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アブソル「ほろびのうたを歌おうか」
162 : [] :2009/05/07(木) 16:55:20.80 ID:9TeNb9N40
保守してくれた人、本当にありがとう。
正直、とっくに落ちていると思ったので驚いた。
以下続き投下。


163 : [] :2009/05/07(木) 16:56:33.44 ID:9TeNb9N40
「俺が叶えたかった夢って、こんな物だったのかな」

距離にして数十センチ。私のギラギラと光る爪にサトシのうつむいた表情が映った。
サトシは、肉が破れてしまうのではないかというほど、自分の唇を噛みしめて動かない。

「ポケモンを悪い事に使ってる組織を、悪の団だと思って戦ってきたけど」
「組織と戦うのだって、ポケモンとポケモンを傷付け合わせて勝敗を決めてるだろ」
「結局、組織を悪だ、と思っているのは俺等だけで。もしかしたら、悪の組織も俺等も変わりないのかもしれない」

ピカチュウ、ごめん。と呟いて、サトシは雨とは違う物を地面へ落とした。
涙だ。

ざぁ、と大きな音を立てて降り続く雨に、サトシの衣服が濡れていく。
透けた洋服の奥に見えるサトシの肩が震えていて、寒そうだと思った。


165 : [] :2009/05/07(木) 17:02:01.15 ID:9TeNb9N40
深く考えずに、近くの落ちていた大きな葉をくわえて、サトシへ放り投げた。
頭の皮膚をかすめたそれに気付いて、サトシはやっと私を見る。

その時のサトシは、私と同じ目の色をしていた。
人間は泣くと、目が赤くなるらしい。

まるで宝物を抱くように、サトシは私が投げた葉っぱを胸に抱いた。

「…やっぱり、ここにきて良かった」

「俺、ポケモンマスター諦めるよ」

沈んでいたサトシの顔が、形だけは笑顔になったと思う。
ありがとう、と礼を言われて、私はどんな表情をサトシに向けていいのか戸惑った。


168 :VIPがお送りします [] :2009/05/07(木) 17:06:54.77 ID:9mZYUkLAO
アブソルとかダークライとかラプラスとか影を持ったポケモン好きにはたまらんスレだわ


169 : [] :2009/05/07(木) 17:08:17.12 ID:9TeNb9N40

私はそれから、サトシが言っていたポケモンマスターとは何であるのか調べようと思った。
私には情報をくれる知り合いなどいない。だから、調べたい事は己の足で調べるしかない。

なるべく人目に入らぬよう警戒しながら、そろりと街に降りてみた。
童話の様に明るい世界が目の前に広がる。

人間達は、道端で我々ポケモンの人形や、ポケモンを育成するための道具を売っていた。
人々の隙間から、小さな子供たちが、ピチューやマリルを戦わせて遊んでいた。

「ピチュー!でんこうせっかだ!」

主人であろう子供の声と同時に、ピチューは黄色い小さな体を、相手のマリルへぶつけた。
倒れ込むマリル。丸い体をころりと転がして、痛む体を自らかばっているように見えた。


170 :VIPがお送りします [sage] :2009/05/07(木) 17:08:21.24 ID:QDvj5gMk0
>>168 ラプラスそうなん?


171 : [] :2009/05/07(木) 17:14:34.71 ID:9TeNb9N40
「マリル!反撃のころがる攻撃だ!!」

まだ痛むであろう体をかばいながら、マリルは体を丸めてピチューへ突進していく。
今度は、ピチューの黄色い体が吹き飛ばされた。

「…チュウ…」

地面に打ち付けた衝撃で目を回すピチューに、主人である子供が近づく。
子供は、ピチューを心配する言葉一つかけず、続けざまにこう言った。

「今度はでんきショックで反撃するぞ!!」

はっきりしていないであろう意識に鞭打つように、ふらふらと立ち上がったピチューは、小さな電気をマリルへ向けて放出した。
マリルは、青い体をびくびく痙攣させてその場に倒れ込んだ。

「やったぁ!!」

マリルを倒したぞ!と、無邪気に喜ぶ少年。その笑顔には何の曇りもない。


172 : [] :2009/05/07(木) 17:22:26.20 ID:9TeNb9N40
傷を負ったピチューを、子供は当たり前の様にモンスターボールへ戻した。

「この勝負に勝ったら色違いのギャラドスくれるって約束だからな」

どうやら、珍しいポケモンを掛けて勝負していたらしい子供たち。
マリルを使っていた子供もまた、深く傷ついたであろうマリルをモンスターボールに戻して、小さく舌打ちしていた。

「3本勝負にしようぜ」
「えぇ!?約束は約束だろ!」
「このマリルは弱いから駄目なんだよ。全然使えない」
「確かに弱かったww」
「だろ?ポケモン選択ミスった。次はこんな弱いのじゃなくて、もっと強いの出すから」

ピチューを使っていた子供は、にんまりと笑って、マリル使いの子供にこう提案する。

「じゃあ、次の勝負で最後な。その代わり、今度勝ったらお前のミロカロスももらうからな」

そんな提案に、笑顔で頷いたもう一方の少年。


173 : [] :2009/05/07(木) 17:28:08.22 ID:9TeNb9N40


ピチューは、あんなに主人の為に尽くして戦ったのに。どうしてそれを労ってやらないんだ。
あれだけの傷を負ったマリルを、弱っちいだと?

元々分かっていた事だった。
やはり人間は汚くて、自分の事しか考えていない生き物だと、分かっていた事なのに。目の当たりにすると、やはり苛立たしく思える。

気配を断たなくてはいけない筈なのに、私の中の野生のポケモンの血が、ざわざわと蘇り始めた。
殺気立つその姿に、何人かの人間どもが気付き始めたらしい。

草陰をかきわけて、私を探し始める人間。

「珍しいポケモンでもいるんじゃないのか?」
「おい、最初に見つけた奴に捕まえる権利があるんだからな」
「独り占めしようとするなよ!」

ざわめく人間達を、この場で全てかみ殺してやろうかと思った。


174 : [] :2009/05/07(木) 17:32:04.62 ID:9TeNb9N40
ほろびのうたを歌おう…

この歌を歌えば、この場にいる全てのポケモンが消滅する。
私も消えてしまうだろうけど、それでも別に構わない。
こんな人生は、あってもなくても一緒だ。


黒い霧を辺りに包んで、姿を見せないまま人間達を威嚇した。
晴れ晴れとした天気だった街が、黒い気配に覆われて、人間達がよりいっそうざわめきだす。

フォウ、といつもの鳴き声を小さくあげた時、ざわめく人間達のシルエットの中から、見なれたポケモンが見えた。
サトシのピカチュウだ。


177 : [] :2009/05/07(木) 17:40:53.21 ID:9TeNb9N40
サトシは瀕死だ、と言っていたはずのピカチュウが、私の発した黒い霧に怯えた様子を浮かべている。

この時、私は何故かこのピカチュウがサトシのピカチュウだとすぐに分かった。
ピカチュウなんかどこにでもいるポケモンなのになぜ分かったのだろう。

怯えたままのピカチュウの後ろから、やはり見なれた人間が顔を見せる。
サトシだ。

サトシは、きょろきょろと周りを見渡して、霧の発生元を確かめているようだった。
やがて、茂みの向こうからサトシがこちらを見つめた。

サトシは、迷いなく茂みをかきわけてこちらへやってくる。
思わず後ずさりした。


178 : [] :2009/05/07(木) 17:46:41.62 ID:9TeNb9N40

がさがさ、と生い茂る木をかきわけて、サトシは私の目の前に現れた。
立ち込める霧を手で払いながら、サトシは一歩、また一歩と私に近寄ってくる。

フォウ、と一声鳴いて、「邪魔するな」と伝えた私。
爪をギラギラ光らせてサトシを挑発したが、サトシに怯える表情はない。

「アブソル」
「……」
「アブソル」

やはり迷いなく近づいてくるサトシ。気付けば、私の目の前でその膝を折りたたんで、私の瞳をじっと覗きこんでいた。

「ほろびのうたは、歌っちゃいけない」

そろりと近づくサトシの手。私の体を撫でようとしたのだろう。
人間に触られるのは嫌だったので、咄嗟にサトシの腕に爪をひっかけた。
皮膚が破ける感触が、黒く大きな私の爪を通して伝わる。


179 : [] :2009/05/07(木) 17:50:22.78 ID:9TeNb9N40

傷ついた腕をかばうでもなく、サトシは私に再び触れようとする。
だからもう一度爪を立てた。
サトシは、自らの腕に食い込み爪を外そうともせず、黒く光る爪ごと、もう片方の手で撫でた。

「お腹すいた?」

「……」

「今日は、むらさきポロックはないけど…」

優しく優しく私の爪を撫でながら、サトシは菓子が入ったケースを取り出す。
あくまでも威嚇を続ける私なんか、全く気にした様子はない。


181 : [] :2009/05/07(木) 17:55:36.64 ID:9TeNb9N40

「あ!一個だけむらさきポロックあった!」

ほら、と紫色の菓子を差し出してくるサトシ。
腕の肉に食い込む爪から、痛みの血が流れている。

「お腹すいただろうから食べていいよ」
「ピカ、ピカ」
「ピカチュウにはまた後で!今はアブソルがご飯の時間だから」

ざく、と食い込んでいた爪を外した。
ぽたぽた血が垂れる腕を見て、サトシは一瞬驚いた表情を見せる。

「きずぐすりって人間でも使えるのかな…」

傷ついた腕を見ながら苦笑いするサトシ。
隣にいたピカチュウが、心配そうな表情を浮かべてサトシの腕を撫でていた。


182 : [] :2009/05/07(木) 18:00:59.62 ID:9TeNb9N40
並べられた菓子に口をつける気になれなかったが、そんな心情は空腹には勝てない。
躊躇いながら菓子の一つに口をつけると、サトシはまた、前のような笑顔を私に向けてきた。


サトシはやはり、何も話さない。
ただ黙って、私を見つめている。

ピカチュウがどこからか取り出した布で、サトシの腕の傷を処置していた。
傷の手当てを行ったピカチュウの頭を撫でて、サトシは「ありがとう、ピカチュウ」と言う。

私は、サトシに聞きたい事がたくさんあった。
でも私は、自分の口を開くことが出来ない。人間と話した事なんかほとんどないから、どう切り出せばいいか分からなかったからだ。


183 :VIPがお送りします [] :2009/05/07(木) 18:02:34.66 ID:2ZWERMzpO
アブソル可愛いよな


184 : [] :2009/05/07(木) 18:05:06.04 ID:9TeNb9N40
結局この日は、サトシと何も話さなかった。

だけど、少し前の様に。サトシは決まって同じ時間にあの水辺に現れる様になった。
太陽がてっぺんをさした時だ。

ある日に、瀕死だったはずのピカチュウを見つめる私にサトシが気付いた。

「もうピカチュウは元気だよ」

「ポケモンセンターっていう、病院に連れていけば、瀕死状態でも蘇る事が出来るんだ」

短い足をちょこちょこ動かしながら、舞う白い蝶々を追いかけるピカチュウ。
黄色いその丸い体からは、確かに瀕死に陥ったような傷跡は見当たらない。


186 : [] :2009/05/07(木) 18:09:35.85 ID:9TeNb9N40
「もう、ピカチュウを戦わせるのはやめたんだ」

蝶々を追いかけたはずみで、草むらに転んだピカチュウ。
柔らかそうな体を起こして、サトシへ泣きそうな視線を向けていた。

「ピカチュウだけじゃなくて、もうポケモンバトルはしない」

「今まで捕まえたポケモンも逃がしたんだ」

泣きだしそうなピカチュウを抱きかかえて、サトシは自分のズボンを指さす。
そういえば、ずっと付けていたいくつものモンスターボールがなくなっている。

「コイツだけは、俺の傍にいてくれるみたいだから今も一緒にいるけど」

膨らんだピカチュウの頬を指で押しながら、サトシは笑う。


188 : [] :2009/05/07(木) 18:14:44.72 ID:9TeNb9N40
「ピカチュウは、ポケモンじゃなくて俺の友達だから」

な?とピカチュウに同意を求めたサトシ。
ピカチュウはふざけた表情でそっぽを向いてみせた。

「ポケモンは道具じゃない、って言っても、ポケモンバトルを続ける限り、結局道具にしてるのと同じだから」
「だから、ごめんね、アブソル」

ごめん、ともう一度繰り返したサトシ。
私は、なぜサトシが謝っているのか分からなかった。


その後も、その後も、サトシは変わらずピカチュウを連れて水辺へやってきた。
私が何か話すことはなかったけど、サトシはずっと、私に色んな話をしてくれた。



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