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妹「お兄ちゃん……中に……!」
236 :VIPがお送りします [] :2010/03/15(月) 12:22:15.40 ID:qOJKBVBB0
〜赤宅〜

赤「――何がどうなったら、鼻の穴にまで土が詰まる?コイツに何をしたんだ?
っていうか、ウチに運んでどうする?そしてアンタは誰だ?そもそもコイツは何者なんだ?」

22時を少し回った頃、兄を担いで戻ってきた女幹部に、赤は怒涛の質問攻めを繰り出していた

冷めきった料理の並んだ食卓、食べる筈だった同居人は傍らに、変わり果てた姿で横たわっている

赤「――大体何だ、その格好は?」

持ち込んできたのは素性の知れぬ胸のはだけた女。状況を理解しようにも、何が分からないのかさえ判らない

女幹部「悪者相手に説明を求めて、懇切丁寧な答えが返ってくると思ったら大間違いだ。
だが、一つだけ教えてやろう。他人の着衣の乱れが気になるのは、お前の心が乱れているからだ。
それはそうと、平和に生きたいと思うなら、知ってはならない事もある。解るか?色レンジャー赤」

赤「……アンタも昔の俺を御存知ってワケか。気に喰わねぇよ、俺だけ何も知らないってのはな。
一方的なのはもう沢山だ。何が起こってるのか、アンタ等は何なのか、全部話してもらうぜ。腕づくでもな」

ここ数日の出来事を通じて、知らぬことの不利と、知られることの恐怖を思う存分味わわされた赤である

これ以上、悪者共に好き放題踊らされるのは勘弁ならない―――と、その時、何処かで電話が鳴った

女幹部「私の携帯か……。すまない赤、続きは少し待ってくれ」

女幹部は鞄を置いた玄関先へ。湧き上がった赤の怒りの矛先は、当て処なく宙を彷徨う


237 :ノーズ・アタック1 [] :2010/03/15(月) 12:28:34.36 ID:qOJKBVBB0
赤「……っつーか、生きてんのか?コイツ……」

溜め息で感情を霧散させた赤が、無言の帰宅を果たした兄に視線を送ろうとした瞬間である

赤「くっ……目にゴミが……!」

悲劇が襲った。一流のメジャーリーガーさえ地に這わせる程の痛みに、赤は堪らず屈み込む

そして、その瞳から零れ落ちた雫が、ピッチャー返しの様に兄の頬を濡らして……

        “  ゴ  シ  ュ  ”

鈍い音、おもむろに上体を起こした兄のコメカミが、赤の鼻っ面に具合よく激突した

赤「ぐぉおおおおおおおおおおおあおおおおおおおぉおおおおお!」

鼻を打ったって、花を売ったって、ハートの中には正義なの♪だけど、涙が出ちゃう、男の子だもん。涙も鼻血も(略)

赤「……っ痛ぇ……何て起き方しやがる!?ディ・アンダーテイカーかお前は」

兄「スゴイね、人体?」

復ッ活 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ!!

――ありがとう、君の涙のぬくもりが、俺の魔法を解いたのさ。ここから先はR指定だ。ロイヤルな夢を見せてやる……


238 :混沌の強化怪人・金属ウルフ男 [] :2010/03/15(月) 12:34:33.14 ID:qOJKBVBB0
女幹部「――何ですって!?」
兄達がマーベラスにトキメいている頃、女幹部は他人の家に居るのも忘れて頓狂な声を上げていた

掛かってきた電話の相手は幹部B、用件は怪人襲撃事件の犯人を突き止めた、という旨だった
その時点で嫌な予感はしていたのだが、真相に迫った過程を聞かされる内に、女幹部はいよいよ窮地を悟らざるを得なかった

幹部B「研究員に尋ねたら快く教えてくれた。新型怪人の実験台になったのは、お前の部下だそうじゃないか。
しかも、変身形態は女性型で、験体の外見は容疑者に酷似している、と。お前が知らなかった筈は無いよな?」

女幹部「まるで知りませんでしたわ。ですが残念ですね、彼は一身上の事情で既に退職しているのですから」

かねてより用意してあった台詞を平然と言ってのけた女幹部だったが、その実、奥歯では悔恨を噛みしめていた
研究所への口止めなど、当座しのぎにもならなかった。これまで画策した全ての謀略は水泡に帰した

幹部B「そんな事はどうでも良い、ソイツが何処に居ようと、生きていようと死んでいようと
一向に構わんッ!ともかく俺の前に連れて来い。お前だって大事な部下を死なせたくはないだろう?」

女幹部「何をs……」

幹部B「情報工作組の女を一人、ウチの事務所で預かっている。さて、コイツをどうしたい?お前には選択の自由がある。
――見捨てたいなら放置しろ。傷付けたいなら抵抗しろ。無事に返してほしいなら、俺に犯人を差し出せ。2日だけ時間をやろう」

“私の心配はしないで下さい!”受話器の向こうに聞き取れる声は、先程別れたばかりの同僚Dのものである

女幹部「同僚D……!幹部Bの名に恥じない、実に紳士的な遣り口ですね……」

幹部B「“紳士”なのは17時までだ!今から……悪の組織に秩序を取り戻す!」

要求を断ったら、確!実!鼻っ柱に頭突きをすれば鼻血が出るのと同じぐらい確実に!同僚Dは死ぬ!
幹部Bは不可能を可能にして生きてきた。これからもそうするだろう。何故なら彼は……悪の幹部Bだからだ!


240 :同僚Aは眠れない [] :2010/03/15(月) 12:41:34.94 ID:qOJKBVBB0
兄「――今の話、どういう事ですか?同僚Dに何が……」

女幹部「もう起きたのか……いや、この話をお前に言っても仕方ない」

女幹部は苛立ちを堪えた。思いの外早く兄が目覚めたのも、通話を立ち聞きされたのも、差し迫った危機に較べれば些末な事だ

「ちょっと待った!……話は全て聞かせてもらいましたよ」

兄「何処で!?」

険悪な雰囲気になりかけた二人の前に、扉を勢いよく開けて登場したナイス☆ガイが一人。同僚Aである

女幹部「お前か。はるばる御苦労。しかし、コイツを確保したまでは良かったが、かなりマズい事になった」

女幹部は兄を捕獲した後、同僚Aを呼び寄せていた。ナイス☆ガイは彼女の命によって参上仕った次第である

突然の召喚に不満も在るだろう、恐らく自腹になる交通費を憂慮もしただろう。しかし、何の不平も見せない辺りがナイス☆ガイだ

同僚A「そんな事より聞いて下さい、女幹部さんと兄には一つの共通点が有ったんです。ある点で二人はとてもよく似ている」

女幹部「言ってる事がわからない……」

同僚A「その共通点とは――『どちらもツノが無い』 HAHAHAHAHA!!どうです?」

女幹部「イカレてるのか……?この状況で」

同僚A「しかし……そうですか、兄を引き渡さなければ同僚Dが危ない、と」

流石ナイス☆ガイ!小粋なメリケンジョークで場を和ませてのける!そこに痺れる!憧れるゥ!……さて、本題に入ろうか


241 :三叉矛陣形 [] :2010/03/15(月) 12:46:48.85 ID:qOJKBVBB0
赤宅の一室を占拠した女幹部と同僚Aは、兄に向き合う形で床に腰を下ろした。見ろ!これがトライデント・フォーメーションだッッ!

同僚A「――ま、お前のせいでウチの部署はヤバい事になってるワケだ」

兄「そうか……」

女幹部「ここでしばらく静養させてから何処かへ逃がそうと思っていたが、そうもいかなくなったな」

赤「お前等……他人ン家を何だと思ってやがる……!?」

兄の後方、部屋の戸口に立った赤は、勝手に上がり込んで居座る悪者2+1人に静かな敵意を示す

兄「何を言っているんだ?俺だってここに住んでる、つまりは俺の家でもある。どう使おうと俺の自由だろうが」

女幹部「我々は大事な話をしている。邪魔するなら今すぐ出て行け」

赤「……いい加減にしとけよ?口で言っても分からねぇなら……」

限界であった。悪者相手に道理は通用しない。理性を踏みにじられた赤は、封印していたヒーローとしての自b

同僚A「おいおい、その正義の力は、誰の為に振るわれるモノなんだ?
巨悪に立ち向かうべき力を、こんな個人的な理由で乱用ちゃ駄目だろ」

兄「そんなに戦いたいなら悪の組織と戦え」

赤「く……」

機先を制された。……何という面倒な奴等だ。悪者共の息の合った連携口撃に、怒ることも許されない

兄一人でさえ始末に負えなかったところに、更に二人も増えてしまったら―――。則ち、対処は不可能である


242 :例えが分かりにくい?仕様です [] :2010/03/15(月) 12:52:40.84 ID:qOJKBVBB0
同僚A「――やはり幹部Bから同僚Dを奪還するのは不可能ですか?」

無遠慮な悪者共の会議が始まっていた。家主の赤は口を挟むことも出来ず、部屋の隅で所在なさげに立ち尽くす

女幹部「と、云うより、助けられたとしても状況は殆ど好転しない。本部の武闘派連中に、表立って戦いを挑んでどうなる?」

組事務所から同僚Dを救い出すのは、ミツバチがオオスズメバチの巣に特っ攻んで、女王蜂を攫ってくるぐらい非現実的な作戦である

その上、まかり間違って成功してしまったとしても、そこで大円団とはいかない。本部に女幹部達が敵だという認識を持たせるだけだ

そうなった場合に避けて通れない、暴力という分野で比較すると、B組と情報工作組には月とすっぴんマダム以上の戦力差がある

何せ闇の中でしか力を発揮できない部署である。存在は気取られぬように、攻撃は悟られぬように心掛けるべし。だがそれは――

身内に通じる戦法ではない。姿を見せれば命運が尽き、面と向かえば凱袖一触。抵抗できない攻撃対象、人は、それを的と呼ぶ

兄「別に、難しく考える必要はありませんよ――」

しばらく何かを考える様に黙り込んでいた兄が口を開く。彼が議論に参加すべきか否かは、この際置いておくものとする

兄「――女幹部さんは部下を失いたくない、そして俺は女幹部さんの部下じゃない。だとすれば、答えは決まってるでしょう」

女幹部「お前……それがどういう意味だか分かってるのか?」

兄「解ってます。俺が行っても根本的な解決にはならない。ですが、行かないよりはマシだと思いますよ」

女幹部「いや、そういう事ではなくてだな……」

先刻まで本部と戦うなどとヌカしていた男が、肚の据わった様な面持ちで神妙な事を言いだした。女幹部は理解に苦しむ


243 :悪の組織はええよ!やっとかめ [] :2010/03/15(月) 12:58:14.66 ID:qOJKBVBB0
兄「さっき女幹部さんに八割殺しにされて気付いたんです。俺は結局、諦めるキッカケが欲しがっただけなんだ、って――」

痛くなければ覚えませぬ。女幹部による手心など微塵もない暴力で、脇腹に叩き込まれた拳で、心の壁は粉微塵に打ち砕かれた

兄「――逃げてばかりの下らない自分、それでイケる所まで行ってやろうと思ってました。
でも、無理でした。逃げっぱなしの人生だったけど、現実から逃げ切った事はなかった――」

頭の中で人生を生きる兄は、外的要因を通してのみ自分を理解する。諸君らの愛してくれた悪の貴公子は死んだ!何故だ!?

兄「――自慢じゃないが、俺は何も成し遂げた事がありません。けど何かが欲しがった、満足を知りたかった。
今だって……組織と戦ったって勝てる訳がない、そんな事は当たり前だ。きっと何処かで分かってはいたんです。
多分、出来っこない事に挑戦して、自分の駄目さ加減に納得したかっただけなんでしょう。それで充分なんです」

不可能に挑めば限界が判る。限界を知れば納得できる。納得すれば諦められる―――今まで諦め切れなかった物も

赤「遠回しな自殺か?だったら一人でやれ。他人を巻き込むな」

臨終間際の病室並みに重苦しい空気だが、赤には読む必要が少しもない。ハナから除け者扱いだったからだ

同僚A「で、巻き込んだ奴にはそれなりの責任がある。一人で出すモン出してスッキリしてんじゃねーよ。
俺等も無関係じゃないんだ。何でこんな事になってんのか、一切合切一つ残らず白状しやがれコノヤロー」

信じることよりも、長けることよりも、愛することよりも。知ることは人間としての行動全てに優先する

兄を取り巻く三人は、知ることの価値を知っている。しかし程度に差こそあれ、兄については多くを知らない

兄「……俺には妹が居ます――」

兄は観念した。誰にも伝えなかった秘密が白日の下に晒される。不思議生物が人間に進化する時は来た


244 :妹のひみつ [] :2010/03/15(月) 13:04:49.22 ID:qOJKBVBB0
女幹部「――最初の事件はお前ではなく、その妹が起こしたものだと言うのか……?」
兄から事の顛末を聞いた女幹部は尚も信じられぬといった様子だが、本当のことなのでこれはしかたのないことなのです

同僚A「爆発する妹……弐斗炉の使い手か!」

女幹部「知っているのか雷電!?」

同僚A「ええ、まさか実在していたとは思いませんでしたがね」

〈弐斗炉――紀元前7世紀に中国で発祥したと言われる伝説の武術である。妹学を志す人間なら誰しも、一度は耳にしたことがあるだろう。
原始、妹が活火山であった頃の名残、則ち身体爆発を行える者のみが修められた闘技だという。立ち技主体の攻防には決まった型が存在せず、
格闘の技術体系は未熟であるが、爆発を乗せた打撃は強烈無比。岩を砕き虎を屠り、城を倒壊させた記録まである。しかし、まさに爆発的と
いえる破壊力を誇る反面、修得は困難を極め、具裏勢臨と呼ばれる身体の各部位を随意に爆発させる、根幹にして神髄となる技術は、血流を
自在に操るに等しい高度な修練を要するという。体得者が限定される上、並大抵の修行で身に付けることは不可能。今日、歴史書に名を残すのみ
となったのは、そうした事情が背景にあってのことだろう。余談だが、妹の爆発を研究する過程で発見された物質がニトログリセリンであり、爆薬の
他に心臓疾患の治療薬としても用いられている。〉                                   明妹書房刊『妹学のススメ』より

女幹部「その継承者が兄の妹……!?」

妹が初めて爆発したのは幼女の時分。今の妹からすればささやかな規模のモノだったが、家は半壊し、兄は生死の境を彷徨った
その事故の後、妹はKIK(国際妹機関)の保護下に置かれ、爆発力を制御する術を学び、専門的な訓練を受ける運びとなる
ところが、時を追う毎に増大する力は、一般的な妹の水準を遥かに上回り、通常の方法では抑え切れぬ程となってしまった
そこで妹は力を御する為に独自の試行錯誤を重ねた末、つい勢い余って禁忌の爆殺拳を甦らせるに至ったのだった

兄「アイツはよく出来た妹です。駄目な俺なんかと違って、物事を成し遂げられる人間ですよ。でも俺は、そんなアイツに兄として
何もしてやれなかった。女幹部さん、俺を本部へ引き渡す前に妹と会わせてくれませんか?……最後に頼みたい事があるんです」

女幹部「……許可しよう」

その決意は何を以てしても変えられない。女幹部は無駄に長い前髪の奥に潜む瞳に覚悟のスゴ味を感じた


246 :VIPがお送りします [] :2010/03/15(月) 13:11:40.18 ID:qOJKBVBB0
〜翌日悪の組織本部戦闘部門B組事務所〜
同僚D「……ホントに紳士的なんですね」

幹部B「お前が大人しく囚われていてくれる限りはな」

同僚Dは幹部Bの組事務所に軟禁されていた。とはいえ、彼女にとっては以前の職場でもあるので特に気兼ねも無い
多数の怪人や戦闘員の出入りする事務所から、逃げようとしても無駄だという事は判っている。よろしい、ならば無抵抗だ
その居直った図々しさが、却って安全を保障してくれている。人質は無事であってこそ意味があるのだ

そして同僚Dは、これまで直に話す機会の無かった、“悪という名の紳士”との会話によって女幹部分の不足を補おうとしていた

同僚D「兄さんが捕まったとして、女幹部さんをどうするおつもりですか?」

便所のネズミのクソにも匹敵する下らない兄などどうでもいい。『女幹部がどうなるか』それだけ……それだけが心配事よ!

幹部B「お前の案ずる様な結果にはならんさ。女幹部を罰しても得は無いからな。ただ、アイツは俺の下に付いてもらう事になる」

同僚D「……それだけですか?」

幹部B「俺は利用価値があるなら誰であろうと利用する。ソイツの意志がどうであろうと従わせる。それだけだ」

幹部Bは事件の解決によって、AやCに対して優位に立つ。更に女幹部を配下に置けば悪の組織を支配するのは時間の問題である
本来の予想とは全く異なる展開になったが、実権を一手に握りさえすれば、事業部の不穏分子を処分するのは容易いだろう

同僚D「もし、女幹部さんが兄さんを連れて来なかったら、どうなさいます?」

幹部B「捨てられるのが怖いか?しかし、女幹部は部下を切れないだろう。その甘さがアイツの限界だよ。
さて、見物だな。お前と犯人のどちらを選ぶか、いずれにしても、片方は失う事になる。アイツはどうするか……」

女幹部が悪者として利害を判断すれば、自ずと行動は決まる。そして幹部Bは約束を守る。何故なら、彼は悪の幹部Bだからだ



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