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意地悪なメイド ver2.5
- 162 :【読切短編:落花狼藉(後)】 [sage]
:2008/09/01(月) 08:48:29.75 ID:ZR05bN.0
ただ一度だけ、本当に一度だけ触れたことがある。
それがどんな思い出(カタチ)だったかなんて覚えていない。
それでも在るのだから、嘘じゃない。
だけどそのせいで私は、嘘をついた。
ひとつがふたつになる。
昔からそんな当たり前のことが好きだった。
それだけ。本当にそれだけ。
そんなわけないのに。
笑ってしまうほどの大嘘。
赤く染まる私の言葉。
だけど本当にしなくちゃいけなかった。
もう忘れてしまった誰かのために。
それは幼いころから、変わらないものが好きだった私の単純な嫌悪。
こうやって別れるという事象がただ辛かったから。
嫌いだから、偽って、騙って、隠して……。
『おねえちゃん!!』
それが私の根源だというならば、きっと受け入れることはないだろう。
恨みを取り払って残ったソレが、たった一つの真実だと認めたくはないから。
だから今日も私は分つ。
真っ赤な華を裂かせるんだ。
まずは邪魔なあいつから。すべての過去を断ち切って、新たに始めるんだ。
もう何にも縛られないために、私は。
……私はどこへ行こうというのだろう。
- 163 :【読切短編:落花狼藉(後)】 [sage] :2008/09/01(月) 08:48:46.46 ID:ZR05bN.0
『意地悪なメイド外伝』
短編読切「落花狼藉(後)」
「姉さん、大丈夫?」
「うる、さいわね……。頭が痛いの、話しかけないで」
「ごめん、なさい」
窓から差し込むネオンのわずかな光源が照らす少女の顔はどこか青い。
二人がそれぞれそう形容すべきだろうが、意味合いが違っていた。
片や不安から、そして片や内なる苦痛に蝕まれる。
(何よ、これ。こんな頭痛、初めて……)
ぎり、と歯を食いしばる。
もうすぐ約束の時刻。さっさと回収すべきものを回収し、消すべき人間を消す。
その為に隙など見せてはいられない。
大きく息をつき、ポケットに手をしのばせる。
それをぎゅっと握ると、いくぶんか心が安らぐ。
(……さぁ、すべてを終わりにするんだ)
決意を固める少女を見上げるもう一人の少女。
その表情に浮かぶ不安が保身でなく、目の前の存在の安否を気遣うものだと、今は誰も気づけない。
じゃり。
「ひぅ!?」
セルフで警戒網を作って引っかかってるワタクシ。というよりびびりすぎ。
いやだって、一歩先は地獄みたいなもんなので恐ろしいのです。
しらみつぶしに空きテナントを確認しつつ、一階ずつゆっくり進んでいく。
ぶちゃけしらみは私側なんだけど。
とはいえ、実は遅刻ギリギリに来ちゃったのでそうのんびりもしてられないという。
こういうとき、自分の計画性のなさが恨めしいわけで。本当に。
- 164 :パー速民がお送りします [sage] :2008/09/01(月) 08:49:18.47 ID:ZR05bN.0
「でも誰も駆けつけてくれないあたり仁徳って大事だと思う。次から大切にしとこう」
ひそやかな決意をささやかな……それはもうささやかな胸の前でこぶしを握ることで決意。
で、気付けば次が屋上を除いて最上階。
いわゆる現場であったりしたところ……なんだろう。
ごくり、とひとつ生唾を飲む。
ポケットの中身はひとしきり確認。大丈夫、どうせこんなもの一時しのぎにしかならない。
本当に大切なのは根気とやる気と勇気と、それらをひっくるめて数十倍した運。
そしてそららが一割になるほどに残り九割が口八丁だったりする。
つまりまぁ、口先だけで生きてきた奴なんてこんなものだということだ。
慎重にドアノブを回す。
まさか問答無用の先制攻撃なんてはずはない。
……と思いたい。いや本当。
ガチャリ。
思った以上の大きな音に自分でびびりながら中を確認。
……居た。
「時間、ぎりぎりだったわね」
「あー、はい。いろいろと準備してましたんで。ダビングとか」
「なるほどね。……まぁいいわ、とりあえず入りなさいよ」
「了解です」
ふぅ。ビデオなんて存在しないものをダシにしといてよかった。
これで先制攻撃をしのげたわけで。もしあそこで問答無用で来られたらなすすべなく木端微塵だったろうし。
少し埃っぽい部屋。
何度か足下く通ったけれど結局その印象だけは変わらなかったその部屋。
だからきっとここにあるのは人が獣になった結果と傷痕だけなんだろう。
その中央に君臨する百獣の王は、しかしどこか覇気がない。
「ありゃ、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「ええ、夜更かしなんて慣れてませんから」
「またまたぁ、夜の方がお盛んな年ご……」
言いかけてやめる。
さすがにこれは彼女の境遇を考えれば不謹慎すぎる。
「でも本当に大丈夫で?」
「あら、余裕なのね。自分が今どれほど危ないかわかってるのかしら」
「ええ、正直今すぐトンズラこきたいっす」
「ではそうさせてあげる、ビデオテープとやらを置いていきなさい」
「ダビングしちゃってますよ?」
「そうね。ではそれを渡した相手を言いなさい。嘘はつかないほうがいいわよ? あなたの人間関係は調べてあるから」
「……そ、っすか」
- 165 :パー速民がお送りします [sage] :2008/09/01(月) 08:49:47.12 ID:ZR05bN.0
多分これはハッタリ……なんだろうけど。
明らかに私の知人で知られる要素がない人間が多い反面、知られてもおかしくない人間もいる。
世の中お金さえ払えば時間の無駄を喜んで引き受けてくれるお仕事がやまほどあるし。
そんなわけでハッタリにしろ、そうじゃないにしろ、ここは強気にいく場面じゃない。
そこに無駄に被害が及ぶことを考えれば十分な脅しになるんで。
「いや、正直言えばダビングはしました。けど誰にも渡してません」
「……!」
「ですが!」
ゾワリ、と総毛立つ感覚に襲われ、思わず付け加える。
「それは数日後、人目につく可能性があります。場所はまだ言いませんよ?」
「……っち」
舌打ちしないでもらいたい。
今一瞬でも言うのが遅れたら消されてたろうし。本当、こっちが舌打ちしたいっての。
「この子を渡せばいいのよね」
「姉さん……」
物陰から出てくるのは同じような顔立ちの少女。
裕子と呼ばれた少女が控え目に姉の横に立つ。
「裕子さん、こっちへ」
「ほら、いきなさい」
「……」
彼女は一歩一歩、不安げな表情でこちらへ進んでくる。
姉に引け目があるのは資料通りか。
申し訳なさそうに近づいてくる。
「ごめん、なさい」
そう呟いた彼女に手を伸ばし、こちらへ引き寄せる。
だけど、その言葉は……。
トスッ。
「……え?」
「ごめんなさい……っ」
私に向けられたモノで。
冷たい刃物の感触を腹部に刺し入れられるの感じながら、目の前で哄笑する姉と呼ばれた少女を見やるのだった。
- 166 :パー速民がお送りします [sage] :2008/09/01(月) 08:50:24.64 ID:ZR05bN.0
じりじりと頭の中が焼ける感覚。
気がつけば体中から悲鳴があがっていた。
「げほ! がはっ!!」
「姉さん!?」
「……うるさいわね。黙ってなさい」
「で、でも」
その憐れんだような眼が、苛立ちの原因。
そう決めつける。決めつけた。
「大丈夫よ、何ともないわ。何ともなってなるもんですか。……それより。ねぇ」
「……は、はい」
「あなた、この先、私と一緒に来るか、今ここで死ぬか。どちらがいい?」
下から人の気配を感じ取り、彼女は妹に問いかける。
「そ、そんなの姉さんと一緒がいいです!」
「そうよね、しにたくないものね」
「違います! そうじゃなくて!」
「違う? 何が違うのよ」
「私は……私は自分の意思で姉さんと一緒に居たいんです!」
「……は?」
「姉さんと別れてからずっと、気にかけていました」
「何を今さら。命ごいならもう少しマシな……」
「姉さんが私を気に入らないというなら、いつでもこの命、差し上げます!」
「でもあの女はあなたを助けようとしているわよ。呼んだんでしょう? あなたが、自分の命惜しさに」
「違います! 確かに彼女には助けを求めました!」
「ほら見なさい!」
「ですが、私が助けてほしかったのは姉さんなんです!!」
「……!?」
二人の間に流れる空気が変わる。
- 167 :パー速民がお送りします [sage] :2008/09/01(月) 08:51:11.97 ID:ZR05bN.0
「私はあの時から、姉さんがどこかへ連れていかれたあの日から、ずっとあなたを想っていました!」
「嘘よ、何を今さら! 冗談じゃないわ、じゃあ何故今まで放っておかれたのよ!」
「それは、私が力足らずだったから……何もできない、無力な存在だったから」
「そうよ! あなたは無力なの、力が無かったの! だからあの家に残れたの!」
「……」
「それがどれだけ妬ましいことか……」
「姉さん、だから、私……姉さんの力になる」
「……あなた」
「ねぇ、何をすればいい? 姉さん、私何をしたらいいの?」
「……。だったら」
手数(カード)は一枚でも多いほうがいい。
足元からかたり、と音がなる。
拾い上げられる錆びたナイフは誰のものだったか。
「これで。あの子を、刺しなさい」
「え……」
「やってくれるわよね。私がお願いするんだもの」
「……」
「これからは一緒にいきましょう、裕子。そのために、あなたが私の味方だって、証明してよ」
「わか、った」
そうして、扉は開かれる。
「何……で?」
「これでいいんだよね、姉さん。これで、私……」
「ふふ、いいのよ。私の力だと生かさず殺さず、というのが難しいもの」
崩れ落ちる少女の体を裕子は支える。
それを満足げにみやり、ほくそ笑む姉と呼ばれる少女。
「彼女が体のどこかにビデオを隠していないか探しなさい」
「う、うん」
「あ……ぐ!?」
「ごめんね。ごめんなさい」
「どう? 見つかった?」
「う、ううん。ないみたい」
「そう。……じゃあ改めて聞くわよ、あなた、予備はどこに隠しているのかしら?」
「……」
「裕子、指を落としなさい。一本ずつ」
「姉さん!?」
「ねぇ、お願いよ。裕子。私、あなたと一緒に行きたいから。ね?」
「裕子さ……ダメ、っすよ。悪の道に染まっちゃ、みたいな」
「お姉ちゃんは、悪くない、です」
「さい、ですか……はぁ、ぐっ!!」
- 168 :パー速民がお送りします [sage] :2008/09/01(月) 08:51:34.01 ID:ZR05bN.0
無遠慮に引き抜かれる刃物。
錆びたソレは再び与えられた赤に妖しく染まる。
「ごめんなさい」
そっと、しかし躊躇いなく添えられる刃。
それは後少し力を入れるだけで皮を破り肉を食む。
異常なはずのその行為に対してもはや裕子は戸惑わない。
「姉さんの為、なの」
免罪符にして。
自らの願望を。
ただ果たす為。
「いいっすよ、許します。だって」
それに応える少女の口元には。
バタン!!
「待ちなさい」
「「!!?」」
「どうせ、死なないだろうから」
さも可笑しそうな笑みが張り付いていた。
「その方は私の友人です。これ以上の狼藉は見過ごすことはできません」
「何なの? あなた」
「名乗りをあげる必要はありません。どうせすぐ終わらせます」
凛とした声でこの場に現れた少女は、とにかくこの場にそぐわない。
ただ在るだけで絢爛豪華。そう言うに相応しい存在だった。
「終わらせる、ね。……あなた、一人で来いっていったのに応援なんか呼んだの?」
「いやぁ、私はいろいろ声かけたけど来てもらえなかったんで、実はイレギュラーだったりします」
「それを信じろと?」
「お好きにどうぞ」
「じゃあ、答えはノーよ」
次の瞬間、陽炎が揺らめく感覚。
にたりと笑う姉から放たれるのは殺気だけではなく……。
- 169 :パー速民がお送りします [sage] :2008/09/01(月) 08:51:51.28 ID:ZR05bN.0
「ッ!!」
「きゃっ!?」
ドサッ
傷ついたカラダに鞭打って裕子を抱えて飛ぶ。
次の瞬間、抉れるように裂け目を作るコンクリートの床。
「だいじょぶ、ですか?」
「あ、え……何で? 姉さん! 私……!」
「信じないっていったっでしょ。そいつが頼んだんじゃなければあなたしかいないじゃない」
「ち、違います! 私は!」
「もうたくさん。少しでも信じた私が馬鹿だった。さよなら。私は私だけを信じるの!!」
もはや彼女にとってすべては敵でしかなくなった。
だが彼女はすぐに自分のミスに気付く。
敵しかいないこの場で、絶対に目を離してはいけない存在から気をそらしていたことに。
まず最初の時点で仕留めねばならない相手にしかけられなかったということに。
「変わった特性をお持ちですね。鉱物にまで干渉できるのですか」
「っ?!」
耳元で聞こえた声に反射的に振り返り、華がサくイメージ。
だがそこでサいたのはコンクリートの壁一枚。
途端に走る嘔吐感。必死に飲み下して視線を走らせる。
「姉さん! 上!」
危ない、ではなく来るべき場所がわかった掛声。
彼女の妹はよくわかっている。これならば話は簡単。
“上に、サかせる”!
「これで、終わり!!」
視線を上へ。
警告通りそこに居たのは絢爛豪華な少女。
その手に似合わぬ無骨な銃を振り下ろす姿に、一瞬見とれ……。
サかせる。どんな人間でも空中で軌道を変えることは不可能。
これで、終わり。のはずだった。
確かに彼女一人ならば不可能だった事実。
しかしそこに見えたのは一人ではなかった。
少女を一瞬にして抱きかかえ、柱の裏へと回りこんだ存在。
それが誰かはわからない。
裂けて崩れる天井からのコンクリートの破片を避け、歪む視界と頭蓋に鞭打ち、視線は二人の少女へ。
今の動きを行ったのは取引を持ちかけた少女でもなければ忌まわしき妹でもない。
二人はただ呆然とこちらを眺めるばかり。では今のは……。
- 170 :パー速民がお送りします [sage] :2008/09/01(月) 08:52:03.83 ID:ZR05bN.0
「なるほど、視界が射程という訳ですね。一見、恐ろしい射程のように思えますが」
「!?」
瞬間的に身構える。
が、遅い。既にそれは到達した後。
「捉えられなければ問題がない。面白可笑しく言うならば」
ゴリ、と額にめり込む銃口。
重たく冷たい感覚。想像するのは次の瞬間の高熱と感じる間もない痛み。
「私たちの相性は絶望的にぴったりだったということでしょう」
「お似合いだった。それだけです」
見えるのは絢爛豪華、そして凍えるような美貌。
翻るのは給仕服。笑えてくるほどに場違い。だが、事実。
冷たい華は主を抱きかかえ、その中で咲く太陽は黒い銃の引き金を遠慮することなく引く。
「では、さようなら」
それが別れの言葉だと理解した瞬間、彼女はポケットから無意識にガラクタを取り出す。
祈るように、胸の前で強く握る。最後の時は、これと共に。そう決めていたから。
そうして覚悟を決めた彼女の視界が、暗転した。
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