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メイド「(・・・外が騒がしいです)」
- 1 :VIPがお送りします []
:2009/01/01(木) 21:27:27.88 ID:KpXEtEWe0
老人「・・・」
難しそうな顔をした老人は窓越しの曇天を静かに見つめていた。
灰色とくすんだ青色が入り混じった空には、朝食を求める鳥たちが小さな群を連れて飛んでいる。
メイド「・・・・」
老人とは反対側の窓から差し込むわずかな細い朝陽が若い女の白い顔を照らす。
小さな屋敷の少し大きな庭には、もう小鳥がやってきている。
屋敷の部屋にはただ、老人が時々鳴らす揺り椅子のきいきいという音だけが、振り子時計のようにリズム良く鳴るだけだった。
静かな朝が、またやってきた。
- 2 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 21:32:29.23 ID:KpXEtEWe0
メイド「・・・」
若い女は何も言わず、小さな陶器に湯を注ぐ。
一人分にしては少し大きめなテーブルに置かれた白いカップに、綺麗な紅色が注がれた。
老人「・・・」
メイド「・・・」
二人は何も語らない。いつもと変わらないことだった。
メイド「・・・」
主人の紅茶を入れ終わると女はすぐにその場から離れ、部屋を後にした。
老人も女も、何も言わない。
バタン
そして無音のままに玄関の扉が閉まった。
メイドは主人に何も告げず、外へと出かけたのだ。
だがそれはいつもの事。
なんら変わらない、朝の恒例だった。
- 4 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 21:37:48.79 ID:KpXEtEWe0
「おうおう、屋敷のお譲ちゃんじゃないか!」
メイド「・・・」
女は振り向き、黒い裾を揺らした。
黒い目が朝市の男をじっ と、無関心そうに見つめる。
「今日は良い果物が入ってるんだ、どうだい?安くしとくぜ!」
メイド「・・・」
「おい、抜け駆けは無しだぞ!・・・譲ちゃん!こっちの豆はどうだ?今朝船で届いた最高級のものだぞ!」
メイド「・・・」
市場の男たちは数人で女に品を進めるが、女はそれぞれの物をしばらくじっと見つめ、そうして静かに首を横に振るのであった。
「・・・まあ仕方ねえ!またきてくれよ!」
「次も良い品を用意してるからな!」
「またなー、譲ちゃん!」
メイド「・・・(コクリ」
若い女は小さな会釈をし、市場を進んでゆく。
腕に通した編みかごの中は、まだ空である。
- 5 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 21:42:24.06 ID:KpXEtEWe0
「・・・あ!あの子よ、そうそうあの子・・・」
「ああ・・・外れにある屋敷の?」
「ええ、あの偏屈なおじいさんの・・・」
「あらやだ、あの偏屈おじいさんの?それはまた大変ねぇ・・・」
メイド「・・・」
市場の隅で女達が話に花を咲かさせていた。
しかし若い女はそれを気にした風も無く、静かな足取りで市場を歩いている。
「・・・でも、もう来てから結構経つらしいのよ?」
「あらやだ、そうなの?」
「ええ、それでもまだ辞めてないんだから・・・」
「・・・良くもつわねぇ、あの子も・・まだ若いのに・・・」
メイド「・・・」
女の歩みには乱れが無かった。
- 6 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 21:49:35.71 ID:KpXEtEWe0
メイド「・・・!」
女の歩みが露店の前で止まった。
露店には異国からの珍しい茶葉が、少し高値で売られていた。
「・・・おう、綺麗なお譲ちゃん・・・興味あるのかい?高いよ?」
メイド「・・・」
女は腰を屈め、曇った金色の缶を手に取った。
茶の産地はあまり聞かない所であったが、缶からはそれなりに歴史を紡いできたような重々しさが漂っている。
メイド「・・・これを」
「ん、320,000YENになるよ」
メイド「・・・」
女は無言で紙幣を差し出し、露店商も無言で受け取った。
「・・・しかし、珍しい目の色をしてるねぇ」
露店の男が帽子に隠れそうな顔を僅かに上げて、女の顔を一瞥した。
女の黒い瞳と視線が交錯する。
メイド「・・・おつり」
「あ、ああすまないねぇ」
店の男は麻袋から紙幣を取り出して女に渡した。
メイド「・・・(ペコリ」
女はまた男に小さく会釈をし、その場から去っていった。
- 8 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 21:55:31.97 ID:KpXEtEWe0
ガチャ
メイド「・・・」
女は無言で屋敷の扉を開けた。
手にしたかごにはごく僅かな果物と、小さな青い魚と、堅そうなパンが入っていた。
そして隅には金色の茶缶が詰められている。
老人「・・・」
帰ってきた女が、老人の部屋へとやってきた。
老人は女に目を向けず、ただ揺り椅子に座り朝の空を見上げているだけであった。
メイド「・・・」
女もまた無言で、新しい紅茶を注ぐのであった。
- 10 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:00:55.13 ID:KpXEtEWe0
ガチャ
メイド「・・・」
昼。主人の部屋に再び女がやってきた。
今度は片手に料理を抱えていた。薄く切ったパンと、魚と、鮮やかに盛り付けられたサラダである。
コトン と、老人の前に静かに皿が置かれる。
老人「・・・」
屋敷の主人は無言でフォークを取り、難しい顔のまま何も言わずに置かれた料理を食べ始めた。
メイド「・・・」
女は食事を始めた老人に小さく会釈をし、部屋を出て行った。
これからは女は洗濯を始める。それもまた無言なのだろう。
屋敷は昼になっても、外とは違い、静かであった。
- 11 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:06:25.93 ID:KpXEtEWe0
メイド「・・・(ガシャガシャ」
女は屋敷の裏の川の水で老人の衣服を洗っていた。
ただ手つきはどうしても鈍臭く、その作業は料理とは比べ物にならないほど要領が悪く、遅かった。
女「・・・(ガシャグシャ」
ただ丁寧といえば丁寧なので、この洗い方は老人も咎めるつもりも無かった。
そもそも老人は外に出ず、日中は静かに本を読んで過すため、服はあまり汚る事がない。
この作業が特に苦手な女には、それが幸運であったといえる。
ガシャガシャ、ガシャガシャ
メイド「(・・・ふう)」
女が一息つき、空を見上げた。空は青く、雲はその中で白く、思わず出かけたくなるような良い陽気であった。
- 13 :VIPがお送りします [sage] :2009/01/01(木) 22:11:48.72 ID:iyYDYrOw0
クリスマスのは良かったよ。
期待。
- 14 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:12:12.17 ID:KpXEtEWe0
「すみませーん」
メイド「!」
屋敷の裏側から聞えた人の呼び声に、女は洗濯の作業を中断した。
スカートを少しだけ持ち上げて、声の方へと駆け寄る。
「・・・あ、どうもすみません」
メイド「・・・」
門の前にいたのは配達人であった。
青い帽子と青い制服が、昼の長閑な屋敷には似合っている。
彼は新聞を届けに来たのだろう、これもまた毎朝の恒例である。
「・・・ええと、はい、新聞です。」
メイド「・・・」
いつものように女は無言で受け取り、いつも通り小さな会釈をし、屋敷へと戻ろうとした。
「あ、お待ち下さい」
ただ一つ、ここはいつもと違っていた。
- 16 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:17:07.43 ID:KpXEtEWe0
メイド「・・・?」
「こちらも、この屋敷宛で届いております・・・どうぞ」
男は白い便箋の手紙を差し出した。
メイド「・・・・これは、」
「はい?」
メイド「・・・これは・・・ここの主人への・・?」
「ええ、はい・・そうですが?」
メイド「・・・ですか」
「まぁ、はい」
メイド「・・・」
女は顎に指を当て、僅かに考えた。
メイド「・・・はい、です・・・」
「え?」
メイド「・・・ごくろうさまです」
「あ、はい・・・では、僕はこれで」
そう言い、配達の青年は屋敷を後にした。
メイド「(・・・・手紙・・・)」
メイド「(・・・初めて、新聞以外のものが・・・)」
- 17 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:21:22.41 ID:KpXEtEWe0
ガチャ
女は静かに老人の部屋の扉を開けた。
老人は分厚い本を読んでいた。難しそうな顔は相変わらずである。
メイド「・・・」
女は無言で、主人のテーブルの隅に新聞を置いた。
老人「・・・」
主人もまたそれを無言で手に取り、広げて読み始める。
老人「・・・隣国の市民虐殺事件から5日・・・か、ふん」
屋敷の主人は新聞の見出しを口に出して読むのが癖であった。
- 18 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:25:03.80 ID:KpXEtEWe0
メイド「・・・主」
老人「・・・ん、」
女は珍しく口を開いた。いつもならば一日中一切会話などしないのだが。
メイド「・・・こちらも、です」
老人「・・・」
それでも女は少ない口数で、主人に手紙を差し出した。
老人「・・・」
主人も無言でそれを受け取り、より難しそうな顔で便箋を開封してゆく。
開封したそこには、白い手紙が折りたたまれて入っていた。
老人「・・・」
女は、主人の表情が少し強張ったのを見た。
- 19 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:30:01.90 ID:KpXEtEWe0
老人「・・・女よ」
メイド「・・・はい」
主人は手紙に目を向けたまま口を開いた。
老人「・・・近々、ワシは出かける事となるかもしれん」
メイド「・・・?」
老人「ここの留守を頼めるか」
メイド「留守、ですか」
主人のいない屋敷の留守番。それは初めて言われることであった。
老人「どうしても、行かねばならんのでな」
メイド「どうしても、ですか」
老人「うむ・・・」
メイド「・・・」
- 21 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:35:00.11 ID:KpXEtEWe0
老人「明日の朝には出なければならん」
メイド「朝、すぐにですか」
老人「うむ・・・急ぎの用なのだ、すまない」
メイド「いえ、しかし」
老人「?」
メイド「・・・私はどうすればいいですか?」
老人「・・・自分の分の食事を買い、食い、好きにしていればよかろう」
メイド「・・・」
老人「ふむ・・・そうだな、お前とは雇った時からほとんど何も話さなかったからな」
メイド「・・・」
老人「・・・ワシが留守の間は屋敷を好きに使うがいい」
メイド「そう言われましてもです・・・」
老人「お前はもう少し、贅を覚えておけ」
メイド「・・・」
- 22 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:39:50.63 ID:KpXEtEWe0
メイド「(留守・・・どうすればいいのですか・・・)」
女は再び川に戻り、洗濯の続きをしていた。
ただでさえ作業は遅いのにそこへ雑念が入り、女の洗濯はとてものろまなものになっている。
ガシャ・・・ガシャ・・・
メイド「(・・・主がいない生活なんて、よく知らないです・・・)」
メイド「(・・・私は、この屋敷で仕事をする以外は何も・・・)」
メイド「(本当に・・・どうすればいいのですか・・・)」
- 23 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:45:52.39 ID:KpXEtEWe0
戸惑う女の気持ちとは裏腹に、陽はすぐに落ち、再びすぐに登るのであった。
いつもならば少し長く感じる仕事も、その一日では驚くほど短く感じられた。
メイド「・・・」
老人「・・・では、屋敷を頼んだぞ」
門の前には簡素な馬車が主人の出発を待っていた。
メイドは門の内側で、主人は門の外側に立っている。
メイド「・・・お任せ下さい、です」
老人「・・・うむ」
メイド「留守の間、ここは私が・・・お守りします、です」
老人「うむ、そんなに肩の力を入れなくても良い」
メイド「・・・」
老人「これはしばしの休暇だと思え、いいな?」
メイド「・・・はい、・・です」
老人「・・・・うむ、よろしい」
主人が小さく頷くと、そのまま馬車へと乗り込んでいった。
老人「・・・では、出してくれ」
- 25 :1 ◆1pwI6k86kA [] :2009/01/01(木) 22:50:29.22 ID:KpXEtEWe0
馬車は軽快な足音と共に走り出し、みるみる内に景色の彼方へと消えていってしまった。
メイド「・・・」
女はその遠影が消えるまで、門の内側で見送っていた。
だがそれもすぐにやめ、女はその場で、顎に指を当てて考え込む。
メイド「(さて・・・どうすればいいですか・・・)」
メイド「(主がいつ帰るのか・・・聞いておくべきでした)」
メイド「(・・・・何を、何をしましょう・・・です)」
女にとっては初めての、主人のいない生活が始まった。
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