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意地悪なメイド ver2.5
919 名前:【いじメイ オルタ】 [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:52:44.12 ID:5Bry4AY0
第26話 「夢現」


目覚めに感じたのはダルさ。
普段堅いベッドで寝ているせいか、こんな柔らかなソファじゃ落ち着かなかったんだろう。
ソファにすら負けるベッドもどうかと思うが、慣れとは恐ろしいものだ。

しかし、今日の夢……いや、もはや夢なんていえないレベルのリアルさ。
そんな体験に近い感覚を得ていた。

と、目の前にはうつらうつらとするイドの姿。

「おはよ」

「……。おやすみなさい」

言うが早いかふらふらとした足取りで去っていく。
もしかして徹夜か?

「おはようございます」

「あ、お、おはよ」

「夢は見られましたか?」

「ああ、ばっちりな」

「……本当に夢ならばよかったのですが。結論から言えば、それは夢ではありません」

は? 何言ってんだ、こいつ。
じゃあ俺が見てたあれはなんだってんだ。

「あなたが夢を見ている瞬間、男さん……あなたは『元の世界』に存在しているのですよ」

「なんだそりゃ!?」

「いつかお話しましたよね、意志の力の」

そういえばそんな話があったか。
確か俺の意志が関係して、この世界にとどまってるとか何とか。

「その時、同時にお話したと思いますが、あなたという存在はきわめて不安定なんです」

「じゃあ何か? 俺が寝てる間、ここから消えてたってのかよ」

「そういうわけではありませんが……そうですね。あなたがここに留まる意志の根源は何ですか?」

「そりゃ勿論、この世界の人類の敗北を回避するためにやれることをやるっていう……」

「その意志。寝ている間も保てますか。極論を言えば、睡眠中にまで意識をコントロールしていられますか」


920 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:53:10.47 ID:5Bry4AY0
「それは……」

「あなたの脳波。ある時点から観測できなくなっていました」

は? おいおいおい、そんなことあるかよ。だってそれってつまり……

「ですがあなたは生きています。勿論、生体反応もありました」

「俺よく目覚めてるな、毎朝」

「ええ。奇跡的に。……理論を話すと嫌な顔をされそうですので簡潔な説明と結論から言いますが」

「構わねぇよ。っていうか、そうしてくれ」

「あなたの『リアルな夢』が『元の世界』の現実で、眠っている間に、その精神が『この世界』から『向こうの世界』にシフトしていた。そういうことです」

「……。えぇと」

「ああもう。だから説明をさせてほしかったんです。脳の活動が高まって精神だけが元の世界へ戻った。はい、これでよろしいですか」

「おお! なるほどな、おう」

なんか俺が馬鹿みたいだが仕方ない。実際わからんし。
でもそんな話、信じられ……ああいや、俺がこいつにした並行世界を移動だとかのが変か。

「要は『タイムスリップ』という事実、『リアルな夢』、そして私の時空理論。その全てから出る答えが精神のみの世界移動です。以上」

しっかし、そうだとすると俺は『元の世界』に戻ってたことになる。
それは……今の俺にとっては信じがたいことだ。

「でも、どうして俺は『元の世界』へ戻ったりなんか……」

「先ほども申しましたが、意志が揺らいだ時点で世界を移動するという特質を鑑みると」

「だから余計に信じられないんだよ。俺は今、向こうに戻る理由なんかないからさ」

「本当に?」

「本当だ!」

今の俺は昔の俺じゃない。この世界を、誰よりも救いたいって思っているんだ!

「……本当に、ですか?」

何が言いたいんだよ。
……そりゃ、最近はイドの姿に“あいつ”を重ねてみてることだってあるけど。
ありえない。そんなにも……俺はそんなにもあいつを追っているのかよ。


921 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:53:59.99 ID:5Bry4AY0

「まぁいいでしょう。恐らく世界が元に戻そうとする力を働かせている、という方向でしょうし」

「え?」

「あなたの意志が揺らいでいない。ならば後考えられる原因は世界の力によるものだといえます」

「世界の、力?」

「ええ。あなたの強固な意志がいくら存在していようが、睡眠時にはそれは保障されません」

その通りだ。

「これはあなたの周りの人間についてもいえます。あなたの意志だけで、ここに存在しているわけではないのですから」

要はこういうことだ。
俺が『この世界』に関われば関わるほど、他人から“観測”され“認識”される。
そして俺の意志の二つが合わさって俺はここにいることになっている。
しかしそれがもっとも薄くなるであろう、夜中という時間。
その時に『この世界』と俺を結んでいた力が緩まり、『元の世界』が俺を欲してシフトが起きる。
世界ってのは安定を望む。だから、本来なら『元の世界』に収まらなければならない。だから欲される。

「ってことはつまりだ。俺、帰れる、のか?」

「ええ、理論上は」

――!!

帰れる、のか。俺、あの世界に……。

「それ以上考えるのはやめてください。どうなっても知りませんよ」

「……あ、おう」

「あくまでここまでの話は推論です。そして今この状態であなたが向こうへ帰ることでどのような影響が双方に出るか」

見当も付きませんから、と。真剣な瞳がこちらを射抜く。
そこには二種類の心配がある。俺の身を案じるものが、ほんの少し。
そしてもう一つは……。

「……わかってるよ。俺にはまだ、やることがある」

俺という駒を、自身の計画の要に既に組み込んだという面からの心配が色濃い。
だが俺はそこに乗っかると決めたんだ。最後まで、そうこの世界を救うまでは、

「帰ろうなんて、思わねぇよ」


922 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:54:20.58 ID:5Bry4AY0
「そうですか、よかったです」

「でも困ったな。眠ってる間は常に不安定なんだろ。こればっかりはなぁ」

「ああ、そこについても既に対策は考えてありますので」

「のあ!? すごいな、お前」

「ええ、今消えられると困りますから。必要な間は面倒を見ますよ」

「では話は以上です。いったん部屋に戻られるとよろしいかと。訓練、でしょう?」

「ん、……わかった」

「では精々、周りの認識を強めておくようにしてくださいね」




もしかしたら『元の世界』なんて存在しないんじゃないか。
そんな不安に囚われた時期もあった。ここで生きていくと、覚悟だって決めていた。
……はずだった。けれど、思い浮かぶのは『元の世界』。
俺はやっぱり……あそこへ帰りたい。そう思っているんだ。

でも同時に思うことがある。
それは俺が『この世界』を救いたいと強く思っていること。
曖昧なところが多い『前のこの世界』の記憶だけど、はっきり覚えてることもある。
人類の地球破棄・オルタネイティブXの発動だ。
そしてそれ以上に、大切なものを護れなかったという喪失感。
あんな気持ちは二度と味わいたくない。それを取り返せるチャンスが巡ってきたんだ。

俺はいずれ『元の世界』へ帰る。これは絶対に諦められない。
けど、それを本気で考えるのは『この世界』を救ってからだ。
そう、胸に堅く誓うのだった。


923 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:56:05.54 ID:5Bry4AY0
午前の訓練を軽く終え、昼食の時間。
話題は勿論新OSだ。

「本当すごいよねぇ、あの姿勢制御システム。今までと違うけど、やっぱり使いやすいし」

興奮気味に語ってくれる友。何となく、昨日の親父さんの姿が思い浮かぶ。
けど、いつも通りな様子から見て……恐らくあの人、息子に会っていかなかったんだろうな。

「あのさ、友。親父さんなんだけど……」

「ん? うちのがどうかした? ってそういえば最近全然連絡よこさないけど。何やってるんだか」

ああ、やっぱ会ってないのな。
というかこいつ、自分の親父が何してるか知ってるんだろうか。

「でも本当にすごいと思うな。男くん、すごい!」

「いやぁ……って。みんなのにも乗ったんだ、OS」

「昨日からね。あなたはまたどこかへ抜けてたようだけど」

「う……まぁな」

そりゃ色々ありましたから、はい。

「でもよぉ、なんかこう、癖っつーの? 男のやつが出てるんだよなぁ、今」

「あ、わかるわかる。銃の構え方とか特にね」

「そうなのか?」

そういやデータの蓄積は俺がほとんど担当してたしな。
とはいえ、すぐこいつらが自身の癖をなじませていくだろう。

「案外、他人の癖も一緒に過ごすうちにうつったりするのかもしれないわね」

……行動が似てくる、か。
イドとメイドが時折重なるのはそういうことなんだろうか。
って待て待て。だとしてもこの世界に存在しない特撮ヒーローものについては説明できん。

「男。どうかしたの?」

「ん? ああ、別になんでもないよ、委員長」

「そうは見えないけれどね」

「夜な夜な出かけてるとこ見かけるもんね」

「そうなの?」

「それを言うなら、こいつ一日部屋に戻ってないこともあったんだぜ?」


924 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:56:58.28 ID:5Bry4AY0
いつも通りのくだらない会話。
ここは俺が悪者になって終わり、そんな流れ。

「何、妹ちゃん。そんなこと知ってるんだ。あ、もしかして夜に男の部屋に……」

「ば!? っざけんなよ、友! 誰がこいつなんか!」

「あっはっは、最近仲いいもんね。二人とも。やけるよー」

「んにゃろ、表出るか? あぁ?」

冗談だ、と分かってる。
多少、険悪でもいつも通り、そう、いつも通り……

「なぁ、委員長。止めてくれよ」

「……あなたの役目でしょ。発端だし」

「このままだと連帯責任で走らされちゃうぞー。女さんからもほら」

「ああうあう。けんか、だめー!」

「ほら、いいだろ、お前ら」

これで終わり。なぁ、もういいだろ、お前ら。

「っち。あー……おい、友。模擬戦では背中に注意しとけよ」

「やられる前にやるから平気だよ」

ドン!!!!

自分でも一瞬わからなかった。
けれど、それは俺が発した音。思い切り、机を叩いていた。

「おい、いい加減にしろよ」


925 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:58:32.97 ID:5Bry4AY0
さっきまでのことより、もっと険悪な空気。
でも、我慢できなかった。

「ったく、何考えてんだよ……妹ちゃんが俺に対してよく思ってないのは知ってる」

「……」

何となく、目をそらす妹ちゃん。

「けどそれを煽ったって何もないだろ」

「……」

習ってか、友もまた無言で目を伏せる。

「でも、もしもだぞ。もし、一瞬でもマジでそんなこと思ってたってんなら……絶対に許さねぇからな」

嫌な、沈黙だな。
けど一旦熱くなった俺の頭の中は、冷えてくれやしない。

「俺はそんなことさせるためにあのOSを用意したんじゃないんだ」

……くだらねぇことでいがみ合ってんじゃねぇよ。

「……悪い。委員長、あと頼むわ」

「あっ、男……」

俺達、仲間なんだろ……。




「待ちなさい、男」

「……なんだ?」

PXを出てすぐ。廊下にて呼び止められる。

「どうしたの。あなたらしくない物言いだったわよ。しかもあんな些細なこと」

「……悪い」

国連だ、帝国情報省だ、反オルタネイティブだ。
今地球が一丸になって戦わなきゃいけないこの時期に、足を引っ張り合って。
世界の裏でそんなことが起きてるのに、現場でまであんなくだらない言い争い。
……わがままかもしれないけど、見たくねぇんだよ。

「……とはいえ。あの二人にはいい薬になったわね。特にうちの子には」

「そういってもらえると、助かる」


926 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 22:59:27.58 ID:5Bry4AY0
もはや個人の感情がどうこう言ってられる場合じゃないんだ。
そのことをぶちまけてしまいたい衝動に駆られる。

「みんなには私から言っておくから……あなたも機嫌、直しなさいよ」

「別に機嫌が悪いってわけじゃ」

「そういうことにしておいてあげる。ああ言った手前、あなたも訓練では冷静にね。食器の片付けは貸し一つよ」

……はは、まいったな。
ああ、そうだ。俺、イラついてた。
馬鹿妹と、同じだった。





戦術機シミュレータの中。
一人きりの世界で思うことは現状。
俺の知らない事象が増えてきている。
新OS、友父の登場、政治的な陰謀。
そして、俺を引き戻そうとする『元の世界』、イドの描いた特撮ヒーローの絵。
今までは知っている記憶を頼りにうまく立ち回れた。
けど、ここから先は答えを知らない。そう、ここからが本番なんだ。
今まで確かに未来を変えてきた。この変化がオルタネイティブWに結びつくのか。
そしてそれが間に合うのか。
考えてもわからない……けど、やれることをやるしか、ないんだ。


「男、いるなら降りて来い」

ふと、外からの声がする。
この声はメイド長さんのものだ。

「はい、今行きます」


927 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 23:00:01.97 ID:5Bry4AY0
「捜したぞ。お迎えだ」

「迎え?」

と、そこにいたのはイドだ。
こんなところにまでくるなんて珍しい。

「妹嬢博士から呼び出しが掛かっている」

「了解しました。んじゃ、いくか、イド」

「……」

二人して歩き出す。と、そこへ、

「男。最近消灯時間になっても部屋に戻っていないそうだな」

「あ、いや、あの……誰からそれを」

「誰でも良い。誤解するな、責めているのではない。貴様の身を案じているのだ」

「……はい」

「博士に呼ばれているのだろう。あの方が絡むと軍規も何もないからな」

ため息姿なんて珍しい。
これはやさしいときのメイド長さんだ……はは、なんか懐かしいな、これ。

「お前が特別な任務についていることは知っている。けれど、他の者が心配しているのを忘れるな」

「はい!」

「以上だ……敬礼はいい」

ご心配、おかけします。
去り行く背中に頭を下げ、俺はこちらを待っていてくれるイドの隣へ。

「じゃ、いこうか」


928 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 23:01:16.29 ID:5Bry4AY0
そうして二人しての移動。
なんとなく、こいつと最近よくいる気がする。
確かOSの開発くらいからか。ああ、そういえばあれの開発を手伝ってくれたんだっけ。

「……」

このちびっこウサギ娘が、ねぇ。

「今日は何すんだろうな。お前も手伝ってくれるのか?」

「……」

「つかこう、ずっと手伝いまくってるんだよな。なんかずっと一緒っつーか」

「いけませんか」

「え? あ、いやいけないってことはないけども」

「……」

「……」

なんか、機嫌悪い?

「……怒ってません」

「あ、ああうん。ならいいんだ。ささ、もうついたぞ」

言いつつ扉に手をかける。
って、イドが立ち止まった場所だからここでいいんだよな? ……よな?

「遅かったですね。こちらです」

と、そこは見たこともない部屋。
そしてその中央にはとんでもなくでかい装置。

「イド、用意して」

「はい」

いったい、何をしようってんだ。

「さて、男さん。あなたはいつ、あなたになったかわかりますか?」

「は?」

「学問は考え抜かれた大胆な仮説を実験により検証することで進歩していきます」

「ん、あ、おお」

この部屋のもつ雰囲気に圧されて急に始まった説明にとりあえず頷く。


929 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 23:02:27.67 ID:5Bry4AY0
「確定された存在を『確率の霧』に戻します。ふふ、この実験が成功すれば世界も、あなたも救われますよ」

「……はぁ」

「わかりませんか」

「ああ、全く」

これだから、といわんばかりの態度で肩をすくめる馬鹿妹。
こいつ、時々性格悪いぞ。

「そうですね……では今朝の話、簡潔にまとめてみてくださいますか」

「えっと、俺は意志の力で世界を移動してしまうかもしれない存在で」

それが移動しないのは俺の意思がこの世界にいることを望むからだ。また周囲の人たちが俺とかかわりをもつこと。
つまり俺という存在を強く認識するからだ。ただこれはお互い眠っている間、認識が曖昧になっちまう。
その時、安定を望む世界は俺という存在を欠いて不安定になるから、安定、つまり俺を求める。
この引き戻そうとする力が俺の存在が薄くなる睡眠時に相対的に強さが逆転し、意識だけが『元の世界』へ戻る、と。

「ふふ、上出来です。ではそれをふまえて質問しますが、あなたが元の世界へ帰るために必要なものとは?」

「自分が帰りたいと強く願うこと、周囲の認識がゼロになること、あとは……『元の世界』の引き戻す力が大きくなることか」

「素晴らしいです。その三つのうち、世界の力はどうにもできません。逆に自身の意思はあなた次第です」

「そう、だな。じゃあ後は周囲の認識をどうにかすることくらいか」

「では答えはわかりましたね」

「……もしかして、俺の存在を、消す?」

うお、なんか怖ぇ!

「言い方が微妙に引っかかりますが。消すというのは似て非なる状態ですね」

いいですか、と俺を指し示し。

「存在を消すのではなく、認識される前の状態に戻すのです」

「戻す?」

「はい。存在を完全に消すなんてこと、あなたが亡くなったとしてもありえません」

「そうなのか?」

「ええ、誰かの記憶に残るでしょうし、あなたが亡くなったという記録が残ります」

「……ふむ。つまりドライブをフォーマットしちまう、みたいな?」

「多少語弊はありますが、ええ、それで正解にしておきましょう」


930 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 23:03:13.12 ID:5Bry4AY0
やれやれ、話を進めるためには仕方ありませんね、とか呟いてやがる。
くそ、こいつこんなに可愛くなかったっけか。

「シュレディンガーの猫、というお話をご存知ですか」

「あれだろ。猫が入ってる箱に毒を流すボタンと流さないボタンを知らずに押して、生きてるかどうかみたいな」

「あら、ご存知だったんですね。ではこの装置はそれの再現だといえばわかりますか」

「俺、毒の訓練とかはさすがに受けてないんだけどな」

「……肝心な部分で理解されていませんでしたね。要は確率の存在にしてしまうんですよ」

「確率の存在?」

「ええ。箱の中の猫は生きているか、それともしんでいるか。それはスイッチを押した側にもわからない」

ああ、そうだった。その状態の箱の中ってのは、確か半分の確率で生きている存在なんだっけか。

「つまり確立されていない存在となるわけです。それを行うのがこの装置、というわけです」

さすがにここまでくれば段々とわかってきた。

「お前は俺を元の世界へ送ろうとしてるんだな」

「ええ、そうです。そしてあなたには手に入れていただきたいものがある」

「……元の世界のお前の、完成された理論、か」

「はい。これは00ユニットの完成には不可欠なのです」

「00ユニット?」

「その装置について詳しく知る必要はありません。但し、これがあればあなたはその不安定な状態から開放されます」

「な、本当か!」

「ええ、それ自体は目的ではありませんが結果的には。そして現状の計画の要でもあります」

なるほどな。
つまり『この世界』を救う役に立つと同時に、『元の世界』へ戻る実験にもなるわけか。
だったら協力するしかないよな。


931 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 23:04:35.71 ID:5Bry4AY0
「理解したよ」

「では、早速はじめましょう。そちらへどうぞ」

促されるまま、俺は装置へと歩んでいく。
中央に立ち、着々と準備を進めていく馬鹿妹を見て、ふと思う。

「なぁ。この装置、大丈夫なんだろうな」

「理論は完璧です」

「理論は……じ、実績のほどは?」

「……。さぁはじめましょうか」

「おおおおおおい!? そこは大事だろうがよ!」

「それよりも、こちらから無理矢理向こうの世界へ世界を繋ぎますのであまり大胆に動かれませんよう」

「う、ぬ」

「更に一度こちらから干渉した場合、その時間を遡って再び世界を繋ぐことは難しいとされます」

ってことは、つまり。

「あの理論が完成した日を意識しろ、ってことか」

「ええ、間違ってもそれより未来に戻ってしまわぬよう、お願いします」

理論の回収ができなくなったら、全てはおしまいだからな。
……っておいおい、責任重大すぎるだろ。
とりあえず、あれは馬鹿妹が俺ん家にくるようになってからで、冬休みくらいのはずだ。
そんで長い連休だから遊ぶならってことでメイドがゲームを買い込んできて……うぅん。

「とにかくはじめます。イド、例のものを」

「はい」

ごそごそと何かを用意したかと思えば、スケッチブックと色鉛筆だ。

「……」

「……」

い、いや。そんなキリッとした顔でこちらを見られましても。
正直和むくらいでなんとなく頼りにならないような……。

カキカキ――

おお、なんか描き始めた。
なんかすっごい見られてるんですけど。


932 名前:パー速民がお送りします [sage;saga] 投稿日:2010/07/21(水) 23:07:01.90 ID:5Bry4AY0
「あ、あのよぉ、これって……」

「動かないでください」

「は、はひ」

思わぬ迫力にとりあえず頷く。

「……できました」

なんか知らんが完成したらしい。
と、なんだ。馬鹿妹もなんか持ってるけど。

「それ、なんだ?」

「これですか? ……趣味のようなものです」

「趣味?」

「見ますか?」

ってなんだこりゃ!?
俺の写真じゃねぇか! しかも隠し撮りっぽいし!
って、メモまでなんか書いてる……『モルモット実験中、忘れないよう』だと!?
ものすげぇ適当なんだけど!!

「な、なんだってんだこの……」

「でははじめます」

「ちょちょちょ、二人とも!」

「イド、準備はいいですか?」

こくり、と頷く小さい背。

「ではいきますよ」

ああ、もういいや。勝手にしてくれ。
置いてけぼりなんて今更だもんな、ちくしょう。

「これでいいんだろ! これで!」

「目、瞑ったほうがよろしいですよ。それと、『元の世界』のこと、強くイメージしてください」

「おう!」

正直、あんまよくないけどな!
『元の世界』……『元の世界』、の……冬休み前……くらい。

ゆっくりと、眠るように、意識が途絶えた。



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