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意地悪なメイド4.5
806 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [] 投稿日:2011/08/23(火) 01:46:01.20 ID:MtTnl+Qn0
言えなかった。言わなかった。
どちらだって構わない。けれど、言いたくなってしまった。
それほどまでに自分は弱くなっているのだろうか。
それほどまでに自分は彼を信じているのだろうか。
わからない。結局、言葉に出来なかった事は伝わることなどない。
心は言葉でしか伝わらない。だから、私の本当の心は、届かない。

だからこれは、私にしか聞こえない言葉。

男。私ね。私もね。
皇族の……『宮』の姓を持っていたの。



それは、いつの頃か。
少なくとも、物心ついた頃はまだ、あの子の姉であれた。

「おねえさま。このお花は?」

「これは蓮ね」

「はすというのですね。とてもきれい」

「ええ。とても」

私の血筋とは、すなわち高貴とされるもの。所謂、皇族と呼ばれるもの。
母方がそうであり、父はまた違った血筋で高名な人だった。
故に私も本来は彼女と同様に気高く生きる、人々の範たる姿を目指していたはずだった。
けれど、そうはならなかった。私に用意されていたのは他者から利用されるだけの人生。

私の親である二人の馴れ初めはとても情熱的ではあったが、同時に禁忌であったという。
故に私は皇族の血筋の中にありながら、決してその血筋としての扱いを受けず忌み子とされていた。
その扱いにいつも父は申し訳なさそうであったし、実際に数々の手を打つよう動いてくれた。
勿論、それが実ったことはなかったけれど。
母は……私など、元より眼中になかった。彼女は華のような人であったが、同時に世を知らなさすぎた。
箱の中で育てられた、愛玩道具であり、政略のための駒でしかなかったのだ。

結局、そうあるよう仕向けられた二人は当然のように結ばれ、当然のように罰せられた。
つまり、私の両親はなるべくして恋し、愛を経て、私を作ったのだ。
その結果が、この生だ。
私の身体は父方の血筋、つまり人とは違った能力……魔と呼ばれるものを付与され出来ている。
それは私本人からすれば便利でもなければ使い道も限られるもの。けれど彼らにとっては大事な標本。

「おねえちゃん」

そう私を呼ぶ、私そっくりな子と初めて会った時、全てを悟った。
ああ、私という名の生産図から生み出された入れ物の子なのだと。
それを……その子を私は妹と呼ぶようになった。

既に義務教育が始まるころには、私達家族は……いや、家族としてあったものは崩壊していた。
父は単身、私達の生活を護るために本家に戻り、未だに帰らずにいる。
母は父という拠り所をなくし、すぐに人としての生を止めた。
妹は私よりも素直に現状を嘆き、怒り、私を支えようとしてくれた。
唯一、皇族の頃に私を一心に世話してくれた女性もいたが、結局彼女も元々持っていた地位を失ったと訊く。

そうして気づけば、人類は戦いを余儀なくされていた。
BETAという名の侵略者との、生存戦争を。

そんな私が、未だに皇族としての心を持てるのか。
将軍という名の蓑を被り、彼らの前に出てもよいのだろうか。
こんな生き方を強いられ、何の恨みもなかったわけじゃない。
許されるのならば、妹と二人、ただ平凡な学生生活でも送ってみたかった。
それこそ、私の性根は生真面目であるから、何かの委員長なんていいかもしれない。
そんな許されぬ夢を、見なかったわけじゃない。

だから、このような大役、何故引き受けてしまったのか。
後悔? それとも罪悪感?
どちらも今の私にぴったり当てはまるのではないだろうか。
心の底から、この事態をどうかしたいと思えているのだろうか。


807 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [] 投稿日:2011/08/23(火) 01:46:50.27 ID:MtTnl+Qn0

『………わかりました。あなたに、任せます』

思えている。そう、私も、あの子と同じだ。殿下から、宮から託されたのだ。
どれほど陰の道を歩まされても、ただの道具としての生しかなくとも。
それでもあの子と過ごした時間は本当だった。
強い子だった。皇族という鎖を背負わなければならない生を、あの頃には既に受け入れていた。
短い時間の中で、それを知り、この子のようになりたいと想った。
この子のためにならば、この身体を使ってもいいと思った。
そうして触れた、彼女の想いが、私の心を作っているのだ。

『国とは、心。民、そのものなのです』

そう教えてくれたのは彼女だった。
忌み嫌われ、誰からも爪弾きにされていた私に手を差し伸べた人間が彼女なのだ。
綺麗だと想った。そのあり方を美しいと感じた。
だから、そうなりたいと願い、学び、駆け抜けた。

出来る。私は、やるんだ。この説得が道を作るからではない。
かの勇士達を無為に死なせたくはないと願うから。
彼女であればきっとそう願うから。私も、そう思えるから。

だから行こう。
隣には憎らしくも、頼りにできる人間がいる。
やるんだ。……私は、宮として、将軍として。


これは誰にも届かぬ言葉。
けれど、私に届ける、思いの形。







そうして時は訪れる。

『02の正面20mにて停止。女友大尉が機外にて“殿下”をお迎えする』

「02了解。……『殿下』、女友大尉が接近中です。ご準備を」

侍従長さんからの打ち合わせを確認し、委員長を届ける。
いや、ここからはもう、委員長は殿下なのだ。

「聞こえていました。イヤフォンの感度は良いようです」

「向こうも戦術機の集音マイクで『殿下』のお声を拾いますから、大声を出さずとも大丈夫ですので」

「よしなに」

ここでの会話ですら気が抜けない。何ともいえない緊張感。
それは俺だけでなく、いや、俺以上に、痛いほど委員長から伝わってくる。
自身に課せられた使命。身代わりという生き方。
その中で、自分なりの責務を果たす。そこにどんな想いがあるのだろう。
……ダメだ。今は、やめよう。
こいつなら出来る。それだけを信じて、今は。


94式戦術歩行戦闘機 不知火。
そのスマートなシルエットが噴射跳躍を経て、ダイレクトランディングにて指定のポイントへと滑り込む。
誤差21センチ。もはや神業としかいえぬその操縦練度は、けれど帝都を護る精鋭としては当然の技術なのだろう。
俺だって新OSを搭載したこの機体の特殊な機動性については負けていない自信はある。けれど、俺達の技量差を考えれば……。
うすら寒い思いをしながら、目の前の機体に……そのコックピットに視線を向ける。

『大尉の準備が完了した。『謁見』を開始する』

「了解」

侍従長さんの声を聞き、謁見の段取りを思い出しながらそれに従う。

「では『殿下』……参ります」

「……はい」

ハッチが開き、風の音が耳をくすぐる。
視線の先には頭を垂れ、傅く女友大尉の姿が見える。
彼女が……今回の首謀者。


808 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [] 投稿日:2011/08/23(火) 01:47:36.27 ID:MtTnl+Qn0
「あなたが……女友か?」

「は。拝謁の栄誉を賜り、真に恐悦至極にございます。私は帝国本土防衛軍 戦術機甲連隊所属、女友大尉であります」

「面をあげるがよい」

「は」

澄んだ声音と共に、彼女が顔を見せる。それは研ぎ澄まされた刀のようであり、けれどその芯に在る優しさを感じ取れるもの。
ああ、友。この人、なんだな。分かるよ、すごく。

「此度、このような形であなたと顔を合わせねばならぬこと、真に遺憾です」

堂々とした態度は先程までの緊張がまるで嘘のようだと思わせる。物腰も自然だ。

「殿下に多大なるご心労をおかけ致しました事、塗炭の苦しみでございます。されど……」

彼女等にとっては今回の事件は必要であると告げる。国に救う逆賊を討ち、膿を出し切るまで、容赦を賜りたいのが言い分。
だがそれを許しえることは出来ないのが殿下だ。彼女にとって今回のような事件を起こさせてしまったことが、不徳なのだ。
確かに帝国議会と軍の在り方、そして殿下の意思の間に浅くない溝があったことは事実だろう。
けれど彼等にも彼等なりの考えで、国と民、世界を救うために尽力してきたのだ。
その想いが純粋であるが故に、齟齬や対立が生まれるのは往々にしてありうること。
それを御しきれずにいたことを、委員長は殿下として詫びる。

「畏れながら殿下!」

だが、大尉たちにとってみれば将軍の名において行われるべき政が殿下の意思と違える現状こそが許されざること。
人のなすことに絶対はない。だが、それを正そうとせぬまま、殿下の言葉のみを隠れ蓑に利用する連中がいるのだ。
齟齬が生じたのならば、それを正すのは殿下ではなく政府や軍であるはず。しかし今の彼等に自浄作用を望むべくもないのが現状なのだ。

「席の帝都での戦闘の際、臨時政府から伝えられた殿下のお言葉は『即時無条件武装解除』でした」

それは一方的すぎる宣告。

「しかもその命が伝えられたのは、顧みるに、すでに殿下が帝都城に居られるはずのない時刻……」

つまり、殿下の言葉などではなく。

「おおかた、彼の者達が握り潰そうとしていた折、殿下のご不在を知り、急遽偽命を発したのでございましょう」

そうか……。
初めて殿下に遭遇した際、俺は殿下に何故帝都での戦闘をやめるよう命令しなかったのかと問うたことがあった。
殿下はそう命じていたのだ。けっれど、こうした事が、臨時政府から呼びかけられる『殿下のお言葉』を信じろというほうが無理だ。
こういった事実を知るからこそ、今回の決起が起こったのだ……。
そういう意味では先程のやり取りで侍従長さんに従ったのはそこに殿下の意思があると信じられたからなのだろう。

けれど……。けれど、それもこの人達を騙しているのには違いない。
大尉たちの心情に近い侍従長さんが大尉を信じられるような言い方をしたに過ぎないのだ。

「幸い、私共は真のご下命の内容をさる信頼できる筋から聞き及んでおりましたので、奸計に陥ることはありませんでした」

さる信頼できる筋……。一瞬浮かぶ、友人の肉親の顔。
帝国情報省。……まさか、そうなのか?

「私が決起せし同志達に戦闘停止を命じたのは彼の者達が偽命を発した遥か依然にございます」

「……」

「されど、何故彼の者達は殿下の命を私共に伝えなかったのか」

「……畏れながら、その者達こそが逆賊! 殿下が心を痛める由は微塵もございません」

俺は当初、帝都での戦闘が始まったとき、女友大尉の統率力を疑った。
けど、帝都での戦火の拡大は陰謀勢力の望みだったってことなのか? それとも別の勢力による……。
ふと、目の前の委員長が言葉を発していないことに気づく。息を呑み、震わせ、ただあちらの言葉を聴くのみ。
どうしたいいんちょ、何でずっと黙ってる! 怪しまれる前に早く――


809 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [] 投稿日:2011/08/23(火) 01:48:12.06 ID:MtTnl+Qn0
「大尉、あなたの申されることもわかります。されど、今の帝国の有様……これが将軍である私の責任である由は何ら変わるところではない」

っ、……驚かさないでくれ。

「米軍や国連軍の介入を許してしまっていることもまた然り……」

「……」

「故に、貴方達が私のために血を流す必要はないのです」

「殿下………」

いいぞ、このまま押し切れば少なくともこれ以上人間同士で争うことはなくなる。
殿下直々の言葉であれば、女友大尉も従順なはず。畳み掛けるならいまだ。

「畏れながら……殿下の潔く崇高な御心に触れ、万感交々到り、心洗われる思いにございます。しかしながら」

米軍および、国連軍の介入が内政干渉であり国家主権を脅かす蛮行ではるのは事実。
そして、この場だからこそ、彼等は口にする。
此度の件が、米国の思惑によって進められているということを。

「帝都での戦闘は、帝都城警備の近衛部隊に対して、我が同志部隊が先制攻撃を仕掛けたことが発端となったとされています」

結果的にはそれは事実である。だが、部隊指揮官は発砲を命じておらず、一兵士が暴走した結果が全ての発端なのだ。
不思議なことにこれは同じ時刻に同様のことが、帝都城の周囲数箇所で発生していた。
その中のとある将校が命令を無視して発砲した兵士を逮捕し、連行したという。

「精査の結果、その兵士は米国諜報機関の工作員であることが判明致しました」

「――!?」

っ、まずい! まずいぞ……。
委員長はこの手の裏情報を全く知らないはずだ。
何となく想像していたとしても、今ここでその情報を女友大尉の口から訊くのはまずい。

「極東での復権を望む米国政府は米国派遣の口実を作るため、帝都での騒乱を望んだのです」

帝都の戦闘から、米軍が殿下を救出、保護し、日本の騒乱を平定する。
それを容易くし、殿下の戦闘停止命令を握り潰した者達が、帝都を戦火に晒した張本人。
その事実を、『殿下』にぶつけてくる女友大尉。
返す言葉はなく、ただただ訊きに回るだけの殿下(委員長)。

「さりとて、それを許した私の罪……拭えるものではないと重々承知しております」

本来、殿下(宮)はそのあたりの裏事情を知った上で、大尉達に死に場所を与えるために動こうとした。
だが委員長は、あいつの知りうる情報と、さっきまでの状況とから殿下の決意を慮って、身代わりを名乗り出たはずだ。
裏事情を知った上でのことじゃない。決起を下らないと想っていた俺ですらそうなった程なのに……。
いきなりそんな話を聞いてしまえば、真偽依然にいいんちょは女友大尉たちにこれまで以上の気持ちが入ってしまう。
元よりこいつの心は決起軍のものに近い。それがこのような形で揺さぶられてしまえば、説得なんて……!

「……っ」

「殿、下……?」

困惑する大尉の声に、俺は目の前の情景を知ってしまう。
いいんちょは……泣いているのだ。

――何てことだ。


810 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [] 投稿日:2011/08/23(火) 01:48:54.34 ID:MtTnl+Qn0
お前は殿下の影なんだろ? その宿命に殉じるんだろ!?
気持ちはわかるけど、ここで流されたらダメなんだ!!
殿下なら絶対に大尉の前で泣いたりしない。あの人は一人になった時だけ……
大尉や死んでいった臣下のためを思い、人知れず涙を流すはずだろ!
それ以上の状況を知っていた殿下は、もっと悩んでいたはずなんだ!
どれだけ言葉を発しても届かない。そればかりか、勝手に物事が悲しい方向へと進んでいく。
それでも何とかしなくちゃと想って、囮になってまで帝都での戦闘を終結させたんだ。
そして自分の手で、心で泣きながら女友大尉達に死に場所を与えようとしたんだぞ!?
どうしてそこまで出来る? 将軍だからか? 投げ出すことを許されぬ立場だからか?
違うだろ。それでも国民を大切に想っていたからだ。
日本の平和のために、来るべき未来で日本人が誇りを持って暮らしていけるよう、それを願っているからだ。
そして政府も軍もその目的のために動いていると信じているからだ。
だからこそ、俺達の目から見て最悪なものであっても、黙って今の状況を受け入れてるんじゃないか。
各々の主義や立場で今の状況に憤りを感じているものたちには全て自分のせいだといい続けているんじゃないか!

「そこまで――」

――!?

「そこまで国を……民を……この朱鷺之宮を想うのならば」

震える声で、けれどはっきりと、それを告げる。

「何故あなたは人を斬ったのですか!?」

「……殿下」

「血は血を呼び、争いは争いを生みます。そのような仕儀を齎した貴女達の此度の行い……それは私や民の心を酌んだものだと言えるのですか?」

――いいんちょ、お前。

「将軍の意思を正しく伝えることが貴女達の穂にであったとして、それが伝わらぬ者、阻むものを除することが許される道理があるのですか……」


それを許すのであれば……

「天元山の人々を力尽くで排除した政府を非難する資格があなたに在ろう筈がない」

「………」

「民の意思を語る資格が在ろう筈がない……」

「………」

俺も、大尉も何一つ言葉を発することすらできない。

「国とは……日本という国は……民の心にあるもの」

そして将軍はそれを、民の心にある日本を移す鏡のようなもの。
もし映すものがない鏡が在ったなら、それは何と儚い存在であろうか。
そう訴えるいいんちょの背中に、俺は確かに殿下の影が重なって見える。


811 名前:NIPPERがお送りします(関西地方) [sage;saga] 投稿日:2011/08/23(火) 01:49:45.17 ID:MtTnl+Qn0
「日本を護るというのは即ち、民を護るということ……民のない国など、ありはしないのです」

「………」

「それをあなたが一番分かっていながら……道を誤ったのです」

彼等が斬った者。それもまた、日本であり、民なのだ。

「されど、未だ貴女達に残された正道があります。過ちを雪ぐ道が」

「………」

一刻も早く争いを終わらせ、民を不安から解放する。
そして志に賛同する者たちを一人でも多く救わねばならない。
今ここで帝国軍や米軍、国連の将兵をひとりでも多く救えるのは、目の前の彼女なのだ。

「日本の行く末を憂うあなたの想い、志はこの私がしかと受け取りました」

「………」

「これより後は、常に此度の件を戒めとし、民のため、日本のために尽瘁する所存です。朱鷺之宮の名にかけて……あなたに誓います」

「殿下……」

俺は、もはやまぶしくて、委員長を見れなかった。
すまない、俺はお前という人間をわかっていなかった。
まるで自分のことのように殿下のことを心配していた委員長、そしてまた殿下も委員長を大事に想っていた。
一緒に過ごした時間が少なくとも、あまりに離れた二人の立ち場であろうとも……二人の気持ちは通じ合っていた。
裏事情を知らなくとも、自ら女友大尉に死に場所を与えようとする殿下の決意を察することが出来るほどに。
そして、その事実を知った衝撃を受けたとしても、こうして殿下と同じ考えに行き着くほどに。
それを俺はまた、思い知った。

「………」

「有難きお言葉の数々、わが身には過ぎる栄誉にございます……」

訪れる沈黙は、すぐに大尉によって破られる。

「殿下……我が同志の処遇……くれぐれも宜しくお願い致します」

まさか……これは。

「女友大尉……」

いいんちょの、殿下の想いが通じたんだ。
そう、説得が成功し――




ズガガ……!!!!

「――ッ!?」

「「なっ……」」

目の前で起こる爆炎と崩れ落ちる機体。
突如始まった掃射により、大尉の随伴機である不知火を吹き飛ばす。

希望の火が、目の前で、消えた。


―― to be continued...



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