!」

「ぐお!? だから、揺らすな!! ああもう、そんなに知りたきゃ元の世界の自分に聞いてくれよ!!」

「――え?」

「思い出せないもんは思い出せないんだって言って……」

「……そうか」

「……?」

「そう、ですね。そうですよね。私としたことが取り乱しました」


864 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/14(水) 19:35:14.82 ID:b9tXZOo0
ああ、そりゃもう大分前からな。
けど、結局俺は、

「すまん。力になれなくて」

「……」

「とりあえず部屋、戻るな。その、本当ごめんな……色々言うだけ言って、その」

「妹機に積めばいいのですね」

「は?」

「そちらにも新OSを回せばいいのですね」

「あ、ああ」

「わかりました。やっておきます」

「……へ?」

それだけ言うとデスクに戻る馬鹿妹。
けど、その口から確かに換装の話が……
どういうことだ?

……。わ、わからん。

「じゃ、邪魔したな」

……。はぁ、結局よくわからんままだ。
けどなんというか。

「頼りねぇな、俺」

オルタネイティブWの完遂を手助けしたい、なんていってるのに全然できてやしない。
逆に脚ひっぱってあんなに怒らせて。

「……くそ」

呟いた言葉は無人の廊下に空しく響いた。



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