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妹「お兄ちゃん……中に……!」
105 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:23:24.13 ID:vckn6hKp0
〜しばらく後悪の組織事業部代表個室〜

悪の組織事業部代表「本部の幹部会議があったそうですね?」

女幹部「ええ。お耳の早いことです」

22時、いつも通り出勤した女幹部は事業部代表に呼ばれた。この代表というのがまた、捉えどころのない人物である

穏やかな物腰で愛想も良いが、ただそれだけの人間に悪の組織事業部を切り盛りできる筈は無い。腹に一物含んでいるのは確実

女幹部は、この代表が反本部派の主導であると踏んでいた。本部の動きを常に気に掛けている辺りも怪しい

代表「それで、何か決まった事はありましたか?」

女幹部「はい、本部に仇なす勢力が現れた模様で、すぐにも交戦体制に入るとの事です」

ホラ来た、とばかりに笑みを噛み殺す女幹部。とはいえ、会議の内容は隠す程のものではない。じきに正式な通達も来るだろう

代表「なるほど、分かりました。では貴女も本部に復帰を?」

代表が僅かに眉をひそめたのを女幹部は見逃さない。本部の意向を察したのだとしたら――かなりの切れ者!やはり天才か……

女幹部「いえ、私共はこの作戦には参加しません。出来ないのです」

代表「そうですか」

女幹部「理由をお聞きになられないのですか?」

少々予定が狂った。来ると思っていた質問が来ない。もっと深く突っ込んで欲しいのに、奥までかき回して欲しいのに……


106 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:28:41.27 ID:vckn6hKp0
代表「いえ、本部には本部の事情もあるでしょうし、そこに立ち入るのは野暮だと思いまして」

代表は女幹部の境遇に我関せずの姿勢をとる。興味が無いのか―――いや、信用されていないのだ。このままでは都合が悪い

実のところ女幹部は、自身の辿るべき道を見極められていなかった。本部に付くべきか、事業部に付くべきか、それが問題だ

判断の誤りは部下にも降りかかる、そうそう気軽に決められるものではない。だが、そんな中でも為すべきことはある

本部の意思に従うか否か、いずれにせよ今現在事業部に勤務している以上、事業部内での地位を固めることは不可欠と云えよう

半部外者の立場を脱却しないことには、内偵活動はもとより煽動など不可能だ。その為にはこのオッサンを攻略せねばならない

女幹部「お恥ずかしい話ですが、私は本部幹部の末席に名を連ねておりますけれども、実権は殆ど無い、というのが実情です」

代表「?それはそれは……」

訊かれてもいない事を語りだした女幹部に、真意の掴めぬ様子の代表。だが聞いてもらおう、女幹部は立場を明らかにする必要があるのだ

女幹部「本部に居場所はありません。それどころか、戻ることも叶わないでしょう」

代表「つまり、この先も事業部に身を置かざるを得ないと?」

女幹部「ええ、仰るとおりです。それならば、本格的に事業部の業務に携わりたいと思いまして。今それをご相談申し上げようと」

代表「そうでしたか」

椅子に背を預けた代表は、手を組んだまま表情を崩さない。、まだ足りない、もっと弱味も強みも垣間見させなければ届かない


107 :MPの足りない女幹部 [] :2010/03/14(日) 21:33:43.95 ID:vckn6hKp0
代表「――当事業部にとって貴女を雇うことは何のメリットがあるとお考えですか?」

代表は女幹部の価値を問う。今は本部の意向で出向を受け入れているが、正式に雇うとなれば話は別だ

役に立つとなれば何者でも拒むことは無いが、ある程度以上の利益をもたらせる存在でなければ抱える意味は無い

女幹部「はい。敵が襲って来ても守れます。」

代表「いや、当事業部には襲ってくる様な輩はいません。それに人に危害を加えるのは犯罪ですよね。」

女幹部「でも、警察にも勝てますよ。」

代表「いや、勝つとかそういう問題じゃなくてですね・・・」

女幹部「私は本部の幹部ですよ。」

代表「ふざけないでください。貴女は事業部では新参でしょう。だいたい・・・」

女幹部「本部では一応ですが幹部です。この肩書き、便利だとは思いませんか?」

代表「ふむ……」

何事か思い当たった様に口元に手を添えて考える代表。期待の持てそうな反応に、機を察した女幹部は更なる攻勢を掛ける

女幹部「本部との駆け引きに私を利用していただけないでしょうか?私にしか出来ない事もありますよ?例えば幹部会議の開催とか……」

本部での地位を前面に押し出して自分を売り込む女幹部は、自身の難しい立場を脱しようとするのではなく、敢えてそれを活かそうとしていた

正しい方針が分からないのは、裏を返せばそれだけ自由という事だ。劇的を望むなら、危ない橋の一つや二つ渡ってみるのも良いだろう


108 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:38:47.55 ID:vckn6hKp0
代表「――要望は承りました。ですが、私の一存では決めかねる問題ですので、他の者と検討させてもらいます」

女幹部「はい、ぜひ前向きに御検討ください」

代表は机に肘を置いて再び指を組んだ。ただし先程とは違い、その視線の奥には多少の感情も窺える

動揺は少なからずあるだろうが、同時に安心もしている筈。女幹部の扱いに最も頭を痛めていたのは他ならぬ代表だからだ

まずまずの手応えと見るべきだろう。楔は打ち込んだ、これから時間をかけて信用させていけば良い

女幹部「それと、結論はどうあれ、我々の待遇は以前と同じでお願いします。あくまで表向きは、ですがね」

代表「ええ、分かっています」

女幹部「ありがとうございます。では失礼します」

女幹部は一礼して退出する前に一言添えるのを忘れなかった。その意味を承知している代表は、やや複雑な面持ちで肯く

女幹部の動きを本部に悟らせない様に、偽装する必要がある為だが、女幹部にはそれとは別の思惑もあった

今はまだ事業部と本部のどちらに付くか選んだ訳ではない。情勢を見つつそれを決める為には、立場は今のままが望ましい

相対する勢力の両方に属し、且つ属さない境遇に安泰は無いが、その不安定さゆえに日和見にはもってこいなのだった

女幹部「さて……」

ひとまずの方針は定めたが、それが正しいのかは判らない。自分、部下、組織、何を優先するか、揺れながらも進むしかない


109 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:43:10.79 ID:vckn6hKp0
〜悪の組織事業部一階オフィス〜

女幹部「おい、お前らちょっと注目。悪い知らせと良くない知らせが有るんだが、どっちから聞きたい?」

扉を開けた女幹部が発した言葉に、フロアの一同は手を止めた。突然やって来てそんな事を言われても応答に困る

重い話を軽く言い出そうとした女幹部だったが、部下たちの反応は思わしくない。やはり慣れない事はすべきでなかったか

同僚A「……いや、どっちでも良いですけど……」

気まずさを打ち破るべく同僚Aが口を開いた。無難な対応は目端の利くこのナイス☆ガイに任せておくと好いだろう

女幹部「む……そうか。では、まずは一つ目、本部が新たな敵勢力と交戦を始めるが、我々はその戦いに参加できない」

同僚A「ああ、今日は幹部会議でしたね。やはり本部復帰は先送りですか?」

女幹部「そうだな。現時点では絶望的だと見るべきだろう。そして二つ目、事業部は本部と事を構えるかも知れん」

同僚A「やはりそうなりますか……」

達観した様な顔の同僚A、耳ざといナイス☆ガイは事業部の不穏な動きを察知していた。そうなれば本部の考えも大方の見当は付く

同僚A「それで、ウチはどうします?」

女幹部「取り敢えずは様子見だな。その後は……なあお前ら、どうすれば良いと思う?」

女幹部は部屋中から寄せられた視線を回収して尋ねる。予期せぬその問いは、部下たちに若干の衝撃を与えた

一見弱気にも見える態度、自らの決断のみで部署を引っ張ってきた女幹部に、意見を求められるなととは考えてもいなかったのだ


110 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:47:09.10 ID:vckn6hKp0
宙を見詰める者、下を向いて考え込む者、顔を見合わせる者、ざわめきの起こりかけた室内は各人が思い思いの動揺を示した

そんな中で兄だけは泰然と構えていた。彼にとって仕事とは他人の都合で行うものであり、何かを考える事はその範疇を外れている

ともすれば無責任に思えるこの姿勢も、独特の責任感に則ってのことである。兄は自分の領分をわきまえているのだ

彼の仕事は女幹部の命令無しには始まらない。しかし、一度下された命は何に代えても果たされようとする

状況がどう転ぶにせよ、最終的な判断は女幹部が下すだろう。ならばそれに従うまでだ、と考えていた

女幹部の下でしか働いた経験の無い兄である。仕事の全ては女幹部と共にあり、その二つを分けて捉えることは出来ないのだ

仕事、その存在は兄の中の多くを占める様になっていた。それ抜きにはどう生きて良いのか判らない、重度の仕事依存症である

決して他人を信じなかった、初めから期待していないからだ。ところが奇妙なことに、そんな兄が女幹部だけは信じていた

何も他人に求めなかった、自分に期待していないからだ。ところが不思議なことに、そんな兄に仕事が居場所を与えた

自分が唯一、人間でいて良い場所が職場であり、それを与えてくれたのが女幹部だったのだ、と兄は認識していていた

頭の中で人生を生きる兄は、脳内で定めた定義を外さないよう心がける。そして正しい道を示すのは女幹部である

今までそうしてきた、何の問題も無い。彼は決して揺らぐことなく、下っ端としての自分を全うしようとしているのだった

同僚A「――それで、本部の言う新しい敵ってのはどんな連中ですか?ウチとしても全くの無関心って訳にはいきませんよね」

女幹部「正体は不明だそうだ。分かっているのは、それが爆発する少女だという情報だけらしい」

自らの役割を確認した兄は女幹部と同僚Aの会話に耳を傾けた。―――はて、爆発する少女……何か心当たりがある様な……


111 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 21:47:56.20 ID:jYsFPCI+0
なにこれおもしろい


112 :ホサ……!?俺はメキシコ人じゃない。 [] :2010/03/14(日) 21:52:30.80 ID:vckn6hKp0
〜悪の組織事業部五階代表個室〜

悪の代表補佐「そうですか、女幹部が協力を持ちかけてきましたか」

女幹部の扱いについて相談を受けた悪の代表補佐は、腰の前で組んでいた指を解いて左手を腰に、右手を顎に添えた

この補佐は代表の最も頼りにする部下の一人であり、刺身タンポポや軍落としなど、一部業務の責任者も任されている男だった

代表「信用できると思うか?」

補佐「いえ、今はまだその段階ではありません。あの女幹部ですからね。用心しすぎるという事は無いでしょう」

補佐は慎重である。石橋は叩いて壊す、どんな時も疑う心を忘れない、時折迷走を見せる代表にも忌憚のない意見を述べられる

そんな彼だからこそ、本部との関係がこじれた今、事業部に出向中である女幹部の存在に神経を磨り減らしてもいたのだ

“敵に回すと恐ろしいが、味方に付けると頼りない”、そう恐れられる曲者を本部が送り込んできた時から、補佐は注意を向け続けていた

ところがこの半年間、女幹部は不気味なほどに無毒だった。何の目的も感じさせないまま、当たり障りのない地位に納まってしまった

それが今このタイミングで代表に擦り寄ってきたのは何故か、真意が読み取れない。何か裏があると考えるのが妥当だろうか

補佐「ですが……女幹部は自ら退路を絶ってきました。本気である可能性もあります。結論を出すのは保留した方がよろしいかと」

補佐は躊躇いがちに続けた。本部で不遇をかこっている現状を考慮すれば、女幹部が事業部に乗り換えたとしても不思議は無い

そこに付け込んで懐柔する案も在ったが、それを向こうから言い出させたのは失態である。これでこの件の主導権は持っていかれた

そして何より、退路を断った者からの願い出にはスゴ味があるッ!覚悟の持つ重圧に押し切られないよう、手を打つ必要があるだろう


113 :知らない、天上 [] :2010/03/14(日) 21:56:07.61 ID:vckn6hKp0
〜しばらく後街〜

兄は異次元を生きる。例え人波の中にあったとしても、その存在は独立していた

他人に心を乱されるの嫌う兄は自分以外を見ない。世に溢れる幸福や不幸は、直視するには眩しすぎるのだ

誰かと比べて見るほどに、何も無い内面が浮かび上がる。誰もが自分より確かに生きている、それはただの事実だった

だから壁を作る、距離を置く。兄は自身を人類の最底辺と位置付けて、人間社会から隔絶を図っていた

全ての他人は、遥か見上げる天空の星であればよかった。夜空に輝く光の粒に心動かされる感性など持ち合わせていない

道行く人々は無関係の世界に居た。それは人間である必要は―――それどころか、生物である必要も無い

頑強な心の壁を隔てた他人は、木や電柱と何ら変わりの無い物体である。その壁(便宜上D.T.フィールドと呼ぶ)の展開範囲は半径1,5m程

彼にとってはその中に入った者だけが人間であり、もし踏み込む者が居たならば、草食動物の警戒心と残虐な観察眼に晒される運命にあった

遠き慮りに目を向けようとせず、近き憂いへの対応に全力を傾けるのが兄の生き方である

そんな兄が、呼びかける声を認識できないのは全く自然な事の運びなのだったが、兄の生きる世界など妹の知ったことではない

妹「ねぇ!お兄ちゃん!?」

帰宅途中に兄を見付けたものの、呼び止めても気付いてもらえない。大した事ではないが、無視されたのなら腹が立つ

妹「ちょっと!聞いてんの!?」

陰鬱な空気を醸し出しながら歩く背中はまさしく兄。しかし意地になって張り上げる声も、その耳にはまるで届いていない様だった


114 :妹、襲来 [] :2010/03/14(日) 22:00:04.29 ID:vckn6hKp0
買い物袋を下げて独り歩く、この誰も居ない世界は静かで平穏、自分を見失うには狭すぎる

その兄の支配する絶対空間に侵入者アリ、距離は1.5mから1mへ。速い!この気配―――妹か―――!

兄の繊細な五感はD.T.フィールド内を満たし、その中で起こる物体の動きを正確に捕捉することが出来るのだ

全方位に展開する感覚の網、危険察知に優れる草食系男子ならではの能力と云えるだろう

兄「どうした?」

妹「え!?え?いや……聞こえてんなら返事してよ」

振り返りもせず兄が発した言葉に、妹はランニング状態で足を止めた。何故か近付いた妹の方が動揺してしまっている

兄「何も聞こえなかったけど、お前が来たのは分かった」

妹「はあ?何ソレ?」

兄「気にしなくて良い。で、何か用か?」

妹「別に用ってワケじゃないけど……」

話は噛み合わない、何を思っているのか解からない。しかしそこは実の妹である、理解は出来なくとも兄との接し方は心得ている

相手が不思議生物だと知っていればどうという事はない、もとより他人の行動全てを理解できる筈もないのだ


115 :VIPがお送りします [] :2010/03/14(日) 22:05:30.67 ID:vckn6hKp0
妹「外で会うのは珍しいと思ってさ。買い物?」

兄「見ればわかるだろ」

袋を右手に持ち替えた兄は視線を妹から外した。曇り空の下、暗黙の沈黙を二人は歩く

兄は長々と語る事を嫌う。基本的に必要最低限のことしか口に出そうとしない上、時には必要なことも話さない

単に会話が苦手なだけだが、その無口さは彼への理解をより困難にし、正体不明の不思議生物と見なされる一因にもなっていた

兄「――あ、そうそう」

妹「え?」

そろそろ家も見えてきた頃、兄が何かを思い出して口を開いた。その存在を忘れかけていた妹は、少々驚いて隣の顔を見上げる

兄「お前、この間怪人をブッ飛ばしたろ?」

妹「え?うん」

兄「そのせいで本部に狙われてるかも知れんから気を付けろよ」

妹「は……?」

怪人を襲撃した爆発する少女―――昨夜女の話に出た幹部本部の新たな敵とは、妹の事ではないかと兄は考えていた

しかし今回は頑張った。ただ心配するだけでなく、危険を知らせることも出来たのだ。やれる事はやった、兄の顔は達成感に満ちていた


116 :兄の虚栄ココナッツ [] :2010/03/14(日) 22:11:02.90 ID:vckn6hKp0
〜兄妹宅玄関〜

唐突に、平然と、剣呑なセリフを吐いた兄は妹を放置して玄関の鍵を開けた。言葉を失っている場合ではない、走れ、妹!

妹「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ」

兄「?」

慌てて家に飛び込んだ妹は、既に階段を昇りかけていた兄を呼び止める。足を止めて意外そうな顔付きで見下ろす兄

妹「何で私が悪の組織に狙われなきゃなんないの!?」

兄「理由はさっき言っただろ」

取り乱す妹とは対照的に、兄の精神状態は至って平静なものだった。忠告を与えたことで、この件は片付いたのだ

妹「でも……」

兄「心配すんな。まだ本部はお前を特定できてないし、狙われてるのは他の奴の可能性だってある」

今の時点で妹に危険は無いかも知れない。でもその先は?兄は考えない

信じたい物を信じて、見付けたい物だけを見付ける。災いの可能性?面倒な未来?そんなモノはクソ食らえだ!

そんなモノは見えやしねー!!兄の目に映るものはただ一つ、平和で綺麗な世界!!

彼は物事を知覚する段階で、都合の悪い部分を振るい落とすことが出来るのだ。言わば現実逃避を発展させた形である

果てない闇の中では微かな光だけが目を引く。この技を身に付けたことで、先の見えない人生を心穏やかに生きていられるのだった


117 :兄妹、ふたりで [] :2010/03/14(日) 22:16:34.12 ID:vckn6hKp0
〜兄妹部屋前〜

妹「また私が襲われたらどうすんの?何とかなんないの?」

速やかに自室に引きこもろうとする兄に食い下がる妹。悪の組織の標的にされたと思うと気が気ではない

兄「おかしいなぁ……どうしちゃったのかな……」

妹「え?」

兄「不安なのわかるけど、俺はそんな立場じゃないんだよ。
説明しても言うこと聞いてるふりで、そんなに何度も無茶言うなら、説明した意味、ないじゃない。
ちゃんとさ、理解して納得しようよ。ねぇ、俺の言ってること 、俺の願い、そんなに間違ってる?」

万事に於いて自信の無い兄は、確実に出来そうなこと以外を試みない。そして、彼に出来ることは極端に少ないのだ

妹「私は、もう誰も傷付けたくないから!あんな目に遭いたくないから!だから……!」

兄「少し、頭冷やそうか……」

冷めた口調で切り捨てると兄は扉を閉ざす。歴戦の元引篭もりである兄の部屋の守りは堅牢、妹は撤退を余儀なくされる

妹「あのバカ兄……」

部屋に戻った妹は鞄を置いて床に腰を下ろした。不安だろうか怒りだろうか、細かく暴れる心臓が何だか気持ち悪い

確かに、言われたとおり頭を冷やした方が良いのかも知れない。思い立った妹は部屋を出て地下の爆発室へ向った


118 :VIPがお送りします [sage] :2010/03/14(日) 22:18:22.01 ID:YdjRRZ8A0
【レス抽出】
対象スレ:妹「お兄ちゃん……中に……!」
キーワード:中に誰もいませんよ

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VIP死んだな


119 :前フリの前フリ [] :2010/03/14(日) 22:20:57.98 ID:vckn6hKp0
〜兄妹宅地下〜

妹は衝動のままに何度も爆発した。それは普段の生活に組み込まれた事務的な行為とは、明らかに一線を画すものだった

自らの本能を呪う妹である。これほど感情に身を任せた激しい爆発を、自発的に繰り返したことがあっただろうか

妹「ふぅ……」

興奮を吹き飛ばした妹は肩で息をする。理性の湧き上がる心地よい気だるさの中、不合理な感情は意味を失う

妹「……」

そして妹は考える、悪の組織から身を守るためにどうすれば良いか考える。兄は当てにならないとして、自分に何が出来るのか

何かを考えることは自転車で坂道を登るのに似ている、と思う。勢いを付けて一気に進まないと失速して止まってしまう

飽きっぽい妹の集中力は長く続かない。情緒の移ろい巡る頭の中を、答えまで突っ切るのには相当の加速が必要だ

その際に大事なのは方向を間違わないこと、そして妹は早速、豪快に自分の頭の中で迷子になっていた

関心は悪の組織から悪の組織に勤める兄に、そこから兄に対する自分の思いへと変わっていった

兄は頼りにならない、そんな事は判り切っている。でもそんな駄目人間を頼ろうとする自分が居る、よく考えると変な話だ

悪の組織の人間だからというだけじゃない、あのロクデナシに期待してしまうのには、何か別の理由も有る気がする

妹「……」

分からない。でも妹は兄にも役立つ部分があるのをちゃんと知っている。気持ちの切り替わった妹は、爆発室を後に階段を昇る


120 :罪にぬれた妹 [] :2010/03/14(日) 22:25:11.23 ID:vckn6hKp0
〜妹部屋〜

兄の部屋へ寄って自室に戻った妹は、手にした札を財布にしまい込む。もはやそれは、単なる日常の一部だった

慣れたものだ。いつの頃からか、兄から金をせびる際に理由を言うことも無くなっていた

それで良いと思わなければ悪者として生きることは出来ない。自分を悪者と認めるならば悪事を働くべきだ

財布を入れて鞄を閉じた妹は、取り出したイヤホンをはめた。そして手に持ったボタンに親指を乗せる

椅子に腰を下ろした、その頭に流れ込むシンバルとドラムがリズムを創る。ギターとベースが加わって音楽を築き始める

妹はあまり音楽が好きではない。嫌いな音楽の方が多い。でも聴く、好きな曲を聴く

妹はあまり英語が得意ではない。聞いてもよくわからない。でも聴く、英語の歌を聴く

訳を見て大体の意味は知っている。そして妹は考える、聞きながら歌詞の内容を考える

間違った人生を送ってきた人がその過ちを認め、それでも許されたいと願う、そんな歌だ。ちょっと宗教っぽくて難しい

妹は宗教を知らない。何を信じて良いのか判らない。でも分かる、許されたいと願う気持ちは解る

妹は悪者だ。人から金を脅し取るのは悪い事だ。罪だ。でも許されたい、そこから解き放たれたいと思う

けど誰に?兄に?兄は妹を責めない、恨む素振りも見せない。だけど許してくれるかどうかは判らない

妹「ダメだ……」

救いを望んじゃいけない。兄がどう思っていたとしても、罪は罪としてそこに在るのだから



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